楓「トリックオアトリート」 (43)
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、だったかな
それはさておき
「楓さん」
「はい、何でしょう?」
にこり、と
それはもう満面の笑みで
これ以上ないくらいの笑顔で
俺の膝の上で返事をする
魔女の衣装を着た楓さん
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「そろそろ降りてくれませんか?」
「無理です」
即答ですか
「何故ですか?」
「降りたくないからです」
うん。実に分かりやすいですね
花丸をあげましょう
「ですが、これでは仕事ができません」
「明日にしましょう、仕事は」
簡単に言わないでください……
「明日の仕事はわーくわく、ですね」
全然わくわくできませんからね!?
むしろ、ちひろさんに怒られるビジョンしか思い浮かびませんよ……
「今日できることは今日やりたいんですよ」
きょとんとしていらっしゃる
鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔だ
「もぅ、ノリが悪いですね」
ぷくっと頬を膨らませて抗議された
子供みたいな仕草だが
この人がすると、不思議とそんな感じがしない
「貴女を膝を乗せている時点でノリも何もないでしょう……」
散々お願いをされて、こちらが折れてしまった訳なんだが
わーい! なんて飛び跳ねて喜ばれたら、流石に悪い気はしない
楓×武内Pか期待
……だが、断言しよう
これはまずい
俺が色々とまずい
楓さんの体温、柔らかさ
そして、この良い匂い
変態みたいな言葉ではあるが、こんな言葉しか出てこない
軽いパニック状態だ
たまに、身じろぎするのだが
太ももに伝わる柔らかさにびくりとしてしまう
年少組のアイドルたちにお願いされて、膝に乗せる時はあるが
考えが甘かったようだ
大人と子供でこうも変わってしまうとは……
しかし、現在進行形な今
どうにかして乗り切らなくてはいけない
ちらりと元凶でもある楓さんを見てみると
「~♪」
こちらの考えなんてお構いなしに御機嫌だ
「どうしたんですか?」
こちらの視線に楓さんが気づく
どうしたものか
何か会話の糸口を見つけて、気持ちを切り替えなくては
「いえ。そういえば、その衣装はどうしたんです?」
目を凝らして衣装を見てみる
生地や裁縫がしっかりしていて、安物ではない事が一目でわかる
「凛ちゃんたちが奈緒ちゃんに用意したみたいなんです」
ほうほう
「でも、奈緒ちゃんが逃げちゃったらしくて」
あいつ恥ずかしがり屋だもんな
容易にイメージが想像できる
「で、それを譲り受けたと?」
よく逃げ切ったな、奈緒
「正解です」
ウィンクも頂きました、ありがとうございます
>>5
武Pじゃなくね?
「でも、私には少し大きいみたいなんです」
ぴらり
指で胸のあたりを開けてみせる
「ほら」
瞬間的に顔を背ける
「はは、そうなんですか」
狙ってやってるのか無自覚でやってるのか
この人は無自覚なんだろうなぁ……
「丈は短いんですよ」
ぴらり
今度はスカートの裾を摘まむ
また顔を背ける
これは精神攻撃か何かですか?
男としての性とプロデューサーとしての理性
まだプロデューサーとしての理性が勝ってくれている
よし、まだまだ耐えられる
「あら? どうしたんですかプロデューサーさん」
にこにこと笑って顔を覗きこんでくる
貴女、分かっててやってますよね?
「あの、そういうのは自重してくれますか」
おずおずと切り返す
……何で俺がお願いする立場になっているんだ
「ふふっ」
俺の言葉を聞いてから、笑顔の質が変わった
アイドルの高垣楓としてではなく
女としての高垣楓
ファンを魅了するのではなく
男と虜にする笑み
「私、嬉しいんです」
嬉しい?
「プロデューサーさんが私を意識してくれて」
こんな状況で意識しない奴なんていないでしょうに
そんな奴がいたら是非見た見たいものだ
「貴女の周りには可愛い子がたくさんいます」
みんな俺がスカウトしてきた子たちですからね
自信を持ってプロデュースしていますし
どこに出しても恥ずかしくはないです
「そんな子たちが少なからず貴方に好意を持っています」
年上の異性への憧れを勘違いしてるだけじゃないですかね?
こんな男を好きになっても無駄だと思います
男なんて腐るほどいるし
あれだ。恋に恋するお年頃って奴だ
うん、きっとそうに違いない
「皆、それぞれアピールしています」
身に覚えがあるでしょう? と聞かれた時
まったく無いとは言えないが
そこまで言うほどのものかと思うと疑問が残る
弁当や差し入れなんて、感謝の気持ちなのではないだろうか
「ある時、私の中で変化があったんです」
淡々と楓さんが語る
自分の気持ちを、俺に対する感情を
「変化ですか?」
変化
変わること、変わってしまうこと
あるいは、変わらなければならなかったこと
「私は皆を見てるだけで楽しかったんです」
いつもの楓さんは優しい笑顔で
年少組からは良いお姉さんとして
同年代からは良きライバルとして
良い関係を築いていると思っていた
楓さんの変化にまったく気づく事ができないとは
いつも近くにいた自分が情けなく思える
「人間関係の悩みですか? 俺に何かできることはありませんか?」
プロデュースするだけが仕事ではない
色々なケアも仕事のうちだ
彼女たちは売り物ではなく人間なのだから
「いつも優しいですね、プロデューサーさんは」
力なく笑う
さっきまでの楓さんが嘘みたいだ
「でも」
顔を上げて彼女は言う
「私は変わろうと思います」
力を込めた声で彼女は宣言する
「私も負けていられないんです」
楓さん……
貴女がそこまで考えていたなんて
「プロデューサーさんのお膝に乗せて、なんて言うの勇気が必要だったんですよ?」
えっ?
「楓さん、ちょっと待ってください」
「はい、待ちますよ」
にこりと笑う楓さんの瞳は妖しい光をしていた
「整理してみましょう。楓さんはどうして俺の膝の上に?」
問い1
「私からアピールしようと思ったからです」
問い1の答え
「貴女が変わろうとしたのは?」
問い2
「皆にプロデューサーさんを取られたくなかったからです」
問い2の答え
……頭が痛くなってきた
この25歳児はやることが斜め上だ
「楓さん、貴女って人は……」
まったく、こんな事しなくても他にやりようがあるでしょうに
自分を安売りなんてしては駄目だ
「ふふっ、プロデューサーさん」
猫撫で声で楓さんが言う
「私を膝の上に乗せてくれたのは、少しでも期待があったからじゃないですか」
「なっ……」
言葉に詰まる
「ほら、やっぱり」
攻守逆転
ここぞとばかり攻めてくる
「私はもう子供じゃありません、大人の女性ですよ」
顔が近付いてくる
お互いの瞳の中に自分を確認できる距離
吐息が感じられる距離
くすくす
楓さんが笑う
「スタイルには自信があるんですよ」
彼女の瞳に見つめられ
まるで金縛りにあったかのように動けなくなる
駄目だ
「もっと私を感じてみたくないですか?」
やめてくれ
「悪戯しちゃいますよ? それとも悪戯したいですか?」
「どちらが良いですか?」
貴女はそんなことをしてはいけない
「ふふっ」
俺の胸に楓さんの指が這う
それが皮肉にも俺の反撃の狼煙になった
「やめるんだ楓さん!」
腹の底から声を出す
びくりと楓さんが硬直する
「これ以上は怒りますよ」
意思を込めて楓さんを見る
これ以上この人にこんな事をさせてはいけない
俺の大事な人にこんなことは……
「……」
驚きと悲しみだろうか、詳しく読み取る事はできなかったけれど
がくり、と
糸が切れた操り人形のように楓さんが頭を垂れる
「……うぅ」
しばらくして聞こえてきた泣き声
「なんでですか……」
ゆっくりと顔を上げた楓さんの瞳は、涙で濡れていた
「なんで拒絶するんですか……」
ゆっくりと言葉を紡ぐ
「私の事が嫌い……なんですか?」
「何か言ってくださいよ……ねぇ」
とん、と
彼女の手が俺の胸と叩く
弱弱しく、痛みなんて感じない力で
「何で、何でなんですかっ……」
そこからはもう泣き声だけだった
付き合いが短いわけではないが、泣き顔を見たのはこれが初めてだ
楓さんは泣き続ける
彼女の綺麗な瞳から涙が止めどなく溢れ
俺のスーツに染みを作っていく
こんな時に気の利いた台詞を言える奴がモテルんだろうなぁ
なんて、間抜けな事を考えていた時だった
「どうせ私なんて……」
楓さんの弱弱しい言葉を耳が拾う
「こんな女に魅力なんて感じないですよね……」
魅力を感じない?
「皆に嫉妬して、みっともないですよね」
人間、嫉妬の一つや二つあるんじゃないですか?
「もう、どうしたらいいのか……」
……
「私、私……プロデューサーさんに嫌われたくないんですよぉ!」
それは力無き叫びだった
でも、俺の中でその言葉は、どんどんと大きくなる
「楓さん」
言葉と同時に体が動いていた
両腕で楓さんを優しく抱きしめる
「落ち着いてください、楓さん」
俺の心音を聞かせるかのように
壊れ物を扱うように胸に優しく抱きとめる
「プロデューサーさん……」
「暖かいです」
「ええ、暖かいですね」
楓さんがおそるおそる腕を背中に回してきた
大切な人の暖かさ
大切な人の匂い
大切な人の柔らかさ
全てが愛おしく感じる
「すみません、プロデューサーさん」
ようやく泣きやんでくれた
「良いんですよ。気にしないでください」
このくらい容易いもんさ
「もう少しだけこのままでいいですか?」
おずおずとしたお願い
「ええ。貴女が望むまで」
「ありがとうございます。ねぇ、プロデューサーさん」
「何ですか?」
「私、嫌われてないですか?」
「嫌いな人にこんな事しませんよ」
抱きしめる力を少し強くした
「……ふふっ、そうですか」
嬉しそうな言葉が返ってきた
「それに貴女はとても魅力的です」
こうしてる間にも胸の鼓動が速くなっている
「嫉妬だってしてもいいじゃないですか」
俺だってほかプロデューサーにしたりするし
「楓さんは楓さんですから」
人は人、他人は他人です
「プロデューサーさんに言われると納得しちゃいます」
「ええ。存分に納得してください」
「変なプロデューサーさん」
顔を上げた楓さんには笑顔が戻っていた
くだらないジョークを言って
皆と喜びを分かち合う、あの笑顔が
「これが俺ですから」
俺なりの不器用なやり方
スマートじゃないけれど、これしか知らない
五分かそれとも一時間か
どれだけの時間が経ったのかはわからない
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
微笑んだ後にするりと俺の膝から降りる楓さん
そして彼女は深呼吸をする
すぅ、はぁ
「私、高垣楓は誓います」
俺のアイドルが高らかに宣言する
事務所がステージに変わる
限られた者にしかない輝き
きらきらとした美しさ
そう、貴女はこうあるべきだ
「高垣楓は、貴方の一番になります」
美しい魔女の声が綺麗な夜空に響いた
おしまい
読んでくれた人に感謝を
コスプレした楓さんが見たかった、ただそれだけなのです
いいふんいきだったおつ
otu
おっつおつ
良かった
乙
引き込まれた
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