「好きです。付き合ってください」
唐突な告白だったが、あずささんはさほど驚いた様子を見せなかった。
何度か思案顔で此方の表情をうかがい、そして、
いつもの朝のあいさつみたいに、軽く言ってのけた。
「ごめんなさい」
何度も自分の頭の中で筋書きは追ったはずだった。
成功したら、どういうことを言えば格好がつくか。
もちろん、失敗した時のことも考えてた。
見てくれのいい言葉だけは十分に用意してたはずなのに、
いざ、その段になると喉の奥に引っ込んで、出てこなくなった。
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「……こちらこそ、すみません。突然こんなこと。ご迷惑でしたね」
「いえ、びっくりはしましたけど、迷惑とは思ってませんから」
迷惑には思ってない。その気遣いがしみるようだった。
いっそのこと、迷惑でありたかった。嫌ってくれたら、どんなによかったか。
それから、その日、どうやって家に帰ったのか、ぼんやりとしか思い出せなかった。
夜風に頬を撫でられながら、ずっとあずささんのことを考えていた。
「おはようございます」
事務所のドアを開けて、一番最初に視界に入ったのはあずささんだった。
思わず溜息をつきそうになるが、ぐっと飲み込んだ。
「おはようございます。プロデューサーさん、今日は早いですね?」
いつもの挨拶だった。昨日までとまったく変わりのない。
あずささんは気まずさや、落ち着かない感じがなくて、
対して、何となくそわそわしている自分は子供のようだと思った。
「え、ええ……日中はスケジュールが詰まってて、事務ができないので」
「残業ですか?」
「残業はなるべくしたくないんです。だから、朝のうちにやっておこうと……。
あずささんはどうしてこんなに早く?」
「今日、早くに県外でお仕事なんです」
「ああ、そういえば……そうでしたね」
雪歩が泊まりがけでこなしているローカルのラジオ曲の、番組の助っ人として呼ばれている。
男性タレントが同席することになったらしく、雪歩が先日、電話を寄こした。
『も、も、もしかしたらうまく喋れないかもしれません……誰か一人で良いので……』
今日、ちょうどスケジュールが空いていたのがあずささんだった。
そして、県外まで車で送迎するのは自分だった。
インターチェンジで切符を取り、あずささんに預けて、窓を閉めた。
「面倒ですね」
切符を差し出して、あずささんはそっと笑った。
二台ある社用車のうち、今自分の乗っている方はETCが搭載されておらず、
窓から手を伸ばして切符を取り、インターから降りるときはおじさんにお金を払わなければならない。
ETCが普及する前は何てことないことだったのに、慣れは恐ろしい。
「まったくです」
切符を受け取って、ダッシュボードに放る。
「どのくらいかかりますかね?」
「どうでしょう、一時間から二時間ってところですかね。
寝ててもいいですよ。着いたら起こします」
「いえ、今日は十分寝たので大丈夫です」
「そうですか……」
走行音に紛れ込ませるように、溜息を一つ吐く。
以前までは二人で移動している時にあずささんが寝ているのは、少しがっかりしたものだったが、
今日は寝ていてほしかった。
「何かCDかけてもいいですか?」
「……どうぞ。そっちにいくつか入ってるはずです」
こうしてあずささんと話をしていると、
自分の昨日の告白が夢だったんじゃないか、という気がして怖かった。
夢だったらよかった、とは思わない。
もうこの先、余計な気持ちに気を取られることも無くなった。
そう考えると、多少はスッキリした気分でいられる。
「じゃあ、これで」
少し間を置いて、耳慣れたメロディが車内に流れた。
選んだCDは某バンドのベスト盤らしかった。
「懐かしいですね」
「好きだったんですか?」
「……いえ、もっぱらベストだけ聴いてましたね」
「そうですか〜」
彼女の言葉を区切りに、うすら寒い沈黙が車内を満たした。
この沈黙に耐えられそうになく、必死になって言葉を探した。
スピーカーからは相変わらず、透明感のある声が切なげに歌っていた。
あずささんはむしろこの沈黙を楽しんでいるかのように、
ぼんやり外の景色を眺めながら、音楽に合わせて歌を口ずさんだ。
「歌詞……」
「え?」
「歌詞、こんなに変な歌詞だったんですね」
「……そうですね」
「今度、ちゃんとアルバム聴いてみようかな……」
「良いと思いますよ」
また、会話が途切れた。何てことない事なのに、今はただ息苦しい。
何か話題を、と頭を巡らしていると、あずささんが口を開いた。
「竜宮小町のこと、聞きました?」
「ああ、自分はあずささんのプロデュースを外れるって……」
思わず、溜息が漏れた。
「寂しくなりますね」
そう言ったあずささんの表情を、横目で窺おうとしたが、
その顔は見えなかった。彼女は窓の外の景色を見ていたから。
「……そうですか?」
「寂しくないですか?」
「…………そうですね。寂しいです」
強がらず、率直な感想を述べられたのは、
少しでも、外を見ている彼女の気を惹きたかったからかもしれない。
「ふふっ。プロデューサーさん、素直になりましたね」
あずささんはくすっと笑った。
つられて笑いかけ、止める。
「…………あずささん、昨日のことなんですが」
「はい?」
「忘れてください」
「嫌です」
数秒も置かない即答。見事だった。
大きく溜息をつく。
「…………それは何故」
「プロデューサーさんに、好きだって言って貰えて嬉しかったからです」
「でも断ったじゃないですか」
「それとこれとは別です。私はずっと忘れませんよ」
「……そうですか」
「嫌ですか?」
「…………」
「私、プロデューサーさんのこと好きですよ?」
「それはどういう種類の好きですか」
「それくらい、自分で考えたらいかがです」
「あー、もう……」
「うふふ、怒らせちゃいました?」
「……今日、もう、仕事する気分じゃなくなりました」
「あらあら」
「海に行きましょう」
「でも、雪歩ちゃんは」
「いいんです。あいつもいい加減、男に慣れてもらわないと……」
「…………」
「渋滞に巻き込まれたってことにして放っておきましょう。
今日は、一日、デートです」
「素敵ですね〜」
「遠くまで君を奪って逃げる」
流れる声に合わせて歌詞をなぞる。
あずささんは俺を見て、笑った。
「うふふ、よろしくお願いしますね」
おわりんりん
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