キィ「キィは、765プロでアイドルになります」 (162)

キィ「765プロの、プロデューサーさん?」

P「はじめまして」

さくら「はじめまして! 私はマネージャーの厨川さくらです。こっちが……」

キィ「?」

さくら「昨日説明したでしょ……!」ヒソヒソ

P「ん?」

さくら「あ、いえいえ! うふふ」

P「君が……巳真兎季子さんだね」

キィ「はい、キィです」

P「キィ?」

さくら「こ、この子、自分のことキィって呼ぶんですよ。変ですよね、あはは」

P「ははっ、三和土(たたき)さんからは変わった子だって聞いてるから」

さくら「なに言ってんのよ、あの人……」

P「俺もキィと呼ばせてもらって構わないかな?」

キィ「……」コクッ


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さくら「え? ということは……」

P「そちらさえよければ、うちのほうは歓迎するよ」

さくら「ありがとうございます!」

キィ「……」

さくら「キィ」

キィ「ありがとうございます」

P「うちは専属のマネージャーはいないから、厨川さんには見習いとしてプロデューサーを兼務してもらうことになると思うけど」

さくら「はい! あの……」

P「?」

さくら「堅苦しいのは苦手なんで、私もさくらでいいですよ」

P「わかった、そうさせてもらうよ」

P「うちのみんなは先輩後輩とかうるさくないから、気楽にしてくれていい」

さくら「あはは、助かります。これからよろしくお願いします」

P「こちらこそ、よろしく」

キィ「……」

さくら「キィ……!」

キィ「よろしく、お願いします?」

さくら「はぁ……」

P「ははは、765プロへようこそ」

『アイマス』と『KEY THE METAL IDOL』のクロスです。

古いOVA作品なので、簡単に解説を挟みながら進めます。

ネタバレ要素もあるので、未見の方はあしからず。


http://imgur.com/QboiyHx

巳真兎季子(みま ときこ)

 17歳。幼少より自らをロボットだと思い込んでいる少女。自ら名乗っていた『キィ』がそのまま通称として定着した。
 猯尾谷(まみおだに)と呼ばれる山間の村の出身。父親は不明、母親とは出生後まもなく死別。
 以降、祖父の武羅尾(むらお)に育てられる。

 巳真家の女性は村の猯尾神社で代々巫女を務め、思念のみで物理現象すら引き起こす『想い』の力を伝承している。
 平常時の兎季子は極端に無口・無表情・無感情で、その状態での力の発現は見られない。
 特定の条件下でのみ感情を露わにすることがあり、その際には代々の巳真家の女性たちを遥かに凌駕する力を発現する。

 祖父の死に伴い、遺言に従って単身上京した。


厨川さくら(くりやがわ さくら)

 17歳。キィと同郷で、中学時代の同級生にして唯一の友人。
 幼少時に父親が失踪し、それを追って中学時代に母親も失踪したため、自らの意思で両親を探しに上京した。

 以来、交流は無かったが、後から上京してきたキィと偶然再会し、同居人となる。
 ピザの宅配やレンタルビデオ店のアルバイトを掛け持ちすることで生計を賄っており、当初はキィを疎ましく思うこともあった。
 現在はキィの目標に理解を示し、芸能活動のマネージャーを買って出ている。

めっちや懐かしい
期待

 ─ 前夜 カフェ ─


キィ「765プロ?」

さくら「そ、三和土さんの紹介でね。明日、そこのプロデューサーさんと顔合わせよ」

キィ「キィは、なにをすればいいの?」

さくら「お世話になるかもしれないんだから、失礼の無いようにしてなさい」

キィ「……わかった」

さくら「ほんとにわかってるんだか……」

キィ「さくらちゃんは?」

さくら「マネージャーが同行しないでどうするの」

キィ「それなら、よかった」

さくら「人間に生まれ変わるために、3万人の『想い』が必要なんでしょ?」

キィ「うん。だから、キィはアイドルになる」

さくら「だったら、チャンスは活かさないとね」

三和土州一(たたき しゅういち)

 30代独身。トップアイドル鬱瀬美浦(うつせ みほ)のファンクラブ会長を務めるアイドルオタク。
 格闘技オタクでもあり、腕っぷしも人並みより強い。
 思うところがあり、現在はファンクラブから距離を置いている。
 
 イケメン・快活な好青年だが、異性からはその趣味が理解されず、交際してもすぐに破局してしまう。
 面倒見のよさからか人間関係が広範で、芸能・マスコミ方面に豊富なコネを持っている。

 キィに興味を持ち、なにかと手助けをしているうちに、彼女を取り巻く異変の渦中に巻き込まれていく。

州一「よ、お待たせ」

さくら「あ、三和土さん! どうも」

キィ「……」ペコッ

州一「明日だよね? 765プロ」

さくら「はい! 無理を聞いてもらってありがとうございます」

州一「いや、気にしないで。俺にできることなんて、紹介ぐらいだし」

さくら「それだけでも助かります。あとは私たちの仕事ですから!」

州一「ははは、その意気だ」

さくら「765プロって、天海春香さんとか星井美希さんの事務所ですよね?」

州一「そう、まだまだ小さい事務所だけど、今どこよりも勢いがある」

キィ「小さい事務所なんですか?」

さくら「キィ……明日、それ言ったら怒るよ?」

キィ「はい、気を付けます」

さくら「不安だ……」

州一「あそこのプロデューサーは若くて気さくな人だから、そんなにかしこまらなくてもいいよ」

さくら「はあ」

州一「あそこはアイドルの個性を伸ばす方針だから、キィちゃんにも合うと思う」

さくら「自称ロボットも個性なんでしょうかね」

キィ「さくらちゃん。キィは自称じゃなくてロボットだよ」

さくら「はいはい」

州一「学べることも多いと思うよ。キィちゃんも、ちゅうかわさんも」

さくら「『くりやがわ』です!」

州一「え? ああ、ごめんごめん」

さくら「もう……」

州一「もうひとつ、765プロを紹介したのには理由がある」

さくら「理由? なんですか?」

州一「以前、ある男に言われたことがあってね」

州一「アイドルとして登り詰めるほどキィちゃんは不幸になると」

さくら「不幸にって……」

キィ「……」

州一「悔しいけど、俺はあのとき言い返せなかった」

州一「少しだけ近くで美浦を見てきたからね」

さくら「三和土さん……」

キィ「……」

州一「765プロのアイドルを見てると、美浦とは違う可能性を感じるんだ」

さくら「すごく楽しそうですよね、彼女たち」

州一「うん、あれこそ本当のアイドルなのかもしれないな」

キィ「本当の、アイドル……」

さくら「キィも、そうなれるでしょうか?」

州一「なるんでしょ? 俺もできる限り協力するからさ」

さくら「はい、ありがとうございます!」

キィ「ありがとうございます」

州一「明日、がんばって」

さくら「はい!」

キィ「あ、三和土さん」

州一「なに?」

さくら「どうしたの、キィ?」

キィ「さくらちゃん、ちょっと待ってて」

さくら「?」

キィ「これ、知葉ちゃんから三和土さんに渡してくれって」

州一「若木さんの端末じゃないか。なんでこれを俺に?」

キィ「……」フルフル

州一「若木さんに会ったのか?」

キィ「……」コクッ

州一「だったら俺に直接渡せばいいじゃないか。聞きたいことだってあるのに……」

キィ「あと、伝言」

州一「伝言?」

キィ「死ぬなよ」

州一「……って、若木さんが?」

キィ「……」コクッ

州一「なんだよ、それ」

キィ「ごめんなさい」

州一「いや、キィちゃんに言ってるんじゃなくて」

キィ「……」

州一「若木さんに会ったら、あんたこそ死ぬなよって伝言しておいてくれ」

キィ「……はい」

州一「?」

若木知葉(わかぎ ともよ)

 キィの祖父・巳真武羅尾の助手。いかつい容姿の壮年男性だが、キィからは『知葉ちゃん』と呼ばれている。
 助手となる以前は傭兵だった。

 武羅尾を恩人として敬慕し、孫のキィに対しても丁寧な物腰で接する。
 キィの能力や人格の謎、武羅尾の過去の因縁など、ある程度事情を知っている。

 上京したキィをボディガードとして見守りながら、彼女を取り巻く異変の核心を追っている。


 ─ 初日 765プロ事務所 ─


さくら「厨川さくらです。よろしくお願いします!」

キィ「キィです」

亜美「キィ?」

さくら「……本名!」

キィ「巳真兎季子です」

P「今日から仲間になる。みんな、よろしく頼む」

一同「「はい!」」

P「兎季子……キィはアイドル候補生だから、みんなの後輩だ」

P「さくらはマネージャー業の傍ら、俺の下でプロデューサー見習いをやってもらう」

響「キィって呼んでいいの?」

キィ「はい」

響「自分は我那覇響! 響でいいよ」

キィ「響ちゃん」

亜美「亜美は双海亜美!」

真美「真美は双海真美!」

二人「「レッツ、シャッフル!」」

キィ「……」

二人「「どっちがどっちだ?」」

キィ「こっちが亜美ちゃん、こっちが真美ちゃん」

亜美「うおっ、あっさり!?」

真美「このお姉ちゃん、あなどれない……!」

春香「ええっと、厨川さん」

さくら「あ、さくらでいいですよ」

春香「さくらさんはアイドル志望じゃないんですか?」

さくら「あはは、アイドルなんて滅相も無い」

真「なんで? 謙遜しなくてもいいのに」

春香「アイドル向いてそうだよね」

真「うんうん」

雪歩「うん、私なんかよりずっと……」

真「うん? 雪歩?」

さくら「いやいや、私がアイドルなんて、おこがましいですって」

春香「そんなことないですよ」

雪歩「おこがましいですよね。やっぱり、私なんて……」

真「あ……」

さくら「?」

雪歩「こんなおこがましい私は、穴掘って埋まってますぅ!」

さくら「ええぇ!?」

真「雪歩、今日ぐらいはやめようよ」

雪歩「止めないで、真ちゃん!」

さくら「……」

キィ「……」

P「どうかな、765プロは?」

さくら「あ~……賑やかな事務所ですね」

P「ははっ、まったくだな」

キィ「みんな、個性的な『想い』を持ってます」

P「……『想い』か」

さくら「もう、ヘンなこと言って……」

キィ「ヘンじゃないよ。キィが感じたままに言っただけだよ」

さくら「だから、そういうのが……」

P「いや、それでいい」

さくら「へ?」

P「それが765プロだよ。思ったことはなんでも言ってくれ」

キィ「なんでも言っていいって、さくらちゃん」

さくら「このっ……」

P「で、今日の予定だが」

さくら「は、はい」

P「音無さん、ちょっといいですか」

小鳥「あ、は~い」

P「さくらは、まず事務所内の仕事を覚えてもらう。音無さん、お願いします」

さくら「よろしくお願いします!」

小鳥「よろしくね、さくらちゃん」

P「キィは俺と一緒に仕事の見学だ」

キィ「わかりました」

P「時間までは、適当にくつろいでいてくれ」

さくら「はい!」

キィ「はい」

キィは、ロボットです。

でも、おじいちゃんと約束しました。

人間にならなきゃいけません。


おじいちゃんが死んじゃって、もうキイを治せる人がいないから。

人間にならないと、いずれ壊れてしまいます。


キィが人間になるには、3万人の『想い』が必要です。

キィを助けたいと思う、ただそれだけの純粋な『想い』が。

おじいちゃんは、それを『友達』と言ってました。


今、キィの友達はさくらちゃん一人しかいません。

あと29999人の友達を作るのは、キィには無理そうです。


アイドルなら、それができるのかな。

わからないけど、キィはアイドルになってみたいと思います。


キィは、765プロでアイドルになります。

巳真武羅尾(みま むらお)

 キィの祖父。ロボット工学の権威で、人形技師としても超一流。
 数多の革新的な理論・技術を生み出すが、一般的にその功績は知られていない。

 研究所職員当時、猯尾谷出身の同僚に招かれ、妻となる巳真登美子(みま とみこ)と出会う。
 武羅尾が巳真家の婿養子になる形での婚姻であり、旧姓は不明。

 しばらくは東京で生活していたが、のちに猯尾谷に移住し娘の兎与子(とよこ)を授かる。
 研究に没頭するあまり、妻や娘を犠牲にすることもあった。

 妻を早くに亡くし、娘にも先立たれたため、孫娘のキィを引き取って育てていた。
 キィが人間に戻るためには3万人の『想い』が必要だと告げ、絶命する。


巳真登美子(みま とみこ)

 武羅尾の妻でキィの祖母。故人。巳真家の力を受け継いでいる。
 猯尾神社の巫女だった当時、武羅尾の前で『想い』の力を披露し、見初められる。
 
 慣れない東京での生活と、連日の実験で心身ともに疲弊していたが、夫婦仲は円満だった。
 猯尾谷に戻ってからは一時的に回復したが、さらなる実験で能力を酷使したことにより衰弱し、早逝してしまう。

 ─ 社用車 移動中 ─


春香「今日は野外ロケでしたっけ?」

P「ああ、何組かに分かれて、都内各所でやってもらうことになる」

春香「今日は私たちの番か。がんばろうね、千早ちゃん!」

千早「ええ」

P「キィに見学してもらうから、先輩として恥ずかしくない仕事を頼むぞ」

春香「プレッシャーかけないでくださいよ~」

P「ははは、そんなに難しい仕事じゃないさ」

千早「今日はよろしく、巳真さん」

春香「よろしくね、キィさん」

キィ「よろしく、お願いします」

P「ええと、このビルを過ぎて……」

春香「な、なんだか……雲に届きそうなすごいビルですね」

P「アジョー重工の本社ビルだな」

春香「アジョー重工って、あの?」

P「あのアジョーグループだ」

アジョー重工

 世界でも有数の巨大企業であり、特に兵器の開発生産で莫大な利益を上げている。
 現社長の蛙杖仁策(あじょう じんさく)によって戦後になって創設された。
 都心にそびえ立つ、天を突く巨塔の如き本社ビルを誇る。

 30年ほど前から二足歩行ロボットの開発に着手し、以降難航を極めながらも継続されてきた。
 巳真武羅尾との共同開発とされているが、実態は脅迫により収奪した彼の研究成果に依存している。
 十数年前、唐突に開発断念が発表されたが、詳細は不明。

春香「妙に閑散としてるけど、なにかあったのかな?」

P「さあ、公休日かなにかじゃないか」

千早「雲の上から下界を見下ろすなんて、悪趣味ですね」

春香「でも、スカイツリーからの展望とかワクワクしない?」

千早「そういう話じゃなくて、品性の問題よ」

春香「千早ちゃんは難しいことを言うね」

千早「そうでもないわ」

キィ「……」

P「鬱瀬美浦が所属する『プロダクション・ミノス』のオーナーが、ここの社長だそうだ」

春香「鬱瀬美浦って……あの、鬱瀬美浦さん?」

P「あの鬱瀬美浦だ。キィも知ってるな?」

キィ「はい」

春香「日高舞さんの再来とまで言われてるトップアイドルを、知らないわけないじゃないですか」

キィ「ヒダカマイ……さん?」

春香「え? まさか知らないの?」

キィ「……」コクッ

春香「おおぅ……」

千早「ふふっ、巳真さんが鬱瀬美浦を知ってるほうが意外だわ」

春香「千早ちゃん、それはさすがに失礼だよ」

キィ「キィは、美浦さんのライブ映像を見て、アイドルになろうと思いました」

春香「い、意外と普通な動機だね」

千早「春香のほうが失礼よ」

キィ「……」

春香「鬱瀬美浦さんかぁ……まだまだ遠いなぁ」

P「トップアイドルを目指すなら、避けては通れない壁だけどな」

春香「わかってますって」

千早「私は……今のあの人の歌は好きじゃない」

春香「どうして?」

千早「以前は違ったのに、今は作り物みたいで……」

春香「ん~……人前に出てこなくなってから、雰囲気が変わったとは思うけど」

キィ「……」

春香「プロデューサーさんはどう思います?」

P「俺だったらあんなプロデュースはしないって、歯痒く思うことはあるよ」

春香「美浦さんをプロデュースしてみたいってことですか?」

P「そりゃ、もちろん」

春香「裏切り者!」

千早「最低です」

P「なんでだよ……」

キィ「美浦さんに、伝えておきます」

P「は?」

春香「?」

千早「?」

 ─ 同夜 765プロ事務所 ─


律子「キィ……ですか?」

P「どう思う?」

律子「まだ、なんとも。変わった子だとしか」

P「まあな」

律子「マネージャーの厨川さんでしたっけ? 彼女のほうが、よほどアイドルには向いてるでしょうね」

P「本人にその意思は無いそうだ」

律子「マネージャー兼プロデューサー見習いですか? ずいぶん異例ですね」

P「三和土さんには何度も助けてもらってるからな。無下にはできないよ」

律子「それだけじゃないでしょ?」

P「ん?」

律子「巳真さん……キィに、なにか見出したんじゃないですか?」

P「いや……俺も正直わからん」

律子「……」

P「わからんが……気になる噂を聞いたことがあってな」

律子「噂?」

P「ある大物プロデューサーの秘蔵っ子というか、ご執心のアイドル候補生がいる」

律子「それがキィ?」

P「ああ、たぶん」

律子「大物って誰ですか?」

P「吊木光だ」

律子「吊木光!?」

吊木光(つるぎ ひかる)

 劇団踏夜(とうや)所属の俳優・演出家。のみならず、脚本・作詞・総合プロデュースetc.まで手掛ける。
 20代半ばにしてショービジネスの頂点を極めた、稀代の鬼才にして時代の寵児。

 数年前、すでにトップアイドルとなっていた鬱瀬美浦のプロデューサーとなり、持てる知識と技術のすべてを叩き込んだ。
 二人の蜜月は長くは続かなかったが、美浦と同時に自身も揺るぎない名声を得る。

 審査員を務めていたオーディションでキィを見出し、アイドルとしてのプロデュースを買って出る。


鬱瀬美浦(うつせ みほ)

 プロダクション・ミノス所属のアイドル。19歳。
 時代を象徴するほどのトップアイドルとして、13歳でのデビューから現在まで君臨している。

 1stシングルこそ振るわなかったものの、わずか半年で頂点に駆け上がった。
 当時は無名に近かった吊木をプロデューサーに選んだのも、美浦本人。
 恋愛感情ではなく、純粋に師として吊木を敬愛している。

 表向きはミノスに所属しているが、現在は完全にオーナーである蛙杖の管理下にある。
 最近はライブ以外で人前に出てくることがほぼ無く、健康不安から妊娠説まで囁かれている。


律子「でも、その秘蔵っ子がなんでうちに?」

P「さあ。天才の考えることはさっぱり」

律子「最近は、公の場にも姿を見せないそうですが」

P「また鬱瀬美浦と組んでなにかやるとか……憶測程度の話しか聞こえてこないな」

律子「鬱瀬美浦……」

P「あの吊木光がキィになにを見たのか……興味ないか?」

律子「それは、まあ……」

P「だろ?」

律子「いや……それは建前でしょ?」

P「?」

律子「自分なら、吊木光以上にキィを輝かせることができる……では?」

P「そこまで身の程知らずじゃないよ」

律子「ふふっ、どうだか」

 ─ レッスン ─


響「キィって声量すごいな。びっくりした」

キィ「そう?」

真美「そういうふうに見えないよね。千早お姉ちゃんもそうだけど」

亜美「キィお姉ちゃんも細いよね~」ジー

真美「うん」ジー

響「どこ見てんのさ……」

キィ「?」

やよい「うまく言えないんですけど……キィさんの声って、ぶわ~ってくるっていうか」

響「あ、わかる。千早もそうだけど、ちょっと圧倒されちゃった」

貴音「言霊ですね」

やよい「ことだま……ですか?」

亜美「なにそれ、お年玉の仲間?」

貴音「言葉にはある種の力が宿ると言われています」

貴音「人の『想い』がそうさせるのでしょう」

キィ「『想い』……」

やよい「え~と……?」

真美「なるほど!」

亜美「真美、わかんの?」

真美「ううん、全然!」

貴音「キィは、わかりますね?」

キィ「……」コクッ

響「自分がハム蔵たちと話せるのもそうなのかな?」

貴音「そうですね」

キィ「はむぞう?」

響「あ、自分の家族でハムスター。今度紹介するね」

キィ「家族……」

やよい「響さんちは、動物がいっぱいいるんですよ」

亜美「イヌとネコとウサギとブタとシマリスとモモンガと……」

真美「オウムとニワトリとヘビとワニ?」

響「うん、みんな家族!」

キィ「響ちゃんは、その子たちと話せるの?」

響「ヘンかな?」

キィ「ううん、ロボットのキィのほうがヘンだよ」

響「あはは、それは……」

貴音「キィには、ロボットでなければいけないという『想い』があるのでしょう」

キィ「……」

やよい「?」

亜美「?」

真美「?」

響「もう、キィが困ってるよ」

貴音「ふふっ、失礼しました」

キィ「大丈夫、です」

 ─ 朝 765プロ事務所 ─


雪歩「キィちゃん、お茶大丈夫?」

キィ「?」

雪歩「もしかしたら苦手かなって」

キィ「キィはロボットだけど、水分の摂取は問題ありません」

雪歩「そ、そっか」

真「ロボットには見えないけど……」

 ♪~~

雪歩「あれ? 千早ちゃん、着信だよ」

千早「ありがとう、萩原さん」

千早「……!」

雪歩「どうしたの?」

千早「え? いえ……」

キィ「……」

真「知らない番号? だったら出ないほうがいいよ」

千早「違うわ。親戚……だった」

真「そっか」

千早「……」

雪歩「出なくていいの?」

千早「あ……そ、そうね。外で話してくるわ」

雪歩「うん」

千早「……」

雪歩「どうしたんだろ?」

真「嫌いな親戚なんじゃない?」

キィ「……」

 ─ 仕事後 帰路 ─


真「千早、調子悪そうだったね」

雪歩「うん……先に帰っちゃったけど、大丈夫かな」

キィ「……」

真「なにか、思いつめてるみたいだったけど……」

雪歩「心配だね……」

伊織「子供じゃないんだから、大丈夫でしょ」

真「伊織だって心配してるくせに」

伊織「は? なにか言った?」

真「別に」

雪歩「美希ちゃんは、なにか聞いてない?」

美希「ミキ? ん~ん、なにも」

雪歩「そっか……」

美希「千早さんは、なんでも難しく考えすぎだと思うな」

伊織「あんたはお気楽すぎよ」

美希「そんなことないよ~。ね、キィ?」

キィ「うん。美希ちゃんの『想い』はとても素直で、まっすぐだよ」

美希「あはっ、もっとほめて♪」

雪歩「褒めてるのかな?」

真「さあ?」

伊織「美希とキィの中では、そうなんでしょ」

美希「キィって、なんかカモ先生みたいだね」

キィ「カモ先生?」

真「お堀の鴨だよ」

美希「ミキたちとちょっと違うところに、ぷかーって浮いてる感じ」

キィ「……」

雪歩「わかるような、わからないような……」

美希「ん~……なんかすごい、ってことだよ」

伊織「余計わからないわね」

キィ「よくわからないけど、それならよかった」

雪歩「いいのかな?」

真「さあ?」

伊織「美希とキィの中では……って、ああもういいわ」

美希「あはっ♪」

 ─ 翌日 765プロ事務所 ─


小鳥「あ、律子さん。今日はあずささんが……」

律子「ああ、はいはい。捜索に行けばいいんですね」

小鳥「あはは、お願いします」

さくら「あっ、あずささんならキィが」

律子「え?」

あずさ「おはようございます」

キィ「おはようございます」

小鳥「あら、おはようございます」

律子「キィが連れてきてくれたの?」

キィ「はい」

あずさ「実は、家を出てしばらく歩いてたら、なぜか見たこともない場所に出ちゃいまして」

律子「いつものあずささんですね」

あずさ「困ってたら、キィちゃんが来てくれたんですよ~」

律子「偶然?」

キィ「……」フルフル

キィ「あずささんは『想い』が大きいから、すぐに見つけられます」

律子「『想い』? 本当なら助かるけど……」

小鳥「確かに、あずささんのは大きくて重いですよね」

律子「あ?」

小鳥「いえ、なんでも」

キィ「さくらちゃん、ちょっといい?」

さくら「なに?」

 ───

 ──

 ─


さくら「千早さんが……」

あずさ「そう、心配ね……」

さくら「なにか悩んでそうなんだね?」

キィ「うん」

さくら「わかった。プロデューサーにも相談してみるよ」

キィ「お願い」

あずさ「ありがとう、キィちゃん」

キィ「?」

あずさ「千早ちゃんのこと心配してくれて」

キィ「キィは……」

さくら「これでも、意外とまわりのことは見てるんですよ、この子」

キィ「意外じゃないよ」

さくら「はいはい、ごめんごめん」

あずさ「うふふ」

さくら「あずささんも、気づいたことがあったら教えてくださいね」

あずさ「ええ。さくらちゃんも、しっかりプロデューサーしてるわね」

さくら「わ、私なんてまだまだですよ」

あずさ「千早ちゃんのこと、よろしくね」

さくら「はい!」

キィ「……」

雪歩ちゃん。

感情がマイナス方向に昂ると、力が暴走気味になる。

変わった方法だけど、発散はできてる。


美希ちゃん。

『想い』が素直で、なんで吸収できる。

直感的だけど、本質を見る『目』を持ってる。


響ちゃん。

動物とお話ができるほど、双方向に『想い』の感度が高い。

無自覚だけど、自然に力を使えてる。


貴音さん。

力の使い方がすごく上手。自分の意思で完全にコントロールできてる。

たぶん、キィのことにも気付いてる。

千早ちゃん。

たくさんの人の心を揺さぶる『歌』を持ってる。

『想い』が鋭敏で、感情の影響を受けやすい。

力が外に向かわず、自分を傷つけてしまうことがある。


あずささん。

『想い』の器がとても大きくて、少しお母さんに似てる。

均衡が崩れて、力が器から溢れ出すことがある。

瞬間的に空間を歪めてしまうほど強い。

 ─ 夜 さくらの部屋 ─


さくら「お風呂、お先~」

キィ「……」

さくら「なにしてんの、キィ?」

キィ「ん……」

さくら「プロフィールとにらめっこ? みんなの名前ぐらい、もう憶えたでしょ」

キィ「うん。みんなのこと、だいたいわかったよ」

さくら「は?」

キィ「お願いがあるんだけど」

さくら「お願い? ま~た、嫌な予感が……」


 ───

 ──

 ─

 ─ 翌日 765プロ事務所 ─


P「つまり、ユニットを組みたいってことか?」

キィ「はい」

さくら「ごめんなさい。新入りなのに生意気なこと言って」

P「いや、それはかまわないけど」

さくら「キィったら、どうしてもって聞かなくて」

P「どうしてもなのか?」

キィ「……」コクッ

P「キィがこういう自己主張をするって、珍しいな」

さくら「この子、意外と頑固なんです……」

P「それで、誰とユニットを組みたいんだ?」

キィ「千早ちゃんとあずささんです」

P「千早とあずささんか……」

さくら「もちろん、ダメならダメでかまいませんから」

キィ「……」

P「うん、面白いかもな」

さくら「え?」

P「元々ユニットは考えてたんだ。人選で迷ってたが」

さくら「そうなんですか」

P「キィなりに考えてのことだろ?」

キィ「はい」

さくら「どうだか……」

P「二人の返事次第だが、結成の方向で進めてみるよ」

さくら「あ、ありがとうございます」

キィ「ありがとうございます」

 ─ 翌日 765プロ事務所 ─


千早「ユニットですか?」

あずさ「私と千早ちゃんとキィちゃんで?」

さくら「ごめんなさい、突然で」

キィ「……」

P「どうかな?」

あずさ「私はかまいませんよ。一人より三人のほうが楽しそうだし」

P「千早は?」

千早「プロデューサーの決定なら従います」

P「そうか」

さくら「ありがとうございます!」

P「それと……さくら」

さくら「はい?」

P「お前にプロデュースを任せてみたいんだが、どうだ?」

さくら「わ、私が!? 無理ですよ!」

P「無理?」

さくら「こんな新入りが、あずささんや千早さんのプロデューサーなんて偉そうなこと……」

千早「……」

あずさ「さくらちゃん、それは……」

P「キィとさくらが来るまで、ここで一番新参だったのは俺だ」

P「でも、今偉そうにみんなのプロデューサーをやってる」

さくら「あ、いや……」

千早「プロデューサーだって、最初から信頼されてたわけじゃないですよ」

P「おいおい、本人の前で言うか?」

千早「今は信頼してます。私だけじゃなく、みんなも」

千早「同じことができないって、自分で決めつけるんですか?」

さくら「千早さん……」

あずさ「私たちだってまだまだこれからなんだから、一緒に成長していけばいいのよ。ね?」

さくら「あずささん……」

P「もちろん、いきなり全部やれとは言わない。俺や律子もフォローする」

さくら「はい……」

キィ「キィも新入りだから、さくらちゃんだけじゃないよ」

さくら「キィが一番不安なんだよ」

キィ「さくらちゃんには言われたくない」

さくら「……」

キィ「……」

あずさ「あらあら」

千早「ふふっ、前途多難ですね」

P「よし、決まりだ。頼んだぞ、さくら」

さくら「はい!」

あずさ「よろしくね。千早ちゃん、キィちゃん、さくらちゃん」

さくら「よろしくお願いします! あずささん、千早さん」

千早「ええ、こちらこそ」

キィ「キィは?」

さくら「キィもだよ!」

 ─ ロケ現場 ─


律子「あずささんは現地集合じゃなく、迎えに行かないと……」

さくら「ごめんなさい……」

律子「知らなかったのはしょうがないわ。すぐに探しに……」

キィ「大丈夫、です」

律子「あのね、キィは簡単に見つけられるだろうけど……」


あずさ「おはようございます」

律子「え!?」

さくら「あずささん、おはようございます!」

あずさ「あら? 遅くなりましたか?」

千早「いえ、まだ余裕ありますよ」

律子「あずささん、迷わなかったんですか?」

あずさ「はい、おかしいですよね」

千早「それが普通です」

律子「そ、そうね……たまにはそんな日だって」

千早「最近は、いつもこうよ」

律子「ええ!?」

あずさ「ユニットを組んでからでしょうか。不思議と迷子にならなくなったんです」

律子「は、はあ……」

キィ「……」

さくら「だから、私も特に気にしてなかったんですけど……」

律子「……なにがあったの?」

千早「私に聞かれても……」

さくら「キィから特殊な電波でも出てるんですかね?」

あずさ「だったら私、誘導されちゃってるのかしら。うふふ」

キィ「キィはロボットだけど、変な電波は出てません」

さくら「冗談だってば」

器から溢れ出た『想い』の力が悪さをしないように、キィの力で少し抑えてるだけ。

といっても、たぶんわかってもらえないと思います。

キィには、上手く説明できる自信がありません。


この状態を維持していれば、あずささんの力は安定するはずです。

空間が歪んでいるのに、どうして今まで迷子で済んでいたのか、キィにはわかりません。


キィは、お母さんほど上手に力を使えないので、『想い』のバランスをとるのはとても疲れます。

でも自分で決めたことは、最後までやらなければいけません。

そうしないと、中途半端な人間になってしまうからです。


人間って、大変です。

 ─ レコーディング ─


スタジオP「千早ちゃん、声出てないよ」

千早「……」

あずさ「千早ちゃん、大丈夫?」

千早「大丈夫です。もう一度……」

さくら「ごめんなさい。少し休憩を頂いていいですか?」

スタッフ「はい、じゃあ休憩入りまーす」

千早「厨川さん、勝手なことしないで」

さくら「休憩が必要かどうかは、プロデューサーの私が判断します」

千早「……」

あずさ「私も、少し休んだほうがいいと思うわ」

千早「……わかりました」

キィ「千早ちゃん……」

千早「ごめんなさい、少し一人にさせて」

キィ「……」

さくら「ほら、キィ」

キィ「うん……」

さくら「千早さん、さっき着信があったみたいだよ」

千早「ありがとう」

千早「……あの人、また」

あずさ「え?」

千早「ちょっと、外に出てます」

さくら「え、ええ……どうぞ」

あずさ「どうしたのかしら?」

キィ「……」

千早「もう連絡してこないでって言ったでしょ」

千早「いまさら勝手なことを……」

千早「……」

千早「あなたが母親なんて……!」

千早「……!」

千早「もう私に関わらないで!」

千早「さようなら!」

千早「……」

千早「なんで今頃になって……」


キィ「……」

千早「巳真さん?」

キィ「うん」

千早「……聞いてたの?」

キィ「途中からだけど」

千早「そう、別に隠すつもりはないわ」

キィ「お母さん?」

千早「そうね、母親だった人よ」

キィ「……」

千早「娘を捨てた人を、母親なんて呼べないもの」

キィ「キィには、よくわからないけど」

千早「だったら、立ち入ってほしくはないわ」

キィ「……」

千早「もういいでしょ。つまらない話だから、忘れて」

キィ「……ダメだよ」

千早「え?」

キィ「千早ちゃん、泣いてる。どうでもいいなんて思ってない」

千早「泣いてる? バカなこと言わないで」

千早「私が、いつ……」

キィ「千早ちゃんの心が、痛いって……苦しいって言ってるよ」

千早「……!」

キィ「お母さんを傷つけて、自分も傷ついてる」

千早「……」

キィ「そんなの、ダメだよ」

千早「ふざけないで! あなたになにがわかるの?」

キィ「……」

千早「……」

キィ「わからない、キィには……」

千早「そうよ、わかるわけない」

キィ「だって、キィには……」


さくら「キィ、もういいよ」

キィ「さくらちゃん……」

千早「……」

さくら「あとは私が……。キィはレコーディングに戻って」

キィ「うん……お願い、さくらちゃん」

さくら「任せなさいって」

千早「巳真さんの次は厨川さん?」

さくら「見習いだけど、これでもプロデューサーですから」

千早「私は戻らなくていいの?」

さくら「今日はキィとあずささんのソロパートだけってことにしてもらったわ」

千早「そう……」

さくら「ご不満?」

千早「いいえ。歌が歌えないなら、私なんかいてもしょうがないもの」

さくら「大袈裟ねぇ」

千早「あなたも知ったふうなことを言うのね」

さくら「うん、まあ……たしかに千早さんのことはよく知らないわね」

千早「……」

さくら「だから、これは独り言。聞きたくなければ聞かなくてもいいよ」

千早「話したければ、どうぞ」

さくら「キィはね……お母さんいないんだ」

千早「え?」

さくら「あ、ロボットだからじゃないよ。あれはキィの思い込み」

千早「ええ」

さくら「キィが生まれてすぐ亡くなったって」

千早「そう……だったの」

さくら「だからって、同情を押し付けるつもりはないよ」

さくら「ただ……千早さんのつらさがわかってあげられなくて、キィは悔しいんだと思う」

千早「私は、わかってほしいなんて……」

さくら「そう思われるだけでも迷惑?」

千早「……」

さくら「……」

千早「そんなこと、ないけど……」

さくら「じゃあ、次は私の不幸自慢」

千早「厨川さんの?」

さくら「私の両親ね……私を置いて蒸発しちゃったんだ」

千早「え……」

さくら「父親は私が小学校に上がる前、母親は中学の頃」

千早「……」

さくら「理由はあるんだろうけど……そんなのわかりたいとは思わないよね」

さくら「捨てられたことに変わりないんだから」

千早「そうね……」

さくら「千早さんとは事情が違うから、私ならわかるなんて言わないよ」

千早「……」

さくら「でもさ、そういうときに友達がそばにいてくれるだけでも、全然違うと思う」

千早「友達……」

さくら「キィはああいう子だから、慰めたり励ましたりなんてしないけど……」

さくら「あれでも、私は結構助けられてる」

千早「……」

さくら「千早さんにとって、キィは友達じゃない?」

千早「そんなこと! ……ない」

さくら「……」

千早「私は、そういうの……よくわからないから」

千早「でも、そう思ってくれてるのなら……やっぱい嬉しい」

さくら「うん」

千早「巳真さんだけじゃなく、厨川さんもね」

さくら「え……あ、ありがと」

千早「ふふっ」

さくら「じゃあ、今日はしっかり休んで、明日に備えて」

千早「ええ」

さくら「私でよければ、いつでも話を聞くからね」

千早「わかったわ、厨川プロデューサー」

 ─ 翌日 765プロ事務所 ─


さくら「おはよう、千早さん」

千早「あ……おはよう、厨川さん」

さくら「キィ、もう来てるよ」

千早「え……うん」

さくら「どしたの?」

千早「昨日の私の態度……怒ってないかしら」

さくら「あはは、キィに限ってそれはないって」

千早「そう……」

さくら「怒りはしないけど、話してあげないと悲しむよ」

千早「そうね……うん」

さくら「がんばって」

千早「あの、巳真さん……」

あずさ「あら、千早ちゃんおはよう」

千早「おはようございます」

キィ「……」ジー

千早「巳真さん?」

キィ「……」ジー

千早「ああ、やっぱり怒ってるんじゃ……」

キィ「キィだよ」

千早「え?」

あずさ「?」

キィ「キィはキィだよ」

千早「なにいって……」

キィ「……」

千早「ねえ、巳真さん?」

キィ「キィ」

千早「……」

キィ「……」

あずさ「あらあら……」

千早「キィって呼ばないと話もできないの?」

キィ「今、キィって呼んだ」

千早「いや、今のは……」

キィ「……」ジー

千早「う……」

あずさ「ねえ、千早ちゃん?」

千早「あずささんまで……」

キィ「……」ジー

千早「ああもう、わかったわ」

キィ「……」

千早「ええと……キィ」

千早「……これでいいのね?」

キィ「うん、千早ちゃん」

あずさ「よかった、うふふ」

千早「もう……ふふっ」

今日のレコーディングは、いつもの千早ちゃんの『歌』が戻ってました。

キィは、千早ちゃんの『歌』がとても好きです。


お母さんのことは、すぐには解決しないかもしれないけど。

今度、ちゃんと話をしてみるって言ってました。


一歩ずつ、手さぐりだとしても、きっとわかりあえるとキィは思います。

キィだって、少しずつだけど千早ちゃんと仲良くなれたんだから。


そういえばさくらちゃんも、千早ちゃんから名前で呼ばれてました。

キィだけなんてずるいからだって。

便乗するさくらちゃんのほうがずるいと思います。

 ─ 就業中 765プロ事務所 ─


さくら「ふぅ……」

小鳥「さくらちゃん、お茶淹れたから、こっちで一服しましょう」

さくら「ありがとうございます、小鳥さん」

 フラ……

さくら「うわっ……とと」

小鳥「だ、大丈夫?」

さくら「ん~……最近、たまに貧血気味になるみたいで」

小鳥「具合悪いなら、今日は休んだら?」

さくら「そこまでじゃないですよ。座りっぱなしだったからかな」

さくら「んんっー……!」ググッ

さくら「うわっ、体が軋む音が……」

小鳥「わ、私じゃないわよ?」

さくら「あはは、私ですって」

小鳥「ごめんね、手伝ってもらっちゃって。さくらちゃんだって忙しいのに」

さくら「いえいえ、忙しいのはみんなそうですから」

小鳥「そうね……」


貴音「ですが、あまり無理はいけませんよ」

さくら「え?」

小鳥「た、貴音ちゃん!? いたの?」

貴音「ええ、先ほどから」

さくら「いつのまに……」

小鳥「じゃあ、貴音ちゃんの分もお茶淹れるわね」

貴音「お願いします」

小鳥「キィちゃんはどう?」

さくら「千早さんと仲良くなったみたいで、嬉しそうにしてましたよ」

小鳥「あら、それはこっちまで嬉しくなるわね」

さくら「不覚にも、私もです」

貴音「ふふっ」

小鳥「でも、よくわかるわね。キィちゃん、全然顔に出ないのに」

さくら「なんとなくですけどね。あれで、なにも感じてないってわけじゃないみたいですから」

貴音「……」

小鳥「ふぅん、さすが幼なじみね」

さくら「中学からだから、幼なじみってほどでもないですけどね」

さくら「ここのみんなにはすぐに馴染んじゃって、そっちのほうがびっくりですよ」

小鳥「そう? キィちゃん、無口だけどいい子でしょ」

さくら「それは、まあ」

貴音「そうですね。とても友達思いで、皆のことをよく見ていると思います」

さくら「貴音さん……」

貴音「……隠し事もあるようですが」

小鳥「隠し事?」

貴音「いえ、それはキィだけではありませんね」

さくら「私? 私はなにもないと……思いますよ」

小鳥「わ、私だって!」

貴音「冗談です。ふふっ」

小鳥「もう、貴音ちゃんったら」

さくら「……」

 ─ オフ日 駅前 ─


響「高校生組+2!」

春香「765プロ女子会!」

真「おーーー!」

雪歩「お、おー……」

千早「……」

キィ「……」

さくら「……」

春香「ちょっ、そこは一緒に盛り上がってくれないと」

千早「人込みでそれは無理」

雪歩「私も……ちょっと恥ずかしいかも」

響「そ、そうかな?」

春香「だ、騙されちゃダメだよ、響ちゃん!」

さくら「あはは」

真「さくらは、こういうノリに慣れてそうだけど」

さくら「そう? 同世代の子たちと遊びに行くことなんて、全然なかったからな~」

響「へ~、意外」

さくら「キィと遊びに行っても、そういうノリにはならないしね」

キィ「さくらちゃんは、結構はしゃいでたと思う」

さくら「あんたが喋らないだけでしょ」

春香「あはは、ほんとに仲いいよね」

さくら「そうかな?」

キィ「わかんない」

千早「……ふふっ」

春香「お、千早ちゃんがお姉さんモードで生暖かく見守ってる」

千早「な、なに言ってるのよ」

真「キィとさくらって、ボクと同い年だよね」

さくら「学年でいうとそうなるかな」

キィ「雪歩ちゃんも?」

雪歩「そうだよ、今年18歳」

響「キィって、この中で一番年下に見えるけどね」

春香「響ちゃんがそれを言う?」

響「どういう意味?」

春香「ん?」

響「んん?」

千早「まったく……」

キィはさくらちゃんしか友達がいなかったから、みんなでお出かけなんてしたことありません。

さくらちゃんも、そうだって言ってました。


上京してからも、同世代の友達は全然いなかったそうです。

春香ちゃんたちとはすぐに仲良くなったのに、不思議です。


みんなはキィを友達だと思ってるのかな。

わかりません。


一緒にいて楽しいと思えるのが友達、だそうです。

キィと一緒にいても楽しくないんじゃないかと、自分では思います。

さくらちゃんは、なんでキィの友達になったんだろ。


でも……キィは、さくらちゃんやみんなと一緒にいるのは楽しいです。

みんなも、そうだといいな。

春香「よし、そろそろ今日のメインイベント……」

キィ「?」

さくら「?」

響「キィ&さくら改造計画!」

真「おーーー!」

雪歩「お、おー」

千早「……」

キィ「……」

さくら「……」

春香「だからー、ここは盛り上がるところだってば!」

さくら「いや、改造計画って?」

響「雪歩がどうしても二人をプロデュースしたいって」

雪歩「どうしてもなんて言ってないよ! ただ、もうちょっと可愛いお洋服を着せてみたいなぁって」

真「ボクにはあの仕打ちなのに……」

春香「あはは……それはおいといて」

雪歩「ダメかな?」

さくら「選んでもらっても、可愛い服なんて着る機会ないよ?」

真「デートとか?」

さくら「で、デートなんて相手いないし! ねえ?」

キィ「うん、キィはいないよ」

響「キィは?」

真「ほう?」

さくら「私だっていないってば!」

キィは、あまりお洋服を持ってません。

さくらちゃんは、キィと比べたらおしゃれです。

でも、春香ちゃんや雪歩ちゃんみたいな女の子らしい服は苦手だって言ってました。


さくらちゃんはスタイルがいいので、どんな服でも似合うと思います。

キィは……。


人間の神様は不公平で、とても残酷です。


千早「諦めたらそこで終わりよ、キィ」

キィ「そうだよね、千早ちゃん」

さくら「なに意気投合してんのよ……」

春香「はいはい、千早ちゃんもこっち」

千早「え?」


千早ちゃんも、キィたちと一緒に改造されるみたいです。

「聞いてない」って、最後まで抵抗してました。

ツインテールがすごく可愛いと思います。


さくらちゃんは、響ちゃんが選んだコーディネートがお気に入りみたいです。

美希ちゃんみたいな服も似合うと思うけど、「それだけは無理」と20回ぐらい言ってました。


キィは、もう何回着替えたのか憶えてません。

結局、さくらちゃんが選んだコーディネートが一番似合うって、みんな感心してました。

なんだか嬉しいです。


真ちゃんだけは、必ずヒラヒラフリフリした服を選んでました。

フェミニンって言ってたけど、キィにはよくわかりません。

春香「今日は楽しかったね」

キィ「うん、みんなも?」

さくら「もちろん」

響「友達で集まってるんだから、楽しいに決まってるさー」

キィ「友達……」

真「そうだよ」

雪歩「また一緒に遊びに行こうね」

キィ「うん……」

千早「着せ替えで遊ばれるのは、もうこりごりだけど」

さくら「あはは、それは私も勘弁」

春香「今日はお買い物だったから、次は遊園地だね」

響「夢の国に行きたいかー!」

真「おーーー!」

さくら「おーーー!」

キィ「おー」

雪歩「お、おー」

千早「……」

春香「そうそう、そのノリだよ!」

真「キィとさくらもわかってきたみたいだね」

千早「考え直してキィ、さくらさん……」

 ─ 就寝前 さくらの部屋 ─


さくら「ふわぁ……」

さくら「今日は疲れたから、よく眠れそうだわ……」

キィ「楽しい時間って、あっという間なんだね」

さくら「おやおや、らしくないこと言っちゃって」

キィ「おかしいかな?」

さくら「ううん、私もそうだよ」

キィ「そう、よかった……」

さくら「キィだって疲れたでしょ。早く寝なよ」

キィ「うん……」

さくら「……」

キィ「さくらちゃん、まだ起きてる?」

さくら「なに? 眠れないの?」

キィ「うん、そっちで一緒に寝ていい?」

さくら「はぁ?」

キィ「ダメ?」

さくら「子供じゃないんだから……」

キィ「……」

さくら「ああもう、ダメって言ってもどうせ聞かないんだから」

さくら「ほら、寒いから早く入って」

キィ「おじゃまします」

さくら「そんなすみっこじゃ布団が掛からないでしょ。もっとこっち来なよ」

キィ「うん……」

さくら「なにが悲しくて、女同士で添い寝なんか……」

キィ「ごめんなさい」

さくら「いいよ、別に」

キィ「さくらちゃん、あったかい」

さくら「そりゃ、生きてるんだからさ」

キィ「……」

さくら「なに、黙っちゃって。もう寝たの?」

キィ「ううん。キィはロボットだから冷たいのかな」

さくら「ずいぶん甘えん坊なロボットだこと」

キィ「……」

さくら「キィだってあったかいよ。ほら……」ギュッ

キィ「うん……」

さくら「おやすみ、キィ……」

キィ「おやすみなさい、さくらちゃん……」


 ───

 ──

 ─

 ─ 仕事後 社用車内 ─


キィ「すぅ……」zzz

あずさ「あら」

さくら「くぅ……」zzz

あずさ「あらあら~」

伊織「座った途端に寝ちゃったわ」

千早「両手に花ですね、あずささん」

あずさ「そうね~、うふふ」

律子「最近、仕事が一気に増えたから疲れが溜まってるのよ」

あずさ「ええ、事務所に着くまで休ませてあげましょう」

やよい「そうですね!」

やよい「あ、おっきい声出しちゃダメでした……」

伊織「その程度じゃ起きないわよ」

千早「ふふっ」

あずさ「二人ともよく寝てる」

やよい「あずささんに寄りかかってて、気持ちよさそうですね」

あずさ「やよいちゃんもくる?」

やよい「いいんですか?」

伊織「場所が無いでしょ」

やよい「そうでした……」

あずさ「やよいちゃんはまた今度、ね?」

やよい「はい……」

キィ「お母さん……」zzz

あずさ「あら……」

千早「……」

伊織「ずいぶん大きな子持ちね、あずさ。にひひ」

あずさ「伊織ちゃん?」

伊織「え?」

あずさ「後で少しお話ししましょうね」ニコッ

伊織「!?」ビクッ

律子「まったく、バカなんだから……」

千早「キィのお母さんって……」

律子「ええ、私も詳しくは知らないけど、キィが生まれてすぐ亡くなったって」

あずさ「そうだったの……」

やよい「キィさん、可愛そうです……」

千早「……」

伊織「だからって、同情するのは失礼だと思うわ」

やよい「え?」

律子「そうね……キィは泣き言なんて言ってないんだから」

千早「ええ……」

やよい「なんだか、難しいです……」

伊織「今まで通りでいいってことよ」

やよい「うん……」

あずさ「……」

千早「……」

律子「はいはい、そんなしんみりしないで。事務所に戻ったら、プロデューサーから重大発表があるそうだから」

四人「「?」」

 ─ 765プロ事務所 ─


 ザワザワ

春香「ど、ドームライブですか!?」

P「ああ」

響「ドームって……あのドームだよね?」

P「もちろん」

真「すごいや……」

雪歩「うん……」

春香「千早ちゃん、ドームだって! ドーム!」

千早「ええ、聞こえてるわ春香」

キィ「すごいことなの?」

さくら「あたりまえでしょ! ドームっていったら、何万人キャパがあるか……」

キィ「何万人……」

さくら「でも、私にまで内緒なんて」

亜美「りっちゃんは?」

律子「私も、今日聞かされたばかりよ」

P「契約上、社長と俺以外には極秘だったんだ。すまない」

さくら「あ、いえ」

真美「兄ちゃん、そのライブいつ?」

P「来月だ」

一同「「おお!」」

美希「楽しみだね、デコちゃん♪」

伊織「そうね。ていうかデコちゃんいうな」

P「スケジュールにリハーサルが入るから忙しくなるが、みんな頼むぞ」

一同「「はい!」」

ドームのキャパシティは5万人です。

キィは、一度行ったことがあるので、本当は知っています。


おじいちゃんが言ってた3万人より、2万人も多い。

もしステージに立てたら、キィはきっと人間になれるでしょう。

ううん、今度こそならなきゃいけないんだと思います。


でも、キィはもう少しだけロボットでいます。

キィが自分で考えて、自分で決めたことです。

キィは、まだ上手に歌えません。

上手に踊れません。

このままじゃ、みんなの邪魔になるだけです。


吊木先生のレッスンを、もっとちゃんと受けておけばよかった。

そう思っても、ちゃんとやらなかったキィが悪いだけです。


ドームライブまで、あと一ヶ月しかありません。

でも、まだ一か月あります。


一人前のアイドルになれるように、キィは頑張ります。


みんなと同じステージに立てるように。


 ───

 ──

 ─

 ─ 一ヶ月後 街中 ─


さくら「ふぅ……」

さくら「もう、こんな時間か。早くドームに行かないと」

 フラ……

さくら「……!」

さくら「やだな、まただ……」

さくら「仕事が一段落したら、病院行こうかな」


州一「よっ」

さくら「え? あ、三和土さん」

州一「仕事中?」

さくら「はい。もうすぐドームライブなんで大忙しですよ」

州一「いよいよドームか。半年前までは、まだ無名な子たちばっかりだったのになぁ」

さくら「ほんとすごいですよね。この調子なら、みんなトップアイドルだって」

州一「ここから上に行くのは、そんなに甘くないぞ?」

さくら「わかってますって。まだ半人前だけど、私だってプロデューサーなんですから」

州一「謙遜しなくていい。もう一人前のプロデューサーだよ」

さくら「そんな……へへっ///」

州一「キィちゃんも、最近がんばってるね」

さくら「そうですね。みんなには、まだまだ追いつけませんけど」

州一「美浦のファンクラブ仲間だった連中が、今度はキィちゃんのファンクラブを作ろうって言ってるよ」

さくら「キィのファンクラブ? へ~」

州一「ドームでもキィちゃん見られる?」

さくら「あ~……それは」

州一「?」

さくら「三和土さんだから教えますけど、内緒にしておいてくださいね?」

州一「それはもちろん。なにかあるの?」

さくら「キィのシングルのお披露目ってことで、ソロのステージを入れようって」

州一「マジで?」

さくら「マジです!」

州一「デビューから3カ月でそこまでいったかぁ。大したもんだ」

さくら「本人は、わかってるのかわかってないのかって感じですけどね」

州一「そういうキャラが受けてるんだから、それでいいんだよ」

さくら「そうですね」

州一「あのキィちゃんがなぁ……ははは」

さくら「……」

州一「ファンクラブの連中に話せないのが残念だよ」

さくら「もう、キィのことばっかり……」

州一「ん? なに、ちゅうかわさん?」

さくら「ちゅうかわじゃなくて『くりやがわ』ですっ!」

州一「ああ、ごめん」

さくら「間違うぐらいなら、さくらって呼べばいいのに……」

州一「え?」

さくら「なんでもないですよ! バーカ!」

 タタタッ

州一「お、おい!?」

州一「どうしたってんだ?」


玉利「修羅場かい、色男?」

州一「は?」

玉利仙市(たまり せんいち)

 アダルトビデオメーカー『V&A』の社長。
 蛙杖ともパイプがあり、当時13歳の鬱瀬美浦をスカウトして売り込んだのが玉利である。

 堅気とは言いがたく、上京したばかりのキィを本業の撮影目的でスカウトした(が未遂)。
 後に美浦の秘密を知ったことで蛙杖に命を狙われ、偶然居合わせたキィにより救われる。

玉利「よう、ひさしぶり」

州一「あんた……玉利さん」

玉利「おうよ。憶えててくれたか」

州一「なんの用だ? またキィちゃんになにか……」

玉利「おいおい、よしてくれ。そっちの稼業はもう足を洗ったんだ」

州一「……」

玉利「今はもう善良な一市民で、ロボ子ちゃん……いや、キィちゃんの一ファンさ」

州一「よく言うぜ」

玉利「へっ……ところでよ」

州一「なんだ?」

玉利「一緒にいた子……ありゃあピザ屋さんじゃねえのか?」

州一「ピザ屋? ああ、厨川さんのことか」

玉利「そうそう、その厨川さくらちゃん。俺の見間違いじゃねえんだな」

州一「?」

玉利「なあ、おかしいじゃねえか」

州一「なにが?」

玉利「あの子は……死んだはずだろ?」

州一「は?」

州一「なにをバカな……」

玉利「……」

州一「そんな……こと……」

玉利「俺もな、最近まで忘れてたんだ」

州一「……」

玉利「……」

州一「なんで……」

玉利「気持ちはわかるぜ」

州一「……」

玉利「俺だって、こんなこと思い出したくもなかったからな」

州一「ちゅうかわさん……さくらちゃんは……殺された」

玉利「そうだ、蛙杖の野郎にな。あんたは見たはずだろ」

州一「……」

玉利「……」

州一「だったら、あのさくらちゃんは……?」

玉利「俺が聞きてえ。何者なんだよ?」

州一「さくら! キィちゃん!」

玉利「お、おい!?」

蛙杖仁策(あじょう じんさく)

 アジョーグループ総帥。戦時中、無人兵器の開発を企図し、協力を要請したことで巳真武羅尾と因縁ができる。
 一代でアジョー重工を立ち上げ世界的な巨大企業にまで育て上げるが、それもすべてロボット兵器の実用化を成就するためである。

 極めて利己的かつ独善的な老人であり、目的のためにはどのような非道・非合法な手段も厭わない。
 表向きは事故死とされる武羅尾の死因も、真相は蛙杖による大量の薬物投与によるものである。
 『巳真の娘』キィとの度重なる衝突により甚大な損害をこうむっており、これを武羅尾の復讐と考え過度に恐れている。

 鬱瀬美浦の所属する『プロダクション・ミノス』のオーナーでもある。
 ライブを利用して美浦を模した女性型ロボットの稼働試験を行うなど、これもロボット兵器開発の一環である。


PPOR

 アジョー重工にて開発中のロボット兵器。基礎理論はほぼ巳真武羅尾の研究成果により成されている。
 正式名称は『サイコロジカル・パワー・オペレイテッド・ロボット』。関係者の間では『サイプ』と略称されることもある。

 巨躯で筋骨隆々の成人男性を模した外観の、人型の二足歩行ロボット。
 単独のオペレーターでも複数台の同時遠隔操作が可能で、無人兵器としての運用が想定されている。
 『美浦』や『紅子』のような女性型も存在する。

 不特定の要因で機能不全に陥ることが多々あり、稼働させるための制約も多いので、兵器としての実用化には程遠い。
 極秘裏での開発でありながら、たびたび人目のある街中でも試験運用されている。
 その際はトレンチコートとベレー帽着用で偽装される。

 ─ 765プロ事務所前 ─


 ドンドンッ

州一「さくらちゃん! キィちゃん!」

州一「なんだよ、誰もいないのか!?」

玉利「落ち着けよ」

州一「あんただって知ってるだろ! 美浦そっくりのロボットを!」

玉利「あの子もロボットだっていうのか?」

州一「わかんねえよ、そんなの! でも、もしそうだとしたら……」

玉利「だから落ち着けって」

州一「これが落ち着いてなんか……!」

玉利「蛙杖は死んだ。間違いねえ」

州一「……なに?」

玉利「蛙杖だけじゃない。あのロボットに関わってた連中はほとんどな」

州一「……」

玉利「まだ生きてるんだから、俺らは運がいいんだろうぜ」

州一「なんで、あんたがそんなことを?」

玉利「そういう話は嫌でも耳に入ってくるんだよ。商売柄な」

州一「……なにが善良な一市民だよ」

玉利「んなことより……」

 ビビーッ ビビーッ

玉利「なんだぁ?」

州一「若木さんの端末?」

玉利「何事だよ?」

州一「!? これは……」

玉利「光点が……移動してるみてえだな」

州一「おい!」

玉利「あぁ?」

州一「蛙杖が死んだって、本当かよ!?」

玉利「あ、ああ」

州一「だったら、なんでまたこいつが動き出してるんだよ!」

玉利「はあ?」

州一「くっ……!」

玉利「こいつって……おい、冗談だろ?」

州一「冗談で済むように祈っとけ!」

若木の端末

 ノート型のハンドメイドの端末。
 強い『想い』の放出を捉え、キィの一時的な覚醒やPPORの稼働を察知するのに使われる。
 また、PPORのシステムに干渉し強制停止させる機能なども持つ。

ちょっと中断します

 ─ 30分前 ドーム・控室 ─


律子「みんな、セットリストは頭に入ってるわね」

律子「全体でのリハーサルは今日が最後よ。本番同様に気を引き締めてね」

一同「「はい!」」

真美「兄ちゃんは?」

律子「こちらの担当の方と打ち合わせ中。プロデューサーが戻ったら始めるわ」

美希「じゃあ、それまでミキはお昼寝してるの」

律子「あとで説教してほしいなら、どうぞ」

美希「え~」

春香「さくらさんもいないね」

キィ「さくらちゃんは、キィたちのスケジュール調整が終わったら来るって言ってたよ」

春香「そっかぁ、プロデューサーさんの補佐も大変だね」

真「ドームの屋根って、もう治ってたんだ」

響「キィがうちに来るちょっと前だったっけ? 原因不明で破損したのって」

キィ「うん、そう」

やよい「来シーズンから野球の試合も再開されるみたいですよ」

雪歩「大丈夫なのかな?」

伊織「改善はされてるでしょ」

律子「そのへんもプロデューサーが確認してるわ。みんなはリハーサルに集中して」

一同「「はーい」」

 コンコンッ

真「あ、はーい! プロデューサーですか?」

??「……」

真「あれ?」

亜美「返事が無いね?」

雪歩「誰だろ?」

 ドンドンドンッ!

雪歩「ひっ!?」

キィ「?」

伊織「うるさいわね! なんなのよ!」

美希「む~……お昼寝のジャマしないで」

 ガチャガチャッ!

真美「む、無理やり開けようとしてない?」

亜美「うん……」

貴音「狼藉者ですか?」

伊織「どこの誰よ! 名乗りなさい!」

雪歩「こ、怖いですぅ……」

 バキィ!

雪歩「ひぃぃぃぃぃ!?」

響「ドアが……!?」

??「……」

キィ「!?」

春香「ど、どちらさまでしょうか?」

??「……」

キィ「どうして、ここに……」

貴音「真っ当な訪問者ではなさそうですね」

春香「ロボットみたいに見えるんだけど、気のせいかな?」

響「な、中に誰か入ってるだけじゃ……」

キィ「ロボットだよ。でも……」

キィ(『想い』の力は感じない……?)

あずさ「知ってるの、キィちゃん?」

キィ「みんな、キィから離れて」

あずさ「え?」

キィ「たぶん、キィを狙って……」

??「……」ギギギ

春香「動いた!?」

律子「なにしてるの、キィ! 逃げなさい!」

キィ「キィは大丈夫」

千早「バカなこと言わないで! 早く!」

??「……」ググッ

キィ「千早ちゃん、危ない!」バッ

千早「え? きゃあっ!」ドサッ

??「……」ブンッ

 ドゴォ!

雪歩「うそ……」

亜美「ベンチが……壊れちゃった?」

真美「ホントにロボット?」

キィ「千早ちゃん、大丈夫?」

千早「え……ええ、ありがとうキィ」

伊織「真、出番よ!」

真「無茶言わないでよ!」

キィ「みんな、お願いだから離れて」

千早「キィ……」

貴音「あれは……電気仕掛けの人形ですね」

キィ「電気仕掛け?」

貴音「ええ、おそらく」

キィ「そうか、知葉ちゃんを襲った……」

貴音「はい?」

キィ「貴音さん、止められる?」

貴音「無理です。が、皆を守るだけなら」

キィ「お願いします」

貴音「わかりました」

??「……」ギギギ

たぶん、何ヶ月も放置されていたからでしょう。

動くたびに、関節がキィキィと軋んでます。

全力で走れば、逃げられそうです。


でも、このロボットはキィを狙っています。

ここで、止めなきゃいけません。

ううん、キィが止めてあげないと。


電気で動くロボットに対して、キィができるのは足止め程度です。

おじいちゃんか知葉ちゃんに、停止方法を聞いておけばよかった。

キィ(知葉ちゃん、どうすればいい?)

キィ(……え?)

キィ(この感じ……)

キィ(……)

キィ「そこに……いるの?」

千早「え?」

キィ「……」

キィ「そう……なら、動きなさい!」

千早「キィ?」

あずさ「ど、どうしたのキィちゃん?」

キィ「急いで!」

あずさ「キィちゃん!?」

貴音「大丈夫です。あずさもこちらへ」

あずさ「でも!」

キィは、とても大きな『想い』の力を使うことができます。

だからキィが強い力を使うと、それだけ周囲の『想い』に影響を与えます。


『想い』を持つ者。

人間、動物、命あるものすべて。


あるいは、命は無くても『想い』で動くもの……。


お母さんや、おばあちゃんたちがやってきたこと。

とても大きくて重い金属の塊だけど、キィならできるはずです。

??「……」ググッ

キィ「……!」

千早「キィ、よけて!」

あずさ「キィちゃん!」

キィ「……間に合った」

千早「え?」

貴音「……なんと」


PPOR「……」ガシッ

??「……」ギギ

春香「ロボットが……また増えたぁ!?」

雪歩「もうダメぇ……」フラッ

真「ちょっ、雪歩!?」

キィ「大丈夫、これはキィが動かしてるから」

春香「キィが!?」

千早「そんなこと、なんで……」

キィ「今は説明してられない」

PPOR「……」グググ

??「……」ギ…ギギ

キィ「貴音さん、律子さん! みんなを連れて、早く!」

貴音「わかりました」

律子「ほら、千早も早く!」

千早「でも……!」

あずさ「キィちゃん!」

キィ「あずささんも!」

P「な、なんだ!?」

さくら「なんで……あのロボットがいるの!?」

キィ「さくらちゃん!?」

律子「プロデューサー、説明は後です!」

P「ええ!?」

さくら「あ……ああ」ガクガク

P「さくら? どうした!?」

さくら「う……あぁぁ……あぁあぁぁ」ガクガク

貴音「これは……」

キィ(いけない! さくらちゃんの近くで強い力を使ったら……!)

キィ「くっ……!」

PPOR「……」プシューーー

キィ(『想い』が散った……もう動かない)

??「……」ドガッ!

PPOR「……」ベキッ

真「こ、壊れた……」

響「ホントにロボットだったんだ……」

キィ「みんな、早く逃げて!」

さくら「……」

 パァァァァ……

P「なんだ、眩しい……!」

キィ「さくらちゃん……?」

春香「あれ? なんか力が……」バタッ

真「う、うん。急に……」バタッ

真美「うあ、ダメっぽい……」バタッ

亜美「亜美も……」バタッ

千早「さ、くら……」バタッ

あずさ「……」バタッ

キィ「みんな!?」

響「……」

雪歩「……」

伊織「……」

美希「……」

やよい「……」

律子「……」

P「……」

キィ「どうしたの、みんな!?」

貴音「大丈夫、気を失っただけです」

キィ「どうして……」

貴音「それより……あなたは誰ですか?」

キィ「え?」

兎与子「……」

キィ「お母さん……?」

貴音「そうですか、キィの……」

兎与子「……」

さくら「キィの、お母さん……」

兎与子「……」ニコッ

キィ「なんで、お母さん……」

兎与子「……」

キィ「お母さん、ダメ!」


兎与子「……」

 パァァァァ……


 ───

 ──

 ─

 ─ 30分後 控室前 ─


州一「全員無事なんだな?」

キィ「はい」

州一「さくらちゃんは?」

キィ「……」

州一「キィちゃん?」

貴音「今のところは……大丈夫でしょう」

州一「え? あ、どうも」

貴音「……」ペコッ

キィ「貴音さん……」

貴音「皆はわたくしが見ています。そちらの方が、ご用件があるのでは?」

州一「ああ、少しいいかな、キィちゃん」

キィ「わかりました」

州一「外に行こう」

玉利「また派手にやったみたいだなぁ」

キィ「あ、玉利さん」

玉利「よっ、キィちゃんひさしぶり」

州一「あんたも来てくれ」

玉利「はいはい」

キィ「……」


 ─ ドーム外 ─


州一「そうか……端末に反応してたロボットは、キィちゃんが動かしてたのか」

キィ「はい」

玉利「敵になったり味方になったり、ター〇ネーターみてえだな」

州一「茶化すなよ。2体いたっていうロボットはどこに? さっきは見えなかったけど」

キィ「消滅、しました」

州一「消滅? キィちゃんの力で?」

キィ「それは……」

玉利「んなことはいいじゃねえか。そいつらは前の……メガロドームライブのときのが地下に残ってたってことか?」

キィ「たぶん、そうです」

州一「それが、なんで今頃?」

キィ「先にキィたちを襲ったロボットは、元々そういう命令がされてたんだと思います」

州一「キィちゃんを捕えるか、あるいは……?」

キィ「はい」

州一「キィちゃんを近くに認識したから、再起動して命令を遂行しようとした……ってことか」

玉利「ロボットのくせに、執念深いこったな」

メガロドームライブ

 鬱瀬美浦の新曲『ララバイ』のお披露目ライブ。引退ライブ等の噂がまことしやかに囁かれていた。
 実態は、5万人の観客から『ゲル』を収奪するために、蛙杖が計画したもの。
 そのための大規模なゲルプラントが地下最下層に設置されていた。

 キィや州一たちの乱入で、ステージ上の美浦がロボットであると暴露される。
 この混乱で正気を失った蛙杖がプラントを最大稼働させ、観客スタッフ全員が一時瀕死の状態になった。

 このライブ中、ドームの屋根が損壊したが、現在は修復完了。
 公には、観客の大量失神と合わせて与圧装置の過剰運転が原因とされている。


ララバイ

 母・兎与子が、子守歌としてキィに歌い聞かせていた歌。作者などの詳細は不明。
 キィの無意識化の能力発現でネット上に混信して拡散されたものを、蛙杖が美浦の新曲として利用した。
 吊木には、美浦の歌ではないことを看破されている。

 キィが歌ったことで、昏睡する5万人全員を回復させた。

州一「ロボットはもう残ってないのか?」

キィ「無いと、思います」

州一「確認はできない?」

キィ「完全に休止状態なら、わかりません」

州一「玉利さん」

玉利「ああ、念には念をだ。地下は埋めちまったほうがいいな」

玉利「それは俺の伝手でなんとかする」

州一「頼む」

玉利「おう、ツケにしとくぜ」

州一「勝手にしろ」

玉利「じゃあな、キィちゃん。応援してるからよ」

キィ「ありがとう、玉利さん」

州一「さくらのことはいいのか?」

玉利「それは野暮ってもんだろ。あとでゆっくり聞かせてもらうさ」

州一「そうかよ」

玉利「またな」

州一「ああ」

キィ「……」

州一「あのロボットとか、キィちゃんの力を見られたのは大丈夫なのか?」

キィ「それは……」

州一「さっきの……四条貴音は?」

キィ「貴音さんは、元々ある程度わかってたみたいです。キィの力」

州一「他のみんなにも見られたんだろ?」

キィ「それは……たぶん、はっきり憶えてないと思います」

州一「憶えてない?」

キィ「キィが力を使うと、周囲の人の『想い』を少しだけもらうので……」

州一「……」

キィ「個人差はあるけど、影響が出ます」

州一「記憶の混濁か……」

キィ「そうなるみたいです」

州一「俺たちの記憶が、メガロドームライブの前後だけ無かったことになってたのも?」

キィ「そうだと思います」

州一「キィちゃんに加えて5万人分だからな。影響も半端じゃないか」

キィ「……」

州一「あれを忘れてたなんてな……」

州一「そうなることは、若木さんから聞いてたはずなのに」

キィ「知葉ちゃんから……」

州一「ああ」

キィ「……」

州一「若木さん……?」

キィ「?」

州一「そうだ……あの後、一度だけ若木さんに会った」

キィ「……」

州一「思い出した、くそっ!」

キィ「ごめんなさい……」

州一「いや、違う。キィちゃんを責めてるんじゃない」

キィ「え?」

州一「自分が情けなくて、さ」


 ───

 ──

 ─

 ─ メガロドームライブ数日後 病室 ─


州一「若木さん……」

知葉「州一か。よく来てくれたな」

州一「あんた、腕が……」

知葉「腕一本で済めば安いものだったんだがな」

州一「え?」

知葉「爆風で飛ばされて、ついでに頭もやられちまった。おかげでベッドから起き上がることもできん」

州一「そう……なんだ」

知葉「生きてしゃべってるのも不思議なほどだそうだ。もう長くはないだろうな」

州一「やめろよ、らしくない。憎まれ口ぐらい叩いてくれよ」

知葉「ふっ……お前は相変わらず無茶を言うな」

州一「あ……ごめん」

知葉「いや、いい。安心した」

州一「……」

知葉「しゃべれるうちに言っておきたいことがある」

州一「なんだ?」

知葉「俺は……キィさんは田舎に帰って、神社の巫女を継ぐべきだと思う」

州一「それは……」

知葉「人間になったといっても、キィさんは世間を知らない少女だ」

知葉「この街で……東京で独りぼっちになって、アイドルとして生きていくのは簡単じゃない」

州一「独りぼっち、か……」

知葉「さくらがいなければ、な」

州一「……」

知葉「それでもキィさんがそれを望むなら……お前が助けてやってくれ」

州一「そんなの、言われなくてもわかってる」

知葉「ああ、ありがとう」

州一「なんだよ……ほんとにらしくねえよ、そんなの……」


知葉「もうひとつ」

州一「あ……ああ、なに?」

知葉「PPOR……蛙杖のロボットのことだが」

州一「あれが?」

知葉「どこの誰にとまでは特定できんが、技術が流出している恐れがある」

州一「流出?」

知葉「おそらくどこぞの軍隊だろう。リークしたとすれば、蛙杖の部下だった男だ」

州一「蛙杖の部下? あの銀髪の大男か?」

知葉「そうだ。ドームの地下で奴が操っていたロボットの中に、一体だけ異物が混ざっていた」

州一「異物?」

知葉「電気仕掛けの人形さ。PPORの技術をもとに、心臓と血だけ入れ替えたものだろう」

州一「血って……あのゲルってやつか? 『想い』を物質化したとかって」

知葉「そうだ。蛙杖のロボットはそいつで動いている」

州一「動力源としては、電気のほうが確実だろ?」

知葉「容易に入手できる程度のメリットしか無いんだろう、蛙杖にとってはな」

州一「蛙杖が開発したロボットじゃないのか?」

知葉「奴は巳真先生の理論に執着していた。妥協は考えられん」

州一「そういうものか?」

知葉「そういうものだ」

州一「でもさ、どこかの軍隊の話なら、もう俺たちに関係あることじゃ……」

知葉「そいつらがPPORの真髄を欲しないという保証は無い」

州一「それこそ俺たちには……あ」

知葉「……」

州一「キィちゃんが、狙われる……?」

知葉「そこまで情報が漏れているとすれば、だがな」

州一「ふざけんなよ! やっと人間に戻って、これからだっていうのに……!」

知葉「ふっ……」

州一「なに笑ってんの?」

知葉「何度も死にかけてるのに凝りない奴だな」

州一「キィちゃんを助けてくれって言ったのはあんただろ」

知葉「そうだったな」

州一「あんたの代わりにはなれないけどな」

知葉「それでいい……ぐっ」

州一「おい、大丈夫か?」

知葉「あまり良くはない。医者を呼んでくれ」

州一「わかった。すまない、長話をしてしまって」

知葉「気にするな。間に合ってよかった」

州一「……」

知葉「どうした?」

州一「いや……そろそろお暇するよ」

知葉「……州一」

州一「え?」

知葉「キィさんを頼む」

州一「ああ、任せてくれ」

知葉「死ぬなよ」

州一「……あんたもな」

知葉「ふっ、最期まで無茶を言う……」

州一「……また来るよ」

知葉「ああ、またな」


 ───

 ──

 ─

州一「若木さんに会ったのは、あれが最後だった……」

州一「あのあと、すぐに忘れて……」

キィ「……」

州一「なあ、キィちゃん」

キィ「はい?」

州一「この端末を俺に渡したってことは、若木さんは、もう……」

キィ「……」

州一「教えてくれ」

キィ「そうです……」

州一「そっか……」

キィ「……」

州一「バカ野郎! なにが死ぬなだよ!」

キィ「三和土さん……」

D

 蛙杖の部下で、PPOR開発の現場責任者。元傭兵。
 屈強な巨躯を誇る銀髪の白人男性。『D』は関係者間のコードネームで、同様に『A』『B』『C』と呼ばれる部下がいる。
 蛙杖からは『セルゲイ』と呼ばれているが、それも本名ではない。

 傭兵時代には若木と因縁があり、現在も度々衝突している。
 主にPPORの操作を担当しているが、生身でも人間離れした戦闘能力を持つ。

 蛙杖をボスと呼び表面上服従しているが、忠誠心は持っていない。


ゲル

 正式名称不明。超常現象すら起こし得る人間の『想い』のエネルギーを、文字通りゲル状に物質化したもの。
 キィの母親・兎与子(とよこ)が最初に具現化し、のちに武羅尾によって人為的な物質化に成功した。
 極低温であり、大気中では瞬時に揮発してしまうため、円筒状の特殊な容器で保管されている。
 
 常人では、この容器に換算して5~10本分程度抽出されると、廃人と化し死に至るとされる。
 主にPPORの動力源として用いられている。

 ─ 1時間後 さくらの部屋 ─


州一「さくらちゃんはどう?」

キィ「今は落ち着いてます。貴音さんが対処してくれたから」

州一「彼女は信じてもいいんだね?」

キィ「はい、キィは信頼してます」

州一「医者に診せるってわけにも……いかないんだろうからな」

キィ「はい……」

州一「そのへんも承知の上だっていうなら、心強い限りだよ」

キィ「そうですね」

州一「他のみんなは?」

キィ「全員回復しました」

州一「今回のことは、憶えてない?」

キィ「はい」

州一「そうはいっても、ドアが壊れてるだけでもただ事じゃないよな」

キィ「いきすぎた嫌がらせ行為ってことで、貴音さんが話を合わせてくれました」

州一「嫌がらせで済む話じゃないと思うけど……」

キィ「みんな、そういうの慣れてるみたいです」

州一「……頼もしいアイドル事務所だな」

州一「ドームライブは来週だっけ? それはどうなってる?」

キィ「今日のリハーサルはできなかったけど……」

キィ「本番は予定通り行うって、プロデューサーさんが言ってました」

州一「万が一を考えたら、中止にすべきじゃないか」

キィ「……」

州一「キィちゃんが言いにくいなら、俺から……」

キィ「みんな、トップアイドルになるためにがんばってます」

州一「?」

キィ「そのためにも、ドームライブを成功させるって」

州一「それはわかるけど……」

キィ「キィも、美浦さんと同じトップアイドルになりたいです」

州一「……」

キィ「でも、三和土さんがダメだって言うなら……」

州一「いやいや、俺なんて部外者だからさ」

キィ「……」

州一「これ以上口出しはしない。ただ、四条さんには事情を説明して、協力してもらったほうがいい」

キィ「わかりました」

州一「……それと、聞きたいことがある」

キィ「?」


さくら「それは、私から聞きます」

州一「!?」

キィ「さくらちゃん……」

州一「も、もう大丈夫?」

さくら「さあ、大丈夫って言えるんでしょうか。死んだはずなのに」

州一「……!」

さくら「だよね?」

キィ「……」

州一「思い出したのか?」

さくら「ええ、今まで忘れてたのが不思議なくらい」

キィ「……」

さくら「ねえキィ、教えて」

キィ「うん……」

さくら「私は……ロボットなの?」

キィ「ううん……少し違う」

さくら「どういうこと?」

キィ「メガロドームのライブのとき……」

さくら「メガロドーム?」

州一「美浦のライブがあったんだ。俺たちが潰したけど」

キィ「そこに、さくらちゃんにそっくりなロボットがいた」

州一「それって、蛙杖が造ったのか?」

キィ「はい。キィを捕まえるか……殺すために、だと思う」

州一「そこまでするのか……!」

さくら「私は、そのロボットじゃないの? キィを殺そうとしたっていう……」

州一「さくらちゃん!」

さくら「だって、私は死んだんでしょ? だったら、この体はなんなの!?」

州一「……」

キィ「……」

さくら「キィ!」

キィ「たぶん、そのロボットの原型になった……木型だよ」

さくら「木型?」

キィ「お母さんの力で、さくらちゃんの『想い』を移した……」

州一「お母さん……巳真、兎与子さんの?」

キィ「……」コクッ

さくら「……ロボットじゃなくて、木の人形ってこと?」

キィ「……」

さくら「キィのお母さんの力で、人形が人間のふりをしてるんだ?」

キィ「違うよ。そういうことじゃ……」

さくら「そういうことでしょ!? 本物の私は死んじゃったんだから!」

キィ「それは……」

さくら「キィじゃなく、私のほうが人間じゃないって?」

さくら「なんなのよ……バカみたいじゃない……」

キィ「……」

州一「さくら……」

さくら「……出てって」

州一「え?」

キィ「……」

さくら「二人とも出てって!」

州一「でも……」

キィ「さくらちゃん……」

さくら「早く!」

州一「あ、ああ……行こう、キィちゃん」

キィ「はい……」

ほのかの母ちゃんかと思った

 ─ 公園 ─


州一「キィちゃん……俺にはわからないことばかりだ」

州一「あのメガロドームの後、いったいなにがあったんだ?」

キィ「……」

州一「話せることだけでもいい、教えてくれ」

キィ「……わかりました」

州一「ああ、それだ。その表情……」

キィ「え?」

州一「やっぱり人間に戻ってるな?」

キィ「……はい」

州一「だったら、なんでまだロボットのふりをしてるんだ?」

キィ「それは……」

州一「人間になった姿を、他の誰よりも見せたかったのがさくらちゃんだろ?」

キィ「……」

州一「……」

キィ「さくらちゃんは今、お母さんの『想い』の力で生きています」

州一「ああ、さっき言ってたね」

キィ「だから、他の強い『想い』の力が近くにあると……」

州一「強い力……? キィちゃんのこと?」

キィ「はい。キィの力が干渉して、さくらちゃんにどんな影響が出るか……」

州一「蛙杖のロボットみたいに……か?」

キィ「あれも、意識してやったわけじゃないです。だから、どうなるかは……わかりません」

州一「それで、力を抑えるためにロボットのふりをしてたのか……」

キィ「はい……」

州一「ごめん、わけも知らずに責めるようなことを言って」

キィ「いいえ……」

州一「お母さん……兎与子さんは、もう亡くなってるよね?」

キィ「はい。キィが生まれてすぐ」

州一「その兎与子さんの力って、どういうことなの?」

キィ「それは……」

州一「それだけじゃない。今のさくらちゃんは、矛盾なく生前の記憶を受け継いでいる」

キィ「……」

州一「人形が真似をしてるだけとは思えない。違う?」

キィ「はい……体は人形でも、心は間違いなくさくらちゃんです」

州一「そんなことができるの?」

キィ「『想い』を形にして残しておくことはできます」

州一「形に? ああ……」

キィ「さくらちゃんも、たくさんの『想い』を奪われてました」

州一「……」

キィ「全部は残ってなかった、けど……」

州一「キィちゃんが、それを見つけたのか?」

キィ「はい、保存されていた容器を」

州一「容器?」

キィ「メガロドームライブの後、キィが持ってた容器を憶えてますか?」

州一「ああ、あの金属の筒みたいな?」

キィ「あの中にさくらちゃんの『想い』がありました」

州一「そうか……」

キィ「……」

州一「さくらちゃんを模した人形の中に、それを……」

キィ「はい……」

州一「なんて言えばいいのか……」

キィ「ひどいことを……してますよね」

州一「いや……」

キィ「……」

州一「お母さんの力というのは?」

キィ「……」

州一「キィちゃん」

キィ「話しても、信じてもらえないと思います」

州一「人間のキィちゃんは、こんなときに嘘をつくの?」

キィ「……つきません」

州一「なら、信じるよ」

キィ「……」

州一「……」

キィ「……わかりました」

 ───

 ──

 ─


 ─ メガロドームライブ翌週 さくらのアパート ─


キィ「ただいま、さくらちゃん」

キィ「さくらちゃん、聞いて。今日、美浦さんに会ったんだよ」

キィ「たくさんお話してきた」

キィ「キィは、やっぱり美浦さんみたいになりたい」

キィ「なれるかな?」

キィ「ねえ、さくらちゃん?」

キィ「さくらちゃん……」

キィ「……」

キィ「なんで、なにも応えてくれないの?」

キィ「さくらちゃん!」

 ─ 猯尾神社 ─


キィ「え……?」

キィ「……」

キィ「猯尾神社……?」


兎与子「……」

キィ「お母さん……」

兎与子「……」

キィ「なんで……?」

兎与子「……」

キィ「なんで、そんな目でキィを見るの?」

兎与子「……」

キィ「なにか言ってよ」

兎与子「……」

キィ「お母さん!」

巳真兎与子(みま とよこ)

 巳真武羅尾と登美子の一人娘で、キィの母親。故人。
 強い『想い』の力を持ち、登美子のあとを継いで猯尾神社の巫女を勤めたが、キィを産んですぐ亡くなる。
 研究のために母や自分を犠牲にした父を憎悪していた。

 祖母や母を凌駕するキィの力が蛙杖に知られることを怖れた武羅尾は、ゲル化され保管されていた兎与子の『想い』を以てそれを封じる。
 その『想い』は常人であれば3万人分に相当するほど強く、力だけではなくキィの人間性まで封じ込めてしまった。

 キィの中に兎与子の意識が宿っているらしく、心象風景の中の猯尾神社でたびたびキィと邂逅している。

兎与子「……バカな子」

キィ「え……」

兎与子「友達の気持ちも考えられないのに、人間になりました?」

キィ「……」

兎与子「ロボットのほうがマシだわ」

キィ「キィは……!」

兎与子「いいかげんにしなさい」

キィ「……!」

兎与子「あなたがそんなことじゃ、さくらちゃんだって浮かばれないわ」

キィ「キィはただ……」

兎与子「……」

キィ「さくらちゃんと、ずっと一緒にいたいだけ……」

兎与子「自分が救われたいだけ、でしょ?」

キィ「そう思っちゃいけないの!?」

兎与子「そんな冷たい容れ物にずっと閉じ込められて……」

キィ「……」

兎与子「それでもキィのそばにいられたら、さくらちゃんは救われるの?」

キィ「そんなの……」

兎与子「……」

キィ「そんなの、キィにはわかんないよ!」

兎与子「わからない?」

キィ「なにも応えてくれない! さくらちゃん、なにも……!」

兎与子「なにも聞こうとしなかったくせに」

キィ「……!」

兎与子「知るのが怖かったんでしょ?」

キィ「それは……」

兎与子「自分でもわかっているのね」

キィ「……」


兎与子「だったら……今、聞いてみなさい」

キィ「え……?」


さくら「……」

キィ「さくら、ちゃん……?」

さくら「……」

兎与子「……」

キィ「さくらちゃん!」

さくら「……」

キィ「会いたかった! 会いたかったよ……!」

さくら「……」

キィ「え……」

さくら「……」

キィ「やだ……そんなのやだよ」

さくら「……」

キィ「キィを置いていっちゃ……やだ……」

さくら「……」フルフル

キィ「待って……!」


さくら「……」

 スッ……

キィ「さくらちゃん……」

兎与子「……」

キィ「キィは……」

兎与子「……」

キィ「……」

兎与子「……」

キィ「……お母さん」

兎与子「なに?」

キィ「もう一度……もう一度だけでいいから、さくらちゃんに会いたい」

兎与子「……」

キィ「会って……ちゃんと想いを伝えて、さよならをしたい」

兎与子「そう……」

キィ「……」

兎与子「わかったわ。かなえてあげる」

キィ「ほんと?」

兎与子「キィの中に残された私の『想い』の力……たぶん、これが最後」

キィ「最後……?」

兎与子「ええ」

キィ「お母さんにも……もう会えないの?」

兎与子「……」

キィ「……」

兎与子「いいわね?」

キィ「……」コクッ

兎与子「そう……それでいいのよ、キィ」

キィ「うん……」

兎与子「お母さんにもさくらちゃんにも、いつまでも甘えてちゃダメ」

キィ「うっ……うん」

兎与子「ふふっ、泣かないの」

キィ「お母さんだって……」

兎与子「私は……キィのお母さんだから」

キィ「キィだって、お母さんの娘だもん」

兎与子「ふふっ」

キィ「あはっ……」

兎与子「……」

キィ「お母さん……ひぐっ」

兎与子「いつかまた、会えるから……ね?」

キィ「きっとだよ?」

兎与子「ええ、きっと……」

キィ「うん……」

兎与子「だから、それまで……」

キィ「……」

兎与子「……」


キィ「お母さん……」


 ───

 ──

 ─

州一「そうか……」

キィ「信じられますか、こんな話……」

州一「信じるさ。俺だって、それだけのものは見てきた」

キィ「……」

州一「キィちゃんが嘘をつく子じゃないってこともね」

キィ「三和土さん……」

州一「だから、もうひとつだけ本当のことを教えてほしい」

キィ「え?」

州一「さくらちゃんは……あとどれだけ生きられるんだ?」

キィ「……!」

州一「……」

キィ「それは……」


さくら「私も聞きたい」

キィ「え!?」

州一「さくらちゃん!?」

さくら「そういうの、内緒話はずるいんじゃない?」

キィ「う、うん」

州一「もう落ち着いた?」

さくら「おかげさまで。人形のくせに涙が流れるんだって思ったら、泣いてるのがバカらしくなっちゃって」

州一「そ、そっか」

さくら「それとも、お邪魔でしたか?」

州一「とんでもない! ねえ?」

キィ「うん……」

さくら「それで、実際のところどうなの?」

キィ「……」

さくら「言って。知らないほうがつらい」

キィ「お母さんの力、もうだいぶ弱くなってる」

州一「……」

キィ「今日、キィたちを守るのにほとんどの力を使っちゃったから……」

さくら「あのときの……」

州一「ロボットを消滅させたのも?」

キィ「はい、お母さんの力です」

キィ「お母さんが、キィの力を増幅させて……」

州一「それほどの力を使ったら……」

キィ「たぶん、もうすぐ……」

さくら「そっか……」

キィ「……」

州一「キィちゃんの力でも無理なのか? 兎与子さんと同じ力で……」

キィ「……」

さくら「キィが力を使うと……周りの人にも悪い影響が出るんでしょ?」

キィ「うん……」

州一「知ってたのか?」

さくら「今日わかった。キィのお母さん……兎与子さんとキィは全然違うって」

キィ「『想い』の力のだけならキィのほうが強いけど、お母さんほど上手く使えない……」

さくら「力が強すぎて、私なんか壊れちゃうかもね」

州一「壊れるって……」

キィ「それは、わからないけど。でも……」

さくら「私は、助けてくれなんて言ってないよ」

キィ「うん、知ってる……」

州一「え?」

さくら「憶えてるよね? 神社でのこと」

キィ「うん……」

州一「?」

さくら「ならいいよ。死ぬ前にやっておきたかったこともあるしね」

キィ「そうだね……」

州一「やっておきたかったことって……」

さくら「三和土さん!」

州一「な、なに?」

さくら「思い出作り、つきあってください」

州一「ええ?」

 ─ 翌日 駅前 ─


州一「お待たせ。待った?」

さくら「いいえ、時間通りです」

州一「そりゃよかった」

さくら「その前に、なにか言うことありません?」

州一「言うこと?」

さくら「うわっ、信じられない! デートですよ、デート?」

州一「あ、ああ……そうだね」

さくら「気合入れてコーディネートしてきたのに、バカみたいじゃないですか」

州一「え? あ……うん、似合ってる。可愛いよ」

さくら「はいはい、三和土さんはいつも通りですね~」

州一「ぐっ……」

さくら「ふんっ」

州一「でもさ、ほんとにいいの?」

さくら「なにが?」

州一「せっかくの思い出作りが、こんなおっさんとのデートなんて」

さくら「……はぁ」

州一「な、なに?」

さくら「全部思い出したんですよね?」

州一「そうだけど」

さくら「私の気持ちもわかってるんじゃないですか?」

州一「それは……まあ」

さくら「だったら、今日だけは州一って呼びます。いいよね?」

州一「……お気の召すままに」

さくら「じゃあ、行こっ!」

州一「おう!」

 ─ 雑貨店 ─


さくら「あ、これ可愛い!」

州一「なにそれ?」

さくら「見てわからない? アロマポット」

州一「そういうのに興味ありそうに見える?」

さくら「そんなこと言ってるからモテないんだよ」

州一「うぐっ」

さくら「買っちゃおうかな。ん~……」

州一「それなら、俺からプレゼントするよ」

さくら「いいの? あ、でも……」

州一「?」

さくら「無駄になっちゃうよ?」

州一「無駄って……」

さくら「……」

州一「……」

さくら「デートなんだから、辛気臭い顔しない」

州一「あ、ああ」

さくら「キィに使ってもらえばいいかな」

さくら「いや、キィもアロマポットなんて知らないか」

州一「……」

さくら「無駄遣いしてもしょうがないし」

州一「無駄にはならないよ」

さくら「え?」

州一「今日の思い出は残るからさ。だから、俺からプレゼントさせてくれ」

さくら「思い出か……」

州一「ああ……」

さくら「そうだね。うん、ありがとっ」

州一「いえいえ」

さくら「今日は……いっぱい思い出を作りたい」

州一「うん……」


 ───

 ──

 ─

 ─ 夜 駅前 ─


州一「ここでいいの?」

さくら「はい、デートはここまでです。今から事務所に寄らなきゃならないんで」

州一「そっか、気を付けてね」

さくら「今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」

州一「いやいや、こちらこそ」

さくら「いい記念になりました」

州一「記念?」

さくら「今日、私の18歳の誕生日だったんです」

州一「そうなの!? そういうことは先に言ってくれないと」

さくら「変に気を使われても困るから」

州一「そんなこと……あっ」

さくら「?」

州一「キィちゃんは知ってるの?」

さくら「知らないと思いますよ。そんな話、したことないし」

州一「黙ってたら、キィちゃん怒るよ」

さくら「怒ったキィなんて、それこそ見たことないですよ」

州一「そういうことじゃなくて……」

さくら「今日は、普通のデートをしてみたかったんです」

州一「……」

さくら「思い残すことも……もう、あんまり無いかな」

州一「さくらちゃん……」

さくら「そうでもないか、あはは」

州一「……怖くはない?」

さくら「一度経験してますからね。あとは二度でも三度でも」

州一「おいおい……」

さくら「なんてね……やっぱり怖いですよ」

州一「……」

さくら「父ちゃんと母ちゃん、たぶん向こうで待ってるんだろうな……」

州一「え?」

さくら「なんとなく、そんな気がするんです」

州一「……」

さくら「こっちでは会えなかったけど、向こうでゆっくり探します」

州一「そうか……」

さくら「……」

州一「……」

さくら「ね、三和土さん」

州一「ん、なに?」

さくら「やっぱり、誕生日のプレゼントをください」

州一「え……ああ、なんでも」

さくら「なんでも?」

州一「俺にできることなら」

さくら「じゃあ……ん」

州一「へ?」

さくら「……」

州一「?」

さくら「もう、女の子が待ってるんですよ。普通わかるでしょ?」

州一「あ、ああ……」ギュッ

さくら「ん……」


 …………


さくら「へへっ///」

州一「さくらちゃん……」

さくら「今日のこと、忘れないでね」

州一「忘れないよ」

さくら「バイバイ、州一」

州一「バイバイ」


州一「さくら……」

 ─ 765プロ事務所 ─


さくら「……」

さくら「ん……泣いたってしょうがない」

さくら「……よしっ!」

 ガチャッ

さくら「厨川さくら、参上しました!」


キィ「さくらちゃん……」

一同「「お誕生日おめでとう!」」

さくら「え……ええ!?」

亜美「んっふっふ~、びっくりした?」

真美「青天の赤壁ってやつ?」

P「青天の霹靂、だ」

小鳥「キィちゃんの発案よ。みんなでバースデーパーティしようって」

さくら「キィ……知ってたの?」

キィ「うん。さくらちゃん、お誕生日おめでとう」

さくら「もう……バカ」グスッ

伊織「はいはい、湿っぽいのは後にして」

さくら「うん……そうだね」

春香「こっち来て! キィがケーキ焼いたんだよ!」

さくら「ケーキ!? キィが!?」

キィ「上手にできてないけど……」

春香「そんなことないよ。ね?」

さくら「これ、キィが……」

キィ「春香ちゃんが、教えてくれたから」

春香「でも、作ったのはキィだよ」

あずさ「さくらちゃんのためにって、キィちゃんがんばったものね」

千早「友達のためだもの」

キィ「うん……」

さくら「キィ……ありがと」

貴音「では、さっそく皆でいただきましょう」

響「もう、貴音は……」

 アハハハハ

亜美「その前にアレっしょ! キャンドル!」

さくら「え? ああ、吹き消せばいいんだね」

真美「一息でね!」

さくら「よぉし……ふっ!」

一同「「ハッピーバースデー!」」

さくら「みんな……ありがとう!」

 ─ 夜 さくらの部屋 ─


さくら「誕生日を祝ってもらうなんて、いつ以来だったかなぁ……」

キィ「……」

さくら「次はキィの番だね」

キィ「うん……」

さくら「でも……まだ、もうちょっと先か」

キィ「そう、だね……」

さくら「……」

キィ「デートは……どうだった?」

さくら「聞いてよ。三和土さんったら……」

それから、少しだけ夜更かしして。

いつもと同じようなことを、いつもよりたくさん話して……。

さくらちゃんにお願いされて、ララバイを歌いました。


キィは、上手く歌えたかな。

わかりません。


歌い終わる前に、さくらちゃんは眠ってたみたいです。

キィは、いつの間にか泣いてました。


さくらちゃんに見られてなければいいけど。

こんな日に泣いちゃダメだよね。


さくらちゃん、お誕生日おめでとう。

おやすみなさい。


 ───

 ──

 ─

それから数日後、さくらちゃんは事務所で倒れて……。

みんなに告白しました。

もう長く生きられないことを。


みんな、最初は信じられなかったみたいです。

でも、キィの顔を見てわかったって、千早ちゃんが言ってました。


ロボットのふりが、上手にできてないのかな。

悲しい顔なんて、誰にも見せたくないのに。


お仕事も無理だからって、さくらちゃんは部屋で休んでます。

お母さんの力、ほとんど感じられない。

たぶん、もう……。


キィが、さくらちゃんにしてあげられることって、なんだろう?


ありがとうって、どうやって伝えればいいんだろう……。

 ─ ドームライブ当日 控室 ─


律子「さくら!? あなたどうして……」

さくら「あはは、ども……」

P「キィ、お前がつれてきたのか?」

キィ「ごめんなさい……」

さくら「私が無理を言ったんです。今日だけはどうしても……」

さくら「くっ……」

真「さくら!?」

雪歩「さくらちゃん、大丈夫!?」

さくら「ん……へーきへーき」

雪歩「でも……」

キィ「みんな、お願い」

一同「「?」」

キィ「みんなの歌が……『想い』が、今はなによりさくらちゃんの力になる」

千早「私たちの歌が……」

キィ「お願いします……!」

春香「そんなの水臭いよ、キィ!」

響「うん! 自分たち仲間なんだから、頼まれなくても助けるよ!」

キィ「春香ちゃん、響ちゃん……」

美希「ミキたちの歌が、さくらの力になるんだよね?」

キィ「うん……」

伊織「だったら、奇跡を起こしてやろうじゃないの」

やよい「そうですよ!」

貴音「今は、わたくしたちにできることをやりましょう」

あずさ「そうね、私たちはアイドルなんだから」

千早「歌うわ。さくらさんの……友達のために」

キィ「みんな……」

さくら「ありがと……」

律子「みんな、準備はできてるわね?」

一同「「はい!」」

P「よし、先発組はステージに。春香、頼む」

春香「はい! みんないくよ!」

一同「「おー!」」

P「千早たちもバックステージで待機だ」

千早「わかりました」

あずさ「私は先発組ね。キィちゃん、さくらちゃん、いってきます」

キィ「いってらっしゃい」

さくら「がんばって」

P「キィは初めてのソロだが……いけるか?」

キィ「……」

P「……」

キィ「少しだけ時間をください」

P「時間を?」

さくら「私からもお願いします。キィの出番まで……」

P「……そうか、わかった」

さくら「すいません」

P「いや、あとで呼びに来るよ」

キィ「はい」

さくら「ありがとうございます」

 ガチャ……バタン

さくら「キィ」

キィ「なに?」

さくら「下手くそなロボットのフリはもうやめなよ」

キィ「……うん、やっぱりわかってたんだ」

さくら「わかるよ。わからないわけないじゃん」

キィ「そう……だよね」

さくら「……」

キィ「ごめんね……さくらちゃん」

さくら「謝るな、バカ」

キィ「うん……」

さくら「……」

キィ「……」

さくら「泣くな、バカ……」

キィ「ごめ……うん」

さくら「ほら、笑う」

キィ「うんっ」

さくら「へへっ、キィもそんな顔できるようになったんだね」

キィ「ヘン……かな?」

さくら「そんなわけないでしょ。それでいいのよ、アイドルなんだからさ」

キィ「さくらちゃんのおかげだよ」

さくら「いいよ、そういうのは」


キィ「ううん……」

さくら「……」

キィ「ありがと……」

さくら「……」

キィ「ありがとう、さくらちゃん」

さくら「うん……」

キィ「ひぐっ……」

さくら「ああもう……やっと人間らしくなったと思ったら、泣き虫になっちゃって」

キィ「だって……」

さくら「まったく、世話が焼けるんだから……」ギュッ

キィ「あ……」

さくら「ほら……ロボットで人間でも、やっぱりキィはあったかいよ」

キィ「さくらちゃん……」

さくら「そんな顔でステージに立ったら怒るからね」

キィ「わかってる……」

さくら「今のうちに泣いちゃいな」

キィ「さくらちゃん……!」

さくら「うん……」

キィ「うぁ、あぁぁぁ……!」


 ───

 ──

 ─

キィ「……」

さくら「落ち着いた?」

キィ「うん……」

さくら「キィの言った通りだね」

キィ「え?」

さくら「みんなの歌の『想い』……伝わってくる」

さくら「それを受け止めて応える、ファンのみんなの『想い』も」

キィ「さくらちゃん……」

さくら「すごいね、これがアイドルなんだ」

キィ「そうだよ。だからキィはアイドルになったんだよ」

さくら「あのキィが、今や一人前のアイドルなんてね。あはは」

キィ「さくらちゃん、そこは笑うところじゃない」

さくら「ごめんごめん」

キィ「もう……」

さくら「キィが怒るなんて、アイドルやってる以上に信じられない」

キィ「キィだって……怒ったり、泣いたり、笑ったり……もうできるよ」

さくら「人間だもんね」

キィ「……うん」

さくら「……」

キィ「……」

さくら「ありがと」

キィ「え?」

さくら「最後に、いい思い出ができた」

キィ「そんなの……」

 コンコンッ

P「キィ、そろそろ出番だ」

キィ「は、はい」

さくら「……」

P「いけるか?」

キィ「……」

P「……」

さくら「大丈夫でしょ。いきなさい」

キィ「さくらちゃん……」

さくら「ファンを待たせるなんてアイドル失格だよ」

キィ「そう……だね」

さくら「キィの歌、ちゃんと聴くから……ね」

キィ「うん」

P「……大丈夫だな?」

キィ「はい……!」

さくら「いってらっしゃい、キィ」

キィ「いってきます、さくらちゃん」

P「さくら……」

さくら「私は大丈夫。キィを……お願いします」

P「……わかった」

 ガチャ……バタン

さくら「泣いたり笑ったりできるなら……もう大丈夫、キィ……」


さくら「もう……」

 ─ バックステージ ─


千早「キィ……」

あずさ「キィちゃん……」

キィ「……」

あずさ「大丈夫よ。キィちゃんなら、大丈夫」

キィ「あずささん……」

千早「笑って」ニコッ

キィ「うん」ニコッ

P「暗転してるから足元に気を付けろよ」

キィ「はい」

P「よし、いってこい」

キィ「はい!」


キィ「……」

キィ「さくらちゃん……」

キィ「ごめんね、今だけはアイドルとしてじゃない」


さくら「……」

さくら「バカ……」

 ─ ステージ ─


キィ「この歌だけは……さくらちゃんのために歌う」


 ワァァァァァ!

 キィーーー!


キィ「……」

キィ「言葉にできなかった……伝えられなかった『想い』が……」

キィ「大切な人に、届くように」


 ワァァァァァ!


キィ「……手のひらの宇宙」


http://www.youtube.com/watch?v=8CmZHFWpxt4

キィは、たくさんの人たちに助けてられて人間になれた。

でも、まだ上手く話せない。

ちゃんと『想い』を伝えられない。


だから、歌う。

歌は『想い』になるって、みんなが教えてくれたから。

キィの、最初の友達。

ずっと一緒に生きていけると思ってた。

だから、人間になりたかった。


キィは、もうロボットじゃない。

人間として生きていく。

でも……隣にあなたはいない。


ロボットのままなら、こんなに苦しくなかったのかな。

キィは、ロボットに戻りたい?


戻りたくない。

あなたのいない世界を悲しいと思えない……そんな自分は、もっと嫌だから。


あなたが、みんなが……生まれたばかりのキィに教えてくれたこと。

それが、人間だって。

人間になってから、泣いてばかり。

他のことができないなら、ロボットと変わらない。


ほんとに、そう?

泣くだけで、なにもできない?


ううん、キィは歌えるよ。

今はまだ、歌うことしかできないけど。


『想い』は、きっと届く。

キィから、さくらちゃんへ。

さくらちゃんから、キィへ。


友達だから。

「キィ……」

「さくらちゃん……」

「もう、いくね」

「うん……」

「ちゃんと、届いたよ」

「キィにも届いた……」

「そっか……だったら、もう大丈夫だ」

「うん」

「……」

「……」

「バイバイ、キィ」

「バイバイ、さくらちゃん」

もう手は届かないけど……。

やっぱりそれは、とても悲しいことだけど。


「手のひらの宇宙を 二人は抱きしめている……」


キィの心は、さくらちゃんの温もりを覚えてる。

忘れないから……。


ありがとう、さくらちゃん。


「いつか 微笑みになる……」


さようなら。


 ───

 ──

 ─

 ─ 後日 さくらの葬儀後 ─


州一「ふぅ……やっと人心地ついたな」

州一「まさか、二度もさくらを弔うことになるなんて……」


一度目……あの時はなにもしてあげられなかったから、せめて今回は形だけでも葬儀を出した。

残された人間ができるのは、こんなことだけだから。


本当に、たくさんの人が来てくれた。

765プロの仲間たち。

さくらと、キィちゃんの故郷からも……。


たくさんの人が悼み、涙を流してくれた。

こんなに愛されていたんだ、さくらは。

俺たちが記憶を取り戻したように、蛙杖に関わる事件の闇も明るみになると思っていた。

でも……俺なんかが考えていたより、この世界はろくでもなかったようだ。


蛙杖が死んだことは、ニュースで伝えられた。本当に、ひっそりと。

すぐに芸能人が離婚したとかって話題でかき消されたけど。

それっきり、テレビどころか週刊誌ですら沈黙してる。


若木さんが言ってた。

科学者とマスコミが無いと言えば……あると言わなければ、存在しなかったことにされる。

これが現実なんだ。


州一「くそっ!」


さくらや若木さん……たぶん、もっと多くの人が犠牲になった。

彼らは、確かに生きていたのに。

それすら無かったことにされるのか。


州一「いや……」


生きている俺たちだって、本当に存在を許されているといえるのか。

驚いたことに、吊木光は生きていた。

キィちゃんはお見舞いに行きたいと言ってたけど……それどころじゃないらしい。

奇跡と言えばそうだろうが、彼にとってそれが幸運だったのか……俺にはわからない。


ここでも俺の見た事実と、現実は違う。

運転中の不注意による事故、ということにされていた。

彼の存在も、いずれ無かったことにされるのかもしれない。


吊木が亡くなっていたら、あるいはもっと世間を揺るがすスキャンダルに発展したのか。


……やめよう。

こんなことは、考えるだけでもさもしい。


身の回りのちっぽけな現実の中で、俺たちは生きていくだけだ。

キィ「三和土さん」

州一「キィちゃん、お疲れさま」

キィ「今日は、ありがとうございました」

州一「いや、こういうのは大人の仕事だからね」

キィ「大人って、大変なんですね」

州一「そうでもないよ。誰だって、そうなるんだから」

キィ「……」

州一「お別れは……もういいの?」

キィ「はい。時間は……ありましたから」

州一「そうだね……」

キィ「キィも、大人になれるのかな……」

州一「出会ったころと比べたら、もう見違えるほどだよ」

キィ「それはそうですよ。イジワル言わないでください」

州一「ははは」

キィ「あはっ」

州一「……」

キィ「……」

州一「……やっぱり、伝えておいたほうがいいな」

キィ「え?」

州一「蛙杖の部下だった銀髪の大男……憶えてる?」

キィ「はい。でも……」

州一「ああ、もう生きてはいないはずだ」

キィ「……」

州一「例のロボット……PPORだっけ。あの男から、どこかの軍隊に技術が流出してる可能性がある」

キィ「軍隊?」

州一「若木さんが、そう言ってた」

キィ「知葉ちゃんが……」

州一「もしかしたら、またキィちゃんが狙われるかもしれない」

キィ「……」

州一「もちろん、なにもないかもしれない」

州一「いたずらに不安を煽ることになりかねないから、話すべきか迷ったけどね」

キィ「いえ、ありがとう……」

州一「ん?」

キィ「心配してくれてるんですよね。三和土さんも、知葉ちゃんも」

州一「それはもちろん。若木さんのことは、俺なんかよりよくわかってるだろ」

キィ「はい、知葉ちゃんらしい……」

州一「……」

キィ「知葉ちゃん、心配性だから。いつも悪いほうにばっかり考えて」

州一「ああ、確かに」

キィ「憶えておきます。なにがあっても大丈夫なように」

州一「なにかあったら困るよ」

キィ「守ってくれるんじゃないんですか?」

州一「どっちかっていうと、俺が守ってもらうほうじゃないか?」

キィ「考えておきます」

州一「おいおい、頼むよ……」

キィ「大丈夫です、きっと」

州一「?」

キィ「生きていれば、未来は素晴らしいものになる……」

州一「……」

キィ「そう思いませんか?」

州一「キィちゃん……」

キィ「ふふっ」

州一「ああ、そうだね」

キィ「そうですよ」

州一「……」

キィ「どうしました?」

州一「いや……大人になる瞬間って、こういうことかなってさ」

キィ「はい?」

州一「なんでもないよ」

キィ「?」

州一「アイドルのほうは、明日から復帰?」

キィ「いえ、明日までお休みをもらってます」

州一「なにかあるの?」

キィ「はい。明日は美浦さんのお見舞いに行きます」

州一「美浦の……そっか」

キィ「なにか伝言はありますか?」

州一「ん~……無いよ」

キィ「なにも?」

州一「元ファンクラブ会長から言えることは、もうなにも」

キィ「……」

州一「今の美浦に必要なのは、俺たちなんかより友達だろ?」

キィ「友達……」

州一「だから、キィちゃんに任せるよ」

キィ「はいっ」

 ─ 翌日 病室 ─


キィ「美浦さん、こんにちは」

美浦「ああ、キィ。また来てくれたんだ」

キィ「うん。お加減はどう?」

美浦「だいぶいいよ。リハビリは大変だけど」

キィ「美浦さんなら大丈夫だよ」

美浦「ありがと。たぶんキィのおかげ」

キィ「キィの?」

美浦「ずっと前から……自分でも手遅れだってわかるぐらい、私の体はボロボロだった」

美浦「ううん、心もかな。生きてるかどうかもわからないほど……」

キィ「……」

美浦「キィが来てくれてからだよ、自分が生きてるって思い出せたの」

キィ「ううん、美浦さんが強いだけ。キィはなにもしてない」

美浦「私は強くない。強がって、つっぱって……」

キィ「……」

美浦「限界まで走ったけど……転んで起き上がれなくなっちゃった」

キィ「美浦さん……」

美浦「もう、どうでもよくなってたんだ。今までのことも、これからのことも……」

キィ「ダメだよ、そんなの……」

美浦「うん……そんなの私らしくないよね。それを思い出させてくれたのがキィだよ」

キィ「キィが……」

美浦「うん……」

キィ「そっか……」

美浦「……」

キィ「……」

美浦「よし、恥ずかしい話はここまで」クスッ

キィ「うん……なんだか照れるね」クスッ

美浦「そういえば、今765プロにいるんだって?」

キィ「うん、知ってたの?」

美浦「病院にいても聞こえてくるほどだよ、アイドル巳真兎季子の名前は」

キィ「まだまだ美浦さんには遠いけど」

美浦「私だってブレイクするのに半年かかったんだから、簡単に追いつかれたら立場が無いよ」

キィ「あはは、そうだね」

美浦「以前はアイドルを続けるか迷ってたみたいだったけど」

キィ「うん……」

美浦「決めたんだね」

キィ「うん。もう迷わない」

美浦「そっか、それを聞いて安心した」

キィ「え?」

美浦「これからどうするのか、私もそろそろ決めないとね」

キィ「退院したら?」

美浦「うん。まだ、ちょっと先だけど」

キィ「それだったら……」

美浦「ん?」

キィ「765プロのプロデューサーさんからラブコールがあったよ」

美浦「キィの担当?」

キィ「うん」

美浦「ありがたいお誘いだけど……ごめん」

キィ「アイドル……辞めちゃうの?」

美浦「辞めないよ。決めた」

キィ「ほんと?」

美浦「せっかく面白そうなライバルが出てきたのに、辞めたらもったいないでしょ」

キィ「え? あ……」

美浦「アイドルとして真正面から勝負してみたい。だから、同じ事務所にはいけない」

キィ「……うん、そうだね」

美浦「他にも、拾ってくれそうなあてはあるしね」

キィ「どこ?」

美浦「961プロ」

キィ「そんな大手で勝負なんて、ずるいよ」

美浦「こっちはブランクがあるんだから」

キィ「トップアイドル鬱瀬美浦にとっては、大した障害じゃないと思いますけど?」

美浦「私が復帰するまでに、巳真兎季子もトップアイドルになってればいいだけでしょ」

キィ「わかった、そうする!」

美浦「ふふふ」

キィ「あはは」

美浦「楽しみだね」

キィ「うんっ」

人間に生まれ変わって、強くなったのか弱くなったのか、自分ではわかりません。

でも、少しだけ大人になれたと……思います。


だから、次の目標ができました。

キィは、アイドルとして生きていきます。

トップアイドルになります。


美浦さんに負けないように。

支えてくれる人たちと、手を取り合って。


生きていこう。


 ───

 ──

 ─

 ─ 後日 猯尾谷・墓地 ─


http://www.youtube.com/watch?v=83arR7Je2I8


キィ「おやすみよいこ……」

キィ「おやすみ……」

キィ「……」

キィ「おじいちゃん、知葉ちゃん……」

キィ「お母さん……」

キィ「さくらちゃん……」

キィ「……」

キィ「キィは……私はもう大丈夫だよ」

キィ「私はもう人間で……独りじゃないから」

キィ「……」

キィ「だから、また会えるまで……」

キィ「おやすみなさい」

キィ「……」

あずさ「キィちゃん」

キィ「あ、迎えに来てくれたんですか?」

あずさ「ええ、ちょっと歩いてみたかったから」

千早「また迷子癖が出ないか、気が気じゃなかったわ……」

あずさ「うふふ、千早ちゃんったら手を繋ごうなんて言うのよ」

千早「……」

キィ「千早ちゃんも、ありがとう」

千早「気にしないで。私も見てみたかったから……キィと、さくらさんの故郷」

キィ「うん」

あずさ「いいところね、のどかで」

キィ「そうですね……つらい思い出もあるけど」

あずさ「……」

千早「……」

あずさ「もう大丈夫?」

キィ「はい……」

あずさ「それじゃ、帰りましょっか」

千早「ええ、そうですね」

キィ「うん、帰ろう。みんなのところに」




あずささん、千早ちゃん、765プロのみんな。

ファンのみんな。

三和土さん、美浦さん。


お母さん、おじいちゃん、知世ちゃん。

さくらちゃん。


みんな……


キィ「みんな大好きだよ」



 おわり


http://imgur.com/F3HD1FB

乙です

>>155
最後の最後で……

×知世ちゃん
〇知葉ちゃん

乙です。面白かった!

書いてくれて有り難う、乙。

乙 懐かしくて死にそう

乙!
良い作品だった

懐かしすぎる
ビデオのパッケージで興味を引かれたもんだ

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