小鳥「酒と泪と男と女と部屋とワイシャツと私」 (46)

何故こうなってしまったのだろう

月明かりが窓から入り込み、暗闇に包まれるはずの私の部屋を淡く照らし出している

私はそんな部屋の中で膝を抱え考えていた

私は何処で間違ってしまったのだろう

私は何故あんな事を言ってしまったのだろう

私は何故一人でこの部屋に居るのだろう

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371371528

「今日からこの事務所で働く事になったPです。 宜しくお願いします」



ピシッとネクタイを締めた黒髪の爽やかな青年はそう言うと私に頭を下げてきた

そういえば社長が新しいプロデューサーが入ると言っていた気がする

どうやらこの人がそうらしい



小鳥「はい、こちらこそ宜しくお願い致しますねプロデューサーさん♪」



私は仲間が増えるという単純な嬉しさから自然と笑顔になっていた

…それだけではなく、私はプロデューサーさんの眩しい笑顔に自然と釣られていたらしい

不思議な人だ

それがプロデューサーさんの第一印象

P「すみません小鳥さん…○○テレビに提出する春香ちゃんの宣材写真は何処にありましたっけ…」

小鳥「あ、それなら今社長が持って行ってるんで、控えがデスクの中に入ってるんでちょっと待っててくださいね」

P「すみません…お手数おかけして…」

小鳥「いえいえ♪ まだここに来たばかりなので仕方がないですよ♪」

P「…ありがとうございます」



その頃のプロデューサーさんはまるで借りてきた猫

大人しくておどおどしっぱなし

時折“大丈夫かな?”と思う場面が何度もあった

しかし、その心配もすぐに無くなっていた

P「やりましたよ音無さん! 春香がオーディション通りました!」

P「聞いてください音無さん! 千早の曲がトップ三十に入りました!」

P「驚かないでくださいよ…なんと! あずささんのドラマ出演が決まりましたよ!」

P「ねぇ見ましたか!? 美希の写真集が本屋で平積みされてましたよ! 売り切れが出てきてる店舗が結構あるみたいです!」

P「うっうー! …あ、すみません…似てませんよね。 …それでですね! やよいが料理番組を持つ事が決まりました!」

P「伊織のラジオが大好評ですって! なんか罵りコーナーが評判いいらしくて……えぇ…俺もさっき罵られました…」

P「亜美と真美がティーンモデルで引っ張りだこですよ! ははっ! 全然書類片付かねぇ!」

P「真のファンからの手紙が凄い事になってます……そうです…全員女の人からです…」

P「聞きましたか!? 律子がプロデューサーになるとか言ってるんですよ!! どう思います!!? あいつはまだ輝けるのに…」

P「雪歩がついにやりましたよ…! 映画で主役ですよ! それになんと恋愛ものですよ! 男性恐怖症が良くなってきてるみたいで…小鳥さん、上映が始まったら一緒に観に行きましょうね!」

アイドルの娘達の事を話している時のプロデューサーさんの顔は輝いていた

見ている私も嬉しくなってくる位の笑顔

嬉しい事がある度に私を飲みに誘ってくれるプロデューサーさん

私の愚痴を嫌な顔一つせずに聞いてくれるプロデューサーさん

私と一緒に笑ってくれるプロデューサーさん

お酒の趣味が合うプロデューサーさん

一緒に映画を観に行ってくれるプロデューサーさん

オフの日にも関わらず買い物に付き合ってくれるプロデューサーさん

一緒に飲んでいて私が酔い潰れると必ず家まで送ってくれるプロデューサーさん

私の部屋で緊張した顔を見せる可愛いプロデューサーさん

震える私を優しく抱き締めてくれるプロデューサーさん

ネクタイを緩める仕草がカッコイイプロデューサーさん

寝顔も素敵なプロデューサーさん

私の横で眠っているプロデューサーさん

私達は付き合っていた

切っ掛けは家まで送ってくれたプロデューサーさんを私が家に招き入れた事から

下心があったわけではない

ただ…もっとプロデューサーさんと一緒に居たかっただけ

しかし家に入ってもお互い黙り込んでいた

緊張していたのだろう

何しろ家に男性を入れるのが初めてだったし…

プロデューサーさんも同じらしく、ずっとオドオドしっぱなしだった

なんだか最初の頃のプロデューサーさんを見てるみたいで…笑ってしまいました

それを切っ掛けに話し出す私達

他愛もない会話

だけど…急にプロデューサーさんが真面目な顔になった

私は何か失礼な事を言ってしまったのではないかとオロオロしていた
 

P「小鳥さん…」

小鳥「は、はい!」

P「…ずっと好きでした…俺と付き合ってください!」



いきなりの告白に私は固まってしまっていた

何しろ人生初の告白

戸惑わない方がおかしい

何も言葉に出せないまま狼狽えている私をジッと見詰めるプロデューサーさん

何分間私は狼狽えていたのだろう…その間ずっとプロデューサーさんは私の返事を待っていてくれた

その数分間の間に私は頭を整理した

私は今プロデューサーさんから告白された? うん

私はプロデューサーさんが好き? うん

私の返事は決まっている? うん

小鳥「あの…その…よ、宜しくお願いします!」



その言葉で真剣な顔のプロデューサーの表情が驚きの表情へと変わっていった

そして直ぐに飛び跳ねるようにガッツポーズをするプロデューサーさん

その笑顔を見て私も自然と笑顔になってしまう

それが私とプロデューサーさんとの交際の始まり

プロデューサーさんの提案から仕事とプライベートはしっかりと割り切ろうという話になった

けれどまず二人で社長に報告

社長は驚いた顔をしていたが、直ぐに満面の笑顔で喜んでくれた

けれど……アイドルの娘達には秘密

皆の中にはプロデューサーさんに好意を抱いている娘も居る、そんな娘達を悲しませたくなかった

…だけどそれはエゴ以外のなにものでもない

ただ単純にプロデューサーさんを奪ったという怒りの矛先が私に向いてくるのを恐れただけ

結局自分自身が一番可愛いのだ




私のそんな秘めた気持ち等プロデューサーさんは知らぬまま交際は続いた

プロデューサーさんの家に泊まり、そのまま事務所へ

私の家にプロデューサーさんが泊まり、そのまま事務所へ

そんな関係

秘密の関係

なんかまたアイドルに戻れたみたいな…

何時もの事務所

私はせっせと書類を纏めている

プロデューサーさんは向いのデスクで必死に企画書を作っている

一生懸命仕事に打ち込むプロデューサーさん…カッコイイ…見蕩れちゃう…

そんなボーッとしている私の携帯が鳴った

どうやらメールの様だ

内容は…






『ちょっとお聞きしたい事があります。 お昼に屋上まで来てください』




メール本文にはそれだけ書き込まれていた

差出人はあずささん

素っ気ない内容のメールから何故か恐怖を感じる

…私は何かやってしまったのだろうか

あずささんのとっておいたプリンを食べた?

それは謝って変わりのプリンを買ってきたはず…

この頃飲みに誘ってないから?

いや…この前誘った時に断られたから違う…

じゃあなんだろう?

私は頭をフル回転させて必死に考えた

しかし…答えは見つからないまま時計の針は十二時を指していた

ビルの屋上では冷たい風が吹いていた

もう秋ね…



「音無さん」



突然聞こえた声にビックリしてしまう

声の出処を探すべく振り返った私の後ろには…笑顔のあずささんが立っていた



小鳥「あ…あの…聞きたい事ってなんでしょう…?」



恐る恐る私は聞いた

普段では考えられない様な素っ気ないメールに書かれていた内容を



あずさ「…音無さんって……プロデューサーさんと付き合っているんですか?」

スレタイで吹いた
支援

何で…何でメールが来た段階で気が付かなかったのだろう

バレていないと思っていたから?

うん…完璧に隠し通せていたはず…けど何故…?



小鳥「な、なんでその事を…」



思っていた事がそのまま口から出てしまった

もう取り返しはつかない

私はあずささんの返答が来る前に身構えていた



あずさ「…やっぱりそうでしたか…実はですね…この前音無さんとプロデューサーさんが手を繋いで歩いているところを見てしまいまして…」

小鳥「…」

あずさ「……おめでとうございます♪」

小鳥「……ふぇ?」



予想とは全く真逆な返答に私は変な声を上げた

あずさ「ふふっ♪ どうしたんですか、変な声出しちゃって♪」

小鳥「え…だって…お、怒ってるんじゃ…?」



一回崩れてしまった防御は直ぐに戻す事が出来なかった

考える時間も無いまま思っている事が口から出てしまう



あずさ「ん〜…怒って…はいないです。 だけど…少し悲しいです…」

小鳥「…」



そうですよね…あずささんもプロデューサーさんに好意を寄せていた一人ですもんね…



あずさ「……だけど…幸せそうなお二人を見る方が私はいいです…ちょっと強がりも入ってますが…」

小鳥「……ごめんなさい…」

あずさ「…謝らないでください♪ …もっと…胸を張っていてください♪」



明るく振舞うあずささんの目にはうっすらと涙が浮かんでいた

心が締め付けられるみたいです…



あずさ「もう少ししたら私もしっかり応援できます♪ 決して音無さんを恨んでなんかいませんよ♪」



その言葉を信じられる程今の私には余裕が無かった

胸の奥からこみ上げる自責の念

頭の中を支配する後悔という文字

あずささんはその後も何かを言っていた様だが…私の耳には一切入ってこなかった

夜の事務所で一人天井を見詰める私

プロデューサーさんは皆に怪しまれるとまずいからと、先に帰ってしまった

頭の中を昼間のあずささんの言葉がぐるぐる回っている



『少し悲しいです』



私はアイドルの皆が大好きだ

ただの事務員である私を一人の仲間として扱ってくれている

女の子しか分からない様な相談を持ちかけてくる

笑顔で話し掛けてくれる

皆大好き

だけど…私はそんなアイドルの娘を苦しめてしまった

怒ってくれた方が気が楽だった

殴ってもらった方が気が楽だった

無視をされ、一人で事務作業をしている方が楽だった

涙は…反則ですよ…

時計の音が鼓膜を刺激する

後悔の念が頭を支配し続けている今の状態

そんな頭の中の小さなスペースに生まれたもの

逃げ

そうだ…逃げればいいんだ

あずささんにもバレてしまったんだ、皆にバレるのも時間の問題

そうすると今以上に辛い思いをしてしまう

だったら逃げればいい

この辛い現状から逃げてしまえばいい

安直な答え

極端な答え

もうその答え以外私の頭には浮かばない

自然と私はメールを打っていた

私の恋人へのメール

何時もは顔文字や可愛い絵文字を多用したメール

けど今回は質素なメール

ただ一言だけ

簡単な文字だけ









『別れましょう』


.

期待

その後直ぐにプロデューサーさんから電話がかかってきた

私は直ぐに電話に出た

素っ気ない声で

電話の向こうでは必死に何故別れるのかを問うプロデューサーさん

その声に胸が締め付けられたが直ぐにその痛みは消え、私は落ち着き払ってプロデューサーさんに伝えた



『私が別れたいと思ったからそう伝えました。 深い意味もありません』



電話の向こうで黙るプロデューサーさん

私はその沈黙が破られるのを待つ前に通話を終わらせた

そして…再びプロデューサーさんから電話がかかってくる事は無かった

.


家に帰ると電気を点ける事も無いまま私はベッドへ腰掛けた

電気を点けると見たくない物まで見えてしまうから

プロデューサーさんの服

プロデューサーさんのマグカップ

プロデューサーさんの本

プロデューサーさんの写真

私の部屋はもう私一人のものでは無くなっていた

この部屋にはプロデューサーさんが溢れている

それを見たくなかった

視覚で確認したくなかった

聴覚で確認したくなかった

だけど…嗅覚だけはプロデューサーさんを感じていた

部屋の中で微かに感じるプロデューサーさんの匂い

鼻から入り込んだその匂いは私の涙腺を刺激した

私は声を出して泣いた

今更逃げ出した自分を攻めるかの様に泣いた

さっきの出来事を取り消すためにメールを打つ手を抑えるのに必死になっていた

着信履歴の一番上にあるプロデューサーさんの電話番号へ電話をかけそうになるのを必死に抑えた

都合が良すぎる……私はこんな女だったのかしら?

どれくらいの時間泣いていたのだろう

私は部屋で膝を抱えて座っていた

カーテンを閉め忘れた窓からは月の光が差し込んでいる

その月明かりは、ハンガーにかけられたプロデューサーさんのワイシャツを照らしている

机を挟む形で見えるワイシャツ

私の彼氏のワイシャツ

…そうね…“元”彼氏だったわね…

……今日は眠れそうにないわ

残酷な事に、来て欲しくない次の日は来てしまう

先程まで月の光が差し込んでいた窓からは、淡い太陽の光が差し込んできていた

今日もお仕事へ行かなきゃ

自然と体が動き出していた

習慣とは本当に恐ろしいものである

シャワーを浴びて髪を乾かす。

メイクをして髪型を整える。

そうして出来上がった音無小鳥

鏡に映し出される765プロ事務員である私

少し目が腫れぼったいけど…何時もの私

…そろそろ行かなきゃ

小鳥「おはようございます」



無人の事務所に響く私の声

当たり前だ、誰よりも先に事務所に来ていたのは私

何時もの光景だ

タイムカードを切り何時もの日課が始まる

まずは事務所の軽いお掃除

最近はやよいちゃんも忙しくなってお掃除を手伝ってもらえなくなったから少し大変

次は皆が来るまで書類の整理

仕事量も増えて、この前まですぐ終わってしまったこの仕事も今じゃ時間がいくらあっても足りないくらい…嬉しい悲鳴です

そんな仕事をやっていたら…プロデューサーさんがやって来る

事務所に二人きりなのをいい事に、抱き締め合ったりキスをしたりしたな…

……ダメよ…忘れなきゃ…仕事中なのよ…



ガチャ



溢れそうな涙を必死に止め、ゆっくりと開く事務所の扉へと視線を向けた

…そこには目の下に隈を拵えたプロデューサーさんが居た


小鳥「…お……」



ダメだ、朝の挨拶さえ出てこない…



P「…」



プロデューサーさんは一度こちらを見たと思ったら直ぐに視線を逸らし、直様自分のデスクに座った

プロデューサーさんの目には涙が浮かんでいた

そして急いで耳にイヤホンを着け、目の前にある書類を整理し始めた

私はそんなプロデューサーさんから視線を逸らせれなくなっていた

そのまま時間が過ぎていく

私はプロデューサーさんを見詰めたまま

プロデューサーさんは書類を整理し続けたまま

紙と紙が擦れる音と、時計の針が時間の経過を知らせる音だけが聞こえる

私は今どんな顔をしているのだろう?

…頬が温かくなるのを感じた

私の目からは涙が流れていた

私はそれを必死に拭った

プロデューサーさんに気付かれてはいけないと

プロデューサーさんに心配をかけさせないようにと

小鳥「うっ…うぅ…」



声を押し殺そうと必死に口を塞ぎました

そうすると涙を拭う手が無くなるので涙が流れ続ける

その涙を拭おうとすると、今度は声が漏れる

堂々巡りだ

私は涙でぼやけた視線をプロデューサーに移した

気付かれていないかどうかを確認するために



P「…」



プロデューサーさんはずっと書類を整理し続けていました

私の変化に気が付く事もないままただ熱心に…

私は…何をしているのでしょうか?

自分の勝手でプロデューサーさんを振り

自分の勝手で悲劇のヒロインを演じて

…もう……滑稽ですよね…

その日は特に変わった事は起こりませんでした

何時も通り皆を事務所に迎え

何時も通り雑務をこなし

何時も通り帰路に就く

そんな私を迎え入れてくれる自分の部屋

私だけの部屋

電気を点けようとした手が止まった

もし電気を点けて、今部屋の全てが照らし出されたら私は耐え切れるのだろうか?

私は…電気のスイッチから手を離した

暗がりの中でお酒を探す

確かキッチンの下にあったはず…

あ…あった…日本酒の一升瓶…

私はグラスも手探りで見つけ出し、そのグラスに日本酒を乱暴に注ぎ…その場で一気に日本酒を呷った

喉元が熱くなるのが分かった

けれど胸のモヤモヤは晴れない

これを飲み続ければこのモヤモヤが晴れるかもしれない

…完璧にドラマからの受け売りだが

しかしそれしか頼れるものが無かった

私はグラスにお酒を注ぐ行為さえ煩わしくなり、一升瓶の口を自分の口へと当てて…一気に流し込んだ

あ…頭がふわふわしてきた…

その瞬間、私の頭の中からプロデューサーさんの顔が消えた

もっと…もっと飲めば……私の中からこの黒いモヤモヤを消す事が出来る

その後は何度も日本酒を飲んだ

何度も何度も何度も何度も何度も何度も

気が付いたら私はプロデューサーさんのワイシャツを抱き締め、キッチンで横になっていた

目元を触ると指先が濡れる感触

私は泣いていた

けれど…お酒を飲んでる間の記憶は一切無い

その瞬間だけでもプロデューサーさんを忘れられていた







…そう気付いたのがいけなかった

その日から私は毎日の様にお酒を飲み続けた

日本酒、ビールにウイスキー

焼酎、カクテルに梅酒

お酒と言われる物はなんでも飲んだ

事務所では無理矢理明るいキャラを演じ続けた

プロデューサーさんとは相変わらず事務的な事しか会話をしていないが…

その時に生まれた黒いモヤモヤを消すために浴びる様にお酒を飲み続けた

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…

.



気が付いた時には私は病院のベッドで横になっていました

私は重い身体を必死に起こし、今置かれた自分の状態を理解しようとしました

なんで私はここに居るの?

さっきまで私は居酒屋でお酒を飲んでいたはず

うん…そうよ…そこまでの記憶はある…

…なんで?












ボーッと空中を見つめ続けて居た私。

…そんな放心状態の私に声がかけられた

白衣を着た人がベッドの横に立っている



小鳥「…あの…私はなんでここに?」



開口一番がその言葉

当たり前だ、自分が置かれている状態が把握できないのだから

ここはだれ?わたしはどこ?

「貴女は急性アルコール中毒で病院へ運び込まれました。 命に別状はないのご安心を。 まだ軽めの症状だったので、明後日にでも退院出来ますよ」



白衣を着た男性の口からは台本でもあるのかと思われる位短調で抑揚の無い声が発せられた

そうしてその言葉で自分が置かれた状況がやっと理解出来た

お酒の飲み過ぎ…簡単な事だった










白衣を着た男性はいつの間にかいなくなり、代わりに看護師さんが来て私の腕に刺さった針に点滴のチューブを繋げていた

そんな看護師さんから視線を病室の窓へ移し、そこに広がる青空を見つめていた

雲の動きはゆっくりで、まるで私への当て付けかの様に優雅に漂っていた

そんな光景に嫌気が差し、視線を腕に戻すといつの間にか針へ点滴を繋げる作業は終わっていて、そこに居たはずの看護師さんは居なくなっており、その代わりと言ってはなんだが…あずささんがベッドの横に腰掛けていた

あずさ「…もう…大丈夫なんですか?」

小鳥「…えぇ…大丈夫です」



何故か驚く事は無かった

これが自然な流れかと言わんばかりに私の心は落ち着いていた



あずさ「…お体の事ではなく音無さん自身の事です」

小鳥「…」



あずささんが何を言っているのか分からなかった

私の体の事…それは点滴も射ってもらって大丈夫なはず



小鳥「…明後日には退院出来ますし…もう大丈夫だと…」

あずさ「…プロデューサーさんとの事です」



私の胸がシクリと痛んだ

小鳥「…大丈夫です」

あずさ「…嘘」

小鳥「嘘じゃないですよ…私はもう…」

あずさ「嘘です!!」



病室中にあずささんの声が響いた

…他の患者さんごめんなさい…



小鳥「…」

あずさ「すみません急に大きな声を出して…だけど…そんな嘘つかないでくださいよ…」



あずささんは泣いていた

大きな目から溢れ出ている涙は大粒で、まるで映画のワンシーンを観ているかの様な光景だった



あずさ「…私のせいです…私が音無さんにあんな事聞かなければ…音無さんがここまで追い込まれる事はなかった……本当にごめんなさい…」



違いますよ? これは私の判断でこうなったんですよ

こうなる運命だったんです



あずさ「最近プロデューサーさんも元気が無かったのでもしかしてと思っていたんです……その矢先に音無さんが入院したと聞きまして…」



私はあずささんだけではなく、プロデューサーさんも苦しめてしまっていた

分かっていたけど…改めて分かると胸がズキズキ痛む…



小鳥「…あずささんのせいではありませんよ。 全て私の弱さが原因です」

あずさ「だ、だけど!」

小鳥「皆を裏切る事が怖かった。 後々になってそれに気が付けた…その時には後の祭り。 だから私にはこういった方法しかなかったの…」

あずさ「…」

小鳥「だから…あずささんが泣かないでください」



私は出来る限りの笑顔を作った

こうする事で私が救われる気がしたから


あずさ「……じゃあ…音無さん…貴女が泣いているのはいいんですか?」

小鳥「え…」



私は自分の頬を撫でた

すると指先に触れる生暖かい液体の感触

…泣いてる?



あずさ「貴女が私が泣いているのを見ると辛いのと同じ様に、私は貴女が泣いているのを見るのが辛いんです」

小鳥「嘘…こんなの…」

あずさ「…それが音無さんの本心です。 自分を隠さないでください…私達……仲間じゃないですか……」



溢れ続ける涙を抑える事は出来なかった

目の前には笑顔のあずささん

私の弱いところを全て受け入れてくれるかの様なその微笑み

気が付いたら私はあずささんに抱き着き、声を出して泣いていた

小鳥「…お見苦しいところをお見せしてしまい…申し訳ありません……」

あずさ「あらあら♪ 泣いていた音無さん可愛かったですよ、まるで子供みたいで♪」

小鳥「も、もうっ! 忘れてください!」



さっきまでの遣り取りが嘘のようなほのぼの空間

そんな空間が荒んでいた私の心を癒してくれていた



あずさ「で…これからどうするんですか?」

小鳥「……しっかりと…プロデューサーさんと話し合ってみます」

あずさ「うふふ…良かったわ〜♪」

小鳥「ふふ…あずささんと話していると落ち着きますね♪」

あずさ「あら〜…なら、私退院まで毎日来ちゃおうかしら〜♪」



…仕事に支障が生まれそうなので止めてください…

小鳥「…それで…私が入院したって聞いたプロデューサーさんは……どんな反応見せてましたか?」



聞きたいような聞きたくないようなそんな質問

複雑な心境のまま、私は顔を伏せた




あずさ「驚いた顔をして机から凄い勢いで立ち上がったんですが…直ぐに悲しそうな顔をして、また直ぐに仕事を始めてました…」

小鳥「…って事は少しは心配してくれているんですね」

あずさ「…ふふっ…そうですね」



私は少しプラス思考になれたのかもしれない

前までだったらこんな事は言えなかった

今すぐにでもメールでプロデューサーさんと繋がりたい

今すぐにでも電話でプロデューサーさんと繋がりたい

だけど…こんな事機械越しに伝えちゃダメだ…

会って話さないと

直接会って話さないと

病院に来てもらう事も考えたが…そこも我慢した

きっと私はさっきの泣き声とは比べ物にならない程の泣き声を発するだろう

これ以上他の人に迷惑をかけてはいけない…今更だけど

退院した私は一人街中を歩いていた

平日の昼間にこんな所に居るのなんて何年振りだろう…

CDショップの前を通ると千早ちゃんの歌が聴こえてきた

歌に誘われる様に視線をCDショップへと向けると、店頭に張り出された765プロ全員分のポスター

…何時も事務所で見ていた顔だけど…こういった場所で見ると迫力があるわね…



小鳥「嬉しい半面…少し寂しくもあるわね…」



少し感傷的な気分に浸っていた

思い返せば…プロデューサーさんが来てからよね、ここまで皆が活躍できたのは

ふふっ…本当に不思議な人ですね…

CDショップの前から離れた私の足は自然と事務所へと向かっていた

本当に習慣とは怖いものですね

しかし…たるき亭の前に差し掛かった瞬間に私の足は止まってしまった

今事務所へ行ったらプロデューサーさんが居るかもしれない

そう思うと私の脚は鉛の様に重く感じ、その場から一切動けなくなってしまっていた


……そうだ、まだプロデューサーさんも皆も仕事中なんだ。 だからまだ事務所に行くべきではない。 うん、そうだ


そう自分に言い聞かし、私は事務所が入っているビルに背を向けた

…また逃げてしまった

自分の弱さが本当に嫌になる

は事務所の近所にある公園に来ていた

まだお日様が私の頭の上に居る



小鳥「…プロデューサーさんのお仕事が終わる時間……その時事務所に行こう…それまで待とう…」



どうやら私は疲れていたみたい…お日様の光が心地よくて…ベンチに座りながら私は眠ってしまっていました











.

.



小鳥「……はっ…!」



目を覚ましたらそこは真っ暗闇

街灯が申し訳なさそうに一部分を照らし出している

やってしまった…

時計を確認するともう夜の十時を過ぎてしまっていた

…もう…プロデューサーさんは帰っちゃったよね…

その瞬間冷たい風が頬を撫でた



小鳥「寒いわね……あれ?」



焦っていて気が付かなかったが、私の膝に何かが被せられていた

恐る恐るその物体に手を伸ばす……これって…コート?

.


「あ、やっと起きましたか小鳥さん」



私の頭上から私の名前を呼ぶ声が聞こえた

懐かしくも感じる優しい声



小鳥「プ…プロデューサーさん…なんで…」

P「こんな所で居眠りなんて無用心過ぎますよ。 ほら…暖かいコーヒーでもどうぞ」

小鳥「あ、どうも…って! なんでプロデューサーさんがここにいるんですか!?」

P「あ〜……実はあずささんから話を聞いていまして…」



あ…そう言えばあずささんに、プロデューサーさんに黙っててもらうようにお願いするの忘れてた…

音無小鳥…一生の不覚

P「……俺ってそんなに頼りないですかね…?」

小鳥「え…」

P「…だって……小鳥さんが苦しんでるのに俺は何も出来なかった…相談も無かったじゃないですか…」

小鳥「……」



今自分の愚かさを改めて痛感した

こんなに私の事を想ってくれているプロデューサーさんを裏切ってしまった

自分が可愛いがためにそんなプロデューサーさんを一人残して逃げ出してしまった

周りの事を何も考えていないただの馬鹿だ

小鳥でもなんでもないアホウドリだ



小鳥「ご、ごめんなさい…ごめんなさい…」



謝りながら泣き出す私は傍から見たら何かしらの被害者だろう

ここまで来ても悲劇のヒロインを演じるのを止めれないらしい



P「謝らないでください小鳥さん…俺が謝りたいくらいなんですから……」



…プロデューサーさんは底無しの善人だ

普通の人ならこんな面倒臭い女なんか関わりたくもないだろう



小鳥「どうして……どうしてそんなに優しいんですか…」

P「なんでって……小鳥さんを好きだからに決まってるでしょう」

小鳥「っ…!」



多分私の顔は真っ赤になっているだろう

夜である事に今は感謝している

小鳥「…今でも好きなんですか…?」

P「勿論です」

小鳥「自分勝手で…人を振り回してしまうような女ですけど好きなんですか…?」

P「はい、それも含めて小鳥さんですから」

小鳥「…プロデューサーさんの事を忘れようとお酒に溺れて入院までしてしまった重い女ですけど…それでも好きなんですか?」

P「そんな小鳥さんも大好きです」

小鳥「…そ、そこまでしても…グスッ…プ、プロデューサーさんを忘れられなくて…ずっと大好きなままの私ですけど…い…いいんですか…?」

P「はい…小鳥さんに出会った時から変わらないまま…いえ…その時よりももっともっと…貴女を愛しています」



プロデューサーさんはそう言うと眩しい程の笑顔を見せてくれた

出会った時から惹かれていたこの笑顔

大好きなその笑顔

私はそんな笑顔を見せてくれたプロデューサーさんの胸へ飛び込んでいた

人の気配が一切無い夜の公園

その一角に設けられたベンチで抱き締め合う私達

月明かりが照らす私達はまるで、私が昔読んでいた少女漫画の見開きページそのものだった

.





P「あぁ! やばいですよ小鳥さん! このままじゃ遅刻ですよ遅刻!」

小鳥「ピヨッ!! あわわわ…昨日の夜あんなにするんじゃなかった…」

P「や、止めてください! ってか急いで準備しなきゃ! え〜と…俺のワイシャツとネクタイは…」

小鳥「あ、それなら洗濯しておいたのでこっちの新しいのを着てください!」

P「ありがとうございます。 えっと…ネクタイは…」

小鳥「こっちにありますから…ほら、こっち向いてください♪」

P「あ…なんか恥ずかしいですね…」

小鳥「ふふっ♪ なんかこうやってネクタイを締めてあげてると…新婚さんみたいですね♪」

P「……もう少し待っててくださいね…必ず小鳥さんをお嫁さんにしてあげますから!」

小鳥「そ、そうやって意気込まれると…恥ずかしいですね…」

P「ははっ、さっきのお返しですよ」

小鳥「もう…あ…時間が…」

P「うぇ!? やばい! 本気でやばい! じゃあ俺は先に行ってますからね!」

小鳥「えぇ!!? 酷いですよプロデューサーさん!」



笑いながら急いで私の家から飛び出していくプロデューサーさん

それを見送り急いで準備を始める私

何時もの朝の風景

…けど私も急がなきゃ!

ドタバタと着替えを用意する私

しかしあるものが視界に入り私の手は止まってしまった

窓際に干されたプロデューサーさんのワイシャツ

お酒に溺れながらも私を慰めてくれたワイシャツ

その洗いたてのワイシャツを見ていると…なんだかニヤケてきちゃいますね…

だって…







小鳥「愛する貴方のために毎日洗えるんだもの♪」






おわりおわり

これで終わりです
支援してくださった皆様ありがとうございました
後でHTML化依頼出しておきます

乙!
ビターですな

乙ピヨ

乙!
報われてよかった、うん

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom