上条恭介「幻想御手?」 (633)








タッタッタッタッ… ハァッ ハァッ

タッタッタッ ハァッ ハァッ…



ガラッ

さやか「恭介ぇっっ!!」

恭介「うぃーす」ピッ

さやか「え……」ヘナヘナ ガクッ…

恭介「床にへたり込んでないでさあ、そこに座りなよ。

   見舞いに来てくれたんだろ?」

さやか「あんたは……あんたは……」ゼーハーゼーハー

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ダダダッ

さやか「事故に遭ったって聞いたからあたし、

    メチャクチャどんなに心配したと思ってんの!!

    しかも昨日って、ついさっき知らされて……」

恭介「ごめん。僕からさやかには知らせないように頼んだんだ。

   手術終わったの夜遅くだったし、昨日は色々と君に見せられない状態だったから」

さやか「(ハッ)その……手……」

恭介「幸い他の所はまぁ精密検査まだだけど大丈夫な感じなんだけど。

   左手はもうヴァイオリンは無理だってさwww」

さやか「―――」

恭介「つれーわwwwマジつれーわwwww…………さやか?」

さやか「……なんで……なんで……なんでそんなに元気なの!?」

恭介「そう来るかwww

   言ったじゃんww 昨日は僕だって大泣きしてたんだぜwww」

さやか「昨日は……ってそんなにすぐ切り替えられるもんなの?

    なんであんたが……!」

恭介「仕方ないよ……僕のせいだからさ。

   相手の人は飛び出した僕が悪いのに精一杯尽くしてくれて、申し訳ないほどだったよ。

   今は、もし他にケガ人が出てたらって今頃怖くて、そうならなくて感謝してる」

さやか「バカ……バカ……! そんなんじゃないでしょ……バカ……!」

恭介「だから本当にさやかには悪かったって言うか……、

   そういう風な顔になってほしくなくてどう伝えたら、て考えてたんだけど」

さやか「余計な気を回してんじゃないよ……、

    だってあんた……子どものころから目指してた道が断たれたんだよ?

    昨日の今日で平気な訳ないじゃない」

恭介「実はそうなんだ。ぶっちゃけこれからどうしよう?」

さやか「ブッwww ククク…ッ」プルプル

恭介「肝心な所で笑うなwwww」

さやか「クククク…ッ ハァーッ ……あたしは何したらいいの? あんたに何ができるの?」

恭介「勉強して今の医学では治せないケガを治せる医者になってくれ」

さやか「‥。あーそれあたしは無理だわ」

恭介「早えぇww」

さやか「て言うかあんたが自分でやって。……他に何ができる?」

恭介「じゃ、そこにいてくれる?」

さやか「わかったわ」

恭介「僕は寝る」

さやか「おい」

Eden

Kalafina、作詞・作曲・編曲:梶浦 由記







――――
―――
――


さやか「はぁ~~」

恭介「傷病人の前ででかい溜息つくなよ」

さやか「もう退院近いんだからケガ人じゃないでしょ」

恭介「学校行きたくねぇww もっと休みてぇwww」

さやか「学校の教材ちゃんとやってる? あの転校生を見習ってほしいわ」

恭介「ああ、心臓の病気で長いこと入院してた、て子か。

   転校初日の自己紹介も終わらない内に鹿目さんに熱烈なプロポーズをしてきたっていう」

さやか「どういう覚え方してんの。ただまどかの手を取って、

    『わたしも魔法少女になったから一緒に頑張ろうね』とか何とか言ってただけ」

恭介「……鹿目さんと旧知の仲でもなかったんだろ」

さやか「まぁそこらへんはもういい。今はちょっと妬けるくらい仲良くしてるから」

恭介「妬けるくらい?」

さやか「放課後にあたしと仁美が誘っても、

    二人して『ちょっと用事があるから』、てさっさと帰っちゃったりね」

恭介「それは転校してきたばかりだから色々回るところがあるとか」

さやか「だったら仁美やあたしだって一緒に力になったり遊んだりできるじゃん。

    まどかもまどかよ……」

恭介「その子の誘いを鹿目さんが断れてない状況?」

さやか「違う。あの子優しいからそういうトコあるけど、

    転校生の子とは相思相愛ってか自分からも普通に仲良くしてる感じ。

    て言うかむしろその子のほうが内気ですぐには人と打ち解けられない性格っぽいから」

恭介「だったら鹿目さんに任せて、

   徐々にその子がさやか達ともつるめるようになるまで待つしかないんじゃね」

さやか「だから仁美とそう思ってあの子たちを見守ってるんでしょ!」

恭介「はい」

さやか「はぁ~~っ。(バフッ)痛っ」

恭介「いや僕の膝が痛いんだけど」

さやか「足はほとんど痛めてなかったでしょー。

    なんでよりによって治らない部分が演奏に必要なとこなんだよ……」

恭介「僕の甘さだったんだな。登山中の転落事故で、

   手をかばったために自らの滑落をとめられず助からなかったヴァイオリニストもいる。

   僕は弾けなくなって初めて、自分にとって音楽がどれだけ大事か思い知らされてるのに」

さやか「……」

恭介「……鹿目さんが放っておけないとは、よっぽど内気な子なんだね」

さやか「(ゴロ…)その子だっていい子だって分かんの。

    凄い純朴ってか苦手なことでもいつも一生懸命なの伝わってくるし。

    勉強だって最初のほうつまずいてたけど今じゃ……ん!?」

さやか「(ガバッ)あんた勉強してんの?

    授業聞いてるあたしでもそれなりについてけないんだけど」

恭介「持ってきてくれた分はやってるよ。出来てるかは別問題だけど。

   さやかこそついてけないのに毎日ここに来て大丈夫なの?」

さやか「あたしは元々のそれなりを維持出来てればいいもんね。そう思うんなら早く退院しろ。

    あと、CD見つけて来たよ」ガサ

恭介「それなりの意味違うし。

   つーか、クラシックばかりの持ってきやがってwww

   完全にイジメだろこれwwww」

さやか「あんた何だかんだでクラシック音楽には詳しいでしょ。

    プロの演奏者になれなくてもそういう部分は伸ばしていったほうがいいと思う」

恭介「だとしても今くらいは聴きたくねーよww

   せめてポップスとか他のジャンルの持ってこいよww」

さやか「甘い。

    そんな一見無駄な回り道も気がつけば一つも無駄じゃありませんでした、何てね。

    苦しいことから逃げなかった人だけに許される言葉よ。

    あ、あたしみたいに何の才能もない人間なら別よ。

    別に楽しいことだけ追ってればいいんだから」

恭介「僕が特別だから苦しい目に遭えとかww 勝手に決めんなよwww」

さやか「そりゃそうだわ。

    自分が特別だっていう矜持とか自負なんて傲慢な本人の思い込みでしかない。

    でも音楽家って例外なくそれを持ってるはずだし、

    その中の一握りの人が運良く世間に認められただけの話でしょ。

    恭介、あんたは自分でどっち側の人間だと思うの。

    子供のころから遊びたいことも我慢して積み重ねてきたモノが、

    ここで放り出してしまえるぐらいの価値しかないって思うんなら、

    そのCDだって売るなり割るなりすればいいじゃん」

恭介「いやその放り出すにも左手動かないんすよwww」

さやか「はっきり言わせてもらうよ。

    恭介、あんたは少なくとも同年代の誰より抜きんでたモノを持ってる。

    いいえ、あんたほど人の心を打てる演奏ができるヴァイオリニストはいなかった。

    神様はあんたに贈り物をした上で裏切ったんだよ。

    あんたがその神様を裏切るかどうかはあんたの自由だし、好きにすればいい。

    じゃあね」ガタッ 

恭介「……」

さやか「(スタスタ…ピタ)後ね……早く学校来なよ。仁美とか、クラスの子心配してるから」

恭介「……ありがとな、さやか」

さやか「……」ガラガラ‥


恭介「(クスッ)一体どっちが傲慢なんだよ……」

ほほう


~~エレベーター内~~


さやか「恭介……。……あたしの左手なんて……」


~~鉄橋~~

トボトボ

さやか「あー夕焼けがきれいだなあ」

『だったらいっそ死んだほうがいいよね……』

さやか「そこまで高尚な感性は持ち合わせてねーよ! ってどこだここ?」キョロキョロ…ハッ

マミ「暁美さんの指定したとおり、ドンピシャだったみたいね」ジャキッ

さやか(輝いてる! え、鉄砲……?)

ほむら「時間帯、場所……間違いありません。こいつです」サッ

さやか「あ、暁美さん!? 何コスプレしてんの!? その筒みたいなの何?」

まどか「ほむらちゃんのおかげだね!」チャキッ

さやか「まどか、あんたもか」

まどか「さやかちゃん、動かないでね……」キリキリ…

さやか「ほおおお」

パゥッ! バシュッ!

まどか「ほむらちゃん、今だよ!」

ほむら「はいっ! (タタタ…ッ)えいっ」ポーン

ドカーン!! ギャアアア…

さやか「うわおっ!」

ほむら「はぁはぁ……」ヘタリ

まどか「さやかちゃん、大丈夫!?」タタタ

さやか「お、おう……」

まどか「よかった。ほむらちゃん、やったね!!」ガバッ

ほむら「は、はい……」ニコ…

ウェヒヒ… ピョンピョン

マミ「美樹さやかさん、ね? ごめんね。

   すぐそこに使い魔が迫っていたからああするしかなかったの……」

さやか「いえ、助けてくれてありがとう……」チラ チラ

マミ「どうしたの?」

さやか「(ヒソ)……あの、もういいでしょうか……?」

マミ「何が?」

さやか「すみません。背後で爆発したのにベタな反応しかできなくて……。

    何せ突然で……撮り直しとかできませんよね?」

マミ「あ、ああ……」クスクス…

QB「彼女達は魔法少女。魔女を狩る者たちさ」

さやか「これはカメラですか?」

QB「おい」       


~~マミの部屋~~

コポポ…

マミ「やはり豪胆の持ち主ね。

   今まで巻き込まれた人であんな冷静な人はいなかったわ。どうぞ」クスクス

さやか「どうも。いや~、大分パニクってたよ。

    まどかとほむらがすごい美人の後ろにいたから、

    あー、二人ともなんかの撮影のエキストラやってたのかと。

    (ズズ…)紅茶うま!」ハァーッ

マミ「口に合ってよかったわ」ニコ

まどか「すぐそう思い込めるなんて、さやかちゃん、すごいよ」

さやか「(モグ…)あんた達が言ってくれないのがいけないんでしょ、それならそうと……、

     ケーキうま!」

まどか「だってそれは……、さやかちゃんを……」

さやか「よいよい。考えたらあたしだって逆の立場なら言わないさ。

    ほらほら、辛気臭い顔してちゃせっかくのケーキが台無しだ。

    マミさんもまどかもほむらも紅茶が冷めないうちに飲みなって」

ほむら・マミ「クスクス……」

さやか「ん? 何?」

ほむら「だって、まるで自分がもてなしているみたいで……」クスクス…

まどか「さやかちゃん、逆だよ」

さやか「うるさーい、あんまり美味しくて舞い上がっちゃってたんだよ。

    ……ふふ、でもほむらがあたしにも笑ってくれてちょっと嬉しいかも」

ほむら「あ……」

さやか「改めて、マミさん、ほむら、それにまどか。危ないところを助けてくれてありがとう」

マミ「わたしたちもあなたを助けられてよかった。特に鹿目さんたちはね」

まどか「てひひひっ。ほむらちゃんがあそこに魔女が出るんだ、て教えてくれたの」

さやか「へー、そういう予想って出来るもんなの。その……、魔女って敵が出る場所とか」

ほむら「は、はい……。時々は」

マミ「全て分かるわけではないにしても、

   暁美さんのおかげで以前のソウルジェム頼りに探す方法よりもとても助かってるわ。

   今回みたいに犠牲者が出る前に魔女や使い魔を倒すことができるから」

ほむら「いえ、そんな……。わたしなんかより巴さんの理論に基づいた方法のほうが確実です」

さやか「それにしても、あたしの知らないところでこんな危険を冒してたのね……」

QB「マミ達も新たな戦力が加わってくれればもっと安全に戦えると思うんだ」

マミ「キュゥべえ、美樹さんにとっても大事な決断なんだから急かしてはダメよ」

さやか「……マミさん、願い事って自分のためのものじゃないとダメなのかな」

QB「別に契約者自身が願い事の対象である必要はないよ。前例がないわけじゃないし」

マミ「……美樹さん、どういうこと?」

さやか「あたしの知り合いにね、あたしより困っている人がいて、そいつのためとか……」

マミ「それって上条くんのこと?」

さやか「おい、まどか……。どうして初対面の人が恭介のことを知ってるんだ」

まどか「テヘヘ……」

マミ「ごめんね。鹿目さんからあれこれ聞かされて、

   わたしにとってはあなたが初めて会う気がしないくらいなの」

まどか「あ、そういえばマミさんって上条くんの手、ケガを治す魔法で治せませんか?」

ほむら「あ! 確かに……!」

さやか「ケガを治せる魔法なんてあるの?」

まどか「うん! すごいんだよ、魔女に操られてひどいケガした人だって治せるんだから。

    ね、マミさん!」

マミ「……そ、そうね。一度、彼に会わせてもらって……」

さやか「……うーん、やっぱ会ったばかりで迷惑かけたくないし。

    あたしが願いごとで治してもらうわ」

まどか「えっ!? な、何で!?」

ほむら「そんな、わざわざ魔法少女になって危ない目に遭う必要はないですよ」

まどか「そうだよ。わたし、さやかちゃんが仲間になってくれたら嬉しいよ。

    でもマミさんが治してくれるなら願いごとにしなくても……」

さやか「……ねえ、マミさん。ほんとは治せないんでしょ?」

マミ「……ごめんなさい」

まど・ほむ「……!」

ほむら「そ、それはお医者さんに治せないほど重いケガだから……?」

マミ「もちろんそれもあるわ……。でもわたし自身の能力の問題がいちばん大きい」

まどか「そんなことないですよ! きっとマミさんなら……」

マミ「ええ。ダメもとと言ったら失礼だけど、

   美樹さん、それから彼本人さえよければわたしの全力を使わせてほしい」

さやか「ありがとう、マミさん。でも嘘つかなくていいんだよ」

マミ「……」

まどか「さやかちゃん、マミさんは嘘なんて――」

さやか「嘘っていうか、もっと大事なことを話してないっていうか。

    なんかもっと複雑な問題なんだけど、それを全部しょいこんで、

    自分一人のせいにしてる気がするんだよね、なんとなく……。

    恭介やあたしの力になりたいと思ってくれてるのは分かるんだ。

    それだけですっごくあたしは励まされてんだから苦しまないでほしいんだよ」

マミ「……美樹さん。鹿目さんから聞いてたとおりの人ね。

   打ち明けたところ、ありのまま分かってることを話すと、

   ただの言い訳にしかならないことなんだけど、ここは甘えさせてもらうわ」

まど・ほむ「……!」

マミ「なぜなのかは分からない。ただ、天の配剤とか、試練とか、業とか、……運命とか。

   魔法とは本来それらを超えて望みを叶えるはずのものだし、

   だからこそ必要以上にみだりに扱ってはいけないとわたしは思うんだけど、

   ……魔法で超えられないときがあるの」

ほむら「それって、巴さんの能力的に、ってことなんですか?」

マミ「深い傷を治すに足る魔力の強さ、そのしきい値の問題ではなくて、

   魔法が効力を発揮しない。それが実感としか言えないわ。

   経験的に、試みる前から『これは無理だ』って、

   なぜか分からないけど分かるようになるの」

ほむら(確かに、鹿目さんが言ってたように、ひどいケガの人を治せるなら、

    巴さんは能力的には上条くんの手も治せてもおかしくない……)

まどか「マミさん、それじゃ上条くんの手は……」

マミ「……ごめんなさい。今のわたしには……」

まどか「……ううん、わたしこそ。マミさん、さやかちゃん、ごめんなさい」

マミ「……もう一つだけ、ひどく無神経なことを言うようだけど、

   叶えたいことがどうでもよくなった頃になるとふと叶うこともある。

   そういう意味では希望がないわけじゃないわ」

ほむら「……ど、どうでもよくなるなんて……」

マミ「全て忘れろ、って意味じゃない。ただ、今どうしようもないことなら、

   今やるべきことに集中して前に進むしかない。

   現実を直視するって、何もかも最初からあきらめて受け入れるって意味じゃなくて、

   現状を今あるもので変えられる、超えられるか、視野を広げて吟味したうえで、

   それが今すぐにできないことなら、時間をかけて尽力で変えていくってことだと思う。

   変えたいものが環境なのか自分の内面なのかはその人によるんだろうけど、

   環境なり考え方なり行動なり、可能な小さな変化を継続して積み重ねていけば、よ」

まどか「う、うーん……?」

マミ「……わたし、何もできないくせに偉そうなことを……」

さやか「いや、聞けてよかったと思ってる。まどか、話フッてくれてありがとう。

    マミさんも話してくれてありがとう。

    うん、あたしが願いを叶えて恭介の手を治してもらうよ」

マミ「……奇跡や魔法でしか叶えられない願いなら、

   それが叶ったあとのその先の結果まで責任を背負うことになるわ。

   どんなにわたし達があなたのせいじゃないと言っても、

   あなたは自分で自分を追い詰めて背負ってしまう……そういうものよ。

   願いを叶えるのがあなた自身ならまだいい。

   でも人の願いをあなたが叶えるというのなら、

   あなたは下手をすると重荷に潰されかねないわ」

まどか「マミさん……?」

さやか「……」

マミ「鹿目さんからの話を聞く限り、わたしは美樹さんをそういう人だと思う。

   しかも、彼のことを慮って、あなたは上条くんに、

   彼を助けたのが自分だと伝えることもしないでしょうしね……」

ほむら「そんな……」

さやか「マミさん、ありがとう。……でもね、あたしは恭介に伝えるよ」

マミ「!」

さやか「伝えて、背負わせる。

    あたしに助けられたからってそれで何かに囚われて人生が狂ってしまうなら、

    上条恭介はそこまでの器だったってことだよ」

まどか「さやかちゃん……」

マミ「……魔女との戦いは命がけよ。それに日常的に時間を割かなければならなくなるし、

   大事な約束があっても必要に応じて務めを果たさなければいけないときもある。

   急がないで、その望みと引き換えならこれからどんな苦しいことも我慢できるか、

   それともそうじゃないか、一度じっくり考えてほしいの」

さやか「……ほんとのこと言うとね、そんな純粋に恭介のためだけに願うわけじゃないんだ。

    あいつの夢を叶えた恩人になりたいって気持ちもある。

    それと同時に、ただあいつの奏でる音色をもう一度聴きたい、って気持ちもある。

    両方ともがあたしの本音だから……。

    そりゃ危険なことに首突っ込むんだもの、後悔なんてしたくないしさ……、

    でもそうできる、って分かってて今そうしないならあたしは絶対後悔する。

    ……そんなワガママ通すんだから、あたしは決して後悔しないよ」

まどか「ね、ねえ……。さやかちゃん、やっぱり上条くんに相談してからのほうがいいよ。

    上条くんだって、さやかちゃんを危険な目に遭わせてまで治りたくないはずだよ」

さやか「かもね。だから、事後承諾ってのがミソなんだよ。

    あいつが信じようが信じまいがあたしには恩人だっていう自己満足が残る。

    あたしとあいつと絶交するようになっても、腕は治ったって結果があいつには残る。

    治ったあと伸びるか駄目になるかはあいつの勝手だし。

    でもあいつに背負わせるのは、あくまでも知らない内に押しつけられた結果でなきゃ。

    だって、相談してしまったら、あたしが願いを叶えるかどうかの責任まで、

    あいつに背負わせることになっちゃうもん」

まどか「……」

マミ「そこまで……。もう何も言わないわ。あなた達が幸せであるように祈ってる」

QB「じゃ、いいんだね」

さやか「うん、魔法少女になるわ。やって」

ピカーッ コオオオオ……

QB「君の祈りは却下された。契約は不成立だ」ヒュゥ~ン…



~~病室~~

恭介(左手に何か変な感覚が…? いや気のせいか……)


~~マミの部屋~~


さやか「こんなのってないよ! あんまりだよ!」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「痛々しそうに見るなー!」

さやか「ねえ、どうして? あたしは恭介を助けたいだけなの!

    どうして叶えてくれないの?」

ほむら「美樹さん……」

さやか「哀れむような目で見るなー!」

QB「僕にもなぜこうなってしまうのか分からないんだけどね。

   計算によると、まず上条恭介の左手が願いによって治癒した場合、

   彼を中心とした半径約100km圏内にいる人間のうち、

   左腕を失っている状態にある者、或いは左腕が動かない状態にある者が全て、

   その機能を回復してしまうらしい」

さやか「大いに結構なことじゃない」

QB「とんでもない。君の将来性にかんがみてもこちらは割に合わないよ。

   君が願ってもないことを勝手に叶えたおかげで、

   他の少女たちが願いを叶えるはずだった機会そのものを奪ってしまう可能性は否めない。
   
   君がその当事者たち以上に起こったことに対して感情が揺れ動くとは考えにくいもの。

   まさかこんなことが起きるとは思わなかったが、

   判明した以上そんなリスクの大きい取引には応じられないんだ」

さやか「そんな訳の分からないこと言わないでよ。どんな願い事でも叶えてくれるんでしょ?」

QB「こちらとしても残念だが……。

   期待させてしまってすまないが、今回は縁がなかったということで」

さやか「はぁ……」ガク

マミ「落ち込まないで、美樹さん……。これでよかった、て思える日が来るかもしれないわ」

ほむら「どうか元気を出して下さい……」

まどか「そ、そうだよ。もしかしたら、上条くんのケガだっていつか治せるお医者さんが……」

さやか「……かもね」

まどか「うん、だから……」

さやか「でもその頃にはヴァイオリニストになるには遅すぎると思うわ……」

まどか「あ……ぅ……」

さやか「……しょうがないよね、ナッハハ……。

    でもここんとこ現実を受け入れなきゃ、って気を張ってばかりだったから、

    ちょうどよかったわ。

    先に進む前にもしも治るなら、て一回位はとことん考えてもいいはずだもんね……。

    みんな、ありがとう。

    そういう機会を与えてもらっただけでも無意味じゃなかったんだと思う」

マミ「美樹さん、その意気よ」

さやか「うん! 少し元気出てきた」

まどか「う、うん……」

さやか「何だぁ? ほら、まどかも元気出しなってー。うりうり」

まどか「もう、立場が逆だよ……」

ほむら「ふふ……」


~~玄関~~


さやか「マミさん、ケーキご馳走さまでしたー」

マミ「お粗末さまでした。

   美樹さん、ぜひまた家に来て。魔法少女でなくても、あなたとは友達でいたいから」

さやか「え、本当にいいの? 何か色々甘えちゃいそうだなぁ」

マミ「安心して。同じ見滝原の先輩として、びしびしアドバイスしちゃいますから」

まどか「それじゃマミさん、また明日」

マミ「気をつけてね」

ほむら「失礼します」


~~帰り道~~


さやか「じゃあここで。……そういえば、なんか愚痴っちゃってごめんね。

    危険な目に遭ってるのはあんた達なのに……」

まどか「そんなこと気にしなくても……」

ほむら「こちらこそ何も力になれなくて……。わたしに出来ることがあれば……」

さやか「いや何言ってんの。まどかもほむらも命の恩人の上に、

    今日はマミさんとあんた達のおかげでだいぶ元気が出たよ。

    それじゃね、バイ」ピッ スタスタ…

まどか「うん。またあした」


トボトボ

まどか「……さやかちゃんも上条くんもかわいそうだよ。

    どんなに頑張っても治る見込みがないなんて……」

ほむら「ええ……。でも、きっといいことありますよ、美樹さんたちなら」



~~病室~~

ガラガラ

さやか「ないんだったら作ればいいのよ!」

恭介「!? さやか、帰ったんじゃないのか? て言うかもう夜だぞ!?」

さやか「恭介、結婚しよう! あたしがあんたの子どもを産むわ!」

恭介「うん、分かった。分かったから落ち着け。……一体何があった?」

さやか「ほむらとまどかは魔法少女になって忙しくしてたってこと!

    あとあんたは知らないでしょうけど、三年生の巴マミさんって人も!

    あたしが魔女に襲われて危ないところを救われたのよ」

恭介「(ギシ…)オーケー。付き添っていってあげるから今すぐ病院に行こう。

   大丈夫だ。僕は君を見捨てないとも」ヒシ

さやか「(バッ)だからそんな目で見るなー! 本当にあったんだから!」

恭介「(ペチ)はぁ……。じゃ、詳しく、順を追って話してくれ」ギシッ…

―――
――

さやか「……で、さっきまどかとほむらと別れて家に向かって帰ってたってわけ。

    信じてくれた?」

恭介「いや」

さやか「だったら何のために話させたの!?」

恭介「明日、鹿目さんと暁美さんをここに連れてきてくれ。

   二人が本当だと言って、目の前で変身でもしてくれたら信じるさ」

さやか「ったく疑り深いなあ」

恭介「それはともかく家に帰ってたはずがなぜここに戻って僕に結婚を申し込むことになる?」

さやか「あ、別に相手は仁美でもいいのよ」

恭介「どうしてそう思うのか、順を追って、話してくれ」

さやか「まず歩きながら考えてた。

    あんたの左手は今の医学じゃ治せない。キュゥべえにも叶えてもらえない」

恭介「うん」

さやか「でもあんたの才能を受け継いだ子どもなら超一流のヴァイオリニストになる」

恭介「さあね」

さやか「というわけで」

恭介「繋がらねえよ!」

さやか「何言ってんの。それしかないじゃん」

恭介「色々言いたいことがあるけど、特に結論の向こう側に対してだね。うん、そうだ。

   親の果たせなかった夢を押し付けられた子どもの悲劇だか喜劇だかは、

   こうして始まるんだな」

さやか「あれだけ息子の自主性を大切にしてくれてるおじさんとおばさんを持ってよく言うわ」

恭介「……。わかったよ。一つの可能性として頭に入れといても損はない斬新な考え方だ。

   わざわざ知らせに来てくれてありがとう」

さやか「うんうん、分かればよろしい」

恭介「ただね、年頃の女と男が夜遅くに二人っきりで話す事柄でもないだろ」

さやか「ああ、まあ……。そろそろ帰るわ」

恭介「はいよ。おつかれさん」ギシ

さやか「え、どうしたの」

恭介「送ってく」

さやか「いや、いいって」

恭介「気にすんな。上着着て、裏口使えばバレないし」

さやか「だから、あんたが何か起こすとあたしが困るから」キッ

恭介「……人通りのない道選ぶなよ」

さやか「うん。じゃね」

恭介「鹿目さん達によろしく」

さやか「はいはい」ガラガラ


恭介「……。(ハァーッ)」ガク



~~次の日、放課後~~


仁美「さやかさん、これから少し時間あります?」

さやか「あー、今日はまどか達と恭介の見舞い行くんだわ。仁美も来る?」

仁美「いえ。出来れば、さやかさんと二人でお話したいことがあるのですけど」

さやか「ああ‥、わかった。まどか、ほむら、悪いけど先行っててくれる?

    受け付けの人に言えば分かるから」

まどか「……うん、また後でね」

ほむら「あ、じゃお先に……」

禁書じゃないのかよ


~~病院への道~~


ほむら「何だか……緊張しますね。わたしたちだけだと」

まどか「そっか、ほむらちゃんは上条くんに会うの初めてだもんね」

ほむら「それもありますけど、普段からお見舞いに行ったことのないのに今日だけ来て……、

    わたしたちが帰ったあと、かえって寂しくさせてしまうような……」

まどか「……」

ほむら「ごごめんなさい!

    わたし、自分がそうだったからなんてひねくれてますよね、ああ…」

まどか「ううん、今日ほむらちゃんがいてくれてよかった。

    わたしだけだったら上条くんがそうかもしれない、て考えることもしなかったもん」

ほむら「で、でも変に気を遣うより自然体の方がいいと思うんです」

まどか「そうだなあ。実はわたしもちょっとドキドキしてるの。

    わたしは上条くんのお見舞いのためというより、

    さやかちゃんが上条くんのことを話してる様子が楽しみで今までついていってたから。

    さっき帰っちゃおうかな、って迷ったんだけど」

ほむら「上条くんが鹿目さんとわたしに会いたいそうなんですよね」

まどか「どうせなら元気づけてあげたいもんね。上条くんって演歌は聴くのかな」

ほむら「さぁ……、音楽を志してる人なら一通りは知ってるんじゃないでしょうか」

まどか「話が合えばいいけど……、

    そもそもどうして急にわたしたちと会いたいと思ったんだろ?」

ほむら「うーん、退院が近いからクラスの雰囲気を美樹さん以外の人から聞きたかったとか」

まどか「あ、そうか。だったらほむらちゃんのこととか先生のこととか……」

ほむら「えっ。わ、わたしもですか?」

まどか「だってほむらちゃんが呼ばれてるんだもん。きっとそうだよ」

ほむら「そ、そんな……」



~~ショッピングモール内のファーストフード店~~


さやか「で、話って?」ヂュー

仁美「……恋の相談ですわ」

さやか「ん」ピタ 

コト…

仁美「……実は長い間、まどかさんやさやかさんに秘密にしていたことがありますの」

さやか「うん」

仁美「ずっと前から、わたし、上条恭介くんのことお慕いしてましてたの」

さやか「‥うん」

仁美「……さやかさんはわたしに何か言うことはないんですか?」

さやか「……話をつけなきゃいけないんだね」

仁美「……わたしの上条くんに対する気持ち、気付いていたんですの?」

さやか「仁美はあたしの気持ちに気付いてたんだね」

仁美「……」

さやか「……」

さやか「……恭介の左手がもう治らないことは知ってる?」

仁美「ええ。やっぱり……」

さやか「やっぱり?」

仁美「昨日のあなた達の会話からなんとなく」

さやか「……?」ピク

仁美「魔法少女がどうとかも聞こえましたけど……」

さやか「ああ、願い事で叶えてもらえたらな、って思ったんだけど、

    世の中そうそう都合よくいかなくてさ。

    ……あんたに約束してほしいことがあるの。

    恭介との子どもを世界一のヴァイオリニストにして」

仁美「……逃げますの?」

さやか「うん」

仁美「……!」

さやか「これでも昨日一晩考えたんだよ。

    ……まさか今日あんたが決めにくるなんて思わなかったけど。

    だって、どう考えてもあたしと仁美じゃ敵いっこないもん。

    あんた頭いいし、品行方正だし、あたしより優秀な子どもを産めるに決まってる。

    ……それに、こんなこと言っちゃいけないけどあたしん家よりお金持ちだからね……」

仁美「……ふざけないでください」

さやか「……!?」

仁美「彼の子どもをヴァイオリニストにする?

   わたしがどうだから、あなたがどうだからどんな子どもが生まれる?

   そのこととあなたとわたしの上条くんに対する気持ちの深さと何の関係がありますの?

   いいえ、何より許せないのは今のあなたの考えだと、

   あなたにとって上条くんは何なんですの?

   手前勝手な将来設計図に置いていかれた上条くんの人生はどうなりますの?

   彼が今まで音楽に懸けてきた思いを……、あなたやわたしの彼への思いを……、

   全てそのための道具だと言いたいんですか!!」

さやか「それは……」

仁美「あなたがそんなことでは……一体どうやってわたしは……」

さやか「仁美!?」

仁美「……」

ザワザワ ヒソヒソ

さやか「と、とにかく出よう? ほら」


~~病室~~


まどか「‥こんにちは~」

ほむら「失礼します」

恭介「あ、やあ、いらっしゃい。

   鹿目さんと……君が暁美ほむらさんだね?」ボー

ほむら「はい。あの……、お疲れですか?」

恭介「ちょっと昨日寝付けなくてね……。あ、気にしないで」

まどか「無理したら体に悪いよ。今日は……」

恭介「いや、待って。君たちの話を聞かなかったら今日も眠れなさそうだ」

ほむら「と、言うと……?」

恭介「昨日の夜、さやかが突然ここに来て僕と結婚して子どもを産むとか言うんだ」

まどか「そんなとこまで考えてたなんて……さやかちゃん……」

恭介「それはまだいい。いきなり言い出すのがおかしいとはいえ、これに比べたらね……。

   次に言うには、君たちが魔法少女で、学校の先輩と一緒に、

   魔女から自分を助けてくれたって……」ガク

まどか「あ、ははは……(……そういえば)」

ほむら「あ、ああ……(内緒にして、て言うの忘れてた)」

まどか「と、とりあえず、どんな話だったか教えてくれるかな…」

恭介「うん。あ、掛けてて……」


―――
――


恭介「……僕が聞いたのはこれだけ」

まどか「そうなんだ……(うわー)」

ほむら「話してくれてありがとうございます(全部話しちゃってる)」

恭介「僕を心配し過ぎたせいでさやかの頭がおかしくなっちゃったのかと思うと……」

ほむら「大変でしたね。事故に遭われて辛いのに……」

恭介「いや。それは自業自得っていうか……納得してるんだ」

ほむら「自業自得……?」

まどか「……?」

恭介「……いいかい、さやかには言うなよ」

まどか「うんうん」

恭介「あの時……、ふと見たら道の反対側に黒猫がいたんだ」

まどか「――」

ほむら「……黒猫?」

恭介「うん。ほら、猫ってさ、飛び出す時は飛び出すって決めてかかるだろ。

   あの体勢だったわけ。それで……」

ほむら「横切ろうとした猫を助けようと……」

恭介「いや。猫は飛び出さなかった」

ほむら「?」

恭介「暁美さんは知ってるかな。鹿目さんやさやかは通学路に使ってるけど。

   結構幅が広い道路だったから声だけじゃ届かなそうだったんで、

   大声を挙げながら向かっていったら、別の方向へ逃げてった。

   で、結果的に道に飛び出したのは僕だけだったっていう……」

ほむら「はぁ……。ゆ、勇気ありますね…」

恭介「うん。どうかな。あんなに車が近くまで迫ってると知ってたら違ったかもしれない」

ほむら「……」

まどか「……そうだったんだ。さやかちゃんも不思議がってたの、

    見通しがいいのにどうして事故に遭ったんだろうって」

恭介「まあ普通はそう考えるよね。なんとかお茶を濁したけど。

   こんなことさやかにも親にも言えたものじゃないからね」

まどか「でも話してくれて、助けてくれてありがとう。

    その黒猫、多分わたしもよく知ってる子だと思う」

恭介「そうなの? だとしても、助けたと言えるかどうか……」

まどか「ううん、ほむらちゃんの言うとおり上条くんは勇気あるよ」

恭介「……。二人にそう言われたら少し心が軽くなったよ。

   ありがとう、人に話すのは初めてなんだ」

まどか「そっか……。秘密、話してくれたんだ……」

ほむら「あの、美樹さんのこと上条くんはどう思ってるんですか」

恭介「さやかを? ……冗談にしろ本気にしろ、そう言ってくれることは嬉しいさ。

   正直、あいつとは結婚するんじゃないかなあというか、

   あいつ以外にいるのかなあと前から思ってる」

ほむら「はぁ……」

恭介「ただね……、そうなるにしろならないにしろ、

   問題なのは自分がどんな人間になってるかってことだろ。

   結局何がしたくて、今どうするのかという……。

   さやかに言われるまでもなく、僕には音楽しかない、それも演奏するほうが好きだ。

   だが弾けないヴァイオリンを前にしてどうするのかってとこまで来て、

   今そこで止まってる状態なんだよ」

まどか「うん……」

恭介「あ、そんな深刻な顔しないで。思いつめてるわけじゃないんだ。

   ……こういう風に整理できるのも、じっと見守ってくれてる父さんと母さん、

   それから人の心に土足で踏み込んでくる幼馴染のおかげだね」ニッ

ほむら「ふふ……」

恭介「そういえばさやかは?

   あいつ志筑さんまで変なことに巻き込みそうだったから釘を刺しておかないと……」

まどか「あ、さやかちゃんなら仁美ちゃんと……」

恭介「遅かったか」


~~ショッピングモール内のトイレの個室~~


仁美「……。本当はあなたとは……上条くんが退院してからお話するつもりでした」

~~隣の個室~~

さやか「そう…」

~~~~

仁美「でもわたし……。昨夜稽古事の帰りにあなたを見かけましたの」

~~~~

さやか「……」

~~~~

仁美「あなたを尾けて……、扉越しであまり聞こえませんでしたけどわかりましたわ。

   あなた方の間に割り込む余地など無いと」

~~~~

さやか「恭介の気持ちなんて勝手に想像しただけじゃわからないってさっき言ったじゃん」

~~~~

仁美「いえ。さやかさんこそが恭介くんにとってたった一人のマドンナです」

ジャーッ ガチャ

さやか「っ」ガチャッ

仁美「……あなたこそ、彼をただどこまでも支えて下さい。

   わたしが言いたいのはそれだけですわ」

さやか「仁美……」

仁美「この話は終わりにしましょう。明日からはまどかさんと暁美さん、あなたと、

   大切なお友達としてこれまでどおりにありたいと思っています」

ペコ‥ スタスタ…  ガチャ


さやか「…あたしは……」


~~病室~~


まどか「ねえ、さやかちゃんが来てない間、上条くんって何してるの?」

恭介「ここの本棚に置いてある古い漫画を読んだり、さやかの持ってきたCDを聴いたり……、

   あ、勉強はしてるよ。勉強はしてます。うん」

ほむら「CDって……もしかして、これ?」

恭介「そう」

まどか「いつの間にか、こんなに増えてたんだね」

恭介「ほとんど見舞いに来るたんびにだったからなあ。

   でもこれ、廃盤になったけどいい演奏のものが結構あったりして。

   ちょっとやそっとの手間じゃ、これだけ揃えられないよ。

   レアなCDを見つける天才でもなければ」カタ カチャ

ほむら「何かお薦めの曲ってあります?」

恭介「うーん。(カチャ カチャ…)これはどうかな」スッ

ほむら「モーツァルトのクラリネット協奏曲……」ソッ

恭介「クラリネット奏者がカール・ライスター、指揮はネヴィル・マリナー。

   これはモーツァルトの晩年の…………」

まどか「どうしたの?」

恭介「君たち、最近身内に不幸があった?」

まどか「‥ううん?」

ほむら「…いいえ」

恭介「……ならいいかな。ねえ、モーツァルトとベートーヴェンって違うよね」

まどか「違う人だものね」

恭介「うん。鹿目さんなら鹿目さん、暁美さんなら暁美さんみたいに、

   それぞれの人生があって、どちらがどうとか他人が言うことじゃないんだろうけど。

   でも考えてしまうんだ。

   モーツァルトは天才で、ベートーヴェンは努力家だとか。家庭環境の違いとか。

   モーツァルトもベートーヴェンも病や人生には苦しんだけど、

   前者は作曲時の人生の調子と、曲調がかけ離れたものだったのに対して、

   後者は耳が聴こえないという絶望や、親族問題、政治・社会問題とか人生そのものに、

   真正面から向き合って苦悩を乗り越えていくプロセスが作曲に反映されてる」

ほむら「そういうイメージがありますね……」

恭介「こうしてみると、二人は互いに対になる存在だ……、と言いたくなるんだけど、

   簡単にそうは言えないジレンマみたいなのがあって……」

ほむら「ジレンマ?」

恭介「ベートーヴェンの方さ。

   モーツァルトは三十代半ば、ベートーヴェンは五十代半ばに亡くなった。

   前者はレクイエム自体は未完だったけど、その音楽性はもう完成の域にあった。

   でも後者は……」

まどか「……完成しなかったの?」

恭介「第九や弦楽四重奏曲第十五番みたいに、苦悩をつき抜けて喜びにとか、

   病癒えて神に感謝を捧げるという境地は、彼の人生に裏打ちされた真実だよ。

   ベートーヴェンの辿り着いたものは腹の底から人を揺さぶるほどの力を持ってる。

   でも人生は真実に辿り着いた所できれいに終わってくれないんだ。

   実際、彼は亡くなる前年から、息子のように面倒を見ていた甥が自殺を図ったり、

   自身は立て続けに複数の病魔に襲われたりと、これでもかってくらいの目に遭った。

   結局、病気は治らずにそのまま悪化して……」

ほむら「……」

恭介「モーツァルトだって、意地悪な人に出世を阻まれたこともあったし、

   その天賦の才を活かしきるのに労を惜しまなかったろうけど、

   人生に向き合う態度として悲壮なものは、きっと生来好まない人なはずだよ。

   ヨーロッパじゅうを演奏旅行する傍らで音楽について貪欲に学習をしたり、

   色んな人生経験を重ねていくうちに、その内面が作品に自然と反映することがあっても、

   少なくとも芸術は一種、至上の世界として別格に捉えていたと思うんだ。

   いっとき貴族からもてはやされた割に作曲の依頼はだんだんと減っていって、

   その晩年は生活が困窮していた。盛大とも言えるベートーヴェンの葬儀に比べて、

   共同墓地の一画というほかは正確なお墓の位置も分からないくらい。

   でも、その現実から切り離されたように、そのCDの曲調は清澄そのものだ。

   モーツァルトが諦観の境地にあったと言うなら分かるよ。

   でも、ベートーヴェンがそうだとしたら、悔しいじゃないか。

   だってヒューマニズムの体現者が敗北したのか、ってなるだろ。

   突きつけられる問題から逃げずに向き合ってきたために、

   越えても越えても新しい苦しみだけが襲ってきてさ。

   ずっと人生と戦ってきたってのに……」

ほむら「それはベートーヴェン本人にしか分からないことじゃないでしょうか。

    それに、彼だってそんな大問題だけでなく友人や大切な人と過ごすこと、

    あるいは日常生活のささいなことに楽しみを見出したりしてたかもしれないでしょう」

恭介「――そうだね。暁美さんの言う幸せな側面も含めて、

   ベートーヴェンはその最期のときにも人生を肯定したかもしれない。

   でも『違う、こんなものじゃない!』と苦しんだとしても彼らしい」

ほむら「どちらにしても死ぬまで必死に生きたんでしょうね」

恭介「そこまでいくと、モーツァルトとベートーヴェンは対なのかもしれない」

ほむら「ふむ……」

まどか「……」

恭介「あ、ごめん。なんか暗い話して。

   さやかにもらったCDを聴いてたら考えちゃってさ」

まどか「ううん。ぜんぶは分からなかったけどそういう話を聞いたら、

    なんだかわたしも聴きたくなった」

恭介「そう? さやかの携帯プレーヤーにダビングするつもりだから、

   それでよかったら聴いてみて」

ほむら「はい」

まどか「ありがとう。それじゃ、わたし達そろそろ帰るね」

恭介「うん、来てくれてありがとう。楽しかったよ」

ほむら「お大事に。失礼します」

ガラガラ…


~~病院のロビー~~


まどか「上条くん、元気そうでよかったね」

ほむら「ええ、退院が楽しみですね」

まどか「そうだね。ねえ、ほむらちゃん……、あのね」

ほむら「はい?」

まどか「ここに来ると入院してたときのこと思い出したりする?」

ほむら「今でも時々来るのでそういう感覚はないような……」

まどか「え?」

ほむら「あ、大丈夫です。経過観察のためで、悪くなったからではありませんから。

    でもどうして?」

まどか「上条くんの病室を出てから、少しいつもより元気そうじゃないな、というか……」

ほむら「それは…、病院の廊下を歩くときは決して笑わないようにしよう、て決めましたから」

まどか「……?」

ほむら「元気ですよ。心配してくれてありがとう」ニコ

まどか「よかった。元気ならいいの。

    ……あれ、ほむらちゃん、ソウルジェムが光ってるよ」

ほむら「え?」スッ

まどか「うん、わたしのも」チカチカ…

ほむら「え……そんな……」

QB「反応が弱いな……。使い魔だろうか」

まどか「だったら近くかな?」

QB「遠くにいる魔女に反応してるのかもしれないけど、一応敷地内を廻ったほうがいいね」

ほむら「……」

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「あっ、いえ……。早く探し出しましょう!」

まどか「うん!」


~~病室~~

恭介「あ、肝心なこと聞くの忘れてた」


~~病院裏、駐輪場~~


QB「おかしい……。そんなに移動していないのに反応の強まり方が急激過ぎる。まさか……」

まどか「あっ! あそこ!」

QB「グリーフシードだ! 孵化しかかってる!」

まどか「わ、わたし達の魔法で何とかできない? キュゥべえも呑み込んじゃえない?」

QB「こうなってしまってはどちらも無理だ。この魔女は強いよ。

   君たちが叩いてもむしろ孵化の手助けになる危険性のほうが大きいし、

   もう僕が呑み込める状態じゃない。卵から出てきた魔女と対決するしか方法はないよ」

ほむら「巴先輩を呼びましょう!」

まどか「うん!」ピッピッ…


まどか「……駐輪場の辺りです。……はい、分かりました」ピッ

まどか「急いで応援に向かう、先に結界に入って魔女を逃がさないように見張っていて、って。

    あと、場所が場所だから迷い込んだ人がいないか、

    魔女の孵化まではそちらを優先して保護につとめて、って」

ほむら「分かりました。……あらかじめグリーフシードがここにあることを知っていたら」

まどか「分かるときと分からないときがあるんでしょ? ほむらちゃんのせいじゃないよ」

QB「むしろ孵化する前に発見できた幸運に感謝しよう。

   君たちのお陰で大勢の人を救えるんだ」

まどか「そうだよ! 準備はいい? ほむらちゃん」フワァッ

ほむら「‥はい!」フワァッ

QB「大きな魔力を使って刺激しないように気をつけて。

   魔女がかえる引き金になってしまう恐れがあるからね」

まど・ほむ「了解!」

スゥッ


~~魔女の結界内~~


恭介「どわ~~はっは!!」


ほむら「……今の叫び声」

まどか「上条くんだね」

QB「いきなりマミの懸念が当たってしまった」

まどか「魔女の手下に襲われてるのかも。行こう、ほむらちゃん!」

ほむら「ええ!」

タタッ


ピョコピョコ ゾロゾロ

恭介「はっはっはっはっ……」ダダダ

まどか「上条くーんっ!」タタタ…

恭介「(ハッ)は、はひっ……」ダダダ

まどか「使い魔たちに追われてる……! キュゥべえ、やっつけるよ?」

QB「しょうがないな。魔力を使うなら覚悟しておいて」

まどか(チラ)

ほむら(コクッ)

まどか「上条くん、こっちへ! ……ほむらちゃん、お願い」

ほむら「はいっ」

カチャッ パシッ

恭介「……(あの筒みたいなのって!?)」ダダダ

カチッ

恭介「鹿目さん、暁美さん!」ダダ…

まどか「そのまま走って!」

恭介「ええ!?」ダダッ

ほむら「ここに置きます!」ポイ タタッ

まどか「離れろ~っ」タタッ

恭介「つまり……」ダダ

ピョコピョコ ゾロゾロ…

ドカーン!! 

恭介「のわあっ」

モウモウ…

バシュッ バシュッ

恭介(鹿目さん……!?)

ほむら「気をつけて! まだいます!」カチャッ パシッ

まどか「(ハッ)ほむらちゃん、後ろ!」

ほむら「!!」クルッ

恭介「くっ……!」ダッ

パシン ギュオオオ…!

使い魔「ギギィ……!」

‥カツン

ほむら(使い魔がグリーフシードに変化した!?)

恭介「な、何だ? 今の倒したってこと?」

ほむら「ええ、まあ……」

まどか「上条くん、ほむらちゃんを助けてくれてありがとう!」バシュッ

恭介「どういたしましてというかこちらこそ二人とも、助けてくれてありがとう!」タタ

まどか「ところで上条くん、病室にいたのにここに迷い込んじゃったの?」

恭介「いや、鹿目さんと暁美さんに聞きたいことがあって、

   探しているうちにいつの間にか」ギュオオ… カツン

まどか「聞きたいことって何?」キリキリ…

恭介「君たちが魔法少女だって話、本当?」タタ

まどか「うん! 黙っててごめん! 後で詳しく話すから……」バシュッ

恭介「いや、大体の話は……」

ブサッ

恭介「痛ってええええっ!!」

ほむら「退がってください!」カチッ

恭介「えええ」タタ

ポーン

ドカーン!

恭介「ありがと……。テテ……」

ほむら「こちらこそ。でも大丈夫ですか? 手下だからって素手で殴るなんて無茶ですよ」ハッ

恭介「(クルッ)おかしいなあ、さっきまでは――」パシン

使い魔「キィィ!」

ギュオオオ… カツン

恭介(左手なら効くのか……!)

まどか「とにかくほむらちゃん、上条くんを外へ……」

ほむ・恭「鹿目さんをここに置いていけません!」

まどか「わ、わたしそんなに頼りないかな……」ニヒヒ

ほむら「そ、そうじゃなくて、今はバラバラになると危ないです」

恭介「こちらこそ足手まといですまないけど、今は三人一緒のほうが安全そうだから」

まどか「……。じゃあマミさんが来るまで! みんな、お互いに気をつけて!」バシュッ

ほむら「はい!」カチャッ

恭介「わかった!」タタ

~~路上~~


さやか「……」トボトボ

QB「さやか!」

さやか「ん、キュゥべえじゃん」

QB「上条恭介が魔女の結界に迷い込んでしまった。魔女はまだグリーフシードの中だが、

   使い魔や結界の迷路そのものの危険にさらされてる」

さやか「なっ……! それどこよ!」

QB「見滝原市立病院の敷地一帯だ」

さやか「(クルッ)くっ!」ダッ

QB「落ち着くんだ。今、まどかとほむらが彼の護衛に当たっている」トトト

さやか「大丈夫なの!?」ダダダ

QB「正直それが手一杯の状況だ。

   マミが駆け付けるのがギリギリ魔女の孵化に間に合うか否かのタイミングになるだろう。

   三人がかりでも、上条恭介を守りながらではどうなるか……」トトト

さやか「あたしも魔法少女になって応援に行く!」ダダダ

QB「それなら結界の入り口まで案内しよう。

   彼の左手のこと以外なら何でもいいから早く僕に願い事を!」トトト

さやか「あーもう、分かったわよ!」

ピカーッ

さやか「さあ、早く行こう!

    なんかこう、テレポーテーションとかできないの!?」ダダダ

QB「それは魔法少女によるかな。(ピョン)少なくとも今の君なら魔力で飛翔できる。まず―」

バッ ヒュオオッ

QB「話聞けよ」


~~魔女の結界内~~


まどか「次々に現れてくる……」バシュッ

恭介「一応近寄って来るから倒してるけど、

   今さらだけどやっぱり倒さないとマズイの?」ギュオオ カツン

ほむら「一見無害そうだとしても魔女の手下ですから、

    油断するとどんな危険があるか分かりません」

ゾゾゾ ピョコピョコピョコ…

恭介「……あの数は本能的に危険だって分かるわ」

まどか「囲まれる……!」ジリ…

ほむら「わたし、行きます!」

恭介「へ?」

まどか「上条くん、ほむらちゃんに掴まって!」パシ

恭介「……失礼」パシ

サッ カシン

ピタ…

恭介「停まった……」

ポイポイポイポイポイッ ピタピタピタピタピタ

ほむら「今、時間を停止しています。停止解除後まもなく起爆しますから、今のうちに圏外に。

    わたしから手を離さないでください」

恭介「わかった」

タタタ…


カシン

ドドドカーン!!

恭介「凄え……」

QB「気をつけて! 魔女が出てくるよ!」

恭介「な、なんだコイツ! いつの間にいたんだ!」バッ

まどか「上条くん待って! キュゥべえだよ!」

恭介「キュゥべえって……ああ」

QB「やれやれ、男の子に僕の姿を知覚させるのは久しぶりだけど、

   やはり君たちにとっては僕の印象は好ましいものではないようだね」

恭介「いや悪かった。敵と勘違いしたんだ。違う状況なら君とも交流を深めたいもんだが」

QB「それは奇遇だ。僕の方も君に興味があるけど、今はお互いそれどころじゃないね」

恭介「ああ。あれが魔女だって? 思ってたよりずいぶん小さいんだな」

ほむら「あれじゃただのぬいぐるみ……何かおかしい……」

ピョコピョコ ゾロゾロ…

恭介「また手下がたくさん出てきた」

ほむら「どうしよう、もう爆弾が……」

まどか「ほむらちゃん、やっぱり上条くんを外に連れてって」キリキリ…

ほむら「そんな! 時間を停めるからみんなで逃げようよ!」

まどか「でもマミさんが来るまで……!(ハッ)」

ほむら「え?」

パパパパパパパウ!!!

マミ「お待たせ!」サッ

まどか「マミさん……」

マミ「そんな顔しないの。ここで気を抜いたら今まで頑張った分が水の泡よ」ジャキッ

まどか「は、はい……」ゴシゴシ

マミ「あの卓に付いているのが魔女ね?」

ほむら「はい、そうです……」

マミ「長引くほど不利だから一気に決めるわよ。わたしが緊縛するから、鹿目さんはとどめを。

   撃てる?」

まどか「はいっ!」

マミ「暁美さん、鹿目さんのフォローをお願い!」タッ

ほむら「はいっ」

タタッ

ガンッ グラ…  ポテ

パウッ パウッ  シュルシュルシュル…ッ ギュウ…

マミ「鹿目さん、今――」

魔女「ムグッ」

ボオオオッ

マミ「え‥」

まど・恭「あっ…」

ほむら「危ない!」カシン

ピタ…

ほむら「巴さん!」タタッ パシ

マミ「(ハッ)……暁美さん、ありがとう。危うくあの世行きだったわ」

ほむら「(ホッ…)」

マミ「爆弾まだある?」

ほむら「いえ、使い魔に全部使ってしまって……」

マミ「そう。せっかく大口開けてくれてるんだし、内部から爆破すればと思ったんだけど…」

ほむら「なるほど……!」

マミ「わたしが撃つか……(ハッ)。――暁美さん、時間停止を解除して」スタ…

ほむら「え?」スタ…

マミ「早く!」

ほむら「は、はい」カシン

ガオ……ッ!? キョロ

クルッ  スタッ

マミ「わたしを食べられる?(ジャキッ)さあ、こっちよ!」パウッ

ビィンッ

マミ(弾かれる……!)

まどか「マミさん!」

マミ「鹿目さん、暁美さん! その男の子を連れて結界の外へ出なさい!

   二人とも、もう十分戦ったわ。後はわたしに任せて!」ジャキキッ

ほむら「どうして、いきなり……(ハッ)」

まどか「いつの間にソウルジェムがこんなに……」

マミ「急いで! 自分の身も守れなくなるまえに撤退しなさい!

   さっきみたいに使い魔が押し寄せても掩護できないわよ!」パウッパウッパウッ

シュルシュルシュル… ギュウッ…

まどか「嫌だよそんなの!」

ほむら「そいつ、今までの魔女とはワケが違います! 先輩一人では危ないです!」

マミ「言ってくれるわね……、

   どうしてわたしの後輩は聞き分けのない子ばかりなのかしら!」ジャコンッ

ヌルッ

マミ(リボンをすり抜けた!? ……確かに最悪の相性ね)

恭介「巴さん! 僕なら大丈夫です。なんか分からないけど戦えます!」

マミ「……! あなたもしかして……」

ほむら「そうだ! わたしたちもさっきのグリーフシードで回復すれば」カチャッ ゴソ

ガオッ

マミ「くっ!」バッ

恭介「くそっ」ダッ

まどか「か、上条くん!」

ほむら「(ハッ)何を……!」

恭介「おーい、こっちだ!早く来いよ!」ブンブン

マミ「なっ……!」

ガオオッ

恭介「うおおおおっ」ダダダ

パシンッ

ボヨヨーン!

まどか「魔女がでっかくなっちゃった!」

恭介「うわあああああああああああああ」

ザキン

スタッ  チン

恭介「さやか……?」

~~病院裏、駐輪場~~


ギュオオオッ  カツン

マミ(両断した……?)

まどか「さやかちゃあん!」タタッ

ほむら「美樹さんっ」タタ…

さやか「?」

ガバッ ウェヒヒ…!

まどか「まさかさやかちゃんが来てくれるなんて思わなかったよ!」

さやか「ムム…、水臭いことを申すな。嫁が危機だって聞いて助けに来ないわけないじゃん」

まどか「よ、嫁って…」

ほむら「誰のことですか?」キラン

さやか「んっひひ…。こやつのことじゃ、のう、まどか?」

ほむら「そーやってあなたは鹿目さんを困らせるんですねそれならわたしにも考えが」

さやか「あんたもあたしの嫁になる?」

ほむら「な、何をふざけた…、(コホンッ)……美樹さんも、魔法少女になったんですね」

さやか「ああ、うん…」

ソッ スタスタ…

マミ「美樹さん、ありがとう。さっきは危ないところだったの」

さやか「あ、いや…、マミさんたちが無事でよかったなって…」カキカキ

マミ「魔女を倒したらこれを忘れないで取っておいて。仕留めた美樹さんのものだから」スッ

さやか「何、これ」クリクリ

マミ「グリーフシード。ソウルジェムに近づければ、

   魔力を消費することでソウルジェムに溜まる穢れを取り去ってくれるわ。

   それで消耗した魔力も元通りになるから」

さやか「…。えっと、あの、あたし、マミさんの仲間に入れてもらえないかな?」

マミ「…え?」

さやか「あたし新米でこんな基本的なことも分からないし…」

QB「戦いに必要な知識ならその都度、僕が教えてあげられるよ」

さやか「それだけじゃなくてもっと色々……、

    教えてもらうってだけじゃなくて、マミさんの仲間になりたいんだ、

    その…、まどかとほむらもいるし」

マミ「ふふ、最後の一言が本音かしら?」

さやか「キツいなあ、ハハ…」

ギュッ…

さやか「……!」

マミ「こちらこそ歓迎するわ。……ありがとう」

さやか「どもー」ハハ…

ユル…

まどか「――さやかちゃん、よろしくね」

ほむら「よろしくお願いします」

さやか「…(ニコッ)。じゃ、じゃあさ、これマミさんお願い」

マミ「お願いって……グリーフシードの管理も魔法少女として大事なことよ」

さやか「だからこそベテランのマミさんにお任せすれば万全!ってことで」

マミ「もう……ではお任せされたので言います。

   鹿目さん、暁美さん、美樹さんも。みんなソウルジェムを出して」

まど・ほむ・さや「はい」スッ

マミ「じゃあ美樹さん、順番を決めてソウルジェムを浄化してあげて」

さやか「えー、それじゃ結局マミさんがやって――」

マミ「いいから。あと、一つのグリーフシードでは4人分のソウルジェムは浄化しきれないわ。

   今回は美樹さんの功績が一番大きいから、

   誰のソウルジェムの穢れを多く取るか、つまり優先順の決定権はあなたにある。

   でも、ここに立っている子は誰であれ、危険を冒して魔女の結界に侵入し、

   戦いの場において何らかの貢献をしている点を考慮して――」

まどか「~~マ、マミさん、いつもそんな難しいことを考えてたんですか?」アセッ

マミ「(クル)」コク

さやか「(クル)……あんたたち、いつもはこれどうやってんの?」

まどか「てへへ、さやかちゃんみたいに大体いつもマミさんにお任せなの。

    それでわたしやほむらちゃんがやるときでも、なんとなく見よう見まねで、

    ソウルジェムがたくさん濁ってる子から先に回復させてるよね」チラ

ほむら「(コク)ええ。功績が、と言われてみれば確かにそうなんですけど今まであんまり……」

さやか「じゃそれでいいんじゃない。

    ……ええと、ほむら、まどか、マミさん、あたし、と……」

カチ カチ カチ カチ フゥゥ…

さやか「こんな感じ…」

マミ「あら、このグリーフシード一つで皆のソウルジェムの穢れを全て取り切れたのね……。

   浄化が終わったらキュゥべえにそのグリーフシードを渡して」

さやか「キュゥべえに? ほい」ツ

QB「(コローン)……きゅっぷぃ」

さやか「おお」

マミ「あの男の子もわたしを助けようとしてくれたみたいだけど、

   グリーフシードは必要ないわよね?」ニコッ

恭介「ごめんなさいもうしません」ペコ

さやか「あれ、あんた病室に戻んなくていいの?」

恭介「まだいたの的な顔で言うなよ。君は魔法少女にならなかったんじゃないのか?」

さやか「ぁあ!?」ギロッ

ツカツカツカ グイッ

さやか「あんたのせいでマミさん達が危ない、って言うから飛んできたんじゃない!」

恭介「…そうか。悪かった。…ありがとう、君が来なきゃ死んでた」

さやか「……」

マミ「お二人さん。……上条くん、ね?

   それ、キズは浅いけど血が出てるわ。手当てしましょう」

恭介「あ、これくらいなら…」

QB(マミ、彼の左手を治癒すると半径100kmにまで――)

マミ(治すのは左手じゃないわ)

QB(しかし万が一……)

マミ(意識不明の重体を治そうとするなら左手を含む全身に魔法をかけざるを得ないかもね。

   でもこの場合、魔法は右手という局所にかけるだけで済むわ。

   回復魔術――もし魔術なら魔力を降臨させるための最低限のスペースが要るだろうし、

   必然的に彼の全身もそのスペース内に収まるから、

   結果としてあなたが危惧する状況が発生することになるでしょうね。

   でも魔法は理を超えて直接結果を出すわ。

   右手のキズだけを治す。それなら問題ないでしょう。それにむしろ……)

QB(わかったよ、マミ)

マミ「ここは行きがかりよ。それに看護師さんが驚いちゃうでしょう?」

恭介「‥お願いします。あの、巴マミさんですよね」

マミ「ええ。自己紹介の必要はなさそうね」

恭介「さやかから聞いてます。巴さん、それから鹿目さんと暁美さんも、

   昨日と今日、さやかと僕を助けてくれてありがとう」

まどか「てひっ」

ほむら(ニコ…)

マミ(ニコッ)

ポウ…

マミ「ところで美樹さん、わたし達が危ない、って誰が知らせてくれたの?」

QB「僕だよ。正確には僕の仲間かな」

さやか「え、あんたさっき話してたキュゥべえ……と違うの?」

QB「魔法少女は世界中で必要とされているし、

   彼女たちと契約するのに僕一人では手が回らないからね。

   僕らはお互い意識を共有することができるんだ」

さや・ほむ・まど「へぇ……」

マミ「わたしも初耳だわ。……これでよし。他にケガはない?」

恭介「あ、大丈夫です。ありがとう」

QB(彼の左手は治癒していない。それに周辺の多数の人間にも影響は出ていないと見えるね。

   マミが前に言ったように君にはそもそも治せないケガなのか、

   君が注意を払ってくれたからか、そのどちらとものおかげか分からないけどよかったよ)

マミ「……」

恭介「何すか?」

マミ「あ、ううん。魔女に襲われても動じないところとか、

   あなた達って似たもの夫婦だな、って思ってたの」

恭介「夫婦じゃないですけど、小さい頃からの付き合いですからね」チラ

さやか「‥フン」

マミ「ふふ……」

ほむら「巴先輩、あの……」

マミ「どうしたの? 暁美さん」

ほむら「その上条くんのことでさっき不思議なことがあったんです。

    これ、見て下さい」カチャッ

カッコロカッコロコロコロ… ピタピタピタピタ

マミ「グリーフシードがこんなに!?」

恭介「いつの間にか消えてると思ったら、

   君もしかしてあれ一つ一つ時間を停めて拾ってたの!?」

ほむら「貴重品ですから(キラン)。つまずいたりしても危ないですし」

マミ「……30個以上あるわ。

   どれもだいぶ穢れが溜まっている状態ではあるけど、それにしてもこの数は……」

ほむら「上条くんが使い魔を変化させて得られたものです。一体どうやったんですか?」

恭介「いや、(ヒョイ)こういう風に、(ポテッ)左手に当てただけで…」

QB「あっ! ダメだ!」

恭介「え?」

ギュゴゴゴ…!

まどか「魔女が出たーーっ!!」

―――
――


マミ「(ハァッハァッ…)……上条くん、

   とりあえず魔女やグリーフシードには触らないでくれるかしら」

恭介「すみませんすみません」

QB「いや、マミ。今倒した魔女のグリーフシードを彼の左手に載せてみてくれないか」

さやか「ちょっ、キュゥべえ! 正気なの?」

QB「確かめたいことがある」

マミ「…分かったわ。でもその前にこのグリーフシードでみんな魔力を回復してから……」

QB「悪いが、一度でも使ってしまってからでは確かめられないことなんだ」

マミ「そう……じゃ暁美さんが拾ってくれていたグリーフシードから使いましょう。

   上条くん、いいかしら?」

恭介「どうぞ。皆さんで勝手にご自由に使ってください」

マミ「ありがとう。どれもほとんど黒色に染まっているから、

   せいぜい一人のソウルジェムを少し浄化する程度にしか使えなさそうね。

   美樹さん、気をつけて。

   限度を超えて穢れを吸わせすぎると今みたいに魔女がかえってしまうから」

さやか「怖っ。あ、でも今の戦いあたし戦力になれてなくて、

    ほとんど魔力使ってないから……」

マミ「少しでも魔力を消費したなら、回復できる時に回復しておいたほうがいい。

   魔女との戦いの最中に回復する暇があればいいけど、なかなかね……」

さやか「そりゃ命取りだわ。やっぱ使う」カチ スゥゥ…

・・・

QB「真っ黒になったグリーフシードは僕が回収するよー」

ポン ポン ポン ポン ポン ポン ポン…

QB「‥きゅっぷぃ」

ほむら「皆が全快するのに三分の一くらいを使ってしまいましたね」

まどか「キュゥべえ、お腹大丈夫?」

QB「大丈夫だよ。僕にとっても思わぬ収穫だ」

マミ「本当は場所を変えたいところだけど、あなたはここの患者だものね。

   ……じゃあ、さっきの魔女のグリーフシード、上条くんの手に載せるわよ。

   みんな、一応戦う準備はしておいて」

恭介「(ゴクッ…)」

トン

コォオオ…

マミ「これは……グリーフシードに何が起こっているの?

   さっきと違って魔女が孵化する様子はないわね」

QB「やっぱり……。もういいだろう。マミ、グリーフシードを拾って」

スッ

マミ「(ジッ)……上条くんに触れる前より、たくさんの量の穢れを、

   ソウルジェムから吸い取ってくれるのかしら?

   何となく、見た目はそのままなのに、さっきとは圧倒的に違うようだわ。

   はっきりとは感じ取れないけど、魔力の気配が大きくなったような……」

QB「恐らくそうだろう。これで恭介の左手の秘密が分かったよ」

マミ「そう…」

さやか「何……何なのさ、恭介の左手の秘密って!」

マミ「待って、美樹さん。冷えてきたわ。上条くん、病室にお邪魔してもいいかしら」

恭介「あ、はい、どうぞ…」

へえ

~~病院のロビー~~


マミ「あそこの自販機で温かい飲み物でも買っていきましょうか。みんな何がいい?」

さやか「ブラックで」キリッ

まど・ほむ「(キョロ)あ、自分で……」

マミ「今日はおごらせてね。みんな本当によく戦ってくれたんだから」

ほむら「それじゃ……。わたしも、コーヒーなら何でもいいです」

まどか「えっと、わたしもコーヒーで……、

    あの、コーンポタージュがあったらそっちをお願いします」

マミ「了解。上条くんは?」

恭介「あ、僕はいいです」

マミ「こちらがお邪魔するんだから遠慮しないで」

恭介「はぁ、じゃ、コーヒー、お願いします」ペコ…

~~病室~~


まどか「あぁ…、缶の底にこんなに残っちゃった……」ジワジワ

ほむら「ちゃんと飲み切るの難しいですよね。最近は飲み口が広くなったり、

    スクリュー式のフタつきのも売ってるみたいですけど……」カチ フゥゥ…

さやか「よく振って、すぐ開けて、一気に飲み干せばいいんじゃない」

ほむら「……美樹さんって、身じろぎもできないくらい熱い湯船に浸かってそうですね」ソッ

さやか「どういう意味でい。あ、ほら、キュゥべえ。

    さっきの恭介の左手がどうとか、早く説明してよ」

QB「……きゅっぷぃ。

   その左手には魔力、あるいはそれに類する力を増幅する作用があるらしい」

マミ・さや・ほむ・まど・恭「……!」

さやか「どうしてそんな妙な…」

QB「君、最近、何かその力が宿るきっかけになるような変わったことはなかったかい?」

恭介「ありすぎて見当がつかないな(フーッ、フーッ)」ズズ…

さやか「……きっとあたしが昨日願い事をしたせいだよ」

QB「いや、恐らくそれ以前だね。

   その契約の成立直前に僕が探りを入れた時点で、

   すでに恭介の左手にはその力があったから」

恭介「それじゃ分からないな。

   不思議体験に縁のある人間ではなかったし、事故に遭う人だってたくさんいるだろうし。

   強いて言うなら周りにいてくれる人の有難さを痛感したくらいか」

QB「それも取り立てて言えることでもないね。まあ、謎ならそのままでもいいよ」

恭介「にしても拳さえ握れない左手が何かの役に立つとはね…」

QB「役に立つどころか、君の左手は魔法少女と魔女の戦いに革命をもたらすことだろう」

ほむら「それって、グリーフシードに関わることで……」

QB「その通りだよ、ほむら。

   使い魔に対しては触れただけでグリーフシードに変える力であり、

   魔女を倒した時に入手できるグリーフシードに対してはこれを強化する力と言える」

まどか「魔力を増幅する力で、何でそんなことができちゃうの?」

QB「まどか、さっき壁に突き刺さっていたグリーフシードを思い出してごらん。

   あれは元々魔女から分裂した使い魔が、

   この世の穢れを巻き込み人の生命力を奪い取って成長した後の姿だ。

   穢れや人の生命エネルギーを養分にしてある程度成長すると、グリーフシードに変化し、

   まるで蛹のように殻を割る時を待つんだよ」

まどか「じゃあ上条くんがそれを早回しにしちゃうのか」

QB「そうイメージしたほうが分かりやすいかもしれないね。

   魔女から生まれたての使い魔ならともかく、

   たいていの使い魔はすでに大小の差はあれ世の穢れをまとっているから」

ほむら「でもそれだと孵化、というより羽化ですね」

QB「確かに君の言う通りだね。慣習的に孵化という言葉を用いても構わないかい?」

ほむら「ええ。時間が経てば自然とさっきみたいに魔女が孵化するの?」

QB「その点は昆虫の変態とは異なるね。

   時間はあくまでグリーフシードに穢れが満ちて孵化するのに必要な因子に過ぎない」

ほむら「グリーフシードに穢れが満ちる……(ハッ)」

まどか「え? ほむらちゃん、何か分かったの? なんか分からなくなってきた」

QB「ほむら、君から説明してあげてくれないか。僕の話はよく、分からないと言われるんだ」

ほむら「じゃ、キュゥべえ、間違ってたら訂正して。

    使い魔は成長するとさっきみたいに目立たない場所でグリーフシードになる」

まどか「わたし達に見つからないためだね」

マミ(……上条くん)

ほむら「うん。さっきみたいに孵化が近くなるまでソウルジェムも反応しない代わりに、

    きっと一番無防備な状態なのよ。グリーフシードになると身動きが取れなくなるから」

恭介(え!? 巴さんですか?)

まどか「うん」

マミ(美樹さんにその肌がけ掛けてあげて)

ほむら「それから、その場所に留まって世の中の穢れを吸収していくんだわ。

    わたし達のソウルジェムから穢れを吸い取るように」

恭介(あ、はい…)ソッ…

まどか「そうか! それで真っ黒になって…」

さやか「うー? むにゃ…」ゴソ

まどか「さ、さやかちゃん、寝てたの?」

ほむら「そういえば、昨日今日急なことばかりですもんね…」

恭介「ベッド使う?」

さやか「いや、横になったら本格的に寝れそうだわ。これ飲んだら大丈夫だから続けて」ズズ…

QB「今のほむらの説明で合ってるよ。

   付け加えるなら、グリーフシードの状態では人の生命エネルギーを奪わない。

   だからマミは見逃してるんだ」

まどか「そうだったんだ……!」

ほむら「使い魔や魔女から人々を守ることに優先順位を置いて……やっぱり巴先輩ですね」

マミ「グリーフシードは孵化直前になるまでソウルジェムで探知できない以上、

   通りがかりで、しかも早期発見でしか芽を摘むチャンスがないわ。

   魔法少女と同じように魔女のあいだにも縄張り争いがあるのか、

   この場の穢れを盗るなと言わんばかりに、

   魔女が通りがかりでグリーフシードを結界内に取りこんでくれることもある。

   魔女は巻き込んだ穢れを自身の魔力に変換するから結界内は意外に穢れがないの。

   その目もかいくぐられた場合……。

   けれど、見つける目が多くなれば芽を摘む機会も増えると思う。暁美さん、続けて」

ほむら「……上条くんの左手はグリーフシードの魔力だけでなく、

    そこに溜め込んだ穢れまで増幅してしまうのね。

    だから使い魔を変化させて得られたグリーフシードに左手が触れると、

    さっきみたいに魔女がかえってしまった……」

QB「そういうことだ」

まどか「でもさっき魔女が落としたグリーフシードは上条くんが触っても大丈夫だったよね」

ほむら「ええ。

    左手が触れても魔女が孵化しないということは、それには穢れが無い、ってこと?」

QB「そうだよ」

ほむら「意外ね……。確かキュゥべえは、

    上条くんの左手は、魔女が倒された時に落とすグリーフシードを強化する、

    って言ったよね。

    『強化する』って、巴先輩が言ったように、

    より多くの穢れをソウルジェムから取り去ってくれるようになる、

    って意味なんだろうけど……、

    そもそもグリーフシードっていったい…」

QB「そこまで知ろうとする子は、最近ではマミくらいだね」

ほむら「巴先輩、教えて下さい。グリーフシードって何なんですか」

マミ「わたしがキュゥべえから聞かされたのは、呪いという魔力の結晶体だということ」

ほむら「呪い……」

まどか「街の人達の心に絶望を撒き散らすんだよね」

マミ「ええ。呪いによって集めた穢れを、魔女の口づけによって人々に植え付けていく。

   かわりにその犠牲者から、生きようとする前向きな意志、生命力を奪いさる。

   そういう意味じゃ、穢れは、人間の負の心……絶望と言い換えてもいいかもしれないわ」

ほむら「呪いが穢れを集める?」

マミ「魔女や使い魔の持つこの魔力にはこの世の穢れを引き寄せる性質がある。

   グリーフシードによるソウルジェムの浄化はこの働きを利用したものよ。

   魔女や使い魔は穢れや人の生命力を養分にしているけど、

   グリーフシードの本質は純粋な魔力の結晶なの」

ほむら「魔女が落としたグリーフシードは呪いだけで構成された結晶だと……」

マミ「わたし達のソウルジェムが魔力を使うほど穢れを溜め込んでしまうのと逆に、

   魔女のグリーフシードはわたし達との戦闘で魔力を使うほどに、

   その源の一つである穢れを消費していく。

   わたし達に倒されるときには、純粋な呪いの結晶になっているらしいわ」

ほむら「たいていの魔女を倒したときに落とすグリーフシードは、

    ソウルジェムの浄化には1、2回程度しか使えませんよね。

    でも中にはとても強い魔女もいて、彼女達が持っているグリーフシードは、

    ソウルジェムの濁り具合にもよるけど、多くの回数まで浄化に用いることができる。

    それはやっぱり……」

マミ「魔力のエネルギー源である、人から奪った生命力や世の中から集めた穢れを使い果たし、

   グリーフシードには僅かに残った呪いだけが閉じ込められてる状態だとも言えるわね。

   魔女がその霊体を維持できる最低限の魔力の比率は共通なのだと仮定したら、

   強い魔女ほど、グリーフシードに残される呪いもその量が多くなると考えられる」

ほむら「それにしても呪いが、純粋と言うのはちょっと違和感が……」

QB「純白の白も純粋だと言えるけど、漆黒の闇の黒も純粋だと言えるだろう」

マミ「魔法少女のソウルジェムが祈りという魔力で満たされているのと比べると、

   やはり魔女達とわたし達は対になっている存在なのね」

ほむら「対……それはおかしいですね。わたし達は皆ソウルジェムを持ち歩いているけど、

    全ての魔女がグリーフシードを持っているわけではないんでしょう」

さやか「難易度高いなあ、それ」

マミ「確かに時々しか落とさないのよ。言われてみれば変ね……。どうしてかしら」

さやか「みんな持ってるけど、マミさんが鉄砲の弾で壊してなくなっちゃったとか」

まどか「さやかちゃん……」

QB「その通りだよ」

マミ・さや・ほむ・まど「え!?」

QB「魔女を産みだした後、殻だけになったグリーフシードは消滅する。

   生まれて日が浅い魔女は、まだ魔力の中枢となるグリーフシードを造り出すほど、

   霊体として成熟していないことが多い。

   だからその意味では全ての魔女が持ち歩いてるとは言えないけど……」

マミ「穢れや人の生命力を集め強力になった魔女ならどうなの?」

QB「必ずグリーフシードを宿していると言っていい。

   魔力を効率よく運用できる核となるし、

   それに君たちに倒されても、遺したグリーフシードに穢れさえ満ちれば、

   彼女たちは復活できるという保険になるからね」

マミ「え……じゃ……?」オロ

QB「その反応からすると、

   マミ、君はまさか無意識にグリーフシードを撃ち抜いていたのかい?」

マミ「そんなの分からないわ。

   ただ、その魔女ごとに急所らしいと見当をつけたところを狙っているだけよ」

QB「どうりでね。戦闘時において研ぎ澄まされた君の射手としての目が仇になったわけだ。

   魔女を陥落寸前まで追い込んでおきながら、

   どうしてそこでグリーフシードを破壊するのか訳が分からなかったんだよ」

マミ「やだ…何てことを」

QB「普通の子は狙ってもできないどころか、

   そもそもグリーフシードに狙いをつけることが出来ないんだ。

   あれはまず爆弾が炸裂しても壊せないほど頑丈だし、

   壊されれば魔女は終わりだからその身のどこかに隠しているんだよ。

   まあ、たまたま必殺の一撃が命中して、ということはあるけど、

   君みたいにしばしば一発必中を達成することは……」

まどか「もうやめて……。キュゥべえ、褒めてるのかけなしてるのか分からないよ」

QB「いや、マミは大したものだよ。大技のティロ・フィナーレといい、あの技も……」

マミ「だ、駄目よ!」ワタワタ

ほむら「先輩……?」

マミ「あ、あははは、後輩の前で無知をさらすとはとんだ失態だわ」

さやか「でもあたし、マミさんでもそういうことあるんだ、って安心したかも」

マミ「美樹さん、駄目なところを見習ってもらっては困ります」

さやか「んふふ…」ニッ

マミ「もう…」クスクス

まど・ほむ「ふふ…」

恭介「あの、せこい質問なんだけどさ……」

QB「何だい、恭介」

恭介「その魔女が落としたグリーフシードをさ、

   ずっと左手に載せていればそれだけ魔力を増幅できるわけで……」

QB「載せる時間は数秒が無難だろうね。

   個々のグリーフシードによって収められる量の差はあるけど、

   限界を超えると大爆発を起こすだろうから」

恭介「分かった。2、3秒にしとくわ」

さやか「もうちょっと頑張れよ」

まどか「ねえ、キュゥべえ。魔女ってどうして生まれるのかな」

QB「魔女は魔法少女と違って、動かすべき肉体を持たない、霊体だけの存在だ。

   彼女たちもまた絶望に端を発し、呪いとして発現した。

   そしてこの世に絶望を撒き散らしながらさまよい続けているんだよ」

まどか「…それって、魔女もかわいそうだよ……」

QB「だからって放っておけば、人々が犠牲になるんだよ。それに、戦いに迷いは禁物だ」

まどか「……うん、分かってる。町の平和を守らなきゃ」

恭介「この左手があれば、僕も君たちの役に立てるんだよな」

QB「そうだとも。グリーフシードを巡っての魔法少女同士の衝突も緩和できるだろう」

マミ「……わたしはむしろ逆だと思うわ」

まどか「え……?」

マミ「キュゥべえ、上条くんのような力を持った人は他にいるの?」

QB「いや、今まで彼のような者はいなかったし、現在も恭介ただ一人しかいないね」

マミ「だとしたら、仮に上条くんが加わるとすると、

   見滝原は条件の公平性を欠くと他の街の魔法少女から思われるようになるわ。

   彼一人の行動範囲は限られるもの。

   上条くんの左手を巡って、見滝原が魔法少女同士の戦場になってしまうことは避けたい」

ほむら「……確かにその恐れはありますね」

マミ「それだけじゃなくて、なぜその左手に力が宿ったのか、いつまでその力があるのか、

   何も分からないでしょう。

   仮に一時的なものだったとしても、一度立った噂は面倒なものよ。

   だったら初めから彼は関わるべきじゃない」

QB「君の言うことは正しいけど、もったいない話だなあ。

   せっかく十分な数のグリーフシードを手に入れられるというのに」

マミ「仕方ないわ。第一、その左手以外に上条くんには身を守る術がないし、

   魔女相手には却って相手を助長してしまう。

   戦いの場においては魔法少女の足を引っ張ってしまうわ。

   あなたには悪いけど、これはわたし達の戦いなの」

恭介「巴さんの言う通り、あなた方の戦いだ。でも話を聞いた以上、さやかを放っておけない」

マミ「話を理解した上で、見守るっていう考え方はできない?

   祖国に恋人を置いて出征する兵士は現代にもいるでしょう」

恭介「今聞いた限りの話は理解できていると思います。でも、それを受け入れられるかは別だ。

   公の制度として認知されているものじゃない以上、

   あなた方こそ何の保証もない身分でしょう。

   いえ、それは僕が口を出していいことじゃない。

   でも、この左手の力がもし一生続くものだったら?

   自分が代わりのいないたった一人の衛生兵だと分かっていて、

   一生それに目を背けて生きていろと? そんなのはご免だ」

マミ「……」

恭介「……」

さやか「わかった、わかった!

    マミさん、あたしが恭介を守るよ。あたしが巻き込んだようなもんだし。

    恭介がいるときには責任もって、他の子に迷惑かからないようにするからさ。

    お願いします」

マミ「(フゥ…)こんなことになるんじゃないかと思ったわ。

   あなた達って本当に同じなのね……」

まどか「マミさん、いいの?」

マミ「わたしが止めたって、その様子じゃどうせ来るでしょう。

   彼のおかげで助かることは確かに多いでしょうし。

  (上条くん、一度しか言わないから聞いて。自分の人生を大事にしなさい。

   あなたにしか出来ないことは他にあるはずよ。

   一度、要員として加われば、きっと戦況があなたを振り回す。

   だけど美樹さんのためにも、自分を見失わないでほしい)」

まどか「やったあ!」

マミ「これからお願いすることもたくさんあるだろうけど、よろしくね。

  (肩ひじ張らずに考えて。あなたはあなた。魔法少女のように自ら縛られることはない)」

恭介「こちらこそ、迷惑かけると思いますが、頑張るのでよろしくお願いします。(……)」

ほむら「賑やかになってきましたね」

マミ「まあでも、入院患者に手伝ってもらうわけにはいかないわね。

   その病院服でなくなってからでないと。あと、それから……、

   そうそう、忘れるところだった。上条くんの左手の力に名前をつけたらと思うんだけど」

さやか「マミさんの必殺技みたいな?」

マミ「ええ。ラ・マーノ・ファントマーティカでどうかしら。幻想の手、という意味なの」

恭介「はあ……、具体的な性質を表すほうが通じやすくなるんじゃないでしょうか…。

   あと英語の方が分かりやすいかと」

マミ「そう? それならね……“幻想御手”(レベルアッパー)はどう?」

恭介「あ、それなら覚えやすくていいと思います」

マミ「じゃあ決まりね。あら、随分長い時間お邪魔したわ。美樹さん、これから家に来ない?

   ささやかだけど、あなたが仲間に加わってくれた記念のお祝いをしたいの」

まどか「わたしも! 途中でお、おこづかい出して何か…」

さやか「まどかー、無理しなくていいんだぞ」

まどか「む、無理なんかしてないよ」

ほむら「わたしもご一緒させてください」

さやか「当たり前じゃん! パーッとやろ!」

まどか「だからマミさんの家なんだって……」

マミ「美樹さんの言うとおりよ。今日くらいは楽しくやりましょう!

   それじゃ、上条くん、失礼します」

まどか「じゃあね、また今度ね」

ほむら「退院までお大事になさってください」

恭介「ありがとう。これからよろしく」

さやか「勉強さぼんなよ。さ、行こ行こ」

ガラガラ…


恭介「‥すっかり暗くなったな。もうこんな時間か…」

スタスタ

恭介「……えらいことになったな」

~~数日後、夕方 さやかの家のアパートの前~~

スーッ

さやか「フゥーッ」シャキッ

まどか「さやかちゃん」

さやか「おう、お待たせ」

ほむら「いざ初陣ですね……。あれ、その包みは…」

さやか「ああ、これ? 歩きながら話すわ。さあ、出発!」

スタスタ…

ほむら「鞘から剣が抜けない!?」

さやか「うん。なんか瞬間接着剤で固めてんじゃないかと思うくらい動かないんだわ」

まどか「でも上条くんが襲われていたとき、剣で魔女を斬ったよね」

さやか「不思議だよねー。あの時以来全然だめ」

ほむら「そ、そう言えばあの後同じ魔女が飛び出したとき、

    美樹さん剣を使ってませんでしたね……」

さやか「うーん、どうしたものか」

ほむら「…本当に抜けないんですか?下手な洒落のつもりじゃないでしょうね」

さやか「芸人さんみたいに体張ってギャグやるわけないじゃん!」

まどか「何で抜けないんだろうね……」

さやか「うん。キュゥべえが言うにはさ……」

~~~

QB「そりゃそうだろう。さやかの物じゃないもの」

さやか「えっ? どういうことよそれ!」

QB「その剣はね、かつてある国の王が、国を平定するため、

   国民の運命を背負って大地を駆けていたときにその身に帯びていたものだ。

   現代の一般市民である君に抜けるはずがない」

さやか「ちょっと待て! だったら何であたしが今持ってんのよ!」

QB「おおかた、君が魔法少女になるための祈りに何かしら通じるところがあったんだろうね。

   いわば助太刀のために、一時貸与されたものと見るべきだろう」

~~~

さやか「……ということらしいんだ」

ほむら「…世界征服でも願ったんですか?」

さやか「どんなキャラ把握してんだよ! くそーっ、使えない武器渡されてもなあ…」

まどか「もしかしてその包みが代わりの武器?」

さやか「ん? ああ、そうだった。じゃーん」シュッ

まどか「‥バット…」

ほむら「まさか人の名前まで使って……!」

さやか「その方向で発想すんのやめ! マミさんの魔法で強化された、特製のバットなんだぞ」

まどか「さ、さやかちゃん、自分の魔法使わなかったの?」

さやか「一応やってみた。でも逆にヒビが入っちゃってさー」

まどか「……」

さやか「そんな目で見るなー! あたしだって困ってるんだよ」

まどか「でも使えない剣なら、さやかちゃんのところに来てくれるはずないよ。

    きっと抜けるようになるよ」

ほむら「……まあ、確かに武器として使うなら似た形のものの方が、

    剣が抜けたときのために慣れておけますよね」

さやか「うん。いつ抜けるようになるかなあ……」

ほむら「…あ」

さやか「何?」

ほむら「……いえ、口にしてしまうと本当になりそうで」

さやか「気になるじゃん、言ってよ」

ほむら「……もしかして、対ラスボス専用兵器かと」

さやか「…それまであたし、バットで戦わなきゃいけないってこと!?」

まどか「だ、大丈夫だよ。バット一本で地球を危機から救う主人公だっているんだよ?」

さやか「むしろバットが全面的に肯定されてるよ!」

ほむら「それにまあラスボス戦になったからって抜けるとも限りませんし」

さやか「…何てことを言ってくれるんだ、君たちは!?」

ほむら「逆フラグです。逆フラグに賭けたのです」

まどか「そ、そうだよ。逆フラグだって言っちゃえば……あれ?」

さや・まど・ほむ「…………」

まどか「よし! 切り替えていこう!」

さやか「よし!」

ほむら「よし!」

~~夜の公園~~


さやか「とりゃっ! えいっ!」ドコッ ボコッ

魔女「モガッ モガッ」ジタバタ

さやか「じれったい……。

    ジャングルジムに引っ掛かってる魔女なんて、バット振って叩けないよ!」

まどか「さやかちゃん、気をつけて……」

さやか「このっ(ボコ)。(ハァハァ…)きりがない……。まどか、とどめ刺して!」

まどか「う、うん……」キリキリ…

バシュッ

さやか「(シャッ)うひょっ!」バッ

スタッ

ほむら(鹿目さんが外した……?)

まどか「さ、さやかちゃん! 大丈夫?」

さやか「ああ……。まどか、頼むよ~」

まどか「ごめんなさい‥」

ほむら「美樹さん、退避を! わたしが行きます」タタ

さやか「任せた!」ダッ

ポーン

ドカーン バラバラ…

ピューッ

さやか「ジャングルジム壊れて魔女が自由になっちゃったよ!」

ほむら「あら、きれい……。星空を飛び回る流れ星なんて」

さやか「みとれてる場合かっ」バッ ヒュオッ

ズライカ! ズライカじゃないか!

キュルキュル…ッ

さやか「ええい、ちょこまかと……。うおりゃーー!」

ガンッ フラフラ…

さやか「まどか、そっち行ったぞ! 今だっ」

まどか「うっ……う…」キリ…

ほむら「鹿目さん!」カチャッ パシ

手下「ウワン ウワン…」ババッ

ほむら「くっ!(時間を…)」サッ

――チュンッ

パァンッ キラキラ キラキラ… キラ…

まどか「あ…」

さやか「(スタッ)よぉし、一丁上がりっ」

ほむら「グリーフシード、落としませんでしたね」スタスタ…

さやか「おお? さてはまどか、やっちゃったのか?」

まどか「ううん。わたしが射る前に魔女は……。さやかちゃんのおかげだよ」

さやか「そう? 拾えなかったのは残念だけど初めてにしちゃ上出来っしょ。

    ハッハッハ……さ、早くマミさんの家に戻ろうっ」スタスタ

まどか「そ、そうだね…」スタ…

ほむら「…さっき、何か聞こえた気が……」

さやか「何してんのほむら、行くぞー」

ほむら「あ、はい」

ほむら「……」

ペコッ タタ…

~~マミの部屋~~


マミ「気づかれちゃったかしら……」

QB「1.86km。また記録を伸ばしたね、マミ」

マミ「風や重力の影響を受けない弾に記録も何もないでしょう。またグリーフシードに?」

QB「見ての通り命中だ。あらゆる遮蔽物や結界さえも突き破って、

   魔女だけを仕留めるその魔弾……今夜も冴えわたるね」

マミ「(ハァ…)そうほめられたものではないわ。まず格下の相手にしか通用しないし、

   あの弾には着弾までに通過した物体を即座に修復する分まで魔力を込めているから、

   その消費はティロ・フィナーレを上回る。

   それに第一、名前を付けていい技でもないのだし」

QB「君は自分でその技をずいぶん嫌うね。どうしてだい」

マミ「‥とにかくあの子たちにしゃべっちゃ駄目よ。暁美さんは薄々勘付いてるみたいだけど」

QB「僕に口止めする訳なら理解できるね。彼女たちの成長を願ってるんだろう」

マミ「ええ。鹿目さん、昨日の病院での話を聞いてから気落ちした様子だったけど、

   その影響が出たのね……」

QB「魔女を狩ることに疑問を持ち始めたんだね。時々そういう子はいる」

マミ「考えてみれば当然のことなのよ。

   それまで普通に暮らしていた子がある日を境に魔女と戦う使命を課されるんだから。

   自分が食べるために、生きるために生き物を殺す人間の本質と、

   魔女を倒しグリーフシードを得て、魔力を回復している魔法少女の営みは酷似している。

   ただ日常の生活を送っているだけでも少しずつ魔力は消耗しているから、

   ジリ貧で魔女に殺されないためにも、魔女を倒しグリーフシードを手に入れるしかない」

QB「ずいぶん消極的な考えだがそうとも言えるね」

マミ「自分の身の安全の問題だけなら、病院裏にあったようなグリーフシードを探して拾えば、

   魔女との戦いは最低限で済ませることができる、そんな道もあると思う。

   でももし魔法少女としての使命を考えるなら。

   誰かを守るために魔女を倒すということは、

   自分の裁量で生かす命と殺す命を選ぶことに他ならない。

   いいえ、そのことにすらあの子は今まで気がつかなかった。

   わたしは気づいても向き合おうとしなかった事実にね。

   そのことは成長、というより余裕かもしれないわ。

   今までは自分が戦いの中で死なないようにするのに必死だったから。

   でも、魔女は命ある存在とは言えないとか、人の世に災いをもたらすからとか、

   どんなに正当性を主張しても、自分の都合で、

   ある存在の、この世に存在する権利を奪っている事実を否定することはできない」

QB「そういう運命を、願いを叶えることと引き換えに君たちは受け入れたんだろう」

マミ「ええ。それが義務であることは救いと言えるかもしれない。わたしにとってはね。

   でも鹿目さん…、あの子が何を願って魔法少女になったのか、

   彼女から聞いたことはないけど、どういう願いかは想像できるわ。

   あの子は、打ち捨てられた誰からも顧みられない存在に、

   何も考えず寄り添ってしまう子だから。

   幼子のように、淋しさに震える存在を感じ取って、

   手を差し伸べてしまう心の持ち主だから。

   自分がすくいとれる力量もわきまえず、後先考えずそんなことをすれば、

   たちまち自分も引きずりこまれる。

   それを嘲笑う人がいるかもしれない。

   それは尤もよ、手順も考えずにたった一人で救おうなど思い上がったことだもの」

マミ「でも人は、本当は救ってもらいたいってばかり考えているわけじゃないわ。

   確かに緊急的な救出を必要としている人もいるけど。

   でもだいたいは、誰にも分かってもらえない辛さを打ち明けたとき、

   ただ側に寄り添ってくれる人がいるだけで励まされるものよ。

   そんなの、教えられてできることじゃない。鹿目さんはそんな人なの。

   あの子と出会って、わたしは変わった。

   ただ自分がいつ一人で死ぬかと怯える日々からあの子は解き放ってくれた。

   だってわたしにとって、あの子ほどこの世に大切な存在はないもの。

   あんな心の持ち主がこの世にいてくれる、

   それ以上に価値あるものなんてこの世にはないわ。

   あの子を守るためなら、わたしは手段を選ばない。

   そして、そう思っているのは多分、わたしだけではないはず。

   暁美さんのあの子を守ろうとする目は、まるで何かに駆られるようにさえ感じる。

   きっと彼女も鹿目さんと出会って変わったの。

   美樹さんだって、上条くんと鹿目さんへの照れ隠しにおどけたのだろうけど、

   それでも開口一番鹿目さんのために駆け付けたのだと言ったわ。

   あの子こそがわたし達の中心、あの子はわたしたちにとっての希望なの」

マミ「そんな稀有な心の持ち主だからこそ難しいのでしょう、気づいてしまったからには……。

   彼女は、魔女が、ただ次々に迫りくる悪意ある存在、とは思えなくなってしまった。

   物事には必ずその起こりがあるように、魔女もまた由来があって存在する、

   同じ命として対等な存在だと認識してしまった。

   ましてやその由来には、絶望という、極めて人間的な感情が絡んでいると。

   曲がりなりにも人格を持つ存在だと。

   そこまで分かって、ただ倒さねば自分も人々も殺されるから殺すのか、

   それとも他に何か意義を見いだせるか……。

   前者はわたしよ。ただの化け物であることは自覚してるわ。

   でも、今なら、わたしや暁美さん、美樹さんが彼女を守れる今だからこそ、

   鹿目さんにはそこに向き合うチャンスがある。

   わたしが考える間もなく通り過ぎてしまった事柄に、

   彼女は何かを見出すかもしれない。結局無理かもしれない。

   彼女が、ただ彼女らしく進んでいってほしいと願うばかりよ」

マミ「無論、魔法少女として強くなっていることが望まれる。

   ……『ワルプルギスの夜』。半ば冗談で話題にしがちだけど、

   もしその存在の噂が、魔法少女の成長を促すためのただの警句でなく、

   実在する脅威を語るものだったとしたら。

   いずれにせよどの魔法少女にとっても、

   倦まず弛まずと思わせるのには十分なものだわ。

   ――あの子、今頃どうしてるのかしら……」

QB「まどか達は今こちらに向かっているところだよ。

   でもあの三人にはまだワルプルギスの話をしてないだろう?」

マミ「……外は冷えてるでしょう。お茶の用意をしましょうか」スッ

~~数日後、教室~~


仁美「さやかさん、……さやかさん」

さやか「ん?」

仁美「もう、学校に音楽プレイヤー持ってくるの、禁止ですわよ」

さやか「ああ、悪いー。しまうわ」ガサゴソ

仁美「休み時間になるたびずっと聴いていたでしょう。

   まどかさんはまどかさんで朝から眠そうでしたし……」

まどか「(ティヒヒ)起きてたふりしてたのに仁美ちゃんにはバレちゃう。

     さやかちゃん、朝来るときも、わたし達そっちのけで聴いてたね」

さやか「うん、恭介に頼まれてんのよ」

仁美「上条くんが? ということはクラシックですの?」

さやか「うん」

ほむら「もしかして、病室にあったCD落とした分ですか?」

さやか「そう。あれ全部みたい。よく聴いといてくれ、て」

まどか「ぜ、全部!?」

さやか「そうそう。まどかとほむらにこれ……」ゴソ

ほむら「あ、モーツァルトの――」

まどか「わざわざCD焼いてくれたんだ」

さやか「うむ」ホイ

まどか「ありがとう」ハシ…

ほむら「ありがとうございます」ソ…

仁美「……あの、上条くん、いったいどうして急に…」

さやか「けっきょく左手は現代の医学では治せない、って主治医に言われたんだから、

    なんかね、左手と右手でヴァイオリンと弓を持ち替えて弾くようにしたみたい」

まどか「そんなこと、できるの?」

さやか「うーん…」

仁美「難しいですわね……。左右の指使いが全く異なることがただでさえ障害となるのに、

   今の上条くんは左手の指をほとんど動かすことができません。

   ヴァイオリンは弦に伝える力・振動のささいな違いがそのまま音色に反映されてしまう。

   たとえば握れない左手に弓を固定するのだとしたら、そのこと自体どう影響が出るか…。

   加えて弓を持つ手には、動きに合わせて微妙に指を曲げ伸ばすことが要求されますわ」

ほむら「…やっぱり……」

さやか「でもあいつはもうやってる。今まで使ってたヴァイオリンは返して、

    おじさんに頼んで左利き用のを買ってもらった、て。
 
    ……あたしは頼まれたとおり聴くことくらいしか……」

ほむら「身に付けた技術だけがものを言う世界、

    要求されなければ、選ばれなければプロとして生き残れすらしないって。

    どんな仕事でもそうだとしても、それでもやっぱり特別に……」

まどか「……」

さやか「『やらなければいけないからやってるんじゃない。やりたいからやってるんだ』」

まど・ほむ「?」

さやか「ほむらみたいにさ、あたしも大変だねって声かけたことあんの。ケガする前によ。

    そしたらそう答えたんだ。

    面倒臭いことばっかだけどそこは自分で勘違いしないって。

    ま、昔おじさんに叱られて考えたってこともあったみたいだけど。

    あたしにはもう『やるからやる』って風にしか見えないんだけどさ‥」チラ


中沢「上条、ケガはもういいのかよ……」

恭介「……ああ、だいじょうぶ……歩いて登校してきたし。そういえば病院で走ってたし」グタ

中沢「……なんかお前、全然大丈夫そうじゃないぞ」

恭介「大丈夫……眠くない」


まどか「さやかちゃんも行ってきなよ。今日まだ話してないんでしょ?」

さやか「あたしは…」

仁美「…」

さやか「…うん、行ってくる」

中沢「おい美樹、上条寝てるぞ。こいつ大丈夫なのか?」

さやか「ちょっと本人に聞いてみるわ。恭介!」

恭介「ん…、おはよ‥」ムク‥

さやか「おはよう、って全く起きてないし。まず顔洗って――」ユサ

プーン

さやか「(ヒソ)…言いたかないけど臭うよ。お風呂入ってる?」

恭介「ああ……2、3日前入ったような…」

さやか「……あんた、今日からでしょ。

    まどかもいるんだから帰ったらシャワーくらい浴びときなよ」

恭介「うん……分かった…………」…クタ

さやか「……」

スタスタ…

仁美「あの、お二人とも、ちょっとよろしいですか」

さやか「う、うん? なに、仁美」

仁美「アメリカに父の知り合いの医師がいるんです。神の手を持つと言われていて……」

さや・恭(!)ピクッ

ムク…

仁美「上条くんと同じことを言われたピアニストが、

   その医師の手によって復帰したという実績もあります」

まどか「な、なんだってーー!」

仁美「(クル)あら、まどかさん、暁美さん…」

ほむら「すごいことです、志筑さん!」ホムッ

仁美「いえ、まだ。診断結果によっては、

   せっかく上条くんが心機一転で頑張っているのに水を差すだけになるかもしれません。

   でも、諦めるのはまだ早いと思うんです。一度、上条くんも診てもらったほうが……。

   どうですか、さやかさん、上条くん」

ガタ…

さや・恭「ぜひお願いします。助けて下さい」ペコ

仁美「……わかりました。ではさっそく父に頼んでみます。

   繰り返しになりますが、必ずしも…」

恭介「分かってる。紹介してくれるだけで御の字だよ。今は今の練習しかできないんだから、

   とにかくできることや可能性には全部しがみつくだけだから。

   こうしちゃいられない、早く担当医の先生や親に相談しなくちゃ。(ガサガサッ)

   ああ、忙しくなってきたなあ。ごめん、先に帰るね。ありがとう、志筑さん!」ガタッ

タタタタ…

まどか「……上条くん、嬉しそう。よかったね」

ほむら「ええ。セカンドオピニオンがあるってこと忘れてました。

    わたしだって、両親があきらめずに必死にお医者さんを探してくれたおかげなのに……」

まどか「誰だって、お医者さんに現代の医学では治せない、なんて言われたら思いつかないよ。

    それにしても上条くんのあんな顔、久しぶりだね。

    脇目も振らずにバイオリンのことだけ」ティヒヒ…

さやか「あれが本来のあいつだよ。……仁美、ありがとう」

仁美「……ぬか喜びの場合だったときのことも覚悟しておいてください。老婆心ながら。

   いつも側にいた人にしか掛けられない言葉がありますから。

   習い事の準備がありますので、みなさん、今日はここで」ペコ…

まどか「あ、うん。じゃあね、仁美ちゃん。またあした」

~~夕方、駅前~~


恭介「ZZZ……」

まどか「上条くん」

さやか「おい、起きろ」

恭介「んへ?」ムク

まどか「ごめんね。待たせてたのに、起こしちゃって」

恭介「あふぁ……。あ、いや、気遣わないで。行こ」フラ

~~電車の車両内~~

ガタンゴトン ガタンゴトン…

まどか「夕べの使い魔、逃げ足が速かったね」

さやか「あー、昨日はあやうく助けるはずの人殴るところだったわ。

    マミさんがいなかったらどうなってたか……」

まどか「わたしも分からなかったよ。

    あの使い魔が追っかけてたボール、人間が変えられた姿だったんだね」

さやか「ほんと、マミさんは何でも知ってるなあ……。

    くそー、自分のやろうとしてたことにショック受けてる間に逃げられたんだよなー。
 
    今日こそ……」

まどか「そんなに気負わないで。昨日はその人を助けることができたんだから」

さやか「しっかし元の姿に戻すのにひたすらまりつきしなきゃいけないとは……。

    魔女のやり方って怖いくせに変に人間臭いというか、油断すると親近感湧きそうだ」

まどか「そうだよね……。わたしも、何だか最近…」

恭介「ぐ~…」

さやか「おーい。これから危険な目に遭うって分かってるかー。まどか、起こして」

まどか「降りる駅まで寝かせてあげようよ。ね?」

さやか「ふぅむ…」

まどか「……上条くんは一生懸命頑張っているところを、さやかちゃんが見ててくれるよね……」

さやか「見ることしかできないけどな」

まどか「……でも、一生懸命頑張ってるのに、誰も見ていてくれなくて、

    誰にもそのことを分かってもらえなかったら、

    その人はどんな気持ちなんだろ……」

さやか「(グッ)まどか、あんたひょっとして悩んでたの? 悪い、あたし…」

まどか「ち、違う! わたしなわけないよ。

    さやかちゃんは昔からこうしてわたしのこと思いやってくれるし、

    それにマミさんもほむらちゃんも、わたしを見守ってくれてる。

    わたしのパパとママもタツヤも、笑顔でわたしを送り出してくれる……。

    わたしばっかり、こんなに幸せで……」

さやか「……?」

まどか「ご、ごめんね。今から魔女退治なのに……」

さやか「…いや、そう受け止めてくれてるのはこちらもありがたいというか……。

    ま、単純な話、あたしがあんたのことを好きだからだよ」ドカ…

まどか「う、うん……ありがとう。…わたしも‥」

さやか「(ニコッ)好きだから、幸せになってくれるなら嬉しいというか、

    そこで寝てる奴にも言えるんだけどさ」

まどか「ふふ」

さやか「でもね…、あたし、恭介にはちょっと行き過ぎてたな……」

まどか「え?」

さやか「こいつにとって何が幸せとか、あたしが決めつけられることじゃなくてさ……」

まどか「ああ、うん……」

さやか「もしかしたら、多分こいつにも今分からないことなんだよ、それって。

    だから出来るかどうか分かんないことまで手を出して、必死にもがいて……。

    仁美の言うとおりだよ。あたしはさっき浮かれそうになったけど、

    本人にとってはさ、受け入れ始めたときにまた希望と不安が降って湧いて、

    実は結構ストレスになったりしてるかもしれないんだよな」

まどか「さやかちゃん……。……上条くん、本当に頑張ってるんだね」

さやか「それはまどかも、だろ」

まどか「え?」

さやか「仁美が言ってたじゃん、ちゃんと寝てる?

    恭介みたいに重症じゃなくても、最近あんたさ……」

まどか「あ、うん。だいじょうぶだよ」

さやか「水差すようなこと言いたくないけど、ひと言。

    『イヌもひともよるはねるもんだぜ◇ねろよ!』。

    迷ったときさやかちゃんはこの言葉を頼りにしてきた」

まどか「‥それは、あんまり……」

さやか「ん、何だって?」

まどか「見習いたくないなって…」

さやか「みなまでいうなっ!」

まどか「うぇひひっ」

さやか「――うん。でもだからさ、あたしも頑張ろうと思うんだ。

    まどかのママみたいにはなれなくてもね。

    余計なことは考えずに、それなりにを維持して、今まで通り自分らしく頑張る。

    で、恭介を支えるよ。いつかそうなったら、こいつの子どもは、

    あたしとこいつの子どもらしく育ってくれればいい」

まどか「ふふ、そこは変わらないんだ」

さやか「変わらない? 前まどかに話したっけ?」

まどか「あっ、こ、こないだお見舞いに行ったときにね、

    さやかちゃんとどんな話してるのかなー、って教えてもらったの」

さやか「ほぉ…、なかなかやるではないか。

    決めた、これからもっとまどかを可愛がることにするわ」

まどか「えっ、ええーー」

~~マミの部屋~~


ほむら「急に寒気が……!」

マミ「大丈夫?」

ほむら「はい。体の不調ではなく……」

マミ「ならいいんだけど。居間で好きに寛いでてくれていいのよ」

ほむら「いえ、手伝わせてください。もう治まりましたから、後で鹿目さんに聞いてみます」

マミ「?」ジュージュー ジャカジャカ

ほむら「それにしてもこんなに野菜使うんですね、スープに」ムキムキ…

マミ「ふふ。今日はみんなで食べるからちょっと奮発したの」ジャカジャカ

ほむら「そうなんですか? でもそれじゃ…」トントン トントン

マミ「それに、一度作っておくと、結構持つし。朝温めるだけでいいから楽なの」ガラ

ほむら「いいですねー。わたしも覚えよう。あ、人参切りますか」チャポチャポ…

マミ「今はいいよ、ピーラー使うから。玉ねぎの上と下落としといてくれる?」シーッシーッ

ほむら「はい」タン タン

マミ「すごい、ジャガイモ早く切ってくれたね。よく料理するの?」ジャババ…ドサドサ

ほむら「はい……。退院してから一人暮らし、始めたばかりなんです」

マミ「そうだったの。大変でしょう」ジャカジャカ…

ほむら「はい。人参切りますね」トントン トントン

マミ「ありがとう。水切ってるジャガイモと一緒にして、こっちに入れてちょうだい」ジャカジャカ

ほむら「わかりました」ドサドサ…

マミ「さて……玉ねぎをむきましょうか……!」ジュー ジュー…

ほむら「はい……!」

マミ「うぅ……」ボロボロ 

ほむら「しみる~」ボロボロ

マミ「……一人暮らしって、大丈夫なの? あなた、心臓が…」ボロボロ

ほむら「ええ、それで治してくれた先生のいる病院があるから、

    何かあったときでも、って」ボロボロ

マミ「なおさらご両親と一緒に住んでいたほうが……。あ、お鍋お願い」シャキ シャキ

ほむら「わたしから言い出したんです。

    パパもママも、わたしのために何度も引っ越しして苦労させ続けたから……。

    何かなんて起こらない、この先生なら大丈夫だって。

    でも経過を見ながら安心のために近くに住んでいたいだけだから、

    パパの勤めている会社から元の部署に戻ってくれないか、って話が来てたみたいだし。

    大学になったらわたしも東京に戻るからって、

    思いっ切りわがままを言って……」ジュー ジュー

マミ「確かに無茶な話に聞こえるわ。お父さんとお母さんがよく許して下さったな、というか。

   でもあなたなりにご両親を気遣って言ったのでしょうけど……」パラパラ

ほむら「みんな疲れていたから……。

    また入院することになったら、って気持ちはパパもママもあったと思うから、

    でもわたしは魔法少女になって、体もすこし丈夫になった実感があったから。

    だから逆に、この先生を信頼して縦えそうなっても治療はここで続ける。

    でもきっともう大丈夫だから、パパとママだけ先に元の家で元の暮らしに戻って、

    て押し切ったんです」ジュー ジュー 

マミ「それっていつのこと?」ジャーッ

ほむら「え…」ドキ

マミ「……わたしは余計にそう思うのかもしれないけど、

   中学生のころならまだまだ親の側で甘えたいんじゃないかなあ、って思って。

   生活が軌道に乗ってからでも凄いことだけど、退院する前から決めてたのなら、

   とても勇気あると思うわ」ゴリーッ ゴリーッ

ほむら「そんなカッコいいものじゃ…。本当はそうしたい理由が他にあっただけで……」ジュージュー

マミ「…。その理由が何であれ、現にこうして一人暮らしで頑張ってるじゃない。

   わたしも仲間がいると思うと心強い」シュッ チャポ シュッ チャポ

ほむら「わたしのほうこそ。先輩はわたしよりずっと長く…………」ジュー ジュー

マミ「…でもね、同じ一人暮らしでも、わたしのほうが楽をしてるかもね」トン トン

ほむら「え……?」ジュー ジュー

マミ「ほら、この部屋わたしたちみたいな年頃の子が一人で暮らすには、

   広すぎると思わない?」パラパラ

ほむら「あ…」ジュー ジュー

マミ「父と母はこの部屋と財産を遺してくれた…。

   ある日、突然途切れたけど愛おしい思い出もたくさんね」ジャババ… ザサッ

ほむら「……ここは、ご家族の家なんですね…」ジュー ジュー

マミ「ええ。‥ありがとう、代わるわ。後はわたしに任せて。

   お茶を淹れるから、先にあちらで待っててくれる」パラパラ
  
ほむら「はい」

マミ「不思議なものね……。

   わたし、遠い親戚しか身寄りがいないから、ずっと一人ぼっちだと思ってた。

   でもあなた達とこの部屋で賑やかに過ごしたりするようになって、ようやく気づいたの。

   ずっと以前からわたしはこの家に守られていたんだって」ジュー ジュー

ほむら「最初にお邪魔したときから、

    温かく包んでくれるようで、素敵な部屋だと思ってました」

マミ「そう言ってくれると嬉しい。

   というのはね、家具こそ前より少しは変わったかもしれないけど、

   あちこちにね、家族の思い出と一緒に育ってきた部屋なんだ、

   って思えるようになったから」ジョーー… スタスタ  ドボーッ 

ほむら「……そうですか」

マミ「それにこれからは、

   あなた達と思い出を作っていくことができる場所なんだし」ジョーー… スタスタ  タン カチッ

ほむら「そうですね。いつか、みんなで泊まりにきて…」

マミ「あら、あなたも美樹さんみたいになってきたわね」キリキリ キリキリ カパッ

ほむら「(ハッ)いつの間にこんな……!」

マミ「いつでも大歓迎だから、言ってね」ドポポ…

ほむら「ありがとうございます、楽しみにしてます。

    そう言えば、前に鹿目さんのお家に泊まらせてもらったとき、

    鹿目さんも巴先輩に来てもらったら嬉しいなって…」

マミ「わあ、嬉しい。楽しみだわ。あなたの部屋にもお呼ばれしようかしら」グツグツ…

ほむら「えぇ!? ……あ、あの、わたしの部屋なんて、まだ部屋と呼べるような場所じゃ…」

マミ「いえいえ、楽しみにしてます」スイ スイ スイ

ほむら「うう…」

~~裏路地~~


さやか「……ここだ」フワァッ

QB「昨日の使い魔だね」

まどか「上条くん、気をつけて」フワァッ

恭介「ん…」

サアァァァァ…

使い魔「ブゥーン、ブブ、ブブブウーーンッ」

まどか「また逃げられちゃうっ」

さやか「追うぞっ」ダッ

――ギュンッ ザクッ

さやか「とわあ!?」ビクッ

杏子「ちょっとちょっと、ここで何やってんのさ?」スタスタ 

まどか「え…あっ、風見野……」

さやか「ここ…、もしかしてあんたの縄張りだった?」

杏子「ああ。うん……? アンタ達、どこかで会ったことあるか?」パク ムグムグ

さやか「いや、覚えはないけど。とにかく勝手に踏み入っちゃってごめんなさい」

杏子「分かりゃいいんだけどさ。二人とも新入りみたいだし。

   ‥アンタも手広くやってるじゃないか」

QB「僕は、僕との契約を必要としている子達を探しているだけだよ」

杏子「‥そこの坊やは?」

まどか「あ、上条くんは…」

恭介「zzz……」

まどか「って、立ったまま寝てる!?」

さやか「あたしの知り合い。どうしても魔女退治についていくって聞かなくてさ」

杏子「ふん。あんたの勝手だけど気をつけな。一般人を巻き込んで、いいことは一つもないよ」

さやか「気をつけるわ。ところでさっきの使い魔、追わなくていいの?

    早くしないと見失うんじゃ……」

杏子「ああ、そうか。(パク)教えといてやるよ。

   使い魔倒してもグリーフシードは手に入らねえ。

   4、5人ばかり喰えば魔女になるから、

   無駄な魔力を使わずにそれまで待つことだね」ムシャムシャ

まどか「え…?」

さやか「……ということはあんたの街では、使い魔を狩らないんだね」

杏子「そうさ。命がかかってるんだ。

   ソイツに何言われてるか知らないけど、まず自分の身を守ることだけ考えな」

さやか「……あのさ、風見野の使い魔、あたしに狩らせてくれないかな。

    魔女には手を出さないから」

杏子「ハァ? 言ってる意味分かるか?

   タマゴ産む前のニワトリ絞めて回るようなもんだぞ?」

さやか「大丈夫、自分の回復はこっちでなんとかするから……。頼むよ」

杏子「駄目だね。将来魔女になる奴らを潰されちゃ、こっちがたまらねえ」

さやか「……」

杏子「だいたい、どうして使い魔を倒すことにこだわるのさ。

   人助けだの正義だの、その手の理由はごめんだよ」

さやか「……そうかもしれない」

杏子「……!」スゥッ

さやか「キュゥべえと契約した時は、そこまで深く考えてなかったけど、今、納得はできるよ。

    自分が叶えたい願いのために、魔女や使い魔と戦うっていう義務を受け入れたんだ。

    それが人助けとか正義を指すのなら、それが魔法少女のやることだって言うのならさ」

杏子「(フゥ…)だから、契約の条件をあんたがそこまで履き違えなくてもいいんだって。

   魔女だけ狩ってりゃ、グリーフシードが手に入ってあんたも生き延びられるし、

   義務だって果たしてるんだよ」

さやか「あんたの言ってること、分かるよ。

    魔法少女を続けるのがどれだけ大変なのかはまだ分からないけど。

    ……でもね、あたしは自分の家族や友達やその家族が、

    あたしの知らないところで魔女や使い魔の犠牲になったりするのが怖い」

杏子「いいかい。人間は魔女や使い魔より弱い。弱いから喰われる。

   その魔女より強いアタシたちが、魔女を喰うんだ。

   それがルールってもんだろ」

さやか「それでも、あたしに守れる力があるなら……。

    あたしはそうしたい。いや、そうしなきゃ起こってからじゃ取り返しがつかない。

    魔女や使い魔は同じ場所にずっといるわけじゃないんでしょ?

    あたしの家族や、友達やその家族だって、隣町なら行き来もするし。

    ……たとえあんたを押し退けてでも、使い魔だって狩らなきゃ」

杏子「(ハァーッ…)分からねえ奴だなぁ。誰もアンタに頼んでなんかないっつの」ガリガリ

さやか「……」

杏子「……家に帰って頭を冷やしな、って言いたいとこだけど。(グシャグシャ)

   ‥その顔じゃ変わりそうもないね」 ポイ

さやか「昔っから、決めたことは我を通さなきゃ気が済まないタチでさ」

杏子「仕方ない。やってみな。…押し退けられるものなら」ギラリ

さやか「…悪いね」ニヤリ

~~マミの部屋~~


マミ「ねえ、美樹さんのことどう思う?」

ほむら「うるさいけど優しくて強い人だと思いますが」ズス…

マミ「(スス…)ええ。とっても、特に人が困ってそうなところをみると強く反応してしまう。

   人の道としてやるべきことをその場その場で敏感に感じ取って、

   すぐに行動に移さずにはいられない。直情径行さが一番の魅力よね。

   わたしも彼女のそんなところが好きなんだけど……」カチャ

ほむら「それが何か……よくないことでも?」

マミ「……魔法少女は人々に希望を与える存在だわ。

   でもどうしても、自分の身を守ることと、

   人々を助けることのどちらかを選択しなければいけない局面もあるから……」

ほむら「…」コク

マミ「そんな自分が情けなくて、殺された人よりも多くの人を助けられるようになろう、

   より多くの魔女を倒そうって切り替えてきた。

   わたしは選択の余地もなく魔法少女になった。

   そんな始まりだから切り替えることに抵抗が少ないと言える」スス…

ほむら「……」スス…

マミ「でも美樹さんのように人のために祈って魔法少女になった子は……」

ほむら「それは、分からないんじゃないでしょうか。結構たくましいし…」

マミ「そう。強い…、だからこそ切り替えかたが……」

ほむら「……?」

マミ「鹿目さんや暁美さんに出会う前にね、初めてわたしの仲間になってくれた子がいたの」

ほむら「この街に、巴先輩の他に魔法少女がいるんですか?」

マミ「いいえ。その子はもともと風見野で、今もきっと…、魔法少女をやってると思う。

   お互いの街を行き来して、二人で協力して魔女を狩っていた。

   彼女もまた、人のために祈って魔法少女になった子なの」

ほむら「でも、自分の身を守ることを優先したことがあって……?」

マミ「いえ……。きっとそれよりも。慰めの言葉が見つからないほどだった。

   彼女は自分の祈りのもたらした結果を全て自分のせいだと、一人で背負ってしまったわ。

   今にして思えばそうするしか……」

ほむら「……?」スス…

マミ「……あなたがさっき言ったように、その子と似ていたとしても、

   美樹さんも同じようになるかなんて、分からないわよね」

ほむら「心配されるのも分かりますが……」

マミ「……同じ心配でも、わたしは自分のためにしているわ。

   彼女の苦悩の深さを受け止めきれず、自分がひとりぼっちになることを恐れて……。

   それをまた繰り返すんじゃないかと」

ほむら「……先輩。先輩の背中を見つめる鹿目さんの眼差しにお気づきですか」

マミ「……」

ほむら「鹿目さんにとって、先輩は思い描く魔法少女の理想そのものです。

    それが先輩にとっては押し付けられた勝手なイメージだとしても、

    やはりその憧れは鹿目さんの励みであり奮起する糧であり……。

    そしてわたしにとっても、今の話を聞いた上でも、いえ聞いたからこそさらに、

    巴先輩を尊敬します」

マミ「……ありがとう」

ほむら「‥生意気を言いますが、わたし達は皆それぞれ胸に抱いている祈りは違う。

    先輩が、鹿目さんや美樹さんやわたしを、どうやってまとめて導いていくか、

    そこにどれほど苦労されているか、わたしには想像も及ばない。

    せめてみんなが気持ち良く過ごせるよう、

    わたしなりに出来ることをしようと思ってはいますが……。

    きっとみんなも同じです。先輩に触発されてそうしようと思っているはずです」

マミ「ええ。感じているわ」

ほむら「……ですが、わたしたちは皆違うから……。

    どうかお願いです。一人になることを恐れないでください。

    わたしは、もし鹿目さんが巴さんから離れることになったら、鹿目さんにつきます。

    なぜならわたしは…、わたしは鹿目さんを守るわたしになりたいと願って、

    魔法少女になったから」

マミ「(コク)暁美さん。わたしは今、初めて暁美ほむらという人間を目にした気がするわ」

ほむら「……」

マミ「…やはりそうだった。あなたもわたしと同じ……」

ほむら「え……?」

マミ「わたしも、あなた達より鹿目さんを選ぶ。

   魔法少女としての使命より、鹿目さんの安否を優先する」

ほむら「……!」

マミ「……もし、鹿目さんがあなたと共にわたしから離れることになっても、

   彼女さえそれでよければ、無事であれば構わないわ」

ほむら「……それはわたしがその時、巴さんの立場だとしても同じです。

    でも、鹿目さんは自分から離れることは絶対にないでしょう。

    先輩が彼女の存在を忘れないかぎり、先輩が一人になることはありません」

マミ「それでも、たとえあなたとわたしが道を違え離れることになっても、

   わたしとあなたが胸に抱く思いは変わらない」

ほむら「(コク…)……共に、それぞれに戦いましょう。鹿目さんのために」

マミ「ええ」コク

~~裏路地~~


まどか「さやかちゃん……!」

さやか「……恭介が巻き込まれないようにお願い」

まどか「うん。でもそうじゃなくて……」

さやか「……さっそくこのザマじゃ怒られちゃうな。

    ごめん。あたしが恭介を守るって言ったのに」

まどか「違うよ……。あの子とさやかちゃんが戦うなんて、そんなの……」

さやか「……そのことも、ごめん。あの子もあたしも、同じワガママ同士みたいでさ。

    ちょっとケンカしてくる」ニッ


まどか「……キュゥべえ」

QB(主義主張のぶつかり合いだね。二人とも譲らないみたいだから、

   あの子との衝突を避けたいなら、まどか、君が力ずくででもさやかを止めるしかないよ)

まどか「う……」

杏子「作戦タイムは終わりかい?」

さやか「へ? 違う違う。この子は無関係で、あたしが一人で揉め事起こしてるだけだから」

杏子「そうかい。どうでもいいけどさ、

   早いとこその腰にぶら下げてる得物を構えたほうがいいんじゃない」

さやか「あ、これは…」

杏子「まさかそのチャチな鈍器であたしの相手しようだなんて思ってないよねえ。
  
   どういうつもりか知らないがこっちは手加減しないよ。さあ、抜きな」

さやか「抜けないっ」

杏子「くっふふ…、アタシもナメられたもんだ……。行くよ!」ダッ

さやか「わああ!」

ガキョッ…!

杏子(あたしの槍を片手で止めた……!?)

さやか「ああ、マミさん特製のバットが……」

杏子「マミ? ひょっとしてお前たち、巴マミの仲間か?」

さやか「そうだけど。あんたもマミさんの知り合い?」

杏子「‥前に世話になった。とにかく出直しといで。

   さっきの話じゃ、もともとこの街に狩りに来たわけじゃないんだろ?

   後からマミに文句を言われちゃ敵わないよ」

さやか「……そうだね。わかった。マミさんに話を通して、また来るよ。

    ……明日、この時間に、ここはどう?」

杏子「ああ、構わないよ。(ゴソ チュパ)ほんじゃ」クル スタスタ


さやか「…さて、帰るか。……恭介?」

恭介「(ハッ)つ、使い魔は?」

さやか「……」

~~電車の車両内~~


恭介「すぴー」

まどか「……さやかちゃん。あのね」

さやか「うん」

まどか「さっきのあの子にね、上条くんのこと……」

さやか「そう思ったんだけど、この体たらくだしさ」

まどか「……」

さやか「……あたし、正直恭介には来てほしくないんだ。

    風見野まで度々足延ばしてるヒマなんてこいつにはないはずだし。そもそも…」

まどか「そっか…、そうだよね……」

さやか「あ、いや、まどかが気を遣うことはないんだよ。

    魔女退治に付き合わなきゃ気が済まない、って本人が言ってるんだし」

まどか「……うん」

さやか「後ね、明日、まどかは来ちゃダメだよ」

まどか「え……!?」

さやか「マミさんがどう言うか分からないけど、多分反対されるだろうから。

    そうなったらあたしは……。とにかくあんたはマミさんの側にいなきゃダメ。

    いいね?」

まどか「…さやかちゃん……」

――――
―――
――


~~マミの部屋~~


まどか「ごちそうさまでした」

さやか「ごちそうさまでした! あ~~っ、美味しかった! 家のスパゲティと全然違うわ。
 
    スープも温まったし、マミさんは本当に料理が上手いなあ」

マミ「あら、パスタは暁美さんがほとんど調理したのよ」

さやか「へえ、やるじゃん、ほむら!」

ほむら「お粗末さまでした。今日はどうでした?」

さやか「あー、実は使い魔追っていった先で、風見野に入っちゃってさ……」

……

さやか「で、明日決着をつけよう、ってことになって……。マミさん、いいかな?」

ほむら「いいかな、って……」

マミ「……死ぬかもしれないわよ」

まどか「……!」

マミ「あなたの話が確かなら、わたしの知っている子で間違いないわ。

   あの子はもともと素質がある上に、もうベテランだから恐らく相当に強い。

   時間をかけて、話し合いで解決していくべきじゃないかしら」

さやか「……あたしの都合と、あの子の都合は折り合えないと思う。

    危険なのは分かってる」

マミ「そう。わたしが出ていくと話がこじれるだけだから、その場にいられないわよ。

   あと、あなたの都合だから鹿目さんと暁美さんを巻き込んではだめ」

さやか「うん」

マミ「‥分かったわ。今日は早く帰って休みなさい」

さやか「ありがとう。マミさん」スクッ

まどか「マミさん……」

マミ「鹿目さんも。お疲れさま」

まどか「……」

ほむら「…片付けは任せて」ニコ

まどか「……ごめんね」コク

バタン カチャ

スタ スタ

ほむら「……美樹さん、止めるべきだったんじゃないですか」

マミ「上条くんのことを持ち出してでも、ね。

   でも、使い魔をグリーフシードに変えられるからとあの子を丸めこんでも、

   あの子はいずれ美樹さんと対立する。根本的な考えが違うから」

ほむら「あの子って、さっき話していた子のことですよね」

マミ「ええ。……佐倉杏子さん」

ほむら「自分の後輩同士が殺し合いになっても構わない、と?」

マミ「……」

ほむら「美樹さんなら佐倉さんとぶつかった結果、彼女を仲間に引き入れられるかもしれない。

    なぜなら佐倉さんだって最初は、人のために祈って魔法少女になった子だったから。

    美樹さんは、上条くんやわたし達の危機に駆けつけるために、魔法少女になった。

    もし佐倉さんが自分と共通したところを美樹さんに見い出せば、

    彼女も心を開いて、わたし達と共に戦ってくれるようになるかもしれない……」

マミ「暁美さん……」

ほむら「……わたしも、巴先輩と同じ考えです。だから美樹さんが話してる時、黙っていました。

    先輩を責めるふりをしたのは、さっきのお返しです」

マミ「……。……ふふふ」

ほむら「(ムッ)……何ですか」

マミ「いえ、ごめんなさい。

   ……あなたの言うとおり、それも仲間が増えれば、鹿目さんがより安全になるから」

ほむら「……ワルプルギスの夜に対して、ですね」

マミ「……! キュゥべえから聞いたの?」

ほむら「いいえ」

マミ「ならいったいどうして……」

ほむら「……近いうちに必ず、話します」

マミ「…。わかった」

ほむら「…それにしても、他に道筋は……」

マミ「佐倉さんにもう一度仲間になってもらうにはこれしかない」

ほむら「うまくいくでしょうか」

マミ「むしろ狙い通りにいくほうがおかしいくらいね。

   佐倉さんと美樹さんの衝突の問題を、わたしの利益に結び付けて考えてること自体、

   狂気の沙汰だもの」

ほむら「それはわたしもです。二人が死ななくても、みんなばらばらになるかもしれない」

マミ「こういうとき、最後に道しるべになるのは自分の望みだけなのよ。

   それぞれの望みに従って皆が行動した結果、偶然にもその足並みが揃うことになったら、

   それは本当に感謝すべきことだわ」

ほむら「……」

~~次の日、放課後~~

ガヤガヤ

さやか「……さーてと、行くか」

まどか「さやかちゃん、あの……」

さやか「ごめん、みんな。今日あたしちょっと用事あって、先帰るわ」

仁美「今日もですの。なんだか最近みんなが揃うことがなくて寂しいわ」

さやか「タハハ…、実はあたしたち、三年の先輩と組んで街を回ってるんだ。

    今日はそれと違う、個人的なことなんだけど」

仁美「街を回る……? 何かいけない道に誘われてるんじゃありませんか?」チラ

まどか「そ、そんなことは……」

ほむら「えっと……」

さやか「あ、そうだ。あれだよ、ボランティアってやつ?」

仁美「そうでしたの。わたしもご一緒したいものですわ」

まどか「だ駄目だよ、仁美ちゃん!」

仁美「まあ、鹿目さんまで。ご自分はよくてわたしはダメだと、いけずしますのね」

まどか「ぁ…」

さやか「ま、まあほら、扱うモノに注意が必要だったりするからさ。

    仁美、色んな習い事で忙しいし万が一ってこと考えるとおすすめはできないかな……」

仁美「……それほど危険なことに、わたしの知らない内にあなたは……。

   (ガタッ)学級委員として早乙女先生に報告してきます」

まど・ほむ「ええっ」

さやか「ま、待って、仁美!」

仁美「……上条くんはこのことを知っていますの?」

さやか「……ごめん。……恭介もあたしが巻き込んだ」

パァン!

まど・ほむ「!!」

シーン…   ザワ…

仁美「……」ガサ バタバタ…

ほむら「…!」タッ

さやか「待ってほむら」

ほむら(でも追わないと!)

さやか(いや、いいんだ。仁美は多分チクらないと思う)

ほむら「……」

さやか「もう行かなきゃ」

まどか「さやかちゃん…」

さやか「来ちゃ、ダメだよ」

まどか「……。わたし、マミさん家に行ってるね」スタ スタ

ほむら「…」

まどか(ほむらちゃん、お願い。一緒に来て)

ほむら「? じゃ、じゃあ、わたしも」スタスタ

さやか「……」

恭介「zzz……」

さやか「恭介」ユサユサ

恭介「むにゃ…」ムク

さやか「あたしが出ない日くらい、ちゃんと家帰って寝てろ」

恭介「うん…」ガタ ガサゴソ

さやか「あたしはちょっとぶらぶらしてくから。じゃね」スタスタ

恭介「ああ…」ボー

~~通学路~~


バタバタ

ほむら「(ハァハァ…ッ)どうしたんですか、こんなに急いで…」

まどか「ご、ごめん。大丈夫だった?」

ほむら「これくらい平気ですけど。巴さんと何か約束が?」

まどか「ううん。ほむらちゃん(ガシ)、お願い!

    さやかちゃんの先回りをしたいの。昨日のあの子の場所まで力を貸して!」ジッ

ほむら「ええ!? ど、どうするつもりなの?」カァ…

まどか「あの子もさやかちゃんも魔女を退治したい、って気持ちは同じだもの。

    探せばきっと仲良くする方法だってあるはずだよ。

    さやかちゃんはこうと決めたら変えない子だけど、

    あの子はもしかしたら説得すれば話し合いに応じてくれるかも…」

ほむら「そんなの無理だよ。

    第一、その子から見たら鹿目さんは美樹さんの仲間に見えてるはずだし……、

    その子も耳を貸さないだけならともかく、危険な目に遭ったらどうするの?」

まどか「わたしだって、魔法少女だもの。それは――」

ほむら「巴さんだって、

    美樹さんとその子の問題に鹿目さんが立ち入っちゃいけない、って言うはずだよ?」

まどか「もしマミさんに怒られたら……そのときに謝る。

    でも……色々考えたけど、先回りするにはほむらちゃんに助けてもらわないとだめなの。

    ごめん、お願い……! このままだと昨日のケンカの続きになっちゃうよ。(ユル…)

    そうなったら……」

ほむら「……」

スッ

まどか「ほむらちゃん……」ギュッ

ほむら「(キョロ)あっちに」スタスタ…

まどか「(コク)」スタスタ…

フワァッ

カシン ピタ

ほむら「……本当は今すぐ美樹さんを縛り上げたい気分なんですが」

まどか「…」

ほむら「今日足止めしたところで先延ばしになるだけですもんね……。

    昨日の場所、電車を使わなくても分かります?」

まどか「(ホッ)うん、線路沿いの道を歩いていけば……。

     降りた駅の辺りまで行けば分かると思う」

ほむら「歩いていくのは体力的にも魔力的にもすこしキツいですね……。

    いったんわたしのアパートに寄って自転車を取りにいきましょう」

まどか「ありがとう、ほむらちゃん……」

ほむら「(ニコ)お礼を言われるのはまだ早いです。さあ、早く行こう」

まどか「うん」

タタ…

―――
――

~~風見野への道~~

キコキコ…

まどか「ほむらちゃん、やっぱりわたしが漕ぐよ……。わたしが言い出したことなんだから」

ほむら「(ハァハァ…)いえ、へっちゃらです。

     鹿目さんはその風見野の子を説得しなきゃいけないんだから……、

     わたしが万全の状態でそこまで届けるから……」キコキコ

まどか「……」ギュ

―――
――

~~昨日の裏路地~~


まどか「もういいよ、本当にここまでで、もう着いたから、ほむらちゃん……!」

キィィッ 

ほむら「(ハァハァ…)ここでいいの……? あの子……?」

まどか「うん、そうだよ!」

カシン 

フラ…

まどか「ほむらちゃん!」ギュッ…

フラッ トット… 

ガシャンッ カララ…

杏子「ん?」

ほむら「(ハァ、ハァ…)だいじょうぶ…だいじょうぶだから……」ヨロ ヨロ

まどか「足止めないで、わたしにつかまりながら、ゆっくり、そのまま歩いて……」スタ スタ

杏子「何だ、あんたら? 昨日のヤツはどうした?」

まどか「説明するからちょっと待って」スタ スタ

ほむら「……」ハァ ハァ…

杏子「……」

――


ほむら「もう大丈夫だよ……、さあ、美樹さんが来る前に早く」

まどか「うん。わたしが戻るまでここで休んで待ってて」

ほむら「がんばって」

まどか(コク)スタ スタ…

杏子「……で? 結局マミに止められて顔合わせるにもばつが悪いからってんで、

   あんたがメッセンジャーとして来たのかい?」カリッ モグ…

まどか「ううん。さやかちゃんはもうすぐここに来るし、

    わたしがここに来ていることも知らない。わたしはあなたと話したくて来たの」

杏子「(カプ)‥何だよ、話って」モグモグ

まどか「さやかちゃんとのケンカ、やめにできないかな」

杏子「…」ギョロ

まどか「あの子はね、思い込みが激しくて気が強くて、

    すぐ人とケンカを起こしたりもするけど、自分から仲直りできる勇気もあるの。
    
    それに、誰かのためと思ったら頑張りすぎちゃうくらい優しい子なの」

杏子「向こう見ずなのは昨日ので分かったよ。(サク)でも何の関係があんだよ」モグモグ

まどか「一人でいるよりも、仲間と一緒のほうがずっと安全に魔女と戦えるはずだよ。

    あなたは強い魔法少女らしいけど、マミさんだって危ないときがあったもの。

    みんなで……わたしも、わたし達で協力して魔女を倒せば、

    一人一人はそんなに魔力を消費しないで済むし、グリーフシードも分け合えるよ。

    使い魔は、その余ったぶんの魔力でそうしたい人が倒すとか……」

杏子「……なるほど。話は分かった。そっちが良ければあたしもそれでいい」

まどか「……本当?」

杏子「ただし、あんたがあたしを止められたらの話だ」

まどか「――え?」

杏子「今のあんたの話は、ただのコトバだ。重みも何もない。

   ただの臆病者の言い逃れかどうか、

   昨日あんたに会ったばっかのあたしには分からないからね。

   互いに命を預けるってんなら当然だろ?」

まどか「……うん。わたしがあなたを止められればいいんだね」

ほむら「鹿目さん!」

まどか「ほむらちゃん、お願い。ここはわたしに任せて」

ほむら「うぅ~…」

杏子「(チョン モグ…)別にいいんだぜ。二人で掛かってきても」

まどか「ううん。これはわたしとあなたの問題だから」

杏子「(ゴクン)……いいだろう」フワァッ 


~~見滝原、駅への道~~

さやか「あ、いけね。バットをマミさんに直してもらわないと」

~~昨日の裏路地~~


杏子「……どうした? もう始まってんだぜ?」

まどか「…わたしはあなたとは戦わない」

杏子「…(ハァ~…ッ)ああ~~、なんかもう、うぜーなあ……」スタスタ

グサッ

まどか「ッッ!!」

ほむら「ああ!!」

杏子「そういうの勘弁してよ。

   武器持った相手に止めると言っといて戦わない、で済むか?」

まどか「くぅ~……ッ(ガクガク)」ポタ ポタ

杏子「どうした? 何か言えよ。別に逃げてもいいけど?

   そこのメガネの子か昨日のあいつに任せてさ」

まどか「っ…ませる」ブルブル…

杏子「あん?」

まどか「済ませ…なきゃ…っ。魔法少女どうしが戦うなんてことしないで……」

ズポッ 

まどか「あぅ…ッ!!」ボタボタ

ほむら「ッッ!! ……ッッ」ギュゥ…

杏子「戦わずに済ませるなら余計に抑える力ってもんが必要だろうが。

   それを変身すらしないだと?」

まどか「わたしも、あなたも……、

    こんなことのために魔法少女になったんじゃないはずだよ……」

杏子「…クソッ……! もういいから帰れよ!

   昨日のやつのほうがまだ物分かりが良かったぜ」

まどか「わたしは帰らないよ。……あなたとさやかちゃんが戦うのを止めてくれるまで」ポタ ポタ

杏子「(グイッ)これでもか」ブン

ダンッ ドサッ

まどか「ッかはッ…あぐ……」モソ

ほむら「鹿目さんっ!!」

まどか「ほむら……ちゃん…」モゾ

ほむら「この子には何言っても通じないよ。早く帰ろう? そのケガ、手当てしないと……」

まどか「だめ……。(ノソ…)さやかちゃんが……。(ググッ)…ッッ!!……」フラ…

杏子「……」

ほむら「ならわたしが、あなたに代わってこの子を止める」

杏子「あんたはちゃんとあたしの相手してくれるんだろうね?」チキッ…

ほむら「いいですとも!」サッ

まどか「やめて!! 魔法少女どうしが戦っちゃいけない!

    わたし達は友達になれるんだよ? そうしたいと思いあえば、そうできるんだよ!?」

ほむら「(ハッ)!?……」

杏子「ロクに戦いもできねえ奴が何様のつもりだ……。

   あんたは魔法少女を何だと思ってるんだ?」

まどか「マミさんみたいな人だよ! 知ってるでしょう?

    魔女から人々を守るために危険を冒して戦って、

    人々を絶望の代わりに希望で包んであげる。

    それができるのはわたし達だけなんだから……」

杏子「ああ、確かにマミは立派だとも。理想を掲げて、それを実行をしてる点でな。

   あいつやあいつに共感できる仲間だけでやってくれる分には構わない。

   でもあたしはあいつの理想が尊いもんだとはこれっぽっちも思わねえ。

   ただ、あいつの行動を支えるのに役立ってるのなら文句は言えねえってだけの話さ。

   勘違いするんじゃないよ。

   世の中の本当の姿ってのは、ただ強い奴が支配できて弱い奴は死ぬか虐げられるか、

   いずれにしてもただひたすら悲惨なだけだ。

   魔法少女だってそれは例外じゃない。現実ってもののルール内の存在さ。

   ただ普通の人間よりちょっと便利な力が使える。

   それならそいつを自分のためだけに役立てればいい」

まどか「どうしてそんなに一人で抱え込もうとするの……?」

杏子「…抱え込んでるだと……? あたしがか?」

まどか「わたしには、あなたは一人で苦しんで、無理に一人で自分を納得させて、

    周りから自分を切り離しているように聞こえるよ。

    わたしだって同じ魔法少女のあなたに出会えたんだもの、友達になりたいよ」

ほむら「そ、そうよ……。敵は魔女だけで十分だわ。

    避けようとすれば避けられる争いをするなんて馬鹿げてる」

杏子「……」

まどか「ねえ…」

杏子「……あんたのお人好し加減はひとまずおくとして、

   魔法少女になるための祈りで自分の家族を壊しちまうような奴が、

   友達なんて作る資格あると思うか?」

まどか「え……?」

ほむら(……家族を……?)

杏子「(ニヤ)……何だ、マミから聞かなかったのかい?

   とにかく、あいつみたいなやつばかりじゃない、ってことだよ。魔法少女は。

   マミだって自分が生きるために魔法少女になった。そいつが一番正しい形さ。

   あんたは人を助けるのが正しいと考えてるみたいだけど、

   助けられる側の都合も考えずに魔女から守ってやるなんて、ただのエゴじゃないのか」

まどか「それは……」

ほむら「……助けるのがこちらのエゴであることくらい、分かってる。

    そのことで恨まれるかもしれなくても、でもそれでも生きて、

    最後に生きててよかった、って思えるような人生を送ってほしい。

    それがこちらの願いなんだから……それしかないんだから」

まどか「‥ほむらちゃん……?」

杏子「……そう思えるのなら、それはそれでいい。

   昨日のやつ……さやかってのも、それくらいはわきまえてるらしいね。

   全く、マミの周りには変なやつが集まってるんだな。

   ただし、感心はしないね。覚えてときな、希望の絶望のバランスは、差し引きゼロだ」

ほむら「……どういうこと?」

杏子「本来、魔女に食われて死ぬはずだった人間がいるとする。

   そこに介入して助けるという行為自体、自然の摂理に反してると思わないかい?」

ほむら「‥詭弁だわ」

杏子「そうか? 助けた人間が将来罪もない人を殺すとしたらどうだ?

   または自分が人助けしているその間に、自分の大切な人が殺されたとしたら?」

ほむら「……魔法少女に限った話じゃない。誰にでもその立場に立たされる可能性はあるわ」

杏子「ああ。でも魔法少女にしか起こせないことだってあるだろ?」

ほむら「……!」

杏子「通りすがりの人間に関わる、ってことですらそんな危険性があるんだ。

   奇跡なんていう、ドでかい規模の希望で人のためになんぞ祈った日にゃ、

   目も当てられないほどの絶望が撒き散らされるって結末しか待ってないのさ」

ほむら(わたしが鹿目さんを助けるほど……、鹿目さんは前はこんなケガをしなかったのに。

    わたしが……)

杏子「分かるだろ、人のためにという考えじゃ、結局誰もが不幸になるだけだって。

   この力は全て自分のためだけに、使い切らなきゃいけないんだよ」

まどか「‥それでも、わたしは魔法少女だから。誰かが魔女に襲われてたなら助けなきゃ……」

杏子「あたし達もグリーフシードがなきゃ魔力を回復できない。

   せいぜい魔女を倒したとき、迷い込んだ奴も結果的に生き残ってたらいいんじゃないの」

まどか「そんな…」

杏子「(ギロ)大体ね、アンタ人の話聞いてた? 『魔法少女だから』なんて語るんだったら、

   言ってみろよ。あんたは何のために魔法少女をやってるのさ?」

まどか「え……」

スタスタスタ グイッ…

杏子「あんたからは、人がどうとか、魔法少女が何だとか、

   さっきからぐるりのことしか聞こえてこないんだよっ。

   あたしを止めたいって意志があるなら、お座り人形じゃないんなら、

   あたしの目を見て言ってみろ、立派なこと言うならあたしに教えてみろ、

   そもそもあんたは何で生きてるんだ!!」ギュウッ…

まどか「…………」

ほむら「ちょっ、ちょっと!」

~~マミの部屋~~


ポウ……

マミ「はい、終わったわよ」

さやか「ありがとう。……ねえ、マミさん。まどか、何か言ってた?」

マミ「鹿目さんが?」

さやか「もう帰っちゃったんでしょ?

    いや、マミさんに話したのをあたしが聞くのはまずいか」

マミ「え? 今日は来てないわよ、鹿目さん」

さやか「…(ハッ)! まさかあの子!!」バッ ダダダッ

マミ「ちょっと、美樹さん!?」


マミ「……」

スッ

~~昨日の裏路地~~


杏子「アンタが魔法少女になったのは、ただの気まぐれか!?

   だとしても、半端な覚悟じゃ済まされねえ場所に足を踏み入れちまってんだよテメェは!

   あたしはあんたの問いに答えられるだけ答えたんだ、ごまかさずに言え、

   あんたは何で魔法少女をやってる?

   さあ答えろ、あたしを納得させるだけの理由がなきゃ許さねえぞ!!」ググッ

まどか「…わたし……、わたしは……」

杏子「聞こえねえ!! もっとでかい声で言え!!」

まどか「わたしなんか役立たずなんだもん!! 何の取り柄もなくて誰の役にも立てない、

    いつもいつも、さやかちゃんにも迷惑ばっかり掛けてるもん!!

    魔法少女になっても、さやかちゃんやマミさんやほむらちゃんにばっかり戦わせて!」

ほむら(……鹿目さん…)

ユル… ドサ

杏子「……だったらしゃしゃり出てくる前に、取り柄を作ればいいじゃねえか」

まどか「でもあなたは今からさやかちゃんとケンカするでしょう!?

    どっちかが死んじゃうかもしれないんでしょう!?」

杏子「さあな。武器を握った者同士が戦うんだ。そうなるかもしれない。でも……」

まどか「だったら、わたしなんか生きてても意味がないんだから、

    さやかちゃんにわたしはたくさん助けてもらったんだから……!」

杏子「……ここで死ぬってのか」

ほむら(……!!)

杏子「ならあたしの腕一本取るくらいの根性見せろよ」

まどか「嫌だ!! そんなの嫌だ!!」

杏子「自分の価値をテメェで見捨ててる奴なんて殺す意味ないだろうが。

   もういい、さやかってのとはあんたのいない場所で仕切り直すから」スタ…

ガシッ…

杏子「‥離せ」

まどか「嫌だ!! あなたがさやかちゃんと戦わないって約束してくれるまで離さない!!」

クル…

杏子「……分かった。望み通り、あんたを殺してやる」

ほむら「!!」

まどか「…!」

杏子「脅しじゃねえ。この槍で、今からあんたの心臓を貫く。

   でも言っとくよ、ただの犬死にだ。あのさやかってのもさぞかし迷惑だろうねえ、

   勝手にあんたの死の責任を押し付けられて。

   うっとうしさのあまりすぐにあんたのことを忘れるんじゃない」チキッ…

まどか「いいよ」ジッ

杏子「…!」

グッ

ほむら「やめなさい!!」フワァッ

杏子「(ピタ)…」チラ

ほむら「さもなくば穂先が届く前にわたしがあなたを殺す」ギラ

まどか(やめて…)

ほむら「……」

杏子(…なるほどね)ニッ

ほむら(!?)

グッ ブォッ

さやか(まどかが危ない!!)ダダダ


カシン ピタ…

カチャッ パシッ

ほむら「…」スタスタ…

カチッ コト…

ギュッ…

まどか「(ハッ)……!! ほむらちゃん!?」

ほむら「もうそんなに長く時間を止められない。早くここから離れて」スタ…

まどか「だめだよ、魔法少女どうしが傷つけ合うなんて絶対おかしいよ!」

ほむら「‥鹿目さん、ひどいよ……。一番傷ついてるのは鹿目さんじゃない。

     わたし、あなたを死なせるためにここに運んだの!?」

まどか「(ハッ)!」

ほむら「……」

まどか「…」

グイッ

ほむら「!」ヨロ…

まどか「(パシッ)っっ」ポーン

ほむら「鹿目さ……あ」

まどか「さやかちゃん」


ドカーン!

さやか「うおお!?」

杏子「なっ……!?」

まどか「さやかちゃああん!!」パタパタ

さやか「……」プスプス…

まどか「嘘なんでこんなさやかちゃんさやかちゃん、さやかちゃんッッ!!」ペタペタサワサワ

杏子「……どういうことだ、おい? こいつ、死んでるじゃねーかよ!」

ほむら「いいえ、美樹さんは死にません!! 鹿目さんのためにも死んではいけないんです!

    さあ、目を覚まして!!」バシバシ

ムクッ…

さやか「……何? 何なの?」

ほむら「わたしのパイプ爆弾が美樹さんの目の前で炸裂したんです」

さやか「うむぁえか」ペタサワモミュモミュ

まどか「違わたわたわたしわたしわたしがわたしが(ギュッ…)」ガクガクガク ジワジワジワジワ

ほむら「か、鹿目さん……」

さやか「……」ユサユサユサ

まどか「ちゃ、かちゃ、かちゃ、か…、か、」ハァフゥハァフゥ…

さやか「ほむらー、袋ある? あんたの薬入れてるやつでいいからさ」

ほむら「あそこの鞄の中に(カチャッコロッ)。このグリーフシード鹿目さんに使って」スッ

タタタ…

さやか「まどかー、そんなに吸わなくていいぞー、普通でいいぞー」カチ フゥゥ…

まどか「ふはぁ、はぁ、はぁ、ふはぁ」

タタタ…

ほむら「紙ですけど」サッ

さやか「大丈夫、これでいい。まどかー、こん中で息しろー、大丈夫だぞー」ピト

まどか「……」スーハー、スーハー

――



杏子「なあおい」

さやか「ちょっと黙ってて。…約束は守るから」

杏子「……」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「まどか、無理しないで帰りなよ。ほむらに送ってもらいな」

まどか「ううん」

さやか「……」

まどか「…わたし、何やって……。さやかちゃんに今まで助けられて…、

    それを負い目にばっかり感じて、けっきょく自分だけが可愛くて……」

さやか「それでほむらに協力を頼んだの?」チラ

ほむら「……」

まどか「…うん」

さやか「なるほど。相っ変わらずまどかはややこしいなあ。変に気にしすぎだよー」ポリポリ

まどか「ち、違うの、さっきまでそのことにも気づいてなくて、それでほ…」

さやか「前後関係なんてどうでもいいよ。誰だって自分が可愛いのは当然だけど、

    自分だけが可愛いってのはそりゃ言いすぎでしょ。あんた自分に対しても失礼だよ?

    自分だけが可愛いならわざわざあたしの先回りしてここに来るはずないじゃない」

まどか「でも……」

さやか「まあまずね、あんたの隣のお下げの子に、

    無茶をやらかすのに巻き込んだことを気づかってくれると、

    あたしの嫁としては嬉しいかなー、なんて思ったり……」タハハ…

まどか「……」チラ

ほむら「……」

さやか「い、いや、二人して沈んだ顔されるとさやかちゃんも困っちゃうよ……」

ほむら「(ノサ…)お気づかいなく。

     ……わたしがセットした爆弾を人気がない場所にとっさに除けようとして、

     あなたの存在に気づかず鹿目さんはそれを投げたんです。

     冷静に考えればそもそも爆弾を使わずに切り抜けられた局面でした。すみません」

まどか「‥違う、ほむらちゃんのせいじゃない……」

さやか「二人とも、事情はだいたい分かってるよ。

    事故なんだし、あたしはピンピンしてんだからもう気にしないで」

まどか「さやかちゃん、本当に大丈夫なの……」

QB「彼女は鞘の力に守られてるからね。ダメージからの回復力は人一倍だ」

杏子「お前いつからいたんだ」

QB「たった今さ。マミにこの場所への案内を頼まれたんだ」

杏子「何? マミが……!?」ハッ

まど・ほむ・さや「え…?」

スタ スタ

マミ「……元気そうね。佐倉さん」

杏子「ああ。あんたもな」

スタ…

恭介「さやか……?」

さやか「(ハッ)恭介。あんた何でここに……」

恭介「帰り道に巴さんに頼まれて運ばれてきた。

   理由はこっちが聞きたいんだけど。ところで君、今日は休みって言ってなかった?」

さやか「そ、それは……」

マミ「理由は幾つかあるわ。まず、やはり一度は戦うのを止めておかなければと思って」

さやか「マミさん、それは昨日…」

マミ「あなたじゃない。佐倉さん、こちらの条件を呑んだほうが身のためよ」

杏子「へっ……。数に物を言わされちゃな……」

マミ「いいえ。わたしはあなたとの交渉は全て美樹さん一人に任せる。

   だいたい、あなたを倒すのにわたし達の助力はいらないのだし」

杏子「……どういう意味だ」

マミ「言葉のとおりよ。こうしてあなたを目の前にして確信したわ。

   美樹さんとまともに戦えば、あなたは必ず命を落とす」

ほむら「……!?」

杏子「ハッタリを……」

マミ「昔のよしみで忠告してるのよ。美樹さんの魔法少女としての力はわたしを遥かに上回る」

さやか「ちょっ、ちょっと、マミさん……」

マミ「隠さなくていい。あなた自身が感じているはずよ。キュゥべえでさえ、

   あなたにそこまで素質があるとは思わなかったと言っていたけど……」

さやか「……」

杏子「面白れー。確かめてやろうじゃねえか……」

マミ「……あなたは一年前よりずっと強くなってる。それを認めた上の話だと……」

杏子「くどいぜ、マミ」

マミ「(フゥ…)ここに来た理由の続きだけど。美樹さんに押っ取る刀を届けにね」ゴソ

さやか「あ、バット!」

マミ「あなた家に何しに来たの」

さやか「ごめん。うっかりしてた。でも…、せっかく届けにきてもらって悪いんだけど、

    今回はこの剣を使うわ」

マミ「…でも……」

さやか「……この剣を貸してくれた人には乱暴に扱って申し訳ない。

    でもあんたと戦う事情が変わった。‥よっこいしょ」スタ… 

杏子「何だよ、事情って」

まどか「さやかちゃん……」

コツ

まどか「いた」

さやか「この子。…まどか、ごめん。あたし、こいつと戦うよ。こんなことしてる間にも、

    この街の人が魔女や使い魔に襲われてるかもしれないから、さっさと決着をつける」

まどか「……」

さやか「でも約束する。この風見野の子もあたしも命を落としたり、

    一生治らないようなケガをしたりさせたりはしないよ。

    まどかなら分かるでしょ?」チラ

恭介(何がどうなってるんだこれ……)

まどか「……」コク…

杏子「ずいぶんと大風呂敷を広げてくれたじゃないか。……傷付かずに済ませるだと?

   ったくどいつもこいつも――」

さやか「…もう傷付いてるでしょ」ボソ

杏子「――え?」

さやか「ごめん、マミさんの言う通りだよ。正直、あたしが勝つ。

    マミさんにバットを直してもらったのは、あんたと全力で遊びたかっただけなんだよ。

    何も分かってなかった……!」

マミ「……」

杏子「遊びだと……。人をナメるのも大概にしろ……!!」

さやか「ああ。だから、全力で手加減する」

杏子「……なあ、マミ…。もう始めちまってもいいんだろ……?」ワナワナ…

マミ「……ここに来た最後の理由はね」フワァッ 

スタスタ…

マミ「上条くん、左手を」

恭介「?」スッ

トン

恭介「あ、このグリーフシードには…」

ギュゴゴゴゴ…ッ

杏・さや・ほむ・まど「!?」

~~魔女の結界~~


グルグル…

恭介「どわわっ、落ち…ないのか」フワフワ

さやか「こいつ、この前倒した…」

杏子「バ、バカな……っ。魔女の気配なんてこれっぽっちもなかったぞ!?

   マミ、お前いったい何を……」

マミ「暁美さん。あなた、そのソウルジェムはどうしたの。すごく濁ってるわよ」

ほむら「…」

マミ「グリーフシード持ってるでしょう?

   早く使えるときに使いなさい。あなたがここに何しに来たのか知らないけど、

   足元をおろそかにしてるようじゃ、ただの役立たずで終わるわよ」

ほむら「……鹿目さんが苦しんでる傍らで自分だけソウルジェムの魔力を回復するなんて……」

マミ「そんなの何の言い訳にもならない。

   誰かを助けたいならそれだけの余裕を持ってからにしなさい」

ほむら「‥はい…(カチ フゥゥ…)。あの、鹿目さんの治療をお願いします」

マミ「……」スーーッ…

まどか「あ、あの、わたしなんかよりさやかちゃん達を…」

マミ「あなたも同じことを言わせたいの?」

まどか「…」シュン

マミ「……」ポゥ…

まどか「……ありがとうございます」

杏子「おい、マミ! これはどういうつもりだ!?」

マミ「……あなた達が本気で戦うのなら、本来は人気のない山奥にでも場所を移すべきだわ。

   その手間を省いてあげただけ。魔女や使い魔はわたし達で抑えておくし、

   ――死体はちゃんとここに残していくから、心置きなく始めなさい」

まどか「――!!」

恭介(おいおい)

杏子「……ッ」

マミ「何か不満でも?

   あなたがそのつもりなら、今からでも美樹さんは話を聞いてくれると思うわよ。

   その可能性も考えてこの魔女を用意したんだから」

杏子「なっ……。魔女を用意しただと……?」

マミ「ちょっと前に町工場で集団自殺を起こさせようとした魔女……。

   そこを舞っている片羽の使い魔に捕まってごらんなさい。不器用なあなたに代わって、

   見せたくない過去や心情を周りのモニターが雄弁に語ってくれるわよ。

   話の通じない人が分かり合うのにはちょうどいい材料じゃないかしら」

杏子「て、てめぇ……」

さやか「マミさん、こんなことに恭介を……」

マミ「一応、上条くんの許可は取ったわよ」

さやか「でも、あたしが起こした面倒に引っ張りまわすなんて…」

マミ「分かってないのね。あなたが起こした面倒を解決するためじゃなくて、

   わたしに思惑があって上条くんを利用する必要があったの」

さやか「…! ひどい…、どんな思惑だよ……」

杏子「……」

恭介「いや別に僕は構わ」

さやか「あんたは黙ってて!!」

恭介「……」

さやか「……」

まどか「…マミさん、こんなやり方ないよ……、

    グリーフシードに眠ってた子を無理やり起こして、

    わたし達の都合で利用するなんて…」

マミ「あなたにそれを言う資格があるの? 鹿目さん」

まどか「え…?」

マミ「あなたは最近、来るには来るけどわたし達にばかり戦わせてるわね。

   自分だけ魔力を消費したくないの? それとも魔女に怖気づいたの?」

まどか「……!」

さやか「マミさん、そんな……」

ほむら「か、鹿目さん。巴さんは…」

マミ(暁美さん、抑えて。反感を向ける相手を一人に絞らせたいの)

ほむら「…!」

まどか「ほむらちゃん…?」

ほむら「……」

パタパタ パタパタ…

まどか「ほ、ほむらちゃん、危な――」

パゥッ! パゥッ!

バラバラッ……

まどか「あ……」

マミ「……いつまでも戦えないようじゃ、困るわよ」スッ

パゥッ パゥッ…

まどか「……」

ほむら「……」

恭介「走っても走っても前に進めない夢みたいな」バタバタ

杏子「……関係なさそうなやつがまた来てるな」

さやか「風見野の使い魔、あたしに狩らせてよ」

杏子「……いいとも、どうせならここでケリをつけようじゃないか。

   マミがせっかく用意してくれた場所を使わないのは勿体ないだろ?」

さやか「先輩想いじゃん」ニッ

杏子「(ニッ)…行くぜ」

さやか「おう」グッ

恭介「ちょっと待った! さやか、話がある。

   というか君が話してくれ、どうなってんだこれ?」

さやか「空気読めよ! 一から十まで話してる場合じゃないっての!」

恭介「知るか! 一から十まで話してくれ!」シャカシャカ

さやか「……」チラ

杏子「傍でわめきながら空中水泳されても目障りだ」クィッ

さやか「(ペコ)」スーッ

……

恭介「何てことだ‥、僕は肝心な時に寝てたのか……!」ガーン

さやか「身もフタもないことを言いなさんな」

恭介「でもそういうことなら話は簡単だ。僕が――」

ボスッ

恭介「ぐぷ」ユラ

さやか「!」

マミ「(チャッ)魔女や使い魔からはわたしが守っておくから」グィッ スーーッ

恭介「……」フヨフヨ~

さやか「……(コク)」クルッ

杏子「…もういいのかい」

さやか「ああ」

チキッ…  …ス

杏子(鞘に触れな―?)

さやか「うおおー!」バシュッ

杏子「ッッ」バシュ

ドスッ

さやか「ガハッ」ボトボト

杏子「なっ!?」

まどか・ほむら「!!」

杏子「…どういうつもりだ」

さやか「‥これは…、まどか、の分だ……」ボソ

杏子「…まどか……? あいつか」チラ

まどか「ぁああ……」ブルブル…

さやか「ワガママやってるあたしを止めようとして……、勝手に一人で思い詰めて…、

    ほむらまで巻き込んであたしとあんたを戦わせないように、って‥、

    あたし…、あたしには、そんな馬鹿な子の涙を拭う資格なんてないんだ……!」ボソ

杏子「…揃いも揃って……!!」ズッ ドボボ…

ザクッ

さやか「ッッッ」ギリリ

まどか「…ぁ…ぁ…………」ガタガタ

ほむら「み、美樹さん…!」

杏子「アンタ達の友情劇の片棒を担がされるのはうんざりなんだけどな。

   それで気が済むってんなら付き合ってやるよ」ズッ ドス

ザクッ ドッ… ガッ…

さやか「…へ…っっ。へ…、悪いね…えっっ…」ボソ

杏子(こいつ……!)ガシュ 

まどか「やめて……!! おねがい……!」ブルブル…

ガシ

杏子「! …ギブか」

さやか「…ビジュアルの問題で」

杏子「知ったことかよ」グッ

ググ…

杏子(…!? こいつ、血まみれの…、しかも片手で!?)ゾク

杏子「くっ」バッ スーーーッ

さやか「……」

杏子(もう傷口が塞がってやがる……)

さやか「…いざ尋常に」

杏子「…待ちくたびれたぜ」チキッ…

さやか「……大丈夫だと思うけど、いちおう言っておくよ。

    今からはゼッタイ本気出してね。頼むから」ス

杏子「へっ…、お前が言うな」

ヒュオ

ゴッ!!! 

ギャギャギャギャギャッッッ…!!!

杏子「…ッぐ」

ギッギキ

杏子「ぁ…あああああああっっ!?」バヒュンッッ クルルルルル

まどか「!!」

ほむら「なっ…!?」

さやか「…………っ」

クルクルクル…ッ  バッッ

杏子「っはぁはぁ……」

さやか「……(ホッ)」

杏子(…何だ今のは!? あたしの相手は貨物船か? エア・プレーンか!?

   受け切らなくて正解だった…、体中の関節が悲鳴を上げてやがる!)チラ

…パゥ  パゥ

杏子「マミのやつ、すっとぼけやがって……!

  (あのまま路地で戦って、今吹っ飛ばされた先がビルの壁だったら終わってたな。

   何が山奥で、だ。こうなることを見越して浮遊空間の結界で戦わせたのか?)」

さやか「……」ス

杏子(抜いてない…!?)

ヒュオ

杏子「!!」

バギンッ!!

杏子「ぐっ…!(重」ミシミシ
ュン
ガゴオッ

杏子(冗談じゃねえ……! 鞘ごと振り回すとかこいつ何考えてんだよ!?)ギシギシ

杏子「このっ!」ビュッ

さやか「っ」ツッ

杏子(紙一重で避けられた、来る!)

さやか「はっ!!」バギィッ…

杏子「!?」

ピシ…

杏子「(ハッ)(槍が!)」バッ ヒューーッ

さやか「……」クル…

杏子「……」キィィン… シュゥゥ…

さやか「…」

杏子「…どういうつもりだ」シュゥゥ…

さやか「あんたに勝つつもり」

杏子「ならなぜ今攻撃しない?」ゥゥ…

さやか「……」

杏子「ふざけるなっ!」バシュッ

さやか「…!」グッ

バララッ ブゥン

さやか(多節棍!?)グルグルッ 

さやか「くっ…」ビシ グッ グッ…

杏子「もらった!!」ジャララッ パシッ

まどか「さやかちゃん!」

パタパタ…

ほむら「まずいっ。両腕を封じられたわ!」カチャ パシ

杏子「終わりだよ!」ギュン

ガニッ…

杏子「なっ!?」

ほむら「足で白刃取り!? 何て身体能力なの!?」ポーン ドカーン

さやか「すごいなーこれ、忍者の短刀みたいじゃん」

杏子「このっ。汚ねえ足であたしの槍に触るな!」ギリギリ…

さやか「ぬはは、このさやかちゃんの鉄の鋏…、おぬしに破れるかな?」

まどか「さやかちゃん」

さやか「くっ…! やばい…!?」ジリジリ…

杏子「負けを認めるなら今だぜ……!」グググッ…

さやか「(ニコッ)なーんてね」

杏子「!?」

グイッ ゴン!

ほむら「挟んだまま押し下げた!! その反動で頭突きを食らわせたわ!」

杏子「が…」フラッ…

さやか「この隙に体を回転させて鎖の束縛を解く!」ガッ

杏子「さ、させるか…」グッ

さやか「うおりゃーーっ!」グルルーン

杏子「!?」グイッ

まどか「さやかちゃん、回る方向が逆だよ!?」

杏子「うぐ! うわああああっ!」ブンブン ピューン…

さやか「(ピタ)あれ、槍が元の形に戻ってる」パシ

ピュー  クル

杏子「くそっ……!」

さやか「ほい」ヒュン

杏子「…!」ルル パシッ

ほむら(え!?)

杏子「…なぜ返した」ユラ キュ…

さやか「えっ。………武器を持たない相手とは戦わない主義なんだよ」

ほむら(友達に忘れ物を投げ渡すみたいな気軽さだったけど)

杏子「(チッ)」バシュッ

ギィン

杏子「……何を考えてやがる」

さやか「……」

杏子「ハッ。いいさ。言わなきゃ確かめるまでのことだからね」

ガン ギン

さやか「たっ!」ブン

ドコオッ メキキッ…

杏子「ぐぎゃあああっ」

マミ・まどか・ほむら「!!」

さやか「そ、そんな……」

杏子「なんて面してんのさ」

さやか・ほむ・まど「え?」

マミ「!」

ガンッ

さやか「イテッ! 槍で叩くな!」

杏子「今、心臓刺せただろうが。これで借りは返したぜ」ニヤリ

さやか「ぬう。ほんとに忍者かよ。おっどろいたー」シャッ

杏子「あたしもな。けど忍術じゃねえ。幻惑の魔法とか言うらしいぜ」クルリ

さやか「どっちでも厄介なことには変わんないよ」ブン

ギィンッ

杏子「その心配はいらないよ。(ボソ)あたしだってあいつの見てる前ではもう使いたくねえ」

さやか「?」

パウッ パウッ

恭介「……んへっ? (ハッ)さ、さやか…! イテテ…ッ」サスサス

マミ「上条くん。手荒な真似して悪かったけど、

   幻想御手によって使い魔からグリーフシードを得られることを、

   このタイミングで持ち出すと却ってややこしくなるの。あの二人に任せて」ジャキッ

恭介「幻想御手?」

マミ「(クル)ごめんなさい……、意識を失わせたのが悪かったのかしら……。

   あなたの左手に宿った力のことなんだけど……」

恭介「あ、はい、いや、大丈夫です。思い出しました。

   ……確かに不用意に出しゃばりすぎた。

   却ってグリーフシードに関する火種を増やしてしまって、

   巴さんの心配していたとおりになってしまったかもしれないな」

マミ「……今回に限っては別の事情もある。

   わたしは、出来るなら風見野の佐倉さんに仲間に加わってほしい。

   美樹さんはその導入役ができると思って静観しているの」クルッパウッ

恭介「…! さやかを利用するつもりですか」

マミ「…ええ」

恭介「さやかにはそのことを……」

マミ「(クル…)はっきりとは伝えてない。

   でもあなたのことを利用するとは言ったわ」

恭介「分からないなあ…」カキカキ

マミ「それでもわたしには…」

恭介「いえ、そうじゃなくてですね……、

   それならそうとさやかに伝えれば済む話じゃないですか」

マミ「え?」

パシン ギュオオ…

恭介「ととっ、(ヒョイ)地面の上じゃないとやりづらいな……。

   あ、あの子の前でやらないほうがいいんでしたっけ!」クルッ

ガィンッ ギィンッ…

恭介「…よかった、気づいてないみたいだ……。使ってください」ポーン

マミ「(パシ)…伝えて済む話じゃないでしょう」カチ フゥゥ…

恭介「…あいつならそれくらい、喜んで引き受けると思いますよ。

   まあよっぽど間違えた頼まれごとなら断るでしょうけど。

   それでも巴さんの役に立ちたいと思ってるはずです。

   知り合って日は浅いけどさやかは巴さんを好いてるから」

マミ「……」

恭介「あ、でもあいつは、巴さんが佐倉さんって子に仲間になってほしいと思ってること、

   そのままに佐倉さんに伝えてしまうかもしれないな。
  
   ま、そこは言い含めておけばいいことですし……」

ジャキッ パウッ  バラバラ……

マミ「あなたに言われて、自分が間違えたってことに気付いたわ」

恭介「なら今からでもテレパシーで…」

マミ「わたしが間違えてたのは、美樹さんにあなたを利用したと伝えたこと。

   自分を悪く見せようとするあまり、

   徹頭徹尾かくしておくべきことを一端でも美樹さんに見せてしまった。

   これは自分を良く見せようとしてることの裏返しかもしれない。

   佐倉さんにも、あなたに何らかの力があると示唆したようなものだわ。

   これで使い魔からグリーフシードを得られると悟られることはないと思うけど、

   だとしてもうかつだった」

恭介「さやか以上に意固地な人を初めて見ましたよ。

   自分であいつを止められない僕が言うのも何なんですけどね……」

マミ「わたしの事情についてはここまででいいかしら。

   あなたは美樹さんの事情に気づいてる?」

恭介「ほら、そこだ」

マミ「え?」

恭介「分かってます。

   さやかが、僕がヴァイオリンになるべく集中できるように気遣ってるってことは。

   でもさやかを利用しようというあなたにとっては、

   さやかが幻想御手のことを黙ってくれてるだけで十分なはずだ。

   わざわざ僕に代弁する必要はない事柄です」

ジャジャキッ パパパウッッ!!

マミ「…それをあなたに伝えることであなたの動きを封じられる」

恭介「悪意をもってすれば幾らでもそういう解釈はできます。

   でも、違いますね。あなたはさやかと僕が似ていることを知っている。

   さやかが、自分の願いを叶えた結果を僕に背負わせてしまおうというくらい、

   思い込みが激しくて向こう見ずなことも知っている。

   そんなあなたなら、さやかの気遣いを僕に伝えたところで、

   何のつっぱりにもならないことくらい分かってるはずでしょう」

マミ「あなたは、人の言動を極端に善意をもって解釈するきらいがあるわね。

   素直さは度を越すとただの愚に過ぎないわ」ジャキッ

恭介「一見、善人に見えた人が少し利己的に動いただけで、

   自分の第一印象を全否定するのも同じくらい愚かだと思いますけど」

マミ「……」

恭介「…何だかんだ言いましたけど、結局さやかが好き勝手やってるだけなんですが。

   それも隣町の人たちが使い魔に食われるのを知っていて放っておけない、という理由で。

   それを見過ごすのは己の存在に関わるんだと思い込んでるみたいなんです。

   …当初はそれで自分が友達にも見捨てられて一人になっても、という覚悟でいた。

   けどそれは色んな意味で甘くて、間に入ろうとした鹿目さんが怪我をしてしまった。

   これはもう、さやかの正義観が崩れ去るような決定的な事態だったと思います。

   と同時にじゃあ自分の希望と鹿目さんの想いを両立することはできないか、

   という至極当たり前な考え方にさやかを引き戻した。

   それを探すことだけが救いというかそれしかないんでしょうね、今のあいつには」

マミ「…今はあなたが長々と話すのを聞いてる場合じゃない」パウッ

恭介「そうでしたね。…しゃべってないと辛いですよ、今何もできないから」

マミ「…誰でも、祈ることならできるわ。誰もが幸せであるようにと。

   それにあなたは、美樹さんを信じて見守ることも」ジャキッ

恭介「……」

ギィンッ ガァンッ

杏子(くっ…、握力が……)

さやか「はぁッ!」ブン

ツル

杏子「しまっ…」

さやか「!!」ググ゙ッ

マミ(止めるな!!)

さやか「え!?」

ドボォッ

杏子「ぐぅっ…ッ!」

さやか「……っ」

まどか「…っ!」

クルッ

さやか「なんで、なんでマミさん……、」

シャッ

さやか「(ハッ)っっ」バッ

杏子「よそ見してんじゃねえ……! あんたの相手はアタシだろうが」ハァ ハァ

さやか「……。もうこんなのやめよう?」タラ… ポタ

杏子「(スゥ)…ッッ!!」

ブォン

さやか「っ」クル

シャシャシャ

さやか「……」サササ

ガシッ

ほむら(多段突きの最中に片手で掴まえた…)

杏子「……!」ググ…ッ

さやか「ねえ、あんただって―」

杏子「…」パ 

さやか「!?」

バシュ ドカッ

さやか「ごぶっ…」

バキィッ

さやか「ぐ…」ユル…

杏子「…」パシッ グ

まどか「!!」

シャッ!!

ヒュッ――  ピタ

さやか「(ペッ)……なぜ戦うのをやめないの? 幾らあたしを叩いたってムダだよ?

    反対にあんたはすぐに回復しないし、フェアじゃないけど決まってるじゃん、もう…」

杏子「……あんたが、間違ってるからだ」

さやか「は?」

杏子「マミの言ったとおり、あんたは確かに強い。

   だからこそ、大きな力で人々を助けるほどに、その分だけ誰かが不幸になる。

   そんな危うい奴を野放しにできるか……っ!」

さやか「…よく分かんないけど、そればっかりとは限らないんじゃない?

    この力は、使い方次第で、いくらでも―」

杏子「その結果を背負うことになるのはアンタ自身なんだぞ!?

   どんなに腕を振るっても、希望を祈っても、

   世の中はそれ自体が、バランスを保てるように、

   起こした変化を、形を変えてでも等分に揺り戻す力を持ってるんだ。

   あんたが人のためにとった行動も結局は絶望を撒き散らすことにしか繋がらない!」

さやか「自分のことだけ考えて生きてるはずのあんたが、なんでそんな心配してんの」

杏子「あんたはかつてのあたしと同じ間違いをしてる。

   あたしみたいに積極的に正しいと思い込んでしてるわけでないにしても、

   たとえ自分のエゴで動いてるんだとわきまえ、

   その結果どんな目に遭っても自業自得だと覚悟していたとしても、

   人を救うための行動が逆に人を滅ぼしたとき、あんたはきっとあたしと同じ後悔をする。

   そうなると分かってて見過ごせないだろうが……!」

さやか「抽象的でよく分かんないよ。もっと具体的に話してくれる?」

杏子「長い話になる。今はそんな場合じゃねえだろ」

さやか「時間がもったいなくても周りをよく見て状況整理してから、て学んだばっかりでね。

    聞いたところであたしの考えが変わるとも思わないけど、

    片方が話があるってのに聞かずにしばき合うのもおかしいでしょ」

杏子「……あたしも前は人助けに燃えてるときがあったんだよ。

   あたしの親父に習ってさ。…親父は、この風見野にある教会の牧師をしていた。

   正直すぎて、優しすぎる人だった。

   教義にないことまで説教するほどにな。

   新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だって、それが親父の言い分だった。

   勿論、信者の足はぱったり途絶えたよ。本部からも破門された」

さやか「そりゃ当然だわ。はたから見れば胡散臭い新興宗教だもん」

杏子「…あんたの言うみたいに、誰も親父の話を聞こうとしなかった。

   どんなに正しいことを、当たり前のことを話そうとしても、

   世間じゃただの鼻つまみものさ。

   あたし達は一家揃って、食うモノにも事欠く有様だった」

さやか「その新しい教えを広めようとしたのが間違いだった、て言うの?」

杏子「そんなわけがあるか! 親父は間違ったことなんて言ってなかった。

   ただ、人と違うことを話しただけだ」

さやか「……」

杏子「5分でいい、ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しいことを言ってるって、

   誰にでも分かったはずなんだ。

   ……なのに誰も白い目で見るばかりで、真面目に取り合ってくれなかった。

   それが悔しくて、キュゥべえに頼んだんだよ。

   ……みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように、って」

さやか「……それが、人のために祈ったことが、間違いだったと」

杏子「ああ。願い叶って、翌朝から親父の話を聞かせてくれと人が押し掛けてさ。

   毎日おっかなくなるほどの勢いで信者は増えてった。

   お袋も、親父が人の幸せを願って教えを広め回ったのが通じたんだと喜んでたし、

   親父は、働きにでて家計を支えてたお袋に感謝してた。

   妹もあたしも腹いっぱい食えるようになった……」

マミ「…」パゥッ

さやか「全然いいじゃん。その代わりにあんたが魔女と戦わなきゃいけなくなったにしても」

杏子「むしろ、あたしはバカみたい意気込んでたさ。

   いくら親父の説教が正しくたって、それで魔女が退治できるわけじゃない。

   だからそこはあたしの出番だって。

   あたしと親父で、表と裏から、この世界を救うんだって……」

さやか「そういう考え方はキライじゃないけど、

    父親に、信者が説教を聞いてくれるようになったのは自分のおかげだって伝えたの?」

杏子「話す必要なんかないだろ!? そうしなくても、みんな幸せだったんだから……!」

さやか「そう。まあ、親子だから複雑なのかもね」

杏子「……伝えたところで結果は同じだったと思うしな」

さやか「…どういうこと?」

杏子「あるとき、カラクリが親父にばれた」

さやか「……」

杏子「大勢の信者が、ただ信仰のためじゃなく、魔法の力で集まってきたんだってことがね。

   親父はあたしが何をどれほど語りかけても、返事してくれなくなったよ。

   酒を浴びるように飲んで一人で思い詰めて母さんと妹を道連れに無理心中しちまった」

ほむ・まど「……!!」

さやか「……」

杏子「あたしの祈りが、家族を―」

さやか「なんでそうなっちゃうのよ?

    そりゃ黙って勝手に魔法少女になったのは怒るだろうけど、

    それが思い詰める、ってのにどうやったら繋がんの?」

恭介(ハァ…)

杏子「あたしが、悪魔と契約しちまったんだと思い込んだんだよ。

   ま、こんな格好で槍を携えてるのを見たんだ。

   人々を教え導きたいと願っていたのに、自分は悪魔に踊らされていただけなんだ、てな。

   バレた時、おまえのせいでこんなに信者が集まったのか、人の心を惑わす魔女だ、

   って罵る位ブチ切れてたよ」フッ…

さやか「……よく分かった」

杏子「…なら、あんたも―」

さやか「分からない!!」

杏子「どっちだよ!?」

さやか「あんたがあたしに、同じ間違いをしないように言ってくれてんのは分かる。

    でも肝心のあんたの話が分からない。

    あたしの父さんは白髪も出てきたし、

    パンツは漂白してうんこの染みを取らないといけないときもしょっちゅうある。

    あたしの小さいころ会社の上司のやり方に反発して、

    辞表もっていってけんかしようとしたけど、

    母さんが3日口を聞かなかったからそうしないで、

    今でも黙々と同じ会社に勤めてる。自分一人なら転職してたかもしれない。

    でも母さんやあたしのために働いてるんだ。あんたはそれを間違いだと言うの?」

杏子「……」

さやか「あんたのようにキュゥべえを介して起こした奇跡でなくても、

    あたしの父さんも口にしなくても絶望することもあったのかもね。

    えっと、でもあんたの言いたいのって、

    普通起こらないことをキュゥべえに叶えてもらうから、バランスが狂うって話だよね。

    でも会社とか国がやることって大体そうじゃない?

    ある立場の人にとっては役立つことでも、別の立場の人は苦しんだり、

    どっかでバランス狂って、それがニュースになって、問題だってなるじゃん」

杏子「……それでも、どんなに腐ってても、奇跡によるものでなければ、それは条理の内さ。

   どんな苦しみであっても、奇跡の招く災厄に比べればよほどマシだよ」

さやか「あたしが風見野の使い魔を狩るのは奇跡じゃない。

    魔女や使い魔も、人々も、あたしも条理のうちだ」

杏子「そんな単純なモンじゃないよ……」

さやか「百歩譲ってそれも間違いだとしても、

    使い魔をほっとけばあたしの周りの人間が犠牲になるかもしれないんだよ。

    それこそ見過ごせない。

    世の中の全てが間違いでないからと言って、

    どうしてあたしが全て正しくないといけない道理がある!

    あたしは何もかも許せないよ……、

    あんたの父親の教えが何だったのか分からない。

    色眼鏡なしに話を聞いてあたしが共感できるような信仰なのかは分からない。

    でも新聞の社会面を読めば苦しい、ひどい目にあってる人はたくさんいるって分かる。

    この世に生まれてきたこと以外に落ち度なんてない人だっているかもしれない。

    あんたの父親がそんな人々まで救われることを願って、

    世の中すべての人々の幸せを願って、教えを説いて回っていたんだとしたら、

    間違ってるのは、端っから胡散臭い目で見てるあたし達の側だ……!(ジワジワ…)

    あんたの家族を食うや食わずやの状態に置いた父親にも疑問をもつけど、

    それでも、弱く思いやりのある人間にばかりタダシイ道理を強いて、

    強く無神経な人間ばかりがのさばってる世間のほうがぶっち切りにおかしいよ」

ジワジワ ゴボ…

マミ(美樹さんのソウルジェムが……!?)

さやか「あんたの父親だっておかしい。

    最初からあんたを魔女だと決めつけて、話を聞こうともしない。

    たとえあんたが勝手に自分の願いを叶えたのにしても、悪魔と契約したのだとしても、

    父親なら魔女になってしまった娘を救おうとするべきだ。

    なぜそんなことを娘がしたのか理解しようとするべきだ。

    まず娘を、自分の説く教えを信じるべきだ。

    それを事もあろうに全て投げ出した上、あんたの母親や妹まで巻き込んで死ぬなんて、

    最っ初から最後までただのダメ親父、いやダメ親父以下じゃないか!!」

杏子「親父のことを悪く言うなっ!! 親父はおかしくなってバカなことをしたけど――」

さやか「あんたもそうだ。これだけおかしい連中が周りにいるのにそれを責めもしない。

    ぜんぶ自分のせいでした、って勝手に背負って、

    自分の目指した理想だけはちゃっかり捨てちゃって正しい道理に従ってるだけじゃん。

    本当に救いたいと思う世の中なら、自分は破綻していてもやると決めたことを、

    ただ強くやり続ければいいじゃないか!

    正しいからやるんじゃない、正しいと信じたからやるんだ。

    今からでもそれを選べるんだよ? もう一度だけの奇跡を起こしてる、

    だから奇跡が起こす絶望だかバランスとかはもう心配しなくていいんだから!」ゴボ

恭介(言ってることがむちゃくちゃだ……)

杏子「どうしてそこまで意地を張んだよ!?」

さやか「意地を張ってんのはアンタの方だ! このいい子ちゃんのファザコン娘!!」ゴボゴボ

杏子「なに!? どっちが…」

さやか「もういい。(スッ…)この一撃であたしはあんたを押し退けて使い魔を狩りにいく。

    あたしの間違い、正せるものなら正してみろ!!」ゴボボ… ピキ  バシュッ

杏子「この分からず屋ーーッ!!」バシュッ

ズドオオオオンッ……!!

マミ・まど・ほむ・恭「………!!」

さやか「がふっ……っ」ボタボタ

恭介「……ッ」

杏子「ぐっ……」

シーン… フワ フワ…

まどか「さやかちゃん……?」

パタパタ パタパタ…

ほむら「使い魔が!」

パゥパゥッ! バラバラ…

マミ「(グィッ)暁美さん、来て!」バシュッ

恭介「っと」ギュン

ほむら「は、はい! (バタバタ…)鹿目さん、わたし上手く動けないの!

    二人のとこまで連れてって!」

まどか「うん!」フワァッ パシ

スーーッ

マミ「……」ポゥ…

杏子「…うっ……」ピク

ほむら「二人の様子は?」

マミ「ケガの心配は二人ともいらない。それより美樹さんのソウルジェムを回復してあげて」

ほむら「はい」

パタパタ…

ジャキッ パゥッ バラバラ…

マミ「気を抜かないで。ここからよ」クル 

ほむら「……濁ってません」

マミ「…え?」

ほむら「美樹さんのソウルジェムは澄み切ってます。全然穢れが溜まってないわ。

    あれだけ激しく戦った後なのに……?」

マミ「見せて(パシ)……!?」

パタパタ…

恭介「っ」パシ ギュオオ… ヒョイ

まどか「マミさん!」

マミ「なに?」

まどか「この子のソウルジェムも……。いいでしょう?」

マミ「……そうね。グリーフシード持ってる?」

ほむら「わたしがやります。……鹿目さん、いいの?」

まどか「ごめん、わたしグリーフシード持ってなくて……」

ほむら「上条くんが手に入れてくれたのは、みんなが持ち切れない分をわたしが預かって、

    みんなの必要に応じて分け合うって決めたんだから気にしなくていいよ。

    そういう意味じゃなくて、この子は鹿目さんにケガさせたんだよ?」

まどか「……ごめん。お願い……」

ほむら「……」カチ フゥゥ…

マミ(……佐倉さんはそうとう消耗してるわ。

   美樹さんも衝突する寸前、急激に黒く濁るのが見えた。

   二人は衝突と同時に意識を失って…、暁美さんが見るまで回復の機会はなかったはず。

   グリーフシードを使わずにソウルジェムを浄化する方法なんてあるの?

   いえ、まさか……。

   溜め込んだ穢れを、燃焼させて魔力へと変えた……? だとしたら、まるで……)

ほむら「完了しました」

マミ「…(コク)」

まどか「でも二人とも気を失ってるよ。早く出ないと……」

マミ「……鹿目さん。その前にやることがあるでしょう」

まどか「…」

ほむら「……!」

マミ「あなたが魔女を倒して。

   自分だけ楽をしたいとか怖じ気づいたのでなければ証明しなさい」

まどか「……はい」スッ…

キリキリ…

まどか「…………」

マミ「どうしたの? 早く」

まどか「……っ」ピク ピク

ポーン ドカーン! 

まどか「…!」

ギュオオオ……


~~裏路地~~


カツン 

スタスタ… ソッ

ほむら「……」

マミ「……暁美さん」

ほむら「ちゃんと起動するかテストしたかったので」

マミ「場合を考えて」

ほむら「すみません」ペコ

マミ「……ここに二人を寝かせておくわけにもいかない。(スタスタ…)

   佐倉さんはわたしが部屋まで運ぶわ。あなたたちも美樹さんを連れてきてくれる?」

ほむら「わかりました」

マミ「(グッ ユサ)じゃあ、また後で」フゥ…

恭介「テレポーテーション!?」

マミ「まだいるわよ。空を飛んでいくのに姿が見えるとまずいでしょう?」

恭介「あ、確かに……。さっきも周りからは見えてなかったのか……」

マミ「さっきはわたしたちの周りをリボンで囲んで見えないようにしてたわ。

   町じゅうの人の姿が見えなくなったりしたら大変だから」

恭介「ああ、これか。自分で効果のコントロールができないものかなあ」

マミ「それはわたしからも望むわ。

   魔力であなたの体にまで浮力を伝えられたら、

   ひっつかむようなことをせずもっと丁重に運べたんだけど」

恭介「でも空から町を眺めるなんてなかなかできないからよかったです」

マミ「(クス)……上条くん。美樹さんをお願いね」

バッ ヒュオオ…

恭介「……」

ほむら「あの、上条くん。これの強化をお願いできますか」

恭介「あ、うん」スッ

トン コオオ……

恭介「君たち、大変だね」コオオ…

ほむら「慣れてますから」

QB「もう取ったほうがいいよ」

ほむら「(スッ)…これが魔力だけで満たされたグリーフシード……、玲瓏というのかしら」ジッ

恭介「あと、(ゴソ)これ、さっきの使い魔の」スッ

ほむら「ありがとう。もらうね」ソッ

カチャ スッ…

ほむら(巴さん。わざとわたしに魔女を倒させたの……?)

まどか「ほむらちゃん。わたし……」

ほむら「……」

恭介「…先にさやかをおぶって、巴さんの家まで行ってるよ」スタスタ

ほむら「上条くん、巴さんに衝かれたところ大丈夫?」

恭介「ああ、平気平気。かえって目が覚めたよ。(グッ)よっこいしょ…(ユサ)」

ほむら「駅はこっちのほうだったよ」

恭介「そうか。うーん、線路沿いに歩いていくよ」スタ スタ

ほむら「そう」

スタ スタ…

まどか「ほむらちゃん…、ごめん…。わたし、自分のことしか見えてなくて、

    ほむらちゃんがお願いを聞いてくれてここまで運んでくれたのに、

    わたしが死んだらほむらちゃんが責任感じちゃうのに……」

ほむら「……」

まどか「でもわたし、最初から死のうなんて決めてたんじゃないの。

    どうしてもさやかちゃんとあの子を止めたくて必死で…、

    いや、これも言い訳だよね……、でもほむらちゃんを騙そうなんて、

    それだけは思ってなくて、これだけは本当なの。

    ……でも、ほむらちゃんにとっては同じだ―」

ほむら「鹿目さん、わたしね。騙したとか責任とかそんなことより、

    ただあなたに無事でいてほしいの、あなただけは……。

    鹿目さんはわたしが魔女に魅入られて死のうかと迷ったとき、

    巴さんと一緒に来てわたしを助けてくれたじゃない……!」

まどか「え……?」

ほむら「(ハッ)あっ、えっと…、ま、魔女に立ち向かうのに、鹿目さんや巴さんは、

    わたしにとっていつも支えになってくれてるの。いてくれるだけで勇気が出てくるの。

    人に迷惑を掛けて役に立てない辛さは、わたしもあるから分かるよ。

    でもあなたの笑顔を楽しみにしている人があなたの周りにはたくさんいるじゃない。

    鹿目さんが負い目に感じることさえ、いとわずに許してくれる人たちが。

    それだけあなたは大切な人なんだから。    

    あなたが生きて、周りの人たちと幸せになってくれることが、

    それ自体が意味があることなんだから……、だから、もう絶対、

    自分を粗末にするようなことはしないで」

まどか「う、うん…。分かったよ。あんな勝手なことはしないよ。ごめんなさい…」

ほむら「あ…、謝ることないよ。わたしが鹿目さんに無事でいてほしいのと、

    鹿目さんが美樹さんに無事でいてほしいのとたぶん同じで、

    責める資格なんてわたしにはない。ただ、さっきは言わずにいられなくて…」

まどか「でも謝らなきゃ。わたしはほむらちゃんに心配かけたんだもの」

ほむら「(ニコ)もう気にしないで。さあ、巴さんの所へ行こう」

まどか「(コク)うん。今度こそわたしがほむらちゃんを運ぶよ」スタスタ

ほむら「でも鹿目さん、ケガを…」スタスタ

まどか「(クルッ)マミさんに治してもらったから、ほら、制服まで元通りだよ!

     わたしが保健委員なんだから、ほんとはこうしなきゃ!」スタスタ ガチャッ…

ほむら「わたしも、そう心配するほどでもないよ」

まどか「いいのいいの。あ、そういえば上条くん、マミさんち知らないよね」

ほむら「そうですね。わたしと鹿目さんが自転車で来てるから帰り道で追いついてくれる、

     そう考えて先に行ったんでしょうね」

まどか「そうかあ。気を遣わせちゃったね。ほむらちゃん、乗って」

ほむら「はい。じゃあお願いします」カタ…

――――
―――
――


~~マミの部屋~~


杏子「うーん……(ハッ)」ガバッ

まどか「気がついた。痛いところない?」

杏子「(ジッ…クル)……マミの部屋か。マミは? あんた達だけか」

ほむら「巴さんならいつもの見回りに出ています。あなた達をわたしと鹿目さんに任せて」

杏子「そうか」ギシ

ほむら「どちらへ? 鹿目さんをあんな目に遭わせておいて、

    ただで帰れると思ってるんですか?」

まどか「ほむらちゃん……」タハハ

杏子「逃げたりしねーよ。のどが渇いたから水を飲みにいこうとしただけさ」

まどか「あ、そうだ。(スクッ)

    マミさんからはあなたを引き留めておいてとは言われてないけど、

    あなたやさやかちゃんの目が覚めたらお茶とお菓子を振る舞うよう言い付かってるの」

杏子「さやかちゃん……?(クル)のわぁっ!?」ビクッ

ほむら「そんなのけぞってまで驚くこともないでしょうに」

さやか「…ん……んん……」モゾ…

まどか「てひひ」スタスタ…  カチャ …パタン

杏子「いや、いやいやなんでこいつとあたしと隣どうしで寝てたんだよ!?」

ほむら「そりゃあ、どちらが先に目覚めても、

    すぐにお茶をご馳走するのに都合がいいからじゃないですか。

    あ、あらかじめ言っておきますが、お茶を飲みお菓子を食べ元気が出たからって、

    とつぜん窓をぶち破って脱走したりしないで下さいね」

杏子「そんなことしたら後が怖ええよ。あたしが言いたいのは、

   さっきまで刃を交えていた者たちを同じベッドに並べて寝かせてる神経についてだよ」

ほむら「心配ないでしょう。巴さんは快く二人に貸してくれましたし、

    あなたは、もも~、とか言いながら美樹さんに抱きついたりしてるんだから」

杏子「(クル)なっ…! 美樹さんって、あたしがこいつにか!? くぅ~~っ!」ジタバタ

ほむら「ですから心配いりません。美樹さんも、

    鹿目さんの名前を呼びながらあなたを抱き返したので即座に引き離しましたから」

杏子「んおお~~…っ!」

カチャ…

まどか「(ヒソ)用意できたから、こっちに来れる?」

・・・
・・


まどか「マミさんほど美味しいお茶ではないと思うけど。(コポポ…)どうぞ」カチャ…

杏子「あんた達は? 食わねーのか」

まどか「わたし達はマミさんが戻るまで待ってる。気にしないで上がってて」ニコ

杏子「……」

ほむら「鹿目さんが口をつけた物でないと安心できませんか?」

杏子「(チラ)毒を盛るとか心配はしてないさ。でも、あたしはあんたを痛めつけて、

   あまっさえ殺そうとしたんだぞ? どうして笑顔でお茶をご馳走できるんだよ」

ほむら「……」

まどか「わたしはあなたとさやかちゃんのケンカに割って入ったんだもの。

    それにあなたもきっと、わたしのために間違えてくれたんだって思うから」

杏子「間違える? あたしはスジを通そうとしてただけだぞ。

   よしてくれ、なんか感謝したそうな顔されると気持ち悪いよ」

まどか「ううん。だってその気なら、言う前にわたしの命を奪えたでしょう?」

杏子「(チッ)……あんたは? なぜ気を失ってる間にあたしの息の根を止めなかった?」

ほむら「そう物騒なことばかり言わないで。

    あなたが目を覚まして、改めて害意があるかどうか確かめてからでも遅くはないわ」

杏子(こいつがあんた達の守りたいものか)

ほむら「‥どうなの? まだあなたは鹿目さんを傷つけるつもりがあるの?」

杏子「無い。勝負はついたさ。あのさやかってやつの勝ちだよ。

   今後、あんたたちが何をしようと、あたしは手出ししないしそいつを傷つけもしない」

ほむら「ならわたしがあなたに敵意を向ける理由もないわ。

    鹿目さんがあなたを悪く思ってないんですもの。今後もそうある限りは」ジッ

杏子「……。(チラ)…なんかさぁ、あんた達は……。(クス)まったく、マミの周りには……」

ほむら「あなたも人のことをとやかく言えるほど一貫した人間じゃないでしょう」

杏子「へぇ。例えば?」

ほむら「あれだけ節を曲げずに、というか持論を押し付ける執念を見せてくれた割に、

    あっさり負けを認めるのね」

杏子「……。今だって、人のためにこの力を使うのを認めてるわけじゃない。

   でも、あたしが力ずくでマミの元から…、いや、この言い方は卑怯だな。

   さやか‥、は、あいつは正々堂々としてたもんな。

   あたしがなに言おうが考えを変えるつもりもないらしいし。

   いや、違うな。単に、そう、ただ単に、あたしはあいつに負けたのさ」フン…

まどか「お話し中わるいんだけど……、冷めない内に上がってくれたら嬉しいなって」

杏子「ああ。すまないね」スッ ピタ カチャ ‥ペコ…… スッ

ほむら「……それでも、美樹さんも強かったけど、あなただっていい勝負してたじゃない」

杏子「(ズズッ…)」ギョロッ

カチャチャッ…ッ

杏子「ぶはっっ! ぶほっ! ぼほっ…」ケホッ

まどか「ご、ごめんっ! 熱いの苦手だった!?」

杏子「あ~~っ。いや、旨いよ。

   (クル)失礼ついでに、ティッシュはどこだ?

   いや、いい。座っててくれ。(スタスタ…)

   今のは、この優等生づらした方が意外にジョークのセンスがあるみたいで、(ボシュッ)

   不意打ちをくらったのさ」チーン

ほむら「どういうこと?」

杏子「ちょい待ち。(ポイ)その話の前に互いの名前くらい知っとかないとやりづらくない?

   マミから聞かされてるかもしれないけど、佐倉杏子だ」

まどか「あ、あたし、鹿目まどか」

ほむら「……」

杏子「あんただって、メガネだのお下げだの呼ばれ続けちゃ不愉快だろ?」ニヤリ

ほむら「……暁美ほむら。よろしく。佐倉さん」

杏子「うーん、名字だとマミとダブるんだよなあ。名前でいいよ。

   あたしもあんた達を呼ぶときはそうするし」

ほむら「じゃあ、杏子さん」

杏子「それじゃ小姑だ。呼び捨てでいいって」

ほむら「……杏子」

杏子「おう。まどかにほむら、でいいか?」

ほむら「……ご自由にどうぞ」

まどか「よろしくね、杏子ちゃん!」

杏子「杏子ちゃん、ね……」ポリポリ

ほむら「杏子、教えてちょうだい。わたしはジョークを言ったつもりはないんだけど」

杏子「……あんたにはあれが勝負に見えたのかい」スタスタ ストン…

ほむら「……!?」

杏子「マミの言うとおりだったさ。あいつから最初に食らった一撃で力の差は分かったよ。

   こいつは魔法少女…いや人間というより、大型の貨物船か旅客機か……、

   とにかくとんでもねえ馬力のカタマリだ、ていうのが正直な印象だった」

まどか「そ、そんな、人間ばなれしたみたいな言い方はちょっと……」ナハハ…

杏子「ああ。最初から最後まで敵意や殺意のたぐいは感じなかったよ。(カチヤ…)

   人間ばなれどころかじつに人道的な態度だったね。あんたの親友、は。

   そのくせ、さやかのほうは勝負になるよう、あれこれ勝手にハンデをつけてるようでさ。

   こっちのほうが内心わらっちまうくらいだったよ」パク

ほむら「……本当に? あなた、謙遜して言ってるんじゃないの?」

杏子「嘘は言ってねえ。純粋に勝負としちゃ、端っからあいつには敵わないよ。

   頼みもしないのにさやかが自分に縛りを設けたおかげで、

   あんたには形になってるように見えたらしいけどな」モグモグ

ほむら「縛り、って、例えばどんな?」

杏子「単純に力加減の問題でさ。相当セーブする努力をしてたはずだ。

   最初の一撃のあと、どんどん伝わってくる衝撃が小さくなっていったよ。

   そうじゃなきゃ、武器を打ち合わせるたんびにあたしは吹っ飛ばされてたさ」パクモグ

ほむら「……確かにそうだわ。

    あなたから負わされたケガも美樹さんは回復しきったはずなのに」

杏子「それからもう一つ。あたしを狙って攻撃してこなかった」パク

ほむ・まど「!?」

ほむら「何を言ってるの。あれだけ激しく戦っていたのに。

    あなただって今、打ち合った、と言ったじゃない」

杏子「(ズズ…)そうさ。おおかた、あたしの槍を壊すのが目的だったんだろうな」

ほむら「狙いが……、槍……!? でも、壊したところで」

杏子「魔力で修復できるよな」モグモグ…

ほむら「そうよ。効率が悪すぎる。いつまで経っても決着がつかないわ」

杏子「そうでもねえ。あたしが修復するくらいの魔力も尽きればそこであいつの勝ちさ」

ほむら「どうしてそんな回りくどい……」

まどか「……」

杏子「まどか。あんたとの約束を守ったうえで、

   隣町にまでお節介を焼きたいっていう自分の意志を通そうとした結果だろ。

   (ズズ… カチャ)……ごちそうさま」

まどか「……」

杏子「ま、そういう意味じゃあんたはあたしの命の恩人かもしれねーな」

まどか「そんなわけないよ。……(ボソ)さやかちゃん……」

ガチャ

まどか「さやかちゃん!」ガタッ…

さやか「あたしにもケーキくれーー!」

杏子「くたばってなかったか。最後に思い切り刺してやったんだけどな」

さやか「あー、悪いけどどこ刺されたのかも覚えてないくらいなんだわ」スタスタ

杏子「(チッ)」

ほむら「最初から殺す気もないくせに」

杏子「…なんだと」ギロ

ほむら「それとも杏子、あなたは自分の腕がよほど悪いって宣言したいのかしら」

グイッ

杏子「……何が言いたいんだ、てめえ……」

まどか「きょ、杏子ちゃん、ほむらちゃんも。仲直りしたそばから……」

ほむら「わたしは事実をもとに推測を述べたまでよ。

    美樹さんのソウルジェムを確かめたとき、

    あなたがつけた傷口が発光しながら塞がるのが見えたけど、それは脇腹にあった。

    真正面から向かってくる相手が、傷を自動的に回復できると知っていて、

    あえて急所を狙わない理由があるのだとしたら教えてほしいものだわ」

さやか「脇腹かー。(ベロン)あ、ぜんぜん傷跡もないわ。

    剣を貸してくれた王様に感謝だな……」

まどか「さやかちゃん…」

さやか「はいはい。(ゴソ)

   (ハッ)あ、あの剣の(フワァッ チキ…)……よかった……。

    あんだけ乱暴に扱ったのに、さすが、こっちも傷一つついてないや」

杏子「フン……。(ユル…)借り物なら気をつけるんだな。

   表面は傷が付いてなくても、鞘の内側は刃が当たって傷んでるかもしれねえ」

さやか「(フワァッ)うん。よほどのことがない限りマミさんのバットを使わせてもらうわ。

     ……ときにバットはどこだっけ」

まどか「マミさんがベッドのそばに包んで立て掛けてたような。

    えっと、確かさやかちゃんが寝てたクマさんのぬいぐるみがあるほうの……、

    わたし、取ってくる」スタスタ…

さやか「あ、悪い……」

ほむら「美樹さんも座ってて。お茶とケーキを用意するから」スク… スタスタ…

さやか「ありがとう、ほむら」

スタスタ ストン…

さやか「(フゥ…)」

杏子「何だい、急に憂鬱な顔をして」

さやか「……何か、マミさんがちょっと分からなくなっちゃってさ……」ヘタ…

杏子「ベッドを貸してもらい、人ん家の菓子をただ食いさせてもらいの身で言うセリフか?」

さやか「いや、だからだよ。とてもいい人なのに、恭介を利用したと言ったり、

    あたしがあんたをケガさせるのを勧めるようなこと言ったり……」ゴロ…

杏子「ちょっと詳しく教えろ。恭介ってのはあんたの連れの坊やだな?」

さやか「坊やって年でもないけどね」

杏子「その恭介をどうマミが利用するってんだ? 人質とかか?」

さやか「違う。もう話してもいいのかな……?

   (ゴロ…チラ)ねえ、ところでさ、結局あたしは風見野の使い魔を狩ってもいいの?」

杏子「……悪いことは言わねえ。やめとけよ」

さやか「(ムクッ)なんだよー。あたしの勝ちだって言ったじゃないかー」

杏子「てめえ! 盗み聞きしてやがったなっ」

さやか「は、は、は‥。いや~、出てくタイミング逃がしちゃってさー」

杏子「だいたいあんた、最後の一撃と宣言したくせに、

   体当たりしてわざわざ刺さりにきただけだろ」

さやか「あ、あれ? そうだったかなー?」カキカキ

杏子「マジで風見野に住んでる人間まで、魔女や使い魔から守りたいと思ってるのか」

さやか「…うん」コク

杏子「なら勝手にしろよ。でもあたしは魔女しか狩らねーぞ。(ゴテッ…)

   ああ~~、ただでさえ見滝原より魔女がすくないってのに」ボリボリ…

スタスタ…

ほむら「肘をどけて、杏子」

杏子「ん」ノソ

まどか「さやかちゃーん、バットあったよー」タタッ

ズベッ

まどか「きゃあっ( ゚д゚)っ」ピューン  

さや・杏「!!」

フワァッ カシン

ほむら「鹿目さん、大丈夫? くじいてない?」サス

まどか「う、うん」

ほむら「そう……。急に転びそうになったから」

さやか「…大丈夫だった!? 二人とも」

ほむら「ええ。美樹さん、足元にバット置いてる」フワァッ

さやか「おお。まどかもほむらもサンキュ」

ほむら「今、淹れますから」

さやか「あ、自分でやるよ。それより、本当にまどかの足大丈夫か、確かめて」コポポ

ほむら「鹿目さん。わたしにつかまって、‥立てる……?」ソロ…

まどか「(ソロ…)いまの……、

    ‥ほむらちゃんじゃなかったら……」

ほむら「こういうときのためにわたしの魔法はあるんだよ。

    わたしは鹿目さんの役に立ててよかったんだから、ね?」ニコ

まどか「……ありがとう、ほむらちゃん」ニコ

ほむら「さ、歩ける…?」ソロソロ…

まどか「うん。(ソロソロ…)あ、大丈夫みたい」

さやか「……いや~、よかったよかった。これにて一件落着…」ズズ…

杏子「ちょっと待て! 今、何が起こったんだ!?

   まどかがじゅうたんの端につまずいて、持ってたバットが、

   両手ふさがってるほむらに飛んできたはずなんだけど!?」

さやか「ほむらが言ってたじゃん。時間止めるのがほむらの魔法なんだよ」

杏子「そ、そうなのか……」チラ

ほむら「ええ。でもそれだけ。……あなたのように武器を魔力で作り出せないの」

杏子「それだけ、って。こりゃ、えらい魔法だぜ。

   そういや……、恭介だ! マミが言ってたってのは、

   ひょっとしてあいつも何か力を持ってるのか?」

ほむら「……」

さやか「……あたしから話すよ。いずれ杏子も知るんだろうからさ」

――


杏子「……そうか。それであの時、何の気配もなかったのに、

    突然あいつの左手に載せられたグリーフシードから魔女が現れたのか」

さやか「……うん」パク…

杏子「ふぅん。さやか、あんたは風見野まで恭介を連れてくればいいわけだな。

   あいつがいれば使い魔から幾らでもグリーフシードが手に入るんだし」

さやか「いや。恭介は風見野まで連れていかない」

杏子「そうかい。ま、あんたの勝手だけどさ。

   風見野に二人の魔法少女を養うだけの魔女はいねーぞ」

まどか「ねえ、杏子ちゃんもこれからは見滝原に来るんでしょう? 皆で一緒に……」

杏子「すまねえな、まどか。やっぱり負けたあたしに決められることじゃないんだ。

   本来、あたしが風見野を追い出されてもおかしくない結果なんだよ、今回は。

   マミには前に後ろ足で砂をかけるような別れ方しちまったし、

   ぶっちゃけさやかの話ぬきで、マミの縄張りをぶん取ろうかって考えてたんだけど、

   まぁ、それを始める前から勝負がついちまった、ってわけ」

ほむら「鹿目さんも言ったでしょう。仲間が多いぶんのメリットも必ずあるの。

    巴さんもわたしもあなたにチームに加わってほしいと思ってる」

さやか「え…、マミさん、最初からそのつもりだったの……?」

ほむら「わたしもね」

さやか「ほむら……」

杏子「(チラ)マミがよくてもあたしのほうがダメなんだ。ひるがえしてごめん。

   マミが悪いんじゃない。悪いどころか、あいつは過ぎるくらいに良くしてくれた。

   まどかの厚意には感謝してる。

   でも、あたしのわがままでマミと一緒にはいられない。許してくれよ」

まどか「……そう……」

ほむら「……」

杏子「……さて、長居は無用ってとこだけど、

   お茶の礼を言わなきゃいけねえしあいつを待っとくか。そういえばさっき、

   マミのことが分からないだの利用しただの言ってたな、あんた」

さやか「ああ。……」

杏子「言いたいことがあるなら分かるように話せよ。たぶん全部あんたの思い違いだから」

さやか「思い違いって……、杏子を仲間に入れたいならマミさんも話してくれれば……」

杏子「バカたれ。あたしと主義が食い違って事を構えてるあんたに言えるか?

   話せない雰囲気を作ったのはあんたのほうだろーが」

さやか「むっ……、きょ、恭介まで連れてきてさ、利用したって……」

杏子「言葉通りの意味だろ。あたしに仲間になってほしいんなら死なれちゃ困るんだから。

   ……それ以前にさやかを人殺しにしたくないってのもあったはずだしさ」

さやか「あたしだって、あんたを殺してまで――」

杏子「そう、それも分かってる。あんたが自分の馬鹿力に慣れてないってこともな」

さやか「……」

杏子「(クックッ…)面白くねえだろ? マミって奴はさ、すかした顔して見抜いてやがる。

   あの結界の中でなかったら、あんたの初撃を喰らった時点であたしは終わってた」

さやか「でも、剣を『止めるな!』ってテレパシーで……」

杏子「『止めるな』? いつ?」

さやか「あんたが槍を手から滑らせて、あたしがちょうど剣を振ったタイミングで……」

杏子「あー、あれか。(ペシ)……マミには世話になりっぱなしだな……。

   そういや、急にマミのほうを向いてブツブツ文句言ってたっけな、あんた。

   ったく、これだからトーシローは……」

さやか「(ムッ)何さ。そりゃ、建前じゃあんたを倒して、だけど…」

杏子「ちがうよ」

さやか「違うって、何が」

杏子「あのタイミングで、あたしに当てずに剣を止められたか?」

さやか「…止められなかったかもしれないけど、少なくとも勢いは……」

杏子「そこが間違いだっつの。(スイ)当てようってときに急制動をかけてみろ、(ピタ)

   関節がロックされてより揺るぎのない一発が相手に決まっちまうんだよ」

さやか「そうなの…?」

まどか「??」

ほむら「それじゃ巴さんは…」

杏子「マミもとっさにテレパシー送んのがやっとだったはずさ。

   結果的に、『制動の制止』という命令がさやかの脳内に直接おくりこまれたせいで、

   混乱したこいつの剣の勢いもインパクトの瞬間は腑ぬけたもんになっちまったんだろ」

まどか「へ、へえー。さやかちゃん、マミさんも杏子ちゃんもさす…、

    ……さやかちゃん? …あの~…」

さやか「………まどか。あたしはいま、猛烈に反省している……ッ!!

    マミさん。あたしは何て……!」ジワ

杏子「誇っていいぞ。マミの賢さと優しさを分かってなかった時点であたしの上をいく馬鹿だ」

さやか「うぐ…、うあぁ…」ジワジワ

ほむら「ま、まあ、必死になってるときって視野が狭くなりがちだし……」

まどか「マミさんもわかってくれるよ。さやかちゃんのいつものことだもの」

カチャリッ… ガチャッ…

マミ「…ただいま」

まどか「あ! お帰りなさーい」パタパタ…

・・・・
・・・


~~マミの部屋 屋上~~


ヒュオオ…

マミ「話ってなに?」

杏子「まずは礼だ。命を助けてくれたこと。それから介抱してくれたこと。ありがとう」

マミ「そんなの、当たり前じゃない」

杏子「それから、一年前のこと。謝ってすむ話じゃねーけど謝る。あんな別れ方してごめん」

マミ「傷を負ってたのはあなたのほうなんだから。

   わたしは自分本位で、あなたが離れるのが怖くて無闇に引き止めようとしてた」

杏子「…あたしはさ、あんたにふさわしい仲間が見つかればいい、って思ってたんだ。

   今さらって話だしお前に言われたくねー、って思われるかもしんないけど、

   だから少しほっとしてんの」

マミ「……ありがとう。わたしもあなたと向き合わなきゃ、と思ってたけど、してなかった」

杏子「いや。思ってくれてるだけでじゅうぶんすぎるくらいさ。

   ……ずっと、どっかシンドい思いをさせちまって」

マミ「……(スゥー…ッ フゥーー……ッ)」フワァッ

杏子「…?」

シュルシュル……ッ  パシッ…

杏子「おいおい、向き合うってそう――…何だ、そんなもの銃に付けてたか?」

マミ「(スイッ…)……マシンガンほど構造が複雑な物は作り出せなかったけど、

   これは必要があったから……」スイ… ピタ

杏子「必要……? それにしてもマミはほんと器用だな。

   あたしはゼロから望遠鏡なんて作れねーし。

   ……まあ、元々ある物の倍率あげるくらいなら出来ねーことも……」

マミ「(ジッ)……あなたのお父さんの教会、たった一年で荒れ果ててしまったのね……」

杏子「何の冗談だよ。こっからだとあのビルの陰になって見えねえだろ」

…フワァッ

マミ「……ごめんなさい。わたし、あなたのご両親にお世話になっていながら……」

杏子「(チラ)気にすんなって。あんたを遠ざけたのはあたしだし、(クル…)

   実の娘すらたまにしか寄らねえんだからさ…」

マミ「……」

ヒュゥゥ…

杏子「……」

マミ「ねえ、よかったら…」

杏子「いや」

マミ「でも」

杏子「いいんだ。

   あんたが無事でここにいてくれるってだけでじゅうぶんだ、っていま思う。

  (クル…)それにあんたがたった一つだけ守りたいモノはあたしじゃないだろ?」ニヤリ

マミ「……」

杏子「あんたは変わった。前とは何かを守ろうとする覚悟が違うって伝わってくるよ。

   そうと決まったのなら迷っちゃダメじゃんか」

マミ「……そうね。もう引き返せないしそのつもりもないわ」

杏子「(ニッ)その顔な。まどか、か」

マミ「……」

杏子「変なヤツだ。殺そうとしたあたしを許すどころか、ハナっから敵意がないときてる。

   こっちもつられて、話そうと思ってないことまで口をすべらしちまったよ、さっき…」

マミ「あら、どんなこと?」

杏子「い、いや……。とにかく調子狂うよな。

   下手すると魔女にまで微笑みかけちまうんじゃないのか、あいつ」クック…

マミ「……」

杏子「……さて、と。マミ、もう一度、ここであんたの仲間になる、ってことはできないけど、

   風見野でさやかが魔女を狩るときは一緒にあたしも戦うってことでいいんだな?

   あ、使い魔のほうは手伝わねーぞ」

マミ「ええ、美樹さんに色々教えてあげてほしい。

   グリーフシードはさいわい十分な量があるんだから、あなたとこちらと共用で」

杏子「恩に着るよ。

   いや~、ぶっちゃけ、ここんとこ風見野の魔女がますます少なくなっててさー、

   いよいよあんたの縄張りを取りにいこうかと思ってたぐらいなんだ」

マミ「そうなの。遅かれ早かれこうなってたってことね」

杏子「……あんた、本当に変わったな」

マミ「だってわたしより先に、あなたの前に美樹さんが立ち塞がるに決まってるもの」

杏子「ああ~、確かにな……。余計なことに首を突っ込みそうだもんな、あいつ……」

マミ「見滝原は中心部の急速なビジネス街開発と、

   時代に取り残された周辺部の工業団地と、二極化が進んでるから。

   住む人も旧市街新市街で気質が違っていて、他の町よりもコントラストが効いてるわ。

   どの条件ひとつとっても魔女が好みそうなものだし、

   その全体のアンバランスさ自体にも惹きつける要因があるのかもね」

杏子「ま、難しい話は分かんねーし興味もねえ。

   見滝原はマミ達に守られて安泰だし、あたしも食いっぱぐれることはないし、

   めでたしめでたし、ってわけさね」

マミ「ええ、そう…ね」

杏子「えらくあいまいな返事だな」

マミ「……あなたに聞いておいてほしいことがあるんだけど」

杏子「何さ、とっとと話してくれよ」

マミ「…近いうちにここに『ワルプルギスの夜』が現れるかもしれない」

杏子「……きょう聞いた中でいちばん笑えねえ冗談だな。根拠は?」

マミ「暁美さん。と言っても本人がそう話したのじゃないけど。

   ただ、経験が浅いはずの彼女がなぜその名を知っていたのか分からない。

   わたしもキュゥべえも、暁美さんや鹿目さんの前で口にしたことはないはずなのに」

杏子「何だ、それだけかよ! 名前くらい、噂でどっからでも耳にするだろ。

   それか、気になるならその場で問い質せばいいじゃんか」

マミ「そう言われればね。わたしの思い過ごしかも。

   彼女も近いうちにかならず詳しいことを話すと言ってたし、他の街の子の話かもね」

杏子「……近いうちに、か。あたしはその言葉のほうが気になるな」

マミ「だから、ちょっと詰めた話をしてた最中だったから……」

杏子「なら一言いえば済む。いたずらに思わせぶりなことを口にするタイプじゃないぜ、あれ」

マミ「……」

杏子「ま、いずれにしても今日明日の話じゃねえんだろ?

   とりあえず、お互い心構えだけはしとこうぜ」

マミ「……そうね」


――



~~まどかの家 ダイニングキッチン~~


ほむら「……ご馳走様でした」フゥ…

知久「お粗末さまでした。口にあったかな?」

ほむら「はい。あまりに美味しくて……」

知久「それはよかった。でも、せっかく来てくれたのにあり合わせのもので申し訳ないね」

ほむら「とんでもないです。

    とても美味しかったですし、わたしのほうこそ急にお邪魔して何と言ったら…」

知久「まどかの友達ならいつでも歓迎さ。

   でも、もっときちんとおもてなしたいからね」

まどか「パパ、ごめんね。わたしの用事で、

    ほむらちゃんに遠くまで付き合ってもらっちゃったから、今日中にお礼がしたくて」

知久「そう。二人とも、危ないと感じる場所には無理に近づかないようにね」

まどか「ありがとう。気をつけるね。

    ねえ、ほむらちゃんに先にお風呂はいってもらっていいかな?」

知久「構わないよ。今日はずいぶん急いでるんだね」

まどか「うん! 早くほむらちゃんにお礼したいし、宿題もしなきゃいけないし……。

    ほむらちゃん、さ、どうぞ!」

ほむら「えっ、あの……、わたしは皆さんの後でいいですから……」

まどか「パパがいい、って言ってるから気にしないで。ママも今日は遅くなるらしいから。

    ね? あ、お皿はそのままで。あっち、タオルもわかるように置いてるからつかって」

ほむら「はいあの、お言葉に甘えて……、お先に借ります」ペコ…

知久「どうぞ。ごゆっくり」

スタ… 

ガタ トタトタ

まどか「あっ、タツヤ」

ほむら「…?」クル…

タツヤ「ほむほむとあそぶ」トタ

まどか「タツヤ、まだぜんぶ食べてないでしょ。ほむらちゃんはお風呂はいるの」

タツヤ「あそぶー」

ほむら「鹿目さん、わたし弟さん食べおわるまでここにいるよ?」

まどか「えっ、ほむらちゃん、気を遣わないでいいのに…」

ほむら「急に押しかけて悪いもの。このほうが楽だから、ね?」

まどか「う~ん…。じゃあ、ほら、タツヤ」

トテトテ…

・・・

タツヤ「(パチ)ごうそうした!」

知久「はい。よく食べたね、タツヤ」

まどか「(ワシワシカチャカチャ…)ほむらちゃん、ありがとう! お風呂どうぞ!」

ほむら「あ、それじゃ、失礼します」スタ…

タツヤ「ねーちゃ、ほむほむ、おふおどーじょ」トテトテ

ほむら「…?」クル…

まどか「(ワシワシ)あ、タツヤ」カチャカチャ

タツヤ「ほむほむとあそぶ!」

知久「ほむらちゃんはこれからお風呂はいるの。

   今日はまどかと忙しいみたいだからまたこんど遊んでもらおうね」

タツヤ「ほむほむとはいう」ニギッ トテ…

ほむら「あ…」トットッ…

知久「こら、タツヤ!」

タツヤ「うぅ……、うぇあ~~…っ! ……うぁああああ…っ!! うわああああ…!!」

ほむら「あの、よかったら、わたしタツヤくんと入ってきましょうか?」

知久「気を遣わないで、大丈夫だよ。気持ちだけで十分……」

タツヤ「うぇああ~~っ!! うわあああ~~っ!!」

知久「だめなものはだめ。ほむらちゃん、今日は忙しくて疲れてるの」

タツヤ「わああぁ~~っ! …けほっ、けほっ、……うえあわあ~~!!」ダンダンバタバタ

知久「困ったなあ。わがままばかりの子はパパ、嫌いだぞ。

   まどかもママも、ほむらちゃんも、タツヤを嫌いになっちゃうぞ」

ほむら「あの、すみません。えっと、もしかしたらたぶん、わたしがここに残ったから、

    タツヤくん食べ終わったら遊んでくれると思ってて、

    それでわたしが行こうとしたから怒ってるかもしれないんで。

    だからあの、責任というか、わたしからお願いしたいんです」

知久「でもそこまで……」

ほむら「あ、といっても大したことはできないと思うのでできたらか…鹿目さんと一緒に…」チラ

知久「(カキカキ)――ありがとう。すごく助かるよ。疲れてるところを悪いけど頼めるかい?

   まどか、後は僕が洗っておくから、

   先にほむらちゃんと一緒にタツヤをお風呂に入れてくれる?」

まどか「うん…、わかった。ほむらちゃん、ごめんね」

ほむら「ううん、こちらこそ。タツヤくん、みんなで一緒に入ろうね」ソッ ピト フキ

タツヤ「(ズズ…)」コク


~~さやかの家 食卓~~


杏子「なんであたしがあんたん家に泊まることになってんだよ!?」

さやか「別にあたし達の活動って夕方からだから無理ってわけでもないでしょ。

    まあ風見野にはちと遠いけどさ。

    杏子から色々アドバイス聞くには一緒に暮らした方が手っ取り早いし」パク

杏子「そこまでいらん! あんたは最っ初からじゅうぶん過ぎるくらい大丈夫だから!

   つか親に養われてる分際で一緒に暮らすとか決められねえだろ!?

   その前にあんたは学校行ってんだろ、力入れるとこが違うだろ!?

   なんであたしがそこまで突っ込まなきゃいけないんだ!?」

さやか母「この子はほんとに女の子なのに荒っぽいというか、頭のほうも良くないし、

     何の取り柄もなくて……、仲良くしてくれてありがとうね、杏子ちゃん」

杏子「え、えと、あの……」

さやか「……」ズズ… ハグハグ

さやか母「幼なじみの子がこの春に交通事故に遭って、

     ひどいケガでその子が得意にしてた楽器も弾けなくなってしまったのね。

     その子もさやかも辛かったの。でも最近になって、

     あなたやまどかちゃんや転校してきたほむらちゃんという子と一緒に、

     地域のボランティア活動を始めたんだって。

     忙しそうだけどやりがいを感じてるみたいで……」

さやか「(パクパク)母さん、勘違いしてない?

     まどかやマミさんたちがやってることにあたしも加えてもらったの。

     杏子は隣町で同じ活動やってる子で、昨日知り合ったばかりだよ。

     なんか、お父さんが教会やってたんだけど、

     一家が無理心中にあって一人ぼっちになっちゃったんだって」ハフハフ

さやか母「まあ……。若いのに大変なのね…」

杏子「……別に。もう慣れたし不自由はしてない。過ぎたことさ」

さやか「そういえばあんた、普段はどこに泊まってんの?」

杏子「ホテルだよ」

さやか「なっ、何!? それはもしかしてデラックスなほうか!」

杏子「どこだろうと構わねえだろ。

   あたしは自分の力で好き勝手に生きてんのさ。

   親元でぬくぬくと暮らしてるあんたに言えることはないはずだけど」

さやか「大いにあるとも! あんたの年でこうきゅうホテルというのはなあ、

    バット一本で地球を危機から救う主人公しか泊まってはいけないのだ!!」

杏子「隣町から地球の危機とは、これまたえらく出世したもんだねえ」

さやか「あたしの話じゃないっ!

    とにかく母さん、この子このとおり身寄りがないみたいだから、

    しばらく家で預かれないかなっ!?」

さやか母「家にいるのはいいけど、何もお構いできないわよ」

さやか「うん! あたしがちゃんと世話するから!」

杏子「いや、おい拾」

さやか母「いいかしら、お父さん」

さやか父「……うむ」

さやか「ありがとう、父さん! 良かったなァ、杏子!」ヒシ ナデナデ

杏子「あ、あのな~…」

さやか母「ほら、杏子ちゃん。そうと決まったんだから遠慮しないでお上がりなさいな」

杏子「あ、ありがとう……。いただきます」チャ…

さやか母「後で洗い物できる?」

杏子「え、あ、うん…」

~~まどかの部屋~~


「ほむらちゃん。ごめん、開けて」

ほむら「あ、はい」スッ

ガチャッ 

まどか「お待たせー。はい、どうぞ」

ほむら「あ、ありがとうございます」ソッ

・・・

まどか「ふぃーーっ。ほむらちゃん、ごめんね。あの子、わがまま聞いてくれると思って……」

ほむら「いえ、わたしこんな賑やかにお風呂入るなんて初めてだから、楽しかったです」

まどか「でもほむらちゃん、すごく気を遣わせちゃったね。

    タツヤが湯舟ではしゃぐもんだから」

ほむら「(クス)正直ひやひやしてました。毎日いつも目が離せないって大変ですね」

まどか「わたしは手伝えるとき、相手になれるときだけなのにくたびれちゃう。

    でもパパって笑顔を絶やさないで、

    タツヤやわたしと楽しく過ごせて幸せだって……」

ほむら「鹿目さんの小さかった頃から専業主夫をされてるんですか?」

まどか「うん。……わたしが物心ついたときから、気がついたらパパと一緒に遊んでて……、

    ここに引っ越してくる前のころのことだけど、毎日毎日いっしょに過ごしてて…、

    家に帰ったらいつもパパがいて……。

    タツヤも今の毎日をきっと思い出して、パパに大切にしてもらったんだな、

    て思うんだろうなあ」

ほむら(鹿目さんの小さいころも可愛かったんだろうなあ)ポー…

まどか「?」

ほむら「あっ、若々しいのにすごく落ち着いてて素敵ですよね」

まどか「へえ、ほむらちゃんがそう言ってたって伝えたらきっとすごく喜ぶよ、パパ。

    ああ見えてママよりけっこう年上なの」

ほむら「ええ!! 同じくらいだと思ってました!」

まどか「ママが大学生のときにわたしができて結婚したんだって」

ほむら「はじめて聞きました!」

まどか「う、うん。そうだね…?」

ほむら「でもそれじゃお母さん、大学は……?」

まどか「自分じゃやめるってパパとママのおじいちゃんとおばあちゃんに言ったんだけど、

    とりあえず卒業だけはしなさい、って言われて。

    もうほとんど卒業論文だけ書けばいい状態だったらしいから、

    ゼミの先生や学生さんたちと迷惑のかからないよう相談したって」

ほむら「ゼミに顔を出さないようにしたんですか?」

まどか「それがね、みんなから臨機応変でいいじゃん、って軽いのりで返されて……」

ほむら「へえ…」

まどか「うん。早くからゼミがあったから仲良かったのもあったみたい。

    …妊娠したのが分かったのが3年生の後半で、お腹が大きくなっても大学に来て、

    卒業論文の研究しながら会計士の資格を取って。

    わたしが生まれたあとゼミに顔を出せるようになったのは卒業論文の締切ちかくで、

    友達や先生から『子連れ狼』って呼ばれながら無事に卒業できたんだって」

ほむら「(クス)いい人たちですね。鹿目さんならきっと可愛かっただろうし」

まどか「(タハハ…)でもママもよく赤ちゃんを大学の研究室まで連れてくなんて迷惑なことを…」

ほむら「鹿目さんなら育てやすいから大丈夫ですよ」

まどか「(テヒヒ)え、なんで分かるの? ママもそう言ってるんだけど……」ポリポリ

ほむら「理由はありませんけど、鹿目さんならそうに違いないからです」ニコッ

まどか「ほ、ほめてくれてると思っていいのかな。

    わたしは全然覚えてないんだけど、ゼミの人たちも可愛がってくれたんだって。

    でもタツヤが赤ちゃんのころのパパとママを思い出すと、

    おっぱいやおしめの交換とかほんとに目が離せない状態だったよ。

    あたしだってきっと……」

ほむら「鹿目さんのお母さん、すごい人ですよね」

まどか「……うん。わたしを産んでくれて。パパも、おじいちゃんやおばあちゃんも…」

ほむら「周りのかたの理解や支えがあったにしても、お腹に赤ちゃんがいる、って、

    それだけで大変なことがいっぱいあるんじゃないでしょうか。

    なのに、大学を卒業するだけじゃなく資格試験もこなしたり……」

まどか「それがね。大学を卒業させてもらえる、ってことになったから、

    パパが将来もし働けなくなったときに備えておこうってくらいの気持ちだったけど、

    生活しはじめたらどう考えてもパパのほうが主夫に向いてるって気づいたみたい。

    働きながらでも家事の段取りが完璧だったからこれは真似できないな、って。

    それでママのほうから思い切って『自分がかせぐほうでいいか』って申し出たら、

    パパもママは仕事に専念するほうが向いてるだろう、って賛成して。

    わたしが産まれる前から今みたいな方向で生活設計を話し合って決めたんだって」

ほむら「なんだか素敵です……。ほんとうに信頼しあってないとできないことですよね」

まどか「ママもよくパパのことを言うの。

    よく海の山も知らないときの自分を信用してくれたなって」

ほむら「…? いまにしてみればお父さんの目に狂いはなかったんですね」

まどか「うんっ。……なんかわたしのほうの話ばかりしちゃったね」ティヒヒ

ほむら「あ、いえ。わたしが尋くから…」

まどか「わたしも聞いていい?」

ほむら「ええ、どうぞ」

まどか「あのね、ほむらちゃんのお母さんってどんな人?」

ほむら「どんな…、うーん……。わたしと似てますね。

    姿形だけでなく、性格的にも父より母のほうに似てる、って言われますから」

まどか「うわ、会ってみたい! だって大人になったほむらちゃんみたいなんでしょ?」

ほむら「で、でも鹿目さんのお母さんにくらべたら全然落ち着いてないんですよ。

    歳は同じくらいのはずなのに……」

まどか「えっ、だいぶ若いんだね」

ほむら「ええ。父のほうがかなり年上です」   

まどか「じゃあうちと同じなんだ」ニコ

ほむら「あ、そうですね…」ニコ…

まどか「会ってみたいな、ほむらちゃんのパパとママ」

ほむら「そ、そんな…。父はともかく母はお見せするような……」

まどか「ほむらちゃんと似てるんでしょ?」

ほむら「え、ええ…」

まどか「(ニコ)なら素敵なひとに決まってるもん」

ほむら「はあ……。…ありがとうございます」

まどか「(ニコ)あ、コップかして」スクッ…

ほむら「あっ、はい」ソッ

ほむら(もうタオル外そうかな)シシュ ハラ

まどか「(カタ)そうだ。早く宿題しなきゃ」パシ ヒョイ クルッ

ほむら「あ、そうですね。ええと…」ゴソゴソ

スタ…

まどか「ほむらちゃんの髪ってきれいだよね」ナデ

ほむら「きゃっ! い、いきなりどうしたんですか、鹿目さん」

まどか「ずっと思ってたんだ。長いし、きれいだし、うらやましいなあって……」

ほむら「そ、そうですか……? でも、でも、鹿目さんの髪型もかわいいですし、

    いつもしてるリボンも、似合ってると思います」

まどか「そうかな……? うぇひひひっ。ありがと。ほむらちゃんも同じ髪型にあうと思うよ。

    いつかお揃いでやってみようか?」

ほむら「…はいっ!」

まどか「(ニコッ)…あっ、宿題宿題!」ゴソゴソ

ほむら「あ、そうでしたね」ゴソゴソ

――



まどか「えーっと、あとは寝るだけだね。

    そうだ。パパがお布団一式取りにくるように言ってたけ」

ほむら「あ、どちらの部屋ですか?」

まどか「いいのいいの。ほむらちゃんが取りにいったら、またタツヤに見つかって、

    遊んでってせがまれるに決まってるもん」

ほむら「可愛いですね。わたしたちが歯を磨いてたら自分も、って……」

まどか「みんな洗面所に集まっちゃって、そこにママが帰ってきて、

    みんな歯ブラシを持って玄関まで行ったもんだからおかしかったね。

    わたしが後で取りにいくから、ほむらちゃん、そこに横になって」

ほむら「え!? でも、か、鹿目さんの……」

まどか「あ、嫌だったかな…」
ほむら「そんなわけないですっ。わたしこそいいんですか?」

まどか「ほむらちゃんなら嬉しいな。あ、あれ、わたし変なこと言ってるね」ティヒヒ…

ほむら「いえ。ありがとうございます」

まどか「さ、どうぞ」

ソロ……

ほむら「……」ポー

まどか「じゃ、足から始めるね」モミ モミ…

ほむら「あの、あとでわたしも……」

まどか「それじゃお礼にならないもの。

     揉んでほしいとことか、強くとか弱くとか遠慮しないで言ってね」モミ モミ

ほむら「……ありがとう、鹿目さん」


~~さやかの部屋~~


さやか「うーーんっ。そろそろ寝ようか」

杏子「……泊めてもらってる身で言うのは心苦しいんだけどさ、……あたしの布団は?」

さやか「あ。いや~~っ、ごめんごめん。

    まどかが家に泊まるときは一緒のベッドで寝るもんだから、

    あたしも母さんもつい忘れちゃって……。明日からちゃんと用意するから」

杏子「あ、そ……」

さやか「父さんも母さんももう寝ちゃったし、

    とりあえず今日は一緒にここで寝よ?」

杏子「……」スタスタ

ハシ…

杏子「このクッション借りるわ」スタスタ…

さやか「ええっ。それだけじゃ寝るに寝られないでしょ!?」

杏子「気をつかわせてわるかったな。でも、なけりゃないでこれでいい。おやすみ」トサ ゴロン…

さやか「……」

~~マミの部屋~~


マミ「……おやすみ、お父さん、お母さん」

QB「今日は慌ただしい一日だったね、マミ」

マミ「あら、キュゥべえ、まだいたの」

QB「僕がいると邪魔かい」

マミ「まさか。でもあなたって、さっきいたと思ったらふうっといなくなったり、

   それこそ魔法少女より慌ただしい毎日を送ってるみたいね」スタ スタ

QB「この町は不可解なことが多いからね」ピョコピョコ

マミ「‥あなた、何か聞きたいことがあるの?」スタ スタ クル スタ

QB「いいや。特にないよ。今のところは」ピョン

マミ「それはよかった。もう眠くてね」スタ スタ カチャリ スタ スタ パチ スタ スタ カチャ… 

QB「おつかれさま、マミ」

マミ「(…パタン スタ スタ)キュゥべえもおつかれさま」ポゥ… ジジジジ…

QB「(ピョン ポフ)おやすみ、マミ」

マミ「(カチ コトン)おやすみ………」ゴソ モゾ…

~~~~~


まどか「もういい……もういいんだよ。ほむらちゃん」

プロミス

ClariS、作詞/作曲:渡辺 翔、編曲:湯浅 篤

   

ほむら「まどかッ、行かないでッ!  まどかぁぁッ!」

~~まどかの部屋~~


ほむら「(ビクッ…)ぁぁ…っ」ハッ

……ムクッ…

ほむら(え…、ここ鹿目さんの部屋……。あ、そうか……)グスッ…

まどか「……」スーー… クーー… 

ほむら「……」

ほむら「って、(何でわたしが鹿目さんのベッドで鹿目さんが床に布団で……!?)

    あっ。(わたし鹿目さんにマッサージしてもらってそのまま寝てしまったんだ……、

    それで鹿目さん仕方なく……)」ガーン
     
カチッ コチッ カチッ コチッ…

ほむら(5時半か……)ショボ

トッ トッ テッ テッ… ガチャ ガチャ…

ほむら(…? この足音は……)

モゾ ソロ スタスタ…

カチャ…

タツヤ「…あしょぼ」

ほむら「まだ朝はやいよ。寝ないの?」ヒソヒソ

タツヤ「ううん。ねーちゃと、ほむほむと、あそぼ」

ほむら「(チラ)…お姉ちゃんまだ寝てるから、わたしと、…お庭であそぼっか?」

タツヤ「うん」コク

ほむら「すぐ行くからちょっと待って。

    (キョロ キョロ)(眼鏡……、あっ、机の上に置いててくれたんだ)」ソロソロ… チャッ

ほむら「じゃ、行こっか」ヒソヒソ スタ…

タツヤ「うん」トテ トタ

……パタン…


~~まどかの家の庭~~


ガチャッ…

ほむら(うゎ、ひんやりしてる……)スタ

トットッタッタッ…

ほむら(静かだなあ……)スタ スタ

タツヤ「ほむほむきてーーっ」

ほむら「あ、うん」

タッタ…

タツヤ「ぱーぱー、いつもとまとちゅくってるの」

ほむら「わあ、すごい。美味しそう」

タツヤ「それでねー、とまと、おはなしするんだ」

ほむら「パパがタツヤくんにトマトのお話するの?」

タツヤ「ううん。とまと」

ほむら「トマトとパパがお話するの?」

タツヤ「うん」

ほむら「そうなの。(鹿目さんのパパらしいな。

    家庭菜園で育ててる野菜にまで愛情を注いで……なんだか目に浮かびそう)」

タツヤ「ぶーーーんっ」シュタタッ

ほむら「あっ」タッタッ…

タツヤ「おいかけっこー!」トットッタッタッ…

タッタッタッタ…

・・・

タツヤ「きゃはっ。ぶぅぅーんっ」タッタッタ

ほむら「はぁっ、はぁっ……」ヨタ ヨタ

タツヤ「(クル)ほむほむーーっ」

ほむら「……ごめん、わたし疲れちゃった」ハァハァ…

タツヤ「えーーっ」タッタ…

ほむら「お庭から出ていかないでねー」

タツヤ「うん!」トットッ… キャハハッ マロカァーッ

ほむら「ふぅーー…(元気だなー。ずっと力いっぱい走りっぱなし……)」フキ…

…ボーゥボーゥ、ジィッヒーーッ …ボーゥボーゥ、ジィッヒーーッ ボゥ…

ソヨ…  ザサヮ…

ほむら(近くでキジバトが鳴いてる……。この辺りは自然が残ってるんだなぁ……。

    ここだけは平和で安らかに……。…安らか、か)

ほむら(さっきの夢……。

    鹿目さんと触れ合ってとっても幸せで、満ち足りているのに、

    なぜか胸が張りさけそうなくらい悲しくて……。

    鹿目さんが何か言って、

    独りでわたしの手が届かないところへ行ってしまうような……。

    ……駄目だ、もう断片的にしか思い出せない……)

ほむら(――ほんとに夢なの? 手のひらにまだ彼女のぬくもりが残っているよう……。

    ……それにしても鹿目さんと裸で抱き合う夢を見るなんて……、

    わたしエッチなんだろうか……)

また あした

鹿目 まどか[悠木 碧]、作詞/作曲:hanawaya、編曲:流歌、田口智則

~~数日後、教室~~


キーン コーン カーン…

日直「きり~つ。礼~」

和子「では皆さん、くれぐれも寄り道しないように。まっすぐ帰るんですよー」

ガヤガヤ…

さやか「あのさ、仁美…」

仁美「ごきげんよう」スタスタ

さやか「……」

和子「……?」

まどか「行っちゃった……」

ほむら「志筑さん、あれからずっと……」

さやか「……まどか、ほむら。あたしも先にあっちに行ってるわ。マミさん家でまた」

まどか「あ、うん。気をつけて」

さやか「あんた達もね。じゃ」ピ スタスタ


まどか「……」

ほむら「……」

まどか「ほむらちゃん、仁美ちゃんを追いかけよう!」

ほむら「あ、はいっ」


~~校内の廊下~~

トトト…

まどか「やっぱりこのままじゃよくないよ。

    仁美ちゃん、わたしたちに仲間外れにされたと思って……、

    ううん、実際そうしちゃってたんだ。

    とにかくわたし謝らなくちゃ……それで、それから……、

    ほむらちゃん、どうしたらいいんだろう?」トト

ほむら「やっぱりできるだけありのままを話すしかないんじゃないでしょうか」トト

まどか「そっか。そうだよね……。あっ! 仁美ちゃーんっ!」トタタ…


~~教室~~


和子「上条くん」ユサユサ…

恭介「んぐ…」ノソ…

和子「もしかして今日一日、ずーっと寝てたの?」

恭介「あ、いえ…」ゴシゴシ

和子「……大丈夫なの? 来月、さやかちゃんに付き添ってもらって、

   アメリカへお医者さんに診てもらいにいくんでしょう?」

恭介「はい…、担当医の先生の紹介状と検査結果とかを送ったら、(フワアァ…ガゥ‥)

   治る見込みがないとは言い切れないからこっちでも検査させてほしいって……」モシャモシャ

和子「そう……。大変だね。『ないとは言い切れない』だけでは……」

恭介「……いえ、可能性を示したくれただけありがたいと思わなきゃ……」ググイ ノビ

和子「そうか。うん前向きで何より!

   たまたま、志筑さんのお父さんの知り合いに凄いお医者さんがいてよかったね」

恭介「はい。志筑さんのおかげですよ……」

和子「……。ところで、また学校を休むことになるでしょう。

   今の授業にもついてかないとだめだよ」

恭介「うー、でも僕はどのみち音楽でやっていきますから……」

和子「ならこんなに勉強できるのは、長い人生でたった数年だけだよ。

   大人になるほど余計なことに時間を割かなきゃならなくなるんだから」

恭介「ああ、そうとも考えられるんですね…」

和子「ね、勉強のほうも適当に頑張りなさい。あなた、頭はいいんだから」クル…

恭介「…好きなことに取り組んでる瞬間は自分でも今すごく頭使ってるなあ、って、

   正直そう感じてました」   

和子「(ピタ)……?」

恭介「…学校の教科や音楽の文献の勉強や……、

   もう演奏以外のほうに力を入れたほうがいいのかもしれませんね」

和子「自分の心を偽って行動してもけっきょくそれは無意味だってことを学ぶだけだよ」

恭介「…いま勉強しろって言ったじゃないですかー」

和子「(ハァ…)相手に合わせて自分を良く見せようとするのはだめだと分かってるんだけど…」

恭介「先生の話じゃないですかー」

和子「あなたはそれでいいの?」

恭介「…不安なんですよ。治ったとしてもブランクがありすぎる。

   いまこの瞬間だって上手く弾けるやつは技術を吸収できる時期を決して逃がさない。

   着実にステップアップを重ねていく。無為にした時間は絶対に取り返せない」

和子「うん…」コク

恭介「しかも、それすら皮算用の話で……。

   今、親にねだって新しいヴァイオリンを買ってもらって、

   幼馴染に痛々しい思いをさせながらやってることだって、

   ただの無意味な悪あがきなんじゃないかって思えてきて……」ボー

和子「いま上条くんが何に取り組んでるのか分からないけど――」

恭介「ヴァイオリンです。左利き用のに替えて練習してるんです」

和子「それなら、お父さんという先生がそばで見ててくれるじゃない」

恭介「親父は…、黙って見てるだけです。

   まだけちょんけちょんに言ってくれたほうが……」

和子「ふぅん……、それはいま上条くんがやってることが正しいからじゃない?」

恭介「正しいわけないじゃないですか…。めちゃめちゃですよ。

   遅れてるうえさらに努力の方向性を間違ってるというか、

   無駄なことやってるイタい奴だと思ってるんじゃないかな」

和子「素人のわたしが聞いただけでも確かにそう思うわねえ」フム

恭介「それを言っちゃあおしまいでしょう……」ガク

和子「ただわたしの受ける印象はそうでも、知る人ぞ知る巨匠と言われてるお父さんが、

   少なくとも否定していない。

   それは今のあなたの演奏家としての姿勢がこの状況では最善だから。

   ふつうに考えたらそう結論づけられない?」

恭介「……そんな、言葉のうえだけでこじつけて慰めてくれなくても……」

和子「こじつけなんかじゃないよ。わたしは自分の経験から知ってるもの」

恭介「……?」

スタ… ストン…

和子「……わたしは高校のときに途中である期間、学校を怠けてたの。

   特に何かをするわけでもなくてね…、」

恭介「…いじめに遭われてた?」

和子「(フリフリ…)いいえ。ただ、勉強についていけなくなって。

   そんな自分を棚に上げて、クラスの成績優秀な人はどうして授業を黙々と受けるだけで、

   手を挙げてくれないんだろう。教師の説明の分かりにくいところを質問して、

   みんなにもその答えが共有できるように行動してくれないんだろう、とか、

   机の上でひがんだことばかり考えてたわ」

恭介「……成績優秀な人も授業を消化するだけで精一杯だったんじゃないですか。

   分からないなら自分で質問したら……」

和子「ええ…(コク)。入学して当初の授業では自分でそうしていたの。

   そうしていたら、クラスで目立ったのでしょうね。

   課外学年活動のクラス委員を割り当てられて、勉強どころではなくなって……」

恭介「……自分は学年活動よりも授業の質問に力を入れたいから、って断ればよかったのに」

和子「目立つことをする割に、気が弱くてだめだったのね」

恭介「そうですか……」

和子「頭でっかちに考えるばかりで、自分の勉強も疎かになるばかりで、

   学年活動の委員の役割もろくにこなせなくて、

   結局ほとんど他のクラスの委員さんに任せっきりで。

   そうこうしてる内に冬休みが来て年が明けて……、学校に行けなくなってしまったの」

恭介「なるほど……」

和子「(クス)なるほど?」

恭介「そのときのトラウマを中沢にあれこれ質問をぶつけることで解消してるのかなあ、と…」

和子「こら」ク

恭介「あ、いえ、英語の授業でもわりあい自ぎゃ…身近な話題におきかえて、

   人間味のある内容にしようとされてるなあ、と……」

和子「(ニコ)持ち上げても点数は加えないよ。中沢くんのほうが男らしいね」

恭介「(トホホ…)……しかし、今の話だとそれからしばらく学校に行かなかったわけですよね」

和子「ええ」

恭介「……その精神の内戦状態を抱えて復帰するのも大変だろうし……」

和子「わたしはね……、とても運が良かったの」

恭介「……?」

和子「振り返ってみたら、分厚い闇のただ中にとつぜん眩い光が射してきたようだった。

   わたしが築いていた壁を何の苦もなくのりこえてきて、何気なく手を差し伸べてくれた」

恭介「何の話ですか?」

和子「わたしが所属してた部活の、違うクラスの同級生の話。

   その時から今まで短所も長所もちっとも変わらない子の話」

恭介「はあ」コク

和子「入学したころに何となく入ってたものの、

   こんなざまだから途中からわたしはほとんど足を運んでなかったのね。

   それで部長さんに、このまま籍を置いておくか退部するか聞いてくるよう頼まれて、

   その子はクラスの生徒にわたしは学校に来てない、って知らされたんでしょう、

   わざわざ自宅まで訪ねてきてくれたの。

   そうね、学校を休みはじめて一週間もたたないタイミングだったな……」

恭介「……」コク

和子「どんな会話の流れでそうなったのかしら……、確か詢子が部屋の本棚を眺めてて、

   口だけはとりとめない話をしながら、脈絡なく『これ読んでいい?』って、

   何冊か手に取って、そう知り合ってもいないのに人のベッドに勝手に座って読みだして」

恭介「ずいぶん自由というかフランクな人ですね」

和子「ええ。人見知りなわたしには新鮮だったけどなんだか失礼な人だなあとも思ったの。

   そのくせ、自然に振る舞ってるのにとても姿勢が良くて、

   ページへ伏し目に走らせてる眼差しがとても真剣で……」

恭介「……」

和子「そのうち会話が途切れて。こちらからは声をかけづらくてただその子を眺めてたの。

   どれくらい経ったのか、静かに『なんで学校休んでるの』って」

恭介「……」

和子「あいかわらずページをめくりながら穏やかに話してたから。

   最初自分のことだって気づかないくらいの雰囲気で、

   そういえばどうしてだったかな、って。

   ゆっくり、こうして今あなたに話してるみたいに一年間の記憶を手繰り寄せながら、

   授業のやりかたに疑問を持ってることとか、

   クラスの子も授業ちゅう黙ってないで先生に質問してほしいと思ってることとか、

   学年活動の委員を任されて忙しくて勉強もどれも手がつかなくなったこととか、

   整理しながらぽつぽつと話していったの。

   気がついたらその子も本を閉じて、じっと聞いてくれていて」

恭介「……」コク

和子「わたしが話し終わってその子の反応を窺ってるとね、

   その子は一転して滔々と論じはじめたの。まず、

   『学年活動で勉強ができなくなったなんてただの言い訳だ』って」

恭介「ナッハッハ…」

和子「『授業中に質問したほうがいいというのはあんたの一つの意見であっても、

   それを他の生徒にまで押しつけるのはただのエゴだ、

   しかもその意見をクラスの連中に一度でも提示したことがあるのか』」

恭介「クックックッ…」

和子「『第一、授業を作るのは教師の仕事だろう。

   授業は教師と生徒が対等に教科の知識を示し合うくらいが理想だと?

   その仕事のために教師が準備してきたことをあんたは全部理解してるのか』」

恭介「……っ」コク コク

和子「『以上の理由からあんたの言ってることは間違いだ、

   今のあんたは挫折すらしていない、ただの逃げだ』」

恭介「……」

和子「途中から自分でも顔が熱くなるのが分かって、

   それと反対に握りこぶしが冷たく震えてるのを感じてた。

   それくらい恥ずかしくて悔しくて、何も言い返せなくて……。

   でも彼女は続けたの、『それでも納得できないってんなら、

   あたしがあんたのやろうとしてることを実行して、

   あんたが何から何まで間違ってるってことを証明してみせる』って」

恭介「……ふむ」

和子「おかしいでしょ、正論を堂々と述べて否定したわたしの考えを、

   その間違った考えをわざわざ行動に移すと言うんだから……」クス

恭介「それは本当に実行されたんですか?」

和子「ええ。各教科の内容を授業までに調べ上げて、

   教師の説明不足な点を突く質問をよく浴びせていたそうだわ。

   内容をきちんと理解しているからこそできるものから素朴な疑問までね」

恭介「授業の雰囲気的には……」

和子「反応は教師も生徒もそれぞれだったみたい。
  
   予想通り、授業の計画を乱された、妨害だと受け取る先生や生徒もいれば、

   即答したり、後日調べてくるなりという形で付き合ってくれる先生もいらっしゃった。

   詢子と同じ疑問を抱いてたり、質問に触発されたのかな、

   なかには詢子も改めて調べ直して職員室にうかがうとき、

   一緒についていくのを申し出る生徒もいたそうよ」

恭介「へえ……」

和子「わたしはというと、そうそうすぐには立ち直れなかったんだけど。

   詢子がほとんど毎日、家に訪ねてきては淡々と報告がてら、

   あれこれ持ち込んできた調べ物に勤しんでるのよね、目の前で」

恭介「自分の部屋でもないのに」

和子「そう。一度も学校へ来いとは言われなかったけど、

   こちらとしては行動のきっかけを与えてしまった責任を感じたというのかしら。

   こんなに一生懸命やってくれてるのに申し訳ないというか……。

   あの子、あとで知ったんだけどこの時に部活も辞めて、

   生徒会の役員も他の子に代わってもらってるのよね。

   わたしが学校に顔を出し始めたころにはもう済んじゃってて、本人はケロリとしてるし」

恭介「久しぶりの学校ってハードル高くなかったですか」

和子「そりゃあ、最初はね。でも家で、『わたしも学校いこうかなあ』って口にしたら、

   『ああその方が助かる。学校とウチと両方で話ができるから』って」

恭介「そういう認識ですか……」

和子「…まあ実際、父が心配して車で送っていかなきゃならなくなるくらい、

   夜遅くまでいることも間々あったから……」

恭介「その彼女さんのご家族は? 何も文句を言わなかった?」

和子「友達の家に勉強しにいくって出かけて、事実そのとおりだから。

   のめり込んでる対象が勉強に変わってくれてよかった、ってご両親に喜ばれたくらい。

   と言ってもわたしはしばらく遅れた授業内容に追いつくのに必死だったけど。

   いつでも分からないことを聞けば答えてくれる最良の先生がそばにいたから。

   だから安心して問題集にはほとんど自力で取り組めたのよね」

恭介「けっこう意地っ張りなんですね……」

和子「詢子のほうも聞かれれば答える、って程度で、

   自分は授業の範囲外のことにまで没頭してたし。

   でも教えようとしないでくれてほんとうによかった。

   いてくれるだけでじゅうぶんだったの」

恭介「(コク)」

和子「そのうちわたしもなんとか授業の流れについていけるようになってね。そうしたら、

   詢子に言われたように先生には授業計画があって、

   授業を集中して受けたいと思ってる生徒もいるからそれらを乱すのは申し訳ないな、

   って思うようになった。それである放課後に思い切って詢子にそう言ったの」

恭介「はい」

和子「で、詢子は、乱すのが悪いなら生徒にとって役に立つものならいいんじゃないか。

   授業中にこだわらず、ブログにまとめるって方法もあるよね、って提案してきて、

   あといちおう部活の子にも声を掛けるね、って言われて、

   わたしは定期テストのヤマを張る箇所をまとめるべく頑張ってた」

恭介「なるほど」

和子「それからしばらく姿を見ないな、と思ったころに急に詢子が戻ってきてね。

   『話がついた、ヤマ張り終わった? すぐアップできる?』って立て続けに聞かれて、

   何でそう急かすのかと思ったらあの子、化学部やら物理部やら地歴研究部、文芸部…、

   とにかく教科に関係ありそうな部活の知り合いに片っぱしから交渉して、

   ホームページにそのヤマ張り問題を載せるようにしてもらってたの」

恭介「え? その子というか先生も文系じゃないんですか?」

和子「詢子も文系よ。別に不思議じゃないでしょ。

   昔の国立大学はセンター試験が無い代わりに文系理系全教科が試験科目だったんだから、

   時代とともに入試制度が変わったからって学ぶ学ばないは個人の自由だもの」

恭介「ふえー……」

和子「それからてんやわんやだったけどけっこう当たっててね。

   と言っても詢子が作った問題ばかりだったけど……。

   わたしのクラスの放課後の教室がいろんな文化部の部員や、

   そのホームページを参考にして興味をもった子たちの交流場所になっていったわ。

   数は少なくても勉強はこなすんじゃなく深く取り組みたいって子もなかにはいるのよね。

   卒業するとき、今まで邪魔者のように詢子を見ていた先生も寂しがっていたし」

恭介「でももともとは先生のアイデアで……」

和子「詢子もそう言うのよね。

   新しく来た人がよくこんなことを思いついたね、って口にするたびに、

   いちいち『いや、これはもともと和子のアイデアなんだ』って訂正するの」

恭介「事実そのとおりですし」

和子「でもね、その集まりのなかでわたしなりに頑張ったつもりだけど、誰がどう見たって、

   詢子が一番よく働いてたのよ。

   この雰囲気でわざわざ会話の流れを切ってまで言うかなぁ、って思う。

   大人はそういう集団とか時の流れのなかでうまくやることを暗黙のうちに学ぶんだけど、

   ……って、詢子がいわゆる不器用な生き方をする人、ってわけじゃないのよ。

   本人は自分の領分のことなら人並み以上にうまく立ち回れるのに、

   逆に不器用な人を見つけると放っておけない、なんとかしよう、って、

   ときにこちらが不思議なくらい必死になるの。

   それはうまくいくときもあるしいかないときもあるけど……、

   それが今の彼女をつくってるのよね」

恭介「……」

和子「帰りに寄った喫茶店でこう言われたの。

   『ごめん。最初にわたしの話を聞いたとき自分はそれを否定したけど、

   ほんとはすっごく難しいことだけどこのアイデアを実現できたらすげえいいなあ、

   って惹かれてるところもあってさ』って」

恭介「知ってた」

和子「(コク)だって、発案者のわたしより楽しそうにしてたもの。

   『…でも啖呵を切った手前これまで言い出せなくて…、

   けっきょくあんたからおためごかしに横取りしてしまった』って」

恭介「……」

和子「…まず不登校だったわたしが立ち直れたのは間違いなく彼女の存在があってこそだった。

   それに、考えに共感するだけでなくともに実行してくれて心強かった。

   授業の内容を生徒同士で共有できるっていう目標が実現できれば、

   それがどんな経緯で誰の手によるものかなんてどうでもいいことでしょ?」

恭介「(‥コク)」

和子「だからありがとう、って。彼女も黙って聞いてた。

   なんだか今考えるとわたしたちおかしかったわ。

   お互い卒業して、違う大学に行くっていうのに、

   それからも淡々と話して、あっさり別れたの」

恭介「はあ」

和子「……何の話だったっけ」

恭介「ヴァイオリンについてしっちゃかめっちゃかな練習をしてるのは間違ってないっていう」

和子「そうね。教師になってみると、授業を黙々と受ける真面目な学校はごく少数で、

   まず生徒に授業を受けさせるところから始めなければならない。これが現実だったわ。

   振り返れば自分はとても恵まれた教育環境を享受してきたのだと思うし、

   だからその恩恵を一人でも多くの子に伝えていかなきゃいけない。

   あの頃、詢子たちと研究した各教科の先生方のエッセンスは、

   今の教師としてのわたしを支えてるわ。当時、作業をしているときは難しくて、

   『何でこんな無意味なことをやってるのだろう』と思うこともあったけど、

   頑張ったことは決して無駄にはならない。

   たとえその真っ只中にいるときは分からなくても。あなたにそう言いたかったの」

恭介「そうですか……」

和子「あとそれからね……、なんでクリスマスや初詣があるんだと思う?」

恭介「クリスマス、…と初詣??」ゴーーン… ……ゴーーン…

和子「冬至が12月22日ごろで、そのころって一年で一番夜が長い時期でしょう。

   寒いし、タイガが氷雪に覆われつくして地球上の酸素濃度も薄くなってる。

   自分の気分が落ち込んだのもそれらと関係があるんじゃないかと思ってるの。

   あなたがどんな宗教を信じてるか分からないけど、

   とにかくこのときの行事は何か参加しておいたほうがいいと思うわ。

   思い出してみたら、わたし高校1年の冬休みに初詣に行ってないのよ」

恭介「へぇー」

和子「……」

恭介「いやいや、それは初詣どころじゃなかったからじゃないですか!?」

和子「あなたより20年は余分に生きてる人間が言ってるの。

   話半分でいいから覚えときなさいな」

恭介「はい」

和子「高2のときは詢子たちとお参りにいったわ。

   そのとき引いたおみくじにね、『折れぬ木に深みはない。曲がらぬ木に味はない』、

   そういう意味のことが書かれていたの」

恭介「……」

和子「つまり、折れたり曲がったりしてしまうほどの困難や重圧を受けて、

   それでもそこから芽吹いて成長していくって凄いことなんだよ、って。

   そう受け取って、わたしはとても励まされた」

恭介「しかし、光に向かって枝を伸ばしながら成長していくこと自体、

   そもそもそれすら最初から何もかも無駄というか、意味があるのか……」

和子「病気やケガでもなくただ怠けていた時間は…、

   何の引き換えに得るものもなくただ遅れをとってしまったものとして、

   今でも難しいことがあって弱気なときとか、

   あれは何だったんだろうと考えることがあるよ。

   わたしは自分から逃げた。あなたは事故に遭ってケガを負った。

   まずその違いがあるわ。わたしの無為にした時間はほんとうにただの無駄だったけど―」

恭介「いえ。先生のこと、聞けてよかったです」

和子「――そう言ってくれる人が今いるなら、

   あのころ一人で悩んでたわたしも無意味じゃなかったのかもね」

恭介「………その彼女さんは今もお元気なんですか?」

和子「ええ、とっても。というより彼女のおかげでわたしもなんとか元気でいられる。

   わたしには分からないんだけど詢子もわたしの考えや見方が自分と全然ちがってて、

   おかげで違う意見の人の考えもすこしは想像できる、って。

   確かに彼女の人生の指針になるような考えとはかけ離れてると思うわ。

   (クス)結婚にしても彼女らしい極端さでパッパと決めてしまったし、

   それを受け止められる相手や家族……運というか資質というか、

   周囲に可愛がられて引き立てられるものをもってる人物なのね」

恭介「羨ましい…?」

和子「だから頑張れるの。それにあんな大恋愛は見てるだけでお腹一杯だよ」

恭介「大恋愛……?」

スッ

和子「(ニコ)じゃあ、勉強も、頑張ってね」スタ

恭介「そこに戻りますか。…一日が48時間、いやせめて36時間あればなあ」ファ~ッ

和子「(クスッ)時間は誰にだって平等なんだから。でも、今日くらいはがっつり寝たら?」

恭介「まあ治らなかった場合に備えなきゃ……」

和子「でも何にせよ、体こわしたら元も子もないよ」

恭介「そうですね……、ありがとうございます。先生、勉強って何のためにするんですかね」

和子「そりゃあやりたいこと、これで身を立てるってことが決まってるなら、

   その分野で知らなきゃいけないことは――」

恭介「そうじゃなくて学校の、数学やら国語やら理科やら、

   やりたいことがあってもなくても。高校入試で必要だから?

   将来いい仕事を選べるから?

   何やら言い訳してやらなかったことを後で後悔しないため?

   勉強に集中できる身分で『何でやらなきゃいけないの』ってひねくれるのはうざいから?

   言いかえると素直に前向きに頑張るのが人の道だからですか?」

和子「生物の寿命からくる定めとして、人の心は歳月を重ねるにつれて冷えて固まっていく」

恭介「……」

和子「でもサミュエル・ウルマンという詩人が言ってるの。

   『心に奮い立つものがある限り人は若い』って。わたしも同意するわ。

   だからあなたがたのような……、

   いま人生でいちばん輝くときを迎えようとしてる人たちだけでなく、

   わたし自身にまず言い聞かせたい」

恭介「……」

和子「何かに全力でぶつかって、壁にぶちあたってのびてたらいい」

恭介「のびるって…」

和子「絶望したらいい」

恭介「無責任じゃないですか。周りに――」

和子「それは体のいい言いわけね」

恭介「いや、現実問題、立場上周りに果たさなきゃいけないことは――」

和子「確かに他者がじぶんに求めることは結局『何ができるか』ってことよね。

   わたしは現実、いま言った言葉どおりにはいかない。

   社会的に年齢上、若いほど動きやすいのは確かよ。

   問題はあなたにとって何が大事なのか」

恭介「……」

和子「力を尽くして失敗したのなら、他にどうしようもないでしょう。

   どうこうできる余地があったのなら本気じゃなかったのだし。

   それでおしまい、人生の希望はゼロ」

恭介「……」

和子「不思議なことにね…、人間は絶望しても、結果が出ても、――…生を肯定しようと……、

   寝っ転がってでもいれば、いつか起き上がって道を見つけようとする。

   見つけようと、あるいは見つけて歩き出すとき、ものを言うのが振幅の大きさなのよ。

   じっさい力を尽くしたつもりでもあとで甘かったと不足を感じたりね。

   逆に力を尽くしたがゆえに何かを…たとえば体をこわしたりもする」

恭介「元も子もないじゃないですか」

和子「そう。努力は往々にして人を裏切る。

   何かを犠牲にしてさえ望む結果を得られないことだってある。

   縦えそうなったとしてもそのひとの無形の財産になるのよ。

   努力の量、悔しさ。それは人物としての振幅の値に累積できる。

   ファッションやポーズなんてメッキは無意味だとその過程で気づくし」

恭介「振幅…」

和子「趣味でもスポーツでも、目指す道でも、学校の勉強でも。

   やりたいことでもやらなきゃいけないことでも好きなことでも苦手なことでも、

   何でも一つでもいい。自分がこうだと決めたことに力を尽くす。それが人の幅を広げる。

   どんな理想に従ったって、落としどころは今ここにいる自分をどうするかだから。

   行きたい大学への受験を例にするなら、行けなかったとして、

   あきらめるか、今もう一度トライするか、

   編入や院試などでスライドする目標を立てるか、

   就職してからお金を貯めながら勉強して受験するか、

   そもそも自分の望みはその大学に合格した達成感・有能感がほしいだけなのか…、

   色々と落としどころが考えられる。多くの人は妥協した不本意な大学に行くことを選ぶ。

   就職で見返そうと奮起して、資格の取得、今一度自分の資質や希望を見つめ直して、

   その分野の研究や企業・公務員になることなどマッチングをはかったりする。

   そのどの選択をするにしても、動き出すには振幅がものを言うの。

   行きたい大学に行けなかった自分の実力では行きたい企業や資格の取得なんてできない、

   ではなくて、行きたい企業への就職や取りたい資格の取得ができれば、

   行きたい大学にだって前よりは近づいたんじゃないかって考えられる、

   受験するしないは別としてよ。

   記憶力とか知識の吸収力とか体力や集中力の低下などは、生物上避けられない。

   生活習慣や運動であるていど遅らせることができてもね。

   それはどうしようもないことだから、

   自分が関与できる変数として、振幅の値を加算していくってことが挙げられるの。

   さっき言ったように、人生に無駄はない。

   その振幅はあなたが生きていくうえでのかけがえのない財産になるから」

恭介「加算…するもんなんですか」

和子「人間の下地として考えるなら、あなたくらい若いほどいい。それだけは言える。

   でも総合的に考えるならわたしだって、って考えなきゃ。‥負け惜しみかな」ボソ

恭介「僕が言うのも何なんですけど、先生だって若いですよ」

和子「…ありがとう。

   ああ、帰るときは気をつけてね。さいきん大人でも行方不明者が出てるから……。

   こうも続くと、何かに巻き込まれてる可能性が高いって」

恭介「……はい。先生もどうか、気をつけて」



~~屋上~~


仁美「……突然お呼び立てしてごめんなさい」

マミ「いえ、気にしないで。改めまして、巴マミと言います。

   ご存じのように、あの子たちとは学外活動の仲間といったところね」

仁美「……志筑仁美です。さやかさんや暁美さん、まどかさんの友達です」

マミ「鹿目さんからお噂はかねがね。一度、会ってみたいものだと思ってました」ニコ

仁美「(クル)……」チラ


~~屋上出入り口のドア~~


まどか「…! 仁美ちゃん、今こっち見たよ……。マミさんと何を話してるのかな……。

     マミさんもテレパシーで話してくれたらいいのに……」

ほむら「志筑さんが巴さんと二人で話したいと言ったから、控えてるんじゃないかな」

まどか「それはそうだけど……、心配だよ。魔法少女のことどうやって話すんだろう?」

ほむら「鹿目さん、二人ともいい人なんだからきっと分かりあえるよ」

まどか「うん……」


~~屋上~~


マミ「あ、もちろんいい噂よ」

仁美「(クル)分かってます。まどかさんは陰口を言う人じゃありません。

   失礼ですが、そんなまどかさん達があなたや、

   ひょっとするとあなた以外の人にだまされているんじゃないかと疑っているんです」

マミ「まず、鹿目さんたちは悪い大人が作った組織などには利用されていないわ。

   誰かにお金を巻き上げられてるとか、みだらな行為を強要されてるといったたぐいの」

仁美「では、あなたはまどかさん達をだましてはいないんですか」

マミ「……それはわたしからは何とも言えない。

   あの子たちがどう受け取っているかの問題だもの。

   例えばあなたが新しい習い事をはじめたときや、クラスの委員長を引き受けたとき、

   やってみて初めて思わぬ苦労をすることもあるでしょう。

   それに対してどう感じるかというのと似てると思う」

仁美「問題をすりかえないで下さい。

   あなた自身にだます意図があるかどうか聞いているんです」

マミ「暁美さん以外の子には話していないことだけど、正直わたしは鹿目さんが一番かわいい。

   鹿目さんが幸せであるように、その目的のためなら多少ほかの子を度外視してる。

   慕ってくれてる後輩たちに対して同じだけの心配りができていなかったり、

   暁美さん以外の子には鹿目さんも含めてそのことを黙っているという点では、

   あなたの言うとおりあの子たちをだましていると言えるかもね」

仁美「……そうですか。巴さんはあまり立派な先輩ではないんですね」

マミ「手厳しいなあ。その通りだけど」

仁美「……では、肝心のあなた方がされているボランティア活動の内容について、

   教えていただけますか」

マミ「……志筑さんは美樹さんからボランティア活動、と聞いたのよね」

仁美「はい」

マミ「正確にはボランティア活動とは違う。契約に基づいた義務を果たしてる」

仁美「契約……」

マミ「そう。みな別個にそれぞれの自由意志で結んだ契約。

   基本的にどのような義務を果たさなければならないか納得したうえで……」

仁美「契約と義務がからむからには大人が関与しているはずです。あなたはさっき……」

マミ「社会的な契約とは違う。

   法的根拠はないんだけど、そうね、個人間の約束といったほうがいいか」

仁美「誰と約束したんですか?」

マミ「スカウトマンと。自分の願いを何でも一つだけ叶えてもらう代わりに」

仁美「ですから大人が……」

マミ「大人ではないわ。

   正体はわたしにもわからない。でも声だけなら小学生の男の子みたい。

   ボイスチェンジャーを使ってるかもしれないけど」

仁美「そんな正体もわからない相手を信用するなんて……」

マミ「わたしの場合、信用するもしないもないわね。

   彼が目の前に現れなかったら死んでいたのだから」

仁美「え?」

マミ「何年か前になるけど、わたしは両親と車で出かけたときに車両の衝突事故に遭ったの。

   両親はその場で死んで、わたしも病院に運ばれるまでにもたないと自分で分かった。

   その時に彼が現れて、わたしは自分の命を救ってもらうことを願ったわ。

   お陰でいまあなたと話してるわたしがいる」

仁美「……」

マミ「ウソだと思うのなら、三年の誰にでも聞いてみて。

   だいたいの人はわたしが事故に遭ったことくらいは知ってるはずだし、

   あの多重事故に巻き込まれた者でただひとり、

   奇跡的に無傷で生還したんだとか話してくれる人もいるかもしれないわ」

仁美「いったい、その願いと引き換えにどんな義務を……、

   あなたやまどかさん達はわたしの知らないところで何をしているんですか?」

マミ「……先生方にさいきん不審な事件が多いから、

   登下校や外出のさいには気をつけるように言われてるでしょう。

   理由のはっきりしない自殺や殺人、それに失踪……」

仁美「……!」

マミ「わたしたちはそれがなぜ起きるのか知ってる。

   いいえ、それが起きるのを未然に防ぐべく命がけでたたかってる」

仁美「知ってるならなぜ警察に話さないんですか!? たかだか中学生にできることなど……」

マミ「なるほどね。でも恐らく自衛隊でもあれが相手だと……、分が悪いでしょうね。

   戦えないことはないにしてもきっと不要な犠牲が増えるだけだわ……」

仁美「ご自分が自衛隊員よりも強いと?」

マミ「そうじゃなくて、相性の問題だから。

   重火器がどれほどの威力を誇るのか、戦術がどんなに優れているのかわたしは知らない。

   でも少なくともあれと戦うことを想定したうえでつくられたシステムではないはずだし、

   全国の人が住むところにくまなく配備するなんて現実的でもない。

   ……爆薬が通用するみたいだし、協力して戦えるのなら確かに心強いわ。

   でもわたしたちは願いを叶えてもらう対価として戦っているのだから、

   それを期待するのは筋違いという心情もこちらにはあるの」

仁美「人命がかかっているときに心情がどうとか言ってる場合じゃないでしょう」

マミ「あなたが言っていることは正しい。でも考えてみて。

   いま言ったように、この脅威は全国の人が住むところ全てに存在するの。

   公にしてそれを取り去るために戦いを挑むには物々しいだけでは済まないわ。

   国や自治体がよほどうまく連携して事を進めないと、

   社会に不安や混乱が拡大するだけになってしまうんじゃないかしら」

仁美「……」

マミ「いろいろ考えるとね、やっぱりこれはわたしたちの役目なんだって……。

   あなたの言うとおり勝手な思い込みで間違ってるかもしれないけど、

   だいたい皆そこは納得してるし、自分たち以外の人に背負わせたくもない。

   まあ、色んな子がいて納得するための解釈はそれぞれだけどね」クス…

仁美「……その役目、願い事と引き換えに背負うことになったとおっしゃいましたよね。

   本当に何でも叶えられるものなんですか?」

マミ「ええ。彼いわく『叶えられないということは滅多に起きない』らしいわ」

仁美「なら上条くんは自分の左手を治すことを願ってこの役目に加わったんですか?

   ‥わたしがそこまで容態が重いのだと察するのが遅れたばかりに……」

マミ「上条くん?」キョトン

仁美「さやかさんの幼馴染みですわ。さやかさんは彼を巻き込んだと言っていましたが」

マミ「……その彼なら確かにこの役目に協力はしてくれてる。

   でも彼はわたし達と違って願い事をして加わったのではないし、

   美樹さんが巻き込んだのでもない。

   むしろ彼が加わることには美樹さんは消極的よ。

   彼にヴァイオリンに集中してほしくて。

   でも、美樹さんが危険な目に遭ってるのを放っておけないからと、

   彼のほうから協力したいと言ってきてその意志は固かった。

   今でも美樹さんもわたしも彼がヴァイオリンに集中したいと言うのなら、

   それに応じるわ。彼に限っては後戻りが可能だから」

仁美「(フゥ…)そうでしたか、やはり……」

マミ「……もうだいたいのことは話したと思うんだけど、失礼していいかしら。

   今日はわたしもシフトに入ってるから」スタ…

スタスタ…

まどか(マミさんが戻ってくるよ!)

ほむら(無事に説明できたのかしら)

仁美「待ってください!」

マミ「(ピタ)まだ何か?」チラ

仁美「わたしも…、わたしもあなたがたの役目に参加させてもらえませんか!?」

マミ「駄目よ。あなたの前にスカウトマンが現れたわけじゃないでしょう。

   あなたが希望しようと彼のほうから持ちかけない限り無理だし、わたしも推薦できない」

仁美「でも上条くんは自分から希望して……」

マミ「彼の場合は特殊なの。わたし達と違いはするけど、戦う力を持ってる」

仁美「わたしには無理だとおっしゃるんですか?」

マミ「(クル…)志筑さん。わたしが思うに、あなたは強い人だわ。わたし達よりよほど……」

仁美「……?」

マミ「ほんとうはきっと、願い事なんて誰かに叶えてもらうものじゃない。

   人事を尽くして得られるものも、そうでないものもある。

   あなたはきっとその意味を最大限において分かってる人だという感じがするから」

仁美「……勝手に決めつけないでください。わたしは完璧な人間じゃありませんから」

マミ「そうね、ごめんなさい。よく知りもしないのにおしきせるのは失礼よね。

   本物のお嬢様って会うのは初めてだから変な先入観があったようだわ。

   でもあなたは本気で誰かに自分の願いを叶えてほしいって思う?」

仁美「……失礼ですが、それは危険であるという印象を受けますわ。

   自分の力だけで及ばないことなら人に相談するなり助けを求めはします。

   しかしそうするにしても自分が目的のためにどこまでやったのか、

   どういう戦略のもとに相手の力をどれくらい借りたいのか説明した上での話です。

   ましてや、頼みもしないのに都合よく他人が助けにきてくれるとは考えにくいし、

   そういう場合、相手に何らかの騙す意図があってのことと捉えるのが自然なはずです」

マミ「ええ。そんなあなただからこそ。

   自覚していようといまいと、その強さを築く努力を人知れず重ねてきたはずよ。

   もしあなたがこの役目に加わるために何らかの願い事をするなら、

   自分のこれまでを否定することになるわ」

仁美「……願い事をせず、見学という形であなたがたの戦いを……」

マミ「駄目。無関係なあなたをこれいじょう危険に巻き込むことはできない」

仁美「それではあなたの話を信じることができません」

マミ「わたし達は日々あそこで自分の存在をかけて戦っている。

   そのことをあなたに弁明する必要はないわ」

仁美「……。困りましたわ。いったいわたしはどうすればいいんですの?」

マミ「……そうね。うーん、わたしがあなたの立場なら、

   つかみ所のない話をする得体のしれない先輩のことを担任の先生にまず相談するわね」

仁美「……!」

マミ「だって、事が事でしょう。大切な友達が騙されてるかもしれないのに、

   あなた一人の力だけで解決しようとするのは間違ってる。

   ……早乙女先生はわたしから見ても面倒見がいい先生よ」

仁美「どうして早乙女先生を……」

マミ「あ、先生はグルじゃないわよ。

   事故に遭ったばかりの頃から今まで、学年が違うのにそれとなく気にかけて下さったわ。

   わたしが信頼できる、数少ない大人の一人ね」

仁美「……」

マミ「(ニコ)鹿目さんたちがちょっと羨ましいな。

   わたしはあなたのように真剣に心配してくれる友達がクラスにいないから……。

   それじゃあね」クル


~~屋上出入り口のドア~~


スタスタ…

まどか「マ、マミさん!」

ほむら「どうでした? 志筑さん、わかってくれましたか?」

マミ「話せるだけのことは話したわ。後は志筑さん次第ね……。

   とりあえずこのことには触れないであげて。

   あなた達を心配したり、わたしの話が信用できるか考えたりで大変で、

   どうするべきか迷ってるみたいだから。志筑さんが整理して答えを出すまで……。

   鹿目さんも。いい?」

まどか「は、はい……」

マミ「それから志筑さんはちゃんと耳を傾けてくれる人だったからいいけど、

   今回みたいに不用意なかたちで伝わると友人関係、親子関係にヒビが入りかねないわね。

   むやみに秘密にすべきじゃないのかもしれない」

ほむら「それってつまり、……」

マミ「難しいわね。魔法の存在が友達や大人に信じてもらえるか、どこまで話すか。

   それと危険なことに従事していることは間違いなく心配をかけるだろうし。

   でも打ち明けにくい相手ほど、何か察知はしていると思う。

   待ってくれているのにこちらがひたすら背負いこんで内緒にするのは……」

まどか「……パパやママにも打ち明けたほうがいいんでしょうか」

マミ「わたしが参考にならないで申し訳ないけど……、何がいいとはわたしは強制できない。

   特に大切な家族だからこそ、時間のあるうちに考えておいたほうがいいと思うの」

まどか「……はい」

ほむら「……」

マミ「ちょっと押しちゃったわね。暁美さん、今日はこのまま行ける?」

ほむら「はい」

マミ「鹿目さん、それじゃ」スタ…

まどか「あ、マミさん、気をつけて」

ほむら「鹿目さん、じゃ……。またあした」スタ

まどか「うん。ほむらちゃん、またあした」

仁美「……」スタ…

まどか「仁美ちゃん」

仁美「……まどかさんは、今日……?」

まどか「あ、うん。わたしお休みなの。仁美ちゃんは……?」

仁美「(クス)もうお稽古には間に合いませんわ」

まどか「ご、ごめん……」

仁美「いえ。今日は羽を伸ばしたい気分ですの。先生には休む連絡をしますわ。

   まどかさんも一緒にいかが?」

まどか「うん、仁美ちゃんの好きなところでいいよ! 行こう!」

仁美「はい。……わたし、一人ですねててごめんなさい」スタ…

まどか「ううん、わたしこそ……」スタ…


~~魔女の結界~~


QB「使い魔たちに気づかれたようだ。もう走って結界の最深部を目指したほうがいいよ」トト

さやか「了解っ」タッ

杏子「おーし、このほうが楽だわ」タタッ

さやか「杏子~~、ところでここ見滝原だよー?

    縄張りにうるさいあんたがいいの?」タッタッ

杏子「(ニヤリ)しょうがねえよ。マミたちの前にあたしたちが見つけたんだから。

   あんただって逃がしちまうよりいいだろ?」タタタ

さやか「まーね」ブンッ ドカッ

使い魔「ギギィッ」シュウウ…

杏子「そいっ」ザシュッ ザシュッ

使い魔「ギギィッ」シュゥゥ…

使い魔「ギギィッ」シュゥウ…

さやか「……いいな、杏子は。槍が使えて……」タッタッ

杏子「あんたもその剣を使えばいいじゃないか」タタ

さやか「だから抜けないんだって。それにしても使い魔は相手にしないんじゃなかった?」タッ

杏子「時と場合によるさ。魔女にたどり着くまでに邪魔するヤツは最低限たおさないとな」タタ

QB「どうやら魔女はこの奥だ。二人とも、準備はいいかい?」トト

杏子「おう」タタッ

さやか「ああ」タッタッ


~~見滝原、路上~~


マミ「……あ、佐倉さんと美樹さん……」スタ スタ

ほむら「どうかしたんですか?」スタ スタ

マミ「ちょっと離れたところだけど、おそらく魔女の結界で戦ってるわ」

ほむら「ええっ。ここ見滝原なのに……」

マミ「風見野をまわってるときに見つけて追ってきたのかもしれない。

   まあ何よりわたしのほうが今日は巡回に遅れたんだし、よく逃がさないでくれたわ。

   あの子たちなら任せて大丈夫ね。暁美さん、わたしたちはここを回りましょう」スタ…

ほむら「はい」スタ…


~~魔女の結界~~

バシュン

杏子「ほれっ、いっちょー上がり!」スタッ

さやか「すげーな……。くそ、あたしももっと倒せたら……。

    あんたに比べて手こずって……」ブンッ ドカッ

杏子「まあ、さやかは相性の悪い使い魔にまで突撃していくからな」タッタッ

さやか「おお……、どうすりゃいいのさ……」タ…

杏子「経験で相手の弱点を見抜いて攻撃するとか、

   魔法や武器を持ち替えることで相性の悪さを変えるとか」タ…

さやか「そのどちらも無理ですよ、ってときは?」

杏子「そうだな、まあ……。他のやつに任せるとか?」

さやか「あ、なるほど! 杏子、頼んだよ!」

杏子「お、おう……。え?」

さやか「よし! じゃあ次いきますか!」

杏子「待て。(ジッ)さっきこいつに言われたようにその奥に魔女がいる。

   心づもりはしといたほうがいいぞ」

さやか「え? ひょっとしてそんなにはっきり感覚で分かるの?」

杏子「これだけ近づけばな。あんたもそのうち分かるようになるさ。準備はいいか?」チキッ

さやか「ああ」ギュ…ッ

スタ…


~~魔女の結界、最深部~~


男性「誰か、助けてくれ……!」

男「ウヒャアァァ」

さや・杏「!!」

さやか「二人…、魔女…に捕まってる!?」ダッ

杏子「(ハッ)待て! まず相手の攻撃を見極め――」

ゴッ

さやか「ぐっ」ザクザシュッ

杏子「さやか!」

さやか「(フラ…)ご‥らああああああッッ!!」バシュッ

ザンッ ドシュッ

さやか「ごぷ…、ぉ……、の……っ!」ユラ…

ザキィンッ スタッ

ヒューー トサッ

さやか「がはっ……、悪い」フラ

杏子「今のが参考までに、手本な」

さやか「突っ込むなって教えてくれたのに、あたし……」

杏子「あんたが人のハナシ聞かないのは今に始まったことじゃねーけど、

   その状態で立って話してるほうに驚いてるよ。まだいけるか?」チラ

さやか「当た」

男性「助けてくれ……」

男「ヒイィィッ」

さやか「ッッ!!」バッ

杏子「待てって。さっきの二の舞だぞ」ガシッ

さやか「だから今度は! 見極めて、避けて――」

杏子「その必要はねえ。いいか、何でわざわざ相手の土俵で戦おうとする?」

さやか「!? 土俵って……」

杏子「別にセオリー通りあたしが道開いてあんたが後からついてくる、って方法もあるけどな。

   人質を無事に助けながらって条件がつくと時間的にもハードル高くなるんだよ。

   で、結局あんたのミラクルパワー先行のほうが最短で救出できるわけ。わかる?」

さやか「いや、だから…」

杏子「はんぶんだ」チョイ

さやか「?」

杏子「あたしに最初にぶつかってきたときの半分の速さでいい。

   状況も距離も無視して本丸をいきなり叩く、あんたはそれだけでいい」

さやか「……」

杏子「勝手にあせって、相手に呑まれてんじゃねーよ。

   呼吸を遅く、姿勢を低くしろ。

   自分を信じろ、なんて当たり前のことは言わねー。その前にあんたは勝つさ。

   ぶっとばすと決めたものをぶっとばす、あんたにゃそれができるんだから」

さやか「(スゥ…)ありがと」ジャリ…

杏子「よーい」

さやか「…」グ

杏子「どん」
ヒュオ


ドォン!

杏子「おいおい、半分、つったろ」

バタンバタンッ

男「ヒャアアァッ」ダッ

杏子「おいっ! あたし達から離れるな…」ハッ

フゥゥ…

杏子「(姿が消え――くたばってねえのか! あいつ、人質に遠慮して魔女の急所を外したな)

   逃がすか!」バシュッ

さやか「しっかりしろ!!」バッ

男性「……」

さやか「おいっ、おい!! 杏子、助けて!!」

杏子「(ピタッッ)!?」クルッ

ゥゥ… 

杏子「っっ」

さやか「杏子おっ。この人体じゅうケガしてる! 息が、心臓が……」ペタ ピト

杏子「(タッ)落ち着け。あんたの剣の鞘はケガやら病気やら治すんじゃなかったか?」スタスタ

さやか「(ハッ)(ゴソ…)…………だめだ、どうして…傷が塞がらない…!」

杏子「……遅かった」

さやか「なっ…! そんな……!」

杏子「あんたもあたしも今できることは尽くした。でも間に合わなかったんだ。

   ……それより、結界が消えかけてる。

   はやくその男から離れないと元の世界に遺体を連れ帰ることになるぞ」

さやか「遺体なんて! さっきまで生きてたんだよ!? いや、今だってもしかして……」ギュッ

杏子「バカヤロウ! 早く置いて――」


サアアァァ…


~~見滝原、路地裏~~


杏子「……!!」

男「ひいい…っ」ヨタヨタ フラフラ ヨタヨタ…

杏子「――っ。(フン…)」

さやか「おいしっかり! 息をしろ!!」パシ ダプッ…

杏子「‥さやか、もうそいつは……」

さやか「(グッ ハム フウゥ…)」

杏子「!……」

さやか「戻れ…もどれよ!!」ベコベコベコ

QB「杏子の言うとおりだ。幸いここはいま人通りはない。

   傷口を見るにそれは魔女にやられたものじゃなく、刃物によるものだ。

   凶器を持った男も逃げ去ってしまったけど、捕まえるなら――」

杏子「あのおっさん魔女の口づけついてたのか?」

QB「いや。この男性にもその刻印はなかったね。

   凶行に及んでいたところを魔女に捕まった、というところだろう」

杏子「‥ならいいや。魔女の居所の手がかりにもならねーんじゃな」

QB「では君たちはすみやかにこの場から――」

ガッ ググッ

杏子「お、おい。何する気だよ?」

さやか「今すぐ病院に。魔力じゃ無理でも医者なら」グッ

杏子「ん、んな……っ。待」

バシュッッ

杏子「……ッ。(ハッ)あのバカ! 姿を消してねえ!!」

QB「まただよ。目立ったことをして都合が悪くなるのは自分なのに」

杏子「また……って、お前あいつに姿を消す方法教えてなかったのか!?」

QB「彼女が結界の外で魔力による飛行をするのはこれで二度目だ。

   前回も話を聞こうとしなかったからね」

杏子「だからって……。クソッ!!」


―――
――


~~まどかの部屋~~


prrrr

まどか(あ、マミさん)

ピッ

まどか「はい、もしもし」

マミ『夜遅くにごめんなさい。今、いいかしら?』

まどか「大丈夫です。どうしました?」

マミ『……きょう見滝原で、魔女の結界に巻き込まれた人が一人亡くなったわ』

まどか「…ッッ」

マミ『佐倉さんと美樹さんが辿り着いたとき、

   同じく結界に囚われた男から、その人は刃物で刺されていた。

   助けを求めていたけど、美樹さんたちは魔女に阻まれて間に合わなかったそうよ』

まどか「そう…ですか」

マミ『…美樹さんから鹿目さんに連絡はあった?』

まどか「……いいえ、まだ……」

マミ『無理もないわ。職務質問から解放されたのがつい何時間まえだから』

まどか「え……」

マミ『彼女はその人を助けたくて、市立病院まで直接連れていったの。

   ……美樹さんが結界から連れ出さなければ、

   その方はずっと行方不明者のままになってたでしょう。

   でも女子中学生が大人の男性を自分で担ぎ上げて数百メートル飛んできた、

   という点が病院の関係者には不自然に映るのね』

まどか「……」

マミ『わたしや親御さんが口を出すまでもなく、

   美樹さんは自分で切り抜けた、とりあえずはね。

   飛んできた、というのを警察の方が走ってきたという意味に取ってくれたし、

   その場ですぐ質問に応じて力持ちなところを彼女は証明してみせたし、

   何よりわたし達がやっていること、

   自分が目撃したことを嘘にならない範囲で的確に答えていたから。

   でも、佐倉さんの証言だけではふたり…主に美樹さんの潔白を証明できていない状況ね。

   ……疑おうと思えば返り血にも見えるから』
   
まどか「わたし……」

マミ『こういう場合のこと、あなたとはまだ話してなかったわね。

   ……今日はもう遅いし切るわ。悪いけど暁美さんにも連絡しておいてくれる』

まどか「はい。あの、さやかちゃんは……」

マミ『…平静を装ってはいたけど、ショックを隠し切れてなかった。

   それから、無事に抜け出せたほうの犯人は逃げてしまって、現場の目撃者もいない』

まどか「あの、わたし――」

マミ『無理はよしなさい。

   美樹さんも疲れてるようだったからたぶんもう休んでるわ』

まどか「……はい」

マミ『暁美さんへの電話よろしくね。それじゃ』

ツーツーツー

~~マミの部屋~~

ゴソ

マミ「行くわよ、キュゥべえ」スタ スタ パチ

QB「僕はいつでも構わないよ。

   しかし、どうして帰宅してすぐまどかに電話しなかったんだい」

マミ「見失った直後ならともかく、だいぶ時間が経ったから遠くに逃げられたかもしれない。

   わたしたちが慌てて探しても見つかるものでもないし、長丁場になると判断したから。

   あなたのお仲間も女の子以外はあまり関心がないみたいだし」スタスタ

QB「僕らは君に頼まれてからあの犯人の男を捜索しているよ。

   魔法少女になってくれる子を探すついでではあるけど」

マミ「ええ。

   あなたが契約対象を探すのをやめられないように、

   わたしもこの街の見回りも、生徒の本業も放り出せはしないの。

   せめて似顔絵じゃなくこの目で犯人を見ていればね……。

   とりあえず模試の準備は切り上げて、現場に行ってみましょう。

   あなたはわたしが受験生だってことをぜんぜん考慮に入れてくれないんだから」スタ

QB「僕はあくまで君たちが――」

カチャリ ガチャッ

杏子「(クル)え」

QB「やあ、杏子」

マミ「あら、待ち伏せ?」

杏子「ち、違えってっ! たまたま――、……キュゥべえに聞きたいことがあってさ、

   あんたのとこじゃないかって……」

マミ「…上がって」


~~次の日、教室~~


キーンコーン

恭介「鹿目さん、暁美さん」

まどか「あ…」

ほむら「上条くん」

恭介「中沢から聞いたんだけどさやかが道に倒れてた人を病院まで運んで、

   それがニュースになったんだって?」

ほむら「ええ…、テレビでは、通りがかった中学生が運んだとしか言ってませんでしたけど。

   (杏子と魔女の結界に侵入した際のことだそうです)」

まどか「上条くん…、さやかちゃんからは……?(その人、魔女に……)」

恭介「なにも(そう)」

ほむら「美樹さん、上条くんに気をつかったからじゃ……」

恭介「いや……。余裕なかったと思うよ、分からないけど…。

   それより、別のクラスの子がさやかがその男性を担いで空を飛んでるのを見たんだって」

まどか「うん……。学校に来てみたら、そんな話が飛び交ってて……」

恭介「すごいな、あいつ……」

ほむら「感心してる場合じゃ……」

ヒソヒソ…

恭介「…」チラ

男子生徒「なあ上条、美樹のアレ結局ホントのとこはどーなのよ?」

恭介「アレって?」

男子生徒「ほら、噂じゃ美樹があの――」

まど・ほむ「…!」

恭介「噂がなんだって?」

男子生徒「ちょっ…」

仁美「ちょっとあなたがた。

   クラスメートの、しかも女の子の陰口を言い合うなんて趣味が悪いですわね」

まどか「仁美ちゃん」

男子生徒「し…志筑さんだって美樹となんかケンカしてたじゃんかよ」

仁美「わたしたちのことは後で行き違いだとわかりましたしもう仲直りしましたわ。

   わたしとさやかさんは友達ですしそういうことも時にはあります」

ユウカ「さやかも鹿目さんや暁美さんも、人助けの活動やってるんでしょ?

    それも人気のない場所で危ない目にあってる人がいないか見て回るっていう」

ほむら「は、はい……」

まどか「…うん…」

ユウカ「ごめんだけどビックリしたわー。さやかは元々ああだけどさ、

     正直鹿目さんも暁美さんも大人しいばっかりの子だと思ってたもん。

     …なのにひどいよね、あのニュースの言い方だとまるでさやかが犯人みたいじゃん」

男子生徒「え…?」

ユウカ「え、じゃないよ!

    さやかが見回りやってる最中にあの男の人見つけたに決まってるでしょ!?

    可哀想だよ、せっかく助けようとしたのに目の前で亡くなったんだからさ。

    ちょっと想像できないわ」

男子生徒「そうだったのか……。俺てっきりさ…、最近変な事件多いし、

     噂じゃ美樹と鹿目さんと暁美さんが三年の人と、

     何か変な力使ってやってんじゃないかって。

     美樹が昨日人を担いで空飛んでるの見たやついるっていうし……」

ユウカ「マジ信じられない。色々おかしすぎるでしょ。ちゃんと他の子にも訂正しといてよ」
 
男子生徒「ああ…、上条もごめんな……」スゴスゴ
     
恭介「……」

キーンコーン


~~放課後~~


キーンコーン

まどか「仁美ちゃん」

仁美「まどかさん、暁美さん。……前の休み時間のことごめんなさい。

   予想以上にさやかさんのことで騒ぎが大きくなっていたので、

   あなたがたが人助けの活動をしてると学内に噂を流したんです」

ほむら「いいえ。志筑さん、おかげで助かりました。

    変な誤解が広まってもわたし達からは積極的に弁明しない、

    へたに動いてこじらせないようにしよう、って話し合っていたので……」

仁美「それは巴さんと…?」

まどか「うん。こういうときはがまんが大事だ、って……。

    でも仁美ちゃんの話だからみんな聞いてくれたんだよ」

仁美「完全には……。テレビやインターネットにまで広がっていますから。

   お二人は今日も見回りに?」

ほむら「はい」

仁美「確かにこういうときだからこそ淡々としていることも大事なのでしょうね。

   ……わたしもお稽古に行かないと。ご武運を」

まどか「仁美ちゃん、ありがとう」

仁美「またあした、ですわ」ニコ

まどか「うん、またあしたね!」

スタスタ…

~~廊下~~


恭介「志筑さん!」タッタッ…

仁美「…」クル…

恭介「さっきはさやかのこと、ありがとう」

仁美「…本当なら昨夜のうちに早乙女先生に事情を伝えるべきでした。   

   午前中に早乙女先生に巴さんからうかがったそのままの内容で説明したこと、

   それからお昼に2年の各学級委員の方々に、

   あなたがたが戦っているという事実を省いて説明したことと、

   わたしの周りのかたがたにに誤った情報を鵜呑みにしないよう伝えたこと、

   今日できたことはこのくらいです。

   先生がたがHRで取り上げてくださるのは明日以降になるでしょうから……」

恭介「十分すぎるくらいだよ。

   だって昨夜の時点ではさやかのことだって知らなかったんだろ?」

仁美「――いえ。

   あんなことをできるのはさやかさんくらいだと、確信に近いものはありましたわ。

   でも昨夜は自分の心情に従うと決めていましたの。

   他にやるべきことがあるでしょうに、

   熱意を傾ける先を間違えるからしっぺ返しを喰らうんだと、

   正直ざまあみろと思いましたもの」

恭介「‥君とさやかの間にも色々あるんだね」

仁美「ええ。

   ……ところで、さやかさん達が何と戦っているのか上条くんは知ってるんでしょう?」

恭介「…うん」

仁美「……」

恭介「…ごめん。さやか達が話してないのなら僕からは話さない」

仁美「……そうですか」

恭介「でも、そうだな……。志筑さんはサイボーグ009って知ってる? 石ノ森章太郎の…」

仁美「いえ。わたし、あまり漫画は詳しくなくて……」

恭介「僕も病院の本棚で読んだばっかりなんだけどさ。

   なんというかいま正にあの状況なんだよ、誰がためにっていう……。

   鹿目さんも暁美さんも、先輩の巴さんたちも、さやかも。

   守ろうとしてる世の中の人に怪しい物を見るような目を向けられるのは……」

仁美「……わかりました。図書館ででも探して読みますわ」

恭介「ありがとう」

仁美「では失礼します」スッ

恭介「うん。それじゃ」タッ

仁美「――上条くん」クルッ

恭介「?」ピタ

仁美「…」

恭介「何?」

仁美「……忘れていましたわ。

   前の休み時間にもうさやかさんとは仲直りしたと言ってしまいましたから。

   さやかさんに伝えてくれませんか、『うじうじしてないで早く学校に来い』って」

恭介「わかった。ありがとう、志筑さん」

仁美「(ニコ)」クル…


~~教室内~~


まどか「上条くん」

恭介「(ゴソ)あれ、ふたりとも待っててくれたの?」

まどか「これからさやかちゃん家に課題とか届けにいくんでしょ?

     わたしたち昨日からまださやかちゃんに会ってないから……」

恭介「そういえば僕もだな。みんなで行く?」

ほむら「ええ。行きましょう」


―――
――


~~さやかの家のアパートの前~~


和子「あら」

まどか「センセー?」

和子「みんなでさやかちゃんのお見舞い?」

ゾロ…

まどか「はい。センセーも?」

和子「うん。いま、ご両親とさやかちゃんと4人でお話してたところ。

   …さやかちゃんのこと、みんな知ってるかな」

まどか「(チラ チラ)」

ほむら「(コク)」

恭介「(コク)」

まどか「はい。わたしたち、さやかちゃんと一緒に町を見回ってたから。

     昨日はいっしょじゃなかったけど」

和子「…立ち話で悪いけど、すこしそのことわたしに聞かせてくれるかな」

まどか「うん」

和子「あのね、魔法少女――」

ウィィ…ン スタ スタ スタ

住人「(チラ)……?」スタ

スタ スタ スタ…

和子「(フウ…)……やっぱり、せっかくお見舞いに来てくれたところを引きとめちゃ悪いな。

   こんど、改めて……」

ほむら「いえ。お時間は取らせませんから」フワァッ

カシン―

パシ

和子「(ハッ)…っ」キョロ

ほむら「先生、手を離さないでください。そうすると先生の時間も止まってしまいますから」

和子「そ、そう……。…いま歩いていった人がすごく辛そうな姿勢で止まってるけど……」

ほむら「一時的に時間の流れを止めてるだけです。

    解除すれば何事もなかったようにまた世界が動き出しますよ。

    だから、あの人も大丈夫です」

和子「うん、それは分かったけど…、暁美さん。

   転校初日に鹿目さんに言ってたこと、本当だったのね」

ほむら「あ…、はい」カァ…

和子「ということはまどかちゃん、あなたも……」

まどか「うん。わたしもほむらちゃんも、さやかちゃんも魔法少女だよ」

和子「……そうなのね…」

恭介「さっき、さやかから……?」

和子「ええ。ご両親の前でさやかちゃんから聞いたわ」

恭介「おじさんとおばさんは……、先生は、そのとき信じてくれました?」

和子「お父さんがね、肩書きがどうかより、

   さやかちゃんが人を助けようとしたことが大事だって。それから、

   娘はばかだけれど人の道に外れたことだけは決してしない子だから信じてやってほしい、

   そうおっしゃって……」

まどか「センセー……」

和子「さやかちゃん、すこし泣いてたわ。

   わたしは、担任になって見てきた時間は短いけれど、

   さやかちゃんはまっすぐでとても女の子らしい女の子だってことは知っている。

   だからきっと大人の男性を運べたのは、

   さやかちゃんの言うとおり魔法の力があったからなのだと思います。そう答えたの」

恭介「…ありがとうございます。信じてくれて」

和子「……でもね、本当のことだからと言って誰にでもしゃべっては駄目よ。

   わたしは三十年以上生きてきたけど、今まで魔法なんて見たことがなかったし、

   こうして実際に目にしている今でも受け入れがたいものを感じて、ちょっと怖いの。

   分かってくれるかな?」

まどか「うん…」

恭介「…気をつけます」

和子「ところで暁美さん、あなたのご両親には自分のことをもう伝えたの?」

ほむら「…いいえ」

和子「危険がともなうことなら、相談しないとだめだよ。

   あなたが突然ケガなどしたら……」

ほむら「でも相談して、逆に危険だからと止められると困るんです」

和子「それも含めて、どの程度の行動までならとか話し合ったほうがいいんじゃない?」

ほむら「……」

和子「わたしも知った以上、ご両親に連絡しなくては……」

ほむら「やめてください!! それだけは……ッ!」

恭介「!?」

まどか「ほむらちゃん……?」

和子「……」

ほむら「…せめて、あとひと月。ひと月だけ待ってください……!」

和子「…なにかやりたいことがあるの?」

ほむら「‥はい」コク

和子「それはどんなこと?」

ほむら「……」

和子「……あなたたちの命がかかってるから。

   わたしは今週末にほむらちゃんのご両親に伝えます」

ほむら「……わかりました」カシン

和子「! ……いま、魔法を解いたの?」

ほむら「はい」

和子「こんな閑静な住宅街でもけっこう色々な音が聞こえてるものなのね」キョロ キョロ

まどか「そうだね。ほむらちゃんが時間を止めると、わたし達の話し声しか聞こえないもんね」

和子「…まどかちゃん」

まどか「え?」

和子「あなたもお父さんお母さんとちゃんとお話ししないとね」

まどか「あ…、はい」

和子「それじゃ、わたしはこれから他の先生がたに伝えにいくから。

   さやかちゃん、元気づけてあげてね」スタ

恭介「はい。あの……」

和子「(パチ)だいじょうぶ。職員会議ではうまく話すから」スタ スタ

恭介「ありがとうございます」ペコ

まどか「センセー、さよーならーっ」フリフリ

和子「みんな、気をつけてねー」フリフリ

ほむら「…」ペコ…


ゾロ…

恭介「……」

まどか「どうしたの?」

恭介「ちょっとさやかに電話する」ゴソ ピッピッ

『……お掛けにな』ピッ

恭介「……」ピッピッ…

恭介「……恭介です。‥うん、……うん、こっちは大丈夫。さやかはどうしてる?

   ……うん、……うん。…………うん、お願い」

恭介「……」ジッ…

まど・ほむ「……」チラ

恭介「……」

恭介「――いま大丈夫? …いま鹿目さんと暁美さんといるんだけど。

   ‥これからきょう授業で出た課題とかノートとか持って一緒にいく。

   ………‥わかった。

   ‥ああ、そうだ。志筑さんから伝言。『うじうじしてないで早く学校に来い』ってさ。

   ……あとそれから……、CD落としたやつ、聴いてる?

   ……そう。ありがとう。じゃ。…」ピッ





~~さやかの部屋~~


ゴロ…

さやか「バカ。……バカ」

~~さやかの家のアパートの前~~


まどか「さやかちゃん……どうだった?」

恭介「ちょっと元気なかったな。(ガサ)鹿目さん、悪いけどこれ渡しといてくれる?

   僕は来なくていい、って言ってたから」スッ

まどか「タハハ…」ソッ

恭介「じゃ、二人とも、また後で」スタ スタ

ほむら「ええ」

まどか「じゃあね」

――


ガチャッ

さやか母「いらっしゃい、まどかちゃん」

まどか「こんにちは」

さやか母「それから――」チラ

まどか「この子はほむらちゃん。わたしの友達で、さやかちゃんともクラスメイトで――」

さやか母「ああ、あなたがほむらちゃん!」

ほむら「? は、はじめまして……」

さやか母「さやかがここのところずっとあなた達の話ばかりしてて。お世話になってます。

     あんな子だから転校してきたばかりなのに振り回されたりしてない?」

ほむら「あ、いえ。そんな……」

さやか母「来てくれてありがとう。どうぞ」スッ

まど・ほむ「お邪魔します」スタ

さやか母「後でお茶を持っていくから」トット…

まどか「ありがとう、おばさん」

ゴソゴソ ツ ツ

トタトタトタ…

まどか「さやかちゃん」コンコン

さやか『んあ』

まどか「入ってもいい?」

さやか『うん』

カチャ…

~~さやかの部屋~~


まどか「……寝てたの?」

さやか「ううん。ちょっと元気でなくてさ」

まどか「そっか」

さやか「……悪いね、二人とも…。

     あたしのせいであんた達まで悪い噂が立っちゃってるみたいでさ……。

     マミさん大事なときなのに迷惑かけて合わせる顔ないよ…」

まどか「ううん、だいじょうぶ。

    マミさんも『こんなことで離れるような友達はわたしはいないもの』って、

    胸をはってたよ」フン!

ほむら「変な噂は立ちましたが先生や志筑さんやクラスメイトの人達も…、

    逆に理解してくれる人も増えましたし」

さやか「……優しいね、あんたたち」

ほむら「…、‥」

まどか「上条くんから渡された宿題、机の上に置いとくね?」スタ…

さやか「まどか」

まどか「うん?」トサ

さやか「ちょっとここに来てくれない」ポフポフ

まどか「なに?」スタ スタ ポフ…

さやか「‥――ねる」

まどか「あ、じゃ…」ソ

ハシ

さやか「…いて」

まどか「……(ポフ)」チラ

ほむら「……」コク…


――


パタン…

さやか母「あら…」

まどか「さやかちゃん、寝ちゃったの」

さやか母「わざわざ来てくれたのにあの子ったら……」

ほむら「…たぶん、昨晩から眠れてないんだと思う……」

さやか母「昨日の今日じゃね…。まどかちゃん、ほむらちゃん。ありがとうね」

まど・ほむ「……」

さやか母「よかったら向こうの部屋でおやつ食べていかない?」

~~さやかの家の居間~~


まどか「そういえば杏子ちゃんは?」

さやか母「何か急用ができてちょっと遠くまで出かけてるみたいよ。

     えっと、明日‥には帰るってさやかは言ってたけど。

     そういえばあの子、お金だいじょうぶなのかしら……」

さやか父「…さやかが小遣いの中から渡したらしい」

さやか母「それだけじゃこころ許ないでしょうに……」

まどか「杏子ちゃんならきっと大丈夫だよ」

ほむら「ええ。あの子はまあ……」

さやか母「でもね、心配なものは心配なのよ。まどかちゃん、ほむらちゃん。

     あなたたちの活動ってあなたたちが絶対にやらなきゃいけないものなの?

     大人に任せられないものなの?」

さやか父「母さん」

さやか母「……」

まどか「……わたしたちが……」

ほむら「協力を得られるなら…、それはそのほうがいいでしょう」

さやか母「ならほ――」

ほむら「でも完全に人任せにして、それで取り返しのつかないことになりでもしたら。

    よしんばそれで上手くいったとしても、

    わたしは鹿…、自分とこれから向き合うことができなくなる。

    ここで譲ってしまったらわたしの生きてる意味なんて……ッ」

さやか母「……」

ほむら「…わたしは石にかじりついてでもやらなきゃならないことがあるんです」

まどか「ほむら…ちゃん」

さやか母「……まどかちゃん、ほむらちゃん。さやかをよろしくお願いね」

まど・ほむ「‥はいっ」

さやか母「それから助けてほしいことがあったら、わたし達にいつでも言ってね。

     決して無理だけはよしなさいね」

まどか「ありがとう、おばさん」

ほむら「ありがとうございます」

さやか母「約束よ。

     ほむらちゃん、親はいつもあなたの幸せを望んでる、ってこと忘れないでね」

ほむら「……っ」コク

~~同日、夕刻、まどかの家~~


まどか「ただいまー、あれ……?」

ゴソ ツ

トコトコ ガチャッ

まどか「ただいま」

詢子「おかえり」

知久「おかえり、まどか」

タツヤ「ねーちゃ、おかえりー」

まどか「ママ、今日は早いね」

詢子「ああ。まどか、すこし話せるか」

まどか「……うん。着替えてくるね」


――



詢子「この前あんたが言ってた大変なことになってる友だちって、

   さやかちゃんのことだったのか」

まどか「うん。でもさやかちゃん、もうケンカしてた子とも仲直りして、

     その子と街を見回ってたからいま起こってることとは違うの」

詢子「(チラ)」

知久「(コク)」

詢子「(フゥ…)…そうか。と言っても今のほうがよっぽどタフな状況だな」

まどか「…うん……」

タツヤ「ぱーぱー、おやつーーっ」

知久「タツヤ、いま食べたらご飯が食べられなくなるぞ。

   …ママ、まどか。もう夕飯にするかい?」

詢子「賛成っ」

まどか「うん」



まどか「(スタ…)ママ、タツヤ。出来たよー」カタ

詢子「(クル)おお! タツヤ、行くぞ、美味しそうだーっ」

タツヤ「おいそうだーっ」トテトテ

――


ケタケタ… ガタ キュゥ ゴト タツヤ、ホラ~ バシャーン ザバン…

詢子「……あんなにはしゃいじゃ滑って頭をぶつけかねないなぁ」カラン…

まどか「(フキフキ)うん。おもちゃで遊ぶだけじゃ物足りないみたいで、潜水したりして」フゥ

詢子「ああ、こないだそれやられたわ」ハハッ

まどか「(フキフキ)ただの浴槽なのに探検気分なんだよね。

     もう目が離せないからあたしは先にタツヤを洗って湯舟に浸からせたら、

     あとはパパを呼んでタツヤだけ上がらせちゃうよ。

     パパだとお風呂に入るときから上がるまで一緒なんだけど」

詢子「それだけでもパパはずいぶん助かってるはずだよ。

   こないだ言ってたぞ、中学入って何かと忙しいときでも家事を手伝ってくれてたって…」

まどか「ええ~、それだいぶ前のことだよー。いつもの、当たり前のことだし……」フキフキッ

詢子「だからさ。いつもありがとう。あとそれからな、髪はタオルでこすらないほうがいいぞ。

   水気を吸わせたら遠くからドライヤーを当てるんだ」

まどか「(ピタ)そうなの!? (カチャ…)遠くって、これくらい?」ツイ

ガタ… スタ スタ パシ… スイ

詢子「これくらい」カチ

ブオーーッ

ウォン ウォン… ワサワサ カチ オオーン…

詢子「…まどか。急にいなくなったりするなよ」ブオーー

まどか「え、なに?」

詢子「(カチ)……はい」ゴト スタ スタ スト…

まどか「ありがとう、ママ。(ナデ…)おお…」

詢子「(ニコ)……さて、たまには早めに寝る準備をするかなー」カラ…

まどか「‥あのね、ママ」

詢子「うん」コト…

まどか「聞いて‥ほしいことがあるの」

詢子「…(コク)」

――


知久「……」

詢子「……」

まどか「……」

詢子「………その魔法少女をやるってのはつまり、偶然危険な状況に出くわしたんじゃなくて、

   自分のほうからヤバいところに突っ込んでいくことになるんだな?」

まどか「うん」

詢子「さやかちゃんがああいうことになったのも必然の結果なんだな?」

まどか「さやかちゃんはあの亡くなった人を助けようとしたんだよ。

    でも間に合わなくて……。あんなことにならないようにわたし達は…、」

詢子「まどかやさやかちゃんやほむらちゃんがそのつもりでも、これからも起こりうるんだろ。

   それより、あんたたち自身が命がけの目に毎日遭ってるんだろ…!?」ブルブル…ッ

まどか「わたしたちがやらなきゃ、街のみんなが――」

詢子「ッッ」ガタッ ブン―― グッ

知久「ママ」

詢子「知、放せ!! こいつは周りがどんなに――」ググッ

知久「僕から聞かせる」

詢子「……」スト

知久「まどか。僕たちは親として、

   娘がケガをしたり命を落とすかもしれない仕事をするのを簡単に認めることはできない」

まどか「パパ……」

知久「まず君はまだ中学2年生だ。

   人生の方向性に関わるようなことは、他の人の意見を幅広く聴くことも大事だけど、

   行動を起こす前に僕やママにも相談してほしかった」

まどか「……」

知久「街の人が何者かの手によって行方不明になったり犠牲になる可能性があるなら、

   それは確かに防がなきゃいけないことだよ。

   君が街に住む一人として危機意識を持つのは正しい。

   実際に防ぐため活動に従事してきたのも立派なことだ。誰にでもできることじゃない」

まどか「……」

知久「でも君が話したように街の安全を脅かす存在があるなら、

   それは街全体、国全体で対策を講じるべき問題だ。

   君が願いごとを叶えたというその契約の責任を果たすこと、

   それと街の人々を守ることとは分けて考えないとね」

まどか「……ごめんなさい」

知久「いや、話してくれてありがとう。

   しばらく魔法少女、でよかったかな。その活動を控えてくれるね」

まどか「……うん」

知久「…それじゃ、今日はここまでにしよう。あたたかくしておやすみ」

まどか「(ガタ…)うん。おやすみ、パパ、ママ」スタ

詢子「……」

まどか「…」スタ スタ

……


詢子「知。あいつ、ほむらちゃんのこと……」

知久「うん。おそらく、あの子もまどかと同じ活動をしているんだろうね」

詢子「なんで話さなかったんだ?」

知久「ほむらちゃんをかばったからじゃないかな」

詢子「はやく親にも知らせねえと……」

知久「ほむらちゃんがまだ知らせてないならね。

   でもまずまどかにそれを勧めさせたほうがいいと思う」

詢子「そんな悠長な……」

知久「とりあえず今夜は分かっていることを整理するのを優先しよう。

   巴さんという子が活動の先輩にあたるみたいだし、話を聞く必要があるね」

詢子「‥ああ。きっと何かに踊らされてるはずだ」

ピラリラ~

詢子「ごめん」スタスタ ゴソ

ピッ

詢子「もしもし」

和子『夜分にごめんなさい。いま話せる? まどかちゃんのことで……』

詢子「ちょうどよかった。ついさっきあいつから聞かされたばかりなんだ。

   魔法少女やら何やらって話をな」

和子『なら話が早いわ。詢子たちはどう答えたの?』

詢子「どうもこうもないよ。その活動を禁止したさ。

   信じられるか、中学生にもなって――」

和子『まず言っておくけど、まどかちゃんたちが魔法少女だというのは本当よ』

詢子「なっ――……」クルッ

知久「……」

和子『わたしはきょう、さやかちゃんの家の前で偶然まどかちゃんたちと会ったの。

   そのとき、ほむらちゃんが見せてくれたわ、時間を止める魔法を。

   手品でも何でもなかった。空を飛ぶ鳥も、街を歩く人もそのまま止まってたわ』

詢子「そんな……」フラ スタ…

和子『……』

詢子「(ピタ キッ)だとしたら、あの話が本当なら、ますます危険だってことじゃないか。

   ほむらちゃんの両親にも早く知らせないとな…」

和子『待って。まどかちゃんはほむらちゃんも魔法少女だってことをあなたたちに話したの?』

詢子「いいや。この期におよんで、あいつまだあたしたちに隠し事を……ッ」

和子『それはわたしが親御さんに伝えるとほむらちゃんに話したとき、

   とても嫌がったのを見ていたからじゃないかしら』

詢子「……!?」

和子『ほむらちゃんから口止めされてるのか、それとも自発的に触れなかったのか、

   それはわからないけど、まどかちゃんが彼女をかばってのことだと思う』

詢子「…和子はもうほむらちゃんの両親には話したのか」

和子『いいえ、まだ。今週末にお伝えするつもり』

詢子「今すぐに連絡しないと! 何かあってからじゃ遅いんだぞ!?」

和子『できないわ。わたしはほむらちゃんにそう言ってあるもの』

詢子「何を優先すべきか考えろよ! 和子は子供がいないから――…、」

和子『…生徒一人一人が大事なお子さんであることはじゅうじゅう承知してる。

   保護者が校長や教頭と同じようにすぐ結果を迫るのも分かるわ。

   でもそれと同時にあの子たちは一人の人間でもあるの。

   今、わたしたち以上に不安と混乱の中にいるわ。

   さやかちゃんやまどかちゃん、それにほむらちゃん、彼女たちが抱えてる問題を、

   いまわたしやあなたを信用して、こちらに打ち明けてくれたところよ。

   同じ人間として約束したことは守る。頼られた側の大人もどっしり構える。

   これはきれいごとなんかじゃない……、

   わたしはいま何か起きたら説明責任を果たせないことをしてるわ。

   それでも教師として、あの子たちが整理して足並みを揃えるまで待たなきゃいけない!』

詢子「……職員会議でずいぶん追及されたんじゃないのか。

   何かあったらクビじゃすまねえぞ……」

和子
『これくらいじゃなきゃ詢子と張り合えないもの』

詢子「バカが……。どっしりと……、か』

和子『……まどかちゃんから活動の先輩のことは聞いてる?』

詢子「巴マミって子のことか」

和子『ええ。わたしも早くあの子から詳しいことを――』

詢子「あたしが今から聞いてくるよ」

和子『え?』

詢子「まどかならその子の家を知ってる。教えてもらうよう頼んでみるよ」

和子『…分かったわ。わたしも一緒に――』

詢子「教師が押しかける時間じゃないだろ」

和子『あの子は悪意を持つような子じゃないけど、万が一……』

詢子「まどかが心から信頼した先輩なら、あたしもさしで話してみたいしさ」

和子『…………気をつけて』

詢子「和子も無理するな。じゃ」

…ピッ

詢子「……和子がちょっと危ない橋を渡ってるらしいんだ。

   知、まどかの先輩の家まで送ってくれる?」

知久「わかった。準備してるよ」スタ


~~まどかの部屋~~

…コンコン

まどか「はい」

詢子『まどか、起きてるか』

まどか「うん」

詢子『さっきのことで教えてほしいことがあるんだ。入っていいか?』

まどか「いいよ」

カチャ… スタ…

詢子「……ほむらちゃんに、

   あの子が魔法少女だってことをあたしたちに教えないように言われたのか」

まどか「……」フリフリ

詢子「そうか……。あのな、まどか。

   さっきパパが言ったように、

   いまあんたに魔法少女として危険を冒すってことはあたしたちは認められない」

まどか「(コク)……」

詢子「でもあんたの先輩なら魔法少女についてもっと詳しいことを知ってるようだから、

   話を聞きたい。

   ウチだけじゃなく、ほむらちゃんやさやかちゃんの家の人のためにも。

   ――正直、話を聞いただけじゃ信じられないとは思うけど、

   さっきみたいにアタマから否定するつもりはないよ。

   ただ、できるだけ多くの事実を知りたいんだ。分かるか?」

まどか「うん。…あのね、ママ。

    ほむらちゃんはお父さんやお母さんに教えたくないみたいなの」

詢子「ああ…。本人にしか分からないことなんだろうけど、

   あまり親に心配かけたくないって思ってるのかもな。…あんたみたいに」

まどか「……」

詢子「さっきは怒鳴って悪かったな。話してくれたのにな」

まどか「わたしこそごめんなさい。いままで黙ってて……」

詢子「あー、いやまぁ、これでおあいこだ。(カリカリ…)

   家族なんだからさ、怒鳴りあおうがなんだろうがおたがい話せばいいんだよな。

   その、あたしも話すぞ。和子のことだ」ストン…

まどか「センセーが?」キョトン

詢子「あんたがほむらちゃんを心配してるようにな、あたしもあいつが心配なんだ。

   さっき電話くれたんだよ。本人は気丈にふるまってたけど、

   学校の先生がたにあんたたちの本当の活動のこと、きっと話さないでいるんだ。

   でも和子だってたぶん今すぐにでも、

   ほむらちゃんやあたしたちやさやかちゃん家の家族を集めて、

   話し合って、今後どうすべきかみんなで考えたいと思ってるに違いない。

   そうじゃなきゃかばうにもかばいようがないからな……」

まどか「どうしてそうしないの……?」   

詢子「さやかちゃんが大変なことになって、あんたたちが不安を抱えてる。

   そんななかで自分に秘密を打ち明けてくれたこと。

   その信頼をほむらちゃんとの約束を破ってこわしたくないって言ってたけどな。

   ほんとはそれ以上に、

   ほむらちゃんが自分から勇気を出して親に話すっていうことを踏まえたうえで、

   みんなで考えるってことに参加してほしいって狙ってると思うんだ。

   週末になるまでに……。マスコミが騒ぎ立てて、

   ただでさえきっと校長や教頭やらが、和子一人に責任を押しつけたがってるときにさ」

まどか「……」

詢子「……あたしからはほむらちゃんのご両親に連絡はしないよ。

   ただ、まどかに頼みたいんだ。ほむらちゃんも家族と話し合うよう言ってほしい」

まどか「うん。今夜じゅうにほむらちゃんに話すよ」

詢子「ありがとう。それから、巴さんにいまあたしが訪ねていいか聞いてくれるか?」

まどか「わかった」ゴソ ピッ…

……


マミ『――では、お待ちしてます』

詢子「ありがとう、よろしく」

ピッ

~~玄関~~


知久「ママを送ったらいったん戻ってくるから。タツヤが起きてきたら頼むね」

まどか「うん、わかった」

詢子「行ってくる」

まどか「うん、あたしもほむらちゃんに電話してるね」

詢子「うん。じゃ」

…ガチャ …… …トシン カチャリ

まどか「(スゥーーッ)」クル スタ…


~~まどかの部屋~~

ピッピ…

まどか「……あれ……?」


~~魔女の結界~~


ほむら「はぁ、はぁっ……」ズッ ズッ…

女性「ウーン……」ズリ ズリ…

使い魔「ブブブーン、ウヒャヒャヒャッ!!」ブロロンッ

ほむら「(ハッ)」カシン ピタ

ほむら「はぁはぁ、はぁはぁ」ズッズッズッ…

ズリズリ…  キョロ 

ほむら「よっこい…」ググ

ほむら「しょ…」ドサ…

女性「ウッ……」ゴロ…

ほむら「(ハァハァ…)」カチャッ コロ カチ フゥゥ… カチャ

カシン

ブブブーン……

ほむら「……」ハァ ハァ…

~~マミの部屋があるマンション前~~


ナビ「目的地周辺です。運転お疲れ様でした」

――キキィ…

詢子「あの子か」

マミ「……」ペコ…

知久「そのようだね」

詢子「じゃあ、二時間以内に戻るから」カチ シュルッ

知久「いってらっしゃい、詢子」

詢子「いってくる」ガチャ

バタン ジリ オオオオ……ッ

スタスタ

詢子「鹿目詢子だ。遅いのに悪いな」スタスタ

マミ「いいえ。巴マミと申します。どうぞ」

――


~~マミの部屋~~


マミ「ほんとうはこちらからご説明にうかがわなければいけないのに」スタ

詢子「いや、事情が事情だから話しにくかったんだろう? こっちに来てくれ」

マミ「…?」クル…

詢子「すぐあんたと話をしたい。いままで話せなかったぶんまで」

マミ「わかりました」スタ スタ  スト…

詢子
「まどかが魔法少女になったのはあんたが誘ったのが原因か」

マミ「いいえ。わたしが出会ったとき、娘さんはすでに契約をしていました」

詢子「何を願って?」

マミ「どんな願いごとをしたのかはわかりません」

詢子「キュゥべえ、ってのといますぐ連絡はつくか」

マミ「‥さっきからそこにいます」‥チラ

詢子「(ジッ)……(フゥー…)」

マミ「……」ギュッ…

詢子「魔女ならあたしでも視えるのか?」

マミ「いえ、わたしらや一般の人の場合を問わず、結界の外からはそのすがたは――」

詢子「結界の中にはいっちまえば見えるんだろ? いまから連れてってくれ」スクッ

マミ「それはできません」

詢子「なら勝手に探すまでだ」クル

マミ「待ってください!」ガタッ

詢子「あいにくこちとら押し問答する時間もねえんだ。邪魔したな」スタスタ…

フワァッ

詢子「(ピタ)……」クル…

マミ「魔女の危険性について恐らくまどかさんからお聞きおよびでない点があります。

   そこを踏まえたうえでどうしてもとおっしゃるならご案内いたします」

詢子「(ニヤリ)説明を聞いてけ、ってか。いいだろう」スタ スタ

マミ「感謝します」スト…

詢子「ところでいまの早着替えはアイドルでもやってるの?」ストン

マミ「説明をはじめてよろしいですか」

詢子「はいどうぞ」サ

――



~~まどかの部屋~~


まどか「おかしいなあ。ほむらちゃん、いつもは電源切ってるなんて――」

ドキ

タタ ガラッ

まどか「……」

ザサッー…  ザワ ザサ…

まどか(でもタツヤが……)

ブロロ…

まどか「!」ガララ…  


~~まどかの家の玄関前~~


まどか「パパ」

知久「ただいま。ありがとう、タツヤは寝てるかい」スタ

まどか「うん、ぐっすり。

    あのね、ほむらちゃんと電話がつながらないの。気になるから行ってくるね!」タタ

知久「え、いまからか?」

フワァッ

まどか「センセーのこと伝えたらすぐ帰るから!(フゥゥ…)」バシュッ

ヒュオーーーン……   

ザサ… ザワ…


知久「…………」パチクリ

~~魔女の結界入口付近~~

ズッ ズッ…

ほむら「(ハァハァ…)(やっと、来られた……)」

ズリズリ…

ほむら(結界の外に出るまで、もう身をかくす場所がない。

    このまま一気にいくしか……)ハァハァ

ズッ ズッ

ほむら(お願いっ…)ズッズッ…

カシン

女性「ン……、え、なにこれ」

ほむら「!!」

――ミイツケタ

使い魔「ブブブゥ、ブブ、ブブブゥーンッ!!」パシッ

女性「ちょっと、え?」ググッ

ほむら「離さないで……!!」ギリュ…ッ

バッ

使い魔「ウヒャヒャヒャッ」ブブブンッ

女性「キャアアア」ジタバタ

ギューン

ほむら「くっ!」カシン ピタ タッ

タタッ

カシン

使い魔「イヒヒヒヒッ、ウヒヒーーーーッ!!」ブブブーン…

女性「アアアアッッ」ギューン

ほむら「くっ!!」カシン ピタ

タタッ



未来

Kalafina、作詞・作曲・編曲:梶浦由記

~~魔女の結界~~


ビュン ギュン

詢子「どわああああっ!!」バッ

マミ「(スィッ)鹿目さま、順路はこちらでございます」パゥッ  ボーン

詢子「お、おう‥ゎあああ!」タタッ

マミ「(ニコ)使い魔の頭突きにご注意ください」ポイ チャッ

詢子「へ?」

ギュンッ 

詢子「うひぇっ!」ガバッ

パゥッ バラッ…

マミ「わたしから離れないようお願いします」スタ…

詢子「(ヨロ…)ん」コク

タッタッタ…

……


スタスタ

マミ「(クル…)――ご気分はいかがですか」スタスタ

詢子「超恐い」ムス スタスタ

マミ「正常な反応でよかったです」スタスタ

QB「マミ、結界の最深部だ」ピョコピョコ…

マミ「(コク)うん」スタスタ…

詢子「(ジッ)――さっきからずっと一緒にいるのか。その、キュゥべえ」スタスタ

マミ「ええ」スタ ピタ…

詢子「ほんとうにいたんだな、魔女も…」スタ ピタ

マミ「(クル)魔女ならこれからご覧にいれます」

ガチャ  

詢子「――ッ」

マミ「(サ)正面奥に見えますのがこの結界のあるじになります」ニコ

グロロ…

詢子「たいそうお怒りの様子に見えるんだが……」

マミ「彼女にしてみれば、わたしは庭園を荒らす侵入者ですから」スッ

ブゥン…

詢子「たたかうのか」

マミ「(スタ…)はい。こちらでお待ちください」ヒュッ


スタッ…

グロロ……ッ

ジャキッ

~~魔女の結界最深部~~


ほむら「(ハァハァ…ッ)またここまで戻ってくるなんて……」タッタッタ

使い魔「ギャハハハッギャハッギャハハッ」

コッチダヨ…

女性「キャアアアッ!!」バタバタ

ほむら(魔女に渡される!!)カシン ピタ

タッタッタッ  ピョン パシッ…

使い魔「ウヒャッ…?」

ほむら「その人を(グイッ)放せ!」ガツッ…

使い魔「ビイィッ!」パ…

ほむら(今だ!)スタッ カシン

女性「――アァッ……えっ?」グラッ

ほむら「!」バッ

女性「――っ」ヒュゥッ

ドササッ…

女性「…イツツ……ッ」ノソッ… ハッ

ほむら「ぅ……」

女性「あなた、ちょっと……」ユサッ…

ほむら「‥にげて…まじょ…‥」

ユラリ グイッ…

ほむら「ぅぐっ……!」ギチギチッ…

女性「ひっ…!」ビクッ…

ほむら「‥はヤク……」ググッ…

使い魔「ブブブーン!」

使い魔「ウヒャヒャヒャッ」ブルルッ

使い魔「アヒャヒャヒャヒャッッ」ワラワラ

使い魔「ブウウウウウンッ!」バララ…

女性「あ…あ…」

ほむら(……こんなところで……ッッ!)ギチチ…ッ

バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ!

使い魔「ギィッ!!」「ギャッ!」「ギイイッッ」「ビャアアッ」

魔女「グオッ…」ヨロッ…

ほむら(鹿目さん…っ)

スタ スタ スタ

魔女「……」ユラ…

まどか「……」スッ  キリリ…‥

魔女「アソボ……」ユラ

バシュッ

ほむら「っ」ヒュッ ヴォシュッ!!!

ギャアアアアアアアアアアア…

グラッ

ほむら「――……っ」―ヒュルル

まどか「ッッ」タタッ バッ  トサッッ…       

ギュオオオ…


~~マミの部屋~~


カチャリ ガチャ スタスタ… パチ

マミ「紅茶、いかがですか」スタスタ

詢子「たのむ」ノロ…

マミ「どうぞ掛けて」ソ

詢子「ああ。(ドサッッ)ハァーーッ……」

マミ「おまたせしました」カチャ…

詢子「(ガバッ)早っっ。いったい……?」

マミ「魔法です」ニコ

詢子「(アハハ…)サンキュ」カチャッ… 

マミ「ブランデー、入れます?」スタ

詢子「ああ、頼むよ」

スタスタ ガラ… ソッ ガラ スタスタ 

詢子(持ち手もソーサーも温かい……)ズス…

ゴト ピリ… キュイ ボロッ 

マミ(コルクが崩れるわ。瓶の中に落ちても困るし、しょうがないわね)ポゥ… シュルシュル

キュポッ ソッ トク…  ゴト キュ

マミ「失礼します」ソ

詢子「ありがとう」カタ…

マミ「…」スイ ピチャ…

詢子「……ってこれ年代物のコニャックじゃねーか!?」ハッ

マミ「そうなんですか。味だいじょうぶかしら」

詢子「そういうのじゃなくてだな。このために開封するなんて申し訳ねえよ……」

マミ「気になさらないでください。

   今まで眠ってたものですし、わたしが嗜むものでもありませんから」

詢子「……いただくよ」カチャ スス…

――


詢子「その棚の……、お父さんの趣味なの?」

マミ「はい。開けたのだと中身が悪くなってるかもと思って。

   …変な味しませんでした?」

詢子「生涯いちの紅茶だよ。ごちそうさま」

マミ「よかった」ホッ

詢子「それからな巴ちゃん」

マミ「はい?」

詢子「そのグラス、取ってくれるか」

マミ「…? どうぞ(ソッ)」コト

詢子「うん」チョイ カチャリ…

マミ「あ、注ぎますから」スッ―

詢子「(ジッ)…」サ ピタ

マミ「…?」

詢子「……」キュイ トク… 

ゴト キュイ

詢子「さ、やりな」コト

マミ「えっ。あの、でも」

詢子「あたしが許す。飲め」

マミ「は、はい…」タハハ…

~~路上~~


――カツン

ほむら「……鹿目さん…!」ギュッ…

まどか「(ニコ)だいじょうぶ、ほむらちゃん?」ジワジワ

ほむら「うん…うん! 大丈夫よ。もう立てる…」フラ

まどか「(サ…)無理しないで」

ほむら「ありがとう。わたしよりあの人は…」キョロ

女性「あなたたち……」ヘタリ

まどか「無事みたい。ほむらちゃんのおかげだね」

――


女性「ここでいいよ。……ねえ、あなたたちはだいじょうぶなの?」

まどか「……」

ほむら「だいじょうぶです。お姉さんも悪い夢を見ただけですよ」

女性「はは、甥っ子がいるからおばさんでいいよ。あたしも悪い夢だと思いたいけど」

ほむら「道を歩くときも心に隙を作らないこと。

    あとはご自分が生まれた場所とこの街のそれぞれ、

    地域をあげておまつりされている神社にきちんとお参りしてください」

女性「……せっかくあなたたちに助けられたんだもんね。わかった、行くよ」

ほむら「そうなさってくれたらこちらも安心です」

女性「なんだかなあ……、あなたたち、見たとこ中学生でしょ」

ほむら「(チラ)……」

まどか「(チラ)……」

女性「いやいや、命の恩人を学校に通報したりしないよ。

   そのさ、あんな化け物からむしろ大人があなたたちを守らないといけないのに……」

まどか「化け物じゃ…ないです」

女性「…?」

ほむら「…お姉さんたちが働いて、わたしたちは守られてます。

    わたしたちはわたしたちの役目でお姉さんたちを守ります」

女性「そっか。

   変だな、あんな怖いことがあったのにあなたたちのおかげで元気が出てきたよ。

   ありがとう」

まどか「(チラ)…」ニコ

ほむら「(チラ)…」ニコ

女性「これ以上足止めしちゃ悪いね。(スタ)ふたりとも、どうか元気で。

   あたしアケミっていうんだ。忘れないで!」スタスタ フリフリ…

まどか「はい! お元気で、アケミさん!」フリフリ

ほむら「(ペコ…)さようなら。忘れませんよ」



トボトボ

まどか「(フゥ…)間に合ってよかった……」

ほむら「(ボソ)まただ…」ギュウッ…

まどか「え?」

ほむら「いえ。ごめん、鹿目さん。……勝手に独りで突っ込んでしまって」

まどか「(ニコ)わたし、これから魔女を見つけたときはほむらちゃんたちに頼るから、

     ほむらちゃんも無理しないでわたしを呼んでね。

     友達が危険な目に遭ってるときなら、

     パパもママも後で話せば分かってくれるはずだから……」

ほむら「……?」

まどか「あのね、――」


~~夜の公園、ベンチ~~


ほむら「そうだったんですか……」

まどか「……こんなときにわたしだけ戦いから逃げ出すなんて……」

ほむら「逃げ出す、なんて言わないで。

    鹿目さんが怖じ気づくような人じゃないくらいみんな知ってるよ。

    それに、ご家族に打ち明けたことを後悔してほしくないと、思います。

    お父さんやお母さんがおっしゃってることも正しいと思うし、

    わたし達がやってることだって間違ってないもの」

まどか「…………うん」

ほむら「(アセッ)そ、そうだ! せっかく魔法少女をお休みするんですし、

    この際ご家族で旅行に行ってはどうでしょう、今月末とか!?」

まどか「…?」

ほむら「ほら、魔法少女として戦っていると心の休まるヒマなんかないじゃないですか!?

    だから思い切っていい機会だからリフレッシュも兼ねて、

    今から計画を立てたらちょうど月末あたりになるでしょう!

    そのあいだにグリーフシードもわたしから上条くんに協力を頼んで増産しますしっ」

まどか「(クスクス…ッ)……なんだかほむらちゃん、おかしいよ?

     あんまり上条くんに無理言ったらわたしがさやかちゃんに怒られちゃう」

ほむら「う…っ」

‥コテッ…

ほむら「!」

まどか「(ポソ)…すこしこうしててもいい?」

ほむら「はい…」

まどか「……そういえばおじいちゃんとおばあちゃんに会いたいなあ」

ほむら「あ、だったら」

まどか「(フリフリ…)ううん、いいの…」ニコ…

ほむら「……」

まどか「…でもありがとう。ほむらちゃんのおかげですこしホッとできたから」

ほむら「そ、そうですか……」

まどか「静かだね…」

ほむら「ええ‥」

まどか「‥不思議だな。こうしてるとなんだかなつかしくて。

    夜なのに、優しさに包まれてるような気持ち」

ほむら「優しい風ですね…。…………」

まどか「うん。そうだね。星もきれい。…………」

ほむら「…あの、笑われちゃうかもしれないんですけど」

まどか「なに?」

ほむら「わたしちいさいころ、雲の上に天国があるって聞かされて。

    それで夜、明かりがないのに大丈夫なのかなって考えたりしてたんです。

    実際は水の粒が集まってできただけなのに」クスクス…

まどか「(フリ…)笑うなんてできないよ。わたしは考えたこともなかった」

ほむら「‥そうですか……」

まどか「きっといまみたいに夜空を見上げながら考えたんだね……」

ほむら「(クルッ)そう! そ―」

まど・ほむ「‥」

まどか「(ニコ)……」

ほむら「(クル…)そう、なんです…。

     ときには、同じ夜風をどこかとおいおとぎの国のお姫さまも感じてるのかな、

     会って友達になりたいな、なんて空想にもふけったり……。

     いつの間にかやめちゃいましたけど」

まどか「……」

ほむら「へ、変ですよね。子どものころの考えとはいえ……」

まどか「ううん、そう感じられるってことは、

    もしかしたらほんとうにそうなのかもしれないよ? 魔法だってあったんだから。

    いまのお空にもわたしたちには見えない明かりがあるかも」

ほむら「…そうですね……。見えない、明かり……」

まどか「わたしはいまほむらちゃんとこうしていられてよかったな。

    子どものころのほむらちゃんには会えなかったし、わたしはただの中学生だけど、

    これからはずっと一緒にいたいと思う。ならんで同じ景色を見ていたいなって」

ほむら「うん。わたしも」

QB「やあ、君たち」ピョコ

まどか「あ、キュゥべえ。どうしたの?」

QB「マミに来客中でね。一時退散してきたのさ」

まどか「ママ、マミさんとちゃんとお話できてるのかな…」タハハ…

ほむら「こういうときこそちゃんと姿を現して説明してくれたらいいのに」

QB「すまないがそれは受け入れられない。

   大人の前に僕が姿を現してろくな目にあったことがないから。

   鹿目詢子ならマミとともに無事、魔女結界から帰還してきた。

   彼女はまず魔女と魔法少女の存在については信じざるをえないだろうね。

   目下のところ会談は続行中だ」

まどか「(パシッ)えっ。ママ、結界まで行っちゃったの!?」ギョッ

QB「鹿目詢子から魔女を見てみたいという申し出があってね」

まどか「(ギュウギュウ)もう、ママ……。マミさんを困らせて……!」

QB「(スリスリ)まどか、僕を枕代わりにしないでくれないか」

まどか「‥ごめん…」ソッ

トン

QB「(フルンッ)まずマミは断ったんだが、

   放っておくと自分から魔女を探しかねない勢いだったんだよ」

まどか「そうだなぁ…」ガク

ほむら「魔女という概念を理解したうえで確認するための探索……」

QB「そう。通常の生活下よりも遭遇する危険性が増加するかもしれない状態でね」

まどか「え…?」

ほむら「(チラ)…。(チラ)ねえ、キュウべえ。

    巴さんは後遺的なリスクについても事前に鹿目さんのお母さんに説明したのね」

QB「ああ、もちろん。

   鹿目詢子という人物は安心と安全なら安全を取るタイプだとマミは判断したんだろう。

   そのうえでさらに能うかぎりの安全策をとりながら彼女に結界内を案内した」

まどか「ねえ、ちょっとごめん。…こういてきなリスクってなに?」

ほむら「巴さんも、最近になって感じ始めたことなんだって。確証はないんだけど……。

    いちど魔女に遭遇した者は助かったとしても、

    また魔女に狙われる可能性が高くなるんじゃないかって」

まどか「マミさんが助けた、同じ人が……?」

ほむら「刻印――、魔女の口づけを受けて結界にまで呼ばれたことのある人を、

    後日また別の魔女結界で見つけることがたびたびあったみたいなの」

QB「犠牲者本人の心の持ちようが変わらないからまたつけ込まれる、

   と結論づければそれまでだけどね」

ほむら「刻印を受けていないにも拘らず、つまり偶発的に魔女結界に迷い込んでしまった人。

    そんな人のなかにもまた魔女に捕らわれる人がいた、って」

QB「最初に結界に迷い込んだとき、正気をたもったままだから記憶も残ってしまう。

   魔女の存在を知り、その恐怖ゆえに魔女を引きつけてしまうのではないかと考えられる。

   突き詰めれば魔女という概念を強く意識すること自体に、

   魔女を誘引する可能性があるのではないかとマミは推測しているわけだ」

まどか「キュゥべえには分からないの……?」

QB「役に立てなくて悪いね。

   まずデータが少ない。しかも犠牲者のケアは僕の専門から外れている。

   これに関してはマミの勤勉さに俟つところが大きいんじゃないかな」

まどか「……」

ほむら「だいじょうぶです。

    巴さんがそこまで分かってて何の策も取らずに結界まで案内するはずないですから」 

      

~~マミの部屋~~


詢子「……これ、何の変哲もないリボンに見えるけど」マジマジ

マミ「わたしの魔力を編み込んであります。鹿目さんなら大丈夫だと思いますが万が一、

   危険な目に遭ったときは迷わず結び目を解いてください。すぐに駆けつけますから」

詢子「発信機みたいなもん?」

マミ「わたしが分かるのはあくまで結び目を解いたリボンの場所だけです。

   結界の内外を問わず特定が可能ですが、

   持ってるだけでは意味がないので気をつけてくださいね」

詢子「わかった、ありがとう。

   これくらいの大きさならポケットに入るしお守りがあると思えば心強いよ」

マミ「(コク)はい。必ずお護りします」

~~夜の公園、ベンチ~~


まどか「……せっかく助けた人が、また魔女に襲われるなんて……それじゃ……」

ほむら「すべての人に対して保護の目を光らせるのは実質むりだから……、

    もう神頼みしかないんじゃないかって」

まどか「それでほむらちゃん、さっきのアケミさんに神社にお参りするよう勧めたんだね……」

ほむら「ええ。巴さんでも、それしか……。あとは少しでも魔女探索に力を入れて……」

まどか「ごめんね。こんなときに……っ」

ほむら「それは言いっこなしだよ。

    それに、お父さんもお母さんも意見が変わることだってあるかもしれない」

まどか「うん……」

ほむら「わたしも……家に帰ったらすぐ両親に電話します」

まどか「うん。わかった」

QB「ときにまどか。ずいぶんソウルジェムが濁ってるようだけど」

ほむら「あ、いま浄化します」フワァッ カチャッコロッ

まどか「でもわたし……」

ほむら「遠慮しないで。鹿目さんが魔女を倒してくれたんじゃない」カチ フゥゥ…

まどか「……」


~~マミの部屋~~


マミ「姉貴分、ですか……」

詢子「ああ、あいつはすこしいい子に育ちすぎたんだ。……あたしのせいなんだがな」

マミ「とおっしゃいますと?」

詢子「あたしがあのくらいの時分にはさ、母親の情けないところも目につきはじめて、

   なにかと歯向かってたんだよ、てめえの狭い料簡を棚にあげといてな。

   でも母親としてのあたしは……、

   午前様ばっかりで歯向かうにも相手が目のまえにいないんじゃな」

マミ「歯向かう気持ちなんて彼女にはきっとありません。

   ご両親が愛情をしっかり注いであげてるからこそまどかさんはあんなに素直で……」

詢子「もちろん、愛情は注げるかぎりは注いだ。間違ってることは間違ってるともしつけたし、

   あいつも曲がらずにいい子に育ってくれた。大きい声じゃあ言えないが自慢の娘だ。

   さやかちゃん…。あの子の存在も大きいんだと思うけど」

マミ「……」コク…

詢子「下の子が生まれてかかりっきりになったときもまどかは弟をいじめたりしなかった」

マミ「きっとそれまでに父親も母親も自分を大切にしていてくれる、

   と一身に愛情を受けていたからですよね」

詢子「そうと分かったってまだ子ども……、子どもだったのに物わかりがよすぎたんだ。

   いや、物わかりの良し悪しいじょうに、あいつはちんまいころから優しかった。

   教えてもいねえのに、なんつーか、目のまえにいるやつの心に対する想像力というか、

   共感する神経ってのが親バカじゃなく飛びぬけてた」

マミ「……」コク

詢子「‥相手が人間じゃなくてもな」

マミ「いまもそうですよね」

詢子「あいつの長所はそこだ。でも決して人に損はさせないが自分は傷つく、

   それも磨けば磨くほど、伸ばせば伸ばすほど。そういうシロモノだ」

マミ「これだけは言えます。彼女がいなければわたしたち……暁美さんや美樹さんも、

   風見野の後輩も、ばらばらになっていました。

   謙遜ではなくわたしではとてもまとめられなかった。

   皆が彼女のためになろう、そう思えるまどかさんがいたからこそここまでこれたんです」

詢子「そう心から思ってくれる友達に出会えて、あいつはほんとにしあわせだな。

   とても運がいい」

マミ「わたしのほうこそそう思います、まどかさんと出会えて」

詢子「…ありがとう。

   ……ともかくさ、こういう言い方はなんだけど、

   まどかとはどうも表面的なやりとりになっちまうんだよ。

   もちろん知とだってよっぽど間違ってるとき以外は口を出さないように決めてるけど、

   なんつーのかな、こう親として贅沢いうと、

   もっと欲を出していろいろ葛藤を味わってもいいんじゃねーかな、と思うんだ。

   あんたは大人とぶつかったりしないかい?」

マミ「いいえ。ぶつかるほど近くに大人がいないというか。

   でも、感謝してます。

   私欲をもたずに財産を管理してくれて、わたしの意思を尊重してくれる。

   そんな人が親戚にいたから」

詢子「そうか…。

   そいつはよっぽど、あんたの父さんと母さんがいい人たちだからかもな」

マミ「(ペコ…)…それはそうと、でも、鹿目さんのおっしゃること、分かるような気がします。

   今の彼女のままでいてほしい。それと同時に、

   わたしもまどかさんにはいい意味でたくましくなってほしいとも思います」

詢子「(クス)…いやあ、変な話しちまったかもしれないな。

   魔法少女の活動に関してはあいつをすぐ認めてやれねえけど、それ以外はさ、

   気にしないであんたの思うように接してやってくんなよ」カキカキ

マミ「はい。ときに壁になったりするかもしれませんが」

詢子「ああ、頼む」



~~ほむらの部屋の近所~~


QB「――きゅっぷい。そろそろマミの部屋にもどるよ。

   じゃあね、二人ともおつかれさま」ピョコピョコ

まどか「おやすみ、キュゥべえ」

ほむら「気をつけて。またね」

まどか「…だいぶ遅くなっちゃったね。帰ったらすぐ宿題しなきゃ。

    ほむらちゃんはもうやった?」

ほむら「ううん、わたしもこれから」

まどか「…ねえ、ほんとうに大丈夫? お電話、明日にしたら?

    さっきの戦いでほむらちゃん…」

ほむら「(ニコッ)平気だよ。――わたしもま…法少女だもの」

まどか「おお~~」ニカ

ほむら「…うん。‥早乙女先生がわたしのためを思ってくれてるのなら、早くしなきゃ」

まどか「(コク)…わたし、たぶん起きてるから。

    もしなにかあってわたしでよかったら、いつでも電話して」

ほむら「ありがとう。鹿目さんもあまり無理しないで、休んでね」

まどか「うん、ありがと。それじゃ、とりあえずおやすみなさい!」フワァッ フゥゥ…

バシュッ

ほむら「(フリフリ…)……。そうよ、わたしが鹿目さんを守らなきゃ」スッ

スタスタ…


QB「……魔女一体倒すのに消費した魔力が、その魔女のグリーフシード1個分か」

クル… ピョコピョコ


お姫様と道化師

霜月はるか、作詞:日山尚、作曲:霜月はるか、編曲:弘田佳孝





~~週末、まどかの家~~


知久「あらためまして、暁美さん、本日は忙しいなかお越しいただきありがとうございます。

   美樹さんは今後について、我々がここで話し合った方針に沿いたいとのことです。

   難しいこととなりますが、子どもたちの将来にとって何が良いか、

   担任の早乙女先生と我々親同士で考え決めていきたいと考えております。

   どうぞよろしくお願いします」

ほむら父「こちらこそ、日ごろ娘が大変お世話になっております。

     早乙女先生、鹿目さん。

     今日はひとつお互い遠慮なく話し合っていきましょう。

     よろしくお願いいたします」ペコ…

知久・詢子・和子「……」ペコ…

ほむら母「……」

まどか(この人が……、ほむらちゃんのママ……)ポー…

ほむら(……)

マミ(鹿目さん。気を引き締めて)

まどか(は、はい……)

知久「ではさっそく。早乙女先生、お願いします」チラ

和子「はい。まずさやかちゃん、ほむらちゃん、まどかちゃん、そして巴さん。

   子どもさんとご家族がいわれのない噂に悩まされているという現状を、

   担任教師として陳謝いたします。

   日頃、生徒とよく接する立場でありながら大事に至るまで看過しましたこと、

   誠に申し訳ございません」

スッ ペコ…

ほむら父「先生、お座りください、どうか。

     見過ごした責任についてなら我々も問える立場ではありませんから。

     一人暮らしを始めれば人様にも迷惑をかけることを覚悟して娘を送り出しました。

     先生にも大変なご心労をお掛けしてすみませんが、

     どうか最後まで娘達を見捨てないで下さい」ペコ…

和子「(ストン…)皆さまの元通りの日常が回復されるよう尽力させていただきます」

詢子「元通りは難しいんじゃないかな。あたしは巴ちゃんに頼んで、魔女をこの目で見てきた。

   あの恐ろしいのと渡り合う力と役目を負ったこの子たちと、あたしたち親と。

   巴ちゃん、キュゥべえと交わした魔法少女の契約ってのは解消できるのか?」

マミ「いま確かめます。(チラ)………。……すみません。できないそうです」ギュッ…

詢子「あんたが謝ることじゃないよ。

   バックレるような子には最初から声を掛けないんだろう、(チラ)そいつは」ニヤリ…

マミ「……」

和子「辞めることはできなくても、魔法少女をお休みする、ってことはできる?」

マミ「それはできます。わたしが皆の魔力を回復できるよう、

   グリーフシードを確保しますので」

和子「周りの子がどう思うかしら」チラ

まどか「そんなのダメです、マミさん」フリフリ

ほむら「賛成できません」

マミ「できなくても、わかってもらうほかありません」

まど・ほむ「…っっ」

ほむら父「巴さん。

     何もあなたがた魔法少女‥だけが全てを背負う必要はないんじゃないでしょうか」

マミ「とおっしゃいますと……」

ほむら父「娘の話を聞く限り、これは社会全体で対策を取るべき問題です。それに、

     まず親の立場からすると、子どもが危険なことをしているのはとても心配ですよ。

     辛いことを言いますが、

     ご両親だってせっかく助かった命を無駄にしてほしくはないでしょう」

マミ「事故に遭ったとき、自分だけが助かるよう願った娘でもですか?」

ほむら父「そうです。あなたが大切に育てられてきたのはさっきから話していて分かる。

     自分の娘が幸せな人生を歩めるよう、

     できるだけのことをしてやりたいという意味で生きていたかったとは思いますが」

詢子・知久・和子「……」

マミ「……。たとえ父や母がそう思ってくれていたとしても、

   放り出したくないのです。

   最初はキュゥべえに言われて義務で始めた部分もありましたが、

   今はわたし自身の意志で最後までこの務めを果たしたいと考えています」

ほむら父「生き残った負い目を感じているのではないですか」

マミ「もちろん感じていますし、そうでなかったらわたしではないとも思います。

   だからといって自分の人生を粗末にしているつもりはありません」

ほむら父「わかりました。

     ただ、全部をあなたがた以外の人々に一任する、というのではなく、

     市や消防や警察に事情を説明して地域として対策をとる。

     魔法少女はそちらに協力する、といった形ではどうですか」

マミ「それは……」

知久「そうですね。魔女の発見や対処の仕方を一番分かっているのは巴さんたちです。

   対策をとるには魔法少女のノウハウが必要になりますからね」

まど・ほむ「……」コク

ほむら母「…ちょっといいですか」

マミ「はい」

ほむら母「わたしは魔法少女だとか魔女だとかキュゥべえとか、

     正直あなたたちの話している言葉についていけないんですが」

マミ「……」

ほむら「ママ、どうして信じてくれないの?」

ほむら母「だったらママの前で変身してみせなさいよ!」

ほむら「……っ」

マミ「…暁美さん」

ほむら「できません…っ。そんな理由で……!」

マミ「……」

和子「……ほ」

詢子「暁美さん。さっきも言いましたがあたしはここにいる巴ちゃんが魔法少女に変身して、

   魔女と戦っているのを見てきました。

   にわかには信じがたいかもしれないが、事実です」

ほむら母「キュゥべえというものも存在すると?」

詢子「あたしには見えません。

   でも巴ちゃんやほむらちゃん、まどかには見えている」

ほむら母「その話を警察に話して信じると思いますか?

     ただでさえわたし達が怪しく見られているこの状況で」

詢子「確かにそこがネックなんだよなあ……」

和子「状況を変えるためにもまずさやかちゃんの疑いが晴れなければ……。

   巴さん、それまで魔女と戦わずにやり過ごすということは可能?」

マミ「その間、わたし達自身の魔力が尽きれば、

   二度と魔女に対抗することができなくなる恐れがあります。手持ちのぶんが尽きたら、

   落ちているグリーフシードを探して回復する以外に手段がなくなりますし、

   たやすく見つけられるものではありませんから」

詢子「上条くんの力を使うってわけにもな……」ウーン…

マミ「……」チラ

まどか「あ…、話しちゃいました、ぜんぶ……」

マミ「いえ……、そのほうがいいわ」

詢子「そういえば知、上条くんのご両親は……」

知久「一応電話してみたんだけど、こちらが名乗るなりお母さん、

   『うちの息子がとんだ迷惑を…』とか、なぜか一方的に謝られてしまってね。

   とりあえず魔法少女のことについて、一通り説明を聞いてもらって誘ったんだけど、

   『周りのことを考えない無神経な男ですから、

    みなさんも遠慮せず何にでも使ってやってください』って」

詢子「なんでそうなるんだ……。まどか、何かされたのか?」

まどか「謝らなきゃいけないようなこと上条くんはわたしにしてないよ?

    逆にわたしたちが助けてもらってるのに…ね?」

ほむら「うん」

ほむら父「助けてもらっている……?」

マミ「ええ。彼自身、危険を冒してわたしたちの魔力の回復に貢献してくれているのですが。

   いったいどうして……?」

ピンポーン

知久「すみません。(スタスタ ピッ)はい。――あ、これはどうも…」ピッ

知久「(クル…)…上条さん」

詢子・和子「!」スッ

―――


ドウモコノタビハホントニー ホラアナタモアヤマリナサイ …スミマセン

イエソンナコトハ… コノコハムカシッカラ… ハァ…

―――
――


知久「(ストン…)失礼しました」

詢子・和子「(ストン…)……」フゥ…

ほむら父「いえ。それで誤解は解けたんですか?」

知久「ええ、なんとか。

   さやかちゃんは彼の幼馴染なんですが、

   小さい頃から彼女を守ろうとよく周りの子と衝突することがあったようで。

   我々に対してそういった問題は一切起こされていないということは、

   お母さんに分かっていただけたんですが」

まどか「あ、そういえば。

    上級生の子とけんかしたことがあるってさやかちゃん、言ってたことあった」

詢子「いつ?」

まどか「四年生のときかな。

    たまたま六年生の階を通りかかったさやかちゃんが、教室の中で、

    一人の子が周りの男の子たちから蹴られたりしてるのを見て止めに入ったんだって。

    そしたら逆にさやかちゃんが叩かれて…。後で上条くんに問いつめられて話したら、

    次の日その教室に一人で乗り込んでいってリーダーの子を泣かせたって……」

ほむら父「ほう」

詢子「やるな」

知久「ママ…」ハハ…

ほむら母「……たびたびそういうことを起こしたのね」

和子「過去はどうあれ少なくとも鹿目さんたちに暴力を振るったりするなど、

   上条くんに限って絶対にない。とても大人しい賢い子なんです」

知久「先生からもそうとりなしていただいて、上がってくださるようお願いしたんですが。

   息子が自分の責任で行動していることなのでそちらで決められたことに私達は従う、

   なんだったらここに上条くんだけ置いてあとで報告させるの一点張りで」ウーン…

詢子「それなら息子さんもいま手術を控えて大事にしなければならない身でしょうから、

   話し合いの内容はこちらから電話でお伝えしますって帰ってもらいました」

ほむら父「そうですか……」

――トッテッタ… ガチャ…

タツヤ「……」ゴシゴシ

知久「タツヤ。もう起きたのか」

タツヤ「…おじいちゃん、だーれ?」

知・詢「っっ」

ほむら父「おじいちゃんはねえ、ほむほむのパパなんだよ。タツヤくん」

タツヤ「ふーん。パパ、それおやつ?」

知久「いや、これは……」

ほむら父「ちょうど時間もいいですし、

     せっかくの上条さんのお心遣いですからいかがでしょう」

知久「(コク)ではみなさんで……。タツヤ、1個だけだぞ」

タツヤ「うん。ママ、これは?」ガサ

詢子「ほむらちゃんのパパとママがくれたの。あとで大事に食べような」

タツヤ「えー」

ほむら父「タツヤくん。そのお菓子いっこ食べて、

     いまがまんしたら晩ごはんがおいしくおいしくなるだろ。

     それでおじいちゃんのお菓子をまたあした楽しみにできる。どうだい?」

タツヤ「うーーん…………がまんする!」コク

ほむら父「おお、そうか。鹿目さん、賢い子ですねえ」

知久「どうも…」ペコ

詢子「タツヤ。ほむらちゃんのパパとママになんて言うんだ?」

タツヤ「ありがと、ほむらちゃんのパパとママ!」

ほむら父・母「どういたしまして」ニコ

マミ「……」ニコニコ

タツヤ「おねーちゃんは?」

まどか「わたしの先輩の巴マミさん。えーと、すっごいんだよ!」

マミ「すっごいって……」タハハ

まどか「あ、なんていうか一言じゃいえなくてえーと……」

マミ「巴マミです。お姉ちゃんと仲良くさせてもらってます。よろしくね」

まどか「はぅ…」

タツヤ「これなに?」グイ

QB「!?」

ほむら母「……!」

タツヤ「うごいたー」ミョーンミョン

QB「マミ、助けてくれ」

マミ「その子はキュゥべえ。わたしの大切な友達なの。

   キュゥべえ、ちょうどよかったわ。タツヤくんの相手をしていてくれないかしら」

タツヤ「あはは、くーべえ、くーべえ!」クルルーン

まどか「タツヤ、乱暴しないの!」

QB「マミ、助けて」

マミ「悪いけどあなたにしか頼めないの。わたしのぶんのお菓子あげるからお願いね」

QB「助けて……」

まどか「わたしタツヤがやり過ぎないように見てます。

    みなさんの話が聞こえるところにいますから」スッ

マミ「うん。…ところであの犯人……、美樹さんの潔白の証人ですが、

   げんざい風見野の子が探索しています」

詢子「佐倉杏子ちゃんだな」

マミ「はい。連絡がないのでどうなっているのかは分かりませんが、

   彼女ならきっと連れてきてくれます」

詢子「なら、さやかちゃんの疑いが晴れたあとどうするか、そこに焦点を絞りましょう」

ほむら母「――どうするも何もありません。

     娘たちがこんないつ死ぬとも知れないことを続けるなんて絶対に認めないわ」

詢子「……確かに」

知久「しかし逆に、さっき巴さんがおっしゃったように魔女退治をいっさいしなくなると、

   ゆくゆくはこの子たちが魔女と戦う力がなくなってしまう」

ほむら父「国や自治体が魔法少女の存在を認知してくれないかぎりは……、」

マミ「……」

ほむら父「我々は戦うべきか逃げ続けるべきか、

     2つに1つを選択しなければなりませんな。それも悠長にはしていられない」

ほむら「――にげる?」ピク

ほむら母「ほむら…?」

スクッ…

ほむら「ええ。逃げましょう、みんな。いますぐ…ここから……っ!」ブルッ…

まどか「ほむらちゃん……?」

ほむら「(チラ)……そうよ。悠長になんてしていられない……、

    ――ワルプルギスの夜がもうすぐこの街に来るんだから!!」

まどか「……夜って……?」

マミ「ワルプルギスの夜。わたしたちにとって最悪の相手と言える、最大最強の魔女。

   いえ、彼女は魔法少女を敵とすら認識していないかもしれないわ。

   結界に隠れたりせず、ランダムに時と場所を選んで出現するそうだから」

まどか「魔女…、結界がないんですか……?」

マミ「(コク)具現した場所が彼女好みの庭と化す、と言えるかもしれない。

   彼女は人間が紡いできた歴史、築いてきた文明、それらすべてを否定し滅ぼす。

   相変わらず普通の人には姿が見えないから、

   被害は地震や竜巻といった大災害として誤解されるけど」

詢子「そいつは今まで――現れたことがないのか?

   魔法少女が敵にもならないほど強いやつなら今頃この世界は――」

マミ「あります、世界中で幾度も。

   わたしはキュゥべえから聞いただけでじっさいに遭遇してません。

   しかし書籍の中には彼女の姿が描かれたものも存在します。

   …彼の話にしても文章にしても、語られる情報が真実ではないと思いたいのですが」

詢子「魔女が? その本は魔法少女にしか読めないって類のもんか?」

マミ「いえ、ネットや図書館のレファレンスサービスを利用すれば閲覧できるものばかりです。

   中世から各地の都市部で時代を変え場所を変え……。

   魔法少女でなくても見えないものを見る人はいますから。

   なぜ人の世が滅び尽くされていないのか、ですが、

   魔女はいま申し上げたような目的を果たそうとするのではなく、

   絶望のままに漂って、ただその性質に従うだけの存在なんです。

   恐らくワルプルギスにとっては戯れているだけにすぎない。

   気まぐれに現れ気ままに去る、といったところでしょう」

詢子「例えば見滝原にワルプルギスが現れた場合、被害はどうなる?」

マミ「…犠牲者は‥少なくとも何千人となる。

   建造物は彼女の通り道に位置している場合、耐震強度に関係なく全て倒壊します。

   ――暁美さんの言ったとおり、来るとしたら」チラ

タツヤ「あははは、あはははっ」グニーッ

QB「まどかぁ…」

まどか「(ハッ)あわわっ、タツヤ! だめ、キュゥべえが痛がってるってば!」グッ

ほむら「…巴さんも……鹿目さんも……死にました…っ」ギュッ…

ほむら母「ちょっと…、ほむら」

タツヤ「くーべえいたいっていってないよぉ」グイグイ

マミ「……どういうこと?」

ほむら「わたしは‥未来から来たんです」

―――
――


ほむら「(ペコッ)ごめんなさい。いままで黙ってて。

    もしかしたらわたしの杞憂で今度はワルプルギスは来ないかもしれない。

    前と違うことだって起こっているし。

    逆に全く同じことも起こっているから、来るとしたら……あんな……」

まどか「(フリフリ)わたしも自分だったら話しづらいと思う。

     ほむらちゃん、それで色々抱えてたんだね」

マミ「(フゥ)…………これでなぜあなたが知らないはずのことを知ってるのか合点がいったわ」

ほむら母「あなたは……それで何もかも一人で解決しようなんて……親を騙してたのね!?」

タツヤ「?」クル

ほむら「っ、騙すなんて…」

ほむら母「だってそうでしょう!

     わたし達がどんな思いで一人暮らしを認めたか分かってるの!」

ほむら「だって…、ほんとのこと話したら頭おかしいって思うでしょ!?」

ほむら母「思うわよ! 同級生のことがなかったらずっと黙ってるつもりだったの!?

     せっかく分かってたって意味がないじゃない!!

     命が危ないのに何をのんびりしてるのよ!!」

ほむら父「ママ」

タツヤ「……」

ほむら母「……」

まどか「あ、あの! ほむらちゃんは、えと、一人暮らししたのは、

    お父さんとお母さんを巻き込みたくなかったからだと思うんです」

ほむら母「わかってるわ。そんなことは……」

まどか「……」

マミ「…すみません。以前に、暁美さんがワルプルギスの存在を知っているらしいこと。

   あらかじめ魔女がいつどこに現れるか分かっていることを聞かされました。

   そのときに理由を尋ねていればもっと早く……」

知久「どうかな。僕たちがいま巴さんやほむらちゃんの話を信じられるのは、

   一連の過程があってのことだからね。

   それにまず第一に、君たちは皆のためを思って行動してくれている。

   僕らが感謝こそすれ、それこそ君たちが謝ることなんてない」

マミ「……」ペコ…

詢子「うん。ほむらちゃん、話してくれてありがとうな」

ほむら「すみません……」

詢子「(スッ)ほらほら、くよくよしないっ。(ポンポン)」

ほむら「……」コク…

詢子「(トサ)……それで、辛いことを聞いてすまないが、……」

ほむら「……」

詢子「この月末にくるワルプルギスで……、まどかと巴ちゃん以外には、

   ……誰が亡くなったか、正直に教えてほしいんだ」

ほむら「………………みんな、です」

詢子「‥お父さんとお母さんも?」

ほむら「(フリフリ…)…避難先が違ったから。

    体育館のほうへ、鹿目さんが守ろうと向かっていって。なのに。……ッ」

詢子「わかった。ごめんな」

ほむら「……ッ」

マミ「わたし達はどこまで戦えてた?」

ほむら「…あれは……、戦いと言えるようなものじゃなかった。全く……」

マミ「…そう。そうでしょうね」コク

ほむら「だから…、だからみんなで逃げなきゃ……!」

和子「ほむらちゃん。それを実現するのはとても難しい」

ほむら「先生……!」

ほむら父「先生のおっしゃるとおりだ。今、我々の話を誰かに信じてもらえる可能性は低い。

     ましてや、見滝原の市民全員となると、だ」

知久「僕は僕の家族を守りたい。

   それからこの話を信じられる人達だけ早急に避難の準備をすべきだと思います。まどか」

まどか「え」

知久「君の友達でこの話を信じてくれそうな人はいるかい」

まどか「…友達……」

知久「巴さんはどうですか?」

マミ「クラスに限って言えば、親しい友人はいないのでわかりません。

   変人扱いされるのを覚悟のうえで演説するというのなら話は別ですが」

詢子「ああ…、それは控えといたほうがいいかもな」

マミ「はい。それにわたしはこの街を離れる気はありません」

詢子「(ジッ)死ぬ気か?」

マミ「(ジッ)自分だけ生き残るのが嫌なんです。わたしはこの街で生まれ育ちました」

詢子「……」

マミ「……」

詢子「……そこまで言われるとなあ……」

知久「こまったな…」

詢子「たとえばウチのまどかの首に縄かけて引きずっていってもだ。

   当日の朝、布団がもぬけの空で書き置きだけピラッと認めてあったりな。

   そうしようと思ってるんじゃないか?」チラ

まどか「あっうっ…」カァ…

詢子「(ハァ…)くそっ……、ヴェスヴィオ山の噴火を目にするポンペイ市民の気分だな」

ほむら父「(クス)正確には彼らに該当するのは我々ではなく見滝原市民ですが、しかし……」

ほむら母「しかしも何もないわ。

     そのナントカが来ようが来まいが最悪を想定して行動すれば済む話でしょう。

     早乙女先生、わたしたちは子どもたちとこの街から避難します。

     話が信じられる人だけそうするべきよ。

     警告を無視した人がどうなろうと自己責任でしょう。

     学校の生徒さんたちには先生からそれとなく伝えてくれますか?」

和子「はい。わたしも巴さんやまどかちゃん、ほむらちゃんやさやかちゃん、

   それから風見野の…」

マミ「佐倉杏子です」

和子「佐倉杏子ちゃん。その皆が避難すべきだと思います。

   他の生徒さんたちにも責任をもって対処させていただきます」

ほむら母「お願いします。ねえ、あなた達もそれでいいでしょう?

     ほむらが言ったことを信じてくれるなら、前もって避難できるチャンスじゃない」

マミ「おっしゃるとおりです。皆が避難してくれるなら」

ほむら母「だから、あなたがそんなかっこつけた風な口を利くからほむら達が真似するのよ!」

マミ「申し訳ありません。

   わたしは失うものがないので軽はずみにみんなを――」

ほむら父「巴さん、そんなことはない。断じてない…ッ!

     ほむらもまどかさんもあなたも無限の可能性に満ちた存在だ。

     あなたは既にうちの娘の人生に関わっている、

     それもただの学友以上の存在なんだ。

     お互いこれから人生を切り拓いていこうというのにそれは物凄く悲しい言葉です。

     あなた自身の人生を愚弄していますよ……!」

マミ「……」グッ…

詢子「…………」

ほむら母「まどかちゃん、あなたも。死ぬと分かっててバカなことはしないでちょうだい」

まどか「わたし、は…」

ほむら母「聞き分けてくれるわね?」

まどか「わたしは、だから…、一人でも街から離れない人がいるならその人達を守ります!!」

ほむら母「なっ…」

詢子・知久「…ッ」

タツヤ「…ねーちゃ?」

まどか「マミさんがそうするからじゃない。ほむらちゃんのパパが言ったみたいに、

    みんな大事で、絶対に死んじゃいけないから。その人達を守るために戦います!!」

ほむら父「娘の話では君には全く歯が立たない相手だ。

     市民の身代わりにすらならずに倒れて、

     君を助けようとした仲間も巻き添えで死ぬ。

     君が守ろうとした市民も当然亡くなる。それでも残ると言うのかね?」

まどか「それは…」

ほむら「わたしも残る。鹿目さんが死なないようにわたしが守るわ!!」

ほむら母「ダメよ! そんなの許さない。あなただけは…、私達と東京に帰りなさいッ!!」バッ

バタ ガシッ

ほむら「放して!!」ブン

ほむら母「離さないわ! あなたはまだ子どもよ、親の言うことを聞くの!!」ギュウッ

ブンッッ バッ フワアッ

ほむら「鹿目さんを残していくくらいなら…、

    この街中に爆弾を仕掛けてみんな滅茶苦茶にしてやるッッ!!」

ほむら母「っっ」

ほむら「……ッッ」カシ…

バチイインッッ

ほむら「っ」ユラ…      カチャンッ…

マミ「……っっ」

ほむら「……」

マミ「あなたなんか死んでしまえばいい!!」

ほむら「――――」

マミ「こんなに心配してくれるお父さんお母さんをもって……、

   その気持ちをないがしろにして……、すこしは考えて!!」

ほむら「‥なによ…、なによ……っ!!

    いつも自分だけ悪者になろうとして…、わたしは赤鬼の役はまっぴらよ!!

    そんなに独りになるのが怖いのッ!?」

マミ「……っ」

タツヤ「うぁ…うあぁーーーん…」

ほむら「……っ」ダッ バタバタッ…

ほむら父・母「ほむら!!」

詢子・和子・知久「ほむらちゃん!」

~~まどかの家の前、路上~~


タタタッ… 

ほむら(どうして…、どうして……!)タタ…

まどか「ホムラチャン!!!!!」

ほむら「(ハッ)っ」クル…

ガバッッ

ほむら「!?」

マミ「(ギュウッッ…)――認め、ない、わよ――」

ほむら「――」

マミ「…あなたがどこへ去ろうと知らない……! 爆弾を仕掛けるのを止めるだけだから…、

   互いを利用するだけなんだから……っ」ギュウウ…ッ

ほむら「(ガシッ)バカにしないで……、あなたは…っ」フリフリッッ…

――タタッ ガバァッ

まどか「わたし…ほむらちゃんが、悪い人になるなんて嫌だよ……ッッ!!」ギュウウッ…

ほむら「……ごめん…っ…なさい……。でもわたしは、必要ならする……!」

まどか「だめだよ……! やめるって言うまで放さないもん…!!……っっ」ギュウウ…ッ

ほむら「…っ。(クル…)そう、ね…、マミ……! わたしもあなたの元を離れないわ……!」

マミ「……!?」ユル…

ほむら「わたしがあなたと決めたことをやめる……!

    たとえ1番じゃなくたって、あなたはわたしの友達よ……!

    憎みあったり嫉みあったりしてもそこで終わるわけがない。

    あなたも変わりなさい、マミ……!」

マミ「変える必要なんてない。あなたが変わろうとどう見られようと、

   それがわたしの信じた正しさだから。それがわたしだからよ」

ほむら「ならわたしもあなたを認めないわ。認めないし、離れない」

マミ「……」ジッ…

まどか「……っ、…っ」

ほむら「(ジッ)…。(チラ)……」ナデ…



~~まどかの家の前~~


ほむら母「…ほむらぁ……」ヘタリ

ほむら父「(ギュッ…)先生。鹿目さん。……もう一度、娘と話し合います」

和子「……」ペコ…

知久「…はい。僕らもそうします」

~~まどかの家~~


詢子「よしよ~~し、キュゥべえどこかなあ~~?」ユーラユーラ

タツヤ「(ユーラユーラ)こえ…」ムンズ

詢子「お、いたのかあ。かくれんぼお上手だなー」

タツヤ「くーべえ、いるもん…」ムギユ

QB「ちょっと……」ギュゥ

タツヤ「……。あう? (チラ)まろか?……(コク)うん、だいじするーー」ユル…

QB「(ナデナデ…)ふはあ…」

タツヤ「ママー、ほむほむのめがねだいじして、て」ズズ…

詢子「お、おおそうだな……?」スタ…  ス… チャッ…

~~さやかの家、玄関~~


ピンポーン

ガチャ

恭介「よう」

さやか「よう」

スタ… ゴソ バタン カチャリ…

恭介「おばさんは?」スタスタ

さやか「そろそろ帰ってくると思う」

恭介「…元気?」

さやか「…に見える?」

恭介「…ぜんぜん」

さやか「……」

恭介「……」

さやか「悪い。このとーり、もてなしなんかできそうにないんだわ」ハハ…

恭介「そんなのいらん。さやかは何がしたい、今」

さやか「‥寝たい、かな」

恭介「じゃ、付き合うよ」

さやか「いや、でもさ」

恭介「いないほうがいいか?」

さやか「別に」


~~さやかの部屋~~


ガチャ  スタスタ  ガラガラピシャッ

恭介「…」バタン…  スタスタ ストン…

さやか「(ギシッ)毎日、学校の宿題とか届けに来てくれてありがとね」

恭介「おたがいさまだからな」

さやか「――家んなかまでくるのは初めてだね」

恭介「ほんとうは今日は来るつもりじゃなかった。今しがたおふくろに尻を叩かれたんでね」

さやか「……ドアホ」

恭介「まあ、失礼なことしてるよな」

さやか「何で来てくれなかったの、あんただけ……」

恭介「……それ、分かってて訊いてる?」

さやか「確認したい」

恭介「君が助けるべき人を君は助けられなかった。

   僕が自分から部屋に入ってまで引きこもってる君に会おうとするのは慰めることになる」

さやか「……」

恭介「ママの言いつけとなりゃ従わざるを得ないからな」

さやか「マザコン」

恭介「すまんな。………」

さやか「……弱ってる幼馴染にかける言葉ってなかなか見つからないもんでしょ」

恭介「ははは」

さやか「あたしはね、あんたに言わなきゃならないことがある……」

恭介
「何?」

さやか「あの男の人を助けようとしたときにね、……人工呼吸と心臓マッサージして……」

恭介「やるじゃん」

さやか「だから、…あたし達ってまだキスしたことないでしょ」

恭介「そうだな」

さやか「その…だから…」

恭介「……君にとって大事なことかもしれない。

   だから、話さなきゃ気が済まないってのなら聞くけど、

   僕に話す義務があることとは思わない」

さやか「そうだよね……。こんなことあんたに話すなんて……」

恭介「違うよ。僕らはまだキスしたことがないって言ったよな」

さやか「うん」

恭介「つまり君と僕とのファーストキスはまだだってことだ」

さやか「……」

恭介「いつになるやら分からないけど思い出に残るようなですね」

さやか「口に出していうことかなあ。その前に別れてるかもしれないでしょ」

恭介「(ニコ)たとえ振られたって君をどこまでも追いかけるさ」

さやか「あんた絶対ストーカーの素質あるわ」

恭介「いまごろ気づいたか」

さやか「でもどうだか。あんた優しいもん」

恭介「ストーカーの優しさほど怖いものはないんだぜ?」

さやか「…まぁあんたはあたし以外に満足できる女なんていないもんね」

恭介「自分でいってりゃ世話ない」

さやか「おい」バシ

恭介「……」

さやか「あ、痛かった?」

恭介「いや。……いまのはさ、あくまで僕本位の側の話であって、

   それこそ話さなくてもいいことであって、君にとっては、その……」

さやか「(ギュッ…)…ありがと」ニコ

恭介「(ソ)……。さて、目玉焼きでもつくるか」スッ

さやか「うぇっ!?」

恭介「ろくに食べてないんだろ。あの映画みたいにトーストの上にのせたやつで」スタ

さやか「あ、いや、でもさ」ギシ

恭介「けが人はおとなしく寝てる」ピッ

さやか「アメリカで手術控えてるやつが言うか」

恭介「大丈夫だ、問題ない。譜面読みながら夜食つくるくらい前からやってたさ」スタ

さやか「卵半熟ね」

恭介「食ってるそばから黄身がこぼれるだろ」ガチャ

さやか「あの映画みたいにひとくちで食べるから問題ない」キリッ

杏子「帰ったぞ、さやか」ガララ

さや・恭「おかえり」

杏子「……」ガララ ピシャッ

さやか「杏子、めしだぞー!」

杏子「おお! 腹ペコだわ!!」ガララ ピョンッ ガララピシャッ

恭介「味の保証はしないけど」スタスタ

杏子「食えるもんなら文句は言わねー」スタスタ クル…

杏子「…さやか、元気か?」

さやか「あんたの顔見てすこし元気が出たよ」ニコ

杏子「…」クル バタン


~~さやかの家の居間~~


さやか母「ただいま。あら、おかえりなさい!!」

杏子「あ、おかえりなさい…、(ボソ)ただいま」

恭介「お邪魔してます。ちょっと台所借りるよ」

さやか母「どうぞ。腕、大丈夫?」

恭介「ええ、これくらいなら」スタスタ…

さやか母「なに作るの? 冷蔵庫のでなかったら…」

恭介「(ガチャ…)卵とパンと…、ハムもあるか。これだけ使うねー?」カチャカチャ

さやか母「はーい。杏子ちゃん、どこ行ってたの? 無事だった?」

杏子「ちょっと青春18きっぷみたいな旅を満喫してきたところ。

   さやかにかかってる疑いも夜までには晴れるだろ」パン、パン!

さやか母「?」

恭介「……」ジッ…

杏子「(チラ)何だよ」

恭介「…いいのか?」

杏子「法を犯すようなことはしてねーぞ、今回は」

恭介「そうじゃなくてさ。君が神棚を拝むって……」

杏子「世話になってる家の神に礼儀を尽くすのは当たり前のことだろ」

恭介「君がいいんならいいけど」

杏子「なら突っ立ってないで早くめし作ってくれよ」

恭介「はいはい」クル スタスタ…

杏子「(クス)礼儀、か。まったくどの口が言ってんだって話だよな」ボソ

さやか母「疲れてるでしょ。お風呂沸かそうか?」

杏子「いいよ。おじさんが帰ってくるまで」

さやか母「でも…」

杏子「あたしがそうしたいんだからさ。

   (ニコ)なんかこうまどろっこしくなくスパスパといこうよ」

さやか母「(クス)そう。じゃ、お茶淹れるから座ってて」

杏子「ああ。(スタスタ…)正直、けっこう疲れた……」ギ ドカッ…



さやか母「杏子ちゃん、お茶よ…」

杏子「(ハッ)ね、寝てたか!」ガバッ

さやか母「寝るならちゃんとふとん敷かないと」スタ…

杏子「(ギッ)いいよおばさん! 起きた、もう起きた!」

恭介「なら冷めないうちにこちらもどうぞ」

杏子「(ギ ストン…)サンキュ。……さやかのは?」

恭介「もう持ってった」ズズ…

杏子「そうか…」

さやか母「ふふ…」ストン…

杏子「…何だよ」ハグ アムアム…

さやか母「何だかんだでさやかのこと心配してくれてるなあ、て…」

杏子「(ズズ…)……こいつほどじゃねーよ」

恭介「比べるもんでもないだろ」

杏子「まあ、な。でもお前ら、本当に仲良いのな」モグモグ…

恭介「そりゃ母親どうしがそうならそうなるさ」

杏子「昔っからか?」ズズ…

さやか母「そうねえ…」

恭介「互いの家が羽伸ばしたいときに預けたり預けられたりするほどにはな」

さやか母「それで子どもも伸び伸び育ちすぎちゃったのよねえ」

恭介「どっちの話?」

さやか母「どっちもよ」

杏子「違いねー」ニヤリ

恭介「……」


~~週明けのまどかのクラス、帰りのHR~~


和子「あと他に委員さんから連絡は――」

まどか「(バッ)あの、先生! あのっ」

和子「……はい。鹿目さん」

まどか「(スク…)わたし、みんなに知らせたいことがあって」

ほむら(鹿目さん……)

恭介「zzz...」

まどか「……今月のおわりに、とても大きな…台風か、竜巻か‥がこの街に来て、」

仁美「!……」

まどか「どんなおっきなビルでも吹き飛ばしちゃうくらいすごくて……だから、」

ザワ… ヒソ…

まどか「ものすごく危ないから、みんなそれが来るまえに街から避難してほしいんです!」

シーーン…

まどか「う…」

和子「……」

ヒソヒソ ザワ

ほむら「……。――!?」キョロ

チカチカ……ッ

まどか「(ハッ)――!?」

恭介「……?」ムク…

ほむら「(バッ)す、すみません先生! 気分が悪いので先に保健室に行かせてくださいっ」

和子「(コク)それじゃ鹿目さん、話の途中で悪いけど付き添っていってくれるかな」

まどか「あ、はいっ」スタ


~~渡り廊下~~

タッタッタッ…

ほむら「(ハァハァ…)鹿目さん、急だったね……」

まどか「うん……みんな何言ってるのって顔してたね……ダメだったかな」

ほむら「(フリ…)ううん。わたしが伝えなきゃいけなかったんだ、クラスの子にも……。

    鹿目さんは間違ってなんかない」

まどか「(ニコ)――それはそうと……ほむらちゃん」

ほむら「うん。たぶん学校に魔女が来てる。巴さんにも――」

まどか「(キョロ)魔女――、なのかな。なんか、変な感じが……」キョロ

ほむら「え……?」

まどか「(チラ)――!? (スッ)ほむらちゃん、あっち!」タタッ

ほむら「(チラ)なっ!?――」

~~マミのクラス~~


担任「受験なんて長い一生のうちの一年か二年だけです。それくらいなんだから――」

コンコン スーッ

教師「先生、巴マミさんにお電話が」

担任「はい。巴さん」スタ

マミ「……はい」スッ


~~廊下~~


スタスタ…

マミ「……変装までできるようになったのね。あなたの魔法」

教師「そう見えてるだけだぜ。まあ職員室にいた奴を見本にしてな。

   つかあんたの担任ハナシなげーな…」

マミ「今回は助かったわ。早いところ抜け出さないとって思ってたの。

   よりによってここに魔女が……」

フゥ…

杏子「ほんとうに魔女なのか、これは……」チカチカ

マミ「え…」

杏子「(チラ)魔力の気配がどうもな。今までと…」

マミ「確かに。でも……」

まどか(マミさん、マミさん。大変です…!)

マミ(ええ。手分けして早く結界を見つけないと)

ほむら(違うんです! 校庭を見てください!)

マミ「……!?」


魔獣「ォオオ…」

生徒達「……」フラフラ

体育教師「うう……」バタ


マミ「何あれ……!?」

杏子「眺めてる場合じゃねえ。(キッ)あたし達の真下にもいるぜ……!」ヂカヂカ

マミ(鹿目さん、ほむら! 校舎内のをお願い。警戒して…、これは魔女じゃない!)ガラッ

まど・ほむ(はい!)

マミ(それからなるべく変身している姿を他の生徒に見られないように注意して)

まどか(はい、姿を消してます!)

ほむら(大丈夫よ、時間停止をうまく使いながらいくから!)

マミ(任せたわ。でもまずこちらの力が通用するかしら……!?)フワァッ フゥゥ…

QB(僕も初めて見る。何なのだろう。

   単体での観測による情報だから正確性は保証できないが、恐らく呪いが発現したものだ。

   君たちの魔法が通じる可能性は高いよ。相手の攻撃に気をつけて戦って!)

まどか(わかった! ありがとう、キュゥべえ!)

杏子「何者か知らねえが…(トッ)。

   ほっとくと人を喰う奴っぽいなっっ!」バシュ

マミ「(ハッ)結界を使わず校内に直接現れるなんてワルプルギスの……!?」バッ バシュ

QB「(ピョン)いや、君がさきほど言ったように彼女やその使い魔ではない

   君だってワルプルギスやその使い魔のおおよその姿形は把握してるだろう」

マミ「魔女じゃないとしたら、いったい――」ヒュオオ…

魔獣「オオオン……!!」

ピピ――ッガシャガシャアアアンッッッ

キャアアアッ!

マミ「(レーザー!?)ッッ」クル

杏子「マミ、あいつらに任せろ!!」

マミ「……ええ。(タッ)まず自分の持ち場を守らないとねッッ!」ジャキッッパウッッ


~~廊下~~


カシン バババシュウウッッ…

まどか「よし、倒した!」

ほむら「(ハッ)鹿目さん、また湧いてる!」チカチカ

まどか「あっちだね!」タタッ

ガシャガシャアアアンッッッ

ほむら「この学校ガラスが多すぎる!」タタッ


~~まどかのクラス~~


ザワザワ…

中沢「うわ、あっち全部割れてるよ…」

和子「様子を見てきます。みんなは外に出ないでね」スタ…

魔獣「ヌオオ…」ユラ…

恭介「(ハッ)先生、戻って!!」ダッ

和子「え?――」クラ

恭介「っっ」バッ

ドサッ…

ザワッ…

中沢「お、おい。どうしたんだよ…」ス…

恭介「来るな中沢!!」ガバッ

中沢「!?」

魔獣「……」ヌウウ…

恭介「(バッ)……ッッ」

仁美「上条くん!」

ドンッ…

恭介「志筑さん!?」ノサ…

仁美「うぐ…っ」ド…ッ

魔獣「オオ……」ヌッ…

恭介「くっ……!」ハッ

バシュバシュバシュッッ……

――


ピーポーピーポー…

マミ「鹿目さん」

まどか「マミさん。仁美ちゃんと和子センセーが……」

マミ「(フリ…)よく守ったわ。…キュゥべえ。被害者の容態、あなたの見立てはどう?」

QB「驚きだ。彼ら……暫定的に『魔獣』と呼称するけど、

   魔獣と接触した人間の感情値の急激な低下が見られる。

   どうやら生命力スペクトルの選択的成分吸収に特化した能力を持っているようだね」

恭介「生命力スペクトルの……何だ?」

QB「僕らが感情エネルギーと呼ぶものだ。

   しかし魔獣たちはこれを媒体から直接取り込んでる。

   ましてや無差別に相手を狙うとなると厄介だね。

   ――それはそうと杏子、魔獣たちを倒したさい、何か拾わなかったかい」

杏子「(ゴソ)ああ、サイコロキャラメルみたいなの落としたから拾っといたぜ」ピッ

QB「(コロッ クリッ…)これは……、やはり呪いの結晶だ。

   形状や大きさは違うがグリーフシードと思ってもらって構わない。

   だが、できたら僕に預からせてくれないか。

   恐らく扱いもそう異なるものではないはずだけど念のためにね」

杏子「ああ。もともとそのつもりで集めたんだよ。

   得体のしれないもんほったからすのも不気味だからな」ゴソゴソ… バラッッ

まどか「そんなことよりキュゥべえ……」

QB「……っぷい。安心して。生命力を吸われたり外傷を負ったりした人が出ているが、

   君たちの対応が早かったおかげだ。

   なかには一時的に入院が必要な人もいるだろうが見たところ重症者はいない」

まどか「でも……」

マミ「あなた達はよくやってくれたわ。犠牲者が出なかったし被害は最小限だったといえる」

恭介「……」

マミ「あなたもね。幻想御手が相手を強化する恐れがある以上、

   言い方は悪いけど何もしてくれなくて、よかった」

恭介「……ッ」

マミ「……今日のこと、美樹さんに伝えておいてくれる」

恭介「……はい」

―――
――

~~仁美の病室~~


さやか「仁美!!」ガラッ

仁美「……ノックぐらいなさってくださいな、さやかさん」クス

さやか「…仁美」ガララ …パタン

仁美「なんだか本当に久しぶりに顔を見た気がしますわ…、痩せましたね」

さやか「……」

恭介「(コンコン)志筑さん、上条です」

仁美「どうぞ」

ガラ… ペコ スタ…

恭介「調子はどう?」

仁美「大丈夫です。さっきに比べたら元気になっているのを感じていますから。

   ……鹿目さんたちから聞きましたけど早乙女先生はまだ意識が戻ってないんですね」

恭介「…うん」

さやか「…あたしがいれば」

仁美「まったくですわ。さやかさんにはちゃんといてもらわないと困ります。

   雌伏はあっても一時ですわよ、正義のヒーローは」

さやか「……」

恭介「志筑さん、助けてくれてありがとう。

   …あそこで志筑さんがやつとの間に入ってくれなかったら、

   もっと大変なことになってたかもしれないんだ。僕のせいで……」

仁美「……わたしには何も見えませんでしたけど。

   上条くんはその手の向こうに視えていたんですか、あの時……」

恭介「(コク)それに鹿目さんたちに見えていたってことは、

   あいつらは鹿目さんたちが倒すべき存在なんだ」

仁美「あなたも見えるということは…、上条くんはさやかさんの側の人間なのですね」

恭介「うん。そうなんだと思うし、そうありたい」

仁美「――上条くん。さやかさんをお願いしますね」

恭介「(コク)任せてくれ」

仁美「(コク)さやかさんも。

   わたしじゃ上条くんのお役に立てそうにありませんし、身がもちませんわ」ニコ

さやか「仁美」

仁美「好きで横から入ったことです。好きに退かせていただきますわ。

   一般人として及ぶかぎり力になりますけど。

   …そうやって自分を責めてばかりの似たもの夫婦にはのんきな友人も必要でしょうから」

さやか・仁美「……」コク

仁美「ではそろそろ…」

恭介「……すこしでも元気になってよかったよ。じゃ」スタ…

仁美「上条くん、ありがとうございました。

   わたし達は久しぶりですしもう少し…」チラ

さやか「うん」

仁美「では下でコーヒーを買ってきてくださいます? さやかさんのおごりで」ニコ

さやか「は? 仁美、コーヒーなんか飲んで大丈夫なの?」

仁美「はい。積もる話もあるでしょうからぜひっ」

さやか「てゆーかなんであたしのおごりなのよ」

仁美「それは今までのぶんですわっ」

さやか「へぇ、わかりましたよ」

   

~~次の日、体育館、全校集会~~


校長『――くれぐれも下校時は寄り道しないように』

スタスタスタ…

生徒会『では、次に……?』

スタスタスタ…

恭介「ん……?」パチ…

さやか「え、…先生、まだ入院してたはずじゃ」

…スタ 

まどか「セ、センセ…っ」

ほむ・マミ「――!」

和子『皆さんに大事なお話があります。落ち着いてよく聞いてください。―――』


―――
――




~~下校時、校門前~~


スタスタ…

まど・ほむ「……」

さやか「(ピタ)――ごめん。ちょっとあたし先帰るわ」タタッ…

まどか「さやかちゃん…!」

さやか「(クル)大丈夫、見回りさぼったりしないってーー!(ニコ)」タタ…

QB「ちょっとさやかの様子を見てくるよ」トコトコ…

まど・ほむ・仁美「……」



~~校長室~~


ドンドン!

恭介「すみません!」

スー…ッ

校長「……何かね」

恭介「早乙女先生はどうされてますか?」

校長「これからのクラスのことなら心配しなくていいから君は早く下校しなさい」

和子「上条くん、おっしゃる通りよ。気をつけて」

恭介「先生! なんであんな……!」

和子「驚かせてごめんなさい。

   しばらくクラスのみんなに会えないかもしれないからよろしくね」ニコ…

校長「さ、早く帰りなさい」

スーッ

恭介「……」


~~路上~~


さやか「(トボ トボ…)……」ジワジワ

杏子「おーい」

さやか「(ハッ)杏子!」クルッ…

杏子「しけた面してんなあ。

   あんたが犯人じゃないってはっきりしたんだから、

   見返すくらいのドヤ顔しててもいいんじゃねーか?」

さやか「あ、うん」トボ…

杏子「なんだよ、学校でまだいちゃもんつけてくるやついるのか」スタ…

さやか「いや、いないよ。そんな子」スタ

杏子「だったらさー、いつもみたいに能天気にしてろよ。

   んで、魔女を見つけたら切り替える! 今までサボってたぶん稼いでもらわないとな」

さやか「ホントそうだね。あたし自分が約束したこと何も守れてない。

    肝心なときに、いなきゃいけないときにいつもいない……ッ!」スタ

杏子「……」スタ

さやか「ゴメン。ちゃんとしなきゃね」スタ

杏子「……グリーフシード使うか?」スタ

さやか「え?」スタ

杏子「それ。けっこう濁ってんじゃん。

   戦ってる最中にガス欠されたらおっかねえし」ゴソ…

さやか「あ……いいよ。自分で手柄たてたわけでもないのに使えない。

    まだ大丈夫だよ」スタ

杏子「そっか。んー、ゲーセンでも行くか?」ピタ

さやか「は? この流れでなんでそうなんのよ」ピタ

杏子「風見野への道すがらにさ。ゲーセンに魔女や使い魔が出るかもしんないだろ。

   他にどっか見回りたいところあるか?」ニヤリ

さやか「……教会」

杏子「……」

さやか「あんたのお父さんの、教会に行ってみたい。ダメ?」

杏子「……いいさ。そうだな、たまには寄ってもいいか」クル スタ…

QB「さやか。本当にソウルジェムを浄化しなくていいのかい?」トコトコ

さやか「……次、魔女を倒せたらね」スタ…

杏子「ほっとけよ。こいつがこうなったら聞かねえから」

QB「……」トコトコ



   


~~ショッピングモール内のファーストフード店~~


仁美「……先生、学校に連絡せずに来て登壇されたみたいですわね……。

   昨日のことで心の調子を崩されたのでは……」

まどか「たぶんそれは違うと思う。

    あの後、ちょっとお話ししたけど大丈夫みたいだったから」

ほむら「……」コク

仁美「え? まどかさん達はそんな機会があったんですか?」

まどか「うん。(こんなふうに)」

仁美「え……?」ギョッ…

まどか「仁美ちゃん。黙っててごめん」

仁美「……戦いに必要な能力なのでしょうから必要最低限での使用は当然です。

   ところで早乙女先生のおっしゃったこと、本当ですの?」

まどか「(コク…)……うん」

ほむら「実はわたしは一度見たことがあるんです、この街があの通りになったことを。

    それで、この間わたし達の親とも集まって先生に伝えました」

仁美「それはつまり……未来をですか?」

ほむら「(コク)はい」

仁美「暁美さん。(チラ)まどかさん。いったい……いえ。

   先生は……本当に勇気のある方です」

ほむら「……わたしはどこか前のとおりにならなければいいなとも思っていました。

    その、今月末に……」

まどか「わたしもほむらちゃんを疑ってなんかないけど、

    もしかしたらワルプルギスが来ない未来になったり、とかちょっと考えてた……」

ほむら「うん。でも実際その日に何事もなければ、これじゃ早乙女先生が……」

まどか「わたしがクラスのみんなに伝えたこと、先生はかばってくれたんだ」

仁美「……」フリ…

マミ「なに揃ってだんまりしてるの? 冷めちゃうわよ」

ほむら「あ…」

仁美「巴さん」

まどか「マミさん!」

マミ「志筑さん、隣いいかしら」

仁美「どうぞ」スッ

マミ「ありがとう。(カタン)

  (スト…)……と、言ってもわたしも一息つきたいと思って来たんだけどね」ニコ

ほむら「……」

マミ「志筑さんはどうするの? 先生の話を信じるとしたら街から避難する?」スス…

仁美「それは家の方針しだいですわ。

   もっとも、家の者が…早乙女先生のおっしゃったことを信じるとは思えませんから。

   学校にこれまでどおり通うことになるだろうと思います」

マミ「(コト…)そう……。……わたしの勘だけど、ワルプルギスは間違いなく来るわ。

   暁美さんから話は聞いたのよね?」

仁美「はい、ついさっき」

マミ「今のうちに入れる保険に入って動かせる財産は街の外で保管しといたほうがいいわよ。

   家の人には万が一のためにとでも言って。親が死んでもお金があればなんとかなるから」

仁美「わかりました。伝えておきます」

ほむら「……先生の行動を無駄にしちゃいけないわね」

マミ「それはそうだけど……、どうしたの急に?」

ほむら「だって、先生をこんな風に追い込んだのはわたしだから……」

マミ「ねえ、暁美さん。頑張るのはいいことだけどそう思い詰めなくてもいい。
   
   自分が何のために戦うのか分からなくなるよ」

ほむら「わたしには、責任が…」

マミ「巻き込んだって自覚があるなら、

   むしろ先生が背中を押してくれたんだと考えるべきじゃない。

   戦いに迷いがあれば間違いなくわたしたちが全滅する相手が来ようってんだから。

   わたし達は人々の想いを全て背負うヒーローじゃない。自分の祈りの為に戦うのよ」

ほむら「しかし、来なければ」

マミ「先生も来ないほうがいいって、そう願ってるんじゃないかな。

   あまり答えてくれなかったけど少なくとも先生の話しぶりからはそう感じたわ」

ほむら「……」

マミ「この際、来るもんだって決めようよ。

   後になって笑われるとしても先生独りじゃないわ。

   わたし達だってその勢いで行かなきゃ」

ほむら「……そうね。巴さんの言うとおりだわ」

まどか「うん……、そうだね」

仁美「よかった……。あなた達はそうであってくれなければ」

まどか「仁美ちゃん、わたし達がきっと街のみんなを守るよ」

マミ「安請け合いしないの。暁美さんの話から推測すると、そんなに簡単な相手じゃないわ。

   仮に倒せたとしても建造物の被害はまず免れないだろうから」

まどか「ううっ……」

仁美「いえ。まどかさん、その意気ですわよ。ファイト!」グッ

まどか「は、はい……!」

ほむら「もう一人、活を入れなきゃいけないわね……」フム

仁美「(ニコ…)そちらのほうはみなさんでお願いします。

   わたしはこんな時にお茶のお稽古に行ってまいりますから」チラ

マミ「(スッ)え、見てみたい。興味があったんだけど縁がなくて」

仁美「(ペコ)……では、来月あたり家にいらしてはいかかでしょう?

   お粗末な点前でよければ…」スタ…

マミ「楽しみにしてる。(パシゴクゴク…トンッ)

   さあ、鹿目さん暁美さん。美樹さん家に行くわよ!」

まど・ほむ「はい!」

~~さやかの家のアパートの前~~


まどか「上条くん」ゾロ…

恭介「あ……さやか知らない?」

まどか「学校の前で別れたんだけど。まだ帰ってきてないの?」

恭介「うん」

まどか「帰るって聞いてたんだけど。どこ行ったんだろ……。

    さやかちゃん、和子センセーのこと自分のせいだって一人で思い込んでたりしたら」

恭介「(コク)あいつならありうるんだよ」チッ…

ほむら「(クル…)杏子もこの辺りにいないみたいね」

まどか「あっ! 風見野! 見回りには行くって言ってた。

    でも帰るって言ったのに帰ってないし……」

マミ「風見野へ行きましょう」

まどか「え? はい」

ほむら「(ジッ…)心当たりがあるの?」

マミ「彼女、ああ見えて心配性なのよ。他人のことに関しては」クル… スタ



~~路上~~


杏子「(スタスタ)食うかい?」ポン

さやか「(パシッ)……この林檎はどうやって手に入れたの?」スタスタ

杏子「お前からもらった金で買ったけど?」スタスタ

さやか「(パシッ)帰ってきたんなら返せよ! いただきます!」ガブ スタスタ

杏子「(ゴソ)固いこと言うなって。

   お前のバットだってどうせ体育倉庫からガメてきたとかだろ?」チャリン スタスタ

さやか「(ゴソ チャリ ゴソ)か、借りてるだけだもん。ちゃんと返しますよ。

    剣が抜けるようになったら」シャリッ スタスタ

杏子「なあ、お前って何を願って魔法少女になったんだ?」スタスタ

さやか「……まどかや恭介たちが魔女の結界で危ない状況だったんだ。

    それで助かるようにって……」スタ スタ

杏子「かーー、やっぱり! 人のために願うなんてバカなことしやがって!」クルッ 

さやか「あんただってそうじゃん!?」

杏子「そう。だから言うのさ」…スタスタ

さやか「それにその……ニュースで見たけどあの逃げた男を出頭させたのって杏子でしょ?

    ――ありがとう」スタスタ

杏子「礼なんか言われる筋合いはねえよ。奴を見つけたのはキュゥべえだし、

   ……そもそもあそこで見逃したあたしの不始末だ」スタスタ

さやか「でも、それがもともとのあんたの主義でしょ。なのに……」スタスタ

杏子「だから、その結果世話になってる家の娘がいわれのない疑いかけられただろ!

   とりあえず居候する先は居心地がいいにこしたことねえってだけだよ!」スタスタ

さやか「そんなこと気にするタマかなー……」スタスタ

杏子「もういいだろ? とにかくあんたが気にすることじゃねえ。(ピッ)いいな!」スタスタ

さやか「そっか。じゃあそういうことにしとく。ありがと」スタスタ

杏子「(ギロッ)」スタスタ

さやか「(ニコ)」スタスタ

杏子「チッ…」スタスタ


~~杏子の父親の教会~~


ドゴッ…

杏子「チッ……また来てるな」スタ…

さやか「来てる、って誰が?」

杏子「不良どもだよ。たまり場にしてやがる」

さやか「人の家を勝手に……」

杏子「それにここは祈りの家だ」

さやか「……」

杏子「(フッ…)出来そこないの娘が言う言葉じゃねえか」

さやか「そんなことないよ。出来そこないなんかじゃない」

杏子「……で? ご覧のとおりの廃墟だけど満足かい?」

さやか「すこし歩いて回ってもいいかな」スタ…

杏子「いいよ。ごゆっくり」ガブッ シャリ…

スタ スタ    スタ スタ…

さやか「……それにしてもよく残ってたね、ここ」スタ…

杏子「行政も法律も人の心を惑わせちまえばどうとでもなるさ」シャリ

さやか「(チラ)そっか。役に立ってるんだ」ニコ…

杏子「……?」

さやか「……ごめんね。あんたのこと、悪く言って」スタ…

杏子「なんだよ、改まって」

さやか「『あんたは周りや父親に怒ろうともしない』って。

    怒ってなかったんじゃない。あんたは怒りすぎて怒る気力もなくなって、

    それでも後悔したくないから全部諦めてたんだね」クル…

杏子「……」

さやか「やりきれなかったに違いないのに、あたし勝手に決めつけてた」

杏子「あえて言うならさ……決めつけられるような生きかたしてるからな。(ポリポリ)

   とにかくもう、気にすんな。お前がそうだとやりづらくて敵わねえ。

   ついでだけど昨日の魔獣の件も『自分がいなかったから~~』とか言うなよ。

   あたしの技量をバカにしてんだとみなすからな」

さやか「……目の前にいた人を助けられなかったのは言い逃れできないよ」

杏子「結界でのことか」

さやか「(コク)調べたんだ。あの人のこと……。

    見滝原の出身で音楽プロデューサーをやってて。

    あの日、自分が手がけた歌手のライブが街で開かれてた。

    応援に駆けつける途中で……」

杏子「そこはニュースで聞いたよ。

   刺した男はお決まりの『死刑になりたくてやった。誰でもよかった』ってヤツさ。

   自分から肩ぶつけに行って因縁つける相手を探して、

   当たったのがあの人だった、ってだけでな。

   事件前から当たる相手探してフラフラほっつき歩いてたんだとよ」

さやか「……目撃者を探してくれたのって杏子?」

杏子「そんだけ挙動不審なら、

   おっさん連れてこの顔にピンと来ないかって現場周辺で聞き込みゃ、て思ってな。

   んなことより自分で放った凶器の在りかを思い出させんのに苦労したよ」

さやか「あんたのおかげだね。……あの人のことについて何か話してた?」

杏子「ニュースで言ってた以上のことはあたしも知らない。第一、周りの人間が悪い、

   自分の不運をどうしてくれんだ、ってことしか考えてなさそうだし」

さやか「そう。……あたしはね、あの人は肩がぶつかったんじゃないのかもって思うんだ」

杏子「いや、そうじゃなきゃなんで口論になるんだよ。

   あの人だってそのライブに急いでたんだしぶつかってもおかしくないんじゃないか」

さやか「そうかもしれないんだけど……なんとなくそんな気がするの」

杏子「……」

さやか「人を肩書きとか経歴で判断しない人なんだって。

    自分の故郷ですさんだ目をしてフラついてる人を見て、

    ほっとけなかったんじゃないかなって……」

杏子「自分が時間に追われてる時に、わざわざ声をかけたってのか?

   そんな奇特なことしそうな奴なんてそうそう――」

さやか「……」

杏子「――ここにいるな。つまり分け隔てなく親切に声をかけたのが災いした……か」

さやか「あの人――自分の人生を全て否定されたような目をしてた。

    あたしがそんなことはない、あんたの生き様は正しかったって、

    今伝えたくたって……もう……」

杏子「……」

さやか「ねえ、杏子。あの人は死んだのになんであたしは生きてるの?」

杏子「あのな。イエスだって今日会ったばかりの奴が目の前で死んだからって、

   自分も死んだりしねえよ」

さやか「……」

杏子「……あんたはやれるだけのことはやったよ。

   周りから疑いの目で見られても弁解がましい態度は取らなかったしな。

   もしやり直せるとしたら目の前で死んだ人を病院に運ぶのをあんたはやめるか?」

さやか「同じことをする」

杏子「だろ? 縦え分かってたとしてもあんたは同じことをする。それが信念ってやつなんだ。

   だから後悔なんてあるわけないのさ」

さやか「そう……でも」

恭介「さやか!」スタ

杏子「(チラ)ん」

さやか「恭介……」

まどか「あ、ほんとにいた!」スタ

ほむら「お邪魔します」スタ

杏子「なんだなんだ、今日はやけに来客が多いな」

さやか「あんた達……何で」

まどか「さやかちゃんが心配で。あのね、もしかしたら和子センセーのこと――」

――チカ チカ…

マミ「話は後にしましょう。招かれざる客まで来たみたいよ」

杏子「(ニヤリ)しかもこないだ取り逃がしたヤツときてる。また自分ちで魔女退治とはねえ。

   お出迎えしようぜ――さやか、いけるか?」スタ…

シュッ  スタ…

まどか「さやかちゃん……?」

さやか「(フワァッ…)あたしがもしやり直せるとしたら――」

ジリ…

さやか「――結界に入る時からにしたいよ」

ヒュ ドオオッッ!!!

まどか「きゃっ!」

ほむら「なっ……!」

マミ「こ、これは……!?」

ガン ドォン‥ ゴオッ……

恭介「い、いったいあいつ何を……?」

杏子「信じられねえ……。

   結界の順路を無視して魔女までの最短距離を突っ切ってやがる……!」

恭介「そんなことできるのか?」

マミ「階層を壊せるだけの力とスピードと……いずれにしても莫大な魔力を消費するはずよ」

ズゥン… 

まどか「あ――」

杏子「た、倒した――」

フゥゥ… カツ…

さやか「……」トッ…

まどか「さやかちゃん」

さやか「(チラ)最初からこうしてれば、間に合ったんだ」ニコ

マミ「――こんな無茶な戦いかた、いくらあなたが強いからって続けちゃいけないわ」

杏子「(ハァー…)その戦いかたが出来ちまうってのが羨ましいけどな。

   にしてもいい加減ソウルジェムを浄化しといたほうがいいんじゃねーか。

   もう真っ黒になってんぜ?」

マミ「そうよ。魔力を余裕をもって使えるコンディションに保つのは――」

さやか「――……っ」ピクン

まどか「さやか…ちゃん?」

フラ… ガクッ…

杏子「おい、さやか?どうした!?」

恭介「!?」

さやか「う…ぐぐ……ぁ…っっ」ピシ…ッ

ほむら「……!?」

まどか「(サッ)さやかちゃん、どうしたの!?」ハシッ…

マミ「暁美さん、美樹さんにグリーフシードを!!」

ほむら「は、はいっ!」カチャッ コロ コロロンッ コロロ… ヒョイッ

カチチッ…

さやか「あぐっ!! あぐうぅううッッ!!」ピシッ ピシシッ…

ほむら「そんな……! 浄化できない……!?」ワナワナ

トコトコ…

QB「意外と早かったね」

マミ「キュゥべえ、これは何なの!? どうすれば浄化できるのか教えて!!」

QB「(フリフリ…)この脈動……もう手遅れだよ。

   こうなってしまってはもはや君たちにさやかのソウルジェムを浄化するすべはない。

   彼女のソウルジェムは穢れを溜め込みすぎて生じた呪いで満たされてしまった。

   グリーフシードを近づけたところで、その呪いには取り去れる穢れなんてないんだよ」

まどか「キュゥべえ、わからないことを言わないでさやかちゃんを助けてよ!!」

QB「だから無理なんだって。いまだかつてこの状態から帰還した魔法少女はいない。

   魔女が落とした未使用のグリーフシードでさえ、内部に僅かに残った呪いではせいぜい、

   ソウルジェム内で凝縮されて呪いになる以前の穢れを吸い取る用しかなさないんだから。

   まだこの一歩手前の段階ならそれでなんとかなったかもしれないんだけどね。

   呪いは穢れよりも相対的に安定した状態にあるんだ。

   したがって呪いどうしよりも呪いが穢れを引き寄せる力のほうが抵抗がすくなく働く。

   せめてソウルジェムから穢れだけでも分離できる段階であれば、

   その余地に輝く祈りの浄化作用に期待できたのにね。

   君たちがいつもその魔力で魔女の呪いを打ち消すがごとくさ」

杏子「グリーフシードが使えねえ、って……、

   穢れがないとか……ソウルジェムに呪いとか……何なんだよッッ!?」

QB「さやかのそれは特殊な状況だ。

   そもそも、魔女がその魔力を効率的に運用する目的上、

   呪いはグリーフシード内に集積するようグリーフシードは構成されている。

   つまり呪いはグリーフシード内において最も安定した状態にあると言える」

さやか「…ッッ!! …ぐぐぅッッ……ッッ!!!」バタッ バタンッ

まどか「(ユッサ)さやかちゃん、嫌だよ……! (ユッサ)死なないで……っ!!」ギュウ…

マミ「何か……何か助ける方法はないの……!」

恭介「…呪い…穢れ…凝縮…」ブツブツ

QB「僕もそんな方法があったら聞きたいものだ。ねえ、さやか」

杏子「まどか、お前のソウルジェムをさやかに近づけろ!」

QB「君はいぜん、杏子との戦いのさなかにそのソウルジェムに発生した穢れを燃焼させ、

   自らの魔力へと変えた」

まどか「(ヒュオッ)う、うん!」カチッ

QB「『絶望の爆発』、とでも言うべきかな。感情の二重の相転移により、

   君は魔法少女としての姿を保ったまま、

   通常の2乗に値する感情エネルギーを僕に回収させてくれたんだよ」

まどか「杏子ちゃん、駄目……! 何も起こらないよぉっ!」カチッ カチッ…

QB「あれをもう一度やってくれないか。どうしたんだい?

   君もまだ終わりたくないだろう?」

杏子「(ヒュオッ)くッッ」カチッ カチッ

QB「……残念だよ。

   ちょっとした心の向きの変え方しだいで君には永久機関たりうる可能性があるのに。

   絶望に身をゆだねようというのなら止めはすまい。

   呪いに満たされたソウルジェムはそれにふさわしい形態へと変化するまでさ。

   君はじつに興味深い観測対象だったよ。さようなら、もう一人のイレギュラー」

さやか「グ…ガアアアアアアッッ!!」ビキキッ…

ほむら「み‥美樹さ…、お願いっ頑張って!!!」ギュッッ…

杏子「おいキュゥべえ、何でだ!!

   ソウルジェムの祈りは魔女の呪いを打ち消すんじゃねえのかッッ!?」

QB「(フリフリ…)無駄だよ。互いに殻を隔てて、呪いと祈りが影響することなどない。

   グリーフシードどうしですら密接した状態で放置しても何も反応は起こらないのだから。

   君が今するべきは別れの言葉を考えることじゃないのかい、杏子」

杏子「ッッ。さやかあ…ッッ!!」グッ…

恭介「…呪いどうし…引き寄せる…、呪いと祈り、グリーフシードどうし、無駄…」ブツブツ

マミ・恭介(ハッ)

恭介「強化グリーフシード!!」

マミ「その中から探して!!」

ほむら「え?」

マミ「(バッ)幻想御手が強化した、魔女が落としたのを!

   絶対に間違えないで!!」パシ ポイ

杏子「ッッ」ヒョイ ポイ ヒョイ ポイ

ほむら「(ベタンッッ)…………ッッ」キョロキョロキョロキョロキョロキョロ

さやか「あグ…アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」ビキィッッ バタンッ

まどか「(ドサッ ドンッ…)あぐっ…」バタンバタンッッ

恭介「(バッ ガシィッッ)…ッッ」バッタ バッタ…

ほむら「(パシッ)これ!!」

カチッッ キュルオォォォ…  コオオオオ…

さやか「(ユル…)う……っ」

ほむら「…………」

トサン…

まどか「ハァッ、ハァッ……」ギュッ… 

恭介「…………」ギュッ… 

QB「これは……なるほど。通常存在しないはずの呪いで満たしたグリーフシード。

   その強大な呪いの吸着力と、

   ソウルジェム本来がもっている呪いの自浄あるいは反発性……、

   これらの相乗効果でソウルジェム内の呪いをグリーフシードに吸収させたというわけか。

   強化グリーフシードの側は……。ふむ、殻の許容量ギリギリいっぱいというところだ。

   よかったね、爆発を起こさなくて」

杏子「さやかは……助かったのか……」

さやか「……」パチ…

まどか「…っ(クルッ)」コクッ

杏子「……っ」ドカッ…

スタスタ… ガバッ

マミ「よく……よくふんばってくれたわ……っ!」ギュッ…

さやか「(ハァ ハァ…)……みんなの、声がきこえてた‥から…」

杏子「何なんだいったい……こんな危ない状態になるなんて。テンパったぜ……」ハァーッ

QB「君たちにとっても危ないところだったよ。

   今のさやかでさえ魔女になれば君たちなんてひとたまりもないからね」

杏子「まったくだ。魔女呼ばわりされんのはあたし一人で……え?」

マミ「美樹さんが、魔女に? どういう意味?」

QB「言葉通りの意味だよ。

   ソウルジェムに穢れを溜め込みすぎて生じた呪いで満たされた時、

   それはグリーフシードに変化する。新たな魔女の誕生だ」

ほむら「あら」

マミ「まあ…」

杏子「マジか」

さやか「聞いてないよー」

まどか「……」

シーン……

恭介「ッそんなバカな!! なぜそんな……」

QB「恭介。君はエントロピーという――」

まどか「キュゥべえ、上条くん。わたしたち大事なお話があるから、

    悪いけど先に帰っててくれるかな」

恭介「あ、うん……。いこう」クル…

トコトコ… スタスタ… 

杏子「――で、さっきの話だけどさ。とりあえずいつもはどのグリーフシードでも使えるけど、

   魔女になっちまうってときは強化グリーフシードしか使えねえってことだな?」

マミ「そうね。端的に言うとそうなるはずよ。呪いと呪いにも引き合う力はあるけど、

   通常存在するグリーフシードは僅かな呪いしか残っていないか、

   あるいは僅かな呪いと穢れが混じっているか……。

   使い魔由来のグリーフシードもほとんど穢れで満たされているから、

   ソウルジェム内の呪いを吸収するほどの力はない。

   さらに、魔女由来の強化グリーフシードでも、

   魔女化を止めるために使用する場合は可能な限り未使用なものにしないと、

   吸収する呪いの量に耐えきれず起爆してしまう恐れがある、ってことね」

ほむら「キュゥべえはソウルジェム内に溜まった穢れは呪いへと変化するとは言ったけど、

    グリーフシードに溜まった穢れは呪いへと変化しないのかしら?」

マミ「いえ、理論通りならその穢れもいずれは呪いに変わるはずよ。ただ目にした限りでは、

   穢れを限界以上に吸い込んだグリーフシードからはたちどころに魔女が孵化する。

   前にキュゥべえが言ったように、

   グリーフシードに吸収される穢れに起因して魔女は孵化するから」

ほむら「でもマミ、ソウルジェムには『呪い』が満ちると魔女が誕生するのよ?

    グリーフシードに呪いが満ちても魔女は孵化しない、つまり安定しているのに」

マミ「ソウルジェムとグリーフシードでは、

   呪いや穢れにとって環境条件が異なると考えるべきじゃないかしら。

   穢れは凝縮すると呪いになる。

   ソウルジェムは呪いを浄化する力はもっているが穢れを自身では浄化できない。

   ソウルジェム内の呪いは穢れの層に包まれていて『祈り』での浄化が届かず、

   どんなグリーフシードを使ってもいいから穢れを取り去らないといけない。

   穢れさえ取りきれば、残った呪いは自動的に『祈り』によって浄化される。

   それから、『呪い』で『ソウルジェム』が満たされ、

   ――この2者は決して相容れないから――、

   グリーフシードに変化すると言ってもいい瞬間、

   殻が砕けて内部の呪いが放出される。恐らく凄まじいエネルギーの解放とともにね。

   収まるべき殻を失い放出された魔力――そしてその呪いを生み出し続ける存在が魔女。

   霊体としての成熟にともない、

   やがてその魔力の集積、制御機構であるグリーフシードを宿すようになる。

   まとめるとこんなところかしらね……」

杏子「あんまり難しい理屈はお前らに任せるわ」

マミ「……それにしても困ったことになった。

   ソウルジェムが魔女を産むなら――わたし達は――、

   (ハッ)――そういえば鹿目さん。大事な話があるって言ってたわね」チラ

まどか「……はい。あの、うまく考えを話せるか分からないんですけど」

マミ「大丈夫。もともと美樹さんとゆっくり話をしよう、ってここに来たんですもの。

   みんな耳を傾けるくらいの時間はあるわよね?」クル…

さやか「(ナハハ…)そうだったんすか。ありがとう。まどか。

    まずあんたの考えを聞きたい」ニコ

まどか「……」チラ

ほむら「(ニコッ)」グッ…

杏子「ああ、聞くぞ。お前はマミとほむらみたいに小難しい話をしたりしないだろ」ノビッ…

まどか「ありがと。まず、みんなに謝りたくて。マミさんにも言われましたけど、

    わたし、最近魔女を倒すのをみんなに任せっきりにしてて。ごめんなさい」ペコ…

マミ「何か理由があったの?」

まどか「(コク)はい。

    前にキュゥべえが『魔女は絶望しながらずっとさまよってる』って言ったのを聞いて、

    魔女は人間じゃないし倒さなきゃいけないってわかってても、

    それでもやっぱりかわいそうで……」

まどか「……でも、魔法少女がいつかなる姿が魔女なんだとしたら、わたしほっとして。

    きっとそんな姿になりたくなかったのに魔女になったんだから。

    わたしたちが、魔法少女が魔女を倒したら、

    その子が絶望を撒き散らしながらさまようのを止められるから。

    分裂した子まで止めたい。キュゥべえにみんな回収してもらうまで。

    それが役目なんだって……つごうのいい考えですけど。

    代わりにいつかわたしが魔女になったとき、誰か他の魔法少女が止めてくれるから。

    それまで頑張ろうって思うんです。できるなら今いる魔女がすべていなくなるまで」

マミ「(コク)――そう。(コク)そう……それがあなたの答えね」コク

さやか「よし、乗った! まどか」

スタ スタ

ガバッ ギュウッ……

まどか「さ、さやかちゃん?」

さやか「――あたしこそ都合いいけどさ。あんたのそのキモチで戦ってもいいかな。

    みんな希望を願って魔法少女になるんだ。

    呪いを生んで魔女になるなんてこんな苦しいことないよ」ギュ…

まどか「(フリフリ…)ううん、都合よくなんかない。

    今までの、街の人のために戦うことだって絶対に間違ってない。

    さやかちゃんが今までがんばってきたってこと、わたしもみんなも知ってるよ。

    だからその気持ちだって……」ソ…

さやか「(ソ…)うん。捨てたりしない。捨てちゃいけないんだ。

    あんたが魔女を倒すことで苦しんでたのも知らないでごめん。

    今さらだけどその答えを出したあんたのことも、そのキモチも守りたいんだ。

    これからのあたしのために」ジッ…

まどか「うん。ありがとう。さやかちゃんが賛成してくれるのとっても嬉しい」ニカッ

杏子「(ポリポリ…)まあワルプルギスが来るっていうし、

   そしたらこんなボロボロの教会なんて一発だしな。あたしもまどかに協力する。

   まどからしいつーかお花畑だけどさ。

   でも正直言ってあんたの考えはあたしも気に入ったよ」

マミ「あら、佐倉さんがついに陥落したわね」

さやか「じゃあ使い魔も狩ってくれる?」

杏子「たまたま出くわしたんならな。あたしは魔女しか探すつもりねえけど、

   目の前にいるのが自分の成れの果てだと思えばほっとくのも寝覚めが悪そうだしさ。

   あとマミ、風見野だけじゃなく見滝原の魔女も狩らせろ」

マミ「別にいいわよ。あなたが勝手に仲間になれないとか言ってただけじゃない」

杏子「うっ……」

さやか「やっぱり素直が一番ですなあ」

杏子「バ、バカ! そういう話じゃねえっつの」

ほむら「……。(なぜ……? 鹿目さんの言葉がこんなに苦しいのは……)」サス…

まどか「ほむらちゃん、だいじょうぶ……?」

ほむら「(ハッ)あっ、うん。大丈夫……うん。身体のほうじゃないから」コク

さやか「無理するなよ。座ったら?」

ほむら「そうね、ありがとう。そうするわ」トサ…

まどか「マミさん。わたしたちが魔女になるってこと……家族に話すべきなんでしょうか」

杏子「(フゥ…)……」

マミ「……。最終的な判断はあなたたちに任せる。

   ただ、魔法少女の仲間としてではなく一人の人間として言うわ。

   このことは絶対にご両親に話してはいけない。

   魔女になってしまうこともきっと受け止めてくれるでしょう。

   でも親だって一人の人間だからそのことまで考えて……。

   わたしが思うに、告げるにはあまりに重すぎる。酷すぎる真実よ。

   ……飽くまで他人の意見として聞いて。すぐに答えが出てももう一度考えて。

   出なくても心に留めておいて」

さや・まど・ほむ「……」

マミ「そうね……一度わたしたちを元に戻せないかキュゥべえに掛け合ってみるわ」

杏子「あいつは取り合わねえだろ」

マミ「(コク)ええ、無理ね。みんな、その覚悟はしておいて」

さや・まど・ほむ「はい」

さやか「んじゃまあ早速みんなで見回りに繰り出そうか。ほむら、も少し休む?」

ほむら「いえ、もういけるわ。(グッ)……あなたこそ大丈夫なの?」

さやか「うん。もう立ち止まったりしない。落ち込んでる場合じゃないもん」スタ

ほむら「そう……。みんな揃って魔女退治なんて初めてかも」

杏子「先に行っててくれ。ちょっと野暮用を済ませてから追いつくから」

マミ「気にしないで。ゆっくりでいいから」

まどか「そうだよ。みんな一緒がいいもん」

マミ「外で待ってるわ」スタ…

杏子「ああ。ごめん、すぐ行く」

ゾロ…

杏子(……親父の言ってたことが的中だな。行く末は魔女か)クル…

杏子(だからって騒ぐ気にもなれないもんだね。ここまで日頃の行いが悪いと)クス

タン ニギッ…

杏子(なあ神様。今さらあたしも天国に入れてくれなんて贅沢は言わねえ。

   母さんやモモは巻き込まれただけだろ? 最期まで信仰をもってた……、

   まさかそんな人まで拒むほどあんたは狭量じゃないよな?)

杏子(親父が最後まであんたを信じていたかどうかあたしには分からない……、

   もうただ逃げてるようにしか見えなかったしさ。

   でもあんたを信じようと苦しんだ結果なんだ……あたしの知る他のどんな人よりも)

杏子(もしそれでもダメだってんならあたしが死ぬなり、

   魔女になって魔法少女に殺されるなりしたときに、

   せめて親父と同じ場所へ送ってくれ。あの人を独りにしたくない)

杏子(父さん。あんたを独りにはしない。

   日がな一日布教に歩き回ったときみたいに、どこだろうとまた一緒に歩いてやるさ。

   それまでは待っててよ)

杏子(母さん。モモ。ずっと幸せにいてくれ。

   あたしはこれからも元同胞とドンパチ繰り広げるつもりだからさ、

   とてもそっちには行けそうにねえな。

   ――ここも、前からだってそうだけど、やっぱりあたしの来ていい場所じゃないね。

   もう来ないよ。さよなら)

さやか「おーい、杏子! おそーい!」

杏子「ほーい、今いくよー」ジャリッ…

スタ…

~~路上~~


恭介「……宇宙のエネルギー問題を解決するために、

   魔法少女が魔女にならなきゃいけないってことか」

QB「端的に言えばそうなるね」

恭介「彼女達を元の、魔法少女じゃない普通の少女に戻せないか?」

QB「今さら言われてもできるわけないだろう」

恭介「それならせめて、

   契約前にいずれ魔女化して人間としての命が終わってしまうと教えるべきじゃないか」

QB「自分の命が宇宙より大事なら、あるいは今の姿のままの命を望むのなら、

   契約内容にそれを脅かす項目がないか自分で確認をとるべきだろう」

恭介「……っ」

QB「そもそも君は、僕らが少女一人と契約するのにどれだけの労を払っているかわかるかい。

   あまりに小さい子どもでは感情の相転移など日常茶飯事だし、

   願いの内容も幼稚すぎ、魔女化のさい回収できるエネルギーなんて知れたものだ。

   杏子の話じゃないけどヒヨコを相手になどそうそうできない。

   例外的に大病の患者のなかには、

   幼児であっても比較的高い精神性を有した子が存在するけどね。

   かといって分別がつきすぎる……、

   高校生くらいにもなると素質を持った子の割合が低下するし、

   ヘタに勧誘などしようものなら、

   その情報伝播力で僕らの戦略そのものが危機にさらされかねない。

   ドロップアウトした子を狙うのが関の山だよ」

恭介「もとから君たちも不利な状況にあると?」

QB「その通りさ。契約が成立するのは、

   適度に分別があり、祈りをもてる子をなんとかタイミングを見計らって勧誘してやっと、

   というとても困難なプロセスを経たうえでのことなんだよ。

   君や僕ら生命体は種の存続を含めた生命の継続が究極の目的だろう。

   そのために宇宙全体のエネルギーを、

   僕らの生命の維持や文明の発展に利用できる状態で確保し、
 
   目減りを緩和しエントロピーの凌駕を目指す。

   君たちの抗議を受けようがインキュベーターの戦略は変えられないよ」

恭介「……」

~~次の日、まどかの家の洗面所~~


バシャバシャ… 

まどか「和子先生だいじょうぶかな……」ワサワサ

詢子「ああ、そのことだけど。

   学校行ってから知らされるより驚きが少ないだろうから今言っとくよ」トス…

まどか「?」フキ

詢子「和子から電話があったけど、

   今日からしばらく休職するからまどか達によろしくって」サッサッサッ

まどか「ええ!? 何で……」

詢子「心身ともに問題は無いんだけどさ。(スッスッ)校長からの強い勧めがあったんだと。

   聞いたぞ。ワルプルギスがきて見滝原が終わるとか、

   全校集会でぶちまけたそうじゃん」クスクス

まどか「……っ」

詢子「大人が考えてやったことだから気にするな。

  『だからワルプルギスを迎え撃つ義務がある』とか勝手に背負うなよ?」サッサッ

まどか「……」

詢子「……それよりまだあたしたちに隠してることはないか?」

まどか「(クル)‥ないよ。隠してることなんて」ジッ…

詢子「――そう。ならいい」サッサッ

まどか「ママの会社の人はだいじょうぶ?」

詢子「――市内から通勤してる人向けにそれとなく社内掲示板やらで伝えた、ってところだな。

   でもあまり気に留めてる人はいないよ。

   まあ、話を聞いた限り事前に避難を呼びかけられるそうだし、

   荒れてきそうな時間に大勢が詰め込んでるってことはないだろう。

   うちのオフィスが入ってるビルが倒れても、

   普段から重要なデータは離れたとこにバックアップされてるから、

   会社がそれで立ち行かなくなるってことはないけど」サッサッ

まどか「……」

詢子「見滝原に新築したばっかっていう若いのがいんだけどさ……。

   しつこめに備えろと言うにも限度があるからね。

   和子は偉いよ。あたしにはあんな真似とてもできない。

   ウソをつくのが下手なぶん、本当のことだっていう真剣味は伝わったろうな」サッサッ

まどか「そうだよ。騒いでる子もいたけど先生の話を信じてる子もいたもん」

詢子「でもそんな子もいざ家族で街を出るかとなると親の常識の前には説得力に欠ける。

   けっきょく避難行動に結びつくことはないだろうな」

まどか「そんな、それじゃ……」

詢子「無駄だと分かっててもひたすら丁寧に人を導こうとする。

   それはあいつの資質のひとつだ。

   教育現場から失われてはいけない人材なのは間違いないさ」

まどか「うん。センセーは絶対戻ってきてほしい」

詢子「(ニコ)こんど会ったときに伝えとくよ。

   (パタン…)よし、完成! まどかも早くしろよー」スタスタ

まどか「……うん」

―――
――

~~マミの部屋~~


マミ「――前にも聞いたけどけどワルプルギスが最初に現れたのはこのポイントね?」テン

ほむら「ええ。それから……(パサッ テン ツーーッ……)この辺をなぎ倒しながら……、

    巴さんのマンションもその時……後はどうだったか思い出せない」

マミ「事前に知らせてくれただけ助かったわ。

   それよりビルをなぎ倒しながらってどんな感じに?」

ほむら「感じ……そうね……」

まどか「みんな、お茶です」トコトコ カタン…

さやか「お菓子でーす」スタスタ カタ…

マミ「ありがとう」スス…

ほむら「ごめんなさい、任せちゃって。いただきます」スス…

恭介「いただきます……手伝わなくて悪いね」スス…

まどか「(ニコッ)いいのいいの。上条くんも忙しいのに来てくれてるんだから」

杏子「こうも集まると狭いもんだな」

さやか「いやあんたは手伝えって」カタ…

杏子「いま重要なとこなんだよ。あんた達はもう大体知ってるんだろ」チョイッ パクッ…

さやか「どーも真剣に聞いてるように見えないんだけどな……」

まどか「(タハハ…)さやかちゃん、そんなことないよ。ねえ杏子ちゃん?」

杏子「そうだとも。(モグモグ…)……いま何の話だったっけ?」

ほむら「なぎ倒す……いえ、訂正するわ。

    あれはビルのほうが勝手に倒れたり宙に浮かび上がるような感じだった」

マミ「彼女が起こす暴風に巻き上げられた、のではない?」

ほむら「そうだったかもしれない……いやでも……それにしてはゆっくりと……。

    ごめんなさい、はっきりとは分からないわ」

マミ「いえ、ありがとう。……物理的におかしな運動に見えたのなら、

   魔力の影響がおよんでいたのかもしれない。

   となると上条くんはワルプルギスから離れていなければいけないわね」

恭介「……でもその場で使い魔たちを」

マミ「(フリフリ)ワルプルギスの使い魔には触れないで。戦闘の混乱のさなか、

   万が一グリーフシードを回収し忘れるとあとで大変なことになるから。

   仮にワルプルギスが魔力で浮力を発生させることはなくても、

   これまで以上に激しく厳しい戦いになるのは間違いない。

   わたし達は魔力を使ってすばしこく動いたり身を守れたりするけど、

   あなたはそうじゃないでしょう。

   万全を期するなら、あなたは街の外にいなくちゃいけない」

恭介「……わかりました。でも街には留まります」

マミ「……好きになさい」

杏子「なんかマミはうまくこいつを使ってねえな。わざわざ不利にしてねーか」

マミ「佐倉さん、想像してみてちょうだい。

   最悪半径100kmの街にワルプルギスによる被害が出るのよ」

杏子「んー、まあそうだけどさ。もっと上手く利用するというか……、

   たとえばさやかの持ってる剣の鞘が持ち主のケガを治すじゃん。

   恭介に持たせたら左手のケガも治って周りの街の人間もケガが治るじゃん」

さやか「そうだよね……」

恭介「それはいい考えだ。左手を治すついでに半径100kmの人の傷病を治すのもいい。

   キリストよろしく演奏旅行のついでに、

   世界中の人に治癒奇跡を起こしまくるのもやぶさかじゃない」

杏子「……」

恭介「でも王様の剣はそんなことのために貸してくれたのかな。

   私物化していいのか僕には分からないし、分からない内は使いたくない」

杏子「……そうか」

恭介「(スス…タン)巴さん、もうおいとまするよ。練習しなきゃ」スク…

マミ「気をつけて」

恭介「鹿目さん、お茶ありがとう。美味しかったよ」スタ

まどか「あ、どういたしまして……」

スタ スタ…


――
―    

~~路上~~


スタスタ…

恭介(ちょっと嫌な言いかたしたな。あとで佐倉さんに……)

――ヒュルルルル スコーン!

恭介「イテッッ」

コロン… ヒョイ

恭介「(サスサス)テテ……これはさやかのソウルジェム?」



――

~~マミの部屋~~


杏子「(フン…)機嫌を損ねちまったか」

さやか「いや……杏子、ありがとう。つか、ごめん。

    あいつも杏子が提案してくれたことは嬉しかったはずだけど、

    自分がそうできたらって思ってるから反発したんだと思う。あとで怒っとくよ」

杏子「気にすんな。こっちの言い方も悪かったんだし」    

さやか「(ニコ)……あたしも思いついていたんだ。

    でもあいつ変に義理堅いとこあるからさ……。

    いや、あたし自身、恭介が話したように考えて言い出せなかった」

杏子「あいつも案の定、って反応か」

ほむら「それに杏子も前に言ってたでしょう。

    条理にそぐわない奇跡を起こすと歪みが生じるって」

杏子「ま、そうだな。それだけ広範囲に影響が出るとなると、

   いま予測できなくても思わぬ災厄を招く。

   そいつを飲み込むつもりはねえんだろ、恭介は」

さやか「……ありがとう、杏子。

    それでも一度はこうして話し合って、それでやめる、ってほうがスッキリするもん」

杏子「なっ……ああたしは簡単にあいつの左手を治せるんだったらさやかもラクになるし、

   やっちまったほうがいいんじゃね、って言いたかっただけだからな!」

ほむら「それツンになってないわよ……」

杏子「う、うるさい!」

まど・マミ「クスクス…」

杏子「ほら、続き。恭介の左手の使い道を考えようぜ!

   魔力を強化するってんならあたし達のソウルジェムに使えばパワーアップできるとかさ」

QB「面白いアイデアだけど左手に載せる時間に気をつけたほうがいいね。

   ソウルジェムを輝かせている『祈り』という魔力だって増幅しすぎると、

   ソウルジェムそのものが耐え切れず爆散して君達は肉体と魂のリンクを失うだろうから」

杏子「はは、そりゃ笑えねえな。

   これだけの魔力のカタマリだからそりゃ爆発させたらすげー威力だろうけど、

   自分も巻き込まれないようにしなきゃいけねえし、

   死ななかったとしても今さら魔法少女じゃなくなったら何かと不便だよな」

QB「いや、ソウルジェムが砕ければ君たちはその瞬間に死ぬよ」

まど・ほむ・さや・マミ・杏子「え?」

杏子「何でソウルジェムが爆発するのと死ぬのと関係あるんだよ」

QB「なぜってソウルジェムは君たちの魂そのものだよ。破壊されれば当然君たちは命を失う」

マミ「この」ス

ほむら「ソウルジェムが?」ジッ

さやか「何じゃこりゃーーー!!」

まどか「(チラ)ほ、ほむらちゃん……じゃあ」ハシッ ブルブル…

ほむら「(ダキッ)か、鹿目さん……わたし達の身体は……」ギュッ… ガタガタ…

杏子「てめぇ、あたし達に何をした!?」グイッ

QB「契約時に君たちの魂を抜き取って、ソウルジェムに変えただけだけど。

   その反応はまさか……今まで気がつかなかったのかい?

   グリーフシードを破壊されればその魂を閉じ込めていた殻を失って魔女は終わる。

   魔女にとってそうなら、魔法少女の急所はソウルジェムに決まってるじゃないか!?」

杏子「――魔法少女やめる方法ってあんのか……?」ブルブル…

QB「魔女にならずにかい?

   僕としてはそうなってほしくないけど、死んだらいいんじゃないかな」

杏子「ふざっけんな!! 今すぐあたし達を元に戻せッ!」ギュウ…ッ

QB「(ギュゥ…)無理だ。それは僕の力の及ぶことじゃない」ブラーン

ほむら「そんな……」

さやか「ちくしょう……」ピッ ウイイーン…スタスタスタ

マミ「(ハッ)美樹さん、駄目よ!」

さやか「こんな物ーーっ!」ポーン

ほむら「あっ!」フワァッ

まどか「さやかちゃん……何てことをッ」タタッ

ほむら「くっ――」サッ

さやか「」クランッ

ほむら「!?」

まどか「(ハシッ)さやかちゃん!? ねぇ、ちょっと……どうしたの?」ユサユサッ

QB「君たち魔法少女が身体をコントロールできるのは、

   せいぜい100メートル圏内が限度だからね」

杏子「こいつ100メートル以上投げたのかよ!?」ポイッ タタフワァフウウ…  バシュッ

――


~~10分後、マミの部屋~~


マミ「……」

杏子「……」

さやか「……」

ほむら「……」

恭介「…あのさ……」

まどか「上条くん。わたしたち大事な話があるから、

    悪いけどキュゥべえと先に帰ってくれるかな」

恭介「あ、うん……」

スタスタ… トコトコ ガチャ バタン…

さやか「……まどか。ありがと」

まどか「……」フリフリ…

ほむら「……はっきり言ってしまうと、わたしたちゾンビになったようなものね……」

さやか「これがソウルジェムの最後の秘密だったのか……」

マミ「美樹さん……ごめんなさい」

さやか「な、なんでマミさんが謝るんすか?」

マミ「あなただけでも契約させるべきじゃなかった。

   わたしは止めるどころかこの道にあなたを引き込んでしまったわ」

まどか「そ、それならわたしも同じですよ! マミさんだけじゃないです」

ほむら「わたしだって」コク

マミ「いえ……。あなたたちよりわたしは長く務めているわ。

   魔女にグリーフシード。魔法少女にソウルジェム……。

   こんなふうに符号していることに気づ……いえ。心のどこかでわかっていて、

   それをキュゥべえに確かめるのが怖かった。そうじゃないって逃げてたのよ……」

ほむら「マミ……」

まどか「マミさん……」

さやか「どっ――」バッ

まどか「(ハッ)っっ」

マミ「――ッ」ギュッ…

さやか「――んまいっ」シュチャッ

まどか「!?」

マミ「……?」ユル…

杏子「……だってさ」ポン…

まど・ほむ「(ニコ…)」

マミ「……」

杏子「なっちまったもんは楽しまなきゃ損だよな。まあこれはこれで便利だし。

   どうりでケガの程度のわりに痛みをあんまり感じねえわけだ」

ほむら「……ええ。戦いに適していると言えるし、魂の在りかはどうあれ、

    わたしも体調はいい。恩恵は受けてるわ」

まどか「――うん、そうだね。これはこれでよかったね」ティヒヒ

マミ「……(コク)作戦会議、続けましょうか」


~~路上~~


QB「恭介。君もショックを受けているのかい」

恭介「……魔女から分裂した使い魔が成長して魔女になるなら、

   分裂した魔女も元の魔法少女の魂を持っているということか?」

QB「どうしてそんなことが気になるのか分からないけど。

   君たち人間は、僕らと違って魂と肉体は一対一対応だから、恐らく違うだろう。

   最初にソウルジェムから孵化したオリジナルの魔女のグリーフシードにのみ、

   その魔女……元魔法少女の魂は繋ぎとめられていると考えられる。

   君たちの目に映る魔女の霊体は呪いという感情エネルギーの発露だからね。

   分裂していく魔女のグリーフシードもそれを効率的に運用すべく生成され、

   いわば呪いがコピーと自己組織化を繰り返しているに過ぎないものと推測される」

恭介「(フゥ…)……そっか。……ソウルジェムが、彼女たちの魂……」

QB「このことを告げると魔法少女たちは決まってああいう否定的な反応をする。

   余計なことをしてくれたとかね。恭介、君も芸術家に分類される人間だろう。

   それだけ繊細なら彼女たちの感情を僕に分かるように説明してもらえるだろうか」

恭介「繊細だって? ああ、繊細だとも。

   自分のことばかりでいっぱいいっぱいになって、

   人に対して無神経で傷つけるようなことを口走りかねないほどにはな。

   ああ、ごめん。でも僕に彼女たちの今の気持ちを説明しろったって、

   そんなの当事者にしか分からない。想像することしかできないんだ」

QB「ではその想像でいいから教えてほしい」

恭介「まず、限界があるにしても自分に置き換えて考えてみてくれ。

   感情がないという君にどこまで理解できるか、想像できるか分からないけど――、

   一つ僕からも問いたい。君は生まれたときからその姿だったのか?」

QB「そうだよ」

恭介「人間は違う。生まれてから死ぬまで大なり小なり成長、老化する。

   君の言うように体はもろくて、

   この左手みたいにヘタをすると一生使い物にならなくなったりもする。
  
   けどそうやってどうにも止めようもない体の変化とつきあってるからこそ、

   自己同一性そのものといっていいくらいに、

   身体ってのはかけがえのない自分の構成要因なんだ。

   自分をこの世に繋ぎとめる基礎認識と言っていいかもしれない」

QB「体の成長を止めたわけではないよ。

   あくまで魂の在りかが変わっただけで、

   彼女たちの肉体はこれから成長もするし老化もする。それは不変の事実だ。

   むしろ肉体の苦痛から精神活動を阻害されず、

   より安全に効率よく魔力を運用できるのさ」

恭介「確かに便利だろうし、急所が絞られれば安全性は高まるだろう。

   けどこの状態はこうも言えないか。

   外部からの制御で生命活動をさせられているだけのカラダだ、って」

QB「肉体に着目するならそうとも言えるね」

恭介「いま鹿目さんたちの目には、

   自分たちが生命維持装置をとりつけられた患者みたいに映ってるんじゃないだろうか。

   戦いの場においてはこの上ない効率性を発揮する反面、

   人生は効率のためにあるんだと言ったら、

   手段と目的が反対だと返す人は結構いるはずだよ。

   ことに、効率主義の人間は魔法少女になって戦いの人生と引き換えにしてまで、

   何か願いを祈ったりするだろうか。

   朝起きるたび、鏡を見るたび、事情を知らない友達と何気ないことを話題にするたび、

   彼女たちのこれからの人生に通奏低音のようにこの事実は横たわりつづけるんだ」

QB「残念だがやはり僕には理解できない。

   生命維持装置が必要なほど損傷した個体など処分してしまったほうが早いからね」

恭介「……そうだろうさ。死に近づくほど、つまりいちばん尊厳が求められるときに、

   いちばんモノみたいに扱われるんだ。……いったい僕は彼女たちに何ができる?」

QB「グリーフシードを量産し強化して彼女たちの役にたってるじゃないか」

恭介「それは君にとっては邪魔な行動なんじゃないか?」

QB「大局的には君の『幻想御手』は僕らにとっても有益だよ。

   呪いという感情エネルギーの塊を集めることもまた僕の役目だからね。

   僕からも問いたいんだが、これまでの話を聞いて僕を敵だとみなすかい」

恭介「君が魔法少女と契約してる理由は正しいし、多くの労を払っていることも聞いた。

   キュゥべえを非難はしない。でも人類の一員として、

   宇宙のために少女たちだけにその犠牲を払わせようというのは、

   君が言うのは正しくても僕が言うのは間違っている」

QB「前にも言ったように第二次性徴期の少女にターゲットを絞るのは、

   あくまで効率を求めた結果だ。たまたまそうなっただけで、

   君が責を感じることではないよ」

恭介「繰り返すけど、君がそれを言うのは間違っていなくても、

   僕がそれを認めてはいけないんだ。

   たとえば僕や、人類全体から搾取する方向へシフトするのはどうだ?」

QB「僕たちの労力に見合わないんだ。

   ただ君の同意が得られるならそれに越したことはない。

   『幻想御手』を量産できるものかどうか、データを取らせてくれるかい?」スウ…

恭介「君が触っても大丈夫なのか?」

QB「それも含めての確認さ。この1個体程度の変化なんてどうとでもなる。

   まあ、さやかの願いのため君の左腕に探りを入れたときに、

   その観測波自体が増幅される等の変化はみられなかったけどね」

恭介「じゃ、どうぞ」

ジジ…

QB「個体変化なし。観測波変化なし。

   ……というよりケガをしてる他は全くもってただの左腕としか言いようがない。

   これがなぜ願いという『祈り』を叶えるとなると作用してしまうんだろうね。

   ちょっと君のDNAを元に左腕部分をそこのベンチの上に複製させてもらうよ」

ポン

恭介「うわ!」

QB「大丈夫、周囲に人はいない。

   生体としての機能を維持させたままで(カパッ コロン)このグリーフシードを……、

  (トン…)……何も変化が起きないね。クローンの量産は無駄に終わる可能性が高い」フリフリ…

恭介「改めて君たちの科学技術力というのか……すごいな」

QB「この程度のことは地球上なら比較的容易にできるよ。

   ただクローンを作るまでもなくこの惑星にははじめから少女がいるからね。

   初期投資の必要がない」

恭介「……少女以外から感情エネルギーを回収してくれないか」

QB「何度言われても割りに合わないとしか答えられない。

   そもそも何十億もの数のうちの少数個体の生き死にを取り沙汰するのが分からないけど、

   少女以外にだって戦争や飢餓で死ぬ人間は大勢いるだろう?

   人類の一員ならそちらのほうから考えるべきじゃないか」

恭介「……君のいうとおりだ」

QB「魔法少女の大勢も君にとっては見も知らぬ他人だろう。

   そこまで肩入れすることはないはずだよ」

恭介「訂正するよ……僕は彼女たちが好きだ。だからできるだけのことはしたい」

QB「『好き』、か。なら仕方ないね。僕としては現状何も対応を変えようがないけど、

   なるべく君や魔法少女と友好的な関係でありたいものだ」

恭介「僕など君たちにとっては取るに足らない存在だろうに、

   こうして対話に応じてくれてることは感謝するよ。

   僕は君ほど労力も払っていないし、

   彼女たちの問題を根本的に解決することもできない……」

QB「マミたちは君が『幻想御手』を使って貢献していることに感謝していたよ」

恭介「……いったい何なんだろう、この『幻想御手』って」

QB「これはあくまで仮定の話だが、すべての魔法少女の怯えと願いが、

   バランスブレイカーとして形をとったものではないかと僕らは考えている。

   これまで幾多の魔法少女たちが祈り、それとほぼ同じ数の魔女が呪ってきた。

   すべて希望と絶望が差し引きゼロになるという枠の内でね。

   君の左手はその理を破壊する特異点というわけだ。

   しかもほむらがいた前の時間軸においての上条恭介が、

   幻想御手を有していないらしいことから、

   限定された時間軸の君にしかそれは存在しないものだともみえる」

恭介「特異点? 点だろ? 線でも面でもない。

   すべての魔法少女の延命するのに人材不足にもほどがある。

   しかも僕がやっていることと言ったら、

   かつての魔法少女たちをいまの魔法少女たちのために利用しているだけじゃないか」

QB「魔女は人間ではないよ」

恭介「…っっ」

QB「議論はともかく少なくとも君の周りの魔法少女はその犠牲に比して、

   より多くの呪いを集めることに成功している。結果として、

   宇宙にとっても魔法少女にとってもその寿命を延ばすことに役立っているんだ。

   それは分かるよね?」

恭介「ああ……しかし希望を願った対価として戦いの運命を背負ったのなら、

   それで十分じゃないか。なにも魔女にならなくたって……」

QB「君は魔女の否定的な側面しか見ていないんじゃないかい」

恭介「君たちのいう宇宙のエネルギー問題を解決できたり、

   ……魔法少女は魔女を倒したときに得られるグリーフシードによって魔力を回復できる。

   それ以外になにかあると?」

QB「視野をもっと広げてごらん。そうだね。一般的に市街地において、

   もっとも穢れの溜まる場所はどこだかわかるかい」

恭介「穢れって……ソウルジェムを濁らせるもののことか?」

QB「それも含むけど、ほんらい穢れとは量の多寡は別として、

   人の世のどこにでも発生するものだ。

   マミが言ったろう、穢れは絶望と言いかえてもいいと」

恭介「……歓楽街かな」

QB「そのあたりも濃度が高いけど、正解は神社や寺院、教会などの宗教的施設だ」

恭介「!?」

QB「不思議でもないだろう、同じ場所で人々が欲や執着にまみれた願い、

   自らの罪の許しを念じるんだよ。

   当の本人はさっぱりとした顔で帰っていくだろう、自分の穢れを置いていくんだから」

恭介「でもそれじゃ日本中で――」

QB「ところがどういうサイクルなのかその穢れが浄化されているんだ。

   この自浄作用の仕組みは分からない。

   だが、管理者やいわゆる信仰に篤い人々によって清掃が行き届いていたり、

   祭典が頻繁に行われているところに限るけどね」

恭介「……何が言いたいんだ」

QB「この世の穢れが最終的に行き着く先はどこか、誰によって浄化されるのかってことさ」

恭介「いま、宗教的施設って……」

QB「世の中の人すべてが宗教的建造物まで積極的に足を運ぶとは限らないだろう」

恭介「魔法少――」

QB「彼女たちがその魔力で打ち消せるのは呪いだよ。

   むしろ凝縮されて呪いとなる以前の穢れに対しては抵抗するすべはない」

恭介「……」

QB「ヒントを出そう。さっき場の穢れの濃度について述べたけど、

   正確にはソウルジェムやグリーフシードに集積するレベルほどに濃度が高くない限り、

   穢れは僕らにも不可視でありその検出は困難だ。

   だが魔女の出現がひとつの指標であると言える。なぜなら――」

恭介「魔女は穢れを巻き込みその魔力に変えるから、か」

QB「彼女たちは穢れを絶望として人間に植え付けるのにも使用する。

   結界まで誘導し、捕獲した犠牲者の生命力のほうが魔力への変換効率が高いのだろう。

   さて、さきほどの問いの答えはもう出たね」

恭介「魔女がこの世の穢れを浄化する存在……浄化って言えるのか?

   穢れが呪いに変わるだけだろ?」

QB「場の穢れを減少させる存在であることには変わりない。

   穢れ――絶望を撒き散らすと言っても標的はちゃんと選んでいるから、

   一度巻き取った穢れが場そのものに還元されることはないんだよ」

恭介「そうじゃなくて、呪いのほうが穢れよりパワーアップしてて危険なんじゃないか?」

QB「だからこそ、宇宙のエネルギー源のひとつになりうるのさ」

恭介「……魔法少女の、魔女化以外に……」

QB「それよりは少ないけど。穢れの溜まったグリーフシードを僕は回収するだろう?

   あれはポケットのなか、インキュベーター共有の異次元空間に保管しているんだ。

   時間をかけて、グリーフシード内の穢れがすべて呪いにまで熟成されるのを待って、

   そのエネルギーを回収しているんだ」

恭介「魔女の……元魔法少女の魂はどうなるんだ」

QB「それは分からない。僕の専門外だからね。

   僕らが彼女たちの身体から抜き取ったのが魂らしいこと、

   その過程で魂というものが宿り主の願いに関連する祈りを発揮すること、

   魔女化についてさえ、すべて結果を積み重ね理論づけたにすぎない。

   魂の本質や来し方行く先についてはむしろ君たち人間の専門分野じゃないのかい」

恭介「彼女たちの身体から魂を抜き出した君たちこそ知ってるはずじゃないのか?」」

QB「僕らのテクノロジーで魂を抜き出してソウルジェムの形態に変える。

   これは知的生命体の感情をエネルギーに変換する技術の応用だ。

   この熱力学の法則に縛られないエネルギーには魔力と呼ばれるべき概念が関わっている。

   希望という感情は祈りの魔力に関係し絶望という感情は呪いの魔力の大きさを左右する。

   そこまでは分かっているが、一連のプロセスを経れば人間の魂を抜きとり、

   さらにそれに形を与えることも可能だけど、

   それ以降の原理については僕らのテクノロジーをもってしても未解明であり、

   恐らくはそこに科学と魔法の境がある、という言い方が妥当だろう。

   魔法とは、また魔力とは人間の精神ないし感情と密接に関わりがあり、

   理のうちにありながら同時に理を凌駕する矛盾の存在だね。

   もっとも僕らにとっては魔法少女が魔女に変わる瞬間に、

   残骸と化そうとしているソウルジェムから放出される希望と絶望の相転移……、

   つまり僕らのテクノロジーで把握できる感情エネルギーだけ回収できればいいんだけど」

恭介「……」

~~その日の夜、マミの部屋~~


マミ「そんな……それでは安全を保証できません!」

詢子『巴ちゃん。親同士で話し合って決めたことなんだよ』

マミ「無謀すぎます。顔も知らない他人と肉親とでは彼女たちも……」

詢子『あんたの口からそんな言葉を聞くとはな』

マミ「……」

詢子『そこらへん、いいかげんに腹くくらないといけないんじゃないか。

   あたし達はあんたに娘の命を預けてるんだ。脅迫としては妥当なモンだろ?』

マミ「……ッ」

詢子『……あたしたちはいつ変えてもいい。あんたが――』

マミ「――いいえ、承りました。繰り返しますが、安全は保証できません」

詢子『……わかった』

~~ほむらの実家~~


知久『――では、くれぐれも当日はお越しにならないよう――』

ほむら母「ご返答できかねます。鹿目さん、むしろそちらが避難されるべきでは?」

知久『……はい。そうですね』

ほむら母「はっきり申し上げてあなたがた夫婦は息子さん娘さんに対して無責任です」

知久『僕らは娘が戦うために街に残ることを止められませんでした。なので――』

ほむら母「ならばどうしてわたしたち夫婦が娘のいるところへ向かうのを止めるんですか!!」

知久『勝手なお願いであることは承知しております』

ほむら母「……」

知久『……娘は小さいころから本当に手のかからない子でした。

   弟が生まれてさびしい思いもさせたのでしょうが僕らを困らせるようなことはなかった。

   そんな娘ですから……ここでいちど手を離してしまうと、

   二度と戻ってこないような気がするのです』

ほむら母「……」

知久『もしもの場合、なにとぞ娘のことをお願いいたします』

ほむら母「……娘さんにじゅうじゅう言い聞かせておいてください。

     あなたの生死がうちの娘の一生にかかわっているのだと」

知久『確かに伝えておきます。それでは、夜分に失礼しました』

ほむら母「鹿目さん」

知久『はい』

ほむら母「こちらもたびたび非礼な物言いをしてすみませんでした」

知久『そんなことは――』

ほむら母『こんど、みなさまでこちらに泊まりにいらしてください。

     ひごろ娘が世話になっているお礼をしたいので』

知久『ありがとうございます。息子がまだ小さいので妻と娘だけでもうかがえれば――』

ほむら母「そちらの都合がよければどうぞ遠慮なさらず、家族みんなでお越しください。

     主人もわたしも元気なタツヤくんと会えるのは楽しみですから」

知久『――はい。ありがとうございます』

ほむら母「お電話ありがとうございました。おやすみなさい」

知久『失礼いたします。おやすみなさい』

ピッ

ほむら母「……」

ほむら父「……ママ」   

ほむら母「……っっ」

ほむら父「……」ソッ


~~次の日、学校の渡り廊下~~


まどか「(チラ…)あっ、エイミー!」

タタ…

まどか「ふふ、今日も元気かな(ニコ…)」

ほむら「……」スタ…

まどか「ほむらちゃんにはまだ話してないっけ。

    前に言ってた、上条くんが助けてくれた子ってたぶんあの子なの」

ほむら「ええ。そうですね……」

まどか「?」

ほむら「――鹿目さんが魔法少女になるときに願ったことって……」

まどか「そういえばそれもまだ言ってなかったね。

    わたしはね、パパやママ、それにタツヤがずっと幸せでいられますように……、

    ってお願い事をしたの」ティヒッ

ほむら「!? そ、そう、ですか……よかった……」

まどか「?」

ほむら「あ、あの、そういえば。鹿目さんのお家では月末までのこと、どうなさるんですか?」

まどか「うん。パパとママがね……」

・・・

ほむら「……やっぱりわたしの家と同じですね。

    ワルプルギスと戦うのにしてもで危なくなったらすぐ逃げること。

    だけど鹿目さんのご家族は避難所に残られるって……危険だと分かってて」

まどか「わたし達が撃退できなければその連絡を受けて、

    大勢の人に危険を叫んで知らせるつもりだって」

ほむら「タツヤくんは……」

まどか「ママのほうのおじいちゃんとおばあちゃんの家に預けておくって」

ほむら「でも……」

まどか「『その“でも”は絶対に起こらないと約束しろ、でないと認めない』って」

ほむら「……」

まどか「それからほむらちゃんのご両親がほむらちゃんのことをすごく心配してるんだって。

    ほむらちゃんはわたしが無茶をしたらわたしが思ってるよりずっと傷つくから、

    そのことをよく考えなさい、って」

ほむら「ご、ごめんなさい……きっと母が……」

まどか「ううん、謝るのはわたしのほうだもの。

    でもほむらちゃんのママもパパもきっと、

    わたしが考えるよりずっとほむらちゃんのことを心配してるんだなって考えて。

    ほむらちゃんは何か言われなかった?」

ほむら「……いえ、無茶をするなとは言われましたが。

    それより当日、見滝原に来ないように言ったら、

    意外なほどすぐに聞き入れてもらえました」

まどか「心配してるけど、ほむらちゃんの考えを尊重してくれたんだね」

ほむら「そうなの……かしら…」

まどか「そうだ、一番大事なことを忘れてた。

    わたしまだほむらちゃんにお礼言ってなかったね」

ほむら「え……?」

まどか「わたしを守ろうって。そのために魔法少女になってくれたこと。

    ……ありがとう、ほむらちゃん」ニコ…

ほむら「わたし……全然守れてないよ……」

まどか「何を言ってるの。わたしがほむらちゃんにどんなに助けられてるか。

    ちょっと頼りすぎちゃってるかも……ずるいよね、わたし。

    前の時間に会ったのをいいことにほむらちゃんに無理ばっかり言って」

ほむら「たとえそうだって鹿目さんのためならかまわないよ。

    第一、わたしは隠してて鹿目さんはそのことを知らなかったんだから」

まどか「知らなかったんだから、なおさらだよ。

    前のわたしと今のわたしとじゃ聞いたことや話したことが違うはずだし、

    そのことでほむらちゃんを傷つけたこともあったんじゃない?」

ほむら「そんなことない。鹿目さんは鹿目さんだよ。かわりなんかない……」

まどか「ほむらちゃん、やさしいね。

    でもこれからそんなことがあったら一人でしまいこまないでいいんだよ。

    ……でもね、ずるいけどとっても嬉しいの。わたしのためにそこまでしてくれること。

    大好きだよ、ほむらちゃん」

ほむら「――ッ」

まどか「(コツ)ダメだな、これじゃ。わたしも頑張らなきゃ」ウェヒヒッ

ほむら「……鹿目さん。あのね」

まどか「うん」

ほむら「わたし、約束するわ。あなたが大切な人たちと一緒に笑顔でいられるようにするって」

まどか「ありがとう。ほむらちゃんも、だよ?」

ほむら「っ……」

まどか「だいじょうぶだよ、みんなで力を合わせれば。ね?」

ほむら「うん……」

~~ある日~~

ドカーン!

まどか「さやかちゃん!!」

まどか「だいじょうぶ!?」タタ…

さやか「おお、もう…」プスプス…

杏子「大丈夫に決まってるだろ。こいつの回復力からしたら」

まどか「でもっ!」

さやか「もうほむらとは組みたくない」

まどか「えぇ!?」

ほむら「……」

さやか「まどかやマミさんは飛び道具だから平気だろうけど、いきなり目の前で爆発とか、

    ちょっと勘弁してほしいんだよね。何度巻き込まれたことか」

マミ「美樹さんには、バット以外の武器ってないのかしら?」

さやか「(ガーン)ひどいっ。今さら遠距離に切り替えとか無理っすよ!!」

杏子「とりあえず轢かれたカエルみたいに伸びたまま話すな。

   あたしはちゃんと避けてるぞ。考えずに突っ込みすぎ」

さやか「そ、そんな! 杏子はあたしよりちょっと距離とれるじゃん!

    まどかなら分かってくれるよね?」ニギッ

まどか「いま、人のせいにしてるときじゃないよ。さやかちゃんも工夫したほうがいいと思う」

さやか「あんたもか……」ガク

ほむら「別にわたしが他の武器に変えてもいいんだけど」

さやか「な、何だその上から目線は!? もともとあんたが原因なんじゃないか!」

ほむら「上から……、って相性の問題をわたし一人に押しつけないで!」

杏子「おい二人とも。得物を動かせないなら戦術を変えるしかないだろ」

ほむら「だからわたしが他の武器を考えるって!」

マミ「暁美さん。その武器はどこから調達するつもりなの?」

ほむら「……」

マミ「魔女を狩れるほどの殺傷能力のあるもので、扱いやすい武器なんてそうそうない。

   前に魔法の使い方を提案したわたしも責任があるけど、

   今でさえけっこう危ない橋渡ってるわよね。

   ワルプルギスさえ倒せれば後のことはどうでもいいなんて考えてない?」

ほむら「……そんなこと……」

マミ「ここは佐倉さんの言うとおりだと思う。

   美樹さん、どうしても暁美さんと組むのはいや?」

さやか「いやです」

マミ「わかった。ならいい方法があるわ――」ニコッ

さやか「え?」パァ

マミ「――合宿よ!」ピッ

~~さやかの家~~


ほむら「というわけでよろしくお願いします」ペコリ

さやか母「いらっしゃい。気を遣わないで自分の家だと思ってね」

ほむら「ありがとうございます。お世話になります」

さやか母「さあどうぞどうぞ。いまお茶いれるから」スタスタ

ほむら「あ、おかまいなく……」

さやか「……」

ほむら「お邪魔するわね」

さやか「来なよ」スタ


~~さやかの部屋~~

ガチャ

さやか「荷物、適当に置いといて」

ほむら「えっと……いいのかしら」

さやか「合宿なんだからこうしなきゃ意味ないじゃん」

ほむら「合宿と言ってもこれじゃわたしが一方的にあなたのお家にお邪魔……」

さやか「だあっ。マミさんがこうした方がいいって言うんだから間違いないんだよ!」

ほむら「……」ポカン

さやか「…何さ」

ほむら「……いくら巴さんが言ったことでもあなたは従わないと思ってたわ。

    少なくともしぶしぶだと……なのに巴さんは間違ってない、とまで」

さやか「ああ、すっごくしぶしぶだったよ。あたし意地張ってたし。頭に血が上ってたし。

    だからマミさんは正しくて、自分は間違ってるんだって信じたの。

    むしゃくしゃするけどその先にある結論だけは正しいってわかった、決めたから、

    こうしてむしゃくしゃしながら決めたことを実行してるんだよ。

    その、何か……あんたとあたしに見つけられるように」

ほむら「(クス)そう。じゃ、遠慮なく」ドサ…

――


~~さやかの家の居間~~


さやか母「ねえあなたたち、ゴーヤのただの炒めととチャンプルとどっちがいい?」

さやか「チャンプルー」

さやか母「じゃあ卵買ってきて」

さやか「ただの炒めるのでいい」

さやか母「言いだしっぺでしょ。面倒臭がらずに行ってらっしゃい」

さやか「ああもう、お腹減ってるのに」ガタッ…

ほむら「……」スクッ…

さやか「(スタ)いいよ。あたしチャリ飛ばしてくるから。豆腐はあんだよね?」クルッ

さやか母「ええ。あとでほむらちゃんと食べるお菓子も買ってきていいから」

さやか「おし! じゃあほむら、適当にチョイスしとくね。行ってまいります」タタッ

さやか母「もう作り始めてるから早くね」

さやか「はーい」ガチャッ

バタン カチャリ…

ほむら「手伝います」

さやか母「いいのよ疲れてるのに」

ほむら「参考にしたいので」シャバシャバ フキフキ

さやか母「そうかぁ。ほむらちゃんはいいお嫁さんになるね」

ほむら「は、はぁ……」

さやか母「それじゃあ(コト ドサッ… ジャババ… ガチャ パシ カパン)、

    (カタン)ここにお豆腐を小さくちぎって入れてくれる」

ほむら「はい。(チョイ)このくらいでいいですか」

さやか母「そうそう。ひと口の大きさでね」サッサッサッ

ほむら「わかりました」チョポ チョポ

さやか母「最近あったかくなってきたわねえ」タン タン クリクリ

ほむら「そうですね。夜でも過ごしやすいくらい」チョポ チョポ

さやか母「毎年ね、ツバメが巣を作ってるお家があるの。

     その前を通るときに見るのが楽しみで」トントントン

ほむら「わかります。ヒナがたくさん顔を並べて待ってたり。

    お父さんお母さんも上手く飛んでエサを与えてるし。

    次はどうしましょう」チョポ

さやか母「(トポポポ… カチッ)それじゃあー? お味噌汁、たまねぎも入れよっか」ゴソ

ほむら「じゃがいもとわかめのですね……おいしそう」

さやか母「やっぱり二人だとはかどるわ。そこのお肉、食べやすく切ってくれる?」トン

ほむら「はい」ビリ モソ トン

さやか母「……そのツバメの子たちが最近電線の上に止まるようになってね。

     相変わらずそこで親からエサをもらってるんだけど」ムキムキ

ほむら「(スッ スッ)ああ、そういえばそういう時期なんだ。

    早くちゃんと飛べるようになるといいですね……」

さやか母「(トントントン)ええ。……あの子とつきあってると疲れるでしょう」ボロボロ

ほむら「はい……?」スッスッ

さやか「ほら、思い込みが激しいしすぐ突っ走るし」トントン

ほむら「あ、いえ……。洗っていいですか」

さやか母「ああ、ちょっと待って」ヒョイ タン タン

ほむら「わたしはまっすぐではっきりしたとこ、好きです」ジャババ ゴシゴシ ジャバッ トン タン

さやか母「ふふ。お父さんとも話すの。

    『さやかが男の子だったらいいのにな』、って」タン カチッ…

ほむら「確かに元気ですけどとっても女の子らしくて素敵ですよ」フキフキ

さやか母「(ガチャ)あら、あの子はやっぱりいい友達に囲まれてるわね。

     ほんと口ばっかりなのに」ツゥー

ほむら「そんなことは……。アク取ります?」

さやか母「お願い。(サッ ジュー…)小さいころからそうなのよ。

     そこの神棚だって『あたしん家もぱんぱんしたい!』てねだるからこしらえたのに。

     毎日のお供えは結局親に任せっきりだし」ピラ ピラ

ほむら「ああ、それは大変ですね……」スイ スイ

さやか母「今じゃテストの前くらいにしか手を合わせてる姿を見ないのよ。

     最近はお供えするの杏子ちゃんが買って出てくれるけど」ジュージュー 

ほむら「(クス)そういえば杏子……佐倉さんは?」スイ スイ

さやか母「しばらく巴さんの家に泊まるって」ジュージュー ピラ ピラ

ほむら「……すみません。まるで美樹さんのお宅を駆け込み寺みたいに」スイ スイ

さやか母「それはいいのよ、あなたたちは赤の他人ってわけじゃないもの。

     じゃがいも火が通ってるかな」ガララ パシ スッ

ほむら「(パシ)はい。(スプ)大丈夫みたいです」グツグツ

さやか母「それじゃたまねぎを入れてね」パシ ドササ ジャカジャカ

ほむら「(カタン)わかりました」パシ チョパパ

さやか母「(ジャカジャカ)……娘の大切な友達だから、

     お父さんとも力になれることがあればいつでもと話してるんだけどね。

     杏子ちゃんだけでなくほむらちゃんも、

     一人暮らしで寂しいときはいつでも来てちょうだい。お構いなしでよければ」フフ…

ほむら「……そう言っていただけるだけで」グツグツ

さやか母「あら、真面目な話、この年頃の友達って一生の財産よ。

     遠慮なんかしないでね?」パシ ドササ ジャカジャカ

ほむら「ありがとうございます。……さやかさんも口ばっかりじゃないというか。

    そのときそのときで真剣に考えてくれてます。お味噌入れましょうか」グツグツ クイ…

さやか母「ありがとう。(ガチャ ゴソ パタン トン)お願い。

     ……飼ってた犬だけは最後まで面倒みてたわね、あの子」ジャカジャカ

ほむら「(ジャジャー フキ)犬を……?」カパ スイ 

さやか母「(ジャカジャカ)ええ。あの子が拾ってきたの。

     本当に家族みたいによく可愛がってた。

     さやかに一番懐いてたわね」カパ ガチャ ゴソ パタン

ほむら「そうですか……」グツグツ コショコショ

さやか母「あとはわかめを。ありがとう、楽だったわ」ジャカジャカ

ほむら「いえ、こちらこそ」パシ ヌサ

さやか「ただいまー」ガチャ


――



~~さやかの部屋~~


さやか「ふぃー、食った食った」パーンパン

ほむら「ゴーヤチャンプル、ちょっと苦かったけどおいしかったわね」

さやか「それなら食べ慣れるともっと好きになると思うよ。

    最初にこの料理を教えてくれた人のだともっとおいしかったんだけどなあ」

ほむら「お母さん、料理教室に通ってたの?」

さやか「いや。近所の人が作って持ってきてくれたんだ。沖縄の人でさ。

    もっと豆腐がしっかり焼けてて、お肉がコンビーフなの。

    母さん手抜きというか手早くやっちゃいたい人だからなー」

ほむら「ならあなたが再現してみせればいいじゃない」

さやか「さやかちゃんは出されたものをおいしくいただく主義なのだ。

    ほむらも好き嫌いないんだな」

ほむら「体のために、ってしつけられたせいかしら」

さやか「そいえばほむらも作ってくれてたんだね。ごちそうさまでした」パチ

ほむら「(シャキーン!)わたしはアクとりをしていただけよ」

さやか「……」

ほむら「……」

さやか「赤くなるようなことをどうして自分からやるかなあ……」

ほむら「そ、そうね……」

さやか「……まあ気を遣うよね。

    あたしたち仲良くないのに仲良くしなきゃいけない、

    って目的でここに泊まりに来てんだもんね」

ほむら「はっきり言うわね……」

さやか「だってそりゃ、思ったこと言わなきゃ始まらないから。

    あんたはぶっちゃけあたしに何か言いたいことってある?」

ほむら「……あなたはわたしを殺そうと思えば殺せるのになぜそうしないの」

さやか「加減ゼロかよ! どこの猛獣なんだよあたしは!?」ガーン

ほむら「あなたは強すぎる。正直言って、ちょっと怖いわ」

さやか「そっか……。なあ、ほむら。いつかあたしたちが殺し合うことってあるのかな」

ほむら「……」

さやか「魔女になったわけでもなく魔法少女どうしでさ」

ほむら「……わからない。けど……」

さやか「人ってけっこう簡単に人を殺すんだな、って思う。訳のわからない理由がそろえば。

    そういう部分ってあたしにも……多分だけどある……と思う。

    あんたも、逆にあんたがあたしより強ければ、

    あたしを殺すかもしれないってことにならない?」

ほむら「……」

さやか「だけどあたしはあんたとそうはなりたくない。殺されたくないし殺したくない。

    仲良くなれなくてもわりと好きだから、ほむらのこと」

ほむら「……わたしは……。……」

さやか「じゃあ、あたしがあんたに思ってること。

    あんたはさ……真面目だし勉強もがんばってるし、

    きっと大人になったら頭を生かした仕事についてるんだろうなあ……と思う」

ほむら「将来のことなんていまそれどころじゃないわ。

    頭なんて鹿目さんを助けられるのに必要な方法も思いつかないし。

    ……真面目だっていうのも良く言ってるくれるのは嬉しいけど、

    ただラクしてるだけよ」

さやか「ほう、ラクとな」

ほむら「ええ。あなたみたいに辛いときでも明るく振る舞うとかできない。

    思ったことがそのまま顔にも行動にも出るし。

    まだ人見知りの癖が抜けずに独りでうじうじ考える、そのほうがラクで、

    人の気持ちとか空気を読んで相手の立場に立つ努力を放棄してる」

さやか「人の気持ちを考えられないやつでもないでしょ。依怙地でネクラなだけで」

ほむら「うっ…」

さやか「なんだっけ、人を心配すると書いてやさしい?

    ほんとに困ってる誰かのためになろうとか考えたら暗さも必要じゃん。

    逆に言ったら暗さがなきゃ優しくないじゃん。

    明るく積極的で前向きな子って人からもらうことばっか考えてるのが多いし」

ほむら「……わたしは優しくはないわ」

さやか「まどかを生き返らせたいと願えばいいところをわざわざ自分で守りたいとか」ハン

ほむら「ううっ……」

さやか「……まどかにしてもマミさんにしても、

    街じゅうがめちゃめちゃになってるのに自分だけ生き返っても喜ばなかっただろ。

    それくらいはあんた考えてたんじゃないの」

ほむら「ちがう。わたしはただ、

    光を差しいれてくれた人さえ無力に見送るだけの自分に耐えきれなくて……、

    情けない悔しい思いをするだけの自分を変えたかっただけ……」

さやか「(フン…)自己チューだなァ」

ほむら「……」

さやか「でもあんたの心の種火は死んでなかった」

ほむら「…」

さやか「きっとあたしの知らないいろんなことがあんたにはあったんだろうけど」

ほむら「……種火?」

さやか「なんて言ったらいいのかなぁ。(ボリボリ)
  
    あたしってバカだからさ。口が上手いヤツにはもう何度も騙されたことがあるんだ。

    でもあんたは自分の都合を隠そうとしない。そこはまず好きだよ」

ほむら「……」

さやか「言葉のうえだけで、いやきっとそれ自体は人として正しい道があるとするじゃん。

    正しいから相手に反論しようにもできないでさ。

    その正しい道を人を奴隷みたいにコントロールする道具として利用するのがいる。

    そういう奴にかぎって、自分の都合は決して表に出そうとしないんだ。

    自分は欲望に忠実に生きます、って宣言してる奴のほうがまだ分かりやすいでしょ」

ほむら「そう……。でも、いちがいに言えないんじゃない。

    誰にでもバカ正直な態度を取り続けると自分のほうが危うくなるでしょう」

さやか「うん。だからまどかのママは凄いな。

    きっとあたしなんかが考えるよりずっとズルい手だって使いこなしてるはずだし。

    でもそんな自分に自分が喰われないで……種火が消えてないんだ」

ほむら「種火って、人間らしさのことかしら」

さやか「うーん、少なくとも正しい、ってこととは別のことだと思う。

    ほんとの意味での自信っていうか、何があっても揺るぎない、静かで熱いの。

    たぶん正義ともちがうんだ……。もっと個人的に、

    自分が生きる方向はこっちだって教えてくれる道しるべプラス点火~! みたいな」

ほむら「いちおうわたしにもそれがある、って買ってくれてるのね」

さやか「うん」

ほむら「ありがとう。

    でもわたしは何でもかんでもあなたに自分の都合を話してるとは限らないけど」

さやか「応とも。

    いやだから、種火イコールあたしに自分の都合を話してくれる、じゃないよ?

    あんたがいけ好かないことすりゃあたしは敵になるだろうし」

ほむら「やっぱりあなたの言ってることがわからないわ……」

さやか「そう深刻に考えなくていいよ。

    最近つくづく思うんだけど人間って変わるんだな…って。

    前はノリ良かったのに、急にツンとしたやつになったとかさ。

    おとなしい子だったのになんかある日からハッキリ物を言う子に変身したり。

    何があったのか知らないけど」

ほむら「それで?」

さやか「あ、ほむらのことじゃないよ。小学んときから知ってる他のクラスとかの子の話」

ほむら「わかってるわ」

さやか「(気難しいなぁ…)あー、だからそう言ってるあたしもあの子がいいだの悪いだの、

    勝手に決めつけてるってんでほめられたもんじゃないわけ。

    よくまどかは一緒にいてくれるよなー、って思うくらい。…だからさ」

ほむら「…? …?」

さやか「仲がいいとか悪いとか。そりゃあいい方がいいに決まってるけど。

    それより相手とどれだけ本気で関われたか、って思い出のほうがその…、

    あとになって大きい気がする。

    ぶつかることになってもそれは相手を分かろうとするからで」

ほむら「…」

さやか「だからっていつもケンカ腰なのも考えものなんだけど。

    まどかはどうしたら仲良くなれるか、ってことに本気だし。

    ……それがあの子の気の弱さから来てるんだとは言いたくない。

    あの子がいちばんたたかってるところをズケズケ言うやつがいたらぶんなぐるよ」

ほむら「好きなのね、鹿目さんが」

さやか「うん。……あんたとあたしと仲が悪くなることがあっても、

    あたしがここであんたに言ったことは本当にいま思ったことだよ。

    責任はとらないけど」

ほむら「うん、分かる。……で、けっきょく種火ってなんなの」

さやか「あんたの場合、すべてがまどかに向かってるというか……」ウーン

ほむら「(コク)」

さやか「わかりやす。けど言っとくぞ。まどかはあたしの嫁になるのだ」

ほむら「旦那を取るのか嫁を取るのかはっきりしたら?」

さやか「悩むなあ。まどかはかわいいからなあ」ヒヒヒ

ほむら「まああなたが誰を好こうが勝手だけど」

さやか「そうつれないこと言わないで。参考にアルバムでも見ようではないか」スタスタ パシ

スタスタ ドサ パラリ…

さやか「ねえ、ほむらも見てくれよ。(ゴソ)お菓子でも食べながらさ」パカッ…

ほむら「(チラ)もう……そんなことしてる場合じゃ可愛いわ鹿目さん」ズイ

さやか「でしょでしょー」ビリ

ほむら「……この犬、可愛がってたんですってね。お母さんから聞いたわ」

さやか「(ポキッ…)……ああ。いい犬だったよ」スッ

ほむら「(チョイ)……そう」ポキッ…

パラ  パラ

・・・

ほむら「――鹿目さんのもっと小さいころの写真ないの?」パラ…

さやか「ないよ。これが一番古いのかな」

ほむら「え……?」

さやか「あの子、小五のときにここに越してきたんだもん」

ほむら「……」

さやか「そんな顔しなさんな。

    ほら、まどかん家で見るほうがありがたみが大きいってもんよ。ね?」

ほむら「そうね……前にすこしだけ見せてもらったわ」

さやか「なあんだ。ならわざわざここで見なくてもいいじゃん」

ほむら「さやかのところなら、また違った鹿目さんの写真があると思ったから。

    でもないなら……いいわ。ええ」

さやか「よし。それなら修行に行くか!」スクッ

ほむら「修行?」

さやか「うん! ほら、山奥とかにこもってさ、

    ひたすら厳しいトレーニングとかすんの。合宿ってそういうことでしょ?」

ほむら「(ハァ…)確かに巴さんはわたしたちの信頼関係を深めろと言ったけど。

    ……山籠もりのあいだの見回りはどうするのよ。みんなに任せっぱなしにする気?」

さやか「あ、そうか……」

ほむら「これは提案なんだけど。

    魔女結界の中でならどんなに暴れようと物的被害は出ないし、人目にもつかないわ。

    あくまであなたとのペア固定のうえで今までどおり見回りに行けばいいんじゃない?」

さやか「この子も嫁にしようかな。(なるほど、そうしよう!)」

ほむら「それじゃ早速行きましょうか」パタン スクッ…

さやか「(ブブブ…ブブブ…)ん、ちょっと待って。……はい、もしもし。

    ええ、大丈夫っす。はい、…はい。じゃあ言いますよ。090…XXX5…4X31。

    …いえ、それじゃあたしたちこれから見回りに行ってきまーす。

    はい(ピッ)よし、……どこ行こうか」

ほむら「巴さんも鹿目さんも今日はお休みだから、杏子たちは見滝原を回ってるはずだわ。

    わたしたちは見滝原をざっと回ってから風見野に行ってみない?」

さやか「うん、さあ出発!」

~~まどかの部屋~~


まどか「さやかちゃんたち、どんな感じでした?」

マミ「思ったよりうまくやってるみたい。声色が明るかったわ。

   さあて、こちらは順調かしらね」

ピッピッピッ…

マミ「……もしもし上条くん? 巴マミです。番号、美樹さんから聞いたの。

   今、大丈夫? 佐倉さんと一緒かしら。ええ、お願い」

杏子『マミか! 何の用だ!』

マミ「……あなたたち二人での見回り、どうしてるかなって……」

杏子『ああ、そうだとも! どうもこうもねえ! いま女と男の問題で忙しいんだよ!』

マミ「それってついさっき見回りをしていたら駅のホームから女性が飛び込んだのを目撃して、

   電車の接近に気づいた上条くんが後先考えず自分も線路に飛び込んで助けようとして、

   結局あなたが二人ともひっつかんで助けだしたところが、

   その女性が魔女の口づけを受けていて、行きがかりで身の上相談に乗っていたら、

   悪いホストに騙されてお金を巻き上げられていたっていう内容だったとか?」

杏子『当てずっぽうで適当なこと言うな!

   全然違うぞ、本人に騙されてるって自覚がねえんだよ!

   用がないならもう切るぞ!』

マミ「邪魔して悪かったわ……がんばってね」

ピッ…

まどか「……マミさん?」

マミ「ワルプルギスとの戦いに備えて今日くらいは英気を養おうと思っていたけど……、

   みんなが頑張ってるのを聞くとうずうずしてくるわね」ウーン

まどか「あ、それじゃあ……いまから見回りにいきますか?」

マミ「もっと……、そうね。

   ワルプルギスの夜が来るまでに鹿目さんの必殺技をひとつ開発してみない?

   前に見せてくれたノートあったでしょう」

まどか「必殺技……、ですか…」スタスタ スッ

スタスタ… ストン…

まどか「(パラパラ…)これ……ですよね」ピタ

マミ「ええ。魔力のコスパから考えるとちょっとロマンすぎる。

   反面、この規模の魔力を最大値にもってくれば、

   今より余裕のある出力調整が可能になるわ。

   あなたの実力の底上げに貢献してくれるんじゃないかな」

まどか「あの、じつはこれやめようかな、って思ってて……」

マミ「技じたいは完成しなくていいのよ?、と最初から言ってしまうのはなんだけど。

   開発を目的とした訓練が結果的にあなたの強化メニューも兼ねて――」

まどか「ご、ごめんなさい、マミさん……」

マミ「……」

まどか「……他の方法はないでしょうか」

マミ「――この技の誤作動が怖いのね」

まどか「(ハッ)えっ…」

マミ「あなたは既に、かなり前……魔法少女になったばかりで、

   わたしにノートを見せてくれた頃から、

   いままでに時間を見つけては独りでこの技の練習を重ねてる。

   それこそ魔女の討伐に疑問を感じているときでさえ止めなかった。

   でもキュゥべえから魔法少女がやがて魔女になると聞かされたあたりから、

   その頻度がさがってる」

まどか「‥どうして……」

マミ「あなたのソウルジェムの穢れの溜め具合。

   シフトに入ってる日でもないのにけっこう魔力を消費していたり、

   戦いで消費したはずの量より明らかに濁っていたり。

   鹿目さんはあまり日常生活に魔法を使う子でもない割りにね。

   わたし達への負い目からか、回復もあまりしなかったようだし」

まどか「……」ポカーン

マミ「魔女のなりたちを知る以前から……魔法少女の仕事に疑問を持ちながら、

   そんななかで努力していたこと、尊敬するわ。

   星明かりだけの闇夜のもとでゴールも分からず駆け続けるようなものだったでしょうに」

まどか「……っっ」

マミ「もういちど、やってみようよ」

まどか「…でもっ、‥でもっっ…!」

マミ「うん」コク…

まどか「何回やっても撃った矢がひとつ、自分のほうに飛んできて……。

    他のはねらった場所に当たるのに…、なんで…っ、

    あたし、みんなに当たったりしたら……っ!!」

マミ「――それは何も不思議じゃないの。

   あなたはすべての魔女を消し去りたいと願ってるから。

   ……ソウルジェムが魔女を産むなら、魔法少女を一掃すればいい。

   あなたのこころがそう選択して……、

   極論ではあるけどわたしも肯ける、ごく自然な結論よ」

まどか「でもあたし、みんなと生きたい!

    いつかは魔女にならなくちゃいけなくても……、

    だから、それまではみんなといっぱい……っっ!」

マミ「ならあなたのその想いをこの技に織り込みなさい。

   あなたの正しさが導きだした当然の結論に対抗して、

   あなたが皆とともに生きたいと希求する想いを認めさせるの。

   魔法は決して冷たい正しさだけで構成されてるものじゃない。

   祈りのもつ純粋さは決して無垢な心だけが生むものじゃない。

   矛盾を認めて、欲を認めて、それでもなお正しさから目を逸らさない。

   魔法はあなたの祈りの顕現よ。

   あなたが強く願えば、ソウルジェムはきっと応えてくれる」

まどか「……」

マミ「理論上はね。あとは実践あるのみ」スク…

スタスタ ボシュ スタスタ ソッ

まどか「(ペコ チーン)……どうやるんですか」

マミ「目のまえに実験台がいるじゃない」

まどか「…………」

マミ「安心なさい。そう易々とあなたにソウルジェムを砕かれたりはしないから。

   わたしが信じられない?」

まどか「…」フリフリ…

マミ「なら決まりね。それはそうと……ちょっと技名が長いわね……」フム

まどか「そ、そうですか?」タハハ…


――

~~操車場~~


ギュオオ…… カツン ヒョイ

杏子「(スタッ)これ、頼む」トン

恭介「(コオォォ…)おつかれ。……この人の首についてた印、消えたみたいだね」スッ

杏子「(パシ)だとしても、あんたがしっかりしなきゃまた魔女に取り憑かれるぞ」

アケミ「ごめん……以前にもあんた達みたいな子に助けてもらったことがあるんだ。

    あたし、もう駄目かも……」

杏子「なんだって? ちょっと詳しく聞かせてみろ」

アケミ「うん……」

――


恭介「はあ。お話をうかがった限りその男はあなたを利用してるだけだと思うんですが……」

アケミ「会ったこともないのに悪く言わないでよ。彼が成り上がりたいって。

    いつか自分のお店を持つって夢をあたしは応援したいんだ。

    そしたら一緒になってくれると思うし」

恭介「あなたがそれで幸せになってくれればいいにしてもですよ。

   なんか今の段階でボロボロになってるのを見過ごしてる人間というか……佐倉さん?」

杏子「……ちょぉムカツク……」ギラギラ

恭介「落ち着いて。(ブブブ…ゴソ)ん? (ピッ)はいもしもし。……あ、どうも。

   ええ、大丈夫です。はい、代わります。…佐倉さん、巴さんから」スッ

パシ

杏子「マミか! 何の用だ!」

・・・

杏子「(ピッ)……」スッ

恭介「……」パシ ゴソ

杏子「――フン。それにしてもあんたも助けがいのねえ奴だな。

   別にアタシに関係があるわけじゃないけどさー、

   あんたが仕事で稼いだ金を何の苦労もせずにせしめてる男がいるってのが面白くないね」

恭介「……魔女に憑かれる心の隙というか元凶を断てれば大丈夫なんだよな」

杏子「ああ、とりあえずな。でもアケミ、って言ったか。

   あんたその男の本性と向き合う覚悟があるか?」

アケミ「……うん。あの人こと、確かめられるならそうしたい」コク

杏子「(ニヤリ…)いいだろう。あたしに考えがある。会ってみようじゃねえか、そのホスト」

――


~~駅前通り~~


ガヤガヤ…

さやか「なんか二人でこう夜の街歩いてるとさ、デートしてるみたいだねっ」スタスタ

ほむら「ちょっと違うわね。

    デートの相手を今探し回ってるところって言ったほうがいいかも」スタスタ

さやか「つれないなあ、ほむらちゃん」スタスタ

ドン

さやか「あわわ、ごめんなさい! よそ見してました!」ペコ

怖いおじさん1「おお、すまんな」スタスタ

ホストB「……」ブルブル…

怖いおじさん2「(チラ)……っ」スタスタ

ほむら「怖い雰囲気の人たちだったわね」

さやか「……?」

ほむら「どうしたの?」

さやか「いや、今の人、左手だけ妙に華奢だったというか……」

ほむら「よく見てるわね、すれ違っただけで……驚いたわ」

さやか「あたしも。なんでそんなとこに気づいたんだろ……変な感じ……」

ほむら「まさかあなた、事情も知らないのにあの人たちを追おうとか考えてない?」

さやか「いや……考えてない。行こう、電車出るよ」クル スタ

ほむら「……?」スタスタ


ス…

杏子(やれやれ……)フゥー…

~~河川敷、高架橋下~~


ダダダッ

バシュシュシュシュ……ッッ

マミ「くッッ」バッ

ボシュシュ

マミ「ッッ」キュルッ

ヂッッ

マミ「ぐッ!!」トッ 

フラ…

マミ「(ハッ)」クルジャキッ

パアキュウウウゥゥンンッッ……

マミ「ハァッ、ハァッ……」シュゥゥ…

まどか「マミさん、だいじょうぶですかッ!?」

マミ「(ゴソ)集中しなさい、次!!」シュッ

まどか「(パ、パシ)は、はい!」カチ フゥゥ…ゴソ キリリ…

マミ「(ポゥ…)(鹿目さん……やはり。

   美樹さんに及ばないとはいえ、潜在的な素質にはすさまじいものがあるわね……)」

ダッ


――


~~ホストクラブの事務室~~


杏子(これがこいつの履歴書か……。筆跡ついでに指紋も拝借しとくか)スッ ポゥ…


~~歓楽街、廃ビルの一室~~


ホストB「ひいいっ、や、やめろよォっ……」ビクビク

怖いおじさん1「あの女の借金代わりに払ってくれたら何もしねえよ」

怖いおじさん2「あな…お前に貢ぐために借りたんだとよ。

        だったらお前が利息の分まで返すのが筋ってモンだよなあ?」

ホストB「し、知らねえよ、関係ねえし!

     くそ、アケミのやつ俺の足を引っ張りやがって……!」

怖いおじさん1「自分の店持つんだって? その金は貯めてあるんだろ?」

ホストB「そ、そんなの車とかにさ……。

     ほら、アンタ達も男なら分かるだろ?」ニヘラ

怖いおじさん2「……男なら分かるのかもね」ボソ

怖いおじさん1「で、どうしてくれるの。

        今後きちんと稼いで返してくれるってんなら待ってやってもいいぞ。

        モチロンその分の利息もいただくけどな」

ホストB「だから、俺は関係ねえって! あいつが勝手にアンタ達から借りたんだろ!」

怖いおじさん2「……ほんとうにそのアケミのために払う気ないの?」

怖いおじさん1「お前さんが払わねえとなりゃ、

        アケミちゃんの親きょうだいに押しかけるしかねえんだけどなあ。

        男なら惚れた女の家族まで泣かせたくはねえだろ、え?」

ホストB「最初から惚れてなんかいねえよ! 

     スジっていうなら家族に払わせるのがスジだろ!? 

     なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけねえんだよ!!」

怖いおじさん2「……」

怖いおじさん1「……」クイッ スタ…

怖いおじさん2「…」コク スタ…

ホストB「オ、オイ……。どこ行くんだよ」スタ…

怖いおじさん1「(ギロッ)」

ホストB「ひっ」ビクッ

バタン …カチャリ

ホストB「(ガチャガチャドンドン)おい出せよ、出してくれよお!!」

怖いおじさん2「……」

怖いおじさん1(佐倉さん。プランBへ移行しろ)      

~~ホストクラブ~~


ニヤリ…

ホストB「ハイ! ハイ! 注目注目~~っ」パチパチパチ…… ピランッ

ホストA「どうしたんだよ突然ってそれ何?」

ホストB「絶賛キャリーオーバー中の宝くじでーす。(ササッ)

     ハイ、ここでサイトに出てる当選番号をショウさんに読み上げてもらいまーす!」

ホストA「……21」

ホストB「(ニコッ)このくじの番号にあったら言ってくれるかな?」ピラ

女性客「21……えまさか?」

ドヨ…

ホストA「8……!」

女性客「えと、8……!?」

ザワ…ザワ…

・・・

ドッ ガヤガヤ…

ホストA「うおおお8億当たってんじゃん!!」

女性客「これマジ!? 初めて見たわ!」

ホストB「(ピラッ)こんな運が回ってきたのもひとえにここにいる皆さんのおかげっす!

     ショウさん、俺ちょっと今日は調子乗っていいっすか?」

ホストA「いいよいいよ乗りなよ調子!」

ホストB「今日は全部俺が持ちます! じゃんじゃんおろしてください!」バッ

女性客「(パチパチパチ…)おおーっ。ここ来たことない友達呼んでいい?」

ホストB「どんどん呼んで! 俺を上げると思ってお願いしまっす!!」ニコッ

ホストA「俺お前は絶対成り上がる奴だと思ってたわ正直」

ホスト「いや、ショウさんにはずっと敵わないっすよー」

ガヤガヤ…

――


ワイワイ ガヤガヤ…

内勤の男性「ちょっと」クイッ

ホストB「はい」スタスタ

内勤の男性「(ヒソ)おいお前、大丈夫なのかよ……」

ホストB「そうっすね。自分もちゃんとしときたいので紙、あります?」

内勤の男性「俺もそこまでは言わねえけどさ……」

ホストB「いえ。迷惑かけたくないんで、お願いします」

内勤の男性「わかったよ。悪いな。おい、ちょっとここ見といてくれ」スタスタ…

ホストB(恭介。そろそろだ)

・・・

ホストB「(カキカキ…)これでよし。金額はお店のほうで書いといてください」スッ…

内勤の男性「(パシ)本当にいいのか……つってもあんだけおろしちゃもう遅いけどな」クス

ホストB「ハハハ……、俺ちょっとトイレ行ってきます」スタ…

内勤の男性「あんま無茶すんなよ」

ホストB「ハーイ」

スタスタ…


~~歓楽街、廃ビル~~


カチャリ ガチャッ

怖いおじさん1「もう行っていいぞ」

ホストB「チクショー、何なんだよクソ……」ダダッ

ダダダッ… 

怖いおじさん1「……大丈夫ですか」

怖いおじさん2「……」


~~歓楽街、路上~~


スタスタ…

ホストB(そろそろ幻惑を解くか……路地にいったん隠れてっと)ヒョイ フゥゥ…

タタタタタタッ

ホストB「くそ、遅刻だわー」タタタッ

ヒョイ

杏子(急げよ。美しい勤労生活がアンタを待ってるぞ)チラ

スタ…

杏子(……魔法にかけられたままが幸せだったってことは、ないよな……)スタスタ

補導員「ちょっとあなた」スタスタ

杏子「(ビシッ)こんな時間までお疲れ様です!」ペコッ

補導員「はい。あなたも頑張ってねー」スタスタ

杏子(……少なくともこんな魔法を使うのが板についちゃいけねえわ、あたしも)カキカキ スタスタ

~~歓楽街、廃ビルの一室~~


アケミ「……」

恭介「……君がこの辺りに詳しくて助かったよ」

杏子「このビルはたまたまさ。

   マミと一緒に戦ってたころ、ここに魔女が出たことがあってな。

   廃墟で肝試しみたいな気分で浮かれててね。

   置きっぱなしのカギを使って一部屋ごとドアを開けてはあたしだけで盛り上がってさ、

   マミにたしなめられたっけか。

   あとはマミと別れてからちょいとここらで遊んだし」

恭介「さらっとすごいことを言うね」

杏子「そうでもねえよ。何より肌に合わなかったし、マミと鉢合わせでもしたらばつが悪い。

   その頃は今みたいに魔法を使いこなせなかったってのもあるから、

   色々と都合が悪くて早々に撤退したけどな。

   いずれにしろあたしみたいなお子様には良さの分からねえ街だったってことさ」

恭介「ふーん…」

杏子「さやかに会ってからかな。なんか初心にかえったのか、

   本来の魔法が戻ってきてさ……。あ、あいつには言うなよ! 調子に乗るから!」

恭介「わかった」

杏子「(フゥ…)……アケミ、落ち着いたか?」

アケミ「……うん。もうバカバカしくて、逆にスッキリしたわ」

杏子「……あたしみたいなガキが言うことじゃないけどさ。

   誰かの幸せを願って頑張ったってことは誰もバカになんてできねえと思うよ。

   それがどんな結果に終わったとしてもさ……」

恭介「……!」

アケミ「うん、うん……。ありがとね。

    あんた達よりずっと年上なんだから、いい加減しっかりしなきゃね」

杏子「一応確認すっけど本当に借金してるってことは……」

アケミ「ない。なんかそこだけ変なプライドがあってね」

杏子「よかった。にしても人が良すぎねえか。貢いだ分くらい返してもらっても……」

アケミ「(フリフリ…)もういい。新しく出直したいから」

恭介「佐倉さん。何も盗ってきてないよね?」

杏子「ああ、アケミがそうしろつったんだから余計なことはしてねえよ。

   奴のスマホもちゃんと店に置いてきたぜ。……出直すって、これからどうすんだ?」

アケミ「うん、もうあがるかな。地元に帰って」

杏子「そっか。あんたなら幸せになれるよ。行くなら早いほうがいいな。

   ……ここが消し飛んでなけりゃの話だが、何かあったらまた来いよ。

   あたしは相変わらず、見滝原か風見野でウロチョロしてるだろうから」

アケミ「あはは、本当に親身になってくれるんだね。嬉しい……。

    でも大丈夫。ここからはキミたちに頼らずになんとかするよ。

    あたしもあんたに負けないようにいい男捕まえなきゃいけないし」

杏子「いい男ならあんたをほっといたりはしないだろ。

   ところでこいつの彼女とはあんた、駅前ですれ違ってるぞ。

   お下げ髪のメガネじゃないほうだ」

アケミ「ああ、あの時の。そうなんだ。キミもありがとうね。役者さんになれるよ、あの演技」

恭介「いえ。半分演技じゃありませんでしたから」

アケミ「ふふ。……あのお下げの子にもよろしく伝えておいて。わたしはもう大丈夫だって。

    前にあの子とあともう一人、別の子に助けてもらったんだ」

杏子「わかった。伝えとくよ」


~~歓楽街の外れ~~


スタスタ…

恭介「あの人、また魔女に取り憑かれたりしないかな」

杏子「もう大丈夫だよ。まあ終わったこととはいえ、ロクでもねえ男がいるもんだな。

   お前みたいな人畜無害なのも考えもんだけどさ」

恭介「ははは」

杏子「……それでいいのかもしれねえな。

   下手に正しいと信じたことを貫こうとして、周囲まで巻き添えにしちまう男よりは……」

恭介「……親父さんのこと?」

杏子「……」

恭介「佐倉さんは父親に対して怒ってる?」

杏子「いや。むしろ親父があたしに対して怒るのは無理もないさ。

   実際あたしは大勢の人間の心を操っちまったんだからな。

   ただ話を聞いてくれるだけでよかったのに。

   聞いたうえでならその人の意志で入信するしないでよかったのにな。

   そりゃ説教するたびに真面目に話を聞かなきゃならなくなる願いなら、

   完全に操られてるのも同然さ。

   結局、親父の説いた教えの正しさで人が集まったんだって証明はできてない。

   親父に申し訳ないし、あたしも悔しいまんまだよ……」

恭介「本当に自分の意志で集まったのかどうか分からない信者の人たちにもね」

杏子「……ああ」

恭介「――もしかして君のお父さんが人々に説いてたのって、

  『神が人を赦すように人も神を許せ。神が人を信じるように人も神を信じよ』。

   そんな教義だったんじゃないか?」

杏子「…………まさか、親父と会ったことあるのか」

恭介「いや。今の君を見ていたらなんとなくそう思ったんだ。

   だって、君は親父さんを許してる。最後まで君を信じてくれずに勝手に死んだ父親を。

   それが出来るのは一人の人間としての弱さを持った存在なんだって認めてるから……」

杏子「さあな。でも合ってるよ。親父の説教はそんな内容だった」

恭介「子どもが親から自立するように、

   どうしようもなく理不尽なこの世の中を神様のせいにしたりしない。

   神は全知ではあっても全能ではない、って。

   本部からすれば脅威以外のなにものでもない。

   神に救いを求めてすがる信者に、

   本来の教義と現実を擦り合わせた指針を与えることで成り立ってる組織なんだから。

   その財政基盤を揺るがしかねない教えを当の所属している牧師が説こうというのだから、

   神を人と対等の存在とみなすとは何事かとでも言って破門する以外なかったろう」

杏子「でも親父はこうも言ってたんだ。

   『希望を持ちましょう。希望を持つことこそが大事なのです』って……」

恭介「すごいと思うよ。

   本当に何もかもすがる対象を取り払ったうえでそこにあるのが希望だというのが。

   だけど本当に信仰を持つってそういうことなのかも。

   神様が何かしてくれるから信じるんじゃなくて、

   ただ愛をもって見守ってくれるから信じるんだと。

   人はよく神様がいる証拠を出せというけど、神様がいるなら証拠なんて残さないと思う。

   だって、証拠がないのに信じるってことが信じるってことだから。

   助けてくれないのならいっそ神などいないと言ってしまったほうが楽かもしれない。

   そこは各人の捉えかた次第だと思うけど、ただ、もし神様がいるとしたら、

   証拠がないからいないと決め付けるのは悲しいことだと思う。

   それだと自立じゃなく孤立になってしまう。

   たとえこの世の親は根っからの人でなしでひどい仕打ちをするやつだったとしても、

   神様がそんな存在ではないんだ」

杏子「そう思えるのはお前が恵まれた家庭に生まれたからだろ」

恭介「ああ、そう思えることに感謝する。

   迷妄と言わば言え、改宗する気はないけど、

   僕は君の親父さんの言ってることは間違いじゃないと思うぞ。

   たとえ間違ってても正しい」

杏子「(ポリポリ…)あたしも親父に文句言うつもりはないけど。

   親父自身、最後はどう思ってたのかな……」
   
恭介「……」

杏子「あたし思うんだけどさ、

   親父って人間は信じられないくらい神と縁が薄い人間だったんだな」

恭介「結果から見たら?」

杏子「ああ。まああたしの言動は棚に上げるとしてな。

   神と縁が深くて不思議と何かにつけ助けられ幸せに導かれるような人に比べたらさ。

   同じ努力をしてても運がいい、ていうのか、そんな人間だっているだろ。

   努力の方向を間違えたんだなんてあたしは言いたくねえし、言う資格もねえ」

恭介「縁が薄いからこそ求めるんだ。いま親父さんならそう言うと思う」

杏子「(クス)なるほどね」

恭介「……さて、用も済んだし場違いなとこから離れようか」

杏子「ああ。…(チラ)…――ンッ!?」ピタッ

恭介「どうした?」

杏子「まどかとマミが戦ってる」ジッ…

恭介「(ジリ…)応援に――」

杏子「いや。二人がぶつかってるんだ。‥かなり離れてんのに」

恭介「それって…、模擬戦とか?」

杏子「まどかが殺しにかかってる」

恭介「――」

杏子「それをマミが捨て身の一撃でかろうじて相殺してる。この状態が続いてんだよ」

恭介「‥そんなことまで分かるもんなのか?」

杏子「お前……何も感じないのか」

恭介「いや……ってか止めにいかなくていいの?」

杏子「…………あたしは音楽のことはわかんないんだけどさ。

   コンクールで他の演奏者と競いあってるときとか、

   ソロでオーケストラと取っ組みあってるときに他人が止めにきていいもんなのか?」

恭介「……」

杏子「そりゃ魔力の気配があったから気づいたんだけどさ。

   うまく言えねえけどそれに乗ってるもんがもっと細やかっつか、

   それでいて気を張ってねえとこの距離でも呑まれかねねえ感じがするっつか……」

恭介「……たぶん分かるよ。喜怒哀楽みたいな日常的でのっぺらした感情じゃなく、

   愛とか憎しみとか恐怖とか欲望みたいに人を捕らえる根源的な本能でもなく、

   それらを昇華させたもの。およそ生物のなかで人間だけが削り出せる何かだ」

杏子「あー…いやうん。その何かを、マミだけならともかくだな。

   まどかがすげー出しまくってんだよ。あいつあんな…へえ……」

恭介「お互い、命は大丈夫なのか?」

杏子「マミがミスらなきゃな。まどかはいったい何なんだ、これは……?

   マミがずっとぎりぎりまで追い詰められてる。んで最大級の攻撃でやっと防御できてる。

   たぶんまどかは全然考える余裕ねえだろうからそれも計算に入れながら、な」

チカッ チカッ…

恭介「佐倉さん」

杏子「(ニヤリ)……おや、ここにきたかいもあったぜ。

   さやかとほむらも悪戦苦闘して頑張ってんだもんな。

   突っ立ってないで仕事すっか」ジャリ…
   
恭介「(コク)」

スタ…


~~ラーメン屋~~


さやか「うまいっ!

    いやー、杏子にはいい店教えてもらったわー」ズズズ

ほむら「そうね」ズズ

さやか「ここはギョーザも絶品なんだよ。ほむらもどう?」

ほむら「わたしはもうやめとくわ」

さやか「よし! ギョーザ1人前追加お願いしまーす!」

店主「あいよ、ギョーザ1人前ね!」ジャカジャカ

ほむら(……こんなことしてていいのかしら)ズズ 

―――
――


~~数日後、ほむらの部屋~~


マミ「では、美樹さん、暁美さんコンビ結成記念パーティーを始めます!」グッ

パカパカパカーン!

杏子「(チャッ)っしゃあ、食うぞ!」

さやか「(ピッ)こら、あんた何も準備の手伝いしてなかったでしょ!」

杏子「いーや? ここに来る前にまどかのリハーサルに付きあ」モゴッ…

まどか「(ピタッ)きょ、杏子ちゃん! えへ、へへへ……」ヒシッ

ほむら「?」

マミ「(コホン)。その前に二人から成果報告と今後の抱負を語ってください」

さやか「えーと、あたしたち、まあ……ね?」チラ

ほむら「(チラ)とりあえずまとまったわ、臨機応変にいける程度には。

     巴さんも一つのユニットとしてわたしたちを使って」

杏子「(チャッ)っしゃあ、食うぞ!」

マミ「佐倉さん、そろそろ祝砲を打ち上げてもいいかしら」ニコ

ほむら「やめてマミ主にわたしが怒られるわ」

マミ「(フゥ…)言ってみただけよ。……二人とも頑張ったのね。

   今後どんな戦況が訪れるかわからないから、その言葉は心強いわ」

さや・ほむ「(ニコ…)……」

まどか「杏子ちゃん、ほら……。ごちそうの前にアレを……」

杏子「ああ。マミ、でもここさ。音が……」

マミ「(スタ…)任せてちょうだい」スッ シュルル…… フゥゥ…

まどか「あ、リボンが消えた……?」

マミ「大丈夫、思い切り歌ってくれて構わないわよ。はい」カチャッ…

まどか「(パシ…)? マミさんがマイク持ってたほうが……」

マミ「鹿目さんがずっと持って歌うのよ」

まどか「そんな……、杏子ちゃん?」クル

杏子「ああ、お前ひとりでな」ニヤリ

まどか「え、ええ~~っ!?」

ほむら「……?」

さやか「ひとりじゃないぞ。ほい、ほむらも」カチャッ…

ほむら「(パシ)さやか。鹿目さんもわたしたちと……?」

さやか「(ニコッ)ごめん。あたし歌わなーい。そらっ」ポンッ

ほむら「(グイグイッ…トットット…)ちょっと……っ。(クルリッ)まさかあなた達……!?」

マミ「(ニコ…)ごめんね。美樹さんたってのお願いで……」

さやか「すまん。あたしという女はまどかを主に据えねば気がすまんたちらしいのだ……ッ。

   (チラチラッ)というわけでふたりともよろしくー」ポンポン

まどか「で、でもわたしクララさんのとこしか歌えないよ!?」チラッ

ほむら「(チラ)あ、わたしはカレンさんのパート……」

まど・ほむ「……」

さやか「はい、ミュージック、スタート!」カチカチッ



Clear Sky

ClariS、作詞・作曲・編曲:丸山 真由子


パチパチパチ……ッ

まどか「(クル…)……」ニコ…

ほむら「(クル…)……」ニコ…

さやか「あーもう満腹ですわ……」

マミ「あら、宴はこれからよ」

ほむら「ええ、さやか。この借りは必ず返すわ」スタスタ…

さやか「ありゃほむらさん、いずこへ?」

ほむら「ちょっと夜風に当たってくるわ。鹿目さん、ありがとう」

まどか「わたしもありがとう。ほむらちゃん、気をつけてね」

パタン… カチャッ…

まどか「ふぃ~~っ、それにしてもさっきはびっくりしたなあ」

さやか「いやいや、お二人とも息ぴったりでしたぞ。それとも嫌だったかな」

まどか「(フリフリ)わたしはいっしょに歌えて嬉しかったよ。

    ほむらちゃんはどう思ってるかわからないけど……」

マミ「それは心配しなくていいわ。彼女も楽しんでたに違いないから」

まどか「そうだったらいいんですけど」

杏子「さあ、食おうぜ!」チャッ

さやか「ほむらは待たなくていいかな?」

マミ「大丈夫でしょう。でも佐倉さん、ちゃんと残しておいてよ」

杏子「ほいほい」パクパク

・・・

さやか「……こうしてるとなんかあたしたちってさ、

    会ってひと月も経ってないなんて思えないね」

杏子「月末にワルプルギスが来るってのも実感が湧かないねえ」

マミ「駄目よ、心づもりはしておかないと。そのための準備がおろそかになるわ」

杏子「そりゃそうなんだけどさ……。

   ワルプルギスを倒したとしても、いつかあたしだって魔女になる。

   そしたらまああんた達、バッサリ頼むぜ」

マミ・さや・まど「……」

杏子「だはっ! おいおいそこは互いに了解済みだろ?」

マミ「……ええ、そうね」

まどか「ねえ、キュゥべえ。誰かが『この手ですべての魔女を、産まれる前に消し去りたい』、

    って願って魔法少女になったらどうなるのかな」

QB「『すべての魔女』とは、今現在いる魔女の総数という意味かい?

   それとも、すべての宇宙、過去と未来のすべての魔女、という意味かい?」

まどか「とにかく多いほう」

QB「後者の意味での願いなら、叶うとすればたとえばこの宇宙は再編されるよりほかない。

   その子がもたらした新しい法則に基づいてね。

   文字通りすべての魔女の孵化がその子の手によって阻止されるだろう。

   無論、それだけの因果をすべてその子が受け止めることになるけどね。

   因果とはすなわち希望に始まり絶望に終わる――祈りの終着点は呪いでしかない。

   そしてまた、この宇宙に起こる現象として観測が可能とするなら、

   一つの宇宙を終わらせるほどの絶望から背負うことになった呪いで、魔女が孵化する。

   その自分自身という魔女さえも浄化して消し去ることになるね、その願いによって」

杏子「意味がわからねえぞ」

マミ「――もはや人間としての個体を保てなくなるってことよ。

   未来永劫に終わりなく、魔女を滅ぼす概念として、この宇宙に固定されてしまう。

   だって、いったんその子は他の魔法少女の子の因果、

   つまり呪いを背負い魔女として必ず孵化するわ。

   その魔女を自分自身が願いによって消し去ろう、

   いえ、産まれる前に消し去ろう、受け止めようというのだから、

   それはもう時系列も因果をも超える祈りを、いいえ、

   その子自身が祈りも呪いさえも包括する概念になるほかない」

杏子「もっと意味がわからねえぞ」

マミ「その子の人生の始まりも終わりもなくなる。

   誰もその子の存在を知る由もないし、

   その子が自分の存在を誰かに知らせることもできなくなるわね」

杏子「恐えーな、それは……」

マミ「でももしかしたら――、

   魔法少女たちにとっては語り継がれる神話上の存在になるかもしれない」

さやか「神話……すか?」

マミ「ええ。

   ほら、世界のどこに伝わる神話でも荒唐無稽で想像力に満ちた世界ばかりじゃない。

   おどろおどろしかったり、欲望をむき出しにしたりの場面もあるけど、

   登場する神様や人々に思いを巡らせてみると、すごく純粋で素朴で微笑ましかったり、

   ……切なく感じられたりもするでしょう」

さやか「んー。幼稚っちゃ幼稚だなって思ったりもするけど憎めなかったりもするよね」

まどか「とても勇ましかったりもしますね」

杏子「今生きてる人たちよりも原始的でスケールがでかいのは確かだな」

マミ「そうね。今生きてる人たちよりずっと昔の人たちが……、

   きっと確かめようもなく古い時代に誰からも忘れられた世界の秘密のひとかけらを……、

   自分もやがては誰からも忘れられるせつなさを……、

   その想いのたけを振り絞ってもしかしたらきっとこんな気高さを持って、

   こんな情熱をもって、先人はその生を生ききったんだって、

   何の証拠もない真実を創りだした。

   それらが紡がれていってできたのが今の神話じゃないかって思うの」

杏子「まどかの話、魔法少女としての祈りは肯定されてるわけだな?」

まどか「うん」コク

杏子「……確かにソウルジェムが呪いで砕けちまいそうな奴が、

   いまわの際にそいつを見たとしたら安堵の表情を浮かべるだろうな。

   その光景を目にした他の魔法少女も、終わりは決して悪いもんじゃねえ、

   わかんねえけどきっと誰かが救いの手を差し伸べてくれるんだって思うだろうさ。

   ……けど、それじゃ呪いは結局どこに行くんだよ。浄化されるっつっても……」

マミ「まず魔女になりそうな子ごと、『その子』が受け止めることになる。

  『その子』という概念の一部に加えられることで魂と呪いとが分離される。

   そして魔女になるほどの呪いをそのまま魔力として消費するなら、加えられた子は、

   魔法少女のまま魔女の魔力を行使することだって可能かもしれない(ジッ…)」

さやか「な、なんすかマミさん……?」

マミ「なんでもないわ」

杏子「(フ…)すべての魔女を、か。……悪くねえな。

   (チラ)そうなったらお前も困ったりするんじゃねーか」ニヤリ

QB「確かにありえないほどの数値の因果を背負いこんだ子がそれを願ったとしたら、

   僕らの使う計算式のうえでは魔女化のさいにも期待できるという結果が出るだろうから、

   システム的に叶ってしまうだろう」

杏子「つまりその願いを叶えられるやつがこの世界に存在するってことがありえねえんだな」

QB「そういうことだね」

杏子「ま、そんな願い事するやつがが今までもこれからもいないってのは確かだわ。

   まどかには悪いけどその内容からいくとさ、

   今あたしたちが戦ってる魔女だっていないってことになっちまう」

まどか「そうだね……」シュン

マミ「(ニコ)鹿目さん。そんな恐ろしい願いを叶えた子がいなくてよかったと思うわ」

まどか「……はい」

カチャ ガチャッ… バタン カチャリ

恭介「お邪魔しまーす……」

ほむら「どうぞ。音漏れの対策は巴さんがしてくれてるから」

恭介「ありがとう。素敵な部屋だね」

さやか「へ?」

スタスタ…

マミ「けっこう時間かかったわね」

ほむら「それが……」

恭介「ちょっと使い魔と一戦交えてまして」ゴト ジー… ゴソ…

杏子「お前どっか病んでんのか。そういえばお前と歩くとやけに魔女に当たる」

恭介「自分では分からないけど」キュッ…

マミ「心が弱ってるようには見えないわね。魔女に好かれる体質とか?」

恭介「それは光栄ですね」ヒラ カムッ キー… ギー… 

杏子「まあ、風見野と違って見滝原には魔女が多いせいかもしれないか」

クイ… ギーキー

まどか「わぁ……間近で聴けるんだね、上条くんの演奏」

さやか「ちょっとちょっと」

マミ「楽しみだわ。あなたが作曲したそうね」

恭介「はい。『魔法少女さやかの曲』です」

杏子「wwwwwwwwwwwwwww」

マミ「静かにしてくれる?」チラ

杏子「――わかったわかった。いいぜ、聴いてやるよ」

・・・

パチパチパチパチ……

恭介「……」ペコ… ゴソ ゴト キュキュキュ…

マミ「素敵な演奏だったわ。ありがとう」

まどか「きれいな音色だったね」

ほむら「ええ」

杏子「フン。浅いっていうか安っぽい曲だったな」

マミ「上条くん、気にしないで。この子照れ屋さんなのよ」

杏子「ち、違えって!」

マミ「(スタ…)――お礼と言ってはなんだけどね。

   このリボン、あなたも持っていてちょうだい。

   一人で魔女に襲われたとき、なんとかして結び目を解いて。

   それであなたのいる場所が分かる。すぐに駆けつけるから」ス…

恭介「助かります。ありがとうございます」ハシ… ゴソ

さやか「……恭介。もう帰ろう」スッ…

まどか「え?」

ほむら「……あなたに内緒にしてたこと、怒った?」

さやか「(フリフリ…)ううん。みんなの気持ちは嬉しい。けど今ちょっといっぱいいっぱいでさ。

    先帰っちゃって悪いけど、恭介と話したいんだ」

ほむら「……」チラ

マミ「(コク)二人とも、気をつけて帰ってね」

恭介「はい。じゃ、お邪魔しました」

スタスタ… ガチャ

まどか「さやかちゃん……」スタ…

ほむら「……」

さやか「ほんと怒ってないって。むしろあんたが気を悪くしたらごめんね」

まどか「(フリフリ…)……」

さやか「あーもう、ほら」ツン

まどか「(プニッ…)わわっ」

さやか「ほむらも悪いね。せっかく一緒に用意したのに」

ほむら「気を遣わないで。事情は分からないけど、そういうときだってあるわ」

さやか「またしみいることを言ってくれるなあ」ツン

ほむら「(プニッ…)明日、ちゃんと学校来るのよ」

さやか「だから心配することないって。おやすみ! じゃなかった、楽しんで! バイ」

恭介「……」ペコ…

バタン…

ほむら「……」カチャリ…

まどか「……」

スタスタ…

杏子「二人とも、さやかも言ってたろ。こっちはこっちで楽しもうぜ。

   おおかた、あいつの演奏に感動したんだろ」

マミ「あら、やっぱり認めたわね」

杏子「だから違う!」

まどか「(クスクス…)だといいんだけど。やっぱり上条くんってすごいんだね。

    左手と右手を持ち替えても弾くことができるんだもん」

ほむら「そうだね……」ニコ


~~帰り道~~


スタスタ…

さやか「(ピタ)恭介。早くアメリカに行ってその左手を治してもらおう」

恭介「ああ。突然どうした?」

さやか「――ダメだ。全然ダメ。技量がやろうとしてることに追いついてないよ。

    持ち替えてから初めてあんたの演奏聴いたけど、あんなもんじゃないよ、あんたは」

恭介「はっきり言ってくれるなあ。さやかに頼んでよかったよ」

さやか「え?」

恭介「あれだけ古今東西の名演奏を聴きこめば嫌でも演奏の良し悪しがわかってくるからね。

   今さらだけど謝るよ。

   気がねなしに批評してくれて、しかも僕の演奏がどんなものだったか誰より知ってる。

   君しか適任者がいなかったんだ」

さやか「そのためだったの、あのCDの曲をプレイヤーに入れて聴いとけって。先に言ってよ」

恭介「悪い。言えなかった」

さやか「ふん……」スタスタ…

恭介「(スタスタ…)あのさ、お詫びに治ったら――」

さやか「(クルッ)そういう気を回さないでいい! 絶対に治れ! それがお詫びだ!」クルッ スタ…

恭介「(クス)……」スタ…

 
Pieces

ClariS、作詞・作曲・編曲:丸山 真由子



スタスタ…

さやか「あのさ……、『死刑になりたくて人を殺した。誰でもよかった』、

    そんなことを言う人間を、あんたはどう思う?」

恭介「理由があれば人を殺していいってわけはないけど、理不尽すぎるよ」

さやか「あたしは憎かった。一人の人に死ぬほどの痛みと苦しみを与えて、

    築いてきた人生を無理やり終わらせて、残された家族に苦しみを与えて、

    その人が築いてきた周りの人との関わりを終わらせようだなんて。

    災害ですらなくて、よりもよって勝手な理由の人間だって」

恭介「……」コク

さやか「……でもあの男がそうなってしまったのはなぜなんだ、って考えて」

恭介「どんな環境で育ってきたとしてもだからって罪もない人を殺していいわけじゃないだろ」

さやか「うん。でも、それだけじゃそこで終わってしまう。

    また同じような自暴自棄な人間が通り魔になっても、

    そのコメントだけでけりがついて、いつまでたっても似た事件が起き続ける。

    だって、あの男みたいに魔女に憑かれてなくても自分の衝動だけで、

    しかも明確な理由もなく人を殺せるやつがいるんだから」

恭介「……」

さやか「……だからあたしは結局どうしたらいいのか、って考えてもわからない。

    でも、すくなくともこう考えたんだ。

    あたしはまず自分の人生をどう生きたいか考えて生きなきゃいけない。

    それと同時に、この世の中をどうしたいかを考えて生きなきゃいけないって」

恭介「世の中を……、変える……?」

さやか「(フリフリ…)結局行動に移せるか、そもそもそんなビジョンが視えるかもわからない。

     でも両方が要るんだ。

     自分のことだけじゃなくて、世の中こうあるべきで自分はどうすべきって哲学が。

     そうじゃなきゃ、明日自分が誰かに刺されて倒れたとき、

     ただのその場にいたばかりの運の悪い被害者で終わってしまう。

     世の中の、自分が起こしたものを含めた色んな因果が廻りまわって一周して、

     あたしに返ってきたものなんだとすら考えも及ばず終わってしまう。

     あたしはね……、勝手な都合の良い思い込みだって分かってるけど、

     あの人がそんな風にただの被害者として倒れたんだって思いたくない。

     良いとか悪いとかじゃなく、ささやかな行為に見えても、

     これまでがそうであったように自分の人生の総決算をぶつけた結果で、

     刺されたんだって。

     自分の大事な仕事を目の前にして心を乱したくないのに時間を割いて、

     見るからに目つきの悪い男にさえ勇気をもって諭したんだ。

     結果がどうかじゃなく、それがあの人の生き様だったんだって……」

恭介「僕はむしろ、自暴自棄な男を諭そうとしたその人を止めるべきだったんだって思う」

さやか「あの人は間違ってたって言うの?」

恭介「正しいからさ。正義を信じて行動する人がいる。けど、きっと正義はその人を滅ぼす。

   それが分かってても貫こうとするに決まってるから、

   他の人間が何としてでも止めなくちゃいけないんだ。

   まず、どんな正しいことを説いたとしても現実には人を変えることは無理だ。

   誰しもそれまで生きてきたなりの考えが染みついているもんだし、

   いきなり改めなさいというのは否定してるのと同じだもの。

   自分が変えられる対象はまず自分自身だけだ、と思ったほうが生産的だよ。

   そうだな、身を以て示すというか、言ってることを実行し続けていれば、

   もしかしたら共感や賛同してくれる人が出てくるかもしれないけど。

   それには時間が必要だし、残念だけど相手を見ないといけない部分もある。

   世の中には相手の言葉が全く耳に入らない人間だっている。

   いや、果たして人間と呼んでいいのか。

   小さいころから愛情を注がれずに育ってきたために歪んだ性質をもってて、

   周囲の人間に攻撃して傷つけることしか頭にない人の皮をかぶった何か、だよ。

   とにかくそういうのには極力関わってはだめだ。

   どこにでもいい人がいるのと同じように、こういうのもどこにでもいる。

   恐らくあの男も当てはまる。

   あの亡くなった男性が君の言う通りの行動をとったのだとしたら、

   関わったことが間違いだよ」

さやか「それこそその人の生きざまを否定してるのとおんなじだよ。

    その人がその人でなくなっても生きてさえいればいいってわがままじゃん」

恭介「そうだよ。生きてさえいればいい」

さやか「ひとかけらの自分への憐れみももたずに正義に殉じることがその人の生き方だった、

    それを生に引き止めたことで却って歪んで本人も、

    あんたも周りの誰もかれもが不幸になったとしても?」

恭介「医療的な意味で苦痛が増し長引いて、本人や家族がそう望むのは別問題として。

   正義という概念は己の内にあるものじゃなく、究極的には本人が報われるものでもない。

   自分と直接的な利害を共有しない社会的に困ってる誰かのためになることを指すだろ。

   それを行動理念にしようなんて人に比べたら僕はずっとか甘えん坊だ」

さやか「なら、あんたにその人を止める資格なんて――」

恭介「あろうがなかろうがその人の正義と同じ強さのエゴで僕は止めてみせる。

   否定してるのと同じと言われようが否定するつもりはないけど、こちらも否定させない。

   甘えん坊だからこそ僕は信じる、人生は甘いと。

   岐路に立つとき、己の意志で行き先を決めるとき。

   100%正しい選択など無いように、100%間違ってる選択もない。

   それが人生、人間ってもんだ。

   その人を止めるか見過ごすか、僕にとっては大きな岐路だ。

   大きな岐路だからこそ自分の心に従う。エゴを貫き通す。

   だから少なくとも僕は不幸にはならないね。

   ……世の中、生きていてほしい人物から先に死んでいってしまうのに比べたら」

さやか「……そっか。やっぱあたしとあんたじゃ、考え方が違うんだね。

    いや、うん。恭介らしくて好きだよ、それ」ニコ

恭介「……」

さやか「……あの人を殺した男のこともね。

    理不尽な理由でも、理不尽な人生を歩んできた者なら当然だったのかもしれない。

    仕事もお金もなきゃ死ぬか殺すかってとこまで追い込まれてたのかもしれない。

    だからってあたしも殺されたくないけど、

    そんなふうに追い込まれてる人間がいるって知ろうともしてない以上、

    あたしもあの男を追い込んだ世の中の一部なんだよ。

    確かにあんたの言うとおり、殺されるべきはあの人じゃなくて……」

恭介「……僕は君が持ってる可能性を阻まずに、引き出すことができるのかな」

さやか「えっ!?」

恭介「僕はそんな風に考えたことなかった。自分のこと、自分のための友人のこと……。

   それしか考えたことがない」

さやか「いや、いや。あんたはヴァイオリンしか能がないんだからそれだけやってりゃいいの」

恭介「(クス)そうかい」

さやか「そうさ。……能がない人間のほうがよっぽど多いんだから。

    あんたはそれを無駄にしちゃいけない」

恭介「プレッシャーに弱くてですねえ」

さやか「(フン)言っとけ。……でも、あの人の家族はどうしてるんだろう」

恭介「親父が言ってたんだけど……。

   どんな楽器や機材を使用するにしても、音楽やるってけっきょく腕いっぽんだから、

   人間関係がものすごく大事だ、こういうときのために仲間同士暗黙の了解があって。

   ましてや、音楽に情熱を注ぎこみながらも周りの人を大切にするような人間なら、

   残されたご家族だってほっとかれるはずがないから……」

さやか「あたしにそう伝えろって?」

恭介「まあね。実際、遺族を支援するサイトを友人の方々が立ち上げていたし」

さやか「そっか。ありがとね」

恭介「伝えとくよ」

さやか「あんたにも。おじさんやおばさんに相談してくれたんでしょ?」

恭介「…」

さやか「それはそうと、おじさんやおばさんは魔法少女とか、ワルプルギスのこととか、

    あんたがどうすんのってこと、何か言ってるの?」

恭介「とりあえず親父には殴られた」

さやか「また……」ペシ…

恭介「それから『絶対にさやかちゃんとふたりで無事に戻って来い。それ以外は許さん』って」

さやか「そうですか…」

恭介「じゃ、おやすみ」

さやか「おやすみ」

恭介「…」クル スタスタ…

さやか「送ってくれてありがとう」

恭介「……」ス スタスタ…

さやか「ヴァイオリンがんばれよ!」

恭介「……。(ボソ)哲学か」スタスタ…

~~数日後、まどかの家~~


ゴト…

マミ「ほんとうにこれだけでよかったんですか? まだ開栓してないものもあったんですが」

詢子「いや、これがいいんだ。わざわざありがとう」

マミ「いえ。あの家に置いてあっても……ですから」

詢子「……いつかまたこいつを一緒に飲もう」

マミ「あ、あの……」

詢子「大人になってから、だよ」ニコ

マミ「それなら……はい」

詢子「まあそんな先の話はともかく近いうちに買い物に行かない? よかったらさ」

マミ「はい、喜んで」

詢子「よかった。そうそう、紅茶のことも教えてくれるかい?」

マミ「わたしもまだ勉強中なんです。母の趣味だったものですが今ごろ影響を受けて」

詢子「先達がいるなら茶器一式も間違いのないものだろ?

   あたしもどうにもせっかちな性分だから、最近になってやっと興味が出てきてさ」

マミ「紅茶に興味がおありでしたら、ハーブティーもおすすめしますよ。
 
   茶葉やハーブも色々と種類があって、一人の趣味として吟味するのもいいし、

   気が置けない友達とおしゃべりしながら味わうのも楽しめますね」

詢子「特におすすめのお茶ってあるかな?」

マミ「わたしがいま好んで飲んでいるのはカモミールです。

   ご存知のように寝る前に飲むと安眠できますからね」

詢子「受験生には切実な問題だもんなあ」ハハ…

マミ「寝床に入ってから、考えても仕方ないと分かっていることなのに、

   考えまいとしても頭をぐるぐるしてしまうことがあって。

   そんなときに高ぶった神経を鎮めるのにはてきめんだと実感しています」

詢子「ありがとう、参考になるよ。

   長丁場の戦いだと、適度な睡眠と休息は大切だよな。

   カモミールに限らず、お茶ってだけで何かほっとするものね」
   
マミ「はい。それに紅茶だと、本場英国のアフタヌーンティーの雰囲気に浸れるんです」

詢子「あ、そういや飾り棚のリリパットレーンもお母さんのコレクション?」

マミ「ええ、イギリスの田園風景が特に好きだったみたいで。

   わたしもためつすがめつしてます。ありがちな、西洋文化への憧れですね」フフッ…

詢子「好きなことがあるっていいもんだよ(……なあ、巴ちゃん)」ニコ…

マミ(? なんでしょう)

詢子(首を縦に振るか横に振るかで答えてくれ。……魔法少女はいつか魔女になるのか?)

マミ「(ギョッ…)…………」

…コク……

詢子「…。ちょっと。トイレ」ス スタ スタ

マミ「…」

……

スタ スタ

タツヤ「ママー、ほら、くーべえおもちー」ミヨーン

まどか「タツヤ、それはだめだって」アワワ

知久「うーん。僕には見えないのに不思議だな」フーム

詢子「(ニコッ)」スタ スタ

トサ…

マミ「……」

詢子「さて、と。物は相談なんだけどさ」

マミ「はい」

詢子「ほむらちゃんの話だと、巴ちゃんのマンションは開幕早々に全壊するそうだな」

マミ「ええ、彼女が同じルートを辿るとしたら」

詢子「……違うルートだといいな」

マミ「もし今回そうなったとしても財産関係は、

   後見人になってくれている親戚に相談して打てる手は打ちましたから……」

詢子「抜かりないな。……まあいずれにせよ家が残ってたらの話だけど、

   巴ちゃん、うちの書生さんにならないか?」

マミ「書生って……下宿させていただけるってことですか?」

詢子「ああ。息子が大きくなったときのための部屋が物置になっててさ。

   そこを片付けとくから、あ、家賃食費光熱費等々は取らない。

   代わりに娘の勉強を見てほしいんだ」

マミ「ありがとうございます。……まどかさんさえよければ。家事も何でもやります」

詢子「まどかー、いいってよ」

まどか「ホント! (グッ)やった、マミさん、よろしくお願いします!」ウェヒヒ

詢子「よし、その親戚のかたと話をつけりゃいいんだな。あとで連絡先教えてくれる?」

マミ「はい。何とお礼を言っていいか……」ペコ…

詢子「(クス)そうかしこまらないでいいよ。

   旦那が家事は受験の差しさわりにならない程度でいいからって言ってたし、

   まどかのことだってそれでいいから。

   その、巴ちゃんの家が無事な場合でもさ。前から考えて知と話してたんだよ」

マミ「いえ、大丈夫です。勉強を教えることは復習になるので。

   それにお父さんは家事の達人だとうかがっていますし、わたしも参考にしたいんです」

詢子「そいつはちょいと妬けるな……」

マミ「……」

詢子「まあいい。あたしも腹に一物ないわけではないからな」ニヤリ

マミ「?」

詢子「……ほんとはみんなで街から避難できればいいんだが」

マミ「戦いもせずに放棄はできません。

   わたしたち5人が力を合わせれば被害を最小限にとどめられる可能性はあります」

詢子「無茶だけはすんなよ」

マミ「はい」


~~その日の夜、ほむらの部屋~~


マミ『――あなたに話しておかなければと思って』

ほむら「うらやましいかぎりね。わたしのアパートも壊れたら寄せてもらおうかしら」  

マミ『だめよ。ほむらは両親がちゃんと生きてるんだから。……大事にしなきゃ』

ほむら「……ところで、引っ越しの準備しなきゃならないのよね。手伝いにいく?」

マミ『助かるわ。正式には今度、親戚と改めて鹿目さんのお宅にうかがってからの話だけど。

   賛成してくれてるから多分あいさつ程度だと思う』

ほむら「色々と運ばなきゃいけないわね」

マミ『ええ。でも大半は置いていこうと思う』

ほむら「……そう。今度ワルプルギスが逸れたとしても受験生だから、

    環境が整うに越したことはないんじゃない」

マミ『うん。寂しくないだけ本当にありがたい』

ほむら「わかるわ……」

マミ『分かってないって。受験生のプレッシャーって相当なものなのよ』

ほむら「そう? 涼しい顔してるからそうでもないと思ってたわ。成績だって優秀なんだし」

マミ『当てにならないわよ、そこそこぐらいじゃ。本番で下手をしたらおしまいなんだから』

ほむら「それでもグリーフシードを浪費してないところを見ると、

    やはりあなたは強くてたくましい人ね。わたしならもっと歪みそうだわ」

マミ『(クス)頼りになる後輩たちに囲まれてるせいかしらね。

   あなたたちが最初にシフト制を申し出てくれたこと、感謝してる。

   ほむらだって大丈夫。それこそ集中力があるんだし、

   美樹さんや鹿目さんが同級生として互いの励みになると思うわ。

   でも今も楽しんで。

   あなたに見破られちゃったけどわたしもなんだかんだで今を楽しんでる。

   生活するなか心のどこかで、現在を楽しむ部分があってもいいなって最近思うの。

   ……それはそうと佐倉さんがいちばん大きい問題を背負ってるのよ』

ほむら「ええ、あの子……。でも差しせまってることをなんとかしなきゃね」

マミ『いよいよ“その日”が近づいてきたわね』

ほむら「マミ。生きなきゃだめよ」

マミ『みんな一緒にね』

ほむら「‥そうね」

マミ『そろそろ切るわ』

ほむら「ちょっと待って。下宿の話、よかったわ。気になってたの。日程が決まったら教えて」

マミ『分かったわ。……ありがとう、ほむら』

ほむら「おやすみなさい」

マミ『おやすみ』

…ピッ…

ほむら「……ありがとう、マミ」

―――
――


~~“その日”の前夜、さやかの部屋、窓辺~~


ヒュオオッ… ヒュウー…

QB「さやか、休まないのかい?」ピョコ

さやか「おや。(‥ちょっと寝付けなくてね。

    べえさんこそ、こんな夜更けにいかがなすった?)」

QB(マミからしばらく部屋で寝るなと言われていてね)

さやか(ああ…そりゃ無理もないわ……)

QB(ワルプルギスとの戦いをひかえた君たちの様子はどうだろうかと見にきたんだけど)チラ

杏子「zz…」

QB(さすが杏子はベテランの戦士といったところかな)

さやか(いやあんたの気配で目が覚めなきゃいけないでしょ)ナッハハ…

QB(僕に殺気はないだろう。今夜は十分に休息をとることがベストだ)

さやか(うん…)

ヒュウウ…

さやか(ねえ、ワルプルギスの夜もまえは魔法少女だったんでしょ。どんな子だったの?)

QB(すくなくとも今のワルプルギスについては、その問いにひとことで答えるのは難しい。

   彼女、というより彼女たちと呼ぶべきかもしれない。

   もともとは一人の魔女だったものが、

   後に他の魔女の波動を集めることで現在の姿となったからだ。最初の子については――)

さやか(いや、ごめん。いいわ。色んな子たちの想いが渦巻いてるってことね……)

ゴゥッ ヒュウゥ…

さやか(キュゥべえ。みんなへの遺言をお願いしてもいいかな)

QB(ワルプルギスと刺し違えて死ぬつもりかい。

   最初からそういうつもりでは勝てるものも勝てなくなるよ?

   覚悟も重要だとはいえ、希望や夢というプラスの可能性を見込むからこそ頑張れる、

   という側面も人間にはあるんじゃないかな)

さやか(わかってる。でも……頼むよ)

QB(わかった。それで君の気が済むならね。

   ただ、無駄になることを僕は望むし皆もそうだろうけど)

……

さやか(――悪いね、手間かけさせちゃって)

QB(かまわないよ。その悲壮な決意と自己保存の欲求とのはざまで、

   心の勁さの最後のひとつぶが挽き潰される瞬間を僕は待ってるんだから)

さやか((クス)あんたのそういう正直なところ好きだわ。

     でもあたし、もう魔女になることは恐くない)

QB(これは意外だ。よかったら理由を聞かせてくれるかい)

さやか(理由もなにもあたしが魔女になったところで、

    まどかや恭介たちがなんとかしてくれるに決まってるもん)

QB(ワルプルギスを凌駕する可能性を持っている君をあの子達が抑えられる?

   論理的に合わない話だよ)

さやか(それでも信じてる。みんなならきっとあたしを止めてくれるから)

QB(信仰のカテゴリーか……。僕にはそうとしか理解できない)

さやか((ニコッ)うん。あたしはまどか教の信者、第1号なのだっ。

     …ところであんた、マミさんのとこへ帰りなよ。

     あんただって寝ないといけないでしょ)

QB(さっきも言ったようにマミの部屋には寄れないんだ。

   この部屋で休ませてくれないかい)

さやか(あんたいちおう男でしょ)

QB(僕に性別はないし、君に危害を加えるつもりはないよ)

さやか(あんたがよくてもあたしがだめなの)

QB(ではほむらかまどかの……)

さやか(そんなのあたしが許さない)

QB(それじゃ他の子の勧誘に向かうことにするよ)

さやか(いまこの街に誰か候補がいるの?)

QB(いや、見つかっていない。いつも君たちのことと並行して探している)

さやか(なら今はあんたの居場所は魔法少女のとこしかないじゃない。

    ユートピアだかなんだか分かんないけど明日はあんたにだって大事な日でしょ。

    マミさんに泊めてもらうよう頼みなよ)

QB(しかしマミは……)

さやか(つべこべ言わず、ほら行った行った!)サッサッ

QB(わかったよ)ピョン

~~~~~~~~~~~


ワルプルギスの夜「ギャアアアアアアア!!」ギュオオオ…

ほむら「倒した……!」

さやか「よっしゃ! やりましたね、マミさん!」

杏子「見ろよ、このグリーフシードすげえぜ!」

まどか「みんなも街も全部無事だよ!」

マミ「こ、こんなにうまくいくなんて――」

~~嵐の日、マミの部屋、夜明け前~~


ヒュウーーッ ゴオオ…

マミ((パチ…)……そうよね)

ムク…

QB「予定より早いよ。どうしたんだい?」

マミ「……今日は身支度に魔法を使わないわ」モゾ トッ

スタ スタ シャッ…

ビュウッ ヒョオオオーーッ

マミ(きっときょう誰かが死ぬ)

スタ…

――


マミ(叶わない夢――ならせめて、誰もわたしを置いていかないで……)

スタ… カタッ ハシ 

マミ「お父さん。お母さん。ありがとう、って言えなかったね」ゴソ…

クル…

マミ(そう。こんなとき思い出すのは、

   楽しげに家族で笑い合ってた絵に描いたような団欒じゃなくて)

――トントントントン…  ジュージュー… カチャ…

マミ(お母さんが台所で料理してる)

――ジーージーーッ

マミ(お父さんが洗面所で髭を剃ってる)

マミ(……そんな何気ない日々のことばかり)

スタ…

マミ(こんなときに思い出せるのが何でもないことだから幸せだったんだ。

   立派な教えでも、生きていく心構えでもなくただ愛をくれた。包んでくれた)

スタ… 


~~玄関~~


ゴソ… タン  ゴソ… タン

マミ(だから――)

ガチャ スタ クル…

マミ「お世話になりました」ペコ…

ガチャ カチャリ…

スタ…

マミ(わたしも死んではいけないんだ)

~~集合場所への道~~


ゴオオーッ ザンッザザッ…

マミ(けっこう風が強くなってきたわね)スタ スタ

アナウンス『本日午前7時、突発的異常気象に伴う避難指示が発令されました。

      付近にお住まいの皆様は速やかに最寄りの避難場所への移動をお願いします。

      こちらは見滝原市役所広報車です。本日午前7時……』

QB「来たね、ワルプルギスが」

マミ「……」スタ スタ


~~集合場所~~


スタスタ

マミ「おはよう」

まど・ほむ・さや「おはようございます」

杏子「おっす」

マミ「みんなもう来てたのね」

杏子「ああ、珍しく。ていうかまだ集合時刻前なんだけどな」

マミ「確かにね。どうしたの?」

まどか「それが話してみたらなんだかみんな早く目が覚めちゃったみたいで」ティヒヒ

ほむら「(ニコ)……」コク

杏子「(フアア~…)早く目が覚めすぎて眠いわ。あたしはさやかに起こされたんだよ」

さやか「あんた、自分で起きてこなかった?」

杏子「あんだけ物音立てたら気づくだろ!」

さやか「そりゃ悪かったな」

マミ「(クス)そう」

ヒュオオ… ゴゥ… ――サアァ…

さやか「うおっ、あっちだけ日が射してきた!」

まどか「ほむらちゃん、あれ見て! すっごく長い……あっちからあっちまで伸びてる!」ワクワク

ほむら「ええ…、凄い東雲……」

まどか「しののめ?」クル

ほむら「あ、字でしか見たことなかったんですけど、確かそう言うみたい」

まどか「へえ……、(クル…)名前があるんだ。なんだか、いいね」

ほむら「(コク)名前をつけた人も同じ気持ちで見上げてたのかしら」

さやか「早起きしたかいがありましたなあ」

杏子「にしてもこんな雲、見たことねえぞ。まるで竜だな」

マミ「オーストラリアだと似たような雲が連なって浮かぶことがあるって、

   テレビで観たことがあるわ」

まどか「(クルッ)なっ何本もですかッッ!?」

マミ「ええ。でも名前が思い出せないのよ。確かモーニング……」ウーン

ほむら「(クル)モーニング・グローリー!」

マミ「(クル)そうそれ! 暁美さんも観たの!?」

ほむら「NHKのドキュメンタリー!」

マミ「グライダーがプロペラを止めて雲の上スレスレを滑空するのよ!!」

ほむら「下に朝日が広がって!」

マミ「雲が道みたいで!」

ほむら「そう、そう!」コクコク

マミ「ああ、こんなときじゃなかったら……」

ビュウウッ…

さやか「ほんとにね。マミさんとほむらのまた新しい一面が見られるってのに」

まどか「……」

ヒュオオーーッ

杏子「…そろそろか?」

マミ・まど・さや・杏「……」

ほむら「――“Still, still with Thee, when purple morning breaketh,”…」

マミ・まど・さや・杏「……?」

ほむら「“When the bird waketh, and the shadows flee,”…」

ほむ・杏「“Fairer than morning, lovelier than the daylight,

      Dawns the sweet consciousness, I am with Thee.”――」

ttps://www.youtube.com/watch?v=jwW8YdW-3H8

――


ほむ・杏「――“Shall rise the glorious thought, I am with Thee.”…Amen」

パチパチパチ…ッ

まどか「きれいな歌だね…」

マミ「(フム)あなたたたちが歌う様子もいいわね」

さやか「なんだ今日はほむほむ祭りか!?」

杏子「お前が賛美歌歌えるとはな…」

ほむら「いえ、これだけ覚えてたから…、その、なんとなく」

ゴオオヒュウッ…

まどか「あっ…」

ほむら「せっかく陽が射してたのに…」

マミ「でも雲の向こう側にはあるわ。今見れてよかった。この歌が聴けてよかった」

杏子「ところで歌詞どんな意味なんだ?」

さやか「分からずに歌えるってのもすごいな……」

杏子「ちんまいころから何度も耳にしたからな」

マミ「かいつまんで言うとね。しじまの朝より清らかな、日の光より美しい――、

   そう形容したい考えとゆかしい想いとが心の奥底から昇り始めるのに気付く。

   ひとことで表現するなら――」

杏子「――わたしは神様と共にいる」

マミ「…」コク

まどか「あれ、お日様が神様じゃなかったっけ?」

杏子「それは神道だろ」

ほむら「分類だと違う宗教になってしまうけど。

    捉え方――概念として、言葉で明確にしようとすると、体系にしてしまうと、

    分かれていくだけで。こんな日の出を目にして、最初に感じることってきっと――、

    素朴で、この詞を書いた人も同じなんじゃないかしら」    

マミ「ええ。朝が清らかだから、日の光が美しいからこそ。

   そして、目に見えるだけのことでおわらずに、尊いなにかを感じる。

   そこまでいったら、おなじでも、ちがっててもね」

まどか「うーん、わたしはお日様が神様って言ったほうがなじみがあるなあ」

杏子「曇りや雨の日はどうすんだよ。あたしはいつだって…」

まどか「ええと…、雲の向こう側は、晴れてるんだよ」コク

杏子「受け売りかい! 沈む夕日でも拝むのか?」

まどか「それは…、朝早いほうが元気が出ていいよ!」

杏子「……お前がいいんならいいんじゃね。日本人なんだし」

さやか「あたしにはまどかが神様だけどなあ」

まどか「またまたご冗談を」

杏子「oh my God...」

さやか「いい感じにひどいよ君たち」

ゴオオッ ザザッ

さやか「うお、降ってきたっ!」

ビュゴオオーーーッ  ゴロゴロッ ドォォン…

マミ「……みんな、そろそろ配置に――」

フワ…

ほむら「……?」

スウウー…

ほむら「きゃっ…」バタバタ

マミ「っっ」パシッ

杏子「何だ……体が宙に吸い上げられるぞ!?」キイィ…

マミ「なんとか姿勢を保持して。きっともう間もなく現れるわ」キィィ…

まど・さや「はいっ……」キィィ…

ピョコピョコ……

ズン ズン パオーン… ズン… ズン… ドンドンヒャララ

杏子「(フワァッ)こいつらいつの間に……」チキッ…

ゾロゾロ パカパカ…

マミ「(フワァッ)まずいわ、分断されたわね……」

ほむら「時間を止める?」

マミ「こうも混み合ってちゃあまり意味がない」

チンドンチンドン

さやか「マミさーん、何か言いましたー? こいつらは倒さなくていいんだよねーー?」

ドンヒャララ

まどか「あわわ……。おーい、みんな大丈夫ーー?」

ビュウウ ゴオオオ… ゾロゾロ…

マミ(使い魔のパレードよ。こちらから仕掛けない限りこの使い魔のほうからは襲ってこない。

   各自刺激しないように気をつけながら群れの外に出て)

杏子(さすがワルプルギスのだけあって強いな。

   どいつも気配が大きすぎて親玉の場所がつかめねえ)ヒョイヒョイスタスタ

マミ(目視で捉えるしかないわね。この群れの発生源が彼女の具現化する地点だわ)スッスタ

ほむら((フワァッ)どこから来てるかその終端を辿れば。

    ……方向が違うわ。前回の場所とは)キョロ スタ

さやか((フワァッ)落ち着いて探そう)トッ クルッ ピョン

まどか((フワァッ)……この子たち、ここから出てきてませんか?

    (スッ)この運動会の飾りみたいな綱も――)

杏・マミ・ほむ・さや「(ハッ)」クルッ

アハハハハハハハハ……ッッ

杏子「真上……っ」

マミ「(バシュッ トッ)散、全力で離れて!!」ガシッ

ほむら「っっ」グイ

バッッ

ドゴッ… ユラララアアア……

さやか「建物が……!!」ヒュオ…

使い魔「ウフフッ」パッ

まどか「!?」

パシ パシ

まどか「あうっ…」ズシッ…

ほむら(鹿目さんが……建物の落下に巻き込まれる!)サッ

使い魔「キャハハッ」パッ パシッ

ほむら「!?」ズシッ

マミ「放しなさいっ」シュル

ザシュッ

使い魔「ギャアッ…」

ゴッ ズドオ ゴドドドオオオオンッ……!!! モウモウ…ッ

ほむら「鹿目さぁあああん!!」

トッ タタタタッ…

ほむら「鹿目さん、鹿目さんッッ ゲホッ…ゲホッッ」

さやか「(バサッ…)くっ……、まどかーーっ! 返事しろーーっ!!」

アハハハ… ユラユラ…

ゴソ ピッピッ…

マミ「――すぐにそこから逃げてください。抑えられませんでした」スタスタ

詢子『そうか。皆無事か?』

マミ「はい。今から――」スタスタ

詢子『こっちのことはいい。皆が落ち着いて避難できるような精神状態じゃないからな。

   旦那とも覚悟はしてた。まどか達のことを――』

マミ「ではそちらに向かいます。待っていてください」スタスタ

詢子『いや、おいちょっと待』

ピッ ゴソ

さやか「マミさん!! 電話してる場合じゃないよ! まどかが……」

マミ「大丈夫よ」チャッ…

グラッ ガララドドッ…

さやか「ほむら!!」バシュッ

ほむら「(ハッ)」クルッ

マミ「ティーロッ!!」パゥンッッ

ゴッッ         ズズウゥゥンンンッッ……

さやか「……悠長に構えてる場合じゃないって! まどかのどんくささなめないでよ!」

マミ「なめてなんかないわ。わたしは後輩それぞれの得意不得意に関しては把握してるつもり」

さやか「だからまどかはこういう時に――」

杏子(まどかまどかってちったあ人のことも心配しろっつの)

ほむら「(バッ)杏子! そっちにいるの!?」ドタッ タタッ…

杏子(近寄んなよ。ケガしたくなけりゃな)

ほむら「!」ピタッ

ミシッ… パラパラ… 

ザゴオッッ!! ドンガララ… ゴロッ…

杏子「(ザラララ フゥゥ…)ペッペッ…、口ん中入っちまった」スッ…

ほむら「鹿目さぁん! 無事!?」タタッ ガラッ…

まどか「う、うん。杏子ちゃんが庇ってくれたの」パラ…

杏子「使い魔を潰すまでまどかの身体が石みたいに重かった。

   あのサーカスの奴らとちがってすばしこいうえに、

   子泣き爺みたいな能力を持ってるみたいだぜ」

タタッ ピョーン

さやか「(ガバッ)杏子おーっ。あんたならまどかを助けてくれるって信じてたよ!」オイオイ

杏子「よく言うぜ……」フン

まどか「杏子ちゃん。助けてくれてありがとう……」

杏子「(チラ)いちど殺めようとした命に感謝される筋合いはねえ。足元気をつけろよ」

さやか「またまた硬派なんだからっ」バシッ

杏子「(ズキッ)つっ…」

さやか「っ。ケガしてるのか!」

まどか「ご、ごめん…杏子ちゃん……」

杏子「いちいち騒ぐな……大したことねえから……」

さやか「あるよ! マミさん……!」クルッ

マミ「鞘の力を使えない?」

さやか「杏子! プライスレスだっ」パシッ…

杏子「(フゥ…)……助かる」シュゥゥ…

ほむら「あの一瞬でよく……杏子、ほんとにあなたがいてよかったわ……」

杏子「お前も危なかったんだぞ。マミがいなかったら」
   
マミ「あら。わたしは最初から佐倉さんが鹿目さんを助けてくれるって思い込んでたから、

   暁美さんを抱えて飛んだのよ」

杏子「おいおい……互いに任せようと思い込んでるときに限ってミスが出るもんなんだけど」

さやか「(ニヤリ)マミさんなら杏子にまどかを任せるって思い込んだとか」

杏子「そりゃマミが最初からほむらをつかまえてたから……、

   テレパシーなりで打ち合わせはしたほうがよかったか」ポリポリ

ほむら(テレパシー……以心伝心か……)ニコ

マミ「――っと。それこそ悠長にしてられない。(スッ)ワルプルギスは学校の方へ向かってる。

   鹿目さんのご家族に連絡したけど混乱を起こしたくないから周りにも知らせない、

   自分たちも体育館から離れるつもりはないって」

まど・ほむ・さや「……っ」

マミ「先回りして避難所の前で防衛するしかない。暁美さん、頼むわよ」

ほむ・杏・さや・まど「(コクッ)」

マミ「……そういえばキュゥべえは? みんな知らない?」

ピョコピョコ…

QB「呼んだかい、マミ」

マミ「よかった、無事だったのね。みんな早く――」

QB「いや。君と直接契約した個体は損傷が激しかったので処分したよ。

 
   僕が引き継いだから問題はない」  

マミ「――」

杏子「……お前は永らくマミと暮らしてた奴とは別人ってことか。クローンみたいなもんか」

QB「それよりもっと上等さ。僕らは全個体で意識だって共有している。

   これからもコミュニケーションをとるのにまったく不都合はないよ」

マミ「……」

まどか「……っ」

QB「マミ。僕はなぜ君が涙を流すのか分からない。僕の代わりなんていくらでもいるのに、

   どうして単一個体の生き死にに感情を動かされるんだい」

ほむら「……あなたたちはそういう考え方をするのね」

さやか「マミさん……」

マミ「(ズッ)‥みんな暁美さんにつかまって。時間を無駄にできない」クルッ

――


~~学校の体育館前~~


カシン ピタ

まどか「マミさん……! このままだとあのビルが避難所に!」ヒュオオ

マミ「なんとか前に回りこまないと!」

カシン ザザッ

アハハハハハハハハハハハハ……ッ

ゴオオオン

杏子「マミ、落とせるか!?」

マミ「(ジャコンッッ)あの大きさだとこちらも加減ができないっ。

   力負けはしなくても貫通するだけになるかも……!」ジイッ…

杏子「手をこまねくよりマシだ! あたしもやるだけやってみるッ」ザララララ……ッッ

さやか「……!」クルッ

ほむら「……」コク

さやか「マミさん、ここはあたしとほむらに任せて!」

マミ「(クルッ)え?」

ほむら「(ニコッ)」カチ フゥゥ…

さやか「ほむら、特訓の成果を見せるぞ!」スチャッ

ほむら「はい!」バッ

ゴオッ

さや・ほむ「「元気ですかーーーッッ!!」」

まど・杏・マミ「!?」

ほむら「元気があれば!!」サッ

さやか「隕石でも打ち返せる!!」グッッ

ほむら「1!!」

マミ「これは――」

さやか「2!!」

杏子「おいまさか――」

ほむら「3!!」カシン

―――

まどか「え?」

さやか「だあああああああああああああああっっっ!!!!!」ゴッッッッッ

ギッ キキッ メリリ…!!

マミ「佐倉さんッ、ビルと地面がもたない!!」ギュッ コオオ……!!

杏子「分かってるッ!! バットの強化に集中しろ!!」パシッ ザラララ…

杏子「(クルッ)まどかッッ!」ギリュウッッッ

まどか「は、はいっ!」

杏子「ほむらを手伝え! さやかを支えろ!!」ギュ… ギチッチキキキキワワワア……ッッ

まどか「はいっっ!!」バッ ガシ ギオオオオ…

さやか「……ッッッ」グググオオ…ッ

杏子「そっちに立つな! 振り切った瞬間しばかれるぞ!!」ミミミイイイン……ッ

まどか「かまわない!! いま……、さやかちゃんを支えなきゃ……ッ!!」グググ…ッ

さやか「……ッ!」ググ…!!

ほむら「さやか、信じて!!」ギオオオ…

さやか「!……(グッッッ!!!!!)いっ―」オッ

マミ(振り切――)

ほむら「ッ」ガバッ カシン バッ

まどか「っ」 ドザザッ… カシン

杏子(――ったァ!!)

ほむら「(ダッ)ッッ」カシン

さやか「けええええええええええええええッッ!!」オオオンッッ

マミ・杏・まど・ほむ「……!!」

ギュオオッッッ――  アハハハ…    ゴッッッ  オオオオオオォォ……

ドドドドドドオオオオオオオオオオオンンンンンンンッッッ!!!!!!!!!


ほむら「(ハァハァ)鹿目さん、(ハァハァ)だいじょうぶ?」ドキドキドキ

まどか「(ハァ)……うん。(ハァ)ほむらちゃん…」サス… 

マミ「(ハァハァ…)……ナイスバッティング」

杏子「(ゴソ カチ フゥゥ…)つかこんだけ大騒ぎしてピッチャー返しかよ……」ドシッ… ポイ

マミ「(パシ)ええ(ハァ)、投手ごと(ハァ)河まで落としてくれたわね……」カチ フゥゥ… ポン

QB「(コロン)…きゅっぷい。なかなかいい連携だったよ。

   打ち合わせもしてなかったんだろう?」

杏子「(ハァ)うるせー、傍観者。(クルッ)さやか、ほむら!

   前もって言ってくれてもよかったじゃねーか」

さやか「(カキカキ)いやー、あたしたちもとっさに考えたんでさ、アレンジを」

ほむら「(ムク…)もともとはパイプ爆弾をさやかがノックするの」ノサ…

杏子「それはそれで恐ろしいな」

マミ「着水の直前に起爆するよう計算して、ビルにタイマー付きの爆弾を仕込んだのね」

ほむら「ええ。まぐれだったけど」

マミ「謙遜はいらないわ。ふたりの特訓の成果、見せてもらった」ニコ

ほむら「(コク)みんなのおかげです」

さやか「特にマミさんに鍛えられたこのでんせつのバットで――」スチャッ

杏子「おい」

さやか「(パン)わかってるよ杏子、ありがとう!」パチ

杏子「フン…」

まどか「あの――」

さやか「(クルッッ)」ギロッ スタ スタン ジッ

まどか「…」ビクッ

さやか「だー(コッ)かー(ツッ)らー(ンッ)、心臓に悪いことすんなってえの。

    ほむらにはしゃれにならないだろ」

まどか「ごめん、ごめん……」ギュッ…

さやか「感謝はしてるよ。あんな風に支えてくれなきゃ振り抜けなかったし。

    でもあんたにバットが当たろうものなら」

ほむら「だいじょうぶよそんなことはさせないから」

さやか「(ニコッ)分かってたよ、ほむら」

ほむら「(ニコッ)信じてくれてありがとう、さやか」

まどか「…?…?」


杏子「あいつら仲良くなった……のか?」

マミ「仲良くしなくていい、って気づいたんじゃないかしら。

  (チラ)今のわたしとあなたみたいに」ニコ

杏子「(チラ)……ふん」


まどか「ほむらちゃん……。わたし……」ギュッ…

ソッ

ほむら「鹿目さん。わたし、鹿目さんに無茶なことはしてほしくない」

まどか「……ッ」ギュウウ…ッ

ほむら「(ニコ)だけどあなたが誰かのために無茶をしなきゃならないなら、

    そんなあなたをわたしは守る」ソッ…

まどか「……っ」

ほむら「だって約束したもの。

   『鹿目さんが大切な人たちと一緒に笑顔でいられるようにする』って。

    わたし、あなたが無事でさえいればいいって思ってた。

    でもそれはわがままだったんだよね。

    あなたは大切な人のためなら自分のすべてだって差し出してしまう。

    そうしないほうがずっと辛い人だもの」

マミ「……」コク…

ほむら「だから笑って。あなたを愛する人のために。

    鹿目さんが愛する人たちはもうわたしが守らなきゃいけない人なんだから」

杏子「……」クス…

まどか「うん……」コク…

――ハラハラ…

ほむら「あ…」

さやか「おや。すまなんだ」

ほむら「(チラ)だいじょ――」

シシュ パラ…

ほむら「か、鹿目さ――」

ソッ アミアミ…

まどか「(ニコッ)わたしはひとつあればだいじょうぶだから」アミアミ

ほむら「……ありがとう」

アミアミ… キュ…

杏子「マミ、ひとつ言い忘れてたんだが。(クル)……やったか?」

マミ「(フリフリ…)あれでは足止めが関の山でしょうね……。とりあえず今は――」ハッ

クルッジャキッバンッッ

杏子「なっ!! マミ!?」

まどか「えっ!?」

さやか「何やってんすか!? つか、それ何すか!?」

ほむら「(ジッ)……。(ハッ)――まさか!」バッ

マミ「(ゴソ ピッピッ…)――はい。確認しました。無事ですか?

   よかった。…はい。すぐ参ります」ピッ ゴソッ カチ フゥゥ…

まどか「マミさん…、避難所で?」

マミ「(ポイ)ご家族は無事よ。みんな、ソウルジェムを確認してすぐ中へ!」タ…バシュッッ

ほむら「はい!」タッッ

QB「っぷい…」トタタッ…

杏子「……(ハッ)ワルプルギスの波動と違う……!?

   なんだこの気配の数は…、魔女の巣窟になってんのか!?」バシュッ

さやか「母さん…、恭介!!」バシュッッ

ヂカヂカヂカッ……

まどか「(シシュ サッ)……(ゴクッ…)」キュッ…

タッ バシュッ



~~学校の体育館~~


ワーワー キャーッ ギャーー ヒイイーッ

さやか「みなさん、落ち着いて!! 

    なんで、魔女は目に見えないはずなのになんでこんなにみんな騒いでるの!?」

杏子「魔女は見えなくても目の前にいた人が消えたらそりゃパニックになるだろ。

   しかし一体全体……どんだけ魔女が集まってるんだよ!?」

QB「奇妙な状況だね。ほんらいワルプルギスが通る間は彼女に巻き込まれないように、

   他の魔女たちは鳴りをひそめるものなんだが」

杏子「ああ……ワルプルギスの波動に紛れてまったく気がつかなかったぜ……」

マミ(鹿目さん、着きました。この状況になったのはいつからですか?)

詢子(ついさっきだ。端っこのほうに座ってた人の家族が消えたって声が上がってから、

   連鎖するようにあちこちからな)

マミ(わかりました)

マミ「魔女が現れはじめたのはついさっきだそうよ。

   集合した理由は分からないけど、捕まった人も今すぐに救助すればまだ間に合うわ」

ほむら「でもこれじゃ手分けして結界に入っても全員は助けられないわ……!」ギュッ…

まどか「……マミさん」スタ…

マミ「(コク)……暁美さん。グリーフシードをひとつ用意して。どれでもいいから」

ほむら「え? はい」カチャ

まどか「(スゥーッ)……ッ」キリキリ…

ポゥ…  

さやか「(クルッ)まどか……?」

まどか「これが、わたしの――アルティマ・シュート!!」

パシュウゥゥ…ン

杏子「天井に撃ってどうすんだ――ってあの魔法陣は!?」

ほむら「――円形の――放射状に広がって――(どこかで見た……?)」

キイィィン…… バシュバシュバシュバシュバシュ……ッッ

ほむ・さや・杏「……!!」

住民「……?」ストン…

子ども「おかあさーーんっ!」ガバッ…

さやか「捕まってた人たちがみんな戻ってきた……?」

杏子「結界の外から魔女を仕留めたってのか!? この場の魔女全部を……!」

まどか「うぐっ……」ガクッ…

ほむら「鹿目さん!」クルッ ストン

杏子「これはヤバいぞ! ほむら、強化グリーフシード出せっ」

ほむ「は、はい」ゴソッ

まどか「う…っ、ほむらちゃん……!」フリフリッ

マミ「(チラ)まだ通常のグリーフシードで間に合うわ。

   よく見極めて、無駄遣いしないで」

ほむら「……っ」スッ カチ フウゥ…

まどか「(ハァハァ…)……ありがとう、ほむらちゃん…」グッ ヨロ

ほむら「鹿目さん」ハシ

まどか「(ニコ)もう、大丈夫だよ……。みんなは?」

さやか「館内の魔女の気配が全部消えて、結界に引きずりこまれた奴が戻ってきてる。

    間に合ったんだよ、あんたのおかげで」

まどか「よかった……」

さやか「わ、避難所から出ようとしてる人たちがいるよ?」

マミ「(スタ…)みなさん落ち着いて。避難所から出ないでください。外は大変危険です。

   今、目に見えない敵が目に見えない世界へ皆さんを引きずり込もうとしています。
 
   わたしたちがそうならないようにみなさんを守ります。

   ご自分のスペースに戻ってください」

シーン… ザワ… ジロジロ

杏子「(ヒソ)おい…!」

詢子「巴ちゃーん、助かったぞーーっ。ありがとーー」フリフリッ

知久「(タハハ…)……」フリフリ…

さやか母「さやかーーっ、みんなのこと考えて行動するのよーー!」

さやか父「……」

さやか「アチャー」ナッハハ…

スク…

恭介父「……」ペコ…

恭介母「(ペコ…)……」ニコ…

マミ「(ペコ)……ソウルジェムの反応はとりあえず収まったわね」

杏子「ああ。……相変わらずワルプルギスの気配は残ってる」

恭介「みんなーー。(スタ)ごめんなさい、失礼します。(ヒョイ)すみません、通ります。

  (トトッ…)ごめんなさい、ありがとう。(スタ)おはよう。今、どうなってる?」

さやか「あんた、無事だったの」

恭介「結界の中で往生してたのを助かったよ、ありがとう。あれ鹿目さんの矢だろ?」

まどか「うん。よかった、間に合って」

マミ「ちょうど今の状況や今後の作戦を話し合おうとしてたところよ。

   場所を変えましょうか」スタ…



さや・ほむ・まど「クスクス…、アハハ…」スタ スタ スタ

杏子「しっかしなんつー無茶苦茶な技を……魔力の消費も半端なかったし」スタ

恭介「ずいぶんたくさんの魔女が集まってたようだけど、全部倒したのか」スタ

マミ「ええ。とりあえず体育館内にいた魔女は一掃したわね」スタ

杏子「(チラリ)……マミが教えただろ。まどか一人で完成できるレベルじゃねえ」スタ

マミ「未完成よ。……『アルティマ・シュート』。

   本来、散在を好む魔女には使いどころのないせん滅タイプの技。

   全ての魔力と引き換えに、

   その場にいる全ての魔女のグリーフシードを撃ちぬき消し去る」スタ

杏子「つまり完成品を実装すると、

   使用者がその場で魔女化しちまう文字通りの最終兵器ってわけか」スタ

マミ「相手がワルプルギスでも例外ではない。恐らく彼女の素質では完成は無理だけど」スタ

杏子「(ニヤリ)マミ……そうと見込んでこの技の開発に踏み切ったろ」チラ スタ

マミ「……何発か当てれば撃退程度なら可能かもしれないわ」スタ

恭介「……!」スタ

マミ「ワルプルギスの強さが今のままなら」スタ

杏子「あれを何発も撃てば魔力を回復したって心身にかかる負担は相当なもんだろうな。

   素質を測る力はあんたの方が上だ――それをあたしに教えていいのか?」スタ

マミ「――ええ。

   鹿目さんは“その”選択肢が視野に入れば一択問題になる子だってこともね」スタ

杏子「……ふん。ところであの技って未完成の状態ですら、

   あれだけ魔女がいたのにぜーんぶ撃ち抜いて、

   グリーフシード1個も拾えなかったんだけど?」スタ

マミ「(タタッ)さすが鹿目さん!」

まどか「?」クルッ

マミ「『すべての魔女を産まれる前にこの手で消し去りたい』とまで願う鹿目さんの強い祈り、

    それが魔女の輪廻を断ち切る形となって現れたのね!」ポンッ

杏子「おい師匠おい」スタ

恭介「(クスクス…)」スタ

さやか「あのまどかがここまで育ってくれたと思うとさやかちゃんうれしいよ」ウンウン スタ

ほむら「――」ピタ

まどか「ちょっとさやかちゃん……。ほむらちゃん、どうしたの?」ピタ…

ほむら「あ、ううん」スタ…

杏子「大丈夫か?」スタ

ほむら「ええ、心配しないで」スタ

恭介「?」スタ

ほむら(思い出した……すべて……っ)ギュ…

スタ…


~~体育館前の渡り廊下~~


杏子「まず言いたいんだけど、マミ。こんだけ大勢の前で正体バラしちまいやがって。

   マッチポンプだの騒がれたらもうあたしたちの居場所なくなるぞ?」

マミ「それでもいい。外に出た人が死ぬよりはね」

さやか「もうここまで来たらマミさんについてくしかないね」ニコッ

杏子「ったく……」

まどか「でもどうしてあんなにたくさんの子が体育館に集まったんだろ?」

マミ「そういえばキュゥべえも言ってたわね。

   ワルプルギスが滞在する間にほかの魔女が現れることじたいが珍しいって」

QB「そうだね。だが今まで君たちの身のまわりで起こった事象を整理すると、

   どうやらひとつの答えとなる仮説が導き出せそうだ」

さやか「なに? 分かりやすく教えてよ」

QB「そもそもグリーフシードやソウルジェムに溜まる穢れも、

   この場に溜まる穢れも同じものだと言ったらわかるかい」

さやか「わからん」

QB「体育館の外から伝わる衝撃音や、

   ニュースの実況中継が刻々と伝える災害の絶望的規模。

   種々の不安やストレスを体育館に集まった住民に与えるには十分だ。

   それはこの場に穢れを急激に生成・蓄積させ、

   最終的にその量は日常ではありえないほどになったと考えられる。

   しかも、この街の魔法少女が総出でワルプルギスを迎えているから、

   自分たちの養分となる穢れも人間もビュッフェのように揃えられている。

   魔女にとって好ましい条件が揃ったと言えるね」

マミ「じゃあ、他の場所の避難所も――」

QB「いや、見滝原周辺の魔女がすべてこの体育館に集まったはずだ」

杏子「なぜそう言い切れる」

QB「日常的に排出される穢れの量をちょっとくらい上回っているからといって、

   それだけではわざわざ自身がワルプルギスに巻き込まれる危険を冒してまで、

   魔女は集まってはこないさ。ただでさえ多くの魔女は集合する性質をもたないのに。

   しかもその程度の量の穢れならこの街に彼女が具現化した時点で巻き上げられる。

   先ほど言及したようにこの避難所に溜まった穢れの量はありえないほどのものだった。

   それはこの避難所だけ場の穢れが増幅されたからなんだよ」

恭介「(ハッ)――」

QB「『幻想御手』はグリーフシード内の穢れを増幅させることは、

   病院裏でのことから実証済みだよね。恭介、君がここにいたからさ」

マミ「そんな……場の穢れを幻想御手が増幅するなら……」ハッ

QB「今まで見滝原が周辺の街と比較して現れる魔女の数が多かったことにも説明がつく」

さやか「だったら学校や恭介が他に過ごしてる場所だって魔女が集まるはずじゃない」

QB「恭介はフラフラと出歩くような人間ではないからね。

   穢れがもともと比較的溜まりやすい場所で、“偶然”魔女と出くわしたってことが、

   やけに頻繁に起こらなかったかい。それも恭介が隣にいるときに」

ほむら「……学校は? 上条くんは退院してからずっと通ってるわ」

QB「魔法少女が何人も通学しているとあらかじめ分かっている場所は、

   魔女にとってもリスクが大きい。

   不在時であれ学校へ寄り付こうとする途中で魔法少女のソウルジェムに探知され、

   狩られていた可能性が大きい。何せ君達の住居は学校を中心に点在しているからね」

ほむら「それじゃ、穢れは増幅されていくいっぽうで……」

QB「君たちの学校は比較的環境の整った施設といえるが、

   だとしても日々、僅かずつでも場に穢れは生成されていく。

   それに拍車がかかったうえに、穢れを巻き取るはずの魔女が役目を果たせなかった。

   あの『魔獣』は穢れが蓄積し瘴気となって発現した『呪い』と見るべきだろう」

杏子「こいつの自宅は? 寝込みを襲われたとか聞いてねーぞ」

QB「恭介の家には、簡易的な穢れの浄化装置があったからね」

さやか「穢れの……何だって?」

杏子「(ハッ)――神棚か」

QB「その通りだ。でも街じゅうに設置するわけにはいかないよね。

   幻想御手がある限り、恭介の周りにある穢れは増幅され、

   結果として魔女を呼び寄せることになるだろう」

マミ・まど・ほむ・杏・さや「…………」

ガクッ…

恭介「……なんでそんな人間が……今までのうのうと生きていたんだ……?」

さやか「……っ」

マミ「望まれて生かされていたからよ。だからあなたには生きる責任がある」

ほむら「……あなたが死んだところで幻想御手が消滅する保証もないわ」

杏子「お前が魔女を集めてくれるなら探す手間が省けるじゃねえか。

   人を襲う前にあたしたちがグリーフシードを回収してやるよ」

さやか「恭介。希望が幻想だっていうのなら絶望だってきっと幻想なんだよ。

    あたしたちのために立ち上がってよ。あんたはそれができる男じゃないか……!」

恭介「……」

スタ ト…

ポタ   ポタ

恭介「……?」ツイ

まどか「……」ジッ…

恭介「――」

――スクッ…

恭介「鹿目さん」スッ

まどか「うん……」パシ スク…

恭介「(クル…)……みんなの言うことは間違ってないけど。けど。

   いや、いまはうずくまってる場合じゃなかったな」

マミ・ほむ・杏・さや・まど「(ニコ…)」

――ズオ

マミ・杏子「(ハッ)」

まどか「な、何か気配がものすごく重くなった……?」

さやか「あたしも感じる……これって……?」

ほむら「わたしにも分かるわ。前は察知することすらできなかった、

    ワルプルギスの気配が……禍々しい……っ」ブル…

杏子「……そのはずだよ。さっきとはケタ違なんだ、

   いま話してる間にもどんどん魔力が強くなっていってる」タラ…

マミ「(シュル カチャ)――キュゥべえ……あなたに頼むのは初めてだけどお願いできる?」スタ…

QB「言ったろう、あらゆる局面において、

   君の知っている個体と同等の扱いをしてくれていいと」ピョコン

カチャ… タム

まどか「マミさん…」

さやか「さっきもですけどその望遠鏡みたいなの……」

マミ「生きて帰れたら紅茶とケーキ付きで何でも答えるわ」キチチ

さやか「(ニヤリ)わかりました。絶対ですよ。

    いつものマミさんと違いますけど正直バリかっこいいっす」

ほむら「時間を止める?」

マミ「大丈夫、わたしとキュゥべえに任せて」クリリリ

ほむら「……」コク

マミ「――佐倉さん。ワルプルギスのグリーフシードの回収、できなくなってもいい?」

杏子「へっ……。こんな機会、一生にあるかないかだから惜しいはずなんだがな。

   今は全力でイエスと言わざるをえない状況だぜ。

   はっきり言って一つの街の危機ってレベルじゃねえ……」

恭介「……」ゴク…

QB「マミ、分かってると思うけど、この技は格下の相手にしか通用しない。

   君にとってワルプルギスはただでさえ――」

マミ「(ポゥ…)そうね。上条くん、ちょっと」

恭介「はい」スタ

スッ

マミ「あなたの幻想御手でこれを強化して」トン…

まど・さや・ほむ・杏「――!!」

恭介「……何を言ってるんですか。ソウルジェムが爆発するかもしれないし、

   さっきも聞いたでしょ? ソウルジェム内の穢れだって完全にゼロじゃないんだ、

   増幅して呪いに変わったらあなたは――」

マミ「早くしてちょうだい。こうしている間にも成功確率はどんどん下がっていってる。

   元からわたしは犬死にするつもりなんてないわ。

   あなたは世界で一番繊細な楽器を操る技量の持ち主でしょう。

   こんな石ころの魔力だの穢れだの分別して加減しながら増幅することくらい、

   わけないことのはずよ」

恭介「(グッ…)……二度と石ころだなんて言わないでください」スッ…

トン…

マミ「文句は後で聞――――ッ」ギュウゥ…ッ

コオオオオ…

杏子「マ、マミ……」

ほむら「……!」

マミ(キュゥ…べえ――彼女の周りを――使い魔が群れ…て舞ってる…)ギチチッ ガタガタ…

QB「タイミングは任せてくれ。それよりもその状態で撃てるかい?」

マミ(……O…………K…ッ)ブルブル……ッ 

恭介「……ッッ」コオオオオオ…ッ

まどか「……っ」ギュウ…

さやか「……ッ」グッ…

QB「――――――今だ」

ピタ バスッ‥!!

マミ「――」ドサッ…

まど・さや「マミさん!」ガバッ

恭介「暁美…さん」ヨロ… ヒョイ…

ほむら「!」パシッ ギュ… カチ フゥゥ…

恭介「……(ハァ、ハァ…)」フラリ ドシン…

まどか「起きて、マミさん! キュゥべえ、マミさんはどうなったの!?」

QB「幻想御手によって強制的に魔力のレベルを上昇させた結果、

   意識に影響が及んだようだね」

さやか「だから大丈夫なの? 目は覚めるのかって!?」

QB「そのソウルジェムの状態次第じゃないかな。

   どうやら穢れの増幅を可能な限り抑制して祈りを選択的に増幅させたようだけど、

   マミに制御しきれるレベルの魔力ではないということだね」

ほむら「そんな……マミにできないなら誰が……」

恭介「暁美さん……もういちど僕に巴さんのソウルジェムを」ムク…

ほむら「上条くんは大丈夫なの?」

恭介「……」コク

ほむら「……」スッ トン

恭介「……」パァァァ…

マミ「……」ポゥ… シュルルル フワァァァ…

まど・さや「!」

QB「なるほど、増幅を極力抑制しながら、

   段階的に魔力を解放してソウルジェム内の祈りを相対的に減圧させるのか」

恭介(取って、暁美さん)

ほむら「っっ」パシ

マミ「……うっ……」

まどか「マミさん!」

さやか「目を覚まして!」ペチペチ

QB「過度な負荷により肉体と魂のリンクが一時的に切れたんだよ。

   同調には時間をかけて――」

杏子「悪いがそうしてるヒマがない。活を入れるぜ」スタ… ト

ヴォン

マミ「あぐっ……!」バタッ

さやか「うお、杏子!」

マミ「――……弾着は?」パチ…

QB「命中はしたが弾かれた。残念だ」

マミ「(クス)……ごめんなさい。抜け駆けはできないものね……」

まどか「……ッ」ギュ…

さやか「マミさん……ッ!」ギュゥッ…

杏子「発想は間違ってない。奴が強すぎんだよ。あんたも、恭介もよくやった」チラ…

恭介「……」グタ…

杏子(蒸気機関技師にいきなり原発の臨界制御を任せたようなもんか。

   世紀の壁をこの数瞬で超えた――ぶっつけたマミもマミだがそれに応えやがった。

   ……これが天才ってヤツか)

ほむら「(スタ…)マミ。もう手放さないで、お願いだから」トン…

マミ「(スッ ポゥ…)ええ。みんな、心配かけたわね。起きなきゃ……」フワァッ

――ゴォアッ

QB「(ピョンッ)ワルプルギスが炎を吐いた! あと3秒でこの体育館は焼かれる」

マミ・まど・杏・さや「(ハッ)――ッ」

ほむら「ッッ」カシン ピタ

ほむら「……ど、どうしよう」

トントン

ほむら「(ビクッ)ひっ!」クルッ

恭介「驚かせてごめん」ムク…

ほむら「上条くん……」パシ…

恭介「(スタ)ありがとう。君が時間を止める前に間に合ってよかった」

ヨロ スタ…

ほむら「もうすぐ時間を止めていられなくなるわ。どんな手をつかっても……」

恭介「(スッ)この手があるさ。(クル…)……僕から離れてから解除してくれ」スッ…

ほむら「でも、幻想御手は……」

恭介「(チラ)大丈夫。任せて」ニコッ クル…

ほむら「……」コク スッ 

恭介「」ピタ

スタ スタ

カシン

ゴオオオオオ…ッ

杏子・マミ「(ザララララララ  シュルルルルル)ッッ!!」ハッ

ほむら「……ッ」ガバッ

まどか「――」ムギュ

さやか「(ハッ)恭す――」

ドガシャ ゴッッ

恭介「ッッ」ド オオオオオオ……ッ

杏子「受け止めた!?」

マミ「それだけじゃない、これは――」

ドシュウウッッ――… パラパラパラ…

恭介「……」ユラ ドサッ…

まど・ほむ「上条くん!」タッ

さやか「(タンッ)恭介!」ギュッ

恭介「……空の方は無事かな……」

杏子「こんな天気で飛んでる飛行機とかねえよ」

恭介「……そういやそうだ」ムク… スタ…

マミ「……今の、炎の向き……だけでなく魔力の質も変えたわね。

   ワルプルギスの拡がる炎が収束していたわ……手のほうは火傷してないの?」

恭介「巴さんからのレッスンのおかげで、

   とりあえず左手への影響はゼロに収束、炎は逸らしたってとこです」

マミ「わたしは思ったことを言っただけ。とにかく助かったわ、ありがとう。

   欲を言えばもっと早くできるようになってほしかったけど」

恭介「(ハハ…)申し訳ありません」カキカキ…

マミ(……やさしさが己を解き放つブレーキになってる。そんな子はときどきいるけど、

   この子の場合、生まれ持った才能が凡庸に収まることを許してくれないでしょうね)

杏子「助かったかどうかまだ怪しいぜ。……見ろ」

アハハハハハハ… ゴゴゴゴゴ…

QB「これはまずいよ。ワルプルギスが正位置になっている」

マミ「――暁美さん、時間を止めて」

ほむら「はい」カシン

――

ほむら「ワルプルギスが正位置って……、

    逆さになってた人形が上になったのがそんなにまずいの?」

マミ「ええ。こんなこと起こらないと思って話さなかったけど。キュゥべえ、説明をお願い」

QB「もはや見滝原の街だけの問題ではなくなった。

   ワルプルギスが飛行を開始すれば、この地表の文明は全て滅び去るということさ。

   それも数週間以内にね」

杏子「なんとか総がかりで叩き落とすしかねえってことか……」

QB「君たちでは恐らく敵わないだろう。彼女は強さにおいて上回っているだけでなく、

   その飛行速度たるや秒速100メートルに達するほどのものだ。

   戦う以前にとても追いつけやしないだろう」

まど・ほむ「……!」

マミ「だとしても考えなければ。何か彼女を倒す方法を……!」

杏子「おい、さやか」

さやか「……うん」

杏子「その剣、ここで抜けなきゃ話にならないぞ。なんとしてでも抜けろ」

さやか「杏子、ちょっとこれ持ってて」スッ

杏子「ああ」パシ

スッ グッ…

シィィー… ィィ‥ン……

まど・ほむ・マミ・恭「抜けた!」

杏子「よし! ……って刀身がないじゃん」

マミ「いえ、目には見えないけど確かにそこにあるわ……」ジッ…

さやか「いつもはこの状態なんだって言ってる」

ほむら「だれが?」

さやか「分からないけど聞こえるんだ。待ってて。あたしも慣れないから相談してみる」フゥ…

シュオオオオ…  コオアアアアアアア

マミ・杏子・まど・ほむ・恭「!!」


true blue

ClariS、作詞:町田 紀彦、作曲:町田 紀彦・吉松 隆、編曲:湯浅 篤


杏子「なっ…、お前……この魔力の波動……今までが封印状態だったていうのかっ!」

マミ「それに波動の色が……真夏の夕闇に覆われる無辺の天頂のよう。

   まるで空に湛えられた大気の深海‥、どこまでも淡く深く霞む碧。

   偏見も惰性も妄執も私欲も…ひとの世の哀しみをただそのままに認容するような茫洋…、

   ……魔法少女の魔力なのに……こんな色の波動があるなんて」

QB「横溢する波動だけじゃない。

   これは――、一点の輝きもない状態でソウルジェムの形態を安定保持してるなんて、

   僕も見たことがない」

マミ 「(ハッ)(彼女の『祈り』には初めから――)」

ほむら「ごめん。いったん時間停止の効力が切れるわ」

カシン

さやか「恭介、今すぐ左手でこの刀身に触れて、って」

恭介「え? でも」

さやか「何も考えずに早く」

恭介「…」スッ パシ

サアッ……

まどか「あっ…」

ほむら「空が一瞬で……嘘みたいに晴れたわ」

マミ「(カチャッ スイー…ッ)……半径100kmにわたって。まさかこれは……」

さやか「この剣には周りの風を操る力があるんだって」

杏子「ワルプルギスの魔力が起こす嵐を抑えるほどなのか……」

アハハ… 

まどか「あっ、飛び始めた!」

ほむら「まずい……剣の力の及ぶ範囲外に出られたら!」

恭介「もっと強化することはできるのか? そうでなければ……」

マミ「キュゥべえ、あなたの見立ては?」

QB「今のこの強化状態を続けられるのは15分が限界だろう。

   さらに強化するならばもっと短くなるはずだ」

恭介「強化効果が切れたらもう一度触ればいいのか? 爆発の危険があるのか?」

QB「この剣はソウルジェムやグリーフシードのように魔力を蓄積するようにはできていない。

   幻想御手による強化の連用は負担がかかりすぎて、

   刀身が爆発はせずとも破損する恐れがある。元も子もなくなるよ」

ほむら「つまりあと15分以内にワルプルギスに追いついて倒さなければ……」

まどか「っっ」サアッ キリリ…

マミ「やめなさい。あなたの力でもワルプルギスは撃ちぬけない。第一もう届かないわ」

まどか「それなら上条くんにソウルジェムを強化してもらって――」

杏子「ダメだ。マミでさえああなったんだ。お前なら多分死ぬ」

まどか「でもっ……」

杏子「……恭介だってもう神経がもたねえよ。

   友達の命がかかってる超難易度の手術をやれってけしかけてるようなもんだぞ」

まどか「っっ」チラ

恭介「…………」ジッ… フリ…

まどか「……っっ。(クルッ)……お願いさやかちゃん!

    すっごく早い乗り物に変身してみんなを運んでくれないかな?」

さやか「まどか。悪いけどあたしには無理だわ……。ごめん」

まどか「……っ」フリフリ…

杏子「…お前ら、その発想は」

マミ「(ハッ)――捨てたものじゃないわ!」

まど・さや・杏・恭・ほむ「えっ!?」

マミ「でも美樹さんと同行できるのは1人が限界」

まど「わた―」ス

恭介「僕が行きます」

マミ「(チラ)みんな、いいわね?――二人とも肩を組んで」シュルシュル…

――

杏子「――マミさ、その剣まで縛り付けてどうすんだ?」

マミ「いいえ。これはジェットエンジンよ」

さや・まど「???」

杏子「お前さやかをスラストSSCにでもするつもりか!?」

さや・ほむ「???」

マミ「確かにまっすぐなのは美樹さんの持ち味だけど、直線番長では駄目なの。

   今、求められるのは三次元を制する機動性――。それはこの剣でしか実現できない」

スタ…

マミ「大事なことを説明する。急激な加速や減速はひかえて。

   猛烈な慣性力に上条くんが耐え切れなくなるから。

   飛行中はお互いテレパシーで会話しなさい」

さやか・恭介「はい」

まどか「さやかちゃん…」

さやか「ん」クル…

まどか「……あたしも、頑張るね」

さやか「(ニカッ)おう!」スッ

まどか「(ニコ…)」スッ

パチッ

マミ「急ぎなさい。秒単位の勝負よ」

さやか「(コクッ)行ってきます」タッ チラ

ほむ・杏「(コク)」

さやか「…」チラ

恭介「(コク)行こう」タ…

さやか「うん」

タッタッタッ スゥーーーー……ッ


マミ「……キュゥべえ、追いつけそう?」

QB「ちょっと待って。……大丈夫だ。間に合うよ」

マミ「そう。(ボソ)…お願い」グッ…

スタ…

杏子「……マミ、ちょっと気になったんだけど今のさやかの武器ってなんだっけ?」

マミ「バットが――」クル

杏子「(ヒョイ)……」ペコ…

マミ「あらら」

まどか「さ、さやかちゃん……っ」クルッ

杏子「(ブンッ)まどか。あたしたちはあたしたちの仕事をするぞ」スタ

まどか「でも…」

杏子「(クル…)大丈夫だ。今のあいつなら独りでも隕石を場外ホームランできるさ」

ほむら「バット…」

杏子「(ビッッ)元気があれば何でもできるっ! ほら、避難所にまた魔女がきてるぞ」スタ

~~上空~~


ヒュオオ

さやか(あ、今さらだけどあんたを連れて飛んでも大丈夫なんだっけ)

恭介(浮力が上がりすぎないように抑えてる。君こそよく気を遣ってくれて助かってるよ)

さやか(気を遣ってる?)

恭介(ほら、例えばこんな高さなのに寒くないだろ。

   いま分かってるだけでも風防は言うまでもなく他に空調、

   エアバッグ、酸素マスク、対Gスーツ……、

   ここまで快適に調整してくれるならもっと加速してもいいくらいだよ)

さやか(ああ……そのお礼は背中の剣に言って。

    あたしは『恭介がなるべくケガしないように』ってお願いしてるだけだから。

    ホントに体だいじょうぶ? 折れたりしない?)

恭介(正確には実物のエアバッグより高性能だ。

   ほら、重い物を持ち上げるときに、

   背中が反らないように腹筋に力を入れながらやると腰を痛めないだろ。

   あんな感じに瞬間的な衝撃だけじゃなく持続的にかかる力も絶妙に殺してくれてる)

さやか(よかった。んじゃ、ちいっと飛ばすよ)グァ

恭介(んがが)ギゴゴ


~~魔女の結界~~


カシン  ドカーン!

ゾゾゾ…  

ほむら「倒してもこんなすぐに使い魔が増えるなんて……!」

まどか「マミさん! この気配って……」クルッ

マミ「(コク)……一つの結界に複数の魔女がいる」

ほむら「2人も魔女が……? 

    倒すのに時間をかけてる間に体育館に別の魔女が来るかもしれないのに」

杏子「固まって歩いてくれてりゃあたし一人でもやれるんだけどな。

   仲がいいのか悪いのか分かんねえ連中が同居してるみたいだぜ」チラリ

ほむら「なによ?」

杏子「別に。マミ、あたしたちが侵入する前にこの結界にさらわれた住人はいなかったよな?」

マミ「ええ、確認したわ」パウッ

杏子「なら急ごう。あたしとマミはあっちの魔女に向かう。

   まどかとほむらはもう一匹の相手をしろ。それでいいか?」

マミ「――わかった。(クルッ)暁美さん、鹿目さん、無理はしないで!」タッ パウッッ

ほむら「あ、ちょっと!」

杏子「急げよ、この結界だけに構ってられねえぞ!」ダッ

まどか「行こう、ほむらちゃん」バシュッ

ほむら「は、はい!」タッ

――

ザアッ ビシッッ

ほむら「っ!」

まどか「ほむらちゃん!」バシュッ ズバッ

ほむら「ありがとう!」

まどか「だいじょうぶ!?」スタッ

ほむら「うん! でもこの魔女、強い……!」

まどか「(キリ…)マミさんが『無理するな』って言うだけあるね――」

ほむら「(サ…)そうだね。でも何とか――……鹿目さん?」チラ

まどか「(バシュッ)……ほむらちゃん、大変。またこの結界に魔女が増えちゃった……」

――

杏子「予感的中! 

   けど2匹の中間地点――出入り口付近にお出ましとはやってくれるなァッ」バシュッ

マミ「キュゥべえ、佐倉さんについていって! 頼むわね!」ジャキッ

QB「わかったよ」トトッ

マミ「佐倉さん! 引き込まれた人がいたらそちらを優先して!」パウッ

杏子(あいよっと)ダダダ

――

杏子(まどか、ほむら、ボチボチやってるか!)

ほむら(杏子、無事!? また新手が――)ポーン  ドカーン

杏子(わかってる。つかソイツの相手してる)

まどか(ごめん杏子ちゃん。わたしたちだけでこの魔女を倒すのは難しいかも)キリリ…ッ

杏子(マミもあたしも予想より苦戦してる。

   何とかもちこたえろ、あんたたちならできる)

まどか(わたし、さっきの技を――)バシュッ

杏子(待て、まだ使うな。……よし、あんたたちの場所は大体分かった)

ほむら(場所……?)

杏子(「ロッソ・ファンタズマ!!」)パシュン スタッ

ほむら「!?」

まどか「杏子ちゃん!」

ザアッ  ヒョイッ

杏子「いい動きすんなあ、コイツ」スタッ

ほむら「あ、あなた別の魔女と戦ってるんじゃ…」ス…

杏子「ちょい待ち。時間止めるなよ。万が一マミの勘が狂うといけないからね。

   あたしもこの状態、そうはもたないからな」タタッ

ほむら「え?」

杏子「現状維持で頑張れ、ってこと!」ヒュッ スタッ

まどか「わ、わかった!」キリリ バシュッ

――

杏子「(スタッ)――そろそろ決めてくれるかい、マミ先輩」クル…

マミ「(ジャコンッッ)」グッ

QB(2秒後にライン成立、暁美ほむらの射線上からの除去は標的の動きに影響しない)

――

杏子(ほむらを抱いて飛べ!!)

まどか「(タッ)――」ギュッッ  バシュッッ

ほむら「(ムギュ…)!?」ヒュオオ…ッ

――

魔女「ガアアアッ」ゴウッ

マミ「――(ドパズゥッッ‥)ティロ・フィナーレッ!」

――

ドオオオッ   パアアンッ…

杏子「うん」

――

ドオ  シュゥッッ!!   パアアアン……ッ


まど・ほむ「……!」スタッ


~~体育館~~


ギュオオ… 

杏子「魔女の結界層ブチ抜くとか、あんたもえげつない進化してんなあ。

   わかってたけどグリーフシード1個も回収できねえし」

マミ「(タハハ…)自分でお膳立てしといてよく言うわね。

  (……あの魔女たちってわたしたちみたいな関係だったのかもね)」ゴソ カチ フウゥ… スッ

杏子「(パシ)…フン」カチ フゥゥ…

マミ「結界に引き入れられた人はいなかったのね?」

杏子「ああ」ポイ

QB「(コロン)……きゅっぷい」

トコ トコ

子ども「おねえちゃん……」ヒック

スタ…

マミ「(ナデ…)大丈夫、みんなわたしたちが守るから。いい子で待っててね」ニコ…

母親「お願いします……頑張ってください」

マミ「はい」

ガンバレ…  ガンバレー  ガンバレーー!

まどか「よかった……みんな信じてくれたんですね」

マミ「(……本当は魔女のことは知らないほうがいいんだけど。)

   美樹さんたちも頑張ってる。ここを守り抜きましょう」

まど・ほむ「はい!」

杏子「おう。つかまだ魔女はここに来るのか?

   魔法少女が張ってれば大丈夫なんじゃなかったか」

QB「この場にはまだ大量の穢れが残存していて、近辺から魔女が押し寄せているみたいだね。

   ワルプルギスが去ったいま、一時的に見滝原全体で穢れが巻き取られてしまい、

   結果的に魔女から見てここが目立っている状況だ。

   君たちがその強さを知らしめることでほどなくあきらめて去っていくんじゃないかな。

   その頃には見滝原各所における場の穢れも現在より平均化が進んでいるだろうし、

   それに伴って魔女の出現頻度も通常パターンに収まっていくはずだ」

杏子「要するにもうちょいここでガンバレってことか。

   いつもなら大漁って喜ぶんだけどな。さやかの方も気が気じゃねえし」クル…

ほむら「(クス…)」

まどか「じゃあもう一度、アルティマ・シュートで……」

杏子「お前の腕じゃ効果範囲が狭すぎる。それは切り札にとっとけ」

まどか「う、うん……」

マミ「体育館に入ってきた魔女から地道に戦っていきましょう」

まど・ほむ「はい!」


~~上空~~


サアアアアア――…

恭介(……ところでそれ、何?)

さやか((フフン)よくぞ聞いてくれました! 

    鞘に封印されしさやかちゃんの魔力が、王様の剣を抜くことによって解き放たれ、

    さやかちゃん本来の武器である剣が使えるようになったのだ!)

恭介(そうなんだ)

さやか(驚くのはまだ早いっ。

    この柄にあるトリガーを引くことで何と刀身を発射できるっ)カシュン

シュルルル…

さやか(呪いを探知して魔女や使い魔を自動追尾し命中すると炸裂するという優れモノなのだ!

    さらにあたしの魔力によって刀身はまた装填でき何発でも撃てる、どうよコレ!?)

恭介(すごいね。あとで暁美さんに教えてあげよう)

さやか(それは勘弁して! あたしも剣が抜けてから初めて気づ――)

ドオオン!

使い魔「ギャアアッ」

恭介(もう使い魔がいるぞ!)

さやか(行くよ恭介!)チキッ


Fighter's Honor (Flying Remix)

作曲/編曲:椎名 豪


ギュオア

使い魔「キャハハッ」パキュキュキュ

さやか「ぐっ」シュン

恭介「ッッ」ギイイッ…

さやか(くのッ)カシュン

ヒュン ウフフッ

さやか(避けられた!? 追尾してるはずなのに!)

パキュキュ

さやか「!!」ギュオ

恭介「ぐ……」ギイッ…

さやか(恭介、大丈夫!?)

恭介(気にするな、集中しろ)

ギュオオ

さやか(でも当たらないんだよ、こっちの弾が)ヒィィ…

恭介(使い魔は霊体だから物理法則に縛られないぶん、こちらより機動性に優れてる。

   ミサイルの誘導性能だけに頼らず、しっかり引きつけてから撃つんだ)

さやか(わかった!)グオ 

グググオオッ…

使い魔「アハハッ」キュンキュン

さやか「……ッ」ギイイイ… シュオ ルン

恭介「ぷっっ」ゲポッ 

さやか「(ハッ)ッッ」チラ

恭介(撃たれるぞ、前を見ろ!)ガチ‥

パキュキュ

さやか(ッッ)シッッ ギュオ

カシュン    ドオン!

さやか(よし!)

恭介(8時と1時の方向)

さやか(続々とお出ましか……道をあけてもらうよ!)シュン

パキュキュ…

…ドオン  

――

恭介(もう1体、後方に出現したぞ)

さやか(OK!)グ

ゴオンゴオン…

さやか((ハッ)あの飛行機なに!?)

恭介((チッ)――自衛隊の戦闘機だ。

   あんまり空が賑やかだからスクランブル発進してきたんだろう)

さやか(このままだと2機とも使い魔にやられるよ、知らせなきゃ!)

恭介(いや、まずい…)

――

小林三尉(何なんだアレは……人が空を……? ありえない、化け物か!?)

管制官『コントロールよりディアボロⅠ、状況はどうだ?』

仰木一尉「こちらディアボロⅠ、視認で得られた情報をありのままに報告する。少――」

――パキュキュ ヂッッ

仰木一尉「(クルッ)被弾した!?」

小林三尉「発砲をやめろ!」

さやか(ちょっと聞いて! 今すぐここから――)

小林三尉(あ、頭の中に声が――!!)ブルブル

パキュキュキュッ

仰木一尉(ハッ)ヒュン

小林三尉「攻撃を受けた! 交戦開始!!」ギュルオッ

仰木一尉「小林、待て! 弾の来た方向が――」

――

グオオ

さやか(?)

恭介(避けろ、さやか!!)

さやか(えっ?)シュオ

ヴォオオオオオッッ

ツッッ

恭介(大丈夫か!?)

さやか(ああ、マントにかすっただけ……ときになんであたしは機関砲撃ちまくられてんの!?)

恭介(パイロットに使い魔は見えない。

   流れ弾がかすめたからこっちが向こうを撃ったと思われてる)

さやか(そりゃまたハイパーな状況に……)ギュン

――

仰木一尉「戻れ小林!」

小林三尉「こんな連中、野放しにさせられるか!」

ブオオオーッッ

恭介(この速度域だとついてこられるな。機動性だけは優れてる)

さやか(恭介、あたしたちばかり追って使い魔に気づいてないなら余計にまずいよ!

    使い魔はどっち!?)ギュルン

恭介(さやか。この2機にはおとりになってもらおう。君が本気を出せば引き離せるはずだ。

   使い魔を任せてワルプルギスに向かってくれ)

さやか(そんな……見殺しにしろって言うの!?)

恭介(客観的に考えてみろ、パイロット数名の命と全世界の命と、

   いったいどっちが大事だっていうんだ)

さやか(いま避けるのに忙しい!! 頼むからあの人たち説得して!!)ゴオオ ヴンッッ ヴヴンッ

恭介(……それならあの機に思いっきり寄せてくれ。 攻撃してくるほうの陰になるように)

さやか(オーケー! ありがとう!)ギュル

グク…

仰木一尉「……」グ…ッ

小林三尉(クソッ、位置取りを……)グオ

恭介(いいか、このタコ!!)

さやか(…)アチャー

恭介(ワルプルギスの夜っていう魔女をさやかは倒さなきゃならない。 

   あと10分で崩れ落ちる世界に出来ることがないっていうんなら、

   せめてさやかが救いに駆けつけるのを妨げるな!!)

さやか(…いや元はといえばあたしがあの子をひっくり返したような……)

恭介(君は黙ってろ!)

さやか(はい)

恭介(常日頃国の防衛の前線に立ってるあなた方でも理解できないかもしれないが、

   人知れず魔女という不可視の敵性存在から国民を守ってる子たちがいる。

   理解できなくてもいい、こちらからあなた方に危害は加えないから元の任務に戻れ)

仰木一尉(……君たちは、いったい……)

小林三尉「フォックス・スリー!」ギュオ

使い魔「キャハハッ」パキュキュッ…   

さや・恭「あっ…」

ビシビシシッ… ドグヮアッッ

小林三尉「ゴハアッ…」ドォッ…

仰木一尉「小林ーーーー!!」

恭介(くっ…)

さやか「(ギュル)まだ生きてる!!」グンッッ

ピタッッ

さやか「アヴァロン!!」

キインッ…

仰木一尉「!?」

恭介(パイロットも機体も…元に戻った!?)

管制官『ディアボロⅠ! ディアボロⅡの機影が一瞬レーダーから消えたぞ、どうした!』

仰木一尉「……異常、なし…」

小林三尉「…………」チラ…

さやか「……」ニコ…

恭介(正面からさっきの使い魔が戻っててきたぞ……後方も――挟撃だ!)

さやか(……ッ)カシュン

使い魔「ウフフッ」キュン

恭介(後方へのミサイル、回避された)

さやか(それでいい、この人たちから距離をとってくれれば。もいっちょ)カシュン

使い魔「キャハハッ」ヒュオオ

恭介(前方の使い魔、接近!)

小林三尉(前……? どっちに避ければいいんだ?)

さやか((ヒュオ)あたしが防ぐ。信じて)ヒュオォン…

小林三尉(……!)

仰木一尉(小林、動くな! もう一匹とやらは俺が引き付けるッ)キアアッ

小林三尉(仰木さん無理だ! 相手はレーダーにも映らないし見えないんですよ!?)オオ…

カシュン カシュン…

仰木一尉(新婚ホヤホヤのお前を墜とされる俺の身にもなってみろ!

     相手が見えなくても追尾するミサイルの動きを見ればおおよその位置は推定できる、

     あとはこちらが撃たれる瞬間の――)グッ…

――パキュキュッ

仰木一尉(うおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!)ギュワァン ッヅッ――

小林三尉「仰木さんッッ!!」

恭介(向こうもあまりもたないぞ)

さやか(分かってる)

恭介(――来る!)

パキュキュキュキュッ

シャッ カカカカンッ ギュオ

ザシュッ

使い魔「ギャアアアッ…」

恭介(……あと1体)

さやか((ヒュゥゥ…)……この剣があんたを護ってくれてるんだよね)グクク…

恭介(ああ)

さやか(今から本気出す)

グオ キュル キュルルル…

恭介(……ッッ)グググォ…

仰木・小林(なんて挙動だ……ッ!)

カシュ ドオン!

さやか(――もう時間がない、はやくワルプルギスに追いつこう!)ギュル

仰木一尉(君たち、どこへ行くんだ)

チラ…

さやか(あっちへ、あと10分もないうちに行かないといけない。そうしないと世界がやばい)

仰木一尉(私たちにできることは……)
 
恭介(この時間制限のなかで魔法少女以外に対応できる者はいない。

   あなた方二人の無事と脅威は去ったとの報告をしてください。さやか、急ごう)

さやか(じゃあ、あなたたちも気をつけて)クル シュオオッ

オオ…      ――バアアアアアアアアンッッ…

仰木・小林「……」

管制官『ディアボロⅠ、両機とも無事か? 応答せよ』

仰木一尉「――こちらディアボロⅠ、

     他国からの領空侵犯および攻撃は受けていない。

     繰り返す、他国からの領空侵犯および攻撃は受けていない。

     ディアボロⅠ、ディアボロⅡともに問題なし」

管制官『了解した。先ほどの交戦開始したとの通信について説明されたし』

仰木一尉「ああ――空で溺れたところをイルカに助けられた」

管制官『何だって?』

仰木一尉「ディアボロⅠの機体が一部破損したのをディアボロⅡが誤認した。

     破損の原因は不明」

管制官『それを早く言え。空域に異常はないな?』

仰木一尉「目視確認する限り異常なし」

管制官『了解。ディアボロⅠ、ディアボロⅡ、直ちに帰投せよ。無事で何よりだ』

仰木一尉「ディアボロⅠ、帰投する。通信終わり」

>>501

誤:ほむ「は、はい」ゴソッ

正:ほむら「は、はい」ゴソッ


誤:さやか「館内の魔女の気配が全部消えて、結界に引きずりこまれた奴が戻ってきてる。

       間に合ったんだよ、あんたのおかげで」

正:杏子「館内の魔女の気配が全部消えて、結界に引きずりこまれた奴が戻ってきてる。

      間に合ったんだよ、あんたのおかげで」

――

ヒュオオオ

恭介(……さっきは感情的になってた。君が正しかった)

さやか(あのさ、さっきあんたが言ってたことなんだけど……)

恭介(ああ)

さやか(あたしにとって大切な命が…、世界の全部の命に比べたらちっぽけかもしれないけど、

    誰が大切かは決まってる。

    でも客観的に考えるなら、そんなのあたしに決められることじゃない)

恭介(…君はちゃんと選択して行動をとった。

   全てを救うことができるなら……)

さやか(‥きっとそんな単純な問題じゃないんだと思う。

    でも…、あんたが訊いてくれたおかげで吹っ切れたよ)

恭介(……未決にして進むのか)

さやか(これからもあたしは人の命に関わることで間違いを犯すだろう。

    それでも進もう。やれることをやろう。

    あたしに必要なのは推進力…、きっとそのためにこの剣を貸してくれたんだから!)

恭介(……オーケー。じゃ、遠慮はいいから思いっきり飛ば――)

パッ パッ パッ 

さやか((ハッ)囲まれた!)

恭介(しまった……まっすぐに進んでいたら簡単に待ち伏せされる相手なんだ!

   なんとか振り切って距離を取――)

使い魔「キャハハッ」ガシッ

さやか「くッッ」ズシッ グラッ…

使い魔「ウフフッ」シュン

使い魔「アハハッ」シュン

恭介(放せ、この……ッ)ググッ…

さやか「(サッ)ッッ」ギュウッ…

恭介(さやか!?)ムギュ

キャハッ アハハッ

パヒュッ 
チュンッ
パンッ

さやか「……ッッ」ビシッ ビシッ

恭介(さやかやめろ!!)モガッ

パヒュ ヅッッ

恭介(ぐっ…ッッ。離脱を――)

パヒュッ

ブツッ ヒュンヒュン――…

恭介(剣が……っ)

ビシ…ッ 

さやか「―――」ユル…

ヒュ‥ルルル…ーー


恭介「さやか!!」ガシッ

使い魔「ウフフフッ」

恭介「ッッ」モゾッ パシ

カシュ バンッ!!

使い魔「ギャアアッッ」ビヒユッ…

パシパシ カシュカシュン ドドォン!


~~魔女の結界~~


マミ「ッッ!?(クルッ)」ドキ

杏子「マミ、あと何分だァ!!」ギン ザシュッ

マミ「……ッ」ドキドキドキドキドキ…

杏子「マミ……?」


~~上空~~


恭介「――おいさyか!!」ギュッ

さやか「………」

恭介「くっ……!」

ヒュウウーー


恭介(このまま地面に激突した際に追加されるダメージ、

   何より追跡に必要な剣が……、ここまでか)

ギュ…

ヒュオオーー

恭介(さやか。脳が損傷してもキュゥべえの中継がなくても魂なら聞こえてるか)ナデ…

恭介(君はよくやった。これから目が覚めて最後まで力を尽くしたら胸を張れ。

   君がもしワルプルギスの力を解放するキッカケを作ったのだったとしても、

   それを責める資格なんてこの世の誰にもない。

   魔女はこの世の穢れを巻き込んで強くなっていく。

   人の世はいつだってノロイ、タタリ、ウラミの総量は人の善い部分の量を上回っていて、

   ――それを巻き取ったワルプルギスがこの世の因果の総決算なんだとしたら、

   勝てる道理なんてあるはずがない。

   きっと鹿目さんたちも心の中で悟ってた。悟ったうえで戦ってた。

   君たちはみんな、キュゥべえが見込んだのはそんな『希望』の存在だから。

   だってそうだろう、『あいつは死ね』とか、『この世がすべて滅びろ』とか、

   そんな願いからソウルジェムは生まれない。

   そのまえにキュゥべえに魔法少女の素質があるとは見出されないだろう。

   魔法少女になってから使い魔は狩らないと決めた子もいる、だが、

   その最初の祈りはたとえちいさくたってきっと、

   人類がもっとも大切にしなければならない輝きのひとつだった。

   そんな輝きを胸に抱ける子は限られている。

   だって無けりゃ無いで生きるにはそれで精一杯だし、

   それに耐えて生きて死ぬ人生だってあるだろう。

   幸か不幸か、誰かから贈られたものか君たちが自発的にもったものか、

   それはわからないけどさやかがその一員だってことは僕のひそかな誇りだ)

ビュオオッーーー

恭介(心残りなのはこの距離じゃ彼女たちとテレパシーもつながらないってことだ。

   さやかが一緒に戦ってきた仲間や家族と離れたまま独りで――、

   一人じゃないとか心は一緒だとか言ってもどうしたって君は独りぼっちでこれから――、

   タイムリミットが来て、君が失敗したと分かったとき、

   鹿目さんも暁美さんも巴さんも佐倉さんも、その最期まで心に引っかかるだろう、

   君が世界が滅びるのが自分のせいだと勝手に背負いこんで独りになってるんじゃないか、

   君のせいじゃないって伝えることもできずに心を痛めたまま終わるだろう、

   そんな子たちだよ、この僕をさしおいて)クス

ビュウウッ

恭介(君がもし――、世界のためじゃない、いや君の世界が彼女たちなら、

   鹿目さんたちの心痛を取り去りたいなら、とっとと目を覚まして救ってみせろ!

   そう、いちばんひとりぼっちの君こそが彼女たちを助ける側なんだ)

   
~~魔女の結界~~


杏子「マミ!! 何してる、やられるぞッッ!!」ザラララ ギンッ ジャッ

マミ(お願い、最後まで駆けぬけて……、海原い不死鳥……!)ギュッ…


~~地表~~


さやか「……」

――ュンヒュンヒュン ドスッッ   

恭介「しょうがないなあ、このねぼすけ」ギュ…

さやか「――っっ」パチッ

ギュオ パシッ ズクッッ… シィイー…‥ン‥

グワッ キュオオオッ……

さやか「誰がねぼすけだwwwwwwww」ギュオオッッ


Like a Phoenix Rising

Noel、作詞:Noel、作曲/編曲:椎名 豪


僕は飛び立ち

翼を空に向ける

灰から立ち昇って

そして今僕は空を舞う

戦火の中から僕は蘇った

さあここからは僕の番

今勝利は約束された

君より遥か高く上昇したとき

僕は君が僕の中に何を見たか理解する

開戦を決定した者どもを屈服させるため

僕は今日、日のあるうちにここに静寂をもたらす


なぜ君はまだ僕に挑む

君は勝てない

それは君の運命じゃない

君の名声も機体とともに地に墜ちるというのに

君に希望を、僕等に友愛をもとにした団結を

敵味方に分かれたすべての人にその闇は虚妄だという聞こえを

君が戦いに身を投じる道を選ばなかったら

今日も君の業を為す一日であったのに


焦土の瓦礫から僕は不死鳥のように舞い上がる

力だけが全てなのか、違うはずだ

卑怯にならず恨みや偏見も超えよう

戦乱を終わりに向かわせる

翼にのしかかる慣性をものともせずに

深く澄んだ青空にくっきりと飛行機雲を残して

僕は前へ進む

翼を広げ風を切る

君は投げ出さずこれから僕と戦うだろうから

そして誰かが死ぬだろう

僕等は始終相手を斃そうとするから


灯火に飛び込む蛾のように

君は還れないと分かっていてなお挑むのか

君がそうであるように

僕も名をかけて君を墜とそう



君と友達になれたなら

君が君の人生を歩めたなら


海原に漂う藻屑から僕は不死鳥のように舞い上がる

「力こそが正義」ではない

自由と公正を戦いのなかでも守れるのか

この戦争を終わらせよう

重力に勝る速度で

雲々よりさらに高く往きながら

みるみるうちに高度を上げながら

音を突破しながら

熱に灼かれ昇華して

いつか君と僕は太陽に届こう



さあ、戦おう


密林の陰から僕は不死鳥のように舞い上がる

僕の両翼に託された渇望

この空でだけは正々堂々と飛ぶ

最後まで

逆巻く重力を切り裂きながら


恭介(あれ、聞こえてたのか)

さやか(聞こえてたのか、じゃない!!

    あんた、自分のことは思いっきり死ぬ前提じゃない、ふざけんな!!)ギュン

恭介(…そうだね)

さやか((イラッ)…さっきの使い魔たちは?)ギュン

シュン           シュン              シュン            シュン

恭介(ぜんぶ倒した。前方に使い魔、数4)

さやか(‥ッッ)カシュカシュカシュカシュン

シュオア

ドドドドオオオオンッ!!

恭介(お見事。いよいよ本丸だ)

アハハハハ…

クアアアアアアッ

さやか(火を吐いた!)

恭介(任せろ)ス…

ボオヒュウウッッ…

さやか「くっ、火の勢いで進みにくい……ッ!」グラッ グラッ…

恭介(この火は僕が捕まえておくから君はその隙にワルプルギスを倒せ)

さやか(そんなこと――)

グイッ 

さやか「――ッ」

――チュッ…

ドンッッ

さやか「(ハッ)恭介ッッ!!」

恭介「行け、さやか!」ヒュウゥ…

さやか「……くッッ!!」クル ギュルッ

アハハハハハ……ッ

さやか「うおおおおっ!!」ギュオ

ザキン

さやか「恭介ーーーッッ!!」ギュン

恭介「……!」ヒュウウウ

ハシ ガシッッ

~~山岳地~~


ズザザ バキバキ ドザ ガササッ

ザザァーーッ……


恭介「………さやか」

さやか「(ムクッ…)恭介、大丈夫?」サス サス

恭介「そっちこそ。ていうかワルプルギスにとどめを刺したのか?」

さやか「(フリフリ…)あたし、正義の味方失格だな。

    (ニコ)さいごのさいごで、あんたと一緒にいたいって思っちゃった……」ギュッ…

恭介「…。(ギュッ ムクッ…)やつは……」


アハハハハ… グラ  グラ…


さやか「とどめを刺せなかったけど、もうあの状態じゃ剣の結界から逃げられても、

    嵐も起こせないよ」

恭介「よくやった。じゅうぶんだろ。

   つぎにワルプルギスが力を盛り返すまでは世界は守られたんだから。

   何年後か何百年後かわからないけどそうしょっちゅう出てくるもんじゃないらしいし」

さやか「うん……」

恭介「…どうした?」

さやか「もうグリーフシードの残りないよね」

恭介「うん」

さやか「あたし、たぶん見滝原に帰るだけで精一杯ってところ……」

恭介「そのソウルジェムの状態じゃね」

さやか「いま、あたしならとどめを刺せる。ワルプルギスの夜を終わらせられる。

    そうすると、代わりにあたしが魔女になってしまう」

恭介「……」

さやか「あの子達、もうずっとずっと長いあいだ魔女になってさまよってきたんだ」ジッ

恭介「……」

さやか「(ブンブン)悪い、ミスッた!いまの忘れて!あたし変なテンションになってるわww」

恭介「いいよ。やれ」

さやか「っ…」

恭介「君はいままで、正しくてラクな道と間違っててしんどい道に遭ったとき、

   いつだって間違ったほうを選んできた」

さやか「……」

恭介「それが君だ。それが美樹さやかだ。

   誰かを助けようと手を伸ばして結果、自分が滅びるのが君っていう女だ」

さやか「‥そう言ったらあたしが思いとどまるって思ったんでしょ」

恭介「いいや。君とたかだか十数年つきあってきた僕のただの本音だよ」

さやか「……」

恭介「どうせ君のことだ。

   魔女になって世界を滅ぼそうとしたところで僕や鹿目さんたちに――」

ピッ

恭介「…」

さやか「(ス…)……あんたってほんっとバカだわ」

恭介「おたがいさまだろ」

さやか「(ニコ)」クル…

チキッ…

アハハハ…

スッ

さやか「ワルプルギス……!

    あたしはあんたがどれだけ悩み、深く苦しんできたか知らない。

    でもあたしはあんたにありったけの、ちっぽけな敬意を捧げる。

    なぜなら世の中、どれだけ苦しんだ人が評価されるわけじゃないから。

    どれだけ努力し頑張って結果を出した人だけが評価されるのが世の中だから。

    あんたがそのタダシイ世の中の方向に逆らってまで、

    孤立した誰にも評価のされない戦いを続けてきたに違いないから。

    なぜって、それこそが人間が機能的な獣じゃない証拠だろ?

    苦悩と絶望こそが人間が精神というモノを持ってる、心が自由な証拠だから。

    力だけが正義じゃない、あたしはそう信じるから。

    誰にも認められず、進歩もしないという代償を払って、

    ただ同じ舞台を回し続け苦しみ続けるあんたに……、

    あんたが…、あんた達がどういう経緯で魔女になったのか分からないけど、

    あたしは、勝手にあんた達に敬意を持つ。

    そして、あたしはあたしのわがままであんたの停滞を断ち切る。

    魂が…、向かうべき場所が、それが本当にあるのなら、

    あんたをそのタダシイ方向へ送る、それがあたしのわがままだ!エクス――」グッ

さやか「カリバーーーーーーーーーーーーッッ!!!」ブオッ

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!


~~学校の体育館~~


杏子「(ハッ)な、何だマミ……!? 遠くから、なのにはっきりと……」クル…

マミ「ええ…、凄まじいまでの浄化の波動……美樹さんの意志を感じるけど――」

杏子「なんつーか真っ白だ…それも何かが混じったら濁っちまうようなヤワなもんじゃねえ。

   自分が染まるのでも周りを染めるのでもねえのに……」

マミ「ただありのままの色彩を浮かび上がらせるのよ。

   ちょうど日の出をぬけて南中を目指す太陽が、

   その眩いばかりの輝きで地表を普く照らすように」

ほむら「これは……」

まどか「さやかちゃん……!」

詢子「何だ、さやかちゃんがどうしたんだ?」

マミ「(クル)彼女が、ワルプルギスを……」

~~山岳地~~

オオ…

恭介「ワルプルギスが消し飛ばされた……いや、洗い流された、のか……」

スゥゥ…

さやか「……あ、上へ…消えてく……」

恭介「剣と鞘……君が与えられた役目を果たしたってことかな」ジッ…

さやか「(ヅカッ…)王様……本当にありがとうございました。

    何度か乱暴に扱っちゃってごめんなさい……」グッ…

恭介「僕からも。さやかのソウルジェムの穢れも浄化してくれてありがとう」ペコ

さやか「(ハッ)あ、あたし魔女になってない!?」バッ

フゥ…‥

恭介「…さてと。帰ろうか」クル

さやか「(コク)うん。みんなのところへ」

恭介「で……」クル…

さやか「どっちから来たんだっけ?」クル


~~学校の体育館~~


まどか「あっちのほうの……ワルプルギスの夜の気配が消えましたね」

詢子「さやかちゃんは無事なのか?」

マミ「分かりませんが、少なくとも意識はある状態のはずです。

   連絡を取ってみないと。この辺りの魔女の気配ももうないわね?」ソワソワ

杏子「らしくねえな、落ち着けよ。こっちは片付いてるだろ。

   ワルプルギスのグリーフシードか。楽しみだな」ウヒヒ

ほむら「まったくあなたは……」

まどか「(クス)……?」チカ

ボウ… 

まどか「――杏子ちゃん!!」バッ

杏子「!?」

ほむら「っっ」サッ 

マミ「(ハッ)(ステルス!?)」クルッ

ほむら(時間静止できない!?)

ドッ

まどか「かはっ」パキィンッ…

ほむら「――」

詢子・知久・マミ「まどかッッ!!」

杏子「っらあああああッッ!!」ザシュッ

魔女「ギャアアアアッッ」ギュオオ… カツ

ドサッ… 

ほむら「――そんな……」

詢子「(グイッ)おい、まどかッッ!」

杏子「しっかりしろ、まどか!」ギュッ

まどか「(パチ)ママ……杏子ちゃん」

杏子「マミ、早くケガを――」クルッ

マミ「してないわ、鹿目さん…」

杏子「何を……ッ!?」

知久「(ズイ ジッ)――確かに。確かにケガはない……まどか、返事しなさい」

まどか「はい……。ママ、大丈夫だよ。杏子ちゃん、あの魔女は? 大丈夫?」ムクッ…

杏子「心配すんな、お前以外誰もやられてねえ……」

詢子「(ホッ…)あー…」ガクッ

知久「(フゥ…)……よかった。無事で」サス

マミ「(コク…)(……胸とソウルジェムを魔女に貫かれたはずなのに傷ひとつない……?)」

まどか「(サス)あ、あれ? わたしのソウルジェムは?」キョロ

マミ「!」

杏子「(ハッ)いや、まどか……」

まどか「ほむらちゃん、知らない?」

ほむら「……」フリ…

スタ… ギュウッ…

まどか「マ、マミさん!?」

マミ「(スッ…)鹿目さん……あなたは元に戻れたのよ、普通の女の子に…」

まどか「え? それって……」

杏子「魔法少女じゃなくなった、ってことだ。だからソウルジェムはない、だろ?」チラ

QB「そういうことだね」

ほむら「やった…」

まどか「あ、えと、じゃあ、キュゥべえ」

QB「なんだい、まどか」

杏子「だぁ~~っ! コラ! 変な願いごとして再契約とかすんじゃねえぞ!?」ガシッ

まどか「きょ、杏子ちゃん……。お礼を言いたかっただけだよ。

    キュゥべえ、今までありがとう」

QB「こちらこそありがとう。魔法少女として今まで頑張ってくれたね。

   君がそのつもりならいつでも復帰して。歓迎するよ」

まどか「わたしは……」

ポン…

まどか「?」チラ

マミ(鹿目さん。一つだけお願いがあるの)

まどか(何でしょう?)

マミ((ニコ)わたしのことを忘れないで。最近感じるの、

   人は死んでもその人のことを憶えてる人がいる限り完全に死んだわけじゃないんだって)

まどか(……ッ)

杏子「何だお前ら……」

マミ「べつにー。ね?」ニコッ

まどか「……」

杏子「絶対何か言ったろ! 泣いてるぞコイツ!」

まどか「泣いてなんかないよ……」ゴシ

マミ「(クルッ)わ、悪いことは言ってないですよ!?」ニコ コク…

詢子「……わかってるよ」コク…

ほむら「おかしな巴さん……」フフ…

マミ「ちょっと…」フフ

さやか(ワルプルギス倒したぞーー!)

杏子(……さやか。お前もいちいちうるさい)ペチ…

まど・ほむ・マミ(!)

さやか(「も」? この一大ニュースをお届けしたさやかちゃんに「も」とは、

    そちらで何かあったのか?)

杏子(結論から言うと何もねえ。あたしの失態はあったけどな)

さやか(ほう…)

杏子(そっちは? 戦利品はどうなんだよ)

さやか(それがですな。キレイサッパリ、何も残っとらんのです)

杏子(……苦労して倒したのにワルプルギスのグリーフシードは手に入らないってあんた……)

    
マミ(無理もないわ。あれだけの浄化の波動を浴びたのなら……。

   きっと本当の意味で、呪いも穢れも浄化されたのよ)

杏子((ハァー)ならもう、早く帰ってこい)

さやか(うん。……あのさ、ちょっとどっちの方向から来たのか分からなくなっててですね)

杏子(ああ、分かった! 現在位置が把握できてねえなら動くな!

   マミが恭介に渡したリボンの結び目を解けば伝わるんじゃなかったか?)

さやか(そうだね。わかった)

――

マミ「――OK。確認したわ」コク

杏子「それじゃあたしがまどかを連れてくから、マミはほむらを頼む」

マミ「(コク)迎えにいきましょう、美樹さんたちを」

ほむら「ええ」コク

まどか「……」

杏子「どうした?」

まどかが「わたしやっぱりここに残る。みんなで行ってきて。

     さっきみたいな魔女が出たら……」

杏子「あんな奴そんなにいてたまるか」

マミ「第一、鹿目さんはもう魔法が使えないでしょう」

杏子「そんなに心配ならあたしが残るから。お前が行かなくてどうすんだよ」

詢子「みんなで行ってきな」

杏子「あ…」クル…

詢子「鹿目詢子、まどかの母親だ。よろしく、佐倉杏子ちゃん」

杏子「…」ペコ

詢子「もうワルプルギスの心配もないし、

   あれだけみんな頑張ってここを守ってくれたんだ。

   いま、この街ほど魔女から安全な場所はねえだろ?」

まどか「でも、ママ…」

詢子「でもじゃねえ。そのレベルまで気にしてたら24時間寝ずの番で、

   一生この街から出られなくなるぞ。対策を取るなら後日に回せ。

   今日はさやかちゃんの所へいって労ってこい」ポン

まどか「う…」チラ

さや母・恭母・さや父・恭父「(ニコ)……」コク…

まどか「じゃあ…いってきます」

詢子「おう。いってこい」



――


~~山岳地、上空~~

ヒュウウ…

杏子「マミ、まだか? ここらへんほんと山ばっかだなあ」

マミ「もう少しよ。ほら、あの――」ハッ

シュル カチャッ…

ほむら「……巴さん?」

まどか「マミさん、どうしたんですか?」

マミ「……」スッ…

杏子・ほむ・まど「……?」

――


~~山岳地~~


恭介「……突然ソウルジェムが砕けて」

まどか「……」

マミ「……」

杏子「……ッ」

ほむら「……」

杏子「……傷を癒す鞘を持っててなぜこうなる」

恭介「剣と鞘は本来の持ち主の元へ還ったあとだった。

   さやかが持ってたところで砕けるのを防げたかどうかはわからないけど」

QB「そうだよ。たとえ鞘の力があったとしても無理だったろう。

   だって、いまさやかの願いが叶ったんだもの」

杏子「願いって――、何だよそ――」ハッ

マミ(――!!)

QB「さやかの願いは『大切な人が死ぬときに、自分がその身代わりになること』だったんだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
杏子「――」

まどか「あ――、あ…、」ガク

ス ポゥ…

まどか「きょうこちゃ…」

クラ

杏子「――お前はちょっと寝てろ」ハシッ…

まどか「…………」クテッ…

QB「ともすれば恭介が対象になりかねない大きな賭けだったが、

   彼だけでなくさやかや恭介の家族、まどかやマミやほむらそれに杏子、

   志筑仁美など願いの対象が次第に拡大されリスクが分散されていったし、

   そのぶん魔女化の際に回収できるエネルギーも大きくなると見込んだんだが残念だ」

マミ(――初めから、自分にかけられた呪いだった)

杏子「おい…、馬鹿もいい加減にしろよ……、何で、

   わざわざ自分が死ぬってことまで願いにいれてやがんだよ!!」

QB「『あんたにそう言われちゃ返す言葉が無い』」

杏子「は?」

QB「これは自分の願いに対して杏子が非難をした場合に用意された返答だ。
 
   さやかは君たちに遺言を残してるんだが」

杏子「聞かせろ」

QB「では、まどかが対象となった場合のさやかからの遺言を……、

   本人の意識がないから後日にしようか?」

杏子「今ここで聞かせろ」

QB「『みんな、まず黙っててごめん。どうしても話せなかった。

    杏子、悪いけどバットを返せなくなったからあんたが体育倉庫に戻しといてくれる』」

杏子「……」

QB「『マミさん。迷惑かけてごめんなさい。

   率直に言ってもっとマミさん家に行きたかった』」

マミ「……」

QB「『ほむら。分かってるね。まどかが無事で済んだここで止めよう。

   棺桶にあんたの眼鏡を入れてくれると嬉しい』」

ほむら「……」

QB「『恭介。悪い。アメリカへの付き添いは仁美に頼んで』。

    ……それからまどかだがこれはやはり直接本人に…」

杏子「一番重要だろ」

マミ「美樹さんから禁止されてないのなら聞かせてちょうだい」

QB「『まどか。……あんたでよかった。今までで一番ひどいことをあんたにした。

   あたしは本当に馬鹿だ。でも、あんたが一番強い。

   キュゥべえの言うとおりだと、あんたはこれで魔法少女じゃなくなったよね。

   だから、あんたは持てる可能性すべてを発揮して、幸せになってほしい。

   それがもしまた魔法少女になりたいというのなら止めないよ。

   でもひとつだけ約束して。その願いにあたしを生き返らせることは入れないで。

   もしあんたがそうするならあたしはあんたを元に戻すよう願って、魔法少女になる。

   ……分かるでしょ。魔法少女は大人になる前に死ぬから。

   あんたが幸せになってくれるならあたしの馬鹿もちょっとはましなことになるからさ』。

   以上だ」

>>548
誤:QB「さやかの願いは『大切な人が死ぬときに、自分がその身代わりになること』だったんだ」
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  杏子「――」


正:QB「さやかの願いは『大切な人が死ぬときに、自分がその身代わりになること』だったんだ」

  杏子「――」

杏子「……あいつ、さっきあんなに威勢のいい報告してきたのに」

マミ・ほむ「……」

杏子「なんだよ、あんたたちも聞いてたろ」

マミ「わたしには届いてなかったわ。あなたがテレパシーで会話を始めたからてっきり……」

ほむら「わたしも。

    そもそもテレパシーの圏外のはずなのに繋がってるのが不思議だったけど、

    さやかならあなた一人くらいになら通信できるのかなって勝手に思い込んでた。

    恐らく鹿目さんにも……」チラ

杏子「そんな……。恭介、お前は会話を聞いてリボンを解いたんじゃなかったのか?」

恭介は「……僕は巴さんからもらったリボンをたまたま思い出して結び目を解いただけだよ」

QB「そもそもテレパシーを送ろうにも出来なかったはずなんだ。

   まどかのソウルジェムが砕けた瞬間にさやかは絶命したのだからね」

杏子「でもあたしには聞こえたんだ。あいつの声が」

マミ「佐倉さん……」

ほむら「杏子。わたしには確かめようもないしどちらでもいい。

    それよりこれからどうするべきかを考えましょう」

杏子「…ッッ。…………ああ、そうだな」

マミ「いえ。どうするも何もないわ。美樹さんを連れて帰りましょう」

ほむら「わたしは時間を巻き戻す。さやかを死なせないようにするわ」

マミ「反対よ。同じ時間を繰り返したところでうまくいく保証なんてない」

ほむら「さやかがいないのに鹿目さんを守れたとはいえないわ」

恭介「あいつが暁美さんに残した言葉を思い出してくれ。

   また転校生として同じ人と最初から関係を築かないといけなくなるんだよ」

ほむら「わかってるわ」

杏子「あたしはやり直せるんならそうしてほしい。

   よりにもよってこんなバカな願いごとするなんざ絶対に許せねえよ」

マミ「だからって……」

ほむら「さやかが身代わりになって鹿目さんはこの先笑顔でいられると思う?」

マミ「……」

ほむら「……じゃあ」クル

マミ「……ほむら」

ほむら「……」チラ

マミ「……時間を巻き戻すのなら、

   もうあなたのこれから出会う巴マミはわたしじゃないと思って。

   同じ人でも、ふとした出会いの綾や心の向きが絡まり積み重なってまるで…いえ、

   正に別人になるものだと考えたほうがいい。

   あなたの望みとわたしの望みは重なるから、場合によってはわたしたちは敵同士になる。

   だから覚えていて。わたしは敵だと認めた相手に対して行動を起こすのは速い。

   きっとあなたが思っているよりも、ずっと」

杏子「……」

ほむら「(コク…)……マミ。約束、守れなくてごめんね」

マミ「謝る必要なんてないわ。あなたが一方的に言ったことだもの」

ほむら「(ニコ…)……」

スッ…

恭介「待っ――」パシ

ほむら「!?」

カチンッ…

恭介「(ハッ)しまった!」

シュン

杏子・マミ「なっ――!?」

マミ「二人が消えた……上条くんが暁美さんに触ったせい……!?」

QB「なるほど。『消えた』というより『去った』という表現のほうが近いかな」

杏子「『去った』? あいつの左手が作用して時間を巻き戻すこともできずに、

   二人ともどっか行っちまったってのか?」

QB「時間遡行に関しては妨害されなかっただろう。

   むしろ、二人は大幅に過去の時点に帰着してしまったかもしれないよ」

杏子「何を言ってやがる! げんにあたしたちがこうしてしゃべってるのは、

   時間が巻き戻されてないからだろ!?」

QB「そうだとも。僕もたったいま確認することができたから推測を述べたのさ。

   ひとくちに時間をさかのぼると言っても幾つかのアプローチがあるからね」

マミ「(ハッ)まさか……暁美さんの魔法はこの時間を巻き戻すのではなくて、

   暁美さん自身が――」

QB「魔法が発動したときに接触していた恭介とともに、

   別時間軸における過去へ移動した。そういう形式による時間遡行の可能性が高まったよ」

マミ・杏子「……!」

~~有史以前の見滝原~~


ほむら「どうしてこんなことを……」

恭介「キュゥべえが言ってたことを思い出したんだ。

   幻想御手はこの僕しか有していないらしいって。暁美さんが時間を巻き戻した場合、

   その時間の僕が幻想御手を持っていなかったらまずい。だから……」

ほむら「止めようとした?」

恭介「いや。君につかまっていれば自分もこのままで遡行した時間に戻れるかなって、

   とっさに……。すまない。幻想御手のことを忘れてた」

ほむら「……やってしまったものはしょうがないわ。それよりここは……」

恭介「君の魔法を強化したのだとすると、うんと昔の見滝原だろう。

   暁美さん、もう一度時間を巻き戻せないか。

   こんどは魔力をコントロールして君が転校してくる辺りにいけるようにするから」

ほむら「いえ、ちょっと待って……。ここだからこそできることがあるかもしれない」クル…

スタ スタ…

恭介「?」スタ…

――


スタ スタ 

ほむら「……」キョロ…

恭介「暁美さん、何を探してるの?」

ほむら「キュゥべえよ。ここがどれくらい昔なのかわからないけど、きっといるはずだから」

恭介「あ、そうだね」

ほむら(インキュベーター。いるなら応えてちょうだい)

QB(…………?…………)

ほむら「……応答があったわ。こっちに来るみたい」

恭介「日本語が通じるの?」

ほむら「テレパシーなら言葉は通じなくても意志の疎通なら何とかできるから」

…ピョコピョコ……

恭介「ほんとにいた。おい、キュゥべえ!」

QB「???、??????」

――


~~数時間後~~


QB「――なるほど。この星の子とはまだ一人も契約していないのに、

   君が魔法少女や僕たちインキュベーターに関する諸々の実情をはっきり理解したうえで、

   僕を呼べたことにも納得がいったよ」

ほむら「この短時間で言語を習得しながら理解できるとはさすがね」

QB「君たちの脳内における言語処理メカニズムについての研究の応用だよ。

   正確にはこちらの言意が適切に君たちに音声認識されているだけだ。

   ところでなぜ僕を呼んだんだい」

ほむら「そうね。あなたはさっき、

    この星で魔法少女の契約をした子はまだいない、って言ってたわね」

QB「これから着手するところだよ。僕はまずこの先にあるムラの――」

ほむら「ちょうどよかったわ。

    あなたと魔法少女の引退制度の導入について交渉しようと思って」

恭介「引退……」

QB「それは力になれないよ。前の時間軸の僕は『それは無理だ』と言わなかったかい?」

ほむら「ねえ、キュゥべえ。あなたが『魔法少女を元の人間に戻すことは無理だ』というのは、

    戻す方法じたいが存在しないという意味なの?

    それともいまの条件では感情エネルギーの回収について採算が取れない。

    にもかかわらずわたしたちの要求にこたえてしまうことは、

    インキュベーターとしての役割に反する。

    だから元に戻すことはできない、という意味なの?」

QB「……」

ほむら「人の魂を結晶化できるほどの技術力を持ったあなたたちなら、

    もう一度魂を元の肉体へ収めることくらい造作もないように思えるけど。

    魔法少女を引退させる制度を導入しても、

    それに代わるエネルギーの回収プランがあるとしたらどう?」

QB「確かに元に戻すこと自体はたやすいことだ。

   君たちがそれに釣り合うだけの対価を用意してくれるというのならね。

   ただ、引退するまでもつ子がどれだけいるかわからないよ?

   彼女たちは自らの希望に裏切られ絶望するのだから魔女になるのは必然だとも言える」

ほむら「人間は意外としぶといものよ。たとえあなたが選んだ子たちであっても」

QB「では引退する条件についてだが、満25歳でかまわないかい?」

ほむら「インキュベーターは、その勧誘する少女に対し、

    契約前に魔法少女の真実について余すところなく説明しなければならない。

    かつ『使い魔100体を魔女1体に換算して、魔力係数×1.75≧魔女討伐数』、あるいは、

    『満18歳』、いずれかの条件を満たした魔法少女を引退させなければならない」

恭介(『魔力係数』……?)

QB「それではこちらの分が悪すぎるよ」

ほむら「『希望と絶望の相転移によって発生する感情エネルギーを回収する』、

    かつて、あなたからそう聞いたわ。

    確かに、少女のほうが感情エネルギー回収には効率がいいかもしれない。

    じっさい、契約時にその子が絶望から希望へ相転移する瞬間に発生するエネルギーも、

    あなたは回収してるんでしょう?」

QB「……」

ほむら「でもそちらに目を向けすぎじゃない?

    あなたはこうも言ったわ、『魔法少女は希望を振りまく』。

    魔法は魔女を倒すためだけでなく、

    もっと直接的に困ってる人たちの手助けにも使えるはずよね。

    あなたが魔法少女をこき使えば、世の中の絶望に沈んでいる善男善女からの、

    相転移時に発生する感情エネルギーを回収して、塵も積もれば山とならないかしら。

    魔女の数に左右されない収益源になるはずよ」

恭介「僕からも提案がある。

   幻想御手で使い魔からグリーフシードを増産したり、

   魔女が落としたグリーフシードを強化したり、魔法少女が引退するまでサポートするよ。

   僕の寿命の問題なら僕から魂を抜き取って操り人形として使ってくれてもいい」

QB「先ほど話してくれた左腕の複製の件に鑑みるに、

   恭介を傀儡にしてしまうのはリスクを伴う。

   採用するにしても君の自由意志を残した方法を考えないとね」
   
恭介「頼む。暁美さんはまた時間を巻き戻してくれ。発動した魔法の方向を調整して、

   今度は君だけ転校前の時間に行けるようにするから。

   さっきいた時間への経路の感触なら残ってる」スッ

ほむら「上条くん……」

QB「ではそのシステムで試行開始するとして、担保となるものはあるかい?」

ほむら「ああ忘れてたわ。別の契約も追加で導入して。

    希望を祈る子もいれば絶望から呪う子だっているはずでしょう。

    そういった子に呪いを成就する代わりに魔女になる契約を持ちかけるの。

    これで魔女の減少問題にもいくらか対応できるでしょう」

恭介「なっ……」

QB「確かに。ところで担保の件だが」

ほむら「わたしがここでその魔女契約を結ぶから、魔女化のさいのエネルギーを回収して。

    魔法少女からでもかまわないかしら?」

QB「魔女になるのは幾らでも歓迎だよ。

   君はその祈りの行き着く先の呪いを唱えて、ただ魔力をすべて使い切ってくれればいい。

   しかし、ほむらのほうこそかまわないのかい」

ほむら「ええ、システムのスターターとしてのエネルギーも必要でしょうし。
   
    そういうわけで上条くん、悪いけど後のことは頼むわね」

恭介「ちょっと待ってくれ! なんで君が魔女にならなきゃいけないんだ?」

ほむら「それが今のわたしの望みだからよ。いえ、そうしなきゃいけないの」

恭介「……?」

ほむら「『繰り返せばそれだけ鹿目さんの因果が増える』ことをわたしは知ってる。

    なぜなら夢の中でわたしは『その』暁美ほむらだったから」

恭介「夢……?」

ほむら「上条くん。あなたは左手で『さっきいた時間』への道筋がわかる、って言ったよね」

恭介「ああ」

ほむら「その未来は『いまわたしたちが立っているこの時間』と連続しうるものかしら」

恭介「え? (チラ)――なっ……。(ハッ)……まさか」

QB「なかなか興味深いね。ほむら、いくつか確認させてもらってもいいかい?」

ほむら「ええ。

    夢の中の暁美ほむらと出会っていた『概念となった鹿目さん』についても話すわ」

恭介「『概念』……?」

~~山岳地~~


杏子「『時間軸』……?」

QB「繰り返すけど、暁美ほむらが実行しうる時間遡行プロセスには、

   おおまかに分けて二通りの候補があると考えられていた。

   ひとつは『同時間軸内の移動』、

   あるいは『時間推移座標の一致する別時間平面群への移動』だ」

杏子「だから時間軸とか平面とか、何だよそれ」

QB「時間平面は、いまこの瞬間の世界そのものだと言っていい。

   ある時間平面における全事象のその一点一点ごとの全ての可能性に対応して、

   新たに時間平面は発生する。

   その時間平面の連なりを過去から未来に向かって、仮にひとつ、

   あみだクジのようにたどっていけば、それが一本の時間軸と呼ぶことができるわけだ」

マミ「無限の、可能性……」

~~有史以前の見滝原~~


QB「……なるほど、ありがとう。話が逸れるけど君たちがよければ、

   ほむらの時間遡行の性質について、考察を述べさせてもらいたいんだが」

ほむら「ええ。わたしも知っておきたいことだから」

恭介「……」コク

QB「まず時間遡行後のスタート時において、

   遡行してきたほむらとその時間平面のほむら2人ではなく、

   衣服や所持品まで入院時のほむら1人のみに君の意識が宿っていることから、

   君の時間遡行は平行世界間をソウルジェム、

   すなわち魂のみで移動する性質のものであると仮定する。

   しかし、その既存の時間軸にいたはずのほむらの肉体に魂だけを飛ばして、

   元いた魂を押しのけて居座っていたのなら、

   それなりにほむら自身の因果に反映されるはずだが、

   君の因果値はその置かれた境遇なりの範囲を大きくは逸脱していない」

ほむら「そう、わたしの因果は顕著に増加してはいない……」

QB「この『魂の別時間軸への移動説』を(A)とおき、

   『魂の同一時間軸内移動説』を(B)とおくと、仮説(B)も排除できる」

恭介「同一時間軸説?」

QB「ほむらの魂が別の時間軸に移動するのではなく、

   同じ時間軸のなかにあるやり直し時点、

   すなわち退院直前の病室にまで戻ったのだという仮定だ。

   しかし、これは(A)が棄却されたことによって成り立たなくなった。

   なぜなら、分岐元が同じ自分ですら時間平面ごとのその存在に魂が宿っているのだから、

   やり直し時点の時間平面において、条件が(A)と同じだからだ」

恭介「わかった」

QB「では、君がその肉体と魂両方を別時間軸へ移動させたのかというと、

   これはさっき述べたように『その時間平面に既存するほむら』と、

  『時間遡行してきたほむら』の2人が同じ時間平面上に存在してはいないから違うよね」

ほむら「……その時間平面のどこかに『既存の暁美ほむら』が閉じ込められている、

    あるいは存在そのものを抹消した可能性は?」

QB「まず無理だろう。

   いずれも遂行するためには全インキュベーターの目をかいくぐらなければならない。

   君が完全な時空操作の魔法を発動できるなら話は別だけど」

ほむら「……」フリ…

QB「最後にもう一つ仮説を述べよう。

   ほむらの魂は既存のほむらの魂を押しのけたのではなく、

   重ね合わせたのではないかという説だが、これついてもやはり可能性は低い。

   魂が重合するのだからさきほどと同様に君の因果値にも反映されているはずだからね」

ほむら「わたし自身、時間遡行魔法をどんな形で使っているのかは分からない。でも……、

    時間軸に働きかけ、何らかの副作用をもたらすほどの魔法であった可能性はある?」

QB「あるとも。君が時間を巻き戻したとするなら先ほどの『夢の中の暁美ほむら』に対して、

   インキュベーターが語ったという事柄には、頷けるものがある」




~~山岳地~~


――


QB「――以上の検証からほむらが魂のみで時間軸のあいだを移動したという各仮説は、

   全て偽であると結論付けられる。もっとも、因果値を持ちだすまでもなく――」

マミ「ちょっと待って。そもそも今の話だと時間軸は無限に存在するのよね。

   つまり同じ時間を巻き戻したのではなくパラレルな時間軸に自分が移動するだけで、

   一度死んでしまった鹿目さんは時間遡行しても絶対に戻ってこない……」

QB「ほむらが時間軸間を移動する形式だとそういうことになるね」

マミ「……暁美さんはこの事実を知っていたの?」

QB「実体験を重ねてそれに基づき考えていれば、何かしら気づいていた可能性はあるだろう」

マミ「ふたつ言いたいことがあるわ。

   気づいていたとしてそれでも鹿目さんを守ろうとするのなら、彼女は、

   鹿目さんの安否の如何を問わず別の時間軸の鹿目さんを守るためにやり直すことになる。

   それはまるで出口のない迷路をさまようようなものよ」

QB「祈りのままにほむらが進みつづけるとするなら、そうなるだろう」

杏子「……」ギュウッ…

マミ「それにもう一つ。魂だけを移動させるというのなら、

   この時間軸に抜け殻となった暁美さんの肉体が残されることになる」

QB「しかし現に暁美ほむらの肉体は魂とともにこの時間軸から去った。

   肉体と魂の移動先まで追跡しなければ決定的とまでは言えないものの、

   これは今まで検証してきた魂移動説の一つの反証となる」

マミ「違う!! それはこの世界の暁美さんは死ぬってことなのよ!?」

QB「確かに現象的にはそうなるね」

マミ「っっ……!」

杏子「――マミ。実際、そうじゃなかった。……それでよかったじゃねえか」

マミ「……ええ。ごめんなさい」

杏子「……あのさ、蒸し返すようだけど。

   あいつの魔法はこの時間を巻き戻すわけじゃない、って本当に言い切れるのか。

   今さら言ってもしょうがねえけど、時間軸とやらが無限にあって、

   ほむらがそん中のまどかを全員助けなきゃいけないってのは……」

QB「確かに幻想御手からの影響でほむらの魔法そのものが変質した可能性は捨てきれない。

   つまり君はほむらの時間遡行がアナログ形式によるものだと主張したいんだね」

杏子「は?」

QB「時間があたかも砂時計のように上から下に向かって流れ落ちていき、

   ワルプルギスの訪れる一か月の時点で砂が流れ尽きる。

   この砂時計を逆さまにすることで時間を巻き戻し、

   暁美ほむらはひと月前から再スタートできるというわけだ」

マミ「あの小さな盾の……。その可能性はないの?」

QB「ほむらの魔力の強さでは無理だ。あの盾にはめこまれた砂時計は、

   あくまで魔法使用時などの表示的意味しかもたないと推測するよ。

   なぜならアナログ的観点における時間とは、

   世界――いや、世界どころか現在に至るまでの因果のすべてをも包括し、

   刻々と変化する莫大な事象そのものだからだ。ここにおいて時間を巻き戻すとは、

   その過程において、世界に循環する各因果を途中で巻き取り、

   新たに設定した帰結点まで運び去ることを意味する。

   時間を静止するのにも無視できない量の魔力を消費する彼女には、

   とてもこんなスケールの時間干渉はできない」

杏子「じゃー結局、世界とか時間ってのはアナログじゃなくデジタルでできてんのか?」

QB「世界も時間も、それ自体はアナログでありデジタルであるとも言える。

   捉えかたの問題だよ。もっとも、まどかの魔力係数値から推論すると、

   ほむらの時間遡行はアナログ方式であると仮定したほうが納得できるんだが……」

杏子「おいおい、さんざん否定しといてそれはないだろ」

マミ「鹿目さんの魔力係数、っていま言ったわね」

QB「実のところ僕らは魂の時間軸間移動説が適当だとは考えていなかった。

   なぜなら契約前のまどかの魔力係数が、

   ごく平凡な人生だけを与えられてきたのに釣り合わない高い数値を示していたからだ。

   マミもまどかについては気づいていたよね?」

マミ「魔力係数なんて用語は初耳だけど、(チラ…)

   初めて会ったときからこの子は見かけ以上のものを持っているとは思ってたわ。

   それこそ鹿目さんの人となりを知る前から、何か……素質があるといえばいいのか」

QB「正にそのとおりだ。

   複数の手法を行使して得られたデータを読み解くという僕らの一連の観測過程を飛躍し、

   マミはその射手の目をもって直観的に見定めるんだね。

   魔力係数とは、少女が将来魔法少女の契約時に示すであろう、

   魔力の強さを決定する要素のひとつで、魔法少女としての素質といってもいいものだ。

   この値は背負い込んだ因果の量で決まってくるんだけれど、

   種々の要因に該当しないまどかにとって、考えられるのはほむらの願い、

   時間を超える魔法によるものだと仮定するのが今のところ最も自然だ」

マミ「それはどういうわけで?」

QB「『鹿目まどかの安否』という理由で時間を巻き戻すことで、

   ほむらが最初にいた世界のすべての因果線が、今の世界の鹿目まどか、

   つまりこのまどかに連結されたとするなら、彼女が僕と契約する前に示していた因果値、

   すなわち魔力係数の大きさも納得できるんだよ。

   ただし、この現象は既存の時間軸間を、

   暁美ほむらの魂が移動するだけでは決して起こりえないんだ。

   例えば、君たちが疑いもなく思い込んでいたように、有史以前から現在にいたる、

   いま僕らが立っている世界の時間が丸ごと巻き戻される、

   文字どおり世界の因果線を巻き取るというクラスの事象によって初めて可能になる」

杏子「ちょっと待て! ほむらが巻き戻すなり飛ぶなりすんのはひと月分だけだろ?

   それがなんで有史以前から今までの因果とかになるんだよ?」

QB「言っただろう、アナログ方式における時間とは、

   現在に至るまでの因果のすべてをも包括するって。

   時間を巻き戻すという行為自体がそこに干渉することを意味する。

   いや、干渉どころではないね。時間軸そのものを新たに因果の帰結点、

   時間軸内の点の変位として捉えるなら中心軸と言ってもいい、

   『今のまどか』へと向かわせるんだから」

杏子「(カリカリ…)……とにかく、ほむらのおかげでまどかはパワーアップしたと。

   そこは確定でいいんだな?」

QB「まどかの因果値に関して、今のところ他に原因が見当たらない」

杏子「つか、何べんも言うけど時間を巻き戻すとか帰結点とかにいくんだとしたら、

   今ここで話してるあたし達は何なんだよ。

   ほむらが時間を巻き戻した時点でこの時間軸ってのが終了して、

   まどかの因果線とやらになるんだろ?」

QB「そのとおりだ。あくまでこの推論にこだわるなら、何者かが親切にも、

   巻き戻されたこの時間軸が継続するよう完璧にコピーしたうえで、

   新たに世界を創ってくれたのだとでも言うほかない」

杏子「もうサッパリだわ…」

QB「そうだね。……残念ながらこの仮説を裏付ける要素はまだ見当たらないし、

   暁美ほむらの時間遡行魔法の方式も謎のままだ。

   しかし彼女の願い、魔法がまどかの魔法少女としての強さを増強したことは、

   数値的に疑いがないよ」

マミ「……キュゥべえ。あなたは『既存の』時間軸という言い方をしたわね。

   暁美さんが新しく時間軸を創造しそこに自らを置いた、という可能性はないの?

   彼女の願いがそんな奇跡を起こすことだって……」

QB「それこそ最もありえないことだ。

   じっさい、今この瞬間にも無数の時間平面が生じているけど、

   それと奇跡や魔法によって新たに時間平面を作り出すのとはワケが違う。

   暁美ほむらの魔力の規模はとてもそんなことが出来るほど大きくはないよ。

   何か彼女の時間遡行魔法をサポートする要因がないかぎり不可能だ」

~~有史以前の見滝原~~


ほむら「――わたしの夢に出てくる暁美ほむらの記憶でも、

    あなたは……キュゥべえはそう告げたわ。

    わたしが時間を遡るうちに、幾つもの平行世界を螺旋状に束ねてしまったんだって。

    鹿目さんの存在を中心軸にしてね」

QB「暁美ほむらは時間遡行者であると同時に、時間を巻き戻す主体者である。

   恭介が左手に残る感覚から、いま僕らのいる時間軸と、

   先ほど君たちがいた時間軸とが連続し得ないものだとした報告など、

   有力な反証がなければ、これほど矛盾の少ない定義付けはないだろう。

   ほむらの魔力の不足についても、イレギュラーである魔法少女の起こす奇跡なのだと、

   目をつぶるとするならばだけど。

   君が言うように平凡な子が魔法少女として破格の素質を備えている以上、

   インキュベーターとして何らかの納得いく仮説を立てたいところだからね」

恭介「『その暁美ほむら』の時間遡行の副作用で、

   因果の特異点となった鹿目さんが自らの願いによって、

   『魔法少女を消滅によって魔女になる運命から解放する理』という概念に変わった……」

ほむら「でも鹿目さんが無事であってほしいというわたしの願いによって、

    その巻き戻した時間の因果のすべてが鹿目さんにだけ束ねられるなんておかしい。

    因果とは業でしょう? 平行世界のひとつを左右した張本人のわたしでなく、

    わたしの繰り返してきた時間、その中で循環した因果のすべてが鹿目さんに、

    あらゆる出来事の元凶として繋がってしまうなんて心情的におかしいの」

QB「いや、実はそもそも時間に関する理論とその説は矛盾するんだ。

   観測によって捉えられない事象が絡んでいるのでもない限りはね。

   逆に言えばあえて矛盾を無視して推論を進める場合もある」

ほむら「え?」

QB「その時僕は、鹿目まどかという少女の魔力係数値について言及していただろう?」
    
ほむら「ええ、『そうだとしたらあの途方もない魔力係数値にも納得がいく』と言っていたわ」

QB「その僕は与えられたデータを納得するために一つの仮説を述べたにすぎない。

   あわよくば暁美ほむらを精神的に追い込もうとした側面もあったのかもしれない。

   だが君の言うように、固定点1つ――つまり鹿目まどか単独の存在だけでは、

   ひとつの時間平面を固定することはできない。

   固定点は2つあってはじめてその時間平面を固定できるからね」

恭介「固定できる、ってどういうことだ? 各々の時間軸が全く同一になるってことか?」

QB「否定する。しかし近いね。平たく言うなら、『一つの時間軸を固定する』とは、

  『その時間平面に至るまでの来し方を固定する』ことであり、

   固定とは、ほむらの願いに含まれる暁美ほむらが暁美ほむらであり、

   鹿目まどかが鹿目まどかである、と願った時点の暁美ほむらが許容する範囲に収まる、

   ということを意味する。ある時間平面に固定点が2つあれば、

   来し方時間軸――つまりその時間平面に至るまでの全歴史も、

   多少の揺れ幅を許しながらも固定されるんだ。

   言いかえると、その2つの固定点に均等にその時間軸の因果が集中することになる」

ほむら「つまり……ほんらい時間を巻き戻した因果は……」

QB「『願う者』と『願われる者』、

   すなわち暁美ほむらと鹿目まどかの二人ともにかかることになる」

ほむら「それじゃ……」

QB「ときにほむら、プライベートな話になって申し訳ないが、

   君は今まで時間軸の同異を問わず、

   鹿目まどかのソウルジェムと君のソウルジェムを接触させたことはあるかい?」

ほむら「? ……多分ない、と思うけど……」

QB「本当に? 

   握手や抱擁、日常生活のはずみなどによって起こらなかったと言い切れるかい?」

ほむら「そう言われても分からない」

恭介「ソウルジェムどうしが接触するとまずいのか?」

QB「ソウルジェムどうしというよりも固定点どうしの接触について、だね。

   君たち魔法少女の魂の在処はソウルジェムだから、

   この場合固定点はソウルジェムだと言える」

ほむら「鹿目さんとわたし……固定点どうしが触れ合うと悪いことが起こるの?」

QB「悪いというか、幸運だったと言うべきか、はたまた話が振り出しに戻ったのか。

   まずげんざい唱えられている理論上、

   固定点どうしである君たちのソウルジェムが接触すると、

   文字通りまどかとほむらが一つになる」

ほむら・恭介「……で?」

QB「次に起こるべきは時間推移の崩壊だ。

   そもそもほむらに巻き取られた――何らかのサポートが、

   それを君に可能にさせたとして――因果線はまどかとほむら、

   この2つの固定点の間を、始点と終点あるいは終点と始点として循環することで、

   安定を保っているものと考えられる。

   もし固定点どうしが触れ合えばその瞬間、因果は始まりも終わりもなくなり、

   最悪の場合、時間軸そのものがサイクリックに陥る。

   この世界は有史以前からまどかとほむらが出会うまでの歴史を、

   永遠に繰り返すことになるんだ」

ほむら・恭介「それはまずい」

QB「まあ、接触したけど何も起こらなかったのか、接触しなかったのかは分からないし、

   そもそもこの理論が間違っているのかもしれない。

   実証できなかったのは残念でもあるし、幸いでもある。

   第一、魔法少女が絡んでいることに時間に関する理論のみが通るとも限らないしね。

   念のために尋ねるが、魂と肉体の区別もつかないような状態で、

   固定点となったまどかと君が触れ合った、なんてこともないね?」

恭介「そんなこと……」

ほむら「あ」

恭介「え?」

ほむら「夢のなかであった、ような……」

QB「それじゃデータにならないな」

ほむら「でも、夢だけれど、あれはどこかで確かにあったことなの……」

恭介「暁美さん。……その夢の中の暁美ほむらは、

   本当に君自身ではない別の暁美ほむらだって言い切れる?」

ほむら「ええ、確信を持ってる。その夢はいまキュゥべえが言ったような、

    まさに魂と肉体の区別もつかないような状態の鹿目さんとわたしが会話をしていた。

    それだけの夢だったけど、追体験させてくれたの。

    その暁美ほむらが歩んだ全ての道程も、その鹿目さんが心の中に映し出してくれて。

    だからこそ自分とは違う暁美ほむらだと認識できる」

恭介「考えたんだけど、君が……いま僕が話してる暁美さんが仮に時間を巻き戻したとしても、

   その影響を受けるのは君が出会うはずの鹿目さんに限定されるんだよね?」

QB「そういうことになるね」

恭介「それに対してさ、暁美さんの話に出てくる『概念となった鹿目まどか』は、

   君とは違う暁美ほむらが出会った、つまり君が出会わないはずの鹿目さんだろ。

   その彼女には、君の魔法の副作用はかからないはずじゃないか」

ほむら「ええ……」

恭介「言ったら悪いけど、その鹿目さんの存在を示す証拠なんて……」

ほむら「ねえ。2つの固定点にかかるはずの因果・業が、

    なぜ鹿目さん一人に集中するんだと思う?」

恭介「なぜって……」

ほむら「きっとあの子が、この世界、この時間軸を創った。あの子と出会うわたしであろうと、

    出会わないわたしであろうと、因果を背負わせないように。

    もう片方の固定点、鹿目さんだけにかかるように……」

恭介「そもそも因果関係が逆というか、成り立たないよ。

   その神様と言えるほどの因果を一人で背負う仕組みを作った鹿目さんは、

   その仕組みを作るためには神様にならなきゃいけないのに、そうなる前は、

   因果は2つに分散してたのなら、そうはならないわけで……矛盾してるだろ?」

ほむら「それは……わからない」

恭介「今までキュゥべえと話したことだってすべて机上の空論だろ。

   僕の左手の感覚の示す先が違う時間軸のようだとしてもさ、

   実際はこの時間軸の未来かもしれないじゃないか」

ほむら「韜晦はやめて。そうでないことはあなたが一番わかってるでしょうに」

恭介「っっ……」

ほむら「あなたが助けた黒猫のエイミー。わたしが最初に出会った鹿目さんは、

    目の前で車にはねられたのを助けるために魔法少女になったそうよ。

    あなたの知っている鹿目さんが願ったこととは違うの」

恭介「同じ時間をやり直してるんだから、多少の差は出てくるんじゃないか」

ほむら「そうね。同じ世界だとしてもそういう違いは出てくるでしょうね」

恭介「……」

ほむら「わたしが最初に出会った鹿目さんの家で見せてもらったアルバムに、

    小学校の入学式の日の写真があった。

    あなたとさやか、それに鹿目さんが校門の前で写っていたわ」

恭介「そんな、鹿目さんは……」

ほむら「わたしは同じ時間をやり直していた……鹿目さんとの出会いの直前から始まる時間を。

    でもそれは違う世界だったのよ。わたしが最初に出会った鹿目さんは……」

恭介「……」

ほむら「わたしがこの時間を繰り返すほど鹿目さんの因果が増える。

    最初こそ偶然に見滝原に現れたワルプルギスも、

    莫大な因果同士が引かれ合い見滝原での具現化は必然になっていく」

恭介「だから、みんなで力を合わせて――」

ほむら「たとえワルプルギスを倒せても、

    遅かれ早かれ彼女は誰にも止められない最悪の魔女になってしまうの。

    この世界を心から愛したあの子が――その手でこの世を滅ぼすことになるのよ。

    それを避けるためには――わたしがここで――この時間軸でやめるしかない」ニコ

恭介「(ゾク)……暁美さん」ジリ…

ほむら「……」ス…

恭介「ッッ」ダッ

カシン ピタ

恭介「――」ダダッ…バッ キョロッ

ほむら(――上条くん)

恭介「(ハッ)待てッ!!」ダッ

ほむら(――巴さんと杏子を助けて。

    巴さんは中学一年のとき、学校帰りに家族と車で食事に行く途中、事故にあった)

恭介「何を言ってるんだ! 僕が君をそこまで送るから――」ダダッ…

ほむら(わたしはここで魔女になるから、ごめん。お願いよ)

恭介「よせ、他に方法はある!!」ダダダッ…


~~山岳地~~

ゴゴゴ…

マミ「――!?」バッ

オオオオオオ…ッ

杏子「空が――揺れてる……!?」

~~有史以前の見滝原~~


QB「では契約を結ぼう。

   暁美ほむら、君は何への、あるいは誰への呪いでグリーフシードを満たすんだい?」

ほむら「(クル…)鹿目まどかを。この時間軸の未来で必ず現れるあの子を」

QB「契約は成立だ」

恭介「やめろーーッッ!!」ダダダ

ほむら「……」スッ… カシン

――


『ほむらちゃんって呼んでいいかな?』


恭介「!?」ダダダッ

ほむら「……」ガクッ… 

ビキビキ… ピシッ…



『わたしね、あなたと友達になれて嬉しかった』

ほむら「――」ニコ‥

『ほむらちゃんが悪い人になったら嫌だよ!!』

恭介「――ッ」ダダッ

『ならんで同じ景色を見ていたいなって』

恭介「ぐ……っ!」バッッ…



『いつかお揃いでやってみようか?』



ほむら「まど――」

パキィンッ

グ ゴオアア――ッッ

恭介「ぐ…あああああっっ!!」ビュゴオッ

ドサゴロゴロゴロゴロゴロゴロッッ…


~~山岳地~~


QB「これはいったい……! 宇宙が、書き換えられていく……!?」

マミ・杏子「なっ――」


サアアアアァ…



~~有史以前の見滝原~~

ヒュオ オオ…

ジリッ ムクッ…

恭介「……いま、ッッ…」ギュウッ… ポタ ポタ

QB「大丈夫かい? 魔女化の際にフラッシュバックされる記憶が、

   反転する希望の奔流をそのままに、

   テレパシーを媒介にして君の心に共振を引き起こしたんだんだろうね」
   
恭介「暁美…さん……」ヨロ スタ スタ…

QB「彼女は無事、孵化したよ。素晴らしい収穫だった」

ガクッ…

恭介「……~~~~~~~~~~~~~~~~―――――ッッ!!!」

QB「君、彼女は望みを果たしたのにその反応はいったい――」

ガフッ…

QB「まずいぞ、恭介。ヒグマ一頭がすぐそこまで接近している」

恭介「……」

QB「何をしている ゆっくりでいい、立ち上がって背を見せずに退避するんだ。

   ちょうどよくそこに暁美ほむらの抜け殻がある」

恭介「抜け殻……」

QB「そうだよ。足止めになるはずだから君は刺激しないよう――」

ザッ ダッ

QB「恭介!?」

恭介「来るなあああッッ!!」ダダダッ

ガウッ バキイッ…

恭介「あ…ぐはっ…ぐぐ……っ」ピクピク…

ガブ グチャグチャピチュピチュ…

QB「やれやれ、しょうがないなあ」ピョコン スゥッ…

――パシッ グイッ…

ガフッ バキッ ガッ!

ガシ グイイイッ… ギュウゥッ…

ガフガフッ ブンブルンッ ジタバタ バタバタ バタ… パタン

ドサッ…

恭介「……」ムクッ…

QB「君の肉体から魂を抜き取ることが半径100kmに影響を及ぼさないか懸念されたから、

   もっと慎重に行いたかったんだけどね。

   近くのムラの住民にも何も起こらなかったところをみると、

   君の話のとおりその『幻想御手』は僕らのテクノロジーに干渉する性質はないようだ。

   あるいはそもそも左手の力は存在するのか……これから証明してほしいところだね」

恭介「左手が……動く……」ニギッ…

QB「今後の活動の支障にならないよう、ついでに修復しておいたよ。

   先ほどの君の申し出に則り、

   正式に契約を結ぶ前ではあるが臨時でも生命を維持する必要があると判断したからね。

   君の魂は抜き取った後、僕のポケットの中の異次元空間に保管している。

   さて、君の意志の確認を――」

恭介「ちょっと待ってくれ。(クル…)……彼女を運ばなきゃ」

QB「?」

―――
――

~~峡谷の上~~


恭介「まず暁美さんを……」キョロ

スタ スタ グッ…

恭介「くそ……、この石……、さっきはあんなに力が出たのに……」ググ…

QB「力を貸そう」

恭介「!」ググッ 

ズポッッ

恭介(軽い……?)

スタ…

恭介(ここにしよう)

グッ

ガッ ザッ ザッ

QB「いくつか留意すべき点について説明したい。

   君が役目を引き受けてくれる場合に関してね」

恭介「…あとにできないか。(ガッ)ちゃんと…、深く掘らないと……」ザッ

QB「では穴を掘る作業を続けながらでいいから話を聞いてくれるかい」

恭介「……」ザッ゙ ザッ

……

QB「――また熱量は肉体を構成する物質の結合にも関与している。

   つまりエネルギーによって、太陽光線、空気や空気中の水分、

   土や海水などから肉体の再生が可能だ。

   恭介の器官を構成する組織のパターンはおのおの記憶したから、

   たとえば灰になった状態からでも元に戻せるよ。そうでなくても君の必要に応じて、

   地球上の各地にいる僕らの個体すべてが君の肉体を任意の場所に復元可能だ。

   僕らとちがって人間の魂と肉体は一対一対応だから、

   新たに肉体を作成すると同時に古いほうの肉体は逆に分解処理すると無駄がすくない」

恭介「君たちの胃袋に収まるってわけか」ザッ ザッ

QB「呑み込みが早いね。

   見かけ上、君が世界中の任意の場所へ瞬間移動ができる、ということになるかな。

   これは君の肉体がマグマ溜まりなど、

   回収が難しい場所にとどまってしまった場合にも有効だ。

   デフォルトで固定されるから君自身の筋繊維の増加などはできないけど、

   熱量から運動エネルギーに変換して君の動作に付加する形での支援は可能だ。

   さっきヒグマを倒したときのようにね」

恭介「僕の体の動きはすべて君からの補助を受けているのか」ザッザッ

QB「今みたいに硬い地面を石で掘るなど、

   君のほんらいの筋力では相当な時間を要する、あるいは無理な場合などはね。

   でもすべて、なんてそんな非効率なエネルギー消費はしないよ。抜け殻とはいえ、

   その体は摂取した食糧からの熱量を筋力へと変換できるよう進化してるんだもの、

   その機能を利用しない手はない。

   もっとも状況次第ですべてこちらからのエネルギー供給でまかなうこともできるけどね。

   君は食料や水の経口摂取のみならず酸素さえ必要はなくなる。

   体内に吸収された毒や人体に寄生するウイルス、

   精神を蝕むたぐいの魔力も熱量変換の前には紙くず同然だ。

   ただしこれはあくまで非常手段だよ。

   飢餓や凍結、疾病などによる動作の支障が出ない程度には力を貸すけど、

   日常生活はできるかぎり自前でエネルギー調達してくれたまえ。

   君からの運動エネルギーの直接付加要請にも応じよう。

   しかし要請を出すまえに考えてほしい。

   集めたエネルギーを無駄にしたくないからね」

恭介「それは分かった。

   しかし、外部から直接エネルギーを与えて僕の動作を強化できるなんて……」ザッザッ

QB「人間の感情をエネルギーに変換する技術に較べたら難しいものではないよ」

恭介「そうか」ザッ ザッ…

――


恭介「キュゥべえ、この両手を燃やすことはできるか。‥幻想御手が干渉するかい」

QB「熱量を付与すればできるよ。

   燃焼および再生も僕らのテクノロジーによるものだから幻想御手の影響も受けないし。

   でもどうしてだい」

恭介「このとおり泥だらけでね。洗おうにも河はあんな下を流れてるし。

   まっさらな状態で再生できるんだろ」

QB「確かにそうだが君の魂は身体から抜き取られたまま、

   実体化したとも言えない中途半端な状態で異次元空間内に保管されてるんだよ」

恭介「つまり?」

QB「このインキュベーター個体が破壊されようが君の魂は無事だけど、

   ソウルジェムのような制御機構をもたない以上、痛覚のコントロールはできない」

恭介「わかった。燃やしてくれ」

――


恭介「(ピタ…)……………………」

QB「ほむらは、この星の少女が魔女になるかどうか、

   またその際に得られる感情エネルギーは得られるかどうかなど、

   検証に役立ってくれた。

   エントロピーを凌駕したかどうかについては比較データがなかったので不明だけど、

   恐らくうまくいったことだろう」

恭介「キュゥべえ。君が僕の肉体を一定のパターンに修復するってことは、

   脳内の神経細胞の連係も修復のたびに決められた状態に戻るってことだよな」

QB「そうだね。君が今記憶していることが半永久的に全て保持される」

恭介「でも更新はされない。……今の、この気持ちは、

   今、友達が死んだことすらも、その記憶は次の修復とともに消えてしまう……」

QB「いや、恐らくその出来事は忘却されないものと推測する」

恭介「……?」

QB「さすがにそんなに忘れっぽいのはこちらも困るよ。

   ここからはあくまでも仮説だが、

  『感銘を受ける』『感動する』ことや喜怒哀楽を大きく発する……、

   つまり君の『感情』が深く動く事象に関する記憶は、

   あたかも印影が連なるがごとく残存するものと思われる」
   
恭介「それは……何で?」

QB「幸いなことに君は年齢的に、認知能力に優れているからだ」

恭介「いや、何故かって聞いてるんだけど」

QB「情報把握に伴う学識・情緒など、

   多岐にわたる分野に対する分析と連動したその瞬間的受容性が鋭敏で――」

恭介「だからいくらそうやって感じたり考えたりしたことでも、

   この頭の中からは無くなってしまうんだろ? どうして覚えていられるっていうんだ」

QB「君たちが用いる慣用的・叙情的表現を借りるなら、

  『ほんとうにだいじなことは魂に刻み込まれるから』とでも言うべきかな」

恭介「――」

QB「納得してもらえたかい」

恭介「……ありがとう」ニコ

QB「どういたしまして。さあ、こちらで用意できる条件は提示した。

   君は魔法少女と魔女に関する役目に参加するのか否か、

   そろそろ答えを聞かせてくれるかい」

恭介「参加する」

QB「では次にいま灰になった状態から再生した君の左手――、

   それに宿る力とやらがほんとうに発揮されるかどうかだけれど――」

恭介「これから確かめて使えなければ好きにすればいい。

  (クル…)この河を下れば集落にでるんだよな」

QB「そうだね。まず麓まで降りて――」

タタッ

QB「話聞けよ」トトッ ピョン

バッ




ドボーン…

―――――
――――
―――



~~『数か月後』、山中の霊園、美樹家の墓前~~


ミィーーンーミンミンミンミンミンミンミィー…   ニィーーイイイイーー ニイイーーイイイイイーー…

和子「…………」ピタ…

…スタ スタ

杏子「……」スタ…

和子「…………」ピタ…

杏子「……」

…プーン… …チョン

杏子「(サッ)蚊が止まってる」ペチ

和子「(ハッ)あ、ありがとう。ごめんなさい、いたのに気づかなくて。どうぞ」スッ

杏子「(スッ)……」

ソッ…

杏子「……」ピタ…

和子「……あなたはさやかちゃんの魔法少女仲間かな」

杏子「いきなりそういう確かめかたはしないほうがいいよ」

和子「(クス)…そうね。……なんとなく、そんな気がしたから」

杏子「……あんたは?」

和子「中学の担任だったの」

杏子「そうか。さやかから聞いてたよ。

  (スク…)まどかはあんたが戻ってきたとか話してたけど、

   あんなことの後じゃ大変だろ」クル…

和子「それくらいは……。

   ……いま受け持っているクラスまでで退職するつもりなの。

   わたしは何としてもこの子を死なせちゃいけなかった。

   教師として、守るべきだったのに、止めるべきだったのに止められなかった」

杏子「あんたは守ってくれたよ、さやかを。それに誰が止めようが行くと決めたら行く。

   それがさやかや……あたしたちの役目だからな」

和子「ありがとう……。でもね、道に外れてでも方法はあった」

杏子「自分の信念まで踏みにじってでもか?」

和子「ええ……わたしは間違っていたから」

ほむら父「それだけで済ますおつもりですか」

和子「(ハッ)…」クルッ…

ほむら父・母「……」

タッ…

ほむら母「待ってください、早乙女先生!」

和子「(ビク)っっ」ピタ…

ほむら母「あなたが形式的な挨拶だけで済ませたのを受け入れたのは、
   
     先生が美樹さんの娘さんの死を背負っていると見受けたからです」

和子「……大事な娘さんの命が失われたことを、……背負うことなど……」

ほむら父「あなたしかいないのですよ。鹿目さんの娘さんが信じ、美樹さんの娘さんが信じ、

     我々の娘が信じることができる教師は。あなたを措いて誰が背負えるというのです。

     先生が娘たちへ注がれたは情熱は嘘だったのですか。

     あの子たちを送り出したこと……それは絶対的な間違いです。

     だからこそ我々やあなたがそれぞれに背負わなければならない十字架なのですよ」

和子「……」ギュッ…

さやか父「暁美さん」

ほむら父「……」ペコ…

さやか父「今日はわざわざ来てくださってありがとうございました。

     親御さんまで遠いところから足を運んでくれるとは娘も幸せ者です」

さやか母「杏子ちゃん、探したのよ」

杏子「……」

さやか父「先生……」スタ…

和子「申し訳ありません……っ。

   みなさんがお帰りになった後かと思って……」

さやか父「午前中にわたしらで一通り済ませておりまして」

詢子「和子、悪い……あたしの判断でみんなが来る時間、ウソを教えた」

和子「詢子……」

さやか母「(ペコ…)ありがとうございます。娘も喜んでいると思います」

和子「……」

さやか父「……娘が本当にお世話になりました。

     早乙女先生がわたしたちにそうして下さったように、

     わたしたちも娘の魂と共にあなたの幸せを心からお祈りしています。

     どうかこれからはご自分の心を自由にしてあげてください。

     わたしたちはあなたがさやかの担任の先生で本当によかったと感謝しています。

     きょう娘に別れを告げることで少しでも先生のお心が軽くなってくれることを、

     娘も願っていると思います」ペコ……

和子「(ガクッ…)……~~~~っ!」

スタ…ストン

詢子「(ニコ)……」ポン… サスサス

和子「ごめんなさい、さやかちゃん、ごめんなさい……っ」

知久「……」ペコ…

ほむ父・ほむ母・さや父・さや母「……」ペコ…

タツヤ「あう?」

マミ「(ニコ…)……」ナデ…

ほむら母「巴さん」

マミ「はい」

ほむら母「この間は取り乱してごめんなさい。まどかちゃんも、辛いのに」

まどか「……」フリフリ…

マミ「いえ。ほむらさんを行かせてしまったのに変わりはないのですから……」

ほむら母「あの子が自分で決めて行動したことよ。あなたがたのせいなんかじゃない。

     それにこうなるってことは巴さんたちは知らなかったんでしょう。

     時間が巻き戻るものだと……」

マミ「それでも……」

ほむら母「(ニコ…)わたしたちがわだかまりを残したままだったら、

     あの子が戻ってきたときにすねてしまうわ。

     ……ね、今度みんなで東京へいらっしゃい。色々案内してあげたいから」

マミ「……はい。ありがとうございます」

ほむら母「ほんとうによ。まどかちゃん」

まどか「はい……」

ほむら母「わたしを許してくれる?」

まどか「許すだなんて……わたしこそ……っ」

ほむら母「(ニコ)じゃあ仲直り。……わたしもさびしいの。

     あの子がどうしてたか、すこしでいいから教えてくれる」

まどか「……はい。わたしも……ほむらちゃんのこと、教えてください」ニコ…

ほむら母「ええ、いいわよ。あの子が怒るかもしれないけど」クス

マミ・まどか「(クスクス…)」

ほむら母「それじゃあ、さやかちゃんに挨拶が遅れてしまったから……」クル…

マミ・まどか「……」ペコ…

スタ スタ…

まどか「――杏子ちゃん」

杏子「……」クル…

マミ「いいかげん、わたしたち話そうよ」

杏子「…魔獣を狩るときは声を掛け合ってるだろ」

マミ「そんなの会話とはいえない。倒したらあなたはすぐどこかへいってしまうでしょう。

   美樹さんのご両親が心配してるのよ。あなたがどこで暮らしてるのか、って……」

杏子「…ッッ。あ~~あっ、親子でそろいもそろって他人の心配ばかりしやがって……」プイ

まどか「……」

マミ「憎まれ口をたたくの治そうとしないのね。

   前みたいに逃げ出さないで、

   わたしたちのために踏みとどまってるのは成長したと思うけど」

杏子「(キッ)――」クルッ

マミ「感謝してる」ジッ…

杏子「~~っ……ッッ」チッ…

マミ「お願いよ。美樹さんのお父さんお母さんとも、鹿目さんとも向き合ってちょうだい。

   あなたならそれができるから」ペコ…

杏子「ふんっ……。お前はまどかさえ良ければそれでいいもんな。

   いいよ。向き合ってやる。おい、まどか」

まどか「うん」

杏子「…さやかのやつは希望も絶望も、一人で完結して死んじまいやがった。

   だからこっから先あんたがどうなろうがあんたの責任だ」

まどか「うん」

杏子「(プイ)う恨むならあたしを恨めよ。

   甘ったれて他の奴に当たろうもんならあたしがあんたをブッ叩いて――」

ガバッ

杏子「――!?ッ…」

まどか「うん。うん」ギュウウ…

杏子「……っ」

まどか「だから、どこかにいったら、だめだよ‥ッ!」ブルブル…

杏子「……ッ」

まどか「杏子ちゃんだけが、いちばんつらいままだなんて、

    さやかちゃんが、ゆるすはずがないよ……」ブンブン 

杏子「(ギリッッ…)…………ああ。どこにもいかないさ」ハシ ギュ…

ソッ…

杏子「ふざけたこと言ってんじゃねーよw

   あんたこそいちばん辛いままだったりしたら、さやかが許さないだろ?」

まどか「……ッ」

――…ギュウ……

まどか「…っ……っ…」

杏子「……さやかがあたしを許さねーとしたら、またあんたを死なせちまったときさ」ギュ…

マミ「……」ソ…

杏子「マミ。さやかの魂は迷ってねえだろうな?」

マミ「大丈夫よ。あれだけ魔法少女としての使命に力を尽くしたんですもの。

   その魂がないがしろにされるはずがないわ。

   どの神様か分からないけどきっと天国に導いてくれるだろうし、

   もしかしたら美樹さんの意思を汲み取って、

   円環の理に迎え入れられるよう取り計らってくれるかも」

杏子「(クス)お前の神様はずいぶん都合よくやってくれるんだな」

マミ「(ニコ…)ご都合主義に見えるけど、わたしはそんな気がするの」

杏子「ああ……。お人好しなあんたらしい。

   でもだからあんたが言うんなら実際そうなのかもって思えてくるよ。

   あいつずっと『円環の理の正体はまどかみたいな魔法少女に違いない、

   あたしが会って確かめるんだ!』って息巻いてたもんな」

マミ「(クス)どんなことも目を逸らさずに、それでも前向きでいようとして」

杏子「(チラ)あたしも、ちょっとは見習ってみるか……」

クル… スタ スタ

杏子「おじさん、おばさん。ちょっといいかい」

さやか母「杏子ちゃん。ええ」

さやか父「……」コク

杏子「あのさ……黙っていなくなっちまって……悪かった」カキカキ

さやか母「うん。悪いわよ。心配したんだから」ピッ

杏子「う……ご、ごめんなさい」ペコ…

さやか母「今度から、出かけるときはひと声かけてね」

杏子「は、はい。って、ええ……?」

さやか母「(フフ…)……なぜかけさ勉強机の上に手紙が置いてあって」ゴソ

杏子「え?」

さやか母「(ス…)たぶん引き出しに入ってたと思うんだけど、

     机には触らないでってあの子に言われてたから今まで気がつかなかったのね。

     それであの子、せっかちだから……」

杏子「……(クス)あいつならやりかねねえな。なんて?」

さやか母「あなたが大学を出るまで養ってあげてほしいって」カサ…

杏子「――ッ」

さやか母「偶然だけどお父さんもわたしも同じことを前から話し合ってて。

     さやかの代わりってことじゃない。あなたがさやかの恩人だからとかじゃなく。

     ……いえ、ごめんなさいね。わたしはやっぱり娘の生きた証が欲しいのかも。

     でも、本当に大学を出たら梨のつぶてでも構わないから……」

杏子「どっちが頼んでんだよ……」ペチ…

さやか母「あはは、そうねえ……」

杏子「なんつーかな……。あ、そうだ。さやかの生きた証ならそこにいる」クル…

まどか「……」

さやか母「まどかちゃん……」

杏子「……知ってのとおりさ、

   魔女に襲われそうになったあたしを庇ったまどかの身代わりになってあいつは死んだ。

   あいつがいたからあたしたちは生きてる」

まどか「おばさん、わたし……」

――ハシ ギュ…

さやか母「ごめんね、まどかちゃん。辛かったね……」

まどか「(フリフリ)わたしのせいで、さやかちゃん、ごめんなさい……っ」

さやか母「(ナデ…)だれのせいでもないの。あの子が誰かのために、

     自分のために願ったことだから……こんな優しい子を生かしてくれて、

     誇りに思ってる」

まどか「……っ」ギュッ…

さやか母「きょうだけは……今だけは……あなたを抱きしめてもいいかな」

まどか「(コク)」

さやか母「……さやか……」ギュッ…

まどか「……っ」ギュゥッ…

……

さやか母「……杏子ちゃん。さっきの話、どうかな」

杏子「(カキカキ)あのさー、さっきから仏前でやかましくっつーか、

   そういう話いまするかな」

さやか母「うん、大事なことだからね。あなたは目を離したらいなくなりそうだから」

杏子「さっき言ったろ、急にいなくなったりしないって。……施設の子でもねえんだ。

   面倒みるにしたってお役所はそうそう力貸してくんねえぞ?」

さやか母「今まであの子を育ててきたのよ。わたしだって稼いでる」

杏子「――けっきょく互いが一緒にいたいかいたくないかだって、さっさと決めろって、

   ……あいつは言うんだろうな」

さやか母「……」

杏子「……あたしはいたいよ。あんたたちと」

さやか母「よし、これからよろしく、杏子ちゃん!」ニギッ…

杏子「(ニギッ…)よろしく。おじさん、おばさん」

さやか父「……うむ。よろしく」コク

まどか「(ニカッ)大学に行くんだったら、これから中学校に行かなきゃだね、杏子ちゃん」

さやか母「そうね、忙しくなるわね」フム

杏子「大学かどうかはともかくさ。

   あいつがあたしにバットを体育倉庫に返させたのって……まあいいか」クス…

マミ「美樹さん……」

さやか母「巴さん。……どうぞ」スッ…

マミ「(ペコ…)ありがとうございます」ハシ…

……

マミ「…………」ピタ…

スク… 

さやか母「さやかも『素敵な先輩ができたんだ』って家で喜んで話してて……、

     今日もきっと……」

マミ「……さやかさんはわたしにはない真っすぐで潔いものを持っていて、

   特に善悪の基準には特に細やかにご自身を照らし見つめながら歩む人だと思います」

さやか母「――とてもあの子を良く見てくれて……」

マミ「……いえ。わたしにも、おかげでさやかさんの物差しが胸の中に収まったようです。

   これからも、生き方は違いますがわたしの歩みを測る一つの視点というか……」

さやか母「そう……ありがとう、巴さん」コク

マミ「(ペコ)……あの、お父さん。(チラ)すこし、よろしいですか」ス…

さやか父「はい」


スタ スタ…

さやか父「今日はわざわざありがとう」

マミ「(ペコ…)さやかさんは……わたしたち皆の命を背負っていました。

   きっと、内心とても苦悩されていたのではと……、

   そばにいながら気づかなかったことが……」

さやか父「……それはこれからもあの子に寄り添うわたしたちの役目です。

     巴さんはあの子の明るい心を憶えていてくだされば……」ニコ…

マミ「――ッ……」ペコ…


スタ スタ…

仰木一尉「失礼ですが……巴マミさんですね?」

マミ「そうですが……どなた様ですか」

小林三尉「美樹さやかさんにあの日、命を救われた者です。

     あなたがたは『魔法少女』で『魔獣』という、

     我々人類を脅かす存在と日々戦っておられる……」

マミ「いったい……」

仰木一尉「詳しいことはまた後日、あらためてご挨拶に伺いたいと存じます。

     本日は我々の命の恩人であり英霊となられた、

     美樹さやかさんに敬意を捧げたく参じました」

さやか父「? ……どうぞ心ゆくまで……」

仰木・小林「はっ」クルッ スタスタ ビシッ…

……

仰木・小林「では、失礼いたします」ビシッ クルッ 

スタスタ…

恭介父・母「?」

スタ…

恭介父「やあ……」ス…

恭介母「……」ペコ

さやか父「……」ス…

さやか母「(ニコ)……」フリ‥

……


恭介父・母「…………」ピタ…

……


さやか父「恭介くんはまだ?」

恭介父「守るべき女性を守れないなら戻ってくるなと伝えましたから。

    生きていく術は仕込んでおいたので、

    あの男はどこでなりとやっていることと思います」

さやか父「彼がさやかを大切に思ってくれていることは知っています。

     我々は彼に心から感謝していますし、

     娘は最後まで幸せでしたから、彼はもう自由に……幸せになってほしい」

さやか母「そうよ。親孝行だって心配かけたぶんしてもらわないといけないでしょ?」

恭介母「……っ」

恭介父「……」

スタスタ… ハァハァ…

仁美「(ハァハァ…)遅れて、ごめんなさい……」スタスタ…

まどか「仁美ちゃん! 来れたんだね!」

仁美「(ハァ ハァ)はい」

さやか母「わたしたちもさっき来たばかりですよ。

     そんなに急いで……ありがとうね、仁美ちゃん。少し休んでいったら?

     あの建物、クーラーが効いてたから……」

仁美「…いえ、平気です」ペコ…

さやか父・恭介父・母「……」ペコ…

さやか母「気分が悪くなったら、すぐに言うのよ」

仁美「はい」ニコ フキ

さやか母「……」ス…

仁美「(ペコ)……」ソ…

シュボッ… チ… パタパタ… ソ…

さやか母「……」ソッ…

仁美「(ペコ)……」カタ チャポ…

パシャ‥

仁美「(ペコ…)……」ソ…

さやか母「(スッ)……」チャポン…

スト…  ジャラ ピタ…

仁美(……これから何度も『あなたがいてくれたら』と思うことでしょう。

   あなたとの別れだけは惜しんでも惜しみきれない。だから今は、悼みます)

――


さやか母「さあ、そろそろ片づけますね。みなさん、先生もよかったらこの後……」

和子「(ニコ…)……はい。ご一緒させてください」

詢子「美樹さん。わたしの思いつきで騒がしくしてしまって……」

さやか母「そうですね、他のお家のお墓もありますから」

詢子「……それもありますが……」

さやか母「……でも、個人的には感謝してます。きっと、あの子はこうしたがっているから」

詢子「……」
      
知久「……」

――ゴォン ゴオン ゴオオオオオオオオオオオオオオ…

知久「あれ……こんなところに……?」

詢子「……このエンジン音はブルーインパルス!? なんでここで……?」


サアアアアアア オオオオオオオオオオオ……ッ


タツヤ「あーーーっ、まろか、しゃかーーーっ」フリフリ…


マミ「きれい……」


~~麓への道~~


オオオオオオ…


仰木・小林「…ッッ」ビシッッ


~~美樹家の墓前~~


オオオオオオオオオオオ…


杏子「……いっちまったか」フ…


まどか「……ほむらちゃん……」ギュッ…



~~『2年前』の見滝原の車道~~


グアアーン…

マミ「お父さん、前!」

マミ父「うああっ!」ダムッ 

マミ母「きゃああ!!」バッガッ…

キキィーーッ!!

バッ…

マミ(――――男の子――?)

バウンッッ 

ゴ ガシャドオオオオンッッッ

マミ父「(ハァハァ…ッ)お母さん、マミ……、大丈夫か……?」カチャッスルル クルッ

マミ母「(カチャッスルル)ケホッ…、(クルッ)マミ!? どうしたの!?」

マミ「お父さん、お母さん……。今、男の子があの車を……、見なかった……?」

マミ父「いや……お母さんは?」

マミ母「わたしは目をつぶってたから……男の子が今の車につぶされたの!?」

マミ「ううん。お母さんの座ってる側から飛んできて、

   (クルッ スッ)あの車を触ったと思ったら……あッ!」

ドーン!

マミ母「わあ!」ビクッ

マミ父「引火した! 外を見てくる。お母さん、消防と救急車、電話して」ガチャ スタ

マミ母「わかった! 気をつけて、お父さん」ゴソ ピッピッ…

マミ「(カチャ スルル…)……」ガチャッ…

マミ母「(クルッ)マミ! 中にいなさい! ――もしもし」

スタ スタ…

ゴオオオオーッ メラメラメラ…ッ

ギャアアーーッ アツイーアツイー  タスケテーー

マミ「……あ……っ」

マミ父「駄目だ……なんてひどい……。これじゃ近寄れない……!」

マミ(みんな……みんな…、死んじゃう……ッ!!)

マミ父「マミ、戻りなさい! (タタッ)お母さん、まだ消防車は来ないのか!?」

マミ(何も……何も出来ない……、助けたいのに、わたし何も……)

QB(本当にこの事故現場の彼らを助けたいと思うのかい、巴マミ)ピョコン

マミ(あなたは、キュゥべえ……)

QB(君がそう願うのなら、僕が力になってあげられるよ。

   魔法少女の役目や魔女については前に説明したよね?)

マミ(ええ。呪いを生んだ少女と元魔法少女――つまり魔女や、その使い魔を狩ること。

   世の中の人々の絶望を魔法によって希望へと変えること。

   引退するまでにわたし自身が魔女になってしまうリスクを負うこと……)

QB(要点をかいつまめばそうだ。引退の条件については、

   『使い魔100体を魔女1体に換算して、魔力係数×1.75≧魔女討伐数』、あるいは、

   『満18歳』、いずれかの条件を満たした魔法少女は引退しなければならない。

   ただしそれまでに魔力を使い尽くすか、

   君の願いから発生した歪みがやがて君の絶望に帰結するとき、君は魔女になる)

マミ(ええ、わかってるわ。(クル…)それでも――)

ゴオオオ…

―――
――




~~風見野の教会、初夏~~


杏子母「上条くん。せっかく久し振りに杏子に会いにきてくれたんだし、

    ゆっくりなさったらいいのに」

恭介「ただでさえとつぜん押しかけてる身でそんなのもう……」カキカキ

杏子母「いいんですよ、わたしたちには日常茶飯事ですし。

    それは別としてあなたならいつでも歓迎しますから。

    ほら、杏子も。見滝原の魔法少女さんたちしか友達いないんでしょ?」

杏子「んなことねえって言ったろ。恭介だって忙しいんだよ。

   ‥今日もこれから行くとこあんだろ?」

恭介「ああ。見滝原に用事があってね」

杏子母「残念ね。あなたのヴァイオリン、また聴きたいものだと思っていたのだけど」

杏子「無茶言うなよ、母さん」

恭介「用事のほうはそう急ぎでもないんですが。ただその相手が気まぐれでして、

   運がよければ今日じゅうに落ち合えるかな、と言ったところです。

   こちらこそご都合がよろしかったら、一曲聴いていただけますか」

杏子母「あ、いま弾いてくださるの?」

恭介「はい。そうですね、あと2時間ほどのあいだでしたら、いつでも」

杏子母「ああ、嬉しい。じゃあ、今から一曲と言わずお願いします」

杏子「母さん。一曲でいいぞ、恭介」

恭介「(コク)」ゴト…

~~~~~~~

パチパチパチ…

杏子「……『球根の中には』。母さんのとくに好きな歌だな」

杏子母「うん。こうして耳を傾けるのもいいものね。

    音楽のことはわからないけどいままで聞いたことのないいい音色。

    ありがとう、上条くん」

恭介「こちらこそ。聴いてくださってありがとうございました」ペコ…

ゴト カツッ…

杏子母「ではそろそろ邪魔者は失礼するわね。何か飲み物でも……」

杏子「いいってば。ここ飲食禁止だろ」

杏子母「じゃあ帰りのお弁当用意するわ。さて…」スタスタ…

恭介「あ、本当にお構いなく」

杏子「ありゃ止めても無駄だわ。母さんがそうしたいんだから気にしないでいいよ」

恭介「……」カキカキ…

杏子「まあ、座んなよ」

恭介「……」トサ…

杏子「…1年ぶりか。親父たちに魔法少女やってんのバレたとき以来だな。

   あん時もお前とマミさんが間に入らなきゃどうなってたか」   

恭介「たまたまキュゥべえに状況聞いてみたらこれだ、って感じ。

   せっかくいい宿を見つけたのに、

   そこの娘が父親と絶賛ケンカ中でよその家に転がりこんでるときた。

   宿が険悪な雰囲気になってちゃ休んだ気がしないもんね」

杏子「いい宿を見つけたかどうかなら損してるぜ。

   マミさんのお母さんすっげえ料理うまくてさ、もうちょっといたかったな」

恭介「‥親父さんは元気? 仲直りできた?」

杏子「ああ。家族ともども、ぼちぼちやってるよ。親父はまだ怒ってるかな。

   母さんがとりなしてくれてる。

   そういや親父もモモも、お前に会いたがってたぞ」

恭介「え、そうなの? 二人とも?」

杏子「親父がさ、お前のことを人の世の全てを見てきたようなことを言う不思議な奴だ、って」

恭介「まさか。そんな言い方があてはまる存在がいるとしたらキュゥべえくらいじゃないか?」

杏子「そうさな。でもお前、なんか違うだろ。キュゥべえといつも一緒にいたり」

恭介「…そうだな」

杏子「幻想御手…。ま、なんだっていいよ。お前がいいやつだってことは知ってるし」

恭介「買いかぶりだよ」

杏子「モモなんか、お前がまた来たら合奏すんだ、ってオルガンの練習に励んでんだぜ」

恭介「僕はけっこうあちこちで恨みを買うようなことしててね」

杏子「恨み? お前が?」

恭介「だから教育上、あの子と僕が交流を深めるのは――」

杏子「おいおい、今さらだろ」

恭介「(ニヒヒ)おっしゃるとおりで……」

杏子「……。なんかあたしが力になれることはあるか?」

恭介「ある。大いにある。この教会を潰さないで。僕が宿に困るから」

杏子「(ジッ…)……」

恭介「……」

杏子「了解。心配するな。

   すこしだけど、前より信者になる人も増えてきたしな。

   もちろんやめる人もいたけど、そこらへんはその人しだいだし。

   これからもこじんまりとやってくんじゃないかな」

恭介「よかったね」

杏子「ああ。…ただ親父がさあ、、信者からの献金を家族が暮らしていく分や‥、

   これ以上建物がボロくならないていどの維持費とかだけ取った残りを全部、

   伊勢の内宮に寄付しちまうんだな」

恭介「ブッwwwwwww」

杏子「笑いごとじゃないんだよ。まさに清貧」

恭介「wwwwもちろん、信者のみなさんには黙ってるんだよねw」

杏子「ある日とつぜん説教の最中に宣言したのが始まり。

   『みなさん、考えてみればここは日本です。主はわたしを捨てました。

   自分の行いと不反省からこれは当然のことです、しかしながら、

   この国のことわざにありますように、わたしと妻と子どもらを拾ってくださった。

   その神様がどなたかはわかりませんので、これからは、

   とりあえず日本でいちばん偉い神様にみなさまからの献金を寄付いたします。

   では本日の説教に~~』。これでただでさえすくないうちけっこうな数の信者がさった」

恭介「こんだけ堂々とブレにブレまくってふみとどまる人のほうがおかしいwwwww」

杏子「お前責任取れよwww」

恭介「いやいやwww

   君との契約は『初回の5分だけみんなが親父の話を聞いてくれるようにする』だったし、

   その5分以後は聞く聞かないは相手次第でほぼ親父さんの功績ですよwwwww」

杏子「軌道に乗るまでお前がここでヴァイオリン弾きまくって客寄せしてただろがww」

恭介「そんなことあったかなwww

   モモちゃんと契約して元通りにしたいかいwww

   ぼくたちモモちゃんと契約するつもりありませんからwwwww」

杏子「あいつ勧誘したらお前ら殺すわw」

QB「恭介のいうとおりだよ。あれだけもって足ることを知る子と契約するのは無理だ」

杏子「へいへい。どーせあたしは強欲な人間ですよ」

恭介「いいじゃん。その欲のおかげでいまの君たち家族があるんだから。

   お父さんも腹の中じゃ君に感謝してるんだよ」

杏子「わかってるよ。…こないだ家族で神宮に納めにいってきたんだけどさ。

   母さんとモモが川んとこで手を洗いにいってるときに『色々すまない』って言ってた」

恭介「(ポリポリ…)……。……ところでさ、この教会、神社に改修するの?」

杏子「いや。礼拝はいままでどおりそのままだよ。

   もうムチャクチャだよな。ついてきてくれる信者の人には申し訳ないというか、

   頭が下がるよ……」

恭介「そこはあの人の人柄なんだよ。言ってることもやってることもムチャクチャでも、

   どこか透徹としてる。普通は拾ってくれた神様を素直に信仰するよね」

杏子「だろうな」

恭介「けど君の親父さんはあくまで父と子と聖霊の唯一神信仰にとどまってる。

   自分は考えも行いも間違えてるのを自覚したまま直す気はないから、

   神は赦そうにも赦すことができない。

   こちらから神を許しはするけどこのままだと神が赦すことはない、って覚悟してるんだ。

   でも一方で、信者や君たち家族を確実に巻き込むことに耐えられるほど強い人じゃない。

   『父さんはもう少しここの神様にご挨拶したいからお前たちはおかげ横丁に行っといで』

   とか言わなかったかい?」

杏子「え……?」

恭介「きっと皇大神宮のまえで衛士さんに内心驚かれながら土下座してたんじゃないかな。

   引き裂かれる思いで、自分はどうなってもいいから信者と家族だけは救ってほしいって。

   チャンスを与えてくれたにも拘らず信仰もしていない神様が自分を救うはずなどない。

   それでもすがりついて信者と家族の魂の救済を懇願する。

   信じているのに間違いを正し赦しを求めない神が自分を赦すはずがない。

   それでも自分の信じた教えを説き続ける。

   …相変わらずなんかこじらせてるよね、君のお父さん」

杏子「親父と話したのか。……いや、あの人が話すはずないよな」

恭介「……」

杏子「……父さんも母さんも、あたしとモモは大学まで行かせてやる、って言うんだ。

   でも今みたいな生活してたら絶対二人とも……」

恭介「大学は出といたほうがいいんじゃない。他にやりたいことがないんなら」

杏子「大人が行くから大学っていうんだろ。高校までの勉強はサボらねえよ。

   必要だと考えたら自分の力でいくさ」

恭介「そう。…すくなくとも親父さん、死ぬまで生きるさ。

   親父さんだけ救われなかったとしてもその行き先には多分僕も行くだろうから、

   よろしく言っといてくれよ」

杏子「恭介に一緒にいられてもなあ」

恭介「きっつ。まあ親父さんは君に幸せになってほしいと思ってるんだろ。

   だからさ、君は君の人生を生きたほうが親父さんのためになるんじゃない?」

杏子「‥ありがとな、恭介」

恭介「はて。なあキュゥべえ、僕は礼を言われるようなことを佐倉さんにしたっけ。

   親父さんについて憶測を述べたらソウルジェムの濁り具合を進められるかと、

   君のやりかたを真似てみたんだけど」

QB「以前のことにしてもここで与えられた食事と宿の対価という範囲を逸脱してないね。

   それにやはり君は魔法少女の感情の操作について要領を得ていないものと察するよ」

恭介「…だってさ。やはり慣れないことはするものじゃない」

杏子「(クス)……」

――


~~教会前~~


杏子「恭介。元気でな」

恭介「(ニッ)ああ。君もな」スッ

杏子「(ニッ)」スッ

コツッ

恭介「(ニコッ)じゃ、お弁当ありがとうございまーす」スタ…

杏子母「どういたしましてー、いつでも寄ってねー」フリフリ…

フリフリ スタスタ…

杏子母「本当にいい子ね。次はいつ来てくれるかしら、杏子」

杏子「さあね。ほら、入った入った」パッパッ

杏子母「なに、もう……」スタ…

スタ…

杏子(あいつ……何かにケリをつける、って顔してたな……)

チラ…

杏子(……負けんなよ)クル…

スタ スタ…

~~見滝原へのバス、車内~~


ガタガタ ゴトゴト

アナウンス「次は見滝原駅、終点です――」

QB(恭介、いいかい)

恭介(何?)

QB(幾度も注意するようだけどね。佐倉杏子との契約時のことだが、

   君は彼女が願おうとしていたことに助言をしてたろう?

   彼女たちの希望と絶望の因果に介入するのは僕らの立場としては避けるべきことだよ)

恭介(介入ってほどでもないさ。

  『その内容だと話を聞く人の本来の意志に関係なく、

   親父さんの話に従わせてしまうことになるけど本当にそれでいいのか?』、

   って確認しただけだぜ)

QB(やれやれ……そこがインキュベーターと元人間の違いなのかなあ)

恭介(確かにね。人の心は不可解で理のとおりにならないこともある。

   だからこそ君のいうように、

   エントロピーを凌駕するほどの感情を爆発させることだってできるのかもしれない。

   いままで、どんなにグリーフシードを供給しても魔女として送ることになった子もいる。

   魔力の消費だけでなく自分が起こした奇跡が絶望をもたらすことは避けられないからだ。

   ただ、魔女化を防ぐべきだという前提には僕は立たない)

QB(その瞬間に発生するエネルギーが宇宙の寿命を延ばすことに役立つからね)

恭介(君の言うようにそれはとても大事なことだし、それが君や僕の負う役目なのだろう。

   それが当然であると君は従事するだろうし、僕も役目を果たすことに変わりはない。

   ただ、魔女になることで宇宙の役に立つから、じゃなく、

   魔女になるかならないかは本人の人生の問題だから、さ。

   君は魔女になる素質のある子を見抜いて魔法少女・魔女の契約をする。

   かといって、絶望がもたらされることが理のとおり逃れられないことであっても、

   そこで魔女になるかならないかは本人の欲しだいで変えられることなんだ。

   絶望を見つめてそれでも、純じゃなくなっても生きたいと思うかどうか。

   君が選んだ子たちは皆、それがすごく難しいのは確かなんだが。

   逃げ方を間違えて心に欺瞞を抱えてやりすごすとそれはそれで辛いことになるし。

   いやそれでもいい、生き長らえてこその物種だよ。逃げるのに間違いも何もない…、

   もし何かやりたいことがあるなら、でなくてもただすなおに生きたいとだけ思うなら、

   僕は全力でサポートする。生きるという選択だけがすべてじゃない。

   そうだ僕は信じていない、でも僕の考えることなんてどうだっていい)

QB(散漫で言いたいことがよく分からないけど、

   確かに祈りの魔力の根源がぐらついた子は魔法少女としての強さを失い、

   君が絶えずグリーフシードを供給しないと引退までもたなかったからね。

   いちど魔女になる機を逃した子は希望と絶望の振幅が収束するから、

   僕にとってそれほど重要でもない。君の言う、

   生き長らえて引退を迎えてもその後の人生の可能性が拓けた子ばかりじゃないだろう)

恭介(そうだ。でもこれだけは言わせてもらおう。

   絶望と希望の振幅が小さくなるってのは強くなったってことなんだ。

   そのカタチはさまざまだけど、人は生きた分だけ強くなる)

QB(確かにさまざまだね。

   月日が過ぎてから僕らと再会して、自分の娘は絶対に魔法少女にしないだの、

   僕のやり方が仕事の参考になるから感謝してるだの、

   恭介はなまじ目印になるから僕にまで話しかけられてどう対応すべきか困るんだよ)

恭介((クス…)そりゃ愛憎というものさ。懐かしいだろうしね)

QB(君がなぜそこまで力を注ぐのかわからないけどね。

   その懐かしいという感情を得たいためかい)

恭介(求めて得られるものじゃない、偶然なんだ。

   それに送った子だってみんな僕の魂には刻みこまれてる。

   時間の感覚もちがうから『懐かしい』とはすこし違うとおもう)

アナウンス「見滝原駅、終点です。

      お降りのさいは、車内事故防止のためバスが完全に停止するまで――」

――


~~見滝原、駅前の広場~~


~~♪~~♪~


恭介「……」ス…

さやか「……」ポー…

パチパチパチ…  

さやか「(ハッ)っっ」パチパチ

チャリン ポン チャリン

恭介「どうもありがとう」ペコ

チャリン チャリン ペコ ペコ…

……

さやか「あ、あの……」

スク… パチ パチ パチ… スタ スタ…

恭介父「ブラヴォー。素晴らしい演奏だったよ」パチ パチ

恭介「ありがとうございます」ペコ…

さやか「あ、おじさん! (クルッ)ねえ、この人ーー」

恭介父「(シーッ)」ピ

さやか「う、うん…。……素敵だったよ、あなたの演奏」

恭介「ありがとう」ニコ

さやか「(カァ…)あ、あのさ! 最後の曲、なんていうの?」

恭介「気に入った?」

さやか「うん! ゆったりしてて、人間味があって、静かだけど温かみがあって。

    聴いてるとヨーロッパの昔の小さいけど活気のある、

    馬車とか走ってそうな街が心の中に浮かんできたよ」

恭介父「さやかちゃんは感受性が豊かだね」フフ…

恭介「ええ、君のほうもそう感じられるのって素敵だよ。聴いてもらってよかった。

   ちなみにこの曲はベートーヴェンのロンディーノ。

   クライスラーのほうじゃないから注意しないといけない」

恭介父「(クス…)確かに。ややこしい話になるね」

さやか「ややこしいってどんな風に?」

恭介父「この曲は元々ベートーヴェンが、

    ホルンやオーボエ、クラリネットを主体にした管楽曲として作曲したものだ。

    これとは別に彼は『ヴァイオリンとピアノのためのロンド』を書いたが、

    後にクライスラーがそれを編曲した、

   『ベートーヴェンの主題によるロンディーノ』のほうが有名になっている。だから…」チラ

恭介「たとえば事故で入院したヴァイオリン弾きが、

   演奏できない憂さ晴らしに別の楽器の曲を聴きたくなった。

   それで見舞いにきてくれてる子にうっかりこう頼むとする、

   『どうせならベートヴェンのロンディーノのCDを持ってきてくれ』。

   合点承知に意気揚々とやってきたその子の手には、

   クライスラーのCDが握られてるってわけ」

さやか「(クスクス…)なにそれ、ややこしいね」

恭介父「ところで君、よかったらもっと弾いてくれないか。

    妻が迷わずここにたどり着けるようにね」

さやか「え、おばさんが?」

恭介父「はは、大丈夫。二人ともずっとこの街で暮らしてるから。いや悪かった。

    新鮮な気持ちを忘れないようにと言って、それで近所のお嬢さんに心配をかけてはな。

    こんな歳で結婚記念日に待ち合わせてデートをしようというんだから。

    君たちのような若い二人を前にするといささか恥ずかしいものだ」

さやか「いや、あの……」ポリポリ

恭介「仲が良いのはなによりですよ」

恭介父「どうも。わたしらにも子どもがいれば君たちくらいの歳なんだろうがね」

恭介「その待っているお相手は、まだ……」

恭介父「向こうのベンチにやってくるはずなんだけどね」

さやか「携帯もってるでしょ、何かあったんじゃ……」

恭介父「ありがとう。いや、待つのも楽しみのうちさ」パチ

さやか「そ、そう……」

恭介「では、待ち人がここに誘われることを願って……」

恭介父「お願いするよ」


……


恭介父(……アヴェ・マリアか……)

恭介父(古酒のなかには稀に老ね香で唸らせるものがあるがあれと同じだ。

    ハイフェッツがときに譜面に忠実には弾かぬように……。

    それを年端もいかぬ子がいったいなぜ? ……もしやあの噂は……)

……

恭介父「ねえ、君はこんなところで何をやってるんだ? 

    君の演奏はもっと大舞台で披露するべきものだよ」

恭介「こうして旅費を稼いでるんです」

恭介父「そうするにしてももっと人の協力を仰ぐとかやり方がある。

    第一、その楽器も傷んでしまうだろう……」

恭介「はい。良くないと思ってます」

恭介父「……それにしてもいいヴァイオリンだ。拝見しても?」

恭介「どうぞ」スッ

恭介父「(スッ…)ふむ、どこかで見たような気がするな……?」

恭介「メシアのコピーなんです」

恭介父「そうだ! ……はて、あれはアシュモリアン美術館のガラスケース越しにしか……」

恭介「ええ。模造が得意な友人がいるんです」

恭介父「見ただけで参考にして製作することはあるにはあると聞くが……、

    それにしても先ほどの音色は……。

    いやはや、楽器職人の知人と先日談じていたばかりだが、

    つくづく後生畏るべしと思い知らされる日だな」

恭介「……」

恭介父「ありがとう」ソッ…

恭介「いえ」スッ…

恭介父「しかし君、家の人は何も言わないのかね?」

恭介「親からは約束を果たすまで戻ってくるなと言われてますので」

恭介父「そうか」

恭介父「(ゴソ カキカキ… ビリッ)君、これを…」スッ…

恭介「…」ハシ

恭介父「黙っててすまなかったがわたしは実は……」

恭介「存じ上げてます。僕はあなたの大ファンなんですよ」ニコ

さやか「なーんだ、知ってたんだ」ハァ…

恭介父「それは嬉しいな。何か力になれることがあればいつでも連絡してくれ」

恭介「(ペコ…)ありがとうございます。ところで、あの……」チラ

恭介母「ねえ、あなた」

さやか「あ、おばさん!」

恭介父「(クルッ)!? こ、これは……いやはや……」

恭介母「(ニコ)さやかちゃん、こんにちは。

   (フゥ)しょうがないわね。ヴァイオリンのことになるとあなたは目がないんだから。

    ……こちらの方は?」

恭介父「そうだ、たった今素晴らしい音色を響かせてくれてね」

恭介母「聴いてたわ」

恭介父「す、すまない…」

恭介母「それにしてもあなたが手放しで褒めるなんて……」

恭介父「(オホン)と、ともかく連絡先は渡しておいたから。……そろそろ行くとしようか」

恭介母「……(クス)そうね、旦那様。じゃあ、さやかちゃん、と……」

恭介「ごきげんよう、麗しい奥様」ペコ…

恭介母「あら、ありがとう。ごきげんよう、街角のヴィルトゥオーゾさん」ニコ フリフリ スタ…

恭介父「では、失礼」スタ…

さやか「よい結婚記念日を……」フリフリ

恭介父・母「ありがとう」フリフリ…

恭介母「(スタスタ…)あの子の演奏している姿、若いころのあなたに似てたわね。

    あなたのは『フィガロの結婚』の小姓さんのだったけど」フフ

恭介父「む…、」

スタスタ



さやか「いいね。ずっと仲がいいんだ」ニコ…

恭介「ああ。さて、まだ時間があるようだし。何かリクエストある?」



           この左手が治ったら――



さやか「え、いいの? んーとね、ハナミズキ」

恭介「へえ、あの歌好きなの?」

さやか「うん。カラオケでよく歌ってるくらい」



     ――何でも弾いてあげよう、君の聴きたい曲を



恭介「なら君が歌ってくれ。僕は伴奏するから」

さやか「え!? ちょっと」

……

パチパチパチ…

通行人「(ニコ)……」チャリン

さやか「あ、えと、ありがとうございます」ペコ…

恭介「……」

さやか「(ヒソ)ちょ、ちょっと。

    (チラ)悪いよせっかくの演奏にヘタクソな歌を混ぜちゃっ――」

恭介「いや。…感動したよ」

さやか「……あんた……、ゴメン…違う曲のほうが」

恭介「謝らなきゃいけないのは僕のほうだ。

   すこし感情を入れすぎて弾いてしまってあんまり……」

さやか「そんなことない。とっても、とても素晴らしかったよ。

    ……あんたが、この曲大事に弾いてるって伝わってきて……すごくよかった」

恭介「そう。…君も謝ることなんてないよ。いい選曲だ。

   これは平和を願う詩だからね……君の歌もよかった」

さやか「(ニコ)……」ポリポリ…

パチパチ…

マミ「ブラーヴォ! 素晴らしかったわ!」パチパチ…

さやか「マ、マミさん!? いつから……?」

マミ「ほとんど歌いだしからだったかな」

さやか「ああ……誰にも言わないで!」

マミ「恥ずかしがることないのに。美樹さんだって歌が上手いんだから。

   二人の息も合ってたし、いいもの見せてもらいました」

さやか「からかうのはそれくらいにしてください……。ていうか、もう行きましょ」

マミ「鹿目さんがまだ来てないでしょう?

   わたし実物のヴァイオリンって見るの初めてで」シゲシゲ

恭介「(タハハ…)」

さやか「マミさん、テンション上がりすぎ! 戻って戻って!

    もう、じゃあ情報交換からいいですか?」

マミ「ええ。気づいたこととか、何か変わった噂は?」クル…

さやか「噂ですか。そういえばクラスの子から聞いたんですけど昨日、

    小学生の列に車で突っ込んで、電柱に衝突して死亡したっていう事故あったでしょ」

マミ「ええ、確か小学生の子は一人もケガしなかったって」

さやか「それが『お空からお兄ちゃんが飛んできて車から助けてくれた』って、

    みんな言ってるそうなんですよ」

マミ「っっ。……そう……ショックで混乱して、そういうお話にしたのかもね」

さやか「ええ、子どもですもんね。で、その男ですけど。

    以前、車道で多重事故を起こした奴だったって」

マミ「えっ……そうなの?」

さやか「それは今日のニュースでやってましたよ。

    ほら、反対車線から突っ込んできた車がきっかけで車がたくさん炎上したのに、

    事故を起こした当人もふくめて誰もケガをしてなかったっていう、

    奇跡だって騒がれたことが前あったでしょ?

    あの時と同じで、危険ドラッグをキメてたんだって。

    こりないやつはいつか自滅するんですよねー」ハァー

マミ「(ジワ…)そう……」

ハッ

マミ「(クルッ…)……!」ジッ…

恭介「何か?」

マミ「いえ……そういえばあなたたち、同級生なの?」

さやか「いや今会ったばっかりです。

    この子、さすらいの路上ミュージシャンやってるんだって」

マミ「その年で?」

恭介「キュゥべえから日常生活の消費カロリーくらいは自分で補えって言われてるんでね」

マミさや「え?」

恭介「いいかげんむずむずしてきたから改めて自己紹介するよ。

   そうだな、名前は恭介。巴マミさん、美樹さやかさん、

   君たちと直接会うのは初めてだけど、

   僕はそこらの使い魔を狩ってグリーフシードに変えてる」

マミ「じゃあ……あなたがあの『幻想御手』?」

恭介「……まあ」

さやか「ちょっとキュゥべえも! 先に言ってよ!」

QB「どのタイミングでだい? 君の方から彼に近づいたんだし、

   今まで生活者どうしとして君たちは会話していたんだろう?」

さやか「はあ……。で、恭介だっけ。何のためにここに来たの?

    魔法少女のサブが必要ってほど人手が足りない街でもないのに」

恭介「実は今、この街に原初の魔女が来てる」

マミ「原初って、あの――」

恭介「ハヤサスラヒメだ」

マミ「――そ、そんな……!」

さやか「マミさんが驚くって……そんなにヤバイ魔女なんですか?」

マミ「わたしも話にしか聞いたことはないけど……。

   わたしたちは魔女にはめったに遭遇しないでしょう。

   でも、使い魔とは比べ物にならないほど強い」

さやか「みんなしてかからないとダメですもんね。

    さっすが引退の条件としてカウントされるだけあるというか……。

    あれよりずっと強いとか?」ナッハハ…

マミ「ええ……魔女の中の魔女。あのワルプルギスの夜をも凌駕すると言われてるわ。

   彼女の結界に踏み入れた子は必ず死ぬって」

さやか「あ、そりゃまずい……」

恭介「逆に言えば彼女に関してはあくまで今のところはだけど、

   こちらから接触しなければ一般人にも魔法少女にも一切被害は出ない」

さやか「ええ!? 魔女なんでしょ! その子……そんなことってあるの?」

QB「その質問に答えるには契約の種類から説明したほうがいいね」
   
さやか「契約の種類? 魔法少女にアルバイトとかあんの?」

QB「契約形態ではなくて、最初から魔女になる契約もあるんだ」

さやか「ええ、マミさん! 本当ですか!?」

マミ「ええ。わたしも話にしか聞いたことはないし、

   あなたも追い追い耳にするくらいに思ってたけど」

QB「魔法少女になる素質がある子がいるように、最初から魔女になる素質を持った子もいる。

   もちろん魔法少女になった子からも受け付けているけどね

   魔女としての強さは呪う対象に背負い込ませた因果の量で決まってくる。

   たとえば社会や特定の集団、個人による虐めなどから個人が苦痛を受けたぶんだけ、

   呪おうが呪わまいが苦痛を与えた側はその個人に対して業を背負うことになる。

   魔女になる契約を結ぶとき、呪う対象を決定すると、

   魔女になったのちその呪いの力で対象のみを滅ぼそうと行動するんだ」

さやか「ただの逆恨みだったらどうするんだよ?

    第一、呪いなんて成就しても誰にとっても生産的とはいえないでしょ」

QB「ほんとうにただの逆恨みなら背負いこませる因果が発生しないから、

   そもそも契約が成立しないか成立したとしても呪いを成就するほど魔女は強くならない。

   それに希望と絶望のバランスは差し引きゼロだ。

   君たち魔法少女がそのバランスのなかにありながら、

   社会の発展に寄与した部分があるように、

   彼女たちのように望んで魔女になった子の呪いもまた無意味とは言えないだろう」

さやか「むむ……。じゃあいまここに来てるのも最初から魔女になった子なの?」

QB「正確には魔法少女が途中から魔女の契約を結んだんだけどね。

   いまこの街に引き寄せられるようにたどり着いたハヤサスラヒメもまた、

   望んで魔女になったことに変わりはない。

   それも呪う対象の因果はかつてないほどの量だ。

   さらに他の魔女とちがい使い魔をもたない分、魔力はワルプルギスの比ではない。

   それでいて魔女としては完成していない。呪いをまだ成就していないから、

   限りなくグレーに近い黒というべき状態だ。

   たまに契約した子が取り殺す前に呪う対象が事故や事件・病気等で死ぬ場合があるけど、

   呪う対象の命を直接奪わないかぎり魔女としては完成しない。

   つまり、この世から巻き取った穢れを撒き散らさない。

   また、意図的に人々を結界に迷い込ませて生命エネルギーを取ったりしない。

   そうなると、呪われる相手以外には害を及ぼさないから、

   魔法少女にとっては倒す優先順位が下がることになる。

   魔女として完成してないため人としての意識が残っていて自制が働くのか、

   結界外に使い魔が出てこないことが多いしね。

   もっとも、そのぶん集めた穢れから生じた魔力はほぼ結界内に滞留・集積され、

   放っておくと強敵になる危険はある」

さやか「だったらなんでそのハヤサスラヒメってのをもっと前に倒さなかったの?」

恭介「倒そうとしたさ。だが、ハヤサスラヒメだけは……、

   まず結界内にすら使い魔が見つからない。つまり、結果として有史以前に生まれて以来、

   この世から巻き取った穢れのすべてをその魔力へと変えている。

   単に強さから言っても魔法少女には勝てない。しかも彼女は時間停止の魔法が使える。

   今までこの話を聞いたうえで原初の魔女に挑んだ魔法少女がいたけど――、

   志願者は少ないとはいえ、その子たちはみな優秀で立派な魔法少女だったけど――、

   文字通り結界に侵入した瞬間にみな息の根を止められた」

さや「(ゴク)……」

マミ(……? だとしたらこの子はなぜそのことを……?)

QB「だからもう一度確認するけど、

   魔法少女にとってハヤサスラヒメと戦う意味はひとつもない。

   この魔女はこちらから仕掛けない限りいっさい害を及ぼさないし、

   結界に侵入するのは自殺行為以外の何物でもない。

   何より、僕と契約した魔法少女が魔女にならずにソウルジェムを砕かれては困るよ」

マミ「ええ……。触らぬ神に祟りなしってことね」

さやか「よし、この魔女だけは街を通り過ぎるまで何もしないぞ」

…チカ チカ チカ…

さやか(マミさん……! すぐそこに……)

マミ(ヘタに動かないで……平静を装って……)

恭介「……」

まどか「みんなーー」パタパタ…

さや・マミ(!?)ビクゥッ

クル…

さやか「まどか……あんた魔女に気づかないのか……っておい!」

まどか「? ?」

マミ「鹿目さんの首筋に魔女の口づけが! 

   ……魔力の波動が今ソウルジェムが同じ、ということは……」

さやか「大変だ! まどかがロックされてる!」

まどか「ロックって?」

さやか「魔女があんたを24時間絶賛ホーミング中だってことだよ!

    しかも、相手は……何せ超ヤバイ魔女なの! 早く逃げないと……」

恭介「逃げても無駄だ。魔女の口づけはその魔女が倒されるまで消えない。

   魔法少女だから普通の人より魔女の呪いに対して抵抗力があって意識を保ってるけど、

   植え付けられているのが穢れである以上相性が悪くいつかは魔女に操られることになる。

   彼女自身が原初の魔女を倒すしか手はない」

さやか「くそっ……」

まどか「えっと、あなたは……?」

恭介「自己紹介がまだだったね」

マミ「そんな悠長なことしてる場合じゃ……」

恭介「襲うつもりならとっくにそうしてるだろう。現に彼女はそこで止まって待ってる」

マミ・さや・まど「……」チカチカチカッ…

マミ「……確かに。待っていても獲物は誘導されて自分からやってくるんだし、

   有史以前から待ち続けている彼女にとっては今さら急ぐ必要はない……ってことね」

――


まどか「そっか……でもなんでわたしなんかに呪いの対象を選んだんだろ?」フーム…

さやか「こっちが聞きたいよ!

    なんでそう易々と……せめてソウルジェムの反応で近づいてきたって分かるでしょ?」

まどか「ええ……? でもわたし、そんな心当たり……」

マミ「(ハッ)あなた就寝するとき魔法で結界を張ってないの!?」

まどか「結界? 魔女のですか?」キョトン

マミ「(ドーン…)ああ、教えておくんだった……失敗だわ……」

さやか「いや、そんな器用なこと多分教えてもまどかには……あたしも無理だと思うし」

まどか「(ニコ)でもこんな取り柄もないわたしを、

    そんなすごい魔女さんが選んでくれるなんて、魔法少女になったかいがあったな……」

QB「危機意識の欠如傾向が見受けられるね。

   魔女の呪いに精神の侵食を受け始めている証拠だよ」

さやか「いや、魔女の呪いなんかじゃない! まどかはもともとこうふわっとしてるんだ!」

まどか「さやかちゃん、そんなほめなくても……」ティヒヒ

さやか「けなしてるんだよ! いやほめてるのか!? あたしにも分からん!」

まどか「(ジッ)それにね、さやかちゃん。ずっと苦しくてさまよってきた子なんでしょ?

    わたしが向き合ってなんとかしてあげられるなら、そうしたいの」

さやか「……まどか……。

    でも、相手は今までどんな強い魔法少女だって倒してきたやつなんだ。

    あたしも一緒にいく!」

まどか「それこそ危険だと思う。呪う相手じゃないのに侵入したからきっと怒ったんだよ。

    でもハヤサスラヒメさんが自分からわたしを招いてるんだから、違う結果になるかも。

    わたしは、わたしにしかなんとかできない相手なんでしょ?」

マミ「でも……歴代の魔法少女が一度も倒せなかった魔女よ。

   あなたが彼女に殺され、呪いが成就して魔女として完成してしまえば、

   今後、世界は……」

恭介「遅いか早いかだけの話だ。座して待つより鹿目さんの意識がはっきりしているうちに、

   彼女のほうから挑むほうがまだ勝ち目はあると言える」

マミ「……」

まどか「(コク)だからね、さやかちゃん。わたし……」

さやか「そんな……何か、他に手はないの?」

QB「そうだね。僕らにしても、結界内に同行できない以上、

   その場所においてのまどかの魔女化エネルギーの回収の見込みは立たない。

   彼女の結界内でまどかが息絶えても損失は損失だから、

   コストとの兼ね合いで許される限りではあるけど――」

恭介「逃げることも選択のひとつだ。僕がこれから24時間体制で鹿目さんの警護をする、

   魔女の結界に入っていかないようにね」

さやか「だから、まどか……。あたしもずっとそばにいて守るから……!」

マミ「わたしも。交代で見張れば――」

まどか「(フリフリ…)マミさん。そう言ってくれるだけで……。

    みんなが疲れて魔女になっちゃったら、杏子ちゃんが呆れちゃいますよ」ニコ

マミ「…ッッ」

まどか「さやかちゃん。(スッ…)ありがとう。

    わがまま言ってごめん。でもわたし、もう一つ確かめたいの。

    そんなずっと昔からわたしを待ってた子なら……わたしも会ってみたい」ハシ…

さやか「まどか……相手はあんたを呪ってるんだぞ……」

まどか「(ギュッ…)分かってる。でもそれだけ強く想ってくれてるんだって感じるの。

    お願い、行かせて……」

さやか「(ギュッ…)…………。……絶対、戻ってくるんだ。約束だよ」

まどか「うん」コク

……

チカチカチカチカチカ…

QB「――よし。周囲の目が途切れた。まどかに光学迷彩をかけるよ」

まどか「ありがとう、キュゥべえ」サァ…

QB「気にしないで。君がこれから手に入れるグリーフシードの価値に比べれば安いものだ」

マミ「ご武運を」

さやか「(ジッ…)」

恭介「……」

まどか「行ってきます」スタ…

~~魔女の結界~~


スゥ…

まどか「(パシャ…)え、ここ……」

シーン…

まどか(なんて静かなの……なにも、誰ももいない。

    わたし、見渡すかぎりの海面……にいるんだ。くらくて、波の音もない…)キョロ…

まどか(むこうの空がうっすらと明るい。夕焼け――ううん、この感じ、夜が明けるんだ)ジッ…


――やっと、あなたに会えた


まどか「(ハッ)」バッ 

ザザビシュッ ビシュッッ ザボオッッ…

まどか「(ゴポポ…ッ)がばっ…!!」モガモガッ…

ゴボボ…


~~見滝原、駅前の広場~~


ワナワナ…

さやか「ええい! やっぱりあたしもいくっ!!」

マミ「…!」

恭介「君が結界に侵入した瞬間、魔女に殺されたとして……、

   君は鹿目さんに対して自分の死の責任をとれるかい」

さやか「だって……」

恭介「この魔女をどうにかできる者なんているとしたら鹿目さんだけだよ。

   それが僕とキュゥべえが出した結論だ」

さやか「たとえそうでも……、このまま何もしないでいるなんてできるかよ!」

恭介「祈ることならできるさ。鹿目さんを信じて待つことも」

さやか「…~~~~っっ!!」グッ…!



~~魔女の結界~~


こんなところまで来てくれてうれしい――ずっと一緒にいましょう……


まどか((モガ‥)もうだめ……)ユル…


――――まどか!


まどか((パチ…)え…)





adore

Kalafina、作詞・作曲・編曲:梶浦 由記



ギチチ ズバアッッ

ギャアアアッ……

まどか「ッッ」

パシッ グイ 

ギュオ…ッ 

まどか「(ザバアッ)ゲホッ、ゲホッ……」ジャブバシャ

ほむら「(チャプ…)ちょっと待ってて。この空間を書き換える」

スウウ… 

ほむら「(ハシ…)――もう大丈夫よ」スタッ…

まどか「(ハァハァ…)……助けて、くれて、ありがとう……あなたは……?」チラ

ほむら「あの魔女のがん細胞みたいなものよ。この瞬間を待ってた……!

    あいつはすぐに息を吹き返す。今のうちに倒さないと」キッ

まどか「ごめん……なさい。あなただけでも、逃げて……わたし、すぐには走れな……」フラ…

ほむら「家族や友達のために生きて帰らないといけないでしょう」ガシッ

まどか「あ…うん……っ!」コク…ッ

ほむら「(キイイン…)早く。わたしが時空制御している間に」

まどか「(キリ…ッ)うっ…力がまだ……」プルプル…

ほむら「支えるわ」ソッ グウゥ…ッ

まどか「……ッ」キリリ…ッ

バシュッ  ギャアアアアッ

ほむら「ぐっ……」ガクッ

まどか「(ハッ)だいじょうぶ!?」

ほむら「平気よ。それより早くとどめを! あとは一人でやれるわ、ね…?」ジッ…

まどか「(コクッ)うん! いっしょに帰ろう!」キリキリ…ッ

ほむら「がんばって」ニコ

バシュッ


~~見滝原、駅前の広場~~


ギュオオオ…  カツン

マミ「鹿目さん!」

さやか「まどか!」ガバァッ

まどか「え……あの子は……? 出てこなかった? 見なかった?」キョロ

マミ「いいえ。あなた以外、誰も。(ソッ)鹿目さん。グリーフシードよ」スッ

まどか「(ソッ)あ、はい……」キョロ

さやか「どうした?」

まどか「うん、あのね……」

……

まどか「あの子がいたおかげで、わたし帰ってこれたの」

恭介「……その子、お下げで眼鏡をかけてた?」

まどか「ううん? 魔法少女の服もさっきのわたしみたいにボロボロで、ケガだらけで……。

    とても奇麗な子で、強くて気高いのにどこか哀しげな瞳で…」

恭介「キュゥべえ、誰だろう」

QB「髪形や眼鏡など外見に関しては人間だったときのものと全く同一とは限らないよ。

   場合によっては魔法を発動させる形式もね」

恭介「……つまり?」

QB「今まで侵入した子たちは皆その場でソウルジェムを砕かれた。

   結界が消滅するとき生きている者なら自動的に帰還できるはずだし、

   まどかの話を総合するとその子の正体は魔女の使い魔とでも言うよりほかない」

まどか「……っ!」

恭介「……使い魔だとすれば――」

QB「結界から分裂できていないものは魔女が倒されたときに同時に消滅するね」

まどか「……」グッ…

恭介「……そうだ。鹿目さん、そのグリーフシードを貸してくれるかい。

   僕の役目を果たさなきゃ」

まどか「うん……」ソッ…

トン コオオ…

恭介(暁美さん。君はこうなるようにするつもりだったんだな。

   無限の容量をもつグリーフシード。

   アルティマ・シュートを撃てる鹿目さんの対ワルプルギス戦の切り札。

   のみならず、鹿目さんの引退までの魔女化防止――。

   それらが確実になされるように、そのためだけに。そしてその通りになった)

コオオ…

QB「まだ容量いっぱいにならないとは……。

   さすがこの惑星の魔法少女史のはじまりから分裂もせず、

   ひたすら呪いを溜め込んできた魔女だけのことはあるね。

   このグリーフシードの最大容量たるや、まさに無尽蔵という形容がふさわしい」

恭介(どうする。チャンスは今しかない。しかし失敗すれば灰燼に帰してしまう。

   そもそも暁美さんの希望をねじ曲げていいのか。このまま――)

まどか「ねえ、だいじょうぶ……?」

恭介「(ハッ)――っ」

コオオオ…ッ

QB「恭介、そろそろだ」   

恭介「(グッ)――呪いから祈りに魔力を転じよ!

   その性質にしたがい時間も空間も超えろ!」

QB「何をするんだ!

   宇宙を書き換えるほどの力をもった魔女を別の時間軸に放逐するつもりか!

   恭介やめるんだ、その魔女はいちど孵化すれば、

   どの時空からでも飛び越えて必ずまたまどかを襲うぞ!

   呪いが成就し魔女として完成したが最後、もはや誰の手にも負えなくなってしまう……、

   君の行為は全時間軸を危険にさらすんだぞ!?」

恭介「――暁美さんは、暁美ほむらはもう魔女じゃない。魔法少女として生まれ変わるんだ」

キィイイ……キュルオオオ……

まど・さや・マミ「グリーフシードがソウルジェムに変わった!?」

恭介「(キオオ)ぐっ……(駄目だ……どうしても座標が特定できない……このままだと……!)」

まどか(――暁美ほむらちゃんをどこかへ送りたいの?

    ――ああ、そうだ。このできごとは知ってる。

    うん、だいじょうぶ。ソウルジェムとグリーフシードのはざまならこんなわたしでも、

    すこし力を貸してあげられるよ)

恭介「――!?」

キュウゥゥ シュン

さや・マミ「消えた!?」

まどか「すごい……」ドキドキ…

QB「恭介……これは反逆行為としてみなしていいのか」

さやか「ちょっと……穏やかじゃないな」

マミ「キュゥべえ、断罪する前に彼の話を」

恭介「いいんだ。…好きにしろ」

QB「意見は違うことがあっても君は僕らの仲間だと認識していたが……君の魂を――」

まどか「ま、待っ――」

ゴゴゴ… オオオ…

マミ「(ハッ)な、何……!?」

さやか「空が……」


~~風見野の教会~~


ゴゴゴ…

杏子((ハッ)……恭介!)


~~見滝原、駅前の広場~~


QB「宇宙が書き換えられていく……!? まさかこれが――」


サアアア……






~~どこにもない時間~~


ほむら「――(ハッ)!」

まどか「はじめまして、暁美ほむらちゃん」ニコ…

ほむら「……まどか…?」

まどか「ふふ、あなたも鹿目タツヤくんと同じ名前でわたしを呼ぶんだね。

    あの子のお姉さんと同じなまえ……。どうしてだろう、

    あの家はなんだかなつかしくて、ついつい寄っちゃうんだ」

ほむら「…何を言ってるの…? あなたは、わたしが夢で見たことがあるまどかじゃない」

まどか「そうなんだ。鹿目まどかちゃんと同じ見た目をしてるんだね、わたし……、

    自分じゃ見えないから……」

ほむら「(スッ)いったいどうしてしまったの!? あなたに何が起こったの…!?」サワ…

まどか「心配させてしまってごめんね。わたしにも分からないの。

    ただわかってるのはわたしは円環の理と呼ばれてて、

    だれかのマホウでできた存在なんだ」ニコ

ほむら(概念となる以前の記憶が抜け落ちている……!?)

まどか「あなたがとおりすぎたあとの世界の魔法少女のみんなを、

    ソウルジェムからグリーフシードに変わってしまうまえに、

    何かしなくちゃいけないんだけど、何をしたら、どうしたらいいかわからなくて…、

    なんにんもなんにんも、なにもできなくて……。

    それなのに、ほほえんであげなきゃ、ってことだけはわかってて、

    それしかできないんだ」ニコ…

ほむら「……わたしの記憶だと、

    浄化しきれなくなったソウルジェムの呪いをあなたが受けとめることで、

    希望を願った魔法少女がその戦いの運命の最期に希望へと還る…、

    きっと彼女たちの魂の導き手であるあなたを指して円環の理と呼んでいるはずだわ」

まどか「うん、みんなもそう言ってる。でも……。それから、

    あなたがとおりすぎたせかいそのものを変えなきゃいけないのにそれもできない」

ほむら「(ナデ…)無理もないわ。魔法少女の魔法は祈りなのだから。

    自分が何者で、誰のために、何のために願うのか分からなければ、

    その救済の魔力も行使できないし、

    祈りで宇宙を再編することもできない…」…ナデ…ナデ…

まどか「……」

ほむら「……さっき『みんな』が、って言ってたわね。

    わたしが通った時間軸以外では、魔法少女達は最期にあなたのもとへ導かれたの?」

まどか「うん。わたしは過去と未来、すべての宇宙にいるから、

    わたしがこうなっちゃうまえにみんなたすけてたんだって。

    だからあなたの言うとおりになってるはずなんだけど、みんなは、

    『あのなぎさちゃんがいない』とか『このさやかはどうした』ってあわててるの」

ほむら「…? どこへ行ってしまったかあなたにも分からないの?」

まどか「(フリフリ…)ううん。ばしょはわかるんだけど、まるでかぎをかちゃったみたいに、

    そのせかいだけわたしもみんなもとおざけられちゃってはいることができないんだ」

ほむら「その世界はどうなってるのかしら…」

まどか「なかがどうなってるのかもわからない……」

ほむら「じゃあ、わたしの通ってきた世界に魔女が存在しているのとは別個の現象ね、きっと」

まどか「うん、あなただけは魔女のいる世界を通らなきゃいけないようにわたしがしたの。

    これもおぼえてる……」

ほむら「…………」

まどか「ごめんなさい。あなたや魔法少女のみんなを――――」ニコ

ガバッ

ギュッ…

ほむら「(フリフリ…)あなたがしたんじゃない。することを強いられたの」

まどか「……」ニコ…

ほむら「……あなたは誰かが辛い目にあってるとき、

    こういう風に黙ってただ寄り添う子だったわ。力になれない自分を内心責めながらね。

    そんなあなたが魔法少女が魔女に変わるさまを、

    永遠とも言える時の中で何もできず幾度も幾度も、ただ見届け続けてきたのでしょう。

    自分が何者かも分からず、ほほえみかけることだけを自らに強いて。

    ええ、あなたは鹿目まどかよ。

    自分が何者だったかの記憶が消えても、何も出来なくても失くしたはずの祈りを、

    あなたは持ち続けているじゃない……!」ギュウッ…

まどか「(ニコ…)ありがとう。優しいんだね、あなたは」

ほむら「……ねえ、まどか。何となく読めてきたわ。

    そしてわたしがここで何をしなければならないか……。任せてくれるかしら?」

まどか「うん、あなたに任せる」

ほむら「(コク)……あなたが自ら記憶…あるいは人としての記録を封印したのか、

    それとも何者かが奪い去ったのかは分からない。でも決めたわ。

    あなたをこんな状態で留めておくことなどできない。

    全ての時間軸から類似するレコードを取り寄せて、あなたが失ったものを仮補完する」

コオオオ…

まどか「(ハッ)‥ほむらちゃん!?」

ほむら「はじめまして、と言うべきかしら。円環の理さん」シレッ

まどか「もしかして……わたしの記憶、見ちゃった?」

ほむら「そんなことしない。興味はあったけどあなただって見られたくないでしょう。

    …ただ、1つの時間系からアクセス拒否されたわ。明らかに異種の魔力……。

    力量から見て、やはりあなたの記録を奪った者がいたようね。

    向こうもこちらに気づいたでしょうけど。(ジッ…)

    それとは別に何らかのテクノロジーで構成されたフィールド内の記録。

    こちらは触れずに、後の時系列のあなたから補完した」

まどか「そ、そうなんだ…」

ほむら「それにしても不思議よね」

まどか「え?」

ほむら「あなたには過去と未来のすべてが見える。

    だから、たとえばキュゥべえが円環の理を支配しようと目論んだとしても、

    みんなと相談するなりして対策を立てられるはずよね」

まどか「……」

ほむら「その魔法少女があなたの記録を奪うという情報をみんなや――、

    自身の人格と事前に共有していたの?」

まどか「…ううん。知ってたのはわたしだけ」

ほむら「やはり魔法少女の謀反だったのね、それも救済という接触のチャンスを狙った……。

    ――あなたにはその未来を回避する方法がなかったの?」

まどか「違う未来があったの。そしてそれは最初からなかった」

ほむら「無い未来があった?」

まどか「わたしは一つの時間平面を固定する因果の特異点という役目以外に、

    すべての時間軸を固定する固定点という役目があるから。

    わたしの祈りと意志と責任においてそれはないの」

ほむら「いまわたしとしてる会話さえ最初から決まってたの?」

まどか「ううん。ソウルジェムのなかにいたときや、片割れのわたしがいる時間系のように、

    ここでのことはわたしには見通せない」

ほむら「ソウル…(フリフリ…)ここでのことは分からなくても、

    ここ以外のことは固定されてるんでしょう? だったらここでの会話だって……」

まどか「わたし‥は…固定点…は…、」

ほむら「…ああ……、――やっぱり…」

まどか「……」

ほむら「すべての時間軸を固定するとなると、最低3つは固定点が必要じゃないかしら」

まどか「わたし一人で十分だよ」

ほむら「魔法少女の祈りで時間の理をねじまげて? 概念だから?

    祈りと意志と責任において?」

まどか「……」

ほむら「話が逸れたわね。その子があなたの記録を奪う未来を回避するということは――」

まどか「仮にその子を放置すれば魔女になってしまう。

    だからソウルジェムから穢れを取り除こうとした瞬間、やはり穢れは変質し、

    結果わたしはその子に捕らわれる」

ほむら「約2名を除いたすべての魔法少女の魂は、

    すでに導かれていたということで固定されていたから、

    あなたはあえてその選択をしたのね」

まどか「……」

ほむら「あなたは皆や自分自身さえあざむいて、その子を選んだというの?

    あの時間系となってしまった数々の宇宙を――、

    その子と引き裂かれたあなた自身にゆだねたというの?

    円環の理にすら見通せない、どんな悲劇がおこるともしれない世界だというのに。

    第一、残されたあなたがその祈りを発揮できなくなることも分かってたんでしょう?

    よほどその子はあなたに信頼されてるのね」

まどか「それは、あなたを――」

ほむら「その子は誰なの!! 名前は!?」

まどか「…………」

ほむら「……わたしにも教えてくれないのね。わかったわ」グッ…

まどか「あのね――」

ほむら「いいのよ。いまここで話してるあなたとわたしはそもそも幻みたいなものなんだから」

まどか「――」

ほむら「あなたとわたしは出会うはずがないのにね。

    いくら魔法少女が――あなたが条理を覆す存在であっても。

    幾つもの世界に循環する因果を、あなたが独りで背負い込みさえしなければ――、

    そもそもその姿のあなたは存在しないはずだもの」

まどか「(コク)だから――」

ほむら「嫌よ」

まどか「……」

ほむら「わたしが時間を繰り返すたびにまどかの因果だけが増えるなんて……。

    もともと誰かがそう仕組まなければ起こりえないことを――。

    ――そうよ、あなたさえいなかったものだと存在を認めなければ、

    他のまどかはみんな因果を背負い込まずに済むわ」

まどか「……」

ほむら「まどかは、魔法少女にならなくても――」

まどか「……」

ほむら「あなたさえ、あなたさえ――……ッ!」

まどか「――うん。わかった」

ほむら「――!?」

まどか「――わたしね、知ってるんだ」

ほむら「……?」

まどか「わたしが思ってるよりほむらちゃんは、

    ずっとずっとわたしのことを想ってくれてて…、

    そんなあなたとは別の、わたしの知ってるほむらちゃんにも、

    ――そしてあなたにも言いたいの」

ほむら「……」

まどか「あなたにこんなに愛されて嬉しい。それだけでわたしはとっても幸せだよ」

ほむら「…………」

スッ コオオオ…

まどか「ほむらちゃん」

ほむら「言わないで、これ以上、もう――。

    今しがた助けたあなたを見捨てられるわけがないでしょう――?」

まどか「……」

ほむら「今いるどこにもない時間から、わたしはすべてのまどかに対し、

    暁美ほむらの時間遡行のさい因果の糸がかかるよう仕組む。

    あなたに言われたからじゃない。

    あなたの願いが尊いものだと――自身を犠牲にしてすべての魔法少女の願った希望が、

    希望へと還るよう求めたあなたの愛が、わたしの心など関係もなく、

    消してはならないものだと――わたしが信じるからよ」

サアア…… ヒュン ヒュン ヒュン ヒュン

ほむら「まどか。あなたの優しさと強さが、すべての時間軸における、ひとつの固定点なの。

    そして、そんなあなたを信じること。

    わたしのその意志が、もうひとつの固定点――。

    ふたつの固定点が――あなたとわたしが時空も因果も超えて、

    すべての宇宙を、今ある形にさせた。

    歴史の影に移ろい、消えゆくさだめであっても、

    数多に列する宇宙の、その一筋の片隅で瞬き散るくず星であっても、

    わたしは確かに光を見つけ、それを信じることができた。

    それは決して無常の儚さなんかじゃない。

    ほんの一点であるからこそ、祈り願う自身の帰結を引き受け果たし散る、

    ほんの一瞬の輝きだからこそ、絶対の存在。

    それがふたつあれば全時間軸を固定するには十分だわ。

    わたしは時間を超える魔法の遣い手。その祈りはときに時空を超えてつながる。

    あの夢は、いつか起こりえること。

    あの夢は、わたしが起こってほしくないこと。

    あの夢は、あなたが必ず実現するとわたしが信じること。

    たとい無から始まろうともわたしはあなたを信じ、その責を負う。

    そうしてわたしがすべてのまどかに因果がかかるように仕組み――。

    逆にあなたは、すべての暁美ほむらが時間遡行するさい、

    その片割れの魂を消されぬようにそのつど世界を作り上げた。

    わたしはいつだって、あなたを守れなかった。でもこれからは――」

ギュッ…

ほむら「――なんてきれいなの。…当然よね。まどかにかけられた無数の因果――。

    そのひとすじを紡いで織ったリボンだもの」

まどか「……? (ハッ)ほむらちゃん、やめて!」

シュルル… キュッ… フゥゥ…

ほむら「ソウルジェム…この暁美ほむらを固定点にしてしまえば、

    もうあなたはわたしの魂を迎え入れることができない。

    安心して、無数の因果はあなたにかけたままよ。

    固定点どうしが触れ合えばその瞬間、因果は閉じて一になる。

    すべての魔法少女の魂を救うという願いも無に帰するわ。

    あなたは、そんなことできないでしょう?」ブルッ…

まどか「……どうして…、こんなことを……ッ!」

ほむら「ひとりひとりのまどかが背負った因果なら、我が身に巻きつけて味わいたいものだわ。

    だってそうでしょう? それほど欲深くわたしはあなたに憧れたのだから。

    他のだれにも奪わせはしない。

    因果の糸に偽装して、わたしの魔力の一部を『あなた』にひそませておいたわ。

    その子が奪うのは『あなた』の記憶とトラップ付きのわたしの魔力の一部になる」

まどか「何をしたかわかってるの…?

    もうあなたの心が砕けても、わたしは迎えに来れない。

    それどころかあなたがソウルジェムを自浄することを放棄したら…、

    あなたがそう選択したら、

    いつかあなたは魂そのものをわたしの手で消し去られるしかなくなるんだよ!?

    だって、わたしは……あなたが…………ッ!!」

ほむら「心配しないで……大丈夫。

    全ての魔法少女の救済を願ったあなたに、

    そんな辛い役目を負わせたりはしないから…。あなたのためなら、わたしは……」

まどか「……――あなたはそうやって…、

    いつも独りになろうとして……、いい加減にしてよ!!」

ほむら「!?」

まどか「ソウルジェムを出して。改造するから」

ほむら「…」オズオズ

まどか「直接触れることはできなくても、

    わたしの『祈り』の使用権限を最大まであなたに与え、

    あなたの『祈り』の使用権限を最大までわたしに与える。

    わたしとあなたをつなぐリボンを通して。

    わたしの声はあなたに届きあなたが見たものをわたしの『目』に届けることができる。

    そのために新しいカタチを与える」

キイイ…ン…

ほむら「…!?」

まどか「浄闇にきられた忌火よ。すべての理から外れたものよ。

    わたしに忠誠を誓うならこの石を受け取りなさい」

ほむら「…」スッ

まどか「覚悟しててね。どこへ逃げても必ずあなたを見つけるから」

ほむら「(ソッ)かつて砕け、此岸の始まりから業を渦巻いていた心は、

    くしびの手の持ち主によって人の世に幸せをもたらすようにとここへ戻されました。

    かくて円環の理。この祈りはすべておんために。

    いかなるときもあなたの声に従い、現身のままにあなたの使いとなりましょう。

    百の此岸の果てるまで御幸の守護をいたしましょう」サ…

まどか「では命令します」

ほむら「はい」

まどか「まず『自分』を大事にしてください。家族や友達を大切にしてください。

    最後に――、あなたと出会えた鹿目まどかを愛してあげてください。

    このオーダーはいちばんめから順に優先するものとします」

ほむら「『自分』…」ハッ

まどか「(ニコ)…」コク

ほむら「……承りました。……ありがとう、まどか……」

まどか「(ニコ…)そろそろ上条くんと定めたところへあなたを送るね」

ほむら「うん」

コオオオオ…

ほむら「まどか、忘れないで。いつもあなたと共にたたかってる」

まどか「うん。忘れないよ、『ほむらちゃん』」ニコ…

~~見滝原、路上~~


さやか「あのさ、恭介ってまたこの街に来る?」

恭介「とりあえず用事は済んだし。そうだな、あと何十年後に寄るかも」

さやか「…そっか。元気でね」

恭介「君もね。魔獣退治頑張って。

   グリーフシードの申請は早めにね。巴さんみたいにならないように」

マミ「(タハハ…)迷惑かけてごめんなさい」

さやか「危なかったよね。(ナッハハ…)マミさんは自分のことそっちのけで、

    周りの子のことばかり心配するから……」

恭介「僕は迷惑ではないんです。間に合わなくて引退までに消えてしまうほうが大変だから。

   ただ、緊急となると繁華街とかに駆け込んで、

   その場の穢れから急ごしらえでグリーフシードを作らないといけないから、

   本末転倒になってしまうので……」

マミ「(ペコ)はい、気をつけます」

恭介「(ニコ)ではみなさん……」スタ…

まどか「待って、恭介くん!」

恭介「鹿目さん、どうしたの?」

まどか「あの子……さっきあなたは暁美ほむらちゃん、て呼んでたよね」

恭介「……」

まどか「あの子はわたしの名前を知ってた。
 
    わたし、ほむらちゃんとどこかで会ったことがあるの?」

恭介「“Now put a pretty smile on your face and don't hurt the people you love.” 」

まどか「え?」

恭介「魔獣との戦いで魂だけの状態でさえ君を守ってくれたんだよね」

まどか「うん」

恭介「それほど強く君を守ろうとする子なら、君が幸せであることを願ってるんじゃないかな。

   負い目に感じる必要はないし素直に感謝だけすればいいと思う」

まどか「……」

恭介「そんなに気になるならまた会えたときに気持ちを伝えたら?」

まどか「会えるかな」

恭介「さあ。魔法少女は条理を覆す存在だ。

   こうして会えないはずの子と会えたんだからまた会えたって不思議じゃないだろ?」

まどか「うん…」

恭介「それじゃ、元気で」フリフリ スタ…

さやか「バイ」フリフリ…

マミ「気をつけて」フリフリ…

まどか「あ、ありがとう、恭介くん!」フリフリ…

恭介「(コク)…」

スタ スタ…

――



トコトコ

QB「ほむらは宇宙を書き換えるほどの魔力を持っている。

   またまどかを助けるために、時間遡行や改変を繰り返すのではないかな?」

恭介「やろうと思えばできるだろう。ただ、そこに干渉することが、

   それぞれの鹿目さんの思いを大事にすることかどうかを考えるんじゃないかな、彼女は」

QB「ところで恭介、君は暁美ほむらの魂をどこへ送ったんだい?」

恭介「……肉体は魂の容器に過ぎない。いつか君はそう言ったよな」

QB「僕にとって重要なのは魔法少女となる子たちの魂だからね」

恭介「ところが肉体がダメージを受けると魂のほうも苦痛を感じる。

   そもそも現在の肉体の状態と自己同一性の認識は切り離せない」

QB「だからこそ、魂を肉体から抜き取ってソウルジェムへと形態を固定することで、

   魔法少女たちをその問題から解放することができるんだよ。

   痛みだって制御次第では完全に感じないようにもできる。

   もっとも、完全に肉体と魂のリンクが切れてしまうとソウルジェムは、

   肉体を媒介にして魔法を発動させることもできないし、

   意識がなくなり――したがって自我も失い、

   穢れが溜め込んで消滅することすらなく、単純にその機能停止を待つのみとなる。

   誰にとっても益のないことだ」

恭介「ああ。それも聞いた」

QB「ならば、暁美ほむらの魂――ソウルジェムだけを別の時間軸に送ったところで、

   事態になんら変化は起こらないことくらい恭介には分かってたんだろう?」

恭介「……」

QB「君は見たところ相当疲労してしまったようだ。

   また回復には2週間ほどかかるだろう。そこまでして――」

恭介「キュゥべえ。幾つか君の見解について、訂正あるいは提言をしたいんだ」

QB「言ってくれたまえ」

恭介「まず、そうだな。確かにいま僕は疲労困憊してて、しばらく使い物にならない。

   しかし、この月末に超大型の魔獣が見滝原に現れたして、

   それを単独で狩るのには回復が間に合うと思うよ」

QB「月末に超大型の?

   それに、この街にはしばらく訪れる予定がないとさっき言ってたじゃないか」

恭介「魔法少女たちに介入されたくない案件なんだよ。

   どう説明したらいいのか僕にも分からないんだが……、

   ただ、鹿目さんに対して僕はなんらかの負い目があって、

   それを清算するためにその魔獣を彼女の代わりに狩らなければならない気がするんだ」

QB「負い目とは? そもそも超大型の魔獣が出現するのはどうやって知ったんだい?」

恭介「分からない。まるで刷り込まれたようにそれは確かだと、

   恐らく因果バランスの関係から来るんだろうけど、直感するのさ。

   あの時、穢れを溜め込んだまま消失した暁美さんのソウルジェムが、

   鹿目さんを守ろうとしたためかこの時代のこの場所に出現した。

   そのことと関係があるのかもしれない」

QB「――君の言うとおりだ。

   だけど君、せっかくの興味深い観測対象を勝手にどこぞへと放り出されては困るよ。

   やってしまったものは仕方がないけれど」

恭介「(カキカキ…)すまない……」

QB「鹿目まどかからは不釣り合いなまでの高さの因果値が検出されている。

   確かにこの街がいつなんらかの災厄に襲われてもおかしくないほどのね。

   まあいい、月末にまた訪れることだね。君に狩れない魔獣はいないし、

   思わぬ呪いの収穫になるかもしれないから」

恭介「(コク)‥それから暁美さんのソウルジェムをそのまま送った、と君は言ったけど」

QB「そのまま、とは言ってない。

   0.1mmサイズに縮小をかけ、さらに形状に変化を加えていたね。まるで――」

恭介「そのうえで意識も強制起動させておいた。

   つまり、今の彼女の魂は肉体を持たずとも自我のある状態なんだ」

QB「それは人間にとっては酷なことなんじゃないのかい?」

恭介「僕の手を離れたあとは干渉できない。

   だから励起状態が切れるまでに彼女が自分の意志で生を選択しなければ……」

QB「彼女はいま魂のみが現存する状態だ。

   抜け殻とはいえ、元の肉体もなく生を選択することなどできないだろう」

恭介「そう。この世に生を享けるのに、魂と肉体は切り離して考えることはできない。

   敷衍すると魂は肉体の情報をも記録してるんじゃないかと考えられる。

   肉体が魂を宿すのなら、魂を元にして肉体を設計することも、

   ましてや時空さえも操作できる彼女なら可能なはずなんだ」

QB「それはつまるところ、

   僕が君の肉体を空間に再現するのと同様の結果を期待しているんだろう。

   しかしさっきも述べたように、

   ソウルジェム単体では肉体を再構築するための魔力を発揮できない」

恭介「ああ。しかしソウルジェムがあたかも設計図そのもののようにふるまうようにしたら。

   僕はフォーマットの段階までは準備した。

   あとは彼女が自身の遺伝子情報を魂の記憶から引っ張りだして念じるだけで、

   ソウルジェムの形状変化は完成できる、ってとこまではね。

   たとえ肉体を再構築できる能動性を持たずとも、それだけで十分だろ?」

QB「君は、まさか――」

恭介「ソウルジェムの形態すら自由自在、というよりもう彼女は縛られないんじゃないか。

   君が引退する魔法少女の魂をソウルジェムから元の肉体と融合した状態に戻すように。

   あえて魂とは別に魔力を運用する核として持ち歩くか否かも彼女の意志次第だろうし、

   そうなれば祈りの消費による副産物としての穢れや呪いなども、

   彼女自身の手によってグリーフシードとして分離することも可能だろう」

QB「もはや彼女はインキュベーターには制御不能な存在になってしまった。

   この世の穢れが溜まって瘴気となり発生した魔獣が倒されたときに、

   呪いのカケラとして遺すものがグリーフシードだ。

   しかし彼女個人から分離されたグリーフシードから産み出されるモノがあるとすれば、

   それは言うなれば彼女の使い魔とでも呼ぶしかないね。

   そのグリーフシードを僕らに分けてくれればいいけど協力してくれないとしたら……」

恭介「ひとつの勢力になるかもしれないって言うのかい?」

QB「そうだ。彼女が渡った先の僕らにとって脅威とならないか懸念される」

恭介「大丈夫さ。だってソウルジェムがあろうとなかろうと暁美ほむらは魔法少女なんだから」

~~~~~~~~~~

ほむら母「…っ」ヨロッ

まどか「暁美さん!」ハシッ

ほむら父「ママ! 大丈夫か?」

ほむら母「え、ええ……?」サス…

ほむら父「まどかちゃん、ありがとう。…まどかちゃん?」

ほむら母「(ピタ)………ほむら」

まどか「―――ほむら…、ちゃん」




グラスプ

ClariS、作詞/作曲:渡辺 翔、編曲:湯浅 篤


Feliciter

作曲/編曲:ZIZZ STUDIO


コネクト -Orchestra ver.- (short EDIT)

ClariS、作詞/作曲:渡辺 翔、編曲:湯浅 篤



まどか「――そう。忘れない」

~~

ほむら「神ならば、たたかいなどせず、統べるのみ」

~~

まどか「わたしは魔法少女で、魔女」

~~

ほむら「希望を願った因果の果て、呪いを受け止められるのは、呪いだけ」

~~

まど・ほむ「わたしは、まどかは、神なんかじゃない」

~~

まどか「わたしは祈りを胸に」

~~

ほむら「自身という呪いを受け止める」

~~

まど・ほむ「たたかい続ける『ひと』という概念そのもの」

~~

ほむら「だからもし彼女を神と焦がれる悪魔がいたならば」

~~

まどか「そのひとは、決して悪魔なんかじゃない」

~~

ほむら「きっと行こう。渡ろう。閉ざされた闇のなか、地に垂れ落ちる星を目印に」

~~

まど「あなたは光に背を向けただけなんだって」

~~

ほむら「振り返れば誰よりも夜明けにちかい場所にいる」

まどか「なぜならみんなの顔が曙光に染められるのをよしとする心をあなたは持ってるから」

ほむら「あなたと昇る日を仰ぐまで、わたしは傍に立とう」

まどか「あなたがつくった庭と同じように、この宇宙もまたわたしがつくった結界」

ほむら「わたしたちは閉じ込められた世界で生きるひとという存在」

まどか「わたしは世界にとってとくべつじゃないけど、

    あなたはわたしにとってとくべつだから」

ほむら「いっしょに並んで」

まどか「お日様に顔を向けよう」

END

久々に神作品に出逢ってしまった様だな
公式はアニメ化して、どぞ

乙、

心の底から乙
過去作あれば教えてほしい

まとめサイトの方で読ませて貰った
面白かったよ

おっさん

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