妹「お願いだから死なないで」 (50)


・オリジナル
・地の文
・暇つぶし

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 01.

 夜の蜘蛛は殺せ。
 朝の蜘蛛も殺せ。


 02.

 僕の妹はおかしい、
狂っていると言って過言で無いほどに、おかしい。
親戚の間でも忌避され阻害され、
聞くところによるとクラスの方ででも孤立し孤独らしい。

 学校を歩いていれば一日に一度は妹の話題を耳にする、
今日はなにをしたとかしてないとか
昨日はなにをやらかしたとかどうとか
そんな妹の一挙手一投足の話題が、絶えない。

 けれど僕はそれに対して
なにか策を講じようとか言う助ける気持ちや、
可哀想とかどうとか言う同情の感情を持ちはしない。
持つ意味が、無い。


 迫害される。
多人数が同一の空間で同時に過ごすという行為上、
大なり小なりそれは当然どこかに生じる自然現象だ。
その対象が妹だと言うだけでそこになにか感慨を持つほうがおかしいのだ。

 あって当たり前の事象。
それに対してわざわざ手を出すほど僕は傲慢じゃない。
――いや、そもそもとしてだ。
狂っている僕の妹は、そんなものを必要としていない、
迫害されて居ながら、僕の妹は自身のクラスの中心に存在する。
というよりも、中心に存在するからこその、孤独なのか。

 中心は、単一。
その他大勢から一定の距離を取られた円、その真ん中。
あそこまで行き着いた奇人を、僕は妹以外に知らない。


「おはよう」

 音を立てて立て付けの悪い教室の扉を開く、
勿論、妹のではなく自分の教室の扉をだ。
すると既に登校しているクラスメートは
当然のように僕に挨拶を寄越す。
僕も、それに平然と答えながら自分の席に腰をかけ
鞄を机脇のフックに掛ける。

 と同時に深巫が机にするすると近寄ってきて
僕の机の上に座る。

「やぁ、元気?」
「そこそこだけど」
「それはそれは重畳だ」
「深巫はどうなんだい? あまり顔色がよくないけど」
「二日目だ」
「それはそれは重畳だ」

 僕は会話をしながら鞄から机に私物を移動させる。
机に座り頭上から言葉を投げかけてくる女子に文句を言ったりはしない、
言うだけ無駄だと知っているからだ。
決していいお尻をしているからではない。念のため。


「しかし掃村、毎度ながら凄い量の不要物だな」
「君も、毎度ながら学校に全く荷物を持ってこないね」
「制服って言うのはポケットが多いからな、
 教科書やノートの類をロッカーに詰め込めば一々鞄などいらないさ」

 深巫。
フルネームは深巫秤<みかんなぎはかり>というクラスメートの女子で、
僕の友人の一人。口調が少々風変わりだけれど
それはそれで個性だろうと僕はなにも言わないで居る。
同様に、休み時間の度に僕の所に来て
僕の机を椅子代わりに使うことも、何も言わないで居る。

「しかし今朝はずいぶん豪快だったようだね、
 妹さんになにを言ったんだい?」
「別に大した事じゃないよ、普段どおりさ」

 妹、妹、妹。
僕の一つ下の妹。
今日の登校中、下駄箱で語った電波な発言になんかしらの
アクションを起こそうとした僕の首根っこを捕まえて
安い金属製の下駄箱を人形に凹ます勢いで叩き付けた妹。
狂っているというか、ただただ馬鹿力の方に目が行く。


「君も馬鹿だね」

  深巫は僕の机に腰をかけたまま、
上体を前後に揺らしながら笑って僕を嘲る。

「毎度思うけれど、君は実の所極度なマゾヒストなんじゃないかい?
 でなければ態々危険を冒してまで妹さんを挑発したり刺激したりはしないよ」
「僕の妹は爆弾か? 電子レンジにかけてしまった目玉焼きかなにかか?」
「似て非なるものだね、放って置く分には問題ないし
 むしろ表面上だけでも同意してあげたり乗ってあげたりすれば普通にやり取りも成立する」
「それは成立してないと僕は思う、
 二人が同じ壁に向かってボールを投げてるだけだ、キャッチボールじゃない」
「上手い事言うね」「それはどうも」

 実際、今朝の妹とのやり取りも
別に成立してるとは言い難いなにかだった。
妹が一方的に訳のわからない話を捲し立てて僕に迫り、
無視を続けていた僕が流石に一言くらい相槌でも打ってやろうと
口を開いた瞬間に首根っこを掴まれたのだから。
 あれは逆でも半でもなく、ひたすらに意味不明なキレだ。
僕は決して小柄ではない平均的男子だし、
妹は逆に非常に小柄な女子だと言うのに。


「君は妹さんが可愛くはないのか?」
「可愛いとは思うよ。客観的に見てあれは美人だ」
「そういう意味じゃない掃村。愛着とかそういう意味だ」
「ないよ。兄弟は他人の始まりって言うしね、
 血の繋がりがある訳じゃない、同じ血が流れてるだけだ。
 だったら君と僕も同じことだろう」
「淡白だ、冷淡と言っても良い。
 まがりなりにも十数年の時間を共にしてる癖に」

 時間、ね。
問題なのは時間じゃなくて距離だ。
百万光年じゃないが、どれだけ同じ時間を過ごそうと距離があればそれは親密ではない。
僕と深巫は親しいけれど、それは時間を長く過ごしたからではなく
単に距離の問題だ。 同じ時間という意味なら、同級生諸君とは二年と少し過ごしているけれど、
僕はその中で親しいと思える人間なんて結局片手で数える程度しか居ない。
つまりは、そういうことだ。

 そんな、まぁ世間一般とは少しばかりずれた
華も咲かない世間話に興じているとガラリと黒板側の扉が開く。
HRまではまだしばらく時間があるので教師ではなかろうと扉の方を向くと
案の定クラスメートが一人、扉付近の女生徒と挨拶を交わしながら自分の席に歩いていった。
僕はその様を横目で眺めながら会話を続ける。

「十数年一緒に過ごしてるからこそ、
 あいつがもう手遅れだって事がわかるんだよ」
「手遅れ、ね。私はそう思わないが」
「深巫はそうかも知れないけれどね」

 投げっぱに言い放つ、
この話題はこれで終わりにしようという合図だ。
なんで自分の妹の狂いっぷりについて歓談しなくてはならないのだ。
僕は少し息苦しさを感じながら制服の首元を指で引っ張る。

「ふむ、保健室にでも行っとくか?」
「どうしてだい?」
「首に痣が残っている」
「……」


―――

 僕の妹が狂っていると判明したのは、
はていつ位昔の事だったか僕は今一記憶に残っていない。
というのも、僕と妹は先刻言った様に一つしか年が違わないので
妹が幼い頃というのはイコールで僕の幼い頃な訳で、
当然記憶というのも曖昧模糊とした物にならざるを得ない。

「お兄ちゃんは凄いんだよ」
「僕がすごいの?」
「うん。お兄ちゃんはとっても凄いの、私はそれを知ってるの」
「そっか、僕はすごいのか」
「とっても凄いの、それで格好良いの、細い剣でばしばし倒すの」
「なにを?」
「人間」

 幼少の頃、記憶に残る最古の妹とのやり取りはこんなだ。
当時の年齢を考えれば微笑ましい兄妹の会話なのだが、
今の妹を思えばこれは片鱗とも言えるなにかだったのかも知れないとすら思う。
疑心暗鬼、暗中模索と言った感じだ。 あるいは五里霧中か。

 如何せん、妹の心中など僕には計り知れないので
憶測、推測、推察、そう言った仮定に仮定を重ねた思考が
妹を語る上でほとんどを占めてしまう。

 狂っている、というのもだからそれは一般論であって
それが正しいとは限らないのだ。
それが真理だとは誰も言ってない。
ただただそうであろうと思っているだけ、
思っているだけの、机上の空論みたいなもの。
正当性など、一ミリも無い。

 妹は、妹なのだから。
兄の僕がなにを言った所で、ってなものだ。


 03.

「掃村」

 授業終了の鐘が鳴って教師が教室から退出する、
と時を同じくしてすぐ隣の席に座って授業を受けていた深巫は
そのまま座ってる椅子をこちらに向ければ済む話なのにも関わらず
一度席を立って僕の机によいしょと形の良いお尻を下ろす。
肉付きがよいお尻がむにっとなる感じがとてもまる。

「どうした、浮かない顔をしているようだけど」
「君ほどじゃないよ、腹痛の波は去ったの?」
「あー、まー、普通かな」
「そうかい」

 くすくすと、不意に深巫が笑う。
愉快そうに痛快そうに、嫌らしい表情で笑う。

「しかし君も天邪鬼だ。
 他人に妹さんの事を語られるのは好ましく思わないくせに
 自分自身の頭の中は妹さんの事で一杯かい?」
「……なにを言ってるんだい君は」
「授業中、随分と物思いに耽っていたみたいだけど?
 授業にもっと集中した方がいいと私は思うよ」
「その言葉そっくり君に返すよ、
 僕を見てる暇があったら黒板を見ろって」
「ふふっ、あんまりにも横で集中されているようだったから
 ついつい気になってしまって困りものだ」

 一人で頷きながら笑う彼女、
僕は嘆息を一つついて席から立ち上がって背中を向ける。

「どこに行くんだい?」
「屋上」
「一昔の不良みたいだね、授業はどうするんだ?」
「……さぼるよ」
「そうかい、では私は知らぬ存ぜぬを通すか」
「頼んだ」

 休み時間特有の教室の喧騒を抜け
僕は人の少ない廊下を一人歩く。
昼の休みならともかく授業間の短い休みで
トイレ以外の理由で教室を出る人間は少ない。

 ふと、廊下の反対側の壁、そのほとんどの面積を覆う窓を見てみれば
外は快晴、雲ひとつ無い空から降りる日光に中庭が照らされ
比較的大きな池で定番の鯉がのんびりと泳いでいるのが見て取れた。


「気ままだな、羨ましいとはおもわねえけど」

 意味も無い呟きを唱えながら
廊下を渡り、購買前にでる階下への階段とは別の
登り階段を音も立てず歩く、
教室から漏れる生徒達の声は聞こえるものの、
やはり誰とも遭遇しない。
僕みたいな天邪鬼や、

「んだぁ? ……あぁお前かよ」
「気持ちよさそうだね、後追」

 彼のような気まぐれ者が居ない限りは。

 後追 咲良。
僕の友人の一人、男子生徒。
同級生ではあるがクラスメートではなく、
正直に言ってしまえば僕は彼がどこのクラスに所属しているのか知らない。
ただ以前一度見た生徒手帳の色で同輩であるとだけわかっているだけで、
僕はこいつとこの屋上以外の場所で顔を合わせた事がない。

「なんか用か?」
「九日十日。……別にそういう訳じゃないよ、単に寝転がりたくなっただけだ」
「ふぅん? ま、確かに今日は気持ちが良いぜ。
 暖けぇし、午前は運動系の授業もねぇから静かだしよ」
「そいつは良い事を聞いた、昼までここに居座ろう」
「勝手にしろ。俺の場所じゃねーし」
「だね」

 雨風で汚れた屋上のコンクリート、
そこに大の字になる後追の横に僕は腰を落ち着けた。
コンクリートは日光でほのかに温まり、
少し前まで他人が座っていた椅子の感触を思い起こさせてくれる。

 次いでごろんと制服が汚れるのも構わず
背中をべたりとつけて寝そべる。
当然上空に浮かんでいる太陽が思い切り視界に入り
目が眩み、閉じた瞼の裏に残像として残る。

「空ってさぁ、広いよな……」

 瞼越しに日光が眼球を余すとこなく照らし、
血液の赤で視界が染まるのを感じながら
しばしの間時折流れる風を受け止めていると
不意に隣で転がっていた後追が口を開く。

「そりゃ、そうだね」
「なんで、広いんだろうな」
「地球がでかいから、その周りはもっとでかいんだよ」
「ふぅん。地球がでかい、ねぇ」


 意味ありげに言を濁す隣の友人に、
僕は何を言うでもなくいい加減目が痛み始めたのもあり
寝返りを打って横向きになることで答えた。

「俺はそうは思わないんだよな」
「はぁ? 地球が小さいって? 君はどんだけスケールの大きい人間だったんだよ」
「そうじゃなくて、地球が大きいと感じるのは人間が小さいからだと思うんだよ」
「……言いたい事がわかんないな」

 僕は目と太陽の間に腕を居れて影を作り
少しだけ瞼を開いて後追に目を向けてみる。
後追も似たような体勢でこちらをみていて目が合った、
男二人並んで横になって、かつ向かい合って目が合って。
気持ちが悪い状況の出来上がりだった。軽く死にたい。

「あー、つまりさ」

 気にした様子も見せずそのまま続ける後追。
屋上で授業サボって男同士見詰め合っての談笑って一体どうなんだろうか。
傍から見たらちょっとしたゲイポルノだ。
別段人種差別をするつもりはないけれど、個人的には勘弁願いたい。
どうか僕と関わりの無い場所でひっそりと存在してくれ。


「俺ってさ、ちっちゃいじゃん?
 高々170と数センチ程度な訳だ。
 これが、まぁ大体平均だとするだろ?」
「うん」
「となるとだ、人間って実は世界で一番ちっせぇ生き物なんじゃねえかなとか思うわけだ」
「一番小さいって訳はないだろ、
 いくらでも小さい生物は居るさ。微生物だけでも種類がいくつあることか」
「そうじゃなくてさ。
 そいつらみたいに、もっと小さい生物ってのは
 地球単位じゃなくて、もっと狭い世界ってのを持ってるだろ?
 人間ってのは、変にそいつらよりもでかいから本当の大きさを知って
 それと比肩して小さく感じちゃってさ」
「あー、わかるようなわからないような」

 自分だけの世界、 自分だけの世間、
狭くて、小さくて、身近で、至近で、
だからこそ自分を確立できているわけで。

「地球はさ、いつまでも板状で端に行くと落ちるとか行ってるレベルでよかったんと思うんだよ俺は。
 だっつーのに地球のでかさ知ってよ? 宇宙とか意味わかんねぇ世界にまで手ぇ伸ばして
 一体なにがしたいんだっつーの。そんなに自虐行為が楽しいかね?」
「知識欲とか好奇心とかの問題だよそれは、
 見方の問題だと僕は思うけどね」
「俺はネガティブなのかね?」
「前向きではないと思うけどね」

 はぁとため息を一つついて後追は僕から目を外して起き上がる。
僕は、それに釣られた訳じゃないけど、 なんとなく同様に起き上がる。
黒で統一された制服が異様に熱を持ち始めたからかも知れないし、
服が汚れるのは構わなくても横になったことで視界にちらちら映る
薄汚れた屋上のアスファルトに頬が触れてる状況が嫌になったからかもしれない。


「まぁ、なんでもいいけどさ。
 人間って儚いって事だよ」
「それは同意だな。儚い、良い言葉だね」
「良い言葉とは、思わないけどな」

 空を仰ぎながらあっさり僕の言を一蹴する後追。
僕も儚いという言葉、実の所全然良いとは思ってないのに
その場の雰囲気的にこう合わせてやったのだが、まさかの展開だった。
裏切られた気分だ。マラソンでのスタートダッシュに似てる。

「儚い。今にも消えそうで、朧で、曖昧で、有耶無耶で。
 手を伸ばせば掻き消えて失せてしまいそうな、存在。
 俺は決してそんな物が良いとは思わないし、思えない」

 呟くように口にしてから、
彼は逃げるように屋上の唯一安全な出入り口である
錆びた鉄製の扉に向かって言ってしまった。

「帰るのかい?」
「あー、いや。教室に戻る」
「ふぅん」

 言って、別れの言葉もなしに重い扉が軋む音と
それから大きな閉じられる音がして後追の姿はここから消えた。


―――

「ほら、起きなさいよ掃村。もう放課後よ?」

 屋上の変わらず汚れたコンクリートの上、
時間が経ち太陽が傾いた所為でいつのまにか
僕が居る場所は影になっていて、
高いところの為に時折吹く強い風邪と合わさって
まるで縮こまるネコの様に寝ていた僕はそんな台詞で目を覚ました。

「ん……。あと五分」
「そんな定型句はいらないから、早く起きなさいよ。
 あと少しで完全下校時刻過ぎて屋上も鍵かけられちゃうわよ?」
「……うぃっす」

 お決まり。
王道とも言える言葉の応酬をこなしてから僕は起き上がる。
硬いコンクリートで長時間寝たおかげで全身が軋むように痛むが
それは若さでカバーをする方向性で。

「おはよう掃村」
「……おはよう大神」

 欠伸を殺しながら、髪に付いた小さな塵を払い。
周囲をぐるりと見渡してみると、
運動部の練習も終わり本格的に学校から人が居なくなってるのが見て取れる。
なるほど、大神が僕を起こしてくれなければ危うく翌朝まで
屋上に僕は締め出されるという事にマジでなっていたかもしれない。

「状況確認はできたかしら?」
「えっと、まぁ、うん。できたけど」
「けど?」
「大神がなんでここに居るのかがわからない」
「まだ寝ぼけてる? 私、あなたを起こしたんだけど」
「なんで起こしたんだと聞いてるんだよ。
 いや、屋上に放置されたかった訳じゃないけど
 こんな時間までなにを校内でしてたのか気になって」
「え? えっと、それは、まぁ色々よ」
「色々?」
「そう色々」
「そっか、色々やってたなら仕方ないか」
「そういう事よ」


 ふむ。
ぶっちゃけ全くどういう事かわからないのだけれど、
しかし大神。大神郁瀬は僕のクラスの副委員長さんなので
色々と言ったらそりゃ色々あったりするのだろうと勝手に解釈させてもらう。
途中退場したまま戻ってこないし、鞄も靴も置きっぱなしなのだから
そりゃ少し考えてみればまだ校内に居るだろうし
面倒見のいい大神が僕をわざわざ起こしに来てくれた事も頷ける。

「じゃあ行くわよ」
「わかった。今行く」

 僕は差し出された大神の小さな手を掴んで
まだ降ろしたままだった腰を持ち上げる。
いや、しかし寝ているところをクラスメートの女子に起こされると言うシチュエーションは
中々嬉しいというか少しばかし喜ばしい場面だよなぁ。
屋上という場所とか、夕方という時間とか、色々テンプレ通りではないけれど。

 とかなんとか少し年相応の事を考えてみたはいいけれど、
実際のところ僕の心境はどうなのかと言えば
至って平静というか平坦ですらあった。
大神郁瀬はどちらかと言えば起伏に乏しくはあるものの
総合的に言えば十分可愛い女の子であることに間違いはない。
ないのだけれど。うむ、どうにもときめきという感じは僕には生じない。

「あぁ、下駄箱はもう閉まってるから
 靴を取って正面玄関から帰ってね」

 使用頻度が低く、
且つ清掃範囲から外れている為に埃の溜まった階段を下りていると
大神はふといま思い出したかのようにそういった。
“帰ってね”と、まるで他人事のように言い切った。
教師だったらともかく、同じ学園の生徒であるのだから
この場合はそんななげっぱに発する場面ではないと思うのだけれど。

 “一緒に帰ろう”みたいな言葉が飛んでくる事は流石に無くても
“早く帰らなくちゃ”的なそんな物言いが生徒の一般な反応ではないのだろうか。
まして比較的優等生である彼女のこと、門限とか諸々。
副委員長といっても、生徒会役員ではないのだし
この後も学校に居残らなくてはいけないような
用事などありはしないと思うのだけれど。


 うん、まぁいい。
考えに耽るのはあまり得意ではないし、
いくら変に思ったところで僕はそれを口にすることはなく
言われたとおりに靴を持って正面玄関から帰路に着くだけ……。

「しまった、僕教室に鞄置きっぱなしだった」

 さっき大神が僕を探しに来た理由みたいな思考で
置きっぱなしの鞄と靴を例に挙げておきながら
すっかり忘却していた。
もう下駄箱の目の前だっていうのに
また三階の教室まで行って帰ってこなくてはいけないのか。

「鞄? 別に明日でもいいじゃない」
「副委員長の癖にアバウトな発言だね。
 まぁ授業を受けるには全部置いてってるから問題ないけど
 そういや僕今日一日屋上で寝てた訳だから手付かずの弁当とか鞄に入ってるんだよ、
 この季節に弁当を一日放置は怖すぎる」

 それに大量の私物も問題だ。
あまり手から離しておきたくないし、
それに毎朝今日は何を持っていこうかと重さと大きさと重要度等を判別しながら
鞄に私物を詰め込むのは僕の日課兼趣味なのだ、ここは譲れない。

 僕は軽い調子で放置を推そうとする大神の意見と
自身の趣味趣向プラス防犯意識のどちらを優先するか一秒強悩んでから、
大神を残して小走りで先程降りてきた階段を上って教室に向かった。
その際後方で大神がなにかしらを言った気がしたが、
僕の耳には生憎と聞こえることは無かった。

「……あったあった」

 三階の廊下、
並んだ教室の一番奥にある突き当りにある
夕暮れの太陽に橙に照らされた誰も居ない教室で
僕は自分の鞄が自分の机に変わらずぶら下がってるのを見つけて
微かにあった不安を安堵に変えながら呟き、
脇のフックにかかったそれに手を伸ばした。

「やぁ、掃村」
「っ!?」

 手を伸ばし、鞄の取っ手部分に手が触れたと
ほぼ同時に背後から突然かけられた声。
反射的に身体があからさまに竦み驚きを表現する。
擬音で表すならびくって感じ。エクスクラメーションマーク三つくらい頭上にでてる気がする。
スネーク見つけた時の敵兵三倍だ。尋常じゃない。


 いやまぁ、精神的には冷静なのだが、
肉体的にはその一瞬の驚愕で心臓は跳ね
額には冷や汗が伝っている。
どうにもこういうびっくり系イベントは苦手だ。
ホラー系は大丈夫なんだけどな。

「深巫、そういう悪戯はやめて欲しいな」

 バクバクと音を立てる心臓を宥め賺しつつ、
僕は振り向いた先、教室の中ほどにある柱の影に立っていた
深巫に不平を口にする。

「いやすまない。君がそこまで驚くとは思わなくてな、
 ははっ、思えば滑稽な様だったよ。
 こんな時間の教室で一人で居る君が身体を飛び跳ねさせる姿は、
 まるで女子のリコーダーを手にしようとする小学生のようだ」

 悪びれた様子も無しにくすくすと笑って
こちらに歩いてくる深巫に僕は嘆息を吐く。
言うだけ無駄、それはなにも僕の机を椅子扱いすることや
その奇矯な言葉使いなどに限らない。

「で、なんだよそんなところでわざわざ待ち伏せして。
 とっとと帰ればよかったんじゃないか?」
「君は本当に酷い奴だ。僕等は友達だろ?」
「まー、そうだけどさ。流石にこんな時間まで待たなくてもよかったんじゃないかな、
 僕がそのまま帰ってたらどうするんだよ」
「君が鞄を放置して帰るとは思えない」
「……さっすが」
「任せたまえ」

 足の曲線美、お尻の豊かさとは裏腹に控えめな胸を張って、
尊大にふんぞり返る僕の友人に呆れた目を向ける。
僕は心臓がほぼ元通りの心拍に戻ったのを感じつつ
こんどこそ自分の鞄を掴んだ。

「……ん?」
「どうかしたか?」
「いや、お前僕の鞄弄ったか?」
「まさかそんな真似はしないよ、後が怖い」
「……だよなあ」
「なにか違和感でも?」

 違和感。というか、雰囲気的な物。
手にした瞬間の重みとか、音とか。


「おいおい、いまやることかい?」
「万が一があるからね」

 即座に自分の席に腰を下ろし鞄の中身を
机の上にぶちまける。MP3プレーヤー・カロリーメイト・
うがい薬・文庫本・割り箸にグミに薬局で売ってるウィダーもどき。
ポケットティッシュに小さい懐中電灯・ゲーム機。
そして申し訳程度の筆記具。

「相変わらず酷い中身だね。学校をなんだと思ってるんだい?
 友達の家に遊びに行くにしてもいらないものが多いよ」
「……」
「掃村?」

 鞄のポケットを覗きひっくり返し、それがない事を幾度も確認する。
なんてこった、もっとも無くなっていて欲しくないものがなくなっている。

「どうしたんだい。妹さんが亡くなった、みたいな顔しているけれど」
「そんな嬉しそうな顔に見えるかい?」
「……今のは普段なんと言おうとも実際妹さんが亡くなったら
 今みたいな顔になるだろうという含みのつもりだったんだけどね」

 ため息吐いて肩を竦められた。
呆れたと言いたげなその態度に少々いらっときつつ、
けれどとりあえずは問われたことに答える。

「ないんだよ」
「ない?」
「あぁ、僕の十徳ナイフがなくなってる」

 コルク抜きやノコギリやらがついてるサバイバル用のアレだ。
わざわざ冊子系の通販で注文したお高い奴だというのに。
なにが不味いって色々と持ってることをばれたらヤバイものだからな。

「君はそんなものまで学校に持ち込んでなにをするつもりなんだい?
 漂流教室みたいな事態は起こりはしないんだよ?」

期待

屋上さんの人かな?


―――

 盗まれたナイフの行方はともかく。
見回りに来た教職員に早々の退出を促され、
泣く泣く帰路についてバス停。

「したらな」
「僕はチャボではない」

 どこぞのたまねぎ頭の様な口ぶりで深巫と別れた。
僕は徒歩通学。彼女はバス通学。中小ともに学区が違う、
というかその後電車にも乗るらしいので下手すると市外から通ってるのかもしれない。
聞けば答えてくれるのだろうけどわざわざ聞くつもりは無い。

「ただいま」

 一人の帰り道。山にかかる太陽の陽射しが目に染みる。
オレンジ色に街中が染まるこの感じはとても綺麗で、そして儚く見える。
幻想的とも。


「ただいま」

 鍵が掛かった玄関を開けて家に入ると案の定電気がついていて、
妹の靴も転がっていた。きっちりと揃えられた僕のより幾分か小さい靴。
そういう気が回るのに、と思うが。異常者ほどそういう神経質な面があるという話も聞いた。

 シンと静まった家の中をくたくたとふぬけて歩きながら部屋に戻る。
僕の妹は基本的に家では大人しい。スイッチがオフに入ってるというよりは、
PCで言うところのスタンバイモード。誰かがマウスにでもキーボードにでも
少しでも触れれば即座に起動する感じ、あぁいつも通りだった。

「……へこむ」

 理由はナイフの所為だ。
盗られるのが嫌なら学校なんかに持ち込むな、
目を離すなと言われるのが目に見えるけれど。
何分性分、性分? なんか違うな、習慣、かな?
とにかくなってしまっているのだから仕方ない。
今朝の僕はナイフな気分だったのだ。

「寝よう」

 鬱屈とした気分を抱えて制服のままベッドに横になる。
目を瞑るとするすると夢の世界に旅立つことができた。
儚い。


 04.

「おはようございます。パイセン」
「……おはよ」

 翌日、登校中に後輩の伊井と出会った。
相変わらずの前髪パッツン具合に怯む。

「今日はパイセンはえぇッスね」
「まね、昨日とんでもなく早く寝てしまったから」

 妹はまだ家で寝てるんじゃないだろうか。
ちなみに登校中だから制服を着ているけれど、
昨日下校してから脱いでないままだ。
Yシャツのしわくちゃ具合が一週まわってファッションみたいになってる気がする。

「いやぁ、なってねぇッスよ。そして学生としてもなってねぇッスよ」
「だよね」

 気だるそうに正面から言われては返す言葉が無い。
しかしこの後輩、ガムを噛みながらポケットに手を突っ込んでのやりとりである。
更にこの口調、そこそこ長くて黒く、
そして前述の通りの前髪パッツンな見た目のイメージとは裏腹すぎる。

「あぁ部活の先輩にも言い性格してるってよく言われるッス」
「なによりだ」

 一応言っておくと文芸部。
こんな奴が足組んで深く椅子に座って純文学を読んでるとかなにかの間違いだ。
キリストがパイプ咥えてジョニー・ビー・グッド歌ってる光景くらいおかしい。

読んでるぞ


「お前みたいな奴が純文学を読んでるとかなにかの間違いだ」

 思ったことを口にしてみた。

「はっはー、くだまっちまってくれッス」

 ケツを小突かれた。膝で。
言っていいことと悪いことがあると学んだ。
一つ賢くなった。

「つかテンション低いッスね。なんかあったんスか?」

 蹴られた尻をさすっていると
横に並んでいた伊井はぐるりと僕の前に移動し
足を止めてそんな風に問いかけてきた。

「あれ、わかる?」
「これでも付き合い長いスから」

 中学からの付き合いだ。
僕の親友と言って憚らない深巫よりもよほど付き合いが長い。
では距離感はどうかというと、ふむ難しい。
深巫より近いって事は無いが、そもそも僕は友人が少ないので
比較対象も乏しいのだ。

「僕が学校でなんて呼ばれてるか知ってるだろう?」
「ニードレス」
「いや、フラグメントとか使えないから」

 正しくは不要物。意味合いは同じだけれども。


「で、それがなにか?」
「僕が大量の不要物を持ち込むからそんな不名誉極まりない呼ばれ方をしているわけだけれど、
 昨日その持ち込んだ私物の一つを紛失してね」

 紛失というか、窃盗にあったというのが正しいのだろうか?
いやまぁ、まだその辺は曖昧にしておきたい。
繊細な問題なのだ。

「なるほど、それはそれは。パイセンの持ち物に触れるとは随分と怖いもの知らずッスね」

 まるで僕が怖いもの扱いだった。
実際大多数の生徒には少々腫れ物扱いではあるが、
それは主に妹の所為であって僕の所為ではない。
授業態度やら成績やらは至って普通の善良な一生徒である。

「で、なにを失くしたんスか?」
「ナイフ」

 普通に答えた。

「うわ、普通に危険人物じゃねぇッスか。こわっ」

 普通に引かれた。
目を細めて距離を置かれた。

「ちょっとパイセンとは距離を置かせてもらうッス」
「これ以上?」

 既に一緒に登校してると言えない距離まで離れられてる。
目測で十メートルくらい。普通に遠い。



 結局その後マジで門を潜るまでその距離を保たれたあげく、
移動教室の時に顔を合わした時も声をかける間もなく逃げられた。
腹いせに深巫の尻を引っ叩いたら「僕はご多望によって三日目が
一番キツイと知っての事か!」と普通に怒られた。
ご多望って、生理周期を他人に左右されるのか。


―――

 コンピューター室と聞くとなんかもう
MAGIみたいのがありそうな雰囲気を覚えてわくわくしてしまうけれど。
蓋を開けてみれば、というか扉を開けてみれば普通のパソコンが
一クラス分あるだけの平凡な少々広い部屋に過ぎない。

「……」

 その教室で学ぶ事と言えばワードとエクセルの使い方とか、
常日頃パソコンと触れ合う人間からすれば基本中の基本。
いまやっていたのはなんというか定型文の入力とかその辺。
僕はというとさっさと終えて暇を持て余していた。

「……ん」

 教室の中を見渡していると何人か僕と
同様に暇そうにしている姿があり。その中に大神も居た。
どうしようかなと一瞬考えた後大神にメッセを送ってみる。

Hakimura:今暇?

 くるりと振り向いて大神と目が合った。
なんとなしに手を上げてみるとにへらと笑ってからパソコンに向き合って
間もなくポンと軽い音が僕が使っているパソコンから聞こえた。
_
Ogami:見ての通りだよ

Hakimura:だろうね
_
Ogami:タイピング勝負でもする?

Hakimura:嫌だ、負ける勝負はしない主義で
_
Ogami:じゃあ負けた方は罰ゲームね

Hakimura:聞いてる? その流れでなんで僕がやると思ったの?
_
Ogami:負けた方はなんでも言う事聞くってので

Hakimura:よしきた。早速やろう

 


 正直敗色濃厚だけれど女子がなんでも言う事聞くを賭け金に
勝負を挑んできたら男子としては乗らざるを得ない。
正直者たれが祖父の遺言だ。……多分この正直者は好ましくないタイプの正直者だ。

 ポンポンとコンピューター室内全てのPCにインストールされてる
ちょいと古臭いタイピングゲームを起動させる。
キーボードの位置を覚えさせるためのアルファベットの奴ではなく、
表示される長文を入力して秒間の入力数とタイムを計ってくれるタイプのゲームだ。
このソフトの優秀な点はLANに繋がってるPC同士なら対戦できる事。
_
Ogamiさんが入室しました。

 今度はピロピロとダサい8bitのSEが流れる。
少々大きな音だったし、メッセをしている間に暇を持て余してる生徒が増えた所為もあり
僕と大神がこれからちょいとした電脳バトルを繰り広げようと
していることがクラスメート中にモロバレで微妙に注目されてる。

「ん?」

 周囲を窺うと深巫がこっちを見てた。
なんか睨まれてる。なんでだ。
お尻を叩いた時にちょいとウサ晴らし以外の邪なあれこれそれこれがあった事に気がつかれたか。


―――

 鐘が鳴る。学校生活を恙無く送っている限り、
予鈴に始まり下校時刻を告げる夕方のそれまで
日に幾度も聞くそれは生徒達にとって日常の音で。
小学校から高校卒業までのべ12年という期間聞き続けるそれも、
思えばあと一年半程で聞くこともなくなるのかと思うと
少々寂寥の思いすら馳せてしまう。

「掃村、どうだい今日は中庭にでも足を運ぼうか?」

 授業後、昼休みに突入しざわつく教室。
いつも通りに僕に声をかけてくる深巫に

「悪い、今日は先約があるんだ」

 そういって大神の所に鞄を持って向かう。
深巫のなにか言いたげな目から逃げるように。
賭けの清算の為に。

面白いよー

乙乙


「はいどうぞ」

 昨日の教訓を生かして鞄を持って屋上に向かう。
そこで待っていたのは昨日とは違い寝そべっている後追ではなく
大神で。男二人横になり目を合わせるなんというか見るに耐えない
光景とは打って変わってテンションも上がるというものだ。

「はいどうも」

 言いながら隣に座って受け取ったのは
少々小ぶりのお弁当箱だ。
中学時代からずっと購買をメインに過ごしてきた僕としては
お弁当とは遠足の時位しか食べる機会のないレアアイテム感覚なので
シチュエーションと合わさってテンションが青天井だ。更にドンって感じ。

待ってる


「美味しいです」

 不思議と敬語で感想を言っていた。
まぁ事実だし、なんかもう敬意敬意である。
――ちなみに、今更だけれど僕は勝負に負けていた。
それはもうあっさりと。なにせ深巫と睨めっこしてる最中に
ゲームが始まっていたのだから。地力で負けてる僕が勝てるわけがなかった。
流石に普段からよく使ってる上にパソコンが
苦手な担任の老教師に代わって色々作業をしているだけはある。

「それはそれはよかったです」

 で、いざ負けてみてなにを言われるのかと思えば。
この敬語でわざわざ返してくれた大神さんは僕にお弁当を食べて欲しいとのことだった。
なんというか、別に実際そんなお願いをするつもりはなかったとはいえ
色々邪な事を考えていた僕としては頭が上がらないことこの上ない。


「いやぁ、いい陽気よねぇ」

 口いっぱいに弁当の定番玉子焼きを頬張っていると
おもむろにそんな事を言われた。
言われて空を見上げてみるとなるほど抜けるような空とは
この事だと言わんばかりの青だった。目がチカチカする。

「台無しよ」
「それは申し訳ない」

 思ったことをすぐ口にしてはいけない。
今朝の教訓がまるで生きていないのが露呈した。
口を開くと馬鹿がバレる。ので、仕方無しにまた口に弁当を詰め込んで
強制的にもごもごしてみた。ハムスターの気分だ。
スナネズミとか可愛いと思う。猟奇的な妹がいなければ是非飼いたい。

「そういえば聞こうと思ってたんだけど聞いていいかしら」

 自分の弁当をつつきながら大神は呟く。
こういう場面で女子の食事を表現すると
そんな小さな弁当で足りるのかという感じになることが多い気がするけど
大神はそんな心配はなさそうだった。意外と大食漢なのかもしれない。

「なに?」
「もし掃村が勝ったら私になにをさせようと思ってたの?」

 おおう。ばっさり切り込まれた。
そりゃ色々考えてたけど、でも実際にさぁどうするとなったら
口に出してたかどうかといわれると言わなかっただろうし。
ガチで勝ってた場合……。

「多分端から負けると思って勝負に乗ったからいまいち考えてない」

 正直なところそんな感じだと思う。
あまり真剣になるようなものでもないと思うし。
勢い半分面白半分みたいな。

「ふぅん? てっきりいかがわしい事を考えてたんだと思ってたわ」
「まぁ、21世紀だからね」

 じと目でこちらを見る大神に僕はそんな感じで適当にお茶を濁して。
その場は解散となった。

どうでも良いけど
_
Oじゃなくて、
・(マクロン)使えば?

失礼、・は文字化けするか。


―――

「残念だ。あぁ、残念だよ掃村。
僕が数少ない友人と認めた掃村君。
そんな君が大多数のつまらないクラスメート諸君と同様に
ちょいと女の子と一緒の時間を過ごしただけで浮足立って
『もしかしてあいつ俺の事好きなんじゃね』とか
言いだす様な事はないと思っている。思っているけれど。
しかしながら心配になる私の気持ちもわかってくれたまえ。
あれだけ楽しそうに昼休みの間二人きりの時間を過ごしているのを見せつけられてはね。
あぁ、勘違いしないでくれたまえよ? 別に覗いてた訳じゃない、
そんなこと私がするとでも? ……うん、そうだろう。
よく私の事をわかってる。流石は掃村だ。その鈍感さはピューリッツァー賞物だよ。
とてもとても引っ叩きたくなるね、っと閑話休題。
とにかく私が言いたいのは、だ。ちょいとお昼を一緒したからって
大神さんが君の事を好いているなんて勘違いをするなよクソッタレって事なんだけどわかってもらえたかな?」

 チャイムに背中を押されて教室。
机につくなり教師が来るまでのわずかな間に
わざわざ僕の机に例によってお尻をのっけて
のべつ幕無し立て板に水で言い切る深巫に。

「お、おぅ……」

 ということしかできなかった。
『あぁ、そうだな!』とかネタに走る間もなかった。
なんかもう気圧されるとはこのことか、みたいな。
やべぇ。

ひええ……


「わかってくれたようでなによりだ。
なによりだよ掃村、そんな聡明で博識な君にならばと
次いで聞くがもちろんなぜ僕がこんなにも腹を立てているかわかるかい?
勿論君ならわかる筈だ。むしろわからないなんて言った日には
それはそれは泣く子ももっと泣く目にあわせざるを得ない。
あ、先に言わせてもらうと当然だけれど嫉妬とかそんな阿呆臭い
理由じゃない。そんな訳があるか、喧嘩売ってるのか君は。
さらに言うと一言もなく大神さんと連れ立ってどっか行ったからでもない、
別に毎日一緒に昼を取っているからって約束してる訳じゃないし、
一緒に居なくちゃいけない訳じゃないからね。それに君がいなくても
食事を一緒に取る相手ぐらい他にもいるさ。あぁ、そうだとも!
君は数少ない友人ではあるけれど唯一無二の友人という訳じゃないんだからね!」

 はぁはぁと、一気にまくし立てた後に大きく息を吸う深巫。
そこまで僕の昼休みの行動は彼女の逆鱗に触れたということか。

「オーライ。オーライだ深巫。深巫秤さん、
 つまり君はこう言いたい訳だ。
 僕が大神と飯を食うのは構わない、黙って行ったのも良しとしよう、
 嫉妬した訳じゃないし寂しかった訳でもない。ただなんとなく調子こいてる僕が気に食わない、と」

 整理してみたら存外酷い言い分だった。
僕、これ悪いか? 謝る必要あるか?
……うぅん、まぁ仕方ない。円滑な人間関係の為だ。

「……ごめんね秤ちゃん」

 引っ叩かれた。

面白いのに更新頻度がなぁ

おつおつ


―――

「いや、知らねぇけどさ」

 右の頬を叩かれたら右の頬を差し出せとは有名な、
有名過ぎて今更モノローグの中で引き合いに出すことすら面倒ではあるけれど。
まぁ兎角そんな言葉がある。もちろん僕も以前より知ってる。
けど、流石にあれは無理。いってぇ。流石にあの威力の張り手を食らったら
キリストだって『やめろ!』と声を大にする。
まして一般人たる僕の事、あまりの衝撃に気が付いたら五時間目をボイコットして屋上に逃げていた。

「お前が悪いんじゃねぇの、それ」

 そして今日も今日とて後追と遭遇したのが五分前。
相変わらず制服が汚れることも意に介さず空を見上げていたので、
これ幸いと僕は先程教室で起こったことを包み隠さず話してみたのだけれど、
返ってきたのはそんな蓮っ葉な言葉だった。

「そうかな? 僕は僕の非が今一見当たらないんだけど」
「そりゃそうだろ。てめぇの非なんて大体後頭部についてるもんだ。
 他人にばっか目に付くようにできてんだよ」

 成程正しい。

「じゃあ聞くけれど、後追には僕の非が見えてるのかい?」

 納得ついでに聞いてみる。

「お前、ギャルゲーやったことあるか?」
「はい?」

 滅茶苦茶場に不釣り合いな単語がまろびでてきたぞ。
なんだ、スタンド攻撃か? あるいはクルミか? タイムリープでも起きたのか?

「……いや、まぁ多少はあるけど」
「ときメモとかやったことあるか?」

 なんだ、なんの関係があるんだろうか。
わからん、わからんぞぉ。

「PSPの5はやったことあるよ。不良の娘を狙ってた筈なのに
 気が付いたら木の前には表紙の彼女がいてぶったまげた覚えがある」
「なら話が早い。ときメモの爆弾ってあるだろ。アレだ」

 ……なんのこっちゃわからん。

「なんのこっちゃわからない」

 思ったままの事を口にしてみた。
けれど、後追はこちらを一瞥してなんというか、
「ふへ」という感じの人を小馬鹿にした表情をして
口も目も閉じてしまった。爆弾、爆弾ねぇ……。

同じ側の頬を差し出してどうするんだよオイ。

おおう……見返して吹いた

ものすごく前にVIPで見た気がする
デジャブかな

ものすごく前にVIPで序盤だけ書いたからそれかもしれない

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