電「青い海とくっつきそうな空なのです!」 (19)
私は海にうかんでいました。
ぬるくて、静かな海です。
まるで、死んでいるみたいに静かです。
私はなんだか、そこに居たくなくて、動かなきゃ、動かなきゃと体に力を入れます。
だけど、体は動きません。
いえ、手と頭は動きます。足だけが動きません。
なんでかなと足元を見ると、足のあるところだけが真っ黒なもやにつつまれていました。
その真っ黒なもやは私の体をたちまちに包み込んで
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ぱちりと目が開いて目がさめました。
私がいたのはぬるいお部屋のシーツの海でした。
汗がびっしょりで気持ちわるくて、吐きそうです。
ベッドの横にある小さな窓のカーテンのすき間からは、薄明かりが差し込んでいます。
カーテンを開いて、窓を開けると、さあっと静かな波の音と海風が部屋に入ってきました。
お部屋の中のぬるい空気が、少しずつ澄んでいきます。
外には、風と波しか音がありません。
ドッグのクレーンの音も、整備員さん達のどなり声も聞こえません。
私は静かな海をすこしだけ楽しみました。
時間を見ますと、もうすぐ目覚まし時計がなりだす時間でした。
アラームを止めて、ベッドの近くに置いてある歩行器をたぐりよせます。
思うように動かない足を、歩行器でなんとか動かします。
洗面台の鏡の前にたち、棚に置かれているタオルを濡らして、タオル蒸し器に入れてスイッチを入れます。
タオルを蒸している間に、寝ぐせをなおします。
…今日の寝ぐせはとてもやっかいなのです!まるでアフロヘアーなのです!
アフロヘアーと戦っていると、隣やお向かい、上下左右いろんなところから目覚まし時計のベルの音に「起床ーッ!」と叫び声が聞こえてきました。
そのうちに、タオル蒸し器のピーピーピー!という蒸しあがりの音も聞こえてきて、いっぺんに鳴る音の群れは音楽みたいになってきました。
朝の音楽を楽しみながら、蒸しタオルで体を拭いていきます。
最近は海にでていないので、お肌が真っ白です。
海にでていたころは、日焼けしてほんのりと赤くなっていたお肌が懐かしいのです。
暁ちゃんは「こんなのレディのお肌じゃないわ!」って怒っていたけれど。
やっぱり、日焼けしてた方がいいなあと。
冷たい足をなでながら、そう思いました。
体がさっぱりしたので、お着替えをします。
今日の服はどうしようかな。制服にしようかな、でも着るのは大変…そう思っていると、クローゼットに良いものがありました。
それは、真っ白なワンピースです。
加賀さんが仕立ててくれた真っ白なワンピースは、クローゼットの中で輝くようでした。
なんだか、嬉しくなってワンピースをぎゅっと抱きしめてしまいました。
加賀さんの優しい気持ちがこもったそのワンピースは、太陽の香りと加賀さんの香りがふわりとしました。
そうしていると、嫌な夢のことはすっかりどこかにいってしまいました。
お着替えをしたら、朝ごはんの時間になっていました。
食堂までは遠いので、部屋の片隅に畳んである車いすを組み立てます。
明石さんと夕張さんが造ってくれた車いすはとても軽くて、一人でも組み立てられます。
夕張さん曰く「チタンと超々ジュラルミンの芸術品」らしいです。
夏用の麻のリネン生地のカバーは明石さんが織り上げてくれたものです。
麻のリネン生地は長く座っていても蒸れなくて、とても助かります。
お二人には、いくらお礼をしてもたりません。
鎮守府のみんなに、私は助けられてばかりです。
車いすに乗ると、ノックの音が聞こえてきました。
お部屋の引き戸を開けると暁ちゃんが扉の前にいます。
暁ちゃんは毎朝こうして、迎えにきてくれます。
お互いにおはようと挨拶をして、暁ちゃんは私の車いすを押して廊下をゆっくりと進んでいきます。
暁ちゃんと、なんとなしに世間話をしていきます。
今日は訓練はなにがあるのかなとか、お天気は暑くなりそうだねとぽつりぽつりと。
暁ちゃんは「今日はお休みだから、一緒にいられるわ」と嬉しいことをいってくれました。
一緒にいられるなんて久しぶりなのです。
食堂に着くと、私たち二人以外に誰もいませんでした。
食堂のおば様に挨拶をして、朝ごはんをお願いします。
私はコッペパンとヨーグルト、ケールとバナナのスムージー。暁ちゃんはご飯と根深汁に卵焼きと焼き海苔です。
暁ちゃんはレディだけど和食派です。
二人でいただきますをして、スムージーを一口飲みますと、口の中にバナナの甘さとケールの苦味がひろがります。
目が覚めるような味なのです!暁ちゃんにも一口すすめると「苦いからいらないわ」って言われちゃいました。
レディは好き嫌いしちゃだめなのです!と言うと暁ちゃんはスムージーを一気に半分も飲んでしまいました。
涙目だけど、とっても偉いのです!
朝ごはんを食べ終わった後、私たちはお散歩に行くことにしました。
宿舎を出ようとすると、今日の宿舎番の不知火さんが私たちを呼び止めました。
「今日は日差しが強いから、これを被っていきなさい」と手渡されたのは麦わら帽子です。
不知火さんはとてもお優しい方です。お礼を言うと、少し照れてしまわれたのか少し乱暴に麦わら帽子をかぶせられちゃいました。
白いリボンの麦わら帽子は私、青いリボンのは暁ちゃんです。
麦わら帽子からは、不知火さんが好きな白檀のお香の香りがします。
「白檀の香りは虫よけになるわ、気を付けていってらっしゃいね」と不知火さんがおっしゃいました。
いってきます不知火さん。
鎮守府の近くの波止場は今日も賑やかで、貨物船やら漁船やらで大にぎわいです。
そんな喧そうの中を私と暁ちゃんは進んでゆきます。
荷下ろしをしている貨物船の前を通ると、長門さんと武蔵さんがお手伝いをしていました。
戦艦のお姉さんたちは暇な日はこうやって貨物の荷下ろしを手伝って、お小遣いを稼いでいます。
鎮守府ではお食事やお菓子はたくさんでるのですけれど、お金はあんまりもらえないからです。
本当は副業をするのはいけないことなのですが、お金はあるにこしたことはありません。
私もなにかお仕事をさがしてみようかなと思っているのですが、子供みたいな私たちはなかなか副業を見つけられません。
鳳翔さんが刺しゅうのお仕事をされているそうなので、今度紹介してもらおうと思います。
私たちに気づいたお二人はおはようと大きな声で呼びかけてくれました。
私たちは手をふって、がんばってくださいと声をおかけします。
お二人も手をふって答えてくれました。
そのまま波止場を抜けて、埋め立て地の方角へ進んでゆきます。
埋め立て地につくと、私たちの背より大きなだいはぎがゆらゆらと風にゆれています。
大きなだいはぎの間に小さな道があります。
私と暁ちゃんが通るのがせいいっぱいの小さな道です。
迷路みたいなその道を抜けると小さな海岸にでます。
今日も海はとっても青くて、空とくっつきそうなぐらいなのです。
さらさらと風がかみを撫でていって、少しだけくすぐったいです。
すると、急に風がぴゅうとふいて暁ちゃんの麦わら帽子が飛んでいきます。
私はあわてて拾おうとしましたが、おもいっきり車いすからころんでしまいました。
まだ、車いすにはなれません。この間もベッドからおきようとしてころんじゃいました。
それでもなんとか、暁ちゃんの麦わら帽子を拾う事はできました。
暁ちゃんは私をだきおこして、急に動いちゃだめだとか、もっと体を大事にしなさいと口を動かします。
私はごめんなさいと言いながら、暁ちゃんに麦わら帽子をかぶせてあげました。
その後は、地べたにすわって二人で肩をならべてゆっくりと海をながめました。
海をながめていると、あの時の事を思いだします。
あれは嵐の海でした。
敵を倒しても倒しても、荒れ狂う波のすき間から敵がたくさんでてきて私たちは傷だらけだったのです。
響ちゃん、雷ちゃんは駆逐イ級の口に魚雷を投げ込んで爆発させていきます。
暁ちゃんと私は、空母ヲ級が放つ飛行体を連装砲で撃ち落とすのに必死です。
そして、ふと私が暁ちゃんの方を見た時でした。
上を見ていた暁ちゃんは気づけなかったのでしょう。
足元で口を開けている死にかけの駆逐イ級に。
私は暁ちゃんの方に全力で駆けていって、暁ちゃんを突き飛ばしました。
何かを叫ぶ暁ちゃんの声と、熱く燃えるような足の感覚を感じながら私は気を失ったのです。
それからの事はあまり覚えていません。
かすかに聞いた、暁ちゃんと響ちゃん、雷ちゃんの叫び声だけを覚えています。
はっと気づいたときには、鎮守府の近くの海域でした。
私は暁ちゃんにおぶられていました。
モルヒネでも打たれていたのでしょうか、頭がぼーっとしています。
みんな、すすまみれの血だらけのぼろぼろでした。私の足も、血止めのタールでまっくろでした。
でも、それでも青い海とくっつきそうな空だけはきれいでした。
結局、私の足は神経が切断されていて、膝から下が動く事はありませんでした。
私は司令官さんに退役を申し出ましたが、断られてしまいました。
司令官さんいわく「戦いは海だけじゃない、陸から皆を支えられるように秘書艦になって欲しい」と言われてしまいました。
もちろん、私がきちんと一人で車いすで動けるようになってからてす。
早く車いすに慣れて、みんなに恩返しができるようにならなきゃ。
それでも、いつかまた。
いつかまた、海にでられるといいな。
おわり
乙
とりあえず読みにくいから改行して工夫する事をおすすめする
スレタイとのギャップ
スレタイでほのぼの系だと思ったら内容でビビった
でも面白かった乙
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