P「もっと遠くまで君を奪って逃げる」 あずさ「あらあら〜」 (16)


「好きです。付き合ってください」

唐突な告白だったが、あずささんはさほど驚いた様子を見せなかった。
何度か思案顔で此方の表情をうかがい、そして、
いつもの朝のあいさつみたいに、軽く言ってのけた。

「ごめんなさい」

何度も自分の頭の中で筋書きは追ったはずだった。
成功したら、どういうことを言えば格好がつくか。
もちろん、失敗した時のことも考えてた。
見てくれのいい言葉だけは十分に用意してたはずなのに、
いざ、その段になると喉の奥に引っ込んで、出てこなくなった。

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「……こちらこそ、すみません。突然こんなこと。ご迷惑でしたね」

「いえ、びっくりはしましたけど、迷惑とは思ってませんから」

迷惑には思ってない。その気遣いがしみるようだった。
いっそのこと、迷惑でありたかった。嫌ってくれたら、どんなによかったか。

それから、その日、どうやって家に帰ったのか、ぼんやりとしか思い出せなかった。
夜風に頬を撫でられながら、ずっとあずささんのことを考えていた。


「おはようございます」

事務所のドアを開けて、一番最初に視界に入ったのはあずささんだった。
思わず溜息をつきそうになるが、ぐっと飲み込んだ。

「おはようございます。プロデューサーさん、今日は早いですね?」

いつもの挨拶だった。昨日までとまったく変わりのない。
あずささんは気まずさや、落ち着かない感じがなくて、
対して、何となくそわそわしている自分は子供のようだと思った。

「え、ええ……日中はスケジュールが詰まってて、事務ができないので」

「残業ですか?」

「残業はなるべくしたくないんです。だから、朝のうちにやっておこうと……。
 あずささんはどうしてこんなに早く?」

「今日、早くに県外でお仕事なんです」

「ああ、そういえば……そうでしたね」

雪歩が泊まりがけでこなしているローカルのラジオ曲の、番組の助っ人として呼ばれている。
男性タレントが同席することになったらしく、雪歩が先日、電話を寄こした。

『も、も、もしかしたらうまく喋れないかもしれません……誰か一人で良いので……』

今日、ちょうどスケジュールが空いていたのがあずささんだった。
そして、県外まで車で送迎するのは自分だった。


インターチェンジで切符を取り、あずささんに預けて、窓を閉めた。

「面倒ですね」

切符を差し出して、あずささんはそっと笑った。
二台ある社用車のうち、今自分の乗っている方はETCが搭載されておらず、
窓から手を伸ばして切符を取り、インターから降りるときはおじさんにお金を払わなければならない。
ETCが普及する前は何てことないことだったのに、慣れは恐ろしい。

「まったくです」

切符を受け取って、ダッシュボードに放る。

「どのくらいかかりますかね?」

「どうでしょう、一時間から二時間ってところですかね。
 寝ててもいいですよ。着いたら起こします」

「いえ、今日は十分寝たので大丈夫です」

「そうですか……」

走行音に紛れ込ませるように、溜息を一つ吐く。
以前までは二人で移動している時にあずささんが寝ているのは、少しがっかりしたものだったが、
今日は寝ていてほしかった。

「何かCDかけてもいいですか?」

「……どうぞ。そっちにいくつか入ってるはずです」

こうしてあずささんと話をしていると、
自分の昨日の告白が夢だったんじゃないか、という気がして怖かった。
夢だったらよかった、とは思わない。
もうこの先、余計な気持ちに気を取られることも無くなった。
そう考えると、多少はスッキリした気分でいられる。

「じゃあ、これで」

少し間を置いて、耳慣れたメロディが車内に流れた。
選んだCDは某バンドのベスト盤らしかった。

「懐かしいですね」

「好きだったんですか?」

「……いえ、もっぱらベストだけ聴いてましたね」

「そうですか〜」

彼女の言葉を区切りに、うすら寒い沈黙が車内を満たした。
この沈黙に耐えられそうになく、必死になって言葉を探した。
スピーカーからは相変わらず、透明感のある声が切なげに歌っていた。

あずささんはむしろこの沈黙を楽しんでいるかのように、
ぼんやり外の景色を眺めながら、音楽に合わせて歌を口ずさんだ。


「歌詞……」

「え?」

「歌詞、こんなに変な歌詞だったんですね」

「……そうですね」

「今度、ちゃんとアルバム聴いてみようかな……」

「良いと思いますよ」

また、会話が途切れた。何てことない事なのに、今はただ息苦しい。
何か話題を、と頭を巡らしていると、あずささんが口を開いた。


「竜宮小町のこと、聞きました?」

「ああ、自分はあずささんのプロデュースを外れるって……」

思わず、溜息が漏れた。

「寂しくなりますね」

そう言ったあずささんの表情を、横目で窺おうとしたが、
その顔は見えなかった。彼女は窓の外の景色を見ていたから。

「……そうですか?」

「寂しくないですか?」

「…………そうですね。寂しいです」

強がらず、率直な感想を述べられたのは、
少しでも、外を見ている彼女の気を惹きたかったからかもしれない。


「ふふっ。プロデューサーさん、素直になりましたね」

あずささんはくすっと笑った。
つられて笑いかけ、止める。

「…………あずささん、昨日のことなんですが」

「はい?」

「忘れてください」

「嫌です」

数秒も置かない即答。見事だった。
大きく溜息をつく。

「…………それは何故」

「プロデューサーさんに、好きだって言って貰えて嬉しかったからです」

「でも断ったじゃないですか」

「それとこれとは別です。私はずっと忘れませんよ」

「……そうですか」

「嫌ですか?」

「…………」

「私、プロデューサーさんのこと好きですよ?」

「それはどういう種類の好きですか」

「それくらい、自分で考えたらいかがです」

「あー、もう……」

「うふふ、怒らせちゃいました?」

「……今日、もう、仕事する気分じゃなくなりました」

「あらあら」

「海に行きましょう」

「でも、雪歩ちゃんは」

「いいんです。あいつもいい加減、男に慣れてもらわないと……」

「…………」

「渋滞に巻き込まれたってことにして放っておきましょう。
 今日は、一日、デートです」

「素敵ですね〜」

「遠くまで君を奪って逃げる」

流れる声に合わせて歌詞をなぞる。
あずささんは俺を見て、笑った。

「うふふ、よろしくお願いしますね」

おわりんりん



しかし消化不良

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