男「知らないのかい。最近の流行を」
女「いつのまに流行ってたのよ、そんなもの」
カバサ
男「カバサいいよね。南国を代表する打楽器のひとつ」ジャリジャリ
男「マラカスのむっくりなフォルムの外側に玉を連ねた紐を巻きつけた外観」ジャリジャリ
男「玉を握って本体を回すもよし。本体を握って玉をこすりつけるもよし」ジャリジャリ
男「見慣れてくればこの妙なフォルムにエロスすらも感じはじめる一品よ」ジャリジャリ
女「喋るかじゃりじゃりするかどっちかにしてくれない」
男「……」ジャリジャリジャリジャリ
女「じゃりじゃりうるさい」
男「広い世間はもうカバサブームの真っただ中!」
男「このままじゃ女の夏は流行りに置いてけぼりになっちゃうよ」
女「『THE・流行』を地で行っているわよね。完全に今年限りの一発ネタだわ」
男「カバサ、嫌い?」ジャリジャリ
女「べつに嫌いなわけじゃないわよ。興味が一切ないだけで」
男「小学校の音楽準備室にある箱の中でいくつか眠ってたよね」ジャリジャリ
女「なぜか小学校はマイナーな道具が揃ってたわよね」
女「カスタネットとかトライアングルとか、そしてギロ」
男「『ギロ』! 懐かしいねえ。本体の溝を棒でこすって音を出す楽器だっけ」ジャリジャリ
女「たぶん日本の中じゃ『ギロ』よりも知名度ないわよ、カバサ」
男「でも流行してしまったんやもん。仕方ないやん」ジャリジャリ
女「玉をこすってるだけなのに楽しいの?」
男「女さんよ。その質問はまるでおかしいね」ジャリジャリ
女「おかしいかな。飽きずにジャリジャリ鳴らし続けてる姿の方がよっぽどシュールに見えるけどね」
男「カバサは立派な楽器。ピアノを弾いてて楽しいかと聞いているのと同じだよ」ジャリジャリ
女「まさかカバサに対してピアノを引き合いに出してくるとは思わなかったわ」
男「女さんは楽器を差別するのかい! タイプライターだって楽器としてオーケストラに登場する時代なのに!」ジャリジャリ
女「ジャリジャリうるさい」
男「女さん、実はカバサを見下してるでしょ。本の虫のくせに」
女「読書家を見下してるでしょ、脳内南国トロピカルさん」
男「カバサは日本ではマイナーな楽器だった。そこは認めよう」ジャリジャリ
男「しかし今は若者のファッショにも取り込まれた、世間では最も親しみやすい楽器となったのだよ」ジャリジャリ
女「ファッションにって、それはさすがに嘘よ」
男「女さんはカバサ人気を甘く見すぎている。耳を澄ませてごらんよ」ジャリジャリ
女「なにが聞えてくるって」
男「グラウンドの方に意識を集中させて」ジャリジャリ
女「グラウンド? 吹奏楽部が青空演奏会でもしてるの?」
男「いいからいいから。目を閉じて、五感を研ぎ澄ませて」ジャリジャリ
女「……」
男「ほら、どう? 聞えてきたかな?」ジャリジャリ
女「じゃりじゃりうるさい」
男「どうかな。運動部の声。元気だよね」
男「その中でも野球部。じっくりと聞き分けてみて」
女「野球部……」
イッチ! ニー! イッチニ、シャッ! イッチ! ニー! イッチニ、シャッ!
オーオー! イッチイッチニッニッ !イッチニーイッチニー! シャッシャッシャッ!
女「異音が……混じってるわね」
男「カバサさ」シャッ
女「カバサ! 野球部がランニングにカバサ!」
男「やっぱり驚いたようだね」
女「それは驚かない方がおかしいでしょ。だって」
男「どうして『シャッ』なんて音が出るか、だろ?」シャッ
女「超違う」
男「タバサは見ての通りにシンプルな構造よ」ジャリジャリ
男「でも音の出し方は多岐にわたる。しかも音の強弱高低だってつけられる」ジャリジャリ
男「女さんが思っている以上に奥の深い楽器。それが――」ジャリジャリ
男「タバサさ!」シャッ
女「なんか今イラッとした」
×タバサ ○カバサ
暗い中でキー打つとミスる
俺も初耳だわカバサ
夏と言ったらカバサがネタなのかどうか判別できないくらいには初耳
男「カバサに巻きつけたこの玉つきの紐」
男「実際にいじってみれば分かるけど、本体との間にわりとゆとりがあるよね」
女「あ、ほんとだ。小指の先っぽくらいなら無理やり挟まるくらいに弛んでるんだ」
男「このわずかな幅分の余裕がカバサの奏でる音の軽さを最大限に引き出すのさ」
女「ほへえ……この程度でそんなに」
男「これをマラカスみたいに振ると」
ジャッ
女「じゃって鳴った」
男「玉が本体に強く打ち付けられるのと同時に内側の溝を擦れるのさ」
男「だから音は強くなって、わずかに濁り、短い幅になる」
ジャッジャッ
男「どう?」
女「お、おー……なんて言うか、こう……反応に困るわね」
男「次は手でこするように叩く」
女「叩くの?」
男「ポイントは触れた玉を本体にこすりつけないようにすること」
女「そうするとどうなるの?」
シャッ
男「こうなる」
女「うん。うん?」
男「もう一回いくよ」
女「うん」
シャッシャッ
男「どう?」
女「知らない」
男「この音はカバサを空中で横に寝かせて、側面を素早く擦ったときの音」
男「紐が勢いよく回転した時に、横になったカバサの上の面で」
男「非常に軽い力で素早く玉が溝に擦れる」
男「そうなることで」
シャッシャッシャッ
男「こんな風に音は軽く、音色は爽やかに」
男「そして紐が本体の沿って回る時間は、余計な制御を加えないからほんの少しだけ長くなる」
シャッシャッ
男「ちなみにこの音は一番のお気に入りです」
女「……そう」
男「女さん、これだけ語られても興味なしですかい」
男「もしかして夏バテ?」
女「いきなりカバサに夢中になれるわけないでしょ」
男「あ、あの日か」
女「あの日?」
男「女性特有の、月一で憂鬱になるという」
女「カバサ、貸して」
男「ん? はい、って痛いっ! なんで叩くの!」
女「デリカシーを知りなさい!」ジャッジャッ
男「やっぱりそうなんだ、痛っ!」
女「今日は違う!」ジャッジャッ
男「ゴリって、玉が堅くてゴリってなるのお!」
ジャッジャッ
女「はーはー」
男「……」ビクンビクンッ
女「懲りた? 反省した?」
男「デリケートな部分に触れるお話をしてすみませんでした」
女「反省したならいいわ。はい。返す」
男「ありがとうカバサ」
女「……」ジャッジャッ
男「痛っ! ごめんなさい! 語尾でふざけてごめんなさい!」
女「ほんとに、男は幼稚なんだから……はぁ」
男「わりと本気の力で叩かれた気がした」
女「そうね。わりと本気の力で叩いたわよ。憎らしすぎて」
男「しかしさっきの体でカバサを叩くのも、実はカバサの中では重要な技法です」
女「しれっと説明に戻ったわね」
男「パーカッションに慣れていない人は、手以外の部位で楽器を叩いて演奏するなんて」
男「なかなかすぐには思いつかないでしょ」
女「そうかな。誰でも簡単に思いつくものじゃない」
男「カバサの場合は、主に足の腿(もも)を叩きます」
女「すると音は?」
男「先取りやめて。役目がなくなっちゃう」
男「音にはブレーキが掛かって極端に短くなります」
ジャ ジャ
男「音は低く、濁って短い」
男「足を使う理由は持ち手の手首のスナップを利かせて連打したかったり」
男「腿の面の広さを活用して長く紐を回したいときとか」
男「足とカバサを組み合わせると音の表情がよく出るんですよ」
男「すごいね、カバサ」
ジャジャジャ
女「よくカバサでそれだけ話ができるわね」
女「私なら『これは打楽器です』で終わってるわね」
男「それは愛と熱意が足りないからさ」
女「おそらく私には生涯無縁な世界だわ」
男「楽しんだけどなあ、カバサ。一回でも触れてみれば流行の到来に納得するのになあ」
女「どうせ楽器業界とテレビが協力しただけでしょ」
女「カバサなんて振って擦って叩いて終わりじゃない」
男「試しにね。一回だけ。一回だけいじってみよ、ね?」
女「一回だけね。……はぁ」
シャン
女「ふーん」
シャララ
女「まあそうよね」
シャカ
女「……」
ジャラジャラ
女「……」ウズ
シャカシャン シャカシャン
女「……」ウズウズ
シャカシャン シャカシャン ジャッジャ シャンシャン
シャカシャン シャカシャン ジャッジャ シャンシャン
シャカシャカシャカシャカ ジャラララッ ジャンジャンッ
シャカシャカシャカシャカ ジャラララッ シャンシャンッ
シャッシャ シャカシャカ シャンッ シャシャンッ
ジャラジャラジャラジャラ シャンシャッ シャッシャッ
シャラシャラジャラジャラ シャンッシャシャンッ
シャカシャカ ジャラジャラ ジャララララ ジャンッ
女「……」
男「……ね?」
女「カバサ……すごいね」
男「これがカバサ。リズムの良さとテンポの作りやすさにハマるでしょ」
女「うん。食わず嫌いでごめんね」
男「どう。これは流行ったのも頷けるでしょ」
女「悔しいけど楽しかったわ」
男「国内でマイナーでもその国ではメジャーもメジャー。舐めちゃいけない」
女「カバサ……いいかも」
男「ちなみにですね、女さん」
女「ん?」
男「ここに『ウドゥ・ドラム』という奇怪な打楽器がありまして」
女「……ゴクリ」
おわり
カバサってなんだよ知らないよ
小学校の音楽準備室で見つけたときは夢中になっていじったけど
あれカバサって名前だったのかよ
動画見たらあまりのリズミカルさに欲しくなったわ
カバサって感じにすると
率
みたいな形のやつ?
無茶振りしたのにここまで広げてくれてすごく嬉しい
ありがとう、面白かったよ!
演奏してみたいわw
乙!
https://www.youtube.com/watch?v=JyxrGIBt-CM
こんなんで殴られたら痛かろうな
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