あずき「夜釣り大作戦だね」 肇「そうですね」 (41)

あずきの誕生日お祝いSSです。

すべりこみになってしまいましたが、のんびり投下していきます。


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釣り、の話を肇ちゃんから持ち掛けられたときはとても驚いた。

ユニットを組んだり同じイベントでお仕事をしたりっていうのはあったけど、そんな風に気軽にお出かけを提案されたことはなかったからだ。

それにしても、今日の夜に出発して朝までにはこっちに帰ってくるだなんて……急すぎるんじゃないかな?



「ごめんなさい。プロデューサーさんとも相談したけど、私たちの予定とかを色々考えると今日がいいタイミングかと思って」

「プロデューサー……?」

「今日は誕生日で色々あると思うけど、そういうのが終わってから行くのでも大丈夫ってプロデューサーさんも言ってくれてますから」

「プロデューサーがどう関係……ちょ、ちょっとだけ考えさせてもらっていい?」



肇ちゃんに少しの猶予をもらって、考える。

今のところ決まっているのは、三人で(あずきが行かなければ二人で?)海沿いの公園で釣りをすることくらいで、移動の車や釣りの道具はプロデューサーさんが用意してくれるらしいんだけど。

う~ん……。どうすればいいんだろう……?

期待

う~ん、う~ん、と考えてはみても、二人が何を考えているのかはさっぱりわからなかった。

最終的に、あまり考えても意味がないという結論にたどり着く。そこからは半ば直感に従って、あずきは肇ちゃんにこう言った。



「いいよっ。よろしくね、肇ちゃん!」

「! ありがとうございます……!」



プロデューサーさんに伝えなくちゃ、と言いながら肇ちゃんは携帯電話を操作し始めていた。

肇ちゃんとプロデューサー。二人の提案に乗ってみることにしたけど、大丈夫かな。

返事をしちゃったからには心配してもしかたがないし、まあいいかと開き直る。二人の考えも、明日ちゃんと起きられるかも分からないけど、お気楽大作戦でいこーっと!

今日のレッスンなんかを終えて、寮で食事や出かける準備をしてからもう一度事務所へ向かう。

誕生日パーティーの二次会を抜けるのは心苦しかったけど、同じ誕生日の瑛梨華ちゃんにあずきの分も頑張ってもらおうと思う。

そんなこんなで、肇ちゃんと一緒に事務所の駐車場まで行くと、そこではプロデューサーさんが車を用意して待っていた。



「二人とも、汚れてもいいような上着は着てきた?」

「はい」

「うんっ」

「注意することは他にもあるけど、到着したらまた言うから。今はとりあえず乗って乗って」



促されるまま、肇ちゃんとあずきは二人で後部座席に乗り込む。車の中は、あまり見たことのない道具で少しだけごちゃついている。

釣りに行くんだ、という実感が強まってくる気がした。

Hear the sound of the falling rain..♪

Coming down like an Armageddon flame (Hey!) The shame The ones who died without a name..♪



車内には、あまり聞き馴染みのない外国の曲が流れている。

日の沈んだ街を車の中から眺めるなんて、プライベートでは久しぶりな気がした。

肇ちゃんが、運転しているプロデューサーさんに話しかける。



「プロデューサーさんって、こういうのも聞くんですね」

「ああ、これは夏樹が貸してくれたんだ。二人は、なにかリクエストとかある?」

「私はありませんが……」

「あずきもこのままでいいよ。全然知らないアーティストだけど、いい曲だと思うし」



車の走る音と、コンポから流れる音楽だけが耳に届いていた。三人とも、別に緊張しているわけではなかったと思うけど妙に静かだった。

「着いたーっ」



車のドアを開け放って、あずきたちは外へ出る。かすかに聞こえてくる波の音や、潮の匂い、星の瞬く夜空が素敵だった。

時間帯や場所の関係かもしれないけど、夏なのに少し肌寒く感じられたのが惜しかった。



「あずきちゃんは海釣りの経験ってありますか?」

「子供の頃、旅行先でしたことがあるよ。でも、どこかの釣り堀でアジ? とかの魚を釣っただけだし、ほとんどないようなものなのかも……」

「そう……。私も海での釣りは初めてだから、一緒で安心しました」

「そうなんだ。それなら、お互いに遠慮しないで楽しめそうでいい感じだねっ」

「はいっ」



そういう肇ちゃんの声色からは、どこかわくわくしているような気持ちが伝わってくる。釣りが趣味なんだし、今日の夜釣りも楽しみにしていたんだろうなぁ。 

あずきも、それにつられてなんとなくテンションが高まってきていた。

会話はそこそこに、プロデューサーさんも一緒に三人で釣り道具を車から下ろした。

釣り竿や、それを立てておくための三脚。アタリを待つ最中にあずきたちが座るためのシートとか、他にも色々な物があった。



「さて、いよいよ釣りを始めるけど改めて注意しとこうかな。肇は心得ているだろうけど、あずきもいるし一応ね」

「はいっ」

「まずそうだな……公園内、夜でも俺たちみたいな釣り人や散歩をしている人がいるから、その人たちに迷惑かけないようにね。まあ、数も少ないし大丈夫だと思うけど」

「はーい」

「それから、釣りをするのは柵がちゃんとある場所でな。万が一海に落ちたら、お互いに声出して場所を確かめること。俺がそばにいないときは、すぐに携帯で連絡もすること」

「……はーい」

「あずき、ちゃんと聞かなきゃダメだぞ。暗いんだから油断すると危ないんだって」

「き、聞いてるもん!」



その後も、細々とした注意が続く。どれも大事なことではあるんだろうけど、ここまで来たんだし早く釣りを始めたい! というのがあずきの本音だった。

「あと、釣りのマナーや技術に関することは肇があずきに教えてあげてくれ。俺も詳しくないけど、川釣りと大きくは変わらないはずだから」

「わかりました」



肇ちゃんの返事にうなずくと、プロデューサーさんは少しの間だけ静かになった。

そして、なにか考えた風な表情を作るとこう言った。



「……よし、そろそろ始めるか! 肇、あずき、仕掛けを作ろう!」

「はい」

「やった! 頑張ろうね、肇ちゃん!」

「ええ。大物がかかるといいですね」



プロデューサーさんの注意も終わって、いよいよお楽しみの時間になった。フィッシング大作戦の始まりだね!

プロデューサーさんが用意してくれた釣り竿は、二振り。あずき用のと、肇ちゃん用のものに特に違いはないみたいだった。 

早速、みんなで釣りに使う仕掛けを作った。餌に使うアオイソメっていう生き物が気持ち悪くてあずきには触れなかったけど、肇ちゃんとプロデューサーさんが釣り針につけてくれた。



「呉服屋の娘だし、蚕とかで虫は慣れてると思ったんだけどなぁ」

「今の時代に関係ないでしょっ! 無理なものは無理なの!」

「あはは……。女の子ですし、しかたないですよ」

「本当にしょうがないなぁ。餌が魚に食われたらどうするんだ」

「そのときは私がつけてあげます。あずきちゃん、安心してくださいね」

「ぅぅ……肇ちゃ~ん!」



そんな風に話している内に、釣りの準備はどんどん進んでいった。ウキや錘もちゃんとつけ終わって、素人目にもこれ! という感じの釣り竿が仕上がった。

「この辺ですかね?」

「うん。明かりもあるし、いいんじゃないかな」



肇ちゃんと二人で相談しながら、ポイントを決める。

夜の魚は明かりがある場所に集まるということで、公園の街灯が近くにある場所であずきたちは仕掛けをキャストすることにした。



「そういえばプロデューサーさん、海水を汲みに行くって言ってどこかに行ったけどなんでかな?」

「魚が釣れたら、一旦水の中に入れてあげないといけませんからね」

「あ~そっか。釣りなんて久々だし、そういうのすっかり忘れてるよ~」

「ふふっ。わからないことは今みたいに教えてあげるから、なんでも訊いてくださいね」

「うんっ」



話し終わると、肇ちゃんがキャストした。餌をつけた仕掛けが、まさしく糸を引くように宙を舞いながら夜の海へ溶けていく。

あずきも、それに倣って仕掛けを投げる。ひょろひょろと音を立てるように飛んでいった餌は、小さな波紋を広げながら海中に沈んでいった。

「はい、あずきちゃん」

「ありがとっ」



持ってきたシートに座って、肇ちゃんが水筒で淹れてくれたコーヒーを飲みながら釣果を待つ。

あずきの舌にはちょっぴり苦かったけど、ちょうどいい温かさだった。



「どれくらい待ったら釣れるかなぁ?」

「さぁ……? とにかく、焦らず待ちましょう。釣りというのは、そういう時間を楽しむ遊びでもありますから」

「そうだねー……」



さざなみの音に、耳を傾けながら。夜の海、潮の匂いを感じながら。街の光、星の光を遠目に眺めながら。

シートの下にある地面の感触は固かったけど、あまり気にならなかった。

肇ちゃんと過ごす、コーヒーの苦さと、ほんの少しの甘さとを味わうこの時間が、少しだけ特別に思えた気がした。

そんな風にのんびりいい気分になったのもつかの間、少しするとプロデューサーさんが色々な物を持ってあずきたちのいる場所にやってきていた。



「どう? 釣れてる?」

「ふふ。どうやら、まだまだみたいです」

「プロデューサーさん、焦っちゃダメだよ。釣りっていうのは、焦らず待つのが肝心なんだから」



知った風なことをー、なんて言いながらプロデューサーさんは何かごそごそし始めていた。



「水汲みにいっただけじゃなかったの?」

「コンビニ行って色々買ってきたよ。おつまみとか、軽食買ってきたから好きなもの取ってな」



プロデューサーさんがゴソゴソしていたのは、それらを入れたコンビニ袋だったのだ。ランチパックやビーフジャーキー、チョコボールなどのお菓子までが袋から覗いている。

あずきたちは夕飯を食べてからここに来ているのに、プロデューサーさんはとにかく沢山買い込んだみたいだった。

「こんなにいっぱいあっても、食べきれないよ」

「まあ、余ったら餌に再利用すれば」

「ダメですよプロデューサーさん。餌はちゃんとありますし、残したものを魚にあげるなんて品がありません」

「冗談だよ冗談。本気にするなよ~」

「あははっ」



こんな風に三人ではしゃいだことなんて、今まであっただろうか。他の誰かも一緒にということならあったかもしれないけど、この三人で、というのはあずきの記憶にはなかったと思う。

横目で竿の具合をうかがうけれど、魚がヒットする気配はない。楽しいからいいんだけど、ちょっぴり寂しい感じもした。

「もう少ししたら、餌が取れたりしていないかどうか確かめましょう」

「うん」

「あ。俺一旦離れるけど、何かあったら携帯にメッセージ送っといて」



どこ行くの、と訊いたらプロデューサーさんはタバコを吸うようなジェスチャーをした。



「いまさら気にしないのにねー」

「それがプロデューサーさんの性格なんですよ。車では我慢してくれていましたし、素直に気遣ってもらいましょう?」



そう言った肇ちゃんの横顔は、あずきが普段イメージしている肇ちゃんのそれよりも、少しだけ大人っぽい感じがした。

誕生日なんだし、あずきも少しでも大人っぽくなれてたらいいな、なんて。ちょびっとだけ、羨ましいという思いも感じたのだった。

待つ。待つ。待つ。待った。

待つ。待つ。合間に飲んだり食べたりしながら、待つ。まだ待つ。待つ。待つ……。待つ……………………。



「ぜんぜん魚がこないね~」

「そうね……。ポイントは悪くないと思うのだけど、タイミングが悪かったのかしら」

「うぅ~。プロジェクトFは不発かな~」

「エフ?」

「そう! fishingのF!」



なんて大声を出してみても、一向に当たりの気配は見えず……。それとも、声を上げるから魚が寄ってこないのだろうか?



「声の大きさは関係ないですよ。陸で音を出しても、水中に振動が伝わらなければ無音と変わりませんから」



肇ちゃんの真面目なツッコミが、可笑しかった。

それでも、魚が釣れないストレスは募る。どうしろっていうのさ~~~~~、と思うものの、口にはせずにあずきはシートの上へ仰向けに倒れた。

その様子を見た肇ちゃんの小さな笑い声が耳に届く。仰向けになったあずきの視界に、星々が映り込む。



「……もう、いっそ歌っちゃおうかな! うるさくしちゃダメって言われたけど、周りに人もいないし!」

「歌!? ……何を歌うんですか?」

「うーん……」

「……?」

「……リクエストちょうだい」



えぇー、と言いながら肇ちゃんが肩を落としたのが雰囲気でわかった。仰向けになったあずきの目には見えないけど、肇ちゃんが脱力している様子がありありと想像できる。

何も言わないで肇ちゃんの反応を待つ。ほどなくして、がさっ、という音と共にシートが揺れた。

音のした方へ、寝たままで振り向くと、横向きになった肇ちゃんと目が合った。肇ちゃんも、あずきと一緒にシートの上に倒れこんだのだった。

今、あずきたちの頭上に見えるのと同じような。星のきらめく夜空みたいな綺麗な瞳が、あずきの視線を受け止めていた。



「……肇ちゃん。リクエストは……」

「私も歌います。あずきちゃんも知ってる曲ですから、歌い出しに合わせてください」



……そうきたか、と思った。別に、勝ち負けとか、裏をかくことなんかを考えていたわけではないけれど、一本取られた気分だった。

お互いに倒れ、顔は横向きで向かい合わせ。ふーっ、と、息を吹けば、互いの肌に届きそうな距離に二人が横たわっている。

何を歌うんだろうとか、こんなに近づいたのって初めてだとか、色々なことであずきの頭の中はぐるぐるして目が回りそうな気持ちだった。

肇ちゃんが、顔の向きを変えた。息を吸い込んで、夏の空に向かって、仰向けに寝転がった状態で歌いだす。



「……You and me...♪」



確かに、あずきが知っている歌の歌詞と曲調だった。肇ちゃんの、声と、呼吸に合わせてあずきも歌いだした。



「好きなモノが違う♪」 

「ひとりひとり違う♪ 今日のコーデもほらね...♪」



仰向けに歌うのはちょっと息苦しいし、選曲理由もわからなかったけど。

肇ちゃんと、同じ場所、同じ姿勢で同じ空を眺めながら歌う歌は、耳に心地よく響いていた。

We're the friends!

ハートの温度 スゴくアツい おそろいのこの想い

We're the friends!

悲しみもホホエミも 分け合える 傍にいる

本当の 友達さ..♪




We're the friends!

走り方は 違ってても おそろいの場所を目指す

We're the friends!

上手には言えてない ありがとう 心から

何度でも 伝えたい....♪

「……ふぅ。お聞きくださって、ありがとうございました」

「あずきが提案者なんだけどな……」



あずきも肇ちゃんも、息を切らしていた。仰向けに歌うのは、やっぱり苦しかったんだね。

肺活量のレッスンとかで同じ風に歌ったことはあったけど、辛いものは辛いものなのだ。



「ですが、大きな声で歌うというのは楽しいものです。特に、空の下で歌えば気分も晴れますしね」

「そうだね。屋外で好きに歌うのなんて、なかなか出来ないことだもんね」

「……星が、綺麗ですね。天の川が、あんなにくっきり見えるなんて……」

「だね!」



それから二言三言話して、二人で寝転がったまま笑い合った。

一緒にくすくすと声を立てながら笑う時間は、肇ちゃんに誘われたときは驚くばかりだった夜釣りだけど、来てよかったな、って心から思えた瞬間だった。

「おい二人とも! あれ引いてるんじゃないのか!? あれ!」



急に聞こえた声にびっくりどっきり驚きながら、あずきたちは急いで身を起こす。

言われた通り、セットしていた釣り竿の一本が夜の暗さでもそれとわかるほどしなっているのが見えた。



「大変! あずきちゃん、早く行かなくちゃ!」

「う、うん!」

「とにかく竿を掴んで! 私も手伝いますから!」

「わかった!」



ぐぐぐぐ~~~っ、としなる竿の動きにドキドキしながら、必死で駆け寄って竿をつかまえる。

瞬間、竿を持つ手から強烈なエネルギーが伝わってくる。あずきの手を、腕を、体を海に引きずり込んででも釣り針から逃れようとする、凄い力だった。

「~~~~~っ! つよっ……い……!」

「あずきちゃん、落ち着いて! こうして堪えられるということは、落ち着けばちゃんと釣り上げられる相手なんです。リールは後で構いませんから、まずしっかり踏ん張りましょう」

「……うんっ!」



肇ちゃんの言葉を聞きながら、ちょっとだけ深呼吸……。……すると、なんだか落ち着いたような気がした。

二人で手を触れ合わせながら竿を握る。肇ちゃんの言葉と体温があずきにはとても心強く思えた。



「……んっ、よしっ。そこまでの大物ではないでしょうけど、慎重にリールを巻きましょう」

「うん! ……えっと」

「とりあえず、竿は私に任せて。あずきちゃんはタモを持ってきてください」

「タモ……? あ、網のことだね! わかった!」



さっきまで笑い合っていたのがが嘘みたいな忙しさだった。

シートの側へ走り、タモを手に取って再び釣り竿の方へ駆け出す。あずきが肇ちゃんの元へ戻ったときには、糸の先にくっついている何かが水面に浮かび上がっていた。

「さっ、魚だ! 本当に魚釣れてるよ肇ちゃん!」

「そ、そろそろ釣り上げますよ! タモの準備!」

「うんっ! い、いつでもいいよ!」

「いきますよ。……えいっ!」



さっきまで糸を巻きながら魚と格闘していた肇ちゃんが、一気に竿を振り上げる。次の瞬間、茶・黒・銀の三色が混ざり合った体色の魚が宙を舞っていた。

「つ、釣れた……」

「20cmいかないくらいかしら? このくらいのサイズなら、タモを使う必要もなかったかもしれませんね」

「測ってみるか? メジャーも持ってきてることだし、折角だから使わなくっちゃ」



バケツの中をしょんぼりした様子で浮かんでいる魚を眺めつつ、あずきたちは話していた。



「それよりプロデューサーさん! どうしてあずきたちを手伝ってくれなかったのさ!」

「いや、物持ってて両手がふさがってたから。二人こそ、俺が声かけなかったら竿ごと持っていかれるところだったじゃないか!」

「ま、まあまあ二人とも。こうして無事釣れたんですから……」

「……うん、ほぼ19cmだな。メバルの標準サイズはわからないけど、悪くないんじゃないか」

  

そんなことを言いながら、プロデューサーさんはあずきたちの釣った魚に興味津々だった。

魚の名前も当ててるし、本当はこういうのに詳しいんじゃないかな? と思う。



「ふふっ。メバルはスーパーなどでも見かけますし、分かりやすい特徴もありますからね」

「?」

「ほら、見てください。『目』が大きく『張って』いるでしょう?」

「……わ、本当だ。肇ちゃん、流石だね!」



そういうと、肇ちゃんは照れてしまったのかうつむき加減に顔を赤らめる。

こういう風に、女の子らしくて可愛い仕草が自然と出てくるのも、肇ちゃんを羨ましいと思う部分だった。

「……で、どうする? 事務所まで持って帰るか、ここでリリースするか」

「私はどちらでもいいですよ」

「えっと、あずきもどっちでもいいよ。……プロデューサーさん、持って帰ってどうするの? 食べちゃうの?」



あずきがそう訊くと、プロデューサーさんは迷わずうなずいた。なんでも、食べやすい上に美味しくて食用向きの魚なんだとか。



「もちろん、二人が欲しがるなら譲るよ。どうする?」

「私、食べるならあずきちゃんに食べて欲しいな。どうします?」

「えぇ~~~」



二人に選択権を委ねられて、困惑する。あずきが食べるか、この場で放すのか……。

さきほどまで、元気すぎるくらいに力強く生きようとするメバルの姿を見ていただけに、悩ましい選択だった。

「……とりあえず、持って帰ろうよ。あずきが食べるかどうかは、また別の話ということで」

「保留大作戦か」

「プロデューサーさん、茶化しちゃダメです」

「ごめんなさい」



謝られはしたけど、プロデューサーさんの言った通り、半ば保留しただけの決定だった。

二人がああ言っていたし、海に帰すのはもったいない気がしたんだよね。かといって、あずきがあの子を食べるっていうのも想像しづらかったし。



「というか、そろそろ帰った方がいい時間だな。一尾だけでも、いい頃合いで釣れてよかったよ」

「えっ? だって、8時過ぎに事務所を出て……わっ、もうこんな時間だ」

「では、片づけをしましょうか。分担は……」

「シート周りは俺がやるから、二人は竿の方を片付けといてよ。メバルの処理とかも俺がやるし、ゆっくりでいいからな」


プロデューサーの言葉に甘えて、あずきたちは釣り竿の片づけに専念することにした。

糸を巻き取って、錘なんかも外して、ヒットしなかった竿の餌も……肇ちゃんに頼らず頑張って外して、なんとか後始末を終えたのだった。

片付けの最中、肇ちゃんは色々なことを話してくれた。



「えっ、この夜釣りってあずきのための計画だったの!?」

「あずきちゃんのためというか、私のためでもあるというか……。色々あって、プロデューサーさんと相談して決めたんですよ」

「それ、最初に言ってたよね。あずきのために、何を相談してたの?」

「……うーん、ここで言っていいのかしら……」

「いいっていいって。なんでも言ってよ」

「で、では。少し長くなるかもですけど、聞いてくださいね?」

「うん」

肇ちゃんの話は、こうだった。

肇ちゃんは、今日……つまり、あずきの誕生日でもあり、七夕でもある7/7という日にあずきに何かプレゼントをあげるつもりだったんだとか。

でも、その日があずきの誕生日ということに気付いたのがつい最近で、なかなかあげるものが思いつかなかった。



「たまたま、フリルドスクエアの皆さんが話しているのを聞いて気が付いたんです。……申し訳ありません」

「そんなの気にしないよ」

「陶器とかをあげるかどうかで最後まで悩んだんですけど、贈り物にそういうのを乱発するのもワンパターンかと思って……」

「そ、そこまで悩まなくても」



とにかく、迷った肇ちゃんはプロデューサーさんに相談することにして。話し合った末に、この夜釣りに誘うことを決めたのだった。

何をあげるか悩むなら、いっそ本人に決めさせれば? とアドバイスされたのだと肇ちゃんは言った。



「その流れで、あずきちゃんには釣りをしてもらって自分のプレゼントを自分で手に入れてもらおうって思ったんです。私の趣味にも適いますし、出かけること自体がいい気分転換にもなるかなぁ、と」

「な、なんというか……たくましい発想だね」

「ですから、魚が釣れた時には心から安堵しました。行き当たりばったりな計画だったのですが、上手くいって本当によかったです」

「だから、さっきのメバルをあずきに譲ろうとしたんだね。それも含めて肇ちゃんたちの夜釣り大作戦の一環だったんだ」

「夜釣り大作戦? ……そうですね。今思い返すと、本当に穴だらけの作戦で恥ずかしいくらいですけど」



そんなことないよ、と言って肇ちゃんを励ます。



「肇ちゃんの気持ちも、プロデューサーさんの気持ちも凄く嬉しいもん。それに、魚が釣れなくても十分楽しい時間を過ごせたんだから、ね?」

「……ありがとう。あずきちゃん」

話も終わって、二人で竿や餌箱を持ちながら車を留めていた場所へ向かった。もちろん、行きがけにシートを敷いていた場所のチェックも忘れずに。



「おお、お帰り」

「プロデューサーさんは早すぎない? メバルの処理もあったんじゃ……」

「ああ、バケツに入れてたのをそのまんまクーラーボックスに放り込んだだけだから。きっちり鮮度を保つには他の処理も必要だけど、まあ大丈夫かなと」



……本当に大丈夫なのだろうか。疑問に思いつつ、あずきたちは車に荷物を詰め込んだ。

片付けも終わって車に乗ろうとすると、プロデューサーさんから待ったがかかった。



「二人とも、手洗って服についてる汚れなんかも落としたよな?」

「あ、はい……」

「魚も触ったしね。ちゃんとやったよ」

「よし。それじゃあ、これ持って。願い事書いて!」

「へ?」



あずきと肇ちゃんに渡されたのは、一本のボールペンと細めの紙……ていうか、短冊……?

「ほら、今日、七夕だからな。それに……」



あずきたちが戸惑っていると、プロデューサーさんは大きくためを作って。

あずきに目を合わせて、こう言った。



「それに、今日はあずきの誕生日だ。あずきが書いた願い事。欲しいもの。神様に願う分とは別に、俺がなんでも叶えてあげるよ」



正直、何を言われたのかよくわからなかったし、困惑しているときにこんなことを言われたからあずきの頭はぐわん、ぐわんと大きく揺さぶられていた。

……それでも、プロデューサーさんの気持ちはとても強く伝わってきて。……嬉しいような、くすぐったいような気持ちが胸が熱くしていくのを感じたのだった。

「もちろん、肇の願い事もちゃんと見ておくからな。あずきのついでとかじゃなくて、肇の願い事についても精一杯努力するよ」

「え、ええ~……? ……そ、そんなこと言われたら、緊張しちゃいます……」

「まあ、気楽に気楽に。今まで七夕でやってきた通りに願ってくれればいいからね」

「……じゃあ、あずきのお家が朝になったらお城になってるとか……」

「へ!? じょ、常識の範囲内でな! もちろん努力はするけれども!」



そのとき、プロデューサーさんを慌てさせたかった理由は色々とあるけれど。

照れ隠しがその一つだということは、絶対内緒にしておこうと思った。

帰りの車の中は、音楽もかからず静かだった。

寝ててもいいよとプロデューサーさんは言ってくれたけど、あずきも肇ちゃんも目は開けたままだ。

肇ちゃんが、運転中のプロデューサーさんに話しかける。



「あの、プロデューサーさん。あのとき、両手がふさがっていたのってひょっとして……」

「うん。わざわざ色んな場所を探して見つけてきたんだよ」



肇ちゃんが言っているのは、誰も座っていない助手席の上部に、なにかの紐で固定されている笹のことだった。

細い枝に笹の葉が何枚もぶらさがっていて、その中に紛れて、あずきたちの書いた短冊も結び付けられていた。



『みんなが楽しく仲良くアイドル活動を続けられますように』

『大切な人たちがいつまでも元気でいられますように』

『アイドル大作戦が絶対成功しますように!!』



三者三様の短冊には、そんな言葉が書かれているのだった。

「ねえ肇ちゃん」

「どうしたの、あずきちゃん?」

「あのとき、一緒に星空を見上げたでしょ? 天の川、綺麗だったなぁって」

「そうですね。沢山の星が見えたし、天気がよくて幸運でした」

「窓からも見えるけど……今は端の方しか見えないね~」



あずきがそう言うと、肇ちゃんがプロデューサーさんに声をかけた。



「プロデューサーさん。サンルーフ、開けても平気ですか?」

「いいよー」

「よいしょっ……」



肇ちゃんが手を伸ばして、サンルーフを開ける。

車内の天井に空いたスペースからは、夏夜の天の川があのときと変わらずきらきらと輝いて見えた。

サンルーフからは、車の排気音や風の音が耳に届いてきた。

あずきたちが顔を上げて星を眺めていると、運転席のプロデューサーさんが言う。



「二人ともさ、なんか歌ってよ。目、覚めてるみたいだし、好きな曲なんでもいいからさ」



隣にいる肇ちゃんの方を見ると、向こうもあずきの方を見ていた。目が合ったまま、刻が過ぎる。



【あずきちゃん。こうして星も見えていますし、あの歌を歌いましょう】

【いいよ。タイトルからしても、ぴったりだもんね】



口にはしないけれど、そんな風に目と目で会話をできた実感があった。

心が通じ合っている予感がして、なんとなく胸も弾む。

「それでは歌います。聞いてください」

「あずきと肇ちゃんで、曲名は」



「「Star!!」」





これにて完結。私がモバマスを始めたのは桜祭りアイプロの頃だったので、この二人の絡みが何となく頭に残り続けていました。

あずきも瑛梨華も誕生日おめでとう。読んでくださった方、本当にありがとうございました。

おつ

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