加賀「反転電波を浴びたから提督を搾首手ポキするわ」 R-18G (107)


 なんだか、夏場だというのにひどく寒く感じた。けれども、窓を閉める気にもならない
鎮痛剤で動かない頭を引きずりながら手帳にペンで書きつける。
それでも、腕を動かすたびに身体に走る痛覚の電流は、字に不自然なハネをつけた。

 昨日鎮守府付近で検出された電磁波は、微弱ながらも独特な波長を持っており、
艦娘の特定の人物に対する感情を極端に悪化させ、暴力行為さえを許容させる。二種類の波長、範囲の狭い波と広い波が存在し、
前者を浴びたものを後者でコントロールする。(当鎮守府はすべての艦娘が前者を浴びた)
初期症状は対象者にのみ見分けがつく。散見された際には、提督は距離をとって速やかに報告するように――

 発生源、発生源。潜水艦と目されているが、潰したところで元に戻るのだろうか?
……現在、この国の防衛システムは殆ど艦娘に依存している。それが、こんなにも簡単に。
本来ならあってはならない鎮守府で被害が発生したことは、思いの外幸運だったのかもしれない。

 少し、書き続けるのが、つらくなってきた。ベットに体重を預け身を崩す。
兎にも角にも、早く対抗手段が生み出されることを祈るしかない。優秀であるらしいから、さっさと成果はでるだろう。
そうでなければ、この国は艦娘に対する信頼を失っていく。此処まで容易い兵器だったのかと、そう思ったのなら……
これ以上は今考えることではない。現在最も重要な課題は、解除時のこの鎮守府の艦娘の精神的回復だ。

 どうにか、しなければ、回転数の減った頭を必死でまわしていると、ふと、分厚かった扉が半開きになっている。
開いている窓に向かって流れている風に今気がついた。隙間から覗かれる広がっていく闇の中に見覚えのある姿を捉える。
初期からいる艦娘の姿。感情表現は不得手だったが、ぶっきらぼうな中にも優しさが感じ取れる者だった。
酷く信頼していたように思う女性の一人だ。そこに立っていた。見たこともないような笑顔を浮かべて。

 

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月明かりは差し込まない。ただ、ライトの光が下からその端正な顔を照らし出している。
色も形も普段と何ら変わりはない。ただ表情だけがある種の残酷さだけを湛えて微笑む。
何がそんなにうれしいのだろうか。聞いてみても返答はなく、静けさを保ったままで傍らにまで歩いてくる。

 「……提督、私、感情表現が、上手ではありません」

 でも、今は、嬉しくてたまらないわ。言いながら、左手がこちらの首に向かって伸びてきた。
鎮静剤と痛みで、抵抗することもままならないなかで、たどり着いた腕は、徐々に力をかけて。
血液の流れが滞り始め、気道が閉鎖され始めた。頭の中で行き場を失ったものがぐるぐると渦巻き始める。

 「がまんできないの、こんなものが、この世に存在すること自体が」

 中身の入っていない左袖に代わって、のろのろと右腕で、首の縛めを解こうとした。
しかし、容易にやってきた右手に阻止され、そのままその滑らかな指がこちらの指に絡んだ。
だから、自分で消すのよ。あまり、というよりまったく触りたくはないのだけれど。

 緩慢な抵抗を無視して、弓道のように艦載機を飛ばしてきたその手は、軽々と一番短い指をへし折った。
小指から上がって来る灼熱の感覚が、喉に伝わって飛び出そうだった。堰き止められていなければ、叫び声が出たに違いない。
濡れた擦れるような音が、喉からわずかに出る。それを見て、その美しい容貌に浮かぶ笑みを加賀は、一瞬だけ歪ませた。

 「醜いわね」


 橙色の朝日、総員起こしの少し前である。太陽の昇る東の空を見ると雲一つなく、
今日も晴天になりそうだった。西は見なかったのだけれども。
身支度を整えて、遠征に出ていた部下たちを迎えに行く。白い軍服には皺はよってなさそうだった。

 人気もなかったので気を遣わず階段を降りる。軽く音はなるが、誰にも聞きとがめられないだろう。
そのまま調子に乗って一階まで下りていく。踊り場に差し掛かったところで、白いスカートが見えた。
降りてくる音を聞きつけたのか、二本の三つ編みがぴょこぴょこ振り返る。

 「おはよう。磯波」

 後ろでくくったのが吹雪、ふたくくりが白雪、長い三つ編みが磯波だ。この辺は後姿がどうにも似ている。
前に一度間違えて、怒りながらぽこぽこ怒りながら抗議された。何度も間違えると泣き出してしまうかもしれない。
挨拶を受けた磯波は、しかし、酷く軽蔑するようににらみつけると、そのまま振り返って足早に去っていく。

 こちらは、思いもよらない事態に思考が一瞬停止してしまう。あの、大人しい磯波が……何かあったのだろうか?
声を出すまえに、たれ目の少女は曲がり角を曲がって、こちらの視界から姿を消していた。
一人残されたこちらの、届かないだろう理由を問う間抜けな声が、早朝の廊下にむなしく響く。

 「どうかしたか、磯波ー」

 トイレの鏡で自分の姿を確認する。別に染みもついていないし、値段シールがついていることもない。
朝から出会う駆逐艦たちは、怯えるか睨むかすると、遠巻きになってそのまま逃げてしまう。
何かあったのだろうか。心当たりはほとんどないが、気に障るようなことでもしてしまったのか。

 肩を落としながら化粧室から出ると、今度は一つくくった吹雪が見えた。
逃げられない距離にまで近づいて、問いただして見ようか。そろそろと足音を立てずに近づいた。
寄ってみた吹雪は、機嫌がよさそうに鼻歌まで歌っている。これなら話ができるかもしれない。
過剰かもしれないが肩に手を置いて、話しかけた瞬間――

 「――ッ!」

 すぐに振り向いた吹雪は、素早くその手を振り下ろし、こちらの手を思いっきり払いのけた。
そしてこちらを見上げると、汚らわしくて仕方がないといった表情で、鋭い目線を向けてくる。
さもあれば、なにも言うことができないでいるこちらに、胸底から出したような低い声で詰り始めた。

 「気持ち悪い……見るだけでもそうなのに、まさか触るなんて……」

 そう言って自らの肩を見て泣きそうな顔をする。取れそうもない汚れを押し付けられたかのように。
気持ち悪い、気持ち悪い、何でこんな人が……、皆も、あなたのせいで、気分を悪くしてるんですよ。
まとめると、そういうようなことを言った吹雪は、やがて、静かに頭を下げて。

 「お願いですから、いなくなってください。もう、耐えられません」

 言い切って泣きそうな顔でこちらを睨む。それから仲のいい駆逐達がこぞってこちらに来て、
こちらに殺意すら混ざった視線を向けつつ、しゃっくり上げる吹雪と一緒に去って行く。
その姿を見送りながらも、しかし、その場にぼんやりと突っ立っていることしかできなかった。

 幾らの精神的動揺があったとしても、それでも執務はとらねばならない。
入った執務室はいつもと変わらず、左側から日光が差し込んでいる。鏡の世界に来たわけでもなさそうだ。
ならば、あまり考えたくもないことだが、今までの対応は不快ながらも上官であるからで、
表面の裏に貯めてきた不安がついに爆発した。……そこまでの演技ができるとは思えないな。

 本日やらねばならない書類を待つ。なかなか来ないので、ネガティブな考えに頭を支配され始めた。
それこそ取り返しのつかないことをしたならば、注意してくれるような性格の娘はいっぱいにいる。
ならば、……解明されていない何らかの艦娘的特質が、外部的要因によって――

 根拠なき推論ばかりが頭を巡り続けた。やがて、いくら待っても来ないので、本日の秘書艦のところを当たる。
けれども、聞く相手聞く相手、とりあわず蔑むか、気色が悪いと泣き出す。結局気分を下げて戻ると、
認可以外済まされた書類が積立てられていた。こちらの判断を仰がないことを注意しなければならない。

 椅子のカバーに仕掛けられていた棘を見つけた。気分が憂鬱に沈み込んでいく。
……一番憂鬱なことは、同じような態度をとるだろう艦娘たちに、注意しなければいけないことである。


 流石に面と向かって、あの書類は、この鎮守府の運営における提督の必要性の証明です、と言われると、
突き刺さるものがある。これから会議に出席してもらう必要もありません。ただできる限り速やかに、交代の人員を、
未だに現状が把握できていない。もしかしたら、幻覚か何かをみているのではないか。

 が、しかし、夢ではない。妄想の産物でもない。拭き取った棘にさした指の痛みは、それを鋭敏に感じ取らせた。
ただの針であったのに、毒が塗られているか深刻に考えてしまった。やはり人間敵意を向けられ続けると疲労するものだ。
そもそも刺そうと思わなければよかったのであるが、それほどまで今までとは異なっていたのだ。
確かめずにはいられなかった。現状は本当に現実なのか? 結果は無残なものだったが。

 鬱屈とした精神状態でいると、その時々の時間感覚はのろく感じる癖に、全体では大きく過ぎる。
仕事もそこそこにぼんやりとして、気がつけば正午から数時間も経っていた。日の方向はわからなくなっている。
腹部は空腹を訴えかけていたが、食堂に行く気にはならない。不安感が首をもたげている。

 「失礼するよー」

 自らの不安に対する臆病さに、海軍軍人としての資質が欠けているのではないかと考え始めたころ、
不動だった執務室の扉が音を立てて開き、よく絡んできたツンツン頭の少女が入って来る。
料理片手に動く足取りはしっかりとしていて、どうやら今は酒を飲んではいないようだった。

 隼鷹の表情は、いつもと変わらないようだ。いつものような快活さで、いつものような軽口を叩く。
持ってきてくれた料理はカレーだった。漂ってくる匂いは、こちらの気分を少しは上向かせてくれた。
しかし、それ以上に、隼鷹が変わらぬ態度で接してくれたことが喜ばしかった。

 銀色のスプーンを手に取り、少し躊躇した後、ひとすくい掬って口に運ぶ。隼鷹の表情は変わらない。
美味しさが舌に広がる。妙な味もしないし、どうやら抱いた疑念は取り越し苦労だったようだ。
もしかしたら隼鷹はいつも通りで、こちらを気づかってくれたのか。そう思いながらもうひと……

 「――ッ?!」

 隼鷹がいつものように笑い始める。カレーの味に、鉄の香りが混ざり始めた。痛みで顔が歪む。
尖った金属片か何かが混ぜ込まれていたようだ。突然のことで、眦に涙が滲んだ。
隼鷹は笑いながら、扉を塞ぐように立って、愉快でたまらなくて、もう止めることもできないらしい。
どうにかしようともがくこちらに、ゼヒゼヒと呼吸を整えた隼鷹は、

 「いやー、提督としては最低だし、見ているだけで嫌になるね!」

 そう言うと隼鷹は表情を凍り付かせた。こんな表情ができたのかと思うほどの冷たい表情だった。
そうしてそのまま、さっさと辞めな、と言うと、スッと後ろを向いて出ていった。


 草木も眠りこけた深夜。にわか雨がしとどに鎮守府を濡らしている。異変が起きてから数日が経過した。
この間、間宮も影響を受けていたようで、隙を見て持ってきた食事に下剤を仕込まれた。
幸い最悪の事態は免れたものの、それから売店でも仕込みが見えて、食事を口にできていない。

 艦娘たちの症状……と言っていいのかは疑問だが、ともかくそれは、日を追うごとに悪化。
初期は言葉と態度、それから細やかな悪戯程度だったものが、だんだんと暴力的な度合いを増してきた。
現在に至っては自室が荒らされている形跡がみられたので、外で朝の訪れを待っている。

 原因の、究明は、明日の朝に調査員が到着することになっている。こちらに理由があれば、
海軍を辞めて終わりだが、深海棲艦の手によるものならば、国家存亡の危機になりかねない。
もしも、全ての人間相手に、このような態度をとるように仕向けられればれば……

 今、鎮守府に留まっているのは、対象が一人なのか、明らかでないからだ。
鎮守府の運営については滞りがなく、遠征、任務の遂行などは普段通り行われている。異変は見られない。
しかし、もし此方が抜けて調査員やほかの関係者に敵意が向いた場合、最悪、処分されてしまうだろう。
いや、このまま、悪化がつづいていったならば、どっちにせよ変わらないか。
 
 そう考えると、一方では深海棲艦のせいだと思いたいくせに、一方では自分の行いのせいだとも思いたい。
あのような態度の原因が自分にあるとは考えたくないが、あいつらと会えなくなることは御免だ。

 連日の疲労と空腹であまり意義のある思考ができなくなってきた。ふと、酷く寂しくなる。
頭が冷えていく感覚がして両手で首を覆う。なにもかも、ぶちまけてしまいたくなった。


 実感として変わることはあっても、本来時間の流れは一定のものである。
この鎮守府に調査員が到着するまで、何らかの糸口がつかめるまで、依然として数時間残っていた。
鎮守府の運動場、周囲のライトは深夜も点灯していたそこをのなるべく潜むように歩き続ける。

 視界を遮るものは特にはなく、時に吹く風と自らの足音以外は物音が鳴ることもない。
とりあえず、朝までは物を投げつけられてもどうにか対応できそうだ。職務が果たされている以上、
明かりが消されることもない。そうやって、ぼんやりと光を見つめていた。

 気が抜けていた。疲労と空腹もこちらの判断力をひどく削ぎ落としていた。
だから、やはり、幸運だった。後ろから風が吹いて違和感を感じ取れなければ、その凶器は……

 振り返った先には、殺意を今にも振り下ろそうとする龍田。寸でのところで背後に飛びのけた。
まったく気がついていなかった。休息を求めている頭がふらふらと揺れて、思わず倒れこみそうになる。
龍田は冷たい笑みを浮かべながら、動きを休めず凶器を振りかぶってきた。

 「あは、躱さないでよ~。皆のために、害虫を駆除しないといけないんだから」

 天龍ちゃんにそんなこと、やらせるわけにはいかないでしょう? 話す龍田からわき目も振らず逃げ出す。
疲労のためもつれる身体を必死に叱咤しながら、迫りくる殺意から逃れ続ける。
やはり、悪化していた。こちらに向けていた敵意は、なんとしても除こうとするまでに膨れていた。

 地面を蹴って逃げる、龍田はつかず離れずの位置からこちらを追いかけ続けていた。
走る床は砂と土からアスファルトに変わって、鎮守府の建物の近くにまで到達する。
ここで、やっと気がついた。今の消耗した自分の体力に、艦娘が追いつくことなどわけもないはずであることに。

 額に衝撃が走る。染み出てきた熱は鼻を伝って流れ落ちて、崩れ落ちる前にまた衝撃が顎に響いた。
完全に脳を揺らされ、立つことも困難になりながらも、視界は暗がりの少女を捉えた。
振られたのはどうやら鉄パイプ。振ったのは……重巡、か?

 「んっとーにウザイな! こそこそこそこそ逃げ回ってさあ」

 ま、や、か。追撃で飛んできた胴への一撃でなすすべもなく地べたを舐める。
平衡感覚を失って無様に転がりながら、吐き気を堪えるような息をした。

 ふたりとも責任感は強い方だった。だから率先して行動に出たのだろう。
もはや、どこで思考しているかもわからなくなりながら考える。二人の足がすぐ近くにまで来ていた。
摩耶がこちらの背中を踏みつけ、龍田が凶器を振り下ろそうとする。

 やっと気がついた。圧のかかる胸中を後悔が満たす。こいつらが洗脳か、それに等しいものを受けていると考えていたのだ。
少なくとも、どんなに気に入らなくとも、人を手にかけるような者たちではないはずであるとも知っていたのに。
報告は、洗脳されている、とするべきだったのだ。そうすれば即座に調査員は来ていたし、この数日の事態も避けられた。
それを妨げたのは、こちらの、自身の落ち度だったのだ。

 適切とは言えない報告をあげさせた、中途半端な艦娘への信頼。心の奥底にあった、艦娘たちへの不信。
それに初期段階での動揺を招いた心の弱さ。ここまで事態を悪化させた責任は、すべて俺自身にあったのだ。
明かりに照らされた凶器が、こちらの首に向かって振り下ろされて――!

今日はこれで終わります。続きは後日投下させていたただきます。二三回で終わります。

正常に戻った時にどうなるか…期待していいですかね?(ゲス顔)

面白い。引き込まれる
でもすごく読みにくい。一文ごとに一行空けて改行した方がいいですよ
あと場面転換が少しわかりにくいから線を引いたりした方がいいかも
折角の良質な文も読みにくちゃ伝わらない
期待してます

ありがとうございます。そうですね、そっちの方が見やすいですね。
レス稼ぎになってしまいますが、修正してあげなおした方がいいでしょうか?

外野は気にせずやりたいようにすればいいかと

つまんね
センス無いから依頼出して落としたほうが良いよ

勢いで返答してすみません。よく分からなくなってきたので、今まで通りで投下します。
申し訳ありませんでした。


 「やめて!」

 下りて来たものをしなやかな手が遮った。緩々と持ち主の顔を見上げる。
途中見えた腹部から覗いた黒いインナー。茶色髪は古鷹だった。心を痛めているような表情をしていた。
そして、止まったことに幾分か表情を和らげると、再び、やめて、と言う。

 妨げられた二人は、突然のことに驚きながらも手で遮る少女に退いて、退いてと詰め寄っていく。
古鷹は、それにふるふると首を振ると、落ち着かせるような、殺しちゃ駄目だよ。と声をだした。
鈍りながらも尚もこちらへの殺意が消えない二人を、優しく諭すように説得する。

 「二人に、殺してほしくないよ……」

 古鷹に悲しく微笑まれて断ることができるような奴はいない。二人ともこちらを睨みながらも、
古鷹へ気を付けるように言うと、そのまま立ち去っていく。とりあえずは、助かった。
痛みに身体を震わせながらも、ふらふらと立ち上がる。古鷹にお礼を言った。

「本当に、……提督の責任だってわかってるんですか?!」

 瞬間、飛んできた蹴りがこちらの腹部に突き刺さる。身体が九の字に折れ曲がって、地面に這い蹲った。
空っぽの胃袋から逆流した熱い液体が、喉奥から出て垂れ始めた。古鷹は蔑むようにこちらを見て、
一度大きく息を吸ってから、それでも抑え込めなかったのだろう気持ちで、叫ぶように詰る。

 「こんな汚い血で、二人が汚れるところだったんですよ!」

 本当に、わかって、いるんですか! 止まらない蹴りで呼吸さえできなくなった。
裏返って消えていきそうになる意識を必死でつなぎ留める。またつま先が腹に刺さる。

 「だからっ! 消えて、消えてください!」

 最後にまた蹴りを放つと、荒らいだ息を整える音がする。
あの優しかった古鷹が、堪え切れない憎しみと怒りで、泣いているように見えた。

エロかと思ったらそっちのR18か、期待しよう

搾首手ポキ…誤字だと思ったのに…Gって書いてあるけど大丈夫だと思ったのに…


 あれだけしこたま蹴り飛ばされても、内臓が破裂したりしないものだから、
人間とは思っているよりも丈夫なものである。それとも、慈悲の心、
それこそ、古鷹の優しさのおかげ、か。

 考えてみれば初期状態でも、あれだけ憎悪の心を持っていたのに
いきなり命にかかわるようなことにはならなかったのも、やっぱり彼女らの優しさなのか。

 ……迎えていた極限状態のせいで、精神的に変化してしまったのか?
あれだけの仕打ちを受けたのにも関わらず、彼女たちに感じていた、元からあった愛惜の心は、
だんだん大きくなっているように感じる。

 今、鎮守府には調査員が訪れており、怪我の治療のためこちらは病院を訪れている。
到着まで物陰に隠れていたのだが、いざ、顔を合わせると無数の痣と額の出血をいたく心配され、
少しの情報提供の後、すぐさま病院に送られてしまったのだ。

 鎮守府は、大丈夫だろうか? 来たときには調査員に対して悪意を持っている様子はなかった、
調査員も、集団であったうえ、十分な備えと詳細な検査機械を持ち込んだようだった。
すぐに原因が明らかになって、普段通りの鎮守府に戻るだろう。そう、なる。

 
 鎮守府近くの岬の森、そこは、通常は立ち入り禁止になっており、今も人の気配はしない。
鎮守府まで遮るものがないため、全体の様子は、双眼鏡でもあれば簡単に見ることができる。
不意に走る額の痛みに震わせながら、検査が終わったのか表に出てくる艦娘の姿を眺めていた。

 変調をきたした精神状態は、思いもよらないことをさせるものだ。首を掻きながら思う。

 処置を受けた病院で、することもなしにぼんやりと待っていると、段々不安が心を覆っていた。
このまますべての者が、どうにもならないと判断されて、味方によって処分される……。
軍人としての資質を問われることだが、遠方から見る許可を随伴員にとって、此処まで来てしまった。

 無性に、彼女たちの、いつもの表情が見たくなったのだ。

 しかし、まあ、それも杞憂だったようだ。出てきた彼女たちの顔には、不安はあるものの、絶望はない。
駆逐艦を気遣って、話しかける軽巡たち、バカみたいな話をし始めてそうな大型艦。調査員の顔も険しくない。
大体、日常の中の非日常、行事か何かがあっただけのような雰囲気である。何も心配することはなかった。

 遠くから遠征に向かっていた艦隊が、波音を立てて戻って来る。

 こちらも、戻って指示を待とう。そう思って、身を翻して、元来た道を戻り始めて、風切り音を立てて、

 
 幸運、幸運、幸運だ。今にして思えば、これまでの人生において、たいそう運は味方してくれた。
今の立場に至るまでも、至ってから上げた戦果の内容も。幸運は深く食い込んでいるに違いない。

 身体中に激痛が走る。歯をくいしばって耐えながら額の包帯を外した。

 彼女たちに出会えたこともだ。これは人生の中で最も幸せなことかもしれない。
それ以外に襲われる不幸が、取るに足らないことだと思えるくらいに。

 血に濡れた汚らしい包帯を口をも使って左の二の腕上の方に巻き付ける。不器用ながらも形にはなった。

 俺がやるべきことは、余剰で生まれた力をつかって何か大きなものを守ることだったのだ。
それを少しの苦境で、今に至るまで見失っている。なんと脆い心情でいたものか。

 右腕で木を掴みながら身体を引きずって移動する。ゴホリゴホリと濁った咳が出た。

 それでもなお、今も幸運だ。爆発の瞬間木が盾になって、ちぎれ飛んだのは左手だけ、
眼球も首筋も主要臓器のある部分も、細かい傷がついただけだ。致命傷も負ってはいない。
……日常に戻れたなら、ちゃんと訓練しなければ。いざというときに的を外すなと――。

 音を聞きつけた調査員がやって来る。こちらを見て狼狽する様子に、絞り出すようにして声をだす。

 「不発弾が、爆発した。ゲホッ、不運、だな……」

 
 苦痛と、酸欠と、元から鎮痛剤で縮まった思考をさらに狭くした部分で考える。
今夜は病室の様子から新月、異変が始まってずいぶんと時間がたってしまったようだ。迷惑をかけた。
ライトの反射で見える加賀の笑み、唾液が飛んだのかまた歪んだ。今度は中指がゆっくりと曲げられる。

 「――っ、あ――!」

 遠くなり始めた意識を呼び戻す灼熱のような痛み。喉仏が脈動して加賀の手のひらを滑った。
そのとき、一瞬だけ手が緩み、胃袋ごとひっくり返りそうな息が、しかしまた締まって漏れ出しただけで止まる。
再度、眉をひそめたが、しばらくすると、いいことを思いついた、とまた異なる笑みを浮かべた。

 「汚らしいわね、口を閉じることもできないのかしら」

 また呼吸をさせてから、今度は思いっきり張り手を顔面に張って、指に手をかけ始める。
今度は薬指だ。しかし、これまでの行動から、加賀はこちらを苦しませようとしていることは明白。
なにを、するつもりだ……? しなやかな指は今度はこちらの爪をひっかけるように、曲げられ始めた。

 「ギャ、ギ―ィ――?!」

 ゆっくり、ゆっくり力がかかる。折れ行く薬指と同時に爪が剥がれていく。
首にかかる力は定期的に緩み、こちらが意識を失うことを許さない。身体が反射的に跳ね上がった、が
いつのまにか上に跨っていた加賀は、体重をかけてそれを静止させている。ついに完全に剥がれて。

……水分を摂っていないでよかった。失禁するのはさすがに恥ずかしい。くだらない考えが、浮かんだ。


 ねじり折られた人差し指、のこった親指に加賀は酷く難儀したようだ。
どう苦しめるか悩んでいたようだが、結局爪を剥がして、普通に折ることにしたようだ。
醜い前衛的オブジェのようになった右手、それを尻目に、加賀は、ついに両手を首にかけた。

 ここで死ぬわけにはいかない、艦娘に殺されたのなら、あの艦隊は、みんなが……、
力が出ない、か細い抵抗を他所に、首にかかった力はどんどんどんどん増していく。
視界から色が消えていく、涙によるぼやけも、加賀の綺麗な顔すらも関係なしに。

 近づいてくる限界点、それを悟ったとき、電流のような閃きが狭い思考域をよぎった。

 
 そうだ、そうだったのだ。俺は、ずっと、あやふやな目標のために身をささげてきた。

 けれども、それでは駄目だったのだ。そんなものでは、何もかも無駄になるだけ。

 命をささげるべきだったのは、艦娘たちに、だ。

 彼女たちのために、自分が持つ何もかもを捧げるべきだったのだ!


 首に伸びる二本の美しい白い腕は、光を受けてキラキラ輝いて見えた。

今日はこれで終わりです。あと二、三回ぐらいかかるかもしれません。申し訳ありません。

次回から解除パートです。

いよいよ解除かあ、壊れるなあ(歓喜)

提督死んでしまったん?

>>25の後病院に担ぎ込まれて>>1に至るってこと?

解除はさすがに気分が高翌揚します

楽しみだ(ゲス顔)

やめろォ!(建前)ナイスゥ(本音)

反転電波を浴びていたのは提督だったのだ

 
 夜の鎮守府は完全に寝静まることはないが、昼の喧騒は鳴りを潜める。
宿直当番や明日が非番の艦娘たちがひそひそと音を立てるのみだけだ。例外は除いて。
他の音源としては、昼から夕方にかけて遠征にでていた艦娘たちが帰還するときだろうか。

 普段は、帰ってきた艦娘たちはお互いの苦労を労い、そのまま機嫌良く酒を飲むか、眠るかする。
けれどもここ最近は、皆俯きながら、ポツリポツリと会話して自室に戻っていく。
そのうちの一人、三つ編みのたれ目、磯波、は何だか眠る気にもならなかったので、鎮守府を散歩し始めた。

 明かりが消えて人気の無くなった廊下を一人歩く。いつも恐れていたはずのそこに、今は何の感情も浮かばない。
大きな窓から三日月を見上げて磯波は考える。自分も、皆も、なんてことをしてしまったのか。

 提督は、少しひょうきんなところもあったけれど、近くにいると安心できて、なにより職務に忠実だった。
そんな人にとって、いきなり周囲の人から軽蔑と憎悪をぶつけられること。それはどれほど苦痛だろうか。
少なくとも、磯波は身震いする。自分だったら、そんなことにはとても耐えられないだろう。

 一つ角を曲がる。戦術訓練用の教室には誰もいない。外の明かりだけの道を進む。

 提督は、今何をしているのだろう。鎮守府の噂だと、何でも怪我をして入院してしまったらしい。
このまま、もう、戻ってこないのではないか。磯波は歩みを止める。人気のない教室への恐怖がよみがえってきた。
怖い、怖い。磯波は走り始めた。あの人は私たちをどう思って、どれほど軽蔑して、どんなに――。

 また一つ曲がる、医務室から光が漏れていて、部屋の前に人が立っていた。身を震わせる。怖い。
人影がこちらを見つけた。訝しげな様子でこちらを見ると、大きな声でこちらに話しかけてくる。

 怖い、怖い、怖い。どこにいらっしゃいますか、提督――


手元にある果物、ミカン、オレンジ、バナナ……。皮をむかなければ食べられない。
病院からこの医務室に移る際、見舞いにきた同僚にもらったものだ。
近海で夜、潜水艦を沈めたことを自慢したかったらしいあいつは、二三言葉をかけるとすぐに帰って行った。
……内心嫌われているのだろうか。こちらとしては一生返しきれない借りが、できたようなのだが。

 包帯と固定でぐるぐるになった右手の上で、食べられないミカンをころころ転がしていると、
不意に誰だ、と配置された護衛官殿の声、そのまま扉がこんこんと几帳面にノックされた。

 「提督、ここを訪れた者が」

 どういたしましょう、と言うので、入れてくれ、と返す。入ったのは、異変で最初に会った少女だった。

 「……あ、あの、提督――え?」

 俯いていた磯波が、顔を上げながら、涙が残る瞳でこちらを見ると、驚愕でそれを震わせ始めた。
あまりに驚いたのか、揺れはどんどん伝播して、体全体を震わせている。不意に後ろを向いて逃げようとした。
急いで護衛殿に止めさせて、磯波が、震える瞳でこちらを振り返る。何を、言えばいい、か。ああ、そうだ。

 「磯波ー、ちょっとミカン剥いていってくれ」

ついにきたか……

いいぞ。(ゲス顔)

 
なるほど、こうやって話の糸口を作れということか。動揺していたような磯波だったが、
頼み続けるとゆっくりと動き出す。辛そうな顔をしながら近づき、そのまま果物に手を伸ばした。

 そんな磯波の横顔をじっと見つめる。穏やかそうな顔には苦悶の色が見て取れた。
こんな大人しい娘に罪悪感を植え付けるなんて、まったくとんでもないことだ。許されない。
憤っていると、何か引っかかったのか手間取っていた磯波の双眸から、ぽろぽろと零れるものが見えた。

 「どうかしたか、大丈夫か」

 そういえば、前に言ったこと一緒だな。そんなことを考えて、磯波をなだめようとする。
磯波はしゃっくり上げ始めて、とぎれとぎれになりながら、右手の辺りに涙を落としながら、声を出した。

 「どうして、こんな、提督が、なんで……」

 言った直後にサッと顔色を悪くした磯波は、そして、とつとつと噛み締めるように言葉を紡ぐ。
 
 「す、すみません、わたしたちが、わたしが……」

 ……見ていられない。後先考えず、包帯のまかれた手を磯波の頭に乗せる。
そして、安心させるようにゆっくりと左右に動かした。一瞬、拒絶されるかも、と頭に浮んだが、
なすに任せた磯波はやがて、スン、スン、と泣き方を変えた。どうやら、落ち着いてくれたようだ。

 「いいか、磯波、俺は結構節穴なところもあるけれど、それでも、見るべきものは見ている」

 「あれがお前たちの本意じゃないことも、実際の優しさもちゃんと分かっている」

 「だから、あんまり気に病むな。どうしようもなかったら、いつでも俺を頼っていいぞ」

 言い終わると、透き通った瞳の中から、磯波は、またぽろりぽろりと雫を落とす。
泣くな、泣くな、と言いながら、今の身体で他にできることがないので、右手の包帯でそれを拭ってやる。
涙の暖かさが、包帯に沁みこんで、こちらに伝わってくるような気がした。


 今日も染み無し皺なし、白く輝く軍服に、恰好をつけて袖を通した。
義手をまだ作っていないため、鏡に映った左袖には中身がない。箔はついた気がするが。
ふらふらふらふら左袖を揺らしながら、ちょうど出会った磯波になかなか格好良くないか、と聞いたら、
泣きそうな顔で黙りこんでしまった。何をやっているのか。

 さて、磯波を慰めつつ別れて考える。この鎮守府に帰ってきた明朝、集会を開いた。
前に出てきた此方の姿を見て、多くの艦娘が言葉をなくしていた。やっぱり、心優しい娘ばかりだ。
ともかく、その後、こちらが謝罪し、艦娘たちも謝罪させて、この問題は終わったものだ、という姿勢をとった。

 ……それで納得できない艦娘の方が圧倒的に多そうなのだけれども。
一人一人地道に話をしていくしかないか。罪悪感で気を病まれるとこちらもつらい。
そもそも深海棲艦のせいなのだから、そこまで落ち込むようなことでもないと思うのだが。
まあ、みんな心根が優しくて純粋だから、しょうがない面もあるかもしれない。


 「吹雪ちゃん、大丈夫っぽい……?」

 「うん。私は平気だよ、まだまだ、足りないくらいだよ」

 金色髪の少女が、同室の目の下に大きな隈をつけた少女に話しかける。
黒髪をひとくくりにしたその少女は、どことなく虚ろさを感じさせる声で答えた。

 「吹雪ちゃん、提督さんは……」

 その言葉を聞いた瞬間、吹雪の瞳から光が消える。身体が小刻みに揺れて、頭を抱えてその場に座り込む。
あんな傷を負ってしまって、……あのとき、不安でたまらなかったあの人に、一番初めに心無い言葉を浴びせたのは、
いなくなってください、と、あんなことを言ったのは……!

 「吹雪ちゃん! どうしたの?!」

 「償わなきゃ……」

 「吹雪ちゃん?」

 「もっと、もっと、私が、いなくなるくらい」

今日はこれで終わります。まだまだ長引きますね。適当なことを言ってすみませんでした。

いいですねぇ

腕一本失ってなお部下をフォローする提督の鑑なんだよなあ。

ええぞ

これは罪悪感パないでしょうなあ


 右へふらりと、左にふらふら。重心が変わったからかなかなか歩きにくい。
仕事はあれども取り組む手段がないので、口で承認するか、密かに様子を見て回るかしかやることがない。
艦娘たちは、病み上がりのこちらを気遣って、自分たちの精神的消耗について中々話そうとしないようだ。
精神的問題であるから、無理矢理聞き出すのも逆効果。何とか話せる場を作らなければ。

 そんなことを考えながら自由時間を割き近くにいてくれた艦娘たちと別れて、医務室に戻る。
息を吐きながら、扉を、とびら……痛みに耐えながら開けようとする前に、さっさと内から開いた。
出てきた髪の毛ははねつきの金色。心配そうな顔ででてきて、そのままこっちにぶつかった。

 「吹雪ちゃんが、倒れちゃったっぽい……」

 ぽいぽい狼狽する夕立を鎮めて、何かあったのかと聞くと、躊躇しながらも話し出す。
ここ最近、吹雪はほとんど眠れておらず、自分を追い詰めるように根を詰めていた。
今日はあさから非番だったが、無理を押して自主的な訓練をし、糸が切れるようにそのまま――

 そのまましょんぼりとして、思い返してこちらに謝る夕立を宥める。
あの吹雪が、そこまで追い込まれているとは、何かできることはないか?
とりあえず、夕立は部屋に戻らせて、起きるまで見ていることにした。吹雪は音を立てず眠っている。

 

 「しれい、かん……司令官!」

 涙を流しながらうなされ始めた少女の手に、包帯を巻いた手を置いてやることしかできない。
うなされて震えて、こちらを呼んだうわ言を、やがて叫びながら跳ね起きた。
呼吸を荒くしてこちらを見る吹雪は、確かめるように、しれい、かん? 唇を震わせた。

 「ご、ごめんなさい、情けない姿をみせてしまって」

 急いで起きようとする少女を制して、まだまだ寝てろと押し戻す。
ベッドに横たわった彼女はしばらく黙っていたが、やがてぽつりぽつりと言葉を漏らした。
司令官、私、あなたに、とてもひどいことをしました。私が、最初に、司令官に……。

 「ああ、気にするな。そんなこと、気にもしていない」

 それでも、私が、言った、ことは、……息に嗚咽が混じり、瞳を擦るように涙を拭く。
ばい菌が入るぞ、と呟いた。そもそも、言い方は悪いが、皆やってしまったことだ。
責任は人数分の一だし、こっちにもある。そもそも、悪いのは深海棲艦だ。そっちの責任なんて、


 「それでも、私、司令官に、……司令官に嫌われたくなかったんです!」

 気に障らないわけないんです! 自分に、いなくなれなんて言った人のこと!
私、何で操られてしまったんでしょう。提督は私の、一番大切な、たい、せつ、な、
言い切ることも出来ず、吹雪は声を立てて泣き始めた。やっちゃいけないことだったのに!
ごめんなさい、ごめんなさい、それだけを呟きながら、泣きじゃくっている少女に、

 「吹雪、吹雪。お前は、優しいなあ」

 「そのことだって、優しいから、自分が言わなきいけないと思ったんだろう」

 「心配しなくても、そんなお前のことを嫌ったりはしない」

 大好きだぞ、な、そう言うと、吹雪は、声にもならない音を出しながらこちらに縋り付いて、
嫌わないで、嫌わないで、声を上げてまた、泣いた。

 そんな吹雪を、ずっとあやし続けてやった。小さな手の上に手を置いて、泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっと。


 あれだけ泣いた少女をほっぽってどこかにいくのかもどうかと思ったので、
結局、起きるまで傍にいた。まあ、少し、眠ってしまったのだが。

 起きた吹雪はたいそう恥ずかしがりながら、すみませんすみませんとぺこぺこしていたが、
ちょっと間をおいて落ち着くと、夕立ちゃんにお礼を言ってきます。と言って、立ち上がる。
此方を見ずに歩き出すと、扉の前で振り返って、目を赤くした顔に微笑みを浮かべながら、

 「私も大好きです。司令官」

 それだけ言うと、赤みを顔にまで移し、そしてそのまま去っていくのだった。 

 
 吹雪が元気になったようでよかった。けれども、気がかりなことがある。
あの娘があそこまで落ち込んでしまっていたということは、他にも同じような艦娘がいるのではないか。
そうだとしたら、ぼんやりと時を過ごしてはいられない。できる限りの事はしなければ。

 時刻はまだ夕方にもなっていないようだ。まだまだ時間はたっぷりある。
しかしただ闇雲に歩いても、あからさまに変調の兆しが見えるとは思えない。
とりあえずは移動することにした。目指すところは、艦娘たちの寮だ。

 
 天井を見ていた。見つめた先の染みも、汚れも、いつもと特に変わった様子はない。
あの時もそうだった。いつもと変わらない日に、いつもと変わらない皆と、いつもと変わらないように――
提督を苦しませたのは自分である。笑っていたのも自分だ。止まらなかったのも。
原因だけ深海棲艦にある。宙ぶらりんになってしまった。ただ自分がしたことだけが宙にういている。

 視線を動かさず考えていた隼鷹は、不意に時計に視線を移した。訓練でも任務の時間でもない。
なぜだか、それ以外のことをやる気が一切しなくなってしまったように思う。食事をとるのも億劫だ。
ここ最近は、必要最低限な量だけ取って、他人に不快感を与えないだけ身繕いして、あとはずっと天井を眺めている。
身動きもしないままに、罪の所在を考えながら、あのときの提督の顔を思い浮かべながら、繰り返し繰り返し。

申し訳ありません。土日は更新できなさそうです。次は月曜日の夜に投下します。

了解

待ってる

大天使フルタカエルがどうなるか、すごく気になりますねぇ


 飛鷹にためらいがちに隼鷹の様子がおかしいと相談され、やってきたのは部屋の前である。
心配してくっついてきてくれたおかげで、折れた手でドアを叩くようなことはしなくてよかった。

 入っていいよという気が抜けた声に招かれる。異性の部屋に入ることはめったにないことだが、
気分が上がる前にだいぶ憔悴している様子の隼鷹に目を奪われ、考えることさえ不真面目なように思う。

ベットの横に背を預けていた隼鷹は、こちらの姿を認めると、痛々しい笑みを浮かべながら口を開く。

 「何で、ここに来るのさ……」

 言った調子は、酔っぱらうようないつもの調子とはまるで違っていて、
心中でないまぜになったものが、そのまま出てしまったような弱弱しい声だった。


 心配する飛鷹には申し訳なかったが少しの間外に出てもらって、隼鷹の横にどっかりと座り、
そうして、初めに話したっきり口を開こうとしない彼女の横顔をじっと見つめた。

 憔悴している端正な顔つきの中でもその瞳の中。快活な光はなりを潜めてしまって、
どことなく疲れ切った心の断片、精神的な痛みの影が見えてしまっている。
なにさ、人の顔見つめて。話す言葉にも苦痛が滲んでいる気がした。

 「どうか、したのか?」

 言ってから後悔する。どうもしないわけがないだろうに。彼女たちは、強い負い目を感じているのだ。
それをこうやって話すことは、心の傷を掘り返すようなものだろうが……。
案の定、会話がそこで途切れ、場の空気は気まずいものとなる。


 「なあ……」

 目線を外して自分ののばした足を見ていた。仮にも他人の部屋で大丈夫かとも思っていた所に、
隼鷹はためらいがちに声を掛ける。再び隼鷹に顔を向けると、彼女は目をつぶっていて、
それから、絞り出すように声が出てくる。なあ、あたし、提督に、酷いことしたなあ。

 「あれさ、実は、酒のせいだったんだって、」

 素面だったら、絶対にあんなことしなかったんだって、そうやって、言い訳したくなるんだ。
隼鷹は首を振る。あたしがやったのは変わらないくせになあ。原因はあいつらでも、やったのはあたしなんだ。
痛かったよね、ごめん、な、悪かった、自分でも、信じられないよ……。

 「あんなに、アンタのために、がんばってきたのになあ」

 隼鷹はそう言って息をつくとそのまま押し黙って、顔を伏せるように座り方を変える。
見たことのない素振り、見たこともない表情。……あんまり見ていられない。彼女を見ながら、話しかけた。


 「わかっているんなら、それで、いいんじゃないか」

 存外、というよりも内に秘めてなかなか見せないだけで、彼女はひどく真面目なのだ。
今度、一緒に酒を飲む約束をする。それで終わりでいいだろう、と。いっつも彼女には助けられてきた。
それぐらいで揺らぐものじゃない。……最近鉄分足りなかったし。最後だけ冗談めかす。

 「それより、手を貸してくれないか、一人じゃ結構立ちにくいんだ」

 立ちあがろうともせずそんなことを言う。隼鷹はもう顔を上げている。
それから、少しの間こちらを見つめる。真っ直ぐに見つめ返してやった。

 「そう、だね……。なあ、提督、これからも、さ、提督のこと、ずっと支えていっても、いい、かな」

 あんなこと、しちゃったけど、口の中ぐしゃぐしゃにして、提督のこと嘲笑ったけど。
隼鷹が心底化だしたような懇願する声。拒めるわけがない。拒もうとも思わない。
安心させるような笑みを浮かべる、彼女の瞳をじっと見つめる。そうして、少し間を置きながら、
こっちから頼みたいぐらいだ。ありがとう、とそう、返すのだった。

 二人に見送られながら飛鷹型の部屋を後にする。あの異変の傷は思ったよりも深いようだ。
隼鷹の傷が癒えていくまでには、まだ少し時間がかかりそうだな、廊下の角を曲がりつつ考えた。
そのままぼんやりと壁に貼られている誰かの掛け軸なんかを見ながら進んでいると、不意に後ろから肩を叩かれた。

 「よ! 提督じゃねえか。こんなところで何してんだ?」

 振り返ってみると、青い制服が見えて、その上に勝気そうな少女の顔がある。
話しかけてきたのは摩耶だった。彼女は振り返った此方の姿を見て、痛ましそうに眉を顰めた。

 「その傷……ごめんな。アタシが守り切ってやれなかったから……」

 あの夜は、守ってやれたけれど、あの後、誰かに襲われたりしたんだな。目を離すべきじゃなかった。
そう話す摩耶の語り口に強い違和感を覚える。摩耶どうした? いったいいつのことを言っているんだ?
そう言うと、彼女は、きょとんとした顔になって、こちらを訝しげに見ながら、

 「おいおい、忘れちまったのかよ。この前の夜、アタシ、提督を守ったよな?」


 古鷹は重巡洋艦です。艦娘の中でも火力、雷撃、装甲のバランスがよく、その力で海の平和を守っています。

 古鷹の性格は、控えめで、あまり自己主張はしないけれども、内には秘めた意志と溢れるような優しさがあります。

 古鷹は艦娘です。人を守るため日夜頑張っていますが。その人間たちのなかでも特に守りたい人がいます。

 古鷹はある晩、二人の艦娘が醜悪な虫を潰そうとしているところを見ました。あんまりにも異様なその虫は、
二人を病気にさせようとしているように見えました。古鷹は二人を止めて自分で処理することにしました。

 古鷹は虫を蹴ります、殺してしまってはどんな菌が出てくるかわからないと、痛めつけるように蹴ります。
ときにあぶくのような汁を吐く虫を見ても、古鷹は責任感が強いです。決して引くことはしません。
ほとんど虫をほとんど動けなくすると古鷹は、人目のつかないところに呻く虫を追いやって処理しました。
こんな醜悪な虫であっても、生きているものはなるべく殺めたくはないと、優しい古鷹は思ったのです。

 醜悪な虫は提督でした。うめき声を上げて息もできずに転がっていました。

 
 摩耶と一緒。鎮守府内をあちこち歩いた。なにかと世話を焼きたがる摩耶は、
少し倒れそうになると大げさに心配して、大丈夫か、ごめんなと苦しそうな声で言う。
途中出会った鳥海が、何か言いたそうな顔をしたけれども、どうかしたのかよと、笑う摩耶を見て、
何も言うことができずにそのまま去っていく。摩耶は色のない瞳でその姿を見送っていた。

 「摩耶……お前……」

 鳥海の後ろ姿を見ていた視線を彼女の顔の方に徐々に向けていく。ほんとう、そこまで言ったところで、
摩耶の肩が細かく震えている事に気がついた。口は何事かを呟き、目は空虚に塗られれている。
それは普段の姿からはかけ離れたものだった。そして、おもむろにこちらを向いて

 「なあ、アタシ、提督を守ったよな! 殴ったりなんかしてないよな?!」

 なあ、なあ! 呼吸は過度になり、縋るように話す摩耶、彼女にどんな言葉をかければいいのか。
後悔と恐怖でいっぱいの彼女に。……なにもやっていないと言うわけにはいかない。
それは問題を先送りするどころか、悪化させる行為だ。かといって、今、認めさせるようなことを言っても……

 「ごめん、ちょっと落ち着いてくるわ……」

  逡巡していたこちらを置いて、青い服の彼女はそのまま走り去っていく。
その姿を見ながらも、なにも言うことはできなかった。

だんだんとヤバさ具合が上がってきましたね…

もうここまで来るとなんと反応したらいいか
自分だけ綺麗だったなんて態度されたら回りともひどいことになるだろうし

いいぞ、もっとやれ

提督だけじゃカウンセリング難しそうだな


 古鷹は真面目です。以前起こったことを思い出して、きちんと反省しようとします。

 古鷹は優しいです。自分の首を絞めてみて、周囲に迷惑をかけてはいけないと古鷹は思いました。

 古鷹は艦娘です。人のために命を燃やせば、古鷹はそれはあの人のためになると古鷹は思いました。

 古鷹は早起きして、古鷹は集まりました。古鷹の前に身体中に包帯を巻いて、古鷹は左腕を失った提督がいます。

 古鷹は一瞬叫び声を上げそうに古鷹は大人しいです。古鷹は処理ができない絶望を古鷹は抱えて立って古鷹は

 古鷹は優しいです古鷹は意志が強いです古鷹は絶望しています古鷹は、ふる、た、か、は。
 


 
 古鷹は海岸線を歩いています。西の空を見ます。いつでもこちらを照らす太陽は、今日の役目を終えて沈んでいきます。
不意に、橙色の光が、心の底を炙り出していく気がしました。古鷹は責任感が強いです。
明日の朝日を見ることに、自分の姿を照らされることに、古鷹は決して耐えられないと、息もできなくなって、海に向かって――

 
 


 古鷹にとっての太陽は提督でした。もう二度と見られないと思いました。


 小さく咳払いをする。そういえば病み上がりだったか、傷に海風は良くないらしい。
太陽は中ほどまで海中に没するも、摩耶と再び会って話をすることはできていない。
会ったからといってどんな話をすればいいのか方針すら立てられてないのだが。

 辺りを見渡す。ずいぶん人気のないところまで来てしまったものだ。此方の姿が見えないことで、
ついて回ってくれていた艦娘たちにひどく心配をかけているかもしれない。そろそろ戻ることにする。
ふらりふらりと方向転換、ついでに足元がふらりともつれて、そのまま姿勢が崩れていった。

 「……大丈夫ですか~?」

 後ろから抱えるように支えられて、振り返った先にはわっかが浮いている。いつのまにか龍田がいた。
とりあえずは礼を言って、よくこんなところにいたなと聞く。受けた龍田は読めない笑みを浮かべながら、

 「だって~、ず~っと提督のこと見ていたんですもの」

 当然でしょ? そんなことを言う龍田に、いたく感謝の気持ちと申し訳なさが沸いてくる。
また、不用意な行動で彼女たちに迷惑をかけてしまった。転んだりしないよう見ていてくれたのだ、彼女は。
すまなかったと言いつつ考える。もしかしたら、無理をして押し隠しているのかもしれないが、
あんまり気持ちが沈んだりしていなくて良かった。確認の意味も込めて、そっちは大丈夫か、と聞く。

 「大丈夫……。ねえ、提督は今の私のこと、どう思います?」

 いきなりの質問に面食らった。一瞬戸惑いながらも、元気そうでよかったと返した。
その返答に龍田は色のないような瞳を少しだけみせながら頷く。しばらく静かな空気が流れたが、
おもむろに彼女は口を開くと――

 「摩耶さん、探しているんですよね~。連れてきましょうか?」

 多分、同じような場所にいると思うんだよね~。ありがたいことだ。考える間もなく教えてくれと伝える。
今、摩耶への有効な意見は思いつかないが、なにはともあれ会ってみることだ。
じゃあ、連れてきますから動かず待っていてくださいね――。言ったきり去って行く龍田の背の橙から、今日の夕陽に目が行った。
そういえば、今日は結構きれいに夕暮れがみえていたのだな。息を吐きながら海を見つめた。

前回?からなんか古鷹の独白の文が所々おかしくてん?ってなってたらこれあかんやつや…

何だろう、背筋がゾクゾクする

あと登場が確定してるのは加賀と左腕吹っ飛ばした艦娘の二人かな?戦艦系の艦娘の反応も見てみたいな(チラッ

加賀は確定として、提督の左腕吹っ飛ばしたのって誰なんだろ

申し訳ありません。今日は無理そうです。

了解


 右手に絡まった包帯は、水を吸ってほどけて、海砂にまみれて薄汚れていた。
海風は身体に良くないらしいが、海水はどうなのだろう。全身に響く痛みの感覚から、
あまり良さそうには思えない。……傷の平癒に効がある温泉は大体海水由来だったか?

 くだらないことを考えながら上を見上げた。茶髪から水を滴らせている摩耶が見えたけれど、
その表情は、夕闇に暗がっていて見えない。黙り込んで何も言わない様子の彼女、
今、ここにいてくれて良かった。摩耶がいなかったら今頃は死体が二つにできていたところだった。

 また、命の恩ができた。視線を横で寝ている茶髪の少女に移す。

 古鷹がここまで責任を感じているとは。先ほど水を吐かせて、今は自発的呼吸が戻ったので命の危機はない。
けれども、身体についている傷痕、痩せた表情からはその心労を感じさせるに余りある。
顔を固定具がかろうじてしがみついている手で覆ってまた息を吐いた。どれほどまで傷を残すのか。

 「……なあ」

 塞がっていた視界の上から、絞り出すような声がかかる、手の甲に暖かい雫がぽたりぽたりと落ちる。
手をずらして、摩耶の表情を覗き見た。頬を涙が伝っていて、ある調子で呼吸音が外れていた。

 「本当は、覚えてるんだ。アタシが、提督を、ぶん殴って、……ふ、踏みつけて、そ、れ、で」

 後になるにつれて声の高さが変わる。上ずったような音になって引っかかりができていた。
いつも勝気で、気の強い様子を見せている摩耶が、今は親において行かれた子供のように見えた。

 「悪かった、怖かったんだ。怖くって、……逃げてたって、認めるから、みとめるからさあ」

 そこまで言って、そこから先を言うことができず、ただ涙だけが流れ落ちている。
彼女の前で、再び死にかけたことは事実だ。今度も何も言うことはできない。
結局、彼女の不安を和らげることはできなかった。泣きじゃくる彼女を見ながら、そう思った。


 「提督?」

 「……いたのか、龍田」

 「うん、ずっと。……随分無茶しましたね~」

 「少し、考えなしすぎた、な」

 「古鷹さんが助かって良かったけど、あんまりやりすぎると、皆心配しますよ」
 
 「そうだな。今度からは気をつけるよ。ああ、龍田、頼みが――」

 「古鷹さんを医務室につれていくんですね~、わかりました」
 
 「一人で大丈夫か?」

 「大丈夫よ。こうやって、ね?」

 「大丈夫か。……頼んだぞ」


 少女たちの姿をを避けて、人気のない廊下を通って行く足音がある。
両手で抱き上げた黒いインナーの少女。表情を変えないまま寸分乱れず歩く。

 「ねえ、古鷹さん」

 提督のこと、大好きだったんだね~。意識のない少女の耳元で囁いた。
償いのために海に入って、そのまま消えていきたかった。龍田は思い浮かべて、また言葉を紡ぐ。
ごめんね。私、あなた、あなたたちみたいにできないみたい。ひねくれているのかもね。

 「でも、提督にあんなことさせたくないでしょう?」

 提督、わき目も振らずに、今は泳げもしないのに、海に飛び込んだの。あんな目にあったのに。
龍田は歩く、よどみなく。古鷹は目を覚まさない。安心したように眠っている。
私も同じようなことしちゃったら、提督、天龍ちゃんみたいに心配するでしょう?

 「だから、捧げるの。私のもの、ぜーんぶ」

 だって、あんなことしちゃったんだもの。提督の苦しみは除いてあげて、
提督の幸せのためのこと、全部してあげる。それが、償いってことだよね~。

 「だから、早く、良くなってね。古鷹さん」

 提督が悲しまないように。それきり黙って歩き続ける。

 太陽は沈み切って、隠れて見えなかった月が、追いかけるように西に見えた。


 古鷹は眠っています。それでもなんだか安心してます。

 古鷹は思い出します。冷たい冷たい水の中、こちらを抱える腕があったこと。

 古鷹は艦娘です。その腕の持ち主は、ずっとずっと守りたかった――
 
 古鷹は目を覚ましました。痛む頭を抱えながら、緩々ゆるゆる目をあけます。
見えたものは医務室の天井、古鷹は自分が生きていることを確認しました。けれども、古鷹は悩みます。
これからどうすればいいのか、もう一回試みるべきなのか。そのとき、古鷹は気がつきました。
近くの椅子に誰かがいます。静かに寝息を立てています。提督がいました。座って眠っていました。

 古鷹は考えます。提督は以前と同じ痛ましい姿です。けれども確かに生きていて、
古鷹のことを気にしてくれていました。古鷹の瞳に涙が滲みます。再び後悔でいっぱいになります。

 滲んだ視界で提督のことを見つめます。提督に返さなくては、古鷹は思いました。
これからは、提督のためだけに生きよう。古鷹はそう、思いました。

 朝日が上がりました。古鷹は目を細めてその光を見ました。

ぬう、今日は更新無いのか…

すみません。日曜の夜投下します。

了解


幸せです。提督、扶桑、ずっと夢見ていたんですよ。好きな人と、こうやって一緒に歩くこと。

 心の奥底から笑みを浮かべた扶桑は、目を瞑りながら、朝焼けの並木道を歩く。
ちょっと吐息を出しながら、目を開けては細め、また幸せです、と呟きながら。
遠慮がちに伸ばされた右手は、相手の左腕と慎ましく繋がれているようだ。

 まさか、私を、選んでくれるなんて……いいえ、疑っているわけじゃありません。けれど、
少し、不安になっていたのです。この鎮守府には魅力的な人たちがたくさんいますから……。

 照らし出されて、歩く姿は和装巫女服の京美人。長い黒髪には色艶で煌めく。

 そんな扶桑の長い影、一人っきりで、揺らめいていた。


 鎮守府の諸提督へ。敵からの電波攻撃を無効化する艤装への改造を――。

 本当に優秀だ。こんな短期間で敵の電波をキャッチ、解析し、それへの対抗手段を生み出すとは。
やはり、あの集団が腰を据えてかかれば、この国は当分は安泰だ。司令部からの連絡を読んでそう思う。
同時に、今の自分の体たらくをひどく反省する。自分も、腰を据えてかからなくては。

 ……あのとき、こちらの左腕を吹き飛ばした爆発、砲射撃によるものだと思っていた。
しかし、それは違った、水上機による爆撃だ。爆発の瞬間の衝撃で、事実俺は誤認していたのだ。
覚えていてさえすれば、彼女に対して、素早い動きが取れたものを。

 彼女はこの鎮守府に来た一番古株の戦艦だ。この出来事が彼女をどれだけ傷つけたのか、
どれだけ、負い目を持たせてせてしまったのか、俺は熟知している。……拭わなければならない。


 「扶桑を、呼んできてくれ」



短いですが、今日はこれで終わります。次は31日に、一度で終わりまで投下します。

31じゃなくて30ですね。すみません。

西向く侍、これでみんな大丈夫

あの集団て何?妖精?

色々誤字が入ってすいません。>>89の修正だけ。

 鎮守府の諸提督へ。敵からの電波攻撃を無効化する艤装への改造を――。

 本当に優秀だ。こんな短期間で敵の電波をキャッチ、解析し、それへの対抗手段を生み出すとは。
やはり、技術者が腰を据えてかかれば、この国は当分は安泰だ。司令部からの連絡を読んでそう思う。
同時に、今の自分の体たらくをひどく反省する。自分も、腰を据えてかからなくては。

 ……あのとき、こちらの左腕を吹き飛ばした爆発、砲射撃によるものだと思っていた。
しかし、それは違った、水上機による爆撃だ。爆発の瞬間の衝撃で、事実此方は誤認していたのだ。
覚えていてさえすれば、彼女に対して、素早い動きが取れたものを。

 彼女はこの鎮守府に来た一番古株の戦艦だ。この出来事が彼女をどれだけ傷つけたのか、
どれだけ、負い目を持たせてせてしまったのか、俺は熟知している。……拭わなければならない。

 「扶桑を、呼んできてくれ」


 「あの、お呼びでしょうか……?」

 新任の提督の方、ですよね。私に何か……? 話す彼女の表情を見つめる。
話し方こそいつもの通りだが、顔には憔悴の後が見て取れて、赤い瞳さえも泣いた痕のように思えた。
扶桑。呼びかけて話す。久しぶりだな、変わりはないか。

 「っ……、いえ、特に、変わったこと、……あ、ああ、そうです。私、結婚したんです」

 この鎮守府の前の提督と、とっても優しくて、頼りになって、そして……。扶桑は話を続けている。
思えば、彼女とは長い付き合いだ。数年前、まだ新米から殻が取れた程度だったころ、
彼女がこの鎮守府にやってきて、色々世話になったり焼いたり。積み上げてきた、一緒に。
扶桑。また、呼びかける。もう、やめろ。

 「それで、先日、私たち、」

 扶桑、扶桑。立ちあがって彼女の方に近づいていく。色々なことがあったな、この鎮守府の旗艦はずっとお前だった。
それこそ、楽しいことも、つらいことも、ずっと一緒に味わってきた。いつだって、大切に思っている。
だから、扶桑、俺は何が起ころうが、何をしようが、お前をこの艦隊から外したりする気はない。

 「お前がいくら狂ったふりをしようが、俺は絶対に、お前を見捨てたりはしない」

 
 「提督、私、自惚れているのかもしれません。私が、一番、提督のことを分かっているって」

 こうやって、提督が、私のやっていることを見抜いて、それでも、私を許して下さる、と。
扶桑は、微笑む。涙を流して、その赤い瞳の朱色を増しながら。どこかで、わかっていたのですよ。
長い付き合いですもの、言葉がなくても、分かり合えるような間柄になれていると、思っています。

 「なのに、なのに……どうして!」

 どうして私が! 提督をふきとばして! 提督、提督、私です! 私なのです! 提督から左腕を奪ったのは!

 扶桑は、激情を抑えきれなくなって、心の堰が崩壊してしまったようで、叫んで、自身のズタズタの心をひっかく。

 初めの戦艦は私でした! 初めの子よりも長く提督の隣にいます! ずっと、ずっと、頑張って、提督の隣に……! 
あの時だってそう! 提督、ていとくがあの場所で見守ってくれるって、私だけがわかっていたのです!
皆、知らなくて、私だけがわかっていたんですよ?! なのに、なのに、どうして、

 「どうしてえ……!」

 髪を振り乱して、目を見開いて、もう声にすらすることもできず泣く扶桑、彼女を力強く抱きしめる。
右腕しかないから、酷く不恰好で、それに気がついた扶桑が耐えきれなくって離れようとして、
それがなんだとそのまま力を込めて、歯を食いしばるように抱きしめる。

 これからずっと、彼女の、扶桑の、艦娘たちのために力を尽くそうと、改めて思った。


 右手の親指に力を込めて、少しずつ少しずつ、骨が軋んで、肉が悲鳴を上げて、取り返しのつかない方向に――!

 「こんな、簡単なのに……」

 加賀はある種の確信を持っていた。提督が左腕を失った場所は、自分が今いる場所の付近であると。
以前よりも管理が厳重になっていて、奥に入ることはできなかったが、幾度も幾度もここに来て、そして、

 「私の、本分」
 
 何度も何度も繰り返してきた。提督と同じようなことになって、それでこそあの人に面目が立つと。
けれども、折り曲げ続けて、あと少しのところでどうしても躊躇してしまう。どうしてだろうか、加賀は考える。
 
 真にこの鎮守府のことを考えるならば、提督には謝罪で決着がついたと考え、自らの職務に励むことがすべて。
逆に自傷行為、特に掌に関するものは、操るものを考えるならば、許容できない行為。
取らなければいけない理性的な行為、その反対側の極地に位置する行為だ。


 「こんなこと、考えもしなかったはずね……」

 ここに至る経過がどうであれ、自分は、大分提督に毒されてしまったようだ。
いつだって冷静沈着で、眉ひとつ動かさず、口角を変えたこともなく、僚艦とも一線引いていた時から。
これは、喜ばしい変化なのだろうか、回を追うごとに表情が和らいで、あの人に、提督に、惹かれていった自分を。

 「てい、とくは……」

 あの人は、自分を許すだろう。左腕を失っていたのに、日常の延長のようにふるまっていた。
自らの受けた苦痛も、屈辱も、おくびにも出してはいなかった。けれでも、だから、だから、こそ……!

 「許されない……!」 
 
 提督に与えられてきたものが、自分をおそらく幸福にしてきたものが、提督を害してしまった。

 あの人に苦しみを与えて、最大限の苦痛を与えるように指を折って行って、首を絞めて嗜虐的に笑う自分を、
加賀は、どうしようもなく許すことができない――! 

 心の底から湧き上がってくる衝動に身を任せて、これも提督にもらったものかもしれないと自嘲して、加賀は、

 「加賀」



 横にくくった容姿端麗な女性、こちらの首を絞めた腕部から指までの美しさは、今も脳髄に焼き付いている。
横に座って二人並んだ。こんな美人の横に座ることができるだけで、提督になってよかったと感じる。
だからこそ、腕の一本や二本、失うことがどうだというのだろうか。加賀の目を見つめて言葉を紡いだ。
 
 「……提督は、」

 慎重に慎重に言葉を選んで、訥々と語りかけていた加賀が、不意に此方を見つめて口を開いた。
人間で、私は艦娘です。どうか、ご自愛なさってください。加賀は調子も変えずにそんなこと言う。
なにか言わなくてはならない。しかし、口を開く前に加賀は続けて話す。

 「提督、私はこの艦隊で多大な功を上げました。……提督の信頼も厚かったと思います」

 だからこそ許せないのです。たかだか、電波、その程度で提督を裏切り、あまつさえ、傷害を……。
自分たちがあまりにも不安定な兵器であること、それだけがとにかく許せません。

 加賀は表面上は平坦な様子で告げたが、けれども、その裏にある葛藤はどれほどのものだろうか。
彼女の瞳を見つめる。その奥にある罪悪感の苦痛をどうにか薄めてやりたいと思った。

 「それでも、俺は、この艦隊を率いることができて、……お前らと出会うことができて、本当に良かったと思う」

 安定、不安定の問題でもない。艦娘の其方に会えて、本当にうれしいのだ。
自分で聞いても、空虚な言葉かもしれない。彼女の心には響かないようなことかもしれない。
……それでも、この数週間で改めて確認したこと、彼女たちを慈しむ気持ちだけは伝えたかった。

 「提督、」

 心中のよどみを整理しきれない様子の加賀に、未だ曲げられない右手を差し出す。
加賀は、差し出された手の惨い有様に、自身のやったことの象徴に、取れません。とつぶやいたが、
それっきり、動かずに、彼女の瞳を見つめ続けると、加賀は黙って、しかしそれでもその手をとった。


 握られた、その腕の輝くような美しさに、身命を賭して、彼女たちのために励もうと、そう思った。

終わりです。最後グダグダですみません。依頼出してきます。

カタルシス無さすぎだろ

場面転換が明示的じゃないのはなにか理由があるのかと思ったら何もないのか

書きたいと思ったことはもっとこってり書いてもいいんじゃないか?
重い話なら特に

おつ

え、終わり?
なんていうか....まぁ乙
なんだろう、物足りない

え?終わり?

あ、終わりなの?

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