モバP「甘えるいずみん」 (16)

夕方の事務所。


明日の会議での資料を整理していると、ソファーで談笑している担当アイドルたちの楽しそうな声が聞こえてくる。


亜子「ちょっと遠いけど、ケーキがおいしいカフェ見つけたんよ。今度一緒に行こ?」


さくら「ケーキ! 行こう行こう!」


さくら「イズミンも行くよね?」


泉「そうね。亜子の食べ物に関する評価は信用できるから」


亜子「フフフ、シンデレラプロダクションのグルメリポーターとはアタシのこと!」


泉「それは調子に乗りすぎ」


亜子「厳しいなあ、いずみは」


村松さくら、大石泉、土屋亜子。アイドルになる前から仲の良い友人同士だった彼女たちは、現在『ニューウェーブ』というユニットを結成して活動中だ。

最近は、それぞれが他のアイドルと一緒に仕事をする機会も増えてきているが……やはり、このスリーショットは見ていて安心する。



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P「3人とも。外も暗くなってきたから、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか」


さくら「あ、はぁい」


亜子「プロデューサーちゃんもああ言っとることやし、帰ろっか」


俺の言葉を受けて、荷物をてきぱきとまとめ始めるさくらと亜子。


泉「………」


ただひとり、泉だけはちらりとこちらに視線を送って。


泉「ごめん。私、ちょっとプロデューサーと話したいことがあるから。先に帰ってて」


亜子「え、そうなん? ならアタシらも一緒に」


泉「えっと、できれば二人きりで話したいことだから……ごめん」


さくら「二人きり……アコちゃん、アコちゃん。なんだか秘密の香りがするよ」


亜子「気になるところやけど、いずみがそう言うならおとなしく帰りますか」


泉「……ありがとう」


さくら「じゃあイズミン! また寮でね!」


泉「うん、また」


P「気をつけて帰るんだぞ」


ひらひらと手を振りながら部屋を出ていく二人を、少しだけ申し訳なさそうな顔で見送る泉。



P「それで、話って?」


泉「今、話しても大丈夫?」


P「ああ。ちょうど作業も終わったところだ」


泉「そう。ならよかった」


今日はもうデスクワークとはおさらばだ。

席を立ち、泉が座っているほうとは反対側のソファーに腰掛ける。


泉「喉渇いちゃった。プロデューサー、何か飲む?」


P「麦茶、もらえるかな」


泉「了解。ちょっと待ってね」


スタスタと冷蔵庫の前まで歩いていき、麦茶入りのペットボトルを取り出す泉。

コップ2つに手際よくお茶を注ぐと、それらをお盆に乗せてこっちに帰ってきた。

泉「もうすぐ、ニューウェーブ結成から1年たつでしょ? だから、さくらと亜子にお祝いのプレゼントがしたいと思って」

P「へえ、いいじゃないか」

泉……というか、この3人は全員友情をとても大切にしている子たちだ。贈り物は、とても『らしい』と思えるアイデアだった。

泉「でしょう? それで、プロデューサーにはプレゼント選びを手伝ってほしいと思うの……はい、麦茶」

P「ありがとう」

テーブルにお盆とコップを置き、泉もソファーに腰掛ける。

P「………」

泉「………どうかした?」

俺を見ずに、なにやらカタログらしきものを広げながら声をかける泉。
そんな彼女の横顔を眺めながら、俺は問いかける。

P「なんで、こんなに密着して座ってるんだ?」

そう。泉が座った場所は、俺の向かい側ではなく、なぜか左隣。
しかも、肩と肩がくっつくほどの至近距離。

泉「……なんとなく。いいじゃない、二人きりなんだし」

返ってきたのは、そっけない返事ひとつだけ。
そっぽを向いている彼女の表情をうかがうことはできないが……ほんのり耳が赤く染まっていることから、なんとなくの感情を予想することはできた。

P「そうか。なんとなくなら、仕方ないな」

泉「うん。仕方ないわ」

いじいじ。

右のもみあげをいじりながら、小さくうなずく泉。
……最近の彼女は、こうして時々俺にくっついてくる。タイミングはまちまちだけど……週に1、2回、部屋に誰もいない時がおきまりになっている。
俺は勝手に、『甘えモード』と心の中で呼んでいる。

泉「プロデューサー」

P「ん?」

泉「腕、太いね」

P「まあ、大人の男だからな。君らよりは太いさ」

泉「そっか」

まだまだ暑い日が続いているので、俺も泉も半袖で。
薄着なぶん、互いの体温がよりはっきりと伝わっているような気がした。

泉「それでね? プレゼントの候補なんだけど」

P「ああ」

泉「ある程度は自分で絞ったから、とりあえずそれを見てくれる?」

とはいえ、ずっと静かにくっついたままなわけでもなく。
カタログにつけた丸印を指さしながらあれこれ説明をしていく泉からは、照れや恥ずかしさといった感情は見えなかった。
スイッチの切り替えがはっきりしているというか。真面目な子だと思う。

……もっとも、議論中もずっと密着したままではあったんだけど。

30分後。

泉「じゃあ、これと、これで決まりね」

P「さくらも亜子も、きっと喜ぶぞ」

泉「そうかな」

P「泉が一生懸命考えて選んだんだ。そうに決まってるさ」

泉「……ふふっ、ありがとう」

無事にプレゼントも決定。とりあえずの課題が片付いた泉は、ほっとした笑みを浮かべていた。

P「そろそろ帰るか?」

泉「ん……もう少し、その」

P「もう少し?」

ただ、まだくっついた状態からは離れたくないようで。
それをはっきり口にするのはためらわれるらしく、うんうんうなって言葉を探している。

泉「だから……ほら、わかるでしょ」

P「いや。はっきり言ってもらわないとわからないなぁ」

少し意地の悪い返事をしたところ、泉は困ったような顔を数秒した後。

泉「………いじわる」

ジト目で、口をすぼめて文句を言ってきた。……普段見せない表情なので、新鮮なかわいらしさを強く感じる。

P「冗談だ。泉がそうしたいなら、もう少しこうしていようか」

泉「……いいの? 外、もう日が落ちちゃってるけど」

P「寮までは俺が送るから」

泉「……ごめん。ありがとう」

P「そんな申し訳なさそうな顔するな。泉は普段しっかりしてるからな。このくらいのわがままは安いもんだ」

彼女がテキパキと他の子の面倒まで見てくれているおかげで、俺の仕事も助かっている。
それを考えれば、ちょっと帰りが遅くなるくらいは何の問題もないだろう。

泉「………」

P「………」

会話が途切れ、しばらく無言のまま時間が流れる。
けれど、気まずい雰囲気じゃない。泉は穏やかな顔つきで窓の向こうを眺めているし、俺もそんな彼女の顔を見つめているだけで退屈はしない。
……もっとも。出るところが出た美少女と密着していると、たとえ相手が10コくらい年下だろうが、男の欲望めいたものがもぞもぞと顔をのぞかせてしまうのだが。

P「いかんいかん。相手は担当アイドルだぞ」

泉「プロデューサー? どうかした?」

P「え? あ、いや、なんでもないぞ」

泉「でも、なにかつぶやいていたような」

やっぱり、迷惑?
首をかしげて、俺に問いかける泉。
当然そんなわけはないので、誤解を解くべく何か言わなければ。

P「あ、あれだ。どうせなら、俺の膝に乗ってみるか、なんて……」

しまった。つい心の底に眠っていた男の欲望が口をついて出てしまった。
馬鹿か俺は、いくらなんでもこんなごまかし方が許されるわけ――

泉「……いいの?」

P「え?」

泉「プロデューサーが、いいなら……お邪魔します」

え、ええええ。

泉「………」

P「………」

田舎の父さん、母さん。
やりました。俺は今、美少女アイドルを膝の上に乗せています。

P「……じゃないって」

まさか、本当に泉がこんなことをしてくるとは。
ちょこんとお行儀よく座ったまま、時々俺の胸板に体を預けてくるなんて。

泉「重くないかな」

P「いや、大丈夫だけど」

泉「そっか。……なんだか、小さいころに戻ったみたいで、懐かしいな」

くすくすと穏やかな笑みを浮かべる泉は、どうしようもなくかわいらしい。
いつもはしっかり者のお姉さんといった感じの彼女だが、今は年相応……どころか、それよりもっと無邪気に感じられた。

普段はああな彼女が、ここまで――

P「あ」

そこまで考えて、俺はあることに気づいた。

そうか……普段がああだからこそ、こうなのか。
いつもしっかりしていて、お姉さんみたいに振舞っているからこそ……。

泉「前に、言ったことあるよね。私が頑張れるのは、応援してくれる友達や家族がいるからだって」

P「ああ」

泉「だから……たまに、ちょっと寂しくなるの。さくらや亜子には、会おうと思えばいつでも会えるけど……家族は、そうもいかないから」

普段、誰かに甘えることが少ないからこそ。
寂しさを感じたときに、思い切り甘えたくなってしまうのだろう。
不器用な彼女のことだ。同年代のさくらや亜子には、なかなか甘えにくいに違いない。

泉「そういうわけで。たまにこうして、プロデューサーに迷惑をかけてしまうといいますか……はい」

P「迷惑なんかじゃないさ。俺でよければ、力になる」

泉「優しいね。プロデューサーは」

P「俺が優しいのはいつものことだからな」

泉「それはちょっと言いすぎじゃない?」

P「はは、バレたか」

泉「……ふふっ」

テレビもつけず、他の子たちの話し声も聞こえず。
ただただ静かな、二人きりの空間で。俺たちは、互いのぬくもりを感じていた。

泉「すんすん」

P「どうした」

泉「……タバコのにおいがする」

P「ああ、毎日吸ってるからな。嫌いか?」

泉「嫌いじゃないかな……お父さんも、タバコ吸ってるから。ちょっと思い出した」

P「なるほど。もしかすると、同じ銘柄かもしれないな」

泉「今度、聞いてみるわ」

泉にとっては、親族以外だと一番近い場所にいる男は俺なのだろうか。
さすがに、父親代わりができる年齢じゃないけどな。

泉「プロデューサーは、よくさくらの頭を撫でてるよね」

P「そうだな。ついつい撫でたくなる」

泉「ふふ、それ、わかる。すごいよね、さくらの頭」

P「撫でたくなる特殊な物質が出ているのかもしれないな」

泉「そうかも」

泉「………」

P「………泉?」

泉「………」

唐突に黙り込み、じーっと俺を見つめる泉。
その目は、明らかに何かを期待してるように見えた。

P「………」

P「ほら」

なでなで。

泉「……くすぐったい」

P「こんなところ、さくらと亜子に見られたらどうする?」

泉「うーん。ちょっと、恥ずかしいかも」

P「ちょっと?」

泉「……嘘。すっごく恥ずかしい」

P「だろうな」

泉「本当にね」

P「なら、これは二人きりの秘密だな」

泉「うん」

互いに笑いあう時間は、とても心地がよいもので。
泉もそう感じていてくれればいいなと、そう思った。

その日の夜


泉「~~♪」

さくら「イズミンご機嫌だね」

亜子「なんかええことでもあったん?」

泉「うん、ちょっとね」

さくら「へえ、もしかして」

亜子「プロデューサーちゃんにいっぱい甘えられたとか?」

泉「うん、そう………」

泉「え?」

さくら「どうしたの?」

泉「ちょ、ちょっと待って。どうしてそれを知って」

亜子「だって、最近の泉、よくプロデューサーちゃんに甘えてたでしょ? だから今日もそうだったんかなーって」

泉「だ、だから。どうして最近そうだったことを知ってるの」

さくら「それは、だって、ねえ」


さくら・亜子「親友だから!!」

泉「理由になってないわよーー!!」

さくら「わ、イズミン顔真っ赤」

亜子「いずみー。どうせなら、もっと甘えられる魔法の呪文、使ってみん?」

さくら「呪文? それって?」

亜子「ふっふっふ。それはな――」

翌朝


ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」

P「おはようございます。今日も頑張りましょう」

ちひろ「はいっ」

今日は一日晴れ模様。心もさわやかに行きたいところだ。

さくら「おはようございまぁす!」

亜子「おはよーございます!」

泉「おはようございます」

ちひろさんと話しているうちに、ニューウェーブの3人がやってきた。
元気な挨拶だ。俺も見習わないとな。

P「おはよう、みんな。今日もよろしくな」

さくら「よろしくお願いします、プロデューサーさん」

亜子「プロデューサーちゃん、今日も元気そうやね」

泉「………」

P「? 泉?」

なぜかひとり黙ったままの泉。
視線がうろうろしていて、なんだかとても恥ずかしがっているような――

泉「よ、よろしく……兄さん」

P「………」

P「へ?」

泉「兄さん。私、今日も頑張るから」

え、ちょ、待って。
兄さん? なんで?

ちひろ「プロデューサーさーん……?」

P「ち、違うんですちひろさん! 俺が呼ばせているわけじゃ……そんなごみを見るような目で見ないで」

泉「兄さん。兄さん。あ、慣れてきたかも」

P「慣れんでいい!!」

ちひろ「変態ですかあなたはーーー!!」

P「うわああっ!?」

さくら「あれ?」

亜子「おっかしいなあ。こんなはずじゃなかったんやけど」

泉「兄さん……兄さん……ふふっ。悪くないかも」



泉「でも、やっぱりプロデューサーは、プロデューサーって呼ぶのが一番かな」


おしまい

おわりです。お付き合いいただきありがとうございます
姉属性キャラに妹属性付与するの、邪道かもしれませんが僕は好きです
というか単純に甘える泉が見たい


おつ
泉かわいいよ泉

次は甘えるさくらと亜子ちゃんだな

なにかと泉だけピックアップされとるが三人とも好きだぞ

いずみんいいよいずみん
勝手にこの子が一番の正統派coolだと思ってるわ
おつ

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