「要らない、ですか」
黒服「ああ……必要ない、先に話した通りの男でね俺は」
「残念です」
黒服「しかし『魔法』と来たか、在るのかそんな大層なモノが」
「まさか、私の言った事はとても単純です」
「おまじないに近いのでしょうか、少なくとも私の一族はそれで当代まで続いていますから」
黒服「……」
「ふふ、貴方でもそんな顔で興味を持つんですね」
黒服「気になるだろう、こんな極東の田舎町でお前みたいな魔術師に出会ったのだから」
「一目惚れとは違うんですね」
黒服「何でもかんでもそうやって話をピンクにしなければ、考えても良かったんだがな」
「それで、聞きたいですか? おまじない」
黒服「……」
黒服「試しに聞いておいても良いだろう」
「セックスです」
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黒服「……」
「……?」
黒服「少し意外だな」
「私の口からこういう言葉が出たのがですか」
黒服「いや、魔術において性行為は確かに意味がある」
黒服「ましてやお前の言うことを信じるなら、『優しさ』を追求し、追究し、追及する事で根源に至ろうとしている」
「はい」
黒服「俺の知る限り、性交の本質は『優しさ』とはかけ離れている……つまり矛盾だ」
「違いますよ」
黒服「何故だ」
「優しさからかけ離れているが故に、他者と子を作る過程におけるセックスは優しさでしか生まれないのです」
< ギシッ
「それ以外でするセックスは狂っているのです、人が、世界が、皆皆狂っているのです」
黒服「……」
黒服「魅了の魔術か」
「違いますよ」
黒服「ならこれは俺の純粋な錯覚か……恐ろしいなお前は」
「……したいんですか?」
黒服「さて、な」
黒服「会ってからまだ三日のお前に、何を考えているんだろうな……俺は」
気体
───── 【三日前】 ─────
< チリンチリンッ
「……いらっしゃいませ、珍しいですねこんな時間に」
深夜の町を駆け抜ける音。
ブーツが踏み締める音に混じり、それに追走するのは異形の足音のみ。
何本もの路地を走り続けた末、追われているその男は視界に入った店の灯りに引き寄せられる。
扉を開け放ち、中へ飛び込んだその男を迎えたのは狭い喫茶店の様な室内に一人で座る娘だった。
扉が『閉まるのと同時に鳴る』ベルが、僅かに緊張感を削いでしまう。
黒服「……女、裏口はどっちだ」
男は汗を流しながらも自身の黒いスーツを整えながら、店内のソファに座る少女に近付いた。
彼は焦っていた。
「ありません」
黒服「……ッ」
「どうぞ座って下さい、温かい紅茶と甘い物を持ってきますので」
黒服「くっ、それどころでは……!」
黒服の彼はソファから立ち上がる少女に何かを伝えようとして踏み止まる。
歳は恐らくまだ十四か、その辺りの少女を彼は自身の厄介事に巻き込むつもりはなかったのだ。
しかし、綺麗に手入れされているであろう黒い髪のポニーテールの少女はそんな彼に微笑んだ。
「もう大丈夫、貴方がここに辿り着いたのは『そっちの理由』だったんですね」
黒服「なに……?」
「貴方がここを自分から出て行かない限り、このお店には誰も入っては来れません」
「ここに入れるのは……優しく迎えてくれる人を求める人間だけなのだから」
少女は男の背後を指差すと、さも可笑しそうに小首を傾げてそう告げる。
黒服の男は額から流れ落ちる汗を拭いながら自身の入ってきた扉を見た。
そこにあったのは。
黒服「……ルーン文字、いや……日本の漢字を用いた呪文か…?」
信じられない物を見たかのように、男は振り返る。
黒服「お前……魔術師か」
「はい、こんばんは」
「魔術師、黒服様……といった所でしょうか」
紫炎
黒服「追っ手とは別、だな?」
「黒服様とはこれが初対面であり、初めて関係を持ったつもりです」
黒服「……俺が何者か分かっているのか?」
「迷い込んだ『はぐれ』の魔術師ではなさそうですね」
「それ、先々代の魔術師界隈で有名になっていた物ですか…? 彼の冬木で奪われた……」
少女に視線で示された先にある……男の手首のブレスレットに填められている水晶。
硝子の中心に浮いている金の杯、その正体を彼女は知っていた。
黒い革手袋が一枚、その場に落ちる。
黒服「一目で『これ』が分かる魔術師などそうはいない……ッ」
黒服「貴様、何者だ」
スラリと伸びる指先に挟まれた長方形の紙。
その赤黒く染められている紙に書かれている文字を見て、少女は一歩後ろへ下がった。
「私はこの地に古くから続く、名前らしい名前も持たない魔術師の一族です」
黒服「……」
「警戒させてごめんなさい……初めて見る高位の魔力結晶だったから……」
「戦える程の魔術礼装も持ってません、お願いだからその呪符を下げて……」
ソファに力無く座り落ちると、少女は両手を広げる。
その仕草からは敵対するつもりはないと取れるが、黒服の男は背後の扉を後ろ手に触りながら呪符を向けた。
黒服「…………この空間……」
「貴方がその扉を開けた時、隠蔽の術式が一時的に解けてしまいます」
「……困っているのは確かですよね…?」
黒服「……」
「私の事は好きに呼んでください、名前はどうせ無いのですから」
黒服「この空間は隠蔽されているんじゃない、スイッチ式で切り替える事が可能にされた異空間だろう」
黒服「俺は呪符を用いた結界を得意とする魔術師だから分かる、これほどシンプルで完成された工房も珍しい」
「あはは……凄い、当たりです」
蒼を基調に、白いゴシック服に身を包む少女は黒服の男へ再び微笑んだ。
その表情には一切の嘘が無く、嬉しそうだという事が分かる。
呪符を構えていた男の手が少しだけ下がった。
「貴方を追っている方々がどれだけの実力を持った魔術師かは知りません」
「貴方が『どの一族』の人間達からそれを奪ってきたのかも、知りません」
「誓ってもいい、何でしたら私に呪いをかけても構いません……『自己強制証明』を用いて頂いても私は構わないです」
黒服「……」
「私が貴方を守ってあげます、協力します」
「どうか信じて……私は貴方を助けたいの」
「……優しさの魔術師として…………」
よくわからんが胸が締め付けられる
幼い顔立ちに合致しない、少女が名乗った通りの優しい笑顔。
それだけならば町中で見る日常風景の一端と変わらない。
だが黒服の男……魔術師は、気が付けば音を立てて呪符を虚空に散らしていた。
それまで自分が追われていた事を忘れて、目の前の少女から意識を逸らせずに。
黒服「…………では今夜一晩でいい」
赤黒い残滓が散り行く中、黒服の男は疲れた様に呟いた。
少女は何かを挟む事無くそれを聞く。
黒服「一晩……ここに匿ってくれ、疲れたんだ……」
黒服「紅茶も欲しい」
「甘い物は?」
黒服「苦手なんだ」
「では甘い物をお出ししますね」
少女の言葉に、黒服の男はその幼い顔立ちに目を向ける。
「休息の一時に勝る甘い物はありませんから」
黒服「……日本のジョークはよく分からんな」
● ● ●
黒服「まだ名乗っていなかったな、俺は だ」
紅茶を飲み終え、静かに眠った黒服の男。
目を覚ましたのはソファに沈んでから暫く経ってからだった。
「黒服様ですね? ふふ……私の事は好きに呼んでください、昨夜にもそう言いましたが」
優しさの魔術師を名乗っていた少女がそう言う。
彼女は黒服の男が眠りに着く直前と、全く同じ位置で隣合うソファに座っていた。
まるで目を覚ますのを待つまで動かずにいた様に……紅茶を飲みながら。
ローズマリーの香りが漂う喫茶店染みた部屋を男は見回した。
黒服「……ふむ、魔術師同士である以上この空間に関して色々聞くのは無粋か」
「気になりますか」
黒服「とてもシンプルだ、俺が見る限りではこの空間は外界からほぼ完全に遮断されている」
黒服「そして魔力が溜まりやすい霊地を選んでいるのか? 安定しているが 流れ が少し荒いな」
「そうかもしれませんね」
黒服「だが魔術師の工房として致命的に欠けている、それは……」
少女を指差す。
それから、黒服の男は店の出口を視線で示した。
黒服「誘導……いや、これはまるで誘蛾灯か」
黒服「俺も見たことのない形式によって構成された、何らかの法則で人を招く魔術がこの工房で『完成されている』」
黒服「これは魔術の神秘性を欠きかねない行為だ」
「誘蛾灯って、何だか余り良い印象では無いですね……」
黒服「お前の言動から察するに、俺もまた誘われたんだろう? なら正解の筈だ」
「そんな術式ではないですよ」
黒服「それはそれでいい、ただ興味が湧いたから何となく考察しただけだよ俺は」
ソファ脇にあるテーブルから紅茶を取ると、黒服の男は一口飲む。
少女はその姿を微笑ましそうに眺めていた。
黒服「…………何だ」
「はい?」
黒服「そう見られていると流石に気味が悪い」
「あはは、ごめんなさい」
「癖なんです、人を見るのが」
黒服「人間観察というやつか」
「どうでしょうか? 私はただ、相手の仕草を眺めるのが好きなだけです」
そう言って少女は立ち上がり、黒服の男に背を向けてソファ後ろにある扉へ歩いていく。
彼女は紅茶を飲みながらその姿を目で追っている男に、僅かに振り向いてから笑った。
「見ている物は違うけれど、貴方と同じですね」
見てます
まだかしら
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