【モバマス】中野有香「月のロケット」【百合】 (23)

※ゆかりちゃんと押忍にゃんの百合モノSSです。
(ただしキス多め)

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「んんっ……」

中野有香が密かに自室のベッドで自涜に耽るようになったのは、三回目のデートからだ。

何の事はない女の子同士の買い物や食事に、キスという添え物が出来ただけのデート。

しかしそれだけの事が有香の毎日に今までにない満足感を与え

光に似た温かな歓びをもたらしたのだ。

そして件の人物と別れた後には必ずと言っていいほど

言い様のない喪失感と寂しさが募った。

彼女の傍に居て、同じ時間を共有するだけで

これほど日常は彩り豊かになるのかと気づかされた。

「……ぁあっ……ん……ンン……」

家族の寝静まった真夜中。一人でベッドに籠り、とりとめのない妄想の大海に有香はたゆたう。

空手に没頭していた少女の白くも力強い指先が今、ほんのりと熱を帯びている。

己の慰め方を知らない無垢な彼女が、手探りで己の感所に

指を添えて擦る真似をし始めたのは、彼女と付き合って一ヶ月目の事だった。

事務所の女友達の話を盗み聞きして、こっそりと始めてみたものの

この慰めはこそばゆいばかりで快感も何もなかった。

だが、彼女はとりつかれたようにそれを毎夜繰り返す。

そうでもして気を紛らせなければ体も思考も

意思から離れて疼いてたまらず、どうにかなってしまいそうだった。

「ぁはぁ……ん……く……」

有香が手にしているハンカチは、誕生日に彼女がプレゼントした物だ。

上等なシルクのハンカチで、彼女と同じ香水の匂いがした。

有香はそれを鼻先に押しつけて自涜するのがすっかり癖になってしまった。

いつ終わるか分からない夢想の中で、彼女は

どこまでもゆかりに寄り添い戯れる自分を創った。

――幾度も訪れた緩やかな波の果てに、白い霞がほうと薄く広がり

ようやく彼女は一段落ついて小さな吐息を漏らす。

事をなした後、有香はいつも後味の悪いモヤモヤとした罪悪感に胸を包まれた。

あのどこまでも可憐で清純な恋人を浅ましい想いをもって

汚していた自分を情けなく感じ、申し訳ない気持ちになった。

そしてそんな気持ちのまま、また彼女に会える喜びを抱きながら

有香はまたいつものようにそっと眠りにつくのだった。

中野有香は幼少の頃から女の子めいた趣味嗜好とは無縁だった。

今でこそアイドルとしてキュートなドレスを着ているものの

数年間染み付いた芋々しい服装センスはなくならないようで

私服でない道着とかを身に纏っているとホッとする。

そんな彼女だから、ユニットを組んでいる水本ゆかりには尊敬と羨望の念を抱いていた。

ゆかりはおしとやかで、美人で、まさに乙女が絵に描くお嬢様そのものだった。

彼女からは常に花の香水を身にまとっていて

その洗練された様がますます彼女の心を捉えて離さなかった。

道場からレッスンスタジオ直行し、自身の運んできた汗の匂いを

有香は恥ずかしがっていつも隠したくなった。

「あの、有香さん」

ある日、ボイスレッスンを終えた帰り道、ゆかりが有香に話しかけた。

彼女と有香、そして椎名法子は同じキュートグループでユニットを組んでいるため

ライブやレッスン以外も一緒になる事が多い。

「今度駅前にね、美味しいパフェのあるレストランが出来たんです。
 志保ちゃんが教えてくれて……良ければ
 法子ちゃんも誘って、一緒に行きませんか」

断る理由のない有香は二つ返事でOKした。

しかし当日、法子にはプロデューサーから急にミュージカル「栄光のシュバリエ」

のミーティングが入り、来れなくなってしまった。

覚醒した勇者として準主役の立ち位置にある彼女は

どうしてもそのミーティングの後に変更した点の

集中レッスンを行わなければいけなかった。

有香とゆかりは仕方なく二人で件のレストランに行った。

パフェと言えばこの人ありと言われた槙原志保のオススメなだけあり

店の出した名物のペガサス昇天ミックスパフェは

噂通りのデンジャラスでデリシャスなボリュームだった。

「有香さん、こちらのずんだあんみつパフェも美味しいですよ。はい、あーん♪」

「えっ、ええっ!?」

いきなりパフェの乗ったスプーンを差し出されて有香はどぎまぎした。

食べ物を食べさせ合う行為は割と恋人の間で行われているもの

という印象があって、それを女同士でするのに彼女は躊躇したのだ。

しかしゆかりはいつものにこやかな微笑を浮かべたまま

スプーンを引っ込めようとしない。

そのうち待たせては悪いと思い、有香はゆかりのスプーンをパクっと口に含んだ。

「どうかしら?」

ゆかりは尋ねた。

「美味しい……です」

「ふふ、ですよね」

アンとかクリームとかそういった味は何も分からなかった。

ただパフェを口に入れただけなのに、有香の心臓は騒いで止まらなかった。

冷たいパフェを口に含んだのに、熱いココアを飲んだかのように体が火照り

甘ったるい幸せが体全体に行き渡っている。

その日の、帰り際の事だった。

ゆかりの何気ない一言が、有香と彼女の関係を一変させる事になる。

前兆も予感も与えられないまま、二人の美少女は夕刻に差し掛かった頃

歩道橋の上で並んで歩いていた。

「有香さんは、好きな人っていますか?」
「えっ……」
突拍子もないゆかりの質問に有香は即答出来ずに口ごもった。

今の彼女はアイドル活動に注力していて、それ以外の事を考える時間は余りなかった。

「ま、まだ……そんな人は……」

「そうですか。では、恋人が出来るまで付き合いませんか」

この一言はますます有香を戸惑わせた。

男ならともかく、まさか親しい女友達から告白されるとは完全に意想外だった。

「えっ、でもあたしたち……女の子同士で……!」

有香は口に出しかけた文句を飲み込んだ。

女同士という事はきっとゆかりも承知しているに違いない。

女同士だと分かっている上で告白しているのに、それを理由にするのは

「頭がおかしいだろ」と言っているようなものだからだ。

「うん。でもね、有香さん可愛いし、男の子に負けないくらい強いし
 彼氏になってくれたらな、って思っていたんです」

ゆかりは余り気に止める事なく続けた。

「事務所でも結構いるんですよ? ほら、美波さんとアーニャさんとか
 未央ちゃんと藍子ちゃんとか……」

同性でありながら女子の世界に疎い有香は、ゆかりの話に耳を傾けている。

確かに未央と藍子が物陰に隠れてキスしているのを彼女は見た事があるし

傍目から見てかなり仲の良い美波とアーニャが

そんな一線を越えた関係だったとしてもかえって納得出来るというものだ。

「有香さんは、私の事が嫌いですか?」

「ううん! ただ、私……女の子と付き合った事とか
 そもそも付き合った事自体ないし……」

ゆかりを傷つけたくない思いから、有香は首を振った。

特殊な恋愛感情こそないものの、彼女は決してゆかりを嫌ってはいなかった。

「そうですね。でも、誰だって初めてってあるじゃないですか。
 私も、女の子に告白したのはこれが初めて」

ゆかりは少し嬉しそうに言うと有香の手に指を絡めて彼女の傍に寄った。

近くで嗅ぐとますます引き込まれてしまう心地良い花香に

有香は半ば夢を見ているようにぼんやりとしていた。

「お付き合い、いけませんか?」

「い、いけなくはない……かも……」

煮え切らない返事をした有香の顔を、ゆかりは柔和な笑みを崩さず見続けている。

「ふふ。じゃあ、今から……」

有香が驚くよりも早く、ゆかりは彼女の頬に両手を添えて、その唇に自らの唇を重ねた。

それは息を吸って吐くように自然な、無色透明のキスだった。

キスは一瞬で終わった。

有香は初めてのキスの味も確かめられないまま

少し向こうで手を振っているゆかりに放心の体で手をしばらくゆらゆらとさせていた。

ある日、ゆかりと有香は雑誌のグラビアとして飾る水着撮影に赴いた。

歌う仕事の多い二人にとって初めての挑戦なので

プロデューサーもいつも以上に張り切っている。

「有香さん、この水着可愛いと思うんですけど、どうですか?」

「うん、かわ……、……!? ゆ、ゆかりちゃんっ!?」

ゆかりがくるりとターンした時、有香は真っ赤になった顔を両手で覆った。

ゆかりの着たビキニは大きな穴があり

そこから彼女の瑞々しい尻肌と魅惑の割れ目が覗いていた。

プロデューサーはさりげなく自前で用意した

スリングショットやらOバックやらを水着の中に混ぜていた。

プロデューサーは有香に怒られてしゅんとなってしまったが

ゆかりは何で慌てて制止されたのかよく分かっていない様子だ。

「中々面白い水着でしたね」

ゆかりは手にした別の水着を来て更衣室に入る。

しかし、相変わらず有香は落ち着けなかった。

彼女はゆかりの体をこっそりと盗み見て

その汚れなき肢体を自分のものと見比べていた。

別に同性なのだから堂々としていれば良いのだが、あまりに

ゆかりを意識してしまって、彼女に特別な視線を向けざるを得なかった。

確かにゆかりの体つきは溜め息が出るほど美しい。

癖のないストレートの黒髪が白い背にすっと垂れている所とか

慎ましい色をした乳先とか、贅肉などという不要な物を除いたくびれ腰

すらっと伸びた長い細脚、へその窪みに至るまでいとおしくてならなかった。

(どうしよう……女の子の裸なのにドキドキしちゃってる……。
 ……あたし、どうしちゃったんだろう……)

「有香さん」

「はっ、はい!?」

「ふふふ……着替え、手伝ってあげましょうか?」

「うぅ……すぐ済ませますっ!」

色気や美しさとは無縁の世界に今までいた有香にとってゆかりは

周りが感じる以上に天使や妖精といった類いに映った。

撮影の間、彼女は傍にいるゆかりを意識してしまい、何度もやり直しを食らってしまったという。

とはいえ、予定より若干早く撮影が終わり、スタッフが機材を片付ける少しの間

プールで遊んでも良いという許可が出た。

二人は首まで水に浸かりながらたわいもないおしゃべりをして過ごした。

「ねぇ、有香さん。ちょっと息止めるの勝負してみませんか?」

肺活量に自信のある有香はその挑戦にOKした。

二人は同時に深く息を吸い込んで、水中に頭まで潜る。

スタッフの機材を運ぶ音とかそういった雑音が一切ない水色の世界で

ゆかりと有香は二人きりになった。

有香は、早くも口の隙間から小さな泡をコポコポと

漏らしているゆかりの姿を見て済ましている。

「……!?」

すると、苦しそうにしていたゆかりは、有香の手に指を絡めてその唇を重ねた。

虚を突かれた有香は動揺してブクブクと泡を漏らして浮上する。

二人は同時に水面に顔を出した。

「ゆ、ゆかりちゃんっ!? 卑怯だよっ、あれは……!?」

「ふふ。引き分けですね」

ゆかりはテンパった有香の様子を面白そうに眺めながら舌を軽く出して見せた。

ちょうどそろそろ上がれよというプロデューサーの声が向こうから聞こえた。

「あれ……?」

ゆかりと付き合い始めて半年が経とうとしていたある日の事、有香は街中でゆかりを見つけた。

声をかけようとしたが、ゆかりの傍に知らない男がいた。

ゆかりはその男と親しげに会話して人混みの中に消えていった。

(ゆかりちゃん、あたしの知らない男の人と……)

後日、ゆかりに彼は誰かと尋ねてみても

ゆかりはにこりと笑って巧みに話題を逸らして返答を避けた。

「ああ、その人はお嬢様の許嫁ですよ」

水本家の使用人に聞いてみると、そう返された。

旧家のお嬢様なのだから婚約者が居てもおかしくはない。

ただ、ゆかりにどうして黙っていたのかと聞きたかった。

「ごめんなさい……小さい頃に私の祖母が決めていて……。
 もうデートは終わりですね……」

ゆかりは残念そうに首を垂れて自らの爪先を見つめる。

有香は自分に嘘をついていたのもショックだったが

ゆかりとの恋人関係を解消するという事は更に動揺した。

結局有香はゆかりとの関係を続けたい思いから

うやむやに返事をして話を切り上げた。

元々二人の関係は、彼氏が出来るまでの軽い遊びのようなものだった。

それなのに、いざやめるとなると酷く寂しくなってやりきれなかった。

「キミ、アイドルの中野有香ちゃんだよね」

令嬢の友人として水本家のパーティに行った時、有香は例の許嫁に声をかけられた。

いきなり肩に手をかけてきて馴れ馴れしい印象がこびりつく。

遠目で見た時と違い、その顔の作りは並みだった。

それは別にいいとしても、自分が恵まれた毛並みのいい人間である事を

かさにきてやたら気障な所が鼻につく。

色々指摘したが、彼女にとってはゆかりの許嫁であるというだけで腹持ちならなかった。

「ゆかりの友達は可愛い子が多いと聞いていたけど、どうやら本当らしい。
 どうだろう、お近づきの印に今度ボクと食事でも……」

再度肩にかけようとした男の手を、有香は軽く払いのけた。

「結構です。ゆかりちゃんに悪いですし」
「キミが気に病む事じゃないさ。ただ食事に誘ってるだけだよ。普通にね」

その後も男はやたらまとわりついてきて煩わしかった。

だが、あんな軽い男でも、男というだけでゆかりと結婚出来るのだ。

有香はパーティの間ずっと刺々とした気分で過ごし、身の上の不条理を嘆いていた。

(何で、あたしは女なんだろう。あんな男の人より
 あたしの方がずっとゆかりちゃんを幸せに出来るし……
 ずっとゆかりちゃんの事を……)

家に帰ってもそんな想いはメビウスの環のように

堂々巡りとなり、いつまでも記憶の片隅にぶら下がっていた。

「なあ、キミ。ゆかりの友だちをそろそろ紹介してくれないか?」

義理で二度目のパーティに参加した事だった。

小用に立った有香は、隣接していた男子トイレの前で

ふとひそひそとした話し声が耳に入った。

彼女は立ち止まり息を殺してその話に耳をかたむけた。

「焦りはいただけないな。
 まだ彼女とは先月話を交わしただけで、紹介も何も済んでいないんだ」

聞いた事のある耳に障る声――ゆかりの許嫁の声だった。

「346プロは粒揃いと聞いたが確かにそれは本当のようだよ。
 だから、もっとゆかりから友達を引き出しておかないともったいないだろう?」

「とにかく頼むよ。そっちの許嫁は水本家の可愛い子だが
 こっちのはハゼだかアンコウだか分からん女なんだ。
 美少女の一人や二人は味わっておかないと病気になってしまう」

「キミの事情は知ってるよ。心付けをいただいている以上
 アイドルの派遣はしっかりとさせてもらう。
 自由恋愛の場を設けている身としてはね」

「そうか、出来ればまだ手のついていない娘を頼むよ。
 家の名を使って事務所に連絡しても
 お偉方の貫通済ばかりが贈られてくるんだから嫌になる」

聞くにたえないその相談は、言わばゆかりを餌にしたセックスフレンドの斡旋だった。

昔ほどではないが、堅苦しい旧家の人間の中には許嫁が決められている男子もいる。

しかし自由な色事を望む彼らには、婚前にこうしたパーティでしか

他の女性と懇意になる機会がない。

このようなパーティを彼らは何度も開催あるいは参加して好みの女性と知り合う訳だ。

巧みに誘って便宜の整った場所に彼女たちを移した後

家柄、金、コネ、時には脅しもちらつかせて

そのまま慰みものにするケースも少なくない。

このパーティもそんなの輩にとっての釣り堀だった。

(何て奴……!)

有香は心底から憤り、気が狂いそうだった。

ゆかりの気持ちを思って付き合っていたパーティだったが、それがこんな屑男の

邪な接待に利用されているとは知らなかった。

事務所の友達も、そして当然ゆかりも、彼らに食い散らかされては黙っていられない。

「……すいません」

「んっ?」

トイレから出てきた二人の男を掴み、有香は呼び止めた。

連れの男は鼻下の長い下卑た顔つきで

早速彼女の全身を舐めるように見て品定めを始めていた。

「さっきの話、本当なら今すぐ止めて下さい」

「ふーん……おやおや。立ち聞きとは悪い趣味だね。
 ……どうかな、この事はボクたちの秘密にしないかい。
 黙ってくれればキミには手を出さないよ」

許嫁の男は懐から数万円を取り出して有香の顔にちらつかせた。

しかしその金は有香の手には収まらず、空しく宙にひらひらと舞った。

「ぐっ……ううっっ……!」

有香の繰り出した両手を使った二連正拳突きは

電光石火の早業で、見事に二人を壁に打ち付けた。

固く握られたその怒りの拳は男たちの腹部に深くめり込み

彼らの口の中では逆流した胃液が唾液と喧嘩を始めていた。

「……今度ゆかりさんたちに手を出してみろっ!
 例え誰だろうとあたしの拳は許さないっ!」

拳が離れると男二人は惨めに床に崩れてぼとぼとと

胃の中のものを吐き、そのまま腹を押さえてうんうん呻いた。

騒ぎを聞きつけて使用人数人が駆けつける。

有香は拳が汚れたばつの悪い思いを抱いて、彼らの制止を振り切って更衣室に戻った。

背中の向こうでゆかりの声がした。

更衣室で綺麗なパーティドレスを乱暴に脱ぎ捨て

服だけ手早く着替えた有香は逃げるようにして水本邸を去った。

有香が名家の子息に乱暴を奮った事はすぐにニュースで取り沙汰された。

有香の出演していたレギュラー番組は軒並み業界の圧力がかけられて

有香は事務所から自宅謹慎の処分を伝えられた。

水本家もまた、ゆかりの外出と有香と会う事を禁止した。

仕方のない事だ。

友だちの許嫁と友人を殴るような女は、水本家のお嬢様に似つかわしくない。

男たちに謝ろうとは思わないが、ゆかりは自分の事をどう思うだろうか。

有香は大好きな空手道場にも行かず、部屋で一人膝を抱いて鬱々と過ごしていた。

後先を考えずにした事だ。ゆかりにも会わせる顔がない。

謹慎は辛くなかったが、ゆかりに会えない事が酷く辛かった。

そうこうしているうちに、謹慎に入ってから二週間が経とうとしていた。

有香はただただ惰眠と食事の繰り返しで一日を潰し続けていた。

――有香さん

「んっ……」

――有香さん

有香が寝惚け眼を擦ると視線の向こうに見慣れた顔があった。

「ゆかりちゃん……!」

「ふふ、正解♪」

ゆかりはベッドの端に腕を組んで置いて、有香の寝顔をじっと見ていたという。

そのまま有香と彼女は唇を重ねた。

二週間ぶりのキスは夢で見ていたものよりも甘くて美味しい。

「んうっ……んっ……」

有香は柔らかな唇の感触欲しさに、離れるゆかりを留めてキスのおかわりをした。

舌の先に優しい痺れが訪れて心地良い。

「正解したご褒美……喜んでくれた?」

有香はそれには答えず、ゆかりに聞いた。

「……一体いつから?」

「ついさっきです」

最近、暇も手伝って無意識に自涜をするようになっていたので

有香はもしやあれが見られてしまったかもと焦った。

それでなくとも寝顔を人にまじまじと見られるのはむず痒いものだ。

「はい、これ」

ゆかりはショルダーバッグからポーチを一つ取り出した。

それはあの時有香が置いていった私物だった。

「お母さんに何度もお願いしたのですが
 許可が下りなくって……こっそりと抜け出ちゃいました」

「そ、そんな事したら、ゆかりちゃんが怒られ……!」

「ふふふ……いいの、有香さん。
 だって私、会いたかったんですから。有香さんに」

「……! ごめんなさい、ゆかりちゃん! 婚約者を、あたし……!」

ベッドの上で正座をして頭を下げようとする有香を、ゆかりは落ち着きをもって止めた。

「有香さん。今日は私、有香さんにお礼を言いに来たんです」

「えっ」と口を開けたまま目蓋をパチパチと

忙しく動かす有香に、ゆかりはマイペースに聞かせた。

件の許嫁が女遊びの隠れ蓑として水本家、そして他の名家のパーティに

参加していた事はゆかりとその両親も知っていたという。

しかし相手は腐っても名家なので証拠もなしに断る訳にはいかずに困っていた。

有香が彼をのした事はすぐに両家の知る所となった。

相手の家は水本家を非難する一方で、許嫁に対して

今後一切水本家に関わるなと厳しく説いて聞かせた。事実上の婚約破棄だった。

水本家はかねてより相手側の素行の悪さを聞いていたので

ゆかりへの絶交は願ったり叶ったりだった。

彼らは表面上は残念がりながらもその申し出を喜んで受け入れた。

「結果的に有香さんを利用する形になってしまいましたけど
 水本家には、有香さんに申し訳ないなと思う者は居ても
 有香さんを非難する人は誰も居ませんよ」

「そ、そうなんですか!?」

有香は心の凝りが取れて一気に気が軽くなった。

「あっ……でも、空手を暴力に使ってしまったのは事実ですし
 ファンの人たちもあたしの事……よく思っていないかも」

「確かに、閲覧数を稼ぐために有香さんのファンを
 煽り立てているニュースサイトは多いです。
 けれど、本当のファンの皆さまはきっと分かってくれていますよ。
 有香さんが乱暴な人じゃないって。
 後、これはプロデューサーさんの考えですけど、謹慎はそろそろ解かれると思います。
 私だけではなく、琴歌ちゃんの所とか雪乃ちゃんの所が色々としてくれているようで」

「ゆかりちゃん」

「有香さん、一ヶ月後にコンサートが控えています。
 謹慎が解けたら一緒にレッスンして会場で歌いましょう。
 法子ちゃんもファンの皆さんも、それに私も
 有香さんと一緒に踊れるのを楽しみにしているんです」

「うん」

その後、ゆかりはコンサートのスケジュール表を置いて中野家を後にした。

スケジュール表を開くと、ページの隙間からキラキラとした物が滑り落ちた。

見るとそれは美しい三日月の形をしたロケットだった。

開けると、中には以前ゆかりと一緒に撮ったプリクラが貼られていた。

有香は首にそれをかけてしばらく嬉しそうに眺めていた。

「ゆかりさん……ごめん遅れちゃって!」

一対のお下げを左右に跳ねさせながら

有香は噴水公園の前で待つゆかりの傍まで駆け寄った。

「ううん、私も今来たばかりです。では、行きましょうか」

二人は手を繋いで人の少ない並木通りを歩いていく。

「あっ、それ……」

有香はゆかりのコートに掛かっていたロケットを見つけた。

三日月型のそれは有香がもらったロケットと同じ物だった。

「はい、お揃いの物をつけたくって有香さんにプレゼントしたんです。
 気に入ってくれました?」

コンサートでゆかりはそれをつけていなかった。

彼女にとってそれは、有香と会う特別な時だけつけるものらしい。

コンサートはというと、有香の心配とは裏腹に無事に終わった。

あのゴシップがあったにもかかわらず、ファンたちは

何事もないように大勢集まり、復帰した有香が

ステージに登った時にはねぎらい、歓声をもって喜びを分かち合った。

「婚約は解消されちゃいましたし、有香さんの所にお嫁に行こうかな?」

冗談めいた軽い口調でゆかりはそんな事を呟いた。

しかし、真面目な有香は彼女の両肩を少し背伸びをしながら抱いて

まっすぐその澄んだ瞳で見つめ返した。

「ゆかりちゃん、あたし……ゆかりちゃんを絶対
 悲しませたりしませんから! 安心してください!」

流石に真摯な気持ちを直接ぶつけられたら

天然お嬢様のゆかりも照れるらしく、頬を赤らめて少し横を向いた。

そして視線を戻し、再び見つめ合いながらそっと

どちらからともなく唇を近づけて重ね合わせた。

遊びの付き合いはこれで終わりだが、後日中野家に

ゆかりの引っ越し荷物が届いた時には有香も目を丸くせざるを得なかった。

以上です。押忍にゃん誕生日おめでとう

ゆかゆか好き

押忍、じゃなくて乙ー

有香おめ!

やっぱり百合っていいすなぁ
おつです

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