弟「姉ちゃんの行ってた大学に行きたい」 (333)




姉「ああん?なんだ急に」

弟「姉ちゃんさ、やっぱ大学進学した時って勉強した?」

姉「してねーし。姉ちゃん、天才だから」

弟「…じゃあさ、俺も勉強しなくても行けるかな」

姉「どういう心境の変化?この話、パパとママが散々説得してきたじゃん。
  それを急に大学行きたいって、虫がいいって思わないの?」

弟「あん時とは事情が違うんだよ!
  今は、行ってもいいかな…、って」




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姉「残念だけど、あんたの進学諦めた時に、学費の積立はパパのビーエムに化けたよ」

弟「はぁ!?」

姉「だいたい、あんた来年から高3じゃん。
  ろくに勉強してこなかったんだから。
  姉ちゃんバカだけど勉強はしてたから、
  高校と大学は、大したとことは言わないけど、そこそこ偏差値高いんだよ?
  今から間に合うと思ってんの?」

弟「…そこは、ほら。
  一年みっちりやって」

姉「甘い甘い。
  ○○高のレベルじゃ、そこそこ勉強してたヤツが一年みっちりやって落ちる事もあるのに。
  大体、なんで姉ちゃんの大学なんて言うの。
  まず急に進学したくなった理由を教えてもらわないと」

弟「…いいだろっ!そんな事!
  とにかく、姉ちゃんが行ってた大学に行きたいんだよ。
  …でも、勉強の仕方なんて、わかんねーし…
  どうしたらいいかわかんねーんだよ!!」

姉「ああ?なんだその口の利き方」

弟「な、なんだよっ!
  姉で大卒だからって、威張んなよ!」





弟「ごめん!姉ちゃんごめん!ギブ!ギブギブ!!あああああー!!!!」ギリギリギリ



書き溜めです。
途中までですがお付き合いください。




姉「で?なんで急に進学なの?」

弟「……りっぱなにんげんになりたいからです」

姉「殴られ足りないの?」

弟「ま、マジだって!」





姉ちゃんは俺の自慢の姉ちゃんだ。
どこに行ったって恥ずかしくない、とは言わねーけど…。
うちの父ちゃんは、輸入車専門の中古車販売業をやってる。
それなりに金回りはいいみたいだけど、学歴といえばクソみたいなもんだ。高校中退だし。
俗に言うリベラルアーツはからっきし。
バイエリッシェモトーレンヴェルケはわかるくせに、ネプリーグ見ててわかる問題がほとんどない。
すぐキレる。
キレたところで頭が悪いから俺なんかに言い負かされたりする。
その代わり喧嘩がべらぼうに強いので、最終的には俺が殴られて終わる。

母ちゃんは昔父ちゃんが悪ガキだった頃のツレらしく、
父ちゃんと同じでやっぱりバカだ。
未だに日本に大統領がいると思ってる。
ドイツはフランスの首都だと本気で言う。

姉ちゃんは俺の10個上。
悪ガキだった父ちゃんと母ちゃんが17の頃にできた子だ。
それなりに苦労したらしいが、姉ちゃんが5歳の頃ビーエムの整備士だった父ちゃんが独立して、
仕事がそれなりに軌道に乗り始めた頃に俺が生まれた。
姉ちゃんは昔から努力家で、仕事が忙しい両親の代わりに俺の御守りをしながら中学受験した。
ちょっとグレた事もあったけど、そのまま大学まで進学して、今はメーカー系に就職してOLしてる。

父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも体が大きいけど、残念ながら俺はその血を受け継がなかった。
昔よくイジメられてた俺はずっと姉ちゃんに守ってもらっていた。
姉ちゃんは俺のヒーローだった。
姉ちゃんなのにヒーロー、ってのは変な話だが許してほしい。

とにかく、姉ちゃんは俺にとってはヒーローで、二人目の母ちゃんでもあり、最大の敵でもあったわけだ。




――――――――――――――――
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――――――

姉「ま、何を思ったのか、結局知らないわけだけど」

友「まだ高2だもんなぁ。
  懐かしいわ、高2…なにしてたっけ…」

姉「高2っつっても、虫のいい話やめて欲しい。
  今まで散々勉強しろっつってもしなかったのに」

友「そりゃやれって言われてすぐやるヤツはいねーだろー」

姉「予備校講師がそんな事言う!?」

友「おーおー、だから俺呼んだんだろ。
  対策講義用の資料と、入校資料やったじゃねぇか。
  対策講義っつっても、あんちょこみてーなもんだけど…あとは、春の模試受ける事だな」





姉「模試なんて意味ないでしょ。アイツ、多分高1の問題も解けないよ」

友「それまでにも勉強するんだから意味あるに決まってんじゃん。
  とにかく何から手をつけたらいいかわからんってんだから。
  どういうものなのかをまず知るべきだよ」

姉「…大丈夫かな、アイツ。
  自信なくしたりしない?」

友「初めてならその点はだーいじょうぶだよ。
  だから、二度目までにばっちり勉強して、夏の模試で結果を出させればいい」

姉「…それで結果が出なかったら?」

友「落ちるよ。諦めるしかねぇ」

姉「…………」

友「落ちこぼれが○大行こうってんだから。
  トントン拍子にいかねーと無理だよ。
  まぁお前の弟だからな。
  その気になれば大丈夫だよ」

姉「…ありがと。
  大学入試なんてしたことなかったから」

友「お前指定校だもんなー。
  そりゃ入試の相談には乗れねーな」





友「嬉しいんだろ。
  弟が大学行く気になってくれて」

姉「…まぁね。
  昔っから、心配ばっかりかけて」

友「今度会わせろよ。
  大学入試なら、専門家だから、俺」

姉「カテキョ代は出さねーぞ」

友「バカ、いるかよ。
  大体カテキョもする気ねーよ。
  行きてぇ学部は?」

姉「アタシと同じとこだって。あいつ、自分の文理選択もよく知らないのに」

友「色んな入り方あるけど、
  お前の弟みたいな手合は一般がいいぞ」

姉「センター併願じゃ?」

友「倍率たけぇから。
  付け焼き刃じゃ競り負けやすいんだ。
  私大専願なら大人しく一般で受けるべき」

姉「…よくわかんねーけど。
  とにかく一度相談乗ってやってくれよ」

友「いいよ別に。予定見てみるわ」





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―――――――――――
――――――

「――――!!!―――!!―――!!!」

「―――――――!!――――!!!!」」

「――――!!――――!!!!!―――!!?!?!?」  バキィ

「!??!―――!!!!!!!」




――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


コンコン

姉「入るぞ」

弟「…なんだよ、姉ちゃん」

姉「シップいる?」

弟「…いらねーよ」

姉「パパ、なんて言ってた?」

弟「…駄目だって。
  甘えてたわ。親だから、子供の心変わりくらい許してくれると思ったけど」

姉「だろーね。
  パパ短気だし」

弟「…バカヤロ。
  親だろ、子供の応援するもんじゃねーのかよ」

姉「だから虫のいい話なんてやめろっつったじゃん。
  パパ、男なら一度決めた事は曲げない、って本気で言ってるんだぞ。
  あんたなんかに説得できるわけないじゃん」

弟「あー…いてぇ。馬鹿力」





姉「ほら、脱ぎな」

弟「は、はぁ!?」

姉「サッカーボールみたいに蹴られてたじゃん。
  こんななったの、久しぶりだね。
  中学あがってからは、途中で諦めてたのに。なんでそんな大学行きたいんだか」

弟「や、やめろ!!バッ……いってぇええええ!!!」

姉「大人しくしろバカ!
  あー昔に戻ったみたいで楽しいわ―」ニコニコ

弟「脱ぐ!自分で脱ぐから!!」

姉「そう?じゃ早くしろよ」

弟「…ったく…」ヌギヌギ

姉「ひっでーあははは!これ骨折れてんじゃねえ??」

弟「いてぇ!つつくな!」

姉「はいはい。
  あとで氷嚢作ったげるから明日病院行きなね」

弟「………………サンキュ」

姉「ん?聞こえねー」

弟「な、なんでもねえよ!!!」

姉「んだとコラァ」ツンツン

弟「いででで!!ごめん!!ごめん!!!ありがとうって!!!」

姉「はいはい」





姉「~~♪」

弟「…姉ちゃんさ」

姉「なに?」

弟「大学行ってて、良かったって思う事、なんかあんの?」

姉「んー…。特にねーな」

弟「じゃ、なんで行ったんだよ」

姉「しらねーよ。大学行ってないって経験ないもん」

弟「…じゃ、なんで大学行こうって思ったんだ?」

姉「パパが行っとけって言うから。
  大卒と高卒じゃ社会での扱われ方が違うぞって」

弟「それって、実感したことあるか?」

姉「ないけど。でも、パパって高校中退でしょ。
  それで苦労した事があるんだなって思った。
  大学じゃ色々あったけど、それでも行って無駄にはならなかったと思うから、
  後悔とかは無いよ。
  大学って、同じコミュニティで、似た価値観を共有する事で共通の道へ研鑽するところだから。
  高卒は苦労が多いと思うから、そういう面では楽かな」

弟「………もっと、わかりやすく言ってくれ」

姉「みんなでがんばろー、って事よ。高校生のあんたにゃわからなくていいの。
  …そんなに大学行きたいの?」

弟「…まぁ。今は、行きたい」





姉「散々勉強なんてしないって言ってたけど、
  ちゃんと一年頑張れる?」

弟「…あんまり大きい事言えないけど。
  頑張れる、と思う。
  つか、頑張る。
  でもいいよ、結局父ちゃんがいいって言わなかったら、行けないわけだし…」

姉「…じゃ、いいよ。行きな」

弟「だから無理なんだって」

姉「アタシが行けっつってんの。
  さっきまで頑張るっつってたじゃん。
  嘘なの?」

弟「だから父ちゃんが…」

姉「父ちゃん母ちゃんじゃない!!
  学費ならアタシが出してやるから、あんたは大学行くんだよ!」

弟「…え、姉ちゃん」

姉「大学の同期に予備校勤めが居てね、
  …入校資料もらってきたから。
  あんたは一年頑張って○大目指すの。
  予備校費用も出してやるから、落ちたら本気で怒るよ。
  今度その人来てくれるから。ちゃんと話すんだよ。○大に行きたいって」

弟「姉ちゃん…俺…」

姉「パパにはアタシから話すから。
  予備校費用もアタシが出すから心配しなくていいよ。
  とにかく、来週の火曜にその人、来てくれるから予定空けときな」

弟「………ぐすっ」

姉「おいお姉様になんか言う事ねーのか」

弟「ありがとう。俺、頑張る」

姉「はいはい」






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――――――

友「ほーん。で、○大に行きたいと」

弟「…そーです。
  急だけど、今のタイミングが最後だと思いました」

友「まぁ、11月ってこのタイミングはいいと思うよ。
  ○高なら高校の勉強はしなくてもいいだろ?」

弟「まぁ、そうです。
  …姉ちゃんに渡してもらった対策資料、全く訳わかりませんでした。
  すいません」

友「何言ってんだ、当たり前だ。
  そう簡単に言うなよ。解答見たけど、お前の学力、中2くらいだわ」

弟「………」

友「まぁ大丈夫だよ。
  中学レベルではあるって事だから」

弟「覚悟はしてたから大丈夫です」

友「とにかく、明日にでも来てもらうから。
  生徒の学力に合わせて授業するから心配すんな」

弟「あ、対策資料ってあれで全部ですか?」

友「そーだよ。なんで?」

弟「科目数が…少ないなって」

友「お前が受けるのは一般だから。
  英国と、あと選択1教科だ。適当に日本史にしたけど、日本史は勉強時間が物を言うからなー。
  そこはお前の自由」

弟「そうなんですか。
  姉ちゃんはなにを選択してましたか?」

友「覚えてねーよ、何年前だと思ってんだ」







友「で、お前にはまだ無理だけど、○大特別授業ってのがある」

弟「はい」

友「ゲームみたいなもんだ。
  ある程度レベルが上がると、この授業が受けれるようになるから、
  まぁ目標は…5月までだな」

弟「結構先なんですね」

友「現時点が最下層だからなー。
  まぁこの半年が長いのかは短いのかは、いずれわかるよ。
  お前次第なところもあるし」

弟「頑張ります」

友「しかし○大ねぇ。
  人様には言えるけど、あんまり無理して行くほどの大学でもねーけど
  まぁそれならわかるか」

弟「友さんは、」

友「ん?」

弟「姉ちゃんの、幼馴染、ですよね」

友「高校ん時はそこまで仲良くなかったぞ。
  顔馴染みではあったけどな」

弟「友2さん、ってご存知ですか?」

友「……んー。
  よく知らねぇわ」

弟「そうですか。ごめんなさい」






姉「どーだった?」

友「頑張るんじゃね。
  ○高ってのは結果オーライだよ、予備校のやり方じゃ高校の授業って邪魔でしかねぇからな」

姉「そっか。よろしくね、あいつの事」

友「俺が受け持つ授業はほとんどないよ。
  そういうのはベテラン講師の仕事。
  同じ段階毎でも人気講師とそうでないのが居るから、とにかく実績ある講師のとこにねじ込んどくから」

姉「…昔っから、後ろをちょこちょこついてくるヤツだったけど、
  変わってないんだかそうじゃないんだか」

友「んー、いやー、変わってねぇと思うぞー。
  ありゃ立派なシスコンだわ」

姉「…うるっせぇな!!」

友「(それだけでもなさそうだけどな)」

姉「ん?」

友「なんでもねーよ」






姉「で、さっそく勉強してるわけだ」

弟「冷やかしに来るのやめてくれよ」

姉「いやいや。コーヒー飲むっしょ?」

弟「飲む」

姉「置いとくからね。
  今日冷えるから風邪ひくなよ」

弟「ありがとう。…姉ちゃん」

姉「ん?」

弟「俺、頑張るから」

姉「あいよ。頑張れ」






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――――――


講師「――――――、――――、――――」


弟「……コクリ………コクリ」





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――――――


姉「………………」

姉ちゃん。

姉「………………」

姉ちゃん。泣いてんの?

姉「………………」

姉ちゃん。どーしたの?なんで泣いてんの?

姉「………………ぉ………」

悲しい事があったの?
なんで?
姉ちゃんは最強じゃねーの?




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スパン

講師「こら。寝てるんじゃない」

弟「…!す、すいません」

講師「授業を受けるかどうかは個人の自由だが、
   授業する側としては、内容に耳を傾けられないってのは、意外と悲しいもんだぞ」

弟「…頑張ります。すみません、顔洗ってきます」

講師「授業は止めんぞ。
   もう飛んでるか。ははは」

弟「す、すみません」ガタタ




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姉「そんでさぁ、ちゃんと予備校行ってるみたい。
  帰ってきてからも復習してる。
  いつまで続くか、わかんないけど」

女友「いいことじゃない。
   生涯年収は変わんないんだから行っといて損はないよね」

姉「国立ならまだしも○大ねぇ…ま、浪人はさせないけどね」

女友「落ちる事考えてたら駄目だよ!
   受かるって信じてあげないと」

姉「まーね…ああ、いつまでこっちいんの?」

女友「んー?ずっとだよ」

姉「へ?なんで?」

女友「結婚するから。もう海外出張はしばらくないかな」

姉「はぁ!?聞いてねぇし!!」

女友「言ってないし。えへへ。
   もうすぐ招待状出す予定だったんだけどね。
   フライングで姉にだけ教えるね」

姉「はぁ…。うちらでは、第一号だね。
  ちょっと時間かかりすぎだけど、おめでとう」

女友「ありがとう。
   思い返してみれば、結婚できるとは思ってなかったけど…」

姉「結婚しても仕事は続けるんだよね?」

女友「うん。私の方が年収いいんだよ」

姉「アイツは頭いいけど儲からないタイプだからなぁ…」

女友「ね。今でもわかんないこと、あの人に聞く事あるよ。
   あの人、この先どうなるのやら」






姉「結婚式いつ?」

女友「今年の秋かなぁ。
   夏は暑いからちょっとね」

姉「…アイツは、呼ぶの?」

女友「……………迷ってる」

姉「…アイツには、言ってもいい?
  女友が結婚するって。
  結婚式行きたいかって」

女友「…うん。姉は、昔から面倒見いいね。
   ほんとにごめん」

姉「いつまでに言えばいい?」

女友「月末までに式場押さえて招待状送るつもりだけど、大丈夫だよ。
   もし来てくれるなら、追加で送るから」

姉「わかった。また、ラインするから。
  この後どーすんの?」

女友「あ、迎えに来てくれるって」

姉「そっか。じゃ、アタシは帰るよ。
  あのバカにメシ作ってやらないと」

女友「会わなくていい?」

姉「こないだ会ったばっかだし、特に用事もないから。
  あんたと違って、いつでも会えたしね」

女友「そっか。よろしく言っとくね」

姉「あ、そうだ」

女友「?」

姉「あけましておめでとう。今年もよろしく」

女友「…!うん。今年もよろしくね」




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――――――

初詣から帰ってきた姉ちゃんは、昔の友人に会ったらしく妙に上機嫌だった。
ただそれ以上のものを感じたのでメシ(ちょっとだけ豪華)の時に聞いてみたら、
どうも昔色々あったらしい。
色々ってなんだよ、と聞いてみたけど、黙って蹴られた。まだ向こう脛が痛い。

姉ちゃんが鼻歌を謳ってるところは好きだ。
そこだけ切り取られたみたいで。

身長高くて美人なんだからモデルでもやればいいのに、と言ってみたら、
姉ちゃん実はすでにモデルだった。
もうしてないらしいけど。
あーいうのは自分が可愛いって信じきってるヤツしかできないって言ってた。
話を聞くにどうもスタイルよくて美人なだけじゃモデルはできないらしい。
どの世界も奥深いなと思った。

ところで自分でスタイルよくて美人って言ってる時点でその要素は満たしてると思う。
姉ちゃんは時々バカだ。





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――――――

友「これ、○進の私大模試の案内だから読んどけ」

弟「あ、実はもう姉ちゃんからもらいました。
  評価悪かったら許さんって言われました」

友「お、そうか。
  順調に成績伸びてるから、このままなら予定通り模試までに○大クラス入れるかもなぁ」

あれから、友さんは時々うちに来てくれる。
どうでもいいけど友さんは結構かっこいいと思う。
でも姉ちゃんと並ぶと姉ちゃんの方が身長高いのだ。

弟「まだ、前もらった対策資料の3割も理解できないです。
  もう4月なのにこれじゃギリギリです」

友「んー…、お前、高1と高2の教科書持ってるか?持ってねぇだろ?」

弟「失礼な。持ってますよ。
  新品同様ですよ」

友「持ってねぇよりもっと悪いわ。
  それ、一日30分でいいから毎日流し読みしろ」

弟「?なんでです」

友「基礎ができてねーんだ。
  高校レベルの勉強ってのは新しい情報への挑戦だから、自分の中の基準を引き上げてやる事が重要なんだ」

弟「よくわかんないです」

友「24×3は?」

弟「72です」

友「それ、小学生の時できたか?」

弟「…多分、できなかったと思います」

友「過去の古い情報は、自分の中での基準を引き上げて、できて当たり前って事にしとくんだ。
  それが基礎ができてるって事。
  でも2桁同士の掛け算は俺ら、電卓使った方が早いだろ?
  人間の頭を使った方が早い事は、基礎的な考え方に繋がるって覚えとけ。
  だから流し読みでいいから、軽く読んどけ。
  きっと役に立つから」

弟「ありがとうございます。やってみます」






友「ああそれと、今からこれやれ。
  過去問」

弟「は?え?まだ早いですって」

友「いいから。終わるまで部屋出んなよ」

弟「…わかりました」



とりあえずここまでです。
続きはまた今度。

酉DTってことはあの人か
待ってる




―――――――めちゃくちゃムズイ。

解答を見ていい、と友さんは言ったが、そもそも解答を見たところで、
解答に至る過程が理解できなければ意味がない。
目的地を知っていても車が運転できなければ意味がないのだ。

…しかし、難しいと感じるだけ進歩したと思う事にする。
以前もらった対策資料は全く未知のものだったが、
今回は問題の意図程度は理解できる気がする。
改めて詳らかになる、自分のレベル。

進歩は感じるが、まだ遠いと実感する。

既に始めて2時間。姉ちゃんもさっき帰ってきたっぽい。
…部屋から出るなとは言われたが、
トイレくらいは許されるだろう。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

「そういえば、アイツ、式来るって。
 女友にも、ラインしたって言ってた」

「そうか。ライン知ってたんだな。連絡、つかないもんだと」

なにやら話し声が聞こえる。

「アイツも今はカレ居るらしくてさ。
 ちょい地味だけど、いいヤツらしいよ」

「…そりゃ、よかった」

「いーな、アタシも結婚したいわ…」

…姉ちゃんは、ここ3年彼氏が居ないらしい。
同僚にはよく誘われるそうだけど。
ストーカーが居た事もあったが、そん時は父ちゃんがボコボコにしてしまい
危うくうちの父親が犯罪者になるところだった。
姉ちゃんは、どうも気丈に振る舞うだけの本当は弱い人、と勘違いされる事がよくあるそうで
ああいうオンナは押せば落ちるんだよ、と噂されては家で愚痴っている。

弟の俺はよく知ってる。
あのオンナは押せば爆発するスイッチって言った方が正しい。






「おい、相手なしにいきなり結婚か」

「………あはは、まぁね…」

「…わり、まずったか。失言癖は治らないな、俺は…」

「…いーよ、大丈夫。いい加減にね…」



でも。



「もう3年だしね。いい加減、吹っ切らないと」



姉ちゃんを悲しませる事のできる、数少ない人を。



「……1年で帰ってくるって、言ったのに……あのバカ…」



俺は一人、知っている。



「アイツ、なにしてんだろうな。生きてんのか?」

「……友2」







ジャー  ゴボゴボゴボ

ダッダッダ

友「!?」

姉「ん、どうした?」

友「いや。ったく、終わるまで出てくんなっつったのに」

姉「いいじゃんトイレくらい。なにやらせてんの?」

友「過去問。難易度はそこそこ」

姉「へー。それは苦労するだろね」

友「お前の帰りがこう遅くなるとは思わなかったからな。
  聞かれてたらまずいな」

姉「なにを?」

友「前に、弟から、友2の事聞かれたんだよ。
  知らねぇっつっといた」

姉「…なんでアイツ、友2の事知ってんの?」

友「…はぁ」


友「いつまでも子供じゃねぇって事だろ」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

母「あんた、何見てんの」

父「ああ、あの兄ちゃんの頼まれごとでな」

母「F430?へーポルシェの次はねぇ」

父「引っ張ってこれねぇ事もないっつったら、探しといてくれだとよ」

母「はぁー。まぁ買ってくれるならありがたいけどさ」

父「20代のうちに乗りたい、と。気持ちはわからんでもないが」

母「フェラーリはおっちゃんばっかだからねぇ」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年「親父さんいる?」

弟「あ…青年さん。父ちゃんならピットに」

青年「久しぶり。元気にしてっか?風邪ひいてねぇか?」

この人は青年さん。
姉ちゃんの大学の先輩。
姉ちゃんはこの人の事になると口が重くなるので、何をしている人なのかはよく知らない。

弟「修理ですか?」

青年「ああ、いや。頼んどいたもんが…大丈夫みてぇだな」

弟「もしかしてあの」

一昨日から、店の隅っこにとんでもねぇ車が停まってたりするのだ。
真っ赤なボディ。
停車中でも疾走する駿馬のようなフォルム。

父「ああ、来たのか。用意できてるぞ」

青年「お久しぶりです。いつも無理言ってすみません」

父「鍵だ。とりあえず乗ってみろ」

青年「わーお!あざっす!…って、イグニッションキーなんですね」

父「最近はスターターボタンが多いんだが、キーをヒネる時ってのは感慨深いもんだ。
  言われた通りフルノーマルだ、乗って確かめな」

青年「オッケっす、ちょっと流してきます」






弟「青年さん、次はフェラーリ…」

父「ああ、20代のうちに乗りたかったそうだ。
  しかしとんでもねぇな、まだ聴こえてくる」

――――――――フォオオー―――――

弟「かっこいいなぁ。いつか乗ってみたい」

父「…オメェ、勉強してるそうだな」

弟「…うん。大学、行きたくて」

父「あれだけ説得したのに勉強しなかったのになぁ。
  姉ちゃんから聞いた時は驚いたぞ。
  いや、父親は娘に弱いもんだ。はっはっは」

弟「ごめん。絶対受かるから」

父「受かったら、学費は任せとけ。
  俺が出してやる」

弟「えっ」

父「娘にそこまでさせるわけにゃいかんよ。
  予備校代も、なにかの形で立て替えてやらんとな。
  といっても、俺が用意してやれるもんなんて、車ぐらいのもんだが…」

弟「…」

父「あいつも立派になった。
  若気の至りで、あいつには随分と苦労をかけた。
  …母さんから、お前の婆さんだが、聞いた事があるが、
  親を探して泣いてた事も、よくあったらしい。
  …お前が生まれてからも」

弟「ぜん、ぜん、知らなかったよ」






父「もっと遊びたかったろうに。
  俺たちのバカで、あいつは色んなもんを犠牲にしてきた」


―――――学費なら、アタシが払うから。
     何言っても無駄だからね!
     弟は再来年から大学生なんだから!―――――


父「いや、あそこまで言われるとなぁ。
  俺も頭が固かったよ。
  親は子を応援するもんだ」

弟「おれ」

父「なんだ」









父「悔しいのか」

弟「……………っ」ポロポロ








父「ま、テメェもいつかテメェの車に乗れる日が来る。
  俺がオメェの年の頃は、ガキができたり、色々大変だったってんで、
  オメェにもつい辛く当たったが…
  本来高校生は親を頼りにするもんだ。
  親としての本分を忘れちゃいけねぇな」

弟「……」グシグシ

父「悪かったな。
  勉強、頑張れ。
  俺の息子だ。
  やりゃあできる」

弟「父ちゃんさ」

父「なんだ」

弟「いい男だよな。
  俺、父ちゃんみてぇな親父になりてぇよ」

父「~~~~~」カァァァァァァァ

父「なんだテメェ!落ちたら殺してやる!!!」

弟「ぐええ!!!クソ親父!!今死ぬ!!!!!今死んじまう!!!!!!!!」






青年「試乗の間に…なんだってんですか」

父「~~~~~~」

弟「………」ボロッ

青年「ははは。このシーンも久しぶりですね。
   あ、430良かったです。
   特に異常らしいものも感じませんでした」

父「言っとくが、雨の日には乗るなよ。
  エンジンに水が入る」

青年「わかってますよ。
   コー○ズで色々聞いてきましたから」

父「じゃ、契約書作ってくっから…
  ピットに仕事も残ってる。
  ちょい待っとけ」

弟「………」

青年「おう、相変わらず喧嘩弱いな」

…青年さんは4、5年ほど前にウチにポルシェを買いに来た。
姉ちゃんの大学の先輩だそうだが、
ポルシェを買いに来たのにウチにポルシェに乗ってきた。
知ってるのは金持ちのボンボンで、本人も高収入だって事くらい。
あと顔がすげぇイケメンで、姉ちゃんより身長も高い。
並ぶと凄く絵になる。悔しい。
すらりと長い四肢は程よく筋肉質で、無骨な男の顔に少年のようなあどけなさが同居してる、
男の俺でも思わずときめいてしまいそうな人だ。

青年「どうした?あの親父さんと喧嘩するのは自殺行為…って、わかってるか。
   また絡まれたのか、そういう時は逃げた方がいいぞ」

弟「…はい、わかって、ます」

なので俺はこの人の前だとちょっとアガってしまうのだ。

弟「…あの、青年さん」

青年「なんだ?」

そうだ、俺はこの人に、頼んでいた事が―――――






弟「あの、えっと、友2―――――」

姉「なんだ青年さんじゃん。来てたの」

弟「!!!!!!」

青年「お、久しぶり。
   ちょっと車買いにな」

姉「停まってたフェラーリっしょ。
  ん、どうした」

弟「~、~、~、」ドッキドッキ

青年「そうだ、どうした弟君。
   聞きてぇ事ってなんだ?」

弟「えっと、青年さんは、なんのお仕事してる人ですか!?」

姉「えー知らねぇの?こいつ会計士だよ」

青年「先輩をこいつ呼ばわりすんじゃねーよ」

かい、けいし。
ってなんだ?

青年「会計士ってのは要はアレだ。
   会社が悪さしねーように見張る仕事だな」

姉「税理士がいっこ偉くなったやつ。
  うちにも来てるだろ、税理士さん」

弟「かいけいし、って儲かるの?」

青年「いやいや、激務薄給。
   まだペーペーだし」

姉「よくゆーよ。こいつ去年さっさとリクルートしたから相当儲かってるよ。
  だから車買いに来たんでしょ」

青年「またこいつ呼ばわりかよ、おい」






青年「んでまぁ、今はコンサル中心にやってるわけだ」

弟「こんさる?」

青年「会計士ってのは要は帳簿つける専門家なわけだな。
   本分は会社の帳簿に間違いとかズルがねぇか調べる仕事なんだが、
   見方を変えれば、改善点も見つかるってわけだろ?」

弟「はぁ、なんとなくわかります」

青年「それを金もらって教えてやるわけだ。
   会計処理で無駄が出たら金がもったいねーだろ」

弟「なるほど」

姉「ま、あんたには関係ない話だよ」

姉ちゃんは青年さんに冷たい。
でも、なんだろう。
これは気安さの裏返しともいえるのかもしれない。

青年「そういやお前まだ結婚しねーの?俺がもらってやろーか?」

姉「はぁ!?誰があんたの嫁になるか!!」

青年「こええこええ。
   こいつよりはマシだけどあんたってのもおかしいぞ」

姉「ホントーはクズでもいいくらいだね!」

青年「ああ、そういえばもう一人、俺の事をあんた呼ばわりした生意気な後輩がいたが、
   どうも結婚するらしいな。くっくっくっ…」

姉「なんで知ってんの?」






青年「招待状来たからだよ。
   ちゃんと二人の手書きの名前入ってたぞ」

姉「……驚きで死ぬかと思ったわ」

青年「いや、あいつらもなかなか手間がかかるカップルだったけど
   お前んとこは更に困るな」

姉「あんたが言うかね。大体あんたが居たからあいつらも手間がかかったんだ」

青年「お前はいつ結婚すんだ?相手が居なきゃできねぇか」

姉「…あんたって!!本当に嫌な男だね!!!」

青年「怒るなよ。情報持ってきてやったのに」

姉「…は?」

弟「青年さん、それは…」






青年「こいつ居た方がいいよ。
   親父さんはまだ時間かかるだろうから今渡すよ」バサ

姉「なに、これ。調査報告書?」

弟「………」

青年「まぁ後で読め。
   仕事で興信所と付き合いがあってな。
   ざっくりとした内容は今口頭で伝える」

青年「アイツの向かったのはG県だが、調査では連絡がついた最初の7ヶ月はG県下のあるレストランで
   真面目に勤務していた、とある」

弟「○○ホテルの系列ですね」

姉「…弟っ!?なんで、あんた!」

青年「まぁその話も後でしろよ。
   んで、8ヶ月目に突然経営者が交代。
   偽装表示で話題になった頃だな。
   G県下のブランド牛も漏れ無くすっぱ抜かれた時だ。
   そんで、突然の経営母体の交代。
   スタッフも総入れ替えだ」

姉「そんな、事になってたなんて。
  そりゃまぁ業界的に多少の影響はあると思ってたけど…」

青年「アイツも知ってか知らずか、詐欺の片棒を担いでたわけだが…
   その後、元同僚たちと就職活動をしようとしたそうだが
   1週間後、突然姿を消した」

青年「失踪後、アパートの管理会社に突然解約の一報が入る。
   立会はできないとの事だったので仕方なく管理会社の社員が出向いたが、中はもぬけの殻だった」






青年「声は男性だったが、本人かどうかは確認する方法はない。
   電話番号も違っていたそうだ。
   で、室内を一応査定したそうだが、敷金をオーバーするような損傷もなかったし何より連絡がつかねーから、
   結局そのまま解約する事になった」

姉「解約は、知ってるよ。一応家行ってみた事あったし」

弟「え?姉ちゃんG県行ったの?いつ?」

姉「うるせぇ、黙ってろ。
  それで終わり?」

青年「行き先は杳として知れず、だ。
   ただ興味深い話があって、時系列ははっきりとしないが
   失踪した日前後に、元同僚の家を訪ねている。
   伝言は、お前に。
   ごめん、だそうだ」

姉「………馬鹿野郎」

青年「あと興味深い内容があってな。
   その同僚ってのが気のいいヤツで、その後○○ホテルにアイツの身許を問い合わせている。
   伝言ひとつに、親切なヤツだ」

青年「そうしたら、友2さんは一身上の都合により退職されたので、情報は一切残っておりません、だそうだ。
   この返事は2年前お前も聞いたな?実は失踪して遅くても2日後には削除されてたわけだ。
   随分手回しが早いと思わないか?」

姉「…っ」ギリッ






青年「あと、失踪から1週間後に、勤務先のレストランに無言電話。
   国道41○号線の北の山道で、アイツの携帯電話が発見されてる。
   親族だって嘘ついて受け取ってきた。
   これだ」ゴトッ

姉「…ボロボロじゃねぇか」

青年「あと、だ。例えば俺が監査法人時代に○○ホテルの会計監査に入った事があるとしよう。
   ○○ホテルはグループが経営する持株会社の完全子会社だったが、食材偽装問題の煽りで
   不採算路線として売却されているんだ」

姉「しゃべんなって事だぞ。わかったか」

弟「わかったよねーちゃん」

青年「…台無しだよ、バカ。
   んでまぁ要はだ。
   アイツは地方へ本社から派遣されている。
   1年の期限つきだ。これは左遷じゃなくて研修と言っていい。
   事実、本社ではそれなりの地位…フロアマネージャーだった」








青年「俺の結論は、姉、お前の恋人は食材偽装問題とそれに係る敵対的TOB、焦土作戦の何がしかに巻き込まれた可能性がある」








姉「…つまり?」

青年「生きてる可能性は低い」

姉「……………っっっ!!!」ガタッ

弟「ね、姉ちゃん!!!」

青年「おいガキ」

弟「…はい」

青年「調査内容は、アイツに全て教えるという約束だったな。
   …向こうで女でも作ってりゃ話は別だったが…、
   内容が内容だけに、お前に任せるわけにはいかなかった」

弟「…わかってます。お任せしてしまって、すみません」

青年「これで…本当に良かったのか?」

弟「………」







弟「ごめんなさい。ありがとう、青年さん」



今回の分終わりです。

矛盾など見つけましたらスルーしてください。お願いします。お願い…

続きはまた今夜のつもりです。
よろしくお願いします。

期待

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――――――

…あんたのおとーさんもおかーさんも、いい人だった。

そーだよ。親父に引っ張り回された人生なのに。
最後、笑ってた。

お店、どーすんの…?

やってける人、居ないし。
俺まだ店の事なんもわかんねーから…。
手放す事に、なると思う。

……アタシ、あんたになにをしてあげれる?
こんな時、どうすればいいの?

お願いだ。
側に、いてほしい…。




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―――――――――――
――――――

辞令?

受けようと思ってる。
G県で1年やれば、こっち戻ってきた時、店任せてもらえるらしい。

わかった。アタシもついてく。

…いや。
お前には、こっちで、俺の帰ってくる場所になっていてほしいんだ。

…なんで?…アタシ、あんたから離れないからね!

お願いだ!…そんでさ。
前、言ってたじゃん。
自分の店が持てたら、お前に伝えたい事があるんだ。
…大切な話だ。
思ってた形と違うけど、店が持てたら…。

やだよ!あんたもう、一人じゃん!
アタシが側にいてあげないと…!

…お前についてきてもらってさ。
弟くん、どうすんだ?

…ずるいよ。アイツは関係ないじゃん…。

弟の面倒見てやれよ。
俺達も、もう学生じゃないんだ。
会おうと思えばいつでも会えるから。
弟には、お前が必要なんだ…。





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――――――

姉ちゃんには彼氏がいた(らしい)。
大学の時出会って、彼氏の方は中退しちゃったらしいけど、付き合いはずっと続いてた。
3年前、彼氏はG県に転勤になって、1年経たずに音信不通になったそうだ。
その頃の姉ちゃんは機嫌が良かったり悪かったりだったらしいんだけど、
姉ちゃんの機嫌に波があるのはいつものことなので、俺は特に気にしてなかった。

俺は彼氏の事も結婚の約束も知らなかった。
姉ちゃんはそういう話、俺には何も言ってくれなかったから。


ある日の晩、俺はなんとなく目が覚めた。
喉が乾いたからリビングに降りると姉ちゃんが机に向かって一人で泣いていた。
名前を呼んでいた気がする。
お酒の臭いも、した気がする。

姉ちゃんの泣くところは、ずっと前に俺がボールを追いかけて轢かれそうになった時以来だった。
とにかく泣かない強い人で、辛い事があってもそう感じさせない人だった。
感情を押し殺す事の上手い人だった。
俺は見ちゃいけないものを見たような気がして声をかけれなかったんだけど、
物陰からずっと眺めていた。
姉ちゃんは結局泣いたまま寝てしまった。






その日、うちに修理にきた青年さんに友2という人の事を聞いてみた。
青年さんはなぜかよく知っていた。
友2さんは元々少し離れたところに住んでいて、
親の自営業を継ぐ事が夢だったらしいけど、
夢を待たずに両親を不幸な事故で亡くしたらしい。
元々親戚付き合いもなかった家なので、店を任せておける人がおらず、結局父親のお弟子さんに譲ったらしい。
青年さんはいつも飄々としているけど、なんとなく眼の色が痛ましそうだった。
この人の悲しみも、姉ちゃんとは少し違うけど、人に伝わりにくいんだろうな、と思った。

俺の知らないところで姉ちゃんは少しだけ荒れていたらしい。
婚約不履行だー、浮気してやるー、と飲んで騒いでは次の日ケロッとしていたと聞いた。
姉ちゃんなりの奮い立たせ方なんだと思った。

悔しかった。
姉ちゃんは泣かないと勝手に思ってた俺がバカだった。
同時に、俺がどれだけ姉ちゃんに精神的に依存していたかを思い知った。
姉ちゃんだって女だ。
恋もするし傷もつく。

許せない、と思った。
姉ちゃんを泣かせる男が本当に許せなかった。

イッパツ殴るだけじゃ気がすまなかった。





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―――――――――――
――――――

「別に俺はいーけど。
 確かに、俺ならなにかわかると思うよ」

「でもな、仮にそれで知りたくもない事実が出てきたらどーすんの?
 俺は多分、あっちで女ができて帰りたくなくなったんだと思うけどな」

「アイツの彼氏の話だ。
 お前のワガママじゃできねーよ」

「わかったわかった。
 じゃーこうしよう。
 俺はタイミングを見て、お前に頼まれて、アイツに相談せずに勝手に調査を始めるから、
 …その代わり、調査結果は、アイツに隠さずに全部見せる。
 どんな結果でもな」

「約束できるか?
 …わかった。じゃ、頼まれたわ」

「友2の勤務先は、○○ホテルってとこだったが、今は少し名前が変わってるな。
 …最近、あそこきな臭いんだよ。
 …多分、いい結果にはならないと思う。
 それだけ覚悟しとけ」





居所を突き止めたとして、何をしたかったのかはよくわからない。

ただひとつ決めていた事は、まずイッパツ殴るって事。

…それから。

友2さんより、優れた人間になろうと決めた。





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コンコン

弟「姉ちゃん。姉ちゃん、開けてくれ」

………。

弟「調査報告書、読んだ?俺も写しもらったんだよ」

………。

弟「…青年さんに頼んだの、俺なんだ。
  結果は姉ちゃんに全部見せるって約束で。
  …勝手な事して、ごめん」

弟「姉ちゃんの彼氏の事、青年さんから聞いてたんだ。
  …帰りを待つのって、辛いだろうから…ってのは嘘。
  本当は俺が知りたかったんだと思う」

弟「ごめん。でも、いつかは知らないといけないだろうから…」





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――――――

姉「………読んでるよ、バカ」

調査報告書によると、友2が働いていたレストランも、当時のホテル食品偽装問題の渦中にあったようだ。
根は深く、G県のブランド牛偽装問題は10年以上前からある。
ひとまずの決着がついたのは20XX年。
G県の大手食肉会社の等級偽装や杜撰な衛生管理、産地偽装が告発され、
精肉店などに対する抜き打ちDNA鑑定などを行う事で一応の沈静化がはかられた。

なら、これまでの偽装事件はリテーラーではなく、卸業者であるという事はポイントになる。
3年前の食品偽装事件はリテーラーが消費者に対し行った事だ。
友2のレストランは○○ホテルを経営母体として駅ビルに開店した、
ブランド牛を中心とした創作料理店だった。
卸業者に偽装が無いと信頼できると仮定するなら、偽装されていない本物の商品は、レストランに確かにあったという事だ。
だがそのレストランで発覚した事は、ブランド牛の等級偽装だった。

―――――では。本物の商品はどこへ消えたのか。

車海老をブラックタイガーにすり替えるならまだしも、肉質等級、個体識別番号で細かく管理されるブランド牛を
卸売店の協力なしに仕入れずに偽装する事はかなりのリスクを伴うはずだ。
しかし卸業者にメスは入れられていない。






prrrrr.....


姉「!!!」ビクッ




姉「…ああ。なんだ、友じゃん」

友『なんだとはなんだー、ってか。
  さっき弟にラインしたんだが、今日は勉強が手につかなそうなので寝ます、だってよ。
  喧嘩でもしたか?』

姉「喧嘩は…。してねーよ。
  そうだ友、今から会える?」

友『はぁ?今から?
  …いや、今日はな…』

姉「無理ならいーよ。また今度で」

友『一緒でもいいか?それなら今からでも』

姉「…そーだね。頼むわ。
  いつごろ来れる?」

友『別にいつでもいーぞ』

姉「じゃ、30分後にいつものカフェ…
  あー、いや。あの個室のあるバー覚えてる?」

友『わかった』





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――――――

姉「こうして二人揃ってるとこ見るの、久しぶりだわ」

女友「初詣ぶりだね!
   まさかこんなに早く会えるなんて、思ってなかった」

友「俺明日はえーんだけど。
  受験生どもの付き添いで」

姉「…呼び出して、ごめん。
  見て欲しいもんがある」

友「見て欲しいもん?」

バサ






姉「…ってわけだ」

女友「あの人、相変わらずい変な事に首突っ込んでるんだね」

友「…よく調べてあるなー。
  費用どれだけかかったんだ、これ」

姉「青年さんのポケットマネーだからいいってよ。
  勝手にやられたわけだし、ムカつくから金の話、しなかった。
  押し売りじゃん」

女友「でも確かに、姉の言う通り、友2も相変わらず行方不明だけど、牛肉も行方不明だね」

姉「うん、仕事柄気になって。
  そこが糸口になりそうな気もするんだけどなー…」

女友「うーん。…みんなで食べちゃったとか?」

姉「100人前のブランド牛を?ラグビー部じゃあるまいし」

友「○○グループは確か球団持ってたよな」

女友「バカ」

友「うーん。確かに、今更卸業者が偽装するって事は考えにくいよな。
  という事は、姉の言うとおりこのレストランは、
  一度本物のブランド牛を仕入れてから、それを偽物にすり替えていた事になる。
  偽物っつってもばれない程度にだからそこそこいい肉だ。
  それにもまぁまぁの金がかかるはずだし」

姉「だろ。
  ブランド牛、捨てるってのはメリットのない話だし」

友「ん。メリット?」






女友「なんかわかったの?」

友「ん。いや」

姉「なんだよ」

友「メリットだろ。
  確かに、偽装表示は原価を抑えて売り上げを伸ばすってメリットがあるが、
  この件ではその点にメリットが無いんだ。
  でもどこかにメリットがないとこんな事は起きない」

姉「???」

友「つまりこの場合、メリットは偽装表示そのものにある。
  …出た出た、当時のニュース。
  意外に簡単に『本物の牛肉』の行方がわかったぞ」






女友「え?もうわかったの?」

友「ほら、当時のニュース。
  レストランの名前も出てるだろ」

姉「…ほんとだ」

友「このニュースによると、このレストランはブランド牛と銘打って、
  何の変哲もない牛肉を出してた。
  仕入れたブランド牛は…G県下の○○ホテルで出されていたみたいだな」

姉「は?実は○○ホテルに卸されてたってこと?」

女友「……………」

友「レストランは○○ホテルが経営母体だが、全くの部門違いだ。
  一度ブランド牛を仕入れておいて、すり替えた上で○○ホテルに移されてたって事だな」

友「恐らくこの調査報告書は、友2の行方の調査が主だから、ここまで目を向けなかったんだろう」

姉「どういう事だよ。意味わかんねぇ」

友「…えっとな。つまり」

女友「やばいよ、姉」







女友「…これ、マネーロンダリングだよ」





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例えば、君が小学生で、お小遣いをもらっていたとしよう。
月1000円の小遣いの管理を君は任された。
月末に財布のチェックと、レシートつきのお小遣い帳の提出を義務付けられて。

ある日、君は500円玉を拾った。
親は厳しく、落し物なら没収されてしまうだろう。
君はお小遣い帳の存在を思い出し、友達みんなにジュースを奢って使ってしまおうと考えたが、
しかし使ってしまうのも勿体無い。せっかく手に入れた500円は、自分のために使いたい。

考えぬいた君は友人にこう持ちかける。

「このノートを500円で買ってくれないか?金はいらないから」

…と。

落し物の500円玉は「友達にノートを売ったお金」という事になり、
晴れてお小遣い帳に明記できるようになったわけだ。





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――――――

友「洗浄するための資金はわかんねぇけどな」

女友「…手を出すべきじゃないよ、姉。
   私たちにどうこうできる問題じゃない」

姉「…でも、その金の流れを追えば、友2の行方も…」

友「……お前も気付いてんだろ」

女友「うん。友2は、多分…」

姉「…うるさいな」

友「おい、姉っっっ!!」

姉「わかってるよ!!!
  友2も、これに関わってたって事だろ!!!!!」

友「…多分。
  あいつ、前は経営企画部にいたから。
  G県に行ったのも、そういう事じゃねぇかな」

女友「推論でしかないけど、○○ホテルが売却されたのも、偽装問題で色々騒がしくなって、
   このマネーロンダリングルート自体捨てられたんじゃないかな。
   多分、牛肉だけじゃないだろうし。
   友2はそれに何らかの関わりがあったから…関わってたのか、知ってしまったのかはわからないけど、でも…」

姉「…わざわざアタシに伝言残してんだ。
  多分、アイツ、これに関わってたんだと思う…」

友「なんにせよ、俺たちではこれが限界だよ。
  俺たちには捜査能力も、対抗できる力もないんだ。
  …知ってしまったからといって、なにかしようとは思うなよ」

女友「…うん。下手しなくても、命がいくつあっても足りないよ」



今日の分終わりです。
少なくてすみません。

ネタが難しくて筆がどんどん遅くなってます。
すみませんすみません。


>>51

レスありがとうございます。
励みになります。

ロンダリングの意味はわかるけど今回のやり方がよくわかんねえ……
A店が2000円(仮)と1000円で仕入れて1000円のを2000円で売って高いのをのをB店に卸してそれをまた安いのを2000円で売って2000円のをA店に卸して……このサイクルで+2000円
で2000円の肉が実態がなかったら裏金ががっぽりと……みたいなことであってるの?

>>69

A店が2000円の肉と同時に1000円の肉を仕入れ、1000円の肉を2000円のものとして売ります。
2000円の肉は余るので、B店の協力者を介しB店に精肉店として卸します。

しかしB店からはお金をもらっていない訳です。
なぜならA店は2000円の肉を1000円で売っている事で得た余剰利益分(原価率が半分)、加えて仕入れの予算が多めに降りているからもらう必要がないのです。
2000円の肉を2000円で売っている売り上げ報告書を本社に上げているので、A店は潤沢な資金力があり、1000円の肉を追加で仕入れても問題ないわけです。

さて、B店は怪しげな資金を持っていますが、そのままだとアシがつくので使うわけにはいきません。
そこでA店から横流された2000円の肉に目をつけます。
B店はA店から2000円の肉を仕入れた事にしてお金を懐に入れます。
そのまま2000円の肉を2000円として売るので丸儲けです。良かったね。
なのでB店の手元には「肉を売ったお金」が残ります。

さて、A店は「余剰利益分」と「予算」の両方で肉を仕入れていますが、
その「予算」は実はB店の怪しげな資金から出ていたのでした。


わかりにくいけどこんな感じです。

>>69

これだけだとA店に降ろした予算に簡単に辿り着けてしまいますが、
実際は他にも色々と介されています。
なのでどこかが怪しまれてもなかなか「本当の怪しげな資金」には辿り着けません。

>>70-71
詳しい説明ありがと

>>69

連投になってしまいますが。。。

>>70でいくと、最終的に手元に残るお金は

A店:B店の協力により原価率を半分にした余剰利益
B店:怪しげな資金をA店に予算として降ろす事で最終的に「肉を売ったお金」というクリーンなお金になる

となります。
A店は金が欲しい。
B店は怪しげな資金をクリーンなお金に変えたい。
というWin-Winの関係な訳です。
グループ内の別部署である双方の蜜月はそれなりに続きましたが、話中では既に終わりを迎えています。

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――――――

友「……ぁぁー女友ぉー」

女友「はいはい」

友「愛してるぞー女友ぉー」

女友「はいはい私もね」

姉「悪かったね。こんなに遅くまで」

女友「何言ってるの!全然構わないよ。
   それよりごめんね、この人こんなになっちゃって」

姉「はは、相変わらず酒弱いんだね。
  こいつと飲んだの久しぶりだから懐かしかった」

友「………」ダラーン

女友「タクシー来たから、もう行くね。
   …友2の事だけど」

姉「わかってるよ。何もしないから」

女友「…うん。
   また何かわかったら教えてね」

友「酔ってない。俺はまだ飲める」

女友「はいはい帰るよ。はいはい。愛してるから。はいはい」



姉「…ああは言ったけど」

とにかく、明日仕事終わったら、青年に電話してみるか。




今日の分です。
また少ないですけど、お付き合いください。

回線速度の関係で投下速度遅れると思います


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やはり、マネーロンダリングだ。
以前の○○グループ代表取締役は飽くなき欲望と雷帝のごときトップダウン方式で
○○グループ黄金時代を作り上げた傑物だったが、寄る年波に欲望も尽き影響力を失い、
インサイダー疑惑で逮捕されている。
現在の代表取締役は○○グループ再建を託された元銀行屋。
○○グループのメインバンクの副頭取だったが、昇格が見込めないと判断し○○グループに鞍替えした若き野心家だ。

件のメインバンクは大手銀行3社が合併して誕生した。
行内は3社の派閥争いが絶えない魔窟と聞くが、取引先も当然色分けされている。
○○グループのメインバンクは3社のうちD銀行だった。
現在の○○グループ代表取締役も当然D銀行派。
D銀行派の天下り先としてはO社が有名だ。
O社といえば反社会的勢力との取引が噂されている。
そのひとつが自動車ローンの審査をノンバンクを駆使し意図的に迂回させ審査を甘くし融資させるという手口だったが近年発覚し、
業務改善命令が出されたはずだ。

この蜜月関係の終焉はD銀行派の落ち度のはずだ。
仮にこの数年、これが原因でD銀行派の融資実績が伸び悩んでいたとしたら。
融資資金集めに奔走していたとしたら。

――――○○グループのホテル事業全てが、マネーロンダリングの温床だったとしたら。

友2の勤めていたレストランは、そのほんの末端の1つに過ぎないだろう。
この方法なら客を騙し収益を増やした上でクリーンな金になる。





青年「んー、とても追いきれねぇなぁ。
   こりゃどうしようもねぇな」

弟「青年さんちってすげー広いすね。
  よくわかんねぇけどすげぇオシャレだし綺麗だし。
  メイドさんとかいるんすか?グラスに曇りひとつねぇ」

青年「バカか、俺が掃除してんの!お前勉強しろよ!」

弟「英語の参考書忘れたんですよ…勉強教えて欲しいのは口実で実はフェラーリ乗りたかっただけです」

青年「まぁ、勉強するかどうかはお前の勝手だけどよ」

弟「あ、友さんと同じ事言ってる」

青年「そりゃそーだろ。俺とアイツ、似てるから」

弟「そうなんですか?友さんは青年さんみたいに綺麗じゃないですよ。
  あの人、いっつもくたびれたスーツ着てます」

青年「似てるよ。寂しがりなとこなんか、特にな」

弟「青年さん寂しがりなんですか?
  一人でなんでもできそうなのに」

青年「そこが似てんだよ。
   一人で平気なのに寂しがりなんだ。
   姉に聞いてみろ。アイツはよく知ってる」

弟「姉ちゃんが?姉ちゃん、青年さんになにげに冷たいですよね」





青年「昔ちょっとな。
   俺がアイツの事好きだったんだよ」

弟「へ?」

青年「アイツ、母性愛の人じゃん。
   俺の家の事知って、多少絆されてくれた」

弟「付き合ってたんですか?」

青年「それがなー俺っていっつも寂しいわけじゃないんだなこれが。
   そこが勝手だっつって、振られた」

弟「ええー。
  青年さん振るとか、我が姉ながら凄い」

青年「しかも彼女いたしな」

弟「最低じゃないっすか!!!」

青年「そうそう。
   最低なの、俺」






prrrrr....

弟「あ、姉ちゃんだ。もs」

姉『あんた!!どこいんの!!!』

弟「うっ…、ごめん姉ちゃん。ちょっと出てる」

姉『…ったく、勉強もしないで…。
  どこ?迎えに行くから』

弟「えっと、」  ヒョイ

青年「おう、うちにいるぞ」

姉『…は?なんで?』

青年「ライン来たんだよ。
   勉強教えてくださいって」

姉『バカ!!うちのはまだ高校生なんだよ!?
  こんな時間まで何考えてんの!!』

青年「ちゃんと親父さんにも言ってあるよ。
   まー、つっても、俺教えるの苦手だからなー」

姉『とにかく、迎えに行くから。
  住所教えて』

青年「?」

弟「…」コクコク

青年「わかった。○○市○○区~~…」






青年「姉ちゃん過保護だな」

弟「一昨年からですよ。
  時期的に、多分友2さんが失踪してからですね」

青年「あーその分がお前に来てるんだな。
   アイツ口は汚いけど、オフクロって感じだもんな」

弟「そーいえばさっき、変な事言ってましたね。
  青年さんの家がどうとか」

青年「あー、うちな、医療法人なんだよ」

弟「あーだから金持ちなんですね」

青年「でも典型的な長男教なんだ。
   兄貴が一人いるんだが、これがクズみてぇなヤツでな。
   何やってもダメ。
   勉強だけは普通くらいにできたけどな」





弟「青年さんお兄さんいるんですか?
  なんとなく長男ってイメージだったけど」

青年「居るよ。
   どうしようもないのがね。
   で、兄貴は医学部を目指したんだが、3浪した上にクソみてぇな私立医学部に行ったわけだ」

弟「医学部行けるだけ凄いですよ」

青年「バーカ、裏口に決まってんじゃん。
   で、俺なら国立だろうがどこでも行けたんだが、兄貴よりレベル高いところには行くなって言われてな。
   腹立つから文転してアミダで大学決めたんだよ。
   兄貴んとこよりレベル低い医学部なんてあるかって」

弟「アミダ!?」

青年「そ。
   兄貴は結局国試諦めて今ニートしてる。
   留年も繰り返してたから、一年勉強見てやったのさ。
   そしたら進級できたから、親に吹っかけて、家庭教師して金もらってた。
   ずいぶん儲かったなー」

弟「鬼みたいな人だ…」

青年「ま、そんだけの話だ。
   今は全く関わり無いよ」






ピンポーン

青年「はいはい」

姉『アタシ。開けて』

青年「うい」

弟「…なんか怖くなってきた」

青年「今のロビーからだから。
   怒られるんだろーなー俺もお前も」

弟「先に出てったの姉ちゃんなのに…」

青年「多分友んとこだろ。
   他には相談できねーしな」






姉「弟!帰るよ!こんなとこさっさと出な!!」

青年「なんだよ。コーヒーくらい淹れるぞ」

姉「いらない。あんたも何考えてんの!もう2時だよ!?」

青年「聞きたい事あるから上がってきたんだろ?」

姉「……あんたの、そういうとこほんと嫌い。
  弟。なんであんた、こんなヤツに頼んでまで」

弟「………」

姉「あんたも!余計な事こいつに喋んなよ!」

青年「いやいや、まさか彼氏いる事も喋ってないとは思わなくてな。
   わりーわりー」

姉「まぁ、でも。
  …知りたい内容ではあったから、いいよ。
  聞きたい事あったけど、やっぱりまた電話する」

青年「その分だとわかってるみたいだなー」

姉「気付いてんなら最初から言えよ、もう」

青年「気付いたのは友か?」

姉「…そーだけど」

青年「やっぱな。
   アイツなら気付くだろうと思ってた。くっくっく…」

姉「あんたほんと友好きだね」

青年「まーな。あの不器用なとこなんか特に」






弟「気付いた事って何?」

姉「あんたはいいの」

弟「…」

青年「まぁ、また来なよ」

姉「二度と来るか!」

青年「ひとつ言っておくが。
   友2の消息は追っても無駄だぞ」

姉「………」

バタン




――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

ブオオォォ

弟「姉ちゃん」

姉「何」

弟「彼氏さんの、どんなとこが好きだったの?」

姉「あんたには関係ない」

弟「関係ないこと、ないよ」

姉「なんで?」

弟「……関係、あるよ…」

姉「意味わかんない。
  大体、もうアイツは彼氏じゃないよ。
  別れたも同然じゃん」

弟「嘘だ。泣いてるくせに」

姉「はぁ?アタシがいつ泣いた?」

弟「たまにリビングでお酒飲んで泣いてるじゃん」

姉「!?」

弟「知ってるよ、泣いてるの。
  1年くらい前から」






姉「…黙んな。もう喋らないよ」

弟「青年さんとも、付き合ってたの?」

姉「付き合ってねーよ。
  告られただけ」

弟「絆されたって言ってた」

姉「…あいついつか殺す」

弟「付き合ってたんでしょ?」

姉「…ちょっとだけね。
  一晩だけだった」

弟「ヤったんだ」

姉「ごそーぞーにおまかせします」

弟「俺、姉ちゃんの大学時代の事、ほとんど知らない」

姉「そりゃそうでしょ。
  小学生には喋んないよ」

弟「俺、子供だなって思う」

姉「そーそー。ガキには早いの」

弟「青年さん、かっこいいと思う。
  友さんも。
  姉ちゃんのまわりの男の中で、俺だけガキだ」

姉「あんた弟じゃん。まわりの男のうちに入んねーよ」

弟「…俺だって男じゃん」






姉「あー、アタシも結婚しなきゃな」

弟「姉ちゃん結婚すんの?」

姉「そろそろいい年だしね。
  あんなのに操を立ててないで、さっさと結婚しないと」

弟「まだ27じゃん」

姉「もう、だし。
  世の中の男は若い女が好きなんだよ」

弟「そんなもんなんだ。
  20代って若いのかと」

姉「20代の一年は30代の3年には匹敵するね。体感だけど」

弟「姉ちゃんは結婚しなくていいよ」

姉「は?なんでだよ」




弟「…俺が、もらってやるから」






姉「何言ってんだか」

弟「ほ、本気だ!姉ちゃんは俺が養う!」

姉「かわいーかわいー。
  そろそろ着くからさっさと寝な」

弟「だから本気だって!もう決めたんだ!」

姉「…本気で言ってんの?」

弟「本気だ!」

姉「そっか。気持ちだけもらっとくから」

弟「………姉ちゃんのバカヤロー」

姉「何言ってんの。ほらもう着くよ」






それっきり姉ちゃんは喋ってくれなくなった。
まだ短い人生を懸けた告白だったのに。
でもふと思いついて懸けるの意味を調べてみた。
失う覚悟をして、という意味だった。

まだ17歳の俺がこれまでの人生を懸けて失敗しても34歳。
全然やり直しが効く歳だった。
俺はほんとにガキだ。
そう思うとまた泣けてきた。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

姉「弟があんたに頼んだ理由わかったよ」

青年『お、ついに告ったか』

姉「ほんと嫌なやつ…。
  あんた知ってたんだね。止めろよ」

青年『だってどうせ振られるじゃん』

姉「事前と事後じゃ心の持ちようが違うだろ!
  これで勉強が身に入らなくなったらどうすんの!」

青年『大丈夫じゃね?ま、しばらくは落ち込むだろうけど』

姉「つか!なんでアタシがあんたと寝た事まで喋ってんだよ!」

青年『いやー、お前に幻滅するかなと思って。
   俺なりに止めたつもり』

姉「見事に逆効果だよっ!」

青年『まーまー。可愛いライバルには応援する心と意地悪する心がいい感じに混ざるもんじゃん』

姉「…自分の事は隠すんだね」

青年『そりゃ、自分の相談相手が実はライバルでしたー、じゃ可哀想だろ』

姉「まー、そーだけど。
  あ、あんたのために弟フッたんじゃないからね」






青年『わかってるよ。それよりマネロンの話がしたいんじゃねぇの?』

姉「…消息の手がかり、そこしかないと思うし」

青年『うーん。
   資料漁ってみても10年はかかる案件だぞ』

姉「別に汚職を暴こうってわけじゃないし。
  アイツが失踪した理由が知りたいだけ」

青年『なんだ。それならもう知ってるぞ』

姉「は?」

青年『G県の○○ホテルは○○グループ傘下だったが○○不動産に売却されて、そのまま営業を続けてるわけだが』

姉「ああ、知ってる」

青年『これは再開発されるまでの期間限定だ。
   G県○○ホテルはそれなりに金になるから、G県としても残しておきたかっただろうから、
   最近G県の再開発事業を進めたかった○○不動産との思惑が一致した形だな』

青年『会計処理履歴に不審な点を残しておいたら一発でアウトだ。
   ○○不動産は○○党に多額の献金をしているな。
   ○○グループはメイン事業が都下だから、○○党とは関わりがない』






姉「…で?」

青年『恐らく○○ホテルはどこもマネロンルート化されてる。
   友2がいつから関わっていたかだが、アイツは以前経営企画部にいたな?
   G県のレストランを発案したのは、実はアイツだって事は知ってるか?』

姉「…知らない。そんな事、知らなかった」

青年『だろうな。
   つまりだ。この絵図は、アイツが描いた。
   なかなかのもんだ』

姉「つまり、主犯は」

青年『友2だな。
   ただG県○○ホテルの仕入れ担当の協力も必要だ。
   だからそいつも洗ってみたら、こいつも案の定自殺してた。
   偽装表示の責任を取ります、って遺書つきでな』

青年『表向きの主犯はコイツだ。
   絵図を描いた友2だが、アイツ一人で考えたとは考えづらい。
   このシステムを実行するには会計処理の不審な点をカモフラージュできる人間が必要だ。
   つまり簿記能力に長けた人間。並の経理じゃ不可能だ』

姉「………」

青年『経営企画部に居た頃の交友関係を洗ってみたが、渉外でよく税理士と会っているな。
   俺も名前は知ってた。こいつは友2の働いていた○○ホテルのお抱えだったが、
   食材偽装問題発覚寸前に突然雲隠れしてる』

姉「つまり、そいつが」

青年『犯人、かどうかはわからんが、少なくとも友2の行方は知っているはずだぞ』

姉「名前は?」

青年『言う、と思うか?』






姉「言えよ。なにもしないから」

青年『…名前を言ったところで、居場所がわかんねーし、
   そもそももう消されてるかも』

姉「………そう」

青年『経歴も洗ってみたが、暴力団関係と深い関わりがあるようだ。
   ヤクザお抱え、ってとこだな。
   とんだ詐欺師だ』

姉「もう、諦めた方が…いいのかな」

青年『さぁな。
   ただ、友2には詐欺師の才能があるよ。
   生きてる可能性もないわけじゃない』

姉「アタシも結婚詐欺されかけたよ。あはは」

青年『………なぁ』

姉「ダメ。大体、弟がまだあんななんだから…」

青年『…そうか。弟、大学受かるといいな』

姉「受かるよ。受からせるから」






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――――――

弟友「で、ついに言ったのね」

弟「フラれたけどな」

弟友「姉弟だもん。当たり前じゃん」

弟「わかってたよ。…姉ちゃんは成熟した大人の女性だし。
  俺は…まだガキだし」

弟友「でもさ。まだちゃんと向きあって話したわけじゃないんだから」

弟「結果は同じだって。
  どのみち俺じゃ幸せにはできないような気がする」

弟友「なんで?勉強してんじゃん」

弟「俺とそういう関係になるって事が、姉ちゃんにとっては不幸だ」

弟友「…ぷっ。あはははははは!!」

弟「な、なにがおかしいんだよっ!」

弟友「だって!!あはは!!最初っから詰んでんじゃんそれ!
   あははははは!!」

弟「笑うな!笑うなよぉ!」

弟友「ま、あんたは大学受かる事だけ考える事ね。
   受かったら、また告ったら?
   フラれたらあたしが慰めたげるから」

弟「余計な心配しなくていいよ」






弟「ただいまー…あれ」

友「おう、遅かったな」

弟「自習室でちょっと勉強してました。
  帰り友達に会って」

友「○高の生徒は夜遊びしてんねー。
  模試、今週末だろ。
  勉強進んでるか?」

弟「類似問題ですけど、だいたいやりました」

友「おー。
  ○大クラスも上がったみたいだな。
  まさかこんなにやるとは思わなかったよ」

弟「友さんに教えてもらった基礎力のつけ方が良かったんだと思います。
  あれから、伸びましたから」

友「ちゃんと勉強してりゃよかったのに。
  ほんと、お前ってこの一家っぽくねぇよな」

父「そりゃそいつは拾い子だからな」

弟「嘘つけ。DNA鑑定までした癖に。…友さんはなんでここに?」

友「姉を待ってるんだけど、遅いしそろそろ帰ろうと思ってな」

母「ほんと遅いわねーお腹すいた」

父「たまにはお前が作れよ」

母「嫌よ、あの子が作った方が美味しいんだもん」

友「ははは…俺はそろそろ帰ります。お邪魔しました」

弟「すいません。姉に伝えておきます」

友「いいよラインしたから。帰り見るだろ」





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――――――

グオオォォーーー

父「…あいつか」

母「変態」

父「お前はいつまで経ってもエンジン音覚えねぇのな」

弟「フェラーリの音だ」

父「おう、お前はわかるのか」

ボウン プシュ

ブォン ボオォォォ

父「あれ、行っちまったのか」

姉「ただいまー」

弟「あれ、姉ちゃん。青年さんに送ってもらったの?」

姉「うん、なんで知ってんの?」

弟「フェラーリの音聴こえたから」

姉「あーうるさいよねあれ」

母「姉ちゃーんごはーん」

姉「たまには作ってよ!アタシばっか作ってんじゃん!」

母「遅くなるなんて聞いてないしーい」

父「顔くらい見せてけよアイツ」

姉「よろしく言っといてだって。
  あ、帰り友見たよ。
  戻ってくるって」

弟「なんでそのまま…フェラーリ二人乗りか」

姉「うん。でも4人乗りでも乗らなかったと思うよ。
  友、あいつ嫌いだから」






友「ども、さっき振りです」

姉「どしたの?わざわざ」

友「部屋で待っててもいいか?
  渡したいもんがあって」

姉「いーよ。ご飯作ったら行くわ」



今日の分終わりです。
おかしいところあると思いますが、
フィクションって事でご容赦ください。

次回更新は少し先かもです。

追記です。
なにか質問あればなんでもどぞ。

案の定1日空いてしまいました。
質問なくて寂しい。

例によって少ないですが今日の分投下します。




母「おねーちゃんさ」

姉「んーなにー?」

母「青年くんと付き合ってんの?」

姉「付き合ってないよー」

父弟「………」ソワソワ

姉「付き合ってないからねー?」

父弟「………」ホッ

母「今日も送ってもらってたし、最近よく電話してるから」

姉「今日はたまたまだから。
  ちょっと用事あっただけだよ」

母「へー」

姉「ポトフ作っとくから明日はシチューね」






友「おう、おつかれ」

姉「なんだったの?」

友「単刀直入だけど二次会の幹事やってもらえないかって」

姉「なんだ。そのためにわざわざ来たの」

友「弟の進捗も多少は見ようと思ったし。
  幹事あと何人か頼みたいんだけどその人選も。
  それも含めて色々意見が欲しくて」

姉「そういえば幹事って一人じゃないね。
  まぁ弟にも手伝わせるから」

友「おいおい受験生だぞ」

姉「お前の結婚式も出れないくらいなら受からなくていいよ」

友「ひでー」






友「んでさぁ式はあんまり人呼ばない方針なんだよね」

姉「貧乏だもんな」

友「うるせー。
  だから二次会も一応式っぽくしたいわけよ」

姉「二次会用のチャペルとかもあるからそーゆーとこいいんじゃない?
  参加費取るならそれなりの事できそうだけど。
  そういやドレスは?」

友「あいつの知り合いに縫い子が居るらしくて、頼んでるらしい」

姉「じゃ買い取りなんだね。
  レンタルじゃなきゃ式と日取り離れててもいっかぁ。
  疲れるっしょ」

友「結婚した事ないからわかんねーけど疲れるんだろうなぁ」

姉「あんた騒ぐの得意じゃないもんね」






コンコン

姉「んー?」

弟『友さん今大丈夫ですか?』

友「ん、どしたー?」

ガチャ

弟「下で父ちゃんが呼んでます。
  後でもいいので、暇な時に」

友「うい、今行くよ。
  姉ちょっと待ってて」パタパタ

姉「あいよ」

弟「………」ジー

姉「何」

弟「…」プイッ

姉「…」イラッ






友「お待たせ…ってどした」

姉「あーん?」

友「おいおい、顔」

姉「なんでもねーよ」

友「弟にからかわれたか」

姉「からかってきてんじゃねーよ。
  こないだから拗ねてんの」

友「ふーん。
  あの頃の男は子供扱いされると拗ねるんだぞ」

姉「子供扱いもなにも子供じゃん」

友「不安定な時期なの。
  大人な部分とのギャップができてくる頃だから」

姉「大人な部分なんてあるか?」

友「大人じゃなきゃ青年さんに調査頼んだりしねーだろ。
  拗ねてる自分が子供っぽいって事も自覚してるはずだ」

姉「へー。男はよくわかんねーな」






友「だいたいアイツが…やっぱいいや」

姉「なんだよ」

友「内緒だ。いずれアイツから言うだろ」

姉「わけわかんねーの」

友「次話す時は、ちゃんと大人扱いしてやりな。
  弟としてじゃなく、一人の男としてな」

姉「まー覚えてたらな」






あれから一度も姉ちゃんと喋ってない。
真剣な告白をしたのに軽くあしらった罰だ。ざまあみろ。
なんて思いつつ姉ちゃんの作ったポトフを食べる。
とっても美味しい。
姉ちゃんの料理はそこらの店よりも美味しいのだ。
なんでも店の味を再現してアレンジしてるから美味くて当然らしい。
なかなかできる事じゃないと思う。

姉ちゃんは俺に食べさせるために料理を覚えた。
だから姉ちゃんの手料理は俺が一番食べてると言っても過言じゃない。
またひとつ勝った。
高校の弁当だって姉ちゃんが作ってくれてた。
誕生日ケーキも姉ちゃんが作ってくれる。
考えてみれば料理は絶品だし家計の管理もしっかりしてるし、
裁縫だって得意だし家はいつも綺麗だし浮気もしないし、
何より美人だし姉ちゃんは理想の嫁なんじゃないだろうか。
ちょっと気が強いのが難点だけどいつも気の強い姉ちゃんが目を少し潤ませたら
どんな男もコロっといってしまう気がするのだ。
俺だってその例には漏れない。

悲しいかな姉ちゃんにその素質はゼロだけど。

そんな姉ちゃんに想われて泣かれる友2さんの事は本当に羨ましい。
つーか殺してやりたい。
てかもう死んでんだっけ?根性のないヤツだ。

最近の俺は機嫌が悪いのだ。
青年さんから友2という男の写真データをもらった。
写真なんかどうするんだと聞かれたが用途は特にない。
ただ顔を知っておきたかっただけ。
使い道が思いつかないのでとにかくプリントしてみた。

見れば見るほど腹の立つ顔だ。
特に整っているわけでもなく笑ってしまうような顔でもない。
笑顔が眩しい。姉ちゃんもこの笑顔に騙されたのか。

本当なら俺が殺してやりたかったがもう死んでるんじゃ仕方ない。
俺にできる憂さ晴らしはヤツのこの写真を





ガスッ







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――――――

友「送ってくれてサンキュな」

姉「いーよ。どうせ近いし」

友「幹事、よろしく頼むよ。
  人選任せちゃってほんとにいいのか?」

姉「前にも幹事した事あるし、任せときなって。
  あー、幸せオーラが眩しいわ」

友「はは。じゃあな」

父「おう、俺達もここでいーぞ。
  帰りは朝方になると思うから、弟よろしくな」

母「じゃあね~」






姉「はぁ」

アタシにも相手はいたのだ。
そう、いた。
居た気がする。

連絡が取れなくなってひと月は泣けるだけ泣いた。
ふた月目からは怒りが増して、
み月目からは悲しくて切なくて死にそうだった。
いつの頃からか電話は料金未納なのか繋がらなくなったし、
とにかく手がかりを探す事で精一杯だった。
2年を過ぎようかという頃はただひたすら待つつもりだった。

別に操を立てようとしてたわけじゃない。
約束を破ったアイツのために操なんか立ててやるもんか。
自慢じゃないがアタシはけっこうモテる。
言い寄ってくる男なんていくらでもいるし、それなりの条件で結婚できる自信もある。

ただ。
低い可能性でこの先再会した時。
その時結婚していたとして、アタシはどうするんだろう。

結婚した事を後悔するのか。
それとも、良き友人として再会できるのか。

自己評価ではあるがアタシはけっこうねちっこい性格してると思う。
昔好きだったゲームも、歌手も、漫画も、今でも変わらず好きだ。
第一印象が良ければそれに囚われるタイプ。
新たな一面が見えてもなかなか評価を曲げられない。
まぁ俗にいうチョロい女なんだと思う。
一度惚れさせてしまえばこっちのもん的な。

なので、もしアイツに再会した時に後悔してしまう事を怖がっているわけ。

姉「…弟も、性格似てんのかな」

帰ったら弟とも話してやらないといけない。
あの時は面食らってあしらってしまったが、
初恋の人が姉なんて笑い話にもならない。
早いとこ諦めさせてやろ。

ほんとに仕方ないヤツ。




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―――――――――――
――――――

姉「ただいまー起きてる?」

弟「…姉ちゃん」ガサガサ

姉「ん?今なに隠した?エロ本?」

弟「…ちげーよ」

姉「見せてみろって。あんたの趣味よく知らないから興味ある」

弟「知ってるよ。…だから家には置かないようにしてるんだ」

姉「へー。あんま夢見ると童貞捨てる時がっかりするって聞くよ」

弟「…別に。夢は身近に居るから」

姉「………」

弟「………」






姉「あんたさ。ほんとにアタシの事好きなわけ」

弟「…別に。もういい」

姉「なんで」

弟「………」

弟「フラれたし」

姉「ごめんって。はぐらかしちゃったよね」

弟「なんだよ。いきなり」

姉「あれから…あんたのさ。生まれた頃、思い出してた」

弟「………ッ」

姉「ちっちゃくて、可愛かった。
  アタシ、家で一人だったから。
  しばらくしてママがまた家空けるようになったけど、あんたが居たから…」

弟「いいよっっっっ!!!そんな話っっっっ!!!」

姉「ぁ、」ビクッ

弟「なんで…2回も、フラレなきゃいけないんだ…っ」

姉「ごめん。そんな、つもりじゃ」






弟「…姉ちゃんは、友2さんを待ってんだ」

姉「そうじゃないよ。気持ちの整理が、まだね…」

弟「…姉ちゃんは、昔っから、俺がワガママ言うと…
  最初は怒って、最後、そうやって困ったように笑う。
  こないだは怒られて、今日はそうやって笑う。
  だから姉ちゃんの中じゃ、俺の気持ちは、ワガママなんだって。
  だからどうしたって無理なんだって」

姉「…弟は、アタシの事、ほんとによく見てくれてるんだね」

弟「姉ちゃんは俺にとって、ヒーローだった。
  2番目の母ちゃんだった。
  ……そして、俺の」

姉「やめろよ…」

弟「初恋の、人だ」






弟「俺の初恋の人が…っ
  3年間も訳の分からない男に泣かされて…っ!」

姉「………」

弟「………」ガシッ

姉「は、離せよ…っ」

弟「振りほどけよっ!
  姉ちゃんは女なんだ!喧嘩強くても、男の力にかなうわけないだろっ!!」

姉「だめだったら!離して!!」

弟「友2って人よりも、俺の方が姉ちゃんの事好きなんだ!
  姉ちゃんは女なんだ!
  これからは俺が守ってやるんだ!!」

姉「………っ!!(リダイヤル…!)」

弟「俺は姉ちゃんがいないとダメなんだ!!
  あんな側にも居れない男より!!!俺の方がっ!!!」

姉「この…っ」バシィ

弟「………」

姉「あ、ごめ…」

弟「……っっっ!!」

姉「あっ……!!ちょっとっ……!……ぃゃっ……!!」






友『次話す時は、ちゃんと大人扱いしてやりな。
  弟としてじゃなく、一人の男としてな』



「ちっちゃくて、可愛かった。
 アタシ、家で一人だったから。
 しばらくしてママがまた家空けるようになったけど、あんたが居たから…」



ああ。アタシは。失敗したんだ。






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――――――

prrrrrr......

青年「…?姉?」




今日の分終わりです。
また明日よろしくおねがいします。

乙、マネーロンダリングとか正直よく分かんないけど面白いから読んでるわ。明日楽しみにしてる

乙、今のところ質問はないし面白いからあんまり気にせず続けてちょ


期待してる

こんばんは。1時半ごろに今日の分を投下させて頂きます、が、
意外に帰りが遅くなってしまったので青年の心情しか書けてません。
ほとんど地の文です。
申し訳ありません。


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まぁ要は。
なんでもよかったわけ。

昔っからずっと兄貴が褒められてるところを見続けた。
兄貴は色んな事で褒められてた。

まぁよく描けたわね。
頑張ったな、偉いぞ。
仕方ないわ、あなたが悪いんじゃないわ。
お前はいい子だ。こんなもの関係ない。

なんか色々褒められてたので俺も人並みに褒められたがった。
だから兄貴と同じ事をした。
兄貴の褒められてるものはなんでもやった。

これは絵なの?落書きかと思ったわ。
もっとちゃんとしたものを描きなさい。
こんなテストで100点取ってどうなるの?
もっとレベルの高いものじゃないと意味がないよ。

まー例えばだけど、正直絵はちっちゃい頃見た兄貴の絵の写しだし、
テストは全部はなまる満点だった。
正直ちょろかったのでこんな簡単なもんで褒められてんのかと悩んだもんだ。
家事は率先して手伝ったし小学校の頃から料理もできた。
楽器はひと通りちょっと習ったらだいたいできた。
兄貴はだいたいなにも出来なかった。
兄貴の通っていた私立中学に首席で入学した。
それでも兄貴だけが褒められた。






無条件に兄貴だけ褒められるって事には割と早い段階で気付いた。
なので逆に少しでも兄貴が褒められづらくなるように、
全ての事で兄貴よりもいい結果を出した。
中学に上がる頃には身長も伸び、兄貴より力も強くなった。
浪人中の兄貴を尻目に学生生活を満喫した。
それでも兄貴は励まされ俺は叱られた。

正直なんでもよかったが、
兄貴は運動が苦手だったのでテニスを始めた。
すぐに誰よりも上手くなった。
兄貴はいじめに遭ってたと聞いたので格闘技でも始めてみた。
すぐに誰よりも強くなった。
兄貴が医学部に受からなくて辛い思いをしたと聞いた。
なので文理選択は理系にした。
兄貴が挑戦し続けた医学部のA判定の結果を持ち帰って両親に見せたら案の定叱られた。
まぁどうせ行く気ねぇけどよ。

昔からやたらとモテたからお兄ちゃんに女の子を紹介しなさいと言われた。
なので俺のお古を紹介しまくってやった。
兄貴は震えてた。
ぶっちゃけキメェけど励ましてその気にさせてやったら強姦未遂で訴えられかけた。
助けに入ったのも俺。
その後兄貴のケアをしたのも俺。

よくお兄ちゃんを励ましてくれたわね、と母親にCDコンポを買ってもらった。
これは金になる、と思った。






高3の時、父親に兄よりレベルの高い大学に行くな、と言われた。
なら文転しますと言ったら勝手にしろだと。ふざけてる。
高校までひたすら差を見せつけて治らなければ家を出るつもりだった。
兄貴や父親と同じ業界は死んでも嫌だった。
文転したっつっても医療以外ならなんでもよかったから都内という事だけを条件にアミダで大学と学部を選んだ。
兄貴は医学部についていけずまだ2回生だった。勉強を見てやったら3回生に上がれた。
どーせ適当にやっても受かる大学だし時間はいくらでもあった。
報酬でマンションを要求したら買ってくれた。ちょろいもんだ。

進学し親元を離れてみるとずいぶん世界が広がった気がした。
両親だ兄貴だとストレスに感じていた事が嘘のようだ。
ここには俺一人。
誰にも邪魔されない。
十分に実力を発揮してもここなら許される。
1回生はとにかく遊んだ。
大学は気のいいバカばっかりだ。
すっかりひねちまった俺でもとにかく人に優しくなれた。
誰も俺の心に土足で踏み込まない。






兄貴より優れた人間になることにこだわってた俺には、
他にこだわる事を見つけられなかった。
ここには俺一人。
うざったい両親も兄貴も居ない。
誰に張り合おうとも思わないが、とにかく俺はどこでもなんでもできるらしい。
プライドとはなにかに懸けるものらしい。
ならば万能こそが俺のプライドなのか。

時折なぜだか無性に寂しくなる夜があった。
女は便利だ。
1時間の情事で大人しく寝てくれる。
寝ている女の胸に顔を埋めてみると不思議と安心した。
まさか母性に餓えているのか。
バカバカしい。

なら母の代わりだとすればうざったい時には遠ざけるべきだ。
彼女が居ると嘘をつけばだいたい諦めてくれた。
辛そうな振りをして優しげに諭すとなぜか納得する。
こいつらはこいつらで本物のバカだ。






2回生に上がった頃そいつは現れた。サークルの新歓だった。
初めての会話は「ただの付き添いですからほっといてくれて大丈夫ですよ」
こましゃくれた言い回しをすると思った。
似た言葉は何度か聞いたが、本気で思ってるヤツは初めてだ。
弟がいるとかでそいつはさっさと帰った。

その後テニス部で再会した。
サークル入会を賭けて勝負した。
柄にもなく圧勝した。
いつかリベンジする、とそいつは言った。
楽しみにしてる。
いや、本当に。






その後どうやらそいつはサークルでそれなりに充実しているようだった。
人づてに色々話を聞いた。
10個違いの弟が居ること。
親の不始末で危うく私生児になりかけたこと。
多忙な親の代わりに弟をずっと世話してきたこと。
幼馴染の付き添いで来ただけのつもりだったこと。
女性関係にだらしない俺に本気で憤りを感じていること。
でも学業成績やサークル運営の手腕、テニスの腕に関しては尊敬していること。

口は悪いが嫌われてはいないらしい。
ほんとしょうがない人だね、だって。
なんだそれ。
寛容してほしいと誰が頼んだ?
別に誰も怒らせてねーってのに。






まーそれで気付いたわけだ。
アイツなら仕方ない、と言われてるのは知ってる。
人に諦めさせるだけのものが俺にはあったってことだ。
それが無性に寂しくなる原因。






皆が俺に抱く感情は、
寛容じゃなく諦観。
俺は許されてなかった。
好き放題やっても許される、じゃなくて諦められる。
それって天災みたいなもんじゃん。
人の役には立ってるし人を裏切らないので誰に憎まれる事もない。
それが憎しみに拍車をかける。
でも俺だから「諦め」られる。

だからって許しを乞おうとは思わないけど。
じゃ、果たしてアイツは俺と寝たら。
俺の事を許すんだろうか。






「先輩はやっぱり男と泊まるべきですって。
 女の子と同室にはできませんよ」

でもほら。あいつら肩組んで入ってっちゃったじゃん。

「だから仕方ないからアタシが同室です。
 女遊びもほどほどにするべきです」

きびしーやつだなー。別になにもしないって。

「もう。それで騙せると思ってんの?
 大体先輩彼女いるっしょ。さっさとシャワー浴びて寝ますから」

…なにも、しないって。

「…寂しいから、とか言い出すわけ?
 呆れた。それ、くだらないですよ」

寂しさじゃないよ。
俺だってわかってる。俺は、甘えたいだけなんだ。

「わかってんなら今すぐやめなよね」

もし、お前が。
俺にずっと甘えさせてくれるんなら。
やめれるかもな。

「なにそれ。なんでアタシがみんなの犠牲にならないといけないの」

脅してるわけじゃないよ、はは。
俺の個人的な感情だ。






「…もしかして口説いてんですか先輩」

口説いてるよ。
お前って、母親みたいだ。
口うるさくて、世話焼きで、寛容的で。

「弟と、同じこと言ってる。
 アタシが2番目の母ちゃんだって。
 …でもアタシ、母親気取ってるつもり、ないよ。
 アタシだって女だし…一方的に甘えられて耐え切れるような人間じゃ、ない」

俺は許されたいんだ。
人に受け入れられたいんだ。
仕方無しの許容じゃなくて、慈悲からの許容が欲しいんだ。
…俺は本当は蒙昧な男なんだよ。
褒められたかっただけなんだ。
…慈悲をくれ。
仕方のない人だって、呆れたように笑って欲しい。
本当は仕方がないわけじゃないんだ。
そうしてくれる事が、俺の欲しい手段なんだ。






…何を言ってるんだ、俺は。
これじゃ泣き落としじゃないか。
万能ってプライドはどこへいった。
女なんて簡単に落とせるんじゃないのか。






「…ほんとしょーがない人」






彼女は呆れたように笑って受け入れてくれた。
だらしない、貪るようなセックスだった。
片羽を手に入れた気分だった。

「アタシ、5つの時におばあちゃんが死んで、ずっと一人だったから。
 弟が居てくれたから、弟の世話する事で、なんとか保ってた。
 あの子が居てくれなかったら、アタシも、あんたみたいになってたかもね」

朝方案の定フラれた。
自分はあなたを受け入れる事ができるほどまだ強くない、それが理由だった。
それでも一晩の慈悲をもらっただけで充分だと思えた。

それからどうも調子が狂った。
その次に寝た女にはあろうことか俺の心を見破られた。
バカバカしくなって女遊びはそれで終わり。
考えてみればずいぶんと悲喜こもごもな一晩だったもんだ。
大学で女を食わなくなったら他大で色々やってる噂が立った。
アイツ以外の人間なんてそんなもんだ。

3回生からは色々忙しくなってアイツと会う機会も減った。
アイツにも彼氏ができたらしい。
見知った顔だ。
アイツが片羽に選ぶであろう、夢見がちで爽やかで一本気な男だ。

俺が居ることで泣きを見た人間に目を向けれるようになった。
これまでしてきた事が消えるとは思わない。
それでもあの一晩をくれたアイツのために、人に許される事をしようと決めた。

俺はアイツのためならなんだってしてやれる。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年「おう、どうs」

『――ゃめ、てっ!お…がぃ―――』ビリィッ

青年「………ッッ!?」

『―――ね―いだから――!!おねがい――弟ぉ……!!』

   バシン  バシィ

『ぁぅ…ぁ…』

  ガサガサ

『―――――せい――、さん?そ――、リダ――ルした―――』

『―――――ゃだっ―――――たすけてぇっ!!!!!』


ぶつっ

つーつーつー


青年「………なにが」

青年「……なにが…なんで、だよ」






気がついたら車に乗り込んでいた。
姉宅まで27km、どう急いでも15分はかかる。
15分で間に合うのか。
そもそも場所は家なのか。
鍵がかかっていたらどうする。
あんな騒ぎが起こっているという事は親父さんたちは留守だろう。

…連絡は、きっと姉が望まない。
あれはそういう女だ。

このまま親父さんたちに連絡せずに、
姉の心に致命的な傷が残る前に間に合い、
家に侵入し姉を助け、
弟を説き伏せる。
姉を安全な場所に遠ざけ、
その後親父さんたちにはバレない。
弟は立ち直って改めて大学を目指し、
姉にも心の傷は残らない。

…心が定まらないまま、車を走らせる。

青年「やるだけはやってみる、か。
   大丈夫…俺はバンノーだから…」

あの馬鹿な弟は勝手に立ち直るだろうが姉はそうはいかない。
ただでさえこのところ友2の事で心が軋んでいるのに、
これ以上ストレスがかかったらどうなる。

姉は、壊れてしまう。






それだけは駄目だ。

青年「あんなガキの頼み事なんて聞くんじゃなかった、クソ」

あのガキが姉に愛憎入り混じった感情を向けるようになったのは、
友2の話を聞いてからだ。
まさかあんな朴訥なだけのガキの心に、それだけの澱が溜まっていたとは。
俺のミス。
話は、するべきじゃなかった。

…友2の調査は弟に頼まれてからではなく、同時期に既に始めていた。
もし悪い結果になるなら、弟は姉の心を癒やす助けになると思っていたが――

青年「お前が、一番の、悪人だよっ!」

姉宅まで20km。
残りの10分強で間に合うかどうかは、姉の抵抗にかかっている。

頼む。頼むから。

青年「………頑張って、くれ。すぐ、行くから……」



今日の分終わりです。
遅くなり申し訳ありません。

ちっとも話進まなくてすみませんすみません…。


>>117-119

レスありがとうございます。
お世辞でも本当に励みになります。


レス乞食してしまいました。
申し訳ありません…。
明日からも頑張ります。
よろしくお付き合いください。

乙!
姉と弟には幸せになって欲しい…


愛され体質の姉は愛するのは下手なのね……

追いついた

姉をいじめたら駄目

こんばんは。
レスありがとうございます。

>>138

頑張ります。

>>139

その通りです。
不器用で可愛い子です。

>>140-141

読んで頂きありがとうございます。
姉は幸せにしてあげたいキャラです。


もうちょいしたら今日の分投下します。

――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

俺が姉ちゃんに向ける感情に名前をつけたのはいつからだったのか。
よく覚えていない。

俺は生まれてからずっと姉ちゃんと一緒だったから、
きっと自分の感情すら理解していなかった頃からなんだろう。
照れくさいけど運命の人だ。
孵化した雛鳥のように恋に落ちたのだ。
これが運命でなくてなんとする。

姉ちゃんは俺をとても大事にしてくれた。
口うるさいし、過保護だし、喧嘩っ早いけど、
必ずそれ以上の愛情を向けてくれた。
自分を粗末にする事以外はなんだって許してくれた。
姉ちゃんは俺を育てる事に努力を惜しまなかった。
なんでも俺の事を第一に考えてくれた。

叱りつつ、呆れつつも、最後には許してくれる、無償の愛情。
姉ちゃんは本当の意味で俺の母ちゃんだったんだ。

俺に無償の愛情を注ぐ姉ちゃんは美しかった。
俺は姉ちゃんの一番である自信があったし、
姉ちゃんはずっと俺に無償の愛情を注ぎ続けた。

これまでもこれからも。
その関係はずっと変わらないと思っていたんだ。






俺が姉ちゃんに向ける感情に名前がついてからも、
その慕情がたとえ絶対に報われぬ慕情だと知っても、
俺は姉ちゃんをどうこうしようとは思わなかった。

なぜなら姉ちゃんは姉ちゃんだからだ。

姉ちゃんは俺の姉であるが故に俺の想い人であり、
俺は弟故に姉ちゃんの愛情を一身に受ける事ができる。
姉ちゃんは強い人だ。
姉ちゃんは強いから泣かない。
でも、俺が死にかけた時には本気で泣いてくれた。
俺は姉ちゃんの特別。
それだけでご飯3杯はイケる。

だから姉ちゃんが姉ちゃんである事は、

俺の恋には必須事項であるわけです。






ま、実は。

姉『………………』

姉ちゃんはそりゃあ母親みたいな人だけど。

姉『………………』

姉ちゃんが母親みたいなのは。

姉『………………』

別に俺だけに限ったわけじゃなかったわけで。

姉『………………友2………』

姉ちゃん、泣いてんの?
そりゃそうだよね。
姉ちゃんは優しいから。






ま、そりゃ薄々勘付いてはいたさ。
信じたくなかっただけで。
それでも変わらず姉ちゃんの中での1位は俺だよ?
でも、実は1位タイがいっぱいいたわけさ。

ひどい裏切りだ。
まぁ例えば、
友人1位は友さん。
恋人1位は友2さん。
弟1位は俺。やったね。オンリーワンだぜ。
でももう一人弟がいればきっと二人で弟1位タイだな。

姉ちゃんは叱ったり怒ったりしながらも最後には呆れたような笑顔で無償で人を許せてしまう。
それは俺を育ててきた環境がそうさせたのか、
元々の素質なのかはわからないが、
俺には少なくともマリア様に見えていたのが、
その実姉ちゃんは本人の知らぬ間に男を甘えさせてしまう魔性の女だったのだ。






俺に言わせればそれは異常だ。
誰の事でも許せちゃう。
そりゃほんとにマリア様じゃないか。
姉ちゃんの愛情は母性的な愛情、つーかほとんど母性そのもの。
でも本人は本当の母親ほど強くないからすぐに傷つく。
実は周りの男たちの姉ちゃん評はある意味当たってるのよ。
本当は傷つきやすい人なんだ。

でも母性を剥いでみれば姉ちゃんは根が元ヤンなので爆発しやすいだけだったのです。

だから押せば落ちるは間違い。
姉ちゃんを落とすには母性本能をほんの少しだけ、「そういう感じ」にくすぐってやればいいだけ。
ま、それも一晩だけだけどね。
ほんとに落とすには生き方から変えなきゃ駄目。

無償の愛なんてあるわけない。
対価を求めない、って事は自己犠牲的って事だ。
でも姉ちゃんは犠牲にできるほど己ができてないから、
姉ちゃんの愛情は自然と自己破壊的になる。
しかも誰にでも。
誰かをかばって責任を一人で被ったり、
誰かを励まして望むまま悪者になったり。
そこで、
自分が悪者でいい、と言えるほど姉ちゃんは強くないから、
自分が悪者なんだ、と自己暗示をかけてしまっちゃうわけ。






傍から見ればそれは強いのかもしれない。
でも実際姉ちゃんはその度に傷つく。
友2さんの失踪を知って確信した。
失踪した友2さんだけを責めるべきところを、
姉ちゃんは、G県に行く友2さんを止めなかった自分を責めてる。
無理にでもついていかなかった自分を責めてる。

…俺から離れられない自分を責めてる。

よくよく考えてみれば俺も異常者だ。
自分だけを愛してるわけじゃないと知っても、
それでも俺は姉ちゃんを愛してる。

俺の中で美しかった姉ちゃんはもういない。
でも隔たりを受け入れてこそ愛情だ。
姉ちゃんは実は俺だけのものじゃない上に傷つきやすい女でした。だから何?
俺の慕情に庇護欲と、所有したいという支配欲がプラスされただけ。
美しさは侵しがたいもんだけど、
愛しさは穢したいと思えるから手が届く。






ほら。
姉ちゃんを泣かせる事ができるのは友2さんだけじゃないよ。
姉ちゃんは乱暴されても泣かない、傷つきやすいだけの強い人だ。
でも他でもない俺が強姦しようとしてるから、姉ちゃんはこうして大粒の涙を浮かべて震えてる。
俺だって姉ちゃんを悲しませる事ができる。
愛されて、悲しませて、1位タイの友2と何が違う?
その上俺は○大に受かって、オマエが留年した○大を卒業して。
大手を振って姉ちゃんを迎える事ができる、予定だった。

…要約すればフラれたから逆上しただけだよ。
わかってるよ。
でも姉ちゃんの事をここまで理解してるのは俺だけなんだ。
だから姉ちゃんは俺にしか守れないんだ。
だってのに。

「なんでテメェがいるんだよっっっっっ!!!!!」






青年「…鍵、かかってなかったぞ」

弟「…参ったなー。姉ちゃん、ちゃんと戸締まりしないと駄目だよ」

姉「………ぁ…せいね…」

青年「姉を離せ。話はそれからだ」

弟「…エンジン音、聴こえてましたよ。
  来るの早すぎですから。
  戸締まりしてると思ったから…。
  姉ちゃんが、この事を父ちゃんに知られたがらないだろうって事、
  …あんたなら読み切ると思ってた。
  警備サービスの事知ってるだろうから、父ちゃんに知られるような下手な事はしないだろうと思って、
  放置するつもりだったけど…。
  鍵かかってなかったら意味ないですね」

青年「……聞いてたか?話は、姉を離した後だ」

弟「…邪魔、すんなよ。
  俺と、姉ちゃんの問題だ」






青年「………」ジリッ

弟「…来るな」

青年「もう言わねーぞ。姉を、離せ」

弟「邪魔、するなっ!」

  くるっ ぱし

  だぁん!

弟「ぎっ…………か、はっ………」ギリギリギリ

青年「相変わらず喧嘩よええな。
   このまま落とすからよく聞いとけ。
   姉は一旦預かる。親父さんには黙ってろ」

弟「…!!……!!!」」

青年「うるせえ騒ぐなよ。
   お前の発想は、ストーカーと同じだよ。
   姉は誰に守ってもらおうともしてない」

弟「………グ……ァ…ァ…」

青年「…お前のしでかした事を、姉はきっと許す。
   俺は絶対に許さないけど…姉は許す。
   受けた心の傷は、そのままで」

青年「だからお前は許されるのを待ってるだけでいい。
   今の姉には、休みがいるんだ」






弟「―――――」

姉「…来てくれたんだ」

青年「ひでぇカッコだ。
   とにかく、着替えないと…」

姉「ありがと。…ごめん。こんな事になって」

青年「…ッ。いいから。立てるか?」

姉「しこたま殴られたけどな、あはは…大丈夫…着替えて下行くから…ちょっとしたら下来て」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年「弟なら心配ないよ。
   ほっときゃ起きるはずだ」

姉「そっか、あはは。死んだかと思った」

青年「…すまんっ……俺の、ミス…だ。
   弟に友2の話なんて、するから…」

姉「何言ってんの。アタシが…アイツを子供扱いしすぎただけだよ。
  ちゃんと一人の男として見てあげて、ちゃんとフッてれば良かったんだよ。
  …子供扱いして、弟だって事をわからせようなんて
  セコい真似しないでさ…あはは…」

青年「…違う。違うんだ。
   お前のせいなんかじゃねーんだよ…。
   お前は弟を責めていい。
   …俺の事も、責めていいんだ」

姉「…うん。でも。アイツを育てたのは、アタシだし…。
  あんたには、感謝もしてるから。あはは」

青年「笑うなよ。辛い癖に。
   …とにかく、俺んちに行こう。弟が起きたら面倒だし」

姉「え…でも」

青年「いいから。
   一旦頭冷やさせないと」

姉「…うん。うん、そーだね」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

姉「あーあ、二度と来ないっつったのに」

青年「しかたねーだろこの場合」

姉「ソファー借りるね。コーヒーちょうだい。
  一番苦いヤツ」

青年「………あいよ」







姉「あーもう。アイツ、次顔見たらおもっきし殴ってやる。
  つかあんた、何分でうち来たの?」

青年「13分くらいかなぁ。
   それどこじゃなかったし、わかんね」

姉「はぁー?ここからうちまでどんだけあると思ってんだよ。
  アタシ前ここ来るの40分かかったぞ」

青年「ちゃんと信号守ったぞ」

姉「マジで!?…ま、助けてもらったしいっか」




青年「そんで親父さんには?」

姉「んー、黙っとく。ビンタ1発でいいや。
  パパに知られたらマジで勘当されかねない」

青年「だろーなー…娘溺愛してるもんな」

姉「ったく、腕掴まれた時は殴られるくらいは覚悟したけどまさかレイプ未遂とはねー。
  弟があんたみたいになったらどうしよう」

青年「待てよ、俺長い事ご無沙汰なんだぞ」






姉「んー?んー?まさかアタシが忘れられないとか?それとも女友?」





青年「……………」




青年「……なぁ」







青年「やめろよ」

姉「…なにが?」

青年「…俺とお前が寝た話とか。
   俺らの間でその話題、禁句だろ。
   忘れるから忘れろって言ったの、お前じゃん」

姉「………」

青年「例え話題にのぼる事があっても。
   お前は笑い話にはしないはずだ」


―――あんたと寝たのは事実だけど。


姉「………」


―――あんたの気持ちは、アタシの中だけにしまっとくから。


青年「無理してんの、バレバレなんだよ」







姉「あはは。あんな事があったんだから。
  たまには明るく言わせろってー。
  それにさー。いつまで経っても気まずいの、嫌じゃん。
  助けてもらったわけだし!!
  あははははは!!!!――――っつ……」

青年「殴られたとこ、痛むのか?
   …そろそろ腫れてくる頃だし。
   ほら、見せてみ」スッ



姉「!!!!」ビクッ






青年「あ………」

姉「あ、れ?…おかしいな…あはは…」カタカタカタ

青年「………ッ…」

姉「…あれ……青年…おかしいよ…アタシ、おかしい……」ポロポロ

青年「姉………」

姉「…………ぅぅ……」






青年「…こっち、見ろ」

姉「…………?」

青年「手、握れ」

姉「…え……?」

青年「ほら」

姉「……………」キュ

青年「うん。…ほら。怖くねぇだろ」

姉「……………」ギュウ

青年「こっち、来い。ほら」

姉「……………」







青年「今から抱きしめるから、嫌だったら握ってる手、離せ」

姉「……………」

青年「わかったか?」

姉「……………」コク

青年「ほら。こっち来い」グイッ

姉「………ぁ、」

青年「嫌か?」

姉「……………」ギュウ

青年「よしよし。怖かったろ」ナデナデ

姉「……………」ギュウウウ

青年「大丈夫だよ。大丈夫だ。心配すんな」

姉「……………」ジワ

青年「弟はきっと立ち直る。今週末、模試なんだろ。
   受験勉強、途中なんだろ」

姉「……………」コクコク







青年「弟を立ち直らせるには、お前がしっかりしないとな」

姉「……………」

姉「…ぅぅ、ぁ……」カタカタカタ

青年「そのために必要なこと」

姉「…………?」

青年「人に頼ること」

姉「……………」ギュウ

青年「俺が居んのは、たまたまだけど。
   朝までこうしててやるから。
   嫌になったら離れていーよ」

姉「……………」ギュウウウ

青年「ん」ナデナデ

姉「…………ごめん」

青年「謝んなよ」

姉「…………アタシ、あんたの気持ち、知ってるから」

青年「だから素直に頼っていーんだよ」






姉「…………なんでフェラーリなんか、買ったの」

青年「欲しかったからだよ」

姉「…………あんたの好きなの、ポルシェじゃん」

青年「スポーツカーはなんでも好きなの」ナデナデ

姉「…………学費」

青年「……………」

姉「弟の、学費くれたんだよね」

青年「考え過ぎだって」

姉「…………ポルシェ、新型出て値崩れしてるから」

青年「……………」

姉「…………あんたはこんなに優しいのに。
  優しく出来なくて、ごめん」

青年「いーよ」

姉「……今………安心しちゃってて………ごめん、なさい……」ギュウウ

青年「ん」






姉「………遊び人のくせに」

青年「昔ね」

姉「………女の子、いっぱい連れ込んだ癖に」

青年「前のマンションでな」

姉「どうせ、アタシを安心させた方法も、そん時覚えたに決まってる」

青年「………」ギクッ

姉「……………」ギュウウウウウウウ

青年「ぐぎぎぎぎぎ」

姉「…気持ち、応えられなくて、ごめん。
  アタシに甘えたいあんたに、甘えちゃって、ごめん」

青年「謝んなくていいって。
   あん時のお返しだと思ってくれればいいの」

姉「…おかえし?」

青年「あん時お前が一晩くれて、俺は救われたと思ってるから。
   俺との一晩でお前が救われたら、俺は嬉しいの」

姉「……………」ギュ

青年「ほら、くっつけ」ギュ







姉「………ありがと」

青年「ん」







姉「……………」スー

青年「…………」ナデナデ

姉「…ぅ………」ポロポロ

青年「…………」ナデ

姉「………ごめ………」

青年「寝言でまで謝んなって」

姉「……………」

機に乗じて自分に依存させる事も考えなかったわけじゃない。
なんせ7年間の片思いなわけだ。
…つくづく自分が嫌になる。
惚れた相手がもっと嫌なヤツならよかったんだ。
それなら躊躇なくそうしてたのに。

…俺の腕の中で眠るコイツを、
…俺は一生抱く事はないだろう。
コイツと結ばれるには、
俺は汚れすぎている。

結ばれなくてもいい。
俺はコイツのために生きると決めたから。

今はただ傷ついたコイツの、ひとときの寄る辺となるだけで。
それだけでいい。



今日の分終わりです。
口からブランデーシュガーに火ついたヤツ吐きそうです。
明日も更新頑張ります。
よろしくお願いします。

姉が青年の嫁になりますように

とりあえず弟は俺が処分する

まあ弟の気持ちもわからんでもない

姉が好きなのはむしろgoodだが無理やり乱暴するのは許せん

理解者としてはパーフェクトだが……
まあオトシゴロの弟にそこまで包容力を求めるのは酷かね

乙乙

そろそろかなー

こんばんは。色々レスありがとうございます。
とても励みになります。

遅くなりましたが、今日の分投下させていただきます。


――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

目が覚めれば一人だった。
両親はまだ帰らないらしい。

…学校は休もう。
どうせ行こうが行くまいが、大した違いはない学校だ。
勉強を始めてから、通っていた高校がどれほどのものなのかを思い知った。
…俺の人生は逃避ばかりだ。
姉ちゃんが口を酸っぱくして勉強しろと言ってた意味がわかった。
姉ちゃんが家じゃ勉強しないもんだから、俺も勉強しなくてもいいもんだと思ってた。

「は?○大?なんで?」

なんでって、姉ちゃんが行ってたから。

「○大とか、エリートが行くとこっしょ。ウチの高校からじゃ誰も行けないよ?」

え、そうなの?

どうも○大はそれなりの大学らしい。
…勉強なんて、長い間してなかった。
それでいいと思ってた。

弟「…首、いてぇ。
  声も変だし。…風邪って事にしよ」

昨夜の青年さんはカッコ良かった。
女の子のピンチに颯爽と現れ悪党をあっさり倒してしまう。

…悪党って俺か。

弟「姉ちゃん…泣いてたな」

当然である。
弟にレイプされて泣かない姉がどこにいる。






いくら逆上したからってあれはひどい。
今度という今度は許してもらえないだろう。
今までずっと甘えさせてもらってあれはない。

姉ちゃんは心理的に姉で本能的に母、というアンビバレントなところがいいのだ。
あれじゃあ姉ちゃんの母性を殺してしまったも同然である。
姉ちゃんに嫌われてしまっては元も子もない。

…待て、その発想は姉ちゃんの受けた心の傷を無視してる。
俺はどこまでも自分本位だ。
レイプ魔の癖に。

でもどうしよう。
俺は姉ちゃんに嫌われてしまっては生きていけない気がする。






父「おう、どうした首巻きなんかして」

母「ただいま~おねーちゃーんごはーん」

父「飲んだ帰りにメシ食うな」

弟「お帰り。姉ちゃんなら居ないよ」

母「えええええー!おなか空いたのに…」

父「アイツどこ行った?こんな早くから」

弟「知らない。風邪ひいたから今日は学校休んで寝るよ」

母「あら、風邪?じゃおかゆ作ったげるから食べなさい」






弟「え?」

母「おかゆ。食べれるでしょ?」


『おかゆ。食べれるでしょ?』


弟「あ、」

母「どしたの。泣くほど嬉しいか」

父「頭いてぇからもう寝るわ」

母「はいはいおやすみ。
  料理なんて久しぶりー部屋持ってったげるから戻ってなさい」

弟「う、うん」

母「風邪にはおかゆなんて誰が言い出したのかねー…」

弟「母ちゃん」

母「ん?」

弟「ありがとう」

母「はいはい」






母ちゃんの作ってくれたおかゆは、昔姉ちゃんが作ってくれたおかゆと全く同じだった。
ネギと生姜がこれでもか、と入っていて、ちょっとだけ鶏肉。
生姜は針生姜で、歯ごたえもいい。
醤油味で、ゴマ油の香りが食欲を誘う。

…ほんとに風邪だったらよかった。

弟「母ちゃんって、料理できたんだな」

母「当たり前じゃん。おねーちゃんがちっちゃい頃は、お母さんが毎日作ってたんだから」

弟「…それもそっか」

母「おねーちゃんに料理教えたのも、お母さんだからね」

弟「え?」

母「あんたの離乳食作ってる時、それアタシも作れるかな、だって。
  1歳になる頃はほとんどおねーちゃんが世話してたねーあはは」

弟「…ひでー親」

母「しかたないじゃない。
  その頃、ウチにはお母さんしか社員いなかったんだから」

弟「それにしたって、赤ちゃん連れて店出てるお母さんとか、よく見るよ」






母「家と会社離れてたからね。
  泊まりこむ事もあったし、託児所に迎えに行ける時間もないくらい働いたから」

弟「え?この家じゃないの?」

母「この家はあんたが3歳くらいの時に建てたのよ。
  横の土地がたまたま空いてねー」

弟「…そういえば、そんな気がする」

母「でももーその頃にはおねーちゃんが世話するのが習慣づいちゃってねー。
  託児所の送り迎えもおねーちゃんがやってくれたし、あやすのもおむつ替えも…。
  中学上がってからは家事全般おねーちゃんがやってくれてて、ほんと助かっちゃった」

弟「俺、母ちゃんに料理作ってもらったの、初めてな気がする」

母「初めてじゃないよ、絶対。忘れちゃった?」

弟「…姉ちゃんに作ってもらったことばっか思い出すから」

母「いやーさすがに包丁持つ時は手が震えたわ。
  数年ぶりだけどどう?変じゃない?」

弟「美味しいよ。姉ちゃんのおかゆそっくりだ」

母「あはは。おねーちゃんのがお母さんにそっくりなのよ」






それから一週間経っても、姉ちゃんは帰ってこなかった。
もしかしたらこのまま帰ってこないのかもしれない。
…電話しようと思っては、発信画面まではいけるんだけど、
…どうしても発信できない。

俺はどうしようもなくクズだ。
あんな事しといて帰ってきてくれなんて、虫がよすぎる。
父ちゃんに聞いたら、どうも持ち帰りの仕事があって、
友達の家でそれをやってるって事になってるらしい。

どうしようもなく傷つけた。
謝る事すらできない。






でもそれで勉強が手につかなくなっては、また姉ちゃんは心を痛めるだろう。
だから自分を奮い立たせて勉強だけは続けた。
模試もそれなりに頑張った。
手応えとしては悪くない。
友さんにもお礼のラインをしておいた。
どうも友さんには何も言っていないようだった。

…自分だけで抱え込めるような事じゃないはずなのに。

ここ1週間、毎日母ちゃんが料理をしてくれる。
母ちゃんの料理は姉ちゃんにそっくりだった。
むしろ姉ちゃんより美味しいかもしれない。
母ちゃんって凄いな、と思った。
姉ちゃんより母親らしい。

…ひょっとしたら、それは。
ずっと前から、当たり前なのかもしれないけど。






もう一度だけでいいから会いたかった。
会って謝りたかった。
…でも、謝るのは、俺のエゴだ。
謝るだけで心の傷を癒せるのなら警察はいらないのだ。
なので俺はいい加減姉離れをしなければならない時なのかもしれない。
このまま大学に受かって、それを手土産に姉ちゃんに会いに行こう。
うん、そうしよう。

姉ちゃんを笑顔にさせられるような何かがないと、
きっと会っても意味がないだろうと思うから――――






姉「よ。勉強頑張ってるね、感心感心」

弟「…って、はぁぁぁー!?」

姉「はぁ!?はないんじゃね?帰ってきてやったお姉さまに向かって」

弟「お、俺の…決意を」

姉「あんたにしこたま殴られた腫れが引かなくてね。
  勉強続けてるみたいで安心したわ」

弟「お、俺っ」

姉「何?」

弟「…その、ごめん。謝って、許してもらえるとは思ってないけど…」

姉「今更いーよ。許したげるから勉強がんばんな。
  模試も感触よかったって?」






弟「…うん。自分にしては、だけど」

姉「予備校もちゃんと行ってるみたいじゃん。
  気にして勉強やめてたらどうしようかと思った」

弟「…そしたら、姉ちゃんが悲しむ」

姉「偉い偉い。
  ま、アタシの事は気にせずにさ。
  今まで通り。あんたの姉ちゃんやっててあげるから」

弟「……………ごめん」

姉「夕飯まだでしょ?
  ご飯作ったげるから。何がいい?」

弟「…なんでもいいよ」

姉「そ。わかった」

弟「姉ちゃん、ちょっと待っ…」ガシッ






姉「!!!!」ビクッ






弟「………ぁ、」

姉「……………」カタカタカタ

弟「ご、ごめん、俺、その、」

姉「……なんでもない。勉強して」カタカタ

弟「ごめん、その、あの…」

姉「い、いいったら!気にしないで!」

弟「姉ちゃん!!俺っ……!!!!」

姉「……………ぃゃっ!!」






バチチチチチチチ!!!

弟「は?」






気付いたら夜中だった。
姉ちゃんの腕を掴んで、姉ちゃんが震えだした事は覚えてる。
それで、俺のした事が姉ちゃんの心に深い傷を残した事を思い知って、
パニクって姉ちゃんの両腕を掴もうとしたら、

なんか身体にトンデモネエ衝撃が走って、今に至る。

姉「あ。やっと起きたな、こいつめ」

弟「………あの、オネエサマ」

姉「ごめんごめん。やっぱ触られるとかは、無理だわ」

弟「…理解してます。ごめんなさい」

弟「それで俺は、なぜ気絶シタノデショウ」

姉「あ、ちょっとこれでね」

ぬ、とポケットからなんかを取り出す。
こ、これわーっ!
刑事ドラマとかでよく目にする、電極が先についていて、
スゲエ電撃で相手を倒せそうなこれわーっ!

弟「す、スタンガンんんん???」

姉「そ。男のあんたに力で勝てないというのは思い知ったからねー」






弟「俺はそれで気絶シタノデスカ」

姉「そうそう。力で勝てないから、姉ちゃんは武装する事にしました」

弟「ハイソウデスカ」

姉「なに、その顔。
  これがあるから安心してあんたと喋れるんだよ?」

弟「…相変わらず、発想が極端だなーと思って。
  だいたいスタンガン、俺に取られたらどうすんの」

姉「ご心配なく。その時はこれがあるから」

こ、これわーっ!
18万スコヴィル値の液体をスプレー状に噴出するこれわーっ!

弟「………催涙スプレー」

姉「他にも色々あるよ」ボトボトボト

弟「…よくわかりました。
  姉ちゃんには触りません。ごめんなさい」






姉「腫れ引いたし家に帰る、って言ったらずいぶんと青年に止められてね」

弟「やっぱ青年さんの家にいたんだ」

姉「そ。…なんもなかったよ?」

弟「うん。あの人、姉ちゃんの望まない事はしないって、言ってたから」

姉「アタシが望むと思わないのー?」

弟「……………ぅん」

姉「あはは。レイプ魔を挑発するのはやめとくか」

弟「も、もうやめてくれよ。ごめんって。気絶するのはごめんだ」

姉「はいはい。そんで、護身グッズを大量にもらったわけです。
  あんたにもう一度襲われる、って事は信じたくないけど、
  …フラッシュバックするかもしれないと思ったから。
  持ってるだけで安心できるならいいかなって」

弟「うん。…いいと思う。
  俺のした事だから」

姉「そうだ、パパとママが居ない時はアタシも家空けるからね。
  あと、部屋に鍵つけるから、夜中に用事ある時は電話かノックして」

弟「わかったよ。ありがとう、姉ちゃん」

姉「なにがありがとうなんだか」

弟「あんな事した俺の、姉ちゃんでいてくれて」

姉「そりゃそうだよ。
  殺されたって、あんたの姉ちゃんなんだから」ニカッ






俺の姉ちゃんは、やっぱり俺の姉ちゃんだった。
…きっと、相当無理をしてるんだろう。
それでも許してもらった事は、とても嬉しい。

…この先また姉ちゃんを襲おうなんて、絶対ないと思うけど。
前向きで、どこまでも俺の事を思ってくれている姉ちゃんを、
また裏切るような事は絶対しないと誓えるけど。

やっぱり、姉ちゃんの事が好きだ。
それはずっと変わらないと思う。
でも、それは不変ながらどこかで、
断ち切らないといけない感情なんだ。

ま、初恋は破れるもんだって聞いた事あるし。
本当は、

姉ちゃんが姉ちゃんであるだけで、俺は幸せだったのだ。



今日の分終わりです。

>>167-173

レスありがとうございます。
励みになります。
世の中の初体験の半分は、レイプってほどじゃないけど男からけっこう無理矢理、だそうです。
若き情欲って恐ろしいわ!!
でもレイプは駄目ありえん。


俺の好み的には今後弟と姉が結ばれるのが嬉しいが普通に考えて弟は許されちゃいけないよな笑
レイプ未遂ってだけでも十分パンチもんなのに相手が育ててくれた実の姉だからな
俺が姉なら2度と口はきかないだろうな


不器用な姉弟やでと思ったが青年も不器用だったぜ
どんな形でもいいから皆幸せになれと思うが
作者さんの思うまま続けてください

レイプ未遂は自業自得としても、恋といい抱えた歪みといい、報われないなぁ、弟
このままじゃ勉強始めた理由すら無くなるし

青年の株が相対的に急上昇

自殺とか接触を一生絶つとか期待したけどこの姉弟だしこんなもんか

弟の行動は間違い以外の何者でもないけど、間違いに走らせた原因が原因を考えると、可哀想ではある

多数のレスありがとうございます。
励みになります。

>>194
弟のした事はこれから償われるのです。
ご指摘の通り許される事ではありません。

>>195
実は一番小器用に恋愛できるのは弟かもしれません。
出来る限り全員の幸せを模索していきます。
ありがとうございます。

>>196
弟の勉強する理由は友2を越える事、から姉を笑顔にする事、に変わりつつあります。
欲をかいてしまっただけで弟は最初から幸せだったのです。

>>197
ライバルが勝手にコケてくれましたから…w

>>198
自殺なども考えましたが話が終わってしまいます。
加えて姉なら許すと思いました。
普通では許されない行為なので許す口実を考えるのに苦労しました。
ご期待に添えず申し訳ありません。

>>199
思春期パワーには敵いませんなぁ。


今日は思ったより早く帰れたのでこれから書きます。
更新は25時ごろのつもりです。
よろしくお付き合いください。


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―――――――――――
――――――

炎暑ことのほかきびしい中、いかがお過ごしでしょうか。
今年も例年以上の猛暑との事、先が思いやられますね。
私どもは家族一同、いたって元気…ではありません。
父はピットのスポット送風機から動きませんし、
母は事務所から全く出てきません。
あと私の部屋にはいつになったらエアコンがつくのでしょうか。
扇風機のみでは限界があります。
単語帳の赤シートは熱で曲がってしまいました。

そんな折姉だけが元気です。
この間海に行ってきたそうです。
私も姉の水着姿を堪能したかったのですが、姉の同僚たちに混じってもきっと楽しくないでしょう。
羨ましくなんてありません。
学生の本分は勉強であります。
この夏、近所に市立図書館ができましたので、涼みがてら毎日勉強しております。
予備校の夏期講習にも参加して、とても充実した毎日を送っております。

この暑さはまだしばらく続きそうです。
くれぐれもご自愛くださいませ。





毎度遅くなってすみません。
今日の分投下します。



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――――――

姉「ベッソー?」

青年「そう」

あれから3ヶ月、よく青年と一緒にいる。
というのも、アタシが男に触ると突然震えだすようになってしまったので、
そーゆー時、青年に頼るようになってしまったからである。

青年にもらった護身グッズたちはまだ活躍の場は与えられていないけど、
なぜかいつも携帯してしまう。
言うなればスタンガン依存症である。バカみたい。

触っても平気なのはパパと、あと青年。
でもちっちゃい子とかは平気。
電車にも乗れないので通勤をバイクに変えたら、
この間飛び出してきた車を避けて盛大に転倒してしまい、
幸い無傷だったけど、
青年の勧めで会社の近くに月極駐車場を借りる事になってしまった。
出費が痛い。

男性恐怖症に気付いたのは、家に帰った3日後。
弟だけに限った話かと思っていたら、外回り中に手帳を落とし、
サボってた高校生に呼び止められ、
腕を掴まれた瞬間に震えが止まらなくなって座り込んでしまい、
パニックになって青年に電話してしまった。
青年は仕事中なのにすぐ来てくれた。
手を握ると震えは止まった。
でも歩けなかったので、近くのホテルで休んだ。
その間ずっと青年にくっついてた。

こりゃあんたと結婚するしかないね、と軽口を叩くと
青年はとても辛そうな顔をした。

悪いこと、したと思う。







この事は誰にも言ってない。
弟はもちろん、パパとママにも。
幸いパパには触っても平気なので、よく肩揉みなんかをしてあげてる。
気付いてからわかったことがいくつかある。
定期的に青年にくっついてないと悪化する。
触られた事に気付かなければ平気。
弟と似た背格好は特に駄目。
高校生はもってのほか。
肩を叩かれるくらいなら胸が苦しいくらいで済む。
「腕を掴まれる」「頭をなでられる」とかの強めの接触が駄目で、
そうなるともう蹲ってしまい、青年が来てくれないと動けなくなる。
男女関係なく服を引っ張られると服が破れる幻聴が聞こえる、などなど。

心理的には立ち直ってるつもりなので、
きっともっと深いところに傷が残っているんだと思う。

参ったなぁ。
弟の事は、ちゃんと考えてるんだけど。
あれから弟はちょっとどうかしてるんじゃないかってくらい勉強してる。
○大より上を狙えるんじゃないか、と友にいわれた。
本人にその気があれば、と前置きした上で。






何度かカウンセリングに行ったけど、結局時間に任せるしかないそうで、
まぁどうせ結婚するつもりもまだまだないし、
弟が大学に受かってからゆっくり考えようと思った。
青年には凄く迷惑かけてしまっていて、申し訳なく思う。

姉「ベッソーってなに?」

青年「別荘だよ、別荘。
   親父が買ったヤツ、放置されてんの」

姉「なにしに行くの?」

青年「避暑」

姉「軽井」

青年「沢」

姉「まじで」






姉「軽井沢の別荘なんて、ドラマでしか聞いた事ないわ」

青年「ずっと使われてなくてさ。
   この間電話したら、好きに使えだと」

姉「家族と電話するんだ。意外」

青年「普段ならしないって。別荘どうなってんだろうと思ってな」

姉「へー。行ってらっしゃい」

青年「なんでそうなんだよ。
   どう考えてもお前も誘われる流れだろうが」

姉「は?なんで?」

青年「一人で別荘行ってどうすんだよ」

姉「風とお話する」

青年「人と喋ればいいだろうが」






姉「なんでアタシなわけ」

青年「…いや。
   リフレッシュになるかと」

姉「…ふーん」

青年「嫌ならいいんだ」

姉「…行く。
  あんた居なかったら困るし」

青年「いや、お前が行かないなら俺も」

姉「行こ行こ。いつ?」

青年「……………。
   盆前か後に有給取れるか?盆は墓参りだろ」

姉「取れるよ。後がいいかな」

青年「じゃ、業者に頼んどくよ」

姉「業者?なんで?」

青年「掃除してもらわないとな」





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――――――

残暑お見舞い申し上げます。
立秋を過ぎましても、なお厳しい暑さが続いております。
おかわりなくお過ごしでしょうか。

今年は俺の高校生最後の夏休みとなるため、
家族全員で亡くなった祖母の実家付近への旅行を計画しました。
しかし姉は盆明けに別の旅行を計画しているとの事で、結局いつも通り、
祖母の実家を掃除するだけの4日間でした。

両親はそのままどっか行ってしまい、仕方なく俺だけ家に帰ってきました。
寂しいです。
しかし受験生である我が身、うつつを抜かしていられません。
今日も今日とて勉強であります。
そういえば、高校の友人の弟友も、実は○大を目指しているようです。
なぜかはわかりません。

まだしばらく暑さが続くようです。
どうかご自愛ください。







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――――――

姉「…なに」

姉「…ここ」

青年「何って別荘じゃん。
   木造は涼しいな」

姉「いや、なんで広さがアタシんちの倍あるの?」

青年「元々父方母方のジジババと両親とクソ兄貴で泊まるつもりだったからだよ。
   だから部屋も2階に4部屋ある。
   ただまぁ2階に上がるのも面倒だし、お前が寝るのは1階の客間でいいだろ」

姉「へ、へぇー。
  なんで放置してんの?」

青年「翌年海外に建てたらしいから」

姉「…あっそ」

青年「俺は行った事ないんだけどな」






別荘は、もう、これぞ軽井沢ー!って感じの、
カラマツの木立を抜けた先の洋館だった。
玄関を開けるとプロヴァンス風の可愛い調度品が並んだ広々としたLDKがあり、
キッチンは無意味にアイランドキッチンだったり。
謎のカラオケセットなんかが建てられた時代を感じるが、
お風呂なんかもー超広くてジャグジーつき。
スイッチひとつでシェードが開けば爽やかな自然を感じさせたり、
小振りなサウナまでついてたりする。

螺旋階段で2階に上がるともうここって大正浪漫?って感じの天井がステンドグラスになってる豪華な廊下があり、
左右に並んだ4つの部屋は廊下の開放感を損なわないように少し奥まった扉になっていて、
廊下を抜けた先には大きなテラスがあるかと思いきやガラス張りだった。
かとかと思いきやガラスはリモコンで開くらしい。
やったね。BBQできるよ。

だいたい避暑地なのに暖炉はどうかと思うし、
機能性を全く無視したロココなドレッサーはいちいち水滴を拭かないと腐るらしい。
その横に鎮座する雰囲気ぶち壊しの洗濯機が哀愁を誘う。

姉「…あんたって、ほんと、」

青年「メシないから買い出し行かないとな」

姉「…わかった、もう」

コイツめ。
天然なのが腹が立つ。






青年「スーパーは新軽井沢の方だからちょっと時間かかるみたいだな」

姉「ご飯なにがいーの?」

青年「外食でもいーけど。
   軽井沢、俺も来た事ねーんだ。
   店は調べてあるが、アドリブになっちまうな」

姉「どっちでもいーよ。
  運転疲れてるだろうしご飯作るよ」

青年「1週間あるし焦らなくてもな。
   テニスまだできるか?」

姉「やだよ勝てないし。
  卒業してから、一度もやってない」

青年「裏にテニスコートあるから気が向いたらやるか」

姉「やだって」






姉「じゃ、おやすみ」

青年「おう。2階の右手前だから用事があったら呼んでくれ」

青年が部屋に戻ってしばらくすると、街では味わえない無音の空間になった。
厳密に言えば無音ではない。
虫の鳴き声とか、木々がざわめく音だとか、耳をそばだてれば思いの外様々な音を感じる。
あれはリスだろうか。
木々を飛び回る足音がする。
フクロウの鳴き声。
とても遠くに聴こえる車の音がとても目立つ。
だから無音じゃない、けど、無音だと感じるのは、
人は自然の音にこそ無音を感じるのではなかろうか。
要は人の気配を感じるからうるさいんだな、と思ったら、とても気が楽になった。

客間のベッドはとてもふかふかで、少し気を抜けば海の底に沈んでしまいそう。
ここは森の中なのに、深い海の底で、上か下かもわからずに浮かんでる感じ。
ああ、これはいいなぁ。

誰かと一緒なら、きっともっと深く愛し合えると思うんだけどなぁ。

で、その誰かって誰だったっけ?
あなた?それとも、アタシがまだ知らない人?
それともまだ気付いてないだけ?

わかんない。もういいや。
もう寝よう。
呼んでも、こう海が深くちゃ届かないだろうし――――――






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――――――

青年「今日は外食にしよう」

姉「どしたの、急に」

青年「いや、たまにはさ。
   外食でもしないと、家にいんのと変わんないじゃん」

姉「いーよ。ここに滞在してるだけで、じゅーぶん」

青年「じゃ、今日は俺がメシ作るよ」

姉「やだ。ここに泊まらせてもらってんのに、料理くらいさせてよ」

青年「じゃ、外食で」

姉「どうせあんた全部払うんでしょ。やだ」

青年「……………」

姉「………………」

青年「わかった。テニスで決めよう」

姉「はぁ!?」

青年「まだできんだろ。
   俺が勝ったら外食」

姉「…はぁ。わかった」







青年「じゃ、外食で」

姉「…………くそぅ」ハァハァ







姉「言っとくけどアタシテーブルマナー知らないよ?」

青年「そんないいとこじゃないよ。
   俺も焼き鳥とビールの方が好きだし」

姉「怒るよ」

青年が選んだ店はリーズナブルな洋食店だった。
昼にはもう予約してたらしい。
要はアタシにテニスで勝つ事を見越してたわけだ。
腹立つけど、青年のエスコートはとてもスムーズで、
どこに行っても何かを待った事がない。

青年「コースでいいだろ」

姉「…お箸なんだね」

青年「嫌か?」

姉「いや、いい。アタシパスタもお箸で食べるから」

青年「あーわかるわ。俺、丼モノはスプーンで食べたい人」

姉「ね。ステーキとかだと話は別なんだけどね」






姉「でね、幹事っつってもほとんど連絡しかしてないわけよ」

青年「余興はなにやんの?」

姉「フラッシュモブだって。時間かかるからやめなっつったけど」

青年「俺、1回見た事あるけど、あれ相当めんどいぞ。
   流行りももう廃れたし」

姉「まぁやる気になってんなら…って思って。
  色々案出したけど、あとは歌で終わり」

青年「ありがちだなー」

姉「要は祝う心だよね。内容は関係ないし」

青年「披露宴は?」

姉「特になにも考えてないよ。
  服どうしようかなってだけ」






会話は弾む。
別荘じゃほとんど会話がなかったから。
アタシは、今病んでるんだと思う。
あの洋館が静かすぎるのが悪い。
青年の生活音すら癇に障る。

…ストレス、溜まってんのかな。

青年はそんなアタシの心を見透かしたかのように、
必要以上の事をしようとしない。
リビングで本を読んでるだけ。
物音ひとつ立てずに。

青年「…で、俺の同期入社のやつがいてね」

姉「元マネの人でしょ?」

青年「デューデリの経験が豊富です、って自信満々で入社したんだが、
   こないだ会議で年度末をネンドミって読んだ」

姉「あはは。バカじゃん」

青年「まぁ、この年度末定礎式って書いてあったわけよ」

姉「ねんどまつていそ?ああ、未定って読めなくもないね」

青年「年度末に定礎式、って書くべきだな。
   プライド高いヤツだから、顔真っ赤にして震えてたわ。
   先生をお母さんって呼んだヤツみたいだった」






姉「あはは………ねぇ」

青年「ん?」

姉「アタシここ、好き。また誘ってね」

青年「…いいよ、また来よう。
   今はオンシーズンで人多いけど、もっと静かなシーズンも―――」

姉「ふうん。静かで好き、とは言ってないけどね」

青年「……………」

姉「あんたはなんで、こんな事ができる、の」







青年「………さぁ?」

姉「アタシ、あんたに甘えてる」

青年「……………」

姉「これじゃ、駄目だと、思う。
  最近、疲れちゃってたから。
  ここの静かさで、ほんとに楽になった。
  …でもここは、あんたが用意してくれた場所だから。
  …ほんとのアタシの居場所じゃない」

青年「…重要なのは、心の置き場所だよ」

姉「あんたはアタシの事なんでも知ってるんだね」クス

青年「そんなつもりはないけど」

姉「あんたが別荘で静かなのも、アタシが日がな一日寝てる理由を、
  あんたならわかってるからでしょ」

青年「…俺、休日はあんなもんだよ」

姉「じゃ、なんでアタシ誘ったの。
  それなら、来る必要、ないじゃん」

青年「…だから今外食してんだろ」






姉「…ああやって、一日静かなところで寝てたら、
  …心はどんどん楽になるけど。
  …同時に、なにか澱みみたいなものが、溜まってく気がする。
  しょーじき、限界だったんだ。
  だから、ほんとは外食、したかったけど。
  …アタシって、意地っ張りなんだね。
  なにか理由がないと、誘いにも、乗れないんだ」

青年「…考えすぎんなよ」

姉「アタシ、多分あんたの事好きなんだと思う。
  自分ですら、まだわかってないけど。
  アタシが触れる男はあんただけ、それだけでもう好きになるしかないのかな。
  でもこれが、感謝からの責任感なのか。
  あんたの長い間の求愛に絆されたからなのか。
  …今アタシが、傷ついてるから、甘やかしてくれる人に転んだのか」

青年「俺は、そんなつもりで優しくしてねぇよ」

姉「アタシ、もうどうしていいか、わかんない」ジワ

青年「…っ、もう、出よう」

姉「……………」

青年「…考える時間は、ゆっくりあるんだ。
   俺も、出来る限りの事は、するから―――」

青年はいつも優しい。
アタシにだけ。
それは、嫌というほど知ってる。
…なのできっと。
何が起こっても、守って、くれると思って―――






「う、うるさい!アイツの話はするな!!!」


「友2の話は!!!!」


突然、近くのテーブルの客が、そう声をあげた。




今日の分終わりです。
推敲に時間をかけすぎて、思ったより進みませんでした。
沢山のレスありがとうございます。
明日は恐らく更新できないので、少し先になります。
申し訳ありません。


個人的に姉弟もののSSを見すぎてきたから弟と姉がくっつくっていう展開にならなそうなのがちと寂しいな笑
でもめっちゃ惹かれる文章だから読んでて面白いぞ

このままの勢いで頑張ってちょ

>そういえば、高校の友人の弟友も、実は○大を目指しているようです。
よし、そのままくっついちゃえ!

姉に会うことも触れることも出来ず、勉強を止めることは姉への攻撃に他ならないから勉強するしかない弟
限定的ではあるが男性恐怖症とトラウマに苛まれる姉
姉に救われたがために、自分の幸せは顧みず姉を救うことに全てを注ぐ青年

なんかもう痛み分けだなコレ
そしてここで友2、どうなることやら

こんばんは。
今日は早めの更新です。

投下終わったら今日中にまた続き書きます。
よろしくお付き合いください。

>>223-225
応援レスありがとうございます。
励みになります。




姉「…全部、わかったよ」

青年「違うんだ、姉」

姉「わかってる。騙すつもりなんて、なかったって事は」

青年「…これは、偶然だ。行方は、本当に知らなかった」

姉「………名前」

青年「…………」

姉「名前を、結局言わずにごまかしたね。その意味が、わかった」

青年「…違うんだ。本当に、危険なんだ」

姉「…………税理士はいくらでもいるのに。…なんで」





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――――――

父「おう、弟、出かけるならこれ出してってくれ」

弟「帰ってくるなりなんだよ。帰りに郵便局寄れば良かったじゃん」

父「家にあったんだから仕方ねぇだろ」

弟「なに?これ」

父「うちの税理士の先生がな、しばらく遠方に滞在するから、
  記帳の資料を郵送してくれだと。
  ちょこちょこ郵送先は変わるが、ここ2年はそんな感じだ」

弟「へー。そんなやり方もあるのか」

父「長年うちに来てもらってるからな。勝手はわかるだろうし、
  なにかあっても電話で大丈夫だそうだ」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

姉「…………っ」

青年「待て、とにかく落ち着いてくれ。頼むから」


「大体、アイツはもう死んだだろう。俺には関係ないんだ。全く」


姉「!!!!」ガタッ

青年「待て!姉!」


税理士「おや?確か父のところの娘さんじゃないか」

姉「…………ご無沙汰しております。こんなところでお会いするなんて」

青年「…………くっ」

税理士「ははは、今年は春先から暑かったろう。
    ○○ホテルの顧問税理士って事で、軽井沢○○ホテルに長期滞在できとるんだ」

姉「…そうですか。また一度、うちにいらしてください」

青年「……………」

姉「では、これで」

税理士「ああ、いつまで居るんだ?スケジュールが合えばどこかで夕食でも」

姉「………あいにく、連れがいますので」

税理士「そうか!残念だな、ははははは!!」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

迂闊だった。
あの税理士はパパが昔悪さをしていた頃に出会ったらしく、
…どう見たって狸親父だが、その眼光は猛禽類を思わせるほど鋭い。
長年我が家の税務処理を請け負ってくれてはいるが、簿記の苦手なパパが、
どこまでその業務を把握しているかは怪しいもので、
…まぁ、うちがそれなりに上手く行ってる点では信用の置ける人物ではあるのだが…。

アタシは何度となくあの狸親父に誘われた事がある。
高校に上がってからその頻度は高くなり、
ゴルフに誘われたり、うちで夕食をする時は隣の席を強要したり、
半ばコンパニオンのような扱いを受けてきた。
…アタシもアタシで、パパの頭が上がらない人物ということで
それにも甘んじてきてしまっていた。
パパはそれとなく守ってくれるんだけど、
あの人の悪癖という事で多少の事は許してしまっていて、
…腰に手を回されたり、お尻を触られたりといったセクハラまがいというか
セクハラそのものの事はパパは知らないはずだ。

アタシはとにかくあの人が苦手で、大学を卒業してからは一度も会ってなかった。
…だからまさか、うちの顧問税理士が○○ホテルの顧問税理士も兼ねてたなんて、
知るよしもなかったわけだ。






姉「……………」

青年「…よく、堪えた。黙っててすまない」

姉「…わかってたから。追及したって、どうにもならないって事くらい」

青年「あの男は、親父さんとこの税務処理を一手に請け負ってる。
   …お前が下手に追及すれば報復される可能性もある」

姉「……………」ポロ

青年「すまない。…いい手が浮かべば、行動に移すつもりではいたんだ。
   まさか、ここで鉢合わすなんて」

姉「………あんたが居たから。
  あんたが居たから、我慢できた」

青年「……………」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

バタン

姉「…………」ボフ

青年「寝るのか?」

姉「…シャワー浴びてから」

青年「そうか。…俺も、できる限りの事をするから、
   あんまり悩まないでくれ」

姉「…わかってる。ごめん、しばらく話しかけないで」

青年「…すまん。部屋に戻ってるよ。用事あったら―――」

姉「…………」キュ

青年「?」

姉「話しかけないで。…でも」

姉「そばに居て………お願い……」






姉「……………」ギュウウ

青年「うぐ、ちょっと苦しいって」

姉「喋んないでよ」

青年「…………」

姉「…こうしてないと、自分を抑えらんない」

青年「…………」ナデ

姉「アタシって実は依存体質だったんだ」

青年「…………」クス

姉「…脆くなって初めて気付いた。今まで恵まれすぎてたのかもね」

青年「元気ない時はそれで当たり前じゃん」

姉「喋んないで」

青年「…………」






姉「ねぇ」

青年「?」

姉「抱いてよ」






青年「…………」ギュ

姉「…そんだけ?」

青年「…………」クス

姉「ヘタレ」

青年「…………」コショコショ

姉「くっ、んひゃはははははは!!!」

青年「ぷっ」

姉「なにすんだこのバカ!!」ポカポカ

青年「くっくっく…」ギュウウウ

姉「こら、く、苦し」

姉「い、ん」






青年と交わした9年ぶりのキスは、夕食で食べたフリットの赤ワインの味で、
淡い整髪料と、少し汗ばんだ香りがした。
アタシだってあの一晩は、コイツの事好きだったのだ。
あの時は、歳のせいもあって手慣れた行為に期待したけど、
遊んでる割に高校生みたいなセックスするなぁ、と思った。
でも立場が変われば人も変わる。

何度も処女みたいにキスをせがんだ。
寄り添った体が離れる度に不安になった。
コイツめ、一言も喋らない。
そりゃ確かに喋んないでっつったけど、
愛してるの一言もないとはなにごとか。

最後まで言葉はなかったけど、
その分青年の気持ちに身体ごと触れられた気がして。
体が離れる度にキスをせがむ年増の癖に少女みたいなアタシを、
青年の体が何度も包み込んで、
無遠慮に体の奥深くに踏み込まれて、頭の先までとろっとろにされて、

それでコイツ、今までひとっことも喋らなかった癖に、耳許で囁くわけですよ。

青年「一人には、させない。絶対に」

だってさ。
困る。
ちょうど、コイツが居ないと生きていけないって思い始めた時なのに。






――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年「……………」スー

姉「……ありがと。ごめんね」






――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


青年が寝付いたのを確認すると、着替えて洋館を出た。
…なんとなく荷物に入れた、デート着。
本当はコイツのために着たかったけど。

タクシーを見送ると、駐車場へ向かう。
税理士の乗ってる車は知ってる。
メルセデスベンツ、W212、E63の白。
なんせパパが引っ張ってきた車だし。

ケータイで軽井沢○○ホテルの一番金のかかるところを調べたが…。

姉「…こんなにあっさり見つかるなんてね」

ちょうどいい。
税理士がエントランスホールで秘書になにか言いつけてる。

姉「…またお会いできましたね」

遠慮なしに声をかける。
この男なら秘書をほっといてアタシに構うはずだ。

税理士「おや、娘さんじゃないか。姉くん、でいいのかな?」

姉「ええ。覚えて頂けていて光栄です」

税理士「どうしたんだ、こんな夜更けに。
    宿泊場所まで送ってあげよう」

姉「いえ、連れが寝てしまいまして。
  退屈なのでよければお付き合い頂けないかと」

税理士「…ほう」






こいつの、人を品定めするような視線が、昔から嫌いだった。
足の先から、髪の毛一本まで、ひとすじの視線で全身が舐め回されているみたい。
…今のアタシには、それが少し、きつい。

税理士「…それで?よろしいが、何をお付き合いしようかな」

姉「今夜は、少し酔いたくて。
  軽井沢といっても、蒸しますから」

税理士「なら自分がよく使うバーに行きましょう。
    月並みな店ですが、腰を落ち着ける事ができる」

姉「…いえ」



姉「………お酒は苦手なもので。
  すぐ寝付ける場所が、良いです」






税理士「…ふう、ん」

姉「構いませんか?」

税理士「くく、何を企んでいるのやら。
    酔うというのは若さにか。ははは」

姉「あなたのお部屋なら、安心して寝付けます。
  父のご友人ですから。知らぬ顔ではありませんし」

税理士「そうだな、君の父さんを裏切るような真似は、俺にはできんなぁ」

姉「…………っ」

税理士「そう思い詰めた顔をするな。
    可愛い友人の娘の頼みだ。聞かんわけにはいかんな」

姉「…申し訳ありません。お邪魔させて頂きます」

税理士「なに、狭い部屋だが、部屋にバーテンダーを呼ぶ事もできる。
    思い出話にでも花を咲かせよう」

姉「…そうですね」

姉「………………思い出話、などに」

青年、ごめん。
あんたの事、凄く好きなんだけど、
やっぱりこれが終わらないと。
あんたと、ちゃんと向き合えないから。

…不器用で、ごめん。



次回更新は23時くらいです。
よろしくお付き合いください。

乙乙




――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


「お前、なんでいっつもつまんなそうなんだ?」

―――だって。入りたくて入ったサークルじゃないし。

「もったいねーよ、会費も払ってんのに。
 別の楽しみ方もあるんだぜ」

―――ほっとけよ。友達と喋れるだけでいいって。

「いやいや。ほらこっち来いよ。2階」

―――うっせーな…ちょ、ちょっと!

「な。ここからだと、ハコ全体見渡せるんだよ」

―――ほ、ほんとだ。

「ほら、あそこアド交換してる。
 あの子なんか順番待ちだぞ、うける」

―――うわぁ。…まんざらでもない顔してるし。キモ。






「さっきからここでお前見ててさ、
 お前が群がってくる男全部バッサリ切ってんのが面白かったよ」

―――…ずっと見てたの。

「見てたよ、面白いから。
 だいたいなんでここ入ったんだ?」

―――先輩との入会賭けた勝負で、負けたから。

「へー。もしかして青年さん?」

―――うん。たまたまテニス部だったから。

「あの人すげぇ遊んでるからさ、気をつけろよ」

―――余計な心配だし、それ。うざ。

「まー、それでも…。一応社交辞令的に、世間話としてはくだらなくはないだろ」

―――まぁね。…あの子は?

「あの子はね、1浪なんだけど―――――」






―――楽しかった。サークル、知らない人だらけだし。

「そりゃよかった。ま、興味の湧いた人とだけ話せばいいんじゃね?」

―――で、あんたの事聞いてないんだけど。

「…ちぇ。友2ってんだ。一応、お前と同期だよ。学部も同じ」

―――ちぇってなんだよ。

「…いや、このまま名乗らなければ、俺の事探してくれるかなって」

―――安心しろって、どうせなんだろーと探さないから。

「はいはいわかってるよ。じゃ、またな」






「よう」

―――ああ。誰だっけ。

「友2だよ。今日はどうなんだ?」

―――あんたに聞いた面白そうな子たちと喋ってた。
   女友だっけ?あの子、いい子だね。

「だろ。前よりは楽しめてるみたいだな」

―――感謝してる。あんた居なかったら、こんなに楽しめてなかった。

「お、おう。素直に褒められるとびびるな」

―――今日はあんたの話聞かせて。出身とか、実家の話とか。

「いーけど多分つまんねーよ」






幸せな家庭を築くのが夢。
娘1人息子1人、週に1度は家族でお出かけしたい。
自宅は都心から少し離れた住宅街にある一軒家がよくて、
お互いの両親とも仲がよく、さりとて仲が良すぎずが理想。

父の跡を継ぐのが夢。
自宅は地元じゃちょっとした鉄板焼き屋で、テレビにも紹介された事があるらしい。
職人肌の父親は収益をしばしば無視するので、そこを自分がサポートしつつ、
父親の全てを受け継ぎたいという。

今いる友人たちは50年後も友人で居て欲しい。
思い出のページは決して色褪せないと信じてる。
恋人とは毎日電話をしたい、喧嘩しても愛情を忘れたくない、
遠いいつかに二人で笑って眠るように死にたい。

そんな数々の夢を語る彼を、アタシは微笑み頷きながら眺める。
ずっとそんな日が続くと思ってた。

彼は行動的で喜怒哀楽が激しく、
しばしば当時まだ小学生だった弟を思わせた。
アタシよりひとつもふたつもペースが早い。
いつか手を引かれるアタシの手を離し、アタシが追いつけない速度で
去っていってしまわないかと、いつも不安だった。

でも彼は、いつもアタシの歩幅に合わせた。
一点の曇りなく愛し愛されていると確信できた。
そう言い切れた恋だった。






税理士「なにか買っていくものはあるかね?」

姉「…いえ、特に。ルームサービスで事足りるでしょう」

こいつは、友2の行方を知っている。
早く聞き出して帰らないと、前のように青年が迎えに来てしまう。
…あの人は、アタシがいない事にすぐに気づくだろう。
どこに行ったかを瞬時に判断し、居場所を突き止めてしまうだろう。
そして涙を堪え、アタシの事を責めるに違いない。

今のアタシは、青年の事が好き。
友2への想いも捨てきれないけど、それ以上に青年が好き。

…だから、捨てきれない友2への想いに、決着をつけなければいけない。
あの人に会いに帰るために。
あの人と結ばれるために。

こいつが死んだと言った、友2の行方を確かめて。






税理士「ここだ。入りなさい」

姉「お邪魔、します」

部屋は最上階のスイート。
…一介の税理士が滞在できる部屋じゃない。
ブロアバスや広いバルコニーが、陳腐ながら豪奢さをわかりやすく演出している。

税理士「なにか頼むんだろう。
    メニューに目を通せば早いが、思いついたものを持ってこさせた方が気分がいい」

姉「ええ。なにか、頼みましょう」

税理士「そういえば昨日の酒がまだ残っていた。俺はそれに…」

姉「……………ッッッ!!!」


   ドン   







税理士「…なんの真似だ?」

姉「…こたえて、もらいます。
  友2の行方を。生死を」

税理士「友2か。スタンガンなんぞ持ち出しおって。
    これでどうする気なんだ?」

姉「いいから答えなさい。
  正直に喋らなければ、このまま心臓に向けてこれを使います」

税理士「…そうか。
    要はお前は、俺を脅しているわけだな」

姉「答えろ!!!
  彼はどうして死んだの!?」

税理士「その口振り、恋人かなにかか?
    全く、勇ましい恋人がいたものだ。
    それで?俺が正直に喋らなければどうするって?」

姉「………」ギリッ

税理士「わかったわかった。
    あー、友2だな。あいつか。
    あいつの事ならなぁ」

姉「………」

税理士「いや、忘れてしまったなぁ」



姉「――――ッッッ!!!!」

バチチチチチチチ!!!!





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年「…………」

青年「…………っ!」ダン





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

姉「―――――え?」

税理士「ふぅ」

スタンガンを持った手の腕は、いつの間にか税理士の大きな手に掴まれていた。
アタシがスイッチを入れるより早く。

税理士「こんなもんか。脅しというのは、いつ撃たれるかわからんって事が重要だ。
    こんな安い挑発に乗るようじゃ、脅しとは言わんよ」

姉「―――ぁ――――」カタカタカタ

まず、い。
必死で堪えてたのに、こんな時に。

税理士「…なんだ、小娘。
    これからじっくり立場をわからせてやろうと思ったのに、既に壊され済みか。
    …しかし中途半端にやったもんだ。
    なに、朝方には素直になっている事だろうが」

姉「……ぃ、………ゃ……」カタカタ

税理士「そもそもスタンガンじゃなかなか人は死なん。
    どうせ死なんものを、脅しに使う時点で底が知れとる。
    大人を舐めるなよ、小娘。この程度の事、よくある話だ」

バチチ!!

姉「あああああああああ!!!!」

税理士「通電は出力を絞って激痛が走る程度がいい。
    脅しに使うなら拳銃にしろ。リスクある行動も抑えられる」

バチチ!!

姉「あああ!!!いだ、あああああああ!!!!!!!」






税理士「悪いがロープもテープもなくてな。
    お前の服で構わんか」ギリリ

姉「あぎ、…ぅぅ…」

税理士「さて、喋ってもらおう。
    俺と友2の関係をどこまで調べた」

姉「……………」

バチ!!!

姉「きゃぅっ……ッッッ」

税理士「…耳障りだな。…タオルでいいか、噛んでいろ」

税理士「まぁ、今は答えなくても構わん。先に聞いたのはお前だったな。
    友2なら、俺が殺したよ」

姉「ふーっ、ふーっ」

税理士「アイツには知られてはならん事をやってもらっていてな。
    …調べがついているのか知らんが、大体想像の通りだ。
    お前が恋人だったとは、迂闊だったが。
    死体は犬に食わせた。
    残った分は砕いてコンクリと混ぜて海にポイ」






姉「~~~~~!!!!」バタバタ

バチィ!!

姉「――――!!!!!!!!!!!」

  くた

税理士「身寄りが無いというのはこういう時便利だ。
    まぁそれでは死んだ証拠も残らんからなぁ。
    …ああ、これだ。ヤツのレストランでの名札だ」

姉「!!!!!!!」

税理士「正真正銘ヤツの血だよ」

姉「~~~~~~!!!!!」

税理士「最後に電話をかけたがっていたな。
    あれはお前にだったのか」

姉「~~~!!!~~~~!!!」ポロポロポロ

税理士「おとなしくしろ」

バチィ!!

姉「~~~!!」ポロポロポロ






税理士「…お前がなにを震えだしたのかは知らんが、
    完全に壊される前にやめてしまったんだろう。
    朝までまだまだ時間もある。
    なに、朝になる頃には気持ちよく喋れるようにしてやる」グイ

姉「……………」


prrrrr......


税理士「…ち、なんだこんな時に」


prrrrrrrr......pi.


税理士「………なんだ、後にしろ」

税理士「…車が?明日にしろと伝えてくれ。

    …………!?」



『えー、○○○監査法人の青年と申しますが』



今日はもうちょい頑張ります。

やだ、青年さんカッコイイ濡れちゃう……

青年かっこ良すぎるだろ

スレタイの弟活躍しなさ過ぎて空気



――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年「すみません、車をぶつけてしまって」

フロント「さ、さようでございますか。
     どちらにお停めになられていましたか?」

青年「白のメルセデスベンツ、W212、E63。ナンバーは○○-○○」

フロント「…税理士、様のお車ですね」

青年「(ビンゴ)」

フロント「わたしなら、黙っています。少し厄介な方ですから」ヒソ

青年「…どうしても良心が咎めたら?」

フロント「…お繋ぎいたいます」クス





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年「事務所を構えてらっしゃるとお伺いしましてね。今抱えている案件で助言が頂けないかと」

税理士『はぁ、どういった案件かな?』

青年「…連れが行方不明でね。行方不明の女が居る場合、どうしたらいいと思う?」

税理士『……………』

青年「あんたの車の前で待つ。5分以内に降りてこなければ通報する」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

税理士「…来たぞ。出てこい」

青年「……………」

税理士「なぜ、俺の車がわかった」

青年「さっきの店先で見かけてね。あの店の駐車場に、メルセデスは1台」

税理士「…それだけで」

青年「あんたは如何にもベンツを買いそうな顔をしてるからな」

税理士「ふん、それだけに賭けたのか。会計士らしからぬ考えだな」

青年「○○ホテルグループって事がわかってるだけでも充分だ。
   金の匂いに釣られるタイプってのは身なりから充分わかるからな。
   …姉もそうやってお前を見つけたろうに」

税理士「あの女なら無事だ。邪魔さえなければ楽しめたんだがね」

青年「さて、喋ってる時間はないんだ。本題に入ろう。
   …姉を、解放しろ」

税理士「そう焦らんでも朝には解放するぞ」

青年「信じるとでも?」






税理士「悪いが信用が売りの商売でねぇ」

青年「…あんたは危険な男だ。
   この状況は、できれば避けたかったが」

税理士「なにか考えでもあるなら聞かせてもらおう」

青年「ああ。実益を兼ねた趣味だ。
   通報する前に、身体に聞く事にする」コキコキ

税理士「…ははは!!!
    くく、いいだろう、かかってこい若造」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

電話を取ると、税理士は部屋を出て行ってしまった。
…身体は度重なる通電で全く言う事聞かないし、
そもそも手も足も縛られてるし口にはタオル噛まされてるし、
せっかくのデート着はびりびりに破かれてて下着しかまともに着てないし、
ほっといても大丈夫と思ったんだろうか。

…ふと、腰のあたりに冷たい感触。
サイレントにしてたから、ケータイの事忘れてた。
顔の前に滑らせると、割れた画面に、青年の携帯に位置情報送信してる、と書いてあった。
なーんだ。バレてたんじゃん。あはは。

…ほんと、一人にさせてくれないなぁ。
あはは。
申し訳ないやら、嬉しいやら、心配やらで、
涙が止まらない。

…ごめん。
本当にごめん。

…なんとか逃げて、青年のところに急ごう。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

税理士「……ぅぐっ、」どさ

青年「はぁ、はぁ、はぁ」

税理士「ふ、ふふ、優男の割に強いな」

青年「(冗談じゃねぇ。おっさんの癖に、
   親父さんより喧嘩強いぞ、こいつ)」

税理士「でも、な、気絶とまでは、いかん、な」

青年「動けなくなる程度でいいんだ。
   姉が無事なら、あいつの証言で、あんたは終わり」

税理士「ふふ、ふ、ふふ。あの小娘には喋ってもらっては困る事を言ってしまったからな。
    帰すわけにはいかんな…。
    昔から、気立ての悪い娘だったが、なに、気の強いだけの小娘なんぞ、
    傷つければ傷つけるだけ、響くもんだ。
    ずっと昔からな…屈服させたかった、んだよ」

青年「外道で変態かよ。救いようがねぇ」

税理士「なに、余興は、このへんで。
    ヒーロー気取りもいい加減、退場だ」

青年「…………っ!?」



     パァン







青年「…………ぐ、ぁ、」

け、拳銃!?
カタギじゃねぇとは思ってたが、こんなもんまでっ!?

青年「ぅ…、テメェ…」

税理士「なんせ使い慣れんもんでねぇ、苦しめてしまうかもしれん」

  パァン

青年「あがっ……、くっ、そ、さっさと、通報、する、べき」

税理士「肩と脇腹か。なかなか思うように当たらんもんだ」

青年「…くく、く」

税理士「なにがおかしい」

青年「俺のケータイはな、欲張りなんだ」

税理士「なにをふざけた事を…」

青年「定期的に餌をやらないと、自動的に警察に通報するようになってるんだよ」

税理士「…そう、か。なら携帯をまず撃たんとな」

こんなもん、ハッタリに決まってる。
でも、近寄ってくるなら、まだ一発くらい殴る余力がある。
…情けねーけど。
もう、足がまともに動かない。






税理士「…と。まだ時間に余裕はありそうだな」

青年「いいのか?あと10秒かもしれねーぞ」

税理士「なら、生き残る事を考えるはずだ」

青年「……………」

糞。
伊達にこの年までチンピラみてぇな税理士やってねぇな。
あー、 痛みが麻痺してきた。
こりゃまずい。
血が流れすぎてんだ。

…路線変更、見苦しーけど時間を稼いで、あいつが逃げる方に懸けるか。

青年「あー…。あのな」



「あ、あの――――」






税理士「!?」

青年「!!!」ダッ

フロント「あ、あの、ぜ、税理士、さん。
     忘れて、い、いました、が」

フロント「弟、と、いうかたかた方から、お届け物、が―――」

税理士「…っ!?」バッ

青年「逃げろォッ!!」

フロント「こ、これは、どう、いう」







青年「うあああああああああああああああ!!!!!」



バキィ




――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

税理士「――――――」

フロント「あの、えっと、あの、大丈夫ですか?」

青年「バカ、救急車呼んでくれ…」

フロント「あ、は、はいっ!あの、フロントですか!?駐車場に、救急車を」

青年「その拳銃も回収しといてくれ。あとそいつの部屋に、女が一人、いるはずだ。
   見に行ってやってくれ…」

フロント「あ、あ、あなたは」

青年「ここに、救急車、くるんだろー、が。
   ちょっと、寝かせろ。頼む――――」

フロント「えっ、あっ、応急処置、わかんない、どしよっ、あれっちょっとっ」

青年「あー…」

疲れた。

姉は無事かな。

後は、おとーとにでも、任せっか。






あいつ今どこだ?
家か?

つか、税理士に自分の名前で、にもつ、おくんなよ。

たすかった、けど。

あんだけたいみんぐいいなら、

あねも、

まかせられる、かも、な





あー。

つかれた。


姉、まもれて、よかった。

でも、



ひとりに、しない、ってのは、


まもれねー、

かも。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

姉「――――ゃだっ!!おきろよ!!!!ゃだぁっ…」




今日の分終わりです。
お疲れ様でした。
また明日よろしくお願いします。

不覚にもフロントに萌えた。

青年これで死んだら許さないぞ
弟君の分も姉を幸せにしてやれよ

まー死んでも仕方がない屑だし

気分悪くなったわ
タイトルに弟っていれてあんのに横槍と絡ませるならNTR注意位書いて欲しいわ


青年頑張れ

この際スレタイを
青年「 一人には、させない。絶対に 」
に変えた方がいい

こんばんは。レスありがとうございます。

>>275
おまぬけさん

>>276
実はまだ考えてません

>>277
かつてのクズっぷりは書いてる側もイラつきますね

>>279
ありがとうございます

>>278
>>280

スレタイはなにも考えず最初の発言にしてました…。
気分を害されたのなら申し訳ありません。
次があるならちょっとは考えます…。


とりあえず今から書きます。
キリのいいとこまで書いたら投下します。
よろしくお付き合いください。

書きたいように書いてくれよ
楽しく読んでるよ


――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

「リンゲル液注入開始しました」

「心肺停止!」

「CPR開始します!」


あー、

うるせぇ。

――――ねえ。さっさと、帰りなさい。

んー。

だれだ。


「…極めて危険な状態です。
 出血性ショックを起こし、心肺停止状態です」

「…助けて!誰か、あいつを助けてよ!!!」

「可能性はまだあります!我々もできる限りの事は…、」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

「姉、さんですね。
 失礼ですが少々お話を」

「…あとにしてください」

「そうはいきません。
 これは刑事事件です、身柄を拘束した税理士という男の事も」


…おい、やめろや。

そいつ、こわがりなんだから。


――――ならさっさと行ってあげないと。


あー。

でもからだ、うごかね。


――――ほんと、しょーがない子ね。


…なんだっけ。

なんかそれ、まえに、だれかに、


――――まだ寝ぼけてるの。忘れちゃったの?


しかたねーなぁ。

あとでいってやっから。

ちょっと、まっとけ。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――


  ピー
     ピー
        ピー


青年「……………………」



青年「…生きてた」

青年父「…………」zzz

青年「うおっ!?」

青年父「…んぉっ」






青年父「なんだ。今更起きたのか」ゴシゴシ

青年「…なんで、いんの」

青年父「輸血が必要だと聞いてな。
    お前の血液型は、少し珍しいから」

青年「あー。そうだっけ。そうだった」

青年父「銃創だが、鎖骨下動脈に損傷があったらしい。
    脇腹は肉を削っただけで、
    神経、骨に損傷はないし、
    血が足りない程度で済んだのは不幸中の幸いと言えるだろう」

青年「…………」

青年父「意外という顔だ。私がいる事が」

青年「そりゃ、まぁ」

青年父「助かったのならもういいだろう。
    私は戻る」

青年「ああ。ありがとう」

青年父「…親が子を助けるのは当然だろう」

青年「そりゃうちの場合違うと思ってたから」

青年父「…。
    なかなか好感の持てる女性だな、お前の恋人は」

青年「はぁ?」

青年父「一度連れて来い。
    いずれそうせんといかんだろう」

青年「…ま、助けてもらったし、そんくらいいーけど」






姉「ぁ…」

青年父「ああ、すまないが、後の事をよろしく頼む」

姉「お帰りになるんですか?…もう少しおられては」

青年父「仕事がそのままだ。目も覚めたようだし、私は戻る」

姉「………」ペコ



姉「………」おずおず

姉「…………」ぺた

姉「……………」

姉「ごm」

青年「無事でよかった」

姉「…………は、」

青年「…………」クス

姉「はぁーー!?そりゃあんただって!!なに死にかけてんの!?!?」

姉「言っとくけど、もう、また迷惑かけたー!とか、巻き込んだー!とか、
  アタシのせいであんたが死んだらどうしようー!とか、
  もう最悪後追いまで考えたんだから!!!!」






姉「はぁー、はぁー」

青年「生きててよかったよ。
   お前、身体は大丈夫なのか?」

姉「…ちょっと、火傷ある。おなかとか」

青年「火傷?なんで?」

姉「いや、ちょっと、スタンガン取られちゃって。
  ごめん、せっかくもらったのに」

青年「はぁー?」

姉「すみません。反省してますっ」

青年「お前あんな極道にスタンガンで掴みかかったの?」

姉「…そーです。心臓は危ないってきーたから」

青年「もうお前、護身グッズ没収ね」

姉「…反省してます。でも、ないと困るよ」

青年「…もういらねーだろ。俺いるし」

姉「……………」ボッ






姉「で、先生が、血液型がヘンだから輸血が足りねーかも、つって」

青年「まー、そーだろーなー…」

姉「ご家族と連絡は取れますか、って聞かれて、あんたの携帯でお父さんに電話したのね。
  そしたら1時間かからないで来てくれたの。
  たまたま近くに居たのかな」

青年「いや、家からだろ」

姉「…あんたんち茨城じゃ」

青年「うちのドクターヘリで来たんだ、多分」

姉「…あっそ。
  あ、病院の先生があんたのお父さんの名前聞いてびっくりしてた」

青年「久しぶりに顔見た。
   もう長い間会ってなかったから」

姉「お父さん、凄く息切らして来たんだよ。
  意外だった。あんたの話じゃ、もっと冷たい人かと」

青年「ほんとに冷たい人間なんて、ひょっとしたらあんまりいねーのかもな」

姉「死にかけてなんかに目覚めたの?」

青年「バーカ」






青年「税理士はどうなった?」

姉「めでたくお縄。
  余罪ありすぎて大変らしーよ」

青年「あんなとこで拳銃ぶっ放すんだもんなー…」


―――ずっと昔から、屈服させたかったんだよ。ふふ、ふ―――

あ。

嫌な事思い出しちまった。


姉「色々聞かれて大変だった。
  ケーサツってほんと嫌なヤツばっか!
  あんたがまだ死んだって決まったわけじゃないのに、
  殺人事件とか言うし!!」


ほんと罪な女だなー、こいつ。
また襲われてやんの。


姉「…何?」

青年「なんでもねーよ」クス

姉「きもー。
  ま、そろそろ戻るね。
  病み上がりだしゆっくり寝てなよ、長話しちゃった」

青年「…税理士は、なんか喋ったのか?」

姉「…ふふ、それが聞けちゃったのね。
  あんたに早くきーてほしーから、さっさと元気になってよ」

青年「そっか。良かった」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

青年さんの退院は1週間後だった。
姉ちゃんの旅先からの電話で撃たれたと聞いた時は驚いたが、
傷は結局1月で治ったそうだ。
たまに傷跡がひきつるくらいで、生活に全く支障はないらしい。

生命力も天才的か。

姉ちゃんを襲ったり青年さんを撃ったりした税理士の事で、
うちの父ちゃんもいくらか話を聞かれた。
幸い税理士はうちでは真面目に仕事をしていたようだ。
古い付き合いの人が実は極悪人だった事で、
父ちゃんはちょっと落ち込んでたけど、まぁ最初から胡散臭い人だったからなぁ、と
2時間くらいで立ち直った。
父ちゃんは強い。

ちなみに俺はというと、9月の模試で、○大が見事A判定だった。
ギリギリだけど。
誰よりも姉ちゃんがすっげぇ喜んでくれて、その日の食卓は、
まるで大学に受かったような豪華さだった。

その日の晩、姉ちゃんが突然部屋に来て、
意を決したように頭を撫でてくれた。
少し手は震えていたけど、心の澱をそのまま手で拭われているようで、
涙が止まらなかった。

姉ちゃんは、少しホッとした顔をしていた。
以前のような関係になるにはまだまだ時間がかかりそうだけど、
罪を償うにはまだまだ時間がかかりそうだけど、
姉ちゃんばっかりに頑張らせるわけにはいかないから、
俺は今日とて勉強するのだ。
立派な男に、なるのだ。

弟友の事だけど、アイツが勉強を始めたのは5月なのに、あっさり余裕でA判定だった。
何者なんだ、アイツ。






A判定の結果が出た数日後、友さんが訪ねてきてくれた。
最近入籍を済ませたそうで、普段から仏頂面を崩さない友さんが、
珍しく表情豊かだった。
最近久しぶりに青年さんと2人で会ったようで、
時間っていい薬だな、と言っていた。
それはどっちにとって、なんだろう?
俺も10年経てばわかる時が来るんだろうか。

結婚ってどんな気分ですか?と聞いてみると、
年貢の納め時、ってところだな、と、優しげに笑う。
納め時、っていうか、
納まるべき、本当に納まりたいと思える場所を見つける事ができた人は、
こんな表情をするのだろう。

俺には、知るべき事がまだたくさんあると思う。
自分の、本当の居場所を見つけるために。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

女友「良かったじゃん。内心、それだけは絶対にないと思ってたんだけど、あはは」

姉「…なんだかんだあってさ」

女友「でも、へー、ふぅん?」

姉「なんだよ」

女友「いいの。幸せそうでなにより」ニヤニヤ

姉「それ以上言うと怒るから」

女友「姉ってさ、恋すると乙女だよね」

姉「ほんっと怒るよ!!!」






姉「そういや、友2の遺体、結局見つかんないみたい」

女友「…そーなんだ。おそーしき、出してあげないとね」

姉「名札しか残ってないけどね」

女友「辛いくせに、平気そうな顔して」

姉「…まーね。
  しょーじき、辛いけど。
  アイツの自業自得の面もあるし」

女友「例の税理士さんはどーなったの?」

姉「なんか、色々大変みたいで。
  でもほら、あのおっさんが黒幕ってわけでもないらしくてさぁ」

女友「気になんないんだ」

姉「アタシの目的は友2の行方だけだったから。
  テレビでも軽井沢○○ホテル発砲事件、としかやってないでしょ。
  色々捜査はしてるみたいだけど、結局真相は闇の中だよなー」

女友「ヘリから青年さんのフェラーリ映ってた。あはは。
   やっぱ目立つね」

姉「あいつ、撃たれてんのに運転して帰るんだよ!?
  せっかく生き返ったのに、また死ぬ気かって」

女友「あははは!!わっけわかんない人だね、ほんとに」






軽井沢のあの日から、男性恐怖症が、ちょっとだけ治った。
カウンセラーが言うには、弟のレイプ未遂で、
支えたがりのアタシが自信喪失していたところを、
青年が死にかけた事が衝撃すぎて、口煩くて世話好きなオカン精神が復活したのかもしれない、
って事らしく。
なんだかどうも弟に力負けした事が大きいらしい。

なので今は、力で負けている事を自覚したまま人を支えてあげたい気持ちが強まった、という事で、
男性恐怖症発症前より前進してるかもね、だなんて青年と話してる。
なにか悪い事があっても、なにか拾い物ができるアタシは、本当に恵まれてる。

今は大体の男に触っても平気。
唯一ちょっと震えちゃうのは弟。
うける。
アタシのオカン体質の原因なのに、オカン体質が復活してからも駄目とか、
アイツはほんとにしょうがないヤツ。
ま、レイプしようとしたのが悪い。
そこだけは一生許さないでいてやろ。





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――



はい新郎新婦ご入場ー

パチパチ



青年「おめでとう」

友「二次会も来てもらって、ほんとありがとうございます」

青年「プレゼント用意してっから、アイツから受け取っといてくれ」

友「わざわざすみません。はは。
  …ほんと、嬉しいです。先輩に祝ってもらえて」

青年「俺もお前が幸せになれて嬉しいよ。
   …アイツの事も、色々世話になったみたいだな。
   ひょっとしたら、俺以上に」

友「先輩がずっと支えてたからです。
  俺なんて、なにもしてませんよ」

青年「これからもたまに会おう。
   酒の相手が居なくてつまらないんだ」

友「俺が酒弱いの忘れてるでしょう、全く。
  でも、お付き合いしますよ」


友「俺、って。
  ひょっとしたら、先輩とこうやって話すの、
  夢だったかもしれません。
  もしかしたら、ずっと前から」

青年「俺もそうだったのかもな。
   ひょっとしたら」






弟「あ、青年さん。
  青年さんもなにか歌いませんか?
  ギター、弾けるでしょ」

青年「俺はいいよ。
   何年もやってないし」

弟「何年もやってないテニスで姉ちゃんボコボコにしたらしいじゃないですか。
  姉ちゃんあれからテニス教室考え出してるんですから。
  なんとかしてくださいよ」

青年「そりゃ男と女は違うだろ。
   俺だって最初は戸惑ったんだぞ」

弟「…まー、身体の作りが違いますけど」

青年「耳が痛そうだな。くく」

弟「…俺、大学受かったら、家出ようと思うんですよ」

青年「ほー。いい事じゃねぇか」

弟「父ちゃんが許してくれればですけどね。
  …家賃なら、バイトでまかなえるかもしんないですけど、
  初期費用は父ちゃんに頼まないと」

青年「俺が親父に買ってもらった○大の近くのマンションがあってな」

弟「はぁ」

青年「今は人に貸してるが、来年の3月で空く予定なんだ。たまたま」

青年「家出るならそこ貸してやるよ。
   敷金も待ってやるし、安くしとく」

弟「マジっすか」





――――――――――――――――
―――――――――――
――――――

ブーケトスブーケトス!
えぇー?二次会だからブーケなんて持ってないって!
ほら、あるから!これ!
わざわざ用意したんだ、あははは

じゃ、投げるよー!


   ポス


姉「………へ?」

女友「あれ?……ぷっ」

青年「……………」ポリポリ





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青年「どーすんだそれ」

姉「…どーしよ」

青年「ま、好きにしたらいーと思うけど」

姉「…はぁ。とりあえず持って帰って考えるよ」



弟「結局飾る姉ちゃんであった」

姉「うるっさい!!出てけ!!!」

弟「呼んだの自分じゃん。姉ちゃんいい加減パソコン使えるようになれよ。
  ハングアップする度に呼ばれてちゃたまんないよ」

姉「…これでも勉強してるし」

弟「これなんてキー?」

姉「アルトでしょ?」

弟「……………」

姉「アルトだよね?」





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青年「そーいやさ」

姉「どしたの?」

青年「あれから気になって、家族の事、調べてみたんだ」

姉「あんたほんと調べるの好きだね」

青年「俺、Rh陰性O型なんだ。親父も」

姉「あ、ちょっと珍しいって言ってたね」

青年「母親も兄貴もB型でね。母親の家系に、Rh陰性は居ないんだ。
   そもそも、3代前からBかABしか生まれてないんだ」

姉「おおっ!?28年めの真実!!」

青年「ま、ひょっとしたらだけど、俺が家庭内で不遇だったのも、
   それなりに理由があるのかな、と思ってみたりしたわけだ」

姉「あんたのお父さんならなにか知ってるかもね」

青年「そもそも兄貴と似てなさすぎるしな。
   俺が優秀であれば優秀であるだけ腹が立つ、ってのも、
   それなら辻褄が合う」

姉「人に歴史ありだねー」

青年「お前は本当に気にしねーな」クス

姉「まーね。あんたはあんたじゃん」

青年「俺は、お前が居たから、良かった。
   一人いれば違うもんだ。
   兄貴とか、親父には、そういう、たった一人も、
   居なかったのかもしれない」

姉「………ふーん」






青年「お前には、弟がいるし。
   友には、女友がいるし、
   大学の頃の、気のいいバカどもも。
   必ず誰かに、誰かがついてる俺達は、多分、幸せなんだ」

姉「なんか忘れてるっしょ」

青年「なんか忘れてるっけ」

姉「今のアタシには、あんたも居るんだよ。
  あんなに身近に税理士がいれば、あんたが居ない時に、
  友2の事を知ってしまってたかも。
  アタシはあんたが居てくれた事で、幸せになれたんだよ」

青年「…………」

姉「ん?照れてる?」

青年「いや。別に」

姉「最近、あんたの表情、なんとなくわかってきたわ」

青年「いー度胸してんじゃん」

姉「…ふーん。いーけど。素直にならないなら、今日アタシ帰るからね」

青年「それは駄目」

姉「えーなんでー?」


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今日の分終わりです。
明日で終わらせるようにします。

励ましのレスありがとうございます。

乙乙

こいつよく元セフレの結婚式になんか出れるな
呼ぶほうも呼ぶほうだけど
お互いどんな神経してんだ古代ローマかよ

まじでスレタイ変えろ
内容はいいのにスレタイのせいで青年の主役感が悪印象

>>305 別にそこまで言う必要なくね?

まあ俺も青年がいいところ持ってくのは気に食わんけどな笑

触るなよ

>>303
ありがとうございます。
励みになります。

>>304
読んだ上でのレスだと思うので、
ツンデレレスだと思っておきます。てへ。

>>305
申し訳ありません。ぐぎぎ。
もし次があるならスレタイにも少しは力を入れます。

>>306
主役は全体的に姉、前半は弟、後半は青年って感じです。

>>307
ぺちぺち!
レスありがとうございます。


23時ごろに投下しようと思います。
よろしくお付き合いください。



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小学校の頃から、ずっとお友達。

それって世間一般的に言えば、幼馴染と言うのではないだろか?

家はそれほど近くない。歩いて5、6分。
お互いの家にもそれほど行った事はない。
そんなわけで、あたしの幼馴染力は、そりゃそれほど高くないのだ。
でも2人で何度も遊んだし、中学になってからは、
お互いの親以上に、お互いの事をよく知るようになったし、
彼にあたし以上に仲のいい友人は居なかったし、
あたしに彼以上に仲のいい友人は居なかった。
何度も一緒に通学した。
高校になってもそれは変わらなかった。
学校ではまるで夫婦と、当たり前のようにからかわれた。
これはもう、自信を持って幼馴染と名乗っていいのではないでしょうか。

だからとーぜん、あたしの初恋を彼に捧げるのも自然な発想だった。
でもあたしは、これまでの関係が変わる事を恐れる、っていう
これまた月並みな幼馴染的発想で彼にその想いを告げる事はついぞなく、
その初恋も、彼が実の姉に恋をしていると聞いた時、
哀しくも華々しく散ったのだった。






あたしも彼も地元で有名な底辺高校に進学したけど、
あたしは実はバカではない。
彼のために、わざわざ底辺高校を選んだのだ。

それなりに早熟だったので最終学歴がものをゆーのだ、という事には、
他の子たちよりも早めに気付いた。
上を目指すつもりもなかったし、ちょっと勉強すればちょっとした大学に行ける自信もあった。
彼と同じ高校に行くために、素行を少し悪くして、成績を大幅に落とした。
それらの努力が実を結び自然な流れで晴れて彼と同じ高校に通えるようになった途端、
あろうことか彼から実の姉に恋をしているとカミングアウトされた時は、
後悔と逆恨みで殺意まで抱いたが、
なんとかそれらの感情を押し殺し、彼の心を奪った姉の顔をひと目見たい、と
彼に連れられ家を訪ねてみた。

家から出てきた彼の姉は、え?ここパリコレ?と錯覚してしまうほどの美しい肢体でこちらに向かって歩いてきて、
つやつやで枝毛ひとつない、軽くまとめたまっすぐの黒髪を誇らしげになびかせ、
眉尻まで流星のように尾を引く眉頭からまっすぐに鼻梁まで、つるっつるの肌が光沢を放ち、
ふっくらとした淡い唇で、弟の連れ?とこちらに問いかけ、
小さな顔から零れ落ちそうな切れ長の大きい目で訝しげに見つめてきた。

結局じろじろ見られたのはあたしが美人すぎるお姉さんに目を奪われ固まっていたからで、
まさかこんな美人だと思ってなかったし、その美人はワイシャツを腕まくりしたパンツスーツにスニーカーとエプロン姿だったので、
きっと美人じゃなくても別の意味で目を奪われていたかもしれない。


お姉さんはあたしの分のご飯まで(パンツスーツにエプロン姿で)作ってくれて、
恋敵にご相伴に預かるという屈辱まで味わった。
その料理が絶品だった事も追い打ちをかけ、
あたしの初恋は終わった。






ま、高校に入ってしまえば3年間は一緒に居るしかないし、
あたしは彼に恋する幼馴染という立場から一転、彼の良き相談相手として、
彼の傍に居続ける事にした。

あたしはあたしで彼の姉に少しでも近づくべく体操などを始めてみた。
今まで敬遠してきたお母さんの手伝いを進んでやったし、
お菓子作りはちょっとした腕になった。
メイクの研究を続け、食生活も見直し、古典的だが牛乳をたくさん飲んだ。
その甲斐あってか彼の姉(177センチらしい)ほどではないが166センチまで身長も伸び、
毎日の日課の骨盤矯正運動が実を結んだのかそれなりに足も長く(なったように見える)なり、
鏡の前で自分が美しく見える角度の追求などをした事もあり、
10人に聞けば6人くらいは可愛いと言ってもらえるようになった2年生の年末、
彼に変化が現れた。

彼が突然大学を目指すと言い出したのだ。
姉の恋人の存在を感じ取ったようで、あたしは呆れたように笑いながら励ました。
さて、あたしも勉強せねばなるまい。
○大なら女子大生としてイメージも悪くないし、彼と目指す場所を同じとする事は、
もはやあたしの中では当たり前だったからだ。
とにかく彼の、○大は行こうと思うだけで進学できる、
という甘い幻想を打ち砕く事から始めなければならなかったが、
姉の伝手でいい環境で勉強ができるようになったと聞いて、多少は安心した。

3年になった5月、彼にあたしも○大目指すから、と告げたら驚いた顔をされた。
なにを驚く。元々バカなのはあんただけよ。
その日は久しぶりに彼と遊んだが、彼から姉をレイプしようとしてしまった、と泣きながら聞かされた。
サイテー、ほんとにバカ、と頭を抱えた。

なんでこんなヤツ好きなんだか。






彼はそれから人が変わったように(既に一度変わってるけど)勉強するようになり、
それまでただのアホの子だったのが、少しずつ男性の顔を見せるようになった。
学力をつけた事で話し方に知性を感じさせるようになり、
生意気にも物憂げな表情をするようにすらなった。
元々あのお姉さんの血を分けた弟なのだ、本質はそういうヤツだったのかもしれない。
想い人の成長と変化は喜ぶべきものなのかもしれないが、
その切っ掛けの事であたしがどれだけ悩んでいるのか、
絶対にこの子は気付かないんだろう。

3年の年末、彼から合格祈願の初詣に誘われた。
喜び勇んで出かけるあたしもアホの子かもしれない。


弟「お前って、まるで俺の幼馴染みたいだよな」


帰り道、そんな事を言われた。
どうも今まで幼馴染だと思っていたのはあたしだけらしい。
でも、彼が姉の他に目を向けるようになったのは収穫だ。

今ならわかる。彼にも間違いなく姉と同じ血が流れてる。
背丈は似てないけど、彼は美男子の部類だし、
喧嘩は弱いけど、世話好きで、一途で実直で素朴で昼行灯な、頑張り屋さん。

彼はきっとこの先もっといい男に育つ。
あたしの目に狂いはない。
お姉さんには、どうやら彼氏ができたようで、彼もそれを受け入れている事を聞いた。
だからやっとあたしの出番。
視野の広がった彼に選んでもらえるように、
彼の傍に居続けなければならない。




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あんた忘れ物ないだろーね?

あれだけ確認されたらだいじょーぶだよ。

弟友ちゃんも迎えに行かないといけないからもう出るよ!
さっさとご飯食いな!

わかってるよ、でもまだ早いよ。



弟友「すみません。お邪魔します」

姉「あはは、お邪魔なんかじゃないってー!
  ごめんね、コイツの事、よろしくね」

弟「よろしくってなんだよ。
  姉ちゃんもついてくるんだろ」

姉「でも同じ部屋じゃないからね。
  弟友ちゃん、ほんとにコイツと同じ部屋でいいのー?」

弟友「大丈夫です、今更ですから」

姉「そっかそっか。ごめんね、コイツサボらないよーに見張っててね」

弟友「弟君はサボりませんよ。
   勉強してるとこ、見てきましたからわかります」

姉「あはは、実はアタシもそう思うんだけど、一応ね」

弟「…ま、やるだけやるよ…」






弟友「いーホテルだね。
   受験会場がここだなんて、信じられない」

弟「前泊なんてしなくていーって言ったのになぁ」

弟友「ほら、当日トラブルあると困るじゃん。
   助かっちゃった」

弟「ま、そーだけど。…同じ部屋で良かったのか?」

弟友「いーよ。
   こっちのが安いらしーし」

弟「でも、もう高3なんだぞ」

弟友「だから、いーよ」

弟「よくねーよ。お前、女の子だし」

弟友「…だから、もう高3だから、いいって」

弟「……え?」

弟友「はい、この話終わり。
   勉強しよ?
   話の続きは、大学受かってからがいいな」

弟「あ、うん。
  頑張ろう」






とにかく、今は、これでいっか。
ずっと好きだったけど、やっとほんの少しだけ勇気を出せた。
彼はきっと受かるだろう。
あたしも、受かる自信がある。
だから、彼とあたしの物語には、まだまだ先があるのだ。

その物語の続きに、あたしと彼が結ばれる章が、
果たしてあるのかはわからないが、
ま、先の事なんて誰にもわからないし、
わかってしまってもつまんないから、
今しばらくあたしは片思いを決め込む事にする。

昔は彼の容姿と愚直さに惹かれたけど、
ここ最近はもっぱら、
日毎見事に花開く彼の成長を見守るのが、とても楽しい。
これはあたしの変化でもあるし、
そんな変化なんてかつては夢にも思わなかったわけだから、
ほんと人生って楽しいな、彼と一緒に居られればいいな、
とつくづく思うわけ。

勉強する彼の横顔を眺める。
本当に、いい顔をするようになったと思う。
同じ人に二度恋をするとは思わなかった。
今まで、幻滅させられた事もあったし、惚れ直した事もあったけど、
彼の魅力は、きっとこの先また膨らんでいく事だろう。






青年「あいつら、受かるといーな」

姉「きっと受かるよ。アタシの弟だから」

青年「…なぁ。4月になったらさ」

姉「なに?」

青年「結婚、しようか」

姉「いーよ」

青年「軽っ」

姉「弟が大学受かったらね」

青年「受かる前提で話してるんだよ。だから4月」

姉「じゃ、弟が大学受かったら、って言えばいーじゃん」

青年「将来を左右する事を、他のなにかに懸けたくないわけよ」

姉「よしよし。受かるから、へーき。
  どーせあんた居ないと生きてけないし」ナデナデ

青年「酔ってんのか?」

姉「うん、酔ってる。ベッド連れてって」

青年「はいはい」

姉「んぅー…いー気分」




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姉「………どう?」そわそわ

弟「受かったよ」

姉「!!!」ガバッ

弟「ね、姉ちゃん?」

姉「よかった、よかったよぅ」ギュウウウ

弟「うん、ありがとう姉ちゃん。
  だから安心して結婚して」

姉「…は?なんで知ってんの?」

弟「たぶん、そーだろーと思ってた」

姉「…はぁー。我が弟もいつの間にか大人になったねぇ」






弟「俺、さ」

姉「どしたの?改まって」

弟「家、出る事にした」

姉「…そーなの」

弟「俺、去年、姉ちゃんに、ひどいことした。
  姉ちゃんの事、裏切った。
  凄く傷つけた。
  …許してくれる、って言ってくれたけど、
  俺が受験を控えてたから、無理してくれた、ってわかってる。
  …もう受験は終わったから、姉ちゃんの帰ってくる場所に俺がいるってのは、
  おかしいんだ」

姉「アタシ結婚するから、どーせ青年と住むのに?」クス

弟「でも、姉ちゃんの実家は、ここだから。
  ここは、姉ちゃんの帰ってくる場所だから。
  俺が居るのは、間違ってる。
  他にも色々考えたんだ。
  ここから○大までけっこうかかるし、
  定期代だってばかにならない。
  俺、取りたい資格もあるし、通学に時間かけるより、
  大学の近くで、勉強したいんだ」

姉「…そっか。
  あんた、いつの間にかいっぱしの男になったんだね」

弟「俺、頑張るから。
  立派な人間になるから。
  姉ちゃんも、幸せになってほしい」

姉「ばーか。
  アタシは、
  あんたが生まれてきてくれた時から、ずっと幸せなのよ」ナデナデ









弟「…姉ちゃん、俺に触って、大丈夫なの」

姉「なんか平気みたい。今、すっげー嬉しいから」







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姉「……………」

女友「お葬式、結局出せなかったし、お骨もないけど…」

姉「うん。引き取ってくれるお寺、あってよかった」

女友「なんて言ったの?」

姉「ふつーだよ。
  バカ、と、ありがとう、と、さよなら。
  それと、今度結婚するって」

女友「そっか。良かった」

姉「なにが?」

女友「ちょっとだけ、心配してた。
   姉、泣いちゃうんじゃないかって」

姉「泣かないよ。
  もう、じゅうぶん泣いたし。
  こいつの事、忘れたわけじゃないけど。
  それとこれとは別だから」

女友「…幸せになってね」

姉「あはは、なんでお前が泣くんだよ」






青年「……………」

青年「お前の事、恨んだ日も、ないわけじゃないが」

青年「また、来るよ。
   見守っててくれ」

友「先輩、ライターもらってきましたよ」

青年「ああ、サンキュ」

友「霊ってほんとに居るんですかねぇ。
  一度、化けて出て欲しいもんです」

青年「…俺、今じゃ信じてるよ」

友「……………えぇ?」

青年「はは。嘘だよ」

友「なんすかもー。寺で嘘つかんでください」

青年「帰るか。
   …俺らの家に」





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弟友「ただいまー」

弟「お帰り。
  なぁ、相談したい事あるんだけど」

弟友「なに?」

弟「えっとな、」





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父「とーとー俺とお前だけになっちまったなぁ」

母「あの子は卒業したら帰ってくるんでしょー?」

父「姉、次帰ってくるの、いつだって言ってた?」

母「孫生まれたらだって」

父「…そうかぁ」グス

母「ま、冗談でしょ。たまに帰ってくるって。
  なんならもうひとり作る?
  まだギリギリ大丈夫かもよ?」

父「お前はほんと老けねぇなぁ」




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弟「姉ちゃんの旦那が取った資格が取りたい」


弟友「はぁー?なに、急に」





以上で終わりです。

長々とありがとうございました。

乙。最後に母ちゃんの逞しさに持ってかれたww

おつ

乙乙


数々のレスありがとうございます。
思ったより長くなってしまい申し訳ありませんでした。

女「私、イケメンさんのセフレなの」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1438452145/)
以前書いたものです。
こちらもよろしくお願いします。

しばらくないでしょうがそのうちなんかまた書こうと思います。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。


良かった

心の細かいとことかよく書けてると思う

あっちも見てたよ
乙乙

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年08月23日 (日) 21:43:02   ID: qahfe36n

弟が兄と幸せになることは無かったのか...弟がいろいろと不憫だったけど話は良かった

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