まゆ・智絵里「プロデューサーさんが結婚…?」 (60)


アイドルマスターシンデレラガールズのSSです。
佐久間まゆと緒方智絵里メインの小説です。

以前、pixivに投稿したSSの改稿版です。
内容は大凡同じですが、細かい表現や多少のストーリーの変更があります。
もし既にお読みの方がいらっしゃれば、途中のネタバレ書き込みを避けて頂けると助かります。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491825281

21:30~22時くらいから投下します。

こいこい


六月、初夏の空は雲ひとつなく、どこまでも青い空が広がっています。
理想の結婚式日和とは、こういう日を指すのかもしれません。
そんな素晴らしい天気の中、私は教会の庭の端っこのベンチで、チャペルの中の喧騒をぼうっと眺めていました。

今日は、私、緒方智絵里のプロデューサーさんの結婚式です。
お相手の女性は、学生時代からずっと付き合っていた方、だそうです。
未熟だった私をアイドルとして育ててくれた人の晴れの日に、笑顔で送り出せない自分が疎ましく、情けなく思いはします。
でも、どうしてもそういう気分にはなれませんでした。



プロデューサーさんが結婚する、と聞いたのは一週間前のことです。
事務所にプロデューサーさんの担当アイドルが集められ、直接ではなくちひろさんからの口から、
プロデューサーさんが結婚すること、挙式は一週間後であること、が伝えられました。

元から結婚式の予定の日には、誰もお仕事の予定が入っていなくて不思議に思っていたので、
なるほど、そのために空けていたんですね、とてんで的外れなことを最初に考えたのを覚えています。
正直に言いますと、私はプロデューサーさんのことを、お慕いしていました。
色恋的な意味で、です。
私のことを真剣に応援してくれる、優しくて、頼り甲斐のある素敵な男性。
そんな人が間近にいて、人生経験の薄い高校生が盲目的に惚れてしまわないほうがむしろ不思議ではないかと、客観的に考えるとそう思います。
でも、その人は私じゃない人と結婚をする。
というわけで、私の初恋は、一週間前のお昼前に幕を閉じたのでした。


ただ、結婚式の当日になってみると、そんなに悔しいとか、悲しいとか、そういう気分はもうないような気がします。
私とプロデューサーさんが釣り合わないということは薄々思っていましたし、
プロデューサーさんほどのいい人を、世の中の女性が野放しにしておかない、というのも当然だと思うからです。

でも、やっぱり本音を言えば素直に祝福をすることはできません。
どうしても、心の中に消えないわだかまりがあって、どうしても邪魔をしてくるのです。
プロデューサーさんとお嫁さんを、ちゃんと気持ちよくお祝いしたいんだけどな。


「ここ、いいですかぁ?」
物思いに耽っていたせいで、誰かが近付いてきてることに、まったく気が付いていませんでした。
なので、びっくりして素っ頓狂な声をあげてしまいます。
「ひゃっ、……あ、まゆちゃん。どうぞ」
声を掛けてきたのは、佐久間まゆちゃんでした。
同じ事務所のアイドル仲間で、私と同い年さんで、そして同じプロデューサーが担当です。寮の部屋が隣同士さんでもあります。


「ありがとうございますね」
そう言って、まゆちゃんは私の隣に腰掛けました。
普段は柔らかな微笑みをたたえている顔も、今日はなんだか元気がありません。
それは、当たり前のことです。
まゆちゃんは、私なんかよりずっとずっと、プロデューサーさんのことが好きでしたから。
そもそものアイドルになった理由が、プロデューサーさんと一緒にいるためで、
プロデューサーさんのために、毎日お弁当を用意して、常々プロデューサーさんのことが好きと公言していましたから。
ぼんやりと好き、と思っていた程度の私なんかより、ずっとずっとショックだと思います。
まゆちゃんの心中を思うと、息苦しかった胸が更にきゅっと縮む心地です。
あれだけ、頑張ってたのにな。


まゆちゃんは、言葉を一つも発していません。俯いて、ただ地面の一点を見つめています。
地面に目をやって身じろぎさえもしないので、私の耳にはチャペルの中のざわめきと、風切り音が、時々聞こえてくるだけです。
私の方も、まゆちゃんとはお仕事も一緒に何度もやっていて、レッスンもよく一緒になって、寮のお部屋も隣なのに、何も話すことが浮かんできませんでした。
普段は、取り止めもない話で、ずっとお話しできるのに。

無言が私に、無形のプレッシャーをかけてきます。


「あっ、あのっ」
重苦しい空気に耐えかねて、私は咄嗟に口を開いてしまいました。

何を言おう、とか考えついてないのに。

声に反応して、下を向いていたまゆちゃんが、ぼんやりとした生気のない顔で私の方を見つめてきます。
まゆちゃんのそんな表情を見るのは初めてで、更に胸が痛くなります。もう、息をするのも苦しいくらいです。
「あの、結婚式ですね。えへへ……私プロデューサーさんのこと、好きだったんです。でも、告白、出来ないままフラれちゃいました……」
何も考えていないということと、まゆちゃんの表情が、私を焦らせて、心にないことを言わせました。
好きだったのは間違いの無いことですが、告白なんて考えたこと、無かったのに。
いえ、少しは思ってたけど、心のどっかに追いやって抑圧してたことなのでしょう。それが、プレッシャーのせいで飛び出してきた、ということなのだと思います。


私の独白めいた言葉を聞いたまゆちゃんは、ふっと一瞬だけくすりと笑って、それから柔和な表情になりました。
「……まゆは」
そして、まゆちゃんは唇を噛み締めながら、ぽつり、ぽつりと呟き始めました。
「プロデューサーさんの……し、幸せが、まゆの幸せですから……。プロデューサーさんが選んだ幸せ、まゆは、心から、お、お祝いしますよ……」
顔を見れば、本心でないのは誰だってわかります。

綺麗な顔の眉間に皺を寄せて、唇も震えて、声も途切れ途切れで……。
それでも、プロデューサーさんの幸せを願おうと、一生懸命に自分に言い聞かせてるまゆちゃんは、あまりに切なくいじらしく見えました。
そして、一番つらいであろうまゆちゃんに、そんな話をさせた自分が情けなく恥ずかしく思えます。


「……まゆちゃん」
まゆちゃんを守ってあげたい、という気持ちと、ごめんなさい、という気持ちが混ざって、私は衝動的にまゆちゃんを抱き寄せました。
体全体で覆うようにぎゅっ、と抱きしめると、まゆちゃんはそのまま私の胸に顔を埋めてきます。
胸元のあたりから静かに鼻をすする音が聞こえてきて、まゆちゃんが泣いていることがわかりました。
まるまった背中も、いつのまにか小さく震えはじめています。

ふと、これがまゆちゃんとプロデューサーさんとの結婚式だったら、私もこんな割り切れない気持ちじゃなかったのかもしれないな、なんてことを思ってしまいました。
でも、今考えても詮の無い話なので、静かに首を振って、その考えを振り払います。

まゆちゃんは、式が終わり、人々がチャペルの中から出てくるまで、ずっと、私の胸で静かに泣いていました。


プロデューサーさんが結婚してからのまゆちゃんは、それまでより一層、アイドルに精をだすようになりました。

今までも、私なんか比べ物にならないくらい、ずっと一生懸命にやっていたのですが、
鬼気迫るというか、何かに取り憑かれたかのように、レッスンにお仕事に、と没頭するようになったのです。
レッスンの後の自主練も、今までよりずっと遅くまで、一人で黙々とステップや歌の確認に居残りをしています。

あまりに根を詰めすぎているように思えて、一度『まゆちゃん、そんなに根を詰めたら身体を壊しちゃうよ?』と言ってみたのですけれど、
まゆちゃんは『ご心配、ありがとうございますね』と言うだけで、ハードワークは変わることがありませんでした。
顔色も、日に日にだんだんと悪くなってるように見えて、私は気が気でなりません。
というわけで、なんとか出来ないかと思い、今日は私も居残りをすることにしました。

居残りをする前に、まゆちゃんのハードワークを止めるのに、どうするか。色々私も考えました。
三日三晩うんうんうなりながら考えました。
それで出たアイディアは、こんな感じです。

まず一緒に練習をして、まゆちゃんに疲れが見えたタイミングで、「休憩しませんか?」と持ちかけます。
次に、私が用意したお茶を飲んでもらいながら、いっぱいたくさんお話をして、とにかく体を休めてもらいます。
できるだけ長くお話をして引き止めて、レッスン室の施錠時間まで引き延ばしていくくらいの気持ちでいきたいところです。
お話の中で、「根の詰めすぎはよくないよ、もうちょっと休まないとだめだよ?」なんて言えれば完璧じゃないかな、と思っています。
今日のために、いつも飲んでいるものより倍も値段のする、良いたんぽぽ茶を買ってきたので、大成功間違いなしです。

私は、自分の作戦の出来にくすりと笑みをこぼしました。

結論から言えば、私の目論見は甘かったとしか言えませんでした。

まゆちゃんは連日のハードワークで疲れているだろうから、すぐに「休もう?」と声をかけるチャンスが来るだろう、なんて考えていました。
でも、今日のために数日前から体調を合わせてきた私がへばって肩で息をする傍で、まゆちゃんは今もなお元気にダンスを踊り続けています。
しかも、辛い顔をするなんておろか、笑顔を絶やさないで、です。
息を整えつつ、まゆちゃんはすごいなあと素直に感嘆して見てると、急に足元がぐらっとしました。
「あ、あれ??」

そして、そのまま地面にへたり込んで、倒れてしまいます。
はじめは地震かと思ったんですけれども、どうやら集中の糸が切れたのと疲れのせいで、右足がよろけてしまっただけみたいでした。

「智絵里ちゃん、大丈夫ですか?」
心配したまゆちゃんが、ダンスを中断して小走りで駆け寄ってくれました。

「あ、ありがとう。よろけただけだから、大丈夫だよ?」
まゆちゃんは私と同じメニューをこなしているのに、私だけへばりこんじゃってるのが、恥ずかしくてたまらなくなります。

「熱中症や脱水症状の可能性もありますから、とにかく水分を少し摂った方がいいですよぉ?」
まゆちゃんの善意が、傷に塩を塗ったように私の情けない気持ちに拍車をかけます。
でも言うとおり、とりあえず水分を取らないと……。あ、水分!お茶!
「ま、まゆちゃん。水分取った方がいいなら、一緒にお茶飲みませんか?!」
勢い良く誘ってみると、
「えっと、はい」
一瞬、きょとんとした顔をしたあと、まゆちゃんは案外、素直に誘いに応じてくれました。
「じゃあ用意しますから、座って待っててください」
「わかりましたぁ」
元気そうに見えても、それでもやっぱり疲れていたのでしょう。
脱力してぺたんと座り込んだまゆちゃんは、レッスンルームの壁に背もたれして、座って待ってくれています。

ティーセットを探しながら、小さくガッツポーズ。
作戦の第一段階は成功です。あとは、出来るだけ長く休憩してもらって、言えたら言えればいいな。

これって、怪我の功名というやつなのかも。転けた時にぶつけたせいで少し痛む右足をさすって、よくできました、とほめてあげました。


「……このお茶、おいしいですね。何のお茶なんですか?」
まゆちゃんはカップに口をつけた瞬間、一瞬え?と言いたそうな、不思議そうな顔になりました。

そして、もう一度お茶を口にして、それから目を開いてびっくりした表情になった後、満面の笑顔になりました。ぐるぐる表情が変わって、可愛いです。
「えっと、たんぽぽ茶です。名前の通り、たんぽぽから作ってるんですよ?」
「たんぽぽ茶、ですかぁ。飲んだことなかったんですけど、おいしいですねぇ。好きになりました」
そう言ってうんうんと頷きながら、にこり、とまゆちゃんは微笑んでくれました。

喜んでくれたみたいで、嬉しいです。今月は厳しかったんですけど、良いお茶っ葉を買った甲斐がありました。

「ね、ねえ、まゆちゃん」
「なんですかぁ?」
まゆちゃんの機嫌が良さそうだったので、意を決して言ってみることにしました。

「あの、まゆちゃん、最近張り切りすぎてないかな。私、まゆちゃんが心配で」
「さっきの智絵里ちゃんみたいに倒れないか、ってことですね?」
「あ、あう」
それを言われると痛いです。

やり込められたせいで二の句が継げないでいる私を見て、
「わかりました。もうちょっと気をつけるようにしますね。自主練の時間も減らします」
と、まゆちゃんは柔らかく笑いかけてきました。
「え、あ、うん!」

ことのほか素直に話を聞いてくれたので、ちょっと拍子抜けをしてしまいます。


「不思議だ、って顔をしていますね?」
「あ、顔に出てたかな?」
すぐ感情を顔に出すのは、子供っぽいので治したいとずっと思っているんですが、未だに良くなる気配はありません。
自分の気持ちが人にばればれなのは、恥ずかしいです。

恥ずかしいな、と自覚したことで顔が赤くなって、上気しているのが自分でもわかります。

それを見て、まゆちゃんはくすり、と笑いました。
「智絵里ちゃんは可愛いですねぇ」
「子供っぽいのはわかってるんです。けど全然なおせなくて……」
「まゆは、智絵里ちゃんのそういうところ、好きですよ?」
「えっと、よくわからないけど……。そ、そう言ってもらえると嬉しいな!」
顔が、更に赤くなってしまいました。

「さっき、智絵里ちゃんが倒れた時に、まゆ、すごく心配になったんです」
「心配かけてごめんね」
ミイラ取りがミイラになるというか、私だけミイラになってしまったというか。
まゆちゃんに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
「でも、それでわかったんですよ。智絵里ちゃんも、こういう気持ちだったんだなって」
「あ、だから……。それじゃ、倒れて良かった、のかな?」
変な形ですが、私の気持ちが伝わったようで良かったです。

胸の奥のあたりに、ぱあっとあったかい気持ちが広がっていきます。嬉しいな。

「ときに智絵里ちゃん」
「何でしょう?」
そこまで笑顔だったまゆちゃんが、いきなり真面目さんな顔になったので、自然と私も背筋を伸ばしてしまいました。

「まゆが自主練をやり過ぎてしまわないように、智絵里ちゃんも明日から一緒に自主練お付き合いしてくれませんかぁ?」
まゆちゃんはゆっくりたんぽぽ茶を飲み干して、更に続けます。
「一人だと、ダンスの合わせとかが出来なくて困ってたんですよ。勿論、智絵里ちゃんのペースに合わせますから」
どうですか?と言いながらまゆちゃんはウィンクを投げてきました。まゆちゃんみたいな美人さんにウィンクを投げられると、同性とわかっているのに、ドキッとしてしまいます。

わたしも、こんな色気を出せるようになったらいいな。

でも、確かにいいアイディアです。私も今日、まゆちゃんの頑張りを間近で見て、負けてられないと思いましたから。
「うん、こちらこそ、お願いしますね。あっ、たんぽぽ茶、明日からも持ってきますね」
私の言葉を聞いて、まゆちゃんはよかった、と声には出さずに口だけ動かして、微笑みました。

私の方こそ、勇気を出してよかったです。
どじで体力がなくて子供っぽい自分が嫌だったんですけど、でも、今日は少しだけそんな自分が好きになれそうな一日でした。

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まゆちゃんと自主練をやるようになってから、ニヶ月がたちました。
新しいお仕事もいっぱい貰えて、応援してくれるファンのみなさんも増えてくれて、アイドルとして一回りも二回りも大きくなれたような気がします。
自分でも、ダンスや歌の出来栄えが以前より良くなった気がして嬉しいです。これもまゆちゃんのおかげかな。

そうそう、最近はまゆちゃんとの仕事が増えてきました。
プライベートでも一緒の時間が増えたせいか、何をするのにも息があっていて評判が良いんです。最近のちょっとした自慢です。
というより、お仕事の半分以上がまゆちゃんとのデュオでのお仕事なんです。デュオユニットとして活動している、といっても過言ではないかもしれません。
漏れ聞くところによると、新しいお仕事の依頼も、まゆちゃんと二人で、というものばかりらしいんですよ。

このまま二人でアイドルとして、いっぱい活躍したいな、最近はよくそう思います。


そういえば、アイドルのお仕事に打ち込むことで、プロデューサーさんの結婚でくすんでいた心の暗いところが、小さくなった気もします。
同時にまゆちゃんが、あれだけお仕事に熱心に打ち込んでいた理由がわかった気がします。一生懸命に何かを頑張っていると、それ以外のことを薄めることが出来るんですね。

まゆちゃんは凄いです。
私がどうしてうまくいかないのかを聞いたら、いつも理由を端的に教えてくれますし、現場で大人の人と一歩も引かずに大人な話し合いをできるんです。
それに、持ってきてくれたお茶うけの洋菓子さんが私の好きな味で、どこのお店のですか?と聞いたら、自分で作ったっていうんです。
なんでも出来ちゃうまゆちゃんと自分を比べると、いつも恥ずかしく思うんですが、まゆちゃんはそんな私のことをいつも好きと言ってくれます。
私がたまたま何かをうまく出来たりすると、ぎゅっと抱きしめてくれたりもするんです。
抱きしめられると心臓はとってもどきどきするんですけど、嬉しいんです。

そういうふうに人に気を配れるのも、すごいな。と、いつも感心してばかりです。


ところで、今日はプロデューサーさんがお話がある、ということで、事務所の応接室におじゃましています。
まゆちゃんはソロでの撮影なので、私とプロデューサーさんの二人で、です。

時間より先についてしまったので、応接室で一人、大きなソファの端っこにちょこんと座っています。

最後にキチンとお話をしたのは、プロデューサーさんがご結婚なさると聞く前だったので、かなり久しぶりです。
どうしたんだろう、最近、お仕事がいい感じだから、褒めてくれるのかな?
それとも、新しいお仕事の話かな?
期待で胸がドキドキします。DOKIDOKIリズムです。こんな気持ちは、かなり久しぶりな気がします。
そうだ、お話が終わったら、まゆちゃんの仕事現場にいって、まゆちゃんに報告をしよっと。
今日のまゆちゃんの現場は事務所から電車で1時間くらいの距離ですし、この間まゆちゃんが行きたいって言ってたお店が近くにあるので、終わったら一緒にいけます。

いい話をまゆちゃんに伝えられたら、いいな。


「智絵里、待たせたな」

ガチャ、とドアが空いて、プロデューサーさんが部屋に入ってきました。
「いえいえ、いま来たところなんですよ?」
「そっか、じゃあ良かったよ」
そう言いながら、プロデューサーさんは私の向かいの席に座ります。

前は、隣に座ってくれていたのにな。

少し寂しく思うんですが、既婚者さんですから仕方ありません。
外の自販機買ってきたであろう缶コーヒーを持つ左手に、鈍く光る指輪を発見して、胸の奥底が少し疼きました。


「今日は、何のお話なんでしょう?」
そんな心を抑えるためでしょうか、私はいきなり本題に切り込んでしまいました。

いつもは、もっと最近あったこととかをお話してから、お仕事の話をしてたのですけども。
「最近、智絵里もまゆも頑張ってるよな。みんな褒めてたぞ」
ニッコリ笑って褒めてくれました。想像していたこととはいえ、気分がぱあっと晴れやかになります。

「あ、ありがとうございます。……うれしいな」
「知ってるとは思うけど、仕事の問い合わせもいっぱい来てるんだぞ。本当に凄いよ、お世辞じゃなくてな」
やっぱり新しいお仕事の話なんだ、と思ってわくわくします。新しいことを始めるのは、ちょっとだけ怖いけど、まゆちゃんと一緒ならなんでも出来る気がします。
「……それでなんだけどな」
「はい……?」

プロデューサーさんの声色がいきなり低いトーンになったので、ちょっとだけ不安になります。怖いロケ、とかなのかな?それとも、びっくりしちゃうくらい、大きな仕事、とか……、かも……。
「あのな、新規の仕事を受けるにあたって、まゆと組んでの仕事を避ける方向でやっていきたいんだ」
え、え……?


「お前たち二人だからこそ、活躍出来ているのはわかるんだ」
この人は何を言っているんだろう、その一言だけが頭のなかをぐるぐる巡っています。

「でもデュオよりもピンのほうが選択できる活動の幅が大きいし、各自にあった仕事もできる、俺はそう思うんだよ」
「今の二人でやっている仕事は出来るだけ残していくつもりだけど、基本的には新規の仕事は」
「な、何でですか?」

プロデューサーさんの言葉を途中で遮って、質問を投げかけます。プロデューサーさん相手にお話を遮るなんて、もしかしたら初めてかもしれません。
「一番の理由は、引き出しの狭さへの危惧かな」
「ど、どういうことですか?」

つとめて冷静に聞き返そうとするのですが、声がどうも上擦ってしまいます。
「まゆと智絵里は、芸人の人がやる漫才やコントみたいに、二人で組んでやる芸も特にはないだろう?でも仲良しだし、呼吸もあってるから一緒に仕事をしているわけだ」

「はい」
落ち着いたプロデューサーさんの声に、少しだけ、冷静になります。
「それで、デュオじゃないとやれないという持ち芸が無いと、飽きられたら最後、一気に仕事がなくなってしまう。
それに同じユニットばっかだと、二人組の片割れ、としか見られなくなる危惧もある。
また、デュオでの仕事というのはソロでの仕事より数が少ないだろう?数多くあるソロでの仕事なら、ステップアップに出来る良い仕事を比較的、取りやすいってのもある」

息継ぎにコーヒーをぐいっと一気飲みして、プロデューサーさんはさらに続けます。

「そういうわけで、二人での露出を減らすほうが良いだろう、と思ったんだ。それに、まゆとは別のユニットも考えてる。
他のアイドルと組んでみたら、二人の他の一面もクローズアップされて、引き出しが増えるしな。そして引き出しが増えれば、智絵里とまゆのデュオにとっても生きると俺は思ってる。
だから、少しの期間、まゆとの仕事は新規では取らない」
「なるほど、わかりました」

確かに仰りたいことは、わかりました。ずっと同じことをするだけで生きていける業界ではないことは、まだ未熟者の私も理解しています。でも、
「でも、新規の仕事を全部、別々っていうのはなんとかなりませんか?」
「ちょうどいい機会だし、と思ってな。最近、まゆと智絵里は、休日も二人っきりで居ることが多いだろ?聞いたぞ?仲がいいことは悪くはないが、ちょっと過ぎるようにも……」
「そんな……」


「悪いが、仕事だからな。すまないが、理解して欲しい」
プロデューサーは、再びコーヒーの缶を煽ろうとして、中身が無いことに気付いて一瞬バツの悪そうな顔をしたあと、淡々とした口調で言いました。

あんまりだと思いました。

今まで、プロデューサーさんは、こんな言い方をしたことはありませんでした。
どんな時も、私の意見も聞いてゆっくり話し合ってくれて、結論が出るまで付き合ってくれました。
何よりそれが、私の心を鈍く痛めつけます。

プロデューサーさんは、左手の指輪を一瞬見て、そして時計に目を落として一つうなずき、立ち上がりました。いつの間にか、右手には携帯電話を携えています。
「じゃあ、頼むよ。あと、まゆには、智絵里の口から伝えてくれ。まゆにも、そっちの方が」
なぜかその言葉で、今日で一番胸がぎゅっと締め付けられました。

心の奥底が、すっと冷たくなっていくのがわかります。
そういえば、最近プロデューサーさんはまゆちゃんと私が一緒のお仕事の現場では、あまり姿を見ることがありません。
まゆちゃんも、全然顔を見ていないのは忙しいからなんでしょうか、と過労を心配していました。
でも、ちひろさん曰く、新婚さんなので出来るだけ早く帰ってもらっています、だそうで。頭の中で、いろいろな言葉が浮かんでは消えていきます。

携帯電話を耳に当てながら部屋から出ていこうとするプロデューサーさんに、勢い良くぶつかってしまったのは、まったくの偶然でした。

ただ反射的に立ち上がろうとした瞬間、ミュールのヒール部分が椅子にひっかかって、バランスを失っただけなのです。
待ってください、もう少しだけお話させてください、私の話を聞いてください、と言いたかっただけなのです。
「おわっ」
勢い良く倒れこんだ私の体にもろにぶつかって、プロデューサーさんは声を上げてよろけてしまいます。
でも、なんとか踏みとどまりました。流石は大人の男の人です。数か月前からジムに行き始めた、と前に聞いていたのでその成果なのかもしれません。

私の方といえは、プロデューサーさんに弾かれた体が、変な方向に流れます。
そしてそのままテーブルの角に、頭から吸い込まれていきました。

コツン、と乾いた音がしました。
はじめに、あんまり鈍い音はしないんだな、と悠長に思いました。
次に、背中と頭に熱さを感じて、そして視界がぼんやりとし始めます。
薄れゆく意識の中、まゆちゃんの顔が、不思議と脳裏から離れませんでした。

...

今日は前半のここまでで終わりです。ありがとうございました。


後半は、明日21時~にまた投下します。
もし、明日に時間が取れない場合、明後日21時に投下します。明後日は、確実に投下出来ると思います。


2人の心境を考えると辛いな

それと、このSSの以前投稿したバージョンを、漫画化してくれている方がいるので、そちらも是非にお読みください。
明日から一日1ページくらいのペースで投稿なさるそうです。


みほん
https://pbs.twimg.com/media/C9DfmwGU0AAV07b.jpg

あ、ごめんなさい。

×以前投稿したバージョンを
○以前の投稿したバージョンを気に入ってくれて

です。

>>32
ありがとうございます。
心理を追うような形で書いていっているので、そう言って頂けると嬉しいです。
明日(若しくは明後日)の後半を楽しみにしてくださると、更に嬉しいです。

つらいな、愛などいらぬだわ

去年読んだやつだ! 修正版とか俺得

ごめんなさい。今日は投下が難しそうです。
明日の21時には間違いなく投下出来ますので、それまでお待ち下さい。

×明日の21時には間違いなく投下出来ますので、それまでお待ち下さい。
○明日の21時には間違いなく投下出来ますので、申し訳ありませんがそれまでお待ち下さい。

重ね重ねすみませんでした。


舞ってる

昨日はすみませんでした。
21:10から投下します。


「智絵里ちゃん、智絵里ちゃん、智絵里ちゃん……」
気が付くと、まつげとまつげがくっつきそうな距離に、まゆちゃんの顔がありました。
いつ見ても綺麗にカールしたまつげは、私がまゆちゃんに密かに憧れているポイントの一つです。

「ま、まゆちゃん?」
私が起きた、と気づいた瞬間、まゆちゃんは体をがばっと跳ね上げて距離を取りました。
まゆちゃんは少し目が潤んでいて、もしかして泣いていたのかも、と思いました。
でもすぐに、眠いだけなのかもしれないな、と考え直します。外を見ると、真っ暗でしたから。
半日くらい、寝ちゃってたのかな。

「智絵里ちゃん、大丈夫ですかぁ?」
まゆちゃんに聞かれ、自分で違和感のある頭を触ってみます。
包帯かメッシュが巻いてあるみたいで、肌触りはごわごわしていましたが、それ以外に特に変な感覚はありませんでした。
「うん、大丈夫、みたい。少し痛いくらい」
ちょっとだけ頭がズキズキしますが、それ以外は不思議なくらいに何も感じません。

「よかった……智絵里ちゃんが頭を怪我して気絶した、って聞いた時はもう……」
「ごめんね、心配をかけて」
「ううん、無事でよかったですよぉ」
まゆちゃんはそう言って、私の頬をそっと両手で撫でてくれました。
そして、先にお医者さんにお話を聞いていたそうで、病状を伝えてくれました。
検査を一通りした結果特に大きな異変はない、とのこと。
安心はしましたけれども、なんだか自分の話じゃないみたいで、どこかふわふわした感じがあります。


「でも、本当によかったです。智絵里ちゃんが居なくなったら、まゆ……」
「大げさだよ、まゆちゃん」
あまりにまゆちゃんがこの世の終わりみたいな声色で嘆くので、ちょっとだけ笑っちゃいました。

心配してもらっているのに、失礼なことをしている自覚はあります。でも、どうやっても抑えきれないので、ふふっ、と声を出してしまいました。
それを見たまゆちゃんは、一瞬だけ、呆れた、と言う表情をして、それから
「ふふふ、ふふふふふっ」
と、口元が見えないように手で隠して、口を開けて笑いました。

こういう時にも、女の子のたしなみを忘れないあたり、まゆちゃんは凄いなと、つられて更に笑いながら感心します。
「ふふっ」
「えへへ」
ひとしきり笑った後、まゆちゃんは神妙な顔になって、
「でも、智絵里ちゃん、ありがとうございました」
とふかぶか頭を下げてきました。


「え?何が?」
全く心残りがないのにお礼を言われて、頭のなかに、はてなマークが浮かんできます。
私、なにかやったかな?

「プロデューサーさんと、お話をしてきました」
「そ、そうなの?」
話が見えずに、ただ相槌を打つしか出来ません。
「智絵里ちゃんがまゆとお話して欲しい、って言ってくれたんじゃないんですか?」
「えっと、いつ……?」

全く身に覚えがないことを言われて、私の頭の中の混乱はさらに拡大します。はてなマークがいっぱいです。
「ぶつけた後に頭を抑えながら、プロデューサーさんに何度も、何度も言ったんでしょう?」
「ご、ごめん、覚えてないや」
「そうだったんですね」
まゆちゃんは、また口元に手を当てふふっと笑って続けます。


「無意識の行動か、ぶつけたショックで忘れてしまったんでしょうね。智絵里ちゃん、一切何も覚えてないんですね?」
「そうですよ?」
ぶつける寸前、それと直後の記憶しか持ち合わせていないので、そう言うしかありません。

「えっと、智絵里ちゃんが頭をぶつけた後、プロデューサーさんは急いで携帯電話で救急車を呼んだあと、人を呼ぼうと部屋を出ようとしたらしいんですけど」
「うん」
なるほど、と言う感じで相槌を打ったのが他人事に聞こえたのか、まゆちゃんはまた吹き出しました。
「ふふっ、智絵里ちゃん、やめてください」
「私としてはすごく真面目なんだけども……」
「そうですよね、ごめんなさい。そうしたら智絵里ちゃんがプロデューサーさんの足を掴んで」
「掴んだの?」

意識がなくなるくらいの頭の打ち方をして、よくそんなことができたもんだな、と素直に自分に感心します。

「だそうですよ?それで、まゆちゃんと直接お話をしてあげてください、逃げないでくださいって叫んで」
「叫んでたんですか?」

あまりに自分のことと思えない話に、目を見開きながらまゆちゃんに尋ねます。
「救急車が到着するまで、ずっと、だったそうですけど」
「えっと、冗談ですよね……」

まゆちゃんの顔を見つめると、冗談じゃないことがわかりました。
嘘をついている時のまゆちゃんは、わたしがじっと目を見ると、耐え切れなくなって笑うからです。どれだけじーっと見つめても、まゆちゃんは真面目な顔を崩しません。
そろそろ、自分自身が、わからなくなってきました。
「それで、智絵里ちゃんを救急車で病院に送って処置を確認した後に、昨日の夜、プロデューサーさんとまゆで、お話をしたんです」
滔々と、まゆちゃんは語ります。

「どんなことを話したの?」
「それは、智絵里ちゃんであっても言えませんよぉ」

なんとなく聞いてしまったあとに、デリカシーのない発言だと気付いてあわてて謝罪します。
「ご、ごめんね」
「いいんですよ。でもとりあえず、プロデューサーさんとはお友達になりました」
「へ?」

存外の言葉に、情けなく声を上げてしまいます。
「友達です、友達になったんです」
両手に握りこぶしを作っていやに力強く言うまゆちゃんに、少し違和感を覚えました。
「そっか、でもよかったね。ずっとお話出来てなかったし」
「ええ、過去とさようならがようやく出来ました。これで、新しい恋に進むことが出来ます」
「ま、まゆちゃん!好きな人、出来たの?」
嬉しいような、寂しいような、その二つを混ぜてシェイクして、更にほんの少しの困惑をトッピングさせたような気持ちなりました。
まゆちゃんに彼氏さんが出来たら、今みたいに、毎日一緒にお買い物とか、遊びに行くことが出来なくなるのかな。
でも、まゆちゃんが失恋の悩みから開放されるなら、私も嬉しく思います。

「ええ、とっても素敵な人なんですよ」
「そうなんですね、私が知ってる人ですか?」
興味本位で、聞いてしまいます。あ、これ、聞いて良いのかな、と思ったのはまたもや口から発した後でした。

「ですよ」
嫌がるそぶりなく、即座に笑顔でまゆちゃんは答えてくれました。ちょっと安心です。

「だ、誰だろう……」
まゆちゃんが好きになりそうな人を思い出そうと目を瞑った瞬間、まゆちゃんが私の肩を掴んできました。
驚いて目を見開くと、先程起きた時のように、至近距離にまゆちゃんの顔がありました。目の前のまゆちゃんのきれいなカールのまつ毛を、やっぱり羨ましく思います。


「智絵里ちゃんですよ?」

いきなり、なぜ私の名前が、と思って前後の話の流れを頭の中で整理します。
えっと、好きな人がいて、それが私の知っている人で、あがった名前が『智絵里ちゃん』。
まゆちゃんの好きな人は、智絵里ちゃん……わたし?!

冗談だと思って、また、まゆちゃんの目をじっと見つめます。
まゆちゃんはまた、そらさず私の目を見つめ返してきます。ということは……。

「え、え?」
「まゆは、智絵里ちゃんが好きなんです」

そういうことなんでしょう。


「えっと私、女の子だよ?」
まゆちゃんも当然知ってることを、反射的に口にしてしまいました。でも、まゆちゃんも女の子で、私も女の子なのは厳然たる事実です。揺るがぬ真実です。
「好きなんです」
そう言って、まゆちゃんの方から、私の目をじっと見つめてきました。澄んだ薄緑の目に、私の顔が映ってゆらゆら揺れています。
「好きなんです」
目を見つめたまま、もう一度まゆちゃんは言いました。遠くから聞こえてくる、ナースさんのヒールの音だけが、いやに部屋に響いています。

ふと、遠い昔にお母さんとした会話を思い出しました。
幼稚園くらいの時の出来事だったように、記憶しています。


『お母さんって、どうしてお父さんと結婚しようと思ったの?』
どういう経緯だったか忘れたのですが、そう聞いた私に、お母さんは恥ずかしそうに笑って、
『好きだったからよ』
と短い返事をしてくれました。

それでは納得できなかったのか、幼かった私は更に聞きました。
『どうして好きだって分かったの?』
『うーんとね、……その人とキスする想像をしてみればいいのよ』
少しだけ悩んだ顔をして顔をして、お母さんはそう答えました。
『うん』
『それで嫌な気持ちにならないなら、好きってこと』

そこで記憶が終わっているということは、それで当時の私は納得したのでしょう。
でも、改めて思い返すと、よくわからない話だと思います。
キスくらいで、恋仲として好きかどうかがハッキリとわかるとは思えません。
友達とキスをしたときにも、嫌じゃないと感じるんのではないか、とも思います。

今から思うと、幼い私に言い聞かせるために、お母さんは適当にそれっぽいことを言ったのかもしれません。
むしろ、子供相手だと思うと、そっち可能性の方が高そうにも思えてきます。
でも、ちょっと試してみよう、と思いました。
まゆちゃんと、私がキスをする想像。
……。

なるほど。わかりました。
「まゆちゃん?」
「は、はひっ」
私が話しかけると、まゆちゃんは、ちょっとだけ飛び上がります。

「な、なんでしょうか」
そしてすぐに、目線がおぼつかない不安そうな顔になりました。
人差し指で、その緊張して張っているほっぺたをぷにっと触ってみます。興奮しているのか、かなり熱を持っています。
「えっと……」

まゆちゃんは自分の頬をつついている指を、横目でちらちら眺めて呟きました。
何をしているんだろう、という面持ちです。
ちゅっ……。

その油断を見逃さず、唇を奪いました。

「あっ、えっ?」
まゆちゃんは一瞬、茫然自失といったような表情になったあと、ぱあっと赤くしながら自分の唇を押さえました。
口をモゴモゴさせて、何かを言いたいけど言えない、と言った趣のまゆちゃんに、私はちょっとだけ意地悪に微笑んで問いかけます。

「まゆちゃん、嫌な気持ちになりました?」
「いえ、う、嬉しかったですけど」
しどろもどろになりながら、まゆちゃんは答えてくれました。
こういう焦ったまゆちゃんを見るのは初めてです。かわいいな。

「じゃあ、本当に私の事、好きなんだね」
「そ、そ、そうですよ?……そうですよ!」
まだ落ち着きのない声で、まゆちゃんは私に返事をしました。本気なのは、もう目を見なくてもわかります。
「私も同じです。キスをして、全然嫌じゃなかったどころか、嬉しかったんです」
キスをした瞬間に、わかりました。私もまゆちゃんのことが好きだって。唇と唇が触れ合った瞬間に、体中に幸せが広がりましたから。
お母さんの言ったことは、案外、本当だったのかもしれません。

言うだけ言って、返事も待たずに、もう一度キスをします。また幸せな感覚が体中を駆け巡ります。
まゆちゃんの唇は柔らかくて、そして、ほっぺたと同じく、熱々でした。

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まゆちゃんと正式にユニットを組むようになってから、半年が経ちました。
仕事は右肩上がりに増えていって、今ではプロダクションの中でもけっこうな稼ぎ頭なんですよ。
ちょっとした自慢ごとです。

私が退院した直後に、プロデューサーさんからまゆちゃんときちんとユニットを組んでみないか、と言われ、即答してからというものの、毎日が今まで以上に忙しくなりました。
依頼されていた仕事をプロデューサーさんが全部受けてしまったので、スケジュールは半年後までパンパンだということです。これでは、まゆちゃんとの二人っきりの時間をろくにとれないです。プロデューサーさんは意地悪です。


でも、プロデューサーさんの言ってたことは確かでした。

ただ漫然とデュオをしているとすぐに飽きられる、というのは本当で、半年という短い期間なのに何回か人気が陰った時期がありました。
それでも、前もってその話を聞いていたお陰で、まゆちゃんと話し合って対策を立てて手を変え品を変え、飽きられずにここまでなんとかやってこれています。
プロデューサーさんにお願いして新規の出る番組の傾向を変えたり、二人での新しいキメ台詞を使ってみたり、嘘にならない範囲でキャラ立てしてみたり。
最近は、ノリツッコミも二人で上手にできるようになりました。色々、頑張っているんです。
多分、デュオとしての魅せ方を考えていなかったら、すぐに私たちはメディアから消えてしまっていたでしょう。今ならわかります。

やっぱり、プロデューサーさんは凄い人だな、と改めて思いました。


そうそう、プロデューサーさんで思い出しました。プロデューサーと奥さんに、子供ができたんです。
と言っても、まだ生まれてはいなくて、妊娠8ヶ月なんですけどね。
お腹が大きくなった奥さんの写真を私たちに見せたプロデューサーさんは、本当に幸せそうでした。

でも、そんな姿を見ても昔みたいに、心に重さを感じることはなくなりました。
それどころか、プロデューサーさんが幸せで私達も嬉しいね、と言ったくらいです。
まゆちゃんと『わ、お腹大きい、ボールが入ってるみたい。すごい、すごいね』なんてふうに盛り上がったり、『プロデューサーさん、もっと働いて子供の分も稼がなきゃダメですよ』と、二人でからかったりもしました。

写真を見せてもらった日の帰り道、二人っきりになって、晴れ晴れとした表情でまゆちゃんは言いました。
「智絵里ちゃん、私達、プロデューサーさん達以上に、もっと幸せになりましょうね」
「うん、もちろん」
私は即座に応えました。そして、二人で笑い合います。

でも、もちろんといったものの、実はまゆちゃんの言ってることはよくわからなかったりします。
もっと幸せって、どんなのだろう?
だって私は今、こんなに幸せなのに。今までの人生で、一番幸せなのに。
でも、まゆちゃんが言うんだから、もっと幸せになれるんでしょうね。今から、楽しみです。



<おわり>

レズなら最初からそう書いとけや


これでおしまいです。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6779816
改稿前のと、この作品の漫画版を書いてくださっている方のURLを貼っておきますので、よろしければご覧ください。

明後日の21時から、またSS投下すると思います。棟方愛海と浅利七海のSSだと思います。
告知などはツイッターでやっているので、よければフォローお願いします。即興SSも書いてるかも。

このスレは明日の夜にHTML化をお願いすると思います。
ありがとうございました。

乙乙
こういう関係もいいね

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