高森藍子「7月25日。私は、ウサミン星でお散歩をしました」 (60)

とても遠いところから、ウインドチャイムの音がする。


「んぅ……?」

高森藍子は目を覚ました。意識はまだ少しまどろんでいて、けれど身体は妙にすっきりしている。
いつもは起きてまず伸びをして、顔を洗うまでも時間がかかってしまうのに。
身体の軽さに小首を傾げながら立ち上がり、そして、ここが自分の部屋ではないことを知った。

「あれ……? ここ、どこ……?」

横長に広い空間には淡いピンク色の座席が並んでいる。視界の上の方でハート型のつり革がぶらりぶらりと揺れていた。
腰を降ろす。座席は見た目よりもふかふかで、快適だった。
足元から微かな揺れと、鼓膜に直接響くようなウインドチャイムの音が聞こえて来る。

「あ……そっか」

藍子は非自覚的につぶやいた。そして非自覚的に理解した。ここがどこで、自分は何をしているのか。


「私、ウサミン星に行こうとしてるんだったっ」



――まえがき――
7月25日は高森藍子の誕生日です。

単発作品です。この物語での設定はこの物語のみの物となります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1469443063

窓の外にはいっぱいの銀河が広がっている。星の色が七色だということを藍子は初めて知った。初めて知って、いつもの癖でカメラを探そうとスカートのポケットを探して、途中からカメラではなくスマートフォンを探さなければならないという気持ちになった。
誰かにこの景色を見せてあげたいと思った。
例えば……例えば。……名前が、ちょっと出てこない。
今の自分は思い出さない方がいいような気がする。思い出さないような方がいい気がしてから、でもそれは世界の法則に逆らってでも思い出し口に出すべき名前だと本能が告げた。自分が2人になって喧嘩をしているようで心地が悪くて、藍子はぶんぶんと首を振る。

結局、自分は何も持っていない。

そういえば、ウサミン星に行く時には何も持ち物も許されないんだった――許されない、なんて鋭い言葉ではなくて。手ぶらでいつでも訪れられる……でもない。散歩をするようにで来れる場所、だったかな?
そう、近所の公園をお散歩するかのように、行ける場所。
お散歩する時に荷物なんて持たないから、それとおんなじで、ウサミン星を訪れる時にはカメラもスマートフォンも持っていない。

…………あれ? そうだっけ? お散歩の時って荷物とか持っていたような……。

「……聞こえない……」

ウインドチャイムの音がしなくなった。それがすごく寂しくて、少し汚いかも、と分かりつつ、床に寝そべるようにして耳を当てる。
それでも聞こえないから藍子は口をへの字に曲げ、目を瞑った。
絶対に聞いてやるっ。
やがて、遠く、とても遠くから、しゃらしゃらという音が聞こえて、捉えた時には鼓膜に小型楽器を埋め込まれたように楽しめるようになった。

「……♪ …………♪♪」

自然の音をイヤホンで聞いた時、いや、それよりも遥か深く染みこんでいく。このまま目を瞑っていればどれほど気持ちよく眠れるだろうか。そう思った時にはもう、意識が闇の中に包まれ――ではなくて、光の中に包まれていた。


……。

…………。

□ ■ □ ■ □

「どーして加蓮ちゃんはこうマイナスイメージと言いますかバッドイメージと言いますか! もっと使う言葉を選んでくださいよぉ!」
「菜々ちゃんがこだわりすぎなんだってばっ」
「禁止とか許されないとか、そういう堅い言葉には夢がないんですよ!」
「むー……じゃあ菜々ちゃんなら何って言う?」
「そうですね。手ぶらで来られる場所、っていうのはどうですか? ……いやいや、手ぶらってちょっとイヤですね。なんかこう、響きが」
「中学生かっての」
「言葉のイメージは大切なんですよ、加蓮ちゃん。そうだ! ここは藍子ちゃんの言葉をお借りしちゃいましょう! ズバリ! 近所の公園をお散歩するかのように!」
「なるほどー……」
「ささ、次はどうしましょ?」

□ ■ □ ■ □

次に目を覚ました時、藍子の身体はまた座席に座っていた。
寝返りを打つように首を動かして、目を窓の外へ。銀河は秒ごとに景色を変えていく。同じ「暗闇と星が広がる場所」でしかないのに、空色と、森色と、海色と、兎色と、色とりどりで色とりどりで、息をするのも忘れてしまいたくなる。
電車――ではなくて銀河鉄道のうんと近くを、1つの星がすり抜けた。
まんまるクッキーの形をしていた。美味しそう、と頬を緩めた時だった。

ぽんっ、と軽快な音。藍子の手元にカラフルチックな星がいくつか広がって、そして弾けた。

「わぁ……!」

さっき見えた星と同じ形のクッキーが、透明な袋に入っている。
髪飾りのような封は隅に小さな小さなウサミミがついている。できないのは分かっているけれど、部屋に持って帰って飾りたい。
……でもこの袋は、ちょっぴり寂しいかも?
そう思った瞬間、ぽんっ、とまた軽快な音がして、袋は半透明と水玉模様のファンシーな柄へと変化した。

>>5
下から3行目、一部訂正させてください。
誤:髪飾りのような封は
正:髪飾りのような封には



「ふふっ♪」

封をそっと解いて、ひとくち。ふんわりとした食感と程よい甘みが、また笑みを生み出す。
袋の中にはクッキーが5枚入っている。1枚を取り出して食べたから、残りは5枚。
窓の外をまたクッキー型の星がすり抜けた。まるで本物のひよこの前でひよこの形を模したお菓子を食べている気持ちになってしまって、ちょっとだけ食べづらい。ケーキの上に乗っているサンタクロース型のお菓子を食べるまで何分も必要とした自分を思い出す。

……。

音はしないし変化も訪れない。ほんの少しだけ、期待してみたのに。
むぅ、と藍子は唇を尖らせながら、けれど甘いクッキーは食べたいから、えい、と軽く勢いづけてクッキーを口にした。

その時だった。
手を伸ばしてぎりぎり届かないくらいに近い場所に、いきなり輪郭のぼやけたウサミン星人が現れた。

「ひゃっ!?」
『お待たせしました! おもてなしには満足してもらえましたか? キャハッ☆ ウサミン星まであと5分ですよぉ! それまで楽しみに待っててくださいね! ご主人様、お嬢様っ!』

藍子と全く同じ高さの目線から、横ピース。
ウサミン星には案内役がいるのだ。……いきなりは少し心臓に悪い。
でも、もう少しでウサミン星に到着する。
すごくすごく楽しみだった。

□ ■ □ ■ □

「加蓮ちゃんらしさとか出してみます?」
「いや、私ウサミン星人じゃないし……」
「じゃあ今まで通りにしますね! さ! これで銀河鉄道編は完成です! 改めてやってみるのも面白いですよね、加蓮ちゃんっ♪」
「あはは……うん、けっこう楽しいね。こういうの」
「でしょでしょ! はーっ、しかし最近の技術は凄いですよねぇ。ナナついていくのがやっとで」
「VR技術……だっけ? あれがあったら本当にウサミン星が作り出せちゃいそうだよね」
「作り出すんじゃなくてウサミン星は実際にあるんですぅ!」
「はいはい。でさ、実際にありそうってヤツだけじゃちょっとインパクト弱くない? もっとこう、もう1つ欲しいって言うか……」
「そうですねぇ。……! ナナ、今ウサミン星からの電波をビビッと受信しちゃいました!」
「そこの設定ノートから?」
「ノートじゃなくてウサミン星から! ウサミン星にいる間は、みんなウサミン星人になるんですよ! まず――」

□ ■ □ ■ □

銀河鉄道が止まる。それと同時に、さっき車内アナウンスをしてくれたウサミン星人(案内役)が浮き上がるようにして現れた。

『こっちですよ~っ』

導かれるままに藍子は出口へと向かう。3歩ほど踏み出した時だった。ぽんっ、と聞き慣れた音と共に頭の上に新たな感触が生まれた。
立ち止まる。ウサミン星人(案内役)が、ちょうど頭の上を見られる角度で手鏡を見せてくれた。
ぴょこり、ぴょこりと。
ウサミミが、揺れている。

「私も、いいんですか?」
『もちろんですよ! あなたもわたしも、ウサミン星人♪』

触ってみる。柔らかくて、ふかふかで、あたたかい。
握ってみると、ぴょこり、と跳ねた。
ちょっぴり面白い。ぎゅ、ぎゅ、と何度も握る。ぴょこり、ぴょこり、と小さく跳ねる。
ぎゅ、ぎゅ。
ぴょこり、ぴょこり。

『あの~? ウサミン星、到着しちゃいましたよ?』
「あ、はいっ、そうでした!」

少しだけ顔を赤くしながら、出口へ。

お餅みたいな感触の地面に降り立つと同時に、銀河鉄道は流れ星のように消え去り、代わりに視界いっぱいにウサミン星の光景が広がった。

「わぁ…………!」

吸い込まれるような夜空に幾つもの星が瞬き、目を離せない程の大きな満月が黄金色を発している。黄土色の地面には人が5人は並べるであろう真っ直ぐな道が広がっていて、腰ほどまでの高さのクリスタルフラワーで彩られていた。
左右には、明かりもないのに暖かな色に包まれた家々が並んでいる。どれも屋根は黄色の星に白色のウサミミを載せたデザイン。でもそれ以外には個性が溢れている。真っ白な壁もあればチョコレートのような扉もある。いちばん左手前にある物なんて絵本で見たお菓子の家みたいだ。
さっきまで食べていた、今はポケットに入れているウサミン星特製まんまるクッキーを思い出し、こっそり1つだけ口へと運んだ。

道や家の回りにはたくさんのウサミン星人がいた。走り回っていたり、並んでおしゃべりしていたり、お菓子を食べていたり。
共通しているのは、みんな藍子より10cmほど背の小さいことと、ウサミミを揺らしていること。
それから、みんな満面の笑みを見せていること。

『さ、いっぱい楽しんでいってくださいね、お嬢様っ♪』
「はいっ! あっ、歩くのはもう少し……ここで見てからでいいですか?」
『もちろんオッケーですよ! キャハッ☆』

遊んでいるウサミン星人の1匹――1人が藍子の方を見た。つぶらな瞳が、ぱちくりぱちくりと瞬いている。
少し考えてから、藍子は小さく手招きしてみた。
すると、何人かのウサミン星人がぱたぱたと駆けてくる。あっという間に藍子を囲んで、ぴょんぴょんと跳ね始めた。

『うさみんっ♪』
『うさみんっ♪』
『ミンミンウサミンっ♪』

ちょっとだけ困った顔で、藍子はウサミン星人(案内役)の方を向く。
彼女はウィンクをしてみせた。

「えっと……うさみんっ♪」

みんなを真似て、小さくジャンプ。

『うさみんっ♪』
『うさみんっ♪』
『ミンミンウサミンっ♪』

小さなウサミン星人はさっきよりもさらに嬉しそうに跳ねていた。そうしてからそれぞれ元いた場所に戻――ろうとしたけれど、2歩ほど進んだところで、くるり、と藍子の方を向き直した。

『うさみんっ♪』
『うさみんっ♪』
『ミンミンウサミンっ♪』
「うさみんっ♪」
『うさみんっ♪』
『うさみんっ♪』
『ミンミンウサミンっ♪』
「うさみんっ♪」

ぴょんぴょん。ジャンプジャンプ。

満足したウサミン星人達が今度こそは元いた場所に戻る。楽しんでいってねー! とソプラノボイスをぴったり合わせてから。

上気した息を整えて、また藍子は景色を仰ぐ。
左手側にはミニステージらしき場所。それからカフェテラス席。噴水の周りでは楽しそうに何かを頬張っているウサミン星人がたくさんいる。
右手側には大きな滑り台に観覧車。それと公園。花柄のベンチと桜色の樹木。
それぞれの場所で、ウサミン星人たちが楽しそうに遊んで、笑っている。

「……あれ?」

ウサミン星人(案内役)がいない。1人で歩くのも楽しいかもしれないけれど、少し寂しい。
遠くを見て近くを見て、落胆の溜息をついた時。
とんっ、と着地した音。
後ろを振り向くと、同じ目線の横ピース姿があった。

「あはは……おみとおしなんですね」
『ここはウサミン星ですから! ささ、お嬢様。どこに行きたいですか?』
「どこに、ですか? うーん……どこに行きたいっていうのは思いつかないです。だから」

……歩いてみよう。

>>13
再度申し訳ございません。1行目の一部を修正させてください。
誤:満足したウサミン星人達が
正:満足したウサミン星人たちが



「みんな、楽しそうで……空気も美味しいっ」

歩く度、ぷにゅ、ぷにゅ、と地面が柔らかい感触を伝えてくる。
ちょっぴり楽しくてスキップなんてしてみたら、どこからかウサミン星人がやってきて一緒に並んでくれた。
またね、とお別れする時にぴかぴかの人参をもらった。
半分にして、食べてみる。人参だけど甘い。

「あれ? あの子、こっちを見てる」

桜色の樹木の陰からこちらを伺っているウサミン星人がいることに気がついた。
藍子は1つ笑って、残した半分の人参を渡してあげた。
ウサミン星人は思いっきり飛び跳ねて、ウサミミを曲げ曲げお礼を言いながら去っていった。

「いろいろあるなぁ……」

辺りを見渡しながら、進んでいく。
向こうの方で、ぱっ、と何かが弾けていた。じっくり見ていると、ぱっ、ともう1度。
さっきからよく見る彼女らよりもさらに小さな、子どものウサミン星人が両手をあげて喜んでいた。
別のウサミン星人が同じように両手を広げて、ぱっ、と弾けさせる。
2人のウサミン星人(子ども)はきゃーきゃーと歓声をあげた。

「何してるのかな? ――……あ、そっかっ」

魔法、が使えるようになったみたい。
そう――そう。ウサミン星人は、小さい頃から魔法を勉強――魔法を使えるようになる。
最初に使えるのは、小型の星型お菓子を作り出す物。

自分のウサミミが、何かを伝えるように身じろいだ。

もしかしたらっ、と、手のひらに力を込める。

「ん~~~~~~~、えい!」

念じて、願って、手を開く。
小粒のキラキラが乗っていた。
やった、できた!
喜びそのままに、1つを口に運ぶ。甘くとろけながらも炭酸を固めたような感触があって、すぐにまた口に運びたくなる。

「あははっ♪」

グー、パー、グー、パー。繰り返してキラキラを出して、食べる。
何度か繰り返していたら、ウサミン星人(子ども)に囲まれてしまった。
みんなの分のキラキラを出して、配ってあげて。また藍子は歩き出す。

「今度は、あっちに行ってみようっ」

しばらく歩いていると出店を見つけた。覗いてみるとウサミン焼きを売っていた。
食べたいけれど藍子はお金を持っていない。困っているとウサミン星人(案内役)がやってきて、何かあげればウサミン焼きをもらえるとアドバイスしてくれた。
唇に指を置いて、少し、考えて。
えいっ、と取り出したのは、小さな子どもに大人気のキラキラ。

「これで、いいですか?」

店主のウサミン星人はニッコリ笑ってくれて、ウサミン焼きを2つも渡してくれた。
さっそくひと口。もふもふとした柔らかな感触と共に、口の中いっぱいにとろける甘さが広がる。
歯を立てるのがもったいなくて口の中でもごもごさせる。ぜんぶふわふわしていて、もっと食べたいのに食べてしまうのが勿体無い、なんて、自分で考えて自分で不思議な気持ちが胸の内に生まれた。

「ふふ……♪ あっちのは何だろ?」

少し離れたところに宙を浮く何かがある。小走りで近づいて見ると球体のそれは思ったよりも大きかった。藍子の身体は、球体の影にすっぽりと隠れてしまい、手を伸ばしても指先ですら触れることができない。
思い切って大ジャンプしてみたら、少し、ほんの少しだけ、爪の先端が当たった。
こつん、という乾いた音がした。小惑星を叩い――撫でた時のような音だった。

「これは……?」
『それはウサミン星のシンボルですよぉ!』
「ひゃわっ!?」

突然、目の前にウサミン星人(案内役)が現れる。何の音もなく何の前触れもないから、つい藍子は腰を抜かしてしまった。

『おおっと申し訳ない。立てますか?』
「は、はいっ……びっくりしちゃった」

差し伸べてもらった手を掴んで、起き上がって。改めて、少し離れたところから浮遊するそれを眺める。

「ウサミン星の……シンボル?」
『ウサミン星が出来た時からここにこの形であるんですよ。ここからじゃ見えづらいかもしれませんけど、星が兎の形をしているんです!』
「そっか……」

ウサミン星の始まりは、そこから来ているのだ。誰かに教えてもらった訳ではないけれど、今の藍子は知っている。

「だからここは、ウサミン星――ですよね?」
『キャハッ☆』

□ ■ □ ■ □

「シンボルとかってさ、来た人がすぐ見れる方がいいんじゃない? こう、電車から降りた時にさ、わー! 兎の形だ! ってすぐ分かるようにしたら面白いと思うんだけどなぁ」
「ナナ的にはウサミン星でいっぱい遊んで、その後で見てほしいんですよねぇ。ウサミン星の歴史って感じで! 最初はこう、とにかくスゴイって方がよくありません?」
「菜々ちゃんが言うならそうなのかなぁ……。あ、じゃあさ、最初にウサミン星人がいっぱいお出迎えしてくれるっていうのは?」
「それもアリですね! せっかくですからウサミン星名物のウサミン焼きをプレゼントしちゃいますか!」
「いいねいいね」
「……っていうか、加蓮ちゃん?」
「ん? なにー?」
「ハマっちゃいました?」
「……うん、ちょっと楽しくなってきちゃった」

□ ■ □ ■ □

「え? え?」

それはウサミン星のシンボル「ウサギ石」を見て、踵を返した時だった。
夜色一色だった空が塗り替えられていく。雲1つない水色が塗りたくられ、何が起きたのかと口を開けていたら今度は夕焼け色に染まっていく。
気がついたらまた水色になって、目を白黒としている間に身体の感覚が1つ増えた。何事かと目だけを後ろ足からお尻の方へと向ける。
もこもこが。
兎の尻尾がくっついていた。

「……?????」

息を吸って空を見ると、また夜色に変わっている。ただ、ウサミン星に降り立った時よりも星々がよりカラフルになっており、月が2つ登場していた。
月と月を虹が結んでいる。その上を渡っているのは白いヒゲのウサミン星人――

「あ、あれ?」

目を拭うと今度は月が4つに増え虹が消えていた。ウサミン星人たちが月に向かって両手を広げて騒いでいる――そこまで見たところで視界がぐるりと回って、雪が降りだして、雨が降りだして、花が降りだした。
月の欠片がぽつりぽつりと降り注ぎ、藍子のポケットに大小自由のウサミミがいくつもしまわれた。

「えええええ……」

手をパーに開いている間にポケットにはウサミミの代わりに尻尾がしまい込まれる。突如、藍子は空を飛ぶ魔法の使い方を理解した。そうしたら左手が箒を掴んでいて、それは一瞬で消え去った。
視界が急にクリアになり5秒も経たずに元に戻る。なんとなく、本当になんとなく顔の横で横ピースを取ってみたら小さなビームが出てきた。
そうこうしているうちに月が1つに戻り空は昼一色になる。広場に時計が登場したと思ったら消滅し、ウサミン星人ではない本物の兎が登場し藍子の前を横切り――

「な、なんなんですかこれ~~~~~!」

□ ■ □ ■ □

「ストーップ! あのねぇ加蓮ちゃん! 設定は盛るものじゃないんです。ゲームとかマンガじゃないんですから!」
「……ち、ちょっとやりすぎちゃった?」
「いつの間にかノート3ページがぎっしり埋まってますよ!? ナナのウサミン星を魔境にしないでください!」
「はーいっ。……菜々ちゃんだってそれ面白そうって言ってくれたのあったのに(ぼそっ)」
「うぐ。それは……また別の機会に! 今は、誰でも簡単に分かって楽しめるウサミン星作りを目指しましょ♪」
「うんうんそうだね。設定作り、頑張ろっか」
「ハッ! つ、作るんじゃなくて、そう、ファンのみなさんに教えてあげる為の台本作り! 設定作りじゃなくて台本作りですから!」

□ ■ □ ■ □

クリスタルフラワーをじーっと眺めているウサミン星人(子ども)がいた。
好きなの? とかがんで話しかけてみたら、大好きっ、と答えてくれた。
黄金色の月があるだけで、クリスタルフラワーは永遠に咲き続けることができる。ずっと綺麗なままだね、よかったね、と藍子が笑いかけると、うんっ、とウサミン星人(子ども)も笑って返してくれた。

「うーん……」

実はさっきからどうしても気になる物がある。散歩に戻ろうとしても、何度も何度も"それ"が頭の片隅を掠める。

「ウサミンさん。いますか?」
『わたしのことは気軽にウサミンって呼んでくれていいですよぉ! どうしました、お嬢様?』
「あっちの方にあったステージについて、教えてくださいっ」
『あっちのステージではですね、ウサミン星人みんなで盛り上がるんです! 歌って踊って、みんな楽しく――』

説明を聞いている間に、意識がぼんやりし始める。

「んっ……?」

目をこすっていると風景が変わった。次に藍子の視界がはっきりした時、藍子はさっきまで説明を受けていたステージに立っていた。

「……え?」
『さあ、そこは君のステージ! 歌ってごらん♪ みんな聞いてくれますよ! キャハッ☆』
「…………」

ウサミン星人(案内役)の言葉が頭へと直接響く。
その説明通り、藍子の前には大小さまざまなウサミン星人がずらっと集まり、今か今かと待ち望んでいた。

「うんっ」

ウサミン星は、楽しむところ。
"楽しいところ"だけじゃなくて、"みんなで楽しむところ"。
訪れた人も、そこにいる人も、みんなみんな。
遊んで楽しんで、歌って盛り上がって、みんなで笑顔になる為の場所。

「……ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪」

藍子は歌い出した。

「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪♪」
『『『『ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪』』』』
「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪」
『『『『ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪』』』』
「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪」
『『『『ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪』』』』

集まったウサミン星人達が合唱を始める。てんでばらばらだった声がいつのまにか1つのまとまりになって、何度も何度も、歌い続ける。
どんどんテンションが上がって、歌うだけじゃなくて踊り始めてみれば、客席もいっせいに跳びはねる。

「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪♪」
『『『『ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪』』』』
「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪」
『『『『ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪』』』』
「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪」
『『『『ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪』』』』

エネルギーが点火して、目の中で火花が散って。恥ずかしさなんてどこにもない。

「キャハッ! ラブリーウサミンぱわー! いえ~~~~っい!」
『『『『いえ~~~~~~~~~っい!!!』』』』

いいところで、決めポーズ!

びしっ、と右手を掲げた藍子へ無数の拍手が贈られた。口笛と歓声も飛び交う。
遠くの方で花火が上がった。どれも星型の七色だった。
ぽん、ぽん、という音に乗せられて、藍子はまた歌い出す。ウサミン星人達も続いてくれて、そしてまた合唱が始まる。

「ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪」
『『『『ミンミンミン、ミンミンミン、ウーサミンっ♪』』』』
「キャハッ! ラブリーウサミンぱわー! いえ~~~~っい!」
『『『『いえ~~~~~~~~~っい!!!』』』』

……少し、歌詞が違ったような? 確か「キャハッ!」の後はラブリーじゅうな

「えいっ!」

決めポーズ、にかいめ!

星中から大拍手が聞こえる。びび、びびびび、と頭の中を電波――電気――メッセージが駆け巡り、星の裏側にいるウサミン星人を始めありとあらゆる彼女達の笑顔が脳裏に次々と浮かんでは消えていく。

「……やった♪」

みんな、笑顔だった。
誰にも見られないように、ぐっ、とガッツポーズを取っている藍子――そんな彼女の行動に気付いていたのは、遠くにいたウサミン星人(案内役)だけ。
くすり、と口元に緩い笑みを浮かべて、スカートの端を持ち上げて一礼した。

□ ■ □ ■ □

「……菜々ちゃん? あの、腕、痛いんだけど」
「加蓮ちゃん。ウサミン星バージョンの『メルヘンデビュー』にそのフレーズはいりません」
「いやでもラブリーじゅうなな」
「いりません」
「……」
「……」
「……」
「……」

□ ■ □ ■ □

……そろそろ、帰る時間。

気がついたら藍子は銀河鉄道の前にいた。あれほど聞こえていたウサミン星人たちのはしゃぎ声も、もう聞こえない。

『お帰りですか? お嬢様っ』
「はいっ」

ウサミン星人(案内役)が恭しく頭を下げる。

「よいしょ、っと。……あっ、そういえば」

銀河鉄道に乗ると、クッキーのことを思い出した。
座席に座ってポケットから取り出して、ちょっとだけ離れたところに立っているウサミン星人(案内役)を見て。
どうぞ、と1枚差し出した。

『キャハッ☆ ありがとうございます!』
「ふふっ、私こそ!」
『ウサミン星は楽しかったですか?』
「とっても楽しかったです。また、お散歩したいなぁ……」

微かなウインドチャイムの音と共に、銀河鉄道が発進する。同時にウサミン星人(案内役)の姿が霞んで消える。

『ウサミン星発、地球行きの銀河鉄道です! お帰りもお楽しみくださいねっ』

窓の外の景色が動き出した。ウサミン星はもうどこにもなくて、色鮮やかな星々が現れては消えていく。
座席に横座り気味になりながら、ぼうっと外を眺める。
朧げに映る鏡像がとても懐かしい。
そうだ。ウサミン星を出発した時点で、自分はもうウサミン星人ではないのだ。ウサミミはついていないし魔法でキラキラを出すこともできない。

小さな寂しさを埋めるのは、楽しかったお散歩と、ステージの興奮。

「ウサミンさん。いますか?」
『キャハッ☆ どうしました?』

いつもの横ピースで登場する同じ目線の彼女に、いえ、と軽く口ごもってから。
誰にも聞かれていないなんて分かっているのに、ちょっとだけ周りを気にしてから、藍子は言った。

「……私、すっごく楽しかったんです。だから、お礼を言いたくて」
『いやいや~。わたしは案内しただけですよ。でもお嬢様が楽しかったならよかった!』
「はいっ。ウサミン星の皆さん、すごく楽しそうで……見ている私まで、笑顔になっちゃいましたっ」
『お嬢様は優しいんですね~。ウサミン星はみんなの笑顔でいっぱいの場所! 好きになってもらえましたか?』
「とっても!」
『キャハッ☆』

銀河鉄道はぐんぐんと速度を上げる。地球とウサミン星の移動には1時間かかるけれど、この分だともっと早くつくかもしれない。

「ウサミンさん」
『なんですか?』
「私、またウサミン星に行くことができますか?」
『もっちろん! お嬢様ならいつでもお待ちしていますよ! あ、でも――』
「でも?」
『……キャハッ☆』

誤魔化すような声を聞いた瞬間だった。

突如、藍子の意識が浮き上がった。
それまでぼやけていながらも知覚できていたウサミン星人(案内役)の姿も、ふかふかの座席も、ハート型のつり革も、ぜんぶ、光の中に溶けていって――

『次の記念日にまたお逢いしましょう! その時には、わたしから招待しちゃいますね!』

最後に、楽しそうで寂しそうな声が聞こえた。

……。

…………。

――事務所――

「うーん。なーんか丸く収まりすぎっちゃった感があるんですよねぇ。もっとこう、インパクトがほしいような……」
「菜々ちゃんの発想が大胆すぎるのかもね。私はほら……私より菜々ちゃんの方が夢いっぱいって感じがするし」
「ですかねぇ。でもでも、加蓮ちゃんのお話はすっごく参考になりました! ウサミン星を代表してお礼を言っちゃいますよ! キャハッ☆」
「いーよいーよ。私も楽しかったもん」
「ナナと加蓮ちゃんの合同制作、新星ウサミン星! ナナ1人では作り上げられない――」
「作る」
「ハッ! ……ほ、ほらその……」
「あれ珍しい、思いつかないんだ」

声と、声。

「…………ん……ぅ……?」
「おおっと。藍子ちゃん、ようやくお目覚めですか!」
「よく眠ってたよね。疲れてたのかな」

覗き込んでくる目が、よっつ。

「ん…………」
「うーん、また寝ちゃいましたねぇ。どうしましょうか」
「無理に起こすこともないでしょ。起きるまで待ったら?」

ほっぺたに、あたたかさ。

「…………ん……ん……」
「藍子ちゃん藍子ちゃん。そこでゴロゴロされるとナナちょっとくすぐったい」
「じゃあ私はお腹をくすぐってみよーっと」
「なんでそうなるんですか!? ちょ、こら、メッ!」
「いたっ。はたかなくてもいいじゃんー」

ぼんやりとした頭で、ちいさかった頃のことを思い出す。

よくお昼寝をしていた。身体をすっぽりと包み込む毛布に潜り込んで、夢心地。
起きた時に母親が側にいてくれた。頭を撫でてくれて、時には膝の上に載せてくれて。
それがとってもあたたかくて、ぎゅっ、と抱きつくのが好きだった。

「んん……」
「ミミンっ!? 藍子ちゃん!? そんなにぎゅって抱きついてどうしまし――」

ぼんやりとした頭で、そんなことを思い出したから。


「……えへへ…………おかあさん……」

「「ぶーっ!?!?」」

2人分の噴出に一瞬で思考回路が起動した。目が痛くなるほど見開いて右を見て左を見て起き上がってみれば、アヒル顔のまま真っ白になっているウサミン星人(少なくとも藍子の母親よりは若かった筈)と、お腹を抱えて地面をバンバンと叩きまくる病弱少女(昨日までは同い年)がそこにいた。

「あははははっはははあはっははあははははっはははは!!! おか、おかあさ、おかあさ……おかあさ…………!! 似合う、似合うから余計笑えあはあはっははははははは…………!!!!」

床に転がっている方はぷるぷる震えだした。

「              」

ソファに座っている方は口から兎の形をした魂を吐き出し続けていた。

「…………??」

引き起こした犯人は首を傾げる。

よく分からないけれど、とりあえず顔を洗ってこよう。

――数分後――

「ナナはじゅうなな……ナナはじゅうなな……ナナはにじゅうななじゃなくてじゅうなな…………」
「まーまー。ほら、菜々ちゃん、そろそろ復活しなって。ね?」
「ななはなな、ななはなな、ななはなな……」
「もーっ。寝言なんでしょ? そんなに気にすることないでしょ」

洗顔し、ついでに冷蔵庫から3人分の缶ジュースを取り出して戻ってきてみれば、安部菜々は未だ口からプラズマ的な何かを吐き出しており、北条加蓮がそれを宥めている。
起きてから数分。藍子も、自分が何をやったのかは曖昧ながら把握していた。

「ただいま戻りました、菜々さん、加蓮ちゃん」
「お帰り藍子。あっ、ジュースありがと♪」
「どうぞ。はいっ、菜々さんも!」
「ななはなな、ななはなな、らぶりーじゅうななさい……」

顔を覗き込んでも反応1つ見せない。謎の呪文を唱え続けているばかり。

「うーん……」
「放っといていいと思うよー藍子。いつものなんだし」
「いつものなんて言ったら失礼ですよ加蓮ちゃん。菜々さん、こんなにショックを受けてるのに」
「そうなんだけどさ。……って、ショックを与えたのアンタでしょうが」

一気にジュースを半分ほど飲み干す加蓮はひとまず視線から外す。自分が原因なのは分かっているのだから。
少し考え、うんと考え、加蓮が空き缶を捨てに行った頃、藍子は決意を込めて頷いた。
菜々さん、ごめんなさいっ。
口の中だけで1つ謝りを入れてから。

「菜々さんっ」
「ななはななはななはなな……なんですかあいこちゃん。ななはなななんです、なななんですよね……?」
「な、菜々さんは菜々さんですっ。さっきはごめんなさい! ちょっと寝ぼけちゃってて……でもっ! お母さんっていうのは、私にとって菜々さんはそれくらい頼りになる人だってことなんですっ」
「……………………」
「だからその……決してお母さんくらいのって意味じゃないんです。菜々さんはいつも、私にウサミン星のこととか大人のこととかいっぱい教えてくれて、アイドル活動の時も優しくしてくれて……だから、私にとって菜々さんは、お母さんのように優しい人で、だからつい言っちゃったんです!」
「……………………」

ぎゅっと両手を握る。
沈黙。
1秒。
2秒。
加蓮が「おー?」と興味深そうに戻ってくる。
3秒。

「で……ですよねぇ! 藍子ちゃんがそんなっ、そんなこと言うハズありませんよねぇ!」

ウサミン星人、復活。

「そうですっ。今日だって菜々さん、寝ちゃった私をずっと膝に載せてくれて……そうだっ。私、そのお陰でとっても幸せな夢を見られたんですよ! もうよく覚えていませんけれど……これも菜々さんのお陰なんです!」
「そうですかそうですか! キャハッ☆ 藍子ちゃんに、いえ、お嬢様に心地よい時間を与えられたなら、ナナ、大感激ですよ!」
「菜々さんはメイドさんの中のメイドさんですっ」
「や、やだなぁ照れちゃいますよぉ! そんなこと言ってくれるの藍子ちゃんだけですからねぇ!」

後ろから呆れの視線を感じる。頬に汗が流れるのを自覚しつつ藍子は頑張って前だけを向くことにした。前向きに前向きに。
ひとしきり照れ笑いを続けた菜々は、ようやくジュースに気付いてくれたらしい。ありがとうございます! と最大級の笑顔と共にプルタブを勢い良く開ける。腰に手を当て、先ほどの加蓮よりもさらに迫力ある一気飲み。お酒という単語なんて連想していない。断じて連想していない。

「ぷはーっ!!」
「ふふ、そんなに喉が乾いていたんですか?」
「そうなんですよお! それがですね、実はナナと加蓮ちゃん、ずーっと秘密のミーティングをやってまして。喋りっぱなしだからもー喉が疲れちゃって」
「ひ、秘密って感じがぜんぜんしなくなっちゃってます……。そうなんですか? 加蓮ちゃん」
「え? あー……うん。ちょっとね」
「……加蓮ちゃん?」
「……思い返してみるとちょっとハマり過ぎたっていうかなんか私までウサミン星の住人になっちゃってた気が……」
「…………???」

途端に目を逸らす理由は分からない。それよりも。

「加蓮ちゃんと菜々さんだけで秘密のお話なんてずるいですっ。私も起こしてくださいよ~」
「いやぁ、藍子ちゃんぐっすり眠っちゃってましたからねぇ。あんな寝顔を起こすなんてナナにはとてもとても」
「私もー。ちょっとだけ気になったけど、あんなに気持ちよさそうなのは……さすがに何も言えないって」
「そ、そんなに私、ぐっすり眠っちゃってたんですか?」
「キャハッ☆ ナナ、歳の離れた……妹! い・も・う・と! ができた気持ちでしたよ!」
「菜々ちゃん、そこ強調するのはいいけど"歳の離れた"って言ってる時点でアレだからね?」
「ハッ!」

……それは、少しだけ恥ずかしい。頬を両手で抑えてしまう。

「そうだ! それなら藍子ちゃんに、ナナと加蓮ちゃんのミーティングの結果をお見せしましょうか!」
「いいんですか? だって、秘密のお話なのに……」
「教えろ~ってせがんだのは藍子の方でしょ? 秘密っていっても、藍子になら大丈夫だろうし」
「ですねですね! むしろ藍子ちゃんの意見も取り入れてみたいですから!」
「だね。藍子が何って言うか私も気になるな~」

さっきまで秘密のミーティングで、今もナイショ話。

「もうっ、結局何のお話だったんですか。気になる言い方しないでくださいっ」

ちょっぴり頬を膨らませていると、加蓮と菜々が、声を揃えて。

「「ウサミン星を作っていたんだよ(ですよっ!)」」

「…………!」

パッと聞いただけでは意味の分からない、あるいは苦笑いしてしまうような言葉。
でも。
――脳裏に凄まじい速度で景色が流れていく。
ふかふかの座席、案内役。黄金色の月に瞬く星々。ウサミミ、人参、ウサミン焼き。シンボル。ステージ。
笑顔。

「ああっ藍子ちゃん、作っていたっていっても、そう、台本! 台本ですからね! ウサミン星は実在するワケで、それをどうやってファンに伝えるかっていう台本――」
「藍子にまで取り繕わなくていいと思うんだけど……」
「ナナにもプライドがあるんですよぉ!!」
「わ、分かった分かった、そんなに目を血走らせなくても」

机の上にノートが置かれている。表紙にはウサミン星のシンボルマーク。側にはシャーペンや蛍光ペンが転がっている。
つまり、あのノートの中身は。

「…………」

藍子はノートの中身を知っている。見ていないけれど、知っている。そしてようやく辻褄が合った。あの夢の中で時おり感じた、自分の思考が外側から引っ張られる感覚。今まで知らなかったことがいつの間にか自分の中で常識と化したり、浮かんだ言葉が柔らかい物へと変わっていたり。
あれはきっと、その都度"設定"が書き換えられたり付け加えられたりしたのだと。

「…………」

夢の出来事だけれど、もう鮮明に思い出した。こことはぜんぜん違う場所。1度見るだけでもう2度と忘れられない場所。

「いいですか加蓮ちゃん。ナナは本当にウサミン星人なんですからね!」
「もー、それ何回目ぇ?」
「何回言っても分かってくれませんからねぇ加蓮ちゃんは! ナナは永遠の17歳で、ウサミン星人なんですぅ!」
「そう思うのならもうちょっと上手く擬態したら?」
「ナナのせいだと!? あと擬態じゃありませんからホントに~~~~!」

またしても言い合いを始めてる2人。頼めば、教えてくれるだろう。自分たちがどういったウサミン星を"作った"のかを。
菜々も加蓮もいろいろなことを教えてくれるから。そして、教えてくれる時の2人はずっと笑っているから。
でもそれは……2人から聞く話じゃ、どうしても、夢で見た映像よりも印象に残らない。"聞く"より"見る"方が分かりやすくて早いのだから。
楽しめるか、自信がない。

「…………あのっ」

悩んだ末、藍子は――とうとう取っつかみ合いを始めた2人に割り込むようにして、不安を吹き飛ばすように大きな声で。

「菜々さんと加蓮ちゃんのお話、私に聞かせてくださいっ!!」
「ミンッ!? が、がってんしょうちのすけ!」
「う、うん。そんなに聞きたいなら……。もー、藍子、いきなり大きい声を出さないでよー」
「あっ、ごめんなさい。……でも、それくらいとってもお話を聞きたいんです!」

菜々と加蓮が顔を見合わせる。同時に頷いて、同時に、しょうがないなぁ、という顔。

「そこまで藍子が言うなら話してあげよっかー。なんてっ。ホントは私達も話したいんだけどね」
「そうですねそうですね! ウサミン星のこと、1人でも多くの人に教えてあげたいですから!」
「……ありがとうございますっ」

教えてもらうことは楽しい。
教えてくれる2人を見るのは、もっと楽しい。
知っている内容でも、菜々や加蓮の口から聞きたい。

これからまた、楽しい時間が始まる――まだ始まってもいないのに、藍子はついクスッとしてしまったのだった。




……。

…………。

……………………。


「あ、そうだ。私、ちょっとだけお腹が空いちゃったから……何か食べる物、用意してきますね」

きっと長いお話になる。準備は入念に。

「それならナナも! 冷蔵庫にシュークリームありますからお願いしますー!」

はーいっ、と返事をして、藍子は冷蔵庫へと向かった。

お目当てのお菓子を見つけるまで少しかかって、ふと、思い出す。
ウサミン星で使えた魔法。あの時に食べたキラキラは美味しかった。夢の中とは思えないほどに。
あの時はどうやって出したっけ? こう、手をぎゅっと握って、願って――

「ん~~~~~、えい!」

手のひらの中には、何もない。

「……あはっ。やっぱり――」
「何してるんです藍子ちゃん?」
「ひゃいっ!?」

いつの間にか菜々が来ていた。悲鳴を上げて座り込む藍子に、そんなに驚かせちゃいました? と――けれどそれほど慌てていない様子で、手を差し伸べてくれる。
そういえば、ウサミン星でも似たことがあったような。

藍子が起き上がったのを見て、なんとか落とさずに済んだシュークリームを持ってくれた。

「加蓮ちゃんも待ってますからね。ほらほら、行きましょ♪」
「は……はいっ。びっくりしたぁ……」
「ナナとしては普通に声をかけただけですけどねぇ。藍子ちゃんをびっくりさせちゃったらめんぼくない。……そういえばさっき、藍子ちゃん何かしてませんでした? こう、手をぎゅっと――」
「何もしてませんっほらほら行きましょう加蓮ちゃんに怒られちゃう!」

菜々の背をグイグイと押す。さすがに「夢で見た魔法が使えないか試してみました♪」と素直に言うには恥ずかしすぎる。いや、ある意味ではその類の話を常日頃から公言している人が目の前にいる訳だが、それとこれとは話が別なのだ。
疑問符をいっぱい浮かべる菜々が、ふとくるりとこちらを向いた。思わず胸を押す形になりかけてつんのめった藍子を、軽く受け止めてくれる。

「きゃっ。菜々さん、ごめんなさ――」

謝ろうと口を開いた時だった。



「――ナナ達からの誕生日プレゼントはどうでしたか? また1年後の今日にご招待しちゃいますね、お嬢様♪」

そんな、どこかで聞いた言葉を。

「え…………!?」
「おっと加蓮ちゃん? 何してるのかーって藍子ちゃんを呼んできたところですよ? いや、待ちきれないって言ったの加蓮ちゃんの方でしょーが。ほらほら、藍子ちゃんも来ましたから準備しましょ! まずはどこから行きます? やっぱり銀河鉄道編――」

菜々の声が遠ざかっていく。だが藍子はそれどころではなかった。頭の中の、"夢で見たにしてはやたら鮮明な記憶"から、言葉を、会話を引っ張りだして、それが、つまりどういうことなのか考えて。

『次の記念日にまたお逢いしましょう! その時には、わたしから招待しちゃいますね!』

『次の記念日にまたお逢いしましょう! その時には、わたしから招待しちゃいますね!』

「藍子ちゃーん? ……どしました? ナナの顔に何かついてます? いやー、ナナ、ちょっとエネルギーを使いすぎちゃったんですよねぇ。早く戻ってシュークリームを……ハッ! ナナ、見せられる顔になってますよね!? ……なってますよね!? いや確かに今日はオフだからちょおっと気を抜いちゃったというか最低限で済ませたというかいやそれはですね朝起きた時に目覚まし時計が――」

夢の世界? それとも。

……。

…………。

「菜々……さん?」
「はは、ハイッ! なんでしょう藍子ちゃん!」
「ウサミン星って――」
「ウサミン星ですか? ふっふっふー、実は、今からやるのはウサミン星の、」
「設定」
「のお話なんです――加蓮ちゃあん!?」
「たはは」

――藍子は、前向きに生きている。
分からないことばっかりかもしれないけれど、でも、分かったことが1つ。


今日、7月25日。私は、ウサミン星でお散歩をしました。



おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。

藍子、誕生日おめでとう。そしてクリスマスメモリーズばんざーい!!



藍子ちゃんお誕生日おめでとう!ウサミンはラブリーじゅうななさい!


こういうメルヘンな雰囲気の作品すき

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