久「咲、花火をしない?」咲「花火…ですか?」 (28)

咲の家の扉を叩いた久は、片手に手持ち花火を掲げながら言い放つ。

久「どうかしら?」

咲「いいですね。それじゃあうちの庭でやりましょうか」



裏庭に移動した二人は早速花火セットの袋を開ける。

樹木が多く、もうじき夕方になるという時間帯も相俟って、

辺りには五月蝿いほどに虫の声が満ちている。

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今年高校三年生を迎えた久にとって、この夏は休みなど有ってないようなものだった。

大会が終わってからは起きている時間の全てが勉学に費やされていく。

日がな一日部屋に籠って机に向かっている時間は、夏らしさなど感じることもなかった。



久が目指す大学は、今住んでいる此処からはかなり遠い。

だが少し特殊な方向の研究をしている其処でしか学べぬことは多いのだと知っていた。

自分の夢に一番近い場所が其処なのだとも知っていた。

其処に行く為には今の自分では力が足りないということも知っている。

だから今は根を詰めるしか無い。

期待

久よりも二人つ年下の咲は、さ来年久と同じように根を詰めることになるのだろうか。

そう思って、久はその考えを内心笑い飛ばした。

麻雀界から一心に期待を寄せられている咲が、大学なんて目指すわけがない。



久「ほら、何がやりたい?好きなものを選んで」

咲「うーん…、あ。私はこれで良いです」

そう言って咲が手に取ったのは何の変哲もない普通の花火だった。

久「何だ、そんな凡庸なので良いの?」

咲「はい。それにしても家で花火なんて懐かしいです」

かちかち。

ライターを気忙しく弄る久の手元を見ながら咲はぽつりと呟く。

久咲かな?期待

中々点火しないライターを諦め、

久は念の為に持ってきていたのだろう蝋燭とマッチに手を伸ばす。

久「そう?昔はやっていたの」

問いながら、火の点いた蝋燭を傾ける。

ぽた、ぽた。

一滴、二滴と蝋が久の足元の踏み石に垂れた。

咲「はい。よくお姉ちゃんと遊んでました」

久「私は…余り花火なんてした記憶が無いわ」

久にしては珍しく、どこか暗い口調に咲はその横顔を眺める。

ぽたり。

垂れる蝋を見つめる横顔は、いつの間にか咲の知らない顔になっていた。

垂れた蝋が固まらないうちに、其処に蝋燭を立てる。

暫くそのまま支えていれば蝋が固まって支えずとも蝋燭が立った。

蝋燭から手を離して、久は咲を振り向く。

正面から見るその顔は、咲が知っているいつもの久だっただろうか。

久「だから今日、咲とする花火が、こうしている一時一時が新鮮でたまらないわ」

咲「――そう、ですか」

それは良かったです、と言えば良かったのかどうなのか咲にはよく分からない。

何故なら僅かに唇を吊り上げたその久の顔もやはり。

咲が知らない顔だったからだ。

一言、二言。

ぽつりぽつりと会話を続けながら花火を次々に消費していく。

二人でするには些か過剰なほどの花火の量があった筈だが、

いつの間にか残り少なくなっていた。

久「後は何が残ってる?」

しゅわしゅわと火花を散らす手持ち花火を持ちながら問う久。

咲は袋の中を漁る。

手に触れた細い感触には覚えがあった。

咲「線香花火、ですね」

久「ああ。私苦手なのよね」

顔を顰めた久は、火花を散らし終えた花火を水の張られたバケツの中へと乱雑に突っ込む。

じゅ、と熱が消える音がした。

咲「私は結構好きですよ。線香花火」

久「そう?じりじりと待つだけのものは性に合わないわ」

咲「麻雀は悪待ちなのに、ですか」

くすくすと笑った咲は一本久に差し出す。

己も一本火を点けながら咲が呟く。

咲「……もうすぐ、終わってしまいますね」

久「残念?」

ふ、と笑んだ久が線香花火に火を点ける。

嫌いだ、と言いながらも結局付き合ってくれる久が咲は好きだった。

咲「残念、です。まるでこの花火が落ちたら夏が終わってしまうような気がして」

二人の間に沈黙が落ちる。

微かにじじ、と線香花火の音がした。

咲「――ねえ。部長」

その呼びかけに、久は答えなかった。

手元の線香花火が小さな玉になって、ばちばちと激しく火花を散らす。

咲「部長が受ける大学は、此処から遠いんでしょう」

びくり。

手が震えて久の線香花火が地に落ちた。

咲の持つものは、今やっと玉になった頃だ。

久「そう…ね。もし受かれば、だけど」

咲「その為に頑張ってるんでしょう?部長は」

語尾を震わせた咲の持つ線香花火の玉が、ぽとりと地に落ちる。

じ、と音を立てて少しだけ朱を保った後に見えなくなった。


咲「非道いことを、言います」

呟いた咲が新たな線香花火に火を点ける。

もう日が暮れた視界ではよく見えないが、

どうやら二、三本ほど纏めて火を点けているようだった。

人を花火にするのかと思ったら違った
平和で良かった

咲「部長の頑張りを知っていて、私は…」

久「……」

咲「試験に落ちてしまえば…このまま此処に居れば良いのに、と思ってしまいます」


――離れたくない。

声にされなかった咲の叫びを聞いたような気がして、久は眼を伏せる。

息が苦しいと思って数度口を開閉したけれど、

吐息も声もそこからは出てこなかった。

咲「私は…部長がいないと寂しいです」

久「…どうして、貴方は」

火の消えた線香花火を握り締める。

細い線香花火は久の掌の中で容易く捩れた。

久「咲は…狡いわ。貴方はいずれ私の元を離れるのに、私にはずっと傍に居ろって言うの」

久の言葉に、咲は大きな玉になっていた線香花火を差し出す。

今は「牡丹」と呼ばれる玉の状態であるそれは、

もう暫く保てば激しく火花を散らし始めるだろう。

咲「叶えたいから、言うんです」

久「私だって…此処から、咲の傍から離れたくて遠くの学校を受験する訳じゃないわ」

咲「知ってます。そのくらい」

咲が差し出す線香花火を、久は受け取らない。




二人の間で、牡丹は松葉に変わって火花を散らす。

ばちばち、ばちばち。

咲「――――だから、覚悟しておいてください」

久「……?」

伏せた視線を、久は持ち上げる。

其処には久の知らない咲の顔がある。

その顔で、不適に笑ってみせた咲は線香花火を手離した。

じゅ、と小さく地面で音を立てる線香花火を目で追うことは出来ない。

両手の空いた咲が、久の首の後ろに手を回す。

そのまま自分の方へぐいと引き寄せて互いの唇が重なった。

口付けるというには勢いの良いそれは、奪うという表現が相応しい粗雑さだった。

それなのに、どこかひどく甘いようなそれに、久は抵抗も出来ずただ瞬きをする。

咲「…さ来年、部長を追いかけてあげます」

ふ、と吐息交じりに咲は言う。

くらくらと血が上る頭を抱えて久は泣きそうに笑った。

それは、麻雀よりも自分を選んでくれるということ。

久「…なら、私は今年頑張らないといけないわね」

久の知らない所で、久と同じ恋情を育てていた後輩に、そっと笑う。



二人の足元で、散り菊になる前に捨てられた線香花火がその火を消した。


カン!

乙 良い雰囲気の久咲だった

おつおつ

この前の華菜咲の人か?おつ

乙です
線香花火のような終り方じゃなくて良かった

乙 咲さん男前だなぁ

乙。
>>12
時計塔のあの二人じゃないんだから。

>>20
あれも俺です

>>21
最初BADEDにしようかと悩んだんですが、やっぱり二人には幸せになってほしいので

イッチは咲さんが好きなのかな?
また書いてね


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