吉岡沙紀「序」井村雪菜「破」斉藤洋子「急」 (233)
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複数の名前有りPが登場します
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1 序「みんないっしょに
――8月10日 午前10時30分 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
ミーンミーン ジジジジッ
洋子「……」ペラッ
P「……」カタカタカタ
沙紀「……」ズズッ
雪菜「……」パタパタ
洋子「……子供」ペラッ
P「……どうした?」
洋子「……子供って、いいですよね。プロデューサー」ペラッ
P「……そうだな、かわいいし。なあ、雪菜」
雪菜「……そうですねぇ、かわいいですし。ねぇ、沙紀ちゃん」
沙紀「……そうっすねえ、かわいいし……」
洋子「……」ペラッ
P「……」カタカタ
雪菜「……」パタパタ
沙紀「……」
沙紀「……子供がどうしたっすか?洋子さん」
洋子「……子供。……ほしいなあって思いません?プロデューサー」ペラッ
P「……そうだな、かわいいし。なあ、雪菜」
雪菜「……そうですねぇ、かわいいですし。ねえ、沙紀ちゃん」
沙紀「……そうっすね……。いやでも洋子さん、そんなこと言うのは早いっすよ。まだハタチでしょう?」
洋子「そうだね……。でも、私もそのうち結婚とかできるのかなあって……ねえ、プロデューサー」ペラッ
P「……できるさ。なあ、雪菜」
雪菜「……できますよぉ。ねえ、沙紀ちゃん」
沙紀「……そうっすよ、洋子さん。そんな心配することなんかないっすよ。洋子さん美人だし、気立てもいいし……」
洋子「うーん……。心配というか……。子供、いれば楽しいだろうなあ……」
沙紀「洋子さん……」
洋子「結婚して、旦那さんがいて……」
沙紀「洋子さん」
洋子「大きくもないけど不便もないくらいの大きさのおうちに住んで……」
沙紀「洋子さん?」
洋子「子供が欲しいから夜には……」
沙紀「洋子さん!」
P「できるさ。なあ、せつ」
沙紀「プロデューサーッ!!」
沙紀「……もう2度と雪菜ちゃんを介して無責任なトスをこっちに回さないでほしいっすよ。井手(いで)さん」ハァハァ
P「いや、悪かった。ちょっと返答に困って……」
雪菜「沙紀ちゃん大丈夫?汗でびしょびしょだよぉ……あん、動かないでねぇ」フキフキ
沙紀「ありがとっす……。しかしあっついっすねえ。クーラーはつかないっすか?」
P「この部屋長いこと空き部屋だったから備え付けのクーラーが故障してるんだよ。前にも言ったろ?」
沙紀「でもこのプロジェクトが立ち上がってこの部屋が事務所に割り当てられてからもう一週間っすよ?」
雪菜「メイクもしづらいですし、困っちゃいますよぉ」
P「わかった。最優先で掛け合っておくよ」
沙紀「窓から風がまあまあ入ってくることが救いっすね」
P「この辺風強いからなあ。大事なものを飛ばされないように注意してくれよ」
ビュオオッ
洋子「……わわっ!」バサバサバサッ
P「ああ、言ったそばから……大丈夫か?洋子」
洋子「私は大丈夫です!ちょっと雑誌がめくれちゃっただけで……」
雪菜「よかったぁ……。そういえば洋子さん、何を読んでいるんですか?」
沙紀「そうっすね。さっきからうわの空で子供がどうとか……。雑誌に何かあるっすか?」ヒョイッ
洋子「あっ、私の!」
沙紀「ごめんなさい、ちょっと借りるっすよ……。えーと『週刊THE・美肌 特集、現役ママドルに訊く。いつまでも美肌でいる秘訣は子育てにあり!』……なんすかこれ」
洋子「私がいつも買ってる雑誌ですよ。美肌や健康についていろいろ書いてあるから参考にしてるんです」
雪菜「なるほどぉ、その雑誌の特集記事を読んで洋子さんあんなこと言ったんですね」
P「へえ、面白そうだな。洋子、ちょっと借りていいか?プロデュースのヒントになるかもしれない」
洋子「もう……。すぐに返してくださいよ?」
P「悪いな。沙紀、ちょっとこっちによこしてくれ」
沙紀「はいっす」ヒョイッ
P「……」ペラッ
雪菜「どうですか?」
洋子「そんなに真剣に没頭しなくても……」
P「……俺はこのビューティガールズに全プロデューサー生命をかけている。だからこそ最高の3人を選び出したつもりだ。それがお前たちだ。」
P「美しく染める。美しく飾る。美しくある。3人ともそれぞれ違った、でもしっかりとした美の価値観を持っている」
P「……そのうちのひとりが美のルーツのひとつと言っているんだ。敬意を払ってしっかりと読ませてもらわないとな」
洋子「う、うう……。褒めすぎですよぉ……」カアア
雪菜「改めて言われちゃうと、照れますねぇ」
沙紀「そ、そうっすよ……。それに、全プロデューサー生命をかけるって大げさっす」
P「……あながち大げさでもないんだけどな……。おっ、これは……」
――同日 午前11時
P「……」カリカリカリ
沙紀「どうしたんすかね。さっきから結構長いこと手帳に何か書きつけてるっすよ」
雪菜「きっとなにかすごい情報があったんだよぉ!」
P「よし、完成だ!」
洋子「ずいぶん真剣でしたね。何を書いてたんですか?」
P「この美肌数独ってやつ」
沙紀「なんでっすか!」
P「解は直接書かないでメモ帳に書いたぞ」
沙紀「そこじゃないっすよ……。さっきの敬意を払ってとかの演説は何だったんっすか……」
P「ところで洋子、物は相談なんだが」
洋子「なんですか?」
P「この美肌数独の懸賞、俺が応募しちゃだめか?」
沙紀「勝手っすね!」
洋子「私はかまいませんよ!数独よくわかりませんし」
雪菜「ええと……。あっ、凄いですよぉ!この懸賞の景品、抽選で1名様に温泉旅館ペアチケット2枚ですって!」
沙紀「外れてもダブルチャンスとして抽選で健康用品プレゼント。何が当たるかはお楽しみっすか……」
P「よし!もし当たったら慰安旅行でみんなで行くか!」
沙紀「慰安も何もアタシたちこのユニット組んでからまだレッスンしかしてないっすけどね」
洋子「そもそもペアチケットだと誰かひとりがプロデューサーと同じ部屋に泊まることになりますけど、まずくないですか?」
雪菜「これ普通の数独に見えますけど、なんで美肌数独って名前なんですかねぇ」
P「なんだよ、みんなよってたかって……」
沙紀「なまじいいスピーチの後だったから単に仕事中に数独していたっていうよりも好感度の下がり幅が大きいんすよ」
P「かっこつけたのが裏目だったかぁ……」
P「……おっと、もうこんな時間か。ちょっとここ空けるぞ」
雪菜「お仕事ですか?」
P「このプロジェクトの責任者にちょっと呼び出されてな」
洋子「それって鬼上(おにがみ)さん……ですよね」
沙紀「洋子さん、知ってるっすか?」
P「洋子は会ったことあるよな。ベテランの元プロデューサーで、俺がこのプロダクションに来た頃にお世話になった人だよ」
洋子「その時はまだ現役のプロデューサーさんでしたね。プロデューサーがビシバシしごかれてたのを覚えてます」
雪菜「えっ、洋子さんって昔から井手さんのお知り合いだったんですか!?」
P「まあ、なにせ俺が唯一直接スカウトしたアイドルが洋子だったからな」
沙紀「……初耳っすね。その時の話聞かせてくださいよ!」
P「あ、あとでな……」
洋子「でも、私はちょっとあの人苦手ですね……合わないというか」
P「まあ、そうかもな。厳しい面もあるし。俺も実は少し苦手なんだ」
沙紀「なんでっすか。お世話になった人なんすよね?」
P「まあな。あの人は数々の大物アイドルを世に送り出し、その傍らで多くのプロデューサーを育成したやり手中のやり手だ」
P「このプロダクションがここまで大きくなった陰には、あの人の活躍が少なからずある」
P「その栄光に影を落とすこともなくプロデュース業を引退し、いまやこのプロダクションの重鎮だ」
P「……あの人に会うたび思うんだ。俺はこの人に一生追い付くことすらできないんじゃないかって」
P「自分の小ささをいやでも思い知らされてしまうからな……」
P「まあ、あの人はプロジェクトの責任者だが、お前たちの直接のマネージメントは俺がプロデュース業と兼任するから会う機会はあまりないかもな」
雪菜「……」
沙紀「……」
洋子「……プロデューサー」
P「なんだ?洋子」
洋子「それだけじゃないですよね?」
P「……よ、洋子……ちょっと……」
沙紀「なになに、なにっすか?続けてください!洋子さん」
洋子「昔よく愚痴ってたじゃないですか!『名前をなかなか覚えてもらえなかった上、しまいにはデコスケって呼ばれる』って」
沙紀「……ブフッ」
雪菜「……」プルプル
P「洋子ぉ……なんで言っちゃうんだよ……。あと沙紀、雪菜。笑ってるんじゃないぞ!」
沙紀「……気にしてるっすか?」プルプル
P「今はもう気にしてないさ。バレたんだし、呼びやすかったらそう呼んでもらっても結構。……でも、むやみに広めるのは勘弁してくれ」
沙紀「……ちょっと、約束できないかもしれないっす……」プルプル
P「頼む。してくれ……」
雪菜「井手さん……」プルプル
P「……なんだ」
雪菜「ごめんなさい……」プルプル
P「頼む。謝らないでくれ……」
洋子「というかプロデューサー!時間はいいんですか?!」
P「あっ、まずい!行ってくる!」
雪菜「がんばってくださいねぇ」
P「洋子!もし他に余計なこと言ったら一週間禁酒令出すからな!」ダッ
バタン
沙紀「……」チラッ
洋子「……えっと、私もランニングにでも行こうかなー……。なんて……」
雪菜「ここにこのあいだCMの営業の方からいただいた、大人気で並ばないと買えない最新美白乳液の試供品があるんですけどぉ……」
洋子「ううっ……雪菜ちゃんいつの間にそんなしたたかな交渉術を身に着けたんですか……」
雪菜「うふふふっ♪」
沙紀「そう高度でもないっすけどね」
――同日 午前11時20分
洋子「私が井手プロデューサーに地元の福岡でスカウトされたのは今から3年くらい前でね」
沙紀「アタシがスカウトされたのは1年くらい前っすね。井手さんじゃなかったっすけど」
雪菜「私もそれくらいですねぇ。スカウトの人もその担当みたいな人でプロデュースをしているわけじゃないみたいでした」
洋子「このプロダクションにはスカウト部門があって、プロデュース部門の人は普通スカウトには回らないんだけど、鬼上さんの叩き上げの一環で地方を回って直接見つけて来いって言われたらしくて」
雪菜「厳しいですね……」
洋子「九州まで足を伸ばして夕暮れまで頑張ってたらしいけど、うまくいかなくて途方に暮れて公園のブランコをこいでいて……」
沙紀「あの人九州で夕暮れに途方に暮れて公園のブランコこいでたんっすか……」
雪菜「さぞ目立ったでしょうね……」
洋子「そうだね……その時私はランニングでその公園を通りかかって、ブランコをこいでいるプロデューサーが目に留まって話しかけたの」
沙紀「勇気ありますね、洋子さん。このご時世、そんな人見たら横目で見て通りすぎるところっすよ」
洋子「まあ、尋常じゃない感じだったから……。泣きながらブランコ立ちこぎしてるスーツでオールバックの男の人だよ?」
沙紀「あの人九州で夕暮れに途方に暮れて公園のブランコを泣きながらスーツで立ちこぎしてたんっすか……」
雪菜「洋子さん本当に勇気ありますねぇ……」
洋子「そこで話しかけてからあれよあれよという間に話がまとまって、一週間くらいあとには福岡から東京へ出る飛行機の便にプロデューサーと乗ったんだ」
沙紀「アタシもスカウトについていってここにいる身だからあまり強く言えないっすけど、洋子さん少し気を付けたほうがいいっすよ」
雪菜「話を聞いた感じだと井手さん本当に不審者ですからねぇ……」
洋子「まあ、悪い人ではなさそうだったし、それに……」ポッ
沙紀「……?どうしたっすか?」
洋子「……なんでもないよ!」カアァッ
雪菜「え~、気になりますよぉ」
沙紀「!……雪菜ちゃん。そこの追求は一旦やめるっす」
雪菜「う~ん……。あっ、そういえば、さっきの話だと井手さんって昔から髪型はオールバックだったんですねぇ」
洋子「うん、見た目がさっぱりしてるからって。おでこは今ほど広くなかったけどね!」
沙紀「今のプロデューサー、ただでさえ眉から生え際までアタシたちの指なら4本くらい入りそうなのに、前髪を上げてるから余計に広く見えるんっすよねえ……」
洋子「本人はそこまで気にしてはないみたいだけどね。担当しているアイドルにデコさんとか呼ばれてもオールバックの髪型のままだし」
沙紀「井手さん、担当アイドルにデコさんって呼ばれたたんすか」
雪菜「でも何となく親しみが持てますねぇ」
洋子「それよりもっと面白い話があるんだけどね、デコスケって呼ばれていたのは見た目だけが原因じゃなくて……」
P「洋子!」ガチャッ
洋子「わわっ、プロデューサー!いろいろ話しちゃってごめんなさい!」
P「沙紀!雪菜!いるか?!」
沙紀「えっ」
雪菜「ただ呼びかけただけみたいですね」
P「……なんの話をしてるんだ?よくわからないが……」
洋子「よかった……」
P「昔話をしたらしい洋子はとりあえず一週間禁酒な」
洋子「よくなかった……」
沙紀「……というかプロデューサー!顔色悪いっすけど、大丈夫っすか?」
洋子「それにずいぶん慌てて、どうしたんですか?」
P「うん?……ああ、大丈夫だ……。少し落ち着いたから……」ゼェゼェ
雪菜「大丈夫に見えませんよぉ。ちょっとこっち向いてください。……おでこ、触りますよ……」ピトッ
P「……」
雪菜「……熱は……ないみたいですね……」ジーッ
P「大丈夫だから、雪菜……。離れてくれるか……?」
雪菜「……あっ、本当に眉から生え際まで私の指だと4本くらい入りそうですねぇ」
P「雪菜、離れてくれるか」
雪菜「あん」
P「洋子、これは禁酒延長だな?」
洋子「い、いや、指4本発言は沙紀ちゃんですよ!」
沙紀「え、い、いや……ええと、まあ、たしかにそうっすけど……」
P「なるほど。沙紀はとりあえず三日間アート禁止な」
沙紀「いや、アート禁止ってなんっすか」
P「話がそれたな。冗談は置いといて本題に入ろう」
沙紀「だからアート禁止ってなんっすか」
P「いくつか伝えたいことがあるからよく聞くように」
沙紀「井手さん、アタシは具体的に何を禁止されかけたんっすか?」
P「まず最初だ。いいニュースと悪いニュースがある。どっちを先に聞きたい?」
沙紀「えーと……。悪い方からお願いするっす」
P「エアコンの修理が入るのは二週間後だ」
沙紀「うへえ……じゃあいいニュースってなんっすか?」
P「エアコンの修理の件、ちゃんと受け付けてくれたぞ」
沙紀「……」
雪菜「……」
洋子「……」
沙紀「それ、その順番で言ったらだめなやつじゃないっすか!」
P「あれっ、そうだな……」
沙紀「かっこつけようと思って失敗しちゃったんですね、デコさん……」
雪菜「デコさん……元気出してください」
洋子「昔からかっこつけようとして失敗するタイプでしたからね、プロデューサー……」
沙紀「さっきの美肌数独や鬼上さんの話の時もかっこつけたのが裏目だったっすからね」
P「くそ、みんなよってたかってデコデコと……沙紀が先にいいニュースを聞いてくれれば成功したのに……」
沙紀「じゃあなんで選ばせたっすか」
雪菜「まあまあ、まだお話があるんじゃないですか?」
P「ああ、二つ目はこれだ」バサッ
沙紀「これは……?」
洋子「チラシですか……?」
P「このプロダクションのビルの通り進んでちょっと小道に入ると小さいライブハウスがあるんだ。そこで9月の頭にこのビューティガールズの初舞台を設定した」
雪菜「ファーストライブってことですかぁ……」
P「まあプチもプチ。うちのプロダクションの他のアイドルユニットのライブの幕間の出番。10分くらいのもんだ」
沙紀「なるほど。これがそのチラシっすか」
洋子「A5サイズの普通紙に白黒の印刷……つや紙とかじゃないんですね」
P「フルカラーホログラムキラ箔押し金箔ちらしのチラシを刷ってほしいと申請したんだが、予算オーバーではねられてな。白黒のまま刷られてしまったんんだ」
沙紀「当たり前っすよ」
P「でも目立つだろ?」
沙紀「悪目立ちっていうんすよ、それは。アートじゃないっす」
P「そうじゃなくてももう少し目立つものの方がよかったんだけどなあ」
雪菜「印刷があまりよくないみたいで、白黒の写真が滲んじゃってますねぇ……」
P「ともかくこのチラシが50枚ある。配るなり貼付をお願いするなり自由にしていいんだとさ」
P「最後だ。今からちょっと仕事をしてもらうぞ」
沙紀「へえ、歌っすか?ダンスっすか?」
P「いや、そういうものじゃなくてな。これをちょっと見てくれ」カタカタ
雪菜「これは……ブログ、ですか?」
P「そうだ。このプロジェクトの情報を発信するために今日作った公式ブログだ」
洋子「あっ、プロダクションのホームページからもリンクが張られてありますね!」
沙紀「ということは仕事って、ブログ更新っすか?」
P「いや、まだ記事が一つもないからな。第一回目の更新は俺がやる」
洋子「なら私たちは何をすればいいんですか?」
P「一回目の更新でメンバーの紹介もやるが、それも各々のプロフィールだけだとどうにも弱い」
沙紀「まあ、そうっすね」
P「だからメンバー紹介のネタにするために、このユニットでしたいこととか、そういう一言メッセージをこの画用紙に書いてほしいんだ」
雪菜「画用紙ですか?」
P「これを胸の前にもってプロフィール用の写真を撮るんだよ」
洋子「なるほど!お安い御用です!」
――同日 午後1時
P「さ、そろそろみんなできただろう。見せてくれ。一応仮撮影ってことでスマホで写真も撮っとこう」
洋子「まず私からですね!じゃん!」
『元気に健康に!みんなでいい汗流していきたいです!』
P「いいじゃないか。洋子らしくて爽やかだ」カシャッ
沙紀「次はアタシっすね」
『もっとアーティスティックに!みんなをアタシの色に染めていくっす!』
P「ずいぶん達筆だな。沙紀らしくて勢いがある」カシャッ
雪菜「最後は私ですね」
『みんなでキレイに!カワイく飾っていきたいです!』
P「なるほど。雪菜らしくてかわいらしい」カシャッ
沙紀「……それでデコさん、今日はこれからどうするっすか?」
P「そうだなあ。時間も時間だし、まずは昼飯でも食べに行かないか?俺が奢るぞ」
洋子「さすが太っ腹ですね!プロデューサー!」
P「そのあとこのチラシを手分けして配りに行くぞ」
雪菜「さすがしたたかですねぇ、プロデューサーさん」
沙紀「この暑い中チラシ配布っすか……」
沙紀「そういえば、デコさんは何か抱負とかないんすか?」
P「抱負って夏中に肩こりをなんとかしたい、とかか?」
沙紀「この流れでなんでそうなるっすか。そうじゃなくて、紹介記事の後にデコさん自身の抱負みたいな……。そんな感じっすよ」
P「あんまり裏方が出っ張るのもどうかと思うが……」
雪菜「でも、そういうのもあった方がデコさんと二人三脚でトップを目指してる感じでいいですねぇ」
洋子「雪菜ちゃん、この場合は私たちも入れて四人三脚ですよ!」
沙紀「四人五脚っすよ」
P「まあ、考えとくさ。さ、早いとこ出かける準備しろよ」
雪菜「はぁい」
P「おっと、チラシも持って行かなきゃな」ヒョイッ
ビュオオッ
P「うおっ?!」バサバサバサッ
洋子「大丈夫ですか!?」
P「俺は大丈夫だが……」
沙紀「チラシが散らばっちゃったっすね……」
―――同日 午後1時15分
雪菜「はいどうぞ」
P「ありがとな……。ふう、これで全部かな」
沙紀「あっ、デコさん足元に一枚落ちてるっすよ」
洋子「とってあげますね!……わわっ」グラッ
ドンッ
P「うおっ?!」ガッ
バサバサバサッ
P「ああっ!」
洋子「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
P「俺は大丈夫だが……」
雪菜「チラシが窓の外に……」
P「散らしってか……ははは。……うまいこと言ってる場合じゃないぞ!」
雪菜「デコさんが言ったんですよぉ」
沙紀「情緒どうなってるっすか……」
P「大変だ、今すぐ拾いに行かないと……」
沙紀「今すぐっすか?」
P「当たり前だ。今こういうのうるさくてな、ちょっとでも残るとクレームがくるんだよ」
洋子「初舞台を迎える前にこんな形でケチがつくのももったいないですしね」
P「俺はビルから出て左側の通りの方探すから、お前たちは右の方行ってくれ!」
雪菜「わかりましたぁ!」
―――同日 午後2時 ミツバプロダクション地下一階 社員駐車場
P「……で、どうしてこうなったか聞こうか」
沙紀「……」グシャァ
洋子「……」ドロォ
雪菜「……」シクシク
P「ほら、雪菜泣くな。……沙紀、なんでみんなこんなカラフルに染まっちゃったんだ?」
沙紀「な、なんでアタシに訊くっすか?」
P「お前真っ青だぞ。顔も、服も」
沙紀「うう……。あれから頑張ってチラシ拾いはだいたい終わったっすけど……」
――――――
沙紀「これでこっちの方に飛んできたのはだいたい全部っすかね」
雪菜「そうですねぇ。みんな頑張りましたからぁ」
洋子「そうだね。すごかったなあ、沙紀ちゃん。ビルの隙間の高いところに引っかかったチラシを壁をキックした反動のジャンプで取っちゃうんだから」
沙紀「雪菜ちゃんも、華麗なメイクの力で猛犬をおとなしくさせてその犬小屋の中に入ったチラシを取ってきたし……」
雪菜「洋子さんも、走っているトラックの荷台に引っかかったチラシを並走して追い付いて取ってきたのにはびっくりしましたよぉ」
――――――
P「ちょっと待て」
沙紀「なんっすか?」
P「ツッコミどころが多すぎてちょっと頭を切り替えないと。……よし、切り替えた。続けてくれ」
沙紀「……変なデコさんっすね。まあ、それから事務所に戻ろうとしたっすけど……」
――――――
洋子「ねえ、みんな汗かいちゃってない?」
雪菜「そうですねぇ、この暑い中走り回ったわけですし……」
沙紀「デコさんには申し訳ないけど、ご飯を食べに行く前にシャワーを浴びさせてもらいましょうか。べとべとで、気持ち悪いっす」
洋子「よし!決まりだね」
沙紀「それならまず先にビルの駐車場に寄ってもいいっすか?」
雪菜「どうしてですか?」
沙紀「駐車場の一角の空きスペースを許可を取ってペンキとかの物置き場にさせてもらってるんすけど、そこに代えのジャージが置いてあるっすよ」
洋子「なるほど、じゃあ行こうかっ!」
―――同日 午後1時50分 ミツバプロダクション地下1階 社員駐車場
洋子「ずいぶんとたくさんのペンキ缶が積んであるね」
沙紀「いろいろな色を使いたいっすからね……あれ、ここにあったはずだけど……」ガサガサ
雪菜「この袋じゃないかな?」
沙紀「あっ、それっすね……」クルッ
ガッグラグラッ
沙紀「あっ……」
ガシャーンッ
洋子「わーっ!」
雪菜「きゃーっ!」
沙紀「うわっ!」
――――――
P「それでペンキ缶の山が崩れて、みんなこんな色とりどりになって俺を呼んだのか……。怪我とかはなかったか?」
沙紀「積んであった缶の小さいサイズがいくつか倒れたっすからね……。みんな怪我とかはないみたいっすけど……」
洋子「ペンキは水性みたいですから、洗えば落ちますし服もクリーニングに出せば大丈夫そうです」
P「洋子、お前はずいぶんオレンジになっちゃって……」
雪菜「他の車とかにもかからなかったみたいですけど、床も汚れちゃって、その上にチラシが……」
P「雪菜、お前は発色のいいマゼンタだな」
沙紀「チラシ……床で混ざったペンキの上に落ちちゃって、まるでマーブル模様をうつしたみたいっす」ペラッ
雪菜「マーブル模様?」
沙紀「水の上に絵の具を流し込んで紙でいろいろな色を混ぜ込んだ模様をうつし取る技法っすよ。アートっす」
P「アートにもいろいろあるんだなあ……。まてよ、このマーブル模様のチラシ……」
沙紀「どうしたっすか?」
P「青の沙紀……」
洋子「仕事モードに入っちゃったのかな?」
P「オレンジの洋子……」
雪菜「早く落とさないとペンキが渇いちゃいますよぉ」
P「マゼンタの雪菜……。これだ!」
P「沙紀、マーブル模様って簡単にできるのか?」
沙紀「……?はい。底の浅い広い容器と、絵の具があれば……」
P「なら、それぞれの色を分けて紙に写すことはできるか?」
沙紀「はい、できるっすよ」
P「なら話ははやい。厚紙に沙紀のセンスでマーブル模様をうつしてもらいたい。それに写真をシルエット状に処理、合成してチラシのデザインを作り直そう」
雪菜「シルエットですかぁ?」
P「かわいらしさよりもシックさが前面に出るからな……ビューティガールズのコンセプトにも合う」
沙紀「色を付けるのはいいっすけど、配色はどうするっすか?」
P「沙紀、よく見てみろ。偶然にもみんなペンキでそれぞれイメージカラーのように染まってる……。忘れてたよ。我がビューティガールズにはデザインのエキスパートがいたんだ」
沙紀「なるほど……。デコさん、本当にしたたかっすね」
P「ちょうど3人横に並ぶように写した写真だからな。うまいことやってくれ」
雪菜「沙紀ちゃん、デコさん。お仕事の話はそれくらいにして、早くペンキを落とさないとぉ……」
P「おっと、そうだな。沙紀の私物の中にビニール製の袖を通せるペンキよけのカバーがあった。それを羽織って室内にペンキがこぼれないようにしてシャワールームに向かってくれ」
洋子「あっ、これですね!」
P「お前たちがシャワーを浴びている間、俺は駐車場の清掃の手配をする」
沙紀「着替えはちょっと絵の具汚れがあるけど、アタシのジャージが人数分あるっす」
洋子「なんか、どっと疲れましたよ……。先が不安なスタートになっちゃいましたね……」
P「……案外そうでもないかも知れないぞ。これを見てくれ」スッ
沙紀「それは……さっきスマホで撮った写真っすか?」
P「まずこれが洋子だ」スッ
『元気に健康に!みんなでいい汗流していきたいです!』
P「みんなでチラシ集めに奔走して、みんなは汗を流した。次は沙紀だ」スッ
『もっとアーティスティックに!みんなをアタシの色に染めていくっす!』
P「沙紀の私物のペンキ……沙紀の色にみんな染まったわけだ。最後に雪菜」スッ
『みんなでキレイに!カワイく飾っていきたいです!』
P「偶然にもみんなイメージカラーのようにキレイな色でカワイく飾られた。どうだ、この短時間のうちに3人の抱負がみんな形になったんだ。こんなに縁起のいいことはない!」
沙紀「こじつけじゃないっすか!」
P「そうだ。でも先の見えない芸能界、案外こういうのも大事なんだぞ?験担ぎっていってな」
沙紀「そういうもんっすかねえ……」
P「さ、早いとこペンキを落としてこい。それから、今度こそ飯に行くぞ」
雪菜「はぁい」
P「明日からは大変だぞ?ライブのレッスンにチラシ配りもある」
沙紀「明日のことはいいっすよ……。今日はもう疲れちゃったっす……」
洋子「じゃあ沙紀ちゃん、雪菜ちゃん、行こうか。あそこのエレベーターから行けば近いみたい」
――― 一ヶ月後 9月15日 午後3時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
ガチャッ
洋子「おはようございまーすっ!」バタンッ
沙紀「おはようございます」カタカタ
雪菜「おはようございまぁす」
洋子「……いやー、せっかく半月前にエアコン直ったのに、もうすっかり涼しくなっちゃったね」ポスン
雪菜「そうですねぇ。結局直ったのは8月も終わり頃でしたし」
洋子「……プロデューサーは?」ガサガサ
沙紀「緊急の出張ということで、午前に発ったらしいっす」カタカタ
洋子「ふうん……。昨日のライブ撤収作業の後の今日で大変だね……」ペラッ
沙紀「担当しているのはアタシたちだけのはずなのに、ずいぶん忙しそうっすよね」
雪菜「あ、洋子さん、それ。週刊THE・美肌ですか?」
洋子「うん。今日発売日だったから買ってきたんだ……。沙紀ちゃんはさっきからパソコンいじって何見てるの?」
沙紀「昨日のライブの写真と紹介記事を午前にブログにアップしたからチェックしとけって、デコさんが言ってたっす……。これっすね」カチッ
雪菜「わぁ……」
沙紀「凄いっすね……。客席からはこんな風に見えてたっすか……」
雪菜「チラシの効果もあってか、私たちを見に来てくれたお客さんもいたみたいだねぇ……」
洋子「私は二人がじっくり見終わってから見るね」ペラッ
雪菜「……そういえばライブ準備とかで忘れてたけど、このブログの最初の記事ってどうなってるんだろぉ」
沙紀「そういえばちゃんと見たことなかったっすね……。ここから飛んで……これっすね」カチッ
雪菜「プロジェクトの概要と私たちの写真付きプロフィールがあって……。最後、デコさんのコメント……」
『……この子達をトップへ連れていきたい、この子達にトップへ連れて行ってもらいたい。二人三脚、いえ、四人五脚でトップを目指していきたい。そう考えています。プロデューサー 井手』
沙紀「デコさん、そんなふうに思ってたんっすね……」
雪菜「……沙紀ちゃん、洋子さん。期待に応えられるように頑張ろうねぇ」
沙紀「そうっすね……。デコさんのやりたいこと、アタシたちにできる範囲で叶えてお返ししていくっす」
雪菜「そういえばデコさん、夏中になにかやりたいことがあるって言ってたよねぇ……。なんだったっけぇ……」
洋子「あっ!」
沙紀「?!……。洋子さん、どうしたっすか?」
洋子「これ……。プロデューサーっ!?」
沙紀「……洋子さん、読んでるそれ、THE・美肌っすよね?デコさんが載ってるわけないっすよ」
洋子「いやそうじゃなくて、懸賞の当選者発表にプロデューサーさんの名前があって……」
沙紀「……ああ、そういえば美肌数独の懸賞に応募してたっすね」
雪菜「あっ!もしかして本当に温泉旅館が当たったとかですか……?」
洋子「いや、それは外れたんだけど、ダブルチャンスの健康用品プレゼントで……」
雪菜「プレゼントで?」
洋子「肩こり用の湿布が一年分だって……」
雪菜「……」
沙紀「……まあ、良かったんじゃないっすか?」
1 序「みんないっしょに」終わり
2 破「晴れのち雨、ときどき雪」(前編)に続く
明日の昼12時ころからおまけの投下を、22時ころから第二話の投下を行います
おまけの投下を行います
1.5 幕間「天までとどけ」
―――9月23日 午前11時 ミツバプロダクション4階 ビューティガールズプロジェクト事務室
ガチャッバタンッ
P「今もどったぞ」
沙紀「おかえりなさいっす」
P「あれ、沙紀だけか。雪菜は?」
沙紀「みんなの分の飲み物を自販機まで買いに行ってるっす」
P「ふうん。……洋子はまだ帰ってきてないのか?」
沙紀「30分くらい前に電話があって、さっき福岡からの飛行機がこっちに着いたところらしいっす」
P「じゃあそろそろ戻ってくるかな」
沙紀「今年は連休が飛び石じゃなかったから雪菜ちゃんや洋子さんも実家に帰れてよかったっすね」
P「神奈川出身の沙紀はともかく秋田出身の雪菜や福岡出身の洋子はそう簡単にご両親に顔を見せることもできないからな」
沙紀「北と南できれいに分かれてるっすね……」
P「だからこそ俺が頑張ってテレビやラジオやCDで顔や声を、そう……、たとえ宇宙の果てまでも、届けてあげられるようにしないとな」
沙紀「……そうなると逆に直接顔を見せる機会が少なくなるっすね……」
P「……難しいところだな。いくら栄光へのチャンスと引き換えとはいえ、俺たちのしていることはお前たちの人生を無理にゆがめて切り売りしていることに他ならない」
P「時々、どうしようもなく怖くなるよ。俺を信じてついてきてくれたお前たちの信頼を裏切ることにならないか、とな……」
沙紀「……デコさん」
P「……」
沙紀「……かっこつけたっすね」
P「……」コクリ
沙紀「……まあ、大丈夫っすよ。心配しなくても。そんなふうに悩んでも余計おでこが広がるだけっす」
P「……沙紀」
沙紀「……なんすか」
P「……ありがとな。そうやって茶化してくれるだけで気が楽になる」
沙紀「……お安い御用っすよ。これでもデコさんには感謝してるっす。素敵なプロジェクトに入れてもらえて、足を向けて寝られない思いっす」
P「なんだ、ずいぶん難しい言い回し知ってるじゃないか」
沙紀「ストリートに入り浸ってたとはいっても、ベンキョウとかはそれなりにやってるっすからね」
P「ははっ、どうだか」
沙紀「あっ、さては信じてないっすね?」
ガチャッバタン
雪菜「戻りましたぁ」
P「おう、おかえり」
沙紀「おかえりっす」
雪菜「コーヒーは2本ありますから沙紀ちゃんとデコさんでわけてくださいね」ゴトン
P「サンキュ」
沙紀「ありがとっす……。そういえば雪菜ちゃん、昨日実家からこっちにもどってきたんすよね」
雪菜「はい」
沙紀「どうだったっすか?実家の方は」
雪菜「うぅん……あんまり変わってなかったけどぉ……。そうだ、家族で地元の動物園に行ったんだ。写真見るぅ?」
P「へえ、見せてくれ」
沙紀「あっ、アタシにも!」
P「へえ、よく撮れてるじゃないか。雪菜とキリンか……」
沙紀「凄いっすね。このままでポストカードで出せるくらいキュートでアーティスティックっす」
P「……いろいろな動物と一緒に撮ってるけど、キリンの写真が一番多いな。好きなのか?」
雪菜「はい、昔足を怪我して義足になったキリンの話を読んでから……。なんとなくですけどぉ」
沙紀「へえ。雪菜ちゃんのの意外なところを知ったっす」
P「そうだな……」
雪菜「……」プシュッ
P「……」
沙紀「……そういえば、2人ともキリンの寝相って知ってるっすか?」
P「いや、知らないが……」
沙紀「サバンナとかで生きてる野生のキリンってすぐに肉食動物から逃げられるように立ったまま寝るらしいっすよ」
雪菜「へえ、そうなんだぁ……」
P「それはいいけど……。どうしたんだ、沙紀。そんないきなり」
沙紀「ベンキョウはそれなりにやってるっすからね」フフン
P「学校の勉強の話じゃなくてかあ……」
ガチャッバタンッ
洋子「戻りました!ただいまー!」
P「おう、おかえり」
沙紀「おかえりなさいっす」
雪菜「おかえりなさぁい」
洋子「いやー、飛行機ってどうにも慣れませんね。疲れちゃいました!」
沙紀「お疲れさまっす。こっち空いてるんで座ってください」
雪菜「飲み物もありますよぉ」
洋子「ありがと!……そうだ、みんなにお土産があるんですよ!」ガサガサ
沙紀「お、ありがとうございます……。なんっすか?」
洋子「じゃんっ!東京ばな奈!」
沙紀「なんでっすか!」
―――同日 11時30分
沙紀「まさか福岡帰りのお土産に東京と名の付いたお菓子をもらうとは思わなかったっす」モグモグ
洋子「ごめんね!ほんとは福岡土産も買っておいたんだけど、むこうに忘れてきちゃって……」モグモグ
P「こっちに手土産無しで来るのも悪いからとこっちの空港かどっかで買ってきたってわけか……」モグモグ
雪菜「洋子さんらしいですねぇ」モグモグ
洋子「忘れてきた方は送ってもらうようにお願いしましたから、明後日くらいには届きますよ!」
P「そういや昔、ひよ子は福岡のメーカーのお菓子だって聞いたことがあるけど、それじゃダメだったのか?こっちの空港でも買えるけど」
洋子「……!」ハッ
P「いや、いいよ。そんな露骨な『しまった』みたいな顔しなくても……。忘れてもなんとかしたいっていう気持ちは伝わったさ」
沙紀「実家が遠いと大変っすねえ……。あっ、残りの分のばな奈、共用冷蔵庫に入れてくるっす」スッ
P「……あれ、沙紀。お前身長伸びたんじゃないか?」
沙紀「えっ?そっすかねぇ……変わらないと思うっすよ」
P「いや、ほら。ちゃんと立って……。ほら、俺に追いつきそうじゃん」スッ
雪菜「ほんとですねぇ。沙紀ちゃん身長いくつだったっけ」
沙紀「春に測定して出したプロフィールのデータでは166だったはずっすけど……」
P「俺が170ちょいくらいだから……沙紀もう170届くくらいあるんじゃないか?」
沙紀「気のせいだと思うっすけどねえ……」
P「沙紀も、雪菜も。女子にしては背が高いしまだ伸びる年齢だからな。羨ましいよ。俺ももう少し欲しかったんだけどな」
洋子「そうですよね。私ももっと高ければいいなあって思ったりしますよ!」
P「沙紀の生活リズムとか食事とか寝相とか真似すれば今からでも伸びるかな……」
洋子「私、生まれ変わったら沙紀ちゃんみたいになりたいです!」
P「俺もだ!むしろ沙紀に生まれ変わりたい」
沙紀「……。えーと、もう行っていいっすか?」
雪菜「いいと思うよぉ」
沙紀「雪菜ちゃん、2人を頼んだっすよ」ガチャッ
バタン
洋子「……まあ、冗談はおいとくにしても、沙紀ちゃんのこと羨ましく思うこともありますよ」
P「どうしてまた」
洋子「今回もそうでしたけど、沙紀ちゃん実家が近いですからね。帰省の時とかも半日移動に費やすとかありませんし」
雪菜「ああ、わかりますねぇ。逆に実家から気軽に東京の方まで遊びに行ける位置でもありますし……」
洋子「中学生のころとかはほんとにそういうの羨ましかったですよ……。わかりません?プロデューサー」
P「いや、俺は東京生まれの東京育ちだし……。逆に地方で生まれた人の方が自然があったりで羨ましいというか……」
洋子「あっ、それイヤミですか?」
雪菜「溝は埋まりそうもないですねぇ」
洋子「うう……。東京の人は地方の人に足を向けて寝るべきじゃないと思うんですよ……」
P「足を向けて寝るの使い方をちょっと間違えてないか?」
雪菜「全方位、どこを向いても寝られないですよぉ」
P「そういう問題でもないと思うが……」
洋子「考え出したらむしゃくしゃしてきた!」
P「大丈夫か?長い移動でストレス溜まってるんじゃないのか……?」
雪菜「全方位に足を向けられないなら、もう立って寝るしかありませんねぇ」
洋子「それだよ!雪菜ちゃん!とりあえずプロデューサーには今日から立って眠ってもらいましょう!」
P「いや、それだよ!じゃなくてだな……」
ガチャッバタン
沙紀「戻ったっすよー……。みんな、どうしたんっすかそんな興奮して」
P「沙紀!助けてくれ!このままだと俺は今日から立って寝ることになってしまう!」
洋子「あっ、見て、雪菜ちゃん!これ壁に縦にひっかけたまま寝られる寝袋だって!」カタカタ
雪菜「かわいいデザインのもありますねぇ。デコさんにプレゼントしましょうかぁ」
P「なんで雪菜までノリノリなんだ……」
沙紀「状況はよくわからないけど、よかったんじゃないっすか?」
P「いやよくないだろ……」
沙紀「だって、キリンの真似をして立って寝ればデコさんもキリンみたいに背が伸びるかもしれないじゃないっすか」
P「いやいやいや!冗談言ってる場合じゃなくて……。あの二人は多分本気だぞ!」
沙紀「雪菜ちゃん、コーヒー飲ませてもらうっすね」カシュッ
P「聞いてないな?!」
洋子「注文完了!夜までにはここに届くって!」
雪菜「東京は通販もすぐに届くから便利ですねぇ」
P「誰か助けてくれ……」
沙紀「今日は平和っすねえ」ズズッ
1.5 幕間「天までとどけ」終わり
おつ
将来指4本どころかツルッツルになりそうな名前のPだな
第二話の投下を始めます
2 破「晴れのち雨、ときどき雪」(前編)
―――11月8日 午前9時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
雪菜「~~♪」シャンシャン
沙紀「おはようございます」
雪菜「あっ、おはようございまぁす」シャンシャン
沙紀「おっ、雪菜ちゃん、聴いてるっすね~。アタシたちのデビューシングル、『higher beautys』!」
雪菜「サンプルももらったけど、朝、CD屋さんの前通りかかったら平積みされてて嬉しくなっちゃてぇ……」ゴソゴソ
雪菜「じゃんっ!買っちゃったぁ」
沙紀「せ、雪菜ちゃん、さすがにその話……」
雪菜「……」
沙紀「すごくよくわかるっす~っ!」
雪菜「だよねぇ!」
沙紀「実はアタシも買ってきたっすからね。朝に」ヒョイッ
雪菜「沙紀ちゃんもぉ?!お揃いだね!」
沙紀「嬉しいっすね!両手でハイタッチするっす」
雪菜「うんっ」
沙紀雪菜「いえーいっ!」パンッ
沙紀「アルプス一万尺こやりのうーえで♪」パンパンッ
雪菜「アルペン踊りをさーあおどりましょっ♪」パンパンッ
沙紀雪菜「いえいっ♪」パンッ
沙紀「ランラランランララララランラランランランランラン♪」パンパンッ
雪菜「ランラランランラララランラララララーン♪」パンパンッ
沙紀雪菜「いえーいっ♪」パァンッ
―――同日 午前9時10分
沙紀「ふう、疲れたっす。この流れも今日でちょうど一週間めっすよね」
雪菜「CDの発売は一週間前だからねぇ」
沙紀「まさか雪菜ちゃん、一週間毎日CDを買ってから事務所にくるとは思わなかったっす」
雪菜「沙紀ちゃんこそぉ」
沙紀「まあ、最近はラジオやテレビ出演にライブとかもちょくちょくやるようになって、お金も結構入ってきてるっすからね」
雪菜「デコさんと洋子さんも、CD発売から記念ってことで毎晩飲み会やってるらしいしねぇ」
沙紀「みんなわかりやすくテンション上がってるっすねえ……」
雪菜「洋子さん羨ましいよねぇ。私たちもお酒が飲める年齢ならみんなで……」
沙紀「……いや、それはやめとくっす。もしアタシたちが成年済みでも、デコさんと、洋子さん。その時間だけは二人きりにしてあげましょう」
雪菜「ど、どういうことぉ?」
沙紀「あれ、気づいてなかったっすか?洋子さんの様子、あれはどう見ても……」
ガチャッ
P「おはよう」
洋子「おはようございまーすっ!」バタン
沙紀「……すごいタイミングで一緒に来たっすね……」
雪菜「え~、どういうことぉ?」
沙紀「いや……今アタシの口からは……ちょっと……」ヒソヒソ
P「……。聞こえてるぞ、沙紀。大丈夫だって、心配しているようなことはないから」
洋子「……?どういうことですか?」
P「だから、俺が洋子に、その、送り狼的なことして、その、スキャンダル的なことになることを心配してるんだろ?沙紀は。大丈夫だって。しないから」
沙紀「いや、ちょっとそれとはズレてるというか……」
洋子「……しないんですか?」
P「ああ。その証拠にちゃんと日付変わる前には帰らせてるだろ?今だってたまたま入り口で会っただけだし」
洋子「……そうですか」
沙紀「……露骨にショック受けてるっすね……。なんっすか、この気持ち……。すごくキュンキュンするっす」
雪菜「結局何の話ぃ?沙紀ちゃんちょっとさっきから様子が変だよ……?」
P「まあ、みんなわかりやすくテンション上がってるからなあ」
沙紀「デコさんはなんで気が付かないっすかね」
P「ところで、さっそくだが今日はみんなにいいニュースと悪いニュースがある」
沙紀「あれ、このパターン見たことあるっすね」
P「どっちから先に聞きたい?」
洋子「じゃあ……悪い方からお願いします!」
P「今週のCDのランキング速報が出た。『higher beautys』の初週の売り上げが、うちのプロの新ユニット『プロジェクト・フェアリーα(アルファ)』の先週発売のデビューシングルの二週目の売り上げに抜かれた」
沙紀「ああ、フェアリーαっすか……」
P「ああ。今のミツバの実質的なトップアイドルである高森藍子をセンターとした、双葉杏、桃井あずき、橘ありす、池袋晶葉の5人ユニットだ」
雪菜「たしか、やや幼めのメンバーの見た目と、それに反した高い統率力、パフォーマンス能力で話題になっているとか……」
P「それに、もともとソロや別のユニットで話題になっていたアイドルを集めてきているからな。どうしたって注目が集まる」
雪菜「……」
P「まったく。プロデュースってなんなんだろうな。せっかくビューティガールズも頑張っているのに知名度の差で持ってかれた」
沙紀「……じゃあ、いいニュースっていうのはなんっすか?」
P「CDランキングアイドル部門で、『higher beautys』が初週全国4位になったぞ」
沙紀「だから、順番間違えてるんすよ!デコさんかっこつけたら失敗するんすから、選ばせてないで普通に言ってくださいよ」
洋子「でも、私達みたいな新設のユニットのデビューシングルが全国4位ってすごくないですか?」
P「そうだな。全国ランキングでは4位。うちのプロダクション内で比較すれば新鋭のフェアリーαに続いて週間2位」
雪菜「たくさんプロモーションもしましたしねぇ」
沙紀「ううん……そう考えるとやっぱりすごいっすねえ……。ちょっと実感がなかったっすけど……」
P「さらにこのペースを保てられればこの時期発売でありながら年間ランキング首位にも食い込めるかもしれない」
洋子「プロデューサー、やっぱりすごいですっ!」
P「お前たちに素質があったって事さ。人気もどんどん上がってきている。自信を持て」
雪菜「そう言われると照れますね……」
沙紀「しかし、フェアリーαの方もとんでもないっすね……。プロジェクトが立ち上がったの、アタシたちよりも後でしたよね。それでこんな結果を出すなんて……」
P「ああ。数々の人気グループからアイドルを選りすぐって引き抜きをしてできあがったグループだ。そして、それを行ったプロデューサーはミツバ所属ということ以外は社内でもごく一部を除き一切非公開」
洋子「プロデューサーが非公開ですか?」
P「そうだ。だからプロデュース業を引退した鬼上さんが前線復帰したんじゃないかとも噂になっている。そんなグループだ」
沙紀「へえ……。でも、そうだったとして公開しないメリットってあるっすかねえ。鬼上さんほどすごいプロデューサーがついているなら、むしろ公開した方が……」
P「……俺には何とも言えないさ」
P「とにかく、うちのプロジェクトは今回の結果でこのプロの中でもちょっとした注目株になってきている。大変なのはこれからだ、ということということを言いたかったんだ」
沙紀「どういうことっすか?」
P「ファンに注目してもらえるってことは、同業者からも注目されるってことだ。もしかしたらすぐにでも来るかもしれない」
沙紀「だからそれはどういう……」
コンコンッ
P「……どうやら、本当にもう来たみたいだな……。どうぞ」
ガチャッバタン
「失礼するっす。井手センパイ」
P「お前は……。たしか……」
後輩P「昨年度からミツバプロでプロデューサーをしている戸中居(となかい)という者っす」
沙紀「……」チョンチョン
P「どうした、沙紀」ヒソヒソ
沙紀「デコさん。同業者から注目って、ひょっとして社内の大人の男の人がアタシたちのキャラを奪いに来るかもしれないってことっすか?」ヒソヒソ
P「あれはキャラを奪おうと思ってやってるわけじゃないと思うぞ」ヒソヒソ
―――同日 午前9時30分
雪菜「お茶です。どうぞぉ」コトッ
後輩P「お気遣いなく。そもそもウチの会社の共通給湯室のっすし」
P「……それで、何の用だ」
後輩P「……ずいぶんと高圧的っすね、井手センパイ。それもオニガミ流っすか」
P「……アポももらっていないんだ。取れる時間が限られるのは当然だろ」
沙紀「ずいぶん緊迫した雰囲気っすね……」ヒソヒソ
洋子「私たちは部屋を出てた方がいいんじゃ……」ヒソヒソ
雪菜「でも、今すごく動きづらいです……」ヒソヒソ
後輩P「……ごもっとも。要件を単刀直入に言いましょうか。井手センパイ、あなたのビューティガールズと自分の担当するグループ。ライブバトルでの勝負を受けていただきたい」
P「……そんなところだろうと思ったよ。受けて立とう。日時とハコの設定はそっちに任せる」
後輩P「……自信たっぷりっすね。余裕のあらわれというわけだ」
P「……挑発には乗らないぞ。わざわざそんな態度で宣戦布告に来ているんだ。これからニコニコそれじゃあと日時の相談をするとは考えにくい」
P「そっちでもうすでに押さえていると見るのが自然だ。……俺が断らないのを見越してな」
後輩P「まったくご慧眼っすね……。さすがオニガミ派だ」
洋子「うう……。重い空気に耐えられなくなってきたよ……。ねえ、みんな。いっせーのーせで立ち上がって退散しない?」ヒソヒソ
沙紀「ちょっと待ってください。あの話、気になる点が多すぎるっす……」ヒソヒソ
洋子「うう、でも……。よし、雪菜ちゃん、出よう!」バッ
雪菜「あんっ、引っ張らないでくださぁい……」
スタスタスタ……ガチャッバタン
沙紀「……」
P「……もちろんそっちの条件をただで飲むことはしない。条件がある」
後輩P「……聞きましょう」
沙紀「……やっぱり2人と一緒に行けばよかったっす!」
P「設営後の会場の下見とそちらのリハーサルの見学。これを許可してもらいたい」
後輩P「……細工か何かを疑ってるっすか?」
P「……見取り図を見ただけじゃ十分なパフォーマンスはできない。是非会場そのものと、そこで動いている様子が知りたい」
後輩P「……了解っす。日にちはちょうど1週間後、時間は午後5時から。自分たちが先攻でかまわないっすね?」
P「ああ……。やるからには本気だ。一歩も譲るつもりはない」
後輩P「……大言吐いてるんじゃないっすよ。土壇場で偶然一発当てただけのくせに」
P「……」
後輩「いや、偶然かどうかもわからない。何せずいぶんとタイミングよくここで当てたんだ。オニガミ派のあなたが、この土壇場で。何か裏があるに決まっているっす」
P「……」ギリッ
後輩P「知ってるっすよ。今出て行ったあのアホ毛の子、井手センパイが見込んで連れてきたはずが全く芽が出ず数年。井手センパイ共々、近々芸能界引退を迫られていたってことを」
P「やめろ……」
後輩P「その窮地でユニット結成をしてからの急速なCDデビュー、そして今回の結果……。誰にだって不自然だとわかる。自分は鬼上が一枚かんでいると……」
P「やめろォッ!!」バンッ
後輩P「……いきなり大声を出して立ち上がらないでほしいっすよ、センパイ。担当の子が見てるっすよ?」
P「……」チラッ
沙紀「っ!……」
P「……CDの売り上げやライブでの成功は間違いなくこの子達の素質によるものだ!そんなことは関係ない!」
後輩P「どうだか……」
P「このッ……!」バッ
沙紀「な、何やってるっすか、やめてください!オフィスっすよ!」
後輩P「そうっすよ。……両手を顔まで上げて……掴みかかるっすか?やめた方がいいっすよ」
P「黙れ!」バッ
後輩P「おっと」パンッ
P「アルプス一万尺こやりのうーえで!」パンパンッ
後輩P「アルペン踊りをさあ踊りましょう!」パンパンッ
P&後輩P「ヘイッ!」パンッ
沙紀「何やってるっすか、やめてください!『ヘイッ!』じゃないっすよ!大の大人2人が!」
後輩P「まったく……。いきなり暴力をふるって……。許されると思ったっすか?」
沙紀「あれは暴力だったんすかね」
後輩P「……いきなり両手掴みかかり風ハイタッチからのアルプス一万尺を仕掛けて……。許されると思ったっすか?」
沙紀「言い直したっす……」
P「つい感情が高ぶって……」
後輩P「ともかく、そこまで言うのなら証明してほしいっす。ライブバトルを通して、そちらの実力を!」
P「……なあ、戸中居……。お前はなんでそんなに俺たちのことを……?」
後輩P「……自分はアンタが鬼上と繋がっていると見ているっす。そして、今台頭しているフェアリーα……。これを鬼上の『最後』の作品と、そう考えているっす」
P「……」
後輩P「つまり、ここでビューティガールズを……アンタを越えれば……。鬼上の去ったあと自分にフェアリーαのプロデューサーの鉢が回ってくるかもしれないっす……」
P「『再編成』の噂を信じているのか……?」
後輩P「……藁にでも縋り付くしかないっすよ……今の自分は……。失礼するっす」スッ
ガチャッバタン
P「……アイドルに聞かせる話じゃなかったな……。先に部屋を出てもらえばよかった……。すまない」
沙紀「それよりも、まいったっすね……。詳しく訊きたい重要キーワードが多すぎるっす!」
―――同日 午前10時30分
P「さて、何から話したもんか……」
沙紀「もひとつもらっていいっすか?」モグモグ
洋子「うん、さっき外まで出たついでにいっぱい買ってきちゃったからどんどん食べて!」モグモグ
雪菜「おいひいでふねぇ、このたこ焼き……」モグモグ
洋子「あははっ、雪菜ちゃん頬っぺた膨らませて、リスみたいっ!」
P「……ねえ、みんな。一回聞いて」
洋子「まあまあ、プロデューサーもおひとついかがですか?」
P「……一個くれ」
洋子「はいっ、あーん」
P「あー……んっ……。うん、うまいなこれ……。どうした?洋子」
洋子「あああ……勢いであーんってしちゃった……どうしよう……」カアアッ
沙紀「……洋子さん……、やってから事の重大さに気づいて悶えてるっす……!雪菜ちゃん見たっすか?すごく胸にきゅんとくるっす……!」バシバシ
雪菜「あん、沙紀ちゃん、私の背中叩かないでぇ」
P「なんで沙紀まで顔真っ赤にして悶えてるんだ……」
洋子「あーんって……あーんって……」
沙紀「凄くきゅんきゅんするっす……!」バシバシ
雪菜「沙紀ちゃん、痛いよぉ」
P「えっと、みんなほんとに聞いて。ねえ……。戸中居のグループとの今度のライブバトルについての話なんだが……」
洋子「そうだ、さっきの人!本当に感じの悪い人でしたね」
雪菜「あの人デコさんの後輩さんなんですよね……?」
P「ああ。大学を出て昨年の春から入社。24歳の若手だ」
沙紀「えっと……。デコさんって何歳でしたっけ」
洋子「私との差が8歳だから……28ですよねっ!」
P「ああ、そうだよ……。どうした?沙紀」
沙紀「洋子さん、デコさんの歳を自分との年齢差で把握してるっす……!きっとそんな感じの想像をしたことがあるやつっす……!」バシバシ
雪菜「あん、沙紀ちゃん、私の背中叩かないでぇ」
沙紀「……この気持ち……。昔友達と一緒に恋愛映画を見に行った帰りの電車での気分を思い出すっす……」ゼェゼェ
雪菜「沙紀ちゃんがもうへとへとぉ……」
P「……話進めるぞ。まあ、年齢的には俺も戸中居とそう変わらない。分類的には同じ若手といってもいい程度のキャリアだ」スッ
P「ミツバは超実力主義ゆえ、多少の年齢差による序列は実力差で簡単にひっくり返る……。そして、戸中居は新人だてらに何人もの人気アイドルをプロデュースしている」スタスタ
P「一方で俺は入社以来数年、幾人かのアイドルを担当したものの大きな結果を残せていたとは言い難い」シャーッ
P「つまり……」カシャシャッ
P「ナメられてるんだよ!」バーン
沙紀「かっこつけて言うことじゃないっすよ!なんでわざわざ窓のブラインドをおろして指で押し下げて隙間を作ってから言ったっすか」
P「無理を言って連れてきた手前、俺がスカウトからずっとプロデュースしてる洋子には本当に申し訳ない事をしたと思ってるよ。ビューティガールズ結成まで我慢をさせてすまなかったな」
洋子「そんな……謝らないでください!私はプロデューサーと一緒に今まで頑張ってこれただけでも……」
雪菜「……洋子さん、ちょっと待ってください!それ以上言ったら私と沙紀ちゃんが死んじゃいますよぉ!」
沙紀「~~~!!!~~~!!!」バシバシバシ
P「……沙紀がもう声になってない声を上げて雪菜の背中を叩き続けてる……」
沙紀「……っ!……っ!」ゼェゼェ
P「沙紀、本当に大丈夫か……?悶えるのを通り越して……なんか、痙攣してるぞ……?」
雪菜「……小さい声で、『もう露骨じゃないっすか……!』って何度も言ってます……」
洋子「11月なのに汗びっしょりだね……」
沙紀「……ごめんなさい……もう大丈夫っす……」ゼェゼェ
雪菜「沙紀ちゃんほんとに死んじゃいそうだったよぉ……無理しないで……」
P「それで……、戸中居の話だったな」
洋子「そうですよ……あの人の態度……とてもただプロデューサーのことを甘く見てるとかそういう感じじゃありませんでした」
雪菜「そういえば、デコさんのことを『オニガミ派』がどうとか言ってましたよねぇ……」
沙紀「オニガミ……鬼上さんと何か関係があるっすか?」
P「……鬼上さんはこの業界では知らない人のいないほどのプロデューサーだった。あの人にあこがれてこのプロダクションのプロデューサーを目指す者もいた。おそらく、戸中居もそうだ」
洋子「……」
P「だが、鬼上さんはおよそ二年前にプロデューサー業を引退、今はプロデューサー部門の部長として仕事をしている……。つまり、前線に出てこなくなってしまった」
沙紀「それが……どうかしたっすか?」
P「戸中居が入社したのは去年……。ちょうど鬼上さんの引退と入れ違いだ」
雪菜「憧れの人が、入れ違いでいなくなってしまったってことですか……」
P「そうだ……。それに加え、あいつにとってもっと面白くなかったものが鬼上さんが残したものだ」
洋子「残したもの、ですか?」
P「鬼上さんはプロデュース業の傍らで何人かの若手プロデューサーの育成もしていた。つまり……」
沙紀「なるほど……自分はたった一年の入れ違いで憧れの人と同じところに立てなかったのに、プロダクションには同じところにいたどころか、直接指導されたプロデューサーもいたってわけっすか……」
雪菜「面白く思わないのもわかる気がしますねぇ……」
P「……そして戸中居だけじゃなく、そんな境遇の新人プロデューサーたちが集まり、いつしか俺も含めた、鬼上さんに直接育てられ、目をかけられていたプロデューサーたちを一纏めにして呼ぶようになった、それが……」
洋子「オニガミ派……ですか」
P「戸中居はその新人グループの中でも特に優秀な成績を出し、実力を見せつけたプロデューサーだ。憧れの人の指南も受けられない中、自分の実力で成り上がろうと必死な訳だ」
雪菜「……」
P「……そんな折、実力としては格下と見ていた……言うなればナメていたオニガミ派のプロデューサーのうちの一人の担当アイドルが突然一足飛びに売れだした。……だから……」
沙紀「鬼上さんの権力の干渉を疑ってしまった、ってわけっすか……」
洋子「……子供みたいな難癖じゃないですか……」
P「これだけは誓って言おう。お前たちの人気、そしてCDの売り上げ……これに関しては一切やましいことなんかない。純粋にお前たちの素質によるものだ。そこは信じてほしい」
洋子「私は、プロデューサーがそんな卑怯なことをする人だって思ってませんよっ!」
P「洋子……ありがとうな」
沙紀「でも、上の立場の人の干渉での不正を疑ってるならなんでわざわざ正面から突っかかってきたっすかね……?」
P「いや、疑っているからこそライブバトルで勝負を挑んできたんだろうな……」
洋子「どういうことですか?」
P「ライブバトルは同じステージでそれぞれのグループが続けて曲一曲分くらいの短い時間パフォーマンスをし、数人の中立な審査員の審査と、会場の客全員の投票結果を総合して最終的な勝敗が決まる」
雪菜「なるほどぉ……。それならたとえ審査員を懐柔して勝っても、審査結果とお客さんの投票結果の間に大きな剥離があれば、その結果は信用できないってことになりますね……」
P「なにせ今はアイドル自体の人気が高い戦国時代。ある程度以上会場が大きければ、出場グループの特別のファンではない、浮動票をもつ客は全体の半分以上を占めるというからな」
沙紀「その点については公平な仕組みってことっすね……」
洋子「……そういえば、これって賞品とかあるんですか?」
P「いいや。……強いて言うならこの公平な環境の中での勝敗の記録と小さなバッジ……それだけだ」
洋子「戸中居プロデューサーにしてみれば公平な記録はかなり価値がありますね……」
P「逆に、俺たちにしてみれば受けざるを得ないといった勝負だ……。公平な勝負である以上降りたら戸中居の疑いを肯定しまうことになりかねない」
沙紀「……だからデコさんはあんなにあっさりと勝負を受けたんっすね……」
P「俺の面子以上に、お前たちの名誉のためでもあったんだ。勝手に決めてすまなかったな……」
雪菜「そんな、謝ることなんてないですよぉ!」
P「……沙紀、同業者に目をつけられるっていうのはこういうことだ」
沙紀「難儀な話っすね……」
沙紀「そういえばさっきデコさんたち、最後に気になることを言ってたっすね」
洋子「へえ、どんな?」
沙紀「フェアリーαが鬼上さんの『最後』の作品だとか、『再編成』だとか……」
P「わざわざ二重カギカッコで囲んだからな」
沙紀「二重カギカッコとか言わないでほしいっす」
P「最後の作品ってのについてはそのままの意味だ。実は今年度の三月をもって鬼上さんはこのプロダクションを退職するんだが……」
洋子「初耳ですね……」
P「まだ本人の希望の段階だからな……。ミツバも今以上の役員のポストで引き留めたらしいが、定年を区切りに今度は裏方としてではなく客席の方からアイドルを応援したいと言っていてな」
雪菜「ということは……」
洋子「……さっきも言ってましたね。非公開のフェアリーαのプロデューサー、それが鬼上さんだっていう噂があるって……」
P「まあ……あくまで噂だがな。フェアリーαはミツバの人気グループのセンター級のアイドルやソロで人気のアイドルを集めた、いわばミツバの集大成ともいえるグループだ」
雪菜「長いあいだこのプロダクションを引っ張ってきた鬼上さんが最後に作り上げるグループとしては申し分ないってことですかぁ……」
沙紀「戸中居プロデューサーは噂だとは思ってないみたいっすけどね……」
P「再編成も鬼上さんの退社がらみの話だよ。これも確定ではないがな……」
沙紀「戸中居プロデューサーが、それでフェアリーαの担当を任されるかもしれないって言ってたっすね」
P「プロデューサー部門の現部長たる鬼上さんが退社すれば、部門の勢力が大きく変わる。新しい部長の意向によってはプロデューサーとその担当の配置も大きく変わることになる」
雪菜「それが再編成……ですか……」
P「さらにそれだけじゃない。ある程度実績を上げているプロデューサーなら、その際に意見を通しやすくなる……」
沙紀「……特にフェアリーαが本当に退社する鬼上さんの担当なら……」
洋子「実績のある人ならだれでもプロデュースを引き継げるかもしれないってことですね……」
P「だからこそ戸中居もビューティガールズを越えてさらに実力を見せつけたいと、そう思ってんだろうな……」
沙紀「まったく、困ったもんっすね……」
P「直接指導を受けたからって、それが偉いわけじゃない。俺だって鬼上さんに認められてるわけじゃないからな……」
洋子「プロデューサー、いまだに鬼上さんに『デコスケ』って呼ばれてますからね……」
P「洋子ぉ……なんで言っちゃうんだよ……」
沙紀「というか、まだそう呼ばれてるんっすか」
―――同日 午前11時30分
P「……おっと、もうこんな時間か。どうだ軽く飯でも食いに行かないか?」
洋子「プロデューサーっ!それってまさか……?」
P「もちろん俺の奢りだ」
雪菜「さすが太っ腹ですね!デコさん!」
沙紀「……ほんとに軽くっすよ?たこ焼きたくさん食べちゃったっすから……」
洋子「そういえば、あんなに買ってきたたこ焼きがいつの間にか無くなってるね……」
雪菜「ライブバトルまでにスタイルを崩すわけにもいかないですし……」
P「そうだなあ……みんな自分が何個くらい食べたかわかるか?」
沙紀「アタシは五個っす」
P「沙紀はそんなもんか……」
洋子「私は七個ですね!」
P「洋子は結構いったな……」
雪菜「私はそのぉ……十個です……」
P「雪菜……!?ほんとにかなりいったな……」
洋子「でもまだまだ買ってあったはずだけど……」
沙紀「ええっと……デコさんいくつ食べたっすか?」
P「十六個」
沙紀「ダントツで食べてるじゃないっすか!」
洋子「プロデューサー、本当に太っ腹になっちゃいますよ……」
沙紀「あのシリアスな話の合間によくそんなに食べたっすね……」
P「成人男性ナメるなよ」
雪菜「逆にシリアスな空気だからちょっとおなかが減っちゃったというか……」
沙紀「雪菜ちゃん!?そんなキャラじゃなかったでしょう!」
洋子「まあまあ。ご飯行くんですよね?低カロリーでヘルシーな料理を出すいいお店知ってますから、そこに行きましょう!」
P「まあ、暗い話も多かったからな……気分転換がてらとりあえず外出よう、な……」
雪菜「そうだよぉ、沙紀ちゃん!」
沙紀「まあ、そうっすね……」
P「その代わり、今日の午後からのレッスンは厳しくしてもらうからな。なんせライブバトルは一週間後なんだ」
洋子「やっぱりそうですよねー……」
P「よし、鍵かけちゃうからみんな先出ていてくれ」
洋子「はーいっ!」
雪菜「はぁい」
沙紀「はいっす」
ガチャッバタン
P「……よし、あと電気を消して……」
沙紀「……」
P「あれ、沙紀。二人と一緒に出てなかったのか?」
沙紀「ちょっと、訊きそびれたことがあったっす」
P「……」
沙紀「さっき戸中居プロデューサーの話で、洋子さんとデコさん、ビューティガールズの成功がなければ芸能界を引退するって言ってたっすけど……どういうことっすか?」
P「……」
沙紀「いや、訊きそびれたっていうのは言い訳っすね……洋子さんがいなくなるタイミングを待っていたっす……」
P「……沙紀。悪いけど、今はその話に答えたくはない」
沙紀「……そうっすよね……。ごめんなさい。ちょっと、不躾な質問だったっす」
P「悪いな……」
沙紀「……不安っすよ……。最年長の洋子さんや、引っ張ってくれるデコさんがいきなりどこかに行っちゃうかもしれないっていうのは……」
P「心配するな……俺たちはいなくならない。近いうちに……話せるさ……。必ずな……」
―――1週間後 11月15日 午後1時 ビッグホール『クローバー』 ビューティガールズ控室
雪菜「はいっ、できた!沙紀ちゃんカワイイ~!」
沙紀「ありがとっす……。うん……動きづらいっすね……」
洋子「今日のライブバトル本番の衣装、みんなそれぞれのイメージカラーと近い色のスパンコールドレスだからね……」
沙紀「ジャラジャラのキラキラで……ほんとにアタシに似合ってるっすかね……?」
雪菜「大丈夫だよぉ。カワイイから自信もってぇ」
洋子「今回の私たちのメイクは雪菜ちゃんのデザインなんだよね」
雪菜「はい。スタイリストさんと相談して、私が直接メイクすることになったんですよぉ!」
沙紀「そういえば、デコさんはどこ行ったっすか?」
洋子「今ちょうど戸中居プロデューサーの担当グループがリハーサルしているから、その視察に行ってるんだって」
沙紀「しかし、こんなおっきい会場でライブだなんて……緊張するっすね……」
洋子「このクローバーホールではよくミツバプロのタレントが公演やライブをしてるんだよ」
雪菜「ちょうど午前中にもうちのプロダクションのアイドルグループが独演ミニライブをやったらしいよ」
沙紀「へえ……あっ、チラシがあるっすね……。午前にやったのは……フェアリーαのミニライブ……っすか……」
洋子「最近よく興行してるからね、フェアリーαのライブ……」
沙紀「CDとかの売り上げや登場時期を考えれば、アタシたちの直接のライバルっすからね。……どうしても意識しちゃうっす」
雪菜「でも、今まで直接メンバーと会ったことはないよねぇ……」
洋子「まあ、まずはフェアリーαのことより、今日のライブバトルの相手についておさらいしようか」
沙紀「戸中居プロデューサーの担当グループのひとつ、『ホーリーナイトスターズ』っすね……」
雪菜「イヴ・サンタクロースさん、望月聖ちゃん、宇佐こずえちゃんの三人だったっけ……」
洋子「10月から1月、冬の期間限定で結成されたグループだったよね……」
沙紀「イヴさんの動物を使った演出、聖ちゃんの圧倒的な歌唱力、こずえちゃんの見た目のかわいらしいパフォーマンスでウケてるらしいっすね」
洋子「それだけじゃなくて、見た人をあっと言わせるような特別な演出もあるとか……」
ガチャッバタン
P「戻ったぞ……。おっ、ずいぶんきれいに仕上がってるじゃないか」
雪菜「おかえりなさぁい」
P「これがホーリーナイトスターズのリハーサルを見てきたメモだ。走り書きだけど目を通してくれ」ペラッ
沙紀「へえ……アタシたちも衣装準備がなければ客席から見てみたかったっすね」
洋子「読み上げるね。えっと……『舞台の中央、照明が落とされ暗い中ヒジリのみにスポットが当たり、曲を歌いだす。前奏に入ってから照明が入りイヴとコズエが歌いながらダンスを始める』」
雪菜「なるほど、ここまではオーソドックスですねぇ」
洋子「『基本はステージの真ん中でコズエとヒジリがメインで歌、イヴがメインでダンス。サビの部分で三人一緒に歌う』」
沙紀「あっと言わせるような演出があるとかいう話っすけど、まだみたいっすね」
P「まあ待て。ここからがクライマックスだ」
洋子「えーと『曲のクライマックス、トナカイPが客席からリモコンでスイッチを操作し主照明を消灯。照明は下向きスポットライトのみ。アイドルたちの顔もよく見えないほど薄暗いステージ』」
沙紀「おっ、ここから何かが始まるっすね……」
洋子「『そこにイヴの相棒、電飾を巻かれたトナカイのブリッツェンが登場』」
洋子「『舞台を軽やかに駆け回るトナカイ、そこでトナカイがスイッチ操作でトナカイに巻かれた電飾を点灯』」
沙紀「えっと……」
洋子「『七色に光るトナカイ!スイッチを再び操作しステージの主照明を点灯させるトナカイ!明るくなったステージで笑顔を振りまくアイドル達!ステージを駆けるトナカイ!』」
沙紀「ちょっと待ってください!全然内容が頭に入ってこないっす!」
洋子「プロデューサー、なんで人の名前を全部カタカナで書いちゃったんですか……」
雪菜「イヴさんの相棒なんだか戸中居プロデューサーなんだかわからなくなっちゃいましたね……」
P「いや、薄暗い中で急いで書いたから……」
沙紀「……本当のところは?」
P「走り書きでは人名カタカナ表記がかっこいい気がしてやってるうちにいつの間にか癖になっちゃってるんだ……。何言わせるんだよ!」
沙紀「デコさんは本当にカッコつけたがりっすね……」
雪菜「でもわかりますよぉ、私も形から入るタイプですしぃ。アイドルになってからサインの練習もたくさんしましたよぉ。おんなじですね!」
沙紀「それはちょっと違うんじゃ……」
洋子「あっ、私もだよ!沙紀ちゃんは?」
沙紀「……したっすよ。……だって、アイドルといったらサインじゃないっすか!」
P「俺もそう思うぞ!プロデューサー始めてからサインの練習もしてた!」
沙紀「デコさんがやるのがおかしいんすよ」
沙紀「というか、客席の戸中居プロデューサーが照明の操作をするんっすか?」
P「それが戸中居はそういう機械系に強いらしくてな。リモコンで操作できる照明を開発してステージに主照明として取り入れるそうだ」
雪菜「凄いですねぇ……」
洋子「……あっ、ちょっと待ってください。このメモ、まだ続きがありますね!」
沙紀「まあそうっすよね……。すっかりカタカナ問題に気を取られてたっす」
洋子「『トナカイが駆ける中イヴ、ヒジリ、コズエがステージの真ん中に集まり雪をステージ上に降らせる』」
洋子「『そしてその雪の降りしきり、積もる中三人プラストナカイで集まって最後のキメポーズ』……これで終わりですね」
沙紀「えっと……雪を降らせる……っすか……?」
雪菜「あっ、きっと舞台装置か何かじゃないですか?!」
P「いや、戸中居曰く、三人による合体魔法らしい」
沙紀「いや、合体魔法ってなんっすか」
P「この時期にイヴ、聖、こずえの三人でステージに上がると雪を降らせる合体魔法を使えるようになるのを戸中居が見つけたらしい」
沙紀「だから合体魔法ってなんっすか!」
P「……沙紀、悪いけど頭を切り替えろ」
沙紀「頭を切り替えるってなんっすか……」
P「これが、その『雪』の現物だ」コトッ
雪菜「この瓶入りのものが、ですか……」
沙紀「白くてひんやりさらさらしてて……見た目はどう見ても粉雪っすね……」
P「だけど見ての通り、常温下で瓶に入れて持ち運んでも溶けてべとついたりはしていない。だが、こうして人肌に直接触れると痕跡も残さず消える」サラサラ
フワッ
洋子「ほんとに消えちゃった……」
P「さらにこの『雪』、降らせて二時間程度……ちょうど舞台片づけの時間になると自然に、これまた痕跡も残さず消える。便利な代物らしい」
沙紀「もう何でもありっすか!」
洋子「これが噂の驚くような演出ですか……」
P「海外の論文とかでもテーマになったらしいぞ。あまりの不思議さからこの現象を『物理学会への挑戦』の通称で呼んでいるとか……」
沙紀「間違ってもアイドルのステージ演出につけられる通称じゃないっすね……」
P「とにかく以上が相手のステージの事情だ。何か聞きたいことがあるか?」
洋子「相手のステージが終わってから私たちの出番はすぐなんですよね。だったら、積もらせた雪はどうするんですか?」
沙紀「洋子さんは飲み込みが早いっすね」
P「基本的には照明トラブルとかがない限り待ったは無く、そのまま進行するからな……。スタッフさんが隙間を縫って後ろの方に寄せてくれるらしい」
洋子「温度で溶けないのはそういうときにも便利ってことですね……」
雪菜「……もう一つ、直接関係ないですけれど……。ステージ見取り図の客席側の両端に書いてある、この大きな丸の中にばってんが入ってる記号ってなんですか?」
P「ああ、それは午前中のフェアリーαがライブMC演出で使った機材だよ。他は片づけたけどそれは重くてがっちり固定されてて危ないから今日の公演が全部終わってから撤収するんだって」
洋子「へえ、なんですか?」
P「大型強力扇風機。借り賃がすごく高かったらしいぞ」
雪菜「……フェアリーαがそれを使ったんですか?」
P「なんでもメンバーの池袋晶葉が発明した『どんな風の中でも自由に動かせるドローン』を実演したらしい」
沙紀「アイドルのステージでそれをやったんすか……」
P「発明はすごかったらしいぞ。海外のメディアで『物理学会の常識を根底から覆す』って騒がれたとか……」
沙紀「ホーリーナイトスターズといいフェアリーαといいなんで物理学会にこぞって喧嘩売ってるんっすか……」
P「まあ、相手は派手な演出をぶつけてきてるが俺たちにも強みがある」
洋子「持ち歌の、higher beautysですね!」
P「そうだ。今日の衣装もあの静かで感動的かつ力強い曲に映えるように設定したつもりだ」
雪菜「メイクも私たちの歌にぴったりに仕上げましたよぉ!」
沙紀「発売から二週間たって、こないだやった発売記念プロモーションミニライブで歌ったときはお客さんにだいぶ認知されていたっすね」
洋子「曲中の動きでセンターに立つメンバーに合わせてそのイメージカラーにサイリウムの色を合わせたりしてくれていましたよね!」
P「いいことだな。今日も会場一体になって盛り上げてくれるようなファンが多ければ、決して勝機が無いわけじゃない」
洋子「なるほど!みんなで頑張っていきましょう!」
P「……そうそう、そういえば本番について、ひとつ言っておかなければならないことがあったんだ……」
雪菜「えっ、なんですか……?」
―――同日 午後1時30分
沙紀「……デコさん、それ本当っすか……?」
P「戸中居も必死だ。おそらくは……」
洋子「そんな……」
P「とにかく、向こうも必死ならこっちも負けられない。まあ、大事なのは……気持ちで負けないってことだな」
雪菜「気持ちで……ですかぁ……」
コンコンッ
「ビューティガールズの皆さん。リハーサルの準備が整いましたので、準備をおねがいします」
P「さ、リハーサルだな。みんな……大丈夫だからな。自信を持って臨め」
沙紀「はいっす!」
雪菜「はぁい!」
洋子「はい!」
―――同日 午後5時15分 ビッグホール『クローバー』 大ホール客席 関係者席
後輩P「……ホーリーナイトスターズは本番でも完璧にステージを演じた……」
後輩P「ビューティガールズの出番……クライマックスのシーンでこのリモコンを操作して……」
P「……照明のレベルを抑えてパフォーマンスを客席から見えなくする……か?……本番前は疑い程度だったが……」
後輩P「……井手センパイ……いつから……」
P「……案の定ホーリーナイトスターズのパフォーマンスで主照明を一度消す前と再点灯した後、照明の出力レベルが注意していなければ気づかない程度だが、確実に落ちていた。それで確信したよ」
後輩P「……」
P「そちらのステージではそれでも問題ない。電飾を付けられたトナカイのブリッツェンの光と、三人が降らせた雪の反射で暗い照明でも十分に見えていたからな」
後輩P「……センパイ、あなたのアイドルのステージに自分が細工したと、疑っているっすか?」
P「細工するまでもない。ステージは引き継がれすぐにビューティガールズの出番だからな……照明のレベルの低下は気づかれず続行する……。そこでさらにお前は照明のレベルを落とそうとしている」
後輩P「……」
P「……完全に消灯すればトラブルとして待ったがかかる。だがわずかに点灯していれば演出の範疇としてみられる。その時アイドルの姿が見えないほど暗いなら、審査員にも客にもいい印象は与えない」
後輩P「……バレていたっすか……」
P「同じプロダクションのグループのバトルならステージスタッフも演出を詳しくは調べない。恐れ入ったよ。だけどな、戸中居。悪いことは言わない。やめておいた方がいい」
P「ほら見ろ、ステージを……。もう曲もクライマックスに入ろうとしている。客もみんな、こうして会場一体でサイリウムを振ってくれている……。作戦も見破られて……これでも妨害するのか?」
後輩P「……自分はこんなところで躓くわけにはいかないっす……もう、後戻りはできないっすよ!」ピッ
P「……ステージの照明が暗くなってきたな……」
後輩P「これでステージが見えなく……ならない……?」
ワアアアアアッ!
後輩P「……そうか、薄暗くしたことで客のサイリウムの光が却ってスパンコールドレスのビューティガールズを幻想的に浮かび上がらせて……」
P「……よし、思い通り。だがパフォーマンスを魅せるにはまだ足りない……。だから、もうひとつ仕掛けをしておいた。たぶんもうすぐ……」
ビュオオオッ
ブワッ
P「ようし……」
後輩P「ステージ両端の大型扇風機が起動して……ホーリーナイトスターズが降らせて後ろに寄せられていた雪を巻き上げた……?」
P「……サイリウムの光とステージのわずかな照明を、雪と彼女たちのドレスが反射して薄暗いステージを照らす……ずいぶんロマンチックな演出じゃないか」
後輩P「……センターに立つアイドルが変わるたびにファンがライトの光を切り替えて、ステージ上の印象も次々変わっていく……」
後輩P「……完敗っすね……」
P「……貸しひとつって事にしとくよ」
後輩P「……どういうことっすか」
P「だから、この公平な舞台で堂々と妨害……今回は目をつぶってやる。結果として、いい演出にもなったしな」
後輩P「……」
P「……まあ、でもさ、どうしても引けない場面があるっていうのはわかるよ。気の迷いでこんな小細工する気持ちもわかる。俺にだってそういうことはある」
後輩P「……」
P「だからこそさ、せめてステージではもう少し担当のアイドルを信じてあげてもよかったんじゃないか?……そうすれば、きっと応えてくれたさ」
後輩P「……かっこつけてるんじゃないっすよ」
P「ははっ……全く同じことをアイドルにもよく言われるよ」
後輩P「ふう……。……きれいっすね……。ビューティガールズのステージ……」
P「……ありがとうな……。俺はもう行くよ。あいつらを迎えに行かなきゃ」スッ
後輩P「……」
―――同日 午後6時 ビッグホール『クローバー』 舞台裏廊下
雪菜「見てください!ライブバトル勝利のバッジですよぉ!」
洋子「まさか、本当にプロデューサーの言ったとおりに照明が落ちてその上扇風機まで起動するとは思いませんでしたよ……」
P「まあ、俺はプロデューサーだからな」
沙紀「理由になってないっすよ……」
雪菜「でもデコさん、よくフェアリーαが使った扇風機を使わせてもらえましたねぇ」
洋子「もしステージで照明が落ちたら扇風機のスイッチを最大出力で一瞬だけ入れてもらうようにスタッフさんにお願いしたんでしたっけ?」
沙紀「レンタル料も高いって言ってたし……相当無茶なお願いだったんじゃないっすか?」
P「まあ……俺は……その……プロデューサーだからな」
沙紀「だから理由になってないっすよ……痛っ!」ドンッ
「あっ……ごめんなさい、怪我はありませんでしたか?」
沙紀「いやいや、こちらこそ……みんな前を向いていなくて……申し訳なかったっす」
「お怪我がないようなら、よかったです……。失礼します」ニコッ
スタスタスタ……
洋子「みんな揃って前方不注意でしたね……」
沙紀「それより今の子……」
雪菜「フェアリーαのセンター、高森藍子ちゃん……ですね」
P「……」
―――同日 同時刻 ビッグホール『クローバー』 関係者出入り口
藍子「ふう……」
藍子「……いいなあ。仲が良くて……」
―――翌日 11月16日 午前10時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
ガチャッバタン
P「みんな、いるか!?」
洋子「……揃ってますけど……」
雪菜「どうしたんですか?そんなにあわてて……」
P「朝の会議でとんでもないことが決まった……いや……」
沙紀「……」
P「いいニュースと悪いニュースがある」キリッ
沙紀「だからそれ失敗するんすからやめましょうよ!」
P「まあまあ、聞いてくれ……まずはいいニュースからだ。年末のミツバプロダクションクリスマススペシャルライブ……その大トリのライブバトルの出場にビューティガールズ推薦された」
雪菜「えっと、クリスマススペシャルライブってミツバプロのアイドルが毎年クリスマスに揃ってやるお祭りライブですよね……」
洋子「ひょっとしてその大トリのライブバトルって……」
P「そうだ。今年一年を通してもっとも人気や注目を集めた、いわばミツバの今年のトップアイドルを決めるためのバトルだ」
沙紀「それにアタシたちが……?すごいじゃないっすか!もちろんその話、受けるっすよね!?」
P「……悪いニュースってのはそれについてだ」
洋子「……どういうことですか?」
P「……そのライブバトルの相手はすでにフェアリーαで決まっている」
雪菜「ううん……、確かに今年の注目アイドルですからね……」
P「そのフェアリーαのプロデューサーがうちに、このライブバトルに出場するならと、とんでもない条件をつけてきた」
沙紀「……フェアリーαのプロデューサーに会ったっすか?」
P「……いや、電話越しだ。知らない男の声だったよ……」
洋子「それで、その条件っていうのは?」
P「このライブバトルでビューティガールズが負けたとき、ビューティガールズを解散させること……。それが条件だとさ」
洋子「えっ……」
雪菜「そんなぁ……」
沙紀「……デコさん……」
P「……」
沙紀「そのいいニュースと悪いニュースのやつ、初めてうまくいったっすね……」
P「今それ関係ないだろ!」
2 破「晴れのち雨、ときどき雪」(前編)終わり
3 破「晴れのち雨、ときどき雪」(後編)に続く
明日12時ごろよりおまけの投下を、22時より第三話の投下を行います
おまけの投下を行います
2.5 幕間2「ドキドキ、お泊り会」
―――12月5日 午後6時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
雪菜「戻りましたぁ」ガチャッ
沙紀「おっ、雪菜ちゃん!パースッ!」ポーンッ
雪菜「えっ、きゃっ……なにぃこれぇ……?」パシッ
洋子「雪菜ちゃん!こっちにパスっ!」
雪菜「は、はぁいっ!パス!」ポーンッ
パシッ
洋子「ようし、沙紀ちゃん!……と見せかけてもう一回雪菜ちゃんパースっ!」ポーンッ
ガチャッ
P「今戻ったぞ……うおっ!」ガッ
バタン
洋子「あ……プロデューサー……」
雪菜「頭に当たって……伸びちゃいましたねぇ……」
―――同日 午後6時5分
P「そこに3人整列」
洋子「うぅ、はい……」
沙紀「はいっす……」
雪菜「私参加してないのにぃ……」
P「洋子、お前たちが投げ合っていたこのパンパンの45リットルゴミ袋はなんだ」ヒョイッ
洋子「それは、ずっとシュレッダーのごみを入れてきた袋ですよ。いっぱいになって捨てようと思って口を縛ったらいい具合に投げやすかったから……」
P「投げ合いっこしてたのか……そういうのは最年長の洋子、お前が止めなきゃダメだからな……。沙紀、お前も!普段は止める側だろ?」
沙紀「いや、ちょっと……友達でお泊りなんて久しぶりだからテンションが上がっちゃって……」
P「ちょっと反省しろよ……机の上とか倒れたらいけない大事なものも結構あるんだから……。雪菜!」
雪菜「は、はぁい……」
P「鍋パーティの買い出し行ってくれたんだよな。このドアのところに落ちてる袋か?」
雪菜「……よかったぁ……怒られるかと思いました……」
洋子「うん、鍋の材料の野菜お肉とお菓子に飲み物……揃ってるね。雪菜ちゃんありがとう。……あれ?」ガサガサ
雪菜「っ!……ど、どうしたのぉ……?」
洋子「雪菜ちゃん、買い物メモに春菊あったよね。袋にないけど、買い忘れ?」
雪菜「あのぉ……そのぉ……実は春菊はちょっと苦手で……」
沙紀「……わざと買ってこなかったっすか……。好き嫌いはよくないっすよ?」
P「沙紀は好き嫌いがないのか?」
沙紀「当たり前っすよ。なんでも食べる子アートの子っす」
P「アートの子ってなんだよ」
洋子「春菊……無ければ無いでもいいけど、ちょっと彩りが足りないよね……」
P「こんなこともあろうかと俺が春菊だけ買ってきておいたぞ」ガサッ
沙紀「どんなことがあると思ったっすか」
雪菜「結局入れちゃうんですか……」
雪菜「ところで、このゴミ……どうしますか?」
沙紀「……雪菜ちゃん、今指さしたのはデコさんがさっきから持ったままのシュレッダーのゴミっすよね?誤解を招くから指さしてそんなこと言うのはやめた方がいいっす」
雪菜「あっ、ごめんなさい、デコさん!そんなつもりじゃ……」
沙紀「いや、そうじゃなくて……デコさん、いま雪菜ちゃんに指さされて『このゴミ』って言われたとき、目の色が変わったんっすよ……」
P「雪菜……恥を忍んで頼むんだが……。録音したいからもう一回言ってくれないか?」
沙紀「デコさん、その恥は忍んでほしいっす」
雪菜「えぇっ!デコさんって女の子にいじめられて喜ぶ変態さんだったんですかぁ?!」
沙紀「雪菜ちゃん、その言い方良くないっすよ?」
洋子「プロデューサーの……ええっと、その……あほー……。どうですか……?」
沙紀「洋子さんはほんと健気っすね」
―――同日 午後7時
P「まあ、今くらいの時間になるともうゴミ捨て場も鍵かかっているからなぁ……。ここに置いとくしかないか」
洋子「そうですね。隅っこに置いておきます」
雪菜「時間も遅くなってきましたねぇ。お鍋の準備しちゃいましょう」
沙紀「……そういえば今くらいの時間にこうしてみんな揃って事務所にいるのはあんまりないっすね」
雪菜「収録が押して遅くなったら、荷物とかを取りに来るだけだからねぇ」
洋子「今回のお泊り鍋パーティ企画は雪菜ちゃんの発案だったっけ」
雪菜「そうですよぉ~。寒くなってきましたし、お鍋でみんなであったまろうと思って……」
P「……本当はよくないんだろうけどな。俺も泊まり込みで仕上げたい企画書があってここにいるし、女性社員用の仮眠室も空きがあるし、たまにはこういう雰囲気もいいかと思ってな」
『~~♪』
P「……おっと、電話だ。ちょっと廊下で出てくるな」スッ
ガチャッバタン
沙紀「今のデコさんの着信メロディ、私たちのデビューシングルっすよね」
洋子「発売日、ええと……一ヶ月くらい前から設定してたね」
沙紀「ああ、そういえば発売からちょうど一ヶ月くらい経つっすね……」
雪菜「……CD発売からもいろいろあったねぇ」
沙紀「そうっすね……。ホーリーナイトスターズとのライブバトルを皮切りにいくつかのグループとライブバトルしたり……」
雪菜「ラジオやテレビでたくさんプロモーションしたり……」
洋子「プロデューサーの携帯、相手によって着メロ変えられないから、上の厳しい人からの着信で私たちの曲が流れてつい吹き出しちゃったのが本人にバレてどつかれたり……」
沙紀「……今のデコさんの話、関係ありました?」
洋子「……無かったけど会話に入りたかったの……」
雪菜「まあ、面白かったですけどぉ……」
沙紀「やめてほしいっす、雪菜ちゃん。今の話、噛みしめたらじわじわ笑えてきたっすから……」
ガチャッバタン
P「戻ったぞ。よし、鍋始めちゃおうか」
洋子「……雪菜ちゃん、沙紀ちゃん……こらえてね。また私が禁酒になっちゃうから……」ヒソヒソ
雪菜「……はぁい……」プルプル
沙紀「頑張るっす……」
P「……?どうしたんだ?」
洋子「な、なんでもないですからっ!ほらっ!お鍋!カセットコンロふたつ借りてきて私と雪菜ちゃんでセットしたんですよ!」
雪菜「洋子さん特製のもつ鍋と私のきりたんぽ鍋ですよぉ!」
P「いいじゃないか、バラエティがあって……。火つけちゃうか」
沙紀「アタシがやるっす……あれっ?」カチカチッ
P「どうした?」
沙紀「ちょっと扱いなれてなくて……よっと」カチッ
ボッ
P「おお、ついたな。ガス漏れとかには注意してくれよ」
沙紀「……なんか、この雰囲気いいっすねえ」
洋子「そうだね、こういうお泊り会はやっぱり楽しいよ!」
P「まあ、さっき沙紀にあんなこと言ったけど、年頃の子だったらはしゃぎたくなる気持ちもわかるよ」
沙紀「今日のお泊り会に備えてお泊りセットみたいなのも作ったっすからね。洗面用具とか」
洋子「私も!美肌ケアセットを用意してきたんだ!」
P「……二人そろって……言っても一泊だぞ?」
雪菜「実は私もちょっとみんなで試してみたいお化粧用品持ってきたんですよぉ!」コトッ
沙紀「……えっと、これは……?」
雪菜「このあいだ買ったクレンジングオイルだよ。メイクをとっても強力に、付けた瞬間ドロドロに溶かして落とすんだって」
洋子「お肌に優しくはなさそうですね……」
沙紀「なんか、瓶にドクロマークが書いてあるっすけど……」
P「沙紀も洋子も化粧薄いし、オイルを使うほどでもないんじゃないか?強力っていうならなおさら……」
沙紀「まあ、アタシたちはそれ用の洗顔剤とかで十分っすからね」
P「雪菜も普段からそこまで化粧濃いわけでもないし、やっぱり肌も傷めやすくなるからな……。若いんだから肌も大事にして、そういうのもよく考えて使えよ」
雪菜「はぁい……」
洋子「……こういうお化粧の話も女子会って感じでいいですねっ!」
沙紀「それより交ざってさらっと話を合わせられるデコさんがすごいっすよ」
ピリリリリッピリリリリッ
P「……おっと、携帯に着信だ……。もしもし……」
雪菜「……私、ちょっとお手洗いに行ってきますね」スッ
洋子「行ってらっしゃい」
ガチャッバタン
沙紀「……ううん……。まだ煮えないっすかね」
P「……本当ですか……そちらは……はい……」
洋子「まだ沸騰もしてないね……」
P「はい……。わかりました……。避難とかは……はい。失礼します……」ピッ
洋子「……どこからの電話だったんですか?」
P「……落ち着いて聞いてくれ。今警備室から電話があって……拳銃を持って目だし帽をかぶった強盗ががビル内に侵入したらしい」
沙紀「……えっと……なんというか……冗談じゃあ……」
P「……」フルフル
洋子「えーーーっ!!!?」
P「とにかく、今は落ち着いて、警備員の人が捜索しているらしいから動かないで待機してほしいと……」
洋子「そんなあ……せっかくのお泊りが……」
沙紀「というか、雪菜ちゃんが!さっきお手洗いに行ったまま帰ってきてないっすよ!」
P「マジかよ……。二人ともここを動かないでいてくれ!絶対に物音立てるなよ!」ダッ
ガチャッバタン
洋子「……とんでもないことになっちゃったね……」
沙紀「……二人とも大丈夫だといいっすけど……」
ゴトゴトッ
シューッ
洋子「……あっ、お鍋が噴きこぼれて……」
沙紀「大変っす!火だけ消えてガスが……」カチカチッ
『ピピピッ ガスを検知しました ピピピッ』
沙紀「ガス警報器が鳴っちゃったっすね……」
洋子「強盗に聞かれちゃったら大変だね……どうやって止めるんだろ」
リリリリンッリリリリンッ
沙紀「……今度は内線電話っすか……。このこんがらがっているときに……」ガチャッ
洋子「ふう、警報機は止まったみたい……」
沙紀「はい、こちら6階ビューティガールズプロジェクト事務室っす」
『もしもし、こちら警備室ですけど、今そちらの部屋でガスの警報器が作動したみたいで……』
沙紀「ガス漏れは大丈夫っす。今カセットコンロを止めたので……。そうだ、それより警備員さん、強盗はどうなったっすか?!」
『はあ、強盗?そんな話は聞いていないけれど……』
沙紀「いえ、でもさっきこっちのプロデューサーの携帯電話に強盗が侵入したって警備室から電話が……」
『うーん、よくわからないけど、こっちからそういう電話はしていないよ。それにそういう時は携帯じゃなくて内線や館内放送をかけるからね』
沙紀「……どういうことっすか……?」
『まあ、ガス漏れが大したことないならよかった。じゃあ、切るからね』ガチャッ
洋子「……電話……なんだって?」
沙紀「いえ、警備室からガス漏れの確認と……それが……、強盗なんて来てないって話を……」
洋子「……さっきの電話がプロデューサーのウソだったって事……?」
沙紀「……そういえばデコさんの携帯電話、着信音アタシたちの曲にしてたっすよね……」
洋子「うん。相手によって着信音変えられないから誰からかかってきても私たちの曲がかかるはずだよ」
沙紀「さっき、デコさんが警備室からって言ってた電話を取るときの着信音、アタシたちの歌流れましたっけ……?」
洋子「そういえば、電子音か何かだったような……」
沙紀「……ひょっとしてタイマーであらかじめ電子音を決まった時間に鳴るようにして、電話を取る振りをした……ってことっすかね……」
洋子「……それなら、強盗なんていないってことだね……よかった……」
バンッ
「強盗だっ!」
洋子「きゃあーーっ!!!」
沙紀「なっ、なんで?!」
洋子「強盗って……そんな……いなかったはずじゃあ……」
「何をごちゃごちゃと……こっちは拳銃があるんだぜ?おとなしく手を上げろ!」
沙紀「目だし帽に拳銃……さっきデコさんが言ったのと同じスタイルっすね……」
洋子「こ、ここにお金はありませんよ……?おとなしく出て行ってくださいっ!」
「そういうわけにはいかねえなあ。今追われていてな……今からここに俺の仲間を呼ぶ。しばらくかくまってもらおうか」
沙紀「そんな……」
洋子「そ、そうだ!プロデューサーと雪菜ちゃん!二人はどうしたんですか!」
「……知らねえなあ」
沙紀「……そういえば、雪菜ちゃんがまだ戻ってきてないっす……」
沙紀「デコさんの狂言……実際に来た強盗……まさか……」
「何をぶつぶつ言っているんだ!お前から撃つぞ!」バッ
洋子「……スキあり!とりゃーっ!」ポーンッ
「……?うおっ!」ガッ
バタン
沙紀「……洋子さんの投げたシュレッダーのごみ袋が強盗の頭に当たって伸びちゃったっす……」
洋子「ええっと……。ここまでするつもりじゃなかったんだけど……」
沙紀「……どういうことっすか?」
洋子「いや、この人プロデューサーだよね?変えてるけど声も似てるし……。だからちょっといたずらしようと思って……」
沙紀「……なんだ、洋子さんも気づいたっすか……」
洋子「まったく、こんな覆面なんかかぶっちゃって、プロデューサー!」グイッ
???「……」ウーン
洋子「……じゃない……?」
沙紀「目だし帽の下……人相の悪い、ちょっと頭も薄い別人じゃないっすか……」
沙紀「……まさか、本物の強盗だったっすか……?」
洋子「そ、そんなあ……どうしよう……」
ポタッポタッ
沙紀「……?……何かが机の上から強盗の顔の上に垂れてるっす……」
洋子「あっ、雪菜ちゃんが持ってきて寄せてあった強力クレンジングオイル、ゴミ袋を投げた時に倒れてこぼれちゃってる……」
???「……」ジワーッ
P「……」ウーン
沙紀「……ああっ、オイルがかかったところから顔の表面が溶けてデコさんの顔が浮かんできたっす……」
洋子「これってまさか……メイク……?」
P「うっ……うう……」
沙紀「あっ、目を覚ましたっす」
洋子「プロデューサー、大丈夫ですか?」
P「沙紀、洋子……なんだ、バレちゃったのか」
沙紀「どうしてこんなことを……」
P「……雪菜の発案でな。今日のパーティの余興で二人をびっくりさせたいっていうのがあったんだよ。あいつイタズラ好きだろ?」
沙紀「雪菜ちゃんの発案だったっすか……」
洋子「なら、プロデューサーにメイクしたのも雪菜ちゃんだったってことですか……?」
P「ああ」
沙紀「凄かったっすねえ……ほんとに別人みたいだったっす」
洋子「そういえば、雪菜ちゃんは……?」
P「俺が入ってしばらくしてから服を着替えて入ってくるはずだ……俺もその姿をよく見てないが……」
ガチャッ
雪菜「ビューティヒール、セツナですよぉ!さあ、皆さんおとなしくしてくださぁい!」
P「……」
洋子「……」
雪菜「……えっとぉ……。デコさん……ひょっとして、もうバレちゃっているとか……だったりします?」
沙紀「……デコさんの変装は凝ってたのに、なんで雪菜ちゃんは正体を隠す気無いっすか……」
―――同日 午後8時
洋子「なるほど、後に入ってきた雪菜ちゃんがドッキリをばらす仕掛けだったわけですか……」グツグツ
雪菜「結局失敗しちゃいましたけどぉ……」グツグツ
沙紀「雪菜ちゃん。その衣装、まだ着替えていないっすか……」
洋子「その『悪の女帝!』みたいな姿で鍋を煮込んでいるの、ちょっと面白いね……」
P「本当は俺がこの拳銃型クラッカーを鳴らして、二人がびっくりした後で雪菜登場って流れだったんだが……」
沙紀「そのクラッカーも凝ってるっすねえ。そうだ、せっかくだし鳴らしてみてくださいよ」
P「いいぞ……それっ」パァン
『祝!ビューティガールズCDデビュー!』
洋子「……このクラッカーのテープに書いてある文字……」
P「ああ。よく考えてみれば三人そろって改めてお祝いする機会がなかったしな。発売一ヶ月の区切りに雪菜のドッキリに乗ってお祝いしたかったんだ」
沙紀「デコさん……」
P「でも、最初は本当に怖がらせちゃったみたいで……悪かったな」
洋子「そうですよ、プロデューサーが行っちゃったときは本当に怖かったんですからねっ!プロデューサーのバカっ!」
P「……。洋子、恥を忍んで頼むんだが……」
沙紀「……デコさん。録音させてほしいとか言ったらもう一回あの袋が飛ぶっすよ?」
P「……冗談だよ」
雪菜「ま、まあまあ。ほら、みんな、鍋が煮えましたよぉ!」
沙紀「アタシがみんなに分けるっすよ。……はい、洋子さん、デコさん」
洋子「ありがとうねっ!」
P「サンキュー」
沙紀「はい、雪菜ちゃんの分っす」
雪菜「……えっと、沙紀ちゃん。私のお椀、みんなより春菊が多く入ってない……?」
沙紀「……イタズラでみんなを騒がせた罰っす」
雪菜「そんなぁ……」
2.5 幕間2「ドキドキ、お泊り会」終わり
本日22時より第三話の投下を始めます
第三話を投下します
3 破「晴れのち雨、ときどき雪」(後編)
―――12月17日 午前8時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
沙紀「……クリスマスライブまであと一週間っすね……」
P「何度も言うようだけど、本当にみんなよかったのか?フェアリーαとのライブバトルを受けて……」
洋子「当たり前ですよっ!やっとつかんだミツバプロダクションのトップアイドルへの手掛かりなんです!」
雪菜「そうですよぉ!たとえ解散がかかっていたにしても、みすみす見逃せるチャンスじゃありません!」
沙紀「この勝負を降りたら、アタシはきっと後悔するっす。デコさんの目標を、アタシたちみんなで叶えるって決めたっすから……」
P「……みんな、ありがとうな」
沙紀「しかし、フェアリーαのプロデューサーも汚いっすね……自分は正体を明かさないで安全なところにいるなんて……」
洋子「おまけにライバルになる私たちを、受けざるを得ないようなライブバトルに乗じて潰そうとするなんて……許せないです!」
P「……」
雪菜「……そういえば、このライブバトル……私たちが降りたらどうなったんですか?」
P「あくまで俺たちは第一候補だ。降りたら別のグループがステージに上がっただろうさ」
洋子「でも、本当にギリギリでしたね……」
P「……ああ、そうだな……。でもこのライブバトルで勝つことができればビューティガールズは晴れて今年のミツバプロの一番人気アイドル……」
洋子「……そこまで上り詰めれば、もう誰も文句を言ったりしませんよねっ!」
P「ああ、洋子も芸能界を離れずに済む……」
雪菜「えっと……。いま何かすごく大事なことを言ったようなぁ……」
沙紀「……デコさん、それっていつか言っていた……」
P「……ここまで来れたんだ。プレッシャーになるかもしれないが……言うべきなんだろうな。洋子……いいか?」
洋子「……プロデューサー、私は大丈夫です」
P「あれは今から3年くらい前の夏頃だったかな……。福岡で当時高校生だった洋子をスカウトした時の話だ」
――――――
―――3年前 夏 福岡 斉藤洋子自宅
P「お願いします!お父様!お母様!娘さんの人生、私にください!」ガバッ
――――――
沙紀「待ってほしいっす」
P「……なんだ?」
沙紀「……ちょっと、頭を切り替えるっす」
P「……続けるぞ」
――――――
「まったく、洋子。ふらっとランニングに行ったと思ったら……とんでもない客を連れてきたもんだ……」
「……ミツバプロダクションの……井手さんですか……。一度頭を上げてください」
P「不躾なお願いだとは心得ております!しかし、あなた方の娘さん……洋子さんには素質がある!アイドルとしての!」
洋子「……」
「……井手さん。あなたの考えはわかった。洋子を……うちの娘をそこまで買ってくれるのもうれしい」
P「……」
「……だが、今度は、洋子の考えを聞きたい。申し訳ないが少し時間をいただけないか?」
洋子「……時間はいらないよ、お父さん、お母さん。……私は……」
「……行きたいのね、洋子……」
洋子「お母さん……」
「……本当にいいのか?会社員の父さんが言えることでもないが、アイドルは水物だ。芽が出ないことだって十分ある……」
洋子「……」
P「……」
「……覚悟があるなら挑戦するのも悪くはない。父さんはそう思っている」
洋子「……お父さん」
「……そうだ、洋子。やるからには本気でやってほしい。目指すは全美肌アイドルの頂点だ!」
「そうよ、洋子。あなたには美肌の素質があるわ。ナンバーワン美肌を目指すのよ!」
洋子「……うん、わかった!美肌界のカリスマを目指すよ!」
――――――
雪菜「ちょっと待ってください」
P「……そういえば、雪菜には切り替え方を教えてなかったな……沙紀」
沙紀「雪菜ちゃん。切り替えは、頭の奥に常識をオンオフできるスイッチを作り出して、それをハンマーで粉々に砕くイメージっす」
雪菜「やってみます……」
P「とにかく、その場は一週間後に出発、その間にいろいろな準備をするということで話がまとまって俺はその日は失礼したわけだ……」
――――――
―――スカウト一週間後 福岡 斉藤洋子自宅玄関
洋子「……じゃあ、お父さん、お母さん……行ってくるね」
P「……お父様、お母様……。改めて言わせていただきます。私に、娘さんを預けていただきありがとうございます……」バッ
「そんな……井手さん、頭を上げてください」
P「……お母様」
「……この一週間で家内と洋子、三人で何度も話し合いました。その納得の上で送り出すんです」
P「……お父様」
「……洋子を、お願いしますよ」
P「……はい!ありがとうございます!」バッ
洋子「……」
「……井手……プロデューサーさん。時に、お子さんはいらっしゃいますか?」
P「……いえ。まだ未婚なもので……」
「でしたら、子を持つ親の立場から……そういうことで話を聞いてください」
P「……」
「……いくら、本人の納得ずくとは言えど、この道が洋子にとって正しいものなのか……私どもには判断がつきかねております」
洋子「……」
「……三年です」
P「……どういう……ことでしょうか」
「……三年後のこの子の誕生日……洋子が21歳になる日。そこをタイムリミットとさせていただきたい」
P「……」
「その日までに芽が出ないようでしたら……残念ですが、洋子にはアイドルとしての才覚がなかったということでしょう……」
洋子「……」
「……ご理解ください。わがままかもしれませんが……私どもは洋子には人並みの幸せをつかんでほしい……」
P「……」
「仮にアイドル活動がうまくいかなかったとして取り戻せる限界……それがその時だと……そう考えております」
洋子「……お父さん」
P「……三年ですね。承知しました」
洋子「……井手……プロデューサー……さん」
P「……私が、その時までに責任をもって娘さんを……洋子ちゃんをミツバプロから……どこでも通用するアイドル……トップに育ててみせます!」
「……申し訳ない」
P「いえ。私も人の娘さんを預かるということの重大さを改めて意識しました。ありがとうございます」
「……そこまで娘に真摯に向き合っていただけるのなら、ここまでうれしいことはありません……。改めてよろしくお願いします」
P「……」
「……しかし、洋子は本当にいい人に見染められたものだ。……どうです、井手さん。もし、洋子が結果がどうあれアイドルをやめるとき、アイドルのプロデューサーをやめて福岡で暮らすというのは……」
P「……それは……どういう……?」
洋子「お、お父さんっ!それって……」
「……」ニコッ
洋子「……」ポッ
――――――
P「そんなふうにして洋子を東京に連れてきたんだが……」
洋子「……」テレテレ
沙紀「……っ!……っ!」バシバシ
雪菜「背中叩かないでぇ、沙紀ちゃん……。痛いよぉ」
P「……大丈夫か、みんな……」
雪菜「私と洋子さんは大丈夫ですけど、沙紀ちゃんが……さっきから呼吸が不安定で……」
沙紀「~~~ッ!~~~ッ!」バシバシバシ
雪菜「……えっと、今とはお互いの呼び方が違うっす!ってかすれ声で何度も……」
P「……」
沙紀「……っ!……っ!」バシバシ
雪菜「……もっと初々しいころの話が欲しいっす!もっと甘酸っぱいの欲しいっす!イッツアーティスティック!……って」
P「……ごめん、今になって俺も恥ずかしくなってきた」
洋子「……」テレテレ
沙紀「……っ!……っ!」バシバシ
P「……」カアアッ
雪菜「……普段からこんな状況を淡々と処理してる沙紀ちゃんの凄さがわかってきたよぉ……」
沙紀「……つまり、洋子さんの次の誕生日までに成功をつかみたいってわけっすか……」ゼェゼェ
雪菜「よかったぁ……沙紀ちゃんが復活したぁ……」
沙紀「……でも、本当に今のままじゃ足りないっすか?」
P「……」
沙紀「正直に言えば今のデコさんは前のめりすぎな気がするっす……」
P「……たしかにビューティガールズは頑張ってくれている。CDデビューを皮切りに、全国ネットのテレビ番組に出たこともある……今のミツバの看板グループのひとつと言ってもいいだろう」
雪菜「なら、洋子さんのお父さんだって認めてくれるはずじゃ……」
洋子「……」
P「……今のまま行けばそれでもよかった。だけど、フェアリーαのプロデューサーが提示した条件がある……」
沙紀「……ライブバトルの敗北で……解散……っすか」
P「これまでビューティガールズとして積み上げてきたものが、ゼロに戻る……いや、それだけじゃない……」
洋子「……それだけじゃないって……どういうことですか……?」
P「……すまない。口が滑った……。まあ、負けられない事情があるってことだ」
P「まあ、沙紀の言う通り。後出しになってしまったが、このライブバトル……出場を辞退する選択もあった。いや、むしろ辞退した方がよかったのかもしれない」
洋子「……」
P「もう一度聞きたい。本当にフェアリーαとのライブバトル、受けてよかったのか?」
沙紀「……当たり前っすよ」
雪菜「そうですよぉ!私たちは洋子さんのお父さんの話を聞く前からもう覚悟を決めてましたから!」
P「ありがとうな……沙紀、雪菜」
洋子「……私も!プロデューサーになら……ずっとついていきたいと思っています!」
P「洋子……」ポロッ
洋子「ぷ、プロデューサーっ?!」
沙紀「何も泣くことないでしょう……」
P「……悪いな」ポロポロ
雪菜「デコさん……はい、ハンカチですよぉ」
「まったく……朝から重たい話してるなァ、デコスケ」
沙紀「……誰っすか?」
ガチャッ
「おう、久しぶりだなァ……アホ毛の嬢ちゃん」
洋子「あ、あなたは……」
雪菜「ほ、ほらぁ、デコさん!めそめそしてないで!お客さんですよぉ!」
「くせっ毛と赤毛の方の子たちは今まで会ったことは……ああ、無かったかァ」
P「……えっと……その声は……」
「おう、デコスケ……どうしたァ、そんな目を赤くしちまって……」
沙紀「……デコさんと洋子さんの知り合いで……デコさんをそう呼ぶってことは……まさか……」
P「ご、ゴウさん!おはようございますっ!」バッ
洋子「わ、私!お茶入れてきますねっ!」
ガチャッバタン
沙紀「鬼上……プロデューサー部門部長さん……っすか……」
ベテランP「そう……俺の名前ァ……鬼上ゴウ……よろしくなァ……」
―――同日 午前8時40分
P「鬼上さん……それで今日はどうしてこちらに……?」
ベテランP「……なんてこたねえさァ……名前だけとはいえ責任者だからな。様子を見に来ただけだ……」
雪菜「ずいぶん威圧感のある方だねぇ……」ヒソヒソ
沙紀「それより、本当に『デコスケ』っていまだに呼んでる方が気になるっす……」ヒソヒソ
雪菜「……前々から思ってたけど、沙紀ちゃんってこういう場面でちょっとずれるよねぇ……」ヒソヒソ
ガチャッ
洋子「お待たせしましたっ、お茶です!冷たい方がお好きでしたよねっ!」
ベテランP「おう……悪いなァ……」
洋子「いえ……あっ……」ガッ
雪菜「あっ……」
ベテランP「……」バシャッ
P「……」サアッ
沙紀「洋子さんが転んで……お茶が鬼上さんに……」
洋子「ご、ごめんなさいっ!」
ベテランP「……相変わらずそそっかしいじゃねえかァ……アホ毛の嬢ちゃん……」
P「す、すみません!洋子が失礼を!!」
ベテランP「デコスケ……何度も言ってるよなァ……部下の失敗は上司の責任だって……」ビショッ
P「……」
ベテランP「……この始末、どうつけてくれる?」
P「……クリーニング代は……いかほどでしょうか……」
ベテランP「……」ジッ
P「……」ダラダラ
ベテランP「冗談だァ……濡れたのは上着だけだ。干してりゃ乾く」
P「……冗談に聞こえないんですよ……」
ベテランP「……そんなことより、だ……こうして見るとずいぶん大きくなったじゃねえかァ……アホ毛の嬢ちゃん……」チラッ
洋子「あ、ありがとうございます!」
沙紀「二人ともわかりやすく固くなってるじゃないっすか」
ベテランP「さっきも懐かしい話してたしなァ……ここに来たばっかのころの嬢ちゃん……」
洋子「……」
ベテランP「あの頃はいつでもデコスケの後ろにくっついて歩いてたなァ……今じゃこうしてグループのリーダーをしてメンバーを率いてるわけだ……立派なもんだ」
P「あの頃の洋子は初めての東京暮らしでどんなものにもちょっとだけ物怖じしてましたからね……」
雪菜「ちょっと、今の洋子さんからは想像がつかないですねぇ……」
洋子「やめてくださいっ!恥ずかしいですよ……」
沙紀「本当に物怖じだったっすかね……?」ニヤニヤ
洋子「もうっ!沙紀ちゃん……」
P「あの時はまだ俺のこともずっとフルネームで呼んでたからなあ……今はあまり名前呼んでくれなくなっちゃったし」
洋子「その時はまだプロデューサーのこともよくわかってなくて、ちょっと怖くてよそよそしくなってましたし……。今の呼び方は信頼の証ですよっ!」
P「また名前で呼んでくれたりすることはないのか?」
雪菜「それにはデコさんがよくわからない怖い人にならないとぉ」
P「本当にそれしか方法はないのか?」
沙紀「ここまで来た関係がリセットされることはよほどのことがない限りないっすよ……きっと」
ベテランP「……まァ、アイドルたちが元気そうで何よりだ……邪魔したな。そろそろ俺ァ行くよ」
P「……もうお帰りに……?」
ベテランP「あァ。たまたま通りかかったから寄っただけで長居しようとしてたわけじゃないからな」
P「……」
ベテランP「デコスケ。まァ、今が一番辛いときだろうが、乗り越えてみせろ」スッ
P「ゴウさん……」
ベテランP「お前にはプロデューサーとして見込みがある……俺が言うんだから、間違いねえ」ポンッ
P「はいっ!ありがとうございます!」バッ
ベテランP「……それと、アホ毛の嬢ちゃん……くせっ毛の嬢ちゃんに赤毛の嬢ちゃんも……まァ、頑張ってくれや。せっかくの大舞台だ。精一杯の輝きを魅せてやってくれ。……デコスケのためにもなァ」
洋子「は、はいっ!」
沙紀「わかったっす」
雪菜「頑張りますねぇ!」
ベテランP「じゃあな。このひとつ上の階に俺の部屋がある。困ったことがあったら頼ってくれ」ガチャッ
バタン
洋子「……緊張したぁ……」ヘタッ
P「あの人がくると室温が5度くらい下がるんだよなあ……」
雪菜「う~ん……ぶっきらぼうだけど穏やかそうな人に見えましたけどぉ……」
沙紀「というか鬼上さん、アタシたちのこと頭部でしか把握してないんすかね」
雪菜「沙紀ちゃんはまだそこに引っかかってたんだねぇ」
洋子「今はだいぶ穏やかだけど、現役プロデューサー時代の凄く厳しかったころを知ってるからね……どうしても委縮しちゃうんだ……」
P「俺たちをあえて名前で呼ばないのも、まだ完全に認めてくれてはいないってことだからな……」
沙紀「デコさんに見込みがある、みたいなことを言っていたのにっすか?」
P「……まあ、ゴウさん……鬼上さんからは……いろいろとチャンスをもらっているが……」
雪菜「そういえば、鬼上さんって下のお名前ゴウさんっておっしゃるんですねぇ」
P「ああ、カタカナでゴウだよ」
沙紀「カタカナで……っすか?」
P「そうだ。本名は剛って書いてつよしって読むんだが、芸名……というか仕事の時は名前を音読みしてそう名乗っているんだ。本人がいたくそれを気に入っていてな」
雪菜「へえ……」
―――同日 午前9時
沙紀「あっ、もうこんな時間っすね」
洋子「そろそろ午前レッスンに向かわないとねっ!」
P「まあ、とにもかくにも大舞台まではあと一週間だ。気合い入れていこう!」
雪菜「はいっ!」
沙紀「……そういえば聞きそびれたっすけど、タイムリミットだった洋子さんの21歳の誕生日っていつなんっすか?」
洋子「……クリスマスライブのすぐあと……12月の29日だよ」
雪菜「……クリスマスライブで解散しちゃったら、立て直しは難しそうですねぇ……」
洋子「……」
P「……ほら、みんな。手を出せ……」スッ
沙紀「……手の甲を出して……どうしたっすか?」
P「円陣だよ、円陣。まずは無理にでもテンション上げていかないとな。暗くなってちゃどうしようもない」
洋子「そうですよね……やりましょうっ!」スッ
雪菜「そうですねぇ、やるぞって気分にもなりますし……」スッ
沙紀「……しょうがないっすね……」スッ
P「……クリスマスライブ、全力出し切るぞっ!」
「「「おーっ!!!」」」
洋子「……うんっ、元気出てきたかも……」
P「……。そうだ、お前たちは本番のステージで全力を出し切ってくれればそれでいい……俺も……できる限りのことはやるから……さ」
―――12月23日 クリスマススペシャルライブ前日 午後1時15分 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
ガチャッ
沙紀「ふう、疲れたっすね」
雪菜「でも、みんなだいぶ動きなんかもいい感じになったと思いますよぉ!」
洋子「……あれ、プロデューサーは?一緒じゃなかったっけ」
沙紀「先に下の階の事務所の方で用事があるらしいっす」
雪菜「プロダクションを上げてのお祭りライブの前日で、プロダクション全体がなんかバタバタしてる感じですからねぇ」
コンコンッ
洋子「あっ、プロデューサー……?」
「失礼するっす」ガチャッ
洋子「じゃなくて……あなたは、戸中居プロデューサーさん……?どうしたんですか?」
沙紀「……まさか、またアタシたちに宣戦布告に来たっすか?」
後輩P「……ご挨拶っすね……今日はしませんよ。そちらさんほどじゃないっすけど、こう見えてもホーリーナイトスターズはじめ、いくつかのグループの明日のライブの準備で結構忙しいっすからね」
雪菜「それなら今日はどんなご用でいらっしゃったんですか?」
後輩P「井手センパイに頼まれて渡しに来たものがあるっすけど……いないっすか」
沙紀「その緑色の小さいポーチっすか」
洋子「よければこっちで預かっておきましょうか?」
後輩P「いや、大事なものだから直接渡してほしいって言ってたっすから……出直すっすよ。もしセンパイが戻ってきたら連絡をよこしてほしいっす」スッ
雪菜「これ、名刺ですかぁ……ありがとうございます」
後輩P「センパイも自分の番号知らないはずっすから……それを置いていくっすよ」
後輩P「しかし、アンタたちも大変っすねえ、こんなことになってしまって……」
洋子「まあ、ただでさえ大舞台なのに、負けたら解散ですからね……」
後輩P「解散……何の話っすか?」
雪菜「……?戸中居さんは知らないんですか?」
後輩P「初耳っす。……いや、明日のこともあるっすけどそうじゃなくて……アンタたちランドセルを背負って歌って踊るランドセルメーカーのCMやったっすよね?よくやるっすよ」
沙紀「そんなことやってないっすよ!アタシ17歳で雪菜ちゃん8月末から18歳で洋子さん20歳の平均年齢18歳ちょいっすよ!?」
後輩P「……おかしいっすね……前に井手センパイの仕事の資料を盗み見……偶然見たときはそういう企画書があったっすけど……」
沙紀「今、盗み見たって言いかけたっすよね」
後輩P「見たのは表紙だけっすけど、資料の汚れ具合を見るにだいぶ進行した企画らしくて……表紙に赤いペンで『高校生含むユニットがランドセルCMに挑戦!』って」
沙紀「盗み見について詳しく追及したいところっすけど……その資料も気になるっすね……」
雪菜「デコさんは今は私たち以外に担当グループはないはずだからねぇ……その企画書はなんだったんだろぉ……」
洋子「というか、高校生含むも何も、ビューティガールズは高校生以上しかいないはずなんだけど……」
沙紀「洋子さんに至っては成人っすからね……」
後輩P「まあ、覚えがないのなら……企画が没になったとか、別のプロデューサーの担当グループに仕事が回ったとか、その辺っすかね」
後輩P「……おっと、こんなに長居する気はなかったっす。じゃあ自分はとりあえずこれで……」
ガチャッバタン
雪菜「……どういうことなんですかねぇ、さっきの話……」
洋子「ランドセルのCMのお仕事がほかのグループにとられちゃったとか……?」
沙紀「とられて正解だと思うっすけどね」
ガチャッ
P「おう、今戻ったぞ」
沙紀「あっ、デコさん。さっき戸中居プロデューサーが来てたっすよ。何か渡したいものがあるとか」
P「ああ、そこで会って受け取ったよ。緑のポーチ」ヒョイッ
洋子「戸中居プロデューサーになに受け取ったんですか?」
P「……ははっ、秘密だよ」
洋子「そうですか……」
雪菜「そういえば、結局この名刺使わないうちに話が終わっちゃいましたねぇ……」
沙紀「ああ、さっき雪菜ちゃん、戸中居プロデューサーから名刺もらってたっすね」
沙紀「『ミツバプロダクションプロデューサー部門所属 戸中居 功磨(となかい こうま)』……あの人名字トナカイで名前がこうまなんっすか……」ペラッ
雪菜「だいぶ哺乳類に寄せてますねぇ」
P「まあ、あいつ学生時代アメフト部だったらしくてゴリラみたいなガタイしてるからなあ」
沙紀「いや、ゴリラよりもなんていうか、名前は四つ足寄りじゃないっすかね」
洋子「プロデューサーが戸中居プロデューサーと戦ったらすぐに負けそうですよね……」
P「間違いなく負けるな。速攻で組み伏せられそうだ」
洋子「そんな自信たっぷりに言い切らないでくださいよ……」
沙紀「デコさんも、もうちょっと体鍛えたほうがいいっすよ……。雪菜ちゃん、名刺返すっす」ピラッ
雪菜「私も別に必要な訳じゃないけどぉ……一応持っておこうっと」
P「まあ、とりあえず昼食代わりにパンとお茶買ってきたから、選んでくれ。午前のリハでおなか減っただろ」
―――同日 午後1時40分
沙紀「……アタシ、どうにもソファに座ってテーブルの上のものを食べるって慣れないっすよ……」モグモグ
洋子「なんか、うっかりしてものを落としたり倒しちゃったりしそうだよね……」モグモグ
雪菜「でも、この部屋で落ち着いて食べられそうな場所って他にないし……」モグモグ
P「俺のデスクもひとつしかない上にいろいろ物上がってるしな……」
沙紀「……そういえば、午後からのアタシたちの予定ってどうなっているっすか?」
雪菜「もう一回午前みたいにステージの上でリハーサルをやったり……?」
P「いや、午後から会場では全体的な通しのリハーサルをやるはずだ。俺たちはライブバトルだけの出場だから、ステージ上でのリハは明日の午前のもう一回だけだ」
洋子「じゃあ、午後は何をしていれば……お休みにするにしても、今はちょっと、おとなしくしていられませんよっ!」
P「まあ、落ち着け。少し休憩してから最後の詰めとして1時間くらいレッスン場で練習ってことにしよう」
P「それにしたって、あまり無理をしてもだめだ。あくまで調整くらいにとどめてほしい」
沙紀「レッスンのし過ぎで本番のパフォーマンスが落ちたら本末転倒っすからね……あっ」ガッ
パタッ
バシャッ
洋子「沙紀ちゃんの倒したボトルのお茶が、緑のポーチに……」
沙紀「ご、ごめんなさい!デコさん……」
P「……」
洋子「……プロデューサー?」
P「……沙紀、お前……なんてことを……」ワナワナ
雪菜「で、デコさん……?ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
P「……」グッ
沙紀「……っ!」
P「……いや、いいんだ。すまない。ちょっと……俺も緊張してナーバスになってるんだろうな……ははは……」フッ
沙紀「……本当にごめんなさい……。中身、無事かどうか見るっすよ?」
P「いや開けないでくれ。俺の机の上において乾かしとこう……これから気を付けてくれよ…」
P「しかし、謝るときでも沙紀も雪菜も俺のことをデコデコと……ちゃんと俺の名前覚えてるのか……?」
沙紀「……ごめんなさい、気に障ったっすよね……」
P「……いや、もうポーチのことはいいんだ。覚えてるかどうかだけ聞かせてくれ」
沙紀「覚えてるっすよ!」
雪菜「そうですよぉ!井手プロデューサーさんですよね」
P「……下の名前は?」
沙紀「……ええと……」
雪菜「……そのぉ……」
P「忘れてるな?!」
沙紀「いや、それは……ほんとごめんなさい」
雪菜「普段名字かあだ名でしか呼ばないから、つい……」
洋子「私は覚えてますよっ!」
P「当たり前だろ。洋子に忘れられてたら本当に泣くぞ……」
洋子「……よかったです。プロデューサー、今の名前の話でいつもの感じに戻りましたね」
P「……そうか。さっきの俺、そんな怖かったか?沙紀」
沙紀「……はい。いつもの優しい雰囲気がどこかに行ってしまったみたいだったっす……」
P「……そうか……」
コンコンッ
沙紀「あっ、お客さんっすね……どうぞ」
「お邪魔しますね……」ガチャッ
雪菜「……あなたは……?」
P「フェアリーαのリーダーの……」
洋子「高森藍子……ちゃん……?どうしてここに……」
藍子「……どうも、こんにちは……」
―――同日 午後2時
藍子「……いきなり来てしまって……ごめんなさい」
P「フェアリーαも、たしかこっちと同じで午前のステージリハを終えてから午後は練習場での練習の予定……だったと聞いていますが」
藍子「……実は……私も、これからどうしていいかわからなくて……」
沙紀「わからないって……どういうことっすか?プロデューサーの人やマネージャーの人からの指示があるっすよね……」
藍子「そういうことじゃなくてですね……もう、フェアリーαとしてやっていく自信がなくなってしまって……」グスッ
P「……」
雪菜「な、泣かないでぇ、藍子ちゃん……ほらぁ、ハンカチ……」
藍子「ぐしゅっ……ふえ……ううっ……」
洋子「大丈夫だよ、落ち着くまで待ってるから……」
藍子「ぐしゅっ……ありがとうございます……」
沙紀「落ち着いたら聞かせてほしいっすよ……」
雪菜「どうしてライバルグループのうちの事務所に来たのかとぉ……」
洋子「どうしていいかわからなくなってしまったってこと……だね」
藍子「……わかりました……ぐしゅっ……ちーんっ」
沙紀「アイドルが人前でそんな音で鼻かんだらダメっすよ」
藍子「……フェアリーαのファンの人たちからの評価……聞いたことありますか?」
洋子「たしか、妖精にも例えられるメンバーの見た目と、それとは裏腹に煌びやかな演出に調和する高いパフォーマンス能力をもっているとか……」
藍子「……その演出や、パフォーマンス……実は、全てプロデューサーの人が演出家の人と相談して私たちを通す前に決めていたものなんです」
沙紀「つまり……それぞれのアイドル『らしさ』を排除してる……ってことっすか?」
雪菜「私たちは衣装やメイクを私や沙紀ちゃんでデザインしたり、パフォーマンスは洋子さんの意見を取り入れたりしてるよねぇ……」
P「……」
洋子「えっと……フェアリーαは元から人気のグループからアイドルを引き抜いたりしてたんだよね……」
P「藍子ちゃんの元いた『ポジティブパッション』、双葉杏の『ハピハピツイン』、桃井あずきの『フリルドスクエア』……いずれもミツバでもトップクラスの大人気ユニットだ」
藍子「……」
P「そしてそのどのグループもフェアリーαの発足後、メンバーを引き抜かれグループ活動を停止している。ソロで活躍していた橘ありすと池袋晶葉も今はソロ活動をほぼしていない」
洋子「そんな……」
P「……厳しい話だが、多少の実績があるとはいえ俺達みたいな新進のユニットにクリスマスライブのトリの話がきたのも、そういった人気上位グループの活動が停止しているから、といった事情もある」
沙紀「……」
P「当然ビューティガールズがそれらのグループに実力で劣っているなんて俺は思っていない。ただ、その事情がなければ今年中の出場というのは厳しかっただろうな」
雪菜「クリスマスライブといえばぁ、去年の最後のライブバトル……沙紀ちゃん、覚えてる?」
沙紀「……ミツバの養成所時代っすね……見てたっす、覚えてるっすよ。去年のクリスマスライブのライブバトルの勝利グループは、たしか……」
藍子「……ポジティブパッション……私のもともといたグループです」
P「……去年のライブバトルでポジティブパッションはミツバプロダクションのトップにまで上り詰めている」
洋子「そのポジティブパッションから、藍子ちゃんがすべての舞台演出を指示通りにやらされるフェアリーαに移された……ってことは」
雪菜「フェアリーαはビジュアルがコンセプトに合っていて、なおかつ人気とパフォーマンス力がもとから高いアイドルを集めただけってことぉ……?」
沙紀「まったく、ひどい話っすね。アイドルを人形かなんかみたいに……許せないっす!」
P「……」
藍子「……全て、プロデューサーの人の意向……そう聞いています」
沙紀「またここで正体不明のプロデューサーが出てくるっすか……」
P「……」
洋子「……そういえば藍子ちゃん、さっきから『プロデューサーの人』って呼び方してるけど、もしかして……」
藍子「……はい。フェアリーαを企画・編成し、演出を決定しているプロデューサー……私たちはその人に会ったことは、ありません」
沙紀「……あれ、でも舞台演出はプロデューサーから伝えられるっすよね……」
藍子「……私たちを直接マネージメントするマネージャーさんを通じて、企画書や演出メモを出してくるんです」
P「……」
藍子「そもそも、編成を行う最初の顔合わせの時点からプロデューサーは姿を見せないで、マネージャーの方だけで話を進めていました。……プロデューサーの意向である、というメモを見ながら」
雪菜「……そのマネージャーさんはフェアリーαの直接の方針決定には関わってないってことですかねぇ……」
藍子「……そのメンバーの顔合わせから少しあと……夏の終わりごろ、強化合宿という名目で連れ出されて……そこで」グスッ
洋子「藍子ちゃん……?ほ、ほら、泣かないで……ハンカチだよぉ」
沙紀「どうしたっすか……よほどスパルタなキツい特訓をさせられたっすかね……」
藍子「……合宿の前半、まだ顔を合わせて間もない私たちメンバーは早朝に、郊外の見知らぬ山に連れていかれました」
沙紀「……」
藍子「そこでは山道ランニング、合同筋トレ、宿泊施設の清掃、夜は花火にバーべキューといった厳しいスケジュールが組まれていました」
沙紀「ちょっと待ってほしいっす」
藍子「さらに合宿後半、今度は時季外れですっかり人のいなくなった海水浴場で、砂浜ランニング、砂浜筋トレ、夜は花火にバーベキューといったスケジュールが組まれていて」
沙紀「藍子ちゃん」
藍子「さらに合宿の最終日の夜には、花火とバーベキューを……」
沙紀「ほんと、ちょっと待ってほしいっす」
藍子「……なにか、ありましたか……?」
沙紀「えっと……楽しんで……るっすよね?ここまでの話聞いていると」
藍子「……」コクリ
沙紀「やっぱり……」
雪菜「花火とバーベキューはどこでもやるんですねぇ」
藍子「全て、プロデューサーの人の意向と……」
沙紀「そのワード出したらなんでもシリアスになると思ったら大間違いっすよ」
藍子「合宿から戻った後、私たちはもともと所属していたグループから離され、望まない形での仕事を続けました」
洋子「さっきの、すべてを最初から最後まで決められた舞台……ってことだよね」
沙紀「一緒に頑張ってきた仲間と離れ離れになるっていうのもつらい話っすね……」
藍子「他にも晶葉ちゃんはもともと自分の特技を生かして、大掛かりな舞台装置の演出をしていたんですが、今は幕間のわずかな時間にしか発明を披露できないということで不満を持っていたり……」
雪菜「ユニットをバラバラにされた人だけじゃなくて、ソロで活動していた人も不満を持っていたわけですかぁ……」
藍子「ありすちゃんも、オトナ系小学生アイドルで売り出していたのに、ユニット全員で小学生の姿で踊るランドセルのCMの仕事することに不満を持っていたり……」
洋子「いや、それは別にいいんじゃ……」
沙紀「むしろ不満を持つべきなのはほかの中学生以上のメンバーっすよね……」
雪菜「ランドセルのお仕事かぁ……そうだ、さっき戸中居プロデューサーが言ってた企画書……」
洋子「……ひょっとしたら、フェアリーαの方に流れたのかもね……」ヒソヒソ
藍子「……あのお仕事は楽しかったですけどね」
沙紀「とうとう楽しかったって言ったっす……」
藍子「……アイドルのお仕事は、今でも楽しいです。フェアリーαのメンバーも、みんないい子ばかりで……でも、やっぱり私は茜ちゃんや未央ちゃんと一緒にもっとお仕事をしたかったんです……」
P「……」
藍子「それにメンバーのプロデューサーへの不信感も日に日に募るばかりで……だって、今日、この大事な日になってもまだプロデューサーは姿を見せないんですから……!」
沙紀「グループをバラバラにした本人が姿を見せないで、しかも一方的に演出を押し付け続けてるわけっすよね……」
雪菜「不信感も出るはずだねぇ……」
藍子「それで、フェアリーαのメンバー……あずきちゃんが中心になって今日、とんでもない計画を作ったんです……」
P「……どういうことだ?」
藍子「……プロデューサーの人に明日のライブバトルで勝利したらフェアリーαを解散して元のグループに戻してほしい。さもないと明日のライブをボイコットする……って要求する作戦を……」
P「……そうきたか……確かに相手の正体がわからないといえど、ミツバの社員である以上それを飲まざるを得ない……」
洋子「大トリの、しかも一大注目ユニットが出場しないとなれば、プロデューサーも処分を免れないでしょうしね……」
P「しかも、フェアリーαにはこういう交渉に長けた双葉杏がいる……真っ向からなだめすかしている時間もない……間違いなくその要求は飲まされるだろうな」
藍子「……私は、止めなきゃって思ったんです」
沙紀「なんでっすか……?」
藍子「だって、私はリーダーだから……こんな脅迫みたいなことはダメだよって……でも」
P「……藍子ちゃん自身もフェアリーαの活動には疑問や不満を持っている……」
藍子「それでもう私っ……どうしていいかわからなくなって……」ポロポロ
P「……」
藍子「……ふと思い出したんです。明日のライブバトルの相手……いつだったか、とても楽しそうにメンバー同士やプロデューサーの人と話していた……あなたたちのことを」グスッ
雪菜「藍子ちゃん、ほら、ハンカチ……」
藍子「……ずっと羨ましかったんです……あなたたちのこと……それで……気づいたら……ここの部屋に……」
洋子「藍子ちゃん……」
P「……よく話してくれたよ、藍子ちゃん。辛かっただろう」
藍子「……ビューティガールズのプロデューサーさん……」
P「井手……でいいよ。今の話、他の誰かに話したりは……?」
藍子「……杏ちゃんが、こういう話はぎりぎりまで隠しておいた方がいい、ということで夕方まで取っておく予定らしいので……」フルフル
P「……そうか。その計画、止めないで実行してもいいんじゃないか?」
藍子「えっ……?」
P「……自分のことしか考えていないような大人にはちゃんと主張して……言ってやらなきゃダメだ……。いい薬さ」
P「だけど当然だが、俺たちだってタダで負けるつもりはない」
洋子「……忘れかけてたけど、私たちに勝つことが前提の計画ですからね……」
沙紀「……それに、アタシたちだって明日の勝負に負けたら……」
P「……沙紀、余計なことを言うな」
雪菜「……とにかく明日のバトル、お互い負けられませんねぇ!頑張りましょう、藍子ちゃん!」
藍子「……皆さん……井手プロデューサーさん……。ありがとうございます……!」グスッ
雪菜「な、泣かないでぇ!ハンカチだよぉ」
沙紀「雪菜ちゃん、あと何枚ポケットからハンカチが出てくるっすか……」
雪菜「数えてみるぅ?」
沙紀「まだ数えるほどあるっすか……」
藍子「……」クスッ
P「……まったく、やっと笑ってくれたな」
雪菜「藍子ちゃんにはどんなお化粧よりも、笑った顔が似合いますよぉ」
洋子「健康的に、笑うのが一番だねっ!」
沙紀「女の子の笑顔は最高のアートの魔法っすからね」
藍子「……皆さん、本当にありがとうございます。……井手プロデューサーさんが私の担当なら……よかったなあって思います……」
―――同日 午後3時
沙紀「まったく、とんでもない話を聞いちゃったっすね……」
雪菜「私たちは解散をしないために、フェアリーαは解散するために。明日のライブバトルに勝とうと臨むわけですからねぇ……」
沙紀「よくまあここまでこんがらがったっすね……」
洋子「……」
P「ま、まあとにかく、どんな話を聞こうが関係ない。俺たちだって勝たなければ解散なんだ……」
洋子「……そのことなんですけど、本当に私たちが勝つしかないんですか……」
沙紀「……洋子さん、何言ってるっすか!?」
P「……どういうことだ」
洋子「……私はプロデューサーのおかげで十分に夢を見させてもらいました……アイドルをやめたって悔いはありません」
雪菜「……」
洋子「沙紀ちゃんや雪菜ちゃんだってアイドルをやめさせられるわけじゃありません。私も、もしここでグループ解散しても、お父さんはアイドル続けてもいいっていうかも……」
P「洋子……」
洋子「それに、同じプロダクションなんです。また会う機会だって……」
P「……やめろ……そんなことを言うんじゃない」
洋子「……藍子ちゃんは、違います。同じユニットでアイドルを続けるっていう夢半ばで思いを折られたままなんです……だから……」
洋子「……明日のバトル、私たちが負けたほうがいいんじゃないかな……って……」
バンッ
雪菜「……デコさん……机が……」
P「洋子……冗談でもそんなことを言うんじゃない!」
洋子「……でも……私は……」
P「……ここでリーダーのお前がくじけてどうするんだ!」
洋子「……」
P「……約束したんだ。お前のお父さんと……お前自身と!お前をトップにまで連れていくって!」
洋子「……ごめんなさい……私、らしくないこと言っちゃいましたね……」
P「……二度と、負けたほうがいいなんて言うんじゃない。相手にも失礼になる!」
沙紀「……デコさん、落ち着いて……ここで仲間割れしたってどうにもならないっすよ!」
洋子「……いいの、沙紀ちゃん。私が悪かったんだから……」
雪菜「それにしたって、デコさん、沙紀ちゃんのお茶の時といいちょっと様子がおかしいですよぉ……」
P「……すまなかったな。怒鳴って……」
洋子「……」
P「……ちょっと急用ができた。行かなきゃならない」
沙紀「……急用っすか?」
P「ああ……夕方までに戻れるかわからないから、4時からの自主練習のメニューと、他にいくつかやってもらいたい事をメモして置いていく」
サラサラ
ビリッ
P「洋子、すまないが、この手帳を破いたメモを見て沙紀と雪菜を先導してくれ。……お互いに頭を冷やそう」
洋子「……はい」
ガチャッバタン
沙紀「……デコさん……やっぱり緊張してるっすかね……」
雪菜「……今日、ずっと様子がおかしいよねぇ……」
洋子「……とにかく、切り替えていきましょう!いざ、レッスン場へ!」
沙紀「……洋子さんも……無理をしないでほしいっす」
―――同日 午後5時30分
ガチャッバタン
洋子「ふう、いい汗かいたね……」
雪菜「なんだかんだで体を動かせば暗い気分も少し晴れますねぇ」
洋子「でも、ちょっと寒いね……」
ビュオオオッ
雪菜「もうすっかり暗くなって、雪交じりの風が吹いてきてるしぃ……」
沙紀「……こっちで雪はめったにないっすからね……レアなホワイトクリスマスが拝めるかもしれないっす」
洋子「……プロデューサーはまだ帰ってきてない……か。なら、ちょっと行かなきゃ」
沙紀「どうしたっすか?」
洋子「明日つけるアクセサリー、5時に他のグループのものと一緒にプロデューサー部門室に届くから、もしプロデューサーが戻ってきてなかったら取ってきてほしいんだって……」
雪菜「なるほどぉ」
洋子「じゃあ、いってくるね」
ガチャッバタン
沙紀「……アタシたちもちょっと動きましょう」
雪菜「……どこにぃ?」
沙紀「……フェアリーαのプロデューサーについて調べるっす……明日のバトル、負けるわけにはいかないけどさすがに藍子ちゃんが不憫っす……」
雪菜「でもぉ……どうやってぇ?」
沙紀「……考えがあるっす」
―――同日 午後5時40分 ミツバプロダクション7階 プロデューサー部長室
コンコンッ
ガチャッ
沙紀「失礼します……」
雪菜「……誰もいないのかなあ……」
沙紀「……鍵が開いてて電気もついてるっすから、ちょっと席をはずしてるだけじゃないっすかね……鬼上さん」
雪菜「……鬼上さん、話聞いてくれるかなぁ……」
沙紀「フェアリーαのプロデューサーがミツバの社員なら、部長の鬼上さんが知らないはずはないっす」
雪菜「それで、そのプロデューサーのしていることで藍子ちゃんが困ってることを言えば教えてくれるかも……ってことだよね……」
沙紀「……アタシたちに教えてくれなくても、その話を届ければ何か考えてくれるかもしれないっす……だから、来るまで待つっすよ」
雪菜「そうだねぇ……。ねえ沙紀ちゃん……この部屋、私たちの事務所とちょっと眺めが違って新鮮だよぉ」
沙紀「……雪菜ちゃん、あまり奥まで行かない方が。……あれ?」
雪菜「どうしたのぉ?」
沙紀「鬼上さんのデスクに置いてあるこのメモ書き……これって」
雪菜「手帳の切れ端みたいだけど……勝手に見たらだめだよぉ……」
『ゴウさん、マネージャーのほうからも話が上がってきました』
『フェアリーαの子たちがさっきの計画を実行したらしいです』
『それについて始末をつけるため、しなければならないことがあります』
『もしものことがあれば、例の件お願いします』
『コウスケ』
雪菜「これって……フェアリーαのプロデューサーのメモ……?」
沙紀「……鬼上さんはフェアリーαのプロデューサーを知っているどころか、繋がっている……さっきのアタシの考えを実行するわけにはいかないっすね……」
ガチャッ
「……おう、どうしたァ……?アンタたちはデコスケのとこの……」
雪菜「ひっ!」
沙紀「……鬼上さん、勝手に上がってすみません。ちょっと用があったんですが……どちらに?」サッ
ベテランP「あァ、昼過ぎから明日のリハーサルのために会場にいてなァ。今戻ってきたんだが、ここについてドアの横にコートをかけたとたんトイレに行きたくなってな……全く年を取るとろくなことがねえ」
雪菜「……それは……大変ですねぇ」
ベテランP「それで、用ってのは……?」
沙紀「いえ、すみませんちょっと遅くなってきましたし……えっと、急ぎのものでもないので……失礼するっす!」タッ
雪菜「し、失礼しまぁす!」
ガチャッバタン
―――同日 午後6時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
沙紀「ふう……もうだめかと思ったっす……」
雪菜「メモ書き、持ってきちゃったねぇ……鬼上さんは見てないみたいだけどぉ……」
沙紀「……このメモの最後、『コウスケ』ってフェアリーαのプロデューサーの名前っすかね」
雪菜「その名前をデコさんに訊けば、フェアリーαのプロデューサーがわかるかもぉ……」
沙紀「明日には間に合わなくても、藍子ちゃんたちを助けられるかもしれないっすね。でも、なんでカタカナで署名してるっすかね……」
雪菜「う~ん……鬼上さんみたいに芸名だからだとかぁ……?」
沙紀「本名じゃないとなると、ヒントが減るっすね……あっ、そうだ。このメモ、相当な走り書きだし、焦って書いたから漢字を書くのがもどかしかったから、とかじゃないっすかね……」
雪菜「……っ!?」
沙紀「……どうしたっすか……?」
雪菜「……今、何かわからないけどぉ……胸の奥がすごくざわってして……」
ガチャッバタン
洋子「ふう、配達完了……あっ、そのメモ、沙紀ちゃん持ってたんだ。探したよ……」
沙紀「……?これは違うっすよ?」
洋子「あれ、でもさっきプロデューサーから渡されたメモが無くなって。……あっ、ごめん。ポケットに入ってた……よく似てたから間違えちゃった」
雪菜「……」
洋子「えっと、最後の仕事……『6時くらいに事務所に美肌数独の懸賞の景品、歯磨き粉一年分が届くから受け取る』」
沙紀「デコさん、また応募して当てたんっすか……」
洋子「私が週刊THE・美肌を買うたびハガキをあげてるからね……」
沙紀「歯磨き粉って何をもって一年分ってするんっすかね……事務所に届くのもよくわからないし」
コンコンッ
洋子「来たかな……はーいっ!」
「こんにちは、イデコウスケさんにお届け物です……」ガチャッ
洋子「はーい、サインしてっ……おつかれさまでーすっ!」
バタン
洋子「一年分っていうけど思ったより包みは重くないなあ。……どうしたの、沙紀ちゃん、雪菜ちゃん……そんなに顔色悪くして……」
雪菜「ウソ……ですよね……」
沙紀「……洋子さん、デコさんって下の名前、コウスケっていうっすか……?」
洋子「……うん、『井手 耕輔(いで こうすけ)』……それを縮めてデコスケって呼ばれてるけど……それがどうしたの?」
雪菜「……」ブルブル
沙紀「……このメモ……鬼上さんの机に上がっていたものっす」ピラッ
洋子「これが……?えっと……嘘、だよね……こんな、まるで井手プロデューサーがフェアリーαの……でも、この手帳の切れ端の紙に筆跡……間違いなくプロデューサーので……どうなってるの……?」
雪菜「……今思い出したけれど……デコさん、走り書きのメモは名前をカタカナで書く癖ありましたよねぇ……」
洋子「……雪菜ちゃん……?何言ってるの……?」
沙紀「……」
雪菜「……」
洋子「……」
沙紀「……ずっと、気になってたっすよ。デコさん、担当はアタシたちだけのはずなのに、やけに出張が多かったっすよね」
洋子「……沙紀ちゃん?」
雪菜「……私も気になってました……ホーリーナイトスターズとのライブバトルの時、フェアリーαが使ったレンタル料の高価な扇風機の使用許可をあっさり取って来たこと……」
洋子「……偶然だって……」
沙紀「昼に戸中居プロデューサーが言っていたランドセルの仕事……それに似た仕事を藍子ちゃんたちがやったって話もしてたっすよね……」
洋子「それは……きっと井手プロデューサーがフェアリーαのプロデューサーに仕事を取られちゃったんだよ……」
沙紀「洋子さん……全部デコさんがフェアリーαのプロデューサーだとしたら、説明がつくっす……」
洋子「……」
沙紀「それに、このメモの文面……『マネージャーの方からも』……『からも』っておかしいっすよね……二行目も、まるで藍子ちゃんたちの計画をあらかじめ知って、鬼上さんに伝えていたように見えるっす」
洋子「……っ!……ウソだよ……なんでそんな意地悪言うの……?」
沙紀「……思い当たったみたいっすね……今日出来上がって夕方に実行された、この計画を先に知っていたミツバプロの社員は……」
雪菜「……藍子ちゃんから聞いていた井手プロデューサーしかいない……」
ガチャッバタン
P「ふう、寒いな……」
沙紀「……」
雪菜「……」
洋子「……」
P「……なんだ、みんな黙っちゃって……さっきのことまだ怒ってるのか?ごめんな。ピリピリしてたんだ……」
洋子「プロデューサー、正直に答えてください……」
P「……どうしたんだ?みんな……」
沙紀「立場を隠して数々のユニットを活動不能にさせ、フェアリーαとして望まない仕事をさせ続けている人……」
雪菜「理由はわかりませんけど、ライブバトルに乗じて私たちを解散させようとしている人……」
洋子「つまり、フェアリーαのプロデューサー……それって……」
P「……」
洋子「井手耕輔……プロデューサー……あなたなんですか?」
P「……」
ビュオオオオッ
P「……はははっ……洋子、その呼び方……会った頃を思い出すなあ……」
洋子「……やっぱり、違いますよね……?よかった……」
P「まさか、こんなタイミングでバレるなんてな……。そうだよ……俺が、フェアリーαのプロデューサーだ」
3 破「晴れのち雨、ときどき雪」(後編)終わり
4 急「光芒」に続く
最終話の投下を明日の21時から開始します
最終話の投下を始めます
4 急「光芒」
―――12月24日 午前11時 クリスマスライブ当日 ビッグホール『クローバー』 ビューティガールズ控室
ガチャッ
沙紀「……」
雪菜「……」
洋子「……」
バタン
ベテランP「おう……リハーサル、お疲れさん」
沙紀「……」
ベテランP「……ずいぶん粗いパフォーマンスだったじゃねえかァ……いつもの雰囲気じゃねえ」
雪菜「……」
ベテランP「……ショックかァ、やっぱり……デコスケのこと……」
洋子「……鬼上さんは……知っていたんですか……?プロデューサーのこと……」
ベテランP「……あァ……」
ベテランP「……だが、デコスケがアンタたちにすべてを話し、ほっぽいて俺に会場まで送迎させるなんてこたァ……聞いてねえ……」
沙紀「……」
ベテランP「……聞かせてくれるか?昨日のこと……」
洋子「……昨日、井手プロデューサーがフェアリーαのプロデューサーだったとわかったあと……」
――――――
―――前日 12月23日 午後6時15分 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
P「……どうにか隠し通せると思ったんだけどな……」
雪菜「そんな……」
P「……こうなった以上、遠くから見届けさせてもらうよ。最後に……お前たちのステージは」
洋子「……最後……ですか」
雪菜「やっぱり……井手さん、ビューティガールズを解散させるために……?」
洋子「……私を……私たちを……裏切っていたんですか?……ずっと……ビューティガールズ結成から。……それとも……もっと前から……?」
P「……さあな。ともかく、俺はもうお前たちといることはできない」
沙紀「……そんな、いつか言っていた『いなくならない』って約束を……破るっすか……?」
P「……悪いな」
P「明日のライブについては心配するな。手を打っておく……じゃあな」ガチャッ
雪菜「井手さん……」
沙紀「……フェアリーαの所につくっすか……?」
P「そんなことはしない……フェアリーαも必死だ。なにせ、勝たなければフェアリーαの活動がこれからも続くことになる……」
雪菜「……」
P「藍子ちゃんの言う通り、プロデューサーが正体を見せないという不信感があるからこそ、あいつらは本気になっているはずだからな……邪魔しちゃいけない」
雪菜「フェアリーαの計画を藍子ちゃんにあえて止めさせなかったのは、利用するためだったんですか……?」
洋子「……そんなことまでして……藍子ちゃんたちの切実な思いを利用してまで、私たちを……」
P「……あいつら、今頃俺の作った演出を一生懸命なぞってるだろうな……」
雪菜「不信感をもってはいるけれど……ライブの前日、今更変えるわけにもいかないから……」
沙紀「……見損なったっすよ……」
ガチャッ
P「……なんとでも言ってくれ。今度こそお別れだ……二度とお前たちと会うことはない」
沙紀「……っ!」ギリッ
P「……悔しいか、沙紀……」
沙紀「……当たり前じゃないっすか……」
P「……悔しかったら、越えてみせろ……フェアリーαを……俺を!」
バタン
洋子「……プロデューサー……」
沙紀「明日の舞台まで……今の言葉、覚えておくっすよ……井手さん!」
――――――
洋子「……それから、電話もメールも反応がなくて……連絡がつきません」
ベテランP「なるほどなァ……」
ベテランP「それにしても、今の話が本当だってなら……」
沙紀「……」
ベテランP「デコスケのやつ、かっこつけたな」
洋子「あっ、それ思いましたっ!わざわざドアを開けて手をノブにかけながら『二度とお前たちに会うことはない』って……」
沙紀「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ!」
雪菜「それを言うなら沙紀ちゃんも、もう井手さん出て行ってるのにドアに向かって呼びかけたりして……」
洋子「『今の言葉、覚えておくっすよ』みたいな感じだっけ……」
ベテランP「アホ毛の嬢ちゃん、声真似うまいじゃねえか……」
沙紀「……もうやめてほしいっす……急に恥ずかしくなってきたから……」
ベテランP「……そうだ、アンタたち……まずは……肩の力は抜けたなァ……」
洋子「……鬼上さん」
ベテランP「……肩肘張って、誰かへの当てつけのために、沈んだ気分のままの粗い演技をする……そんなもの見てだれが喜ぶってんだ?」
雪菜「……」
ベテランP「……忘れるなァ……アイドルの本懐……応援してくれる全ての人のために……輝き続ける、そのことを」
沙紀「……全ての人……」
ベテランP「そうだァ……なにも、客席のファンには限らねえ……アンタたちが舞台に上がるまでには多くの人の行動の積み重ねがある……その筆頭が、デコスケだな」
雪菜「井手……プロデューサーさん……?」
洋子「……でも、井手プロデューサーは……私たちのことを解散させようとしてるんですよ……今更……」
沙紀「それに、もう一つの担当グループ、フェアリーαにもたくさんの無茶を強いてきているっす……そんな人のために」
ベテランP「……今の俺からァ……何にも言えねえが……」
ベテランP「まだ開演まで時間がある。トリのアンタたちの出番までにはもっとかかる……調子を整えておけ」
コンコンッ
「失礼します、こちらの楽屋にお弁当、4つのお届けです」
ベテランP「……ほら、メシだとさ。食っておけ。どうせ昨日からほとんど食えてないんだろ?」
洋子「……とても、食べられる心境じゃないですよ……」グゥー
ベテランP「……」
洋子「……いただきます」
沙紀「……洋子さんの胃腸はずいぶん素直っすね……」
雪菜「私も……もらっていいですか……?」
沙紀「……アタシももらうっす……鬼上さんはどうするっすか?4つありますけど……」
ベテランP「おう、もらおうか……」
洋子「じゃあ、私ポットからみんなの分のお茶入れますねっ!」
沙紀「……ところで、鬼上さん。教えてほしいことがあるっす」
ベテランP「……」
沙紀「……鬼上さんは、井手さんのこと……どこまで知っているっすか?」
雪菜「少なくとも、井手さんがフェアリーαのプロデューサーだってことは知ってるんですよね……?」
ベテランP「……あァ。そもそも、アイツをフェアリーαのプロデューサーに推薦したのは俺だ……」
雪菜「……鬼上さんが……?」
ベテランP「……プロダクションを上げての新企画ってことでなァ……ひとり、優秀なのを推薦しろ、とさ」
沙紀「……優秀っすか……」
ベテランP「……あァ、アイツは自分を犠牲にしようが、アイドルとして惚れ込んだ相手を第一に考える男だ……プロデューサーに必要なのは第一に、そういう気持ちさ……」
沙紀「……でも、井手さんはアタシたちを解散させようとしたり、推薦を受けてプロデュースしたフェアリーαも不満を……」
洋子「お茶、やっと冷めました……鬼上さんは冷たい方が好きでしたよね……あっ!」ガッ
バシャッ
ベテランP「……またハデにやってくれたなァ……」ビショッ
洋子「……ごめんなさい」シュン
ベテランP「こりゃ、責任者としてデコスケにクリーニング代でも……冗談だ、そんな睨むな。濡れたのは上着だけだ。乾かせばどうにでもなる」
雪菜「まだ井手さんについては割り切れてないんですから、そういう冗談はやめてくださぁい……」
沙紀「それにしてもずいぶんとかかったっすねえ……」
洋子「それが、この部屋マグカップしかなくて、それにたっぷり入れたから……」
沙紀「なんでマグカップしかないっすか……」
ベテランP「……シャツにまで滲みてきやがった……上着の中の小物、ここに置かせてくれ」コトッ
沙紀「……鬼上さん……今出したこの……ナイスでアートなセンスの顔の、たぬきの形したストラップは何っすか……?」
ベテランP「……ああ、それァラジオだったかの企画でうちのアイドルがデザインして売り出そうとしてるキャラクターのフィギュアストラップのサンプルだ……」
沙紀「……」ジーッ
ベテランP「……気に入ったならやるよ。『つぶタヌキくん』と言うんだと……」
沙紀「……いいっすかっ?!ありがとうございます!」キラキラ
雪菜「……沙紀ちゃん目がすごくキラキラしてるぅ……」
洋子「……不細工だけど愛嬌はあるね……あのたぬき」
―――同日 午前12時
ベテランP「……開演まであと2時間か……すまないが、俺は一度会社の方に戻らせてもらう」
雪菜「お弁当は食べないんですか?」
ベテランP「ああ、分けて食べてくれ……アンタたちの舞台袖待機……順調に進めば4時半ころだな……それまでには戻ってくる」
洋子「それまで、私たちだけで……?」
ベテランP「あァ……お前がくせっ毛と赤毛の嬢ちゃんを引っ張るんだ……頼んだぞ……アホ毛の嬢ちゃん」
洋子「……」
ベテランP「……俺から言えることは少ないが……一度、デコスケが言ったことをよく考えてみろ……アイツの本当のメッセージを、なァ」ガチャッ
雪菜「本当のメッセージ……ですか?」
バタンッ
洋子「……ううっ、気が重いよ……」グゥーッ
雪菜「……とりあえずお昼ご飯食べましょう……鬼上さんの分も洋子さんにあげますから」
沙紀「洋子さんのお腹は正直っすね……」
―――同日 午後1時
洋子「……ふう、食べたら少しは落ち着いてきたかな……」
沙紀「食欲はなかったけど、食べだしたらなんとかいけるもんっすね……」
洋子「あぶなかったねっ、このままだったらはらぺこのままステージに行っちゃうところだった……」
雪菜「……普段だったら、井手さんが『ライブ前なんだから、何でもいいから腹に入れておけ』って言ってくれましたからねぇ……」
沙紀「……思い出させないでほしいっすよ……忘れてライブに臨もうとしていたのに……」
洋子「……プロデューサー……」
雪菜「……本当に、私たちを騙していたんですかね?井手さんは……あんなに優しくしてくれたのに……」
沙紀「……そうっすね……こないだのアタシの単独撮影の後待機していた時、へそ出し衣装じゃ寒いだろうってコートを貸してくれたり……」
雪菜「……私のいろいろなイタズラも笑って許してくれたり……」
洋子「ビューティガールズ結成よりも前、過激なファンの人に追いかけられたとき、お姫様抱っこで安全なところまで一緒に逃げてくれたり……」
沙紀「……ここにきてものすごく気になる新エピソード出してきたっすね……」
雪菜「洋子さん、教えてください」
洋子「……ちょうどここの建物での出来事だったから思い出したんだけどね……まだ私がソロで活動していたころ、ステージが終わった後で、関係者出入り口から刃物を持った男の人が入ってきたの」
雪菜「のっけからヘビーですねぇ……」
洋子「後で聞いた話だけどね……私と井手プロデューサーは、その時他の人たちよりステージから楽屋に戻るのが遅くなって、その連絡にも気づかないでいたんだ」
沙紀「危ないっすね……」
洋子「他の人は連絡が来ていて人の多いところで待機したり、楽屋に鍵をかけていたりしたらしくて、人気のない楽屋廊下の曲がり角でばったりその男に遭遇」
沙紀「うわうわうわ……」
洋子「向こうも、いきなりで面食らったんだろうね……ちょっと固まっちゃって、相手が刃物を持ってるのに気づいたプロデューサーがその隙に私の手を引いて引き返したの」
雪菜「ひええ……」
洋子「そのとき、私はヒールを履いていてうまく走れなくて……そうこうしているうちに顔を見られたからか、その男も追ってきて、近づいてきて……」
沙紀「……」ゴクリ
洋子「それで、このままじゃマズいと思ったのかな、プロデューサーが私の体を抱え上げて、お姫様抱っこみたいにして駆けだしたの……」
沙紀「……あのあまり体格の良くない井手さんが、っすか……」
洋子「うん……それで、そのちょっとだけ先に扉が少し空いた倉庫の部屋があって、そこに駆け込んだの。扉を閉めてそのわきにあったおっきな木のパネルを扉に立てかけて開かないようにして……」
雪菜「洋子さんを抱えたり、パネルを動かしたり、凄いですねぇ……」
沙紀「火事場の馬鹿力ってやつっすかね……」
洋子「倉庫には内側からかける鍵がなかったから、すぐに入ってきちゃう……だから、窓から外に出たの」
沙紀「あれ、でもこの建物ってフェンスに囲まれてて、いくつかの出入り口からしか駐車場に出られないはずっすよね……」
洋子「うん。プロデューサーはただ考えなしに外に出たんじゃなくて、抜け道を知っていたから外に出たんだって」
雪菜「そんなところがあるんですか……」
洋子「……このあたりの、楽屋がかたまっているあたりからホールを挟んで向こう側。そのあたりのフェンスのひとつが弱くなってて、『ガッ』ってやるとはずれちゃうんだって」
沙紀「『ガッ』……っすか……」
洋子「……関係者出入り口での出待ちのファンとかに見つからないような抜け道ってことで覚えてたらしいけどね」
雪菜「それから……?」
洋子「……人目のある駐車場にたどりついたところで私、腰が抜けちゃって……そしたらプロデューサーがまた私のことをお姫様抱っこしてくれて……一度送迎用の車まで連れていってくれたの」
沙紀「……」
洋子「それから、刃物の男が取り押さえられたって連絡がくるまで、車に鍵をかけて二人で震えてたの」
沙紀「……すごい話っすね」
雪菜「……あれ、沙紀ちゃん。今日はそういう話を聞いても私の背中叩かないのぉ?」
沙紀「今日は井手さんのことが井手さんのことだからそういう気分にならないっすよ」
洋子「……そうだよ……こうして考えれば考えるほどわからないよ……井手プロデューサーは……あんなに優しかったのに……なんで私たちを解散させようとしてるの……?」
沙紀「その割には、わざわざ鬼上さんにアタシたちを送迎させるように頼んでいたり……井手さんの考えがわからないっす」
洋子「朝、事務所に来てみたら、鬼上さんがいて驚いたよね……」
雪菜「……そのことなんだけどぉ、井手さんは本当に私たちを解散させようとしているのかなぁ……」
沙紀「……どういうことっすか……?」
洋子「……そうだよね……あんなに、私の……私たちのことを思ってくれているのに……解散させようなんて……」
雪菜「そういうことじゃなくて……いえ、そういうことでもあるんですけどぉ……」
沙紀「……雪菜ちゃん、はっきり言ってほしいっす」
雪菜「……さっき、鬼上さんが言ったとおり、井手さんが言ったことを考えてみたのぉ……」
洋子「……」
雪菜「たしか井手さん、『私たちのステージを、最後に見せてもらう』って言ってましたよねぇ……その時は必ず解散させるから『最後のステージ』って思ってたけどぉ……」
沙紀「『最後に』っすか……でも、井手さんがフェアリーαの……アイドルのプロデューサーを続けるのなら、『最後に』ってちょっとおかしいっすよね」
雪菜「それに、事務所のドアを開けて沙紀ちゃんに呼びかけたとき、『フェアリーαを越えてみせろ』って……」
沙紀「アタシたちをバトルで敗北させて解散させようっていうのに激励するのもおかしな話っすね……あの時はキメ癖のひとつだと思ったっすけど……」
洋子「……そういえば昨日、井手プロデューサーが怒ったの……沙紀ちゃんのお茶の時と、私が『負けたほうがいい』って言ったときだったよね……」
雪菜「……井手さんの話があれですべてなら、井手さんにとっては洋子さんの言う通り、私たちが負けたほうがよかったはずですけど……」
沙紀「……そうっすよね……アタシのお茶の時はともかく、洋子さんの時……あの怒り方はとてもポーズには見えなかったっす……」
雪菜「そもそも、井手さん……プロデューサー本人が活動したてのユニットを解散させるために、こんな回りくどい方法をとる必要があるのかなぁって……」
沙紀「……そうっすよね……このライブバトルが設定されたのは一か月前っす……本気で解散させようっていうなら、いくらでも早くて確実な方法があったはず……」
洋子「……わざわざフェアリーαのプロデューサーからの挑戦って嘘をついていたしね……その時から何かの考えがあったことは間違いないよね……」
雪菜「……今のは全部根拠のない話ですけどぉ……」
洋子「……井手さんを信用するべきか……そうするべきじゃないか……わからないよ……」
沙紀「……たとえ井手さんの目的がアタシたちを解散させることじゃなかったとしても……井手さんが、フェアリーαを……藍子ちゃんたちを苦しめてきたことには変わらないっす……」
雪菜「……どこからが本当で、どこからがウソだったんだろう……」
洋子「……」
沙紀「……アタシたちとならトップを目指せるってこところ……?」
洋子「……」
雪菜「それとももっと前から……?」
洋子「……もしかして、私をスカウトした時から……?」
沙紀「……」
雪菜「……」
洋子「……」
カランッ
沙紀「あっ、アタシのつぶタヌキくんが床に……」
雪菜「アタシのって……沙紀ちゃんそのストラップすごく気に入ったんだねぇ」
沙紀「……うん、見た目もアーティスティックでいいっすけど、名前もナイスっすね」
洋子「……どういうこと?」
沙紀「……井手さんの目的がどうであれ、今日のバトルは勝つつもりで来ているっす」
雪菜「……」
沙紀「つぶタヌキ……小さいタヌキってことっすよね……小狸……漢字にして音読みすればしょうり、勝利っすよ!縁起がいいっす」
洋子「……ふふっ」
雪菜「うふふっ。沙紀ちゃん、それこじつけじゃなぁい……」
沙紀「……でも、勝つか負けるかの大勝負っす。験を担ぐのも大事っすよ」
雪菜「……それって」
洋子「井手プロデューサーが言っていたこと……だよね」
沙紀「……そうでしたっけ……?」
雪菜「……ほらぁ、ポスターを探したり、みんなでペンキまみれになっちゃったりした日……」
沙紀「……そういえば、そんなこともあったっすね……。ファーストライブをしたり、ブログでの井手さんの意気込みを見てトップを目指そうとしたりもそのあたりで……懐かしいっす」
洋子「……」
雪菜「……うん、ちょっと元気が出てきたぁ。もう開演時間も近いし、そろそろ私もみんなのメイク直し頑張っちゃお♪」
沙紀「……雪菜ちゃん、急に張り切りだしたっすね……」
雪菜「うん、なんにしたってまずは勝たなきゃいけないって、今の沙紀ちゃんを見て思ったからぁ……」
洋子「それにしたっていきなり明るくなったね」
雪菜「はいっ。勝ちたいって思うなら、まずは気持ちで負けるわけにはいきませんからぁ」
沙紀「それも……」
洋子「ホーリーナイトスターズとのライブバトルのときに井手プロデューサーが言っていた……」
雪菜「……そうでしたねぇ……」
沙紀「……」
雪菜「……そういえば、井手さんは……デコさんは、フェアリーαのプロデューサーの立場を使ってまで妨害を制してあのバトルで勝たせてくれたんですよねぇ……」
洋子「……」
洋子「……ねえ、二人とも……手を出して」スッ
沙紀「……洋子さん、手の甲を出して……どうしたっすか?」
洋子「円陣だよっ!円陣っ!……私もやることにしたよっ!……今日のライブを勝つつもりで、全力でっ!まずは無理にでもテンション上げないとねっ!」
沙紀「……」フフッ
雪菜「……洋子さん、それも……」
洋子「……ふふっ、おかしいね。みんな揃ってプロデューサーの言ったこと、覚えていてこの土壇場で言うんだから……」
雪菜「……信じるとか、信じないとか、そんな答えはみんな心の底ではとっくに出ていたんですねぇ」
沙紀「……そうっすね。全部、きっと何かの間違いっす。デコさんにそんなカッコよくアタシたちを欺き続けるなんてできるわけないっすよ!」
洋子「なら、プロデューサーの望み通り、フェアリーαをみんなで越えてみせてあげようよっ!」
沙紀「……はいっす!」スッ
雪菜「……やりましょう!」スッ
洋子「今日のライブバトルっ!絶対勝つぞーっ!」
「「「おーっ!!!」」」
洋子「……そうだ、プロデューサー……会った時からずっと、一緒にトップを目指そうって言ってくれてたっけ……」
―――同日 午後4時
ガチャッバタン
ベテランP「おう、出る準備は……できてるなァ」
洋子「……はいっ」
ベテランP「……なんだァ、アンタたち、昼までとはずいぶん違った顔つきじゃねえか……見違えたぜ」
沙紀「……アタシたちは今日のライブバトル、絶対に勝つことにしたっす」
雪菜「……デコさんの言ったことを信じて、ね♪」
ベテランP「……その心意気や、よし……ってとこかァ」
洋子「……そういえば、鬼上さんはどちらに……?」
ベテランP「……会社の方に野暮用さァ……もう少ししたら舞台袖へ移動するぞ」
―――同日 午後4時40分 ビッグホール『クローバー』 大ホール 上手側舞台袖
沙紀「……何回来ても、ここは緊張するっすね……」
ベテランP「……ちょっと前からフェアリーαのメンバーがステージ中央の奈落で待機してるはずだ。まもなく最後のライブバトルのアナウンスが入る……」
『皆さーん!本日はミツバプロダクションクリスマススペシャルライブお楽しみいただいていますでしょうか!』
雪菜「これですかねぇ……」
『このステージもいよいよ次の演目がフィナーレになります!ミツバプロダクション新進気鋭のユニットふたつがライブで勝負!』
洋子「始まりますね……」
『「フェアリーα」VS「ビューティガールズ」!ライブバトルですっ!』
ワアアアアアッ!!!!!
雪菜「歓声が、会場のマイクを通してじゃなくて、直接ここまで聞こえてきますねぇ……」
『ではさっそくフェアリーαのみなさんにご登場いただきましょう!どうぞ!』
バッ
ウオオオオオオッ!!!!!!!
洋子「……すごい歓声ですね、フェアリーα……」
『では、フェアリーαのリーダー、高森藍子ちゃんに今回の意気込みを聞いてみましょう!』
藍子『あ、あ……聞こえてますか?』
ワアアアアッ!!!
沙紀「藍子ちゃん……」
藍子『こんなに声援をいただいて……ありがとうございます。でも、今日はまず報告しなければならないことがあります』
洋子「……?なんだろう」
ベテランP「……」
藍子『私たち、フェアリーαは……短い間でしたが、今日のこのステージをもって、解散します』
雪菜「えっ……!?」
沙紀「どういうことっすか……?」
洋子「まだライブバトルの決着どころか、ライブもしていないのに……」
ザワザワ……
沙紀「客席もざわめいているっすね……」
藍子『本当にごめんなさい……そのかわり、これが最後のステージということで、精一杯歌います!』
ベテランP「雰囲気が変わったなァ、さすが実力のある子だ。客席の困惑ムードも吹き飛んでいっている……」
藍子『聴いてください!フェアリーαで、「start from α!」!!』
洋子「……始まったね……」
沙紀「……そういえば、これまでフェアリーαのステージ、直接見たことがなかったっすね……」
雪菜「あそこに会場のモニターがあるし、解散のことは気になるけど見に行ってみようかぁ」
ベテランP「この後はすぐにアンタたちの出番だ……ほどほどにしとけよ……」
洋子「……二人とも、ある意味大物ですね……」
―――同日 午後4時48分
ワアアアアアアアッ!!!!!!
藍子『皆さん!短い間でしたがフェアリーαの応援!ありがとうございました!』
沙紀「……凄かったっすね」
雪菜「……パフォーマンスがすごいって聞いてたけどぉ……みんな私たちより年下なのに、あそこまで動けるなんて……」
ベテランP「おい、アンタたち、スタッフが呼んでるぞ……」
洋子「二人とも、もうせりの準備が整ったって……」
ベテランP「……フェアリーαのステージにビビっちまったか……?あの宣言……撤回するかい」
沙紀「……大丈夫っすよ。アタシたちには勝利のつぶタヌキくんがついているっす」
雪菜「お化粧もばっちりです!気持ちの差で負けるわけにはいきませんよぉ!」
洋子「ようし、みんなでテンションを上げて!ステージにいこうかっ」
タッタッタッ……
ベテランP「……」フッ
『ではつづいてビューティガールズの登場です!どうぞ!』
ワアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!
―――同日 午後6時 ビッグホール『クローバー』 ビューティガールズ控室
ガチャッバタン
ベテランP「おう、アンタたち……」
沙紀「……先に戻ってたっすか……」
ベテランP「そこのモニターで見てたさ……アイドル全員によるアンコールステージの後のバトルの結果……」
洋子「……」
ベテランP「アンタたち、よくやってくれたなァ……その勝利のバッジに記念盾……輝いてるぜ」
洋子「……ありがとうございますっ!」ポロポロ
沙紀「……本当に……本当によかったっす……!」グスッ
ベテランP「……泣くない……」
洋子「……そういえば、雪菜ちゃんの姿が見えないけど……」
沙紀「そういえば、終わってから急いで走っていったっすよね……」
ベテランP「赤毛の嬢ちゃんなら、アンタたちより先にここに戻ってきて何かを持ってまた出て行ったぞ」
ガチャッバタン
雪菜「みんなぁ……本当によかったねぇ……」
ベテランP「おう、来たかァ」
沙紀「……雪菜ちゃん、どこ行ってたっすか?」
雪菜「……ちょっとねぇ……」
洋子「……でも、こうして勝っても井手プロデューサーは……」
ベテランP「……アイツは……もう戻っちゃこねえだろうな……もう電話にも、何にも反応が返ってこねえ」
沙紀「……っ!」
ベテランP「……すべてが終わったんだ……俺から説明すべきなんだろうなァ……」
沙紀「……井手さんの本当の目的に、フェアリーαのプロデュースのこと、それと……」
洋子「……フェアリーαの解散について、ですね……」
ベテランP「なんだァ、全部分かってたのか……」
沙紀「詳しいことは何も知らないっすけどね……」
『~~♪』
雪菜「……あっ……ちょっとごめんなさい……」ピッ
洋子「携帯……雪菜ちゃんなんで衣装のポケットに……」
沙紀「きっと、さっきここに取りに来たんじゃないっすかね」
雪菜「……本当ですかぁ!?すぐに……」
沙紀「雪菜ちゃんは何の電話をかけてるっすかね……」
雪菜「……ごめんなさい、鬼上さん……」ピッ
ベテランP「いいんだ……さて、何から話したもんか……デコスケから聞いたことと俺が知っていること……整理が難しくてな」
雪菜「……鬼上さん、それは大丈夫ですよぉ」
沙紀「……雪菜ちゃん……?」
雪菜「本人から直接聞きましょう、私たちもこのままじゃ納得できませんからぁ」
洋子「それって……?」
『ほら、ちゃんと歩くっす』
『わかったよ……わかった。もうおとなしくするから離してくれ……』
ベテランP「……この声は……?まさか」
ガチャッ
後輩P「……井村サン、連れてきましたよ……まさか本当に井村サンの言った場所に井手センパイが現れるとは思わなかったっす……」
P「……」グッタリ
洋子「プロデューサーっ!?」
―――同日 午後6時30分
沙紀「なるほど、昼に洋子さんが言ったフェンスの抜け穴の場所にいたっすか……」
洋子「あそこから出れば人目にあまりつかないからね……」
後輩P「ちょうどうちの楽屋が向こうの方だったっすからね……いきなり井村サンから電話が来て、窓の外を見張ってくれと言われて、あまりに気迫がすごかったから押されて……」
洋子「雪菜ちゃん、よく戸中居プロデューサーと連絡取れたね……」
雪菜「ちょっと前に戸中居さんから頂いた名刺が役に立ちましたぁ」
後輩P「押さえつけるのは楽だったっす」
沙紀「体格差があるっすからね……」
後輩P「……それにしても……」
ベテランP「……」
P「……」
後輩P「なんなんっすか、この集まり……」
沙紀「……デコさん、全部説明してほしいっすよ」
P「……ああ」
後輩P「……説明してほしいのはこっちっすよ……」
P「事の起こりは、いつだったかな……8月の中頃だな。ちょうどビューティガールズが結成して一週間くらいのことだ」
沙紀「ひょっとして、アタシのペンキ事件の日っすか?」
P「たしか……そうだな……よく覚えてるな……」
雪菜「続けてください……」
P「あの日、鬼上さんに呼び出された当時。俺はいろいろと焦っていた。なんたって、洋子のお父さんとの約束の日時まであと半年もなかった」
洋子「……私の……誕生日。あのときはまだビューティガールズも名前が売れてなかったから……あのままじゃアイドルを続けられなかったかも」
P「申し訳ないが、はっきり言うとお世辞にも洋子のソロ活動での実績は大きくはない……だから、起死回生の策として、美をコンセプトにしたユニットとして売り出す方針を固めた」
雪菜「それが、ビューティガールズ……ですか」
P「……結果としてそれは成功だった。それは、今日の結果を見ればわかるだろう……」
後輩P「……」
P「……実績を残せていなかったとはいえ、洋子には素質があったし、短くない下積みの間で少ないが根強いファンもついていた。さらに沙紀や雪菜にも非凡なものがあった。それが決め手だっただろう」
洋子「……」カァッ
P「……話を戻そう。鬼上さんに呼び出されたその話の内容は、新たなプロジェクトを任せたいということだった」
沙紀「プロジェクト・フェアリーα……そのプロデュースっすね」
後輩P「……フェアリーαのプロデューサーは井手センパイだったっすか?!」
P「……ああ。俺は最初は断ろうとした。ビューティガールズのプロデュースに専念したかったからだ」
ベテランP「……だが、ミツバのもっと上、企画部の役員が圧力をかけてきた。早い話が向こうさんとしては社を上げたプロジェクトであるフェアリーαの方を優先してほしかったわけだ」
P「……実績を残せていないアイドルと養成所からの生え抜きのアイドルで構成されたビューティガールズ……それに対して人気グループから引き抜いて構成されたフェアリーα……会社としての重要度は雲泥の差だ」
ベテランP「……俺の強い推薦があだになった。デコスケはビューティガールズを守るためにフェアリーαも担当せざるを得なくなった」
後輩P「なんなんっすか……その話……それだったら自分たちにだってその話が回ってくるべきだったじゃないっすか……」
洋子「戸中居プロデューサー……」
後輩P「うまい話もつらい話も何もかも吸い取っちまいやがって……だから……オニガミ派ってやつは……」
P「……」
ベテランP「……」
P「……アイドルの人気と能力だけを取り出しそれぞれの個性を一切排除したステージを作る、それがプロジェクト・フェアリーαだ」
雪菜「……メンバーの選出は誰が……?」
P「……俺だ。人気上位のユニットやソロで活躍していたアイドルを選出した。……それがどれだけ罪深い事かも知らずに」
沙紀「……っ!」
P「自分の名前を出さず、アイドルその人たちとも直接コンタクトを取らない……だから、罪の意識は薄れた」
洋子「……どうして、名前を出さなかったんですか?」
P「……ミツバはこのプロジェクトがアイドルにどう思われるかお見通しだったってことだ。反感を持たせないために、正体のわからない恐怖で縛る。直接話すのはプロジェクトの真の意味を知らない何も知らないマネージャーだけだ」
後輩P「……逆らえば、ともすればプロダクションそのものを敵に回しかねない。そう思わせたわけっすか」
ベテランP「……その計画は、俺がデコスケを推薦したのち、不気味なほどぱったりと内情が伝わってこなくなった」
P「……鬼上さんは、アイドルとの信頼関係を何よりも大切にしている。その上人望もある。この計画に邪魔になる存在だ。漏れたらプロジェクトは当初の予定通りとはいかない。ミツバにとって幸いだったのは……」
後輩P「……鬼上サンが近くに退職予定だったって事っすか……」
P「……俺もこのプロジェクトを外に漏らせなかった。ビューティガールズを人質に取られて、な……」
洋子「……」
P「ともかく、その二足のわらじでしばらくたった後、変化したことはビューティガールズとフェアリーαの力関係だ」
沙紀「……力関係っすか?」
P「ビューティガールズが……会社の思惑を外れて……人気を出してきた。間違いなくお前たちの素質によるものだ。もはやミツバも最初ほど雑にビューティガールズを扱うわけにはいかなくなった」
雪菜「それならよかったんじゃあ……」
P「……いや、ミツバはその人気に目を付けたんだ。今度はビューティガールズを解散させ、第二のフェアリーαを作ろうとした」
ベテランP「……」
P「……誰がその第二のフェアリーαに選出されるにせよ、それは俺と洋子……それだけじゃない、俺とビューティガールズ全員が引き離されることを意味する」
洋子「……」
P「わがままだよな……他のユニットはそういうように追い込んでおいて、自分はそれを嫌がったわけだ」
後輩P「……」
P「とにかく、ビューティガールズはフェアリーαを越えることができる、ミツバの人気アイドルたちを集めて構成されたグループを。……わざわざ引き抜きをする必要なんてないと証明する必要があった。」
沙紀「それって……」
P「そうしてギリギリのタイミングで設定したのが今日のこのライブバトルだ。ビューティガールズは実績を持っていたし、人気グループの活動停止もあって設定できた」
雪菜「……負けたら解散……あながち間違いでもないですねぇ……」
後輩P「自分がその話を知らないのも、フェアリーαの内部事情が絡んでいたからっすか……」
洋子「つまり、何もかもプロデューサーが私たちをプロデュースし続けるための行動だったんですか……」
P「このライブバトル、絶対にビューティガールズに負けてもらうわけにはいかなかった。逆に、ここさえ乗り切ってしまえば希望はあった」
ベテランP「……俺の退職……そして」
後輩P「再編成……っすか」
P「……その大きな動きに俺は期待した。この腐った計画に歯止めがかかることを、そうじゃなくても、俺がこの計画を外されることを……」
洋子「……井手プロデューサー……」
ベテランP「……無理だろうな……本人が一番分かってるだろうが、そこまで深く関わったプロデューサーが外されるとは思えない……」
P「……とにかく、このバトルになんとしても勝つために策を講じた」サッ
後輩P「……っ!」
沙紀「その緑のポーチ……まさか……」
雪菜「中身のそれは……小さい機械みたいですけどぉ……」
P「俺が……ある男に依頼……違うな。脅迫してやらせた細工だ。このスイッチを押すことで舞台上のカラースポットライトをあるパターンで明滅させることができる」
ベテランP「デコスケ、お前ぇ……」
洋子「……それが、どうしたんですか?」
P「……フェアリーαは俺の作った舞台演出通りに踊る。もしスポットライトが予想外の形で狂ったらどうなる?」
沙紀「……まさか……」
P「……パフォーマンスの低下は免れない。そして、それはフェアリーαにとって致命的だ」
沙紀「……まさか、今日のアタシたちの勝利は……」
P「……いや、これは使えなかったんだ。沙紀、お前がよく知ってるはずだ」
雪菜「……もしかして、昨日沙紀ちゃんがお茶をこぼしたせいで……?」
沙紀「……あの時あんなに怒ったのはそれが勝利の虎の子だったから……っすか」
P「……確認したが、あれで回路がいかれたみたいで……修理できるはずの男も昨日は忙しかったようでな」
後輩P「……」
P「アクシデントはそれだけじゃなかった。フェアリーαの面々の不満の爆発、そして藍子ちゃんの訪問だ」
洋子「つまり、プロデューサー相手にボイコットの交渉をしたってわけですよね」
P「……それだけじゃない。情けない話だが、あの時の藍子ちゃんの涙で俺はようやく自分が何をしているのかをはっきりと自覚した。ぼやけてた罪悪感にピントが合ったんだ」
雪菜「……」
P「さらにあの訪問は別の方向にも影響を生んだ。ビューティガールズの士気の低下をな……」
洋子「……」
P「……その時の俺はどうにかして藍子ちゃんたちを救いたかった。さらにお前たちをこのままアイドルとして活動させたかった」
沙紀「……」
P「ビューティガールズを存続させるにはまずはライブバトルに勝たせないといけない。その士気の低下は絶対によくないことだっただった。藍子ちゃんたちを救うことはまたチャンスがあるが、お前たちはそうもいかない」
P「……とにかくいろいろなことが限界に来ていたと思った俺はここでようやく鬼上さんにすべてを打ち明けることにした」
雪菜「でも、そんなことしたらプロダクションが黙っていないんじゃあ……」
P「……ここまでいろいろな人に迷惑をかけておいて、今更自分が助かろうなんて思っちゃいなかったさ」
洋子「つまり……」
ベテランP「……そこでデコスケから電話越しだったがいろいろ話を聞いたのさァ……今聞いたような話や……辞職の意思をなァ」
沙紀「辞職……!?」
後輩P「自分の首をかけてビューティガールズとフェアリーαを救おうとしたっすか……」
洋子「……そんな……それじゃ私たちが……私が……アイドルを続けられても……意味が……」
沙紀「昨日のメモは、その電話の後のタイミングに書かれたものだったっすか……」
P「……昨日のアクシデントはまだ終わらなかった。そうした事を終えて、事務室に戻った時……」
洋子「……私たちに二重プロデュースのことがばれていた……」
P「……正直に言えば焦った。同時に最高のチャンスだとも思った」
沙紀「……つまり、その状況を利用してアタシたちに藍子ちゃんたちを思う気持ち以上に強く、『勝たなければいけない』という意思を植えようとした訳っすか……」
P「……それと同時に、俺がお前たちを裏切っていたということを印象付けさせ、俺が退社して別のプロデューサーがついた時も妙な後腐れが残らないようにしたんだ」
洋子「そんな……」ポロポロ
P「……そして、今日の朝俺は鬼上さんに辞表をわたし、ライブの開演前に会社に届けることと、お前たちの送迎、さらにもろもろの後始末を頼んだ」
ベテランP「ったく、人使いが荒いもんだ……それだけ腹が据わってたって事だろうが……」
P「……フェアリーαの解散については相当難航したが、本人たちが昨日の計画を実行した時の書面は俺が持っている。それを交渉の材料にさせてもらった」
後輩P「……井手センパイ……そこまでやる人だとは思わなかったっす」
P「……このまま消えればよかったんだろうが、最後に欲が出てきてしまった。最後に、俺が育てたアイドルグループたちのステージを、その結果を……どうしても見届けたかった」
雪菜「デコさん……」
P「……結果はお前たちの知っての通りだ。お前たちは裏切られた悔しさ……俺への恨みをばねに勝ってくれた。まさかその後に捕まるとは思ってなかったがな……」
P「これが、すべての真実だ……もう、隠してることは何もない」
洋子「……」
雪菜「……」
沙紀「……ひとつだけ、すべての真実って言っていたけど、訂正させてもらうっす」
P「……どういうことだ?」
雪菜「……私たちは、デコさんへの恨みをばねにして勝ったわけじゃないですよぉ」
P「……」
洋子「私たちはプロデューサーを信頼して、勝ったんですよっ!ねっ、みんな!」
ベテランP「……」フッ
P「……まったく、敵わないな……」
沙紀「カッコつけて一人でそんなことを抱え込んで……どうせカッコつけて策を講じたところで、こうして失敗するっすから、早く話せばよかったんっすよ……」ジワッ
雪菜「……うぇえん……」グスッ
ベテランP「取り込み中のところすまないが、俺からも訂正というかひとつ謝らなければいけないことだある」ガサガサ
P「……」
ベテランP「今日の昼、実はアホ毛の嬢ちゃんに、茶をかけられちまってなァ」スッ
P「……これは」
ベテランP「デコスケ、アンタから受け取った辞表だ。上着にしまってたあったせいで、濡れて字もロクに読めねえくらい滲んじまってる……」
P「……」
ベテランP「……すまないが、書き直してくれや……俺が受け取るとは限らねえけどなァ」ビリビリッ
洋子「……鬼上さん」
P「でも、俺は……今日のためにいろいろと無茶を……フェアリーαの子たちにも申し訳ないことをしてきてしまっているし……」
ベテランP「だからって、このまま雲隠れかァ?まったく……」
P「……」
ベテランP「……いつも言ってたよなァ、部下のやったことは上司の責任って」
P「……」
ベテランP「このおいぼれの頭、アンタと一緒にいくらでも下げてやるさ……なあ、井手……」
P「鬼上さん……」
沙紀「……デコさんのことを名前で……」
雪菜「認めてくれたってことですかねぇ……」
―――同日 午後7時
ベテランP「沙紀、雪菜……洋子。心配するな。こいつのことをお前たちから引き離させたりはしない……約束する」
洋子「私たちのことも名前で……」
沙紀「……アタシたちの名前、ちゃんと把握してたんっすねえ」
ベテランP「……なんか言ったかァ?」
雪菜「な、何でもないですよっ、ねぇっ、沙紀ちゃん!」
P「……そうですよ、早いところ、フェアリーαの子たちに謝りにいかないと……」
ベテランP「……わかった、そんなに押すな……」ガチャッ
バタン
洋子「これで、大団円……なのかな?」
後輩P「……アンタたち……」
雪菜「……あっ、戸中居さん……」
後輩P「……自分を蚊帳の外にしておいて……よくそんなことを……」
沙紀「ええっと……」
後輩P「やっぱりオニガミ派は許せないっす!」
沙紀「……やれやれ……」
4 急「光芒」終わり
5 エピローグ「プレゼントフォーユー、プレゼントフロムユー」に続く
本日24時よりエピローグの投下を行います
エピローグの投下を始めます
5 エピローグ「プレゼントフォーユー、プレゼントフロムユー」
―――翌日 12月25日 午前9時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
ベテランP「……それで、昨日フェアリーαの楽屋まで謝罪に行ったが……」
洋子「……」
ベテランP「……ドアを開けてすぐに井手のやつが部屋に滑り込み土下座してな。メンバーみんなポカーンとしてたよ」
沙紀「……当たり前っすよ。向こうは事情知らないっすから……」
雪菜「……さぞ驚いたでしょうねぇ……」
ベテランP「最終的に事情を説明してな……確かにみんな思うところもあったようだが、藍子の鶴の一声で一応は納得してくれたみたいだ。解散のために井手が一肌脱いだのは事実だしな」
後輩P「そういえば、朝の役員会議では結局フェアリーαの解散の話はどうなったっすか?」
沙紀「……なんであなたがいるっすか」
後輩P「……ちょっと用事があって来たっすよ」
ベテランP「すぐには無理だろうが、活動を少しずつ減らして無くしていく方針ということだ……」
ベテランP「デコスケから解散を申し立てられたときは上も渋っていたようだが、昨日の解散宣言が効いたようだ。新聞にも大きく取り上げられてなァ」
沙紀「なるほど……」
ベテランP「それだけじゃねえ。昨日の来場者アンケートの速報でな……今年プロジェクト・フェアリーαのせいで活動停止になっていたグループのファンから非難の意見が多かったようだ……」
洋子「ファンと、世論を味方につけられたってことですね……」
ベテランP「結局、うまくいくはずが無かったのさァ……あんな信頼の欠片もないようなプロデュースは……」
後輩P「まあ、あの方法で幸いな部分があるとしたら、井手センパイの名前が表に出なかったって事っすね……」
雪菜「……プロデューサーとして名前が公開されていたら、矢面に立たされるのがデコさんって事でしたからねぇ……」
ベテランP「……ともかく、活動停止していたグループも正月明け辺りをめどに活動を再開するってことだ」
沙紀「よかったっす……」
ベテランP「ともかく、今後はこういうプロジェクトはおそらくやらねえだろうなァ。ほころびが出るのが早すぎた」
洋子「……」
ベテランP「まったく、今回俺がこんな腐ったやり方見抜けなかったのは俺がこの立場だったからだな」
後輩P「どういうことっすか……?」
ベテランP「俺がもっと上の立場から見張らなきゃダメって事さァ。来年以降も裏方として、アイドルたちに関わっていこうと思う」
雪菜「それって、これ以上の役員として残る話を受けるってことですよねぇ……」
洋子「……いいですね、井手プロデューサーも……きっと喜びますよ」
後輩P「……再編成は……自分が名を上げるチャンスは……結局無しっすか……」
ベテランP「……なに、お前も腕はいいんだ。これからも真摯にアイドルに向き合い続けることだな。きっと見ていてくれる人がいるさ……」
ベテランP「今回のことで割を食ったのは一人や二人じゃねえ。だが、その筆頭と言えばやっぱり……」
P「……」ズーン
ベテランP「…そこで土下座している男だろうなァ」
後輩P「……井手センパイ、いつからああしてるっすか?」
洋子「ええっと、私が寮から早朝ランニング代わりにここに来た、朝7時にはもうあそこに……」
沙紀「都合2時間はああしているっすか……」
雪菜「デコさぁん、頭を上げてください」
P「本当にすまなかった……」
沙紀「どう声をかけてもあんな反応をするばかりで……」
洋子「……声に反射的に反応してるだけなんじゃ……」
雪菜「試しに座ってみても反応ありませんでしたしぃ……」
洋子「す、座っちゃだめだよっ……」
沙紀「そうだ……デコさん、いつまでもそうしてるっすか!頭のてっぺんにアタシたちが写っているのが見えるっすよ!」
P「……ウソだ!まだそこまでいってないぞ!」ガバッ
雪菜「……ちゃんと聞こえてたんですねえ……」
沙紀「……大丈夫っす、ウソっすよ。でも……」
洋子「……ようやく頭を上げてくれましたねっ!」
P「……」
ベテランP「……一本取られたなァ、デコスケ……」
P「呼び方が戻った……」
ベテランP「ともかく、お前が頭を上げてよかった……まだまだ処理することが山積みだからなァ」
P「分かりました……お前たち、悪いけど……」
洋子「……だいじょうぶですっ!待ってますから……」
雪菜「そのかわりぃ……」
沙紀「もう、いなくなろうとか思わないでほしいっすよ!」
P「……まったく、大げさだな……昼には戻るからな」
ベテランP「ほら、デコスケ、行くぞ……」ガチャッ
P「……はい」
バタンッ
後輩P「まーたアンタたちは自分を蚊帳の外にして……」
沙紀「ああ、そういえば……」
雪菜「……ごめんなさぁい……用事があるんでしたよね……?」
洋子「……えっと、話の流れでプロデューサーたちを見送っちゃいましたけど……呼び戻しましょうか?」
後輩P「いや、今日用事があるのはアンタたちっす」
雪菜「私たちにぃ……?」
後輩P「一つだけ、伝えたい事実があるっす」
後輩P「……これのことっす」スッ
沙紀「これは……デコさんが照明の細工のために用意したっていうスイッチっすか……?緑のポーチの……」
後輩P「……これは前にセンパイに借りを作ったことがあって……その件で自分が依頼されて作ったものっす」
洋子「……お茶がかかって壊れちゃって使えなくなっちゃったとか……」
後輩P「……そのことっすけど、自分が見たところこのスイッチ、どうにも壊れてないみたいっす」
雪菜「……壊れてないない……ですかぁ?」
後輩P「……センパイに渡す時にも説明したっすけど、電源を入れたとき回路に異常があると電源ランプが点滅するように作ってあるっす。一応、舞台上のものを扱うので誤作動すると大変っすから……」
沙紀「……身体に似合わず気配りが細かいっすね……」
後輩P「……吉岡サン、自分にだけなんか当たりが強くないっすか?」
沙紀「なんというか……キャラがかぶってるからっすよ」
雪菜「……この機械、電源を入れてもランプがつくだけで点滅しませんねぇ……」カチッカチッ
後輩P「……それが正常っす。ランプがついている以上通電もしてるはずっす。そして、井手センパイもおそらく正常に動作ことを知っていたはずっす」
洋子「……つまり……どういうことですか?」
後輩P「……昨日井手センパイは『このスイッチはお茶がかかったせいで使えなかった』と言ってたっすよね……?」
沙紀「……そうっす」
後輩P「その話をしたときは、辞職してアンタたちに後任のプロデューサーがつくときに後腐れのないよう、嫌われて別れるつもりだったはずっす」
雪菜「……」
後輩P「だから、こんな舞台の妨害なんて卑怯な手を実際に使わなかった訳を、不可抗力だと説明した……」
洋子「でも、実際には使えたんですよね……?」
後輩P「……こうは考えられないっすか?センパイはこのスイッチを、『アンタたちを信じてあえて使わなかった』」
沙紀「……」
雪菜「……」
洋子「……」
後輩P「……どう思うっすか?」
沙紀「……証拠がないっすよ、デコさん、その時相当追い詰められてたはずですし……」
雪菜「……もしあえて使わなかったとしても、フェアリーαに申し訳ないって思ったのかもしれませんしぃ……」
洋子「……」
後輩P「……何をどう考えるかはアンタたちの自由っす……」
雪菜「……」
後輩P「でも、もし自分がアンタたちなら……信じた人を、信じてくれた人を……後のもうひと押し信じるところっす」
沙紀「……」
後輩P「……事実として、スイッチは壊れていなかった。これだけ知っておいてほしいっす。失礼するっすよ……」ガチャッ
バタン
洋子「……みんな、どう思う……?」
沙紀「……どう思うって、そんなこと……!」
雪菜「……当然、決まってるじゃないですかぁ!」
―――同日 午前10時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズ事務室前廊下
バタン
後輩P「……慣れないことしたっすね……まあ、これで借りは完全に返したはずっす」
――――――
―――11月15日 午後5時30分 ビッグホール『クローバー』 大ホール客席 関係者席
P「……貸しひとつって事にしとくよ」
後輩P「……どういうことっすか」
P「だから、この公平な舞台で堂々と妨害……今回は目をつぶってやる。結果として、いい演出にもなったしな」
後輩P「……」
P「……まあ、でもさ、どうしても引けない場面があるっていうのはわかるよ。気の迷いでこんな小細工する気持ちもわかる。俺にだってそういうことはある」
後輩P「……」
P「だからこそさ、せめてステージではもう少し担当のアイドルを信じてあげてもよかったんじゃないか?……そうすれば、きっと応えてくれたさ」
――――――
後輩P「……人にあんな説教しといて自分に妨害の片棒を担がせるとは……とんでもない人っす」
後輩P「……でも、この話を彼女たちにしたのは……あの時のアンタの言葉の方が本心……そう信じたからっすよ」クルッ
スタスタスタ……
―――同日 午前12時 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズ事務室前廊下
P「……あっ……」
藍子「……どうも……いま、ビューティガールズの事務所にお伺いしたんですけれど、井手プロデューサーさんがいらっしゃらなくて……」
P「藍子ちゃん……改めて謝らせてほしい……君の思いを踏みにじり続けたこと、君の訴えにすぐ真実を話せなかったこと……」バッ
藍子「……そんな、頭を上げてください……」
P「……」
藍子「……私は別に怒っていませんよ。フェアリーαの活動も、今こうしてみると結構いい経験だった気がしますし……それに、また元のグループで活動できるようにしてくれたんですから……」
P「でも……」
藍子「……前、私が言ったこと……覚えていますか?」
P「……すまない」
藍子「……こう言ったんですよ。『井手プロデューサーさんが私のプロデューサーさんだったらよかったのに』って……」
P「……」
藍子「結果的に、半分くらい本当でしたね……ちょっと、うれしいです」
P「……本当に、すまなかった……いや、違うな……」
藍子「……」
P「……ありがとう」
藍子「……どういたしまして……私、未央ちゃんや茜ちゃんと同じくらい井手プロデューサーさんも好きですよ。じゃあ、失礼します……」
タッタッタッ……
P「……そうかあ……」
ガチャッ
―――同日 同時刻 ミツバプロダクション6階 ビューティガールズプロジェクト事務室
パシーンッ
P「痛っ!……何すんだ、沙紀……いきなり……頭にチョップなんて……」
沙紀「……わからないっす……でも、なんとなく頭の中に『洋子さんのために今のタイミングでドアの前でチョップしろ』って聞こえて……」
P「……これが天性のツッコミの才能か……恐れ入りました」
沙紀「えっへん、崇めるっす」
雪菜「……二人とも何の役なんですかぁ……?」
洋子「……うん、やっぱりこうやって4人そろってにぎやかな方が楽しいよ」
P「……洋子……みんな、本当にすまなかったな」
沙紀「……聞き飽きたっすよ。その言葉は」
雪菜「……そうですよぉ!」
洋子「……そんな言葉なんかより、いつも通り……笑って私の近くにいてくれればそれで……」
雪菜「……洋子さん!そんなこと言ったら久しぶりに沙紀ちゃんの発作が……!」
沙紀「……っ!……っ!」バシバシ
洋子「い、いやっ!今の無しですっ!私たち、私たちって言いましたっ!」
P「……みんな、ありがとうな」
洋子「……そういえば、さっき、実家の方から電話がありました」
P「……なんだって?」
洋子「来年からもアイドル、頑張りなさいって……」
P「……そうか、よかったなあ……」
洋子「あと……年末には井手さんもつれて帰っておいで……と……」
P「……そうか、まいったなあ……」
沙紀「~~~っ!~~~っ!」バシバシバシ
雪菜「……沙紀ちゃんが止まらないよぉ……」
沙紀「いつみてもあの二人の関係はベタでピュアゆえのアートを感じるっす……」ゼェゼェ
雪菜「……沙紀ちゃんの言ってることがわからないよぉ……」
P「……まあまあ、もう昼時だし、飯に行こうぜ」
沙紀「……デコさん、それって……?」
P「もちろん、俺のおごりだ。今日はなんだって食べていいぞ」
雪菜「……やったあ!」
P「なにせ、俺からのクリスマスプレゼントと昨日のお疲れさま会、それに洋子の誕生パーティに忘年会も兼ねてるからな!」
洋子「ええっ、プロデューサー……それはちょっと兼ねすぎですよ……」
P「文句言わない、さあ、戸締りするから先出ていてくれ」
雪菜「はぁい」
沙紀「はいっす」
洋子「うう……誕生パーティとクリスマスパーティを兼ねられる運命の誕生日……」
ガチャッバタン
P「……電気を消して……あっ」
P「危ないな、昨日もらった記念の盾をこんな窓際に……」ヒョイッ
P「……あれ、今入り口から出てきたの……あいつら、もう外出てたのか……」ガラガラッ
『あっ、プロデューサー!何やってるんですかっ!はやく来ないと置いていきますよっ!』
『こうしてると寒いっすから、早く動きたいっすよ!』
『お昼ごはん、早く食べに行きましょうよぉ!』
P「……まったく、人がいるってのにあんな大声で……わかった!今すぐ行く!」
ガラガラッ
P「この記念盾は……どうしようかな……」チラッ
『表彰』
P「……とりあえず、入り口から目立つところに置いておこう……入ってくる人に自慢できるしな……」カタッ
P「さ、出るか……」ガチャッ
P「……」クルッ
『表彰』
『貴グループは今年ミツバプロダクションで』
『最も活躍し多くの人々に笑顔と感動を』
『与えたことを讃えこれを賞します』
P「……」
P「まさか、本当にあいつらに、ここまで連れてきてもらえるとはなあ……」
バタン
吉岡沙紀「序」井村雪菜「破」斉藤洋子「急」終わり
以上です、ありがとうございました
お疲れ様です
じっくり読ませて頂きました。乙
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