妖狐姫「わらわの座椅子となるのじゃ」 (276)
俺の人生は終わっていた。
いや、具体的には俺が勝手に終わらせたと言う方が正しいか。
高校卒業後『ただただ働きたくない』『社会が怖い』という理由から地元の適当なFラン大学へ入学。
しかしだ、Fラン大学へ入学したということは察しがいい奴ならもう分かっているだろうが俺は勉強も嫌いだ。
ロクに大学に行かず、バイトをするわけでもなく実家暮らしでゴロゴロゴロゴロとニート同然の暮らしをしていた。
親からは呆れられ、大学をやめてなんでもいいから手に職をつけろと毎日のように言われている。
日に日に親と会話するのも辛くなり、だからと言って大学の教諭と顔を合わすのはもっと辛い…
そんな俺を責めもせず癒してくれるのは二次元の女の子と飼い猫だけだった…。
俺の存在価値は飼い猫の座椅子役だけとなっていた。
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自分の膝枕の上で気持ちよさそうに丸まり眠る飼い猫を見ているときにのみ自分の存在価値を見出せる…悲しき人生だ。
しかしその飼い猫もとうとう一週間前に老衰で死んでしまった。
俺は唯一の存在価値を失った。
そして今日の俺は、いや今日も俺は大学に行かないくせに外をブラブラと散歩していた。
天気のいい日は家にいても死にたくなるだけなのでこれにつきる。
男「…あれ?」
だが外に出て30分…公園のブランコに座っていると、空はまだ太陽が顔をだしているというのに雨がぽつぽつと降り始めた。
男「んー…」
空をぼーっと眺めているとなんだかその天候は今の自分の人生を表しているようにも見えた。
ニートをしているから基本的にはストレスフリーなお天気だが、未来やゴミ屑な自分に目をこらすと毎日たえず雨も降っている。
そんな感じだ。
男(もういいか。傘も持ってねーし濡れて帰るか)
肩や頭に降り注ぐ一滴一滴が己への罪なんだと考え自己満足も良いところだが全部浴びて帰ることにした。
濡れたアスファルトを見つめながら水たまりを踏まないように歩く。
男(おっとこんなところにも…あぶねーあぶねー…靴濡れると面倒だし気持ち悪いしな)
男「ん?」
しかし横を通りかかったトラックが水たまりを思いっきり踏み俺の足元に水をぶちまけた。
男「うわっ!」
男(…最悪だ)
この瞬間俺は全てを悟った。
男(もしかして俺の人生ってこの先真面目に生きたってこんなことばっかになるんじゃね?)
何か努力しても、別の何かがその努力をなかったものにしてしまうのではないか…
トラックがかけた水はただでさえ病んでいた心に思わぬ追い打ちとなった。
男「はぁ…」
また一段と死にたくなった。
前から2台目の車の音がする。
男(このまま飛び出して…死のうか…)
そう思った5秒後、その車は何事もなく俺の横を過ぎて行った。
俺はただ歩道に立ちつくしたまんまだった。
男(死ぬ勇気もないのか俺は)
男「あー…」
ならいっそのこと犯罪に手を染めて暴れるというのはどうだろう。
あの、よくあるあれだ『ムシャクシャしてやった』というやつだ。
昔はよく『ムシャクシャして』ってなんだよ(笑)
とも思ったものだが今なら彼らの気持ちもなんとなくだが分かる。
男(さて何をしてやろうか)
キョロキョロと周りを見渡すと前から小さな女の子が走ってくるのが見えた。
男(…なんだあれ?)
だがその女の子…どうも普通じゃない。この国にいるのは不自然なほどの鮮やかな黄金色の髪、だが服装は和風な巫女風装束だ。
男(小学生コスプレイヤーとか…?マジ?)
コスプレイヤー以外は信じられないほど顔も可愛らしく、まるで二次元からそのまま飛び出したかのような女の子だった。
男(ああいう子を襲って捕まるなら…アリか)
どうせもうすでにクズなら極限までクズになろう。
そう決心した俺は前から来るその金髪少女にゆらりゆらりと近づいて行った。
不審者の挙動コンテスト1位不可避の完璧ムーブだ。
…そんなものはないが。
「はっ…はっ…あやつらめ…何処までわらわを追い回す気なのじゃ…」
「…ひゃっ!?」
俺が目の前まで近づいたその瞬間、女の子は濡れた地面に足を滑らせて前から倒れかけた。
男「うおっと!」
思わず前に一歩踏み出して倒れかけた金髪少女を抱きしめて受け止める。
「なふっ!」
男(うおー!やわらけー!女の子やわらけー!…じゃなくて!)
男「だ、大丈夫か…?」
「う、うむ…」
彼女は暫く驚いた顔でこちらをじっと見ていた。
男(で?ここからどうすんだよ)
思わぬ形で合法的に女の子に触れることに成功したものも逆にどうしたらいいのか分からなくなった。
ってか最初から計画なんてなかった。
男(どうすんのこれ?どうすればいいのこれ!?教えて悪い人!)
俺の方がおろおろとしていると金髪少女は何かを決心したような真剣な顔つきとなり先に口を開いた。
「うにゅよ…」
男(え?俺のこと…?)
男「はい…?」
「わらわと籍を入れるのじゃ」
男「…ん?」
5秒ほど思考が止まった。
男(え?籍を入れるって…アレだよな…つまり結婚しようってこと…だよな…)
男(なんで…?どうして…?)
「おい!姫君だ!いたぞー!」
「こっちだー!」
俺の思考が追いつかないうちに目の前から五人ほどこれまた着物を着た男たちが走ってきた。
男(ひ、姫…?この子お姫様なの!?)
「くっ!見つかってしもうたか!」
「おい!うにゅよ!わらわをおぶって走るのじゃあ!」
男「え?え?」
「はよう!はよう!」
「なんだあの男は!?」
「付き人か!?」
男「うわああああ!!!」
30メートル前からすごい形相でこちらへ走ってくる男たちを前によく分からないが恐怖を抱いた。
特に先頭を走る髭の濃い色黒のおっさんがヤバイ。
コスプレ企画にしても顔がマジすぎる。
自分も捕まればただじゃすまない。
そんな気がした。
急いで言われたとおり金髪少女を背負い走り出す。
男「どっ、何処行けばいいんだ!?」
「なるべく人間がおらん場所へ出るのじゃ!」
「どうする!?」
「妖術を使うか」
「いや目立つ行動はできん」
走りに走った。
体力のないニートにはキツ過ぎる。
道行く人、すれ違う人の視線が痛い。
そりゃあそうだ。平日の真昼間に金髪和服の少女を背負って必死に走る男を見れば誰だって不思議がる。
男(冷静にこんな子を誘拐しようとしても目立ちまくって即通報だったな)
今さら気がついた。
「ここらでよいか」
なんとか男たちを巻き、人通りの少ない場所へ出たところで背中の少女はぶつぶつと呪文のような何かを唱え始めた。
男(なんだなんだ!?今度はどうした!?)
「ひらけっ!」
彼女が叫ぶと俺たちの目の前に巨大な赤い鳥居が出現した。
男「うわあっ!?」
「そのままそこに突っ込むのじゃ!」
巨大な鳥居の向こう側はその先の景色を写さず歪んだ空間を俺に見せていた。
男(は!?あ!?え!?)
全力疾走で止まるに止まれず目をギュッと閉じた状態で鳥居をくぐり抜けた。
…………
人混みが騒つく声で目を開けた。
一人で落ち着く自室に籠もっていると、どうもこういう騒がしいのは苦手だ…。
男(せっかく一目の少ないところに行ったのに結局人通りの多いところに来たのか…)
まだ視界がチカチカしてはっきりしない中そんなことを考えながら瞬きを繰り返した。
「ふぅ…もうよいぞ…降ろせ」
男「あーはいはい」
背中の金髪少女を降ろし、改めて目の前の景色を見た。
男「なんだ…これ…」
まず、どう見ても自分の知っている場所ではない。
高校の教科書でしか見たことないような古い雰囲気の漂う市場で沢山の人達が衣類や果物を買っている。
買い物をしている人達の殆どは今隣にいる金髪少女やさっき追ってきた男たちのような和服姿だ。
中には民族衣装のような格好の人達もいる。
ここまではまだいい。
全然現実味がある…
問題はだ…
男(人間に狐の耳と尻尾が生えてる…)
「何処でもよいと適当な転移鳥居をくぐってしもうたが…さっきの世界は耳と尻尾を隠す必要があって大変じゃったな…」
「ふぅ…やっと楽になったのじゃ…」
男「なぁ、ここは一体何処なんだ…?」
今自分が置かれている状況を整理するために俺は金髪少女に問いかけた。
男「って!うわぁ!」
「なんじゃさっきから騒がしいのぅ…まぁ無理もないか…」
俺が少女の方を向くと彼女はさっきまでは無かったはずの狐耳と尻尾をぴょこぴょこと動かしていた。
「ここは妖狐の国…」
「数ある世界の一つじゃよ」
男(妖狐の国…?)
もしかして…
男(べ、別世界に飛ばされた…?)
「姫様!探しましたよ!?」
「主様!ここにおられたでごじゃるか!」
突然の出来事の連続は俺に冷静になる暇を与えてはくれない。
市場の奥からこれまた狐耳狐尻尾の黒髪ポニーテールのお姉さんと銀髪ショートの女の子が走ってきた。
銀髪の子の方はくノ一の様な格好をしている…生の忍者装束なんて初めて見た。
歳は見た目からして黒髪のお姉さんの方は俺と同じくらいだろうか…銀髪の方は金髪少女より少しだけ上…といった感じか…?
「む…おい貴様…何者だ!」
「耳と尻尾が無いでごじゃるよ!怪しいでごじゃる!」
「てんこ、くぅこ。この者は怪しい者ではない」
妖狐姫「紹介が遅れたな。わらわは妖狐姫…こっちの黒い髪の方がわらわの女中のてんこ…そして銀色の髪の方が護衛役のくぅこじゃ」
てんこ「なんだ姫様のお知り合いであったか」
くぅこ「怪しいなどと無礼でごじゃった。すまぬでごじゃるよ」
妖狐姫「うにゅの名をまだ聞いて無かったな。名はなんと申す」
男「男…だけど…」
てんこ「なっ!?姫様、その男殿とは先ほど知り合ったということですか…?」
妖狐姫「まぁそうじゃな。じゃがわらわは決めたのじゃ」
妖狐姫「わらわはこの者と籍を入れることにしたのじゃ!」
男「あ」
てんこ「は!?」
くぅこ「真でごじゃるか!?」
そういえば俺はこの妖狐姫に謎の逆プロポーズを決め込まれていたのを完全に忘れていた。
てんこさんとくぅこも驚きを隠せない表情をしているあたりやはりあれは何かの間違いだったのだろうか…というか十中八九そうだろう。
出会って10秒もしないうちに逆プロポーズなんて少なくとも人間の常識では聞いたことがない。
妖狐姫「これであの男もわらわを諦めてくれよう」
てんこ「はぁ…姫様…とりあえず一度お屋敷へ戻りましょう。お話はそこで聞きますよ」
男「お屋敷…?」
くぅこ「ここからでも大きく見えるあのお屋敷が主様の住居でごじゃるよ」
男「あ、あれが…?」
くぅこが指を指す方向にあったのは昔の武将が住んでそうな立派な木造のお屋敷だった。
男(すっげぇ…)
中学生の修学旅行気分で俺は三人に案内され屋敷へと向かった。
…………
てんこ「で、再確認するが…男殿は姫様とはなんの面識も持たない殿方で間違いないのだな?」
男「まあ…そうですが…」
だだっ広い畳の部屋に連れて来られた俺はてんこさんとくぅこ、そして妖狐姫と向き合い座布団の上で正座していた。
どうやらここは妖狐姫の部屋なのだという。
ぱっと見ただけでも俺の自宅の部屋の3倍以上はあった。
どう見ても妖狐姫のようなお子様一人のための部屋には見えない。
旅館の団体様専用の部屋…といった感じか。
…どうも落ち着かない。
男「あ、あの…やっぱ何かの間違いなんですかね」
妖狐姫「そんなことはないぞ?」
てんこ「姫様は少し黙っていてください」
妖狐姫「むぅ…」
てんこさんは妖狐姫を軽くなだめると改めて口を開いた。
てんこ「始まりは昨年、この街の領地主…姫様の父上様が病気で亡くなられたころだった」
てんこ「実は姫様の母上は姫様をお産になったさいに他界されて…後継者にあたる姫様は見ての通りまだ幼く、それをいいことに隣街の主が領地を拡大しようと姫様に婚姻を迫っておるのだ」
てんこ「結婚しないのならとどんどんこの街の商人を買収していって…今や賑わう市場も城の近くのあの場所だけとなり、この街は街として成り立つのにはギリギリな状況なのだ…」
男(なるほどな)
どうやら単なるお子様の悪ふざけではなかったらしい。
男(ん…)
妖狐姫「むぅ~」
妖狐姫の方に少し目を向けると彼女はバツが悪そうにそっぽを向いていた。
大方話は見えた。
この街を一つの街として守りたいなら妖狐姫はその隣街の主とやらと結婚するべきなのだろうが…
彼女はまだ幼い。
他の周りのお偉いさん方に自分の将来を左右されたくないのだろう。
無理もない。
俺だって彼女の立場なら逃げ出したくもなる。
男(そして…)
数多くのアニメを視聴し、数多くのゲームをプレイをしてきたこの俺には分かる。
この手の話は「ぐへへへへ」と悪趣味そうな笑みを浮かべるロリコンハゲ親父が鉄板だ。
そんなのと政略結婚なんて可哀想すぎるだろう。
それならまだフツメンのこの俺が…
くぅこ「しかしなんでまた主様も男殿のような冴えない顔の者を選んだでごじゃるか?見た目だけなら隣街の主様の方がよほど美形でごじゃるよ」
男(え)
俺の頭の中にあった鉄板は1枚の紙切れのように一瞬で砕け散った。
てんこ「くぅこ、男殿に失礼だぞ。姫様のことだ。適当に開いた転移鳥居の先で出会った者を適当に拾って帰ってきただけだろう」
男(人を子どもが拾ってきた捨て犬みたく言うなよ)
てんこさんのフォローになってないフォローを苦笑いで流す。
妖狐姫「好き勝手言ってくれるのぅ…わらわもなんの理由もなくそやつを選んだわけではない」
妖狐姫「そやつはあの隣街の男よりも使える男じゃぞ」
てんこ「それは…婚姻するとあの方よりもこの街に利がある…ということですか?」
妖狐姫「勿論じゃ。その男は…」
妖狐姫「わらわの座椅子となるのじゃ」
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
兎娘の人か
乙
あんただったのか…
男の設定が俺過ぎて泣ける
そうです
…多分
(-ω-)
>>25
安価つけるの忘れた
(-ω-)
男「うぇ!?」
てんこ「座椅子…?男殿もそのような妙な条件を飲み込んでここに来たのか?」
男(さすがにそれは聞いてないぞ!?)
妖狐姫「今この街が危機に瀕しておるのはわらわに主としての風格が欠けておるからじゃ。その風格さえあれば皆もわらわを主として認め、奴もわらわの威厳に敬意を表し、買収をやめるに違いない」
妖狐姫「そのために必要なのはやはり専用の座椅子役じゃ!わらわに最も近い存在…うにゅらよりも深い忠誠を誓う者が必要なのじゃ!」
てんこ「そこで座椅子役を結婚相手に…ということですか…」
くぅこ「めちゃくちゃでごじゃるな…」
男「う、うん…」
自分の考えを熱く語る妖狐姫の話を皆があんぐり口で聞く中、俺もそう思った。
てんこ「その座椅子役!この私が引き受けますっ!ですからこのような別世界の凡人などと結婚するのだけはやめましょう!」
そういう問題なのか!?
ってかさっきはフォローしてくれたのについに本音言っちゃったよこの人!
妖狐姫「ええい!うるさいうるさい!うるさいぞ!てんことくぅこは今すぐ出て行くのじゃあ!」
くぅこ「しょ…しょーちでごじゃるよ…」
てんこ「ひ、ひめさまぁ…」
くぅこ「てんこ殿、行くでごじゃるよ。どうせ主様はすぐ飽きるでごじゃる」
てんこ「くぅこぉ!貴様は悔しくないのか!?離せ!はなせぇ~!」
くぅこがてんこさんをズルズルと引きずっていき、てんこさんの嘆く声も襖がパタンッと閉じる音と共に聞こえなくなった。
男「え、えぇ…なぁ…あれ、本当によかったのか?」
妖狐姫「てんこは心配性じゃからな…『過保護』というやつじゃ」
妖狐姫「心配せんでもわらわももう大人じゃ。父上に甘えていた頃のわらわとは違うのじゃ…それがあやつは分かっておらん」
妖狐姫はやれやれと軽くため息をはいてから襖から俺の方へ視線を戻した。
妖狐姫「ほれ、座椅子。こちらへ来い」
男(俺の意思は関係なく、もう俺は座椅子決定なんだな)
もし俺が立派な真人間で、あっちの世界で充実した人生を送っていたなら…「ふざけるな帰らせろ」とでも言っていただろう。
男(そのとき妖狐姫はどんな反応をしたんだろ…)
なんて考えながら手招きする彼女の方へ歩み寄る…真人間じゃないからな。
妖狐姫「ここに胡座をかくのじゃ」
妖狐姫は立ち上がるとさっきまで自分が座っていた座布団を指差してそう言った。
男「お、おう」
俺も言われた通り座布団に胡座をかく。
さらにその上に妖狐姫が座り込んだ。
妖狐姫「うむうむ。よいぞよいぞ!思った通りじゃ」
妖狐姫「うにゅと初めて出会ったとき、確信したのじゃ。うにゅはわらわにぴったりの座椅子になるとな」
男(出会ったときって…倒れかけた妖狐姫を受け止めたときか)
男「あー…で、俺はこのまま何もせずにずっと座椅子になってたらいいのか?」
見た目通り妖狐姫は軽かった。
よほど長時間じゃない限りは足はしんどくなさそうだが…
男(手のやり場に困る…)
俺は手を後ろに着いた状態となっていた。
…本音を言うとだ
男(めっちゃもふもふしたい)
考えてもみろ!
今俺に座っているのはもふもふ耳にもふもふ尻尾の女の子だぞ!
やっぱりお姫様だからかめっちゃいい匂いするし!
男(でも安易に触って妖狐姫が叫びでもすれば多分てんこさんとくぅこが飛んできて俺を一瞬で始末しそうだ)
この衝動を抑え続けろというのならそこだけは軽く拷問だった。
妖狐姫「何を言う。そのようなつまらんものでよいなら最高級の座椅子をてんこに頼むだけで事足りておる」
妖狐姫「わらわを愛でるのじゃ」
男「え?」
妖狐姫「このわらわの美しい髪と尾を、この世で最も愛しいものに捧げる愛を持って撫でるのじゃ」
妖狐姫「そのための婚姻関係というわけじゃ」
妖狐姫「…できぬか?」
妖狐姫は物恋しそうな視線をこちらにちらりと送った。
男「っ!」
男(ここは天国か…)
その日、俺は極楽浄土を信じた。
…あっちの世界で積んだのは限りなく悪徳に近いが。
男「い、いいぞ」
震える手で、ふわりと彼女の頭に手を置いた。
妖狐姫「んっ…」
さらさらとした長くて綺麗な金髪をゆっくりと撫で下ろす。
妖狐姫「なっ…なんだかもどかしぃぞ…うにゅならもっと上手く撫でられるはずじゃ」
男(そんなこと言ったって…)
仮にも姫様を撫でているのだ。
緊張でいつものようにはいかない。
男(ん…?)
『いつものように』ってなんだ?
俺はいつも同じようなことをしていたのか?
男(そうか)
そこで自分がいつも飼い猫を同じようにして撫でていたのを思い出した。
あの世界での、俺の唯一の存在価値…だったもの…
男(出会ったときのあの一瞬で、妖狐姫はそれを見抜いていたのか…?)
自分の飼い猫を愛でるように…
優しく、繊細に…
妖狐姫「ふぁ…んっ…」
妖狐姫「んにゅ…よいぞ…実に心地よぃ…」
どうやら気に入ってくれたようだ。
妖狐姫「んぎゅっ」
男「わっ…どうしたんだよ…」
妖狐姫は振り返ると俺の背中に腕を回して抱きついてきた。
妖狐姫「やはりわらわは間違うてなかった」
眩しい笑顔で俺にくっつく彼女の頭の上にはハートマークすら見えた。
男(あ…)
『父上に甘えていた頃のわらわとは違うのじゃ…』
男(あれは嘘だな)
彼女はまだまだ甘えたがりで……
父のように自分が甘えられる存在が欲しかったのだろう。
妖狐姫「座椅子…これから…よろしくたのむ…ぞ…」
妖狐姫「むにゃ…すぅすぅ…」
男(寝ちゃったか)
おそらく沢山走って疲れていたのだろう。
妖狐姫「ちちうえ…むにゃ…」
男「…やっぱりそうか」
男「しっかし…いい寝顔してるな」
今は亡き飼い猫の寝顔と重ね合わせながら暫く彼女の頭を撫でていた。
男(さすがにキツくなってきたな…)
男(あれ?これ俺動けないんじゃ…)
困った…。
幸せそうな妖狐姫の寝顔を見ると今起こすのは可哀想だ。
てんこ「寝てしまいましたか」
どうしようかと考えているとてんこさんが入ってきた。
男「あー、はい」
てんこ「そろそろ夕食の準備が整いそうなので呼びにきたのですが」
くぅこ「嘘でごじゃるよ。てんこ殿は襖の隙間からずっとお二人を見ていたでごじゃる」
男「わっ!お前一体どっから…」
天井裏にでも隠れていたのかくぅこがしゅたりと降ってきた。
てんこ「く、くぅこぉ~!だって姫様が私たちの知らぬ殿方と二人きりだぞ!姫様が変なことされないか心配にもなるだろう!」
くぅこ「そんなに心配せずとも、もしそのようなことがあればせっしゃが男殿の首をはねていたでごじゃるよ」
背中に背負った小刀を光らせてくぅこが鋭い目で俺を睨む。
男「ヒェッ…」
どうやら下手に妖狐姫に触れてはいけないという俺の考えは正しかったようだ。
てんこ「一つ聞いてもよろしいか?」
男「はい?」
てんこ「男殿は…元の世界に帰りたいとは思わないのか?」
てんこ「…とは言っても転移鳥居を開く妖術が使えるのは主の血筋を持つ者だけだからな。姫様に相談せんことには帰れんが」
男「…今は別に帰りたいとは思いません」
あの世界の俺の存在価値はもうない。
あの世界の俺はもう死んでいるも同然だった。
ならまだ誰かに必要とされているこの世界で生きていくのもありだと思った。
愛でるべき存在を失ってしまった俺…
甘えたい存在を失ってしまった妖狐姫…
俺たちが出会ったことが、俺は少しだけ偶然じゃない気がした。
くぅこ「それは主様との婚姻を受け入れるということになるでごじゃるよ」
てんこ「おいくぅこ!私はまだそのことは認めてないぞ!」
くぅこ「それはせっしゃも同意でごじゃるがまずは当事者にその気があるかでごじゃる」
男「俺は…」
男「妖狐姫が必要としてくれている限りは、ここにいたいと思っています」
くぅこ「男殿…さては幼女好きでごじゃるか?」
くぅこの蔑んだ瞳が重くのしかかる。
男「いやいやいやそんなんじゃないから!」
てんこ「むむむ…」
てんこさんも俺の答えにあまり納得がいかないようだ。
男「それにさ!転移鳥居?だっけ?とにかくそれを開けられるのは妖狐姫だけなんだろ?」
男「妖狐姫も俺に飽きたら鳥居開くだろ!そのときは俺も大人しく帰る。それでいいだろ?」
男「だからてんこさんもくぅこもそんな目で俺を見ないでくれ…ってかくぅこは刃物もしまって!怖いって怖いから!」
てんこ「分かった」
くぅこ「見事な命乞いでごじゃるよ。しょーち」
とりあえず二人とも納得してくれたようだ。
男(ふぅ…)
…………
みんなの夕食の席に同席した。
美味しそうな料理が目の前に並ぶ。
男「いいんですか?こんな美味しそうなご馳走…」
妖狐姫「当然じゃ。座椅子はわらわの家系の一人じゃからな」
てんこ「ここの自慢の料理人が腕によりをかけて作っているものだ。味わっていただくのだぞ」
男「い、いただきます…」
まずは油揚げがツヤツヤと光るいなり寿司に手を伸ばした。
男「あむっ…」
男「!」
口に入れた瞬間じゅわりとコクのある甘さが広がる。
あとからくる酢飯の程よい酸味がちょうどいいところであげの油味を断ち切り、口の中にむつごさを残さない。
今好きな食べものはなんですかと聞かれたら俺は「この屋敷のいなり寿司です」と即答するだろう。
妖狐姫「どうじゃ?」
男「最高だ。今まで食べてきたいなり寿司が別の食べものだったのかと思うくらい」
妖狐姫「そうじゃろそうじゃろう?この城の料理は絶品じゃからな。わらわも鼻が高いわ」
くぅこ「この料理が食べられるだけでここに雇われて良かったと感じるでごじゃるよ」
妖狐姫「ほう?くぅこ、わらわの護衛は辛いものか?」
くぅこ「や、やめて欲しいでごじゃるよ。勿論主様を護るという大役を任せてもらって光栄にでごじゃる。辛いなどとはこれっぽっちも感じてないでごじゃる」
妖狐姫「ふふ、まあ冗談はさておき…明日は隣街に文と招待状を出そう。わらわに配偶者が出来たことを報告するのじゃ」
てんこ「招待状とは…?」
妖狐姫「もちろんわらわと座椅子の祝言のじゃ。奴に文の内容が嘘ではないことを教えてやるのじゃ」
妖狐姫「本当は宴など明日にでも開きたいところじゃが…折角のわらわの晴れ舞台、大勢の者に祝ってもらおう。てんこ、集客の手配を頼むぞ」
てんこ「は、はぁ…」
てんこさんは困った顔をしていた。
俺も…少しだけだが困惑していた。
予想でしかないが俺たちの考えていることは恐らく同じだ。
男(人呼んじゃったら引き返せなくなるんじゃ…)
いや、もはや元の世界に未練がない俺はどうでもいいのだが、てんこさんにとっては冷や汗ものだろう。
大勢の人を呼んでおいて、もし妖狐姫が俺に飽きて転移鳥居を開きでもしたら大変だ。
経済的な面だけでなく民の信頼まで失ってしまえば本当にこの街は終わりだ。
くぅこも青ざめていた。
次の就職場所を考え始めるサラリーマンの顔はあんな感じか。
妖狐姫「ふぅ~!今日もご馳走であった。さて、明日は朝一番に文を書かなければな。今日はもう寝るとしよう」
妖狐姫「てんこ、座椅子を寝床に案内してやるのじゃ」
てんこ「はい…」
妖狐姫「本当はわらわと同じ部屋でもよいのじゃが…てんこがうるさくてのぅ…」
てんこ「当然ですっ!」
…………
てんこ「男殿」
男「なんですか?」
夜、風呂を上がった後、長い縁側をてんこさんに案内してもらいながら歩いていた。
てんこ「その、なんだ。私は貴様がすごく羨ましい」
男「え、ああ…すみません…まぁ…分かります…」
自分が長い間大切にしてきた人がポッと出の異性とくっつこうというのだ。
同性だろうがどんな身分だろうが俺がその立場なら発狂もんだ。
てんこ「失礼な話だが、本音を言えばすぐ飽きられてしまえばいいと思っていたほどだ」
男「今までも同じようなことが…?」
てんこ「いや、さすがに配偶者候補を異世界から拾おうなどというめちゃくちゃはこれが初めてだが…飽き性で好奇心旺盛な姫様は昔から転移鳥居をくぐるのが大好きな方で…」
てんこ「異世界の綺麗な花を摘んできたりとかはまだ良かったのですが、得体の知れない生き物を愛らしいと言って拾ってきたり…」
てんこ「今回の一件も隣街の主様との見合いが嫌で転移鳥居に逃げ出したのが始まりだ」
男「それは大変ですね…同情しますよ」
てんこ「とにかくあの方は縛られることを嫌い、新しいもの好きなところがある。下手をすれば貴様も三日と経たずに捨てられるかもしれん」
てんこ「だが、この件はもうすでにこの屋敷だけの話ではない。大勢の人が関わるとなれば話は別だ」
てんこ「頼む!男殿…宴会が無事終了するまでは姫様に飽きられないようにしてくれっ!」
てんこさんに深々と頭を下げられた。
男「やめてくださいよそんなっ…!」
てんこ「私だけの力ではどうにもならないことだ…男殿に頑張ってもらうしかないんだ…」
男「は、はい…頑張ります…」
それしか言えなかった。
てんこ「…頼んだぞ。部屋はこの右だ。それではな…」
…………
部屋の中で一人、俺は中々眠れないでいた。
いや、新しい空間に落ち着けないというのもあるが
何よりも…
男(腹いてぇ)
胃がキリキリとして凄まじい。
別に食あたりとかではないと思う。
これはストレスからきているものだろう。
今までニートだった俺は仕事などからくるプレッシャーや責任感とは無縁な生活を送ってきた。
それが一気にやばい使命を任されてしまった。
男(そりゃあ…飽きられたら俺は元の世界に放られるだけだから…俺が飽きられた後のこの街の事情とか知らんぷりできるけど)
絶望するてんこさんやくぅこの顔を思うとそこまで下衆にはなれない。
男「うぅ…」
くぅこ「苦しそうでごじゃるな。料理が絶品すぎて食べ過ぎたでごじゃるか?」
男「うわっ!」
後ろから急に声がして驚いて振り向くとそこにはくぅこが立っていた。
男「おまっ…なんでここに…」
くぅこ「なんでも何もここはせっしゃが貸してもらっている部屋でごじゃるよ」
男「え、そうなのか…なんか悪いな」
くぅこ「まあせっしゃは仕事柄この部屋には殆ど居ないから大丈夫でごじゃる」
男「まだ寝ないのか?もう結構遅いぞ?」
くぅこ「何を言うでごじゃるか。忍の仕事は夜が本業…それも護衛仕事は主人が寝ているときが重要でごじゃる」
男「それもそうか…」
男(こんな妖狐姫と大して歳が変わらない子も頑張って働いてるのに…俺はあっちで何やってたんだろうな…)
くぅこ「腹痛ならこれを飲むといいでごじゃる。水もあるでごじゃるよ」
くぅこが懐から薬と水を出して渡してくれた。
男「ありがとう…ごくっ…」
男「にっげぇ…」
あまりの苦さに舌を出してえずいた。
くぅこ「その代わり良く効くでごじゃる」
男「まさに『良薬は口に苦し』ってか…」
くぅこ「なんでごじゃるかそれは」
男「ああ、俺の世界でのことわざだよ」
くぅこ「なるほど。的を射た言葉でごじゃるな。何にせよ明日からは食べ過ぎぬよう注意するでごじゃるよ」
男「いや、実はな。食べ過ぎたわけじゃなくて…自分に課せらてた立場がヤバすぎて責任感に押しつぶされそうなんだ」
くぅこ「…そういうときはあまり深く考えすぎない方がいいでごじゃる」
さすが歳にそぐわない仕事を任された天才少女。肝が据わっている。
男「無理だって。だって街の存続がかかってるんだぞ?」
くぅこ「主様は出来ない者に出来ない仕事は任せぬ方でごじゃるよ」
男「いや、つってもな~」
くぅこ「せっしゃも最初はそうだったでごじゃる。師匠様から一人前の印を貰って直ぐに主様に拾われ、不安で不安でたまらない日々だったでごじゃるよ」
くぅこ「だからある日、本当にせっしゃなんかで良かったでごじゃるのかと主様に聞いたら『うにゅはわらわの目が節穴だと言いたいのか』と怒られてしまったでごじゃる」
くぅこ「だから男殿も胸を張るでごじゃるよ。座椅子をしているときの男殿はその道の達人に見えたでごじゃる」
男「座椅子の達人…?ははっ、なんだそりゃ」
くぅこ「あちらの世界で座椅子の道を極めたのではないのでごじゃるか?」
男「…ある意味そうなのかもな。妖狐姫の目の良さを保証するためにもそういうことにしておくよ」
男(今日のあんな感じでもあいつは満足してくれたし…そうか…深く考えずにいつも通りでいいんだ)
男(飽き性だってんなら、飽きられないくらい生活の一部に染み込ませてやればいい)
『呼吸することが飽きた』なんていう人間はいないだろう。
言うだけなら簡単だが、大半の奴はそれをいいながら呼吸している。
それが本当に嫌なら自殺するしかない。
男(そんくらいすげー座椅子になってやる)
男「くぅこ、ありがとな。元気出たよ」
くぅこ「力になれたなら良かったでごじゃるよ。せっしゃは主様の部屋に戻るでごじゃるよ」
そう言うとくぅこは一瞬にして闇に溶けた。
これも妖術の一種なのだろうか。
男「よし」
憂鬱の雲も晴れ、薬も効いてきたのか腹痛はすっかりなくなっていた。
これで眠れる。
俺は仰向けの状態で天井に手のひらをかざしてからゆっくりと、だが強く手を握った。
これは神様が俺にくれたチャンスだ。今までの駄目だった自分は今日で終わりにしよう。明日からは自分のできることは全力でやる、そんな俺になろう。
確かな誓いを胸に、俺は眠りについた。
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
むつごさってどういう意味かと思ったら方言なのね
>>60
普通に書いちゃいました
「しつこい」みたいな感じだと思います
…………
てんこ「す、すごい…」
くぅこ「主様が骨抜きにされてるでごじゃるよ…」
妖狐姫「はふぅ…」
翌日の昼、朝から堅苦しい文を書いて疲れたと言う妖狐姫を俺は膝の上に乗せていた。
男「気に入っていただけたようで何より」
妖狐姫「んっ…あぁ…おい…撫でる手を止めるでない…揺籠から落とされた赤子の気分になる…」
男「そこまでかよ」
実は俺、向こうの世界でも頑張って勉強すればマッサージ師とかになれたのでは?
そんな錯覚すら覚える。
くぅこ「やっ、やはりその道の達人でごじゃったか…」
てんこ「男殿、そうなのか?」
男「いや、向こうの世界にペットがいてそいつをよくこうして撫でていただけですよ」
てんこ「ぺっと…?」
くぅこ「む、聞いたことがあるでごじゃるよ。確か『ペット』とはどこかの世界の言葉で奴隷の隠語だと…」
てんこ「ど、奴隷だとっ…!?」
男「いやいやいや!それどこ情報!?違うから!いや…一部の人たちにとっては違くないかもしれないけど…」
てんこ「違わないのか!?」
男「いや少なくとも俺が言ってる意味は違うから!」
くぅこ「ん~…?はて、何処で耳にした話でごじゃったか…」
男(マジで勘弁してくれよくぅこ!妖狐姫に自分が奴隷と同じ扱いを受けてるって思われたらどうすんだよ!)
ビクつきながら恐る恐る下を見る。
妖狐姫「何じゃと…?」
妖狐姫は少ししかめた顔でこちらを見ていた。
男(やばいやばい!なんか言わないと!)
なんとかしてフォローしたいが言葉が思いつかない。
絶対絶命だ。
妖狐姫「座椅子の世界の奴隷は随分といい身分じゃのう…こんな素晴らしい施しが受けられるとは…それは本当に奴隷なのか?」
どうやら別の方向に捉えてくれたらしい。
危なかった。
男(よかったぁ…)
この日はこの一件以外は特に何もなく終わることができた。
ちなみに祝言は一週間後らしい。
早すぎないか?
祝言まで、あと七日…
…………
男「くぅ~こぉ!」
くぅこ「せっしゃの失態であった。許して欲しいでごじゃる」
みんなが寝静まったころ、俺とくぅこはまた共通の寝室で話していた。
てんこさんにはこの街や屋敷のことを中心に教えて貰っているが、くぅこからは主にこの世界のことについて教えて貰っている。
くぅこ「しかし今日の主様を見てせっしゃ少し男殿が恐ろしくも感じているでごじゃるよ」
男「恐ろしい?何が?」
くぅこ「あれは何らかの妖術を主様に使っているわけではないでごじゃるか?そうとしか考えられぬでごじゃるよ」
男「妖術なんて…そんな魔法みたいなもん使えやしないよ」
男(使えたら多分この世界にはいないって)
中学生のころはよく自分がそんな類のものを使って無双する妄想をしたものだが…
くぅこ「ほ、本当でごじゃるか…?」
男「怯えすぎだろ…」
くぅこ「せ、せっしゃも男殿の膝に乗せて貰っても構わないでごじゃるか…?」
男「んえ?」
いきなりだな…
くぅこ「世の中には多種多様な相手を無力化する術が存在しているでごじゃるよ。そして忍者たる者それら全てに屈服してはならぬ。それが忍ということでごじゃるよ」
男「修行の一環ってことね」
男(他の奴を乗せたなんて言ったら妖狐姫のやつ怒るかな…?一回くらいいいか)
俺は布団から起き上がるとくぅこの前で胡座をかいた。
男「来いよ」
俺が膝をぽんぽんと叩くとくぅこは警戒しながらもそっとお尻を乗せた。
くぅこ「むぅ…?ただの座椅子でごじゃるな」
男「そりゃあまぁ…こうしてるだけならな。これなら高級座椅子の方がいいって妖狐姫にも言われたよ」
くぅこ「座椅子術にはこれといった仕掛けはなし…と…」
男(座椅子術…?)
こうしてまたこの世に新たな妖術が生まれた。
くぅこ「となると…骨抜きの仕掛けはやはりあの手に…」
くぅこ「男殿、頼むでごじゃるよ」
男「え、いいのか?」
くぅこ「その手に秘めたる力を受けなければ修行の意味がないでごじゃるよ」
そんな大層なものではないが…
男「あ、ああ分かった」
男(いや…しかし…)
くぅこをペットのように可愛がる…という実感がイマイチ湧いてこない。
確かにくぅこも可愛いらしい可憐な少女だが…
なんか、そう。可愛いって言っても、妹みたいな感じ…
くぅこ「…どうしたでごじゃるか?」
男「その、どうやって可愛がったらいいか分からない」
くぅこ「可愛がる?どうして可愛がる必要があるでごじゃるか?」
男「それくらいの愛情がないと駄目なんだよ」
仕事感覚でこれができない。
やはり俺にマッサージ師は無理だったな。
くぅこ「しょ…しょの…やはり汚れ仕事をしている身に魅力はないということでごじゃろうか…」
くぅこは少ししゅんとしてしまった。
男(どんなに影の仕事をしていても、やっぱり女の子なんだな)
男「そんなことないって。くぅこは可愛いよ」
左腕で彼女を抱き寄せ、右手で彼女の頭を撫でた。
くぅこ「ふ、ふぇぇ…!?そっ、それも話術の一つでごじゃるか?」
男「口説き文句なんかじゃないよ。本当にそう思っただけ」
男(女の子にいちいち細かいダメだしできるほど目も肥えてねーしな…)
くぅこ「うぅ…」
暗い部屋の中で灯りがともったかのようにくぅこは顔を真っ赤にして首をすくめた。
くぅこ「男殿の手…おっきいでごじゃるな…」
男「よく言われる」
くぅこ「…少しばかり師匠様を思い出したでごじゃるよ」
男「師匠様にもこうやって頭撫でてもらったの?」
くぅこ「うむ…」
男(ん?)
ふと下を見ると彼女の銀色の尻尾が彼女の背と俺の腹の間をメトロノームのように動いていた。
男「頭撫でてもらうの、好きだったんだな」
くぅこ「…もうそのようなことに喜びを感じる歳ではないでごじゃるがな」
男(そんなに尻尾振って言われても説得力ないけどな)
彼女のためにも口には出さないでおいたが。
男「そういえばさ、くぅこってどんな妖術が使えるんだ?」
くぅこ「一番得意なのはやはり基本妖術の『変化』でごじゃるよ」
男「変化か。確かに狐っぽいな」
男「俺の世界での狐はよくいろんなものに化けるのが得意だって言われてたよ」
くぅこ「そうでごじゃるか。もしかしたら過去に転移鳥居をくぐった者が男殿の世界で記録されているのかもしれぬな」
男(なるほど…龍とかその辺の架空の生き物も、もしかしたらどっかの世界からの流れものなのかもな)
男「ちょっとやってみてくれよ」
くぅこ「それくらいならお安い御用でごじゃるよ」
くぅこは両手をぴったり合わせると白い煙を上げた。
男「けほっ…けほっ…」
至近距離で煙が出たため思わず目を瞑ってむせてしまった。
煙が晴れ目を開けるとそこには…
男「妖狐姫!?」
くぅこ「座椅子よ、わらわを愛でるのじゃ」
男「すっげー…声まで…」
くぅこ「どうでごじゃるか?大したものでごじゃろう?」
男「この姿ならいつもみたいにできるぞ」
くぅこ「ふぇっ!?ふあぁっ!?」
妖狐姫にやっているように髪と尻尾を同時に撫でてやるとくぅこは忍者にあるまじき大きくて甲高い声を上げた。
男「うぇ!?ごめっ!痛かったか!?」
くぅこ「はぁ…はぁ…」
集中力が途切れてしまったのか、くぅこはまた白い煙を出して元の姿に戻ってしまった。
くぅこ「しゅっ、しゅまにゅでごじゃりゅ…痛くはなかったでごじゃるが、忍者は微量の空気変化でも感じ取るために全身が敏感でごじゃるゆえ…」
男「ごめん。知らなかった」
くぅこ「これしきのものが耐えられぬとは…せっしゃもまだまだでごじゃるな…」
くぅこは立ち上がるとこちらをむいて軽く頭を下げた。
くぅこ「男殿、また修行を頼んでもよいでごじゃるか?」
男「まあ、それはいいんだけど…大丈夫なのか?」
くぅこ「これくらい耐えられぬようでは忍失格でごじゃるよ」
男「いやそうじゃなくて、俺一応妖狐姫専用の座椅子ってことになってるんだけど…」
くぅこ「む…」
一瞬マズそうに口を閉じたままごにょごにょとしたくぅこだったが、開き直ったかのような顔をすると人差し指を唇の前に立てて小声でつぶやいた。
くぅこ「…主様には内緒にしておいて欲しいでごじゃるよ」
男「はいはい…」
それでいいのかよと少し呆れもしたが『女の子を膝椅子の上に乗せる修行』と文面だけみた役得感もありそれで飲み込むことにした。
くぅこ「…男殿、顔が笑っているでごじゃるよ。何を考えているでごじゃるか?」
くぅこは両肩を両手で抱くと少し身を引いて怪訝な視線を送ってきた。
男(やべ…顔に出てた?)
男「なんでもないよ。おやすみ…」
俺は彼女から顔を逃すかのように後ろを向くと掛け布団に潜り込んだ。
くぅこ「くくっ…おやすみなさいでごじゃるよ」
その声を最後まで聞き終えると部屋からくぅこの気配は無くなった。
男(あいつ最後ちょっと笑ってた…?)
男(あんなまだまだ幼い女の子にからかわれたのか俺は…)
そう思うと少し悔しい。
次の修行…覚悟しとけよ…
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
むつごいって方言なのか
知らんかった
忍者は感度3000倍だからね
…………
妖狐姫「くぅ、くぅ…」
男「よく寝るなぁ…どれ…」
妖狐姫「くぅん…」
男「おお…ほっぺぷにぷにだな」
てんこ「姫様、失礼します」
男(わわっ…!)
膝の上の妖狐姫の寝顔に軽い悪戯をしているとてんこさんが襖を開けた。
てんこ「ん?男殿、なんだその焦りようは」
男「い、いえ…」
てんこ「怪しいな…まあ今はそれどころではない」
男(怒られるところだった…)
てんこ「姫様、客人でございます」
男(客人…?)
男「おい妖狐姫~。お客さんだって」
妖狐姫「んにゅ~…何者じゃ?」
目を擦りながらあくびをする呑気な妖狐姫とは裏腹にてんこさんは真剣な面持ちで伝えた。
てんこ「…隣街の主様でございます」
男(なんだって!?)
妖狐姫「なんじゃと?祝言は六日後じゃぞ…一体なんの要件じゃ」
てんこ「それがですね。どうも昨日送った文の内容に納得がいかなかったらしく…その婚約者の顔を一目見せろと…」
男(それもそうか)
俺と出会う前は見合いから逃げていたような子が、いきなり納得する男を連れてきたというのは確かに不自然な話だ。
宴前に一つ、証拠を見せろということだろう。
妖狐姫「なんじゃ面倒くさい連中じゃのう…よい、上げよ」
てんこ「はっ…只今…」
てんこさんは一礼すると部屋を出た。
男「本当に大丈夫なのか?」
妖狐姫「別によかろう。嘘をついているわけではないのじゃ。連中が証拠を見せろというのなら見せるまで…そうじゃろう?」
男「すごい自信だな…俺はちょっと気まずいぞ」
妖狐姫「何を言う。連中が見たいのは座椅子、うにゅなのじゃぞ?うにゅが胸を張らんでどうする」
男「まあ…ちゃんと婚約者に見えるように頑張るよ…」
男(相手は主な上にくぅこ曰く俺よりも美形な野郎らしいし…そんなプライド高そうなやつが俺みたいなフツメン男に場所を取られてるって知ったら…何言われるか…)
男(あれ?)
どんどん不安が募る中、俺はある一つの違和感に気がついた。
男「妖狐姫…お前いつまでここに乗ってるんだ?」
まさかこのまま客人を迎えるわけではあるまい。
妖狐姫「むぅ…」
妖狐姫は仕方ないなとため息をつくと渋々俺の隣に座った。
てんこ「失礼します…こちらへどうぞ…」
てんこさんは二人の男を部屋へ案内すると一瞬こちらを向いて不安そうな顔をした。
男(しっかりしないと…)
てんこ「…茶を淹れてまいります」
てんこさんがもう一度部屋を出た後、ガッツリ濃い髭を生やした漢らしい色黒のおっさんと中性的な顔をした見た目くぅこくらいの歳の白髪美少年が座布団に座る。
男(あのおっさんの方…どっかで見たことある気が…)
どう見ても主の様な風格を持っているのはおっさんの方だが…美形っていうのか…あれ…。
男(いやくぅこがそういう趣味という線は…)
そこまで考えたところで天井から金属の気配がしたのでやめた。
男(ない、よな…となると…)
「うん…?そちらの耳と尾を隠した妙な男は何者だ?初めて見る顔だが…」
美少年が目を細めて俺を見た。
「家来か何かか?」
男(まあそう見えますよねー…)
妖狐姫「しらこ様…こちらがわらわの婚約者、男でございます」
男(妖狐姫が様付け…やっぱり美少年の方が主だったか)
ってか
しらこ「…む?」
男(ちっせぇぇぇぇ!妖狐姫程じゃないけど…こいつって確か妖狐姫が幼いのにつけこんでいろいろしてたんだよな!?)
男(なんだ?領地主ってのは小さい奴しかなれないのか?いやそんなことないよな!?)
しらこ「ふーん?男殿と言ったか…知っているとは思うが、ボクが隣街の領地主しらこだ」
しらこに続いて隣のおっさんも自己紹介を始めた。
シエン「あっしは我が主の家来、シエンと申す…」
圧倒的風格だ。
男「ど、どうも…」
ちゃんとした挨拶をしないといけないのは分かっていたがヒキニートゆえにできなかった。
恥ずかしい。
今まで怠惰な生活を送ってきた自分を全力で殴り飛ばしたい。
てんこ「お茶でございます…」
お互いの自己紹介が終わったところでてんこさんがお茶を持ってきた。
恥ずかしい挨拶を彼女に聞かれなくてよかったと心底思う。
しらこ「時に男殿…何故耳と尾を隠す?ボクの前であるとはいえ、そこまで堅くならなくてもいいぞ」
てんこ「お、男殿…」
男「あ…それは…その…」
男(どうしたらいいんだ…)
妖狐姫「しらこ様、こやつは異界の人間ですゆえ、狐耳と狐尾を持たぬのでございます」
男(それガッツリ言っていいの!?)
てんこ「姫様!?」
シエン「ん?…思い出しましたっ!!この男!異世界で姫君と一緒にいた者でございます!!」
男(あっ!俺も思い出したぞ!このおっさん…追いかけてきた連中の一人だ!)
しらこ「異界の…者…?それは、転移鳥居の先で見つけた男ということか?」
妖狐姫「左様でございます」
しらこ「ふっ…」
しらこ「ぷっ…ははっ!」
しらこ「あっはっはっはっ!」
しらこ「あーはっはっはっ!」
しらこの高笑いが部屋中に大きく響いた。
しらこ「あー、いや失礼…異界の拾い物が婚約相手だったとは…おもしろい。実におもしろい冗談だ」
妖狐姫「冗談などではございませぬ」
しらこ「…いい加減にしてもらいたいな」
男(顔つきが変わった…?)
しらこ「ボクはもう全て分かっているぞ」
しらこ「はっきり言おう。ボクは貴方との鳥居鬼ごっこにはもう飽き飽きしていたんだ」
しらこ「そしてそれは貴方も同じ、だからその冴えない男を拾ってきたのだろう?」
しらこ「何なんだその情けない男は?貴方と寄り添う男だというのに、気品を全く感じられない。そしてそのままでいいと思っている顔をしている」
男(う…)
しらこ「感じられないんだよ!貴方と対等、それ以上の関係であろうという気が!」
しらこ「見え見えの嘘は止して欲しいな。さっきからその男がこれだけ言っても何も言い返してこないのが何よりの証拠だ。本当に街のことを思っているなら、諦めてボクのものになったらどうだい?」
てんこ「っ…」
男(くっ…)
返す言葉なんて無かった。
そうさ、本当は俺と妖狐姫が出会ったのは運命なんかじゃない…やっぱり偶然なんだ…
俺はお姫様と釣り合うような人間じゃない…
お姫様の横に寄り添っていいような人間じゃないんだ…
妖狐姫「何度も同じ事を言わせないでいただきたい。嘘でも冗談でもないと…」
しらこ「言うだけなら簡単さ!少なくとも今のボクの目にはその男は家来以下の存在にしか見えないよ。他に証拠はあるのかい?それを見に来たんだ!」
妖狐姫「くぅっ…男!うにゅからも何とか言わんか!」
てんこ「男殿…」
男「あ、あああ…え、えと…その…」
心地よい夢から覚めた気分だった。
可愛い女の子に囲まれて、美味い飯を食わせてもらって、完全に浮かれていた。
急に突きつけられた現実に、俺の心は完全に折れていた。
男「そっ…そうだよ…俺は…」
妖狐姫「ちぃっ!」
妖狐姫「男!!!!」
何を思ったのか、妖狐姫が急に声を張り上げて立ち上がった。
男「…なんだよ」
てんこ「姫様…?」
妖狐姫「しらこ様…そこでしっかりと見ていてください」
妖狐姫は俺の方を向くと両手で思いっきり俺の両頬を挟んだ。
しらこ「…一体何を」
妖狐姫「男…」
男「妖狐姫?」
妖狐姫は俺の顔を真っ直ぐ見つめ、目を閉じると
妖狐姫「んむっ…」
男「んむ…!?」
静かに唇を重ねた。
男(え…)
てんこ「ぇ…?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
妖狐姫「…んはっ」
妖狐姫「はしたないものを見せてしまって申し訳ない…ですが…」
妖狐姫「これでお分かり頂けましたか?少なくとも、わらわはこの者に愛情を抱いています」
しらこ「…ふーん、随分と体を張ったじゃないか」
しらこ「シエン!」
シエン「…はっ、はあ!」
しらこ「帰るぞ」
しらこは乱暴に襖を開けると後ろ姿のまま言った。
しらこ「まあ、今回は貴方の迫真の演技に免じて身を引こう。せいぜい次の言い訳でも考えておくことだな。思いつかないのならいつでも我が屋敷に嫁入りに来るといい…歓迎するよ」
妖狐姫「…てんこ、送って差し上げろ」
てんこ「はっ…はひっ!」
どたどたと露骨に不機嫌そうな足音を立てて出て行くしらこを、てんこさんが慌てて追っていた。
男「…妖狐姫」
妖狐姫「なんじゃ」
頑張って、堪えていたのだろうか。
彼女の目には涙がたまっていた。
謝らないと…だって、俺が情けないばっかりに妖狐姫にあ、あんなことさせて…
男「ご、ごめん…その…嫌だったろ?俺と、その…」
妖狐姫「接吻のことか?」
男「…ああ」
妖狐姫「そのようなこと気にするでないわ!他にもっと謝るべきことがあるじゃろうが!」
妖狐姫はもう涙をこらえきれておらず、彼女の流した涙は畳のシミとなった。
でも俺は…他に何を謝ればいいのか分からずにいた。
妖狐姫「…本当に何も悔しいと思わぬのか?わらわは…わらわは悔しくてたまらぬ」
妖狐姫「くぅ…あやつをうにゅに乗せてやればよかった。そうすればあやつも座椅子を認めたかもしれん…」
妖狐姫「あ、あのようなやつにうにゅを貸してやるわけがないがな!」
妖狐姫は溢れる涙を着物の裾で必死に拭った。
男「しょうがないんだ。俺はあのしらこが言ってたように、本当はしょうもない人間だよ」
妖狐姫「っ!」
パチンッ…と
彼女の小さな手のひらが俺を思いっきり叩いた。
男「痛っ…」
妖狐姫「馬鹿者っ!」
妖狐姫「うにゅは…うにゅが思っているよりずっと素晴らしい人間じゃ。少なくともわらわにとってはそうなのじゃ」
もしかして彼女は、俺のために泣いてくれているのか?…俺なんかのために。
妖狐姫「頼む…」
妖狐姫は俺に強く抱きつくと俺の胸に顔を押し当てて言った。
妖狐姫「わらわの顔に泥を塗るなとはいわぬ…じゃが…うにゅは己をもっと重んじるべきじゃ…」
ここまでされても尚、俺はまだ妖狐姫の涙の意味を完全に理解できていないまま夜を迎えた。
祝言まで、あと六日。
…………
くぅこ「見損なったでごじゃるよ」
男「くぅこか…やっぱり見てたのか…」
布団に横向きでこもり、目を閉じながら今日の出来事を思い出していると後ろからくぅこの声がした。
くぅこ「当たり前でごじゃる。主様と男殿が接吻したときは思わず天井から落ちそうになったでごじゃるよ。てんこ殿にいたっては口から魂が抜けたような顔をしていたでごじゃる」
男「そうか…なら妖狐姫が泣いていたのも見たのか?」
くぅこ「だから見損なったと言っているでごじゃるよ」
男「なぁ…なんで妖狐姫は俺なんかのためにあんなに泣いてくれたんだ?」
くぅこ「はぁ…本当に分からぬでごじゃるか?」
くぅこ「男殿にも家族や友人がおるでごじゃろう?」
男「まあ…」
男(友人は怪しいが)
くぅこ「もしその家族や友人が自分の気にくわない輩に罵倒されているのを見て…何も思わぬでごじゃるか?」
男「それは…腹立つけど…」
くぅこ「そういうことでごじゃるよ」
男「でも妖狐姫と会ってまだ三日だぞ?」
くぅこ「三日ももっているでごじゃるよ。鳥居絡みの主様の気まぐれで三日はすごいでごじゃる」
男(えぇ…)
…………
『下手をすれば貴様も三日と経たずに捨てられるかもしれん』
…………
男(下手をすればどころか三日未満がデフォかよ…)
くぅこ「逆に三日以上気に入られている者は主様にとって大切な存在となった証、息は長いでごじゃる。主様は男殿との結婚に本気なのじゃろうな」
くぅこ「男殿も異界へ帰る気がないのなら、もっとその気をみなに見せるべきでごじゃる」
男「そうか…そうだよな…俺はあいつに飽きられるまではここにいるって決めたんだ。しっかりしなくちゃな」
危ない、俺はまた同じことを繰り返そうとしていた。
変わろうって決めたのに…どうしてそれを忘れていたんだ。
男「またくぅこに助けてもらっちまったな」
くぅこ「というわけで修行でごじゃる」
男(ん?)
くぅこの声がかなり近くなったので目を開けた。
すると目の前に俺を覗き込む大きなくぅこの顔がそこにあった。
男「うわ!近っ!」
くぅこ「早く胡座をかくでごじゃる。男殿は座椅子の精度を高める、せっしゃは忍耐を高める。一石二鳥とはこのことでごじゃるよ」
男「はいはい」
身体を起こしてくぅこを抱き抱える。
くぅこ「変化の術でごじゃる!」
くぅこはまた妖狐姫の姿になると自信満々に言った。
くぅこ「ふふん。今日は絶対に変化を解かないでごじゃるよ」
男「本当か~?」
くぅこ「なっ、なんでごじゃるか…その気色の悪い笑みは…」
くぅこ「やっ…お、男殿…?」
くぅこ「ど、何処を触って…ひぃぅ…」
くぅこ「んっ…んひゃぁ…」
ちなみにこれは後でくぅこに教えてもらったことなのだがしらこは見た目は子どもっぽいが年齢は俺やてんこさんよりも上らしい。
み、みえねぇ…
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
お気の毒ですが冒険の書は(ry
>>106
ちょっwwww
………………
しらこ「面倒なことになったな…」
シエン「あの飽き性で有名な姫君があそこまでするとは…」
しらこ「あれはかなり本気だな」
シエン「どうしますか?」
しらこ「…あまり手荒な真似はしたくないが仕方ない」
しらこ「邪魔者は…無理矢理にでも排除するのみ…」
………………
次の日の朝、俺は妖狐姫の部屋の襖を叩いた。
妖狐姫「…入れ」
男「妖狐姫」
妖狐姫「座椅子か…なんじゃ?」
男「おいで」
妖狐姫「…うにゅからとは珍しいな。わらわも丁度呼ぼうと思っていたところじゃが」
俺が座布団の上に胡座をかくとそこに小走りで来た妖狐姫が乗った。
妖狐姫「どういう心境の変化じゃ?」
男「いや、俺もさ…もっと胸張れるように、お前の隣にいても釣り合うように、頑張るから…」
男「お前の…隣に居たい…」
息も絶え絶えに、詰まりながらだったけど…
言えた。伝えられた。
俺の今の気持ち…決意…。
妖狐姫に言ってしまったんだ。
これでもうこの決意は曲げられない。
曲げてはいけない。
妖狐姫「元よりうにゅに拒否権などないがな」
男(あ、左様でございますか)
妖狐姫「じゃっ、じゃが…そうじゃな。やはりしらこもほざいていた通り言葉だけというのは信用ならんな」
男「え…」
妖狐姫「行動で示してみせよ」
男(こ、これってやっぱりあれだよな。そういうことだよな…)
妖狐姫「はよう!」
妖狐姫は待ちきれないと言わんばかりにこちらを向いてぐぃと顔を突きつけた。
男「あ、ああ…ちょっとまってくれ…」
昨日妖狐姫からされたときはいきなりすぎて何が起こったか分からなかったけど…
いざするとなると、しかもこっちからするとなると、緊張感がやばい…
男(とりあえず、深呼吸…)
ゆっくり、ゆっくりでいい…気持ちを落ち着かせて…
妖狐姫「はーよーうー!」
ゆっくりじゃだめだった。
男(ええいままよ!)
男「んっ…」
妖狐姫「んむっ…」
甘いような、酸っぱいような、苦いような…
妖狐姫「ちゅっ…ちゅ…」
感じてはすぐ消える、そんな味覚の連続を感じた。
妖狐姫「んんっ…」
少し力を込めて妖狐姫を抱き寄せた。
もう彼女を突き放すことのないように、彼女から離れることのないように。
彼女もそれに答えるように俺の服をぎゅっと掴んだ。
俺はその小さな手から、この膝椅子にすっぽりとおさまってしまうような小さなお姫様の、大きな愛情を感じた。
てんこ「姫様~!商人の知り合いから良い茶菓子をいただきまして~…」
てんこ「え…」
男(あ)
てんこさんが茶菓子の入った箱を落とした。
天井裏で誰かが頭を抱えているような気がした。
妖狐姫「てんこよ…なかなかの瞬間で水を差してくれるの…」
てんこ「うっ…ぐしゅ…」
てんこ「うわぁぁぁん!!!ひめしゃまぁぁぁぁぁ!!!」
てんこさんは落とした茶菓子の箱を拾って大声で泣きながら廊下を走り去ってしまった。
男「てんこさぁぁぁぁん!!!」
「男殿はここにいるでごじゃるよ!!」
俺が妖狐姫をのけて立ち上がろうとすると天井からそれを止める声が聞こえてきた。
「てんこどのおおおお!!」
ガタンッと少し大きな音がした後、部屋はまた静かになった。
妖狐姫「…まったく騒がしいやつらじゃのう。まあそこが退屈しなくて良いのじゃが…」
妖狐姫「ときに座椅子、また少しばかり座椅子の質が上がったか」
男「まあ俺も修行してるし」
妖狐姫「修行…?一体どこぞで…?」
男「あー…」
………………
『…主様には内緒にしておいて欲しいでごじゃるよ』
………………
男「内緒」
妖狐姫「ほう?このわらわに隠し事とはいい度胸じゃのう」
妖狐姫「まあよい。浮気でなければよいのじゃ、浮気でなければな」
男(う、浮気…?)
男(なぁくぅこ)
あれは浮気じゃなくて修行だからセーフ…だよな…
祝言まで、残り五日…
…………
男「てんこさん…大丈夫だったのか?晩飯のときもご飯運んできた後どっか行っちゃったし」
寝る前にくぅこと話すのはもはや日課だ。
くぅこは修行相手になっている変わりに相談役から話し相手まで何にでもなってくれる。
くぅこ「あのときは大変だったでごじゃるよ。てんこ殿は自室で泣きながら茶菓子をやけ食いしていたでごじゃる」
男「てんこさんは本当に妖狐姫が好きなんだな」
くぅこ「そうでごじゃるよ。男殿はいつ後ろから刺されてもおかしくないでごじゃる」
男「冗談に聞こえないぞそれ…そんときは守ってくれよな」
くぅこ「せっしゃ男殿の護衛役になった覚えはないでごじゃるがな…」
男「同室の仲だろ?」
くぅこ「まったく男殿は仕方ないでごじゃるな~…」
呆れながらも嫌とは言わないくぅこ…
本当にいい奴だ。
こんな大学の友達か妹がいたら、俺は引きこもりにならずにすんだかもしれない…なんて…
男「くぅこぉ~」
俺はくぅこに抱きついた。
漫画のように頼れる友人に抱きつく、一度はやってみたかった。
くぅこ「なっ…!はにゃしゅでごじゃるっ!」
男「俺くぅこのことも好きだよ」
くぅこ「なななっ…しょっ、しょんなこと簡単に言ってよいでごじゃるか…?主様に怒られるでごじゃるよ…?」
男「あははは!照れてるのか~?可愛いな~」
くぅこ「あっ、あまりに調子に乗るようなら主様に言いつけるでごじゃるよ」
男「そうしたらもう修行できないけどいいのか?」
くぅこ「むぅ…それは…」
くぅこ「とっ、とにかく離れるでごじゃるよ…せっしゃこれから夜の見回りでごじゃる」
男「ちぇー」
名残惜しいが嫌われるのも嫌なのでとりあえず離れた。
男「ずっと思ってたんだけどさ…くぅこっていつ寝てるんだ?」
夜は見回り、朝もずっと何処かで隠れて俺たちを見守ってくれている。
彼女は一体いつ何処で寝ているのだろう。
くぅこ「秘密でごじゃるよ」
男「そうだよな~」
男(やっぱり忍者だしな。あんまりそういうこと人に言えないよな)
くぅこ「…寝ているところを先ほどのように男殿に襲われでもしたら大変でごじゃるからな」
男「そういうこと…?」
くぅこ「そういうことでごじゃる」
やっぱりあんまり調子には乗れないな…
スキンシップも程々にしないと…
くぅこ「っ!!」
くぅこ「伏せるでごじゃる!」
男「んぉ!?」
急にくぅこに頭を押さえつけられた。
それと同時に頭上を風を切る音をたてながら何かが通り過ぎた。
スコンッと目の前の壁から音がしたので目線を上げて見ると壁には手裏剣が刺さっていた。
「ただの童女だと軽んじていたが、やり手であったか」
くぅこ「このせっしゃに勝負を申し込むとは…後悔するでごじゃるよ」
くぅこが上にクナイを投げつけるとそれをかわすようにして天井から一人の忍者が物音一つ立てずに着地した。
忍者「拙者が御用なのはそちらの男の方だ。汝に興味はない」
くぅこ「隣街の者でごじゃるか…?」
忍者「名乗る義理もないっ!」
己に向けられた本物の殺意に満ちた眼差し、初めて見た。
思わず背中がゾクリと跳ねた。
生まれて初めての死への恐怖からか震えが止まらない。
くぅこ「男殿は下がっているでごじゃる…」
男「くっ、くぅこぉ…大丈夫なのか…?」
くぅこ「安心してそこで見ているでごじゃるよ」
男「あ、ああ…」
男(つっても相手もかなり強そうな雰囲気出してるぞ…?)
見た目だけなら少女と成人男性の対峙…くぅこほどのか弱そうな女の子なら一瞬で組み伏せられてしまいそうなものだが…
忍者「お命頂戴するッ…!」
男「ひィッ!」
相手の忍者が動き出したと同時に反射的に腕で顔を庇い、目を閉じてしまった。
男(えっ…?)
俺は一瞬目を疑った。
俺が瞼を閉じる直前…
目の前にいたはずのくぅこの姿は無かった。
男(どうなったんだ…?)
とりあえず…痛みは感じない…
何かされた感じもしない…
徐々に腕を下げていき視界を開くと、そこには俺が予想した結果とは真逆の光景があった。
忍者「ぐっ…がぁ…」
くぅこ「取るに足らんでごじゃるな」
くぅこは相手の忍者をうつ伏せにすると腕を取り、首に短刀を近づけていた。
男(す、すげぇ…)
忍者「…どうした。さっさと殺さんのか」
くぅこ「男殿の先ほどの反応を見てあの方は血に慣れた方ではないと見受けたでごじゃる。できればここでお主の血を散らすことは避けたいでごじゃるよ」
男(た、確かに…)
たとえ相手が自分の命を狙う暗殺者だとしても目の前で人が死ぬのを見たいとは思わない…。
くぅこ「依頼主の詳細を話すことを約束すれは、拘束するだけで命までは取らぬでごじゃる」
忍者「それなら…ぐふぉっ…!」
くぅこ「んなっ!?」
男(マジかよっ…!?)
忍者「ぅお…ぁ…は…」
忍者は力を振り絞って無理矢理首を動かし、自らくぅこが突き立てていた短刀に当たりにいった。
大量の血で畳と布団を汚したあと、その男は力尽きた。
男「ひっ…ぁ…」
目の前に広がる赤黒い非日常を目の当たりにした俺はそこで気を失った。
くぅこ「男殿…!くっ…やられたでごじゃるよ…」
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
………………
妖狐姫「殺されかけた…!?何じゃと!?それは真か!」
俺たちは昨日の夜の出来事を妖狐姫に話した。
男「あ、ああ…本当だ」
くぅこ「左様でごじゃる」
てんこ「部屋は酷いありさまだったな…」
妖狐姫「しらこの奴め…血迷いおったな。てんこ!隣街へ向かうぞ!今すぐにでも文句を言わねば気が済まぬ!」
てんこ「お、落ち着いてください姫様」
くぅこ「てんこ殿の言う通りでごじゃるよ。今隣街の屋敷へ行ったところで証拠がない以上しらを切られるだけでごじゃるよ」
くぅこ「それができぬように昨日のうちにあやつを縛り上げておきたかったでごじゃるが…それはせっしゃの失態でごじゃるよ」
妖狐姫「ぐぬぬ…」
男「妖狐姫、とりあえず俺はこうして生きてるんだ…そこは良しとしようぜ。ほら、俺の上に乗って落ちつけよ。な?」
俺は怒りに震える妖狐姫を抱えていつものように膝の上に座らせた。
妖狐姫「ん…そうじゃな。くぅこ、ひとまず座椅子を脅威から救ってくれたこと、感謝するぞ」
くぅこ「はっ、かたじけないでごじゃるよ」
妖狐姫「そこでくぅこ、うにゅには折り入って頼みがある。うにゅには本日より座椅子専属の護衛役を命ずる」
男「おい、そんなことしていいのかよ」
男(そりゃあくぅこが毎回護ってくれるってのは安心感が凄いが…)
妖狐姫「今は座椅子…うにゅの命の方が大切じゃ」
少し哀しそうな顔で俺を見上げる妖狐姫の目は、本気で俺を心配してくれていた。
妖狐姫「それにわらわにはてんこもおる」
男「え、てんこさんって闘えるの?」
完全に家事全般担当だと思っていた。
意外だ…。
てんこ「そうだぞ男殿。これでも私は薙刀の腕には自信があってだな…一度は…」
妖狐姫「そういうわけじゃ。くぅこ、今日からうにゅの主人は座椅子じゃ。座椅子の命令を聞くのじゃ、分かったな?」
くぅこ「はっ、しょーちでごじゃる」
てんこ「私の武勇伝を語らせてくださいよぉ~…」
最近てんこさんがだんだん可哀想に見えてきた。
まあ大体俺のせいだから何とも言えないのだが…
大変なことになっちまったけど、常にくぅこが一緒に居てくれるなら安心だ。
祝言まで、あと四日。
………………
くぅこ「主殿」
男「…どうした?」
くぅこ「怖いでごじゃるか?」
男「全然怖くないぞ!」
…というのは勿論嘘だ。
いくら腕の立つ護衛役がいるからと言っても怖い、怖すぎる。
でもみんなに心配かけたくないというのもあり俺は空元気を振舞っていた。
くぅこ「肩、震えているでごじゃるよ」
男「あ、れ?」
感情だけならとも思ったが、やはり身体を騙せなければ意味が無かった。
俺の肩は小刻みに振動していた。
くぅこ「無理もないでごじゃるよ。せっしゃには分かるでごじゃる」
くぅこ「主殿は今まで戦場とは縁のない場所で平和に暮らしてきたでごじゃるな?」
男「ま、まあ…俺の世界でも争いごとはあったけど…俺のとこの治安はよかったな」
くぅこ「やはり…でなければあの様な座椅子術は使えぬでごじゃる」
くぅこは俺の右手を優しく両手で包んだ。
男「くぅこ…?」
くぅこ「この手はその為の手…人を癒し、温める手でごじゃる。この手を戦地に巻き込み、血で染めようとするやからは、せっしゃが許さぬでごじゃるよ」
くぅこ「だから安心して欲しいでごじゃる」
彼女の微笑みを見るだけで、全身の見えない恐怖から解放された。
肩の震えは止まった。
男「くぅこ…いつもありがとな…」
くぅこ「しょっ、しょのかわり…というのはなんでごじゃるが…」
男「ん?」
くぅこ「ま、また…頭を撫でて欲しぃ…で、ごじゃる…」
くぅこ「あっ、失敬!やはり今のは無しでごじゃるよ。主人に情の見返りを求めるなどっ…忍びの恥でごじゃるっ!」
男「俺は別にいいんだぞ」
なんだか急にくぅこが愛おしくなって抱きしめた。
くぅこ「ふぎゅっ!そ、そういうのは姫様に見られたときに大変でごじゃるから~!」
男「見られなかったらいいのか?」
くぅこ「…それはまあ、主殿がそうしたいのであれば…って何を言わせているでごじゃるかぁ!!」
男「それにしても、くぅこのお陰でなんか大丈夫な気がしてきたよ」
男「一人になるの怖くてなかなか行けなかったけど、今から風呂入ってくるわ」
くぅこ「ま、待つでごじゃる!一糸纏わぬ姿でいるときが一番危険でごじゃるよ!」
男「え…?じゃあどうすれば…」
…………
男「なあ、本当に一緒に入るのか…?」
俺とくぅこは脱衣所にて背中合わせで衣類を脱いでいた。
くぅこ「これも致し方なし…ついでに背中も流して差し上げるでごじゃるよ」
男「つっても丸腰なのはくぅこも一緒だろ?大丈夫なのか…?」
くぅこ「あの昨晩程度の輩なら武器など持たずとも体術と妖術だけで伸せるでごじゃる」
男「そうか…なら安心だな。先入ってるぞ」
…………
男(…とは言ったものの)
くぅこ「んしょっ…んしょっ…」
これはこれで恐怖とはまた別に心臓に悪い…。
仮にも布1枚の女の子と二人っきりだ…
意識しないわけがない。
例え相手がつるぺたのお子様体型だとしても…
男「いだっ!強く擦りすぎ…」
くぅこ「…すまぬでごじゃるが、主殿から少しばかり良からぬ様相が見えたのでつい」
男(前しらこが来たときも少し思ったけど、こいつ読心術とか使えるのか?)
くぅこ「それにしても主殿もやはり殿方でごじゃるな~…背中も身体つきも、こうして見ると逞しいでごじゃるよ」
男(そんなじろじろ見られると恥ずかしいって…)
くぅこ「やはり戦と隣り合わせの身としては殿方の身体つきが羨ましいでごじゃる」
くぅこ「格下との戦いはそれでも負ける気はせぬが…やはり同格相手だと体格の差は勝敗を分けることがあるでごじゃるからな…」
男「ふーん。くノ一にしか出来ないこともあるんじゃないの…?」
よくは知らないが
くぅこ「むぅ…あまり考えたことないでごじゃるな~…」
男「…誘惑の術とか?」
男(あ、やべ…)
適当言った。
男「ご、ごめん。じょうだ…くぅこ…?」
くぅこから全く反応が無いのが逆に怖くなって後ろを振り向いた。
くぅこ「あ…はわ…」
そこには布で顔を隠すくぅこの姿があった。
男(ちょっ…)
顔を隠すのに必死すぎて他が見えかけているのに気がついていない。
前を向かなければとも思うが…
男(目が…引き寄せ…られる…)
やがて布から少しだけ顔を出したくぅこが恥ずかしそうに喋り出した。
くぅこ「しょ…しょれは…主殿がせっしゃにそれだけのことができると思う魅力を感じている…ということでごじゃるか…?」
男(あれ…?)
殴られるくらいの覚悟はできていたのだが…
なんだこれは…
男「ま、まあ…俺はそう思うぞ…?」
くぅこ「そうでごじゃるか…」
そろそろガン見しているとヤバそうなのでサッと前を向いた。
くぅこ「んっ…」
男「え?…くぅ、こ?」
彼女は不意に俺の身体に腕を回すと布の感触すらしない身体を俺の背に押し付けた。
くぅこ「ゆーわくの術…でごじゃる…」
男(こ、これは…)
ヤバイというかマズイというか…
くぅこ「んっ…ん…」
心臓がマッハというか…
くぅこ「どうでごじゃるか…?」
いろいろ我慢できないというか…でも我慢しないといけないというか…
彼女の身体はどんどん密着していき、そうこうしているうちに耳に入る鼓動の音は一つから二つになった。
男(くぅこもドキドキしてる…?)
恐らく今俺たちには、俺たち二人の心臓の高鳴りが聞こえていることだろう…。
男「えーっと…」
くぅこ「う、うむ…」
彼女の甘い吐息が、耳を蝕んで脳を溶かす…
男「我慢できなくなる…」
心の声で止まっていたものが、勝手に口からこぼれ出した。
くぅこ「我慢できなくなったら…どうなってしまうでごじゃるか…?」
男(どうなるってそんなの…)
『自分が本当に調子に乗り過ぎたら、彼女が止めてくれるだろう』
そう思うと何もかもがどうでもよくなって…
俺は彼女を…
男「こうなる」
くぅこ「ひゃっ…」
押し倒した。
男「くぅこ…」
今俺の目の前に仰向けで転がるくぅこはもはや何も隠せていない。
闇に溶け込むにはあまりにも白すぎる透明感のある肌、血塗れの戦場はとても似合わない無垢を纏った幼き身体…
それらが俺の中の劣情を加速させた。
くぅこ「主殿…」
彼女は潤んだ瞳と切なそうな顔で俺を見つめるばかりで俺を止めようという気配が全く感じられない。
どこまで俺を泳がすつもりなのだろうか…
男(と、止めろよっ!)
本当に歯止めが効かなくなるって…
てんこ「誰か入っているのか~?私もご一緒してよろしいか~?」
男「うぇ!?」
くぅこ「はわっ!?」
てんこさんは今の俺たちの空気にまったく馴染まない活気のいい声をあげながらガラリと風呂場を開けた。
てんこ「くぅこと、男殿…?い、一体何を…」
くぅこ「ててててんこ殿ぉ!?姫様と先に入ったのではなかったでごじゃるかぁ!?」
てんこ「わ、わたっ、私は姫様の身体を洗うことに集中するためにこうして自分の分は後回しとしているのだっ!くぅここそ何故男殿と…」
くぅこ「主殿を護衛するためでごじゃるよ!」
てんこ「それにしたって男殿は一体何をしておるのだ!?も、もしや貴様くぅこの主となったのをいいことに彼女に下衆な命令を下していたのではあるまいな!?」
男「ち、違うんです!これは…」
くぅこ「そ、そうでごじゃる!濡れた床に二人して足を滑らしてしまったのでごじゃるよ!」
てんこ「忍であるくぅこが簡単に足を滑らせるわけがなかろうがぁ~!くぅこ、無理せずともよいぞ!今こそその男の真骨頂をだな…」
くぅこ「本当でごじゃる!本当でごじゃるよ!」
くぅこ「信じて欲しいでごじゃるよぉ~!」
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
男がロ?コンに目覚めそう(小並感)
じゃあハーレムルートヘ
…………
くぅこ「申し訳ないでごじゃるよ…」
なんとかてんこさんに言い訳を通しきり、俺たちは部屋に戻るため縁側を歩いていた。
男「気にすんなって…俺もどうかしてた」
あのままてんこさんが来なかったらどうなっていたのだろうか…
まあ、普段はしっかり者のくぅこのことだ。
行き過ぎないところで俺を蹴り飛ばすなりして止めてくれただろうが…
くぅこ「…っ!主殿!」
急にくぅこが勢いよく俺の懐に飛び込んで突き飛ばした。
男「いったた…今度はどうした?」
俺たちがさっきまで立っていた場所に手裏剣が何枚か突き刺さった。
男「うわっ!?」
くぅこ「敵襲でごじゃるよ。今日は数がいるでごじゃるな」
男(それって何人もいるってことか!?)
その筈なのに縁側から見た庭には一人も見えはしない。
男「ど、何処だよっ…!」
くぅこ「一人二人…三人でごじゃるか」
くぅこはそう呟くと手裏剣を三枚取り出して別々の方向投げた。
くぅこ「そこにいるのは分かっているでごじゃる!」
すると投げた方向から三人の忍者が手裏剣をクナイで弾きながら姿を現した。
暗殺「忍三人衆暗殺…」
隠密「忍三人衆隠密…」
潜伏「忍三人衆潜伏…」
暗殺「ここに見参!」
男(なんなんだこいつらは…)
男(噛ませ集団か?)
とも一瞬思ってしまったが数ではこちらが圧倒的に不利だ。
男「さ、三人もいるぞ…大丈夫なのか…?」
くぅこ「昨日の忍者の仲間でごじゃるか?」
隠密「ははははは!さぁなぁ!」
潜伏「拙者らはただその男の首を狙うのみよ!」
くぅこ「主殿は一番近くの部屋でこもっているでごじゃる」
男「お、おう」
くぅこ「一瞬で始末するでごじゃる」
俺がくぅこに背を向け真後ろの障子に手をかけようとしたとき、後ろから隠密と潜伏の呻き声が聞こえた。
男「…は?」
隠密「ぐぁ…」
潜伏「がぁ…」
暗殺「な…なんだと…つ、強すぎるっ!」
少し振り向くともうすでに隠密と潜伏は腹を抱えて地面にうずくまっている。
くぅこ「残りはお主だけでごじゃるな…」
暗殺「く、くそぉ…」
暗殺は渋い顔をすると懐から玉を取り出し、それに火をつけて地面に叩きつけた。
くぅこ「なっ…煙玉でごじゃるかっ!」
庭中か白い煙で包まれる。
男「ゴッホ!ゴッホ!なんだこれ…」
くぅこ「主殿!」
真っ白の視界をかき分けてくぅこがこちらに駆けつけてくれた。
くぅこ「さあ…どこからでも来るでごじゃるっ!」
30秒ほどして煙は完全に晴れ、煙が晴れた後の庭には誰一人として残ってはいなかった。
くぅこ「…逃げられたでごじゃるか」
男「くぅこ…強すぎ…」
くぅこ「む…先ほどのゆーわくの術とやら、どのようにして戦術に取り入れようかと考えていたでごじゃるが…今一使い所が思いつかないでごじゃるよ…」
男(割と本気にしてたんだあれ…)
男「誘惑の術は使わなくていいよ」
くぅこ「し、しかし…折角主殿がその、せっしゃの魅力を買って教えて頂いた技…」
男「あー…じゃ、じゃあ新主の初命令…」
くぅこ「ふぇ?」
男「誘惑の術を使っていいのは俺の前だけ…ってことで」
男(何かあって俺がくぅこに変なこと教えたってみんなに思われたくないし…)
男「あ、このことは妖狐姫とてんこさんには内緒な…?」
くぅこ「しょ、しょーち…」
くぅこは俯いて少し照れながらも了承してくれた。
男(なんかこれ浮気臭い発言のうえに下衆な命令っぽくて二人への罪悪感が半端ないな…)
男「あ、あとさっきはまた助けてくれてありがとな」
お礼を言いながら彼女の頭を撫でた。
男(これはくぅこからの数少ない要望だからな…変な命令をしてしまった分まで答えてあげなければ…)
でも、本音は…
くぅこ「んっ…かたじけなぃ…」
俺もまた、彼女の頭を撫でるのが好きなだけ…だったりする…。
男「…ちょっと、湯冷めしちゃったな」
くぅこ「えっ…?」
『この世で最も愛しいものに捧げる愛』とは、やはり複数のものに捧げてはならないのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。
くぅこ「まふっ…!だ、だからそれは姫様に見られたとき大変に…主殿…?」
男「外は寒いから…」
くぅこ「…むぅ。他の者に見られても、知らないでごじゃるよ?」
意味合いはそれぞれだが、『最も愛しい人』が何人もいるということは、それだけ幸せであることの証だ。
最近…そのことに気がついた。
…………
しらこ「使えない奴らばかりだな」
シエン「あの屋敷のくノ一が予想外に手強いようで…」
しらこ「さらに腕のたつ者を雇うしかなさそうだな。この辺りで誰かいないのか?」
シエン「…一人心当たりが」
しらこ「申してみろ」
シエン「忍界では有名な天才忍者、ヤオという者でございます」
シエン「しかしそやつは大変の曲者のようで、ただの暗殺業は引き受けず、強者との戦が絡む依頼のみを受け付けるとのこと…」
しらこ「あの三人衆の報告を受ける限りはかなりのやり手。不足はないだろ」
しらこ「その男を連れてこい」
シエン「はっ!」
…………
…………
てんこ「男殿、こちらへ」
妖狐姫「はよう!」
男「なんですか?」
てんこさんと妖狐姫は部屋に俺を呼んだ。
てんこ「こちらを試着してくれ」
男「おお…」
妖狐姫「祝言のものじゃ。立派じゃろう?」
てんこさんがそう言って俺に差し出したのはあっちの世界で生きていれば一生着ることのなかったであろう高そうな着物だった。
てんこさんに手伝ってもらいながらそれを試着する。
妖狐姫「おお~!よいのう!よいのう!」
てんこ「貴様のようなうつけ者でも立派な服を着れば様になるじゃないか」
妖狐姫「…てんこ、惚れるなよ?」
てんこ「ひっ、姫様…!?な、何をご冗談を…ごほんっ…」
てんこ「…だが見違えたよ男殿」
てんこ「出会った初日の頃は考えられんかったが…今でこそ姫様の望む本当の幸せを与えられるのは、貴様だけな気がするよ」
てんこ「祝言が終わった後も…姫様のことを頼んだぞ」
男「…!!はい!」
初めててんこさんに何かを認めて貰えたような気がした。
てんこ「お、おい!泣くほどか!?」
男「ずみまぜんっ!なんかすっげぇ嬉しくて…」
妖狐姫「まったく…今のうちにそのしょっぱいのは全て出しておけ、祝言の日にそれだと格好がつかんからな」
妖狐姫「ふむ…じゃがまだ敵襲が心配じゃの」
てんこ「昨晩も襲われたのであろう?」
男「そうですね…」
くぅこ「それはせっしゃがいれば心配無用でごじゃるよ」
みんなを安心させるためかくぅこが上から降りてきた。
男「まあ彼女がいれば大丈夫ですよ」
てんこ「そうだな。くぅこはそこらの忍びとは桁違いだからな」
妖狐姫「流石わらわが目をつけた忍びじゃ」
妖狐姫「祝言が楽しみじゃのう!」
最初はみんな妖狐姫の我がままに振り回されている感じだったが、今はみんなが一丸となって祝言を成功させようとしている。
俺自身もまた、祝言の日が楽しみとなっていた。
祝言まで、あと三日。
妖狐姫「む…ときにくぅこ…少し座椅子に近づき過ぎではないか?」
くぅこ「ご、護衛のためでごじゃるよ」
…………
男「ぐぅ…ぐぅ…」
くぅこ「安心しきったいい寝顔でごじゃるよ…祝言の日まではせっしゃがくま一つ作らせないでごじゃる」
くぅこ「主殿…」
くぅこ「せっしゃも最初はてんこ殿と同じように主殿のことを大した殿方ではないと思っていたでごじゃるが…そんなことはなかったでごじゃるな」
くぅこ「主殿は師匠様と別れ、冷たい影を彷徨うだけだったせっしゃに人肌の温もりを思い出させてくれたでごじゃる」
くぅこ「今では…それがないと少し肌寒いと思うほどに…」
くぅこ「こんなことを申しても主殿を困らせるだけでごじゃるから…主殿が寝ている今のうちに言っておくでごじゃるよ」
くぅこ「あ、主殿…せっしゃ…主殿のことを…」
くぅこ「ッ!!」
くぅこ「何奴!!」
「流石天才少女…もう見つかったか」
くぅこ「その声…そこに居るのは分かっているでごじゃるよ。降りてくるでごじゃる」
くぅこ「ヤオ殿…!」
ヤオ「久しいなくぅこ。隣街から強者と殺り合えるとの話を伺い、この屋敷に馳せ参じたが…まさか貴様だったとは」
くぅこ「隣街…ヤオ殿も主殿に手をかけるつもりでごじゃるか?」
ヤオ「主とはその男のことか?無論そのような依頼を受けたが…貴様は某のやり方を知っているであろう?」
くぅこ「必ず単身で乗り込み、暗殺対象を護衛する者がいるのであれば、それら全てを葬り去ってから暗殺対象を狩る…その戦闘狂…変わってないでごじゃるな」
ヤオ「ならもう説明は不要。表へ出るぞ」
…………
…何やら嫌な寒気がして目が覚めてしまった。
男「ん、んん…?まだ暗いな…」
男(水でも飲んでくるか…)
男(…あれ?)
近くにくぅこの気配がない…。
男(厠か?)
男(まあいっか。外に居てももしなんかあったときは叫べば駆けつけてくれるだろ)
そんな適当なことを考えながら俺は水を飲みに外へ出た。
男(…何か聞こえる)
金属と金属がぶつかり合うような…鋭い音だ…
男(もしかして…くぅこが戦っているのか…?)
そう考えると危ないと分かっていても、自分には何もできないと分かっていても、身体は音のする方向へ動いていた。
男(な、なんなんだこと胸騒ぎは…)
くぅこなら大丈夫だ。
分かっているのに…
男(何だ…?)
「かはっ!」
男(何だこの…)
「ひあっ!」
男(不吉な予感は…)
音が大きく聞こえる屋敷の門の前まで来た。
鍵を外して少しだけ門を開き、その隙間から外の様子を窺う。
男(なっ…!)
するとそこには信じられない光景が広がっていた。
くぅこ「が…はっ…」
ヤオ「くぅこ…やはり貴様は忍者には向いていないな…」
あの二日間の戦闘で一度も敵の攻撃を受けなかったくぅこが、漆黒の忍者装束を纏った長身の男にぼろぼろの状態で胸ぐらを掴まれていた。
横腹の方からは血も滴っている。
ヤオ「あの老ぼれの元、二人で修行していた頃と何も変わっていない」
ヤオ「あの老ぼれに褒められて喜んでいたときと…」
くぅこ「ハァ…ハァ…」
ヤオ「忍者たるもの、他人の情を糧に生きる者ではない」
長身の男は乱暴にくぅこを地面へと叩きつけた。
くぅこ「ぐぁ…!」
ヤオ「…だから忍者を志すことをやめ、抜け忍となることを勧めたというのに」
ヤオ「それでは…さらば…」
男(く、くぅこっ…!)
男(くぅこ!くぅこ!)
立ち上がってくれ…!
男(頼むから…立ち上がって…昨日や一昨日のように一瞬でそいつをねじ伏せてくれよっ!)
底なしの恐怖を感じた…。
この世界に来てから感じた…一番の恐怖だ。
それは、『くぅこがやられたら次に命を狙われるのは自分だから』とか…自分の命の危機感からくる恐怖ではなかった…。
くぅこを失ってしまう…
くぅこが自分の前から姿を消してしまう…
ただそれだけの恐怖に足を取られ俺は溺れていた。
くぅこ(…主殿…姫様…てんこ殿、すまぬでごじゃるよ…)
ヤオ「…ん?」
ヤオ「くぅこ貴様…泣いているのか…?」
ヤオ「死を恐れ涙を流すとは…ますます忍者失格だな」
ヤオ「だが某が見てきた貴様の中で、今貴様は最も少女らしい顔をしている」
ヤオ「普通の街娘としてこの世に生を受けたなら…もう少し幸せに死ねたかもしれんな」
男(くっ…そぉ…!)
溺れるな…泳げっ!
その底なしの恐怖の波が…くぅこの死なら…!
足掻けるはずだ…!
自分が死ぬことなんて…怖くないはずなんだっ!
俺は変わったんだ!
あの逃げ回った日々から…!
ヤオ「許せ…我が親愛なる妹弟子よっ!」
今度は…俺がくぅこを護る番だ!
長身の男が改めてクナイを振り上げた瞬間、門を押し開けて飛び込んだ。
男「あああああああああああ!!!!」
ヤオ「っ!あの男は!」
俺は地面にいたくぅこに覆い被さるようにして丸まった。
男「ハァッ!ハァッ!」
くぅこ「主…殿…?」
ヤオ「馬鹿な男よ…某でなければそのまま貫いていたぞ」
ヤオの突きつけたクナイは先端で俺の背中を少しだけ傷つけた。
それでも痛い…
背中が熱い…
男「どうせあんたも俺を殺しに来たんだろ!?ならさっさと俺を殺せぇ!」
男「だからくぅこは…くぅこだけは…殺さないでくれよぉ…」
くぅこ「主殿…何を…」
ヤオ「その精神、敵ながら天晴れ。流石は我が妹弟子を従えた主…しかし某は護衛役を全て葬りさってから対象を狩ることに決めている。そうしなければ血が潤わぬのでな…」
男「なっ、なんだよそれぇ…!頼む!頼むからっ!俺を…俺だけを殺して帰ってくれよぉ!」
ヤオ「自らの命を守るために、金や家来を差し出す輩は幾らでも見てきたが…家来の命を守るために自らの命を差し出したのは貴様が初めてだ」
ヤオ「その契約を某が飲んで貴様を殺したところで、その女が生きる保証は何処にもないというのに」
男「そんなの…分かってるけどさ…」
俺を殺した後こいつは容赦なくくぅこも殺すかもしれない。
もし仮にこいつがくぅこを殺さなくても、このまま彼女を放置して帰れば彼女は間違いなく死に至る。
そんなことは分かっていた。
でも俺には自信がなかった…。
彼女が完全に居なくなったこの世界で生きていける気がしなかった…。
ならせめて…少しでも彼女が生き残る可能性に賭けるしかないじゃないか。
もしそれで彼女を守りきることができたのなら、俺は笑って成仏できる。
それでいいんだ。
男「うっ、うぅ…」
ヤオ(くぅこ…良い主人を持ったな…せめてその主人に抱かれて安らかに眠れ…)
ヤオ「…興が削がれた」
男「えっ…?」
長身の男は一言そう呟くと闇の中に溶け込んで消えた。
男「…助かった、のか?」
男「…くぅこ!おい!聞こえるか!?」
くぅこ「う、うぅ…」
彼女の横腹から流れる血は着々と地面を赤く染めていった。
男(や、やべぇ…早くてんこさんに知らせないと…!)
俺は彼女を背負って立ち上がり、走る。
くぅこ「ヤオ殿の言う通りでごじゃるな…せっしゃは誰よりも弱い忍びでごじゃるよ…」
くぅこ「これはそんな弱いせっしゃへの罰でごじゃるな…」
男「そんなことないって!くぅこはすっげぇ強いし、すっげぇ頼りになるし…」
くぅこ「忍の身でありながら…家来の身でありながら…姫様の主殿をお慕いしてしまった…罰でごじゃるな…」
男「え…?」
くぅこ「せっ、しゃ…」
くぅこ「主殿の…こ…」
くぅこ「と……」
男「…くぅこ?」
男「くぅ…こ…?」
はやく部屋へ戻ろう…。
外は寒いから…
また、俺が温めてあげるから…
だから…
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
おい
ここでかよおぉ
ウソだろ おい
くぅこおおおおおおおおおおお(´;ω;`)
…………
てんこ「男殿…もう寝たらどうだ?祝言の日にくまを作ってしまうぞ」
あの後俺はてんこさんを起こして夜中の出来事を話した。
彼女の手際よい応急処置によってくぅこはなんとか一命を取りとめることができた。
男「いえ、まだ起きています…くぅこの目が覚めるまで…」
だが、目が覚めるまでは安心できない。
こうして布団に横たわるくぅこの横で起きている内に、もうすっかり昼間となっていた。
妖狐姫「座椅子、くぅこは…」
後ろから静かに襖を開けて妖狐姫が入ってきた。
男「まだ起きない」
妖狐姫「そうか。くぅこ、すまぬ…うっ、うぅ…くぅこぉ…」
妖狐姫はくぅこの手を握ると泣き出してしまった。
彼女の涙はそのままくぅこの手を濡らしたが、それでもくぅこは眉一つ動かさず、目を瞑ったままただ薄い呼吸を繰り返すのみだった。
何故こんなにもくぅこの寝顔を見続けていることに不安を感じるのだろうと思い、考えてみると、俺は彼女の寝顔を見るのが初めてだった。
てんこ「しかし…今晩敵襲が来ると厄介だな…くぅこにはもう頼れないし…」
妖狐姫「それは…くぅこの命のみならず、座椅子の命も本格的に危険なものになってきたということじゃな」
てんこ「そういうことになりますね…」
てんこ「しっ、しかし、祝言まではあと二日!この私がくぅこの分まで…」
妖狐姫「ならぬ!」
妖狐姫「くぅこが勝てなかった相手がまた攻めてきたらどうするのじゃ?怪我人が増えるだけじゃ…それどころか死人すらでるぞ…」
てんこ「では…どうすれば…」
妖狐姫「てんこ、隣街の屋敷へ向かう支度をするぞ。それと祝言の延期、婚約相手の変更を街のみなにつたえなければ…」
男「は!?」
てんこ「なっ…それは一体どういう…」
くぅこ「…ん、ぅっ」
妖狐姫「座椅子、てんこ…わらわは隣街へ嫁入りすることにした」
てんこ「そんないきなりっ!一体何故!?」
男「そっ、そうだぞ!ここまで来たのに…」
男「もし俺やくぅこのことを思ってそんなことをしようとしているなら大間違いだぞ!?」
妖狐姫「自惚れるなよ座椅子」
男「え……」
妖狐姫は今まで俺に見せたことないような冷たい眼差しをしていた。
まるでまったく興味、関心のないものに向ける目だ。
妖狐姫「みなには言っておらんかったがな…座椅子にはそろそろ飽き飽きしておったのじゃ…」
しかし
てんこ「姫…様…」
妖狐姫「それに座椅子としらこ様の顔…月とすっぽんじゃ…わらわも頭を冷やし、冷静となった」
妖狐姫「あのような美しい方と一緒になれるというのに…その求婚を蹴るなぞ罰当たりも良いところ。街中の婦人を敵に回すところじゃった」
俺にも、てんこさんにも、丸分かりだった。
妖狐姫「しらこ様との祝言の日が決まったら、うにゅには出て行ってもらうぞ」
それが苦しい演技だということが。
最初こそ冷徹さを演じていた妖狐姫だったが、次第にその顔は涙で歪み、しらことの結婚のメリットを語るための言葉は自分に言い聞かせているようだった。
妖狐姫「なぁに、わらわはもう飽きたというだけでうにゅの座椅子の技量は本物じゃ!それはわらわが保証しよう」
妖狐姫「座椅子屋なぞやったらどうだ?大変繁盛することじゃろうな」
妖狐姫「…座椅子」
妖狐姫「短い間じゃったが…不思議とうにゅとは何年も前からの付き合いのように感じた」
妖狐姫「うにゅは生まれた場所を間違えたのではないかと思ったほどじゃ。それをわらわが正してやったと思ったほどじゃ」
妖狐姫「それではの…てんこ…支度するぞ。夕方には屋敷を出る」
てんこ「ひ、ひめさまぁ…もっと他に手は…」
妖狐姫「てんこ!!!」
てんこ「う、うぅ…くっ…男殿…すまない…」
妖狐姫が怒鳴るとてんこさんも泣く泣く立ち上がり、二人は部屋を出て行った。
襖が閉じられた音は、俺と妖狐姫の繋がりを絶った音のように聴こえた。
男「…嘘だろ?」
男(どうして…こんなことに…)
二人が居なくなった部屋、一人だけ取り残された気分になったがくぅこの小さくも確かな声が聞こえて布団の方を振り返った。
くぅこ「主…殿…」
男「く、くぅこ!?俺の声が聞こえるか?」
くぅこ「しっかりと聞こえているでごじゃるよ…せっしゃは…許されたでごしゃるか…?」
くぅこ「せっしゃは…まだ生きててもよいでごじゃろうか…?」
男「な、何言ってんだよ!むしろこんなところで死んだら絶対許さないからな!生きろよ!これ主人の命令だからな!」
くぅこ「くく…しょーち…」
くぅこはそう言って微笑んだ。
彼女の微笑みを見ると、一気に安心してしまって…
俺はまた、彼女に甘えてしまった。
男「く、くぅこぉ…」
男「俺…どうしたらいいんだ…どうしたらいいか…分からなくなっちまった…」
男「あの日、しらこの野郎が来た次の日…もう妖狐姫から離れないように…妖狐姫を遠ざけないように…頑張ろうって…決めたんだ…」
男「頑張ったんだ…あいつの隣にいても許されるように…みんなが認めてくれるように…めちゃくちゃ頑張ったつもりなんだ…」
男「なのに…どうしてこんなことに…どうしてこんな結末になっちまったんだ…」
くぅこ「座椅子屋」
男「うぇ…?」
ガキみたいに泣きじゃくる俺を見つめるくぅこの顔は、意外にも笑っていた。
くぅこ「先ほどの姫様の話…実は少し聞いていたでごじゃるよ」
くぅこ「せっしゃはまだ主殿の家来でごじゃる。それは主殿がせっしゃを手ばなさぬ限り変わらないでごじゃる」
くぅこ「主殿がこの屋敷を追い出されるときはせっしゃも一緒でごじゃる。そのときは主殿の座椅子屋が繁盛するように手伝わせてもらうでごじゃるよ…」
くぅこ「そのかわりそのときはまたせっしゃが頑張った分だけ…せっしゃの頭を撫でて欲しいでごじゃる…」
くぅこ「せっしゃは弱い忍者でごじゃるからな…それがないと生きていけないでごじゃるよ」
彼女が笑って語った座椅子屋の話、少し度の過ぎた忠誠心…そこには、俺へ向けられた『この世で最も愛しいものに捧げる愛』で満ち溢れていた。
男「くぅこ……」
くぅこ「…後は、主殿がどうしたいかでごじゃるよ」
男「だ、だから…俺はどうしたらいいか分からなくなったって…」
くぅこ「主殿は、姫様を諦めてしまうでごじゃるか?」
男「そりゃあ諦めたくないけど…でもどうすれば…」
くぅこ「恐らく姫様はまだ主殿と一緒になることを諦めてないでごじゃる。いや、正確には諦めきれてない…と言った方が正しいでごじゃろうか…」
男(え?)
男「どういう意味だ?」
くぅこ「姫様が本当に主殿と共にあることを飽きた、諦めたのなら…転移鳥居を開くはずでごじゃる」
くぅこ「でも姫様は主殿にまだこの世界に止まることを勧めた…主殿が諦めなければまだ希望は残されているでごじゃるよ」
男「そう…か…俺がまだ諦めなければ…」
妖狐姫自身が本当にそう思っているかは分からないが、彼女の潜在的願望が俺をここに止めたのはくぅこの考えから間違いないとみて良さそうだ。
心の奥底で妖狐姫はまだ俺を求めてくれている…
くぅこ「…知り合いのくノ一に夜だけ市場で車屋を営んでいる者がいるでごじゃる」
くぅこ「その者に今から言う合言葉を告げれば、主殿がせっしゃの知り合いだということが分かるでごじゃるよ」
くぅこ「今はとにかく、姫様の元へ向かうべきでごじゃる」
くぅこ「行ってどうするかは…後でいくらでも考えればいいごじゃるよ」
………………
夕方、俺は隣街へ向かう妖狐姫とてんこさんを見送った。
男「お気をつけて」
てんこ「ああ…私たちが戻るまで、くぅこのことを頼んだぞ」
人力車に乗った妖狐姫は一言も喋らなかったが、ただひたすら…哀しそうな顔で俺を座台からじっと見ていた。
点になって見えなくなるまで…。
男(待ってろよ…)
明日の朝、必ずお前をそっちに迎えに行くから。
…………
シエン「姫君がこちらへ向かっているとの情報が入りました」
しらこ「結果的には上手くいったということか…ヤオには感謝しなければな」
しらこ「ふふっ…これで隣街もボクの領地だ!」
…………
そしてついに夜が来た。
男「ごめんな…本当はこんな状態のお前を置いて行きたくないんだが…」
くぅこ「せっしゃなら大丈夫でごじゃる。一人でできないことは料理人の方々にでも頼むでごじゃるよ」
男「そうか…それじゃ、行ってくる」
くぅこ「…主殿!」
布団に横たわるくぅこに背を向けた瞬間、彼女に呼び止められた。
男「どうした…?ってお前!」
くぅこ「うっ…んんっ…」
振り返ると彼女は顔を引きつりながら無理矢理立ち上がろうとしていた。
男「安静にしてなきゃ駄目だろ!」
見てられなくてくぅこをもう一度布団に寝かせようと俺は彼女の肩に手を置いた。
くぅこ「はぁ…はぁ…一つ、約束して欲しいでごじゃるよ…」
くぅこ「必ず、生きてまたその顔をせっしゃに見せて欲しいでごじゃる。危ないことがあったらすぐに逃げるでごじゃるよ」
男「…ああ、約束する」
くぅこ「……主殿、少し頭を下げて欲しいでごじゃる」
男「…?…こうか?」
くぅこの言う通り少し頭の高さを下げた。
くぅこ「んっ…」
そうすると彼女は俺の額に軽く口づけした。
「…まじないでごじゃるよ」
…………
「ん?何だいあんた。こんな誰もいない夜に耳も尻尾も隠してるなんて変わってるね」
男「俺はくノ一くぅこの主人。男だ」
「ふーん…くぅこのねぇ…合言葉は?」
男「きつねうどんと花見団子」
くぅこの好物らしい。
「間違いないね。乗りな」
くろこ「高速の車屋くろことはアタシのことよ。しっかり捕まってないと振り落とされるよ?」
俺は人力車を前に大口を開けていた。
男「え…嘘だろ?」
その人力車は真っ平らな木の板一枚に車輪が付いただけという何ともシンプルな造りをしていた。
くろこ「そこにうつ伏せで転がりな兄ちゃん。縄で縛り付けてやるよ」
くろこは酷く雑に俺を木の板にがんじがらめで縛り付けると大きくて深い呼吸を済ませ、近所迷惑と言われても仕方ない大声で大通りに叫んだ。
くろこ「それじゃっ、隣街の領地主の屋敷まで…しゅっぱーつ!!!!!」
男(うるせぇ!こいつ本当に忍者かよ!?)
縛られてるせいで耳も塞げないし…
祝言まで、あと二日。
なうろうでぃんぐ…
(-ω-)
…………
くろこ「ふぃー!!!いい運動だったぜ」
男「ハァ…ハァ…」
男(地獄だった)
寝てなかったから荷台で寝ようと思ったが…
とても寝られる環境ではなかった。
人力車のはずなのに普通にあっちの世界の自動車並のスピード出てるし、縛りが雑だから荷台から振り落とされそうになるし…
近道とかいってデコボコの山道に無理矢理入っていくし…
男(普通に死んでもおかしくなかったぞ)
くろこ「じゃあなー、兄ちゃん。お題はくぅこにつけとくか。今度美味い茶菓子でも奢ってもらお」
くろこは青い顔の俺に軽く手を振ると砂埃を立てながら走り去って行った。
男「ゲホッ、ゲホッ…こっちまでかかってるっつーの。ってか速すぎてまだ夜だし…」
男「うぐっ…おぇ…うぇぇ…」
男(酔いまくってコンディション最悪だ。少し寝るか)
…………
しらこ「よく来たね」
妖狐姫「はい。本日はしらこ様にお話があって参りました」
しらこ「まあ大体分かっているよ」
しらこ「ボクのものになることにしたんだろう?」
妖狐姫「…詳しいお話はこれから」
てんこ(い、言いたい…そんなことはないと…そんな物は姫様の本当に望んでいることではないと…でも私は何もできない。なんて情けないんだ私は…)
てんこ(男殿…遠くからでもいい、情けない私に力を貸してくれ…)
てんこ「うぅ…」
シエン「失礼します」
しらこ「シエン?どうした」
シエン「何やら耳と尻尾を隠した妙な男がしらこ様に用があると門にてごねているとの情報が…」
しらこ「なんだと…?」
てんこ「耳と尻尾を隠した妙な男…?まさか…いやそんな…」
妖狐姫「…!?それは真か?」
シエン「は、はぁ…」
妖狐姫「少し席を外しますっ!」
しらこ「ど、何処へ行こうと言うんだ!」
てんこ「姫様!わ、私も失礼する!」
しらこ「くそっ!こんな大事なときに…一体誰が…」
シエン「どういたしましょうか」
しらこ「もういい。このボクが直々に追い払ってやるっ!」
…………
男「頼むって!入れてくれよ!しらこ様に大事なお話があるんだって」
門番「お前のような怪しい奴を屋敷に入れられるわけがなかろうが!帰れ!」
男(まいったな…どうやって屋敷に入るかなんて考えてなかった)
男「怪しくないって。さっき入って行ったあの妖狐姫とてんこさんの知り合いなんだって」
門番「嘘をつくな!」
妖狐姫「その者の言うことは本当じゃ」
門番「ひ、姫君」
てんこ「男殿…!」
妖狐姫「…どうやって来たかは知らんが、何故来たのじゃ?くぅこはどうしたのじゃ!」
男「俺はお前の隣に居たかったからここに来た。それだけだよ」
妖狐姫「戯言をっ…」
しらこ「もういい。その男が言っていることも、姫君が言っていることも本当さ」
門番「しらこ様!」
しらこ「男殿、まさか貴方だったとは…ボクに何の用かしらないけど…まあいい。屋敷に上がりなよ」
予想外の俺の訪問に妖狐姫やてんこさんは驚きを隠せていない様子だったが、しらこは意外にも素直に俺が屋敷へ踏み入れることを許した。
妖狐姫「しらこ様!この者はこの場には必要ないかと…」
しらこ「いいんだよ」
しらこは不敵な笑みを浮かべた。
何か狙っているのか…それともここで俺を殺すつもりか…
男(妖狐姫もてんこさんもいる場所でそんなことできるのか…?)
妖狐姫「っ…」
俺はしらこ直々に部屋まで案内してもらった。
…………
しらこ「では、要件を聞こうか。まずは先に来た姫君…貴方から」
妖狐姫「しらこ様。わらわは…しらこ様と…」
妖狐姫「しらこ様と…い、一緒、に…」
苦しそうに要件を告げようとする妖狐姫、それを渋い顔で見守るてんこさん。
そしてその様子を…勝ち誇った顔で見下ろすしらこ…
男(そうか)
彼の狙いはこれだったのか。
俺の目の前で妖狐姫に自分との婚約を宣言させることで、俺の目に動かぬ証拠を焼き付け、圧倒的な敗北感を与えるために俺を屋敷に上げたのか…
その狙いのおかげで今俺はこの場に来れたわけだが…なんとも性格が悪い奴の発想だ。
男(…させるか)
男「もういいだろ」
てんこ「!!…男殿?」
しらこ「なんだい男殿。今は姫君が要件を申しているんだ。横槍を入れないでくれないか?」
男「妖狐姫の要件も俺自身の要件も含めて全部俺が話そう」
妖狐姫「男…!?やめんか!うにゅにはもう関係のない話じゃ!」
男「関係ない?ふざけんな!いきなり可愛い女の子に結婚してくれって言われてウハウハだったのに飽きたからもう要らないってそりゃないぜ!」
男「…いや、よくよく考えたら俺の世界でも割とありがちな話かもしれないけど…と、とにかく!今までそういうのに全く縁が無かった俺にはキツすぎだっつーの!」
男「誰かこの気持ち分からないのか?キツくね?狐だけに!」
妖狐姫「む…?」
しらこ「は?」
男(あ…)
空気が固まった。
てんこさんはもう何もかも諦めたかのように片手で顔を覆った。
男(…最後のは要らなかったな。マジで)
男「ゴホンッ…とりあえず妖狐姫の要件から」
男「妖狐姫はしらこ様…あんたと結婚したいという意思を告げるために本日ここに来た。で、合ってるよな?」
妖狐姫の方に目を向ける。
妖狐姫「…まあ、そうじゃが」
しらこ「そんな大事な話!本人の口から聞かないと意味がないじゃないか!」
男「意味なんかいらねぇ、誰が言おうとどうでもいい。どうせ全部関係なくなるのはあんたの方なんだからな」
男「なぜなら俺は今日、それを止めるためにここに来たからな。それが俺の要件だ」
妖狐姫「何を言っておるのじゃ男!でしゃばるでない!」
しらこ「貴方に一体何ができる?あの日ボクに言われるがままだった貴方に!」
男(…確かにそうだった)
あの日、俺は言われるがままだった。
でも俺はもうあのときの俺じゃねえ。
男「そうだな…そのことなんだが…あんたに妖狐姫との結婚を諦めてもらうには、やっぱり現婚約者の俺の存在をあんたに認めてもらうしか無いかなって思って」
しらこ「何だと?」
男「で、まあ…どうやって認めて貰おうかなって思って…寝るついでにそれもここに来る途中で考えようと思ってたんだが…車屋がヤバすぎてな…それどころじゃなかった」
男「だから、俺はもう下手なこと考えずに自分の唯一の武器で勝負することにしたよ」
そこまで言うとしらこの横にいたシエンさんが腰の刀を抜刀しようと構えた。
男「おっと…何も物騒なことをしようってわけじゃない。俺は俺の唯一の存在価値をしらこ様にも認めて貰おうって思っただけだ」
しらこ「唯一の存在価値…?」
妖狐姫「ざ、座椅子…?はっ!」
妖狐姫はいつもの癖か俺をそう呼んでからハッと口を塞いだ。
しらこ「座椅子?今姫君は貴方を座椅子と言ったか」
男「そうだ。実は俺は彼女の婚約者であり、彼女専用の座椅子でもある。それが俺の唯一無二の存在価値」
男「俺は座椅子の達人だからな」
生まれて初めて心の底からおごり高ぶった。
自分の一部を誇りに思った。
しらこ「座椅子の達人だと?はっ!馬鹿馬鹿しい…気づいてないのか?それは己のことを家来どころか主人の尻に敷かれる奴隷以下の存在だと言っているのと同じだぞ」
男「まあそう言うなよ。世界は広い…異界じゃ座椅子に乗っている方が奴隷っつうこともある…らしいぞ?」
しらこ「ふーん…で、どうやってボクを認めさせる気だい?」
男「ここまで言ったらそんなの決まってるだろ。いつか妖狐姫も言っていたよ」
妖狐姫「なっ!」
………………
『くぅ…あやつをうにゅに乗せてやればよかった。そうすればあやつも座椅子を認めたかもしれん…』
………………
妖狐姫「男…まさか…」
男「あんたを俺の上に乗せてやればよかったってな」
俺はドンと深く座布団に胡座をかいて座ると、膝をバシンッと叩いて部屋に響す声で言った。
男「さあ!俺の上に座ってくれ!」
男「隠れてやってきた修行の成果!見せてやる!」
男「俺はお姫様に座椅子で食っていけるとまで言われた男よ!今なら『お客様用』ってやつもできる気がするぜ!」
しらこ「…面白い。そんなに言うならボクのお尻に敷いてあげるよ」
しらこ「そして?みしめるがいいさ!男としてっ!生きる者としてっ!このボクより劣っているということを!」
しらこ「もちろん…ボクを満足させることができなかったら姫君のことは諦めてもらうよ?」
男「ははっ…そんときはくぅこと一緒に座椅子一本で屋敷立ち上げてまたあんたにリベンジしてやるさ」
シエン「しらこ様!そのようなうつけの話に耳を傾ける必要はありませんっ!」
しらこ「いいじゃないかシエン…これで彼も諦めてくれるんだ。誰かの血が飛ぶよりずっといいだろ?」
シエン「…左様でございますか」
男「シエンさんはそこで見守ってくれ。俺がもししらこ様に何か変なことをしようとしていると思ったら斬りかかってくれてもいい」
シエン「承知」
てんこ「男殿…本当に大丈夫なのか?」
男「もし駄目だったときはてんこさんも俺の座椅子屋に来てくれよな。安くしとくよ」
てんこ「なっ、何を馬鹿なことを…」
妖狐姫「ざ、座椅子っ!」
男「…妖狐姫。お前の前でお前以外の誰かを俺の膝の上に乗せること…今だけは許してくれよ」
妖狐姫「ば…ばかものぉ…ゆるさんっ!わらわはゆるさんぞっ!」
男「許してくれよ…俺はこれからもずっと…」
男「お前の座椅子でいたいんだからさ」
妖狐姫「……このあほぅが」
しらこ「そろそろいいかな?」
男「おう!どんと来い!」
しらこ「よいしょ…」
ついに俺の座椅子の上にしらこが腰をかけた。
しらこ「これでいいかい?」
男「ああ」
男(すっぽり入りやがった。こうしてみるとやっぱり子どもっぽい感じだな…歳上らしいけど)
シエン「しらこ様…」
しらこ「シエン、大丈夫だよ。今のところは変な感じはしない」
しらこ「むしろ何もなさ過ぎて逆に興ざめだよ…別に普通じゃないか。もういいかい?」
男「まさか…ここからさ。頭とか尻尾とか、撫でてもいいか?」
しらこ「なっ!なんだとっ!?このボクを愚弄する気か!?」
男「そうしないと俺の全てをあんたにぶつけられない。このまま立ち上がったって俺の負けにはならないぞ?」
しらこ「…ふざけているな。シエン!もうこいつを斬ってもいいぞ!」
シエン「はっ!」
シエンさんはしらこの言葉を受けて抜刀した。
男「おっ、おいおい!?ちょっと待ってくれよ!」
妖狐姫「シエン殿!男の言うとおりじゃ!奴の本領はここからなのじゃ!」
妖狐姫「しらこ様も男の言うことを了承してやってください…」
しらこに向かってそう言う妖狐姫はカリカリとしていて不機嫌そうだった。
妖狐姫「…本音を言えば、しらこ様が羨ましくて今すぐにでもわらわがそこに変わって座りたいところです」
しらこ「何だと…?そこまでなのか?」
しらこ「なら仕方ない。シエン…一旦刀を納めろ」
シエン「は、はぁ…」
男「ふぅ…」
妖狐姫のフォローのおかげで何とかピンチを凌げた。
しらこ「ふんっ…と、特別だぞ…このボクに触れることを許そう…」
男(お、おお…)
渋々だが了承したしらこのぷりぷりとした表情…なかなかだ。
俺にそういう趣味はないがショタ萌えな人の気持ちが少し分かった気がする…。
男(意外にも可愛いとこあるじゃん。可愛がりがいがありそうだ)
男「じゃあ、失礼するぞ」
そぉっと、しらこの頭に手のひらを乗せる。
しらこ「んっ…」
しらこ「くっ、屈辱的だ…」
しらの(…だが)
しらこ(なんだこれは…どこか忘れていたような…懐かしいような…そんな感じがする)
しらこ「…母上」
男「ん?…どうした?」
しらこ「なっ!なんでもない!」
しらこ(なっ、何を言っているんだボクは!…でも思い出した…童のころはよくこうして母上に頭を撫でて貰っていたか…)
しらこの尻尾が左右に動き出した。
男(あっ…気持ちいいときの反応は男も女も同じなんだな…)
もう片方の手で尻尾も撫でる。
しらこ「ふぁあっ」
シエン「しらこ様!?」
しらこ「あっ…あぁ…いぃ…ふぁ…」
シエン「き、貴様ぁ!しらこ様に一体何を!」
妖狐姫「撫でておるだけじゃ。あやつは妖術の使えぬ異界の者…あの場所にいたシエン殿ならそれが分かるはずじゃろう?」
妖狐姫「それにしらこ様もシエン殿の助けを呼んではおらぬ。不快には思ってないということじゃろうな」
シエン「なっ…本当に撫でているだけだというのか…」
しらこ「んっ…はぁ…はぁ…あっ…あぅ…」
シエン(あのような恍惚とした表情のしらこ様のお顔…初めて見たぞ…)
てんこ(しらこ様のお口からよだれが…なんということだ…あっ、男殿…もはや恐ろしいぞ…)
しらこ(なんだこの心地よさは…別の世ではこの施しを受ける
奴隷が存在するのか…?)
しらこ(馬鹿な…こんな天にも昇れるような施し…少なくともこの世では金貨をいくら払っても受けられるものではないぞ…?)
しらこ(そうだ…この男を屋敷に招こう…そうすればボクも毎日この施しが…)
しらこ(受けられる…ぞ…)
くぅこ助かったのか(о´∀`о)
しらこ「すぅ…すぅ…」
男「…満足してもらえたみたいだな」
シエン「なっ…」
てんこ「しらこ様が…眠った…?」
妖狐姫「当たり前じゃ。奴を誰と心得る」
妖狐姫「奴は今も、そしてこれから先も…」
妖狐姫「わらわの座椅子となる者じゃぞ!」
男「シエンさん。しらこ様を寝室で寝かせてやってくれ。そして後で俺に満足できたか聞いてください」
妖狐姫「うにゅから降りれば目を覚ますと思うがの」
男「そうか?」
シエン「…承知した」
シエンさんは俺を少し怯えた目で見ていた。
男(いや、俺はあんたから刀向けられたときはちびりそうになったんだが…)
彼がしらこを抱えたときだった。
しらこ「んん…はっ…」
しらこは妖狐姫の言った通り本当に目を覚ました。
男「あらら」
妖狐姫「じゃから言ったであろう」
男「まあいいか…本人の口から直接聞いた方がいいし」
男「しらこ様…満足していただけましたか?」
しらこ「あ、ああ…そうだ!相談があるんだ!」
しらこ「姫君のことは諦めるし、隣街から買った商人も全て無料で返そう!」
しらこ「だから男殿…ボクのところに来ないか?手厚く歓迎しよう!もちろんそちらの屋敷よりも良い待遇でだ!悪い話じゃないだろう?」
男「え…」
予想外に上手く行き過ぎたようだ。
妖狐姫「なんじゃと!いくらしらこ様と言えど聞き捨てならぬお言葉…んむっ…」
しらこの言葉に怒った妖狐姫の口を軽く手で塞いだ。
男「ありがたいお言葉だけど…断っておくよ…俺には俺の帰りを待ってくれている人もいるし」
しらこ「…そうか。非常に残念だ」
しらこ「だが商人は全て返しておくから、その気になったらいつでも来てくれよ」
男「…まあ、心の中に留めておくよ」
妖狐姫「んー!んー!ぷはっ!座椅子がその気になってもわらわが絶対に手放さぬがな!」
屋敷の人間以外の前で妖狐姫が『座椅子』の部分を強調して言った。
そんなにも自分の物だと主張したいのだろうか…
てんこ「まあ何はともあれこれで一件落着だな…」
妖狐姫「てんこ、座椅子!引き上げるぞ!」
妖狐姫「祝言は…明日じゃ!」
………………
祝言当日…大勢の人たちが屋敷に集まった。
天候は晴れ…だが同時に雨も降っていた。
あの日と同じ天気だ。
てんこ「皆様…本日は私たちの街の領地主である妖狐姫様の祝言に集まって頂き、誠にありがとうございます」
大勢の人たちの視線が俺たち二人に向けられていた。
緊張感がすごい…。
そして初めて屋敷の一室が狭く感じた。
しかしふと隣を見ると美しい花嫁衣装に着飾った妖狐姫は凛としていて落ち着いていた。
男(ああ…)
彼女は、狐耳も尻尾もない俺と結婚することに何一つ卑屈な様子を感じさせなかった。
俺という存在と結婚できるということを誇りに思ってくれている…そんな顔をしていた。
彼女の堂々とした様子に、俺も釣り合わなければと思った。
男(胸を張れ!俺!)
俺の結婚する人は…ただでさえ広い世界を突き抜けて、そしてさらに数ある世界の一つから、俺のいた世界、俺のいた場所の…俺を選んでくれたんだ…
男(こんな幸せなこと、他にないぞ…)
それは確かに偶然かもしれない。
もしかしたら数ある世界の中に俺よりもすごい座椅子の達人がいたかもしれない。
男(…というかマジのマッサージ師の人とか絶対すごいだろ)
それでも、今は何となく思うんだ。
彼女とこの場所に並べたのは、やっぱり俺だけなんじゃないかって…
根拠なんて、ないんだけどさ…
溢れかけた嬉し涙は全力で引っ込めた。
キョロキョロとだらしなく目を動かすのをやめて真っ直ぐと前を見た。
そして無言で主張した。
俺がこの街の領地主妖狐姫の…
『座椅子』だ
宴は朝から夕方まで続いた。
シエン「あっしは剣の修行の中で恐怖を切り捨てたつもりだったが…今は男殿が恐ろしく感じる…」
シエン「機会があればぜひ修行に付き合ってほしい…その魔の潜む膝にあっしを乗せてくだされ」
男「あはは…」
男(いや、勘弁してください…)
…………
しらこ「もし姫君に愛想をつかされたときはいつでもボクのところにくるといいよ」
しらこ「待ってるからさ!」
男「縁起でもないこと言わないでくれよ…」
…………
くろこ「兄ちゃん!またなんかあったときは乗せてやるぞ!」
男「あー…またなんかあったときは頼むわ」
男(できることならもう二度と乗りたくない)
…………
ヤオ「…これからもくぅこのことを頼む。…また敵同士となったときは別だが」
男「あんた来てたのか…」
ヤオ「風の噂でくぅこが生きていると聞いて様子を見に来た」
男「…招待状は?」
ヤオ「ふん…某の手にかかれば侵入など造作もない」
男「おい」
…………
てんこ「随分と気を張っていたな。疲れたんじゃないのか?」
男「まあ、そうですね」
てんこ「お疲れ様だな…貴様のお陰でこの日、姫様は望んだ幸せを手にすることができた。感謝しているぞ」
男「ありがとう…ございます…」
てんこ「ん?あのときもそうだったが、私から礼や賞賛の言葉が送られるのはそんなに不自然か?」
男「まあ正直、嫌われていると思っていたので」
てんこ「む…当たり前だ!貴様は私から姫様をさらっていったんだからなっ!最初はなぜこんな男をと本当に殺してやりたい気分だったぞ」
男「で、ですよね」
てんこ「しかし…今はもう貴様は何処にだしても恥ずかしくない男に成長したと思うぞ」
てんこ「姫様の言葉を押しのけて隣街の屋敷に来たときは…その…かっ、格好良かった…ぞ…?」
てんこ「私はあのとき、心の中では貴様が屋敷に来てくれないかとも思っていたんだ…まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ」
男「てんこさん…」
てんこ「だがあの洒落だけはいらなかった。まったく…この世の終わりかと思ったぞ」
男「すっ、すみませんでした」
男(あれだけは俺も無かったと思う)
てんこ「まあ、何はともあれ…これで正式に貴様はこの家を支える者の一人となったのだ。頼りにしているぞ…」
てんこ「旦那様…」
…………
男「…くぅこ、大丈夫か?」
宴が全て終了して片付けも終わった後、俺は俺とくぅこの寝室に顔を出していた。
くぅこ「主殿…すまぬでごじゃるよ。こんなめでたい日に主殿を宴の場で祝うことができなくて…」
男「別に気にしてないよ。仕方ないさ」
くぅこ「では改めて…。主殿、姫様とのご結婚…お祝い申し上げるでごじゃる」
男「ありがとうくぅこ…」
くぅこ「本当にめでたいことでごじゃるよ~…本当に…本当に…あ…れ…?」
祝いの言葉を口にするまでは笑顔のくぅこだったが、その後彼女の瞳からはぽろぽろと涙が溢れ始めた。
男「…くぅこ?どうした!?どこか痛むのか!?」
くぅこ「そんなことは…ないでごじゃる…」
くぅこ「そんなことは…ないはずでごじゃる…これはきっと…嬉し涙でごじゃるよ…」
くぅこ「だのに…主殿ぉ…」
くぅこ「どうしでっ…こんなにも…胸が苦しいでごじゃるか…?」
男「くぅこ…」
俺はできるだけ優しく、くぅこを抱きしめた。
くぅこ「うっ…うぅ…主殿…主殿ぉ…」
男「俺、何度だって言うよ」
男「俺は…くぅこのことも大好きだよ…」
男「くぅこの為ならこの命が惜しくないくらい、くぅこが大好きだよ…」
くぅこ「かたじけにゃい…せっしゃも…主殿のためならこの命惜しくないでごじゃるっ…」
男「だからこれからもくぅこの身に何かあったときは俺がくぅこを護る…」
くぅこ「主殿の身に何かあったときはせっしゃが主殿を護るでごじゃるよ…」
男「座椅子屋ではないけどさ」
「これからも、ずっと一緒だ。くぅこ…」
………………
妖狐姫「…祝言の日に浮気とは、とんでもない奴じゃのう」
部屋を出ると襖を背にして妖狐姫が腕を組んでいた。
男「うわっ!…聞いてたのか?」
妖狐姫「まったく、少しは身の程を知らんか」
妖狐姫「…唾をつけるのはくぅことてんこだけにしておけよ」
男「…心得ておきます」
なんというか、これからは物理的だけじゃなくて精神的にも妖狐姫の尻に敷かれそうだ…。
妖狐姫「浮気した罪はその都度たっぷりとわらわに還元してもらうからな」
男「はいはい」
俺のあちらの世界での人生は終わった。
いや、具体的には俺が勝手に終わらせてしまったと言う方が正しいか。
あちらの世界での俺の大きな失敗は、多分誰かのために生きようとしなかったことだと思う。
常に保守的で、自分にとって負担となりうることは全て避け続けた結果、俺の周りには誰もいなくなっていた。
だから今やっと始まったこの世界での人生は、妖狐姫のため、くぅこのため、てんこさんのため…そしていつかは、街のみんなのために生きていこうと思う。
その先に、あちらの世界では手に入れることができなかった、本当の幸せがある気がするから…
妖狐姫「男!わらわの部屋へ戻るぞ」
頭をかきながらゆっくり縁側を歩き出すと妖狐姫は振り返って俺を急かした。
妖狐姫「はよう!」
妖狐姫「わらわの座椅子となるのじゃ!」
おわり
これにておしまいです
ここまで読んでくださった方はありがとうございます
(-ω-)
で、どうやればケモミミハーレムの世界へいけるんだい?
おつ
乙
1日モフモフしてるだけでいい世界なんていきてーなー
乙
姫さまも好きだけどやっぱりくぅこが一番ラブリーでした
おつ
モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ
乙
てんこも座らせてやれよ…
乙レスありがとうございまする
需要があればまた今度Rの方でおまけ集みたいなスレ立てます
てんことイチャつく話や
くぅこあふたーをメインに考えています
もしくぅことの座椅子屋生活を選んだら…っていう話もいいかもしれませんね
こんなお話が見たい!っていうのがあったらそちらも参考にします。
ではまた何処かでお会いしましょー
m(-ω-)m
しらこが手のひら返すのにもう一捻り欲しかったかも
実はしらこは女の子でしたとか
良かったんだけど、くぅこの方がメインヒロインに見えて仕方ないw
>>269
くぅこの話需要あるからぜひ書いてほしいな
乙
くぅこが可愛くて仕方ないな
誘導もしてほしいなここ残ってたら
妖狐の国の座椅子あふたー
妖狐の国の座椅子あふたー - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1489838467/)
おまけ
ちょっとずつ更新します
追いついた
乙、今作もよかった!座椅子要素でなんとかするっていう所がまた良かった
Rも期待してます
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