佐藤心「夢」 (21)

アイドルマスターシンデレラガールズです。

しゅがーはぁとさんこと佐藤心さんのお話です。

地の文メインです。

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 夢だけを見て生きていけたらどれほど良いだろうか。

 辛い現実から目を逸らし、楽しく幸せな夢だけを見て生きる。

 誰もが一度は憧れた事があるだろう。

 誰もが幸せな夢だけを見て、辛い現実は見ずに生きたいと思うだろう。

 でも、それこそ叶わぬ夢なのだ。

 なら、せめて私がステージに立っている間は、夢を見せてあげたいと思う。

 あの時、私に夢を見せてくれたあのアイドル達のように。



 私が中学生の頃だ。

 友達に当時流行っていたアイドルのライブチケットが偶然手に入ったから一緒に行かないかと誘われた事がある。

 アイドルに特に興味があったわけではないのだが、友達付き合いもあって渋々ながら了承し何も期待せずにライブ会場に足を運んだのを覚えている。

 会場の空気が独特なものだった事も鮮明に覚えている。

 正直な事を言えば当時の私は観客達を見て、引いてしまったのだ。

 私には理解出来ない謎の高揚感をまとい、目を子供のようにキラキラと光らせ、無邪気な笑顔を浮かべる観客達。傍目から見ればそれはそれは不気味な集団にしか見えなかった。

 もちろん、その不気味な集団には友達も含まれているので、口には出さなかったのだが。

 始まるまではそんな事を考えていた私だったが、終わった後にはその不気味な集団の仲間入りを果たすことになる。

 あれは見ないと理解出来ないのだ。言葉ではどれだけ言われても到底理解することは出来ない。

 ステージに立って歌い踊るアイドルと、それを熱狂的な眼差しで見る観客達。

 言葉にするとただそれだけの事にも関わらず、あのステージの上に立つアイドルは観客に……私に夢を見せてくれたのだ。

 幸せな夢を。

 あの夢を見てしまったのであれば、観客達が不気味なまでに熱狂するのも頷ける。それほどまでに幸せな夢だったのだ。

 誰もが幸せな夢だけを見て生きていたいと思う。まさしく、その幸せな夢があのステージの上にはあったのだ。

 私達が夢を見るにはあのステージを見に行くしかない。だから、私達は傍目には不気味と思えるほどに興奮し、熱中するのだろう。

 あの夢を見続けるために。

 でも、夢はいつか覚めてしまうものなのだ。

 ライブが終わって、今まで見ていた幸せな夢から、辛い現実に引き戻された気がした。

 決して私の人生が不幸なわけではない。むしろ幸せな部類だろう。

 しかし、その幸せも、より大きな幸福を感じてしまうとかすんでしまうらしい。

 私はライブ中に見た、ステージの上のアイドルが見せてくれた幸せな夢の虜になってしまったのだ。

 一度、至上の幸福の味を知ってしまうと、もはや逃れる事は出来なくなってしまう。

 あのライブ以降、私は誘ってくれた友達以上にあのアイドルにどっぷりとハマってしまったのだ。

 CDを買いあさり、ライブやイベントに応募し続ける。

 そんな日々が始まってしまった。それも、あの幸せな夢をもう一度だけ見たいというその一心で。

 しかし、現実はやはり辛いものだった。

 どれだけライブやイベントに応募しても、当落発表では落選の文字ばかり。本当にチケットは用意されるのかと思わず疑ってしまうほどの悲惨さだった。

 更に私に追い打ちをかけるような出来事もあった。

 あの夢を見せてくれたアイドルを自分なりに追いかけて1年が過ぎた頃の事だ。

 突如、あのアイドルは引退を発表し、私に夢を見せてくれたアイドルは表舞台から姿を消してしまった。

 私に、たった一度きりの幸せな夢を見せたアイドルは居なくなってしまったのだ。

 私を虜にした「日高舞」はまるで夢のように消えてしまった。



 それから二年ほどが過ぎ、中学生だった私は高校生になっていた。

 あの時に見た夢を忘れられないまま、まるで憑りつかれたようにあの夢を探し続けていた頃の事だ。

 決してメジャーなわけではない、所謂「売れないアイドル」が地元でミニライブをやるという話を聞きつけた。

 あの夢を探し続けていた私は、少しでも可能性があるならば、とチケットを手に入れ、その「売れないアイドル」のステージを見に行ったのだ。

 あの幸せな夢をもう一度見られる事を期待して。

 結果を言ってしまえば、私の期待は的外れなものだった。

 あの日に見た、夢のようなステージはどこにもなく、ステージの上では一人のアイドルが痛々しく頑張っているだけ。

 誰もステージの上の彼女に見向きもしない。見たとしてもただの興味本位。そこに幸せな夢を求めて見ていた人は一人も居なかっただろう。もちろん、私も。

 でも、ステージの上で一人痛々しく頑張る彼女は笑顔だった。誰も見てくれないのにも関わらず健気にぴょこぴょこと歌い踊っていた。

 誰も自分の事を見てくれていないのはステージの上からでも分かっただろう。でも、彼女はとても幸せそうに笑っていたのだ。

 まるで幸せな夢を見ているかのように。

 中学生の頃に見たあの幸せな夢のようなステージはどこにも無かった。

 でも、あの日に夢を見せてくれたあの人と同じ笑顔を浮かべるアイドルが確かにそこに居たのだ。

 彼女の姿はとてもじゃないが直視し続けるにはあまりにも惨めなはずだった。

 なのに、私はステージの上の彼女から目が離せなくなってしまったのだ。

 何故だか理由は分からなかった。ステージの出来栄えはあの時とは比べ物にならないほどみすぼらしい。

 でも、私にはこのステージの上で健気に歌い踊るアイドルが、あの時に見たステージの上のアイドルと同じくらい輝いて見えたのだ。

 ミニライブが終わった後、彼女と話が出来る時間が設けられていたのだが、彼女と話をしようとする人は誰も居なかった。

 彼女にとっては災難かもしれなかったが、私には渡りに船と言わんばかりの状況なのは間違いがなかった。

 私は、椅子にちょこんと座ってニコニコしている彼女の前まで行き、私の疑問をぶつけてみたのだ。

 どうして、貴女はそんなに幸せそうに笑っているのですか、と。

 すると、その質問に彼女は少しだけ怪訝そうな表情を見せたあと、「ナナはアイドルになるのが夢だったんです。だから、幸せな夢を見ている今はとっても楽しくて、つい笑顔になっちゃうんですよ」と答えたのだ。

 その答えを聞いた私はありがとうございました、と一言だけ告げるとそそくさとその場を後にした。

 家に向かう道すがら、先ほどの発言を思い出す。

 幸せな夢。彼女は確かにそう言った。

 私と同じように彼女もまた幸せな夢を見ていたのだ。

 ただ、私とは違い客席からではなく、ステージの上から見ていたのだ。

 なら、彼女と同じ笑顔を浮かべていた「日高舞」も同じように幸せな夢を見ていたのだろうか。

 私達は、彼女達の幸せな夢を覗かせてもらっていただけなのかもしれない。

 では、彼女達は私達よりも遥かに幸せな夢を見ているのではないだろうか。

 私の中に一つの願望が生まれた瞬間だ。

 私も、彼女達が見ていた幸せな夢を見てみたい。客席から見せられた夢ではなく、ステージの上から見る幸せな夢を。

「日高舞」と、「安部菜々」と同じ幸せな夢を。



「これが私がアイドルを目指した理由」

 そこまで言うと彼女はまた顔を伏せ、手に持ったブラックの缶コーヒーを一口すすってみせた。

 普段ならスウィーティーじゃないとか言って、コーヒーには砂糖とミルクをどばどば入れているのに。

「……では、どうしてですか?」

 顔を伏せたままの彼女に問いかける。

「……もう疲れたんだよね。夢を見るのに」

 顔を上げると、俺の方には見向きもせず窓の外に視線をやりながら彼女はそう答えた。疲れた、と。

「疲れたのなら、少し休めば……」

「そういうレベルじゃないの」

 休んでどうこうなるレベルはとうの昔に過ぎていると彼女は言う。

「だから辞めるんですか」

「うん。もう疲れちゃったから」

 薄く笑みを浮かべて、いつものハイテンションは何処に言ったのか落ち着いた口調で帰って来た答えは先ほどと同じものだった。

「私にとってアイドルは、自己満足に過ぎないの」

 俺がどう引き留めた物かと思案していると、彼女は再び語りだした。

「だから、それなりに満足したしもういいの」

 こちらを一度も見る事なくそう言い切ると、缶コーヒーを飲み干し、立ち上がって歩き始めた。

「お疲れ様、プロデューサー」

「待ってください!」

 ドアノブに手をかけたまま彼女が立ち止まる。このまま扉をくぐってしまえば彼女が戻ってくる事は二度とないだろう。

「夢を見るのに疲れたって、どうしてそんな風に思うんですか? もう少しだけ頑張ってみましょうよ」

 彼女の肩に手をかけながら強引に引き留めてはみたのだが、おそらくこの発言は最良の物ではなかったのだろう。

「お前に何が分かるんだ!」

 彼女は振り向くと、俺のネクタイを掴みながら今までに聞いたことがないような語気の荒さで食って掛かって来た。

「届きもしない夢ばかり10年も見てきた私の何が分かるんだよ!」

 目に涙を溜めながら彼女はさらに続ける。

「夢を見続けるのががどれだけ辛いか! お前に分かるのかよ!」

 空き缶が転がる音に混ざって彼女が鼻をすする音がかすかに聞こえる。

「俺にだって……!」

 ネクタイを掴む彼女の手が小刻みに震えている。おそらく大声を出した事で限界が来てしまったのだろう。

「俺にだってわかりますよ! 10年!? それがどうした! 俺だってもう10年も夢を見続けてるんだよ!」

 彼女に負けじと大声でまくしたてる。

 俺だって、アイドルが見せてくれた夢の虜なんだ。

 子供の頃に連れて行ってもらったアイドルのライブで、俺も幸せな夢を見た。彼女を虜にしたアイドルが見せてくれたのと同じ幸せな夢を。

 だから、プロデューサーになったんだ。少しでも、あの幸せな夢に近づきたくて、10年かかってここまで来た。幸せな夢を見せられたあの時からずっと、俺も夢を追い続けている。

 ようやく、あと少しであの夢に手が届きそうになったのに。

「でもな! 俺は心さんと違ってステージの上からの幸せな夢は見られないんだよ!」

 プロデューサーでは、アイドルが見る事の出来る幸せな夢は見られない。

 所詮、プロデューサーは遠くから幸せな夢を覗く事しかできない。観客と違うのは夢を見る手伝いが出来ることくらいだ。

「俺がどれだけ手を伸ばしてもその幸せな夢には届かないんですよ!? なのに! どうして、あんたは届くのに手を伸ばすのをやめるんだ!」

 ネクタイを掴んだまま、目を丸くして彼女は固まっている。

「でも……。私には無理だよ……」

 ようやく口を開いたかと思えば出てくるのは弱音ばかり。

「もう、これ以上どうすれば良いのか私にはわからないんだ……」

 そう言うと彼女は力尽きたかのように、その場にぺたんと座り込んでしまった。

「どれだけ歌っても、踊っても……菜々先輩達が見ていた夢が見られない……。これ以上どうすれば良いのかわかんないよぉ……」

 今思えば彼女はずっと虚勢を張っていたのだと思う。初めて会った時はその強烈なキャラクターに面食らったが、本当は弱い自分を隠すためあんな風に装っていたのだろう。

「……一緒に考えましょう。俺じゃ頼りないかも知れませんが、俺は心さんのプロデューサーなんですから」

 座ったまま泣き出してしまった彼女の隣に、寄り添いながら言葉をかける。

 俺だけではあの夢は見られないだろう。でも彼女と一緒なら見られるかもしれないと本気で思っているんだ。

「心さんが幸せな夢を見られなきゃ、ファンも夢は見せられませんよ」

 ファンはアイドルが見ている夢を覗かせてもらうだけなのだから、泣いていては夢を見せられはしない。

「一人で頑張るんじゃなくて、俺と頑張ってください。俺も幸せな夢を見たいんです」

 おそるおそる彼女を抱きしめる。いつも元気で明るくて、たまに粗暴なしゅがーはぁとではなく、アイドルに憧れる佐藤心という女の子を。

「俺に、心さんが夢を見る手伝いをさせてください」

「うん……」

 震える声で言った彼女はとても小さくてか弱かった。

「俺が、心さんに幸せな夢を見せてあげます。だから……」

 彼女を抱きしめる手にほんの少しだけ力を込める。

「心さんも俺に幸せな夢を見せてください。もっともっと幸せな夢を」

 あの時に見た夢はもう見られないのかもしれない。でも、俺と彼女ならあの時以上の夢を見られると信じている。

 俺がプロデューサーである限り、彼女がアイドルである限り、夢を見せ続けられるのだから。

 そして、いつかお互いに見る事が出来るだろう。あの時以上の幸せな夢を。



「さーって☆ じゃあ次の曲行くぞー☆」

 眩しいステージの上に一人のアイドルが立っている。

 彼女はとても幸せそうな笑顔を浮かべ、キラキラと輝いた瞳で客席を隅から隅までみやっている。

「みんなにもはぁとが見ている夢を覗かせてあげちゃうぞっ☆」

 彼女を見るすべての人が、客席のファンも、舞台裏のスタッフも皆彼女の見せる夢の虜になっているのだろう。

「スウィーティーな夢、一緒に見てね☆ 見ろよ☆」

 彼女と俺が見つけた幸せな夢を。

End

以上です。

夢を迷いもなく信じて疑わないのが安部菜々ですが、佐藤心は夢を疑って計算高くどうすれば実現になるかを考えているのだと私は思ってます。

安部菜々は強いから挫折しても一人でもきっと立ち上がれるけど、佐藤心は弱いから挫折したら誰かが助けてあげないと立ち上がれないんじゃないかなって。


まぁ、それはともかく、4thライブお疲れ様でした。行けた人はおめでとうございます。私はチケットがご用意されませんでしたよ。行きたかった。

デレステの方も15にしたいのに、3万5000の時点で未だ4枚なんで半ば諦めかけてます。書けば出るは迷信。奈緒の時に学んだ私はかしこい。辛い。

では、お読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。

おつおつ
協力の上位はエグい位出ませんね…

良かった

安部さんはどうしてらっしゃるのかしら
おつ

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