千早「鳥になりたい……」 (46)


千早「……」フゥ

千早「ああ……私は、鳥になりたい……」

千早「二つの翼で、大空を駆ける、あの鳥たちに……」

千早「何者にも囚われない、あの広い広い空を、どこまでも飛んでいきたい……」

千早「どこまでも……」

(スッ)

春香「千早ちゃん……」

千早「春香……」

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春香「千早ちゃんは……魚……」

千早「!?」

春香「私たちを見つめながら、足を手に入れて、地上を駆けめぐりたいと願う」

春香「魚……」

千早「いえ、違、私は」

春香「でも、私たちは知っている……」

春香「地上を走れたところで、特に何も得るものはないことを……というか疲れるだけなことを……」

春香「それどころか、車だのなんだの発明して、歩くこと自体を放棄しようとしていることを……」

千早「……でも、魚が足を得て地上を手に入れたことで、生命は進化し、私たちも生まれたわ」

春香「そうだね、長期的に見ればね……」


春香「……エルギネルペトン」

千早「!?」

春香「じゃあ千早ちゃんは、エルギネルペトン……」

千早「エル……なんですって?」

春香「現在発見された中で、最も原始的な四肢動物……」

春香「要は魚に足が生えた状態、太古の両生類……」

千早「え、ちょ、いえあの」

春香「……はっきり言って、きもい」

千早「あの」


春香「千早ちゃんは、空を飛べる鳥になりたいと言う……」

春香「魚は地上を駆けたいと願い、エルギネルペトンになった……」

春香「つまり千早ちゃんは……エルギネルペトン……」

春香「魚に足が生えた、異様……」

春香「千早ちゃんは、自ら望んでそれになりたいと言う……」

千早「……」

春香「まな板の上の……千早……」

春香「……なるほど、哲学的に、非常に高度な思考実験なのかな……」

千早「……」



千早「……人は人ね。鳥になれなくてもいいわ」

春香「そうだね……」





千早「……」フゥ

千早「私は、もっと上を目指したい……」

千早「もっともっとたくさんの人に、私の歌を聴いてほしい……」

千早「そして、その心を魅了し、掴みたい……」

千早「日本中の……いえ、世界中の人々の……」

(スッ)

春香「千早ちゃん……」

千早「春香……?」


春香「千早ちゃんは……発情期……」

千早「!?」

春香「さて……ここで自然の生き物に目を向けてみましょう……」

春香「人間以外にも、歌やそれに近いものを用いる生物は数多くいる……」

春香「そのほとんどは、求愛行動によるもの……」

千早「そういうことじゃなくて」

春香「主に雄が、雌を我が物にせんとして……」

春香「ライバルの雄たちと、競い合い、奪い合う……」

春香「世は正に、大発情時代……」

千早「……私は女だから、その論の場合は当てはまらないわ」

春香「そうだね、言葉の通りに考えればね……」


春香「千早ちゃんは……発情期……」

千早「!?」

春香「さて……ここで自然の生き物に目を向けてみましょう……」

春香「人間以外にも、歌やそれに近いものを用いる生物は数多くいる……」

春香「そのほとんどは、求愛行動によるもの……」

千早「そういうことじゃなくて」

春香「主に雄が、雌を我が物にせんとして……」

春香「ライバルの雄たちと、競い合い、奪い合う……」

春香「世は正に、大発情時代……」

千早「……何も異性の気を引こうとしてるわけじゃないから、当てはまらないわ」

春香「そうだね、今の話だけならね……」


春香「……かたつむり」

千早「!?」

春香「じゃあ千早ちゃんは、かたつむり……」

千早「かたつ……えっ」

春香「雄も雌もない、両性具有……」

春香「とりあえず生殖活動しようと思ったら、個体がもう一体いればいい……」

千早「いや、私そういうのじゃ」

春香「男も女もない、のべつ幕なしにサーチアンド生殖……」

千早「聞いて」


春香「歌とは、異性を獲得するための生殖活動の一環……」

春香「千早ちゃんは単純な自己顕示という枠を超え……」

春香「世界中に、自分の子孫を繁栄させたいと願ってる……」

春香「男女見境なくターゲットにする様は、まさにかたつむり……」

春香「良かったね……世界中に認められたら、世界中から愛が殺到するよ……」

千早「……」

春香「……つまり、千早ちゃんは愛が欲しい……?」

春香「そっか……千早ちゃん、愛を求めて寂しがってたんだね……」

千早「……」



千早「私、何のために歌ってるのか分からなくなってきたわ……」

春香「そっか……」




千早「……」フゥ

千早「私は本当は、あまりバラエティに出たくない……」

千早「プロデューサーは知名度のためだというけれど……」

千早「正直、もう少し減らしてもいいと思う……」

千早「事務所の知名度も上がってるし、やりたい人だけやれば……」

(スッ)

春香「千早ちゃん……」

千早「ひっ、は、春香っ……」


春香「千早ちゃんは……カッコウ……」

千早「!?」

春香「知名度を上げるのは、アイドルにとって大切なこと……」

春香「そしてそれは、自分の実力で積み重ねていかなければいけないこと……」

春香「人にやってもらってお零れに預かろうなんて……」

千早「そ、そんなつもりじゃ」

春香「気持ちが分からないわけじゃない……」

春香「でも私は親友として、心を鬼にする……」

春香「思い上がるな……」

千早「で、でも……そうよ、効率よ、その間に私は私ができることで事務所のために」

春香「そこまで、やりたくないんだね……」


春香「……ロボトミー」

千早「!?」

春香「そんな千早ちゃんには、ロボトミー手術をプレゼント……」

千早「ロボト……えっ、切除?」

春香「言うこと聞かなきゃこれ一本……」

春香「映画『カッコーの巣の上で』でも大活躍……」

千早「あれって確か前頭葉を切断……」

春香「ちょきんと一発あら不思議……抵抗する気はなくなります……」

千早「やめて」


春香「まぁ、冗談はさておき……」

春香「人の巣でぬくぬく育ててもらおうなんて、甘い……」

春香「苦手なら、逃げるんじゃなくて、好きになる努力を……」

春香「逃げるのなら、こんな業界辞めちゃうべきだよ……」

春香「出来ることは無意味でもやる、くらいじゃないと、成果は出ないよ……」

千早「……」

春香「千早ちゃんは、出来るんだから……」

春香「私も傍にいるよ……」

千早「……」



千早「ありがとう、春香……私、間違ってた……」

春香「いい話だなぁ……」




千早「……」フゥ

千早「どちらにしようかしら……」

千早「100g50円のもやしと、1kg400円のもやし……」

千早「単価的には……1kgは実に2割引き」

千早「やっぱりこっちの1kgを……」

(スッ)

やよい「千早さん……」

千早「はるっ……なんだ、高槻さんね……」


やよい「千早さんは……カモ……」

千早「えっ!?」

やよい「確かに一見すると、単価は1kgの方が安いです……」

やよい「でも、一人暮らしの千早さんが、1kgも食べますか……」

やよい「値段に踊らされたカモが、ネギ背負ってレジへ……」

千早「そ、それは……」

やよい「賞味期限は、明後日……単純計算でも、それまで6食……」

やよい「1食当たり170g弱のもやし……」

やよい「……まず食べない……」

千早「で、でももやしパーティーで食べたのは美味しかったわ、あれなら……」

やよい「もやしパーティーですか……」


やよい「……怪奇、鉄板女……」

千早「!?」

やよい「新たなる都市伝説の誕生……」

千早「てっぱ……いえ、さすがに持ち歩きは」

やよい「もやしパーティーは焼きたてが命……」

やよい「食べたいなら、毎食鉄板が必須……」

千早「そんなに奥深いものだったのね……」

やよい「もやし料理の神髄を、甘く見ないで下さい……」

千早「あ、はい……」


やよい「千早さんのようなカモは、小売業界には大人気……」

やよい「『私、賢くお買い物してる!』と思わせたもの勝ち……」

やよい「いえ……美希さん曰くカモ先生から何も考えないことを学ぶそうなので……」

やよい「カモ以下ですね……」

やよい「あ、考えてみたら鉄板、常に携帯してましたね、胸部に……」

千早「……」

やよい「ちなみに、ここのもやし高いってレベルじゃないです……」

やよい「千早さん、やっぱり何も考えてないんですね……」

千早「……」



千早「……罵られるのが若干、気持ちいいわ……」

やよい「そうですか……」





千早「……」フゥ

千早(どうしようかしら……)

千早(特に悩みとかはないわね……)

千早(困ったこともないし……)

千早(ため息つく振りまではしてみたけれど……)

(ジーッ)

春香「……」チラッ

千早(監視されてる……)


春香「……千早ちゃん……ううん、もっと深刻そうに……」

千早(リハーサルしてる……)

春香「千早ちゃんは……カメムシ……」

千早(やめて……私を何に例えようとしてるの……)

春香「いまいちかな……カマドウマの方がいいかな……」

千早(離れて、虫から離れて……)

千早「どうしたら離れてくれるのかしら……」

(スッ)

やよい「千早さん……」

千早「た、高槻さん……」

春香「あっ」

千早(春香……出遅れたわね……)


やよい「千早さんは……サークルクラッシャー……」

千早「!?」

やよい「思わせぶりな態度で……周囲を籠絡……」

やよい「その毒牙にかかったものは、逃げられません……」

やよい「でもその気はないなんて……酷い……」

千早「ま、待って。それってどういう」

やよい「春香さん……」

春香「っ」ビクッ

やよい「いますよね……かむひあ……」

春香「何故……茂みに潜んでいた私の存在を……」ガサガサ

千早「リボン、はみ出してたわよ……」


やよい「春香さんは……蛾……」

春香「!?」

やよい「夜の明かりに吸い寄せられるように迷い込む……」

やよい「哀れな蛾……」

やよい「千早さんの思わせぶりな態度に、騙されて……」

千早「えっ私のせい」

やよい「飛んで火に入る夏の虫……」

やよい「電灯の容器の中に迷い込み……」

やよい「そのまま出られず、干からびてエンド……」

春香「……それでも構わない。私は、千早ちゃんといられるなら」

千早「は?」

やよい「ふふふ……可哀想な春香さん……」


やよい「……勘違い女……」

春香「今なんて」

やよい「春香さんは……勘違い女……」

やよい「ここで、蛾の生態についてワンポイントレッスン……」

やよい「夜、蛾が明かりに集まるのは、光を求めているからではありません……」

千早「え、そうなの?」

やよい「走光性を持つ蛾は、本来太陽や月、星の光を受け、その角度を保つことで飛行姿勢を制御します……」

やよい「しかし電灯などの明かりがあると、それと誤認し、角度を保とうと周囲をぐるぐる飛び回る……」

やよい「そして徐々に螺旋を描いて近づいていき……明りから離れられなくなるのです……」

千早「なるほど、つまり」

やよい「そう、つまり……」

やよい「はる蛾さんは、千早さんを光と見間違えただけ……」

春香「今なんて」

やよい「はる蛾さん……」

春香「今なんて」


春香「いい度胸してるね、やよい……」

やよい「うっうー……やりますか……」

春香「中学生と高校生の腕力の違い、思い知らせてあげる……」

やよい「飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこのこと……私の腕力を知りませんね……」

春香「おりゃー……」

やよい「ほあー……」

千早「二人とも、私のために争わないで!」



千早「はっ」

千早「夢ね……」


千早「……」フゥ

千早「一体私は、どうしてしまったのかしら……」

千早「あんな夢見るなんて、どうかしてるわ……」

千早「きっとおかしくなってしまったのね、私……」

(スッ)

春香「あれ? 千早ちゃん、どうしたの?」

千早「春香……」


春香「そんな深刻そうな顔しちゃって。悩み事かな?」

千早「少し気分が落ち込んでて……」

春香「そっか……そんな時は歌うのが一番だよ!」

千早「歌……」

春香「歌って、ダンスして、身体いっぱい動かそう!」

春香「そうすれば気分も晴れて、楽しくなるよ!」

千早「春香……」


千早「春香は……インド映画……」

春香「!?」

千早「主人公を襲う脅威……ヒロインに迫る魔の手……」

千早「さぁ、クライマックスの盛り上がり、どのようなグッドエンドか……バッドエンドか……」

千早「いいえ、ダンスです……」

春香「え、違、そういう意味じゃ」

千早「敵味方入り乱れのダンスパーティー……とりあえず踊っときゃ満足だ……」

春香「と、とりあえずとかじゃなくて」

千早「でも残念……誰もが皆インド人ではない……」

千早「というか……誰が踊り子を用意するの……自費か……」

春香「……」


春香「うわぁん!」

P「どうした」

春香「千早ちゃんが! 千早ちゃんがぁ!」

P「ほう、千早が」

春香「千早ちゃんが……」

P「そうか……大丈夫だ春香、俺が何とかする……」

春香「プロデューサーさん……!」

(スッ)

千早「プロデューサー……」

春香「ち、千早ちゃん……」


千早「プロデューサーは……カマキリ……」

P「ほう」

千早「……ハリガネムシ寄生済み……」

P「!?」

千早「脳の髄まで社畜に侵され、意思とは関係なく水辺へ連れて行かされる……」

千早「到着したらもう用はない……内臓食われてジ・エンド……」

千早「自分の意思で動いてると思いこんで……」

P「そ、そんなことはない……そんなことは……」

千早「では、この曲をお聴きください……」


(カチッ)

『テケテンテテンテンテンテテン♪ テケテンテテンテンテンテテン♪』

P「うわああああ時間制限がああああ」

『ポポポポポポポポポポポポ』

P「うわああああメッセージがああああ」

千早「そう……プロデューサーの行動は自分の意志などではない……」

千早「全ては決められた行動……」

千早「データが消えるその日まで……」

P「……」



P「そうだったのか……俺は所詮……」

春香「プロデューサーさぁん!」

千早「また一人……迷える子羊が増えてしまったわ……」


千早「……」フゥ

千早「春香もプロデューサーも、この気持ちを治すことはできなかった……」

千早「これはもうダメみたいですね……」

千早「ああ、大空を小鳥が飛んでいる……」

千早「初心に戻って、鳥になりたい……」

(スッ)

やよい「千早さん……」

千早「高槻さん……」


やよい「えへへ、千早さん。だいじょーぶですよ」

千早「高槻さんは……」

やよい「別に、何かに例えなくてもいいかなーって」

やよい「私は私だし、千早さんは千早さん」

やよい「ありのままで居てくれるだけで、私は嬉しいです!」

千早「高槻さん……」

やよい「辛いことも悲しいことも、いっぱいあると思います」

やよい「でも、私は千早さんに、どんなに辛いこと言われても悲しいこと言われても」

やよい「それでも、千早さんのことがだーいすきです!」

千早「そんな……私はそんな言葉をかけられるような人間じゃ……」

やよい「それを決めるのは私ですー!」


やよい「どんな時でも、私がいます、千早さん」

千早「高槻さん……私は……私は……!」

やよい「もうだいじょうーぶですよ……だから、私と一緒に……」

千早「高槻さぁん!」

千早「私、高槻さんがいないとダメ! 高槻さんが居てくれないと、私……!」

やよい「千早さん……」


やよい「……千早さんは、賞味期限間近の特売セール品女……」

千早「えっ今なんて」

やよい「持ち上げればすぐ落ちる、安い女」

千早「今なんて」




おしまい

最初の一発ネタができればとりあえず満足でした
お疲れ様でした

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