渋谷凛「これくらいのお弁当箱に」 (14)


おべんとうばこのうた、ってあるよね。

そう。お弁当箱にあれこれ詰めてくあの歌。

お弁当作ってると思い出すんだよね。

「おにぎり おにぎり ちょっとつめて」ってさ。

気持ちもこんな感じで簡単に詰められたら楽なのにね。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1471799311


私がお弁当なんてものを作り出したのはいつからだったかな。

確か、私がまだそんなに忙しくなかった頃だったと思う。

つまり高校生の時だ。

きっかけは些細なもので、自分のプロデューサーが毎日コンビニ弁当を食べてたから。

それだけ。

どうにかして私を売り込もうと企画書やら営業やらで、すごい忙しそうでさ。

私が見兼ねて「お昼作ってきてあげようか」って言ったのが始まりなんだ。


人間、3日続ければ習慣になるって言うけど、あれは本当なんだろうね。

気付いたら毎週土曜日がお弁当を作る日になっちゃってた。

ほんとのこと言うと平日も作ってあげたかったんだけど、私も学校あるし、
あの人からも無理のない範囲で、ってことだったから土曜日だけ。

週1回のために、まだあんまりもらえてなかったギャラはたいて料理本なんて買っちゃったりしてさ。

ばかみたいだよね。

おかげで上達したけど。


最初に作ったお弁当の中身は、めちゃくちゃ簡単なやつだったなぁ。

卵焼き。

ウィンナー。

ほうれん草のお浸し。

それから白いご飯。

奈緒には「幼稚園の遠足かよ!」って笑われたっけ。


それを受け取ったあの人はというと、
お弁当箱のふたを開けるとにへぇって笑ってから「いただきます」って言って
一つ一つ、丁寧に感想を言いながらぱくぱく食べてくれた。

「卵焼きの甘さも絶妙でおいしい」とかなんとか言ってたよ。たぶんね。

既製品だらけのお弁当だったのに、軽くなって返ってきたのが嬉しかったなぁ。

作る側になって初めてわかる、って言うのかな。

お母さんの気持ちが少しわかった気がした。


1週間、2週間と毎週作ってるうちに少しずつ手際も良くなっていった。

手際が良くなると、たくさん作れるようになるからあの人の分だけじゃなくて
自分の分も作れるようになったんだ。

後は、そうだね。お察しの通り。

毎週土曜日がお弁当を渡す日からお弁当を一緒に食べる日に変わった。

未央に茶化されたり、加蓮がやたらとにやにやしてたりもしたけど
その頃は別にそんなつもりなんてなくて、ただ純粋に料理が上手になりたいって気持ちと
自分のプロデューサーに少しでも健康にいい食事を摂って欲しいって気持ちだけだったんだよね。

いや、ほんとだから。


そんな感じで、楽しい毎日だったんだけど、まぁ何にでも終わりは来ちゃうらしくて
二人でお弁当を食べる日はいつしか、お弁当を渡す日に逆戻りした。

何で? って聞かれたら、それは私とあの人がお互い忙しくなったから、と言う他ない。

そりゃ仕事で必要があれば、現場に同行してくれるときもあるけど別行動が多くなった。

だから一緒にご飯を食べる時間なんてなくなっちゃったんだよね。

それでもお弁当を渡すのだけはやめなかったのは、私のワガママ、かな。


私達が忙しくなって変わったことがもういっこ。

お弁当の数が2個から1個に変わった。

収録や撮影の前にたくさん食べたらだめだから
お昼は簡単なもので済ますようになったんだ。

量を減らすだけだから作る効率自体はそんなに変わらないとはいえ、
少しは時間ができたから、お弁当の中身はちょっとだけ凝ったものが増えた。

喜ぶ顔を直接見られないのは残念だけど、これはこれでアリかなぁ、なんて思ったり。


それからしばらくして、毎週土曜日のお弁当を作る日もなくなることになった。

理由は、私がアイドルじゃなくなるから。


アイドルの私が最後に立つステージは2daysでさ。

その2日目が土曜日だったんだ。

いつも通り、事務所に寄ってあの人にお弁当を渡してから
タクシーで現場に向かった。

「一緒に来てリハも見てってよ」って言ったんだけど
最後は客席から私を見たいんだって。

よく分かんないけどそういうことなら仕方ない。


最後のライブで私は万雷の喝采を浴びてステージを降りた。

私の集大成。全部出し切った。

ステージ衣装のまま誰もいない控室で私はそんな余韻に浸っていた。

そのとき、こんこんこんという軽いノックの音がして
続いて「入っていいかな」と声がした。

それに私が「うん、いいよ」と返すとドアが開いて
真っ赤な目のあの人が入ってきた。

「お疲れ様。人生最高のライブだったよ」

「うん」

「弁当も今までありがとう。今日もすごくおいしかった」

「うん」

「……それじゃあ、今日は本当にお疲れ様。次に事務所で会うときが最後だな」

「………うん」

「もう、凛の弁当が食べられないと思ったら残念だよ。なんてな」

苦し紛れの軽口を叩きながら、あの人は私に背を向けドアノブに手をかける。

ばかだなぁ。

ほんとに。

「……これからは土曜日以外も作ってあげようか」



おわり

おつ
……乙なんだけども!もうちょっと見たい!

おつおつ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom