やよい「うっうー!新聞配達を始めることにしましたー!!」(145)

ザワ……

やよい「あれー?みんなどうかしたの?」

P「や、やよい……たしかにウチの給料はそんなに多くないけど、そんなに苦しいのか?生活」

やよい「いえー、ただ近所の新聞屋さんが募集していたので行ってみたんです」

やよい「それで、家のことを話したら明日から来てくれって言われちゃいましたー!」

伊織「や、やよい……それ大丈夫なの……?」

やよい「ん?なにが大丈夫なの?伊織ちゃん」

伊織「やよいの体がよ!」

やよい「だ、大丈夫だよっ!わたし健康には自信あるから!」

伊織「絶対に無理しちゃだめよ、わかった?」

やよい「うんっ!ありがとう、伊織ちゃん!」

私の家は貧乏です。

お父さんもお母さんも一生懸命働いていて、私もほんの少しだけお手伝いをしていますがまだ足りません。

でも貧乏でも、私は毎日が楽しいのでそんなに気になりません。

伊織ちゃんはお金持ちだけど、そんなこと気にもせずに私に親切にしてくれます。

時々申し訳なくなって、お返しをしたくなりますが

伊織「そんなこと気にしなくていいの!」
と、言われてしまいます。

そんな伊織ちゃんの為に私は何かお礼をしたいと思いました。



新聞配達を始めたのは実はそのためなのです。

やよい「おはよーございまーすっ!」

私はお店に入ると元気よく挨拶をしました。

挨拶はとても大事で、『したほうもされたほうも良い気持ちになる魔法の言葉なんだよ』って、
お父さんが教えてくれました。

アイドルでも、学校でも、家でも、私はいつも大きな声で挨拶をします。

だけど

店長「お……おはよう、やよいちゃん……」

やよい「はい!よろしくお願いしまーっす!!」

店長「う、うん……。元気なのはいいけどもう少しだけ静かにお願いできるかな。ほらお隣さんは普段から迷惑かけてるし……」

怒られてしまいました。

やよい「ご、ごめんなさ……わわわわむぐっ……」

飛び出しそうになった声を両手で押さえます。

やよい「ご、ごめんなさい~っ……。わたしつい声が大きくなっちゃって……」

店長「はははは……いいよいいよ。やよいちゃんは元気なところが可愛いからね」

やよい「あり……がとうございます」

また大きな声を出しそうになってしまいました。あぶないあぶない。

新聞屋さんのお仕事は実はたくさんあります。

朝刊に広告を入れたり

一度に乗せられない新聞を車で運んだり

雨が降ったら機械で新聞をビニールに入れたり

余った新聞を縛ったり……。

まだまだいーっぱいあります。


その中で私のお仕事は新聞を配ることです。

広告を入れられて綺麗に揃えられた新聞は、平たく詰まれた本のようにキチンと並んでいました。

わたしは力がそんなに有るほうではないので、手押し車を使います。

新聞配達用だそうで、昔おばあさんの配達員さんが使っていたそうです。

やよい「よいしょっと……」

頑張って手押し車に乗せました

新聞は見た目よりもずっと重くて、中身がしっかりと詰まっています。

落とさないように気をつけないといけません。


店長「じゃあ、やよいちゃん。初日は俺が配るからしっかり覚えてね」

やよい「はいっ」

このくらいの声なら大丈夫なようです。

店長さんの後をついていきながら、もらった地図を見ます。

暗くても大丈夫。

貸してもらった懐中電灯があります。


普段は寝ている時間に、こうして歩いているのはとても変な感じがします。

一軒一軒、名前と、地図と、家の形と、ポストの場所を見て歩きました。

店長さんはすごいです。

地図を見ていないのに、全然間違えずに新聞を入れていきます。

手押し車はドンドン軽くなっていきました。

新聞が半分ほどになったころです。

店長さんは急に立ち止まって振り返りました。


やよい「?」

次のお家を忘れてしまったのでしょうか?

店長「やよいちゃん……、次の家には注意してね」
店長さんがヒソヒソ声で話します

やよい「なんでですかー?」
私も出来るだけ小さな声で聞きます。

店長「次の家にはお爺さんが一人で住んでるんだけど、ちょっと変わってるって言うか……」

やよい「…………?」

よく分かりませんでした。

店長「まぁなんだ、普通にしてれば良いと思うよ。その家だけは絶対に間違えないようにしてくれれば」

やよい「はいっ、わかりましたー」

そのお家は、少しだけ離れたところに一軒だけぽつんとありました。

こんな時間だというのにお部屋の電気がついています。

私と店長さんは黙ったまま歩きます。

手押し車がキィキィと鳴りました。


玄関の前に着きましたが、ポストが見つかりません。

店長さんは新聞を一部取ると、庭に通じている門ををそっと開きました。

やよい「あわわっ……!」

びっくりしました。

門を開けるとおじいさんが一人、腕を組みながら立っていたのです。

店長「おはようございます、坂崎さん」

やよい「お……おはようございますっ」

坂崎さんと呼ばれたおじいさんは、黙ったまま頷くと新聞を受け取り、お家の中に入っていきました。

店長「ふぅ……」

店長さんは溜息をつきます。

やよい「あの……」

店長「ん?」

やよい「あのおじいさんはどうして外で待ってたんですか?」


ポストは玄関の周りを見てもありません。


店長「さぁ……年寄りは朝が早いから、暇なんじゃないかなあ」

店長さんにもわからないようでした。

バンバンバンバンバンバンバンバンバンバン
バン       バンバンバン゙ン バンバン
バン(∩`・ω・)  バンバンバンバン゙ン
 _/_ミつ/ ̄ ̄ ̄/
    \/___/ ̄
  バン    はよ
バン(∩`・д・) バン  はよ
  / ミつ/ ̄ ̄ ̄/   
 ̄ ̄\/___/
    ドゴォォォォン!!
        ; '     ;
     \,,(' ⌒`;;)
   !!,' (;; (´・:;⌒)/
  ∧_∧(;. (´⌒` ,;) ) ’
Σ(* ・ω・)((´:,(’ ,; ;'),`
 ⊂ヽ ⊂ ) / ̄ ̄ ̄/
   ̄ ̄ ̄\/___/ ̄ ̄ ̄

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     . ∵ ./  ./|
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   (ノ゚Д゚)ノ   |/
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ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
ポチ     ポチポチポチポチポチポチ
ポチ(∩`・ω・) ポチポチポチポチポチ
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      /_/

その後は特に変わったこともなく、全部の新聞を配り終わってお店に戻りました。

他の配達さんもパラパラと帰って来ます。

やよい「おつかれさまでしたーっ」

私は大きく頭を下げて家に帰ります。

家に着くと6時になっていました。


私は朝ごはんを作って、長介とかすみと浩太郎を起こしました。

最近は長介も自分で起きるようになりましたが、まだまだ子供なのでこうして起こすことがよくあります。


高槻家「「「「いただきまーっす!」」」」

家族で食べる朝ごはんはとても美味しいです。

長介「姉ちゃん、新聞配達どうだった?」

やよい「んー?みんな良い人だったよ?」

長介「そうじゃなくてさ……、やっぱり辞めた方がいいんじゃないかな……。姉ちゃん倒れちゃうよ」

やよい「長介……」

長介「なんだったら俺が代わりに行くからさ、姉ちゃんはもっと……」

私は嬉しくなりました。
長介もいつの間にか少し大人になっていたようです。

でも

やよい「そういうのは自分で起きられるようになってから言おうね」

長介「うぐ……」

やよい「大丈夫!お姉ちゃんに任せなさい!」

弟達に心配はかけられません。
お父さんもお母さんもお仕事が忙しく中々帰ってこられないので、この家は私がしっかりしないといけません。

やよい「でもありがとうねっ!長介」

長介「……うん」

長介は照れてそっぽを向いてしまいました。
少しプロデューサーに似ていると思いました。

後片付けをしているとお母さんが帰ってきたので、着替えをして学校に行きました。

学校はアイドルの仕事が忙しいと中々行けませんが、仲のよい友達もいてみんなとても親切です。

教室に入って教科書とノートを机に入れていると、伊藤さんが机の横に立ちました。

伊藤「おはよう高槻さん」

やよい「「伊藤さんおはようございますっ!」

伊藤さんはとても良い人で、私が学校を休んでいる間はノートを取ってくれたりします。
学校では一番のお友達なのです。

伊藤「お仕事どうなの?大変じゃない?」

やよい「あははっ、大丈夫だよーっ」

どうも私は危なっかしく見えるようで、たくさんの人に心配されてしまいます。
だから私は元気良くしないといけません。

伊藤「そう……、頑張ってね。応援してるから」

やよい「ありがとうございまーすっ!」

机に頭がぶつかりそうなくらいお辞儀をしました。

応援してくれる人の為に、家族の為に、私はもっともっと頑張らないといけません。

学校が終わると事務所に向かいます。

今日はお母さんのお仕事がお休みなので、たくさん活動が出来るのです。


やよい「おはよーございまーすっ!」

P「お、やよい。おはよう。今日も元気だな」

やよい「はいっ!私は元気なのが取り柄ですから!」

P「うん、いい事だ。今日も頑張ろうな!」

やよい「はいっ!」


プロデューサーはいつも私たちのために、たくさんお仕事をしています。

だから早くトップアイドルになって恩返しがしたいです。

やよい「今日も頑張りまーすっ!」

プロデューサーが持ってきてくれた新曲を今日は練習します。


コーチ「高槻さん、そこはもう少し溜めて」

やよい「は、はいっ!」

コーチ「それとブレスが大きすぎますよ。ここはもっと流れるように」

やよい「はいっ!」

コーチは厳しいけれど、とても良い人です。

根気良く丁寧に教えてくれるので、私はドンドン歌が上手くなっている……気がします。


コーチ「声量は問題ないですね。じゃあ最初から通してもう一度」

やよい「はいっ!よろしくお願いしますっ!」

頑張ります!

レッスンが終わると外はもう真っ暗でした。

やよい「お疲れ様でした!お先に失礼しまーすっ!」

P「おう、気をつけてな」

プロデューサーに挨拶をして私は急いで家に帰りました。

お母さんは体があまり良くないので、出来るだけお手伝いをしたいからです。

いつもは歩くこの道を、私は思いっきり走って帰りました。



やよい「ただいまーっ!」

最初にすることはやっぱり挨拶です。

家族が相手でも挨拶は大事なのです。


だって

高槻家「「「「おかえりなさーいっ!」」」

こんなにも嬉しいのですから。

久しぶりのお母さんのゴハンはとても美味しくて、
まだまだ敵わないなぁと、思いました。

座敷を見ると綺麗に畳まれた洗濯物があります。

更によく見れば部屋はピカピカで丁寧に掃除がしてありました。

…………心配です。

お仕事で疲れているのに、こんなに動いて大丈夫なのでしょうか?

やよい「お母さん……」

お母さんは私と入れ違いでお仕事に行ってしまいました。

いつも「平気なの?」と聞いても、「平気だよ」と笑ってくれるお母さんは私の自慢で、

私はもっともっと「頑張ろう!」って思います。

無理はして欲しくありません。


食器を洗って、みんなでお風呂に入り、寝かしつけたら宿題をします。

私はあまり頭が良くないのでウンウンうなりながら宿題と戦いました。

最後に学校の用意をしてからお布団に入ります。

目覚ましを3時にセットしたところまでは覚えていました。

働き始めて2週間もすると、新聞配達にもだいぶ慣れてきました。

初めて一人で配ったときは真っ暗な道が怖くて、泣きそうになってしまいましたが……。

歌を歌いながら歩けば大丈夫です。

今はもう地図を頻繁に見なくてもコースくらいならわかるようになりました。



やよい「おはようございまーす……」

でも坂崎のおじいさんだけはまだ慣れることが出来ません。

なぜかいつも怒ったような顔をしていて、ちょっとだけ苦手です。

今日もムスっとした顔のまま新聞を受け取ると、黙ってお家に入ってしまいました。


気を取り直して配り始めます。

まだ太陽も寝ているこの時間は、時折遠くを走る車の音だけが聞こえてきます。

少し湿った空気がひんやりとして、まだ眠気の残る頭をはっきりさせてくれました。

次の日のことでした。

店長「やよいちゃん、ちょっといいかな?」
やよい「あ、店長。はいっ、どうかしましたか?」

店長「昨日さ、一軒苦情があってさ」
やよい「え……」

やってしまいました。

店長「誤配が合ったよ、三丁目の角のトコ。あそこはスポーツだけだから」
やよい「ご、ごめんなさいっ!」

大きな声が出てしまいました。

店長さんはそれについては何も言わずに

店長「はは……いいよいいよ。今度から気をつけてね」
やよい「はいっ……ごめんなさい」

配達のミスはたいてい次の二種類になります。
入れることを忘れる不配と、違う新聞を入れてしまう誤配です。

ミスをしない人はいませんが、それを言い訳にしてはいけません。

私は悪い意味で慣れてしまわないように、気を引き締めて出発しました。

失敗してもそれを引きずっていてはいけません。

元気に行きましょう。

坂崎「遅い……」

やよい「ご、ごめんなさいっ……!」


またやってしまいました。

今度は間違えないように一軒一軒地図を見ながら入れてきたので、時間がかかってしまったのです。

おじいさんは門の外まで出て、私を待っていました。

頭を下げながら新聞を賞状のように渡しました。

おじいさんは何も言わないまま新聞を受け取って家に入ってしまいました。


やよい「やっちゃった……」

私は少し悲しくなって、また歌いながら配り始めました。


やよい「な~やんでも、し~かたな~い♪」

小さな声でしたが、元気が湧いてきます。

歌は凄いのです。

事務所でソファーに座り休憩していると、隣に誰かが座りました。
横を見ると伊織ちゃんがいつものウサギさんを抱いています。


やよい「あ、おかえり……」

伊織「…………」

どうしたのでしょうか。

伊織「やよい……本当に大丈夫なの?」

え?

やよい「大丈夫って何が?」

伊織「鏡見た?……顔色が悪いわよ……」

そうなのでしょうか。

やよい「えへへ……、ちょっと寝不足かも……」

伊織ちゃんは黙ってしまいました。

やよい「だ、大丈夫だよ!ほら、全然元気だもん!」

立ち上がってアピールをします。

伊織「やよい……あんた新聞配達を辞めなさい」

やよい「えっ……、ど、どうして!?」

伊織「どうしてじゃないでしょ!このままじゃアンタ壊れちゃうわよ!」

やよい「し、心配しすぎじゃないかなーって……」

伊織「そんな訳ないでしょ!アンタいま自分がどんな顔してるかわかってるの!?」

伊織「真っ青で今にも倒れそうじゃない!なんでそこまでするのよ!」


それは……言えません。
言えばきっと伊織ちゃんは無理にでも止めてくるから

やよい「……………………」

伊織「どうして何も言わないのよ!」

やよい「ごめんね、伊織ちゃん……」

伊織「…………ぐっ…………」

悔しそうな顔で歯を食いしばる伊織ちゃんを見ていると申し訳なくてしょうがありません。

やよい「で、でもっ、ホントに大丈夫だから!」

伊織「…………もういい……」

やよい「え……」

心臓がドクンと動いたのがわかりました。

伊織「私はっ、やよいのこと、親友……だと、思ってたけど」

伊織「でも、やよいにとって私はそうじゃなかったみたい。ごめんなさい、しつこく聞いて」


やよい「違うっ!!!!」

声が大きすぎて小鳥さんが慌ててのぞきに来ました。

やよい「わ、私だって伊織ちゃんは大事な、本当に本当に大事なお友達だよ!」

ウソじゃありません。

私の家が貧乏なのは理由があります。

昔、私が生まれる前にお母さんが病気になったのです。

癌でした。


お父さんは一番いい病院で、一番いい先生に、一番いい治療をしてもらうために借金をしました。

お父さんはあちこちを走り回り、頭を下げて回りましたが、
まだ若く、信用もなかったお父さんに大金を貸してくれる人はいません。

お父さんもお母さんもほとんど親戚がいなくて、そうなったら借りられるところは一つしかありませんでした。

……とても怖い人たちから借りてしまいました。
お父さんもお母さんも一生懸命働いていますが、中々借金は減ってくれません。
私にはよく分かりませんが難しい法律があって、絶対に返さなければいけないそうです。

まだ小さいころ、どうしてこんなに貧乏なのかと聞いた私にお母さんが泣きながら話してくれました。


私はそれからワガママを言わないようにしました。

お手伝いをするようにしました。

苦手な勉強も頑張るようにしました。

いつも元気であろうとしました。

お父さんもお母さんも大好きだからです。

だけど

やよい「本当だから……信じてよぉ……」

伊織ちゃんも同じくらい大好きな人なのです。

ボロボロ涙が出て止まりません。

伊織ちゃんは呆然としていました。

伊織「うん……うん……、わかったから……泣かないで?やよい」

コクコクと頷いて返事をしました。

とてもじゃないですが大きな声は出せそうになかったからです。

大好きな伊織ちゃんのために、私ができることはそんなにありません。

だからプレゼントを買おうと思いました。

伊織ちゃんによく似合いそうなお洋服を見つけたのです。

お小遣いでは全然足りなくて、どうしようか困っていたときに配達員募集のチラシを見たのです。


だからまだ辞めるわけにはいきません。


なのに

店長「あのさ……やよいちゃん……悪いんだけど、今週いっぱいで辞めてもらえないかな……?」

やよい「…………え?」

一瞬なにを言っているのかわかりませんでした。

やよい「ど、どうして……」

店長「いや、やよいちゃんが悪いわけじゃないんだけどね?誰かが本部に通達したらしくてさ」

ホンブ?
上手く頭が動かなくて、意味がつかめません。

店長「中学生が配達ってのはままあるんだけど、深夜に女の子を働かせるのはどうなんだって言われたらしくてさ」

店長「治安の問題らしいんだ。本当にゴメンね、俺も一応説明はしたんだけど……」


店長さんはちょっと早口で説明してくれました。

きっと一生懸命わたしをかばってくれたのでしょう。


やよい「え、えへへ……。じゃ、じゃあしょうがないですよ!店長さんは悪くないです!」

落ち込んだところを見せたくないので元気に言いました。

店長「うん……ゴメンね……もっと長くいて欲しかったんだけど……」

やよい「ありがとうございますっ。最後まであとちょっとだけどよろしくおねがいしまーすっ!」


得意のお辞儀をしました。

『声が大き過ぎたかな?』と思いましたが、店長さんはニコニコして何も言いませんでした。

私の知り合いはいい人ばかりで、本当に幸せだと思いました。

いきなりのことで驚きましたが私はがんばります。

この道をこの時間に歩くのもあと少しだと思うと、自然と足がゆっくりになりました。

新聞も一つずつ丁寧に取り出しやすいように気をつけて入れていきます。

お世話になりました。
声は出しませんでしたが、そういう気持ちをこめて。


坂崎さんのお家に着いたのは、普段より少し遅い時間でした。

怒られたらどうしよう……。

少し不安になりました。

でもこれは仕方がないことなのです。

遅れた私が悪いのですから。


私は坂崎さんとほとんどお話をしたことがありません。

最後だからキチンと挨拶をして、お別れをしたいと思いました。

やよい「おはよーございまーすっ……」

前に春香さんたちが出ていた、寝起きのドッキリみたいな声で門を開けます。


坂崎さんはいませんでした。

やよい「あれ?」


珍しいこともあります。

毎日必ず坂崎さんは新聞を受け取りに門の前で立っているのに

今日は寝過ごしてしまったのでしょうか?


坂崎さんのお家にはポストがありません。

玄関の前に置くわけにもいかないので困ってしまいました。


私はちょっと失礼かな、と思いながらドアをそっと開けました。





坂崎さんが倒れていました。

やよい「…………え?」

坂崎さんはうつぶせに倒れていて、微かに痙攣していました。

苦しそうにおなかを押さえて小さなうめき声を上げています。


やよい「坂崎さん!!!」

私は新聞を放り投げて駆け寄りました。

坂崎「うぅ…………ぐぅ……」


坂崎さんは返事をしてくれません。

額にはいっぱい汗が浮かんでいます。

やよい「ど、どうしよう……」

わかりませんでした。

悪い頭が恨めしいです。

こんなとき伊織ちゃんならきっとテキパキとこなしていくのでしょう。

そう考えたとき、一瞬だけ
伊織ちゃんのプレゼントと、お世話になった店長さんたちの顔が浮かびました。


配達を半分も残して抜けてしまえば、間違いなく今日限りでクビでしょう。

新聞が来なくて困る人もいるでしょう。

それに伊織ちゃんにプレゼントをすることも出来ません。


そこまで考えて、私は恥ずかしくなりました。

心の中で、たくさんの人に謝りました。

坂崎さんと伊織ちゃんと店長さんとたくさんのお客さんにです。

玄関の横にあった黒くて古い電話を取りました。

……壊れているのか、何も聞こえません。


ドアを開け放したまま外に飛び出しました。

一番近い家まで力の限り走ります。

ドンドンドンドンドンドンッ!!!!!

やよい「お願いします!!助けてください!!!!!!」

私は唯一の取り柄である大きな声で助けを呼びました。


すぐに電気がつきました。

ドアを叩いた家だけではありません。

何軒もの家が一斉に明るくなりました。


ゴソゴソとしたかと思うと、「は、はい……どうかしましたか?」とパジャマ姿の女の人が出てきました。

やよい「きゅっ!救急車を!そこのお家の坂崎さんが倒れたんです!!!」

女の人はポカンとした顔をしていましたがすぐに「わかったわ」と言って家の中に入ってくれました。

私はそれを見てすぐに坂崎さんのお家に走りました。

坂崎さんはさっきと同じ姿勢のまま苦しそうにしています。

私はお母さんのことを思い出して泣きそうになりました。


やよい「しっかりしてください!もうすぐ救急車が来ますから!」

坂崎さんは苦しそうな顔をしながらも、ウンウンと頷いてくれました。

額の汗を袖でぬぐいながら、たくさん話しかけました。


救急車が来たときは本当にホッとして力が抜けました。

手際よく坂崎さんを担架に乗せて、運ばれていくのを見ながら壁にもたれかかります。


やよい「ごめんなさい……」

もう一度だけみんなに謝って

私は意識を失いました。

慢性的な寝不足と過労だったそうです。

目が覚めるとそこは病院で、起きると伊織ちゃんが真っ赤な目をしていました。

伊織「だから……だから言ったのに……!」

言葉もありません。


やよい「う、うん……ごめんね、伊織ちゃん」

伊織ちゃんは私に抱きついたまま泣いてしまいました。

伊織「バカ……バカ……本当に……大したことがなくてよかった……」


看護婦さんが優しい目をして私たちを見ていました。

坂崎さんは胃潰瘍だったそうです。

幸いにも経過は順調で、すぐにでも退院できるみたいです。

「こんな辛気臭いところにいつまでもいられるか!」と元気に言ってました。


なんでそんなことまで知ってるかというと


坂崎「………………」

やよい「だ、大丈夫ですか?」

坂崎「…………なにが」

やよい「だって……ずっと黙ってますし……どこか痛いんですか!?」

坂崎「……俺は若い女と話すのが苦手なんだ」


同じ病室だったからです。

ぶっきら棒にお礼を言ってから、坂崎さんはポツポツと話し始めました。


昔、息子さんと喧嘩別れしたこと。

人づてに大きな街へ行ったと聞いたこと。

新聞で偶然名前を見かけたこと。

記者になっていたこと。


坂崎「だから……元気でいるんだな、と。……それだけだ。爺のつまらん繰言だよ」

やよい「ど、どうして会いに行かないんですか?」

ジロリと睨まれました。
でも以前ほど怖くありません。

軽く舌打ちをすると
坂崎「今更会いにいけるか……恥ずかしい……」
と、いいました。

私は伊織ちゃんと同じタイプなんだな、と思いました。

やよい「大丈夫ですよ!きっと息子さんも坂崎さんのこと気にしてると思います!」

坂崎「だといいんだけどな……」

呟きながらも坂崎さんは少し嬉しそうでした。

私は一日だけ点滴を受けて入院をするとすぐに退院しました。

そんなに長い間休んでいるわけには行きません。



家に帰り溜まった家事を片付けようと、袖まくりをしていると

長介「あ、姉ちゃん。買い物ならもう行ってきたから」

かすみ「お洗濯はやっておいたよ。ゴハン作るときは呼んでね」

浩太郎「浩三は俺が見てるよーっ」


びっくりしました。

やよい「あ、あんた達そんなことしないでいいから宿題でも……」

長介「とっくにやってあるよ」

かすみ「お姉ちゃん、他にすることある?お風呂はお兄ちゃんが洗ってくれたけど」


もう一回びっくりしました。


長介「父ちゃんも母ちゃんもすごく心配してたよ……俺たちもだけど……」

やよい「う……ごめん……」

かすみ「お姉ちゃんはもっとゆっくりしなくちゃ。私たちも頑張るからさ」

やよい「うん……ありがとう……」


長介たちが色々と手伝いをしてくれるのは、

きっと私がお父さんとお母さんを手伝い気持ちと、同じなのだと思います。

だから私は、もっと、もーっと頑張りたくなりました。

……無理をしない程度に。

もう心配はさせません、絶対に。

ひっでえミスした

きっと私がお父さんとお母さんを手伝い気持ちと、同じなのだと思います。×

きっと私がお父さんとお母さんを手伝いたい気持ちと、同じなのだと思います。○

変わったのは家族だけではありませんでした。


店長に謝ろうと思い、いつもの時間に新聞屋さんに行くとたくさんの人に囲まれました。

私は知りませんでしたが、坂崎さんを助けた件が地方版に載り、今度表彰されるそうです。

とても驚きました。


店長は「夕刊でよければいつでも空いてるからさ」と言ってくれました。

元気な声でお礼を言うと、私は最後のお仕事に行きます。

いつもより新聞は一つだけ減らしていきました。

坂崎さんの分です。


空っぽになった手押し車は、少しだけ寂しそうに鳴っていました。


お給料は思ってたよりもずっと多くて、私は何度も頭を下げました。

店長さんたちはお店の前で、ずっと手を振ってくれていました。

私も何度も後ろを見ながら、手を振り返しました。

事務所に入る前に大きく息を吸います。

お洋服はきっと伊織ちゃんにぴったりだと思いますが、やっぱり緊張してしまいました。


やよい「気に入ってくれるといいな……」

片手に紙袋を持ってドアを開けます。

やよい「おはよーございまーすっ!!」

元気に挨拶、とても大事です。


小鳥「おはよう、やよいちゃん。あら?その袋は何かしら?」

やよい「え、えと……。伊織ちゃんは?」

小鳥さんはそれ以上何も聞かずに、そっと給湯室を指差しました。


やよい「ありがとうございますっ!」

小鳥さんのクスクス笑いが背中越しに聞こえました。

伊織ちゃんは給湯室でなにをするでもなく、座っていました。

やよい「伊織ちゃん、おはよーっ」

驚かさないように声を抑えました。

それでも伊織ちゃんは少しだけビクっとして、こっちを見ました。

伊織「お、おはよう。やよい……もう大丈夫なの?」

やよい「うん!一日休んだらすごく元気になったよ!」

伊織「そう……それなら良かったけど……」

伊織ちゃんは病室で泣いてしまったのが恥ずかしいみたいです。

私はプレゼントをあまりしたことがないので、どう切り出せばいいのかよく分からないまま

やよい「あ、あの。伊織ちゃん。これ……」

紙袋を渡しました。

伊織ちゃんはびっくりした顔をして受け取ります。

伊織「え……?……服……?これは……?」

やよい「えへへ……プレゼントだよ!いつもお世話になってるから!」

伊織ちゃんは服を見つめたまま震えていました。

伊織「やよい……まさか新聞配達って……これのために……?」

やよい「う、うん。ごめんね、心配かけちゃって……」

着てもらえるといいのですが。

私は自分の服を買ったことがほとんどないので、正直気に入ってもらえるかどうか不安です。

伊織ちゃんは黙ったままです。

やよい「ご、ごめんね……私、服とかよく分かんなくて……気に入らなかったら……」

伊織「気に入らないわけ……ないじゃない……!」

伊織ちゃんはそういうと私に抱きついてきました。

伊織「バカ……バカ……!こ、こんな服なんかなくたって……私は……!」

やよい「あうう……ごめんね、伊織ちゃん……」

泣いている伊織ちゃんを見て、何がいけなかったのかわからないまま謝ってしまいました。


伊織「バカ……本当にバカ……」

やよい「うん……ごめんね……私バカだから……」

伊織ちゃんがどうして泣いているのかもわからないのです。

伊織「ウソよ……ごめんねやよい……大好きだから……」


不思議です。

悲しくなくても涙は出てしまうのです。

伊織ちゃんが、どうして泣いているのか、わかりました。


やよい「うん……ありがとう、伊織ちゃん……私も大好きだよ……」

二人で抱き合って泣いてしまいました。



なぜか小鳥さんもそれを見ながら泣いていました。

私は幸せです。

お家は貧乏ですが、家族はみんな仲がよく、私の周りには優しい人がたくさんいます。

色々と大変なことはありますが、毎日を楽しく過ごしています。

今日もまた、私は大好きな人たちと一緒に素晴らしい一日を過ごすのでした。



高槻やよいは今日も元気です。


やよい「おはよーございまーすっ!!!」



おしまい

お疲れ様でした

やよいは本当にいいこですね

どこかで見たような話の寄せ集めですが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました

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