【アイマス】事務所内外騒動記録録 (91)


1.「犬も歩けばディナーに当たる」

「どう、響? そっちの様子は」

「ダメだぞ伊織。全然、見当たんないっ!」

「……あぁ、もう! 人がこんなに汗だくになってまで探してるって言うのに、
 あの子たちは一体どこへ行ったのよ!」

 はぁはぁと乱した息、白く。

 普段ならば「うぅ、寒い」なんて思わず一人ごちる風の強さも、
 熱を持った今の体じゃ、まったくと言っていいほど気にならなくて。

 数分ぶりに響と顔を合わせた伊織は、
 その細い腰に両手を当てて、息を整えるために深呼吸を一つ。

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「大体ね、アンタだっていけないのよ? しっかり手綱、握ってないから」

 額に浮かんだ汗を拭きつつ伊織がそう言うと、響が不満そうな顔で反論をする。

「それを言ったら、伊織だっておんなじじゃない」

「失礼ね。私はちゃんと握ってました! 
 ……だけど急に強く引っ張られたから、思わず手を放しちゃっただけで」

「だからそれを、握って無いって言うんだぞ!」

「と、と・に・か・く・よ・!」


 広々とした公園に、伊織の声が大きく響く。
 それから彼女は、近くにあった木製のベンチにどっかりと腰を下ろすと、

「……とにかく、ちょっとでいいから休憩しましょ。
 さっきからずっと走りっぱなし。いい加減、こっちの体力が持たないわ」


 ベンチの背もたれに疲れた体を投げ出すようにして、伊織が響を見上げて言った。

 だが、響はその場で足踏みを続けたまま、不安そうな顔で答える。


「でも、早く見つけないと……。このままじゃ、暗くなっちゃうし」

「だからってアンタはこの広い公園の中、闇雲に探し続けるつもりなの?」

「別に自分は、闇雲に探し回ってるつもりはないさー」


 伊織の問いかけに、響が自慢気にその胸を張った。

「自分といぬ美の付き合いだって長いからな! 
 こうして離れ離れになってても、いぬ美の行きそうな場所ぐらい……」

「まさか、直感で分かるなんて言わないわよね?」

 ジロリと伊織に睨まれた響が、キョトンとした顔で聞き返す。

「凄いね伊織。なんで分かったの?」

「……アンタねぇ」


 予想通りな彼女の反応に、ため息と共に呆れた様子で肩を落として。

 それから先ほどまで走り回っていたことによる疲労に加え、新たな疲れを心に感じながら伊織が叫ぶ。


「そういう勘頼みで探すのを、闇雲だって言うんじゃないの!」


===

 水瀬伊織と我那覇響。二人が今いる公園は、その広さと充実した設備によって、
 街のちょっとした観光スポットにもなっているような場所だった。

 敷地内には運動場や遊び場はもちろんのこと、小さなサイクリングコースだの、小動物とのふれあい広場だの。
 果ては展望レストランにキャンプ場、海に面したスペースには、人工の砂浜まである始末。

「そもそも、この場所が広すぎるのも問題なのよ。
 一体誰が考えたワケ? こんなバカでかい公園なんて」

 ぶっきらぼうにそう言い捨てると、
 伊織はベンチの傍にあった自販機から、買ったばかりの飲み物を取り出した。


「だけどこれだけ大きな公園だから、いぬ美たちだって思い切り散歩ができるんじゃない」

「そうしてこんな大きな公園だから、逃げ出した愛犬探しにも手間取るのよね」

「だーかーらー、そのことについては悪かったって謝ったでしょ!
 自分、いぬ美たちが逃げ出すなんて、夢にも思っていなかったって!」

 自販機にお金を入れていた響がそう言って、
「うがー」と両手を上げるジェスチャーをとる。


「公園に着くなり、勢いよく走り出すなんて。いつもなら、そんなことしないのに」

「あら、それを言うならうちの子だってそうよ」

 まったくワケが分からないとぼやく響に、伊織がジュースの蓋を開けながら言う。

「普段のジャンバルジャンなら、もしも私が手綱を手放したって、大人しく座って待ってるわ。
 なのに、今日に限っていぬ美と一緒に駆けだして」

「大型犬同士、揃って楽しくなっちゃったのかな?」

「さぁ、どうだか。あいにく私は、聞いてみたくても犬語なんて喋れないもの」


 そうして小さく肩をすくめると、伊織は持っていた缶ジュースに口をつけた。
 それから自分の肩を抱くようにして、ぶるると体を震わせると、


「何よこれ! あの自販機、ちょっと冷やし過ぎじゃない?」

「そりゃ、寒くなって来てるのに冷たい飲み物なんて飲んだらそうなるさー。
 しかも今、汗だってかいてるし」


 目線の高さまで持ち上げた缶に向けて悪態をつく伊織のことを、
 さも当然といった様子で響がたしなめる。

 すると伊織は、その睨むような視線を今度は響の方に向け。


「……偉そうに言うアンタは、何飲んでるのよ。随分と温かそうじゃない」

「自分か? 自分のは、コレ」

 そう言って響は、不機嫌そうな顔で自分を見上げる伊織に対し、
 持っていたホットレモネードの缶を差し出して見せた。


「運動した直後に、冷たい飲み物は避けるべし。それにね、レモンは疲れた体に良いんだぞ」

 だが伊織は、得意げに説明する響を鼻で笑うと、

「自慢気に言ってるけど、それっていつもレッスンの時に律子が言ってることそのまんま……。
 なによ、ただの受け売りじゃないの」

「す、凄いな伊織。そんなことまで分かるだなんて……!」

「同じレッスン受けてるんだから、それぐらい分かるに決まってるでしょ! 
 アンタ、ホントは分かっててからかってるんじゃないでしょうねっ!?」


 先ほどと同じくキョトンと、いや、今度は感心したように頷く響。
 そんな彼女に向けた威勢のいい伊織の叫びは、夕暮れ時の赤い空へと吸い込まれていく。


 気づけば、もう陽も落ちようとしていて。

 夜の訪れを告げる音楽が、公園に設置されたスピーカーから流れだす。

 見れば、視界の届く範囲に人影は無く。

 どこか離れた場所から聞こえて来る子供たちの楽しそうな笑い声も、
 徐々に静寂に溶け込んで消えて行く。


 ……別に、何と言うわけではないが。

 それでもこの時間帯独特の、
 何とも表現しがたい心ざわめかせる雰囲気に、
 飲まれてしまいそうな自分がここにいて。


 だから木製のベンチに座ったまま、
 伊織はぎゅっとジュースの缶を握る手に力を込めた。


「……どうかしたのか? 伊織」

 そんな自分に、心配そうに声をかけてきた響の顔を見て、
 伊織はほっと自分の胸を撫で下ろす。


「ううん、別に。ただ、何となく……ね」


 そうしてベンチから立ち上がると、
 今度は大げさに一度、体を思い切り伸ばして。


「――さてと。これ以上暗くなる前に、迷子のワンちゃん達を見つけださなくちゃ」

「そうだね。運動場の方はもう見た後だから、他にいぬ美たちが行きそうな場所と言えば……」

「案外、公園の入り口まで戻って来てるかもしれないわ。うちの子、飼い主に似て賢いから」


 二人が、再び並んで歩き出す。
 海側から吹く風に、汗ばんだ体が冷やされて。

 響の持つ、ホットレモネードの缶を見ながら伊織が言う。


「ねぇ、響」

「んー?」

「アンタのジュースと私のジュース、ちょっと交換してみない?
 今ならこの美少女アイドル伊織ちゃんの、飲みかけって特典付きだけど」


 突拍子もない伊織からの提案に、響が呆れた顔で隣を見ると、
 伊織は、至極真面目な顔でこちらを向いていた。


「……なーんて。冗談よ、冗談。本気になんて、しないでよね」


 風によって赤くなった鼻。すました顔でそう言うと、
 伊織は寒さをしのぐかのように、両手に息を吹きかけたのであった。


===

「あの、ちょっと待って下さい。プロデューサー」

 スピーカーから音割れした音楽が流れ出し、
 夕闇が辺りを包み始めた丁度その頃。

 前を歩いていたプロデューサーは突然彼女に呼び止められて、
 不思議に思いながらも千早の方へと振り返った。


 繰り返し聞こえる波の音。

 勢いを増した海風の中、
 千早がその長い髪を押さえるようにして立っている。


「どうした千早。薄着のせいで寒いって言うなら、上着ぐらいなら貸せるけど」

 そう言って自分の背広を脱ごうとするプロデューサーを、慌てた様子で千早が止めた。


「あ、いえ! 寒さに関しては、大丈夫です。
 ……それよりも、何だか妙な視線を感じる気がして」

「視線? 誰の?」

「それは、その……分かりませんけど」


 判然としない千早の返事に、キョロキョロと周囲を見回すプロデューサー。

 だが、辺りには自分たち以外は誰もおらず、
 長々と続く人工の砂浜には波が打ちつけている限りだし、

 離れた場所に並ぶ木々の陰の中までは、
 今いる場所からでは遠すぎてよく分からない。


「実は今日一日、時々ですけど、遠くの方から誰かに見られているような感じがずっと。
 まるで……そう、まるで誰かに、監視されているような。そんな視線が」

 困り顔のまま話を続ける千早に、プロデューサーが言う。

「うーん、そうは言ってもな。見たところ、辺りにそんな人影は無いし。千早の、気のせいじゃないのか?」

「でも、確かに感じたんです! 一瞬ですが、さっきだって。だから、こうしてプロデューサーに」

「いやいやいや! 何も千早が、嘘をついてるって話じゃないさ」


 問い詰めるようにして自分に近づいて来た千早を落ち着かせるよう、
 小さく両手を上げたプロデューサーだったが、ふとその視線が海の方へ向いたかと思うと、


「それともまさか、海から怪物がやって来るなんて言い出したりはしないよな? 実は俺、そういう話は苦手なんだよ」

「……っ! プロデューサー! 私は、真面目な話をしているつもりです!」


 そう言っておどけたように首をすくめたプロデューサーを、
 千早がムッとした表情で睨みつける。

 その、迫力たるや……。


 ――そう言えば以前、千早に睨みつけられたカメラマンが、
 余りの恐ろしさに逃げ出したことがあったっけ。


 なんてついついプロデューサーが昔のことを思い出していると、機嫌を損ねた千早はそのまま、

「信じられないと言うなら、もういいです」と一言、彼を置いて先を歩き出してしまった。


「お、おい千早! 待てって、冗談だよ!」

「知りません! アナタみたいな人、変質者でも怪物でも、勝手に襲われたらいいんです。
 それで、その時になって初めて人の言うことは聞いておくべきだったと後悔を――」


 そんなことを言いながら、また数歩、千早が足を踏み出した時だ。

 それまで感じていたものとは違う、強烈な視線と気配を感じて千早が後ろを振り向いたのと、
 そこにいるはずのプロデューサーの姿が視界から消え去るのは殆ど同時の出来事だった。


 ……あぁ、だから注意しろと言ったのに。
 この人の楽観的過ぎる性格は、いつか取り返しのつかないことを引き起こすと。


 だが、全ては何もかも遅すぎた。

 砂浜にうつ伏せで倒れたプロデューサー。
 そして彼の上で暴れる、あれは、あの影は――。


===

 よく、物語などで語られる「悲鳴を聞いた瞬間には飛び出していた」というシチュエーション。

 しかし、現実にそんな現場に居合わせた人間がとる行動は、物語の中のソレとは少し違う。


「……何、今の?」

「悲鳴……かなぁ?」

「誰の?」

「誰のって……女の人じゃない? 声は、女の人だった」

 公園内を歩いていた伊織と響も、確かにその声を聞きはした。

 けれども、それが本当に誰かの助けを求める声であり、
 何事かが起きた証明だと理解するためには、
 二度目の叫び声と、たっぷり数十秒の時間を必要とした。


「やっぱり、叫び声だ!」


 そうして事実を認識した二人は、ようやく行動を開始する。


「響、アンタ携帯ぐらい持ってるわよね!?」

「も、もちろんさー!」

「なら、いつでも電話できるように準備して! それから、私について来なさい!」


 先になって走り出した伊織の後を、
 響が、事態を飲み込めないまま追いかける。


「ちょ、ちょっと待ってよ伊織ぃ! 
 携帯とか、いきなりついて来なさいとか……急すぎ! ちゃんと説明してよ!」

「あんな悲鳴聞いて、知らんぷりするわけにもいかないでしょ!
 それに事故でも事件でも、何処かに連絡はしなきゃならないし!」


「ああ! それで自分が連絡係なんだね!」

「その通り! だけど万が一危なくなったら、
 目立つアンタが囮になって、その間に私が影からこっそり連絡を――」


 その間にも、断続的に聞こえてくる叫び声。
 しかし今度は、先ほどよりももっと野太い、男性の声のようである。


 伊織の脳裏に、最悪の事態のイメージが浮かぶ。

 暗くなり始めた公園。男女の悲鳴。
 それに自分たちが向かっている先はこの季節、最も人が寄り付かないような場所。


「っ! 響、ストップ!」

 先を走っていた伊織が立ち止まり、後ろについて来ていた響を小声で制した。
 伊織の背後にやって来た響が、自分も姿勢を低くしながら囁く。


「ここって確か、砂浜がある場所だよね」

「ええ、そう。……響、携帯は?」

「いつでも!」

「オーケー。なら、行くわよ……!」


 ごくりと、唾を飲みこんで。
 そっと二人が、並んだ木々の間から顔を覗かせる。

 するとそう遠くない砂の上。地面に転がる誰かの姿と、その上で暴れる二つの毛玉。
 そしてその傍に立ち尽くす、一人のスレンダーな少女の姿。


「誰かっ、だ、誰かーっ!!」


 砂まみれでのたうちながらも、必死の形相で助けを求めているその人物の顔に、伊織と響は見覚えがあった。

 ――いや、ここまで来たら、最早見覚えどころの話ではない。


「プ、プロデューサーっ!?」

「み、水瀬さんっ! それに、我那覇さんまでっ!?」

 そこにいたのは紛れもなく、普段から自分たちをアイドルとしてプロデュースしているプロデューサーであり、

「千早!? アンタもこんなところで何やってんの!」

 彼の傍でオロオロと立ち尽くしていた少女は、
 同じく事務所の同僚である、如月千早その人だったのだ。


 それから伊織の隣にしゃがんでいた響も、
 二人の方を指さしながら、驚いた声を上げて立ち上がる。

「あーっ!! ようやく見つけたぞ、二人とも!」

 見れば彼女が指さす先。

 そこにいたのは、今なおプロデューサーを襲う謎に満ちた二匹の怪物……ではなく。

 伊織と響が先ほどから探していた愛犬、
 いぬ美とジャンバルジャン、二匹の大型犬の姿であったのだ。


===

「まったく、酷い目にあった!」

 スーツについた砂を払いながら、プロデューサーがしかめっ面をしてそう言った。

 そうしてそんな彼の姿を見て可笑しそうに笑っているのは、伊織と響の二人である。


「ごめんごめんプロデューサー。自分たちも、まさかこんなことになってるなんて」

「そうそう、響の言う通り。今度はこんなこと無いように、私たちしっかりと握ってるから、ね?」


 だから許して頂戴と言う風に、伊織が手綱を握る右手を上げる。
 それはプロデューサーに向けての、「今度こそ手綱は放しません!」というアピールだ。


「だからってな、いきなり襲われた方の身にもなってみろ。
 有無を言わさず、二匹の巨大な毛玉に後ろから押し倒されてだな……。見ろ、顔中ヨダレでベトベトだ」

 そう言って自分の顔を指さすプロデューサーに、
 相も変わらずニコニコ笑顔で微笑む二人。


「あら、別に良いじゃない。それってアンタが、ジャンバルジャンに認められてる証拠だわ」

「うんうん! こう見えていぬ美も、結構人見知りなところがあるんだぞ。
 なのに、プロデューサーにはいつも自分からじゃれつきに行くし!」

「ジャンバルジャンも、基本的には水瀬の者にしか懐かないもの。
 なのにアンタの姿を見た途端、凄い勢いで尻尾まで振っちゃって」


 確かに伊織の言う通り、久方ぶりにご主人様の隣へ鎮座した二匹の犬は、
 じっと目の前のプロデューサーから視線を外すことなく、その尻尾を千切れんばかりの勢いで振っていた。


 その余りにも異様な懐かれっぷりに狼狽えながら、
 プロデューサーが隣に立つ千早へと聞く。

「なぁ千早。俺ってそんなに骨臭いかな?」

「あの、プロデューサー? 
 骨臭いの意味が、私にはイマイチ、良く分からないのですが……」

「だからさ、俺から骨みたいな匂いが出てるかどうか、それを聞いてるんだよ」

 困ったように顔をしかめる千早に、
「千早なら、分かるだろ?」と再度尋ねるプロデューサー。


「わ、分かりませんよ、そんなこと。私は、犬じゃないんですから!」


 そう言って怒る千早であったが、プロデューサーの方はどうも釈然としない顔のまま。

「おかしいなぁ」とブツブツ一人呟いては、その首を傾げるばかり。


「あー……二人とも、ちょっといいかしら」

 すると伊織が、そんな二人の間に割って入って。

「さっきから聞こうと思ってたんだけど。
 どうしてアンタたちはここにいたワケ? それも二人で、こんな時間に」

「水瀬さん、それは……」


 質問した伊織から目を逸らし、言いよどむ千早。
 そんな彼女が発する妙な雰囲気に、伊織の勘が働いた。


「ま、まさかとは思うけどアンタ達……。
 皆に内緒で、つ、付き合ってたりとかするんじゃあないでしょうね!?」

「なっ! わっ、私はそんな……っ! 違いますっ!!」

「そ、そうだぞ伊織! 千早が言う通り、
 俺たちは決して、そんな怪しい関係じゃないっ!」


 ワザとらしいほどに動揺し、慌てた様子で否定するプロデューサーと千早の二人。
 その反応を見た響が、こっそりと伊織に近づいて来て耳打ちをする。


「なぁ伊織、怪しい関係ってどんな関係のこと? 怪しくない関係も、あるの?」

 だが、伊織はそんな響のことを呆れた顔で一瞥すると、

「だったらアンタたちがココにいたことについての、納得のいく理由を説明しなさい、理由を!」

 まるで何事も無かったかのように左手を上げて、
 その人差し指をプロデューサーに向けて突き出した。


 プロデューサーが、面倒くさそうに頭を掻く。
 すると彼の髪の毛についていた、払いきれなかった砂がパラパラと辺りに舞い落ちて。

「……待ってたんだよ、人を。千早は、その付き添いだ」

「待ってたって、誰を?」

「あずささん。彼女は今日、ここで仕事をしてるんだ」


 プロデューサーがそう言って、もう一度ポリポリと頭を掻く。
 そうして今度は、千早が彼の後に続いて話し始めた。

「この公園にレストランがあることは、二人だって知っているとは思うんだけど」

「それってさ、てっぺんに円盤乗せた、塔みたいな形したヤツのことだよね?」

「ええ、そうよ我那覇さん。その円盤を乗せたレストランで合ってるわ」


 響がそう答えると、千早がスッと遠くを指さした。
 なるほど、その指のさす方向には、確かに大きな建造物が建っている。


「それで、あの展望レストランがどうかしたの?」

 伊織が、左手を軽く上げてプロデューサーに尋ねる。


「実は今度の雑誌の仕事でさ、オススメのデートコースを紹介するって企画があって。
 そのデートコースのシメになるのが、何を隠そうあのレストランだったんだよ」

「あずささんは今日一日、彼女役として、紹介用の写真に写るモデルの仕事を」

「題して、『誌面の上でアイドルとデート! 三浦あずさ編』! 
 モテないクンの君だって、紹介用の記事を読むだけで、アイドルとデートした気分になれるって寸法だ!」


 そうして自慢気に両腕を組んだプロデューサーに向けて、響が一言。

「……本人が良いなら構わないけど、それって読み終わった後で、余計に空しくなるだけなんじゃ」


 だが一緒に説明を聞いていた伊織の関心は、そんな響とは別の場所にあるようで。

「まぁ、アンタがあずさを待ってることは理解したわよ。
 でも、だったら千早は? 関係ないわよね?」

 伊織が、不思議そうに眉をひそめてそう言うと、

「おいおい伊織ぃ、忘れたのか? 千早は今、あずさと一緒に暮らしてるんじゃあないか」


 仕方のないヤツだなと、大げさに首を振るプロデューサーの言葉に、「うぇっ!?」と驚きの声を上げる響。
 そんな彼女の反応に、苦笑しながら千早が続ける。

>>29訂正
×「おいおい伊織ぃ、忘れたのか? 千早は今、あずさと一緒に暮らしてるんじゃあないか」
○「おいおい伊織ぃ、忘れたのか? 千早は今、あずささんと一緒に暮らしてるんじゃあないか」


「いくら親の許可があったとしても、高校生の、
 それもアイドルの一人暮らしは、やっぱり何かと物騒だからって。
 事務所とも話し合った結果、先月の中ごろからお邪魔してるのだけど」

「あー……。言われてみれば、前にそんな説明があったような気もするわ」


 まるで自分の記憶を思い出すように、
 小首を傾げる伊織の頭を、隣に立つ響がポンポンと叩く。


「ごめんなー千早。こう見えても伊織って、意外と抜けてるところがあるんだよね。
 勿論、自分はカンペキだから。千早とあずさの同居の話、ちゃあんと覚えてたんだけど」

「こら響! アンタだってさっき、思いっきり驚いてたじゃない!」

「確かに我那覇さんの言う通り。水瀬さんも時々、そういうところがある気がするわ」

「千早も、なに納得してるのよっ!」

 響と千早。二人の会話に声を荒げる伊織のことを、
「まぁまぁ落ち着けよ」とプロデューサーがなだめに入る。


「それで、お前らの方は何なんだ? 見たところ、犬の散歩に見えるけど」

「……はぁー。まったく、アンタも大概物分かりが悪いわよね」

「みたいも何も、犬の散歩だぞ! それともプロデューサーには、
 自分たちがやってることが、それ以外のことに見えたりするの?」

「それ以外? ちょっと待ってくれよな響。今から俺が、ナイスな答えを考えるから」


 そう言って「うーむ」と悩み始めたプロデューサーを、

「あ、ごめんねプロデューサー。そういうの、面倒くさいから乗っからなくて大丈夫」と、
 極上の笑顔を称えた伊織が、研ぎ澄まされた刃物のように冷たい口調で遮った。


「千早ぁ! 伊織が俺のこといじめてくるっ!」

「……普段の行いのせいじゃないですか? 正直言って、自業自得です」

 そうして伊織と千早にバッサリと切り捨てられたプロデューサーに、
「不憫だぞ……」と、響から同情の眼差しが向けられる。


 だが、プロデューサーは滲んだ涙を袖で拭うと、

「へっへーん! いいさいいさ、そうやって人のことを軽く扱ってれば! 
 俺達なんかなぁ、これからあのレストランで、ディナーを食べる予定だもんね!」

「……だからぁ。アンタのそういうところが、面倒くさいって言ってんの」


 どうだ良いだろう? と言わんばかりのドヤ顔で自分に迫って来るプロデューサーに、
 伊織はやれやれと大きなため息をつき。

「たかが外食ぐらいで、良い大人が何はしゃいでるんだか」

「ホント、プロデューサーってば、まるで子供みたいだぞ」

 クスクスと笑いを堪える響の姿に、
「伊織だけでなく響までっ!?」とショックを受けるプロデューサー。


 そんな彼に、頼みの千早まで容赦なく、

「すみませんがプロデューサー。今の水瀬さんへの切り返し方は、流石の私も」

「ち、千早だって、一緒に夕食、食べる約束したじゃあないか!」

「だからって、わざわざ自慢するようなことではないですよ」

 呆れた顔でそう返す千早に、
 急に怪訝そうな顔つきになった伊織が聞いた。


「ちょ、ちょっと待って。今、千早も一緒って言わなかったかしら?」

 まるで、自分の耳を疑っているかのようなその発言に、
 千早とプロデューサーが、平然と答える。

「ええ、そうよ。プロデューサーと一緒に、外食を」

「ついでに言うと、あずささんも一緒にな。仕事終わりに、そのまま三人でご飯にしようって話だったんだ。
 最近二人も頑張ってるし、給料だって入ったから、優しい俺の奢りでな」


 そうしてプロデューサーは「任せなさい!」と自分の胸をポンと叩き、
 今度は二人に説明するように、右手の人差し指をピンと立てて言う。


「だから、俺たちはココで彼女の仕事が終わるのを待ってたワケ。理解できたかな、水瀬君」

「あっ! プロデューサー、それ社長の真似だ!」

「ちょっと響、そこどきなさいっ!!」


 無邪気に喰いつく響を押しのけるようにして、
 伊織は素早い動きでプロデューサーとの距離を縮めると、


「何よアンタその話! 私、全然聞いてないっ!」

「そりゃそうだよ。だって言ってないんだから」

「言ってないじゃ済まされないわよ! 
 アイドルへの報告、連絡、相談はプロデュースの基本でしょ! それをまんまと怠って……!」


 責めるように、問うように、怒りをあらわにしてプロデューサーを見上げる伊織。
 その迫力たるや、先の千早にも負けてはいない。


「アンタ、ホントに分かってるの!? アイドルとプロデューサーが、一緒にディナーを食べるだなんて!」

「な、何か問題あるのかよ。伊織にだって仕事終わりに、ケーキ奢ったりしてるだろ?」

「ケーキはケーキ! ディナーじゃありません!」

「違いが分からん! どっちも仕事帰り、ただ美味しい物を食べてるだけじゃあないかっ!」

「ああ、もう! このポンコツダメダメプロデューサーっ! 
 アンタ壊滅的に物分かりが悪いから、バカでも分かるように説明してあげるわよっ!」


 悲鳴にも近いプロデューサーの叫び声。

 一体何処から取り出したのやら、興奮しきった伊織の手には、
 いつの間にか見慣れたウサギのぬいぐるみが握られていて。

 確か名前は、そのままズバリ「うさちゃん」だ。


「いいことっ!? このうさちゃんがアンタの役。
 それで私が、アイドルの役とするでしょう?」

「お、おう!」

「二人が仲良く、夜のレストランで食事をしてます! 仕事が終わって、お酒も飲んで。
 ほろ酔い気分で何だか楽し気、良い雰囲気にもなって来ました!」

「う、うん! だよな! 外食って楽しいもんな!」

「でも待って! そこに現れたのがパパラッチ!」


 そこで伊織が、勢いよく千早に指をさす。


「な、何かしら水瀬さん……!?」

「何って、パパラッチ役に決まってるじゃない!」


 突然の指示に困惑する千早に代わり、
 響が彼女の心を代弁する。


「伊織、何が何でも無茶振り過ぎるぞ! 
 いくら千早だって、そう都合よくカメラなんて持ってるワケが――」


「それで水瀬さん。私は、どのあたりに潜んでシャッターを切ればいいのかしら?」

「って千早ぁ!」


 伊織同様、何処より取り出した愛機を自慢気に構え、爛々と瞳を輝かせる千早がそこにいて。

 一人その場の雰囲気に取り残された響を置き去りに、伊織の即席小劇場はどんどん先へと進んでいく。


「ああ大変っ! 何ということでしょう! 警戒心の薄いうっかり者のプロデューサーは、
 不覚にもアイドルと食事をしている瞬間を、悪徳なパパラッチにバッチリ押さえられてしまうのです!」

「水瀬さん! 今のうさちゃんとのツーショット、しっかりカメラで撮ったから!」

「この写真が週刊誌に載ったことが原因で、スキャンダル沙汰を起こしたアイドルは引退。
 もちろん担当だったプロデューサーも、事務所をクビになっちゃいます!」

「そ、それで! 俺は一体どうなってしまうんだっ!?」

「アイドルを引退に追い込んだ罪の意識から、何事にも無気力となり、自堕落な生活を送る元プロデューサー。
 けれど、落ちるところまで落ちぶれた彼をどん底から救い出したのは、元担当だったあの少女……!」

「……ねぇ、コレいつまで続けるの?」

「その少女は言いました! 『貴方がやればできる人だということは、ずっと一緒だった私が一番よく知っています。
 仕事のことなら心配しないで、うちに来れば、すぐにでも私専属の御付きとして取り立ててー―』」


 そうして物語もいよいよクライマックスとなった時、
 プロデューサーの持っていた携帯がけたたましく鳴り出した。


 予期せぬアクシデントの発生により話の腰を折られた伊織が、
「もう! 今が一番いいとこなのに!」と地団太を踏む。


「千早、あずささんから連絡だ。終わったってさ」

「あ、はい。なら、これから迎えに行くんですね?」

「ああ。その後は当初の予定通り、レストランで豪華なディナーだ」

 携帯をしまい、そのまま千早と歩き出そうとするプロデューサー。


「そ……、それじゃあ、早速、行きましょうか。
 ま、待たせすぎて……、あ、あずさが迷子になっちゃうと、い、いけないものね」


 だが千早とは反対の位置にしれっとした顔で並ぶのは、
 先ほどまでベテラン女優張りの熱演を見せていた水瀬伊織だ。

 はぁはぁと息を切らしながら喋る伊織の言葉に、
 プロデューサーが踏み出していた歩みをピタリと止める。


「おいおいおいおいちょっと待てこの奔放娘。
 何をしれっと、俺たちの後について来てるんだ」

「な、何よ。そのことならついさっき、話はついたハズでしょう?」

「話って、さっきの水瀬名作劇場か?」

「違うわよ! アンタ達の食事会に、この伊織ちゃんも一緒に同席してあげるって、そういう話!」


 何よ、もう忘れちゃったの? と呆れたように片手をあげる伊織から、
 プロデューサーが響の方へと視線を移す。


「なぁ響。お前はこのこと、知ってたか?」

「ううん、初耳さー」

「千早は、どうだ?」

「私も、我那覇さんと同じ意見です」


 そうして再び伊織へと視線を戻したプロデューサーが、彼女の肩に両手を置いて、


「どうやら満場一致で、そんな話は聞いてないそうだ。
 良かったら物分かりの悪いこの俺の為に、もう一度説明して欲しいんだけどな」

「……それは、水瀬名作劇場で?」

「できれば、今度は普通に頼むよ」


 両肩に置かれた手を払いのけ、伊織が疲れたようにため息をつく。
 それから、「いい、よく聞きなさいよ?」とプロデューサーに向けて指を立て。


「だから、アンタはアイドル事務所のプロデューサーで、あずさと千早は現役の所属アイドルでしょう? 
 夜の密会、お食事デート。そんな根も葉もないねつ造記事を、ゴシップ誌に提供したいのかって言ってたの」

「だからさ、そこが考え過ぎなんだって。三人一緒で、どうしてデートになるんだよ」

「甘いわよアンタ! この前一緒に食べた、限定ケーキよりも甘いわっ! 
 そんなのカメラのフレームからうまい具合に一人外せば、
 簡単に一対一の状況なんて作れるし、最悪写真を加工するって手段もあるじゃない!」


「そ、それでもお店側の証言とかで、あの日の来店は三人でしたーって」

「それもダメ。今度は、『痴情のもつれ、泥沼のアイドル三角関係。~その現場を激写~』って見出しに変えたげる」

「ず、ズルいぞ伊織! そんな風に好き勝手差し替えられたら、一生外食なんて出来ないじゃないか!」


 やいのやいのと騒ぎ出した二人から、蚊帳の外にされた千早と響。
 すると響が、こっそりと千早に耳打ちをして。


「なぁ千早。どうしてゴシップ記事なのに、地面の話なんかが出て来たの?」

「それは多分、泥で地面がぬかるんでいて、そのせいで足がもつれたんじゃないかしら。だから、地上のもつれ」

「でもそれ、レストランとはあんまり関係無い気がするぞ?」

「そんなことはないわ。きっとその時の三人は、泥で汚れた服装で入店してたの。
 ほら、ぬかるんだ地面に足を取られてしまったから」


「あ、なるほどー! 汚れた服のままレストランでご飯を食べるなんて、
 他のお客さんに悪い印象を与えるし、確かにマナー違反だもんね!」

「で、でしょう? だから、ゴシップ誌に記事が――」

「でもさ、だったらサンカクカンケ―は?」

「そ、それは、えっと……。何、かしら……?」


 そんな風に千早と響が大真面目に、かつ、てんで的外れな会話をしている隣では、
 伊織が先ほどの話について、プロデューサーに説明を続けている真っ最中。


「――でね。そんな悪徳記者のやり方から身を守るために、この私が一緒に同席してあげるって話になるの」

「だから、その理屈が分かんないって言ってるんだ。
 どうして三人だとダメなのに、そこに一人増えただけで、ゴシップ記事にならなくなるんだよ」

「そんなの、説明するまでも無く明らかじゃない! 
 いくらアイドルとプロデューサーの食事でも、アイドルが三人もいれば誤解の生まれようが無いわ!」

「わっかんないぞ? 向こうはねつ造のプロなんだ。
 三股だなんだって、さっきの見出しの件みたいに、いくらでも書きようはあるだろうし」


 そのプロデューサーの反論に、聞いていた伊織が、
「待ってました!」と言わんばかりのニヤニヤ笑いを称えて口を開いた。


「ああ、その点だったら大丈夫。アンタじゃどう気合を入れて頑張ったって、精々浮気の一つが関の山。
 三人以上の恋人と、同時に付き合えるようにはとてもじゃないけど見えないもの」

「……それって伊織は、暗に俺が甲斐性なしの器量なしって言いたいの?」

「にひひっ♪ ご名答~。何よアンタ、ようやく冴えて来たじゃない♪」


 そうして可笑しそうに笑う伊織と、ショックを受けて落ち込むプロデューサー。


「なぁ千早、カイショウってさ」

「それなら分かるわ! 改称と言うのは、名前や名称を改めることで――」

「うぇ、そうなの? 自分、てっきりセイウチのことだと思ってたぞ」

「……ちょっと。そこの二人は、いつまでバカなこと言い合うつもり?」


 ツッコミ不在の空間に、プロデューサーを言い負かした伊織が悠々とした態度で凱旋を果たす。


「まっ、要はそう言うことだから。この伊織ちゃんがアンタ達の夕食に同席するのは、決定と言うことで」

「……はぁ、もう分かったよ」


 ニコニコ笑顔の伊織に返事をする、プロデューサーの顔は疲れ切っていた。
 その肌は夜勤明けの小鳥のように張りが無く、肩は重りが乗せられているかのように下がり切っている。

 だがしかし、敏腕プロデューサーになるための戦いに、休んでいる暇などありはしないのだ。
 疲労困憊の彼の前に、現れるべくして現れた、新たな刺客がその口を開く。


「ね、ねぇプロデューサー?」

「ん、なぁーにぃー……」

「い、伊織が一緒に行って良いんだったら、あの、その、えっと……」

「……もしかして、響も、一緒に来たいのか?」

「う、うん! あ、でも……やっぱり、だ、ダメ、かな?」


 上目遣い、遠慮がちにお願いするこの子一人を、
 今更仲間外れになど誰がするものか!

 目の前で返事を待つ響に気取られぬようそっと体で隠しながら、財布の中身を確認した彼は言う。


「……ああ、勿論いいともさ! 今日ここで会ったのも何かの縁。
 今夜は五人で、思い出に残る夜にしようじゃないか!」

「プ、プロデューサー……!!」

「良かったわね、響!」

「フフッ、たまにはこんな、大勢で食べる夕食も良いものですね、プロデューサー?」


 両手に華をたずさえて、すっかり暗くなった砂浜を、レストランに向けてプロデューサーは歩いて行く。
 その中には、若干、華と呼ぶには禍々しい一輪が混じっているような気もするが、それはきっと彼の見ている幻覚だ。

 ついでに彼の持っているカードの利用可能枠が、今月既にギリギリ限界一杯であることや、
 給料の前借りのツテなど無いことも、ここにひっそりと書き記しておくことにしよう


「でぃっなぁー、でぃっなぁー、たっのしっいでぃっなぁー♪」

「にひひっ、アンタ随分とご機嫌ね。まぁ、これだけのキレイどころが一緒ですもの。当然と言えば、当然だけど」

「ディナー、ディナー、楽しーいー、ディナー♪」

「プロデューサー、音が外れてます。我那覇さんの方に合わせてくださいね」

「うぅ、うっ、うぅ……! たのしぃーいー、でぃなぁー……!」


 だかしかし、この後意気揚々とレストランに到着した四人(と二匹)を待ち受けていたのは、
 豪華絢爛な楽しいディナー……ではなくて。

 照明の殆ど落ちた広すぎる公園全域に渡る、
「大あずさ捜索網」であったことは、聡明な皆さまには最早説明するまでもないだろう。



 かくして、些細な愛犬探索騒動に端を発した一連の騒動は、
 これにて一旦の幕引きとなったのである。

とりあえず一旦ここまで。この話は、高槻やよい「なんかねー、妊娠してるらしいんだって」のリブートとなる予定です。
後、冒頭は某所に上げてた試作品の手直し版になるので、見覚えある人もいるかもしれない。

おつおつ

乙!

おつつ


金欠具合から察すると、Pは廃課金兵だったか…


===

 2.「子宝は寝て待て」

 仕事の出来る緑の事務員。音無小鳥から事務所の留守番を頼まれた時、
 美希はその豊かな胸を張ってこう言った。

「いいよ。ミキ、一人で真面目にお留守番するね。
 それで後から、ハニーに『良くやったな』って褒めてもらうの!」


 小学校の低学年じゃああるまいし、
 中学生がただお留守番しただけで、そこまで褒めてもらえるものかしら?

 美希の元気な返事を聞いた時、小鳥の脳裏にはそんな疑問がよぎったものの、
「いや、あの甘々なプロデューサーさんのこと。さもありなん」と一人納得。


「それじゃあ、悪いけれどお願いね。そんなに時間はかからないと思うから」

 そう言って美希一人をその場に残し、事務所を後にしたのであった。

===

 小鳥が部屋の中からいなくなると、事務所は静けさに包まれた。

 星井美希、現在十五歳。ルックス抜群、職業アイドル。
 そしてその性格は、絵に描いたように自由奔放。

「んー……でも、事務所のお留守番って、具体的にどんなことしたらいいんだろ?」

 一人になって数十秒。第一声がこれである。


「……ま、いいや!」


 あっけらかんと言い放ち、美希は事務所に置かれたテレビの前へと腰を下ろした。

 モニターの電源を入れ、ピコピコとリモコン操作でそのチャンネルを変えて行く。
 ニュース、中継、ワイドショー、そしてドラマの再放送。

 次々と映し出されるのは、どれも退屈そうな番組ばかり。


「……あふぅ」

 早くも美希の口からは、退屈を誤魔化すための欠伸が漏れる。

 だが、このまま眠ってしまうわけにもいかない。

 なにせ今の彼女は、普段のような「お昼寝大好き・星井美希」ではなく、
「一人で留守番・星井美希」なのだから……とはいえ。


「あーあ、退屈。退屈なのー」


 気持ちを声に出したところで、退屈な現状は何も変わらない。

 美希は座っていたイスからおもむろにピョコンと立ち上がると、
 何か面白い物でも探すように、誰もいない事務所の中をぐるっと見回した。


「……そーだっ!」

すると、何か楽しいことを閃いたような笑顔を浮かべて、美希がいそいそと動き出す。

 その視線の先にあったのは、何の変哲もない一台の事務机。
 それは彼女が「ハニー」と呼んで慕う、プロデューサーが普段使っているものだ。


「えへへ……よいしょっと!」


 可愛らしく呟くて、美希がプロデューサーの使っているデスクチェアに深く腰を下ろした。
 それから背もたれに背中を預けると、その場でクルクルと椅子を回転させ始める。


「ハッニーの椅っ子をー、ひっとりっじめー♪」

 上機嫌で歌う美希。その流れて行く視界の中に、机の上の電話が飛び込んで来た。

「ミキは電話番もできる、お留守番なのーっ♪」

 言いながら、プロデューサーの真似をするために、その手で受話器を持ち上げた時だった。

「ハイなの! こちら765プロ――」まで言いかけて、
 回転する椅子の上、美希の動きがピタリと止まる。


 右手に握られた受話器から伸びるコードはそのまま机の上に置かれた電話機本体を浮かべ、
 さらにその本体から伸びる電話線が、ピンと張られて真っすぐになる。


 時間にして、約一秒。


 一瞬の硬直の後、音を立てて接続の外れる電話線と、勢い余ってバランスを崩すデスクチェア。
 床に放り出される寸前で、何かにつかまろうともがいた美希の左手が、デスクの上のレターケースを掴む!

 ――文字に起こせば、「どんがらがっしゃーん!」


 何故だか妙に聞き覚えのある派手な転倒音を響かせて、美希の体が床に転がった。

とりあえずここまで。

見覚えのあるリボン「どんがらの無断使用ですよ、無断使用!」

ダブルリボン「あの金髪毛虫はすぐに辞めさせるべきですよ!」

プロデューサーさんの椅子にはわた、春香さんが座るべきだと思います

未来のハニーのお嫁さん「なんかリボンがないと一般人なクソリボンがいっぱいいるの」


「あぅっ!!」

 倒れ込んだ美希の頭がレターケースの角とぶつかって、
 なんとも鈍く重たい音が鳴る。

 それは律子のゲンコツよりも、はるかに痛くて硬い一撃で。

 ぼやける視界、頬から伝わるひんやりとした床の感触を感じながら、
 美希の意識はまどろみの中へと溶けていったのである。

===

「まったく、嫌な事件だぜ」


 現場は、とある貸しビルに居を構えるアイドル事務所の中だった。

 第一発見者でもある事務員からの通報を受けてやって来た刑事たちがそこで見たものは、
 並べられた事務机と書類棚の間に横たわる、一人の少女の変わり果てた姿。


「おい」

「何ですか、警部?」

「それで、ガイシャについては何か分かったか?」


 ざっと現場を見回った刑事が部下にそう尋ねると、
 部下はデスクの上に置かれたリング式のメモ帳を手に取って、

「ええっとですね。被害者の名前は星井美希十五歳。
 男性ファンを中心に、最近人気を上げ始めていた、
 ここ、765プロダクション所属のアイドルです」


 答えてから、部下はメモ帳をデスクに戻した。

 するとにわかには信じがたいなといった刑事の視線が、
 冷たい床に転がる少女へと向けられる。


 金色で染められた髪、まるで眠っているかのように安らかな死に顔。
 
 上からかけられたタオルケット越しでもハッキリと分かる、
 その十五歳とは思えぬボン・キュッ・ボンなボデーラインを見れば、
 なるほど、確かに「男好き」しそうな体ではある。


「それで死因は?」

「ガイシャの近くに、中身の入ったレターケースが。
 カンシキの話によれば、多分これが凶器だろうと」

「鈍器による頭への一撃。現場の乱れ具合と、
 凶器をそのまま残して行ったことから考えるに……」

「ズバリ、犯行は突発的なもの」


「そしてガイシャを殺してしまったことにより、
 動揺した犯人は証拠もそのままに逃げ出した」

「ええ。今頃はやらかしたヘマのデカさに、頭を悩ましてることでしょうね」

「そうだな。そして俺の刑事としてのカンが正しければ犯人は――」


 その時、二人の背後でカツン、
 と金属が床に触れるような物音がした。


「誰だっ!?」


 声を揃えて振り返ってみれば事務所の入り口、
 扉を開けて立っていたのは一人の少女。

 その手には長い柄のついたスコップが握られ、
 怯えたように体を震わせた少女の視線が、
 対面する二人から横たわる被害者の少女へと移動する。


「……どうやら俺のカンが当たったようだぞ。
 ☆は必ず、現場に戻って来るっていうな」


 そうして警部――双海真美は口の端をニヤリと上げて目の前の少女を指さすと、

「確保だ、亜美巡査!」

「了解であります真美警部!」

「えっ? えっ!? ちょ、ちょっと待って二人とも――ひゃんっ!」


 真美の命令を受け、一目散に少女へと飛び掛かる亜美巡査。

 犯人として押し倒された少女の手から放されたスコップが、
 ガランガランと音を立てて床に転がった。


 すると亜美が、少女の上に馬乗りになったまま叫ぶ。


「警部、アレをっ!」

「むむ! それは!」

「コイツぁどえらいもんですよ……。スコップです!」


 勝ち誇ったようにそう報告する亜美。

 真美もツカツカと近づいて、
 床の上に転がるスコップを手に取った。


「どうやらヤッコさん。そのスコップを使って証拠のインメツを考えてたようですね」

「ああ……だがな、お嬢ちゃん。犯した罪ってぇものは、
 いつかは必ずおてんとサマの下に暴かれるもんなんだ」

「例えそれが光の届かない程深い、地面の下の下でもね」


 そうして双子の少女に諭されて、犯人とされた少女――萩原雪歩が、
 地面に伏せたままの恰好でがっくりうなだれる。


「ひ、酷いよ二人とも。私はただ、荷物を置きに来ただけなのにぃ……」

とりあえずここまで。

おつおつ

前のスレ依頼だしたか?

出したところで誰が処理すんだよ

ルールなんだから処理するしないとか関係ないから

政府が崩壊しても律儀に法律を守る人と守らない人の違いだよね

法律以前にマナーやモラルのレベルなんだよなぁ

いや、マナーやモラルで例えるんなら自分以外全員人類滅びたけどそれでもマナーやモラルを守るかって話でしょ?
特定の相手の作業を助けるための仕組みをその相手がいないのにやるかやらないかって話なんだから

でもそういう意味を考えずに決まりを守れる人たちがいるから規律の取れた集団を作れるんだし、そういうのもいいと思うよ

馬鹿特有の極論

ここの住人が全員滅びたら好き勝手やればいいと思う

>>76
html依頼の事なら出しておりますよ。

「警部! コイツは強情な奴ですよ。この後に及んで、まだこんなウソを」

「まったくだ! こんなデカい証拠まで持って……芝喰ってようなんて不届き者めー!」

 真美が、雪歩に向かって持っていたスコップを突き出す。
 すると亜美が首を捻りながら、ポーズを決める真美に尋ねた。

「ねぇねぇ真美。芝喰ってようって……なに?」

「あれ? 言わないっけ。こんな時に、『芝喰ってようなんて、ふてぇ野郎だ!』……みたいな台詞」

「えー? 言わないよぉ!」

「じゃあじゃあ、亜美は分かんの?」

「ちょっと待ってよ。最近、誰かが言ってたような……」

「……それって、『しらばっくれようなんて』じゃ、ないかしら?」

「ああっ! それそれ!」

「うんうんそれだよ! ……えぇっと、しらばっくれようなんて、この不届き者めーっ!」


 真美が、雪歩に向けて威勢よくその人差し指を向ける。
 だが、それと同時に彼女は、転がる雪歩の傍に立つ、亜美の恐怖に引きつった表情にも気がついた。


「あ、亜美? どうしちゃったの?」

「ま、真美ぃ~……」

 固まる妹の視線の先へ、恐る恐る顔を向けると、
 そこには事務所の入り口をふさぐ様な恰好で、仁王立ちした一人の女性。

「雪歩が降りて来ないから、どうしたのかと思って様子を見に来れば……」

「あ、あわわわわっ……」

「り、り、律っちゃぁ~んっ!!」

「こういう時は、り・つ・こ・さんでしょっ! アンタ達、雪歩に何やってんの!」


 それは泣く子も黙る鬼軍曹――もとい、事務所きっての敏腕プロデューサー、秋月律子女史その人で。

「な、何って、その……」

「あ、あのね! 真美たち、急に倒れたゆきぴょんをカイホ―しようと……」

「あらぁ、おかしいわねぇ……? さっきは二人して犯人がどうとか、証拠がこうとか言ってた気がしたんだけど」

「そ、それは! ゆきぴょんが床に倒れるぐらい、ビックリさせた犯人を捜そうとして……」

「そ、そうそう! 証拠は、凶器の言い間違いだよー!


 しかし、言い訳を並べる双子に対して、律子は不敵な笑みを浮かべると、

「あらそう。じゃあここで私も一つ、重要な証拠を見つけたことを報告しなくちゃね」

 先ほどから騒動の外に立ち、無言でビデオカメラを回し続ける人物――音無小鳥を指さし言った。

「あの小鳥さんが回してるカメラには、きっと真実が記録されてるハズよね? 
 今から再生して……アンタ達の言い分が正しいかどうか、確認してもいいかしら?」

 律子の言葉に、顔を見合わせた双子に向けて、
 カメラから顔を上げた小鳥が「ごめんなさいね」と舌を出す。

(あ、あぅあぅ~!)

(ピヨちゃん、お仕事と違ってこういう事は手を抜かないんだから~!)


 ……数分後、事務所には仲良く並んで正座する、双子と事務員の姿があった。

===

「まったく! 一番の年長者が、真っ先に事態を盛り上げててどうするんですか!」

「うぅ……反省してます」

「それと、亜美と真美は、しばらくの間事務所内でのごっこ遊び禁止ね」

「そんなぁ……」

「真美たちの、自主演技レッスンなのにぃ」


「心配しなくても、アンタたちのレッスンなら、この私がマンツーマンで指導してあげるわよ」

「うぇっ!?」

「これじゃ、藪から海老だよぉ!」

「海老じゃなくて蛇! ……雪歩、そっちはどう?」

 律子が、床に転がる美希の様子を窺っていた雪歩に声をかけた。


「そ、それが、律子さん」

 雪歩が、困ったように振り返る。
 どうしたのかと、律子が彼女と入れ替わるように美希の傍へかがみこむと、

「……なによ。アンタいつから起きてたの」

「……小鳥と、それから亜美と真美が戻って来て、刑事ゴッコを始める前から」

 それじゃ、初めからじゃない――律子が、呆れてそう言おうとした時だった。

「美希ね、ずっと考えてたの。だけど、全然答えが見つかんなくて」


 転がったままの状態で、美希が顔だけを律子へ向ける。
 その表情は、珍しく真剣で……律子は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「律子さんなら、分かるかな?」

「……分かるって、何が?」

 美希の雰囲気にのまれるように、律子の声のトーンも、自然と低くなる。

「あのね……女の子同士での、赤ちゃんの作り方」

とりあえずここまで。

おつなの

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