【ゆるゆり】櫻子「花子ちんまいな~」
【ゆるゆり】櫻子「花子ちんまいな~」 - SSまとめ速報
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・さくはな
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冷蔵庫に、ポツンと残るプリンが寂しそうだった。
結局どちらのものか宙ぶらりんになって、私も花子も食べないまま、封を切らないままだった。
今更手を付けるのがどうも気まずくて、私は冷蔵庫の前で、睨めっこを続けている。
撫子「電気代が勿体ないんだけど」
櫻子「ああ、ごめん、つい」
扉を閉じて、撫子ねーちゃんの方へ振り返る。
今さっきキッチンにやってきた撫子ねーちゃんは、財布を手に持ち、中身を確認していた。
櫻子「なんで睨めっこしてるの?」
撫子「あんたが睨めっこばっかりしてるからうつったんだよ」
櫻子「……なにそれ」
撫子「はい、これ」
櫻子「え」
撫子「どうせなら二人で一緒に食べてくればいいよ、ついでに遊びに行ってきな」
渡された紙幣に目を丸くしながら、意味も無く紙の表面をなぞった。
櫻子「ね、ねーちゃん!? 頭でも打ったの!?」
撫子「失礼だね……私は正気だよ」
櫻子「じゃあなんでこんな」
撫子「毎日毎日あんなことしていればね……こっちも嫌でも目につくんだよ」
櫻子「そんなに嫌か……」
撫子「いや、逆」
櫻子「は?」
撫子「この前からやたら花子と仲がいいでしょ、あんた」
櫻子「うーん、まあ、前よりはいいのかな」
撫子「ある意味そのきっかけの一つがあれじゃん、だから、なんとなく微笑ましくなるというか」
櫻子「微笑ましいなら家に居てもらった方がいいんじゃないの?」
撫子「なるほど、その手があったか。じゃあ返して」
櫻子「えっ!?」
撫子「嘘だよ、微笑ましいでしょ」
櫻子「微笑ましいってこんな気持ちだったっけ……」
撫子「まあとにかくさ、ご褒美みたいなもんだよ。あとは快気祝いかな、花子の」
花子「さっきから二人でなに話してるの?」
暇そうにしていた花子がリビングから顔を出してきた。
撫子「櫻子と遊びに行ってきなって話」
花子「えっ?」
櫻子「こんなお金まで渡してさ」
花子「……」
紙幣をひらひらとさせると、花子は声も出ないと言った様子で立ち尽くしている。
撫子「花子は、櫻子と出かけるの嫌?」
花子「……嫌じゃ、ないし」
撫子「じゃあ、丁度いい天気だし行っておいで」
櫻子「丁度いいって……暑苦しいだけじゃんこんなの」
撫子「まあまあ、そう言わず」
いつのまにか財布をしまっていた撫子ねーちゃんが、冷蔵庫を開け、ペットボトルとプリンを取り出した。
櫻子「ちぇー今日は家で涼んで有意義に過ごそうって思ったのに」
三人でリビングに戻り、私はぶーぶーと文句を垂れてみる。
撫子ねーちゃんはペットボトルに口をつけ、花子は何か言いそうな様子で俯いている。
櫻子「花子、どうしたの?」
とくに考えもせず、気になったことを口に出した。
何故だかやたらと深刻そうに見えて、呑気な夏の昼下がりには相応しくない。
花子「……うそつき」
櫻子「……へ?」
花子「治ったら遊びに行こうって言ってたし! 散々ベッドの上で優しくしてくれたのに!」
撫子「ん!?」
花子「お姉ちゃん……?」
急に飲み物を吹き出した撫子ねーちゃんに驚いたせいか、花子は気勢をそがれたようだった。
櫻子「ねーちゃんどうしたの?」
撫子「いや、なんでもないから……いいから行ってやりな」
櫻子「う、うん。分かった」
良く分からないオーラを発する撫子ねーちゃんに気圧されて、私は素直に承諾してしまった。
櫻子「じゃ、じゃあ準備するね……あ、そうだ、ねーちゃん」
撫子「なに?」
櫻子「そのプリン腐ってないの?」
撫子「……あんた知らなかったの?」
櫻子「暑い暑い暑い!」
花子「櫻子うるさいし……ただでさえ暑いのに」
外はむせ返るような暑さというのがぴったりとした表現で、もんもんとした空気がうっとおしい。
アスファルトの熱が体にまで上がってくるようで、全身がオーバーヒートしそうだった。
櫻子「さっさと涼めるところ行こ!」
花子「そんなに長い距離歩かないんだから焦るなし」
駅の前の喫茶店までは、確かにそう距離はないけど。ないけども。
櫻子「辛いのは辛いの! このままじゃ蒸発するもん!」
花子「駄々っ子かし」
櫻子「笑うな!」
やたらと余裕のある表情で、花子はクスりと笑った。
その佇まいが妙に涼やかなものだから、私は少しの間だけ熱さを忘れた。
櫻子「……花子風鈴みたい」
花子「褒めてるのかし、それ」
櫻子「……多分」
花子「……それはどうもだし」
そこからは会話は途切れて、黙々と足をすすめ続けた。
無心で歩みを続けて、どれぐらいの時間が経っただろう。
そう長くはないはずだけど、この猛暑のせいでやたら時間が延ばされたような錯覚がある。
花子が口を開いたのは、その気だるさに、いい加減うんざりとしてきたころだった。
花子「……ねえ」
櫻子「んー?」
花子「花子も駄々こねていいかし」
何を急にというのが、正直な感想だった。
意図を掴み切れず、戸惑いを感じたせいか、足が止まってしまう。
……いや、まあいいっか。この前ので散々甘えさせてやらないと思ったんだし。
どんな駄々をこねたいのかは知らないけど、ある程度は受け止めてやろう、私優しいなぁ!
櫻子「しょうがないなー、私の寛大さに感謝しろよ」
花子「……手、繋いで欲しいし」
櫻子「……」
花子「な、なんで黙るんだし」
櫻子「はぁ……」
花子「何で溜め息つくんだし!」
櫻子「だってそれぐらい普通に言えばいいじゃん」
花子「だって暑いって……」
櫻子「……花子、ちょっと目を瞑って」
花子「?」
やたらと素直に目を閉じた花子の額に、軽くデコピンした。
花子「なにすんだし!」
櫻子「一々遠慮しすぎ! もっと素直にねーちゃんに甘えろよ!」
花子「一々櫻子が調子に乗るせいだし! ……それがなければもうちょっと素直になるし」
櫻子「……記憶にございません」
花子「その台詞はもっと偉くなってから言えし」
櫻子「……疲れた」
花子「……花子も」
櫻子「……ほら、手」
花子「……うん」
櫻子「涼しー!」
店内に入って、座席についた途端、開放感がわいてきて、反射的に私は声を上げた。
いやー、ここまで歩いたかいはあったなぁ……と達成感までわいてきて、伸びまでしてしまった。
花子「騒ぐなし、迷惑だし」
櫻子「えーいいじゃん別に」
花子「少なくとも花子は恥ずかしいし、子供のすることだし」
櫻子「じゃあ花子がすればいいじゃん」
花子「なんでだし、嫌だし!」
櫻子「あっ、騒いだね」
花子「……」
櫻子「結構怖いから睨まないでごめんなさい」
花子「ふん」
逃げるようにメニューに目を落として、注文を決めた。
櫻子「じゃあこれでいいかな……お金は……って別にいいか」
花子「ん?」
櫻子「ねーちゃんの金払いがやたら良かったしね、ひょっとして宝くじでも当たったのかな」
花子「夢見すぎだし」
櫻子「花子は当たったら何したい?」
花子「ありきたりな質問だし」
櫻子「私は札束のお風呂入りたい!」
花子「趣味悪すぎだし!」
櫻子「えっーいいじゃん、出たあとにタオル使う必要もないし、水資源も大切に出来るし」
花子「……もう突っ込むのもめんどくさい」
櫻子「で、花子は?」
花子「えっ?」
櫻子「花子はなにがしたいの?」
花子「……いらないし」
櫻子「いらない!? いらないの!?」
花子「ひ、人の事あんまり言えないけど、大声やめろし……」
人差し指を口元に当てる花子を見て、思わず私は口を手で覆ってしまった。
……いやーでもしょうがないじゃん。まさかいらないだなんて。
櫻子「……で、なんでなの?」
花子「……今欲しいのはお金じゃ買えないから」
櫻子「……花子大人だなー、ちょっと感心しちゃった」
花子「……なんか櫻子に感心されるとむず痒いし」
そう言いつつも、どこか嬉しそうで、花子は視線をうろうろとさせている。
花子「そもそも櫻子に感心なんて感情があったのが驚きだし」
櫻子「なにを、私はリスペクトを忘れない人間だぞ」
花子「初耳だし」
櫻子「例えば周りに気を配るあかりちゃんとか杉浦先輩とかさ、」
花子「……あかりさんってあの?」
櫻子「なんだよ文句あんのか! 友達の悪口はだな!」
花子「違う違う! 知ってる人か確認しただけだし……寧ろ分かるし」
櫻子「でしょー、私もああいう風に優しくなりたい!」
花子「花子もだし、だからとりあえず」
櫻子「んー?」
花子「注文待ってるウェイトレスさんに優しくすることから始めないといけないし」
櫻子「あっ」
花子「……ずっと待たせてすみませんし」
ウェイトレス「いえ、出来た妹さんですね」
櫻子「……あっ、いえいえ」
ウェイトレス「それでご注文は」
櫻子「ああ、カップル用のパフェでお願いします」
ウェイトレス「……えっ?」
花子「は!?」
櫻子「ほら丁度いいじゃん、一緒に食べるでしょ?」
一つだけのプリンを思い出しながら、私は言った。
櫻子「いやカップル用って大丈夫ですかね、昔はお姉ちゃんと結婚する! とか言ってたはずなんですけど」
花子「ねつ造すんなし!」
ウェイトレス「ええ、大丈夫ですよ。大変失礼いたしました」
注文を確認すると、ウェイトレスさんは微笑ましそうに去って行った。
いやー私頭良いなー、一緒に食べるにはピッタリじゃんこれ!
花子「……櫻子」
櫻子「んーなに?」
花子「あかりお姉さんとか杉浦さんに会わせて欲しいし」
櫻子「えっ、急に何を」
花子「一から櫻子に気配りとはなんたるかを叩きこんでもらうようにお願いするんだし」
櫻子「……花子、声が怖いんだけど」
花子「なんで?」
櫻子「へ?」
花子「怖くしてるから当たり前だし」
櫻子「ひっ」
花子の普段の怒り方とは、全く性質が違った。
一気に放出するのではなく、淡々と、継続的に放って、収まることのない腹の虫を飼い慣らしている。
……やばい。三文字だった。
三文字が、今の私の脳の中の全てだった。
次に来た文字は、どうしようだった。どうしようどうしようどうしよう。
脳の中に埋め尽くされたそれが去った後、思考が戻ってくると、今度は胃が軋んで来た。
このままでは外からは食べ物に、内からはプレッシャーに圧迫され、胃が縮むどころか消し飛んでしまうんじゃないか。
そんな恐怖にまで達する頃に、やっと口は開かれた。
櫻子「は、はなこ」
花子「な、なに涙目になってるんだし!」
席を立った花子が慌てて駆け寄ってくる、少しだけ恐怖が和らいだ。
櫻子「許して……」
花子「そ、そこまで落ち込むかし……」
明らかに怒りの形相を引っ込めた花子は、私の頭を撫で始めた。
花子「だ、大丈夫、大丈夫だし。花子もちょっと怒りすぎたし」
宥めている花子の手からすら、動揺が伝わってくるけど、
その不器用な感触が、強張った私の心を解して、正常な状態に戻していった。
櫻子「うぅ……姉の尊厳が飛んでいく」
花子「……この前言ったはずなんだけどなぁ」
櫻子「なにを……?」
花子「まあ、いいし。折角来たんだから食べるし。……すみません。進路をふさいでしまって」
ウェイトレス「いえ、いいんですよ」
櫻子「……恥ずかしい」
花子「いつまで固まってるんだし」
櫻子「いいもん! どうせ私は子供だもん」
花子「……ほら」
櫻子「……へ?」
花子「あーんだし」
パフェの中身が乗っている、花子のスプーンの先端が、私の口元近くにあった。
花子「子供なら嬉しそうにしろし」
櫻子「……花子の方が嬉しそうじゃん」
花子「花子が嬉しいんだから櫻子も嬉しいはずだし」
櫻子「もーわかったよ」
素直にスプーンを、口の中へ入れた。
花子「おいしい?」
櫻子「うん、ほら、花子も」
花子「えっ」
櫻子「えっってそういうやつでしょ」
花子「いや、そうだけど……」
櫻子「風邪の時はあんなに素直だったのに」
花子「あれは……違うし」
櫻子「何が違うんだか、ほら」
私のスプーンを花子の口に持っていくと、思いの外渋ることもなく、花子はそれを口に入れた。
櫻子「おいしい?」
言葉を発することも無く、返答はただ頷くのみだった。
あーあ、耳元まで真っ赤にしちゃって。そんなに甘え下手かこいつは。
……でもなーんかそういう所を見るのが嫌いじゃなかった。
花子「周りの視線が痛かったし」
外に出ての花子の第一声が、それだった。
櫻子「えっ、そんなんあった?」
花子「鈍感で羨ましいし」
櫻子「そんな悪いことしたかなぁ」
花子「鋭い視線じゃないし、生暖かい視線だし」
櫻子「クーラー効いてて良かったね」
花子「もうそういうことにしておくし」
櫻子「あっ、そうだ! ついでに買い物でもしていこっか」
丁度、この近辺にある、数階建ての、大型のショッピングモールが頭の中に浮かんだ。
櫻子「ほら、いこいこ!」
花子「あっ、ちょっと! 手引っ張るなし」
考え付くと速やかに行動に移し、花子の手を引き早足で歩道を進んでゆく。
そう時間がかかることもなく、暑さに身を焦がされることもなく着き、移動には苦が無かった。
とは言っても、お店の中へ入った時の冷却感は同じで、声を上げはしなかったけど、とても心地のいいものだった。
さくはな!
花子「……今更なんだけど」
櫻子「ん? なに?」
花子「撫子お姉ちゃんのお金なんだから無駄遣いしちゃ駄目だし」
櫻子「でも折角くれたんだし……。あっ! そうだ」
花子「……今度はなんだし」
もう花子は慣れたもので、さして声の調子を上げることもなく、目線すらその辺をうろうろと泳いでいた。
櫻子「電話で聞けばいいじゃん、使っていいか。えっと携帯は……」
花子「多分撫子お姉ちゃんに聞いてもよっぽど妙なことに使わない限り肯定してくれるし」
櫻子「じゃあ電話しなくていい?」
花子「いやそれは……それに櫻子なら妙なことに使いかねないし」
櫻子「偏見だ! もう取りあえず電話するからね! ……あれ?」
花子「どうしたの?」
櫻子「携帯無い……」
花子「……えっ?」
櫻子「あれ!? さっきのお店で置いて来ちゃったかな!?」
花子「いや、それは花子確認したし」
櫻子「ほんと几帳面だなー、じゃあ家か……よし、公衆電話を使おう!」
花子「……は?」
櫻子「いやあれ使ってみたかったんだよね! なんかかっこいい!」
花子「いやちょっと待つ……」
櫻子「じゃあかけてくるからそこのベンチで待ってて!」
逸る気持ちを抑えきれず、私は駆け出した。
えっと、こういう所にあったっけなぁ、まああるなら探せば見つかるでしょ!
さして不安にも思わず、右へ左へと身体を動かして行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
花子「……花子の携帯使えばいいだけだし」
ほんと、元気が有り余りすぎているというかなんというか。
そそっかしい櫻子が、少し羨ましくなるぐらいだった。
櫻子がすっ飛んで行くと、嵐が去った後のようで、周りの人々の喧騒があるにもかかわらず、
耳にはさしてとどかず、逆に静かすぎるようにすら思えた。
こうなってくると、落ち着く気持ちと同時に、疲労感も浮き出てきて、軽くあくびまで出そうになった。
惰性のように足を進め、櫻子の言う通りにベンチに腰を掛けた。
休息を取るには丁度良かったタイミングかもしれない、考えることをやめて、なんとなく天井を見続けていた。
「……あっ、花子ちゃん?」
聞いたことのある声が耳に届くと、途端に頭を切り替えて、視線を天井から下ろした。
一瞬、警戒して身体が強張ったけど、ふんわりとした空気を纏ったその人が目に映ると、
すぐに気持ちを緩めて、その人の名前を呼んだ。
花子「……あかりお姉さん?」
あかり「わぁ! 偶然だね! こんにちは!」
花子「こんにちはだし」
あかりお姉さんは、まるで親友と遭遇したかのように、心の底から喜んでいて、
純粋さの権化のような姿は、なんともかわいらしかった。……年上に失礼かな。
あかり「んー? どうしたの?」
花子「いや、凄く嬉しそうだなぁと思って」
あかり「当たり前だよぉ、花子ちゃんはあかりにとって大事なお友達だもん。……とは言っても前は迷惑ばっかりかけちゃったけど」
花子「そんなことないし、花子にとってもあかりお姉さんは大事なお友達だし」
あかり「えへへ、そっかぁ」
あかりお姉さんは照れくさそうに頬をかくと、隣良いかなと聞いて来た。
もちろん良いと言うと、あかりお姉さんが腰を下ろして、ベンチの人数が二人になった。
花子「それに、丁度櫻子とあかりお姉さんの話をしたばっかりだし」
あかり「えっ? あかりの?」
花子「あかりお姉さんを見習おうって」
あかり「え、えっ?」
何を言われたのか分からないようで、あかりお姉さんはあたふたと忙しなくしている。
あかり「良く分からないけど凄く嬉しいなぁ」
花子「あとあかりお姉さんに櫻子を厳しく指導してほしいって」
あかり「なんでそうなったの!?」
花子「あっ、いや。言葉の綾というか……」
つい出さなくていい言葉まで話してしまう。
どうもあかりお姉さんの空気に呑まれてしまっているのかもしれない。
あかり「えへへ、花子ちゃん面白いね」
花子「面白いかし……」
あかり「……あれ? そういえば今一人で来てるの?」
花子「櫻子と一緒だったんだけど、ちょっと暴走してどっかいっちゃったし」
あかり「あはは……櫻子ちゃんらしいね」
花子「あかりお姉さんは一人かし?」
あかり「いや、お姉ちゃんと来てるんだけど、今ちょっと探し物があるからって他の階に行ったんだよ、
なんかあかりはついてきちゃ駄目だって、暑くて疲れただろうからここで休んでなさいって、別に大丈夫なんだけどなぁ」
花子「へぇ……」
……やっぱりあかりお姉さんのお姉さんなんだから優しい人なのかな。
花子「お姉さんってどんな人だし?」
あかり「えっとね、あかりのことを凄く見ててくれてね、底抜けに優しくてね、大人びててね、
いつも落ち着いててね、だけど周りをふわっと明るくしてね、すっごく綺麗でね、それで、それで……あっ! ごめんね! 長々と話しちゃって!」
花子「いや……全然大丈夫だし」
身振り手振りを交えながら、お姉さんのことを話すあかりお姉さんの姿は、
見ていてとても微笑ましくて、別に謝られるようなものではなかった。なるほど、姉妹なんだなぁ。
……なぜか、訊かなくても分かる事が訊きたくなった。
花子「……あかりお姉さんは、お姉さんのこと、好き?」
あかり「うん、あかりお姉ちゃん大好き!」
屈託のない笑顔で言い放つあかりお姉さんの姿は眩しすぎて、近くで見ると、目に刺激が強すぎた。
……そっか、そうだよね。本当に、聞くまでも無い話。だけど、聞いた途端、なぜか胸がもやもやした。
あかり「……どうしたの?」
花子「えっ」
あかり「なんか少し暗い顔だなぁ、って」
花子「そんなこと……」
あるのか、ないのか、自分でも分からなかった。
あかり「……櫻子ちゃんのことかな?」
花子「……なんで分かったんだし」
あかり「なんでもなにも、こういう話をしてるんだからわかるよぉ」
花子「……」
あかり「櫻子ちゃんとなにかあったの?」
花子「いや、その……」
あかり「喧嘩……とかじゃないよね」
花子「……うん」
あかり「じゃあ、櫻子ちゃんのことが嫌とか、そういうのじゃないんだよね」
花子「……うん」
あかり「……そっかぁ」
あかりお姉さんは最後にそう言うと、質問を打ち切った。
そこから、沈黙が続いて、さっきまでは聞こえなかった人々の声が、耳に入ってくるようになった。
賑やかさにちょっとだけ、重い口が軽くなって、再び言葉を発するまでには、どれぐらい掛かったのか分からなかった。
花子「……これ以上訊かないの?」
あかり「言いたくないことは誰にだってあるよぉ。……でもね、花子ちゃんが言いたいなら、話したいなら、あかりは相談に乗るよ」
落ち着いたトーンで話すあかりお姉さんの声には、軽さがなくて、
大きい声ではないのに芯まで届くような、そんな力強さを持っていた。
花子「……あかりお姉さんって、凄く大人っぽいし」
あかり「えっ!? そ、そうかなぁ!? 初めて言われたよぉ!」
今度は大きい声を発したのに、重苦しさが無くて、やっぱりふわりふわりとした人にも見えるし、
ガッツポーズまでして見せる姿は幼いはずなのに、なんだかとっても大きく見えた。
きっと、周りに安心を与えるような、そんな人なんだろうなぁと思った。
本人は、きっと気づいてないんだろうけど、多分、輪の中心に、知らず知らずの、本当に知らず知らずにいるような、そんな人。
……よく気付いたなぁと、妙な所で櫻子に感心してしまう。
花子「……わからないんだし」
あかり「うん」
花子「櫻子のこと、絶対嫌いじゃないんだし」
あかり「……うん」
花子「それどころか、嫌いからは一番遠い、反対のところにいるんだし。……もちろん、無関心とかじゃなくて」
あかり「そっかぁ……」
花子「だけど、それがどういう感情なのか分からなくて……なんだか恐ろしくて……ごめんなさい、上手く言えなくて」
これ以上言葉が出て来なくて、出てきた言葉も中途半端で、
自分に嫌気がさして、嫌気がさして、お姉さんには申し訳なくなった。
折角相談させてくれているのに意味がないようで、好意をぞんざいに扱ってしまっているようで、やっぱり自分に嫌気がさした。
さっきまで天井を見ていたのに、今となっては視線は一番下を向いている。
このまま床の下まで見渡せそうな錯覚すらあって、底の底にまで目を凝らすように、ただただ下を向いていた。
あかり「ううん、いいよ。頑張ったんだよね。あかりね、話してくれて凄く嬉しかったよ。……ちょっとごめんね」
なにか物音が聞こえるけど、聞き流す意図もないのに、勝手に耳からすり抜けて行って、何も聞こえないのと一緒だった。
あかり「少しだけ、顔を上げてくれたら嬉しいな」
それでも、あかりお姉さんの声はなんとか聞こえて、僅かに顔を上げてみると、
ベンチから下りたあかりお姉さんが、私の目の前に座り込んでいて、手には何かを持っていた。
あかり「はい、これ」
ほとんど無意識に、それを受け取ると、冷たい感触が手の平に広がった。
あかり「今回はね、自販機さんが優しかったんだよ」
花子「……え」
あかりお姉さんの声に釣られるように、俯いた顔を上げた。
あかり「ちゃんとジュース出してくれたんだぁ、だから花子ちゃん、一緒に飲もうよ!」
見えたのは、満面の笑みを浮かべるあかりお姉さんだった。
あかり「あ、あれ? このジュース嫌いだった?」
言葉が出て来なくて、黙り込んでいたら、またあかりお姉さんはあたふたとし始めて、
自分の持ったペットボトルと、こちらが持っているペットボトルを頻繁に見比べている。
……本当に、不思議な人だなぁ。
花子「……いえ、嫌いじゃないですし」
あかり「そ、そっかぁ……よかった」
あかりお姉さんは胸を撫で下ろすと、再びベンチに座って、飲み物に口を付け始めた。
同じように、ペットボトルの封を開けようと思ったら、もう開いていて、
どういう意図かすら一瞬で呑み込めて、なんとなく、頬が緩んだ気がした。
飲み始めたあとは、黙々と水分を取り込み続けて、知らずに乾いていた喉を潤し続けた。
あかり「ちゃんと水分取らないと今は駄目だもんね」
こくりと頷く。
あかり「あかりなんてすぐふらふらしちゃうから、水筒を欠かせないんだぁ。
だけど、それも全部飲んじゃったから、何か買わないと思ってね、見かけた自販機で二つぐらい買っておいたんだけど、丁度良かったよぉ」
花子「……ありがとうございますし」
あかり「どういたしまして!」
ある程度飲み進めたあとには、もう地面は見えなくなっていた。
耳もそれなりに聴こえるようになったし、なんとか普通に戻れたのかもしれない。
あかり「……あのね、花子ちゃん」
花子「……ん?」
あかり「もしかしたらね、気に障ることを言っちゃうかも」
花子「あかりお姉さんがそんなことを言うとは思えないし」
あかり「買い被りすぎだよ」
あかりお姉さんは照れもせず、持っているペットボトルを眺めていた。
あかり「……だからね。花子ちゃんは、櫻子ちゃんのことが大好きなんだよね」
花子「……」
あかり「やっぱり不快にさせちゃったかな」
首を振った。
あかり「そっか」
あかりお姉さんの真似をするように、膝の上に抱えたペットボトルを眺めていた。
あかり「……割り切れないんだよね、きっと。あかりが花子ちゃんぐらいの時はここまで頭良くなかったんだけどなぁ。
いや、当たり前だよね。今だって花子ちゃんのお世話になっちゃうぐらいだもんね」
えへへと笑う、あかりお姉さんの姿には卑屈さが全く無かった。
なんだか、真っ白すぎて、さっき大人っぽいと評したのと矛盾しているようで、していなくて。
大人とか子供という尺度で測ることは、雲を掴むのと同等の絵空事にすら思えた。
そういえばふわふわとした白い雲は、あかりお姉さんとイメージが重なる気がする。
だけど、困難と分かっていても、好奇心が湧いて、どうしても聞いてみたくなった。
花子「あかりお姉さんは、どんな子供だったんだし?」
あかり「イジメイケナインジャーとか葉っぱ仮面やってたよ」
花子「……はい?」
あかり「は、はずかしいよね……今だって子供だけど、今の花子ちゃんと昔のあかりを会わせてみたら、全くお話にならないんじゃないかな。
……その、おつむのできの問題で。うぅ……自分で言ってて顔が熱くなってきた」
あかりお姉さんはやけを起こすように、ジュースを勢いよく飲むと、少しむせて、咳を繰り返した。
花子「だ、大丈夫かし」
あかり「あ、ありがとう、花子ちゃん」
あかりお姉さんの背中を擦っていると、なんだか親近感を覚えて、安心した。
……それは、そうなんだよね。雲みたいなお姉さんですら固くなったり、重くなったりすることはきっとあって、
そもそも雲が黒ずんで、雨を降らすように、涙を流す時だってあるはずで、だから、花子が苦しくなったのは当然なんだと思った。
当然、当たり前、普通。そんな言葉が妙に安堵を運んできて、どうしてだろうと考えるけど、さっきほど重くはならなかった。
きっと、頑張ったあかりお姉さんが、花子の重さを持って行ってくれたんだと思う。……その分、少し恥ずかしい思いをして。
あかり「……あとねぇ、花子ちゃんみたいに髪が長かったかなぁ」
花子「髪?」
あかり「いつだったかなぁ、ばっさり切ったのは」
あかりお姉さんは思い返すように、指を数えていた。
あかり「そういえば、ゲン担ぎみたいなところがあるよね、こういうのは」
花子「ゲン担ぎ?」
あかり「でもね、花子ちゃんは髪を切らない方がいいと思うなぁ」
花子「どうしてだし?」
あかり「だって凄く綺麗だもん!」
花子「あ、ありがとうございますし」
あかり「きっとね、櫻子ちゃんもそう思ってるよ!」
花子「……それは、どうだか」
乾いた笑いが出てきてしまう。
櫻子にそういう台詞を言われても、嬉しくなるのかな。
なんだか、ミスマッチすぎて、笑っちゃうかもしれない。
花子「そういえば櫻子遅いし」
あかり「どうしたのかなぁ。……あれ、なんか電話が、ちょっと出ていいかな?」
花子「大丈夫だし」
あかり「うん、ごめんね」
あかりお姉さんは電話を取り出すと、液晶に触れ、耳に持って行った。
あかり「もしもしお姉ちゃん? ……うん、いいよ。……うん、……えっ!?、ちょっと早口で分からないよぉ!
えっ、いるけど、……うん、分かった。ちょっと待ってね」
あかりお姉さんは電話を一回耳から離すと、こちらに目を向けた。
あかり「えっとね、あのね、花子ちゃん」
花子「なんですかし?」
あかり「長くて長くて腰まで越すような長髪でああでも別に重苦しそうじゃない髪で
えっとちょっとウェーブが掛かっていてそれでそれでそうお人形さんみたいな綺麗で小さな子見かけなかった!?」
花子「……」
あかり「や、やっぱり見てないかな」
花子「た、多分見てないと思う」
捲し立てるあかりお姉さんに気圧されて、小声で返した。
……なんだろう、その美辞麗句を過剰に盛り込んだような言葉は。
あかり「そっかぁ……ちょっと通話に戻るね。……ごめん、分からないって。
えっ知り合い? ……あっ、うん、一緒にいるけど。……ああ、そうなんだ。じゃ、じゃあ待ってるね……」
花子「お姉さんからかし?」
あかりお姉さんは通話を打ち切った後も、電話をしまわず、膝の上に置いたままだった。
あかり「あ、う、うん……」
処理落ちしたように、遅れたレスポンスを返すあかりお姉さんは、明らかに様子がおかしかった。
どうしたのかなと、対応が分からずに見続けていると、今度は頭を抱え始めた。
あかり「どうして気づかなかったんだろう……うう」
花子「だ、大丈夫かし……?」
流石に反射的に声が出て、こっちまで動揺が移ってしまった。
あかり「……あのね。花子ちゃん。もしかしたらね。気に障ることを言っちゃうかも」
既視感、デジャヴ、というよりさっきと全く同じの言葉。
だから、ちょっと安心していた部分があったのかもしれない。
あかり「お姉ちゃんね、櫻子ちゃんと一緒にいるんだって。それで、今からここに来るんだって」
何故だか一瞬で全てを把握して、さながら沸騰したやかんと化した顔を、手で覆った。
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迷った。適当に探し回って、あちらへこちらへと縦横無尽に動いていたら、
フロアの間取りが良く分からなって来て、ぐるぐると眩暈が始まっている。
「あら、あれは」
少し後ろから、落ち着いた声が聞こえた。
「……櫻子ちゃん?」
名前を呼ばれ、私に向けられたものだと気づいて、振り返った。
櫻子「……あっ、あかりちゃんのお姉さん!」
あかね「奇遇ね、こんなところで」
櫻子「奇遇ですねー」
えへえへと笑い合い、和やかな空気が生まれた。
……いや笑ってる場合じゃない!
あかね「……なにかお困りのようだけど、どうしたのかしら」
櫻子「ちょっと、迷ったというか、どこに戻ればいいのか分からないというか、
まあ建物の中だからそんなでもないんですけど……あっ! でも待たせてるから!」
花子の姿が思い浮かぶと、途端に冷や汗が背筋をのぼっていった。
いくら人通りのいい、建物の中で、花子が大人びていても、ずっと一人にしているのはまずい!
ああ見えて甘えたがりだし、最近は結構くっついて来てるし……寂しくて泣きだしたりして。
……いやいや、それはないにしても、結構寂しがっているのは想像出来た。
すぐに戻るつもりだったんだけどなぁ……いや、考えてもしょうがない。
櫻子「あ、あの!」
あかね「……はい?」
櫻子「長くて長くて、腰まで越すような長髪で、ああでも別に重苦しそうじゃない髪で、えっと、ちょっとウェーブが掛かってて、
それで、それで! ……そう、お人形さんみたいな、綺麗な小さい子見かけませんでした!? ……その、八歳の、妹なんですけど」
私が捲し立てると、お姉さんは声も挟めないといった様子で、呆然としていた。
櫻子「あっ、すみません……捲し立ててしまって」
あかね「……いえ、いいのよ」
お姉さんは落ち着いた声で返答したけど、どこか興奮しているような色もあって、
つかみどころのない雰囲気を発していた。……なんかちょっと怖いような。
あかね「随分妹さんをかわいがっているのね」
櫻子「へ? いや、まあ、それなりに、ですかね……」
あかね「いいのよいいのよ恥ずかしがらなくて、とても素晴らしいことよ」
や、やっぱり怖い! ちょ、ちょっと話題を一回変えないと、取り返しのつかないことにすらなる気がする!
櫻子「そ、そういえばあかりちゃんは一緒じゃないんですか」
あかね「あかり?」
あれなんかさっきより凄みが増してる気がする! 敵意は感じないけど見てるだけでなんか重い!
あかね「ええ、一緒よ。ちょっと今ベンチで休んでいるはずだけど」
……あかりちゃんはベンチ、あっ、そうだ!
櫻子「あの、電話してもらっていいですか! 知り合いだから、見かけたら一緒に話とかしてるかも……」
プレッシャーが無かったように、また言葉を捲し立ててしまった。
今度は慣れたものなのか、さして戸惑わずに、お姉さんは携帯を取り出した。
あかね「ええ、大丈夫よ。ちょっと待ってね。あっ、ここじゃ電話しにくいから、少し裏手に出て来るわ。……ここらへんで、待っていてもらっていいかしら」
櫻子「? いや、私もついて行った方が……」
あかね「はい、これ」
櫻子「……ジュース?」
あかね「一回、足を休めておいた方がいいわ。心身に疲れが溜まってそうだし……大丈夫よ、すぐ見つかるから」
櫻子「あ、ありがとうございます」
差し出された飲み物を私が受け取ると、お姉さんは去って行った。
……やっぱりあかりちゃんのお姉さんなんだなぁ。
櫻子「……あかりちゃん、花子となんかあったの」
同じベンチに座っている二人は、妙に気まずそうだった。
花子は端っこでうずくまるようにしていて、話しかけにくいし……。
あかり「お姉ちゃん! なんで花子ちゃんだって言わなかったの!」
ベンチから立ち上がったあかりちゃんが、なぜだかお姉さんに怒っている。
あかね「あかりの天然ぶりに賭けてみたのよ」
あかり「意地悪しないでよぉ……」
あかね「ごめんなさいね。それに、名前を教えてもらってなかったものだから」
櫻子「ああ、そういえば忘れてた。花子っていうんですよ!」
花子「おっそいし……」
あかり「櫻子ちゃんの妹だって言えば伝わったよね……それに、わざと訊かなかったんでしょ」
あかね「さあ、どうかしらね。なんにせよ、あなたたちは無邪気で微笑ましいわね」
櫻子「えへへー、そうですかね!」
あかり「もう!」
あかね「……えっと、花子ちゃんね」
花子「はいですし……」
あかね「本当に櫻子ちゃんが言った通りの子ね。意地悪して、本当にごめんなさいね。どうしても、こういうことには敏感になってしまって」
花子「?」
櫻子「あっ、あかりちゃん」
あかり「なに?」
櫻子「結局なんで花子はあんなんになっちゃったの」
あかり「いや、ええっとぉ……」
花子「……あかりお姉さんは全く悪くないし、櫻子が原因だし」
櫻子「私のせいかよ! ……あーそうか」
花子「なにをニヤニヤしてるんだし……」
櫻子「そんなにお姉ちゃんが恋しかったのか!」
花子「は?」
櫻子「しょうがないやつめ、まあ私が悪かったよ。ほら、膝枕でもしてやるからおいで」
すっ飛んで行って、ここまで待たせちゃったのは私のせいだしなぁ。
ベンチに座って、膝の上を叩いた。
花子「……」
櫻子「……あれ、ほんとにするの」
花子「素直に甘えろと言ったのは誰だし」
櫻子「……まあそーだけどさー」
花子「……櫻子のばか」
櫻子「ごめんごめん悪かったって」
花子「絶対分かってないし……でも、分かんないでいいし」
櫻子「なんだそれ」
あかね「……さて、私たちは帰りましょうか」
あかり「うん、そうだね」
あかね「じゃあ、失礼するわね。ごゆっくり」
櫻子「あっ、はい! ありがとうございました!」
花子「ありがとうございますし」
寝かした身体を起こした花子が、頭を下げた。
もう、今はいいのに……とは言えないけど、誰の影響を受けたんだか。
あかり「じゃあまたね! 櫻子ちゃん、花子ちゃん!」
櫻子「またねー!」
花子「あっ! 待って!」
あかり「んー?」
花子「……あかりお姉さん、ありがとう」
あかり「役に立ってたら嬉しいなぁ」
そう言って去っていく、あかりちゃん達の後ろ姿を見届けた後、花子は何も言わずに、私の膝に戻って来た。
特に会話も無く、ゆるやかに、二人で過ごしていたけど、もうそろそろ喋ってもいいかなと思って、疑問を口に出した。
櫻子「あかりちゃんとなんか話してたの? なんか役に立つとかなんとか言ってたけど」
花子「……そういえば、計らずもあかりお姉さんには会えたし」
櫻子「あーそんなん言ってたね、ツキが巡って来たのかな!」
花子「……ゲン担ぎする必要も無さそうだし」
櫻子「なにそれ」
花子「なんでもないし」
櫻子「あつかったー!」
結局なにも買わずに家に帰って来た。
玄関で靴を乱暴に脱ぎ捨てると、呆れもせずに、花子がそれを整えている。
花子「気持ちは分かるけどしゃんとしろし」
櫻子「ごめんごめん、しっかし玄関先はまだ暑いなぁ。あっそうだシャワー浴びようシャワー!」
花子「えー花子も浴びたいし」
櫻子「じゃあ一緒に入ればいいじゃん」
花子「えっ、でも」
櫻子「遠慮するなって、お姉ちゃんが洗ってやんぞ」
花子「余計駄目だし……」
櫻子「なんでだ……」
花子「……もういいし、入るし」
そそくさとスタートダッシュを決めるように、花子は玄関に背を向けて、家の中へ進んで行った。
早いもの勝ちというのは大室家の掟には無いのに! ……いやあったような。いつも花子の牛乳飲んでるし。
櫻子「はぁ、じゃあ私は水じゃなくてエアコン浴びて涼んでよ」
花子「なんで」
櫻子「はぁ?」
花子「だから、いいし。一緒に入るし」
櫻子「一々洗うの面倒じゃないのこの長さだと」
水を吸って、重たくなった花子の髪を見ると、そんな感想が出てきた。
花子「大変だし、すぐ傷みそうになるし」
櫻子「よし、じゃあ私が丁寧に洗ってやろう!」
花子「だから別にそれはいいし、各々でやればいいし」
櫻子「それじゃあ一緒の意味ないじゃん」
花子「……いや、同時に入れるんだからあるし」
櫻子「あっ、そうか」
花子「本気で言ってたのかし」
櫻子「……しっかしほんと髪長いよなー」
花子「切りたくないんだし……それとも切った方が大人っぽいかし」
櫻子「えっ! やだ!」
花子「……え」
櫻子「だってこれなら色々いじれんじゃん、私の美容師としての魂がうずくし!」
花子「それ遊んでるだけだし!」
櫻子「それにたくさんの花子が見られるし」
花子「……櫻子は女泣かせになるし、絶対なるし」
櫻子「なんで……そりゃこの前は泣かせちゃったけどね」
花子「櫻子は救えないし」
櫻子「……よくわかんないけど、じゃあ花子がすくってよ」
花子「スプーンみたいなノリで言うなし」
櫻子「一緒に寝よ! 花子!」
花子「……なんでだし」
枕まで持参して、花子の部屋までやってきた。
もう花子には眠気が襲い掛かる時間だから、対応する声はなんだかしょぼしょぼとしていた。
櫻子「いやー、人恋しい夜だから」
花子「……ほら、おいでだし」
花子は気だるげにベッドを叩いて、半ば投げやりに許可しているように見えた。
櫻子「妹のくせに」
花子「櫻子のくせに」
くだらない軽口を交わした後、私は花子のベッドに入り込んだ。
花子「……ねえ櫻子」
櫻子「うん?」
花子「今日、楽しかった?」
櫻子「……なに、その重病患者みたいな」
花子「望んでいることが叶わないことだけは一緒だし」
櫻子「?」
花子「昼間の宝くじの話覚えてるかし?」
櫻子「ああ、エコの話?」
花子「札束風呂はエゴだし。そっちじゃなくて、欲しいものがお金で買えないって話」
櫻子「ああ、なんか大人っぽいこと言ってたね」
花子「結局、っぽいってだけなんだし」
櫻子「……どういうこと」
花子「年齢はお金じゃ買えないし」
櫻子「……花子、大人になりたいの?」
花子「相対的な話だし」
櫻子「……ちょっと頭痛が痛いんだけど」
私が悩んでいると、花子は少しだけ声を出して笑った。
櫻子「……なに笑ってんの」
花子「櫻子は子供っぽいし、だけど子供じゃないし」
櫻子「そりゃ、花子よりはお姉ちゃんだからね」
花子「だから、花子より先を行ってるんだし。……どうやったってそんなの埋められないし」
ずっと淡々とした調子だった花子の声が、揺れ動くのを感じた。
花子「……大人になりたいんじゃないんだし。櫻子と一緒になりたいんだし、櫻子と一緒にいたいんだし!」
櫻子「……花子?」
花子「だけど花子は子供だから! 櫻子お姉ちゃんに甘えたいし! 甘えちゃうし、ちっちゃいから……。
でも、もう見て見ぬふりはいやで……ちゃんと向き合いたくて、面と向かって言えるようになりたいから……だから、だから」
……薄々と気が付いていたのかもしれない。
今、ここで、一緒に眠ろうとしたのも、帰ってからの花子の様子がおかしかったせいだったりするのかも。
淡々としていても、時折軋みを覗かせていて、それは覗かせるたびに更に増していって。
もしかして、私が部屋に来た時に、花子の応対する声が小さかったのは、眠かったからじゃなくて、
ずっと悩み事を抱えていた結果で、私に取り繕う態勢を整えるのに、少しのラグがあったからかもしれない。
櫻子「ねえ、花子。今日、楽しかった?」
花子「……楽しかった」
櫻子「なら、いいじゃん別に」
花子「……よくない」
櫻子「だってさ、勿体ないよ。たとえ大人になれてもさ、その数年分をぎゅーって潰して、
楽しいことまで壊しちゃうなんてさ、なんかつまんないよ。私はそんな生き急がないけどなー」
花子「……なんで櫻子のくせにまともなこと言ってるんだし」
櫻子「私だって真面目な時ぐらいあるわい」
花子「……そっか。じゃあ、花子にもぎゅーってしたい時だってあるし」
櫻子「あーこのわからずやめ! ……ん」
私の口元に、花子の人差し指が添えられていた。
ひんやりとしたそれは、しっ、っとする合図のようで、熱くなった私を冷ました。
平熱に戻ると、なにも言うことが思い付かなくなり、黙り込んでしまう。
花子は、なにも言わずにこちらを見つめている。
その表情が分からないのは、きっと薄暗いせいではなくて、私が見たことのない顔だからだった。
毎日私と顔を合わせて、分かり易いぐらいにコロコロと表情を変えるのに、今の花子は記憶のどこにもいなかった。
だけど、目の前にいる女の子が誰なのかなんて、聞くまでもない話で。
花子「ねえ、櫻子、ぎゅってして」
櫻子「花子、何読んでんの?」
今さっきまで寝転んでいた、ソファから起き上がった。
花子はテーブルの前に座り、手に持つ文庫本を開き、視線をそこに落としている。
花子「小説だし」
櫻子「それ挿絵とかあんの?」
花子「ないし」
櫻子「そんな難しい本読んじゃって……」
花子「普通の小説読んでるだけだし……」
櫻子「……まだ大人になりたいの?」
花子「いや、それはもういいし」
櫻子「割り切るのはや!」
花子「櫻子がそう仕向けたんだし……。結局花子は今は子供でしかないんだし」
櫻子「……そっかそっか」
花子「何をにんまりとしてるんだし」
本から目線をこちらに向けた花子は、笑う私を見て、きょとんとしている。
意図を分からせるために、私は腕を広げてみせた。
櫻子「ほら、花子。子供は思う存分お姉ちゃんに甘えろよ!」
花子「櫻子がしたいだけだし」
櫻子「……うぅなぜわかる」
花子「なんとなく」
櫻子「やっぱこいつ子供っぽくねーよ!」
花子「はぁ……うるさいし」
喚く私を無視するかのように、再び花子は読書に戻った。
なんだよこの前まではあんなかわいらしかったのに! 寧ろ前より悪化してんじゃん!
花子「……どうせ今はいいんだし」
櫻子「?」
花子「お人形さんは少しの間だけ可愛がられて、後はすぐに飽きられてポイなんだし」
櫻子「……花子」
花子「……なんだし?」
櫻子「花子、お前自分をお人形さんって……」
花子「さ、櫻子が言ったんだし!」
櫻子「……何で知ってんの!?」
花子「気づいてなかったのかし」
櫻子「あーだからあの時あんな照れてたのか」
花子「今更掘り返すなし!」
櫻子「花子から始めたんじゃん!」
花子「あーもう!」
花子はなんとか叩きつけないような仕草で、文庫本をテーブルに置くと、激しい剣幕を見せながら、
こちらに向かってくる。気圧される間もなく、胸ぐらをつかまれて、私は反射的に目を瞑ってしまった。
……あれ? なにか恐ろしいことが起こると思ったら、特に何も無かった。
恐る恐るといった速度で、瞼を開けると、思いの外穏やかな花子の顔があった。
花子「……だから、精々飽きるまではかわいがってほしいし」
花子は微笑をたたえると、私に顔を近づけ、そのまま唇を重ねた。
離れたあとには、花子の表情はもはや微笑とは言えなくて、それは満面の笑みと言った方が正しかった。
花子「大好きだし! 櫻子!」
花子は高々に宣言すると、私の胸に顔を埋め、時折、甘ったるい声で私の名前を呼んでくる。
櫻子「ね、ねーちゃん」
撫子「……あ、いや、ちょっと私に振らないで」
櫻子「は、薄情者め……」
撫子「一つだけ言うけどさ、普通お人形さんって手に収まるものだからね」
櫻子「……だからなんだよ」
撫子「あんたの負け」
櫻子「なににだよ! 私は負けてねーよ! 負けてないもん!」
花子「えへへーさくらこー」
櫻子「……」
花子は飽きもせず、私の名前を呼び続けている。
櫻子「花子!」
花子「なに!?」
櫻子「私も大好き!」
おわり
一応1のスレの続きのつもりで書いたんですけど、前回で切った方が良かったかもしれないのでどっちでもいいです
今更ですけど、感想ありがとうございました
嬉しかったです
おつおつ!!
かわいすぎる
おつ
はなさく好きだから供給あるだけでも嬉しいのに内容もめっちゃ好みでありがたい
気が向いたらまた続き書いてね
大室家は盛り上がり続けるゆるゆりSS界隈いいぞ
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