大鯨「いつか龍になるまで」 (46)


艦これSS、大鯨メイン

前作
鳥海「司令官さんが木曾さんを冷遇している?」
鳥海「司令官さんが木曾さんを冷遇している?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1432386050/)


注意点
・台本形式ではありません。地の文メイン
・独自設定多め
・前作と同じ鎮守府が舞台。ただ前作読んでなくても大丈夫だとは思います



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1437443109





――空と海の狭間で翔べず潜れず。



気づいたら私はここにいた。

硬い寝具の上に仰向けになっていて、木の枠が天井になっている。横には二段ベッドが見えた。

なにこれ? ここはどこ、と考えたのもほんの一瞬だけで、すぐに私は誰だろうという疑問に取って代わられてしまう。

自分を思い出そうとすると色んなことが頭の中に思い浮かんでくる。

私は艦娘という存在なのを自覚して自分が誰なのかも分かって、そしてすぐに違和感に突き当たる。

自覚する私の名前。だって、それが大鯨だったから。

「どうして龍鳳じゃないの?」

私は龍鳳として艦命を全うしたはずなのに。確かに龍鳳の前身は大鯨だけど。

「私は龍鳳……大鯨も私だけど、私は龍鳳だよ」

言い聞かせたいのに、自分の声が宙に浮いてしまう。

自分の声を聞けば聞くほど、私は龍鳳ではなく大鯨という実感のほうが強くなっていく。

逆に龍鳳という響きに空々しさを感じてしまう。

どうして生まれたままの、大鯨の姿で生まれたんだろう?

自分のことなのに私はその答えを持っていない……。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



海上で保護された私がそのまま鎮守府に着任扱いになってから早三ヶ月が過ぎた。

今はだしとしょう油の香りが漂う厨房で私は二人で踊っている。

踊るって言っても、やってるのはちゃんとした調理ですけど。

以前つまみ食いに来たゴーヤちゃんとイクちゃんが私たちの作っているところをそう呼んで以来、料理を作っていると本当に踊ってるような気持ちになっていた。

私たちは手早く別々の動きをしながらも、決められた流れに沿っているように動く。

手前味噌だけど淀みない連携をしていると思う。阿吽の呼吸と言うんでしょうか?

足りない物があって冷蔵庫を開けた時にステンレスに私の姿が映り込む。

紺の癖っ毛をセミロングにした赤目の私。

束ねた後ろ髪が肩の前で動きに合わせて跳ね、首にかけた碧の勾玉も同じように跳ねる。

青と白のセーラー服を着て、セーラー服の襟と袖先、スカートの裾には白線が点線を描いている。

そのセーラー服の上からクジラのワッペンがついた白のエプロンをかけていた。

これが今の私の、大鯨の格好。

一緒に調理をしているのは紅葉色の和服に桔梗色の袴。袴と同じ色のたすきで和服の袖を留めた年上の人。

和服の上から割烹着を着たその人の背は高くないけど、すらりと伸びた立ち姿には貫禄と美しさが同居している。

ショートのポニーテールのその人は鳳翔さん。

私の受け持ちが終わったところで鳳翔さんに声をかけると、鳳翔さんもまたかき揚げを揚げ終えたところだった。

「準備できましたあ」

「ありがとう大鯨さん、後はやるからみんなを呼んできてもらえる?」

「はい、行ってきますね」






厨房から出て行く前に、鳳翔さんがそばを茹ではじめるのを視界の隅に入れた。

鉄の扉をくぐってすぐに足下が大きく揺れ、足をすくわれそうになって壁に慌てて手をつく。

揺れが弱くなってから足をゆっくり伸ばして安全確認してから、気を取り直して歩き出す。

私たちが今いるのは輸送艦『八雲』の艦内になる。

外洋航行の訓練は私たちも受けているけど、実際に私たちだけで出撃したり遠征するのはかなり大変。

そこで私たち艦娘の展開を支援するために建造されたのが出雲級の高速輸送艦だった。

基準排水量8500tで最高速力は32ノット。武装はないけれどキッチン周辺は最新鋭の設備なので居住性の高さがうり。

整備施設やラウンジを有して、それに通信機器も新しいから指揮機能にも優れている。

他にも初めから艦娘が乗り込むのを前提としているので、艦首部分が開閉してそのまま出撃できるようになっている。

この輸送艦をあまり他人事に感じないのは私が潜水母艦だからなのかも。

外洋進出、特に北方や南方に向かうなら絶対に必要な艦がこの出雲級。

ボトムヘビーで復元力が強い分、ちょっとの波でも揺れるのが珠に疵ですけど。

八雲は出雲級の二番艦で、他の同型艦よりも整備施設が充実してる。

夕張さん率いる新型兵装の実験艦隊に八雲が当てられたのは、この辺の理由がありそう。

現在、夕張艦隊は各種兵装の運用試験を行う傍ら、東オリョール海域を巡って各地から原油などを回収する任にも就いていた。

元来は鎮守府近海でしか活動してないけど、別に行っている航空戦艦の運用演習の支援も必要になったのでこうして外洋に繰り出していた。

この艦にいるのは私と鳳翔さん、それに夕張さんと潜水艦隊の四人。後は艦長や機関部要員などの人たちに妖精さんも乗り込んでる。

鳳翔さんが言っていた「みんな」は艦娘を指している。艦内全員分の食事は用意するけど食べる時間は分けられているから。






夕食前にみんながいる場所は大体決まっている。ラウンジにいるか部屋で休んでるか。

夕張さんなら艦首と繋がってる工廠にこもっていることが多い、というように。

厨房から近いのはラウンジなので先にそっちから見に行くと、潜水艦隊の四人が話してるのが聞こえてきた。

「さっきのやり取りはどういう意味なの? 難解すぎるわ」

「そうだよねー。私たちで言い換えてみるとね」

声をかけずに覗いてみると、はっちゃんとゴーヤちゃんが向き合ってイムヤちゃんとイクちゃんに何か説明しようとしている。

「ゴーヤ君にはオリョクルを司る新しい旗艦をやってくれ」

「そんなこと言って隙を作らせるのでちか!?」

「そうでもあるがぁぁっ!」

はっちゃんがゴーヤちゃんを背負い投げする。

危ない! と叫びそうになったけどゴーヤちゃんは綺麗に受け身を取っていた。

無茶するなぁ……ほっと胸をなで下ろす。

「見事だよ、ゴーヤ君。急速潜行し艤装のアンテナも折らなかった」

はっちゃんは言いながらゴーヤちゃんの手を取って立たせてあげる。

「旗艦の資格があると見た。夕張さんの婿殿にならんか?」

「婿!? 婿って何よ!?」

どう、とやり遂げた顔で語るはっちゃんにイムヤちゃんは頭を振る。

「やっぱり分からないわ。大体、序盤の膝で殴るからすでにおかしいのよ。膝は蹴るものでしょ」

「こらこら、押し付けないの」

冗談交じりに膝を押し付けにくるイムヤちゃんに、はっちゃんは意外と満更でもなさそうな笑い方をしてる。






それにしても、さっきのやり取りだけで何を見てたのか分かってしまうのは、私も一度見せられているからだ。

夕張さんが趣味で集めているアニメの話をみんなはしてた。

異世界と日本を舞台にした話で、そのアニメの日本は私たちとは違った歴史を――深海棲艦のいない歴史を進んでいて、それでも決して報われたとは言えないような国として描かれていた。

作り物の話でも、あのアニメには本物の熱を持っていた。見てしまうと、夕張さんがああいうのに傾倒するのもおかしい話だとは思わない。

夕張さんが何を考えて私やあの子たちに見せたのかは分からない。単に見せたかっただけで別に意図もないのかも。

最後までの話を知ってるけど、私には辛い内容だった。

龍鳳は桜花に込められた想い――無念にも感謝にも応えられなかった。

そして、あのお話の王様は純粋で情熱的すぎたために妄執のような想いに突き動かされて、今でも私にはそうまでできる人の想いを受け止める力がない。覚悟だって。

私は大鯨であって龍鳳じゃないから。ううん、私が龍鳳ならばなおさら応えられない。

だって龍鳳は……。

「たいげーさんなの!」

イクちゃんの声に我に返る。

そうだった、ご飯だから呼びに来たんだ。私は自分の考えを意識の奥にしまい込む。






呼びに来た理由は向こうも分かってるみたいで、はっちゃんが確認するよう聞いてくる。

「夕食ですか?」

「ええ、かき揚げそばですよ」

「イク、前から思ってたけど、ここってそば率高いの……」

「夕張さんがおそば大好きだからだよぉー」

そういうゴーヤちゃんも実はそば好きで、特にカレー南蛮がお気に入りなのを私は知ってる。

日々のメニューを考える身となると、とりあえず困った時はそばを作ればいいというのはとても助かる。

「イクが飽きてるならハチがもらってあげるよ?」

「そんなのダメなの! ハチの食いしん坊!」

二人がじゃれ合うような調子でラウンジから出て、ゴーヤちゃんとイムヤちゃんもそれに続く。

最後尾のイムヤちゃんが立ち止まると小さな声で話しかけてきた。

「大鯨さん、大丈夫?」

寝耳に水、ということわざはこんな時に使うんだと思った。

「え、えっと何がかな?」

「あまり元気がないみたいだったから」

「そんなことないよー」

言ってから思う。嘘をついてもすぐにイムヤちゃんには見破られてしまいそう。

逆に心配させてしまうだけかもしれないなら、正直に認めたほうがきっと変に誤解されないで済む。

「どうして分かったの?」

「伊達に海のスナイパーを自称してませんから。まあ表情とか目の動きでなんとなくだったから確信はなかったんですけど」

「すごいね……でも本当に大丈夫なんだよ。ちょっと考え事してたら暗い想像しちゃっただけだから」

「そういうことならいいですけど……大鯨さんは笑ってる時が一番ですよ?」

嬉しい言葉に私は笑い返す。

「先に行ってますね。夕張さんはいつも通り工廠にいるはずですよ」

イムヤちゃんを見送ってから工廠に歩いていく。

……ダメだな、私って。あの子たちのお世話をしないといけないのに、逆に心配をかけちゃうなんて。

大鯨さんは明るくないと、ね?

こんなことで落ち込んでちゃいけない。

笑ってるのが一番。本当にその通りだと思う。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



明けて次の日。海は少し荒れ気味だったけど天気は快晴。

潜水艦隊が周辺海域の哨戒に出撃していくと、私も夕張さんと鳳翔さんのお手伝いを始める。

内容は艤装を身につけて標的艦をやったり、逆に私が標的艦役の夕張さんに新しい武器を試すとか。

そうじゃない時は鳳翔さんが飛ばした艦載機を回収したり時には模擬弾の標的にもなるし、整備のお手伝いもする。

今日は鳳翔さんのお手伝いが主な仕事だった。

鳳翔さんが十枚の式札を空に離すとその内の六枚が逆ガル翼の戦闘機に変わって上昇していくも、四枚はそのまま海面に落ちてしまう。

「やっぱり烈風は稼働率が安定してくれませんね……」

困ったように笑いながら鳳翔さんは式札を拾っていく。

鳳翔さんは普段なら弓で艦載機を発艦させてるけど式神を用いた方法も得意だった。

だから新型機の運用試験を一任されていたし、提督もいつだったか鳳翔さんに扱えない艦載機は怖くて実戦じゃ使えないといつもの笑い方に乗せて言っていた。

「紫電改は早い内に実用化できたのに不思議なものです。そこまで違いがあるとも思わないのですが」

誰が扱っても高い稼働率を確保できるようにする。それが鳳翔さんのお仕事だった。

その後、さらに紋様が違う式札で烈風を試してみたけど結果は変わらない。

扱うのが烈風から艦攻の流星に変わっても、やっぱり同じだった。

「仕方ありません。次は弓で試してみましょう。大鯨さんも一緒にやってみませんか?」

「いいんですか?」

予備の弓を受け取ろうと手を伸ばして、腕が止まってしまった。

大鯨には水偵しか飛ばせない……。






「大丈夫ですよ」

鳳翔さんに優しく微笑まれると胸がドキドキ高鳴っているのに気づいた。

でも、これが高揚なのか不安のせいなのかは私自身にも分からない。

「引き方は教えますから気楽にやってみてください」

「……分かりましたぁ」

私がどうしたいのかは全然分からないけど、鳳翔さんの頼みは断れなかった。

流されているとは思うけど、鳳翔さんの指導を受けながら練習用の矢を何度も射る。

初めは姿勢も定まらなかったのに、なんとなく形が掴めるようになってきた。

「お上手ですよ」

「えへへ……鳳翔さんの教え方が上手だからですよー」

それでもしっかり飛んでいく矢を見ていると満更でもない気がしていた。

弓を撃つのって思ってたよりずっと簡単なんだ。

「いいですね。次はこの零戦で試してみましょう。引き方は同じでも、今度はこの子の翼を解き放つよう集中して意識してください」

「それだけですか?」

「それだけです。言葉にしてみると簡単、それか大雑把に聞こえますよね」

おかしそうに鳳翔さんは笑うけど私としては困ってしまう。

とにかく弓を構えてそれまでの要領で零戦になる矢をつがえる。






「あのぉ、本当に私が飛ばして変わるんですか?」

「誰が飛ばしてもいいわけじゃありませんが、大鯨さんになら適正がありますからね」

そんなことない、と言い返せないのが私の現状だった。

私が夕張艦隊にいる理由は三つある。

一つは夕張さんと鳳翔さんのお手伝い。二つ目が潜水艦隊のお世話をすること。

そして最後の三つ目が私の身の振り方を選ぶこと。

このまま大鯨として生きていくのか、それとも龍鳳になるのか。

潜水母艦と空母では役割がまったく違う。そしてはっきりとは言われなかったけど……提督は龍鳳を望んでいる気がする。

でも提督は私に命令しなかった。ただ私に自分で選べと言うだけで。

命令をしてくれたらよかったのに。

それならどんなに嫌な不本意な命令でも受け入れられるのに。

……それって本当に? ううん、きっと違う。

諦めて受け入れるしかない、という言い訳をするだけ。命令だから従うしかないという予防線。

だから提督は私に決めさせようとしている。優しいのか厳しいのか分からなくて。

「っ!」

迷いを乗せたまま放たれた矢が空に向けて飛翔する。

遠くまで飛んだ矢は零戦に変わらないまま海面に落ちてしまう。






「ごめんなさい! すぐに回収してきます!」

鳳翔さんの返事も待たずに落下した場所に向かって独走する。

これじゃまるで逃げてるみたい。

――みたい?

本当に逃げてるのに。

それでも、このまま手ぶらでは戻れない。海面に落ちた一本の矢を当たりだけで探すなんて、よっぽど運がよくないと見つかりっこないのは分かってるのに。

「あれ?」

矢のままだと思っていたのに零戦が水面に浮かんでいた。

波を被って今にも沈んでしまいそうな機体を慌てて拾い上げる。

操縦席の妖精さんが私を見ると安心したように笑って、姿が薄くなって消える。

「あ……待って!」

零戦も白煙に包まれると矢に戻ってしまう。

私がちゃんとしてれば危ない目なんかに遭わなかったのに。

そう、これは私のせいだ。もっとしっかりしてれば防げたのに。

「……ごめんなさい」

急に悲しくなって謝るしかできなかった。

謝って済む話なんかじゃないのに……。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


鳳翔さんに弓を返した後はお手伝いに専念することにした。

あちらもこれ以上は射るのを勧めてこなかった。

でも引き方を忘れないようには言われたので頷く。半ば心ここにあらずのまま。

海上での試験を終えてからは八雲の工廠に戻って烈風と流星の整備に入る。

工廠は艦首と繋がっているから、すぐに作業に取りかかれる。

お互い別の作業机に向かって、鳳翔さんは式札の文字や紋様を書き換えたり添削していく。些細な違いが大きな影響を及ぼすからで、今日に限らず何度も試行錯誤していた。

矢の方は水気を切って乾かしてから痛んでる箇所があれば航空機に戻して修理していく。ただ鳳翔さんじゃないと元の状態には戻せないけれど。

その鳳翔さんは夕食の準備もあって一足先に工廠から出て行ってた。

一人で作業を続けていると一本だけ気になる矢が出てくる。私が着水させてしまった零戦だ。

あの時は気づかなかったけど尾翼の部分があまりよくなさそう。鳳翔さんに後で見てもらうよう言わないと。

でも……私なら直せるかも。航空機の状態なら何度も修理してるんだから。

……それにこの子がこうなったのも私のせいだ。

深呼吸を挟んで矢を手に取る。

難しく考えないで矢を自由にさせる。感覚はなんとなく掴んでいた。

矢が膨らんだと思うと零戦の形になる。

零戦の操縦席から寝ていたらしい妖精さんが驚いたようにこっちを見上げてくる。

「大丈夫だよ、ちょっと修理するだけだから」






そう聞いて安心したのか妖精さんは眠ってしまう。

なるべく起こさないように手早く修理してしまおう。幸い、尾翼に少し穴が空いてただけなので修理はすぐに終わった。

零戦を矢に戻して一息つくと、すぐ後ろで物音がしたので慌てて振り返ると夕張さんがいた。

彼女は少し困ったようにオリーブ色の前髪を指でいじっている。

「あの、これは、そのですね」

「いいんじゃない?」

「え?」

「別にその零戦を初めから独力で直したからって、あの艤装も試そうなんて言わないよ」

夕張さんの視線が一度横に動いた。その先にあるのは防水シートに覆われた龍鳳の艤装。

「それとも……付けてみる?」

その一言は何気ない言い方なのに血が凍ったような気がした。

知ってるとは思うけど。そんな前置きをして話す夕張さんの表情は硬い。

「兵装こそ流用できるけど、私たちはみんな固有の艤装を持ってるでしょ? 龍鳳の艤装を扱えるとしたら……それはやっぱり大鯨だけだと思うよ」

「でも私は! 私は……あの艤装に拒まれてるんですよ……」

適した艤装は私たちの体になんの違和感もなく馴染んでくる。

装備した兵装によって重さの違いや扱いづらさを感じはしても、艤装そのものには初めからあるのが当たり前みたいな一体感がある。

でも龍鳳の艤装にはそれを感じられなくて……そして稼働に失敗した。

私が身につけても動かず、ただのゴテゴテしただけの鋼の置物に成り下がってしまった。艤装が動かないんじゃ飛行甲板だって少し凝っただけのただの板でしかなくて。

龍鳳の艤装をつけてみようとしたのは一度や二度じゃない。でも結果はいつだって同じ。

練度の問題じゃなくて、もっと根本的な何かが欠けてるせいで……。






「選ぶのって苦しいよね……私はどっちを選んでもいいと思ってるけど」

「でも大鯨は……」

「まぁいつかは選ばないといけない時は来る。でも、それは今じゃないってとこかしら?」

夕張さんの問いかけには答えられなかった。

私が龍鳳を拒んでいるのか、龍鳳が私を認めていないのか今は分からない。

龍鳳は役目を果たせなかった。だから私は大鯨のままでいたいのかもしれない。

覚悟を持てない龍になるよりも、弱くても許される鯨で。

――本当にそんな風に思ってるの?

じわりと滲んだ自己嫌悪を追いやったのは弾んだ夕張さんの声だった。

「あら、水泳ガールズのお帰りね」






見ると艦首の開口部が開き始めていた。でも、すぐに誰かが入ってくる様子がない。

でも、これは潜水艦隊ならいつものこと。

水際に黒い影が現れたと思うとゴーヤちゃんが勢いよく海中から体を起こしてくる。

「海の中からただいまー!」

他の三人も続々と続く。

別に潜水艦だからって常時潜る必要はないし潜ってもいられないんだけど、みんなはこうやって帰ってくるのが常になってる。

無事に帰投したという証明でもあるので、それだけで安心してしまう。

「イクの魚雷の使い方、イエスだね!」

「最近のハチは夕張さんとオーガニックな感覚に毒されすぎなの」

「トミノ節って中毒性あるからね。仕方ないでち」

「私は普通の言い回しで結構よ」

「ほほー、本人の前で毒されたなんていい度胸じゃないの。これは教育が必要のようね」

「イクは逃げるの。夕張さんなら足は遅いの」

「陸に上がった亀よりは速いわよ!」

……和気藹々としてるなあ。

そんな感想を抱いて、私も鳳翔さんとご飯を作りに行かないといけないのを思い出す。

どんなに悩んでも日々の務めがやってくるのは変わらない。

だから私は流れに身を委ねてしまう。日々という言葉に盾に、龍鳳のことを先送りにしたいだけだとしても。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ひとまずここまで
一週間以内の完結を目指します(終わるとは言ってない)
前作ほどは長くならないです。というか前も分割すればよかったんでしょうし……

ともあれ、お付き合い頂ければ幸いです



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



何も決められなくても時間は過ぎていく。私は宙ぶらりんなまま。

さらに時間が過ぎて三日目の夕方に、運用演習を終えた伊勢さんたちが戻ってきた。

伊勢型の二人には二一駆逐隊の四人が随伴している。

手空きの乗員さんや妖精さんたちが見守る中、帰ってきた伊勢さんたちが艦首部に入っていく。

私たち艦娘もまた伊勢さんたちを総出で出迎えた。

最初に入ってきたのは伊勢さんで、それに続く形で初春さんと子日さん。さらに遅れて日向さんに若葉さん、初霜さんが入ってくる。

「ふあー、すっごい艤装なのね。あんなにいっぱいイクじゃ持てないの」

「あの人たちは戦艦ですからねー」

目を丸くしているイクちゃんは伊勢さんに目が釘付けになっていた。

四基八門の主砲を両肩、腰に装備し盾のようにも見える左手の飛行甲板と、体の縦側に沿って兵装を詰め込んだ艤装は他の戦艦の人たち以上に無骨さを強調してるように見える。

そういえば伊号のみんなは欧州への派遣演習をしてたから伊勢さんたちとはちゃんとした面識がないんだっけ。

艤装を外した伊勢さんは首と両肩をほぐすよう回しながら、こっちに歩いていくる。

「知ってる顔もあるけど自己紹介するね。あたしは航空戦艦伊勢。演習も無事に終わったし、またしばらくお世話になるよ」

気さくに笑う伊勢さんはどことなく若君というイメージを持つ……若君って女の人にも使っていい言葉だよね?

後ろにいるお姫様然とした初春さんと合わせて、すごくいい感じに見える。






伊勢さんの横に日向さんが並ぶ。

「同じく航空戦艦の日向だ。それとこちらが自慢の瑞雲だ。どうだ見てくれ、下駄を履いたかわいらしい姿を」

「挨拶から瑞雲押しってどうなのさ、日向?」

伊勢さんの呆れ顔を無視した日向さんは構わず別の瑞雲も持ち出す。見た目は同じようにしか見えないけど……。

「これが私の本体のハンサム瑞雲だ」

「え?」

夕張さんが素っ頓狂な声を出す。私だって驚いた。みんなの代弁をしたも同じ。

「日向さん、ついに瑞雲になったんですか? いつか一線を越えそうな気はしてましたけど……」

夕張さんの反応に伊勢さんが頭を抱えてしまう。

「日向、みんなが真に受けるから、そろそろやめてよね?」

「すまない、悪ノリだった。しかし夕張、少しばかり瑞雲を軽んじてはいないか? 瑞雲は……いい物だ」

「だから瑞雲はやめいと言ってるの。もう二一駆のみんなも挨拶しちゃって」

話を遮るように伊勢さんが先を促すと日向さんは残念そうに口を噤んだ。

一通りの顔合わせが終わると、そのまま歓迎会を兼ねた夕食になった。

少しずつ何かが変わって、けれど大きくは何も変わらないような時間がこうして過ぎていく。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



私は龍鳳が嫌いなのかもしれない。

空母として改装されたのに海戦に参加したはマリアナの一度だけ。そのマリアナでは大敗を喫した。

その後は空母としての戦闘の機会がないまま桜花を輸送し、それが済んだら練習空母。

そして最後は空襲の被害もあって防空砲台になって、艦命を全うした。

私は、龍鳳は戦いを生き延びた。

けれど龍鳳は肝心な時に何もできなかった。戦後の復員輸送にも参加できず、ただ沈まなかっただけ。

龍鳳は応えられなかった。

自分が作られた理由にも、桜花に込められた想いにも。許しにも、怒りにも、悔いにも。

だから私は龍鳳になれず大鯨なのかもしれない。

大鯨だったら龍鳳を背負わないでも済むから。弱くても許してもらえたから。

……でも、何かが違う。

分かってる。きっと私はまた間違えてるのぐらい。

間違いにもう少しで気づきそう。気づけば私はまた変わる。

変わりたくないし知りたくない。

私はただ……ただ笑っていたいだけなのに。

それなのに笑うのもどんどん辛くなっていく――。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



以前より龍鳳の艤装が気になり始めるようになっていたある日、伊勢さんと二人で瑞雲の整備をすることに。

「悪いね、日向の分まで手伝わせちゃって」

「いえ、これが私のお仕事ですから」

「……本当に嫌じゃないよね?」

「え?」

「なんでもないよ。さ、始めちゃおっか」

伊勢さんに引っかかるものを感じましたが、とにかくお仕事をしてしまいましょう。

瑞雲は空母の艦載機とは違って、初めから航空機の形で運用されている。

だから装備さえあれば幅広い艦種で運用できるという長所がある。

短所は運用のためには広いスペースが必要で、伊勢さんたちの艤装でも主砲を全て下ろしても軽空母と同じぐらいの数しか扱えない。

瑞雲はフロート周りを念入りに整備しないといけないので、黙々と作業に没頭する。

「ねえ大鯨」

「はい?」

「あたしが航空戦艦やめたいって言ったらどうする?」

「えっ!? えっとぉ……本気なんですか?」

「仮定の話だけど必ずしも冗談じゃない。ってところかな」

あっけからんと言ってのける伊勢さんに私のほうが戸惑ってしまう。






「うーん……どうしてですか?」

伊勢さんは作業の手を止めていた。私も話の内容から片手間に聞くということができなかった。

「航空戦艦がそもそも時代にそぐわない気がしてる。戦艦にも空母にもなれない中途半端さでさ」

「でも瑞雲はいい機体だと思いますよ……?」

「でも瑞雲ぐらいしかまともに運用できないのは問題だよ。たまに思うんだ、飛行甲板を捨ててその分に電探や逆探積んで索敵情報を管制運用したり、敵の電子網を阻害できるような……電子戦艦かな? とにかく航空戦艦にこだわる必要はないと思ってるのよ」

「でもそれじゃあ……自分のそれまでの積み重ねを否定することになりません?」

「見ようによってはそうなのかもね。あたしはそんな風に考える気はないけどさぁ。航空機のことも多少分かるようになったし」

朗らかに笑ってるのに伊勢さんは重たくなりそうな話をぶつけてくる。

「それで大鯨はどう思う?」

「それって……私が決めていいことなんですか?」

「それもそうだね」

初めから自分のことも決められない私に訊くようなことじゃないのに……。

「大鯨は悩んでそうだから、逆にいい答えを出してくれそうな気がしたんだよ」

「逆じゃないですか、そういうのって?」

「どうかな? 悩むのは現状を良しとしてないからだろうし、自分が見えてなきゃ悩みも抱えないと思うけど、違うかな?」

「……分かりません。悩みなんてない方がいいと思いますから」

「あはは、確かにそうだよね。まあ、あたしみたいな年長者ポジションみたいに据えられたやつでも悩む時は悩むし、簡単には決められないこともあるんだよ」

……あれ? もしかして、私のほうが気遣われてたの?






「そうだ、今の話は日向には内緒にしといてね。間違いなくケンカになっちゃうから」

「そんなのダメですよ-!」

考える前に出た大声に伊勢さんが眉を吊り上げるのを見て、急に申し訳なくなった。

「すいません、大声なんか出して……」

「いや。確かに大鯨の言う通りだ。相談して正解だったね」

私には返す言葉がなかった。でも何か言おうとあれこれ考えていたら、結局別のことを尋ねてしまった。

「どうして、そんなことを?」

「ん? どういう意味? 悩みを話した理由なら言ったと思うけど」

「そうじゃなくて、なんで私が悩んでるかなんて。一言も言ってないのに……」

「ああ、それか。ねえ、大鯨。最近ちゃんと笑ってる?」

「当たり前、じゃないですか?」

「ふうん……」

なんで、そんなイムヤちゃんみたいなことを?

「まあ、そう言うならそれでもいいけど。ねえ大鯨――ううん、あえて龍鳳かな?」

体が強張るのを自覚した。伊勢さんは肩の力を抜いて笑う。

「君の悩みは君だけのものなんだ。相談に乗ったりはできても答えは自分で出すしかない。だから、その悩みを大事にしてあげるんだ。悩みが宝なんて身勝手なことは言わないけどさ」

「私は別に……」

「あー、そうだ。この前作ってくれたご飯、美味しかったよ」

「はい? あの……ありがとうございますぅ」

なんでだろう、急に脈絡のないことを言われたのは。

「それとさっきはあたしと日向を心配してくれたんだよね?」

「そんなの当たり前ですよ……」

「つまり君がそう考えてるってことだよね。だったら鯨か龍かなんて重要じゃない気がする」

それは、と言い返しそうになって声が出てこない。言い返すような言葉を初めから持っていないから。

「でも悩めばいいよ。それは君にしかできないことだから……ああ、なんの話だったっけ? まあいいか」

話はこれでお終い。伊勢さんの雰囲気にはそう言いたげな気配が確かにあった。

「まあ、君の場合は外から与えられた答えなんて初めから必要なさそうだけどね」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ほのぼのが書きたいはずなのに、どうしていつもこうなるのか
ともあれ27日には終わる予定

乙 電探戦艦伊勢と聞くと昔読んだ仮想戦記思い出すな

比叡、金剛なら知ってるが、伊勢がって多分知らないな

電探戦艦、結構前に本屋でそういうタイトルの本は見かけた気がするけどなんの戦艦だったかは覚えてないのです
そして、この手の架空戦記って何故か公営の図書館にいくつか置いてあるイメージが。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



兵装の実地試験もこなし伊勢さんたちとも合流したことで、夕張艦隊が鎮守府への帰路についてから数日が経った。

いつもと同じように迎えるはずの朝は寝苦しさのせいで普段よりも早く起こされて始まる。

顔を洗って鏡に映る自分の顔を見て驚いた。

私の顔ってこんなに暗かったっけ……?

笑ってみようとして顔の表情が上手く動かなくなってた。

どうしよう?

困れば困るほど、ますます上手く笑えなくなってしまう。

鏡としばらくにらめっこしてから、今はどうもならないと見切りを付けた。

……それでも誰かに会えば自然と笑えるような気がする。嘘で固めた笑顔でいいのなら。

卑屈な考え方なのは分かっていても、そう思ってしまう心を止められなかった。

笑えないのなら別に笑わなくてもいいよね……それで辛さが軽くならないとしても。

あれこれ考えて鬱々し始めた思考は後ろ向きで、それだけで私の気を滅入らせていく。

一緒に朝食を作る鳳翔さんが私を一目見て、すぐにこう言う。

「後でお話しましょう」

下がり気味の眉が作る表情とは逆に、断るのを許さない強い響きが声には含まれていた。

一も二もなく私は頷いた。断る気なんて初めからないんだから。

でも、この約束は果たされなかった。

朝食が始まる前に八雲が深海棲艦の偵察機に発見されてしまったために。






深海棲艦の偵察機は八雲の上空で旋回を続けていたけど、鳳翔さんが発艦させた零戦が上昇してくると遁走していった。

すぐにその方角に向けて六機の彩雲を扇状に放つと、艦内は第二種戦闘配備に移行していた。

八雲も増速、転進したけど偵察機が現れた以上は艦載機の行動圏内に入っているのは間違いない。

彩雲が敵艦隊発見の一報を知らせてきたのは、彩雲が飛び立ってから三十分も経たない内だった。

続いて入ってきた詳細によると、向こうはヲ級三隻を含んだ艦隊で軽巡以上の艦種が発見されなかった代わりに二十隻近い数のイ級を従えていた。

そしてすでに敵艦載機が編隊を組みつつあるとの続報も入ってくる。

「こんなに近いなんて……みんな、出撃よ! 私たちが先行して敵を引きつけないと!」

夕張さんが素早く指示を下していくと、私と鳳翔さんに言う。

「鳳翔さんは艦載機を上げたら、このまま八雲に残ってください。大鯨、あなたはいざという時に鳳翔さんとこの艦を守って」

「でも……」

言い淀んだ私を夕張さんは見つめてくる。怒ってるでも憐れむでもなく、まっすぐした力のある目で。

「返事は?」

「……分かりました」

「零戦と稼働できる烈風は全てそちらの援護に回します。ご武運を」

鳳翔さんに夕張さんは力強く笑い返した。

出撃準備を終えると八雲が一時減速し、みんなが次々と艦首から出撃していく。






鳳翔さんも艦載機を飛ばすために出て行って、私は艤装を付けたまま一人で艦内に残っていると艦隊用の無線に話声が入ってくる。

「帰ってきたらたいげーさんのふーかでんびーふを食べたいの」

「ゴーヤも賛成でち」

「それならはっちゃんも食べたいですね」

イクちゃんたちの会話に二一駆の子たちも混ざってくる。

「フーカデンビーフとはなんだ?」

若葉ちゃんの質問にはっちゃんが答える。

「えっとね、ゆで卵を牛のひき肉と衣で包んで焼いたもの、かな」

「なんぞ金剛の言っていたスコッチエッグに似ておるのう」

「あっちは確か揚げるけど大鯨さんのは焼くんだよ」

「おぉ~、美味しそう! 食べてみたいねぇ!」

「帰ってくるまでの楽しみにしましょう」

そこに夕張さんの声がたしなめるよう割って入る。

「ちょっと盛り上がってるとこ悪いけど、みんなしてそうやって変なフラグ立てるの止めなさいよ。こんな時に」

「フラグってなんです?」

逆にイムヤちゃんが質問する。

「要はジンクスよ。戦闘前に結婚するとか言いだした兵士がろくな目に遭わないのと同じなの。定番でしょ」

「いいんじゃない?」

場を取りなしたのは伊勢さんの声。

「みんな花より団子って感じだし色恋沙汰じゃなきゃ大丈夫なんでしょ?」

「甘いですよ、伊勢さん。食欲にだって反応するのがフラグなんです」

「だったら大鯨を死亡フラグにしないよう頑張ってみないとね」

「それは……同感です」

艦載機を飛ばし終えたのか鳳翔さんが戻ってきた。

「楽しそうですよね、みんな」

「……そうですね」

なんで……どうしてみんな、私の話なんかしてたんだろう?

無事に戻ってきての一言も言えないで、私は何をやってるの?

通信圏内から出てしまったら声もしばらく聞き納めになってしまう。

今ならまだ遅くない。そう思っても声が出てきてくれない。

たまに聞こえていた雑談の声が届かなくなる。残ったのは微かな空電の音だけ。

私はまた誰かの想いを受け止められなかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



戦闘が生起するまで、みんなが出てから一時間もかからなかったと思う。

夕張さんたちが伝えてきたのは敵艦載機の迎撃に入ったのと、約二十機から成る艦載機の一群が八雲めがけてまっすぐ向かっているということだった。

すると待機していた鳳翔さんが艦長さんに少しの間だけ艦を減速させるように頼んだ。

そのまま鳳翔さんは瞑想するように目を伏せる。

少ししてから目を開けた鳳翔さんは面白い小話でも聞いたように、口元を隠してくすりと笑う。

「どうして笑ってるんですか?」

「いえ、直掩機の傘もない鈍足の空母なんて敵から見たらご馳走になるんでしょうね」

鳳翔さんの言いたいことを悟った。

「ダメですよ……行くなら私も一緒に」

「それこそいけませんよ。夕張さんもこの艦を守れと言ってたじゃないですか」

「鳳翔さんだって、その中に入ってたじゃないですか!」

「……そうでしたね。でも大鯨さん、私たちは時に選択しなければなりません。そして選ぶことは代わりに何かを捨てるということでもあります」

鳳翔さんの言葉が私に刺さる。決めずにここまで来てしまった私を責めるように。

……ううん、責めているのは鳳翔さんじゃなくて私自身が。大鯨にも龍鳳にもなりきれていない私自身が、自分の不安定さをなじっていた。

「……大丈夫ですよ。全部避けてから帰ってくればいいんですから」

簡単に言ったことがちっとも簡単じゃないのは分かっていた。

私にはもう肯定も否定もできない。鳳翔さんをまともに見ることもできなくなっていたから。

「ちょっと行ってきますね。私もフーカデンビーフを食べてみたいから、今日は大鯨さんに厨房をお任せします」

すぐ近くまで出かけるような気楽さで言われる。






どうして、が私の中で渦巻いていた。

なんでみんな、そんなことを言って私を独りにしてしまうの?

呼び止めないと。私の心が叫んでるのに、鳳翔さんが出ていくのを止められなかった。

みんな知ってるのに。私が大鯨で甘んじてるのは私の弱さのせいだって。

なのに、みんないつだってそれを責めない。悪いことだと言ってくれない。逆に好き放題にさせてくれている。

鳳翔さんも夕張さんも、イムヤちゃんたち潜水艦のみんなだって伊勢さんも責めてこない。

それに提督だって命令もしないで私をただここに……みんなが望むのなら私は龍鳳になれる。

それとも私には何も期待なんかしてないの?

「違う、違うよ。言い訳ばかりしてそうじゃないでしょ……」

望まれてるとか望まれてないとか、そういうのは私が勝手にそうだと思い込んで人のせいにしようとしてるだけ。

誰かに望まれるのなら楽だから、誰も望まないならやらないでいいから。決めるのを避けるための口上だったんだ。

鳳翔さんが言っていた、

私は選ぶのが怖いから。間違えるのが嫌だから。可能性だけは残しておきたいから。

それで私はずっと先送りにしていたんだ。何も選ばないという何も変われない選択をしながら。

「私が龍鳳なら……」

今の私と龍鳳じゃ全然違う。

だって龍鳳はなんとかしようと必死にあがいていた。結果を見るならうまく行かなかったし周りの状況も挽回を許さなかったとしても。






じゃあ今の私はどうなるの?

できないできないと決めつけちゃって、それが当然のように振る舞ってる。

龍鳳はそんな弱虫じゃない。

大鯨だってこんなに薄っぺらくない。

急に思い出したことがある。

これはそう、この前潜水艦隊のみんなが見ていて、私も夕張さんに見せられたアニメのワンシーンだ。

ハーフの主人公のセリフ。あまり重要に見えないシーンに織り込まれた、けれども大切な思えたセリフ。

それを今の私に置き換えるなら。

「私はどこにいようと私……私は龍鳳に選ばれるような艦娘じゃない……」

そう、選ばれるんじゃない。選ぶしかないのに、選ばれるなんて受動的に考えていたのが、そもそもの間違いだったんだ。

龍鳳が応えてくれないはずだよ……私自身がそうあろうとしてないのに、なれるはずなんてなかった。

大鯨にも龍鳳にもなれないどっちつかずの臆病者。

だから、私はなけなしの勇気を奮い立たせないといけない。

やっと私の望む姿が、こう在りたいと思える私が分かったような気がする。

――分かってる。本当はこんな簡単な話じゃないのは。

ひとときの勢いだけで溜め込んでしまった鬱屈の全てを解消できないのは。

でも、ちょっとしたきっかけでうまく行くこともある。

初めの一歩を踏まないと。いつの間にか黒く固まったタールみたいにまとわりつくようになっていた私の後ろ暗い部分と向き合うために。






これは運命が許してくれた機会なのかもしれない。

私が大鯨と龍鳳を受け入れるための、そして龍鳳がもう一度役目を果たして誰かに応えるための。

私に足りなかったのは勇気……強さじゃない。

ここで何もしなかったらまた繰り返してしまう。

何もできないまま終わってしまった龍鳳を。

ううん、それよりももっと酷くなってしまう。

そんなこと……望まない。決して。

私は龍鳳を選び大鯨としても、二度目の生を全うしたい。

だから私が捨てるのは弱い私だけでいい。

龍には誇りがあった。

鯨にも願いがあった。

それは元を辿れば同じもののはずだったのに、いつの間にか私の中ですれ違っていた。

分かってしまうと、とても簡単だった。

「見ていて、私にだって戦う意思があるのを」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


起きたら続きを書きます。あと少しだけど今日中に終わるかは寝起き次第……




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



敵の艦載機が来る前に鳳翔さんの後ろ姿に追いつけた。

隊内無線を入れて、その背中に呼びかける。

「待ってください! 私も一緒に!」

振り返った鳳翔さんの顔は驚いている。

どうして、と問うような顔に先に答えていた。

「来るななんて言わないでください! 私だって大鯨なんです! 艦娘なんですよ!」

「……それでも命令違反ですよ。困った人ですね」

「あう……」

鳳翔さんは微苦笑を浮かべる。それでも私を見る目は優しいと思えた。

「一緒に凌いで一緒に帰りましょう。監督不届きで私もたまには怒られてみるのもいいのかもしれませんね」

微苦笑は純粋な微笑みに変わっていた。

鳳翔さんは敵機が来るはずの方角に目をやりながら訊いてくる。

「対空兵装はどうなってます?」

「備え付けの機銃に高角砲、後は夕張さんが試験してた噴進砲があります」

両足に装着している噴進砲は対空火器としての有効性こそ認められているものの、射程の延長と排熱を含めた二射目以降の装填時間が課題に挙がっている。

これらが改善されていなくても高角砲よりは有効な対空火器だとは思っている。

「二十機ほどの編隊が上手く分散しててくれれば一人頭で十機。それならお互いに上手く立ち回れば十分避けられますね」

気休めか本心なのか、ちょっと分からなかった。





「二十機ほどの編隊が上手く分散しててくれれば一人頭で十機。それならお互いに上手く立ち回れば十分避けられますね」

気休めか本心なのか、ちょっと分からなかった。

「敵機が来たら自分の身を守ることにだけ集中してください。私もそうしますから大鯨さんも、ね」

頷いて私も空を見る。

「怖くはありませんか?」

「今は……何もしない方が怖い気がします。敵機も怖いですけどねー……」

「そう思えるのなら安心ですね。さて、来ましたよ」

鳳翔さんが私から距離を取る。あまり近すぎると回避中に衝突する恐れがあるから。

空を見ていると小さな黒点が少しずつ大きくなって、航空機のシルエットになっていくのが分かった。

「対空戦闘用意!」

「っ……対空戦闘用意!」

鳳翔さんの号令に続く。

敵機の編隊が二手に分かれて、私たちを取り囲んでいく。

八雲には向かわないでくれるなら今は好都合というもの。

爆撃機と雷撃機が六機ずつに別れて接近してくる。戦闘機は見当たらない。







爆撃機は右回りに、雷撃機が左回りに挟み打ちにするよう向かってきていた。

どちらにも注意しないといけないのは分かっているけど、爆撃機の方により注意が行ってしまうのが自分で分かる。

空母としては飛行甲板を破壊されたら戦闘力を喪失してしまう。

大鯨でも一度根付いてしまった意識は切り離せていないみたい。

爆撃機の動きをさらに注視してしまうと、龍鳳の記憶と今の記憶が結びついて一つの声が脳裏に響く。

それは時雨ちゃんの声で再生された。

『君の場合、爆撃機に気を取られすぎなんだ。空母だから甲板を守りたいのも分かるけど、雷撃を受けたらそもそもお終いだよ? 甲板が無事でも速度が出なかったら、やっぱり置物じゃないか』

魚雷も爆弾もどっちにだって当たっちゃいけない!

雷撃機はもう低空から侵入してきていた。

軍艦と違って今なら横でも縦でも魚雷に対する面積は誤差のレベルでしかない。それでも雷跡に対して同航する形で回避行動に移った方が避けられる可能性は高くなる。

「太陽の方向から爆撃機!」

鳳翔さんの警告に肩越しに上空の太陽を見上げる。

眩しい。思わず眼を細めて、光の残像が目に焼き付く中に機影が混じっているのを確かに見た。

直撃コースかなんて分からないけど、このまま進むのだけは危ない。

噴進砲を雷撃機に対して放つ。射程は足りてないけど、規定距離で爆散したロケット弾が弾幕を形成する。

雷撃機の姿が隠れてしまうけど、それは向こうも同じはず。敢えて弾幕に飛び込む愚を犯すとは思えず、あの距離からの雷撃なら精度も大幅に甘くなる。






そこまで考えて、今度は急降下爆撃を避けるため右に体を回す。でも艤装が重くて動き出しが遅い。

「回ってえー!」

機関が咳き込むような音を出して体や艤装が軋む。

動く、と思った途端に一気に体が旋回していた。

自分の想像よりずっと速い回転に角度がつきすぎて、振り回されて踏み止まろうとした足が水面の上で空回りする。

重心が分からなくなって階段を踏み外すような嫌な感覚がした。海面が一気に顔に近づいてきた。

「あっ――」

声が声にならないうちに水の中に倒れた。

これが……水の中……って浸ってる場合じゃないよ!

「ぷはぁ……しょっぱ……」

急いで海中から体を出すと、ちょうど爆撃機が後ろを行き過ぎて離れた場所に投弾して魚雷の航跡も逸れていってた。

「……もしかして今ので避けちゃった?」

気が抜けそうになって、すぐに鳳翔さんが心配になった。

見ると向こうも全部避けたらしく、去りゆく敵機の一群を見上げていた。

敵機の攻撃は空振りに終わったんだ。湧いてきた実感に急に腰が抜けた。

拍子抜けしたのか安心したせいかはもう分からない。

本当はまだ気を抜くには早い。それでも膝が笑って立てなくなっていた。

「あ、あれ……」

海中に沈まないだけで、ぺたりと水面の上に座り込んでしまう。

立てない。どうしようと思っても一人では立てそうになかった。

だから、今は静かになった海でみんなの無事を願う。

私は……情けないのかもしれない。それでも私は私の為すべき事を成せたような気がする。

そう思えると、なんだか心が軽くなったような気がした。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



艦載機の襲撃を切り抜けてから戦闘はすぐに終息した。

制空権こそ劣勢ではあったものの伊勢、日向という航空戦艦二人の火力は大きく、深海棲艦を散り散りに追い払うのに成功したからだ。

索敵や警戒は厳にしたままでも深海棲艦の再攻撃はなかった。

艦隊は鎮守府への帰路につきながら、少しずつ元の時間を取り戻していった。

夕張艦隊では伊勢が小破判定の被害を受けていて、大事を取って安静を取っている。

そんな伊勢に日向が見舞いに来る。

見舞いと言っても特にベッドから動けないというわけでもないが、骨休み感覚の伊勢はすっかりその気になって休んでいる。

日向は口を尖らせた。

「まったく……深追いしすぎるからだ。何かあったらどうするつもりなんだ」

「どうしたのさ、日向。もしかして心配してくれてるの?」

「当たり前だ。私はそこまで唐変木じゃない」

どかりと椅子に座った日向に伊勢はおかしそうに笑う。

「まあ、こういうのもたまにはいいもんだよね。どう思う?」

「いい迷惑だ」

憎まれ口の日向に伊勢は楽しそうに笑うばかりだった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



夕張と鳳翔は二人で工廠にこもって作業に没頭していた。

龍鳳の艤装の定期点検を終えた夕張は、烈風の改修を終えた鳳翔に話しかける。

「あの子、大鯨も一時期はどうなるかと思ったけど、憑きものが落ちてくれたみたいですね」

「あれがあの子の自然な姿なんですよ。優しすぎて考え過ぎちゃう、だけど本当の芯はしっかりしてる強い子」

そういう鳳翔は烈風の出来映えに満足げだった。

先の海戦ではそれまで以上に烈風の稼働率がよく、それに合わせて調整を加えると上手く噛み合うようになっていた。

実戦投入可能、という状態に鳳翔は仕事の手応えを感じていた。

「そういえば大鯨ってどうやって攻撃を避けたんです? 私もそういうの苦手だから参考に聞いたんですけどはぐらかされちゃって」

「あぁ……」

鳳翔はしばし考える。

まさか転んで溺れた結果、敵機が位置を見失って回避できたなんて大鯨の名誉のためには言えない。

「私も自分で手一杯だったのでちょっと分からないですね……」

鳳翔にできるのは言葉を濁すことだけだった。

「まあ仕方ないですね」

「仕方ない……大鯨ちゃん――龍鳳ちゃんはそういうのに我慢できなかったんでしょうか」

「どうなんでしょうね? 私なんかはあまり難しく考えないようにしてるので。明石と一緒に艤装や兵装いじったり、たまに変な物を作って、それからたまに美味しいおそばを食べられるなら、それで満足ですよ」

言い終わって自分の発言を吟味した夕張はふと気づく。

「もしかして、私ってすごく単純?」

「夕張さんらしいじゃないですか」

「そこは違うって言ってくださいよー!」

恥ずかしさ混じりの叫びとそんな様子を微笑ましく思って出た笑い声が艦内工廠を包んでいた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



戦闘が終わったのも束の間、私は私で厨房に入り浸る時間が心なしか増えている。

大体は潜水艦隊や懐かれてしまった二一駆のみんなに何か作るようせがまれるからだ。

今日は朝からこもりっきりでカレーを作っていた。

時間があったのでルーから自作して今は寝かせているところだけど、一晩寝かせる間もなく食べきられてしまう気がした。

本当なら寝かせた方が美味しいけど、そこはもう諦めていた。結局のところ、私たちはいくら準備をしても万全の状態を迎えるのが難しいということなのかも。

「大鯨さんっ」

「イムヤちゃん? どうしたの?」

何も言わず、イムヤちゃんは私にぎゅっと抱きついてくる。

この子は潜水艦隊の中でも一番大人びているけど、すごく多感な子でもあった。

だから私も抱きしめ返してあげると、嬉しそうに顔を胸にうずめてくる。

「大鯨さんもいつか……変わっちゃうの?」

「私は私ですよ」

今なら本当にそう思える。

もちろん私の中で龍鳳との折り合いが完全についたわけじゃない。

私は大鯨だし龍鳳でもある。二人の差は大きいようで小さくて、遠いようで近かった。

いつの間にか忘れてしまったそんなことが今はすごく身近に感じる。

今なら龍鳳の艤装でも、きっと使いこなせるという予感もあった。

それでも今はまだ大鯨だし、龍鳳になるのはもう少し後でもいいような気がしていた。

少なくとも、私の選択を待ってくれていた提督に何も言わないのは、ちょっとした不義理のように感じている。

私という中身が変わらないにしても……変わらないからこそ、やっぱりちゃんと報告ぐらいはしておきたかった。

「大鯨も龍鳳も私なんです。変わったとしても、私はここにいますよ」








また駆け足気味になってますが、これで終了。
午前中に終わらないとエタりそうな気がしたので、ちょっと駆け足でも終わらせないとまずいと感じてました

モラトリアムな鯨さんを書きたかっただけ……話としては最低限まとまってるとは思うけど、なんなんでしょうね?
酒の力を借りないとここまで書き進められなかったのが、自分の中での反省点
ちなみに昼から仕事ですが、今も普通に酔ってます。まあ仕方ないよね?


大鯨の歯がゆい感じが伝わったよ

おつ
よかったら前スレ教えてほしいなって

>>45

>>1

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