今井加奈「二つ目の魔法」 (12)

・アイドルマスターシンデレラガールズ
・今井加奈メイン
・オリジナルP登場(性格や口調は765Pに準拠)


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 ダメ・・・だったか・・・

 オーディション合格者の番号と名前が発表される。
 その中には、今井加奈という名前はなかった。

 俺は天を仰いだ。
 これは、痛恨だ・・・。
 間違いなく、今日のオーディションでは、最有力候補だったはずだ。
 まさか合格3枠にも入れないとは・・・。

「プロデューサー・・・」
 傍にいた加奈が、悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしていた。
 いつものニコニコした明るさは見る影もない。
 いかん。俺が動揺してどうする。

「残念だったな。終わってしまったものは仕方ない。また次、頑張ろう。」
 つとめて平静を装いつつ言う。
 自分自身にも言い聞かせながら。

「はい。」
 加奈が気丈に答える。

 今回は、明らかに俺の戦略ミスだ。
 今日のオーディションが確勝と前提にして、その前に厳しいオーディション
を立て続けに入れた。
 さすがに連戦連勝は酷だろうと思っていたが、一つくらいは勝てると期待
していた。
 それが、結果は全てダメだった。
 ただ、そこまではまだ、想定内だったのだ。
 問題は今日だ。負けが込んでしまっていて、その状況で最有力候補と注目
された加奈は、明らかに表情も動きも硬かった。

 加奈は悪くない。
 悪いのは、加奈を追い込んでしまった俺だ。

「プロデューサー?あの・・・聞いてますか?」

 加奈の声に我に返る。

「おっと、すまん。」
「わたし、今日は、いつもやっているようにできませんでした。それが残念
で・・・」

 加奈、本当にごめん。俺のせいだ。

「そういう時もあるさ。それは仕方ない。さあ、今日はもう帰ろう。
明日・・・はオフにしよう。明後日から気を取り直していくぞ。」

 合格していたら本番だったはずの、明日のスケジュールはなくなっていた。

「わかりました。」
「俺はこれから事務所に寄っていくから、送っては行けないが、まだ早いから
大丈夫だよな。気をつけて帰れよ。電車の乗り換えはわかるよな?」
「はい。大丈夫です。おつかれさまでした。」
「おつかれ。また明後日な。」



 幸か不幸か、事務所には誰もいなかった。
 休日の宵。
 室内は闇だった。
 俺はドアを開け、照明のスイッチを入れる。

 事務所に入り、いつもの自分の席へ。
 椅子を引き、腰掛ける。

 加奈には、いかにも大事な用があるみたいに言ったが、本当は特に来る
必要はなかった。
 加奈の前で平静を装うことが辛かっただけだ。

 机の引き出しを開け、数枚がひと束になった書類を取り出す。
 その一枚目。
 ここ数ヶ月の間に加奈が受けたオーディションが列記してある。
 それに加えて、今日のオーディションと、さらに次のオーディションも。

 列記された最初のオーディションには、大きく丸がついている。
 次からは太くバツ印。それが5つ連なっていた。
 合否結果である。

 今日のオーディションに、大きく×をくれる。
 残っているのは、あと一つ。
 5日後に控えた、春の大一番、春フェスの公開オーディションのみ。

 大一番
 つまり、有力どころがこぞって集まるということでもある。
 この事務所からも、実力も実績もあるアイドルが多数エントリーしている。
 もちろん他の事務所から出場するのも、錚々たる面々だ。
 今の加奈の実力で、勝負になるかと問われても、返答に窮する。
 公開オーディションなので、大きなステージで歌うことができるし、他の
有名アイドルのステージも見ることができる、むしろエントリーしたのは
そちらが目的であった。

 厳しい。
 それが現実だ。
 そこを勝たないと、また一からやり直しになる。
 せっかくのチャンスが。

 いや、もしかすると、またとないチャンスだったのかもしれない。
 そのチャンスが俺のせいで潰れようとしている。

 やりようはいくらでもあった。
 もっと早く、勝てそうなオーディションに出しても良かった。
 今日にしても、全力を出し切れるようにしてやる努力と気遣いを怠った。
 いや、俺が油断しなければ、最善を尽くしていれば、諦めなければ、その
前のオーディションでも勝てていた。しかもその無念を今日まで引きずって
いた。
 悔いが残ることばかりだ。
 悔やんでも悔やみきれない。

「くそっ!」

 ドン、と机を叩く。
 加奈は俺のせいで負けた。
 俺のせいで加奈のチャンスが潰れる・・・

 叫びたい気分だ。
 しかし叫ぶべき言葉すらない。
 もう一度両手で机を叩く。

「加奈・・・本当に、すまない・・・」

 いったい、こんな気持ちで、どうやって春フェスにのぞめば良いのか。
 わずかでも可能性があるなら、全てを賭けるべきなのか。
 いや、それは今日までのオーディションでするべきだった。

「今さら、そんなこと言っても仕方ないだろう!」

 思わず声に出す。
 わかっている。
 先を見なければいけないことは。

 気持ちの整理がつかない。
 落ち着こう。

 コーヒーでも飲むか、と席を立ち、奥の給湯所に行ってみる。
 コーヒーメーカーは綺麗に洗われて置いてあった。
 当たり前だが、誰もいないのだから当然だ。
 今から自分で一から準備してコーヒーを淹れる気にはならなかった。

 缶コーヒーにしよう。
 階下の自販機に向かうことにする。
 事務所内を歩いていて、足先が引っかかった椅子を思わす蹴りつける。
 ドアも蹴破りたい衝動に駆られる。

 落ち着くはずだろ。
 自己嫌悪。
 しかし、苛立ちの元が自己嫌悪なのだ。
 負の感情が悪循環で膨れる。
 なんとか抑えて、俺は事務所のドアを後ろ手に閉めた。
 



 オーディション後、家に帰ろうとして、加奈は気付いた。

 今日は、わたしが実力を出し切れずに負けた。
 わたし自身のせいで負けた。
 それなのに、プロデューサーにちゃんと謝っていない。

 ちゃんと謝りたかった。
 そしていつものように、今日はどうすれば良かったのか、アドバイスを聞き
たかった。
 そうすれば、またいつもの元気な加奈に戻れる気がした。
 加奈は事務所に向かった。

 事務所の電気は点いていた。
「こんばんは」
 言いながらドアを開ける。

 事務所の中には、誰もいなかった。
 電気が点いてるのだから、プロデューサーも帰ったわけではないだろう。
 トイレかなにかかな。

 加奈はプロデューサーの帰りを待つことにした。
 いつもの、プロデューサーの隣の空いた机に向かう。

 加奈はこの席が好きだった。
 この席に座って、プロデューサーの話を聞くのが好きだった。
 プロデューサーは、いつも親切にいろいろ教えてくれる。
 加奈の疑問に答えてくれる。
 その話を、時にメモを取りながら聞いている時間が好きだった。

 プロデューサーの隣の机に、荷物を下ろす。
 椅子を引き出して、座ろうとした、その時。

 プロデューサーの机の上に、無造作に置かれた書類が目に入った。

 見るつもりはなかった。
 が、視線が落ちた瞬間、文字が目に飛び込む。


【社外秘】【関係者限】
・ソロデビュー基本要件
1.査定期間内に2回以上オーディションに合格すること
2.査定期間内にそれ以外の特筆すべき実績のあること


 その下に、加奈のオーディション日程が列記されている。
 受かったオーディションには⚪︎が、落ちたオーディションには×がついていた。
 ⚪︎がついているのは最初の1つ、もう数ヶ月前のものだ。
 それ以降は全て×。今日受けたものもである。
 その下に、2.として「青春劇場主演」と書かれていた。

 受かったオーディションと、青春劇場のミュージカルで主演したのは、ほぼ
同じ時期だ。
 そして、書き並べられているオーディションで、まだ残っているのはあと一つ。
 次のオーディションまでが、査定期間と言われる期間の区切りということ
なのだろうか。

 つい、書類を手に取る。
 その瞬間、入り口のドアが開いた。




 缶コーヒーを手に、事務所に戻ってドアを開ける。
 ふと、ドアの横の鉄製のゴミ箱が目に付いた。
「こんちくしょう!」
 一喝し蹴りつける。

 ゴミ箱は、ガラガラガッシャーン!とド派手な音を立てて転がった。

 そこで人影に気付いた。
 ヤバい!
 俺は何をしてるんだ?!

 慌てて人の方を見ると、立っていたのは加奈だった。
 思わず立ちつくす。

 なぜ・・・ここに?

 加奈は今まで見たこともない、怯えた表情をしてこちらを見ている。
 いや、俺も今まで見せたことのない狼狽を見せてるだろう。
 加奈の前だとわかってはいても、どうにも取り繕うことすら出来ない。

「お、おどかしちゃったか・・・すまん。」

 ようやくそれだけの言葉を絞り出す。

「プロデューサー・・・これ・・・」

 怯えきった加奈の視線が、手に持った書類に落ちる。

 なんだ?と数歩歩み寄ったところで、その正体に気付いた。
 見られた・・・か・・・

「ごめんなさい!見るつもりはなかったんです!」

 俺の焦りは顔に出ていたのだろう。加奈はそれを察知した。

「い、いや、別に、このことは、担当のアイドルに教えても構わないことに
なってるから、加奈は悪いことをしたわけじゃない。それに見られたら困る
ものなら、出しっぱなしにしておいた俺が悪いんだ。」

 これは本当だ。
 ただ、あえて今まで教えていなかったのも、事実だが。

「プロデューサー・・・怒ってるんですよね?・・・わたしが、今日の大事な
オーディションで、うまくできずに落ちちゃったから・・・。」

「加奈に怒っていたわけじゃないよ・・・俺が怒っていたのは、俺に対して
だ・・・。今まで受けたオーディションの選び方も、今日のオーディション
で合格するだろうと甘く見ていたことも、そのせいで加奈のプレッシャーに
気付いてあげられなかったことも、全て・・・全て、俺が悪い。加奈にも
ちゃんと謝らないといけないな・・・すまなかった。」

「そんな・・・わたしがちゃんとできていれば良かったんです!それに・・・」

 加奈がいったん言葉を切る。

「それに、もちろんソロデビューできれば嬉しいですけど、わたし、こんな
平凡な子だし、今日もオーディション落ちちゃうくらいだし、無理して今
ソロデビューなんてできなくても、アイドル続けられれば、それで充分です!」

 ああ、そう言うんじゃないかと思ってたよ。
 だからこのことは今まで言わなかった。

 だけど
 たとえ慰めのつもりでも
 たとえオーディション落ちて落ち込んでいるからであっても
 今は、今だけは、加奈の口からその言葉は聞きたくなかった。

 しかし、加奈もいきなりこの状況を突きつけられて、追い詰められているんだ。
 そして、追い詰めたのは俺だ。

「加奈、ちょっと聞いてくれ。」

 涙が出てきそうになる。

「俺は、加奈のその明るさ、可愛さは、人を幸せにできると、そう思っている。
そう、信じている。だから加奈の姿を、一人でも多くの人に見せること、日本
中に、いや世界中に見せることが、俺のやりたいこと、やるべきことなんだ。」

 ああそうだ。
 それなのに、俺は
 出来ることもしないで、挙げ句の果てには加奈を追い詰め、怯えさせ、悩ま
せている。
 涙が抑えられなくなった。

「だから、悩むのは、落ち込むのは俺だけでいい。加奈は・・・加奈はいつも
のように、明るく・・・笑顔を見せていてくれ・・・」

 嗚咽を抑えて言う。
 
「プロデューサー・・・ごめんなさい・・・」

 加奈の言葉にハッとする。

「プロデューサーの言うことって、間違ってたことはないと思います。
だから、今もわたしが笑うのが、一番いいんだと思います・・・でも、でも!
ごめんなさい!プロデューサーが、わたしのせいでこんなに苦しんでるのに、
笑うなんて無理ですよぉ!」

 加奈は声をあげて泣き始めた。




 それから数日
 加奈はオフも返上してレッスンに励んでいた。
 今まで以上に、真面目に、熱心に。
 大一番に向けて、気合が入っていた。
 俺としては、頭の下がる思いだった。

 しかし、あの日から加奈の笑顔が見られなかった。
 時折、らしくない思いつめたような表情を見せることもある。
 それでも俺には、かける言葉が見つからなかった。


 そうして迎えた、フェス当日


 俺たちは、控え室で出番を待っていた。

 リハーサルの加奈は動きにキレもあり絶好調だった。
 他の出演者や関係者も、思わず見入るほどのレベル。
 サプライズがあるなら、今井加奈か、と思わせるには充分なほどだ。
 あとは、笑顔さえ戻れば・・・

「もうじき、だな。」
「そう・・・ですね。」
 二つ前の出番の出演者の演目が、佳境に入っていた。
 さすがに出演者はみんな気合が入っている。

 そのタイミングで、スタッフからスタンバイの声がかかった。
 舞台裏に向かって移動する。

 ステージへと向かう暗い廊下を歩きながら、横を歩く加奈に声をかけた。
「調子は良さそうだな。」
「はい。」
「それなら、行けるな?」

 加奈がピクッと反応して足を止める。

「どうした?」
「プロデューサー・・・わたし・・・怖いんです。」

 怖い?
 見ると加奈は小刻みに震えている。

「わたし、今日はどうしても勝ちたいんです!プロデューサーに辛い思いを
させたくないから、負けたくないんです!でも、自信がないんです!だから、
ステージに上がるのが、怖いんです・・・。」

 悲痛な叫び。
勝ちたい、負けたくないと思えば思うほど、怖さは増す。
加奈が、そこまで勝ちたいと思ってくれている。
俺は、どうすればいい?

「一つだけ、お願いがあります。」
「なんだ?俺にできることなら、何でも言ってみろ。」

「いつもみたいに、笑って送り出してもらえますか?」

 え?

「そうすれば、わたしも笑ってステージに行ける気がするんです・・・。」

 俺が笑って送り出す・・・それだけが、お願いだって言うのか!?

 いや

 ・・・そうか。

 笑顔を失っていたのは、加奈だけじゃなかったんだ。
 それだけじゃない。
 この素直な加奈は、俺の態度を映す鏡みたいなものだ。

 俺が不安なら、加奈も不安になる。
 俺が怒れば、加奈は怯える。
 俺が泣けば、加奈も泣く。

 俺が笑えば
 俺が加奈を信じてやれば

 なんでこんな、簡単なことに気付かなかったんだ!?

「加奈、この前言ってたな。俺の言うことが、間違っていたことはない、
って。」
「あ、はい。」

 加奈はこんなにも俺を信じてくれてるのに。
 俺、忘れてたよ。

「じゃあ、今から言うことをよく聞けよ。」

 言葉に力を込める。
 魔法が効いてくれることを信じながら、祈りを込める。
 大丈夫だ。
 自分の口元が笑みに緩むのがわかる。

「いいか、加奈!」
「はい。」

「絶対勝てるぞ!」

 一瞬の驚いた表情

「は、はい!」

 それが、見る見るうちに満面の笑みに変わる。

 これだ!
 この笑顔だ!
 加奈の魅力が、明るさと可愛さがギュッと詰まった笑顔だ!

「よし!その笑顔を、会場の全員に見せつけてやってこい!」
「はい!行ってきます!」


 加奈が輝くステージに飛び出していく・・・




/Fin.


P.S.
今年の大一番、第5回シンデレラガール総選挙
今井加奈ちゃん
プロデューサー
笑顔で頑張れ!

以上です。
いよいよ総選挙始まりましたね。
今井加奈ちゃんに清き一票を!


行かねえ訳ないだろ!かなかなファイファイおー!


応援するよ!

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