あかり「あかりあかりあかり」 (84)
春。
せっかくの入学式だというのに、町は白銀一色に染められていて、
はぁ、と吐いた息は白く曇ったと思うと、次の瞬間には儚くも消えていく。
仕舞われないままのマフラーを首にまいて家の外に出ると、
桜色のもふもふを揺らしながら一人佇む、少女の姿が目に入った。
あかりは少女にフリフリと手を振りながら「おはよ、ちなつちゃん」と挨拶すると、
少女もそれに答えるようにして「おはよう、あかりちゃん」と挨拶を返してくれる。
こうして二人きりで登校するようになったのは、いつ頃からだったか。
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あかり「ねぇちなつちゃん」
ちなつ「なーに?」
あかり「大人になるって、どんなことなのかな」
ちなつ「んー……分からないよ」
あかり「だよねぇ」
ちなつ「どうしたの急に。変なあかりちゃん」
あかり「だってあかりたち、もう2年生でしょ?」
ちなつ「それではやく大人になりたいと?」
あかり「うん」
ちなつ「あ、あの子たち1年生かな」
あかり「そうだね。制服、新品っぽいし」
ちなつ「なんか初々しい」
あかり「そうだね」
ちなつ「私たちも1年前はああ見えてたんだね」
あかり「見えてたんだろうね」
ちなつ「……今年は寒いね」
あかり「まだ雪積もってるもんね」
ちなつ「午後からまた降るって話だよ」
あかり「そうなんだ。せっかくの入学式なのに、かわいそうかも」
ちなつ「でも、雪化粧の中で迎える入学式ってのも、それはそれでロマンチックじゃない?」
あかり「ちなつちゃん、詩人みたい」
ちなつ「そっかな」
あかり「そうだよ」
ちなつ「あかりちゃんさ」
あかり「うん?」
ちなつ「もしかして、先輩としてしっかりしなきゃーとか、思ってたりする?」
あかり「えー、なんで?」
ちなつ「“大人になるって、どんなことなのかな”」
あかり「……」
ちなつ「そう言われたら、ねぇ」
あかり「そうだねぇ。だって、去年の京子ちゃんたちと比べたらさ」
ちなつ「うん」
あかり「あかりってまだまだ子どもっぽいなあって思って」
ちなつ「そうかなぁ?」
あかり「そうだよぉ」
ちなつ「それよりもさ、結衣先輩よ、結衣先輩」
あかり「結衣ちゃん?」
ちなつ「うん。先輩も今年で卒業でしょ? なんとか卒業までに振り向かせたいじゃない」
あかり「あーそっかぁ。そうだよね」
ちなつ「……あーあ、ずっと今の時間が続けばいいのにな」
あかり「そうだね」
ちなつ「そしたら、結衣先輩とずっと一緒にいられるのになぁ」
あかり「そうだね」
ちなつ「でも時間は有限だから! 残された時間は有意義に使わなくっちゃ!」
あかり「そうだね」
ちなつ「それでね。私考えたんだけど、今のままじゃダメだと思うの」
あかり「そうなの?」
ちなつ「うん。もっと積極的に私という人間の魅力をアピールしなきゃいけないなって思って」
あかり「……具体的には?」
ちなつ「もう、なに言ってるのよあかりちゃん。それを二人で考えるんじゃない」
あかり「なるほど」
ちなつ「私はね、もっと自分のしっかりした一面をアピールしてくのがいいかなって思ってるんだけど」
あかり「しっかりしたところ?」
ちなつ「うん。例えばだけど、美麗な絵や美味しいご飯、掃除洗濯なんでもできますをアピったりとか」
あかり「う……絵、絵はいいんじゃないかな。多分結衣ちゃんもよく知ってるよ……」
ちなつ「そう? じゃあまずはお料理の勉強をしなくっちゃね」
あかり「あ、でも結衣ちゃん一人暮らしだから結構料理上手だよね」
ちなつ「……掃除洗濯」
あかり「結衣ちゃんの家、いつ行っても綺麗だよね」
ちなつ「…………ちょっともうあかりちゃん!!」
あかり「ふぇ?」
ちなつ「何なのもう、さっきから否定ばっかり! それとも代案あるの!?!?」
あかり「あ、ごめん……。そういうつもりじゃなかったんだけど……」
ちなつ「……ううん、私も言い過ぎちゃった。ごめん」
あかり「あかりは……。今のままでもいいと思うけどな」
ちなつ「なんで?」
あかり「特に理由はないけど…………ん、なんとなく?」
ちなつ「……やっぱり変なあかりちゃん」
あかり「ごめんね」
ちなつ「ううん。あかりちゃんにだって、そういう日はあるよね」
あかり(…………)
あかり(ごめんなさい)
あかり(ちなつちゃんの案を否定してばっかりで、ごめんなさい)
あかり(代案出せなくって、ごめんなさい)
あかり(でも、無理だよ……)
あかり(無理なんだよ……)
あかり(代案なんて、出せないんだよ……)
あかり(だって……)
あかり(あかりは、ちなつちゃんのことが好きだから)
あかり(好きだから、変わってほしくないなんて)
あかり(そのままの、誰のものでもないちなつちゃんでいてほしいなんて)
あかり(そんなワガママなこと、言えないから……)
あかり(分かってるんだ。友だちの恋を素直に応援してあげられないなんて、最低だって)
あかり(だからと言って、結衣ちゃんのことを諦めさせる度胸もないなんて、最低だって)
あかり(このまま何も変わらないで、今の関係が続くことを望んでるなんて、最低だって)
あかり(…………)
あかり(……あかりはちなつちゃんの幸せを願ってあげたい)
あかり(だからこの想いは胸に秘めておかなくちゃいけない)
あかり(…………なのに)
あかり(どうして好きになっちゃったんだろう)
あかり(どうして好きじゃないままでいられなかったんだろう)
あかり(いや、友だちとしては好きだったけど、そうじゃなくて)
あかり(………………)
あかり(……辛いよ、ちなつちゃん)
あかり(大人になったら、こんな辛い想いも乗り越えられるのかな)
あかり(大人になるって、どんなことなのかな)
ちなつ「放課後だよ」
あかり「放課後だね」
ちなつ「結衣先輩たちは進路調査で放課後も忙しいから、また二人だね」
あかり「二人っきりだね」
ちなつ「雪……降ってるね」
あかり「ほんとだ。綺麗だね」
ちなつ「寒いよね? お茶淹れるね」
あかり「ありがとぉ。あかりはおこた付けておくよ」
ちなつ「ありがとー」
ちなつ「おまたせ」
あかり「ありがと」
ちなつ「それじゃ早速、作戦会議しましょ」
あかり「……結衣ちゃんの?」
ちなつ「そう」
あかり「ちなつちゃん、本気だね」
ちなつ「ひと目見たときから本気だったけど」
あかり「そうだったね」
ちなつ「授業中、ずっと考えてたんだけどね」
あかり「うん」
ちなつ「やっぱりあかりちゃんの言ったとおり、そのままがいいのかなって思い始めちゃった」
あかり「えっ、そうなの?」
ちなつ「うん。無理して変わった私をアピールして、それで振り向いてもらってもさ」
あかり「うん」
ちなつ「それって結局、本当の私を好きになったわけじゃないと思ったから」
あかり「そうなのかなぁ」
ちなつ「だから、素のままの私を好きになってもらえるように、努力しようかなって」
あかり「…………」
ちなつ「あ、もちろん素の部分を好きになってもらえる努力は惜しまないけどね」
あかり「……うん、それがいいと思うな」
ちなつ「あかりちゃんちょっと嬉しそう?」
あかり「そーかなぁ?」
ちなつ「……そーだよ」
――――――――
――――
――
―
夏。
桜の樹は鮮やかな桃色から新緑色へと姿を変え、照りつける日差しは否応なしに私たちを襲う。
ちなつちゃんは「あぁもう、日焼け止め塗ってくればよかったなぁ」なんてボヤきながら、
カバンを頭の上に担いで日傘代わりにしている。
せっかくの夏休みだというのに、ごらく部の集まりは悪い。
結衣ちゃんも、京子ちゃんも、受験勉強で忙しいみたいだった。
ちなつ「ねぇあかりちゃん」
あかり「なぁに?」
ちなつ「私たち、なにか先輩たちの力になれないかな」
あかり「力に……? あ、受験勉強の話?」
ちなつ「うん。ほら、最近二人とも大変そうじゃない?」
あかり「そうだね。でもあかりたちに3年生の勉強は……」
ちなつ「いやそうじゃなくて、例えば、差し入れ持ってったりとかさ」
あかり「あー、そういう“力になる”かぁ」
ちなつ「うん。色々考えてはいるんだけど、なんかいまいちで」
あかり「そうかなぁ? 差し入れはいい案だと思うんだけど」
ちなつ「うーん……。でもさ、仮に私たちが結衣先輩の家にお邪魔してさ」
あかり「うん」
ちなつ「おにぎりとか差し入れるとするじゃない」
あかり「うん」
ちなつ「でも先輩たちは優しいから、きっと『ゆっくりしてってよ』とか言うと思うの」
あかり「あー……言いそうだね」
ちなつ「そしたら、二人とも私たちを放っておくわけにはいかなくなって」
あかり「うん」
ちなつ「結局、受験勉強の邪魔になっちゃうなって思ったんだ」
あかり「……」
ちなつ「無理やり帰ったってさ、きっと後日埋め合わせとか言って遊びに誘ってくれたりしそうだし」
あかり「…………ちなつちゃんは」
ちなつ「なにか気を使わせない、いい方法ないかなって…………うん? なに?」
あかり「ちなつちゃんは、優しいんだね」
ちなつ「え、そうかな……?」
あかり「そうだよ」
ちなつ「うん……。そ、それに結衣先輩のためだもん」
ちなつ「……色々、考えちゃうよ」
あかり「そっか」
ちなつ「でも、優しさはあかりちゃんの特権でしょ?」
あかり「えぇ、そんなことないよぉ」
ちなつ「そんな謙遜しなくても。あ、映画館着いたよ」
あかり「わ、本当だぁ」
ちなつ「ふふ、あかりちゃんとお話してると、時間過ぎるのがあっという間」
あかり「それはお互い様だよぉ」
ちなつ「……余計なことも、考えなくて済むし」
あかり「…………そう、だね」
あかり(……ちなつちゃんは、大人になった)
あかり(あかりを置いて、ひとりで大人になってしまった)
あかり(ずるいよ、ちなつちゃん。あかりなんて、まだ自分のことでいっぱいいっぱいなのに)
あかり(そんな大人なところを、あかりに見せつけないでよ)
あかり(もっとがむしゃらに)
あかり(もっと愚直に)
あかり(もっと正直に)
あかり(好きな人を求めるちなつちゃんでいてほしかった)
あかり(迷惑かもなんて)
あかり(気を使わせるからなんて)
あかり(そんなこと考えるちなつちゃんで、いてほしくなかった)
あかり(でないと、あかりは)
あかり(自分勝手なあかりは)
あかり(親友の恋の応援すらもできないあかりは)
あかり(ますます自分が惨めに思えちゃうよ)
あかり(ねぇ、ちなつちゃんはどうやって大人になったの?)
あかり(いつから、そんな周りに気を配れる“いい子”になっちゃったの?)
あかり(暴走して、振り回して、そんなちなつちゃんは、どこにいっちゃったの……?)
あかり(それでも、ちなつちゃん……)
あかり(好きだよ……)
あかり(愛してるよ……)
ちなつ「映画、感動したね」
あかり「うん、感動しちゃったよ」
ちなつ「あかりちゃん、泣いてたもんね」
あかり「えへへ、恥ずかしいな」
ちなつ「恥ずかしくなんかないよ」
あかり「恥ずかしいよ。子どもみたいで情けないし」
ちなつ「ううん。そうやって、素直に泣いたり、笑ったりできるって、実は凄いことだと思うよ」
あかり「なんで?」
ちなつ「人は歳を重ねていくと、周りの目を気にしてしまうでしょ」
あかり「そうかも」
ちなつ「すると、本当は怒りたいのに、本当は泣きたいのに」
あかり「本当は喜びたいのに?」
ちなつ「うん。そういう局面で、人は素直な感情を吐き出せなくなっていく」
あかり「そう、なのかな」
ちなつ「そうだよ。私もそういうの気にして、あまり泣けなくなっちゃったから」
あかり「ちなつちゃんは、大人になってるんだね」
ちなつ「そうかな?」
あかり「そうだよ」
ちなつ「あーあ、さっきの映画みたいに、素敵な恋愛がしたいなぁ」
あかり「そうだね」
ちなつ「あかりちゃん、好きな人とか、いる?」
あかり「ううん。いないんだ」
ちなつ「……そっかぁ」
あかり「そうだよ」
――――――――
――――
――
―
秋。
結局、あかりもちなつちゃんも、結衣ちゃんや京子ちゃんの力になれるようなことは思いつかなくて、
ただただ4人で集まれないだけの日々が続いていた。
それでもたまの休日に、ごらく部4人で遊びに行くことはあって、それはすっごく楽しくって、
でも、帰りにそれぞれ別の道を歩む瞬間の寂しさといったらなくって。
それはなんだか、今後のあかりたちのあり方を提示しているようにも感じてしまうのは、考え過ぎだろうか。
誰もいない部屋でひとり、黙々と宿題を片付ける。
二年生の勉強は、思いのほか難しかった。
あかね「あかり、ちょっといいかしら」
あかり「お姉ちゃん」
あかね「お勉強中だった? 別に後でもいいけど」
あかり「ううん。ちょうど休憩しようと思ってたところなんだ」
あかね「そう。だったらリビングで、お姉ちゃんとお話しない?」
あかり「うん、いいよぉ」
あかね「紅茶でいいかしら?」
あかり「うん。ありがと」
あかね「よいしょ、お隣失礼します」
あかり「えへへ、どうぞ」
あかね「ふふ、こうやって二人でお話するの、結構久しぶりじゃない?」
あかり「そうだったっけ」
あかね「そうよ。あかりったら、どんどんお姉ちゃん離れしちゃうんだから」
あかり「ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど……」
あかね「いいのよ、別に。あかりが成長してる証拠だもんね」
あかり「成長……。あかり、成長してるのかな?」
あかね「もちろん。日々成長してるわ」
あかり「えへへ、だったらいいなぁ」
あかね「そういえば、髪も伸びたわね」
あかり「そうだね。2年生になってから、前髪以外切ってないなぁ」
あかね「髪を伸ばしたあかりも、すっごくかわいい」
あかり「えへへ、そうかなぁ」
あかね「ええ、とっても」
あかね「……あかり、学校は楽しい?」
あかり「うん、楽しいよ。勉強はちょっと難しいけど」
あかね「そうなの? でも成績落ちてないわよね?」
あかり「最近ごらく部少ないから、勉強する時間が増えたのかも」
あかね「そっか……。京子ちゃんと結衣ちゃん、受験生なんだっけ」
あかり「うん。新入部員もいないしね」
あかね「ちなつちゃんとは遊ばないの?」
あかり「ううん、よく遊んでるよ。たまに勉強とかも一緒にするし」
あかね「そうなの」
あかり「はーあ、あかりも来年は受験かぁ。実感わかないなぁ」
あかね「ふふ、そんなものよ。焦らなくても大丈夫」
あかり「そうなの?」
あかね「そうよ。3年生になれば、実感なんてイヤでも湧いてくるわ」
あかり「お姉ちゃんは大人だなぁ」
あかね「そうかもしれないわね」
あかり「……ねぇ、お姉ちゃん」
あかね「うん?」
あかり「お姉ちゃんは、どうやって大人になったの?」
あかね「どうやって……?」
あかり「うん……。周りはみんな大人になっていくのに」
あかね「……」
あかり「あかりはひとり、子どものままだから」
あかね「……」
あかり「ねぇお姉ちゃん。あかりも、はやく大人になりたいよ」
あかね「……」
あかり「どうしたら、はやく大人になれるかな?」
あかね「……最近元気がなかったのは、その悩みごとのせいね?」
あかり「えへへ。元気がないの、バレちゃってた?」
あかね「当たり前よ……。私はあかりのお姉ちゃんなんだから、気付かないわけない」
あかり「そっかぁ」
あかね「そうよ」
あかね「ふふ、どうしてそんなに大人になりたいの? 大人になっても、いいことなんてないのに」
あかり「だって、子どもって、要するにワガママってことじゃない」
あかね「そんなことはないと思うけど……それにあかりは、全然ワガママなんかじゃないわ」
あかり「……ワガママだよ」
あかね「どうしてそう思うの?」
あかり「……」
あかり「あかりは……ちなつちゃんの恋を、正直に応援してあげられないから」
あかね「あら、どうして?」
あかり「あかりね、ちなつちゃんのことが、好きなんだ」
あかね「…………」
あかり「変かも、しれないけど」
あかね「変じゃないわよ」
あかり「だけど、ちなつちゃんには、他に好きな人がいて」
あかり「最初はね、そんなちなつちゃんの恋を応援してあげようって思ってたんだけど」
あかり「……いつからか、そんな一生懸命なちなつちゃんに惹かれるようになっちゃって」
あかり「だから、応援するって言っておきながら、最近は全然応援してあげられてない」
あかね「……そうなの」
あかり「応援してあげようって思っても、心のどこかでもやっとしちゃうんだ」
あかね「……そうなの」
あかり「最近ね、ちなつちゃんはその好きな人に全然会えてないんだ。受験、忙しいみたいで」
あかり「それでちなつちゃん、ずっと落ち込んでて」
あかり「しまいには“もう見込みもないし、諦めよっかな”なんてことまで言い出すようになって」
あかり「あかりは一応、励ましてあげてるんだけど」
あかり「やっぱり心のどこかでは、それを望んでるあかりもいて」
あかね「……」
あかり「だからあかりは大人になって、心からちなつちゃんの恋を応援してあげられるようになりたい」
あかり「好きな人だけど……いや、好きな人だからこそ」
あかり「ちなつちゃんには恋を叶えてもらって、元気になってもらいたい」
あかり「……ちなつちゃんにはいつも笑顔でいてほしいから」
あかり「そう、思ってるんだけど……えへへ、結局、頭の中ぐるぐるしちゃうんだ」
あかね「あかり……」
あかり「……だから、あかりはワガママなんだよ」
あかり「ワガママなお子様と、なんら変わりないんだよ」
あかね「…………そうなの」
あかり「………………うん」
あかね「……ふふ」
あかり「?」
あかね「お姉ちゃん嬉しいな」
あかり「う、嬉しい……?」
あかね「ええ。いつもほわほわ笑っていただけのあかりが」
あかり「……」
あかね「歳相応の悩みを抱えて、成長しているのが、とっても嬉しいの」
あかり「……うん」
あかね「…………お姉ちゃん、ちょっと心配してたんだから」
あかり「心配……?」
あかね「あかりがいい子すぎて、変になっちゃわないか、心配してたの」
あかり「変にって……」
あかね「大人になる方法、知りたい?」
あかり「……うん」
あかね「分かった。そしたらあかりに聞きたいんだけど」
あかり「うん」
あかね「あかりは“大人”にどんなイメージを持ってる?」
あかり「うーん……。なんでもそつなくこなしたり」
あかね「うん」
あかり「周りに気が配れたり、ブラックコーヒーが飲めるようになったり」
あかね「うん」
あかり「……嫌なこと、辛いことが我慢できるようになったり……そんな人が大人なのかな」
あかね「そう」
あかね「あかりの想像する大人像はなんとなくわかったけれど」
あかり「うん」
あかね「そんな大人はね、この世に一人だっていないわ」
あかり「……一人も?」
あかね「そう。お姉ちゃんだって、できてない」
あかり「お姉ちゃん、ブラックコーヒー飲めないの?」
あかね「そこじゃなくて、我慢よ、我慢」
あかり「我慢……?」
あかね「もしなんでもかんでも我慢できてるように見える人がいたらね」
あかり「うん」
あかね「それは大人のふりをしただけの人なのよ」
あかり「そうなの……?」
あかね「みんな、色々我慢しているように見えて」
あかり「うん」
あかね「そのいっぱいたまった我慢を、別のことで解消して、なんとかしていたりするものよ」
あかり「そうなんだ……。おねえちゃんはどんなことで我慢を解消してるの?」
あかね「え、えっと、そ、そんな話はどうでもいいじゃない」
あかり「?」
あかね「お姉ちゃんはね。大人っていうのは、そんな表面的な強さを指す言葉じゃないと思うの」
あかり「じゃあお姉ちゃんのいう、大人って……?」
あかね「………………それは」
あかね「大切な人や、大切な人たちのことを、ちゃんとよく理解してあげられて」
あかり「……」
あかね「悩んでいれば、楽しいお話をしてあげたり、相談に乗ってあげられたりして」
あかり「……」
あかね「困っていれば、自分なりの解決方法を教えてあげたり、なければ一緒に探してあげたり」
あかり「……」
あかね「そうやって、人の幸せのために行動できる人」
あかり「……」
あかね「そういう人が大人なんだと、お姉ちゃんは思うかな」
あかり「……そっかぁ」
あかね「でもそのためには、いろんな事を経験しないといけない」
あかり「……」
あかね「理解してあげるためには、その人のことをよく知らないといけないし」
あかり「……」
あかね「相談に乗ってあげるには、まず自分自身が悩んだ経験を持たないと役に立てないし」
あかり「……」
あかね「助けてあげたい人がいるなら、途中で投げ出さない、強い心を持たなきゃいけない」
あかり「……」
あかね「だから、大丈夫よ」
あかり「……?」
あかね「だってあかりは、今言ったことが全部できてる子じゃないの」
あかり「……そう、なのかな」
あかね「そうよ。お姉ちゃんが保証するわ」
あかり「そっか……大人って、そういうことなんだ」
あかね「あくまで私なりの解釈だけれどね」
あかり「ううん。あかりもそっちのほうが大人なのかなって、思ったから」
あかね「そう」
あかり「でもあかり……そしたら、どうしたらいいんだろ……」
あかり「結局あかりは、どうしたらちなつちゃんの恋を応援してあげられるんだろう」
あかり「どうしたら……ちなつちゃんを諦められるんだろう」
あかね「…………」
あかね「……少し昔話をしてもいいかしら?」
あかり「……うん?」
あかね「お姉ちゃんね、あかりと……同じくらいか、もうちょっと大きくなった頃にね」
あかり「うん」
あかね「あかりと同じような悩みを抱えたの。とっても好きな人ができてね」
あかり「うん」
あかね「まぁ今も好きで、その人はとっても、とーっても近くにいるんだけど」
あかり「う、うん……」
あかね「ふふ、なんだか今のあかりとそっくりね」
あかり「…………そうだね」
あかね「でも、その恋は決して叶えちゃいけない恋だったの」
あかり「……なんで?」
あかね「世間が、倫理観が、なにより私自身の自制心が、それを許さなかった」
あかり「…………」
あかね「最初は辛かったなぁ。私が悩んでる間でも、その人はずっと変わらない笑顔を見せてくれて」
あかね「その笑顔が、決して手に入らないものだって、痛感させられて」
あかね「一線を超えてしまおうかって、何度も思った」
あかね「世間なんて、倫理なんて、知らないって、何度も、何度も思った」
あかね「でも、そんなことばっかり考えてたからかな。ある日ね、好きな人が私にこう言ったの」
あかね「“おね……”じゃなかった“あかねちゃん、最近怖い顔してる”って」
あかね「…………すっごく、悲しそうな顔をしながら」
あかり「……」
あかね「結構、感情を隠すのは得意な方だと思ってたんだけど、それでも見抜かれちゃってね」
あかね「でも、原因があなたです、なんて、言うことはできなかったから」
あかね「その場では“体調が悪いから”って誤魔化してたんだけど」
あかね「そしたらその人、それからずっと、私のそばにいてくれるようになったの」
あかね「まるで“元気だして”とでも言わんばかりにね」
あかり「……」
あかね「そんなあの人の笑顔を見てたらね、私は次第に、自分の本当の気持ちに気付くようになっていったの」
あかね「“あぁ。私って結局、この人の笑顔が見られていれば、それでいいんだろうな”って」
あかね「もちろん、お付き合いとかできたらそれに越したことはなかったんだけれど」
あかね「私はね……それよりもなによりも、その人の、屈託のない笑顔が大好きだった」
あかね「いつでも元気いっぱいで、近くにいる私にも元気をくれるような、その人の笑顔が」
あかね「だから、どうしたらその人がいつでも笑顔でいてくれるか」
あかね「そんなごく当たり前のことを、やっと考え始めるようになったの」
あかね「……目先の恋心に囚われて、思考がうまく働いてなかったのかもしれないわね」
あかり「……!」
あかね「あかり、さっき言ったわよね。“ちなつちゃんにはいつも笑顔でいてほしい”って」
あかね「だったら、大人になって我慢してだなんて幻想に、どうにかしてもらおうとするんじゃない」
あかね「あかり自身の考えで、どうしたらちなつちゃんに笑顔でいてもらえるのか」
あかね「ちなつちゃんと一緒に、笑い合えるようになれるのか」
あかね「……それを考えてみたらいいんじゃないかしら」
あかり「…………あかりは」
あかり(そうだ。あかりはずっと逃げてたんだ……)
あかり(ちなつちゃんのことが好きで、好きで、好きでたまらなくって)
あかり(そんなちなつちゃんが、結衣ちゃんのことが好きだなんて現実を直視できなくて)
あかり(大人になれば忘れられる、我慢できるだなんて思い込んじゃって、思いつめて)
あかり(それが結果的に、ちなつちゃんを落ち込ませて、お姉ちゃんまで心配させてるんだ)
あかり(あかりは、ちなつちゃんが好きだ)
あかり(本当なら付き合いたいし、あかりだけのものにしたいし、本番のキスだってしてみたいけど)
あかり(でも、あかりが本当に望んでいるのは、ちなつちゃんの幸せそうな笑顔だから)
あかり(だったら、あかりは……)
あかね「……答えは、でそう?」
あかり「ねぇお姉ちゃん、最後に1つだけ質問してもいいかな?」
あかね「えぇ、どうぞ」
あかり「………………」
あかり「お姉ちゃんは、今、幸せ?」
あかね「…………」
あかね「もちろん、幸せよ。それも、人生で一番ね!」
あかり「……そっか。ありがと、お姉ちゃん」
あかね「参考になったかしら?」
あかり「うん! あかり……」
あかり「幸せになれる方法、見つけたかも!」
――――――――
――――
――
―
冬。
二人きりのごらく部で、私たちは教科書やノートを広げて宿題に勤しんでいる。
結衣ちゃんと京子ちゃんは、今日が本命高校の受験日らしい。
同じ高校を受けるみたいだった。
でも、二人にとっては大事な日でも、私たちの日常は変わらない。
ちなつちゃんは苦手な地理を、私は得意な理科をせっせと片付けている。
カリカリと鉛筆の音だけが響くこの空間は、なんだか心地よくて、とても心地悪かった。
見てるよ
あかり「二人とも、うまくいってるかなぁ」
ちなつ「どうだろうね」
あかり「うまくいっててほしいね」
ちなつ「そうだね」
あかり「私たちも、来年受験だね」
ちなつ「そうだね」
あかり「私、京子ちゃんたちと同じ高校受けようかなぁ」
ちなつ「岡高、すごく難しいんでしょ?」
あかり「そうなんだよねぇ。かなり頑張らないと無理そうだよね」
ちなつ「そうだね」
あかり「あ、お茶なくなっちゃった」
ちなつ「淹れるよ」
あかり「いいよいいよ。たまには私が淹れるよ。ちなつちゃんは座ってて」
ちなつ「いいの?」
あかり「うん。むしろ、いつもありがとうね」
ちなつ「ううん。どういたしまして」
あかり「じゃあちなつちゃんの湯呑み、もらってくね」
ちなつ「……ねぇ」
あかり「なに?」
ちなつ「……やっぱり、あかりちゃんが“私”って言ってるの、変」
あかり「ん、そう思う?」
ちなつ「そうだよ」
あかり「お姉ちゃんにも言われちゃった」
ちなつ「前から思ってたけどさ……一体どうしたの?」
あかり「どうしたもなにも、自分の名前が一人称だった今までのほうが変だったと思うけど」
ちなつ「それはそうなんだけど、なんかあかりちゃんじゃないって感じがする」
あかり「そうかなぁ」
ちなつ「そうだよ」
ちなつ「それに、髪も伸びたね」
あかり「うん、ちょっと伸ばしてみようかなって思って」
ちなつ「うん……似合ってると思う」
あかり「ホント? ありがとー」
ちなつ「うん。ちょっと大人っぽくなって、イイ感じ」
あかり「やったぁ」
あかり「はい、お茶どうぞ」
ちなつ「ありがと、あかりちゃん」
あかり「ふぃ、よっこらせ」
ちなつ「やだもう“よっこらせ”なんて、ババくさいなぁ」
あかり「そうかなぁ?」
ちなつ「そうでしょ……」
あかり「そっかぁ」
ちなつ「さて、そんなことより、早く宿題片付けないとねー」
あかり「そうだねぇ」
ちなつ「あ、あかりちゃん、そこのプリント取ってくれる?」
あかり「ねぇ、ちなつちゃん」
ちなつ「ん、なに?」
あかり「私ね」
あかり「ちなつちゃんのこと、好きなんだ」
ちなつ「………………」
ちなつ「……………そう」
あかり「あ、ラブのほうだよ?」
ちなつ「うん、分かってるよ。………そっか、そうなんだ」
あかり「……」
ちなつ「………」
あかり「気付いてた?」
ちなつ「………実は、そうなんじゃないかなって、ちょっと思ってた」
あかり「そっかぁ」
ちなつ「そう、なんだ」
あかり「いつ頃から……?」
ちなつ「………1年前くらい、だったかな」
あかり「そっかぁ」
ちなつ「そうなの」
あかり「……」
ちなつ「………」
ちなつ「あ、あはは………私ったら、罪な女ね」
あかり「罪なんかじゃないよ。ちなつちゃんはとってもいい子だよ」
ちなつ「もう、褒めたってなにも出ないよ?」
あかり「そんなの求めてないよぉ」
ちなつ「そうだよねーあはは………」
あかり「あははは」
ちなつ「………はは」
ちなつ「……………なんで」
あかり「うん?」
ちなつ「なんで、そんなこと言うの…?」
あかり「なんでって……なに?」
ちなつ「………知ってるくせに」
あかり「…………」
ちなつ「私が! まだ結衣先輩を諦めきれてないって!! 知ってるくせにィ!!!!」
あかり「……」
ちなつ「分かってるんでしょ………私の答えなんて………」
あかり「……そうだね」
ちなつ「だったらッ!!!!!!!!!!!!」
ちなつ「だったら、なんで告白なんてするの………?」
ちなつ「ずっと私と一緒にいて」
ちなつ「ずっと私の相談に乗って」
ちなつ「ずっと私がどう思ってるかなんて知り尽くしてるあかりちゃんが…」
ちなつ「どうして………」
ちなつ「そんなふうに告白されちゃったら………」
ちなつ「忘れよう、忘れようって思ってたのに」
ちなつ「………また、思い出しちゃうじゃない……………」
ちなつ「結衣先輩のこと、思い出しちゃうじゃないッッ!!!!!!」
あかり「ごめんね」
ちなつ「………謝らないでよ」
あかり「ん、ごめん」
ちなつ「………教えてよ」
あかり「……」
ちなつ「叶わないって分かってて告白したわけを、教えてよ………」
あかり「…………だって」
ちなつ「………だって?」
あかり「ちなつちゃん、辛そうなんだもん」
ちなつ「……は、意味分かんない」
あかり「分からない、かな?」
ちなつ「分からないでしょ……。それともなに“結衣ちゃんとは無理だから、代わりに私と付き合わない?”って意味なわけ?」
あかり「ち、違うよぉ」
ちなつ「………………だよね。ごめん、分かってた」
ちなつ「……じゃあ、辛そうだったら、なんで私に告白するの?」
あかり「……それはね」
ちなつ「…………」
あかり「スッキリするからだよ」
ちなつ「……………………………………」
ちなつ「…………なに、それ」
あかり「告白すると、気持ちがスッキリするからだよ」
ちなつ「…………」
あかり「私は今、ちなつちゃんにフラれたけど」
あかり「心は結構、穏やかなんだ」
あかり「最初から、叶うはずないって、分かってて告白したのに」
あかり「もちろん、悲しいは悲しいんだけど」
あかり「いざ告白してみるとね」
あかり「なんであんなにうじうじ悩んでたんだろうって」
あかり「さっさと告白すればもっと早く楽になれたのにって」
あかり「そう思っちゃうんだ」
ちなつ「……」
あかり「私も、ちなつちゃんへの想いで散々苦しんだから」
あかり「ちなつちゃんの気持ちは痛いほど分かってるつもりだよ」
あかり「だから私は……ちなつちゃんには、結衣ちゃんに告白してほしいんだ」
あかり「告白して、結果はどうあれ、私みたいに、スッキリしてもらいたい」
あかり「それでまた……前みたいに、優しい笑顔を見せてほしいんだ」
ちなつ「……笑顔?」
あかり「うん、笑顔」
あかり「……もしちなつちゃんがこのまま結衣ちゃんのことを諦めたら、きっと後悔する」
あかり「あの時ああしておけばよかった、こうしておけばよかったって、一生嘆き続ける」
あかり「そんなちなつちゃん……私、見たくないから」
ちなつ「…………私にフラれろって?」
あかり「いや、そういうわけじゃ……。それに、可能性はまだ0%じゃないでしょ?」
ちなつ「それは……そうかもしれないけど」
あかり「だったら、なおさら諦めるのはもったいなくない?」
ちなつ「…………」
ちなつ「あかりちゃんもしかして、結衣先輩に告白させるために、自分が実験体になったわけ?」
あかり「ん、いや、そういうわけじゃ……」
ちなつ「まぁ、あかりちゃんが“そうだよ”なんて言うわけないか」
あかり「ちなつちゃん、イジワルだよぉ」
ちなつ「ごめんごめん」
ちなつ「でもさ」
あかり「うん」
ちなつ「もしこれで、自分の気分が晴れなかったらどうするつもりだったわけ?」
あかり「え、そ、そのときは……えっと……その……」
ちなつ「…………はぁ、バカなあかりちゃん」
あかり「うん、自分でもそう思う…………」
ちなつ「…………ふふ」
あかり「ちなつちゃん?」
ちなつ「……はぁ、あかりちゃんてさ」
あかり「うん」
ちなつ「お人好しが過ぎるんじゃない? ぶっちゃけ、正気の沙汰じゃないと思うよ」
あかり「……お人好しなんかじゃないよ」
ちなつ「いやぁ、お人好しでしょ。じゃなきゃ、なんで私のためにこんなことまでするの?」
あかり「それは…………」
ちなつ「それは?」
あかり「さっきも言ったけど……」
あかり「ちなつちゃんにはいつも笑顔でいてほしい……って理由じゃ、ダメかな?」
ちなつ「…………」
ちなつ「……なんていうか」
あかり「……うん」
ちなつ「あかりちゃんって、やっぱり変」
あかり「そうかな」
ちなつ「そうだよ」
ちなつ「……あー、もう!」
あかり「ちなつちゃん…………?」
ちなつ「分かった分かった! 卒業まで、まだちょっとだけだけど、時間だってあるもんね」
あかり「……」
ちなつ「私……頑張ってみるよ」
あかり「……ッ!!」
あかり「ちなつちゃぁん!!!」
ちなつ「うわっ、ちょ、急に抱きつかないでよ!」
あかり「ごめんごめん……。えへへ、つい、嬉しくなっちゃって」
ちなつ「好きな人が好きな人に告白するんだよ……?」
あかり「うん。それでも、嬉しいよ」
ちなつ「あかりちゃんって、ホント変」
あかり「うん、もうそれでいいや」
ちなつ「ふふ」
あかり「へへ」
ちなつ「ねぇ、あかりちゃん」
あかり「なぁに?」
ちなつ「……今度は、応援してくれる?」
あかり「…………」
あかり「……もちろんだよ!」
――――――――
――――
――
―
春。
桜の花が咲き乱れ、七森中全域を桜色の吹雪が包み込む。
晴れやかな気候も相まって、本日は絶交の入学式日和だ。
暖かなそよ風は私の身体をふわっと包み込むと、長い髪を揺らしてくすぐったい。
そんな私の隣に佇む桜色の少女は、短くなった髪の毛先を、物足りなさそうな表情で弄りまわす。
腰に手を当てながら「似合ってるよ、ちなつちゃん」と髪型を褒めると、
少女はそれに答えるように「ありがと、あかりちゃん」と返してくれる。
あかり「なんだか、結衣ちゃんみたいだね」
ちなつ「そう? もしかしたら、ちょっと意識しちゃってたかも」
あかり「そっか」
ちなつ「うん」
あかり「……最近、やっと暖かくなったねー」
ちなつ「そうだね。去年はたしか、雪積もってたよね」
あかり「積もってたね、そういえば。……もう、あれから1年なんだね」
ちなつ「時の流れってほんと早い」
あかり「そうだねぇ」
ちなつ「……ありがとね。あかりちゃん」
あかり「うん? ……なにが?」
ちなつ「ん、いろいろ。背中を押してくれたりとかさ」
あかり「……うん」
ちなつ「あかりちゃんがあそこで告白してくれてなかったら、私、きっと後悔してた」
あかり「……うん」
ちなつ「だから……ありがと」
あかり「……うん」
ちなつ「おかげで私、やっと前を向いて歩けると思う」
あかり「……そっか」
ちなつ「ねぇ。あそこ歩いてる子たち、1年生かな」
あかり「そうだね。制服、真新しいもんね」
ちなつ「なんか初々しいね」
あかり「そうだね」
ちなつ「……こんなこと、去年も話した気がするね」
あかり「気がするね」
ちなつ「……今年は暖かい」
あかり「うん。私、もうマフラーしまっちゃった」
ちなつ「ふふ、私も」
あかり「そうだよね」
ちなつ「桜吹雪の中で迎える入学式、かぁ。なんだか新入生の門出を祝ってるみたいで、ロマンチック」
あかり「ちなつちゃん、詩人みたいだね」
ちなつ「そっかな」
あかり「そうだよ」
ちなつ「…………よし! じゃ、そろそろ新しい教室に行こっか」
あかり「うん、そうだね」
ちなつ「あ、ごらく部どうしよっかー」
あかり「新入部員でも探す?」
ちなつ「んー……それはなしかな」
あかり「ふふ、同じこと思ってた」
春。
私はふと歩みを止め、暖かな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ちょっと大げさに腕を広げてみたりする。こうして深呼吸すると、より一層気持ちいい気がして。
すると、隣でそれを見ていたちなつちゃんも、同じように深呼吸して、二人で笑いあった。
笑顔のちなつちゃんは、この世のなによりも綺麗で、可憐で、美しい。
―― ねぇ、ちなつちゃん。
―― なに?
―― 私……幸せだよ。
―― ふふ、なぁに急に?
―― だって……。
だって隣で、好きな人が笑っているんだから。
おしまい
ありがとうございました。
次はもっと楽しいお話を書きたいです。
乙
素晴らしい百合加減
スレタイでアリさんアリさんを思い出した
お疲れ様
世界に傑作ちなあかが一つ増えたな
淡い恋心とリフレインする台詞がすごくいい雰囲気だった
乙!
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