ポケットにノスタルジー (18)



 「あっれー? っかしーなー……」


納戸を開けた瞬間、俺はもう既にうんざりだったが、こればかりは諦められない。
菓子箱や百貨店の袋の山を切り崩して、黙々と発掘作業を進めていく。

 「パパ、何やってんの?」

 「んー? お宝探し」

 「お宝!? マジ!?」

 「あながちウソでもないかもなぁ」

オークションサイトに出せば定価よりちょっと上くらいは付くかもしれない。
二十年……正確には十五年くらいか? それを考えるとそんなもんだろう。

 「樹里も手伝ってくれよ」

 「分け前くれる?」

 「はは。いいとも」

 「やった!」

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樹里の前に未開封の箱を積み重ねた。
薄く埃が舞って、差し込んだ日光が柱を見せる。

 「で、何探してんの?」

 「CD。細長いやつ」

 「細長い……? CDでしょ?」

 「あー、そっか。樹里は知らないか……流行ったんだよ昔」

 「変なのー」

 「かもね」

念のためマスクを着けさせて、樹里が発掘作業に取りかかる。

 「と言うかさ、携帯に入れてないの?」

 「うん。その頃はリッピングなんて考えもしなかったからなぁ……」

 「配信で買えばよくない?」

 「……そうか。その手もあったか」

 「やめる?」

 「いいや、やる。楽しいだろ? 発掘」

 「よく分かんない」

 「ははっ」


いつだってそうだった。
女子は男のロマンをこれっぽっちだって分かってくれないんだ。
昆虫採集、化石発掘、真剣勝負。
男の子ってのはな、毎日が冒険に飢えて仕方の無い生き物なんだよ。

 「あ! これ!?」

 「お。違うけど、出て来たって事はその辺に埋まってそうだね」

 「誰のCD?」

 「じゅりのCDさ」

 「アタシ?」

 「いや、幸子とデュエットした方」

 「幸子?」

 「年末に出て来る派手なおばちゃん」

 「あれか!」

 「あれってお前な」

他愛も無い会話をしながら、当ても無い冒険を続ける。
新たに箱を開けると、見覚えのある細長いジャケットが並んでいた。


 「……あった」

 「お宝!?」

 「ああ。こんなジャケットだったんだな。すっかり忘れてたよ」

 「……お宝……?」

ジャケットには人気キャラの一つすら描かれていなかった。
しかもお目当ての曲はカップリングの方で。
記憶ってのは案外いい加減なもんだと溜息をつく。

 「え、何このCDちっちゃ!」

 「な。せっかく小さいのに何でこんなかさばるパッケージなんだろな」


とりかえっこプリーズ。
その下に小さく、ポケットにファンタジー、と書かれていた。


 「懐かしいなぁポケモン。小学生時代の中心だったよ」

 「え、ポケモンてそんな昔からあったん?」

 「失礼な……二十年以上の伝統を持つ歴史あるゲームなんだぞ」

俺は金を最後に卒業しちゃったけども。
大学ではまだまだ現役のポケモントレーナーが多くて驚いたっけ。

 「これはアニメのエンディング曲でさ。当時の俺はそんなに好きでもなかった」

 「ならなんで聴きたくなったのさ?」

 「樹里が大きくなったからさ」

 「んー?」

 「ポケモントレーナーになるんだろ?」

 「うん! 明日の旅行、早く起きてよね!」

 「努力するよ」

 「パパ、そればっかり!」

樹里が携帯電話を俺に見せびらかす。
チャイルドロックこそ掛けてあるが、樹里専用の一台だ。
こんな子供まで情報端末を持ち歩くような時代が来るとはね。
ポケットにテクノロジー。なんてな。


 「このCD、要るかい?」

 「要らなーい。タブレットの方が欲しー」

 「はは。その内お下がりをやるよ」

 「えー……?」

樹里も明日から夏休み。
せがまれるままに有給を取らされ、さっそく明日の早朝からの旅行に駆り出されてしまった。
まだ見ぬポケモンを夢に見て、樹里も興奮しっぱなしだ。
オトナって大変なんだなぁ、オーキドはかせ。

 「樹里ー? ちょっとー?」

 「はーい」

妻に呼ばれ、樹里が元気に……むしろ騒がしく階段を駆け下りていく。
その足音を背中で見送りながら、俺は箱の山を更に漁った。

 「みっけ」

青いCDプレイヤー。最近は電気店でもなかなか見かけなくなってきたよな。
新品の電池を持って来て、蓋の中に填め込んだ。

 「CD、ねぇ」

こうして聴くのはほとんど十年ぶりかもしれない。
それこそ携帯電話で幾らだって聴ける時代になってしまった。
お気に入りのイヤホンを繋ぎ、耳にそっと差し込んでみる。




  ねぇ。キミ達の夢って、何かな


その一言で、俺はほとんど泣き出しそうになった。


――早く大人になりたいな。

――どうして?

――早く大人になりたいの。

――子供って楽しいじゃない。


俺は、大人になってしまった。
もう、抱いていた夢が果たして何だったのか、少しも思い出せなくて。


――じゃあ、今度は私の夢、言うわね?


やめろ。
頼むから、言わないでくれ。




  もう一度、子供に戻ってみたい


そこからは止まらなかった。
涙をぼろぼろと零しながら、ただ四分間のメロディーが終わるまで立ち尽くしていた。
頼りにならない記憶が一言一句、不思議なくらいに歌詞を覚えていた。


 「……パパ?」


どれくらい経ったんだろう。
乾いた目元に引っ張られるような感覚が残っていて、拭う必要はもう無かった。
足元に落ちていたイヤホンを拾い上げて、勢い良く頬を叩く。

 「……何だい、樹里?」

 「パパ……どこか、痛いの?」

 「いいや。どこも痛くないさ」

 「じゃあ、どうしてそんなに……苦しそうなの?」


俺は、昔っから馬鹿だった。
ようやく……今になって、ようやく思い出した。


俺は、大人だったんだ。


 「……樹里」

 「なに、パパ?」

 「樹里は、早く大人になりたいかい?」

 「ううん。だって、大人って……辛いんでしょ?」


大変だなぁ。馬鹿な親を持つ娘ってのは。


 「いいや。ちっとも辛くなんかないさ」

 「どうして?」

 「だって、樹里が来てくれたじゃないか」


情け無い顔を見られないよう、樹里を抱き締めた。
俺の一番の宝物は、とてもポケットには入りそうにない。

 「……じゃあ、大人って楽しいの?」

 「ああ、最高さ。旅行にだって行けるし、ポケモンマスターだって目指せる」

 「じゃあ、アタシも大人になりたいな」

 「……はははっ! 樹里には、まだ早いさ」

 「もー! パパったら、ホントにそればっか!」


樹里は、すっかり拗ねたように部屋へ逃げてしまった。
散らかした箱を納戸の中にしまい戻し、埃を集めてゴミ箱に入れた。
手を払っていると、ポケットが小さく揺れる。

 「ありゃ。アラーム切り忘れてら」

アラームを止め、そのままポケットへ戻そうとした手が不意に止まった。
どこからか、聞き覚えのある声がした気がする。

 「……あぁ、そうか」

聞き覚えがあるも何も、それは自分の声だった。
十年以上も前の俺が、俺に向かって叫んでいた。


――バトルしようぜ。


 「……へっ。ガキなんかに負けるかよ」

アプリストアを開くと、探す必要なんて無かった。
トップページに表示されたそれをダウンロードし、ユーザー登録へ進む。


……ありゃ?


 「おいおい……」

サーバーがダウンしているらしい。
きっと裏では必死こいてる、辛い大人がそりゃもうたくさん居るんだろう。


 「あなたー? ちょっとー」

 「おー。いま行くー」


すっかり凝り固まった腰をほぐして、階段を一歩ずつ下る。


 「勝負はお預け、だな」


だけどよ、負けないぜ?
子供が大人に勝てる訳が無いんだからな。


だってよ、大人の世界ってのはさ。
こんないズルくて、こんなに辛くて。
馬鹿になっちまうくらい楽しいんだぜ?


 「さーてと」




ポケットに、テクノロジーとノスタルジーとファンタジーを詰め込んで。

俺は愛する家族と、旅の計画を話し始める。


おしまい。



2016年7月22日、Pokemon GO サービス開始



それでは夏コミ3日目東、V37aにてお会いしましょう

夏の夜とか切なくなる時になんてものを…

>>1
死にたくなった(褒めことば)

駄目だ、論者しか出てこない

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