小梅「終わりの後に」 (18)

デレステ60石でSR小梅ちゃんが来たので。


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都心から少しだけ外れた場所に、その古びた建物は立っています。
今でこそ郊外に、お城のような居を構える私達の事務所ですが、始まりは、こんな小さな雑居ビルの一室でした。
ビルの一階にはコンビニが入っていて、事務所の皆と、レッスンの前後に飲み物やお菓子を買いに行ったのが、昨日の事のように思い出せます。
看板やら何やら全て撤去されたそこには、掲示されてからだいぶ経つであろうテナント募集の文字が。

お店の脇を抜け、ビル横のコンクリート階段を登り、3階へ。
そこから扉を開けると、懐かしい、あの事務所へ通じています。
けれど、今そこに事務所は無く、あるのは微かに当時の面影を残しているであろう寒々しい空間だけ。
それにこの扉にはきっと鍵がかかっていて、開かれるはずもないのです。


ドアノブに伸ばした手を引っ込め、数歩後ろに下がり、背後にある手すりに両肘をついて身体を預けます。
ビルの三階から見える景色は、あの頃とはあまり変わっていません。
けれど、同じ場所から見る景色は、確かに変わってしまったのだと思えました。
19歳になった私は、ここに事務所を構えていた頃よりも背は伸び、視点が変わって、あの頃見えなかった物も見えてしまいます。
あの頃は、手すりによりかかる事はできず、ただ隣のビルの上層部と、綺麗な青空しか見えていませんでした。
でも今は、路地裏に打ち捨てられた多くのゴミや、お世辞にも素行が良いとは思えない人の往来が目に入ってしまいます。
背が伸びた事で、上だけで無く下が見えるようになって、ここも自分も、あの頃のままじゃないんだと、いやが上にも思い知らされました。


ため息を一つ。
そして改めて背後にある扉へと向き直りました。
開かないと分かっていても、それでも試さずにはいられませんでした。

ドアノブに右手を伸ばし、円筒形のそれを右へひねって手前に引くと、思いもかけず扉は開いてしまったのです。
理由は分からないけれど開いてしまったのなら仕方ないと、懐かしい元事務所に脚を踏み入れました。

ホコリとカビ臭さに支配された部屋は、当時の面影を残しつつも、がらんどうな空間は寒々しく、ここはもう終わってしまった場所なんだと思い知らされます。
ここにちひろさんのデスクがあって、ここにプロデューサーさんのデスクがあって、毎日が楽しくって……。
そんな事を考えていたら、思い出と一緒に、涙が溢れ出て、ホコリまみれの床に、幾つかのシミを作りました。
シミと足跡を残しながら室内をふらつくと、休憩室だった場所に、三人がけのソファーが残されています。


オフィス部分は窓から陽の光が差し込んでいたためまだ明るかったけれど、ここは開いたドアから入ってくる僅かな光しかないため薄暗い。
入ってすぐの所に置かれたソファーのホコリをタオルで拭い、腰掛けて、それから横になります。
髪にホコリがつかないように、タオルの綺麗な部分を頭に当てて、目を閉じたら、すぐに眠気が訪れました。
このまま一眠りしようかな、と思った時です。

「ここにいたのか」

背後から、人の声が聞こえたのです。

驚いてソファーから身体を起こすと、ドアの所にスーツを着た男の人が。

「ぷ、プロデューサー……さん……」


誰にも何も言わずやって来たのに、どうしてプロデューサーさんがここにいるのでしょうか。

「どう……して……?」

私の問いかけに、プロデューサーさんは少しだけバツが悪そうに答えてくれました。

「朝のちひろさんとの会話、聞こえてたんだな。小梅」

ここではない、お城のような事務所に行った朝、私達の部署がある部屋に入ろうとした時に、ちひろさんとプロデューサーさんの話し声が聞こえてしまいました。

「こ、ここが……取り壊される……って、本当ですか?」

プロデューサーさんに背を向けて、投げかけます。

「……あぁ」


今朝のちひろさんとの話は、ここを取り壊すことが決まったという話でした。
訳も分からず受けたオーディションで、訳も分からず合格して、やって来たこの事務所。
ホラー映画とかに出てきそうな外観が最初に気に入って、でも、レッスンしたり、皆とお話したりしたこの事務所が、私は好きでした。
おっきなお城のような事務所に変わった今でも、私はこの場所が、好きです。
だから、ここがなくなってしまう事が怖くって。
まるで世界が終わってしまうような、そんな気さえして。

「……い、いや……です」

きっと、プロデューサーさんに言ってもどうにもならない。けれど、言わずにはいられませんでした。


「わ、私は……ここが好き……だから。な、なくなっちゃう……のは……いやです」

こんなことを言って、困らせちゃうかな。
けれど、これが私の本心だから。
失くなって欲しくないから……。

「ごめんな、小梅。これは、事務所でどうこうできる問題じゃないんだ」

「……はい」

分かっていました。
言った所で、どうにもならないって。


「でもな、小梅。確かにここは取り壊される。けど、ここで皆と過ごした時間は、ちゃんと小梅の中にある」

むき出しのコンクリートの床に、ゴツゴツとした靴音が響きます。
音が止むと、プロデューサーさんが目の前にしゃがんでいました。

「小梅が忘れなければ、それは、小梅の中で生き続けるんだ」

そう言って、暖かくて、大きな手で頭を撫でてくれます。

「ほ、本……当?」

「あぁ。勿論俺だって覚えてる。忘れやしないよ」

そのままにっこりと微笑んだプロデューサーさん。


「さて、そろそろ帰ろう。いくら元事務所とはいえ、こう薄暗いとなんか、出そうというか……」

「だ、大丈夫……だよ……み、みんな一緒に……今の事務所に……行ったから……こ、ここには誰も……」

ここにいたあの子達は、事務所がお引越しする際に、みんなついて来たから。

「おいやめろ! か、か、帰るぞ!」


プロデューサーさんに手を引かれて、外に出てコンクリートの階段を降りまします。
帰り際、少しだけ振り返ると、何となく建物が悲しそうに見えました。
その姿に、ここが、終わってしまった場所なんだと、思えてしまって。
だから私は。

「大丈夫……だよ、ちゃんと……覚えてるから」

そんな風に呟いて、その場を後にしました。


――――それから一年が経って。

「よし、それじゃあレッスン行くぞ」

お城のような事務所の一室を、プロデューサーさんに連れられて出ます。
レッスン室は三階。
だけど、プロデューサーさんは地下へ降りていきます。

「あ、あの……プロデューサー……さん?」

「今日は事務所じゃなくって、新しい場所でレッスンだ」

そう言ったプロデューサーさんに着いて行くと、地下駐車場にたどり着きました。


「さ、乗って」

促されるまま乗り込み、車は滑るように駐車場を出ていきます。

一体、どこへ……?

郊外にある事務所から車は都心方面へ向かっているようでした。
途中、どこへ行くのか聞いてもプロデューサーさんは、着けばわかるよと言って教えてくれません。
1時間ほど車に揺られていると、段々と見慣れた景色が増えてきました。

あれ、ここって……?


「あ、あの……プロデューサーさん……レ、レッスン場所って……もしかして……!」

プロデューサーさんの方を見ると、してやったりといったような表情をしていました。
見慣れた景色の中に、見慣れない、けれど、どこか懐かしい佇まいのビル。
一階にはコンビニがあって、でも、脇の階段は無くて。

終わってしまったあの場所が、生まれ変わって私の前に建っています。
新しくなった、懐かしい場所へ。

「ただいま……!」



おわり

終わりです。

6年位時間が経っている事を>>1に書くの忘れてました。

少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

おつつ

おつん

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