神「私の能力は【能力を与える能力】だ」
俺「はい? つーかあんた誰だよ」
神「私は神だ」
俺「……はあ」
神「そしてお前の能力は【トランプを使って戦う能力】だ」
俺「ちょ!? なんだその微妙な能力は!? つーか何だ能力って? アニメや漫画じゃあるまいし……」
神「ちなみに能力者同士が戦う宿命とか最後に生き残った者の願いを叶えるとか、そういった事はまったく無い」
俺「目的なんも無いのかよ!?」
神「うん。ただ私の能力を有効活用したくって」
俺「ボランティアかよ!? つーか要らねーよ! 何に使うんだよ?」
神「……ここぞという時?」
俺「だからどんな時だよソレ!?」
神「私も探り探りなんだ。だからお前を実験……もとい練習台……サンプルケースとして監視させてもらう」
俺「……能力の返品って出来ないのか」
神「【能力を返上する能力】が必要になるな」
俺「じゃあその能力くれ」
神「残念。能力はひとり一個までだ。それに」
俺「それに?」
神「与えられる能力は割とランダムだ」
俺「……お前、割と取り返しのつかないことしてくれたんじゃね?」
神「反省はしている。今後に活かそう」
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俺「つーかお前、本当に誰だよ。神って何の神様だ?」
神「かみさま? 私は神様ではないぞ。苗字が神<かみ>ってだけの普通の人間だ」
俺「まぎらわしいな!? えーっと、じゃあ神。お前、その【能力を与える能力】ってのはどこで手に入れたんだ? 生まれつきのものなのか?」
神「いや。ついさっき発現した」
俺「ついさっきかよ!? それで何でいきなり初対面の俺に使ったんだよ!?」
神「いや。何となくこう……あー、使えるわー……って感じで。いてもたってもいられなくなり」
俺「……えらく適当だな」
神「わりとフィーリングで今までの人生過ごしてきたので」
俺「大丈夫かよ……」
神「そういえば」
俺「何だよ」
神「お前の名前は何だ? ……というかお前誰だ」
俺「最初にそれを聞けよ! へんな能力与える前に!!」
神「私は神だ」
俺「それはもう聞いたっつーの! ったく、俺は人だ」
神「……見たら分かる」
俺「違げーよ! 姓が人<ヒト>なんだよ! 人庵<ヒト イオリ>だ!」
神「……ヘンな名前だな」
俺「お前が言うか?」
ガガマルかと思った
しあわせトランプならある程度戦えそう
神「それでは自己紹介も済んだことだし、さっそく能力を活用して見せてくれ」
俺「そもそも俺、能力の使い方とかわかんねーんだけど?」
神「大丈夫だ。何となく、こう、フィーリングに身を任せれば何とかなる」
俺「誰しもお前みたいな天才肌じゃないからな? 少なくとも俺は違う」
神「……仕方がないな。私がチュートリアルを実施してやる」
俺「お前に使い方がわかるのか?」
神「大丈夫だ。私の与えたものだぞ。使用上の注意から適切な用法容量までだいたい分かる」
俺「本当かよ……じゃあ教えてみてくれよ」
神「えーっと、まずトランプを用意します」
俺「持ってねーよ」
神「……え?」
俺「持ってねーよ?」
神「……ではまず、トランプを買いに行きます。……行くぞ」
俺「今から行くのかよ……」
神「へー、こんなものまで100円で売っているのか……」
俺「何やってんだ。トランプ買うんじゃなかったのか」
神「そうだったな。トランプは……っと。こっちのコーナーか。おい、こっちだ早く来い」
俺「……これって俺がついてくる必要あったのか?」
神「何を言う。たいていのフィクションではこのタイミングで事件が起こり、ぶっつけ本番で能力を使用することになるんだぞ? そんな危機感の無いことでどうするんだ」
俺「そうそう事件は起こらねーよ」
神「いいのか? そんなにフラグっぽいことばかり口にしていると、本当に敵能力者の襲撃に遭うやもしれんぞ」
俺「……そもそも能力者って今の時点で俺とお前だけだよな」
神「……この店に凶悪な強盗が」
俺「100円ショップに強盗は入らねーよ。あって万引き程度だろ」
神「なら万引き犯を取り押さえるというイベントが……」
俺「それは店員や警備員の仕事だ」
神「……あ、トランプ2種類あるぞ。こっちにするか? 女児向けアニメのキャラクターがプリントされている」
俺「普通のクラシックな方にしようかな。材質も丈夫そうだ。すみません、これください」
神「あ、ちょっと待て! 予備としてこっちも買っておけ! お前が買わないなら私が買うからな!」
トランプフェード出きんじゃんやったな
神「……けっこうイロイロと買ってしまった」
俺「お前、普通に買い物しただけじゃねえか」
神「仕方ないだろう。日用品や小物雑貨まで取り揃えている方が悪い」
俺「それで、このトランプをどうすればいいんだ?」
神「ああ。そうだったな。まずは――ん? おい、あれを見ろ」
俺「何だ? 人だかりが出来てるな」
神「行ってみるぞ。能力者がらみの事件かもしれん」
俺「……(この子、もしかしたらバカなんじゃないだろうか)」
神「こ、これは……! なんということだ……」
俺「どうした?」
神「自動車のタイヤがパンクしたらしい。道路脇に落ちていた金属片を踏んだのが原因のようだ」
俺「ただの事故じゃねえか」
神「こんな時こそ能力の出番だな。人よ。汝が力をここに示せ」
俺「いや、トランプでどうしろと……」
神「見捨てるというのか? 困っている人が目の前にいるというのに……」
俺「仕方ねーな。ちょっと手伝ってくるわ。お前そこで待ってろよ」
神「あ、おいまだ能力の使い方を……」
俺「大丈夫っすか? ロードサービス呼びました? まだ? だったらスペアに代えて……そうそう、後ろのトランク開けてもらえれば……」
神「え? ちょっと……」
俺「それじゃジャッキ上げますんで……あ、すんません。助かります。あ、それホイルカバーっすよ。はい、そこ突っ込んでもらえれば外れます」
神「……が、ガムテープ使うか?」
俺「使わねーよ。そこのクランクとってくれ」
神「あ、うん……」
俺「はい。終わりました。後は明日にでも車屋に持ってって下さい。それじゃ……いえ、大したことはしてないんで。失礼します。おい、行くぞ」
神「そ、そうだな」
俺「……そういえば何の話してたんだっけ」
神「お前、なんで修理できるんだ?」
俺「ん? オヤジが車好きで、よくつき合わされてるからだよ」
神「へー」
MUGENだとよく見る武器だな
神「やはり敵が必要だな」
俺「いきなり何だ」
神「やはり能力の使い所といったら敵能力者との能力バトルだろう」
俺「敵っつっても……お前がその【能力を与える能力】をこれ以上使わない限り、能力者が増えることはないだろ」
神「ならば敵能力者を生み出せばよい。凶悪な思想の持主に能力を与えて……」
俺「ていっ」
神「いたっ!? なんで叩く!?」
俺「凶悪な思想の持主ってお前じゃねーか」
神「……! なるほど。ということは私がお前の敵ということだな」
俺「……はあ?」
神「さあ人よ。愚かにも反逆しようというのか? 全ての能力の創造主であるこの私に――」
俺「ていっ、ていっ」
神「ふぎゃっ!? なっ、やめろ!? 私のおでこをペチペチするな!」
トランプ(というかカード)で闘うキャラといえばやっぱりヘルシングのトバルカインとキンハーのルクソードを思い出す
2人共戦い方がかっこいいし
これ神は女の子かな?
神「もう教えてやらん」
俺「悪かったって。何も泣くことはないだろ」
神「泣いてない」
俺「じゃあ機嫌治せよ。いつまでスネてんだ」
神「スネてなどいない」
俺「じゃあ能力の使い方教えて――」
神「やらん。絶対に教えてやらん」
俺「じゃあこのトランプどうするんだよ」
神「……知らん。一人さびしくソリティアでもするがいい」
俺「ソリティアって……ああ。あのパソコンに入ってる意味不明なゲームか。あれ、ルール分かるか?」
神「お前、ソリティアのルールも分からんのか?」
俺「ああいう頭使う系のゲームはどうも苦手なんだよ」
神「ふふん。やはり人などその程度か」
俺「あ? 何だ? 勝負すっか? それなら『スピード』で勝負つけようや」
神「……なんだ『スピード』って」
俺「知らないのか? 『速並べ』とも言うけど……」
神「へー、どうやるんだ?」
俺「喰いついたな? なら俺が勝ったら能力の使い方を教えてもらうぞ」
神「愚かな……私が勝ったらこの世界を滅ぼしてやるぞ!」
神「バカな……私が……負けた……?」
俺「もう一回練習するか?」
神「う、うるさい! ルールは把握している! ええと、互いの場札は表向き4枚で、『せーの』で互いの山札から1枚真ん中に出して……」
俺「真ん中に出ているトランプの連番か同じ数字のカードを場札から出すことができる。場札に空きが出来たら自分の山札から補充できる」
神「いちいち言わなくても分かっている! 早い者勝ちで先に自分の山札をすべて出し切った方が勝ちなのだろう!?」
俺「じゃあ次、本番な。負けたら……分かってるよな?」
神「くっ……私が出そうとした所にばかり先に出すくせに……卑怯者め……っ!」
俺「……他のゲームにするか?」
神「御託はいい! 勝負だ! 『せーの』っ! ――よし! ハートのQが出せ……」
俺「スペードのジャック、ダイヤのジャック、10、9、8、クラブの8、7、6……」
神「はわわ……!?」
トランプで戦うキャラはアニメオリジナルだけどブラックキャットでいたな
神「絶対に教えてやらん」
俺「すまん。大人げなかった」
神「謝るな卑怯者め! あんな勝ち方をしてうれしいのか!?」
俺「いや、だってそういうゲームだし」
神「あんなのはゲームではない! ただの野蛮な争いではないか!?」
俺「だから他の遊びにしようって言っただろ」
神「いいや! 私は絶対に負けない! この勝負、次の機会に持ち越しだ!」
俺「いや、まあ……神がいいんならいいけど」
神「この勝敗が付くまで能力の使い方は教えてやらんからな」
俺「怒ってんの?」
神「怒ってない」
俺「……でもさ。ここで俺に能力の使い方を教えておいた方が、お前の為かも知れないぞ」
神「……? 何だそれは。そういう意味だ」
俺「確かに能力者は今の所、俺たち2人だけだ。でも、絶対にそうとは限らないんじゃないか?」
神「……! まさか……第三の能力者がいるとでも言うのか?」
俺「無いとは言い切れないだろ? お前の【能力を与える能力】だってついさっき手に入れたもの。だったらお前と同じように能力を手にしたヤツがいたっておかしくはないわけだ」
神「まさか……私よりも上位の存在が……?」
俺「能力をバラ撒いて、能力者同士を戦わせよう――だなんて考えてたっておかしくはないよな。それならいつどこで敵能力者に襲われるか分かったもんじゃない。俺も……無論、お前もだ」
神「……くっ、私の能力は戦闘を有していない。戦いになれば容易く命を落とすだろう……」
俺「だったら【トランプで戦う能力】持ちの俺に護衛させればいいんじゃないか?」
神「……! お前、私を守ってくれるのか? なぜそこまでする? 私たちは出会ったばかりの、赤の他人ではないか」
俺「他人? 一緒に遊んだんだ。他人ってことはないだろ」
神「他人……ではない? じゃ、じゃあ――何だ?」
俺「何だって……友達だろ」
神「ト……トモダチッ!???」
俺「な、何だ? 嫌か?」
神「イヤではない! イヤではないぞ! イヤではないが……まあ、イヤではないな!」
俺「何で興奮してるんだ?」
なにこの神かわいい
最初おっさんだと思っててそのイメージが抜けないせいで絵面がひどい
神「オホン。それじゃあさっそくレクチャーしてやろう。心して聞くように」
俺「前置きはいいから早くしろよ」
神「そう急かすな。えー、まず能力の使い方には【通常発動】と【切り札】の二種類がある。お前にはまず基本となる【通常発動】の方を教えてやろう」
俺「どうすんだ? トランプ持っても何も起きないぞ」
神「一枚引いてみろ」
俺「クローバーの2をドロー! 現れよ俺のモンスター!」
神「……何だそれは」
俺「……いや、すまん。忘れてくれ。そして続けてくれ」
神「そのカードに念じるのだ」
俺「念じるって……何を?」
神「えっと……こう、何というか……強くなれー、みたいな?」
俺「アバウトだな……まあいいか、えー……強くなれー」
神「いちいち言葉にせんでもいい」
俺「何も変わらないんだけど」
神「それはお前の能力レベルがまだ初期値だからだ。私ほどの才能があれば別だが、しょせん凡人では微々たる強化しか――」
俺「ていっ」ヒュカッ
神「んなっ!? か、壁に刺さるほどの強化を!?」
俺「おー、すげー。投げたらまっすぐ飛んでくな。てい、ていっ」ヒュッ……グサグサグサッ
神「3枚……5枚同時にっ!?」
俺「あはは。これはおもしれーわ。ていていていていていっ」ザクザクザクザク
神「は、はわわわ……」
俺「ははは投げたのぜんぶ壁に刺さったぞ。こりゃストレス発散にもってこいだな」
神「な、なかなかやるな……まさかここまでの能力者とは思いもしなかった」
俺「その【通常発動】ってのはトランプが硬く鋭くなるってことでいいのか?」
神「あ? ああ、まあ、そうだな。鍛錬を繰り返して習熟度を高めれば様々な応用技が使えるようになるだろう」
俺「鋼鉄をプリンみたいに切り裂いたり、自分のまわりに銃弾をはじくバリアー張れたり出来るか?」
神「今はコンクリートに突き刺さる程度だが、極めればそれらも【通常発動】の範囲で可能だ」
俺「おおー。スゲーな、【トランプを使って戦う能力】って。最強じゃね?」
神「慢心するなよ。敵の能力がどんなものか分からない内は慎重に動くのだ」
俺「敵……か。まあ、いるかいないか分からんような相手だけどな」
神「現実はフィクションのように甘くはないぞ。前置きも口上も何も無く、命を奪われる時は一瞬なのだからな」
俺「物騒な話だな」
神「とにかく能力者であることは周囲の人間には秘密だ。近しい者にも知られぬよう細心の注意を払うのだ」
俺「はいはい。了解了解」
俺「じゃあ帰るか」
神「……え? 帰るって……どこへだ?」
俺「家に決まってるだろ。もうこんな時間だし」
神「い、いや……ここで別行動は得策ではないだろう。万が一、敵に襲われたら……それにまだ【切り札】の説明も」
俺「心配しすぎだろ。そもそもお前が能力者だって知ってるのは俺だけなんだから、お前が襲われる心配は今のところ無いんじゃないか」
神「いや、まあ……それはそうだが……」
俺「つってももう遅いし……途中まで送ってやるよ」
神「……!? い、いらん! ひとりで帰れる!」
俺「何かあったら困るだろうが」
神「そ、それは……いや、でも……」
俺「ほら、行くぞ。お前ん家、どっちだ」
神「や、山の方だが……」
神「なあ。人よ。お前の家って」
俺「ああ? 商店街の方だけど」
神「むぅ。真逆ではないか」
俺「いいんだよ。今日の晩飯担当はオヤジだから」
神「オヤジさんが家事をするのか!?」
俺「共働きだからな」
神「へー」
俺「神。お前ん家は?」
神「私の家か!? わ、私の所は……普通だ」
俺「普通って何だ」
神「普通は普通だ。それより人よ。お前のオフクロさんは何の仕事をしているんだ?」
俺「何でそんなこと聞くんだ?」
神「いや。ただ何となく気になって」
俺「商店街のスーパーに務めてる、パートで」
神「そうか。パートか」
神「ここでいい」
俺「……ここってオイ。お前ん家、デカくないか?」
神「これは私の家ではない。山本さん家だ。私の家はもっと上の方だ」
俺「ここから上って……マジか。お前ん家、あのクソデカい山の上のアレか」
神「……私の家ではない。私の両親の所有物だ」
俺「同じ意味だろ」
神「微妙に違う」
俺「まあいいや。じゃあな」
神「――あ、あの」
俺「何だよ」
神「私の名前……貴理恵<キリエ>って言うんだ。神 貴理恵<カミ キリエ>だ」
俺「なんだよ急に」
神「ちゃんと名乗ってなかっただろう?」
俺「変な名前だな」
神「お互いさまだ。それじゃあ――バイバイ」
――その時、夕暮れの別れ際、茜色の空を背に、わずかに口元を綻ばせた彼女の表情を目にした俺の心に漠然とした不安が湧き上がって来た。
――彼女と言葉を交わすのは…………これが最後になるかもしれない――
――根拠のない不安を打ち消すために、俺はバカな言葉を口にした――
俺「神……お前、死なないよな?」
神「……? 何言ってるんだ。当たり前だろ」
俺「そうか……そうだよな」
――俺は来た道を戻り、後ろ手に手を振った。
――『じゃあ明日、今日と同じ場所、同じ時間に落ち合うとしようか』――
――俺が最後に聞いた彼女の言葉は、そんな無邪気なものだった。
――
――――
――――――
男「こんなに夜遅くまで突き合わせて申し訳ありませんね、影先生」
影「いえ、お気になさらず。それよりも――」
男「――これは。随分と挑発的なことをしてくれますね」
影「何者でしょうか」
男「よほど自分の能力に自信があるのでしょうね。自己顕示欲に満ち溢れた、あるいは後先を考えない愚か者か――いずれにせよ学生でしょう、こんなことが出来るのは」
影「壁面にトランプを突き刺すとは……いったいどういう……」
男「『自分にはこんなことが出来る』『出来ることはやらずにはいられない』。単純な思考パターンですよ。それ故に、御しやすい」
影「探りますか?」
男「必要ありません。ここに誰がいたか、何をしていたか――もう把握出来ています」
影「――ならば」
男「ええ。影先生には『後始末』をお願いします。残業になってしまいますが」
影「分かりました。今晩中に」
男「ええ。頼みましたよ。全ては『秩序』の為に」
―――――――
――――
――
神「人 庵<ヒト イオリ>か……。なかなか頼りがいのあるやつだったな。才能も……私には及ばないがまあまあだし」
神「あの調子ならその辺の雑魚能力者には遅れをとるまい。ふふふ……そ、それに……ト、トモダ……っ」
神「……うー、いかんいかん。興奮しては寝つきが悪くなる。明日も早いのだ。そろそろ……」
――何年ぶりだろうか。明日が待ち遠しいのは――
神「……おやすみ」
――いつからだったろう。夢を見なくなっていたのは――
――どこからだろう。夢と現実の境目は――
――瞼は鉛のように重くなり、やがて睡魔が泥のように身体を包み込み――
――私は夢に落ちていく――
隠「夜分恐れ入ります。神 貴理恵さんですね?」
神「……へ? お前は……誰だ? というか、ここは――私の部屋ではない!?」
隠「私は隠<ナバリ>。夢の中ではそう名乗ることにしています」
神「夢の……中?」
隠「まだ分からないのですか。私は【夢の世界を自由に旅する能力】を持った能力者――ということです」
神「な……何だと!?」
チート
隠「私の相棒に能力者を追跡できる方がおりましてね。その方の能力をもってすれば貴方という存在に辿り着くことは容易でした」
神「くっ……私をどうするつもりだ? やるつもりなら相手をしてやってもいいんだぞ?」
隠「強がりはおよしなさい。貴方の能力が【能力を与える能力】だということは既に分かっています。戦闘能力が皆無であることもね」
神「……他人の夢に忍び込むような臆病者である貴様にも、大した戦闘能力があるようには見えんがな」
隠「これはこれは……見破られてしまいましたか。確かに私の能力は人々の見る夢の中を渡り歩く程度の能力ですからね。一般成人男性程度の力しかありません。ですが――貴方が目覚める前にとっ捕まえて首を捻ることぐらいは容易なんですよ? ただの一般成人男性にはね」
神「……っ!?」
隠「安心してください。夢の中で死亡した場合、現実世界に死体は残りません。夢の中で死んだ者は、最初から存在しなかったかのように――存在そのものが消え去るのです」
神「……要求は何だ? それだけペラペラ手の内を明かすって事は――ただ単純に私を殺すつもりで来たわけじゃ無――」
隠「ああ、済みません。勘違いさせてしまいましたか」
神「――?」
隠「私はね。孤立して絶望に震え泣き叫びながら逃げ惑う獲物を、じっくりじっくり時間をかけて恐怖を煽り苦しめて苦しめて苦しめた末にトドメを刺すのが大好きなだけなんですよ。ですからこうしてお喋りしているのも、あなたに少しでも苦しんで悲しんで絶望して欲しいがためなんです。絶望には知識が必要不可欠です。わけのわからないまま混乱している人間を消したって――何の感慨もありませんから」
神「……ひっ!?」
隠「怯えましたね? 今、恐怖しましたね? よかった……神 貴理恵さん。貴方は美味しく料理出来そうだ。それでは――」
神「っ!」
隠「お逃げなさいお逃げなさい! 夢は醒めるまで決して出られない閉じられた迷路! いずれ袋小路に迷い込むまで、せいぜい必死に逃げ回ることです!」
定番やな
隠「ははは! 枕元の目覚まし時計が鳴るまであと8時間以上ありますよ! さあさあ、もっと必死に走らないと!」
神「くそっ……調子に乗りおって! あんな気持ち悪いヤツなんぞに殺されてたまるかっ!」
隠「おや、そっちへ逃げるのですか? そちらはあまりお勧めできませんが……」
神「お前のお勧めなど知ったことか! くそっ――!? あのドアは……私の家の玄関……? ええい、どうにでもなれっ!」
ガチャッ
神「――え」
母「あら、貴理恵。帰ったの」
父「どうした貴理恵。そんなに慌てて」
神「――い、いえ。何でも……ない……です」
父「何にも無いことはないだろう。何があった。言ってみなさい」
神「え、あ――あの、そ……その……」
母「あなた! そんな言い方で無理に聞いたら可哀そうでしょ!」
父「何を言ってる! そうやってお前が甘やかすからいつまで経っても臆病なままなんだ!」
母「貴理恵はやれば出来る子なんです! ね? そうよね貴理恵? あんな男の言うことなんて――」
父「あんな男とは何だ! この穀潰し!」
母「穀潰しは貴方でしょ!? ロクに働きもしないでお父様の遺産を無駄遣いばかりして」
父「お前が人のことを言えるのかこの売女!」
母「なんですって!? このロクデナシ!」
神「あ……ああ、やめて……もう、止め――」
隠「だから言ったでしょう。お勧めはしないと」
神「――しまっ」
隠「はい、捕まえましたよ。神 貴理恵さん」
神「あ、ぐ……っ」
隠「どんな強者でも、トラウマの前では容易く弱点を曝け出す。それが貴方のような少女なら尚更、効果覿面ですね」
神「く……はなせっ……!」
隠「そんな乱暴な言葉使い、無理にすることはないんですよ? ほら、ご両親が見ておられるというのに……」
父「どうして男に生まれなかったんだああああああああ! お前はアアアアアアアアアア!???」
母「いつまでグズグズしているのオオオオオオオオオオオオオ!? 貴方なんて産まない方が良かったわアアアアアアアアア!!!」
神「ひ――い、いやああああああああああっ!???」
神「ごめんなさいごめんなさいごめんな――いごめんなさ――……」
隠「やれやれ。たわいないですね。これほど容易いとむしろ気の毒に感じてしまいます。そうですね――ひとつ、チャンスを上げましょうか?」
神「ご……なさ……ごめんなさ……いごめんなさいごめ……」
隠「しっかり聞いてくださいね。ほら、あちらのドアをご覧なさい」
神「教室の――ドア……?」
隠「そうです。あのドアの向こう側は貴方の通う学校に繋がっています――もちろん夢の中の、ですが」
神「がっこう……?」
隠「はい。それでチャンスというのはですね――あのドアの向こう側に逃げる、というのであれば今この手を――あなたの首にかかっているこの手を離して差し上げます」
神「……う、あ……?」
隠「嘘は申し上げません。正直、あなたは手ごたえが無さ過ぎてあまり楽しめませんでしたので――コンテニューですよ。ゲームを続ける、という決断をするだけであなたは直面している終焉を回避できるのです」
神「……あ、……っ」
隠「ですが……それが出来ますか? 賢い貴方ならお気づきでしょう。あのドアの向こうにもココと同じレベルかそれ以上のトラウマを設置しておりますので」
神「――ひいっ!? いや――いやぁ……」
隠「神 貴理恵さん。学校にはあまり馴染めていないようですね。噂によるとかなり陰湿なイジメを日常的に受けているとか。生徒たちの間で噂になっているようですが」
神「やめて……もう……」
隠「どうです? あなたの深層心理に刻まれた【恐怖の原体験<トラウマ>】に挑戦するというのなら、私はその勇気を褒め称えコンテニューを許可しましょう! 何度でも、何度でも! 深層心理の奥深く! どこまでも、どこまでも!!!」
神「……ぅぇ……ぇぇぇ……ぇぐっ……」
隠「……壊れてしまいましたか。哀れなものですね。家庭にも学校にも居場所が無く、ただ一人の理解者も得られないまま孤独に消えていくなんて。同情を禁じ得ません――が。私に出来ることは――悪夢の連鎖を今ここで終わらせてやることぐらいですので」
神「……ひ……と……い、お……」
隠「さような――らっ!」
ゴキッ
隠「……ら? ら、ら、あ、ああ!? な、なんだああああっ!? い、痛ぃい!?? なんだコレはァ!? く、クランク!? 車修理に使うクランクがッ!? 私の足を、足をっ!?」
神「ひと、……り、じゃ……な……」
隠「きさまアアア!!! 私の足を――足が、折れてエエエエエ!!??? クソッ、このガキがッ!!!」
神「おま、え……なんか……にっ」
隠「壊れてなかったのかっ、クソックソッ!!! 希望を……希望を持ってやがったな……クランクがそこにあるって信じやがったな……反撃できるって思いやがったなァアア!!!? 痛てえええクソッ!!」
神「わたし、は……しなない、んだ……だって、やくそく……っ」
隠「このガキ! 逃げても無駄だってのが分からねえのか!! どこへ逃げても地獄しか待ってねーんだよ!!!」
神「ひ、と……やくそく、を……」
隠「クソッ……足がッ……! 大人しく絶望しやがれ! そのドアの向こうは地獄なんだぞ! またトラウマを抉られるんだ!」
神「そう、おもわせ、る……のが、もく、てき……だ」
隠「な、何だって……?」
神「ここは、わたしの、ゆめ……なら、わたし、がおもった、とおりに……」
隠「なるわけねーだろバカか!? アホか!? このガキっ!! 勝手に勘違いしてんじゃ――」
神「――なるんだ!」
神「……」
隠「き、気絶しやがった……ドアノブに手をかけたまま気絶しやがった! アハ、あははは!」
隠「バカがっ!! 精神力を使い切りやがったな! ガキのくせに調子に乗るからだ! 私の精神攻撃を受けてマトモでいられるわけがない!」
隠「『反撃できる』なんて考えやがって……クソッ、ダメージは現実にフィードバックするってのに――」
隠「まあいい。この手痛いしっぺ返しは教訓にしよう。どんな弱者も侮ってはならないという教訓だ……」
隠「さて、後始末を済ませるか。今なら寝入る赤子を縊るように容易く――」
ガチャ
隠「……あ?」
キィィ……
隠「なんだ……ドアが勝手に……?」
俺「……ん? 神? ……と誰だお前」
隠「……へ?」
俺「ん? えーっと、オイ、神。どうした? 怪我してんのか?」
神「……」
隠「何だ、お前……いったいどこから……どうやってコイツの夢に入って来た!??」
俺「……何だかよくわかんねーけどさ」
隠「答えろ!! 答えろって――」
俺「お前……俺の友達に何してくれてんだよ……!」
隠「……っ!?」
ちょっとメシ食ってくる
いてら
隠「ああ、なるほど。貴方、このガキから能力を与えられた能力者ですか。だとしたら合点がいきます。私と同系統の能力であれば夢の中に侵にゅ――ガヒッ!? にゃ、にゃにを……!?」
俺「右ストレートで鼻を潰した。次はアッパーぎみの左フックで肋骨にヒビ入れるわ」
隠「ま、待て――! 俺の能力の前ではおまエぎぃぃいいぃいっ!??? あがっ、がはっ」
俺「ん? お前、その足、折れてんのか? それじゃあローキック入れてやるよ」
隠「待って待ってま――ぎぃぃぃい痛い゛痛い゛痛い゛い゛い゛い゛い゛!!!? 待て、まって――私の話を――」
俺「聞くかボケナス。これでも――」
隠「ひ、ひいいいいいっ!???」
俺「喰らってろ!!」ゴッ
隠「アガッ――――ァ……」
俺「おい、生きてるか?」
神「ん……ぅ」
俺「死んでるわけじゃなさそうだけど……おい、神。いまいち状況が分からん。起きて説明してくれ、おい」
神「……んみゅ」
俺「ったく呑気なヤツだな。おーい、起きろって」ペシペシ
神「ふんにゃ……」
俺「なんで嬉しそうなんだよ……ったく、意味わかんねーが、約束は約束だ。とりあえずお前が目を覚ますまで――ここで護っててやるよ」
神「……ぐぅ」
――明けない夜が無いように、醒めない夢などありはしない――
――悪夢は日の出とともに終わりを告げ――
――けたたましい時計の電子音<アラーム>が彼女の精神を現実世界へと引き戻す――
――
――――
――――――
隠「あのガキ、どもっ……次は殺す。私の切り札で――」
男「その必要はありませんよ、影先生」
隠「……え?」
ドスッ
男「あなたには失望しました。嫌いなんですよね、私、仕事出来ない人って」
隠「な……ん、で……」
男「ああ、そうそう。お貸ししていた能力も返してもらいますよ。【夢の世界を自由に旅する能力】」
隠「ま、待って……それがないと……その能力が無いと私は――!」
男「ええ。そうですね。永遠に夢の世界を彷徨い続けることになりますね。ですが――それって私と何の関係も無いですよね?」
隠「そん……な」
男「それでは影先生。さようなら。もう二度と会うことはありませんけれど」
――――――
――――
――
神「おい、人。昨日、私はお前の出てくる夢を見たぞ」
俺「そうか奇遇だな。俺もお前の夢を見た」
神「なんだソレ。気持ち悪いな」
俺「最初は学校の夢だった。でもなんとなくお前に呼ばれてる気がしてな。夢の中のここに来たんだ。でもドアにカギがかかってて開かなかった」
神「なんだそれは。私が出てこないじゃないか」
俺「しばらくガチャガチャしてたらカギが開いて――お前が見知らぬ男にイジメられてたから助けてやった。ありがたく思えよ」
神「いや、それって夢の話だろう? だいたい私はイジメられたりなんかしないからな?」
俺「夢の中とはいえ助けてやったんだ。感謝しろよ」
神「でも夢の中の話じゃなぁ……まあ感謝はするが」
俺「するんだ」
神「……ありがとう」
俺「気持ち悪いな」
神「なんだ、照れ隠しか? 聞きたいなら何度でも言ってやるぞ?」
俺「やめろ」
神「約束通り私を守ってくれてありがとう。私が今こうして生きているのはお前のおかげだ」
俺「……そうかよ」
神「そうだよ」
といった所で一時中断。3~4日周期で更新できればなーって感じで続けて行きたいです。よろすこ。
乙
頼むからエタるんじゃないぞ
スレタイのゆるゆる日常は何処
最初男と俺を同一人物と勘違いしたせいで主人公とんだクレイジーマッチポンプだなと思ってもうた
――
――――
俺「はい。というわけで今からお前を鍛えます」
神「何を言っている。今日はお前に【切り札】の使い方を――」
俺「いや。ぶっちゃけ俺、能力使わなくても強いし」
神「愚かな……いかに身体能力が優れていようとも無能力者が能力者に勝てるわけが」
俺「アイアンクロー」ガシッ
神「うあー!? 何をする!? やめろー!???」ブラーンブラーン
俺「昨日みたいにまた襲われたらどうするんだ?」
神「き、昨日のアレは不意打ちで動揺させられて、そのまま相手のペースに乗せられてしまっただけだ! 普通に戦えばあんな奴――」
俺「不意打ち奇襲は当たり前って言ってたのはお前だろうが」
神「むむぅ……し、しかしだな……」
俺「シカシもカカシも無い。とにかくお前は身体能力が弱すぎる。メシちゃんと食ってるか?」
神「強さにゴハンが関係あるのか?」
俺「――ある。人間、ふだん何食ってるかで強さが決まる」
神「なら私は最強だな! 週に一度は近所のお店でデラックス黄金パフェを食べているからな!」
俺「――3点」
神「な、何だ? 何の点数だそれは」
俺「パフェって……そんなもん食ってるから殴り負けるんだよ。いいか? 今日からパフェ禁止だ!」
神「んなっ!? 何でお前にそんなことを決められなきゃいかんのだ!!」
俺「うっさい! 明日から毎日おにぎり喰え! おにぎり!!」
神「いやだ! 私はサンドイッチ派だ!!」
俺「はい。というわけで実践だ」
神「なんでゲームセンターなんだ」
俺「ここは遊びながら身体能力を強化できる優れた訓練施設だ。ますはアレを見ろ」
神「……でっかい画面にピコピコ光る矢印が流れているが。手前にお立ち台のようなものがあるな」
俺「あれは『ダンス・ダンス・リベレーション』というゲームだ。今からお前にはアレでダンスしてもらう」
神「なんでそんなこと私がしないといけないんだ」
俺「何だ? 出来ないのか?」
神「私に出来ないことはない! ないが…………ひとりで踊るとか、恥ずかしいだろ」
俺「仕方がない。最初は俺も隣で一緒にプレイしてやるから」
神「む……まあ、それならちょっとぐらいは……」
俺「じゃあ選曲は俺が……お前初心者だからなー、これぐらいがちょうどいいか? 『Red Shoes』に決定っと」
神「おい、人! それ明らかに初心者向けじゃないだろ!? さっきチラッと『難易度:死ぬほどハード』って書いてあったぞ!」
俺「大丈夫大丈夫カンタンな方だから。…………死ぬほどハードの中じゃ」
神「おい!? 今最後の方何って言った!? ちょっと待て!? 何か画面がおどろおどろしい雰囲気に……な、何か音楽のテンポがおかしくないか!?? や、矢印が画面いっぱいに――!??」
俺「ちなみに得点が俺の半分以下だったら罰ゲームとして1週間パフェ禁止な」
神「あ、あわわ? スタートって!? まってまってまってちょっと――」
俺「フォオオオオオオオ!!!」ダダダダ!!!!
神「うわああああああ人すっごい上手いぃいいぃいいいいい!?!?!?」
神「足つったぞ。どうしてくれる」
俺「普段まったく運動していない証拠だ。次のゲームに負けたら明日から毎朝10キロ走り込みな」
神「まて。ちょっと待て。本気で足動かない。ちょっと休憩だ」
俺「仕方ねーな。なんか飲み物買って来てやる。何がいい?」
神「私の人生の中で今ほどスポーツドリンクを口にしたいと思った瞬間は無い」
俺「わかった。おしるこだな」
神「お前私の話聞いてたか?」
俺「分かった分かった。ちょっと待ってろって」
神「早く帰ってこいよ」
俺「ああ。はいはい」
――――
――
俺「この季節、おしるこは無いのか……」
私「あの。ちょっといい?」
俺「……何すか」
私「キミ、貴理恵さんのボーイフレンドなの?」
俺「あんた誰だよ」
私「あー、ごめん。私は私だよ」
俺「……喧嘩売ってんの?」
私「私(わたし)は私<ワタシ>って名前なの。私 理津子<ワタクシ リツコ>って言うんだ。よろしくね?」
俺「何かデジャヴな感じの名前だな。んで何の用? こっちはあんたに用は無いんだけど」
私「私にも大した用事はないんだけどさ。けどひとつ忠告させてもらおうかと思ってさ」
俺「いりません。さようなら」
私「ああちょっとちょっと!? 待ってってば――あの子――神 貴理恵さんには近づかない方がいいよ! あの子の傍にいると、そう遠くない将来、キミにとてつもなく大きな不幸が舞い降りることになるんだから!」
俺「へー、おしるこ好きですか?」
私「……あまり興味をひく話題じゃなかったかな」
俺「空気察してもらえます?」
私「キレると敬語になる人って、たまにいるよねー……アハハ、ごめん。邪魔したね。それじゃ、またね」
俺「……新手の宗教か?」
神「なんだ。どうした? 遅かったじゃないか」
俺「ああ、うん。ちょっとカルト宗教に勧誘されてて」
神「ははは。マヌケ面さらして歩いているからだ」
俺「はいコーンポタージュスープ」
神「鬼の所業だな」
俺「冗談だって。はい、スポーツドリンクだ」
神「すまんな。 ――――っぴひい~~ぃ……生き返る!」
俺「美味そうに飲みやがって。俺にはコーンポタージュを押し付けておいて……」
神「それお前が買って来たんだろうが。仕方がない。これを分けてやろう。ほれ」
俺「いらん。アホっぽさが伝染するかもしれん。逆に俺のコーンポタージュを飲めば強くなれるかもしれんぞ、ほら」
神「さすがに飲みたくない。さて、そろそろ回復したぞ。次はアレやろう、アレ。あの鉄砲でゾンビ撃つやつ」
俺「……なあ、神よ」
神「何だ人よ。アレだって立派な戦闘訓練だろう? ほら、早く行くぞ」
俺「お前って……」
神「ん? 何だ? どうかしたか?」
俺「……いや。次の罰ゲームは何にしようかなって考えてただけだ」
神「ふむぅ……ではお前が負けたら朝ごはんを米食からパン食に変えろ」
俺「じゃあお前負けたら米派に改宗しろよ」
神「はははぬかせ! 貴様の食事を3食パンの欧米式に変えてくれよう! ほら早く来い! はやくはやく!」
ちょっと時間できたので。ほら、ゆるゆるしてきたのでタイトル詐欺は回避されました(トランプで戦うとは言ってない)
とてつもない不幸……まさか寝てたら突然顔にGが降ってくるとか!?いや起きてベッドから降りた第一歩で踏み潰す方がダメージでかいな
――――
――
俺「早く来い」
神「ま、待て。もうちょっとゆっくり歩いてくれ」
俺「遅せーよ。日が沈んじまうだろうが」
神「そうは言ってもだな……ぅぅ……背中の筋肉が痛い……足もガクガクするし……」
俺「ったく仕方ねーな。ほら、つかまれ」
神「なんだ? 握手でもしようというのか?」
俺「手ぇ引いてやる。早くしろ」
神「……え? あ、えっと――い、いい! い、いらん! ひとりで歩け――」
俺「フラついてんじゃねーか。ったく」
――俺は彼女の手を取った。その指先はあまりに微細く、力加減を少しでも誤れば簡単に潰れてしまいそうなほど――
――私は――
神「はなせっ! 触るなっ!」
俺「……!」
神「……あ。す、すまん。何でもない。大丈夫だ……ひとりで、歩ける」
俺「……」
神「……今日は、ここまででいい」
俺「……」
神「それじゃ……」
俺「何が『それじゃ』だ、バカ」ペシッ
神「ひゃ!? な、何をする!?」
俺「何か忘れてないかオイ? なあ?」ペシペシペシ
神「な、何の話……やめろ! 連続でおでこぺちぺちするな!!!」
俺「お前、大事なこと忘れてるだろ」
神「……何だ」
俺「今日一日、俺とお前は何をした?」
神「……ゲームセンターで対能力者戦を想定した訓練を実施した」
俺「――楽しかったか?」
神「……へ?」
俺「楽しかったかって聞いてるんだ」
神「それは……楽しく無かったと言えばウソになるが……」
俺「だろ? だったら――それでいいんだよ」
神「人……お前……」
俺「だから、神。俺とお前の――」
神「……うん」
――彼は私に手を差し伸べた。再び、差し伸べてくれた。ああそうか彼は私の――
――だから私は彼の手を――
――今度はきっと――
俺「割り勘だから」
神「…………………………………………はい?」ピクッ
俺「ぜんぶ俺が立て替えてやってたんだから、半分払え。400円」
神「え? いや……え?」
俺「なんだお前。おごらせる気だったのか?」
神「いやちょっと待て! 人よ、そこはお前、何かもうちょっと、何というか今ちょっとだけ……えーっと、雰囲気的に何か違うだろ!?」
俺「ああそうだった。ジュース代も払え合計550円だ」
神「……あれぇ? 何か今……あれぇ……???」
俺「本当に無いのかよ」
神「ほ、本当だ! ちょうど小銭の持ち合わせがなくてだな」
俺「はあ? ちょっとサイフ見せてみろ」
神「うたぐりぶかいな!? なら見るがいい! ほら、無いだろ!!」
俺「お前、ちょっとジャンプしてみろよ」
神「なんでだよ!? 明日ちゃんと返してやるからいいだろ」
俺「……必ず持って来いよ」
神「分かっている。まったく、これほどケチなヤツとは思わなかったぞ」
俺「お前なぁ、金の貸し借りってのはキッチリしとかないと――」
警官「あー、ちょっとキミ」
俺「!?」
神「!?」
警官「こんな人通りの少ない場所で、女の子に財布を出させて……何をやっているのかな?」
俺「い、いやこれは――っと」
神「え? えーっと?」
警官「女の子を狙った恐喝だなんて、まったく世も末だな……」
神「あ、あの違うんです! これはその……あの……じゃ……なくて……」
警官「え? 違う? どう見てもお金を取られているようにしか見えないけど。脅されて言わされてるの? なら少し離れた所で事情を聞こうか?」
神「違う! こいつは私の友達だ! さっきまでゲームセンターで一緒に遊んでたんだ! 私の分も立て替えてくれて……でも私が小銭を持ってなかったから――それだけだ!」
警官「そ、そうなのかい? まあそこまで言うなら私の勘違いだったのかな……」
神「そうだぞ! まったく勘違いも甚だしい…………です」
俺「キャラぶれてんぞ」
神「うっさい! お前がしつこいから要らぬ疑いを掛けられたんだ!」
俺「チッ、反省してまーす」
神「ぐぬぬ絶対反省してないだろ」
警官「あはは。本当に仲良しみたいだね。キミも……疑って悪かった、謝るよ。この通り」
俺「かまいませんよ。警察官は犯罪を取り締まるのが仕事なんすから」
警官「でも、もう学生が出歩いてていい時間じゃないよね。早く家に帰りなさい」
神「は、はい! そうか、もうそんな時間か――それじゃあ人、また明日な」
俺「ああ、それじゃまた――っと、最後にひとついいか?」
神「ん? 何だ?」
???「トランプを扱う能力と聞いたので私と似た存在だと予想したのですが…GOOD!楽しくなってきた」
俺「なんで警察官でもないのにそんな格好してんの?」
神「――え?」
警官「……何を言っているのかな?」
俺「神、俺の後ろに隠れてろ」
神「あ、ああ。わかった」
警官「こらこらキミたち。大人をからかうんじゃない」
神「どういうことだ? あいつ偽警官なのか? いったい何を根拠に――」
警官「はは。疑ったことの仕返しかな? それじゃあ私は巡回があるから行くけれど……」
俺「クセェ芝居は止めろよ犯罪者。お前のやってることは公務執行妨害って立派な犯罪なんだぜ」
警官「……あんまりしつこいと補導するよ? ちょっと交番まで一緒に行こうか?」
俺「それには及ばねえよ。向こうから来てもらおうぜ」ピッピッピ…
警官「……ッ!? お前ッ!!!」
神「人? こんな時にどこに電話するつもりだ?」
俺「何言ってんだ。不審者を見かけたら警察へ通報。これ市民の義務だろ」トゥルルル…
警官「――やらせると思ってるのか?」
バスッ
俺「―ーッが!?」
神「ひ、人!」
警官「ふぅ……あぶない所だったね。あやうくホンモノを呼ばれてしまう所だったよ」
神「け、拳銃!!」
俺「いや、あれも偽物だ。おもちゃの銃――だが」
警官「実銃に近い威力が出るように改造してある――いわゆる改造エアガンというやつだよ」
神「人! 手は大丈夫なのか!?」
俺「ああ、携帯は逝っちまったけどな」
警官「大きな声を上げれば撃つ。私に近寄っても撃つ。逃げようとしても撃つ。私に許可なく何かしようとしても撃つ――女の子の方をね」
神「――っ」
俺「俺の後ろから動くなよ」
警官「弾頭には鉛を使用してある。実験の結果から骨を貫通するほどの威力はないが肉をえぐり内臓を傷つける程度の威力は保証しよう。急所に当たれば命にかかわるだろうし、そうでない場所に当たっても激痛を与え肉をこそげ落とし血を飛び散らせて……一生ものの傷を残すだろうね。いや、顔に当たらないか心配だ」
俺「……それで?」
警官「交渉しよう。互いにとって最大の利益になり、最小の被害に抑えられる妥協点を探り合おうじゃないか」
俺「交渉? 有利なのはこっちなんだぜ。お前は顔を見られてる。仮にここを逃げおおせても――俺がそっくりな似顔絵書いて全国指名手配してやるよ」
神「人、お前絵なんか描けるのか?」
俺「静かにしてろ」
警官「はは。それじゃあ仕方がない。警察官の格好をした不審者から二人の学生を殺害した凶悪殺人犯にクラスチェンジするとしよう」
俺「そんなオモチャで殺しきれると思ってるのか? 本物の拳銃でも難しいってのに」
警官「まずキミに一発命中させる。どこでもいい。ひるんだ所にもう一発撃ちこむ。キミは動けなくなる――そこから先の説明は必要かな?」
俺「――必ず当たるとでも思ってるのか?」
警官「当たるさ。さっきも言ったけど私はキミを狙わない」
俺「分かった。それじゃあこの場は見逃す。すぐには通報しないしお前を追うようなこともしない。似顔絵も下手に書いてやるよ」
警官「ありがとう。けれど足りないね。それでは私に利益がない」
俺「何が望みだ」
警官「その子の身柄を一時的にで構わない。私に預けてくれないか?」
神「……へ?」
神「私の……身柄? なんだそれは、どういう意味――むぎゅ!?」
俺「顔出すな。ひっこんでろ」
警官「1日とは言いわない。1時間――いや30分。そうだ30分で構わない。その間、キミは私が不審な行為をしないか見ててくれてもいい」
俺「……こいつに何するつもりだ」
警官「何というのかな……こんな説明をして信じてもらえるかは分からないが……つい先日『声』が聞こえてね」
俺「声……?」
警官「その声は私にこう言ったんだ。『お前は他人にはない特別な能力に目覚めた』って。そして事実、その通りだった」
神「――能力者っ!!」
警官「私の能力は『屈服させた者を奴隷にする能力』! 私の芸術的拷問に30分間耐えられれば潔く諦めよう。警察にも自主するし余罪についても全て自供する。もちろん傷が残るような拷問は決してしないと約束する。あくまで非暴力的に最大限の苦痛を短時間で効率よく与え、なるべく速やかにスマートに敗北を認めさせることをも重ねて約束するが――どうだろう?」
俺「……なあ、神。どう思う?」
神「キモいと思った」
俺「つーわけだ。悪いな」
警官「どうしても彼女が無理というなら……別にキミでも構わないけど」
俺「……うわぁ」
神「人、行ってみるか?」
俺「交渉――――決裂だサイコ野郎!!!」
警官「残念だ。殺しは専門じゃないんだけどね!!!」
俺「殴り潰す!」
警官「なるほど。身を挺して彼女を守りながら突進、と――ずいぶん英雄的な選択だね。銃口を向けられて僅かな怯えも見せないなんて素晴らしいよ。けれど――ああ、これはもう要らないや」
俺「銃を――捨て――!?」
警官「こっちが本命だ」ジャキンッ!!
俺「んなっ――!?? そんなモンどっから――!!!?」
警官「短機関銃<サブマシンガン>――! 二挺とも私の自信作でね!!!!」
俺「クソッ!!! 間に合――」
――土砂降りの轟音が夕暮れの住宅街に響き渡った。およそ景観にそぐわない破壊の雨がアスファルトを削りコンクリートに穴をあけていく――
――時雨に晒された雪のように地面や塀が溶けて行き――
――後に残ったのは――
警官「……やはりそうか。私の目に狂いはなかった。キミたちはやはり――――私と同類の! 能力者!!!」
俺「一緒にすんな、ったく。神――怪我してないか――?」
神「……ああ、平気だ。お前のお蔭でな」
警官「何だそれは? 紙? 紙で壁を作って弾丸を防いだのか? いや紙ではないな。ただの紙なら弾丸を防げるはずはない!!」
俺「ああ、ただの紙じゃない。こいつは――『トランプ』だ!!!」
――防壁を構築していたカードたちがフワリと宙に浮いたかと思うと、それらすべてが勢いよく短機関銃の持ち主めがけて殺到する――
警官「これは――!」
俺「一枚一枚が鋼鉄並みの鋭さだぜ――避けてみろよ?」
警官「舐めるなよ――」
俺「っ!? ヤバい!! 神、耳塞いで伏せろ!!!」
神「――え?」
警官「もちろん私の手作りだ――この手榴弾もね!!!」
――爆発音と閃光、そして土煙が瞬時にして視界を包み込み――
警官「ごほっ、ごほっ――弾丸をはじくほどの強度を持っていても質量と形状は紙のまま。ならば爆風で容易く吹き飛ぶ――正解だったようだ」
俺「ああ。正解だ」
警官「っ! いつの間に――!?」
俺「鼻血まき散らしてぶっ倒れろ! オラァ!!!」
――人 庵<ヒト イオリ>は腕っぷしに自信があった――
――殴り合いの喧嘩で負けたことは無かったし、得意の右ストレートを顔面に叩き込んでやって倒れない相手はいなかった――
――タイミングも間合いも完璧だ。銃火器を使うどころか指先を動かす間すら与えない――
――確実に仕留めた。煙幕に紛れ虚をついた一撃だ。回避も防御も間に合わない――
――事実、そいつはなすすべなく顔面に拳を受け、ぶざまに鼻血をまき散らすことになった――
――しかし――
――しかしその相手は、いままで庵が喧嘩をしてきたどんな相手とも違っていた――
――そいつは回避も防御もいかなる対抗策も差し挟む隙が無いと理解するや否や――
――自ら顔面を庵の右拳に向かってぶつけて来た。それも物凄い勢いで――
俺「――なっ!??? なんだコイツッ!??? ぐっ――!!!?」
警官「オゴッ!!? アバぁ……ハハハ! い゛い゛パ゛ン゛チ゛持゛って゛る゛な゛。グギギ……ギ、鼻の硬骨にヒビ入ったんじゃないか、これ」
俺「なんで――俺の手がッ!?? クソ痛てえ……ッ」
警官「頭蓋骨は人体で最も頑丈な骨組織なんだよ。『当て方』と『タイミング』さえ間違わなければ手の骨なんかに負けはしない」
俺「クソッ!!! 鼻血まみれのクセに!!!! オラッ!!!!」
警官「そんな蹴りが当たるかよ! 小僧!!」
俺「ちっ、逃げるつもりか!?」
警官「あたり前だ。ちょっとはしゃぎ過ぎたからな。人が集まる前にサヨナラするさ」
俺「待て! この偽警官! 変態テロリスト!!」
警官「狂<クルイ>。それが私の名だ。覚えておけ、小僧――それと」
俺「待ちやがれクソ野郎!!!」
狂「この勝負、引き際を間違えたお前の負けだ――」
俺「クソッ……逃がしちまった……」
――
――――
狂「隷<レイ>、ちょっと出てきて」
隷「はっ、狂さま。お呼びでしょうか」
狂「なんか飲み物買ってきて。喉乾いた」
隷「そうおっしゃると思いまして、既にご用意しております」
狂「うん。私もキミが用意してくれてるんじゃないかって思って頼んでみた」
隷「どうぞ」
狂「ありがとう――んぐっ、んぐっんぐっ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ……生き還る。美味しいねこのミネラルウォーター」
隷「近くの公園で汲んだ水道水です。ペットボトルはゴミ箱に捨ててあったものを再利用しました」
狂「ブーッ!? ちょっと隷さん!? キミ、私の能力で奴隷化してるハズだよね!? 前から思ってたけど、ちょいちょい反抗的じゃないかな???」
隷「いえ。私は狂さまに絶対服従の奴隷です」
狂「三回まわってワンと鳴いてみて」
隷「いち、にー、さん……ワゥオォーーーーン!!!」
狂「毎度のことながら上手いね。動物の鳴きまね」
隷「お褒めに預かり光栄です。ああ、それと犬で思い出しましたが」
狂「何だい」
隷「私がその水を汲む前、公園の水道に犬が口つけて水飲んでました。よだれベロベロまき散らしながら」
狂「ブーッ!??? ちょっと隷さん!?? なんでそんなことするかな!???」
隷「主<あるじ>である貴方には悪意を持った反逆行動の類は出来ませんが、【悪戯<イタズラ>】の範囲でしたら反抗が可能みたいですので……」
狂「……私の能力ってハズレじゃないかな」
隷「そんなことはありません。私の行動は『屈服させた者を奴隷にする能力』によって制限されておりますので、普通の奴隷と違って寝首をかくことは原理的に不可能なのです」
狂「……本当ぉ?」
隷「本当本当、私、嘘つかない」
狂「まあいいや。とりあえず車まわしてよ。歩くの疲れた」
隷「そうおっしゃると思いましてご準備させていただいております」
狂「素晴らし……ちょっと隷さん」
隷「早くお乗り下さい。荷台に」
狂「どうして軽トラックなんだい」
隷「いえ。中古で安かったので」
狂「わざわざ買ってくれたんだ……でもせめて助手席に乗せてくれないかな。これでも結構ダメージ喰らってるんだけど」
隷「だと思いまして、すぐにでも休めるよう荷台にお布団を敷いておきました」
狂「……キミはもしかしたらこれら一連の行動を悪意なくやってるのかい?」
隷「はい。純粋な忠誠心からです。なにかご不満な点でも?」
狂「……ないです」
隷「結構。それでは出発しますが」
狂「あー……隠れ家の方がいい」
隷「病院へは? 医者の適切な治療が必要ではないかと進言します」
狂「前も言ったでしょ。人の集まる所は罠が張ってある可能性が高いの。それと――私たちをずっと監視してる奴が2人いる」
隷「……気づきませんでした」
狂「あいつら振り切って、さっさと家で休みたい」
隷「そうおっしゃると思いましてお風呂も沸かしてあります」
狂「……あ、それは有り難いね」
隷「ところで狂さま。ひとつ疑問があるのですが」
狂「なんだい」
隷「手榴弾を投げる直前、どうして私を制止なさったのですか? 手筈通りなら、あの煙幕に紛れて娘の方を拉致することになっていたはずですが」
狂「言っただろ。他に2人、あの場にいた。下手に動いていれば隷、お前ごとやられていた」
隷「……私が、ですか」
狂「うん。二人とも、たぶん私ぐらい強い。強さのベクトルは全然違うだろうけど」
隷「であれば猶更あの娘、狂さまが保護された方がよかったのでは?」
狂「どうかな。まあ、おそらくあの娘にとっては彼の傍が最も安全なんだろうさ。当面はそれでいい」
隷「……了解しました」
――――
――
神「見てみろ人よ。昨日の今日だというのに全国紙のトップを飾っているぞ。ネットニュースでもバンバンやっている」
俺「……お前、スマフォ持ってたのか。なんか意外だな」
神「心なしかバカにされてる気がするが」
俺「気のせいだ。ちょっと新聞見せてみろよ。えーっと何々……二歩で反則負け? うわー、タイトル戦でこれはキツいな」
神「将棋のコーナーを読むんじゃない! こっち読め! こっち! 『夕暮れの住宅街で銃撃戦!? 犯人未だ見つからず。テロの可能性も』っ!」
俺「へー、コボちゃんってまだやってるんだ」
神「ちょっとは関心をみせろ! おい!!」
俺「……いやだ。思い出したくもない」
神「どうしてだ? あれだけの敵と互角以上に戦ってたじゃないか? 逃げられはしたが実質、お前の勝利と言っても過言ではない!」
俺「……神」
神「ん? 何だ人よ」
俺「いきなりで悪いんだが……ちょっと」
神「なんだ」
俺「付き合ってくれ」
神「なーんだ、もったいぶるから何かと思えば付き合………………え? 付き合う? 誰と誰が?」
俺「お前が俺に、だ」
神「…………え? えーっと、付き合うって…………つ、つつつ付き合うって、あの…………付き合うってことですかァー!???」
俺「何言ってんだお前。ほら、さっさと準備しろよ」
神「何言ってんだはお前だろ!!! じゅ、準備って……な、ななな何てハレンチな! 私たち、まだ手もちゃんと繋いでないのに!!!?」
俺「……付き合うって、アレだからな。『ちょっと一緒に来てください』って意味だからな」
神「私をどこに連れ込む気だ!?? アレか? 街はずれにあるお城みたいな建物か!?? あそこか!??? 確かにちょっと中とかどうなってるか前々から気にはなっていたが――い、いや! だからと言ってまだ早すぎる……いやいやいやいや! 付き合ってないからな! そもそも私がお前なんかと付き合うだなんてそんな可能性は微塵も存在しないから! あり得ないから!!! そもそもお前は私の何でもないし!? そもそも以前の前提として私は――――」
俺「……」
――
――――
俺「着いたぞ。ここだ」
神「……何もグーで叩くことないじゃないか」
俺「みねうちだ。安心しろ」
神「もういい。ところで……ここは何だ? ボロボロのお寺みたいだが……」
俺「道場だ」
神「どーじょー? 何の?」
俺「昔、俺が通ってた」
神「へー、そうなんだ。何の格闘技だったんだ? 空手か? 柔道か?」
俺「妖術だ」
神「……ん?」
俺「どうした」
神「すまん。何かジャンル違いの単語が聞こえたような気がして。もう一回いってくれ」
俺「妖術だ」
神「何……だと……?」
俺「安心しろ。妖怪を自称している変人が勝手に自称しているだけで、基本的には普通の格闘技術を教えている場所だ」
神「そんな面白スポットが私の住む町にあったなんて……ちょっと興味が湧いて来たぞ」
俺「じゃあ入るけど……覚悟しておけよ」
神「何を?」
俺「いろいろだ」
妖「はーい☆ 庵ちゃんおひさしぶりっぶりっ☆」
神「うわぁ……」
俺「ご無沙汰してます師匠」
妖「いやーん可愛い生物はっけん☆ なにコレなにコレー???」
神「え、いや、あの、その…………ごめんなさい」
妖「なんで謝るのっ!??」
俺「あんたのテンションにドン引きしてるんすよ」
神「人……大丈夫なのか、いろいろと」
俺「大丈夫だ。無駄に巨乳で無駄に美人で無駄に身長高くて無駄にスタイルの良い年齢不詳の……たぶん人間だ」
神「たぶんが付いてはいけない部分に付いてしまっているな……」
妖「なにをコソコソしてるのかなっ??? まったく、来るんだったら来るって連絡してよねっ☆ ぷんぷんっ!」
神「人……帰っていいか?」
俺「ダメだ。というか慣れろ。これからしばらく一緒に過ごすんだから」
神「……へ?」
俺「師匠。いきなり押しかけて悪いんすけど、こいつ預かってくれませんか」
神「…………へ?」
妖「べつにいいよー☆」
神「……………………えええええええええええ!!??? ちょ、人!?? イヤだぞ私は! というか何でだ!?」
俺「最初の夢の能力者の時に気が付くべきだった。神、お前は明確な意志の下に狙われてる」
妖「神ちゃんっていうの??? お姉さんとツイスターゲームしようか??? ちょっと押し入れからとってくるね☆」
神「ああ、知ってる」
俺「いや、コイツじゃない。他の能力者たちに狙われている。理由は分からないが……立て続けに偶然襲われたってわけじゃないはずだ」
妖「ええっ!?? 庵ちゃん襲われちゃったの!?? 女に??? 男にっ???」
俺「ちょっと黙っててもらえますか?」
妖「……すみませんでした」
神「いや、たしかにそうかも知れんが……私に心当たりはないぞ」
俺「お前に心当たりがなくても襲ってくる奴らにはあるんだろうよ」
妖「うむ。奴ら能力者は底が知れぬ。慎重に動くべきじゃろう」
神「――ッ!? お前、能力者について何か知って――」
妖「え? いや適当に雰囲気合わせただけだよ???」
俺「師匠?」
妖「すみませんでした」
俺「謝れば済むって思ってませんか?」
妖「思ってない思ってない」
神「し、しかし……だからと言って何で私が、えーっと……」
妖「妖 狸狐<アヤカシ リコ>だよっ☆」
神「この人と一緒に過ごさなきゃいけないんだ!?」
妖「今名乗ったよ??? あたし名乗ったよね??? 微妙に距離感じるんですけど?」
俺「こんなだけど師匠は俺より遥かに強い。相手が能力者でもたぶん普通に勝てる」
神「そんなわけないだろう! 普通の人間が能力者に勝てるわけが――」
妖「おっぱいフロントチョーク!!!」ガシッ
神「うぎゅぁ゛ぁ゛ぁ゛!??? おっぱいで首が――息が出来な――ッッッ!???」
俺「それじゃあ師匠、頼みます」
妖「頭下げなくてもいいよ。どうせ暇してたから」
俺「……あいかわらず、弟子は取ってないんすか」
妖「そうだよ。キミが最後の弟子のまま」
俺「……っすか。じゃ、失礼します」
妖「気を付けてねー! ……ふふっ、いつの間にか大きくなったんだね。見違えちゃった。あんなに泣き虫だった庵ちゃんが――」
――そう、あれは焼けるような陽差しの強い夏の日だった。私たちが出会ったのは――
神「――……おっぱぃ」ガクッ
妖「うワー!?? ごめん存在忘れたまま回想に入ろうとしたってた!!! 神ちゃん!?? しっかり!!! しっかりして!!!!」
――
――――
俺「ここまで来ればいいだろ。おい、いつまでコソコソ嗅ぎまわるつもりだ」
私「酷いなー。これでも守ってあげてたつもりなんだけどな。陰ながら」
俺「……神をか?」
私「そうだよ。もちろんキミもだけど……気づいてる? 私がいなかったらどうなってたか」
俺「何のつもりだ。お前は誰で、目的は何だ?」
私「――私は【観測者<カウンター>】、目的は『見定めること』。彼女が『親』であることはほぼ間違いない。ならキミはもしかしたら――――」
俺「何の話だ? ボクシングの話か?」
私「――違う、とも一概には言えないかな」
俺「――ッ!? お前、いつの間に俺の背後に――」
私「私の能力はね、『時間のルールから外れる能力』。キミにだけこっそり教えてあげる。誰にもナイショだよ?」
俺「――離れろ」
私「っと、怖い怖い。危ないなーもう」
俺「小難しいことは分からないけどさ、神に手ぇ出したら――」
私「分かってるって。そうされないために信頼できる人に預けたんでしょ?」
俺「……お前、どこまで知ってるんだ?」
私「けっこう手広く知ってるよ。はるか昔のことからずっと先の未来のことまで」
俺「じゃあ答えろ。能力って何だ? どうしてこんな力がいきなり発現したんだ?」
私「それは……長くなるけど良い」
俺「3行でまとめろ」
私「神さま寿命で死亡
次の神さま選定日が4日後
このまま行くと彼女が次の神さま」
俺「……マジで?」
私「マジで」
私「単純な話だよ。彼女が死ねば次の候補者に自分が選ばれるかもしれない。仮に選ばれなかったとしても次の候補も同じように消してしまえばいい――そうだ、いっその事、他の候補者候補を全て消してしまえばいいんじゃないか? ――と、まあ殆どの能力者はそんなことを考えてるかもね」
俺「……なら、お前も例外じゃないわけだ」
私「私は例外だよ。いろんな意味で例外中の例外。神さまになんてなりたくないし。あなたはなりたいの? 神さま」
俺「知るか、そんなもん。考えたこともない」
私「あ、ちょっとどこいくの!?」
俺「嘘か本当か分からんようなお前の話に付き合ってても時間の無駄だ」
私「待ってよ。まだ話は終わってないんだからさー」
俺「うっさい。ついてくんな」
私「いいじゃん。待ってってばー」
俺「あのさ、この際はっきり言っておくけど俺は馴れ馴れしい奴は嫌いなんだよ。お前は俺の何なんだ?」
私「……浮気相手ってことにしてみない? 私、けっこう自信あるんだけどなー」
俺「次、俺の目の前に現れたら警告無しで攻撃する。理由は腹立たしいからだ、じゃあな」
私「……あらら、フられちゃったか」
――――
――
神「あの……妖さん。ちょっと良いですか」ピコピコ
妖「あれぇ? なんだか余所余所しいナー……せっかくお近づきになったんだから『リコちん』って呼んで欲しいゾイっ☆」ピコピコ
神「妖 狸狐<アヤカシ リコ>さん。ちょっと宜しいでしょうか?」ピコピコ
妖「離れた……だと?」
神「私はテレビゲームで遊ぶためにココに来たわけではないのだが」
妖「これはテレビゲームじゃありません! ネトゲです! PCゲームですッ!!!」
神「違いがよく分からんが……みんなと協力してこの怪獣を倒せば良いのか?」
妖「そうそう。世界中のプレイヤーとネット回線を通じて同じゲームを遊べるんだから、すごい時代になったもんよねー……あ、神ちゃん回復おねがい」
神「ボタンが多くでどれがどれやらわからん。画面もゴチャゴチャして見づらいし……」
妖「オゥ、現代っ子にあるまじき発言! お姉さんちょっと心配しちゃうんだから」
神「うむむ……自分のキャラがどこにいるのかわからん……あ、死んだ」
妖「神ちゃーん!?? くっ、守れなかった……」
神「やはりこーゆーのは向いておらん。というか……私はそろそろ帰るぞ」
妖「え? 何? いまちょっと良い所だから……うおっーしゃあああ畳みかけろおおお!!! スキル連打! スキル連打!!」
神「帰るからな!? オイ!! いいのか!??」
妖「ちょっと後にして! レアドロップかかってるんだから!!! いけるいける絶対いける必ずやれる自分を信じろおおおおーー!!!」
神「……付き合ってられん」
子供A「おっ、『モンスター・カリュード』じゃん! オレもやらせろよ!」
神「ん? 何だお前は……いったいどこから――」
妖「おお、ちょうど良い所に! 神ちゃんの代わりに入ってくれ!!!」
子供A「よっしゃ……ゲッ、ヒーラーじゃん。しかも死に落ちしてるし」
妖「御託はいい! さっさと自己蘇生して戦線復帰するんだ!!! アイテム好きなだけ使っていいから!!!」
子供A「ちょ、何だこのアイテム欄!? ……エクリプス・ボムがカンストしてるとか初めて見たんだけど。おばさんどんだけ暇人なんだよ」
妖「投げろー!! それを奴に向かって投げろー!!!」
子供A「え? いいのかよ……んじゃ遠慮しねーぞ。オラオラオラ!!!」
妖「オッケー入ってる入ってる!!! ダメージかなり入ってる!!!」
神「帰るぞー!? おーい!! 本当に帰るからなー!??」
ドタドタドタ――
神「今度は何だ」
子供B「ちょっと空<ソラ>! なんで先に行っちゃうのよ! あたしのこと待ってなさいって言ってたでしょ!?」
空「うるせえ! こっちはボマーで忙しいんだよ! ちょっと黙ってろ!」
子供B「んなっ!? 黙ってろって……!?」
妖「んほーっ!?? 敵さん瀕死モード突入ですよコレ!!! 取れる! これは取れる流れ!!! ウルティマ・アローぶっ込んでいいから!!!」
空「はぁ? そんなもんどこに――ってオイ!? なんで全クリ報酬が99個もあるんだよ!??」
妖「撃てぇえええ!!! 足りないんだ!!! 火力が、火力があああああ!!!」
空「いくぞ!? 本当に投げるぞ!?? 投げちまうからなっ!??」
子供B「……何やってんのよ。まったく、ガキにもほどがあるわね。たかがゲームにあんなムキになっちゃって」
神「お前たち双子か? なんだかすごく見た目ソックリだけど」
子供B「嫌々だけどね。ちなみにあたしの方がお姉さんだから。空はガキだからあたしが面倒みてるの」
神「そうか。偉いな」
子供B「べつに偉くなんてないわ。お姉さんとして当然のことよ」
神「私は神 貴理恵<カミ キリエ>だ。お前は?」
炎「あたしは間 炎<ハザマ ホノオ>。弟は間 空<ハザマ ソラ>――ってお姉ちゃん、神 貴理恵<カミ キリエ>!?」
神「ん? 私を知ってるのか? どこかで会ったっけ……?」
炎「ふふふ……あたしたちはシカクなの! あなたをやっつけるために来たんだから!!」
神「シカクって何だ? またゲームの話か……? まあいい。よくわからんが偉い偉い」ナデナデ
炎「なんで撫でるっ!? それに偉くなんかないんだからっ!!!」
神「そうかそうか。偉いなー」ナデリナデリ
炎「ぐぬぬぬぬ……」
神「あ、飴ちゃん食べるか?」
炎「もう! 子供じゃないんだからっ!!! そんなので買収されるわけないじゃな――」
神「ほら。クマさんペロペロキャンディーだよ」
炎「っ!? くっ……そんなものいったいどこで……っ」
神「フフフ……最近の100円ショップは何でも揃っておるのだ」
炎「――とりあえず貰っておくわ。でも勘違いしないでひょうらい。わらひらひはあらはろいろひをねらいりひら――」モグモグ
神「口にモノを入れて喋らない。お姉ちゃんでしょ?」
炎「むむぅ……」ペロペロ
妖「いっけぇーーーー!!!」
空「これでトドメだぁーーッ!!!」
――少年の放つ光の矢が邪悪な龍の心臓を貫いた――
――およそ人類の力では及ばないと思われたその巨体が今、崩れ落ち、大地に倒れ、伏し……――
空「……やった!? やったのか!??」
――Mission Cleared!!!――
空「よっしゃー! やったぜおばさん! イエー!!」
妖「ハイタッチ、イエーい! いやー、ギリギリだったねぇ」
空「俺もアイテム使い切った時はどうしようかと思ったし。まさかヒーラーで最上級モンスター殴りに行くことになるなんてなー」
妖「あははw あそこ笑えたよねー。ヒーラーの杖で叩くモーションとボイスが可愛いくってw」
空「すっげー遠慮がちに殴ってやがんのっwww 『ごめんなさーい』じゃねーよwww お前、相手よく見てみろよってwwww」
炎「ねえ、終わったの?」
空「なんだよせっかく勝利の余韻に浸ってんのに……ゲッ、炎……」
炎「『ゲッ、ホノ―』……じゃないわよ。あたしのことほったらかしでテレビゲームなんかに夢中になっちゃって……バカじゃない?」
空「何だよ。炎だってお菓子食ってんじゃんか。俺も欲しいんだけど」
炎「空が待たせるからでしょ。待たせた罰として空の分はナシなんだから」
空「はぁ!? 何だそりゃズリー!! ヒデェ!!」
妖「これこれ子供たちや。喧嘩するでないよ。お姉さんがお菓子もって来てあげるからみんなで食べようね」
空「え!? マジで!? いいのかよ、おばさん!?」
炎「空! 人の家でお菓子もらっちゃダメってママも言ってたでしょ!」
空「なんだよ。炎だって貰ってんじゃん」
炎「これはキリエお姉ちゃんに貰ったの! だからいいの!」
空「キリエお姉ちゃん……? って、その人?」
神「……負けた……子供に……完封負けした……っ」
空「なんか落ち込んでない?」
炎「キリエお姉ちゃん、トランプがものすごく弱いの。『神経衰弱』じゃカードの配置ぜんぜん覚えらんないし、『ババ抜き』だとジョーカーの場所が顔に出るし」
空「お前なぁ、そういう時はちゃんと手加減してやれよ……」
炎「したよ! したんだけど……」
神「来世は魚になりたい……そうだ、マンボウがいいなぁ……」
空「……そっとしておこう」
炎「うん」
――
―—――
隷「いらっしゃいませ……あら、あなたは昨日の」
俺「……おかしいな。俺はあの、狂って奴のいる場所に来たはずなんだけど」
隷「ここは何の変哲もない、ただの遺棄された自動車スクラップ工場です。狂さまという方はおられません」
俺「そうなのか? でもさ、俺の能力が言ってんだよ。ここにあの野郎がいるってな」
隷「あなたの能力はトランプを武器にするというものでしょう? 人の居場所を探知するような能力は無いはずですけど」
俺「じゃあ何でお前俺の能力知ってんだよ」
隷「それは昨日、狂さまと貴方の戦闘を見ていたからです」
俺「……えっと? お前、あいつの仲間なのか?」
隷「仲間だなんて恐れ多い。私は狂さまの奴隷です」
俺「……『あいつも能力者か?』」
――庵は束になったトランプの中から一枚を無造作に選んで引いた――
――そのカードは、ハートのQ――
――赤い絵札を見て、庵は嗤った――
俺「お前も能力者――それもかなり強いみたいだな」
隷「どうして分かるんでしょうか」
俺「『トランプ占い』だよ。赤ならイエス、黒ならノー。分かれ道にぶつかる度に『狂の居場所は何処だ?』って占い続けてここまで来た」
隷「なるほど。そんな使い方も出来るんですか。じゃあ『狂さまは私のことを愛しているか?』って占ってもらえますか?」
俺「……いいけど」
隷「じゃあお願いします」
俺「……えーっと、あんた名前は」
隷「隷<レイ>です」
俺「それじゃあ……『狂は隷のことを愛しているか』――あー……」
隷「どうですか?」
俺「ダイヤの7」
隷「それは良い結果ですか? 悪い結果ですか?」
俺「普通よりちょっと好意を持ってる程度。友達よりやや上だけど恋人には程遠い――ってレベルだ」
隷「……まあ、現実ってそんなものですよね」
俺「あー、なんかゴメン」
隷「いいんです。そんなものではないかと思ってましたから」
主人公、トランプに関した事ならもしかしてななんでも
できるのかな。
俺「それじゃあさ、そろそろ通してくれないか?」
隷「どうしてでしょうか」
俺「狂の野郎に昨日の借りを返しに来たからだよ。昨日は本気を出せなかったからな。今なら背負うモノも何も無い。全力で叩き潰してやれる」
隷「なるほど。狂さまとの戦闘をお望みなんですね」
俺「そういうこった。何ならお前も混ざっていいぜ。それともアレか? あいつの所に行くにゃ、まずお前を倒してからってお約束のパターンか?」
隷「――『ここを通すな』と命令を受けております。故に――」
俺「いいぜ。そういう分かりやすいの、嫌いじゃない」
隷「それでは――お名前、伺ってもよろしいでしょうか」
俺「人 庵<ヒト イオリ>。能力は『トランプを使って戦う能力』――あんたは?」
隷「隷<レイ>と申します。姓はありません――能力は――――」
――憂いを帯びていた令嬢の貌が、捻じれた――
――ぐにゃり、と――
――貌だけではない――
――全身の至る部分が変形していく――
――肉が泡立ち、肌が膨らみ、骨が突出し、頭髪が荒れ狂う濁流のように蠢き舞い乱れ――
――牙が生えそろい、角がネジくれ、血走った眼球が硬化した皮膚に散りばめられて――
――奇形のドラゴン、と形容すべきだろう――
――そんな【怪物<モンスター>】が、庵の目の前に立ちふさがった――
俺「……お前、ちょっと出るゲーム間違えてねーか? 例えるなら格闘ゲームにRPGのモンスターが紛れ込んでるみたいな……つーか、どうすんだよコレ……」
隷「『べつのいきものに変身する能力』――私が知っている生き物であれば何にだって変身することが出来ます」
俺「へー。お前、そんな怪物どこで見知ったんだよ……」
隷「狂さまが教えてくださいました。南米エクアドルに生息するコモドオオトカゲという生き物なのだとか――」
俺「……ホンモノのコモドオオトカゲはもっと小せぇよ」
隷「そうなんですか? ですが狂さまは『疑うな』と命令されました。故に、私の中のコモドオオトカゲは、このような姿なのです」
俺「そうかよ。じゃあ最後にひとつだけ断っとくけどな―――――悪い。たぶん普通に殺しちまう」
隷「お気になさらず。私も手加減出来ませんので」
――――
――
神「私の操作キャラクターが地上に降りてこないんだが」
妖「神ちゃん。それは即死コンボと言ってね」
空「炎、そのハメ技やめろって前から言ってるだろー」
炎「……るさいなー。そんなのゲーム作った人に言いなさいよね」
空「あー止め止め! 他のしよーぜ他の。もうちっと運要素強いヤツ……パーティゲームとか無いの?」
妖「あら、ぼっちマイスターの私にそれ聞いちゃう??? 押し入れの中に積んでるのが何本かあるけど……」
空「じゃちょっと見てくるけど……炎」
炎「な、何よ……?」
空「謝っとけよ、神ねーちゃんに」
炎「謝るって何を…………っ!?」
神「わたしは弱いわたしは弱いわたしは弱いわたしは弱いわたしは弱――」ブツブツ…
炎「お、お姉ちゃん!? ご、ごめんなさ……あたし、ゲームとか競争になると手加減とか出来なくって……それで学校でも友達が……」
神「い、いや。かまわん。べつに気にしてないし。そう、気にしてなどいないからな、ちっともな」
炎「……キライになった?」
神「お、おい? ゲームに負けた私ならいざしらず、どうして勝ったお前が涙目になってるんだ? 大丈夫。大丈夫だ。キライになんかなってない」
炎「……ホント?」
神「本当だとも。むしろ好きだぞ?」
炎「ほんとう?! ホントにホント!?? よかったぁ、もう一緒に遊んでくれないかと思って……」
神「あはは。対戦するのはもうこりごりだがな……次は戦わない遊びにするとしよう」
炎「えへへ! お姉ちゃん大好き!!」
神「な、何で抱き着く!? 離れて欲しいのだが……」
炎「イヤだもーん!」
神「まったく甘えん坊なお姉さんもいたものだ……ってオイ」
妖「なーに?」
神「なんだそのビデオカメラは? 何で私たちを撮影してるんだ?」
妖「いや、何となく後で見直そうかなって……ねっ☆」
神「しかしアレだな。いつの間にか良い時間だな。この子たちを家まで送ってやった方がいいんじゃないか?」
炎「えー? やだー! あたしまだここにいるー」
空「炎ー、おばさんに迷惑かかるだろ。帰るぞ」
妖「おい? 気のせいかと思ってスルーしてたけどお前わたしの事おばさんって呼んでねーか? オイ?」
空「な、何だよ急に!? 何怒ってんだよ!?」
神「……は? お前、この子たちと知り合いじゃないのか?」
妖「うん。まったく知らないよ……そういえば誰なの? キミたち」
炎「え? あたしは間 炎<ハザマ ホノオ>。こっちは弟の間 空<ハザマ ソラ>だけど……」
空「おい炎。オレは兄貴だって何回言えばわかるんだよ。お前は妹なんだからな」
炎「はいはい。弟は黙ってなさいよ」
神「てっきり近所の子か何かかと思っていたが……」
妖「まあどこの誰だか知らないけれどまた遊びにいらっしゃい。おねえさんが遊んであげるわ」
空「おう! また来るぜおばさ――んぐっ!?? ~~~~~~~ッ!???」
神「あれは……おっぱいフロントチョーク!? やめろ! 子供にそんな危険な技を――!?」
炎「ねえ……神お姉ちゃんは帰らないの?」
神「ん? いや、人はコイツと一緒に居ろと言っていたが……私もそろそろ帰るぞ。私は山の方に家があるが、それがどうかしたか?」
炎「……また一緒に遊ぼうね?」
神「ああ。そうだな。また一緒に遊ぼう」
空「~~~~っぷぁっ!?? あっぶねえ! 窒息したらどうするつもりだ!」
妖「私のおっぱいフロントチョークから自力で抜け出すとは――やるわね坊や。私の弟子になるつもりはない?」
空「へっ、ゴメンだね! オレは能力者だぜ? おばさんの弟子になんかならなくたって強えーんだよ」
神「……ん?」
妖「ほう。貴様も能力者だったのか? ならばあたし流禁断の必殺奥義『おっぱいファイナル・アブソリュート』で――」
神「ちょっと!? ちょっと待って!? もう一回言ってくれ!」
妖「……『おっぱいファイナル・アブソリュート』?」
神「お前じゃないっ! 弟くんの方!」
空「だからオレは弟じゃなくて兄貴なんだって――」
神「お前、能力者なのか!?」
空「う、うん……あれ? 言ってなかったっけ?」
神「聞いてないっ!」
炎「あ、あたしもだけど……」
神「お前もかっ!?」
妖「実は私も……」
神「はあ????」
妖「いや、ゴメン。私のはウソです」
神「ちょ、いや……え? ちょ、アレ??? えーっと???」
妖「ふむふむ、とりあえずまとめると、双子ちゃんたちは神ちゃんを殺すために送り込まれた暗殺者だったということでオッケー?」
空「ああ、そうだぜ。なんか変なオッサンがいきなり話しかけて来てさー」
炎「能力を使って酷いことをしようとしてる悪いヤツがいるから、やっつけて欲しいって頼まれたの」
空「最初は変質者かと思ったけどさ、そいつがオレたちに手のひらを向けたんだ。そしたらオレたち能力に目覚めちゃってさ」
神「『能力を与える能力』、だと……? まさか私と同じ系統の能力を持ったヤツがいるのか? しかもそいつは……」
炎「お姉ちゃんの命を狙ってる悪者だったのね。ヒドい。許せない。今度会ったら跡形も残さず消し炭にしてやるわ」
空「オレたちもスゲー能力を手に入れて浮かれてたからさ、あんまり考えてなかったけど……神ねーちゃんを殺せだなんて最低なヤツだな」
神「うむ。どこの誰だか知らないがそんな野郎はクズでゲスで最低のイカれポンチだ。さっさと正体を突き止めて何とかせねば安心して眠れん」
炎「そうだわ! ねえ空! あたしたちでアイツをやっつければいいんじゃない?」
空「イイぜ炎。オレたち二人でそのイカれポコ○ン野郎をやっつけて来てやろーぜ」
神「お、おい二人とも。気持ちは嬉しいが、子供にそんなことはさせられない。それに相手は私と同系統の能力を持っている以上、複数の手下を従えていると考えた方がいい」
空「あー。オレたちみたいに能力貰った仲間がいるのか」
炎「きっとその人たちも騙されてるんだわ。本当に悪いのはそのオッサンなのに!」
神「うむ。しかし、これ以上仲間を増やされる前にその男を倒す必要があるな。どうしたものか……」
空「はいはいはーい! オレ気づいたんだけどさ。神ねーちゃんもアイツと同じような能力持ってんだろ? だったらこっちも能力者仲間を増やせばいいんじゃねーか?」
神「……ぎくっ」
炎「そうだわ! それはいい考えよ。ねえ貴理恵お姉ちゃんもバンバン能力を使ってガシガシ手下を増やせばいいのよ! それで増やした手下たちをアゴで使って悪い奴らを倒してもらえばいいんだわ」
神「……ぅ」
空「ん?」
炎「あれ? お姉ちゃん?」
妖「子供は時に残酷なものね」
神「すまん……私、人付き合いが苦手で……グループ作るとかも、ちょっと……」
空「……あー」
炎「……で、でもあたしたちとは普通に話してるし」
神「子供とか動物は普通に話せるんだ。それ以外だと落ち着かなくって、心臓バクバク状態で頭に血が昇ってしまう」
妖「……(ん? これって私、動物カテゴリに入ってね?)」
妖「まあ、そういうことなら話は早いわ。あなたたち三人とも今日からしばらくここにお泊り決定よ!」
神「嫌だ。私は帰――」
空「え? いいの? やったぜ!」
炎「空! ヒトの家に泊まるのはゴメーワクだからダメってママも言ってたでしょ?」
妖「大丈夫大丈夫、私は妖怪だから。妖怪の家に泊まっても迷惑にはならんものよ」
炎「そ、そうなのかな……? じゃあ別にいっか」
空「マジかよおば……おねーさん妖怪なのかよ!? ホンモノ!?」
妖「本物の妖怪だよ。はいメダル」
空「スッゲー! ホンモノだー!!」
神「わ、私は帰るぞ!」
炎「えー、お姉ちゃん帰っちゃうの?」
神「う……帰……」
炎「帰っちゃうんだ……」
神「帰……」
妖「あー、私一人だとこの子たち二人とも守り切れる自信ないなー。敵能力者に襲撃されたらどうしよーかなー?」
神「し、仕方ないな。至上にして最高の能力者であるこの神貴理恵さまがお前たちを守ってやるために――仕方なくだぞ? 仕方なくお泊りしてやる!」
炎「やったー! お姉ちゃんもお泊りだー!」
空「よっしゃ! 徹夜でジグソウパズルしようぜ! 押し入れの中にあったぜ!」
炎「なに言ってんの!? 枕投げに決まってるでしょ? 徹夜で枕投げしましょう!」
神「ぅぅ……無断外泊など……」
妖「ほらほら。細かいことは大人の私に任せて。子供は何も考えずバカみたいに遊んでなさいな」
神「す、すまん……厄介になる」
妖「……ふふっ」
神「な、何だ!? なぜ笑う!?」
妖「んーん? 何でもないよ。ただ……庵ちゃんの気持ちが少し分かったかもー、みたいなね?」
神「なっ!? なんだそれは!? どうして人の名前がそこで出てくる!? 関係ないだろう!??」
妖「ねえねえ。どうして庵ちゃんが喧嘩ばっかりする不良になっちゃったか知りたくない?」
神「え? あいつ、不良だったのか……?」
妖「なーんだ。そんなことも知らずに付き合ってたの? それじゃ、あの子が小さい頃は――」
神「待て待て待て!! 付き合ってない! あいつと私はそういう仲じゃない! ま、まだ手もちゃんと繋いでないし――」
妖「へー? じゃあ友達ってこと?」
神「トモッ!? と、ととと……トモ、ダ……っ! うん! そうだ! 友達だなっ! あいつと私は友達だ」
妖「うーん、何だかちょっとつまんな――ベブッ!?」
空「だーかーらー! 投げるなよー! ジグソウパズルみんなで完成させようって言ってるだろー!」
炎「残念でしたー! もう枕投げしちゃってますー! なので枕投げ決定ですー!」
空「じゃあとっとと決着つけてやんよ! 沈め炎! うりゃっ!」
炎「どこ投げてんのよノーコン! そんなんじゃ当たらな――――あ、空、うしろうしろ!」
空「そんな古典的な手にひっかかるわけ――」
妖「ヘイ、チルドレンたち。ミーのフェイスにマクラをヒットさせたのはアーユー?」
炎「ヤバいわよ空! おばさんキレて――ヘブラッ!?」
空「バカ! おねーさんって呼ばないとおばさん怒――アブアッ!??」
妖「ふははは! 子供たちよ! この妖怪枕返しに枕投げで戦いを挑もうなどとその浅はかさは愚かしい!」
空「神ねーちゃん! 手を貸してくれ! おばさん子供相手に容赦ねえ!」
神「え? いや私、枕投げとかそういう野蛮なのはちょっと……」
妖「ホホホホ! 人の領域では決して到達できぬ怪力の前に平伏せ!」
炎「空! アレを使うわよ! お姉ちゃんを守るにはそれしか無い!」
神「……いつから私を巡る争いになったんだ」
空「炎! いいぜ! このバケモノはここで食い止める! うおおおお!!!」
妖「来い小童ども! 幾億の枕に埋もれて眠るがよいっ!!!」
神「……そういえば人のやつ、私を置いて何処に行ったんだ? まあ、あいつの事だから心配は無いだろうけど……」
――――
――――
隷「【歪竜の死吹<ワイバーン・ブレス>】」
――自動車スクラップ場のいたる場所から黒煙が上がっている――
――古タイヤが焼け焦げてゴムの臭気が漂い、異常なまでの高温で熱せられたアスファルトはまるでピーナツバターのような粘り気を持ち始めていた――
――ぬちゃ、ぬちゃと足音がする――
――奇形の竜は捻じれた爪を地面に食い込ませ、四足で巨体を大地に固定し、牙の入り乱れた巨大な顎を後ろに大きく振りかぶり――
――大口を開き、灼熱の吐息を前方にブチ撒けた――
俺「クソッ! またコレかよ!!」
――庵は残り少なくなったトランプを右手に集中させ、小さな盾を創り出し、前方から迫りくる高温の熱気に対する防壁として突き出した――
――瞬間、熱した鉄板に水を垂らしたような音がして小さな盾は蒸発するが――
――犠牲になった盾が生み出した、僅かな熱気の隙間に転がり転がり――手近なスクラップの陰に転がり込んで身を潜める――
俺「はぁっ……はぁっ……クソッ、手持ちの札が残り少ねぇ……」
――庵は手元にある五枚のトランプを確認する――
――いずれも端が少し焼け焦げて、茶色く変色し、熱による変形でやや歪んでしまっている――
――『弱点』だ。人庵は気づいていた――
――あのバケモノの中の人物――隷と名乗った『べつのいきものに変身する能力』を使う女は庵の能力『トランプを使って戦う能力』の弱点に気が付いている――
――『熱』だ――
――どれだけ能力の修練を積んで硬化しようとも、変幻自在の動きで撃ち出そうとも、しょせんはトランプ。元はうすっぺらい紙あるいはプラスチックの印刷物――
――容易く燃えて灰になり、簡単に溶けて蒸発する――
俺「なら蒸発しきる前に――っ!」
――庵は物陰から飛び出すと同時に身体を捻り、回転する勢いでトランプを一枚撃ち出した――
――カードは高速回転し真空の刃を纏い、空気を切り裂きながらドラゴンの腹部目がけて飛んで行き――
――赤黒い岩のような表皮に突き刺さって――
――瞬間、トランプが爆発した――
――庵の能力か? いいや、そうではない。爆発したのはトランプの飛刃ではなく、奇竜の皮膚だ――
――真空をまとった刃が直撃する寸前に『皮膚そのもの』が爆発したのだ――
――高熱の爆風に巻き上げられたトランプは弾き飛ばされ、蒸発し、跡形も残らず消滅した――
隷「爆風にも弱い――と、認識しております」
――自爆によって焼けた皮膚がみるみる修復されていく――
――これも変身する能力の応用――常に『最新のコモドオオトカゲ』に変身し続けることで怪我や消耗は一瞬で無かったことになる――
――変身し続ける限り隷にダメージの蓄積は、無い――
俺「反則だろ……クソッ」
――庵は手元に残った4枚のカードを睨み、悪態と唾を焼けたアスファルトに吐き捨てた――
――吐き捨てた唾すら一瞬で音を立てて蒸発する――
――融鉄炉の中のように茹立った空間に、硫黄化合物の焼けた悪臭が充満しているという劣悪な環境――
――庵は呼吸を整えようとするが吸い込んだ空気は喉と肺を焼くばかり――
――逆に酷く咽込み苦しそうに胸を抑えた――
――怒りと苦しみの表情を視線の先の怪物に向ける――
――全身の疲弊は見るからに酷いはずなのだが、その眼には強烈な闘志が残っていた――
隷「……まだ折れていないようですね。結構」
――四足の奇竜はどこか嬉しげな声音を鳴らしながら揺らめく陽炎を押しのけながら獲物に向かって歩みを寄せていく――
隷「――ひとつ、提案があるのですが」
――奇形の竜は泥のように崩れ溶けて、一人の見目麗しい女性の姿を再構築する――
――人の姿に戻った隷は尚も堂々とした足取りで庵へと近づいて行く――
――令嬢の外見ではあるものの、その内には怪物の獰猛さを秘めたまま――
庵「なんだ? 白旗なら上げねえぞ。終わりにしたいなら俺の頭を噛み砕いてみせろ、バケモノ」
――隷は浴びせられた悪態に眉をピクリとも動かさない――
――冷え切った鉄のような無表情を崩さないまま、凍てついた視線を獲物の喉元に突き付けながら涼しげな声音で返した――
隷「いいえ。それには及びません。私はあなたを殺害しなければならない理由を、生憎と持ち合わせておりませんので。ですから――退いてはいかがですか?」
庵「退く……?」
隷「ええ。私が受けた命令は『ここを通すな』というものです。ですからもしあなたが今ここで踵を返し来た道を戻るというのであれば追うことはしませんし背中に矢を浴びせるような真似も致しません……する必要もありませんので」
――それはつまり――
庵「あんたにとって俺はもはや、獲るに足らない雑魚って意味か?」
隷「いえいえ。決してそのような、侮っているわけではありません。ただ、鼠を死地に追い込むと思わぬ反撃を受けることがありますから――命懸けの反撃に出られるよりは、退いて頂いた方が私にとっても――無論、あなたにとっても損害が少なく済むのではないか、と思いましてご提案させていただいたのですけれど……いかがでしょうか?」
――人庵は、このやり口を知っている――
――対戦相手から『妥協』を引きずり出して戦意を削ぐ交渉術の一種だ――
――先日、銃口を向けて来た男。狂と名乗ったあの男が用いて来たモノと同種の話術――
――言葉巧みに『利益』や『安全』『ローリスク』を謳い上げ、正面からの衝突を避けさせようとする。それも、戦術上優位な立場から見下ろすように――
――その脅迫めいた甘言は、弱った獲物を容易く退路に追い込む。そして、退くことで得られる安寧の味を覚えた敗北者は、二度と真正面から歯向かうことは出来なくなる――
――庵は、そうやって根性を捨た人間が心底嫌いだった――
――口だけ達者で逃げ回るヤツ――
――言訳ばかりで何もしないヤツ――
――ちょっとでもケチがついたら止めるヤツ――
――平気で他人を裏切るヤツ――
――少しでも退けば自分も『そういうヤツ』に成り下がってしまうのではないかというある種の恐怖が、常に庵を奮い立たせて来た――
――庵は追い詰めらた時、常に恐怖を感じている。だが、その恐怖は怯えを生まない。彼の恐怖は、憤怒と憎悪を生み出す――
――敵に対する怒り? 否、彼が怒りを向けるのは内――
――追い詰められて恐怖した時、彼は自分自身に向かって怒りの刃を突き立てる――
俺「……曖昧な言い方をして悪かった」
――庵は片膝をついて両手を地に付け、深く項垂れるようにして頭を下げた――
――突然、獲物がその場にうずくまり、隷はわずかに驚いた様子で足を止める――
隷「……それは一体、どういう意味でしょうか」
――庵はうずくまったまま、答える――
俺「リレーは苦手なんだよ。勝敗がチームメイトの実力に左右されるから。足の遅いヤツがいれば負けるし、足の速いヤツがいたらつまらないだろ」
隷「……ああ、なるほど。その姿勢は――」
俺「確実に殺すぞ」
――『クラウチングスタート』――
――両手を地に付け項垂れるように頭を下げ、全身の筋肉をバネのように瞬発させて前へ飛び出す【短距離走者<スプリンター>】特有のスタートダッシュの切り方――
――ただ、庵が用いたのは通常のモノより体勢がかなり低い。低いまま上体を起こそうともしない。前のめりのまま、低空飛行するように駆けだしている――
――このままでは10メートルと進まずに足がもつれて転倒してしまうだろう。だが、それで十分だった――
――敵までの距離を詰めるにはそれで十分。後は倒れようが死のうが、知ったことではない――
――怒りに駆られた手負いの獣が矢のように弾き出され――
――隷の口元が大きく吊り上がった――
――笑ったのか? いいや、そうではない。吊り上がった口角は断裂し、裂けた肉塊たちはまるで肉腫の花弁が如く膨れ上がり――
――令嬢の身体の首から上に、奇怪にネジくれた肉の花が形成された――
――花は大きく膨らんで、次の瞬間には灼熱の吐息を解き放っていた――
――向かってくる哀れな獣は超高温の向かい風に晒される――
俺「切り裂け!」
――庵が吠えると同時に、右手を水平に振り抜き、左手を垂直に振り下ろす――
――二枚のトランプを両手に一枚ずつ、それを交差させるように切り結び、十字の真空が生み出され――
――灼熱の吐息を切り裂いて、真空の刃が隷へと迫る――
隷「なるほど。『熱』は完全に攻略しましたか。ですが――」
――轟音と爆風――
――隷が差し出した人差し指が十字の刃に触れた瞬間、彼女の手首から先が爆発し、真空の刃もろとも消え失せた――
――爆発の余韻も消えぬ間に手首は元通りに修復されていく――
隷「触れれば攻撃ごと吹き飛ばす【爆裂装甲<リアクティブ・アーマー>】と、あらゆるダメージを綺麗さっぱり無かったことにしてくれる【更新修復<モーフィング・キュア>】は、どうやって攻略されるおつもりでしょうか?」
――真空の刃に追従する形で肉薄していた庵に対し、修復したばかりの指先を突きつける隷――
――仮に少しでも指先で触れられれば、真空をも吹き飛ばす爆発が生身の庵を襲うことになる――
――爆風は硬化しても、真空の刃を纏っても防ぐことは出来ない――
――つまりは触れることすら許されない――
――この肉薄した状態で彼女に触れることは即、爆死することを意味するからだ――
――だが――
俺「そんな事知るかよ!」
隷「――え?」
――庵は思いっきり振りかぶった拳から右ストレートを解き放ち、隷の顔面に打ち込んだ――
一番最初にガンビットが思い浮かんだ
――爆発、は起こらなかった――
――だが同時に拳による殴打も成功しなかった――
――全力で振りぬかれた右拳と異形の顔面が接触した瞬間、音も無く跡形も無く何の予兆も余韻も残さずに――
――隷の頭が消滅した――
俺「うおっ――!? っと」
――空振りした勢いで、触れれば爆発する胴体に倒れ込みそうになった所を、すんでの所で回避する――
――首から上の無くなったまま茫然と立ち尽くす胴体のすぐ脇を転がりながら駆け抜け、距離をとり体勢を立て直した――
――右手につかんでいたトランプを一枚かざすように構え様子を伺うが、首を失くした異形の令嬢は背中を向けて動かないままだ――
俺「……成功したみたいだな」
――庵は溜め息をついた、その瞬間――
隷「――ナニをシタのデショウ」
――首なし死体の背中に、口が開いた――
俺「……頭吹き飛んでも死なないのかよ」
――背中の口が声を上げて嗤った――
隷「――脳が生命の中枢と考えるのは人間の悪い癖です」
――令嬢の右手の平に赤い線がうっすらと現れたかと思うとそれが裂け開き白い歯が覗き真っ赤な舌が這いずり出て――
隷「――アハハハハ」
――嗤う。そして左手の平にも同じように唇が現れたかと思うと――
隷「――ウフフフフ」
――嗤う、嗤う、嗤う。首なし令嬢の全身至る所に口、口、口が現れ声高らかに口々に、狂気の合唱が爆笑を歌い上げていく――
――その中の一つが冷静な声音で告げる――
隷「単細胞生物、というのはご存知でしょうか? つまりは細胞のひとつひとつが『いきもの』ですから――」ウフフフ」ハハハ」ッヒッヒ」
俺「肉の一片、血の一滴も残さずに消し去らなきゃ――殺せないって事か、お前は」
隷「たぶんそうだと思います。まだ一度も死んだことないから分かりませんけれど」フフフ」アハハハ」ャキャキャ」
俺「……何でお前みたいなバケモノがあんな野郎に従ってんだよ? ぜったい狂より強いだろ、お前」
――庵は残り僅かな手持ちの札に視線を落としながら、ほんの軽口のつもりで言葉を投げかけた――
――すると隷はピタリと静止した。動きを止め、無いはずの首を傾げるようなしぐさをして、予想外に長く思案に耽る――
――黒煙に燻るスクラップ場がしばしの沈黙に包まれた――
――噤まれた口たちは体内に沈み込むように消え、代わりに見目麗しい令嬢の首がグチャグチャと音を立てて生え――
――うん、とうなずくような仕草をしてから口を開いた――
隷「人庵<ヒト イオリ>。あなたは『強さ』というものについてどう考えますか?」
俺「殴り合いで最後まで立ってた奴が『強い』」
――即答。迷いなく即答だった――
――隷は少し虚を突かれたように瞳を大きくし、やや間をあけてから、小さく笑った――
――その微笑みはどこか寂しげな憂いを帯びて――
隷「――うん、なるほど。それは分かりやすい」
俺「ああそうだ。だからあんたは『強い』。俺の次ぐらいにはな」
隷「冗談がお上手です」
――隷の身体が『ほつれて』いく――
――まるで最初からロープを結い合わせて形作られていたかのように――
――それら一本一本が、虫の体内から摘出された寄生虫のように乱れ狂い暴れまわりながら庵を包囲するように展開した――
――鳥籠、あるいは牢獄のように――
隷「あなたの攻撃は全て『点』の攻撃です。殴る、切り裂く――先ほど私に喰らわせてくれた正体不明の『消す』攻撃も。ですからこのような、一点のダメージに意味の無い形態でしたら手も足も出ないのではないでしょうか? ちなみにこの生き物は『ラフレシア』という植物だそうです。この生き物も狂さまが教えてくださいました」
俺「……狂、後で思いっきり殴る」
隷「それは不可能です。あなたはここで絞殺されるのですから――!」
俺「来いよ。ぶっ潰してやる」
隷「それでは――」
――庵を取り囲んでいたロープが渦巻き蠢き、ヘビのように獲物との距離を測り始める――
――飛び掛かるための絶好のタイミングを見計らっているのだ――
――ロープの一本一本が全て100%肉食昆虫の筋肉繊維で構成されている隷の身体が人間の身体に巻き付けば、絞殺すどころではない――
――手足は瞬時に引きちぎられ、すり潰され、見るも無残な肉塊が精製されることになる――
――肉塊はなおも圧縮され、最後に残るのは拳くらいの大きさの赤い肉団子だけだ――
隷「――参ります」
――ヒュ、と風切り音が聞こえたかと思うと、引き絞られた死の手綱が鳥籠の中心で立ち尽くす哀れな犠牲者めがけて収束していく――
――グチャ、と気味の悪い圧搾音がひとつ聞こえる――
――はずだった――
俺「『読みを外した』な、お前」
――隷が――
――【べつのいきものに変身する能力】の使い手である彼女が最後に見たのは――
――人庵が右手の平に張り付けるようにこちらに向けて翳していた『何も描かれていないカード』の、真っ白な紙面だった――
――――――
――――
―—――
――
俺「――っはぁ、はあっ、クソッ」
――片膝をつき地面に崩れ落ちる庵。呼吸は荒く枯れた嗚咽を漏らしながらも辺りの様子を伺う――
――燻る小さな火粉の舞い上がる音と古くなったガソリンの焼ける臭いだけが、そこにあった――
――他には自分しかいない――
――変幻自在の怪物の姿はどこにも無い――
――跡形もなく『消失』していた。まるで予兆も余韻もなく、まるでどこかにそっくりそのまま連れ去られてしまったかのように――
俺「『触れられない』ままなら持久戦で俺の負けだった。だが結果は結果――俺の勝ちだぞ、オイ」
――庵は手に残された1枚の札をガッツポーズのように頭上に掲げる。そのカードは――
――『Rei【Chang-Linker】』と記された、さきほどまで空白だったはずのカードだ――
――カードに記されたイラストの女性は澄ました態度で佇んでいるが、どこか憮然とした表情で、納得がいかない、といった視線をこちらに向けていた――
――
――――
――私の部隊は全滅した――
――哨戒班だったから何かあれば即座に撤退するように厳命されていた――
――だか、あんな光景を目の当たりにして逃げ出せる者がいるだろうか――
――磔<はりつけ>にされ順番に火刑を待つ子供たちと、子供たちの足下に火種をくべていく市民たちの姿――
――それを死体のような無表情で監視する、自動小銃を構えた隣国の正規兵たち――
――いちばん最初に飛び出したのは私だった。私の牙は虚ろな目の兵士を噛み殺した。仲間たちも続いた。辺りに敵兵はいなくなった――
――少なからぬ子供たちの命と無力な市民たちの誇りを救うことに成功した。僅かだが安堵の笑みを見ることが出来た――
――結果、居場所のばれた私の部隊は居残った本隊も含め激しい航空爆撃を受けて全滅した――
――市民たちを解放した、わずか2時間後のことだった――
――――
――
――スクラップ工場の社務所として使われていたプレハブ小屋の中から、陽気なラジオの音が聞こえる――
――擦りガラス越しに何かのポップな楽曲を紹介しているような音声が漏れている。往年の名曲、とか不朽の名作、等の陳腐な飾り文句を断片的にだが聞き取ることが出来る――
――スライド式のドアを開き、中へ踏み入った瞬間――
――雑然と書類や工具の散らばる手狭な部屋、その中央でハンモックに揺られているアロハシャツの男が口を開いた――
狂「……悪い夢ってのはどうしてこう何度も見てしまうんだろうね」
俺「起きてんのかよ。つーか気付いてんなら出てこいよ」
狂「いや、さっき起きた所だよ。あまり眠れなかったけどね」
俺「御託はいい。さっさと表に出ろや。こないだの続きだ」
狂「ふん。見た所ずいぶんボロボロだけどそんな状態で私に勝て…………あ」
俺「ん? 何だ?」
狂「……あれ、隷さんはドコ行ったの? 外を見張ってくれてたはずだけど」
俺「隷? あー、あいつはカードに封印したぜ」
狂「……は?」
――庵はトランプを一枚、投げた――
――床に突き刺さったそのカードには澄ました佇まいの令嬢の絵が描かれていて、その表情は若干、申し訳なさそうに薄笑いをうかべていた――
――狂は転がるようにハンモックから飛び降りて床に突き刺さっていたトランプを掴んで引き抜いた――
狂「ちょ!? ちょっと隷さん!?? なんでトランプになってんの!?? えっ、しかも何で半笑いなの!??? ちょっと、ねえ!??」
俺「だから俺が封印したんだってば」
狂「小僧!! お前の能力はトランプ投げだろーが!?? なんだコレは!??」
俺「【トランプを使って戦う能力】だよ。なんか、こう……できそうだなー、って思ったら出来たんだよ」
狂「……隷さん、かなり強いハズなんだけど」
俺「強かったぜ。俺の次くらいにはな」
狂「……マジで?」
俺「とりあえず落ち着け」
狂「いやごめん。まさか隷が負けるとか思ってなくて戦う準備してないです」
俺「……待っててやるから矢でも鉄砲でも持って来い」
狂「あー、いやいや。そういう意味じゃなくてさ」
俺「あ? 何だ? ウダウダ抜かして逃げおおせるつもりか? 俺と神にマシンガンぶっぱなしといてそれは無いだろ。なあ?」
狂「いや、何というか……申し訳ないんだが、私にはもう戦う理由が無いんだよ」
――狂はおもむろに立ち上がりシャツのボタンを外した――
――露わになった胸元には――
俺「何で脱ぐん……っ!?」
――胸の中央。ちょうど心臓のあるはずの場所に――
――『時計』が埋め込まれていた。周囲の肉と融合している機械仕掛けの装置は今この瞬間にも刻々と針を回し続けている――
狂「【心臓を時限爆弾に変える能力】なのだそうだ。それを喰らってしまった」
俺「はあ!?? なんだソレ!?? 誰にやられた!?」
狂「田力国美津<たぢから くにみつ>。確か、君達が通ってる学校の理事長ではなかったかな。白髪交じりで長身の、ニヤついた顔が腹立たしいスーツ姿の初老の男だ」
俺「俺たちの学校の……! そいつは強かったのか? 隷もいたんだろ?」
狂「結果を見れば分かるだろう。お前にとっての強さの定義は分からんが、あの男は確かに『強い』。いきなり何の前触れもなく目の前に現れ、私に触れたかと思うと次の瞬間には消えているのだからね。まさか周囲15キロを嗅覚と聴覚で索敵出来る隷が完全にスルーされるとは思わなかったよ。いやー、すごいね能力って」
俺「……ちょっと待て。『能力は一人につきひとつ』だろ? なんで一人の人間が空間移動と爆弾の能力を同時に使ってんだ」
狂「知らないよ。『二つの能力を同時に使う能力』でも持ってたんじゃないか」
俺「それならその能力だけで枠が埋まっちまうだろ」
狂「ああそうか。なら……仲間に使ってもらったんだろ。『空間移動させる能力』か何か」
俺「その場にいない能力者――少なくとも半径15キロ以内にはいない能力者が、そう都合よく遠隔で能力使えるものか? だったらもうそいつだけで暗殺し放題だろ。いちいち爆弾能力者が乗り込んでくる意味が無い」
狂「じゃあ『他能力者の能力を都合よく自分のために使わせる能力』でも持ってたんじゃないか」
俺「そんな都合のいい能力あるのかよ」
狂「知らん。何でも質問するな。私は神様じゃない……ああ、そうだ。私は」
俺「……?」
狂「私は、神様ではないんだ」
狂「さて、お喋りはこんなもので良いだろう。そろそろタイムリミットだ。爆発に巻き込まれたくなければあの子の所に戻ってやるといい」
俺「待て。まだ聞きたいことは山ほどある。お前、どうして神を狙ってた? 放っとけばあいつが神様になるって話は本当か? そもそも能力って何だ?」
狂「いちいち教えてやるほどの義理は無い」
――狂は先ほどまで寝そべっていたハンモックに戻り、両目を隠すように片腕を顔に乗せた――
狂「私はもう死ぬ。後は生きてるお前が何とかしろ。爆発の規模はけっこう大きくなるかもしれん。念のため出来るだけ離れた場所で……」
俺「分かった。じゃあな」
狂「……あー、ちょっとまて。最後にひとつ、餞別をくれてやる」
俺「なんだ? 鉛弾をくれてやる! とか言って発砲するんじゃないだろうな」
狂「最後の命令だ。『好きにしろ』」
――狂は投げた――
――庵はそれを、受け取った――
――――――
――――
―――
――
――宵闇に包まれた町中に響くサイレンの音と、明滅しながらクルクル回転する赤いランプの光たち――
――消防車、救急車、パトカー。混じり合ったサイレンの合唱は発狂した女の悲鳴のようにも聞こえる――
――小高い丘から見下ろす街並みの、やや中心部からは外れた区域の一角から巨大な黒煙の柱が立ち上っているのを眺めながら庵は一枚のカードを後ろに放り投げた――
――狂から受け取った、餞別のカードを――
俺「解放を許可する。出ろ――『隷』」
――カードが白紙に戻ると同時に、ひとりの令嬢が空中に投げ出されるようにして現れ、ふわりと舞うように着地した――
――庵はトランプから解放された隷に背を向けたまま、夜空の闇に吸い込まれていく黒煙を見送りながら口を開いた――
俺「……お前、狂がもうすぐ死ぬって知らなかったのか?」
隷「いいえ。狂さまが奇襲を受けたのは……私の目の前で、でした」
俺「なら……どうして俺と戦った? 死ぬことが確定してる奴を守って、何の意味があったんだ」
隷「狂さまが『通すな』と命令されていたからです」
俺「だから俺を通さないために戦ったのか」
隷「そうです」
俺「そうか。なら隷、お前は『好きにしろ』と命令されてどうする? うさ晴らしにもう一度俺と闘るか?」
隷「私は生まれた時からずっと誰かに飼われて来ました。いまさら『好きにしろ』などと言われても、どうしていいか分かりません。ただ――」
――隷は庵に向かって歩みを寄せる――
――その足取りは頼りなく、風に撫でられる草木のように揺られ揺られて――
――庵の背に、倒れ込むようにしな垂れかかった――
俺「……えーっと?」
隷「私を飼ってください、人庵。いえ、庵さま。今の私には心の寄る辺が必要です」
俺「あー、とりあえずちょっと離れろ」
隷「お願いします。何でもしますから」
俺「ん? いや、いやいや。違う違う。いいから離れろっての」
隷「ダメです。特に今は」
俺「何でだよ。つーか、その臭い……もしかしてお前って」
隷「なぜなら庵さま――」
――隷は赤い唇を庵の耳元に寄せて、掠れた吐息で囁き――
隷「能力者に見られています。一人。私たちの背後の森の中です」
俺「……! 索敵能力か。半径15キロは探れるんだったな」
隷「こちらの様子を伺っています。観察に熱中しているのか気配がダダ漏れですので、それほどの使い手ではないかもしれませんが」
俺「仕方ない。隷、さっきの返事だが――ちゃんとした飼い主が見つかるまで俺が預かっててやる。それでいいか?」
隷「僥倖。さっそくご命令を」
俺「それじゃあ、隷。とりあえず『今からする話を疑うな』」
――
――――
忍「むむむ。あやつら、拙者に見られているとも知らずにイチャコラしよってからに……許せん」
忍「仕掛けるなら今が好機か? 男の方――人庵は先の戦闘でトランプを殆ど撃ち尽くしているはずだ。女の方は……えっと何だったか」ガサゴソ
忍「神貴理恵という能力創造系の能力者、か。戦闘能力は皆無らしい。なら、打って出るなら今! だが……」
忍「拙者ひとりで大丈夫だろうか? いや、相手は満身創痍の能力者が一人だけ。ならば拙者の能力【透明度を調整する能力】で気づかれずに接近できる」
忍「そして、このニンジャソードで一突きしてやれば……」
忍「いや、だがしかし……いや、もしかして……」
忍「いや……」
――忍は優柔不断だった――
忍「ええい! 迷っていてもラチが開かぬ。ここは手裏剣を投げて遠くから安全に攻撃させてもらうとしよう」
――その上、臆病だった――
忍「悪く思うな、庵とやら。てりゃあああっ!!!」
――自分自身の身体を限りなく透明に近い状態にさせ、視覚的には完璧に潜伏している圧倒的有利な状況からの手裏剣による遠距離攻撃――
――もちろん手裏剣も透明にしてある――
――不可視の飛び道具は、常人には回避することはおろかその存在に気づくことすら出来ない――
――透明の手裏剣は庵めがけて飛んで行き――
――1枚のトランプによって迎撃された――
――迎撃された手裏剣は地に落ち、トランプは『庵の手元に戻って行った』――
忍「んなっ!?? どうして!? 見えてないハズでござろう!! ええい! ならば――」
――忍は右手に5枚、左手に5枚の手裏剣を取り出した。それらは瞬く間に色を失い、視覚では捉えられなくなる――
忍「不規則な方角から10枚同時に襲い来る不可視の刃! これならまぐれ当たりも――あるまいっ!」
――大きな弧を描いて飛来する10枚の刃が四方八方から庵の眼前に肉薄する――
待ってるよ
はよ
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