神谷奈緒「サプライズ?」北条加蓮「サプライズ!」 (16)


とある八月の蒸し暑い夜のこと。

タオルケットにくるまり、ソファでうつらうつらしていたアタシをケータイが呼ぶ。

やかましい電子音とバイブレーションによって机の上で震えるそれを少し乱暴に取って
ダイヤルボタンをスワイプし、耳に宛がうと聞こえてきたのはよく知った声だった。

『もしもーし。奈緒? 夜遅くにごめんね』

加蓮。北条加蓮、アタシの友達で同じユニットの仲間。

いつもこうだ。ごめんねー、と言いつつも加蓮はちっとも悪びれてない。

そんな加蓮を許しちまうアタシもアタシだけどさ。


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『悪いと思ってないだろー』

『あれ。声が掠れてるけどもしかして寝てた?』

『いや、うとうとしてた』

『悪いことしちゃったかな。ごめんね』

『んーん、大丈夫。それで用事は?』

今度のごめんねは心からのものであると分かったので、それ以上は追及しない。

アタシとしてもソファで寝ちゃって首を痛めずに済んで助かったといえば助かったしな。

『あのね、明日。オフでしょ』

『ああ。そういえば久々のオフだなー』

『買い物行こうよ』

『うん、いいよ。アタシが凛を誘っとくか?』

『あー、明日は二人で行こうよ。たまにはさ』

『えっ、でも…』

『ちょっと話したいことがあるんだ』

『…ん。まぁよく分かんないけど』

深刻そうに加蓮がそう言うもんだから、何も聞けなくなっちまって
勢いで了承してしまった。はー、なんか凛に申し訳ないなぁ。

その後、加蓮は『じゃあ、いつもの駅前のショッピングモールで11時!』と言って電話を切ってしまった。

しかしまぁ、なんで凛は誘っちゃいけないんだろう。

ケンカ…いや、まさかな。あの二人に限ってじめじめしたケンカはなさそうだ。

凛も加蓮も言いたいことずばーんって言うタイプだからな。


◆ ◇ ◆ ◇



翌日、待ち合わせの時間の少し前に着いちまったアタシはケータイの画面を見ながら時間を潰していた。

暇潰しのお供は専らSNSだ。
アイドルの仲間のSNSの更新を見るのも、投稿された写真の背景を知っているとまた違った楽しみがある。

そんな感じで、タイムラインを眺めていると「わっ!」という声と共に肩を叩かれた。

「もー! 心臓止まるかと思っただろ!」

「ふふ、ごめんごめん。お待たせ。奈緒」

べぇ、と舌を出して謝る姿はずるいよなぁ。いたずら上手、というか何というか…。

「で。買い物って言っても目的は?」

「ひーみーつ。まずはご飯にしよっか」

「昨日の夜からなんだよもー。少しくらい教えてくれたっていいだろー?」

「そんなに怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ」

「もう!」

結局、加蓮はアタシの手を引いて「ほら、早く!」とどこへ行くのかも告げないまま、てくてく歩いていく。

いつもはここに凛が加わって、アタシに反撃すらさせてくれないんだけど今日は加蓮一人だ。

見てろよ! あとで仕返ししてやるからな!


そうして、加蓮が「ここでーす!」と言って指差したのはフードコートのハンバーガー屋だった。

「結局ジャンクフードじゃねぇか!」

「えー、いいでしょ? ポテトあるし」

「判断基準そこかよ!」

「そこだよー。ふふ、席なくなっちゃうし早く入ろ!」

アタシ的にはせっかくのオフなんだし、おしゃれなランチ! みたいなのが良かったんだけど
今更、言ったところで遅いから店に入ることにした。

店内は夏休みということもあってか、学生のお客さんが多く、平日にも関わらず混んでいた。
まぁアタシ達も学生だけど。

「奈緒は何食べる?」

「んー、アタシ朝ご飯遅かったから軽めでいいかなぁ」

「じゃあハンバーガー単品で頼んで、ポテト半分こしよっか」

「そうだな。って是が非でもポテトは頼むんだな」

「当たり前でしょー。ほら、席取ってきてよ」

「はいはい。ってお会計済まさないとだろ」

「ふふー、奢ったげる!」

「いや、いいよ。悪いし」

「奈緒は今度凛と私と来たとき奢ってね!」

「それアタシの負担、倍になってねぇか?」

「なってない、なってない。ほら行った行った」

ちょっと腑に落ちないけれど、あれはたぶん加蓮なりの気遣いなんだと思う。

何の気遣いだーって言われると何かわかんねーけど。


無事に席を確保し待つこと数分、トレイを持ってきょろきょろしている加蓮が目に入ったので
こっちこっち、と手を振ってやると加蓮もアタシに気付いたみたいで早足でやってきた。

「ふー、よかったね。席があって」

「そうだなー」

「じゃあ食べよっか」

それから二人でいただきますをして、ハンバーガーに手を付けた。

ハンバーガーの包装を開けるより先にポテトに手を伸ばしたのは加蓮らしいな、と思った。

「美味しいね」

「たまに食べたくなるよなー」

「えー、毎日でも食べたいよ?」

「太っちゃうぞ」

「太らないし」

「奏に前見せてもらった映画がな。スーパーサイズミーっていうんだけどな?」

「もー! なんで美味しく食べてるときにスーパーサイズミーの話するの!」

どうやら加蓮もスーパーサイズミーを知っていたようだった。

よし、仕返し成功。
あの映画を教えてくれた奏には『ありがとう』ってメールしとくか。
意味わかんないと思うけど。


「なぁ。そういえば今日、凛を呼んじゃダメなのはなんでなんだ?」

ハンバーガーを半分食べたところで、ふと昨日の加蓮を思い出す。
加蓮がワケもなく凛を呼ばないなんてことはないだろうから、純粋に気になったんだ。

「奈緒ってば、もうすぐ何の日か忘れたの?」

にやにやしながら逆に質問で返される。

何の日…?

ライブ…はいつものことだし。

そんな遠くにロケに行く予定もないはずだ。

……………あ。

「凛の誕生日!」

「正解っ!」

「…サプライズ?」

「サプライズ!」

なるほどなー、だから凛を呼んじゃダメだったのか。
こういう気が回るところは流石加蓮だよなー。

「…って、最初から言えよ!」

「てへ」

「てへ、じゃねぇよ!」

「奈緒はからかい甲斐があるなー」

「そんなことで褒められても嬉しくねぇからな!?」


こんな感じで、ばかな話をしながら昼食を済ませたアタシ達は店を出て
ショッピングモール内をぶらぶらとしながら何をプレゼントするか話し合っていた。

「奈緒は何がいいと思う?」

「んー、首輪とかどうだ?」

「えー、凛にそんなの似合うかなぁ」

「凛にじゃねぇよ! ハナコにだって!」

「ぷっ、あはは。分かってるって、でもそれだとハナコのプレゼントになっちゃうよ?」

「あー、それもそうだなー。じゃあ加蓮は何か見当ついてんのか?」

「ケーキ!」

「ベタだなー」

「王道が一番でしょー」

「それじゃあケーキ屋さんに行くか」

「うん!」


そうと決まれば! というわけでアタシ達はまっすぐケーキ屋を目指す。

それほど大きいショッピングモールでもないので、目当ての店へはすぐに着いた。

「何系がいいかなー」

「え? やっぱり凛だしアレだろ?」

「「チョコ!」」

「あはは。だよね」

「あー見えて凛の趣味って可愛いよな。チョコってさ」

「ふふ、そうだね。奈緒がそう言ってたよって凛に伝えとくね」

「ちょ、っと待て。またいじられるだろ!」

「それが面白いのに」

ちょっと聞き捨てならないけど、まぁいいか。いつものことだし。
そう思ってアタシは「で、どれにするんだ?」とショーウィンドウに並ぶケーキを指す。

「んー。全部美味しそうで迷っちゃうね」

「そうだなー、チョコ系って言ってもいっぱいあるもんなー」

「じゃあ、聞いてみよっか」

加蓮はそう言うや否や「すみませーん」と、店員さんを呼ぶ。

店員さんの「お決まりですか?」というセリフと同時に加蓮は猫をかぶった。

「友達の誕生日用にケーキを選んでるんですけど…いっぱいあって迷っちゃってぇ」

女優だなー。アタシにはとてもできそうもない。

「お友達の好みなどは…?」

「んー。チョコが好きな子でー…凛、っていうんですけど」

加蓮が言いながら伊達メガネを外してウィンクをすると店員さんも流石に気付いたようで
目を真ん丸にして口をぱくぱくとさせていた。
もう、だめだ。
笑いをこらえるので精いっぱい。

「…何かご希望が? 可能な限りお応えしますよ」

店員さんも店員さんで、商魂逞しい。
これをビジネスチャンスと見て目の色を変えた。
それを受けて加蓮は調子を崩さずに、スマートフォンの画面を店員さんに見せた。

「このドレスを模した砂糖菓子って、できますか?」

「ちなみにお誕生日は…?」

「1週間後です」

「間に合わせましょう」

「じゃあ、それで! 1週間後取りに来まーす」

こうして、交渉は成立。
名前と電話番号を書いて、予約も完璧。

アイドルってすげー、と他人事のように思ってしまった。


その後、ケーキ屋を後にして駅へ。

「じゃあ帰るか」

「そだね。明日もレッスンあるし」

「一週間後の驚いた凛の顔を想像すると笑えてくるなー」

「ふふ。凛、喜ぶかな」

「絶対喜ぶ。絶対な」

「だといいね。それじゃあ私がケーキは受け取っとくから奈緒はパーティハットとかクラッカーとかよろしくね!」

「ああ! じゃあまた明日!」

「うん、またね!」

そんな感じで加蓮と別れ、電車に乗って帰路に着く。

電車に揺られながら何気なくケータイを出して

SNSをチェックすると加蓮の新しい投稿が目に留まった。

『今日はオフなのでお買いものに行きました~、ここのケーキ屋さんすっごいよ!
みんなも行ってみてね~! 私もよく行くから私と会っちゃうかもね!』

あやうく吹き出しそうになった。
今日が初めてだろ。ほんと、加蓮のこういう抜け目のないとこはすごいと思う。


◆ ◇ ◆ ◇



とうとうやってきた8月10日。凛の誕生日。

アタシは事前に凛が事務所に来る時間をプロデューサーさんに調べてもらって
玄関で待機中。

ちひろさん含む社員さんや他の子達にも別の入り口を使ってもらうようお願いしてあるから
間違って違う人にクラッカーを浴びせることはない。

まだか、まだかと待っていると、階段をとんとんとん、と上がってくる音が聞こえてきた。

来た!

ドアノブがゆっくりと回り、ドアが開く。

あとちょっと!

「お疲れ様です」

今だ!

ぱーん、という音と共に紙吹雪が凛を襲う。

流石の凛もびっくりしたのか「わっ」と、声を出していた。

そこを狙って、すかさず準備していたパーティーグッズの一斉放射を浴びせた。

でかでかと「今日の主役!」と書かれたタスキ。

パーティハット…はちょっとサイズが大き過ぎたかな。

「誕生日おめでとう、凛!」

「もう、びっくりしたよ。ありがとう」

あくまでも平静を装いながら片手でずれたパーティハットを直すと、凛はそう言った。

にへぇ、って笑ってるのばればれだからな。


「あれ。加蓮はお仕事?」

「んー、今はいないみたいだな」

「そっか。加蓮にもお祝いしてもらえるのかと思ってたよ」

「なんだよ。アタシだけじゃ、不満なのかー?」

「ふふっ、そんなことないって。奈緒にお祝いしてもらえて嬉しいよ」

「そっかそっかー。嬉しいかー、へへへ」

…って、アタシが喜んでる場合じゃなかった。

何を隠そうまだとっておきが残ってる。

「よし!」

「何がよし、なの?」

「もういっこ、見せたいものがあるんだ! だからこっち来てくれ」

「すごいね。まだあるんだ、次は何?」

「次はすごいぞー、そこのソファで目を瞑ってて。目ぇ開けちゃダメだからな!」

「はいはい、分かってるって」


玄関から凛の手を引いて、ソファまで連れて行き、そこに座らせるとアタシは給湯室に隠れてる加蓮の元へ。

給湯室に行くと、既にケーキにはローソクが立てられていて準備は万端だった。

「奈緒、お疲れ。まずは一つ成功だね」

「ああ、でもこれがメインだからな」

「うん。足音立てないように行くよ」

なんてこそこそと話してケーキをそろーり、そろーりと凛が待つソファまで運んだ。

そうしてソファに辿り着くと、ケーキをゆっくりと凛の前に置きローソクに火を点ける。

全てのローソクに火を点け終わったところで、加蓮がアタシに目で合図した。

「凛。目、開けていいぞ」

凛はアタシのその言葉に従ってゆっくり目を開く。

「えっ、うそ。すごい」

「せーの!」

「「誕生日おめでとー!!」」

「なんか、言葉が出ないな。二人ともありがとね」

「なんだー、凛は泣いて喜ぶと思ったのに」

「もう、奈緒じゃないんだから泣かないよ。私をなんだと思ってるの?」

「いや、凛はアタシをなんだと思ってるんだよ」

「ふふ。ほら、凛。お願い事しながらローソクの火消してよ」

「うん」

ふーっ、と凛が息を吹きかけると、ローソクの火は手前から順にぱたぱたと消えていく。

「すごいね、これ。砂糖菓子?」

凛はそう言うと、ケーキのまんなかにあるドレスを模した砂糖菓子を手に取った。

ブラックゴシックドレス。凛の初めて着たドレス。

「うん、特注品だよ!」

「びっくりした、ほんとにありがとね。まさかこんなにしてもらえるとは思ってなくて」

「凛は大事な仲間で友達でライバルだから。それに、私のときのハードル上げてやろうと思って」

「アタシのも忘れんなよ!」

「ふふっ、期待しててよ。とびきりのお返しをするよ」

「もちろんサプライズだよね?」

「そ、サプライズ。ふふっ」



おわり

このSSをイメージしたイラストをぱんだやぎさん( https://twitter.com/pandaoishi )という方に
描いていただきました。ぱんだやぎさんありがとうございます!
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira115468.jpg

おつ!
TPはいいものだ
絵もすばら

ありがとうございました。
渋谷凛さん誕生日、本当におめでとう。
大好きです。

おつ
短いながらもこの3人の仲の良さやそれぞれのキャラクターも伝わってきて読みやすかった
あと凛のイラストかわいい

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