これはモバマスssです
前作
フレデリカ「朝食前の一欠片ごっこ」
杏「気付いた日から、つまりごっこと呼ぶ日から」
文香「決断まで、及びごっこと呼べる日まで」
フレデリカ「最後のデートごっこ」
フレデリカ「人のお金で焼肉ごっこ」
その他ごっこのお話
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ふぅ、沢山食べてしまいましたね。
こんなペースで焼肉だなんて、少し体型が怖いですが。
毎度毎度、軽く済ませるつもりなんですけれど…
文香さんやフレデリカさんにあのテンションで誘われると、つい行きたくなってしまって。
なんだか、オフの日も殆ど一緒に遊んでいる気がしますね。
実際はそうでもないかもしれませんが、ユニットのメンバーといると一日一日が濃すぎるので。
そしてまたクタクタになって。
むしろ、オフの日の方が疲れている気がします。
レッスン後に焼肉なんて、重い筈なんですけどね。
疲れた身体にエネルギー補給!なんてあの二人は言っていますが。
本当に、パワフルなユニットです。
振り回されて、更に疲れてしまうくらい。
…ですから。
これから私が何かを喋っていたとしても。
それは、疲れたせいでの独り言です。
なんて、前置きは必要ありませんね。
杏ちゃんが話してくれた様に。
私もまた、このユニットに加入出来て。
こんな慌ただしい日々を送れて。
とても、楽しいんです。
杏ちゃんから話を聞いた時。
きっと、私だけじゃなくて。
みんな、そうだったのかもしれない、と。
そう思いました。
…コーヒー、お代わり貰いましょうか。
少しばかり長くってしまうかもしれませんから。
このユニットで、真面目な話をする日がくるなんて思いませんでした。
ふふ、冗談ですよ。
お砂糖もミルクも大丈夫です。
なんとなくですが、今はブラックで飲みたい気分なので。
大した理由はありません。
本当に、なんとなくです。
熱っ…格好がつきませんね。
あ、誤魔化そうとしている訳ではありませんよ?
こんなに油断した姿を見せられる様になって。
それもまた、私にとって大きな変化なんです。
これから話すのは…そうですね。
とある女の子が、一人じゃなくなるまで。
或いは…ごっこだなんて、ふざけるみたいに。
誰かと楽しめる様に変わる日への。
そんな、お話です。
たんたんたん
遅くまでレッスンルームに一人で残り、私はステップの練習をしていました。
鏡に写った私は汗を流し、それでも表情は崩さずに。
指先まで意識して、目線を意識して。
ファンの方々に、プロデューサーに、最高のパフォーマンスを魅せられる様に、と。
覚束なかったダンスを上手くこなせる様になってゆく。
出来なかった事が少しずつ出来る様になってゆく。
そんな感覚が心地良くて。
それを実感するのが嬉しくて。
そして、もう一つ。
もう直ぐ私はユニットを組むそうです。
既にデビューはしていましたが。
そしてまだ、相手の方が誰かを教えて貰っていませんが。
誰かと一緒に、並んでステージに立てる。
誰かと一緒に、歌って踊れる。
それがとても楽しみで。
また、新しい自分を見つけられそうで。
その為にも。
相方となる人と共に進むためにも。
相方となる人に迷惑を掛けないためにも。
もっともっと、私は上手くならなければいけません。
とは言え、最近は寒くなってきましたし。
体調を崩すわけにもいきませんし、終わりにしましょうか。
パパッと着替えて事務所を出ると、冷たい空気が頬を撫でます。
ほんの一週間前までは冷房がフル活動していたと言うのに、朝と夜にはコートが欲しくなるくらい。
ですが、今はそこまで寒くもありません。
私の心が、温まっているからでしょうか。
新しい事に、新しいものに手を伸ばせる。
楽しみで、嬉しくて。
「ふふっ」
スキップしそうになるくらい弾む心を無理やり抑え、暗くなった道を歩きます。
からからからと道端で舞う枯葉の音が心地良くて。
びゅう、とビルの隙間を抜ける風の音が気持ち良くて。
未来の自分に思いを馳せて。
家に着くと直ぐにシャワーを浴び、夕飯を済ませます。
その間も、頭を埋めるのはユニットのこと。
どんな人とユニットを組むのか。
どんな歌を歌えるのか。
布団に入っても、なかなか寝つけません。
期待と不安の未来は、とても煌びやかで。
体力は大丈夫だから、もっとリズム感を磨いて…
夢を思い浮かべながら、夢の世界へと落ちてゆきました。
翌日事務所へ着くと、何やら少し慌ただしい雰囲気でした。
至る所で色んな人が会話していて。
学校で時たまある、誰々と誰々が付き合っただと別れただの、そう言った雰囲気です。
とはいえ、今の私にそんなことを気にしている余裕はありません。
今日も一日張りきろうと意気込み、部屋の扉を開けます。
そろそろ、ユニットの相手を教えてくれてもいいんじゃないでしょうか?
そんな感じで、プロデューサーへと視線を向けました。
「…おはよう、肇」
「おはようございます、プロデューサー」
なんだか少し、歯切れが悪いみたいで。
なんとなく、少しだけ。
嫌な予感がしました。
なんでしょうか?
暗い雰囲気から一転させて、何か大きな良い知らせがあったり。
私を驚かせる為に、少し勿体ぶっているんでしょうか。
「ユニットの話なんだけどな…」
「はい!」
ようやく、ついに!
そう、喜びの頂点まで達しそうな。
そんな瞬間。
「悪いけど、企画が流れてしまって…少し、ゴタついててな…」
私の期待と希望は、一気に地面へと叩きつけられました。
その日は、そのままレッスンを受けました。
流れたとは言え、次の可能性はありますから。
今はゴタついているけれど、落ち着いたころには。
またきっと直ぐ、ユニットを組める。
そうやって、また心に期待を持たせて。
なんとか、難しいレッスンをこなそうとして。
けれど、噂話程度ですが。
耳に、挟んでしまったんです。
なんでも、事務所内でアイドルとプロデューサーとの恋愛があって。
そのプロデューサーはクビになってしまったそうです。
そして、そのクビになったプロデューサーのアイドルと。
私はユニットを組む予定だった、と。
おそらく今のプロデューサーはとても真面目な人ですから、あの人から話を聞くのは難しいでしょう。
だから、私の前任のプロデューサーから少しでも話をきければ、なんて。
別に、前任のプロデューサーが不真面目と言うわけではありません。
ただ、少しでも情報を集めたかったから。
そう、考えてしまって。
そして、知ったんです。
そのクビになったプロデューサーと言うのは、私の前任のプロデューサーで。
私とユニットを組む予定だったアイドルと、恋愛沙汰を起こしてしまった、と。
集中するのは得意なので、他の事は頭から叩き出しレッスンを終えました。
何かを考えていると、思った通りに動けなくなりそうで。
ユニットの件について考えていると、動きが鈍りそうで。
自分以外の事なんて考えていては、自分の夢が遠ざかりそうで。
着替えると部屋へ寄る事もなく、一人でさっさと家に帰りました。
昨日と同じ事をしているだけなのに、何時もよりも心は重く。
シャワーを浴びるのも夕飯を作るのも面倒臭くて。
ただ一人、部屋でぼーっとしていました。
とても、楽しみにしていたのに。
折角のチャンスだったのに。
先へ進む機会だったのに。
何かを掴める、そんな筈だったのに。
なんで…そんな、恋愛だなんて。
それも、私の元プロデューサーで。
それも、私のユニット相手の予定の方で。
それも、こんなタイミングで。
どうせなら、最初からユニットの話なんて知らなければ。
ここまでガッカリする事は無かったのに。
どうせなら、最初からユニットの話なんてなければ。
ここまで悔しい思いをする事はなかったのに。
…そう、ですね。
他の人のせいで迷惑を被るくらいなら。
私の夢が遠ざかるくらいなら。
それなら、いっそ。
私は、一人でいい。
翌日からのレッスンは、今まで以上に頑張りました。
他の人達が談笑したり休憩している時間も、皆が帰った後も。
もちろん、無理のない範囲で、ですが。
体調を崩しては元も子もありませんから。
少し前に受けたオーディションもしっかりと受かっていて。
学園ドラマのクラスメイトと言うあまり大きな役ではありませんでしたが、しっかりとこなしました。
うちの事務所からは他にも二人ほど出演していたそうです。
特に興味もなかったので、それが誰かは知りませんでしたが。
一人でも大丈夫。
むしろ、一人だからこそ。
私は、私らしく。
精一杯、全力で出来る。
そんな折でした。
レッスンを終えて部屋へ戻る前に飲み物を買おうとしていたところで。
「君が、藤原肇さんだよね?お茶でいいか?」
とある男性に、話しかけられました。
事務所にいるという事は関係者でしょうし、ありがたくお茶を受け取ります。
そのまま近くのソファに腰を下ろし、キャップを開けて。
「ありがとうございます。はい、私は藤原肇ですが…貴方は…?」
「おっとごめん、俺は宮本フレデリカのプロデューサーだ。もうすぐ双葉杏も正式に担当になる」
宮本フレデリカさん。
双葉杏さん。
どちらも、名前を聞いた事はありました。
というか、さっきまで同じレッスンルームにいましたから。
宮本フレデリカさんの事はよくは知りませんが。
まだこの事務所に入ってそんなに経っていない筈なのに、ダンスも歌も上手くて。
それでいて、ハーフ特有の綺麗さと可愛らしさがあり。
それを全て覆うくらい、フリーダムな方。
双葉杏さんは…以前から、名前を聞く機会が多かった気がします。
レッスンをサボって、ダラけていて。
言ってしまえば、悪評が多かったですね。
ステージパフォーマンスは兎も角として、仕事に対する姿勢があまり良くない、と。
「ある程度は知ってる感じか…まぁいいや。それでなんだけどさ、これそっちのプロデューサーに渡して貰えるか?」
「構いませんが…何故、私経由で?」
「まぁ言っちゃえば、肇さんにユニットのお誘いだよ。是非ともうちの
「お断りさせていただきます」
即断、即答。
そう言う話でしたら、これ以上聞く必要はありません。
ペットボトルのキャップを閉め、立ち上がります。
双葉杏さん。
宮本フレデリカさん。
その二人とユニットを組んだとして。
間違いなく、また私は迷惑を被るでしょうから。
「この書類はきちんと渡しておきますが、私は参加するつもりはありません。では、失礼します」
「で、肇はそれでいいんだね?」
「はい。私は、これからもソロで活動していくつもりです」
「なら、肇の意思を尊重するよ」
書類を担当のプロデューサーに渡し、またレッスンルームに向かいます。
もっと、もっと。
上手くなって、上を目指して。
その為にも、頑張らないといけませんから。
「あれ、まだ人が…」
珍しく、他の誰かが残ってレッスンをしているみたいですね。
ドアを開けると、一人の女性が鏡の前で踊っていました。
綺麗な長い髪を揺らし、まだあまり上手とは言えないステップを踏んで。
汗が顔を流れるのにも構わず、必死そうな表情で。
「…あ、おはようございます」
「おはようございます。ええと…」
「鷺沢、文香です…」
綺麗な方ですね。
それに、一人で残って苦手であろうダンスを練習だなんて。
きっとこの方も、目標があって。
その為に、頑張っているのでしょう。
でも…
「無理は良くありませんよ。随分と必死そうにしていましたが、笑顔を保つ事も大切です」
「…そう、ですね…少し、休憩しましょうか…」
座って水分を補給する鷺沢さんに代わって、私が鏡の前に立ちます。
たんっ、たんっ。
何度も練習したダンスを、さらに完璧に。
何度も何度も繰り返して、積み重ねて。
おかげで、失敗する事なく、笑顔を崩す事もなく。
「…上手ですね…私も、はやく…」
「焦る必要はありません。私だって、失敗を繰り返して、長い時間をかけてようやく出来るようになりましたから」
たんっ、たんっ
ステップの音だけが、レッスンルームに響きます。
休憩を終えて、鷺沢さんも私の隣で練習を再開しました。
ところどころで躓き、うろ覚えの箇所もあったのでしょう。
けれど、二人で、同じダンスを。
会話もない、そんな時間が。
とても心地よくて。
楽しくなって、夢中になって。
鏡に映った二人は、凄く…
「…ふぅ、そろそろ終わりにしましょうか」
「私は…もう少し残って、練習を…」
「鷺沢さん。身体を休める事も大事ですよ。一緒にストレッチして、今日は終わりにしませんか?」
「…それも、そうですね…練習に付き合って下さって、ありがとうございました…」
体をほぐして、今日はおしまい。
鷺沢と別れて、私は一人で帰りました。
また、明日からも。
私は、頑張らないと。
「ふぅ…」
レッスンを終えて、私は自動販売機前のソファに座っていました。
まだ、覚束ないところがあって。
それを完璧に仕上げる為にも、一息ついたら練習しないと。
重くなった足で無理矢理身体を起こそうとした時。
「ねーねー、肇ちゃん」
金髪の方から、声を掛けられました。
にこにこ笑いながら、私の隣に腰掛けてきて。
確か名前が…
「なんでしょうか。ええと…宮本フレデリカさん…ですよね?」
「わぁお、フレちゃんの事知ってるの?もしかしてエスパー?」
「いや、同じ事務所のアイドルじゃないですか…」
と言うか、その理論だとフレデリカさんもエスパーですからね。
それにしても、綺麗な方ですね。
喋ると台無しですが。
「よく言われるんだー、喋らなければ美人って。でもさー、じゃあ喋れば超美人って事だよね?」
「ポジティブですね。それで、何かありましたか?」
「えっとねー、これからご飯食べに行くけど一緒にどうかなーって」
「嬉しいお誘いですが…私はまだ、レッスンがありますから」
「ありゃ、振られちゃったかー。こんな超美人のお誘いを断るなんて人生の12割損してるよ?」
「来世にまで掛かってるじゃないですか…すみません、それでは」
本当に変わった方ですね。
そのままフレデリカさんとお別れして、立ち上がります。
そして、レッスンルームに向かおうとした時。
「また誘うからねー、肇ちゃん。気分が乗ったら一緒に、ねー」
「はい、いつか機会があれば」
この時は、まだ。
その言葉の意味が、分かっていませんでした。
そのまま私は一人でまた練習しようとレッスンルームへ入ります。
いつかと同じように、鷺沢さんが一人で練習していました。
彼女も、凄いですね。
私が言えた事ではありませんが、一人でずっと苦手な事に挑んでいるなんて。
以前よりも、格段に上手くなっていて。
ところどころまだ朧げな箇所でも、笑顔は崩れずに。
ずっと一人で練習した、その成果でしょうか?
「練習、よければ付き合いますよ?」
「…あ、肇さん…すみません、そろそろ私は…」
「あ、そうでしたか。お疲れ様でした」
そんな、ありきたりな会話。
そこで、終わりにすれば良かったのに。
「この後、何か予定があるんですか?」
そう、尋ねてしまって。
「はい…ユニットの方々と夕食を…」
「…え?鷺沢さん、ユニットに…?」
「はい…自由過ぎて、振り回されてはいますが…とても、楽しい方々で」
ぴぴぴっ、ぴぴぴっ
「…ふふっ。すみません、それでは…お疲れ様でした」
おそらくユニットのメンバーに呼ばれたのであろう鷺沢さんの後ろ姿を、私は呆然と眺めていました。
当然、その後の私は練習に集中できず。
ただただ、時間だけが流れてゆきました。
休日。
以前から決定していたソロライブも近づいて来て。
日々のレッスンが厳しくなり、自由に動ける時間も少なくなり。
久しぶりに、のんびりと私は釣り堀に糸を垂らしていました。
特に何も引っかかりませんが。
こうして、何もせずのんびりとしている時間が気持ち良くて。
…と、以前ならそう思えた筈なのに。
今は…焦りを、感じていたんです。
思い返すのは昨日の出来事。
ほんの数週間くらい前までは。
鷺沢さんは、あそこまで上手くなかった筈なのに。
なのに、驚くほどの成長をして。
すぐにでも、私を追い抜いてしまいそうなくらい。
実際は、まだまだ負けるつもりはありませんが。
つまり、そのくらい。
彼女の成長は早く。
何が彼女を育てたのか、それを考えて。
悔しくて、意味もなく焦って。
悩んだところで、何もなく時間だけが過ぎて。
結局その日は、一匹も釣れませんでした。
それから、1ヶ月くらい経って。
私は様々な仕事をこなしてきました。
生まれて初めてガラス張りのエレベーターに乗って。
ソロライブも終えて。
夢にまで見たソロライブ。
沢山の方が応援してくれて、沢山の方が見てくださって。
私の全力を尽くし、きっと皆さんは満足して下さって。
ライブは、大成功に終わって。
そして、感じてしまったんです。
ふと、思ってしまったんです。
私の限界は、ここまでなんじゃないか、って。
私一人の物語は、これで終わりなんじゃないか、って。
もちろん、ライブで何か後悔が残った訳ではありません。
強いて言うなら何度だってやりたいですし。
きっとその度に、全力で最高のパフォーマンスを魅せる自信はあります。
ですが。
きっと、そこまでなんです。
それより上でも、下でもない。
ならば、それなら。
私は、このままアイドルを続けて。
次に、上に、進めるんでしょうか?
そのまま、1週間。
次の目標も見つからず、自分が何をどうしたいのかもわからず。
ただただ、レッスンと仕事を消化していく毎日で。
疲労だけが溜まる日々が続きました。
周りの人たちは、どんどん上達してゆきます。
様々な仕事をして、ライブをして。
そんななか、自分だけが道に迷ってしまったかのような。
出口のない迷路を一人で歩き続けている様な。
そんな感覚で。
レッスンをしても、自分で上達を実感できず。
置いてけぼりななか、誰かが引っ張ってくれる事も道を示してくれる事もなく。
もう、限界かもしれない、と。
レッスンを終えて、悩んでいる時に。
「ねーねー肇ちゃん。歌うのって好き?」
「嫌いなのでしたら、アイドルにはなってなかったと思いますよ」
また、フレデリカさんに話しかけられました。
レッスンを終えたばかりなのに、元気ですね。
こっちはヘトヘトなのに、彼女の体力は無尽蔵なんでしょうか?
「じゃーさ、カラオケ行かない?」
「…そうですね、今日はこの後は空いてますし、構いませんよ?」
「やって参りましたカラオケルーム!視界はこのアタシ、宮本フレデリカとー!」
「え…ふ、藤原肇でお送りします…なんなんですか?これは」
「フフーン!パーソナリティごっこ?」
「なんで疑問系なんですか…」
カラオケなんて、久しぶりですね。
歌うだけならレッスンでいくらでもやっていますし。
そもそも、誰かと遊びに来る事自体が久しぶりな気がします。
「曲なににするー?あんずのうた?」
「一曲目からエグくありません?」
「じゃー最近流行ってるPaPにしよっか」
「P一個少なくありませんか?!」
どうにも、フレデリカさんと一緒にいると振り回されてしまいますね。
そのまま交互に曲を入れて、採点もいれて。
なんやかんや、楽しかったですが。
「ねーねー、デュエットしない?」
「デュエット、ですか…構いませんが…」
思えば、誰かと一緒に歌った事なんて今までなかった気がします。
そんな私の、おそらく初デュエットは、散々でしたが。
フレデリカさんは自分のパート無視してこちらのパートも歌ってきますし。
音程のバーが二本あるせいでどっちを取ればいいのか分からなくなったり。
結果、点数はお互いが一人で歌うより低めで…
「…ふふっ」
「誰かと一緒に歌うって楽しいよねー?」
「そうですね。点数低いですし、歌いづらいですし…悪くありません」
さて、次の曲を入れましょうか。
どうせでしたら…デュエット曲がいいですね。
終了の時間が来るのはあっという間でした。
かなり歌って満足したので、時間の延長は無し。
そのままカラオケボックスを出て。
駅まであと5分くらい、そろそろお別れと言うタイミングで。
「ねー肇ちゃん。最近楽しい?」
フレデリカさんから、そう問いかけられて。
私は、黙り込んでしまいました。
「それは…」
最近、楽しいか。
それを問われて、悩んでしまって。
即答出来なくて、それが悔しくて。
俯いて、なかなか顔を上げられなくて。
「…それじゃーさ、カラオケ楽しかった?」
「それは勿論です。今日はありがとうございました」
そう言って、私は少し早足で駅へと向かいました。
フレデリカさんが完全に見えなくなったところで、ふぅ、と一息。
いけませんね、気持ちを切り替えないと。
明日は撮影ですから、気合を入れなければいけません。
帰って、もう一度セリフの確認をしないと。
噛まない様に、間違えない様に。
私一人の仕事ですから、失敗しても何の言い訳も出来ません。
きちんと、やりとげないと。
ふと、時間を確認しようとして。
近くの家電量販店の店頭にならんだテレビが目に映り。
アイドル特集をやっているニュースの。
その画面端に表示された時間を見ようとして。
枯葉が散る街で、街の雑踏は大きく。
沢山の人が行き交う大通り。
チラシ配りの人、スピーカーを使って演説している人。
そんな渦の中。
私は、見つけてしまいました。
一目で、分かってしまいました。
テレビの画面を見ている後ろ姿は。
最後に見たときより、ずっと痩せこけていたけれど。
「…!貴方は!!」
「…あ…久しぶり…」
私の、元プロデューサー。
私のユニットの話が流れてしまった、その元凶の一人を。
それからの事は、よく覚えていません。
ただ、ひたすら私が怒鳴っていた事は覚えています。
おそらく、きちんとした言葉になっていなかったかもしれません。
それくらいに、周りの人の事なんか頭に入らず。
私は、怒りをぶちまけていました。
あなたがあんな事さえしなければ。
私はこんなに、悩む事もなかったのに。
あなたが余計な事をしなければ。
私は、もっと先に進めていたかもしれないのに。
溜め込んだ言葉を叩きつけ。
溜め込んだ怒りは加速度的に増し。
怒鳴る事しか出来ない自分に自己嫌悪し。
それでも、口は止まらず。
ずっと、ずっと叫んで。
そして。
最後に叫んだ言葉だけは。
しっかりと、覚えています。
「私は…私は!誰かと頑張りたかったのに!!」
言葉と同時に涙が溢れ。
悔しくて、悲しくて。
私は、走ってその場を立ち去りました。
もう、限界かもしれませんね。
布団の上に崩れこみ、そう感じました。
これ以上頑張っても。
ただただ、辛いだけな気がします。
明日の撮影で、最後にしよう。
これからは、特に仕事は入っていませんし。
そう決めようとして台本をぼんやりと眺めていた時。
一通の、ラインが届きました。
…フレデリカさんですか。
今日はお疲れ様とか、楽しかったよ、とか。
そう言った感じでしょうか?
『明日、アタシ達の部署に遊びにおいでー』
…?
随分と唐突なお誘いですね。
まぁ、撮影は午前中で終わりますし。
お昼くらいに、最後の挨拶に行ってもいいかもしれません。
撮影を終えて、事務所に戻ります。
そういえば、フレデリカさんの居る部屋が何処か聞いていませんでした。
自分のプロデューサーに場所を聞いて。
エレベーターを使って、ゆっくりと向かいます。
到着して、扉を開けようとして。
そう言えば、一度フレデリカさんの担当プロデューサーの誘いを断ってしまっている事を思い出して。
後悔と気まずさを押し殺し。
勇気を出して、扉を開きました。
「おはようございます、フレデリカさん」
「わぁお、肇ちゃんが一番乗り!さぁ焼肉にレッツゴー!」
「お、良かった…杏が楽出来そうだね」
「肇さんですか…申し分無い相手ですね」
…え?
「いぇーい!炭火焼肉だー!」
「特コースですか…期待が高まりますね」
「あー…ドリンクバーって実際けっこーめんどくさいよね」
「…あの、未だに話が全く理解出来てないんですけれど…」
いや本当に、ついていけません。
え、何が起こっているんですか?
文香さんがこのユニットに加入していたと言うことも驚きでしたが…
何故、焼肉?
「今日は焼肉の日なんだってさー、誰かが言ってた」
「多分フレデリカちゃんじゃないかな。あ、ここドリンク注文するタイプだ」
「…お肉は…まだ、でしょうか?」
「文香さん…あの、流石に注文してないのに出てくるお店は無いと思いますよ?」
私の知っている文香さんと違う…
文香さんって、そう言う人物でしたっけ?
それと、私の覚悟と緊張返して貰えますか?
「…で、ですよ。取り敢えず何故私がここに居るのか説明して貰っていいてすか?」
「だってほらー、肇ちゃんもスリーFに入れるでしょー?」
…え?
私が、ユニットに?
即答即断、素気無く断ってしまったのに?
「…藤原、だからですか?」
もしかしたら。
昨日のあの一件を。
フレデリカさんに、見られてしまっていたのかもしれませんね。
「まぁ兎に角、大体名前がFだったから誘ったんだよー」
「大体Fって…一個しか無いんですけど…」
きっと、フレデリカさんの事ですから。
そんな簡単な理由ではないんでしょう。
ですが、言いたい事が多すぎて、考えるべき事が多すぎて。
その後は真面目な事を考える余裕も無いほど、ふざけた流れに流されてしまいました。
フレデリカさんがふざけて。
文香さんが悪ノリして。
杏ちゃんと私が振り回されて。
そんな、馬鹿らしい空間が。
とても、楽しくて。
きっと、文香さんがこんなにも明るいのは。
このユニットが、それだけ楽しいものだからでしょう。
文香さんと杏ちゃんと入れ替わりで、以前誘われたプロデューサーがやってきました。
ドナドナを歌ったせいで食べられなくなった仔牛を食べるために、なんて理由でしたが。
「それで…どうだった?藤原さん。このユニットを見て」
ふぅ…と、四人分の仔牛を平らげて苦しそうなプロデューサーに。
そう、問い掛けられました。
「そうですね…とても騒がしくて、大変そうで」
うるさくて、自由で。
フリーダムで、楽しそうで。
もし、一緒に活動する事が出来たのだとしても。
ものすごく、疲れてしまいそうで。
「…私も…私も、こんな人達と…」
一緒に、楽しく。
文香さんが楽しそうに、それでいて上達していたこのユニットで。
あの杏ちゃんが振り回されるくらい、楽しそうなこのユニットで。
私をここまで気に掛けてくれた、フレデリカさんとプロデューサーのいるユニットで。
「もちろん俺たちは歓迎するよ」
「いいんですか?一度は断ってしまっているのに。それに、スリーエフなのに四人で」
「FはフォーのFなんだー、多分ねー」
「それに、フレデリカも言ってただろ?また誘うからねー、って」
…もう、まったく。
本当に。
まっすぐ進む事しかできない私が。
それなのに、表面しか見ることのできなかった私が。
今、こうやって涙を流してしまいそうな私が。
悔しくて…嬉しくて、多分笑顔じゃない表情をしている私が。
まるで、馬鹿みたいじゃないですか。
二人に、笑われてしまうじゃないですか。
自分でも、笑えてしまうじゃないですか。
だから…
「よろしく、お願いします」
その後は、杏ちゃんも知っている通りですね。
あっという間に話は進んで、私はこのユニットのメンバーになりました。
最初のうちは嬉しさや驚きや恥ずかしさで、素直になり切れませんでしたが。
それでも、楽しかったのはまぎれもない事実です。
誰かと一緒に頑張って。
誰かと一緒に歌って。
誰かと一緒に練習して。
誰かと一緒に…ステージに立って。
以前の私では見つけられなかったものを、次々と手に入れて。
以前の私では触れられなかった事に、次々と体験して。
以前の私では考えられなかった様な。
そんな日々を、送る事が出来ました。
今では、文香さんと二人のユニットもありますから。
月下氷姫、素敵な名前ですよね。
一番最初の私の願いだった、誰かと二人でユニットを組む事。
それすらも、叶ってしまいましたから。
…その後、あのプロデューサーとは一度も会っていません。
会って仕舞えば…きっと、また。
私は怒鳴ってしまいそうですから。
もちろん、その担当だったアイドルが誰かも知りたくありません。
難しい話は、これくらいにしましょうか。
真面目な話よりも、遊んでいた方が。
楽しい事をしていた方が。
絶対に、充実した日々を送れますから。
今が、とても楽しくて。
このまま、ずっと続けば、って。
そう、私は思っています。
だから…
これからも、よろしくお願いしますね?
焼肉は正義
あわよくば人のお金がいいです
お付き合い、ありがとうございました
え、何この良い話?
感動した
乙です
二人が煽り合うのはこれのせいかと深読み
おつ
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません