照「女たちの挽歌Ⅱ」 (139)
※某映画のパロディ
※Ⅱとありますが前スレはありません。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1432229185
パートⅠのあらすじ
表裏ともに麻雀に精通したプロである宮永照は、後輩である諸星ウルミを妹のように可愛がる一方で
過去の確執から、実妹である宮永咲のことを冷遇していた。
どんなに冷たくあしらっても自分を慕い続ける咲に、その憂さを晴らすかのように引き受けた代打ち勝負の現場で、
ヤクザ同士の流血沙汰に巻き込まれた照は、密告により踏み込んできた警察の前に、同僚の竹井久を逃すと自分は自首した。
一連の事件が照を疎ましく思った同業者たちに仕組まれた陰謀だったことを知ったウルミは報復のため、
密告者たちの宴の席にカチコミをかけるも、両手に障害が残るアクシデントに見舞われ、麻雀が打てない身体になってしまう。
そして一年後、出所した照が見たものは、自分の後釜に座り幅を利かせる久と、雑用役としてこき使われる落ちぶれたウルミの姿だった。
久によって骨抜きにされた麻雀界に失望し去って行ったかつての仲間たち。一緒にこの現状を変えようと協力を求めてくるウルミ。
いつの間にかプロ雀士になっていた咲。そして彼女をダシに、自分に力を貸すよう強要してくる久。
すっかり変わり果ててしまった現実から逃げるように、蒲原運送㈱に就職した照だったが、
麻雀界の完全な掌握を目論む久は大規模な粛清を開始、咲とウルミもそのターゲットに選ばれる。
ウルミを、そして咲を見捨てることが出来ず、照は再び牌と銃を握って戦うことを決意した――
そしてそれから三年後…
――重力刑務所 重犯罪者隔離棟
照「スー…スー…」
・
・
・
ウルミ『てるてるせんぱーい♪』ダキッ
照『ウルミ、あつい』
ウルミ『そんなこと言わないで、ほらお菓子あげる!』
照『……美味しい』モグモグ
菫『お前たち仲良すぎだろ。そうしてると、まるで本当の姉妹みたいだ』
ザァァァァァァァァァァ
照『帰って。私に妹なんていない』
咲『お姉ちゃ…』
照『お姉ちゃんなんて呼ばないで!』
咲『っ……』
咲『分かりました……てっ…照、さ…ん』
照「う…ううっ」
・
・
・
ウルミ『どうして、どうして分かってあげないの!?』
照『……』プイッ
ウルミ『目を逸らさないで、咲をよく見て!』
ウルミ『許してあげなよ……お互い、もう十分過去のことは清算したでしょ?』
ウルミ『こんな悲しいことってないよ。だって咲と照先輩は、この世でたった二人の、姉妹なんだよ…』ポロポロ
咲『諸星さん…』
ウルミ『いい? 姉妹ってのはね…』
――BANG!
ウルミ『うっ!』
久『今よ、やってしまいなさい!』
BANG! BANG! BNAG! DoDoDoDoDoDo!!!!!
ウルミ『うあああぁぁ!!!』
照「ウ、ウルミ…!」ガバッ
照「はぁ、はぁ…」
照(また、またあの時の夢…)
・
・
・
――BANG!
久『うぐっ…』
照『』BANG! BANG!
久『…』ドサッ
照『咲、手錠を』
咲『お姉ちゃん、何を…』
照『自首する』ガシャン
照『……咲、お前のやり方は間違ってない』
照『間違ってなんて、いなかったんだ…』
──
―
照「咲…」
ガラガラガラ
池田「621号、出ろ。面会だし」
ガラガラガラ
照「これは一体どういう風の吹き回し?」
照「ここは面会も手紙も禁止、刑期が終わるまで外との繋がりは一切絶たれる場所だって聞いてたけど」
女「承知しています。今回、私の両親に手を回してもらい、何とか潜り込むことが出来ました」
女「あまり大きな声では言えないことですが、なりふり構っていられない状況なので」
女「と、その前に。自己紹介がまだでしたね」
女「私は宮永和と申します、以後お見知りおきを」
照「ミヤナガ……私と同じ名字なんだ」
和「それは当然ですよ、お義姉さん」
照「何を言っているの…? 確かに私に妹はいるけど」
照「……まさか」
和「はい」
照「嘘、でしょ…」クラッ
目の前で幸せそうに微笑む和という女性の薬指に光る指輪と、その大きく膨れ上がったお腹を見て
照はしばしの間意識を失った。
─
──
和「お話というのは他でもありません。実はお義姉さんに、折り入って協力してもらいたいことが」
照「ちょっと話しかけないで。今三年という月日の残酷さを呪ってるところだから」
和「…話を続けますね。お義姉さん、今一度プロ雀士として、麻雀界に復帰してほしいのです」
照「……」
照「…それは、出来ない」
和「どうしてです? ここから出られるんですよ」
照「私はもう、麻雀からは足を洗うって決めたから。少なくとも、プロとしては二度と打たない」
照「……大事なものを、もう二度と失わないためにも」
和「それが咲さんのためになる、としてもですか?」
照「なに…?」
和「この数年――小鍛冶さんや貴女が表舞台を去ってからというもの、競技麻雀の世界はすっかり変わり果ててしまいました」
和「八百長です。忌むべき不正が業界全体に蔓延り、タイトルは有名無実と化しています」
照「…八百長なら、私が現役だった頃にも」
和「かつての比ではないのですよ。もはや真剣勝負など望むべくもありません、全てお金がものを言います」
和「神聖なスポーツの世界だった競技麻雀は、今や堅気でない方々が裏で糸を引き合う戯れの場と成り果てました」
照「……」
和「一方で、この現状を何とか打破せねばと考える者も僅かながらいます」
和「今、咲さんは龍門渕グループのバックアップを受け、麻雀協会を内偵中なのです」
照「なんだって…」
――東京
ガヤガヤ
咲「懐かしいな。ここに来るの、高校の時以来だよ」
透華「お待ちしておりましたわ、宮永さん」
咲「りゅーもんさん、今日はよろしくお願いします」ペコリン
ここ、東京国際フォーラムの広い会場を大勢の雀士が埋め尽くしている。それはかつてのインターハイを思い出させる光景だった。
咲「それで、何か動きはありましたか?」
透華「ええ。さっき協会の現理事長である赤阪郁乃から、内密の話がしたいと申し出が」
咲「了承したんですか?」
透華「もちろん受けて立ちますわよ。十分後に、VIP室で会う約束です。あなたにも同席願えるかしら」
咲「はい…」
咲(ううっ、緊張するなぁ。おトイレ行っとこ…)
照「……」
・
・
・
咲「ふぅ…」
照「咲」
咲「…えっ」
照「久しぶりだね、咲」
咲「お姉…ちゃん…?」
照「しっ、あまり大きな声を出さないで」
咲「ど、どうしてここに…?」
照「咲と同じ理由だよ」
照「私も、麻雀協会の内偵を引き受けたんだ」
咲「そうだったんだ…それで出てこられたんだね」
照「うん。だけど別に釈放されたいから引き受けたわけじゃない」
照「咲のためだよ。お前一人を危ない目に放り込んだままにしておけなかった」
咲「お姉ちゃん…」
照「咲、出来ればあとは私に任せて、任務から手を引いて欲しい」
照「お前は私と同じ宮永の血を引いている、危険だ」
照「八百長を仕切ってる奴らは、自分の思い通りにならない強大な力に対して容赦しないはず」
咲「その点は平気だよ。私だって馬鹿じゃないから、表向きは協会に従うフリをしてる。私の調整力は結構重宝されてるんだよ?」
咲「今はりゅーもんさんが助けてくれてるし。協会にも今のところ怪しまれてないと思う」
咲「今日はね、りゅーもんさんの主催でプロ雀士たちを集めてもらったの」
咲「表向きは親睦会ってことになってるけど、本当の目的は」
照「八百長の黒幕たちをあぶりだすこと?」
咲「そう。開会の挨拶で、りゅーもんさんは八百長の撲滅を宣言した」
咲「これは挑戦状なの。こんな大勢の前で宣戦布告されたら、絶対食いついてくるだろうって読んだんだね」
照「それで、収穫は」
咲「協会の赤阪理事長が話をしたいって……いけない、もう行かないと」
照「咲、気をつけて…!」
咲「うん、分かってる。また後でね、お姉ちゃん」
駆けていく妹の背を不安げに見送りながらも、照は同時に晴れやかな気分でもあった。
照(良かった…こうしてまともに話したの、何年振りだろう)
照(私が咲を許したんじゃない、咲が私のことを許してくれたんだ)
照「ありがとう、咲…」
「んー、何がありがとうなの?」
照「?」
「ふーん、あなたが宮永照だね。テルって呼んでいい?」
――VIP室
咲「お待たせしました」
智葉「……」ギロッ
咲「ひっ…」
咲(この人怖い…)
赤阪「こらこら智葉ちゃん、あんまり驚かせたらあかんよ」
透華「……こんな目つきの鋭い方を同席させて、私たちへの脅しのつもりかしら」
赤阪「ん~? 何のことか分からんなぁ」
透華「とにかく、これで全員揃いましたわね。それで赤阪理事長、話とは」
赤阪「それな~言わずともそっちの方がよく分かってるのとちゃう?」
赤阪「さっきのご立派なスピーチ、聞いてて涙がちょちょ切れそうやったわ~。で、も、」
赤阪「TPOを弁えてたとは言われへんやろな~」
透華「……何をおっしゃりたいのかしら?」
赤阪「これはあくまで忠告。変な正義感は誰のためにもならないで~」
赤阪「麻雀も人生も、その場の流れに身を任せるのが一番~、さもないと…」
赤阪「後悔するよ?」ニッコリ
咲「」ゾクッ
透華「こ、この…」プルプル
透華「よくも恥ずかしげもなく、そんなことが言えますわね!」チャキッ
咲・赤阪「!?」
智葉「……」
赤阪「ぶ、物騒やな~。いきなりチャカなんか取り出して、そっちこそ私を脅すつもりやったんか?」
透華「お黙りなさい! あなたのような方が……この業界を腐らせたのです!」
赤阪「ひぃ…」
咲「りゅ、りゅーもんさん、落ち着いて」
透華「止めないでくださいまし! 彼女のような癌細胞は、いっそここで殺してしまえば…!」
咲「それじゃ何の解決にもなりません…! いいから銃を放して…」ググッ
透華「嫌ですの…! ちょっと、やめ」
智葉「」スッ
――BANG!
咲「え…」
透華「あ…」
赤阪「」ポタ…ポタ…
あっという間の出来事だった。銃を取り合って揉み合った拍子に、意図せず引き金が引かれてしまったのだ。
そしてその時銃を握っていたのは…
咲「わ、たし…?」
透華「あぁ…何てことですの」ヘナヘナ
咲「わたし……私が殺し、た…?」
ガシャァァァン!
歩「きゃああああ!!! 人殺し~!!」
咲「ま、待って…」
歩「きゃあーーーー!!!!」
間の悪いことに、丁度飲み物を持ってきたメイドが事故の現場を目撃し、悲鳴をあげながら外へと飛び出して行った。
彼女の大声に続々と人が呼び寄せられ、あっという間に騒ぎが大きくなってしまう。
洋榎「あ~!見てみい絹! 赤阪理事長が、額から血ィポタポタさせておっ死んどるやん!」
絹「ホンマやおねーちゃん! 何てことしてくれたんや、この人殺しー!!」
咲「あ…あぁ……」
透華「おしまいですわ。もう、こんな…」
泉「誰か、はようその人とっ捕まえてください!」
咲「」ビクッ
「全くもーっ、世話がやけるなぁ」
野次馬の中から、人の波をかき分け飛び出してきた金髪の女性が、咲の手首を掴む。
金髪「こっち、さっさと逃げる」グィッ
咲「だ、誰…?」
金髪「そんなこと、今はどーでもいいでしょ」
女の目元はサングラスで隠れている。しかし咲は、その顔立ちに見覚えがあるような気がしてならなかった。
金髪「外にテルが車で待機してるから」
咲「お姉ちゃんの、仲間の人?」
金髪「んーん、テルとはさっき会ったばかりだよ」
咲「??」
――――
――
バタンッ
金髪「出して」
ブロロロロロロロロ…
照「咲、一体何があったの?」
咲「お姉ちゃん、私……人を撃っちゃった」グスッ
照「なっ…」
金髪「よく分かんないけど、大変なことになっちゃったねー」
言いながら、彼女はサングラスを外してみせる。
咲「えっ…」
照「……」
露わになったその素顔は、見覚えのある――しかし、今はこの世にいないはずの
咲「諸星、ウルミさん…?」
淡「ぶっぶーハズレ。私は淡だよ、大星淡」
淡「ウルミの生き別れの妹だよー、双子のね」
・
・
・
ガヤガヤ ザワザワ
透華「―――ええ、ええ。概ね計画通りですわ」
透華「逃げられたのは予定外ですけど。でもまあ、すぐに指名手配のニュースが流されますし」
透華「これで彼女は二度と表の世界には戻ってこられませんわ……はい、ではご機嫌よう」ピッ
何者かとの通話を終えた透華は、会場から搬送されていく遺体袋をちらりと見やった。
透華(申し訳ないことをしましたね、赤阪理事長)
透華(私の持っていた銃は空砲、実際に撃ったのは…)
透華(あなたがボディーガードとして連れてきたはずの辻垣内智葉なんですから)
実はこれらのことは全て、最初から仕組まれたこと。
元より裏の業界との繋がりが深い龍門渕家は、最初から八百長を牛耳る側だった。
厄介な反乱分子になり得る咲を陥れるため、ひと芝居うったのだ。
ただ一人、赤坂郁乃だけは、まさか自分が本当に射殺されるとは夢にも思っていなかっただろうが――
――長野 蒲原運送㈱
照「全て罠だった」
照「見て、このニュース」バサッ
【赤坂理事長、逝去――後任には龍門渕透華プロが就任】
照「何が、龍門渕の協会への長年の貢献を認められ――だ。これじゃ協会と癒着してたのを自分で認めたようなものだよ」
照「咲は……嵌められたんだ」
咲「……」
蒲原「これは…笑えないな」
照「あ、社長」
蒲原「その呼び方はやめろや。もう社員じゃないんだからさ」
照「紹介するよ、こちら蒲原運送㈱社長の」
蒲原「蒲原智美だ、よろしくなー」
咲「はい、こちらこそ…」
照「蒲原さんには、昔お世話になったんだ。私が刑務所から出てきた時に雇ってくれた」
蒲原「前科者はどこでも肩身が狭いからな、私はそういう奴らの面倒を見ることにしてる」
蒲原「何せこの私も一度ムショに入ってたことがあるんだ。笑えるだろー?」
咲「あ、あはは…」
照「蒲原さん、ここを訪れたのは他でもない」
照「咲を匿ってやってほしい」
蒲原「ワハハ…困るなぁ」
蒲原「私の主義に反するよ。私が面倒を見るのは、キチンと罪を償って出てきた奴だけだ」
照「そん…」
蒲原「とは言え、ここは臨機応変にいこう」
蒲原「心配しなくても、もちろん匿ってやるさ。三食寝床付きは保障するよ」
照「蒲原さん…ありがとう」
蒲原「咲って言ったっけ。雑用くらいは手伝ってもらうからそのつもりでな」
咲「も、もちろんです。お世話になります!」
蒲原「そう固くなるなよ。我が家と思ってもらって構わないぞー」
Prrrrrrrrrr…
蒲原「ん? 電話かな…」
ガタガタッ バタン!
淡「ねえ大変! 和が…」
咲「えっ…」
――長野 病院
和「わざわざ御足労頂き恐縮です。お義姉さん」
照(慣れないな、その呼ばれ方)
照(未だにこの人が咲の婚約者ってことにも、納得がいってないのに)
和「咲さん、まさかこんなことになるとは…」
照「状況が状況だからね。流石に咲は連れてこれなかった」
和「ええ、承知してます…」
とは言いつつも、ベッドに横たわる身重の彼女は、心底残念そうな表情を崩さなかった。
照「それで、今どのくらい…?」
和「来月で10ヶ月になりますね」
照「そう…じゃあ、もういつ生まれてきてもおかしくないんだね」
和「私も先程倒れた時はもしや…と思ったのですが」
照(ああ、もう認めるしかないのかな。彼女が咲の子を…)
和「それで、今後の方針についてなのですが…」
照「私が本格的に潜入する。龍門渕に取り入るつもり」
和「確かに、お義姉さんを出所させたのは私の独断です。私たちとの繋がりを、向こうは知らないはず…」
照「私が咲と和解したこともね。多分、大丈夫なはず」
和「お義姉さん…」
照「止めないでよ。元々そのために私をあそこから出したんでしょ」
照「生まれてくる子供のためにも、咲にこれ以上危険な真似をしてほしくなかった――違う?」
和「…はい、その通りです」
和「巻き込んでしまったことは大変申し訳なく思います。私が今こんな身体でなければ…」
照「別に怒ってない。咲に対する想いは私も同じ」
照「でも一つだけ不満がある」
和「?」
照「大星淡のこと。どうして彼女まで巻き込んだりしたの…」
和「……私はあなたが出所したことを、昔のお仲間に伝えました」
和「すると彼女が…大星さんがやって来たんです」
和「自分の姉が慕っていた宮永照がどんな人物なのか、会ってみたいと」
淡「私はね、ずっと外国で暮らしてたんだ」
淡「ウルミとは小学生の時に引き離されて、それ以来会ってなかった」
淡「やっと自立して、日本に戻ったのが去年。そんでウルミのことを知ってる人たちに会って」
淡「そこでやっと、もうウルミはいないってこと知ったんだ」
咲「………」
淡「笑っちゃうでしょ。やっと手がかり掴んだと思ったらこれだからねー」
淡「でもウルミの話は菫たちからいっぱい聞けたよ。あ、菫っていうのは、今私が働いてるレストランの店長のことなんだけど」
咲「お姉ちゃんの、昔のお友達の方ですよね」
淡「そーそ、テルとウルミって凄く仲良くしてたみたいじゃん? それこそホントの姉妹みたいだったって」
咲「……」
淡「あ…」
淡「全く、お互い酷い姉をもったよねー」
淡「こんなに可愛い妹をほったらかして、自分たちだけでイチャついてるんだからさ」
咲「私は…そうは思わないな」
淡「え、なんでなんでー? だってサキ、今凄く寂しそうな顔したじゃん」
咲「うーん、ちょっと事情が複雑なの。あの頃の私はお姉ちゃんに嫌われてて…」
咲「とにかく、諸星さんが酷い姉っていうのは間違いだよ」
咲「諸星さん、私たちに向かって涙ながらに訴えたの」
咲「どうしてもっと仲良くできないんだって……姉妹の絆は、掛け替えのないものなのにって」
淡「………」
咲「あの時は、諸星さんがどうしてそこまで真剣だったのか分からなかったけど」
咲「今なら納得がいくよ。離れていても、彼女は淡ちゃんのことを想っていたんだね」
淡「………」
淡「……ウルミの話、もっと聞かせてくれる?」
咲「もちろんだよ。と言っても、私が会ったのは本当に短い間だったんだけど…」
――龍門渕邸
歩「透華お嬢様、宮永様が来られました」
透華「…どうぞ」
ガチャッ
照「どうも」
透華「ようこそ追いでくださいました。娑婆に戻られていたのですね」
照「うん。私は和や妹に協力を請われて出所した」
照「でも二人に協力する気なんてさらさらない。私が妹を憎んでいるのは知っているでしょ?」
照「だから出所してすぐ行方をくらませてやった」
照「単刀直入に言う。私は、あなた達と組みたい」
穏やかな笑みを湛えながら、照は一気にまくし立てた。
昔から公の場に露出するうちに鍛えられた、所謂営業用の態度というやつだ。
照「私は現役時代からこの世界を裏の裏のまで知り尽くしてる。きっと力になれるはず」
透華「そりゃあもう…貴女ほどの実力者が味方になってくれるのなら百人力ですわ。しかし」
透華「すぐに信用するわけにもいきませんの。妹さんのことは本当に知らなくて?」
照「……風の噂で、ニューヨークかどこかに高飛びしたとか」
照「本当にそれだけ、連絡は一切とってないから」
透華「そうですか…貴重な情報感謝しますわ」
透華「では日を改めてもう一度会いましょう。今日はこれにて」
照「うん。いい返事を期待してる」
・
・
・
透華「どう思います?」
一「あの人は自分のポストを奪った竹井久を射殺したくらい凶悪だからね。欲の強い人はある意味信用出来るんじゃない?」
純「話も一応辻褄は合ってるし、とりあえず様子見でいいんじゃねーの」
智葉「……」
それから少し経って――
淡「それで、首尾はどんな感じなの?」
照「うん、昨日もいつもと変わらなかった」
照「仲間だとは認めてくれたみたいで、私の復帰のための準備を進めてくれてるんだけど」
照「私は完全にお客様状態。話し合いにはほとんど参加させてもらえてない、と言うより…」
照「私の前では重要な話をしないようにしてる。おまけに屋敷の中では常に見張られてて」
淡「それってあからさまに警戒されてんじゃん」
照「お陰で盗聴器の一つ付ける隙がないよ」
そう言って彼女は珍しくため息をついた。こうも蚊帳の外に置かれていては、龍門渕に潜り込んだ意味がまるでない。
咲「……」
そんな姉の姿を見て、咲の胸中にはある考えが芽生えつつあった。
――翌日
咲「よし、決めた」
淡「突然なによ?」
咲「私がりゅーもんさんのお屋敷に潜入するの」
淡「ちょ、それマジで言ってる? 熱でもあるの?」
咲「ええっ…向こうはまさか私の方から出向いてくるとは思ってもないだろうし、結構いい考えだと思うんだけど」
淡「いやいやどんな判断よそれ…」
咲「だって私、ここで一日中匿われてるだけで、このままじゃ何の役にも立ってないし」
淡「確かに、ほとんどニート状態だね」
咲「それで、出来れば淡ちゃんにも手伝って欲しいんだけど」
淡「はぁ…」
淡「あーあ、もしかして私ってとんでもない巻き込まれ体質?」
淡「ウルミが一番仲良くしてたっていうテルに会いに行ってみれば」
淡「その場の流れで妹のサキを助けちゃって、今また頼られちゃってる」
淡「ま、悪い気はしないけどね♪」
咲「淡ちゃん…」
淡(サキの気持ち、何となく分かる気がする)
淡(テルを助けたい、役に立ちたいって気持ち)
淡(いや、もっと単純に、サキはテルに褒めてもらいたいのかも)
淡(…姉妹だもんね)
――その夜
咲「あ、流れ星…」
咲と淡の二人は、龍門渕邸から少し離れた丘の上に陣取り、共に双眼鏡で中の様子を覗っていた。
淡「あっ、テルーがモンブチのやつと一緒に出てきたよ。ホントだ、見張りが何人か張りついてる」
咲「あれじゃ確かに何も出来ないね」
咲(やっぱり私がやるしかない…)
淡「無線機のスイッチは入れた? 無茶は禁物だよ」
咲「うん、盗聴器をしかけてくるだけだから」
淡「私はここで中の様子を見てる。ヤバそうだったら無線で合図するから、すぐ戻ってくるように」
咲「ありがとう。じゃ、行ってくるね」
『サキ、聞こえる? 今なら誰も見てないから、そこから入って』
咲「了解……んしょっと」
無線越しの指示を受け、咲は無用心にも開け放たれたテラスの窓から龍門渕邸へと侵入した。
咲(さてと、出来ることは限られてる。りゅーもんさんがよく使いそうな部屋のいくつかに盗聴器をしかければ…)
『サキ、隠れて!』
咲「へ?」
『急にモンブチのやつが降りてきて……多分そっちの部屋に来る!』
咲「うそっ…そんないきなり言われても」
『早く隠れて! 見つかったらオシマイだよ!?』
咲「どうしよ、隠れるとこなんて…」
半ばパニックに陥りながらも、咲は部屋の奥にあるソファの影に身を隠す。
と、同時に部屋の扉が開かれた音がした。
透華「――ええ、今宮永照が来てますの。そうです、例の話し合いを」
咲(ホントに来た…)
透華「彼女にはあなたのチーム、佐久フェレッターズ所属の雀士として復帰してもらうことになりますわ」
咲(お願い、こっちに来ないで――)
透華「彼女ほどの実力者なら、強力な駒となることは間違いないですわ。あなたのさらなる栄誉のための…」
咲(えっ…)
透華「ふふ、小鍛冶プロがいない今、麻雀界は私とあなたの思うがままでしてよ」
透華「それではまた、ご機嫌よう……藤田プロ」
咲(―――!)
透華「ふぅ、しかし宮永照の前でこういった話が出来ないのは、いささか面倒ですわね」
透華「何か彼女を信用する決め手になるような方法はないかしら…」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら、透華が部屋を出て行ったことに安堵すると共に
咲は今しがた知った事実に興奮を覚えていた。
咲(藤田プロ……今や競技麻雀を代表する存在といっても過言ではないプロ雀士)
咲(あの人がりゅーもんさんと結んでやりたい放題している黒幕だったんだ…!)
今はまだ証拠はない。しかし盗聴器を仕掛けておけばさらなる情報が集められるはず――
そう思って立ち上がった咲のこめかみに、何か冷たい金属の切っ先が触れた。
咲「……!」
智葉「……」スッ
咲(こ、この人…)
バタンッ!
咲「きゃっ」
透華「! なんですの?」
照(咲――どうしてここに?)
一「智葉が彼女を捕まえたんだ。大胆にもうちに忍び込むなんてね」
透華「なるほど、いい度胸ですわ。さて、どうしてやりましょうか」
透華「…良い考えが浮かびました」
そう言って照の方を振り向いた透華の顔は、この上なくサディスティックな笑みを湛えていた。
彼女は懐から如何にも金持ちらしく装飾された銃を取り出すと、照に手渡す。
透華「宮永照さん、これで彼女を撃ちなさい」
照・咲「!」
透華「本当のところ、私たちはいまいち貴女のことを信用しきれずにいたのです。これまでは」
透華「これは貴女が私たちの信用を得る絶好の機会と思ってくださいまし」
透華「心配せずとも、この屋敷の中で起こったことは門外不出。闇から闇ですわ」
透華「さあ、憎き妹に自らの手で引導を渡してやりなさい!」
照「っ……」
照(どうすればいい、咲を撃つことなんて出来ない。でもここで嘘がバレたら)
咲「…お姉ちゃん」
咲「失望したよ。お姉ちゃんもりゅーもんさんとグルだったなんて…」
咲「私、ずっとお姉ちゃんのこと信じてたのに……あんまりだよ」
照(咲…)
咲「もういいよ。早くその銃で私を撃ったら? それで気が晴れるなら…」
照(間違いない、咲は自分のことを)
撃てと言ってるのだ。投げやりな口調とは裏腹に、全てを覚悟したような目つきが、照に決断を促していた。
咲(お願いお姉ちゃん、ここで撃たないと二人とも…)
照(咲、私は……)
照(咲を撃つくらいなら、一緒に――)
咄嗟に、照は咲の首根っこを捕まえると、そのまま自分の側へ引き寄せる。
同時に装飾銃を、持ち主の方へ突きつけて――
透華「あら、これは一体どういうことかしら」
照「見ての通りだよ。私たちをここから安全に逃がせ、さもないと」
透華「くくっ、言い忘れてましたけどその銃、薬室に初弾が入っていたかしら?」
照「!」
透華「お間抜けさん」
見れば銃を持ったメイド達が、油断なくこちらへ躙り寄って来ていた。少しでも動けば撃たれそうな、その状況で――
――バツン!
全員「あっ!?」
咲(停電――淡ちゃんの仕業!?)
照(今だ…!)
とるものもとりあえず、一目散に部屋の外へ飛び出した二人は、暗闇の中をがむしゃらに駆けた。
――パッ
照(復旧が早い……これじゃすぐ見つかっちゃう)
歩「いました、あそこです!」
照(くっ…)
銃のスライドを引き、今度こそ初弾を装填すると、向かってくるメイドの足元へ威嚇射撃する。
彼女は慌てて飛び退き柱の影に身を隠した。
咲「お姉ちゃん、このままじゃすぐ囲まれちゃうよ」
咲「だから二手に別れよう!」
照「咲、それは…」
咲「お姉ちゃん一人なら逃げるのも容易いでしょ」
咲「私の方は大丈夫。この家には何度か招かれてるから、抜け道を知ってるの」
咲「心配しなくても、知ってる場所で迷子にはならないよ」
照「……分かった」
照「必ず、必ず帰ってくるんだよ…!」
咲「」コクッ
固く結んだ手と手が解かれ、二人は別々の通路へと走っていった。
・
・
・
――蒲原運送㈱
Prrrrrrrrrr…
蒲原「咲、電話とってくれー」
蒲原「咲……寝てるのか?」
蒲原「しょうがないな。はいはい、こちら蒲原運送㈱」
蒲原「――和か。咲のやつは今なー」
蒲原「えっ…」
蒲原「そうか――ついに。うんうん、頑張れよ」
蒲原「今すぐにかわるからな、おーい咲ー」
――
―――――
咲「はぁ、はぁ…」
咲(何とか追っ手を振り切れた…)
目の前に、外と龍門渕の敷地とを隔てる白塗りの外壁が見えていた。あれを乗り越えれば……
咲(もうちょい、あとちょっとで)
その時――背後に、思わず総毛立つような何者かの気配を感じ取り、咲は動きを止める。
咲(お姉、ちゃん?)
これ程までに殺気立ったオーラを放てる人物を、咲は自身の姉を含めて数える程しか知らない。
ゆっくりと、恐る恐る振り返り、その人物が何者かをその目に捉えたところで―――
一発の銃声が、冷え切った夜の空気を切り裂いた。
淡(――銃声?)
照(まさか、咲…)
照「私、行かなきゃ…!」
そう言って、今しがた乗り越えたばかりの外壁をもう一度よじ登ろうとしたところで、
壁の向こうから妹の特徴的な髪型がひょっこりと出現した。
照「咲、こっち!」
待ちきれずに彼女の手を掴んだ時、ぬるっと嫌な感触が伝わってくる。
壁を乗り越えた妹の身体が、そのカンバスに赤い血の尾を引いた。
淡「大変!」
あらかじめここまで移動させておいた車の後部座席に咲を押し込むと、
照の運転で急発進した車は夜の闇に消えていった。
淡「サキ、しっかり! ほらキャンデーあげるから」
咲「ありがと、淡ちゃ…」
照「くっ…」
震える手で、渡されたキャンデーを取り落とした咲の姿に、照は今にも泣き出しそうな表情でハンドルを切った。
ここから病院までは――遠すぎる。
咲「りゅーもんさんがね……電話で話してるのを、聞いたの」
照「咲、喋らないで!」
咲「黒幕は……藤田プロだった」
淡「そっか…やったねサキ、お手柄だよ」
咲「…ねえ、電話がかけたいな」
照「駄目、病院まで急がないと」
咲「……予感がするの」
咲「ここで話しておかないと、死ぬ程後悔しそうだなって…」
今時珍しい電話ボックスの前で、咲を乗せた車は急停車した。
淡「どこへかけるの?」
咲「病院……和ちゃんのとこ」
照「もしもし、宮永和の病室を……え!?」
照「陣痛が始まった…?」
淡「ウソッ…」
咲「……」
『もしもし、咲さんですか…?』
受話器の向こう側から、和の苦しそうに絞り出した声が照たちにも聞こえてきた。
『今、どこですか…? お願いです…こっちへ来て』
『側についていてください…』
咲「和ちゃん…」
咲「落ち着いて聞いてね……私、そっちに行けないかもしれない」
『!? 何故です? どうしてそんなことを…』
咲「でも……私は信じてる、から……私が、いなくなっても」
咲「和ちゃん、はっ……私たちの…子を……」
そこまで言って、咲の手から受話器が滑り落ちた。同時に崩れ落ちそうになった身体を、照が慌てて支える。
『咲さん…? 一体……何か、何かあったん』ブツッ
間の悪いことに、そこで公衆電話も切れてしまう。だが掛け直している余裕など――
すっかり力の抜け切った咲の身体をシートに乗せ、明けの明星が輝きだした空の下を、車は再び走り出した。
金曜
ロードショー
女 た ち の 挽 歌 Ⅱ
・
・
・
あれから三日が経過していた。
照「」フラフラ
ププーッ!
蒲原「危ない!」
蒲原運送㈱の搬入口前で、発進してきたトラックの前に飛び出す寸前だった照を、
智美がすんでのところで引き止める。
蒲原「はぁ、何やってるんだよ。もうちょっとで轢かれるトコだったぞ」
蒲原「そりゃ…気持ちもわかるけど」
照「……」
照「……蒲原さん、ありがとう」
照「私は、まだ死ねない…」
蒲原「……」
照「実は、頼みがあるの――」
ネリー「これ、約束の品。お金は?」
淡「ちゃんとあるってば、ほらっ。アリガトね」
人目につかぬ町角の影で、何処のものとも分からぬ民族衣装を纏った怪しげな外人に札束を握らせ、
代わりに物干し竿ぐらいのサイズの紙包みを受け取った淡は、その足で病院へと向かった。
淡「……」
目指すは704号病室――和の入院している個室だ。面会謝絶の札を無視して、淡は扉をスライドさせる。
淡「和、来たよ」
和「咲さん…ですか?」
淡「サキじゃないよ、私は淡」
和「淡さん……でしたか」
和「見てください……今丁度授乳の時間なんです」
和「この子、こんなに精一杯お乳を吸って……早く大きくなりましょうね」
淡「……」
何も言わず、淡は和のはだけた病衣を直した。そんな彼女を、産後だというのにげっそりと痩けた顔で和は見返す。
和「咲さんは……いつになったら会いに来てくれるんですか?」
淡「和…」
和「ほら、この子も会いたそうな顔をしてます。咲さんが来てくれないから、まだ名前も決められてないんです…」
淡「ねえ、いい加減に目を覚まして…」
淡「――サキも…! 二人の子も…! もうこの世にはいないんだよ!!」
和の子は死産だった――原因はよく分からない。
IPS細胞を用いた同性間での受精・出産にはまだまだ不安定な面があったこと
はたまた陣痛が始まってからの咲との電話越しの会話が母体に与えた影響等
考えられる要因はいくつかあるものの、もうどうしようもない。
和「な、何を言ってるんです……急に大声出さないでください。この子が泣いてしまいます」
半分裏返った声で、和は両手に抱えた子供をあやすような素振りを見せる。
しかし、その手の中は空っぽだった。
愛する人と、その間に出来た子供――その両方の死を、和は受け入れられなかったのだ。
淡「ここがどこか分かる? ここはね、頭のおかしくなった人を隔離する病棟なの!」
口角から泡を飛ばし、淡は和の両手をぎゅっと握り締める。
淡「ほらっ、どこに子供がいるっていうの? ねえ?」
和「あっ、ああ…」
淡「もう見てられないの! 好きな人を失った気持ちは痛いほど分かるよ、けどねぇ」
淡「そうやって現実から目をそらしても何も変わらないの! どうして戦おうとしないのよ?」
和「咲さん、咲さん……」
淡の手を振り払い、彼女から逃れるように、和はベッド脇の机に置かれたキーホルダーに手を伸ばした。
何とも形容し難いエイリアンのようなデザインのそれは、昔和が咲と交換した思い出の――
淡「サキはもういないって言ってるでしょ!」
横からそれをひったくると、淡はそれを窓から投げ捨てようとし、ここには窓がないことに気付くと地面に落として踏みつけた。
和「ああっ…!あああぁぁぁぁ」
涎を垂らしながら、和はベッドから転がり落ちた。
踏みつけられた拍子に中の綿がはみ出たキーホルダーを、慈しむように手の中で包み込む。
そんな彼女の方を見向きもせず、淡は携えてきた紙包みの封を開くと、その中身を机の上にぶちまける。
淡(しっかし、日本は世界一こういうのに厳しい国じゃないの?)
ゴトゴトと音を立てて落ちてきたのは二挺のオートマチック拳銃。
ずっと外国で生活していたお陰で多少は銃の知識に明るい淡にも、見たことがない種類のものだった。
所詮は得体のしれない外人から買ったものだ、品のほうも推して知るべし。使えれば何でもいい。
淡(あ、これは知ってる…)
最後に出てきた物干し竿、ではなくこれは散弾銃、フランキ・スパス12。
重すぎて評判が良くない銃だと聞くが、その破壊力は他のものと何ら変わりがない。
和「うああああああぁぁ咲さぁぁん…」
淡「サキはね、丁度そんな感じに奴らに踏み躙られたの。許せないでしょ」チャッコチャッコチャッコ
淡「やられっ放しでいいの? 嫌なら私と一緒に戦って!」ジャキン
――コンコン、と誰かが病室の扉をノックした。
「お薬の時間でーす」
淡「今取り込み中! 入ってこないで!」
「そういうわけには…」
淡「ちょっとくらい待ってよ!」
「ああ、もうメンドクサ…」
淡の静止を意に介さず、ガラガラと乱暴に扉が開かれた。
扉の外から現れたナースの右手には、カルテではなく消音器付きの拳銃が―――
憩「宮永和さん、その命もらうで…」
淡「これでも喰らえ―――!!」
大砲のような銃声が空気を震わせ、ナースの身体が文字通り宙にぶっ飛ばされた。
そのまま向かいの病室の扉に叩きつけられ、ぴくりとも動かなくなる。
淡「来て!」
未だ床に這いつくばっている和の手を引っ掴み、強引に彼女を扉まで引きずっていく。
和「咲さん……咲さん助けて…」
淡「しゃっきりして、ここが正念場だよ! ここを生き抜けば、今度は私たちのターンだから!」
和「あ、あぁぁ…」
和「いやあああああああああ!!!!」
床に滴るナースのものであろう血液を見た途端、何かを思い出したように和は絶叫し
脇目もふらず一目散に廊下を駆け出した。
和「あああああああぁぁ」
錯乱しながら走り続ける和の前に、物陰から突如として躍り出てきた影が、その行く手を塞ぐ。
もこ「フーッ!……フーッ!」
和「ひっ!」
銃などなくても素手で和を引き裂いてしまいそうな、そんな狂気に爛々と光るその瞳は、
正気を失った和ですら一瞬立ち止まってしまうような迫力を備えていた。
淡「伏せて!」
言うが早いか、反射的に尻餅をついた和の頭上めがけて、大粒の散弾を二連撃で発射する。
もこ「……ッ!」
敵もさるもので、素早くその場から飛びのき銃弾を回避した。そのまま脇の用具室に滑り込んだところを
淡「おらおら!」DOOM!DOOM!DOOM!
何発も何発も、淡は室内に散弾を撃ち込んだ。そのうち弾が無くなった銃を放り捨てると、足元で戦慄き震えている和の腕を掴む。
淡「行こっ」
利仙「!」
淡「」BANG! BANG!
絃「きゃ…!」
階段の踊り場に銃を持った二人組を見つけると、淡はベルトに挟んだ拳銃を二挺同時に抜き、
瞬く間に二対一の戦闘を制してみせる。
淡(見て、人間やろうと思えばこんなことだって出来んの…! だから和、あんたも)
バタンッ!
淡「ッ――」
背後に新たな敵――咄嗟に淡は和を階下へ突き飛ばし、自身も段差へと身を投げ出す。
淡(イダダダダダダダ、痛い痛い!!)
ほとんど落下するような速度で段差を滑り落ちながらも、淡は両手の二挺をブッ放す。
藍子「ぐあああっ!!」
和「も、もうやめてぇ!」
淡「…!!」BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
悲痛な和の懇願をかき消す様に、淡は弾丸を発射し続けた。
淡「はぁ…はぁ…」
和「……」
淡(とりあえずここから出ないと…)
和「……咲さん」
淡「?」
和「会いたいです……私」
和「もう、怖くありませんから…」
さっきと何かが違う、和の雰囲気が―――そんな確信を得ながら、淡が身を起こそうとした時
もこ「―――ッ!」
階上から飛び降りてきた女が淡にのしかかり、その身体を再び地面に叩きつけた。
衝撃で思わず両手から銃が離れ、回転しながら床を滑っていく。
もこ「フーッ!フーッ!フーッ!フーッ!」
切り株のようになったボロボロの両手で、女は淡の細首を締め上げた。
淡「ぐぅ…!」
淡(ヤバ…このままじゃ)
手を伸ばしても銃には届かない。その先には通路の柱に縋り付ついている和が――
淡「の、どかぁ……」
女が今にも噛み付かんとするかのように大口を開け、そのサメのように鋭い歯並びが見えた。
口の端からはだらだらと、唾液と血の入り混じったものが淡の顔に零れ落ちてくる。
淡「ぁ……ぐ…」
和「怖くない…私」
淡(和……お願い……)
和「咲さん…」
淡(勇気を出して…! 戦って――!)
もこ「ガァッ!」
和「あああああああああああっ!!!!!」
一発、二発と次々銃声が鳴り響き、淡にのしかかる女の身体から血がほとばしる。
和「あああっ!!!」BANG! BANG!
慣れない反動を必死に押さえ込みながら、和はそのか細い指先でトリガーを引き続けた。
もこ「ケハッ……!」
やがて、女の両手が力無くだらんとぶら下がり、淡に馬乗りになった姿勢のまま絶命する。
その身体を押しのけ、淡はゲホゲホと咳き込みながらも、和の側に這い寄った。
弾切れの銃を握ったままの和の手に、淡が包み込むように両手を重ねた。
和「…大星さん」
出し抜けに、和が口を開く。
和「正しいこと成すのは、どうしてこんなにも難しいのでしょうか…」
淡「――それだけ価値があるってことじゃない?」
精一杯の笑みで、淡は返した。
金曜
ロードショー
女 た ち の 挽 歌 Ⅱ
・
・
・
照「……」
和「……」
淡「…」
仏壇に供えられた蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。この空間で音を立てるものは皆無だった。
涙などとうの昔に枯れ果てている。今は只ひたすらに押し黙って喪に服するだけだ。
遺影の中で笑っている咲は、もう戻ってこない――彼女の身も心も、撃たれてばらばらに散らばってしまった。
蒲原「……」スッ
いつの間にか脇にいた智美が差し出した紙包みを、照は何も言わず受け取る。
他の二人も同様に、ゴツゴツと嵩張った包みを手渡された。
覚悟は決まった――四人は最後にもう一度、深々と頭を下げると、静かに遺影の中の彼女に背を向け歩き出す。
もう後ろを振り返るようなことはしなかった。
――龍門渕邸前
ブロロロロロロ…キキィ
照「蒲原さん、ここまででいいよ」
照「先に帰って。あとは私たちだけで」
蒲原「そんな、水臭いじゃないか。私にも手伝わせてくれ」
照「」フルフル
蒲原「そ、そうだ。逃亡用の船を用意しとくよ」
和「ありがたいですが、お気持ちだけで結構です」
蒲原「そんな…」
助け船を期待して淡の方へ目線をやるも、彼女は普段通りのおどけた調子で肩を竦めただけだった。
もはや三人を止められる者などいない――むしろ自分は彼女らの一番の理解者ではなかったのか? いやしかし…
愛車の後部席から重たいボストンバッグを二つほど引き出す間にも、智美の胸中は依然として複雑なままだった。
肩を押すべきか、止めるべきか――結局答えを出せないまま、智美はとぼとぼと運転席へ戻っていった。
ザワザワ…
透華「今日はようこそお越しくださいました、藤田プロ」
靖子「まあ、いつも会ってるけどな」
肩と肩が触れ合いそうなくらい、大勢の人で込み入った龍門渕邸のホールで、
館の主と今や競技麻雀プロを代表する存在となった藤田靖子は軽く挨拶を交わした。
靖子「しかしよくもまぁ、こんなに集めたもんだ」
半ば呆れ返ったような口調で、藤田はホールを埋め尽くした雀士たちを一瞥した。
ここにいる全員が龍門渕の息のかかった――それはすなわち藤田の思い通りになるという意味でもある――雀士だというから驚きだ。
透華「フフ、手駒は多いに越したことはありませんの」
靖子「それにしてもな…もうまともに麻雀打ってるやつなんていないのかもな」
まあ、金になるなら問題はない。そう、それだけが全てだ。こんな世の中じゃ他にはもう何も――
百年に一度の怪物と言われたあの女性が去って以来、今や競技麻雀の世界は龍門渕と結んだ藤田の思うがままだった。
和「お義姉さん、咲さんはここから落ちたんですね」
龍門渕邸の周りを囲む高さ3メートルはあろうかという外壁。
その真っ白なカンバスに一箇所だけ、生々しく飛び散った血の跡は、
咲がこの世に残した――屋敷への潜入を試み、逆に罠に嵌められ、四面楚歌の状況でそれでも尚――懸命に生き延びようと
もがいた証しだった。
照は頷き、ボストンバッグの一つを壁の向こうへ投げ入れた。隣の淡もそれに倣う。
和「いきましょう」
そして三人は和を筆頭に外壁を飛び越え、敷地内へと着地した。
バッグの口を開け、中からごわごわした紙包みを取り出して乱暴に引きちぎる。
そこから顔を覗かせたのは智美が用意した銃火器の数々、中にはいくつか爆薬の類もあった。
この先には、もはや言葉すら必要ない。今は物言わぬ鉄の塊が、これからは彼女たちの代わりに吠えてくれるだろう。
黙々と銃に弾を詰めていく照と和の傍らで、淡はもう一つのバッグから穴だらけのロングコートを引っ張り出していた。
淡「……」
しげしげと、双子の姉が生前身につけていたというそのコートに穿たれた穴を観察してみる。
この服を提供した主――ウルミや照の生き様に感銘を受け、彼女たちの物語を劇画化したいと申し出てきたとある漫画家は、淡にこう語った。
『このコートには、計40発もの9ミリが撃ち込まれたの』
『おかしいでしょ。まるでこんなになるまで無茶をするなって言ってるみたい』
『――あなたはそんな姿で帰ってきちゃダメだよ?』
淡(そりゃちょいと無理な相談だよねー)
ばさばさと音を立てながら、今にも千切れそうなコートを喪服の上に羽織る。長い裾が翻って巻き起こる風が心地いい。
衣装を整えると、照が投げて寄越した二挺の銃をキャッチした。
ベレッタ92SB。現行のFSモデルよりさらに二世代前の、フレーム形状とハンマーピンの径が異なる旧式型。
智美が何処からか調達したそれらの火器は何れも、製造から半世紀近くは経過しているようなユーズド品ばかりだった。
スチール製のスライドは無数の引っ掻き傷だらけで、所々錆のようなものさえ見受けられる。ついでに安全装置のレバーが片方折れていた。
それでも淡は、その銃を美しいと思った。
傷だらけの狼たち。きっとこいつらは今日ここで使い倒されて、壊れちゃうんだね。
淡(――ふふ、ますます私らにぴったりじゃん)
ビュウウウウウウウ
やえ「うう、さぶっ」
睦月「うむ」
やえ「全く、はるばる奈良の地からやってきたのに。どうして王者たるこの私が外で見張りなど」
睦月「しょうがないですよ。いくら龍門渕さん家が大きいといっても、今日集まった全員が入れるわけじゃなし」
睦月「私たちみたいな下っ端は、こうした下積みからコツコツとですね」
やえ「下っ端じゃない、王者だ……おい、なんだあいつらは」
睦月「…え?」
やえ「お、おいアレ…」
睦月「あぁ…!」
二人が何か言いかけるのと、その足元に落ちた爆弾が炸裂するのはほぼ同時だった。
深堀「なんの音じゃあ! カチコミかぁ!?」
屋敷の扉が開き、中から両手いっぱいの料理を抱えた巨躯の女性が飛び出してきた。
その大きな的に向かって淡の、あらかじめ銃口先端を切り詰めておいたイサカM37散弾銃が咆哮した。
チョーク(絞り)という抑制を欠いたまま我先に飛び出した9粒弾は、凶悪な唸り声と共にその巨体を弾き飛ばし、扉の内側へ押し戻した。
文堂「一体何が……ぎゃあぁ!」
未春「うわっぷ」
優希「じぇえええっ!!」
まだ事態がよく飲み込めないまま、白煙の中からよろよろと身を起こす見張りたちに向かって、
照と和は両手のグロック17――フルオートシアを組み込み、本来の倍の長さはありそうな延長弾倉を取り付けたもの――から弾丸のシャワーを浴びせた。
淡「よっ……ほっ……!」
一方の淡は、開き放しになった扉の隙間めがけて、続けざまに安全ピンを抜いた手榴弾を投げ込んでいった。
数秒の後、扉が内側から破裂して玄関前の植木をなぎ倒す。
照と和も手持ちの爆薬をあらん限りに投げ入れ、しばし耳をつんざく爆発音と悲鳴がこだました。
和「いきます…!」
照「」コクッ
怯むことなく二人は、各々の得物を乱射しながら、正面玄関から堂々と屋敷に乗り込んでいく。
葉子「敵襲です! 喪服姿にサングラスの三人組が…ぐぇあぁっ!」
BOOM! BOOM! BOOOMMM!
透華「な、何事…!」
靖子「ちっ…」
靖子(先日始末したネズミの仲間か…)
歩「透華お嬢様、すぐに避難を! 藤田様も一緒に……こちらです!」
照(咲が言っていた、事件の黒幕は…)
照「龍門渕透華と藤田プロ――二人を探す!」
和「分かってます…!」
DoDoDoDoDo!!!!
恵「ぎひぃ!」
由子「なのよ~」
もはや照準など必要なかった。銃を横薙ぎに払うだけで人が将棋倒しに倒れていく。
邪魔な障害物たちを蹴散らしながら、二人は怨敵を探した。
ダヴァン「Did you see that? My God…Yakuza Strikes back! We're getting outta here!」
明華「Dépêchons-nous!」
屋敷から外へと通じるテラスに、口々に悪態をつきながら外人選手たちが飛び出してくる。
その一団目掛け、テラス脇で待ち伏せていた淡はイサカに込められたありったけの散弾を見舞った。
慧宇「!!??」
引き返す間もなく先頭のチャイナ服が宙を舞い、逃げ場のない面制圧に後ろの者たちもなす術無くなぎ倒される。
最後の空薬莢が地面に跳ねる、カコンッという小気味良い音の後には、テラス内で動く者は皆無だった。
淡(ついでに、もいっこくれてやる…!)
ダメ押しに窓から屋敷の中へ、またもや爆発物を投げ込んでやった。
淡「フーッ、いっちょ上がりっと…」
額の汗を拭い一息ついた淡の背後で、龍門渕邸が一度大きく震えたかと思うと
鼓膜の破れそうな爆音と共に一挙に吹き出してきた爆炎が、テラスを木っ端微塵に吹き飛ばした。
・
・
・
透華「な、何ですの今のは…」
龍門渕の広大な我が家――その地下に密かに設けらた武器庫に、生き残った雀士たちが集合していた。
フルオート機能付きのサブマシンガンやアサルトライフル等々、とても真っ当な生き方をしていては縁がないような
凶悪な武装の数々を惜しげもなく雀士らに支給した透華は、侵入者を一人殺れば現金で1000万と
好きなタイトル一つを贈呈すると演説ぶったところで――地上の爆発の衝撃がここまで伝わってきたのである。
透華「と、とにかくお行きなさい! 奴らを消せばその先には栄光が待っていますわよ!」
靖子「…フッ」
無理矢理に士気を高められ、なおも透華に扇動されながら続々と
武器庫から出て行く雀士たちを、部屋の隅に立つ藤田は冷ややかな目で見送った。
淡「なっ何今の…! びっくりしたー」
今なお濛々と黒煙を吐き続ける屋敷の方を見やって、淡は口をあんぐり開けていた。
淡「どう考えても火薬の量おかしいでしょ。テルーと和、大丈夫だったかな…」
次から気をつけなくちゃ、と心に誓うと、ベルトに挟まった二挺の拳銃を抜き、いよいよ屋敷へ踏み込んでいく。
エイスリン「F…Fackin…」プルプル
中では館共々ぼろぼろになった金髪女が、虫の息ながらも震える手で銃口を向けてきた。
淡「ノーノー、えくすきゅーずみー……あれ、違ったかな」
淡「とにかくゴメンね、お気の毒だけど」BANG!BANG!BANG!
――
――――
靖子「分かっちゃいたけど、馬鹿しかいないな」
透華たちが行ったことを確認すると、藤田は自分の他に最後まで残った一人に声をかけた。
智葉「……」
その女――黒尽くめのスーツに身を包んだ用心棒は押し黙ったまま、顔だけを藤田の方へ向けた。
縁の大きなサングラスをかけているせいで、彼女がどんな表情かは窺い知れない。
靖子「もちろん、お前や私は違うがな」
女の様子など気にする素振りも見せず、藤田はさらさらと小切手に8ケタの数字を書いてサインする。
靖子「上は馬鹿共に任せてトンズラするもよし、この前みたく邪魔者を始末してくれりゃ尚良し」
靖子「どっちにしろ、これはお前の取り分だ。ほら、ここに置いとくぞ」
涼しげな顔で言ってのけると、煙管に火をつけながら藤田は部屋を後にした。
智葉「……フン」
残された用心棒は鼻を鳴らしただけで、机の上に置かれた小切手には目もくれなかった。
代わりに壁に掛かった二挺の拳銃を手に取ると、そのまま扉の方へと歩いて行く。
女が退出し扉が閉まると、風圧でひらひらと舞った小切手が、誰もいなくなった室内の床に静かに落ちた。
洋榎「ほらそこ退けどくんやー! やつらバラして、1000万はうちが頂くで!」
セーラ「いや、俺のが先やて!」
怜「!……二人とも、待っ」
照「」DoDoDoDoDoDo!!!!
仲間の静止も聞かず、先陣を切って意気揚々と地上への階段を駆け上がる二人は、
真っ先に分速1200発で送り出される9ミリ弾の洗礼を受けることとなった。
和「」ZuDoDoDoDoDoDo!!!!!
広い階段がすし詰め状態になるくらい大人数で一斉に昇ってきた雀士たちは、照と和にとって格好の的だった。
美幸「やだもー!」
煌「すばらっ!」
玉子「ノオォォ~」
せっかく渡された火器を構える余裕すらなく、彼女らは次々なぎ倒されていく。
DoDoDoDoDoDo!!!!
両手のマシンピストルは休みなく弾を吐き出し続け、大量の空薬莢と血飛沫が撒き散らされる。
絶え間なく前後するスライドが陽炎を立ち上らせ、銃身が異様な熱を放っているのが分かる。
樹脂製の銃把にまでそれが伝わってきて火傷しそうな勢いだ。
だがそんなものより遥かに熱く滾った怒りの炎が、二人の心を芯まで焦がしていた。
――ひとり残らず生きて返すものか
硝煙と血の匂いが混じり合い、それに熱気も加わったムッとするような臭気の中、
黒煙を吹き出しながら停止した銃器を放り捨て、照と和は築き上げた屍の山を見下ろした。
折り重なった死体の中に、事件の黒幕であり咲の仇である者たちの姿はないかと目を凝らし
――そのほんの僅かな間を敵は突いてきた。
憧「もらったぁ!」DoDoDoDo!!!
階下の死角から飛び出してきた敵が、照と和に凶弾を見舞った。
共に一発ずつ被弾した二人は、揃って階段を転げ落ちる。
和「ぐっ…」
憧(しっしっし、阿呆共に先行かせといて良かった~これで賞金は独り占め!)
憧「てワケで、私とシズの将来のために死んで頂戴♪」
照「!」
悪魔じみた笑顔と共に女が銃口を向けてきた――丁度そのタイミングで
淡「大星淡、只今さんじょ―!」BANG!BANG!BANG!BANG!
階段の手すりを勢いよく滑り降りながらの乱れ撃ち
それでも正確無比なその弾道に、女の身体に次々風穴があく。
憧「ふきゅぅぅぅ~」バタリ
淡「よっと。二人とも、ダイジョブ?」
照「――いた」
淡「へ?」
照「階段から落ちた時に見えた、向こうの通路に藤田プロらしき人影が……早く追いかけないと」
和「――ここの他にも階段があるはずです。そこから1階に上がるつもりでしょう」
和「後を追うより、上で待ち伏せたほうが効果的だと思います。この屋敷は広いですが、出入り口は限られてますから」
淡「よしきた、じゃあ早速みんなで」
照「いや、淡は念のため地下を探して。もう一人の黒幕、龍門渕透華が隠れてないとも限らないし」
淡「えーっ、せっかく合流できたのにー」プンプン
和「それに今、爆薬を持っているのは大星さんだけですし」
淡「んー、どゆこと?」
・
・
・
淡「なるほどねー」
地下の部屋を探索してるうちに、和の意図が淡にも理解できた。
淡「随分とやりたい放題してたワケね」
龍門渕は全国的に見ても指折りの富豪であり、こと地元であるここ長野の地はそれこそ王様のお膝元だ。
一種の治外法権と化したお屋敷の地下には、銃刀法や賭博罪に余裕で抵触しそうな物品の数々がひしめいていた。
これなら消し炭にするより警察に提出した方が龍門渕を破滅させられそうな気がするが、まあそうは問屋が卸さないのだろう。
ならいっそ―――
淡「全部吹っ飛ばしちゃえ」
透華から雀士ら一人ひとりに銃が提供されたにも関わらず、それでもなお多量の火器と弾薬類が残されたままの武器庫に
淡は手持ちの爆薬全てを仕掛け終えると、一番導火線の長いダイナマイトに火を点け、慌てて部屋を飛び出した。
淡(とりあえず地下にいたらヤバげ、1階まで上がっちゃえば安心だよね?)
淡「……あれ、階段どっちだっけ」
先ほどの、屋敷全体を震わせた爆発を思い出し、何か嫌な予感が全身を走り抜けた。
淡「あわわわわ」
淡(爆発まであと何秒――5秒くらい? とにかく少しでも安全な場所に…!)
どこまでも同じような通路を行ったり来たりしながら、ようやっと細い階段を見つけ
人ひとりがなんとか通れるような狭い幅を駆け昇る。
そのまま応接間のような部屋に出ると、急いで背後の扉をバタンと閉め、
ようやく人心地が付いたところで……
―――BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMM!!!!!
淡「わあぁ!」
猛烈な爆風に背中を預けていたドアが蝶番ごと吹き飛び、淡の身体も宙を舞った。
運良く投げ出された先にあったソファがある程度のクッションとなり事なきを得たが、
今回の爆発もまた淡の想像を遥かに超えていたことは言うまでもない。
龍門渕邸は再び爆破の衝撃に揺さぶられ、応接間にあった戸棚からは次々と高そうな食器が床にぶちまけられた。
淡「うっひゃあ~~すごっ」
よろよろと立ち上がり、目の前の壁に額をつく。自分でやったこととはいえ、その威力の予想外の凄まじさにしばし呆然とした。
「ノーウェイノーウェイ……ノーウェイ(呆れ)」
淡「!?」
突如として、壁の向こう側から聞こえて来た声にびくっと身体を震わせる。
いつからそこに? まさか爆発の前から……
淡「っ…!」
間髪入れず、姿なき敵目掛けて淡の銃が吠える、吠える―――同時に向こうからも容赦のない反撃が帰ってきた。
横っ跳びで躱し、そのまま勢いのついたキャスター付き台車の如く身体を横滑りさせながら、撃って撃って、撃ち続ける。
被弾していないのが不思議なくらい猛烈な銃撃の応酬が続いた後、淡は次の遮蔽物に辿り着くと、
わざとらしく音を立てて空になった弾倉を捨ててみせた。
淡(まだまだ生きてるよ~っだ)
せめてもの挑発のつもりだった。
「随分と探しましたよ、大星淡」
遮蔽物の裏側から、同じように空のマガジンが床に落ちる音がした。
照(淡、ちょっとやりすぎ…)
屋敷全体を襲った爆発の余波には、照と和の二人もたじろがされていた。
和「…これは予想以上ですね」
照「全く…」
思わず苦笑いしながら、顔を上げればその先に―――
照「あ…」
今しがた物陰から飛び出したあの後ろ姿は――流れるような金髪に、トレードマークとも言える仕立ての良さげな純白の服装、
見紛うはずもない、龍門渕透華…!
照「逃が」
言い終えるより先に、銃声一発。純白の背中に、いくつもの赤花が咲いた。
照「…!?」
銃声は一発――いや、ほとんど重なっていたために一発に聞こえたのだ。
隣の和がいつの間にか抜いていたコルトS.A.A.“ピース・メーカー”の銃口が、興奮に打ち震えている。
和「討ち取りましたよ……龍門渕透華!」
淡「アンタだぁれ?」
好奇心から、自分のことを知っているらしい壁の向こうの人物に言葉を投げかける。
戒能「名乗る程のものでは……強いて言うなら、あなた方姉妹のビッグファンってとこですかね」
恐縮したような、しかしどこか楽しげな口調で、相手が応えた。
淡「……ウルミのこと、知ってんの?」
戒能「いえす。プロの傭兵として世界中を回ってきましたが、あれほどタフで胸高鳴るゲエムは初めてでした」
試合(ゲーム)、獲物(ゲエム)――その言い回しに、淡は言いようのない不快感を覚えた。
戒能「出来れば私一人で仕留めたかったのですけどねー。それがずっと心残りでした、今日までは」
淡「……」
戒能「実の双子である貴女なら、極限まで高まったこの私のフィールを満足させてくれるはず。違いますか?」
そこから先は再び、撃発音とその残響だけが広がる世界――
淡「この…っ!」BANG!BANG!BANG!
戒能「フフッ…」BANG!BANG!
ガラスは残らず砕け散り、テーブル上の小物は弾け飛び、荒れ狂う銃弾の嵐の中を二人は踊り続けた。
BANG! BANG! BANG! BANG! BANG! BANG! BANG! BANG! BANG! BANG!・・・・・・・
ほどなくして二挺と二挺の銃は再び沈黙し、淡は手近のソファの影に飛び込む。
似非イングリッシュ女がもどかしそうに新たな弾倉を押し込む傍ら、片方の銃をナイフに持ち替える姿がチラリと見えた。
淡(やっば、万事休すっ…!)
まずいことに、相手は牽制弾を放ちながらノータイムでこちらに突撃してきた。
思い切りがいいのか、もはや身を隠そうともしていない。
淡(流石プロ、こっちにもう予備の弾が無いのバレちゃってる!?)
さっきの武器庫から何か持ってくればよかった――今更な考えが頭をよぎる。
「淡、受け取れ~」
間の抜けた声と共にソファの真上、開けっ放しになった窓から、二挺のベレッタ92が放り込まれた。
淡「その声、智美なの!?」
蒲原「ワハハ、来ちゃった」
淡「もうっ、先に帰れって言われたでしょ! でもありがと!」BANG!BANG!BANG!BANG!
蒲原「それよりさっきの爆発は凄かったな! 一体どんな火薬を使ったんだ?」
淡「あたしが知るわけないじゃん、用意したのそっちだし!」BANG!BANG!BANG!BANG!
蒲原「そういやそーだった。銃も爆薬もまだまだあるぞー、いるか?」
淡「じゃんじゃん持ってきちゃって!」BANG!BANG!BANG!BANG!
蒲原「まかせとけー! それはそうと淡、撃たれたのか?」
淡「えっ…うわっ、ホントだ血が出てる!痛い! でも大丈夫!」BANG!BANG!BANG!BANG!
蒲原「本当に平気か!?」
淡「マジにヘーキ! いいから、早く行って!」BANG!BANG!BANG!BANG!
蒲原「よしきたっ……て、淡」
淡「なぁーに!? まだなんかあるの?」
蒲原「流石に撃ちすぎじゃないか?」
淡「…まあね!」
戒能「」シュウウウウウ
殺られるかも、と一瞬覚悟した相手は、今や全身に空いた40の穴からぷすぷすと煙を立ち上らせ、ぽかんとした表情のまま天を仰いでいた。
その骸を尻目に、まだ興奮冷めやらぬ両の手の得物が空になった20連マガジンを吐き出す。
これでおあいこってことにしといてやる。コートに空いた穴の一つを触りながら、淡は心の中で呟いた。
・
・
・
照「違う、こいつは――」
和「影、武者…?」
衣「」ガクッ
照(確かに似てるけど、よく見たら身長が…)
――BANG! BANG! BANG!
照「うぐっ…」
和「ぶへぁっ!」
透華「おーっほほほほ!!! 引っかかりましたわね、のど」
和「うらぁぁああああっ!!」
まんまと敵の策略に騙され、照ともども不意撃ちを喰らいつつも、
怯むことなく愛した女性の仇へと掴みかかる――和の執念は凄まじいものがあった。
透華「こ、このっ! 離れなさい…」BANG!BANG!
至近距離でのさらなる追撃ちで何とか和を引き剥がすも、
まるでゾンビの如くゆらゆらと起き上がってくる彼女の姿に、相手の方がすっかり怯んでいる。
透華「な、何ですの貴女……この、死に損ないっ!」BANG!BANG!BANG!
捨て台詞を吐きながら奥の方へと退却していく彼女の後を、今や幽鬼のような佇まいとなった和が追いすがる。
自分も早く後を追わねば――軋む身体に鞭打ち、呻きながらも照は何とか身を起こす。
照「待て、のど……!?」
刹那、突如として背後にただならぬ殺気を感じ取った彼女は一瞬、ほんの一瞬だけ、本能的に萎縮しその動きを止めてしまう。
照(しまっ…)
――致命的な隙だった。
しかし、相手はそれを見逃した。
――何故?
そう思った時にはもう、振り向きざまに引き金を引いており、同時に鋭い痛みが照の右肩を切り裂いた。
照(ぐっ…)
思わず手の中から滑り落ちそうになった銃把を握り直す。
苦痛に構わず発射した二発目の弾丸は、正体不明の襲撃者に命中する直前で、硬質な刃の切先に阻まれて砕け散った。
速い、圧倒的に――そう認識した直後、今度は右の膝が破裂した。
照「っあ…!」
必死にバランスを取り、ほとんどもたれ掛かる形で背中の壁に体重を預け、何とか踏み止まる。
揺れ動く視界の端で、襲撃者の手元――右手には銃口から白煙を立ち上らせる.45コルト、そして逆手に収まった日本刀
驚異的な先読みとスピードで照の反撃を凌いだ凶器が、再び牙を剥いて襲いかかってくるのが見えた、その瞬間―――
ボギャッと、噛み砕かれたポッキーのような音を立てて、限界を超えた照の右膝が根を上げた。
意思とは関係なく今度こそ彼女の身体が崩れ落ちる。その頭上を敵の剣先が掠めていく。
偶然とはいえ、運は照の方へ味方した――今なら…!
智葉「っ…」
堕ちゆく照の銃口から放たれた三発目は襲撃者の左脛を捉え、敵もまた、短く呻きながら膝を折った。
照「~~~っ!」
地に膝を着く直前で、右手のベレッタの銃口で地面を受け止める。
そしてそれを支えに立ち上がろうとしたところで、排莢孔がぽっかりと大口を開けたままなのに気付いて舌打ちした。
ホールドオープン(弾切れ)した銃を放り出し、ここにきて初めて、照は襲撃者の姿をはっきりと目にすることができた。
もっとも、そいつの顔はほとんど大きなサングラスで隠されていたが。
智葉「……」
照(そうか、こいつが…)
ここに乗り込んでからというもの、どうにも引っかかることが一つ。屋敷の兵隊たちはただ数が多いというだけで、まるで案山子も同然。
――なら、咲は誰に殺られた? その答えが、目の前にいる。
照(やつのコルトには、まだ弾が…)
自分の膝を破壊した.45が、今度は頭か胸に大穴を穿つのか。それとも刀の方が――
照は懐からプリッツを一本取り出して咥え、今生最後になるかもしれないその塩味を噛み締めた。
智葉「……」ゴトッ
照「?」
襲撃者は動かなかった。代わりに得物を両方とも手放すと、右足でコルトを照の方へ蹴り飛ばした。
さらにスーツの中からもう一挺の銃を取り出すと、撃鉄を起こしたそれを照の前に掲げ、同じように床に落とした。
照(そうか、こいつは…)
こういう生き物なのだ―――こうして、自分に有利な勝負をわざわざ対等な条件になるよう仕向けるのも、
先程、照の背後を取りながらも、すぐに攻撃せず彼女が振り向くまで待ったのも。
きっと、咲の時も同じようにしたのだろう。少なくとも彼女を後ろから撃つような汚い真似はしなかったはずだ。
智葉「……」スッ
邪魔なサングラスを取っ払い、相手が素顔を晒した。
無駄なく研ぎ澄まされた、端正な顔立ちでこちらを見つめるその瞳は、どこまでも真っ直ぐで真摯だった。
それに応えるように照もまた、自身の顔を覆ったサングラスを外してみせた。
眼前の、恐らくは妹に直接手を下したであろう人物に対して、照は自身でも不思議なほど何の憎悪も感じていなかった。
そして、それは相手とて同じこと。
奇妙な巡り合わせで今この場で対峙する事となった二人の間には、何らの個人的感情が介入する余地などない。
そこには純粋な勝ち負けのみが存在する、真剣勝負の世界。
照・智葉「………!」
示し合わせたわけでもなく、同時に足元の銃を、相手の方へと滑らす。わざとタイミングを遅らせるような無粋な真似などしない。
上体を倒し、絶妙な頃合で手元に飛び込んできた跳馬(コルト)を受け止めると、二人は引き金を絞った―――
・
・
・
透華(何ですの、何なんですのあの女…!)
透華「どれだけ傷ついても諦めないつもり? 根性論なんて貴女に一番似合わないでしょうにっ」
「お待たせしました透華お嬢様」
苦虫を噛み潰したような表情で逃亡を続ける透華の前に、突如として黒装束の一団が現れた。
一「ゴメン、透華遅くなって」
透華「やっと来ましたか……説教は後回しですわ。さっさと侵入者の首を獲ってきなさい」
歩「アイアイサー!」
龍門渕家直属のメイド軍団、その名も“クレイジー88”
全員が家事能力の他、麻雀や武芸にも秀でた者たちで構成された、透華のためのエリート護衛部隊。
そのメイド達が、思い思いの凶器を手にして透華の周りを囲み、主君の命を付け狙う不届者が現れるのを今か今かと待ち受ける。
ぎぃぃ…
歩(来たっ…!)
一「敵は一人だよ、一気にやっちゃえ!」
純「おおっ!」
刀を振り上げたメイド達が、僅かに開いた扉めがけて一斉に飛びかかり――
「ぶっぶー、ハズレ」
智紀「あ」
――BOOM! BOOM! BOOOMMM!!
転がり込んできた手榴弾の爆発で弾き飛ばされた。
透華「なっ!?」
BOOM! BOOM! BOOM! BOOM!
淡「再びさんじょー!」
蒲原「ワハハ、露ばらいは任せろー」
淡「いっくよー!」BANG!BANG!BANG!
歩「ひゃああぁぁ~~」
透華「ちっ、どいつもこいつも役立たずばかり…」
和「どこを見てるのです?」ドゴォッ
一瞬で目の前が真っ暗になる。
透華「!?」
感じるのは自身の頬を伝う血の生暖かさ、ぷすぷすと何かが焦げる嫌な臭い。
ごつごつと顔に当たる石のようなものに触れて、それが慣れ親しんだ麻雀牌の感触だと分かった。
それらが目の前に沢山たくさん―――透華は今、自分の頭が全自動卓にめり込んでいることに気付いた。
透華「こっ…このぉぉぉ!!」ズボッ
もはや名家の令嬢という肩書きなど微塵も感じられない、鬼神の如き憤怒の形相を見せる透華に向け
こちらも同じくらい鬼気迫る表情の和が、ピース・メーカーの銃口を突きつける。
和「し…」
かちん、
と情けない音を立てて、そのシリンダーが空回りした。
和・透華「!?」
普段は冷静沈着な和を、今回ばかりは脳の髄まで焼き尽くした怒りの奔流が、彼女に初歩的なミスを犯させた――
透華「くつくつくつ、残念……残念でしたわねぇ、のどっちぃ!」バッ
部屋の壁に飾られたレイピアを手に取ると、透華は素早くその切っ先を和に向ける。
ぎりぎりと利き足に体重を乗せ、跳躍の構えを見せる彼女に対して、和は―――
照「和、これを…!」
和「!」
透華「のどっちぃぃ……覚悟ぉ!!!」
和「ッ―――!」
――SLAAAAAAAASHHH!!!!
透華「…」バタッ
和「はぁ…はぁ…」
今にも串刺しにされる寸前、ギリギリのタイミングで照から投げ渡された
日本刀の一閃が、長らく競技麻雀界に影を落としていた悪鬼の末裔を切り伏せた。
和(やった…やりました咲さん……これで残るは)
蒲原「うわぁぁ!」
和(しまった…!)
自分の戦いに夢中になり過ぎた―――数で圧倒するクレイジー88の銃撃に倒れ伏した智美の身体を飛び越え、
主の仇を討たんとばかりに突進してくるメイドたちを片っ端から切って捨てる。
和「はぁ…!いやぁ!」SLASH!SLASH!SLASH!
今や和の全身は爪先から頂辺まで、誰のものとも分からぬ返り血で真っ赤に染め上げられていた。
照「だ、大丈夫か…蒲原さん」
芋虫のように這いつくばって、智美の傍らへとやって来た照が心配そうに声をかける。
蒲原「ワハ…平気だよ。ほら、この通り」
照「そう…良かった」
蒲原(だって、お前の方がよっぽど大怪我じゃないか。笑えないヨ…)
淡「ねえ、こいつらキリがないんだけど!」
一人だけ元気な淡が二人を庇う様に前に立ち、両手のベレッタで弾幕を展開する。
照「いや、もう少し…!」
智美から新たな銃を受け取り、照もまたそれに加勢する。そして――
クルッポー クルッポー
蒲原(鳩…)
先程までの喧騒が嘘のように、建物内はしんと静まり返った――それこそ外の音が聞こえてくるほどに。
淡「全部やっつけた?」
和「いえ、まだ終わってません」
蒲原「和…」
和「倒さねばならぬ相手が、あと一人…」
「その通りですのだ!」
蒲原「!?」
玄「おもちある所にこの私あり! クレイジー88一のドラ使い、黄金拳銃の松実玄!」
いつの間にか出現していた黒装束が聞いてもいない名乗りを上げ、両手の金メッキされた
特注のM1911――SFA社製カスタムモデルの銃把に、純金で出来た龍の細工をあしらったもの――を見せびらかすように交差させる。
玄「油断大敵ですのだ。その名の通りクレイジー88は」
BANG!
玄「げはっ!?」
淡「これで最後かな?」
玄「ぐっ……全部で88人いるのです。私を倒した所でまだまだ後に控えが」
BANG! BANG!
照「そんなことだろうと思った…」シュウウウ
照「淡、そこから中庭に出て」
照「そして藤田プロを探して。ここは私が…」
淡「でもテルー…」
照「この足じゃ歩くのもままならないから。早く、行って」
淡「……わかった! 捕まえたらここまで引っ張ってくるから、待ってて!」
和「蒲原さん、彼女に着いていってあげてください」
和「私はここで、お義姉さんと共に敵を食い止めます」
和「結局頼る形になって申し訳ありませんが……藤田プロを」
蒲原「ああ…! 必ず、必ず連れてきてやるからな!」
二人が行くのを見届けると、照と和は互いの死角をカバーするよう背中合わせになる。
照は和から返された刀を杖がわりに立ち上がると、代わりにフルロードされたベレッタ92を差し出した。
和「助かります」ジャキン
照「気にしないで。家族なんだから」
和「家族…」
照「……上っ!」
階上に敵を見つけた照が、遅れて和もベレッタの引き金を引く。数発の銃声の後、また静寂が訪れる。
照「……思えば私たち、会って間もないんだよね」
照「こうして一緒に戦っているけど、君の本当の名字すら知らない」
和「出会った時は既に、宮永姓を名乗らせてもらっていましたね」
照「教えてよ、前の名字」
和「……必要でしょうか。もう家族なのに?」
照「ごめん。でも、これが最後になるかもしれないから」
照「知っておきたいんだ、もっと。妹が選んだ人のこと、家族になった人のことを」
和「…そうですね」
和「原村です、原村和」
照「ありがと、原村さん。こんなところまで付き合ってくれて」
和「お互い様です、宮永照さん」
どこからか屋敷の中に迷い込んできた白い鳩が、羽根休めを終えて再び飛び立った。
それを合図として、再び戦端の幕が切って落とされる。次々向かってくるクレイジー88の面々に、二人は休むことなくトリガーを引き続ける。
――ここにきて、ようやく知り合えた気がする相手の温度を背に感じながら。
蒲原「動くな! 銃を地面におけ!」
淡「あはっ、やっと見つけた」
靖子「ちっ…」
毒づきながら、藤田は自分の銃を放り出した。無駄に広すぎて迷路のような中庭のせいでこのザマだ。
しかも手負いとはいえ、銃を持った二人に挟まれている。ここは……
淡「やったね智美。さ、こいつをテルたちのとこに連れていこ?」
靖子「お前、諸星ウルミか…? いや、あいつは死んだはず」
淡「お生憎様、私は妹の淡だよー。皆ウルミウルミって、そんなに似てるかなぁ」
靖子「…そうか、そういうことか。妹がいたとはな、ふーん」
靖子「なら、こちらこそご愁傷様と言わせてもらおう。すまなかったな、私たちのせいで姉が犠牲になって」
淡「……は?」
靖子「まあ、知らなくても不思議じゃない。お前の姉が死んだ三年前の抗争…」
靖子「あの時は首謀者とされていた久のやつが、宮永の姉の方に射殺されて事件は収束したが」
靖子「実はあれも私たちが裏から糸を引いてたってわけさ。本当の黒幕はそうやすやすと表には出てこないもんだ」
淡「…ねえ、智美。やっぱりこいつ、この場で撃っちゃってもいいかな?」
蒲原「お、落ち着け淡、挑発に乗るんじゃないぞ。こういう時、姉のウルミなら冷静に…」
淡「だ、か、ら、ウルミのことは言わないでってば―!」
藤田「」ゴソッ
蒲原「…しまっ」
靖子「馬鹿が」BANG!
蒲原「ぐあっ!」
淡「さと…」
――BANG!BANG!BANG!
和「これで――88人目」
照「…行こう。淡たちの所へ」
闘い終えて――照と和の周囲はまさに死屍累々、幾人ものメイドが骸となって山と積み重なっている。
至る所に転がる死体と空薬莢に足を取られそうになりながらも、手に手を取り合い、二人は出口へと歩を進める。
開放された玄関から差し込んでくる陽の光が眩しい。その中を抜け、二人が目にしたのは―――
・
・
・
靖子「お疲れサン。そして残念だったな」
淡「ごめんなさい、テルー…」
照「淡…」
淡の両方の太ももから血がじくじくと染み出していた。顔も銃の台尻で殴られたのか、酷く腫れている。
靖子「銃を捨てろ。こいつが死ぬぞ、ほら」
淡「ぎゃっ…」
乱暴に髪を掴み上げられ、淡の表情が苦悶に歪む。とても見られた光景ではなかった。
淡「二人とも――私に構わず、こいつを」
靖子「黙ってろ。さあ、早くするんだ」
照「くっ…」ポイッ
靖子「よしよし、元チャンプは聞き分けがいいな。おい和、お前はどうなんだ、あ?」
和「………」
照「和…」
和「…………」
和「…分かりました」ゴトッ
靖子「フン…」BANG!
和「う゛っ! ……ぐぅぅぅっ」
照「和ぁ!」
靖子「クソ真面目な奴だよお前は。麻雀も、生き方も」
靖子「別にそれを否定してるワケじゃない。良い子ちゃん振るのも、もちろんそいつの勝手さ。でもな」
靖子「これで分かっただろ? 善人が報われる世の中じゃないんだ。大人の世界は汚いんだよ」
和「くっ…」
靖子「さあ、ブラを取って頭に被れ。そしてその無駄にデカい乳で仲間をビンタしろ」
淡(クソッ、こいつ…)
靖子「おおっと宮永、動くなよ。こいつで遊んだら次はお前の番だからな」
淡(見て、ろ…)
靖子「さぁ、さっさとやれ…」
二人の屈辱的な姿を想像して一瞬気が緩んだのだろう、藤田の銃口が僅かに下がったのを淡は見逃さなかった。
淡「この――」
両手で思い切り銃の腹を掴むと、強引にそれを自分の胴体に押し当て
――BANG!
淡「っあぁ!」
靖子「かは…っ!」
靖子(バ……カな、こいつ…)
靖子(自分で自分を、撃ちやがった…!)
貫通力に優れたパラべラムの弾丸が淡ごと自分を撃ち抜いたことよりも、
人質として確保した彼女が最早その体を成さなくなってしまったことに藤田は驚愕した。
靖子(こんな……こんなことが……はっ)
照「……」チャキッ
和「…では、逆にお尋ねします。藤田プロ」
和「悪人が、報われるとでも?」
二発の銃声が、乾いた空に吸い込まれていった――
蒲原「ぜぇ、はぁ…」
痛む脇腹を押さえながら中庭を歩き続け、智美はようやく三人の姿を発見した。
日本刀にもたれ掛かるようにびっこを引きながら歩く照と、黒いはずの喪服をほとんど真紅に染め上げた和が、
芝生に膝を付いた淡に肩を貸そうとしゃがみ込み―――二人ともそのままよろけて倒れそうになっていた。
蒲原「大丈夫かぁ、三人とも!」
自分も怪我をしているのを忘れて、照たちのもとへ駆け寄る。
脇腹のほかに肩と腕にも一発ずつ貰っていたが、目の前のぼろ雑巾のような三人に比べれば擦り傷も同然だ。
三人が立ち上がるのを手伝いながら、彼女らの足元に転がっている死体が右目と額を撃ち抜かれた藤田プロのものだということに気が付く。
蒲原(やったんだな、三人とも……ワ、ハ、ハ)
淡「たはーっ、疲れたぁ~。もう息も絶え絶えってカンジ」
和「そうですね。少し中で休みましょうか」
照「うん…」
照「そういうことだから、蒲原さん。先に帰ってて」
照「私たちは、ちょっと休んでいくから」
和「……」
淡「」コクコクッ
蒲原「…ああ、わかったヨ」
数十分前にも聞いた言葉、だがあの時とは何もかもが違う。
全てをやり遂げた三人の顔には、もはや一点の曇りもない。智美もそれ以上食い下がることなく、素直に踵を返す。
蒲原(さようなら、照、和、淡…)
温かい涙が、彼女の頬を伝っていた。
・
・
・
けたたましいサイレンの音と共に、数十人分の靴音が屋敷内に響き渡る。
踏み込んできた警官たちは皆一様に、うず高く積み上げられた常識外れの死体の山を見て目を瞬かせた。
その中心で、整然と並べられた三つのソファに沈んでいる女たち――
照「……」
和「……」
淡「…」
一人が刀を手にしているのを見て、警官らが銃を構えようとした時、
健夜「その必要はないよ」
一番最後に入ってきた元プロ雀士の顔を見るや否や、その場の全員が彼女の言葉に従った。
元世界ランク2位で最年少八冠記録保持者“グランドマスター”小鍛治健夜。
引退した今でもなお、彼女の影響力は絶大なものがあった。
健夜(ここで何が…)
聞く所によれば、今日ここでは現役のプロ雀士を集めた大規模な祝賀会が催されているはずだった。
そこかしこに倒れている遺体には、健夜の見知った顔も多い。
その穴だらけの屍たちと、それらと大して変わらない風体の三人を交互に見やる。
一体どうしてこんなことになったのか、どうして彼女らは――今にも死にそうなのに、あんなにも満足げな笑みを浮かべているのだろう。
照「小鍛治さん。お互い、引退するには早すぎた。今はそう思ってます」
健夜「えっ」
和「……この業界は、まだ貴女やお義姉さんのような方が目を光らせる必要がある、という意味です」
和「ですが、私たちはもう疲れてしまいました。だから」
淡「あとはお任せ、しちゃっていい?」
健夜「あなた達、あなた達は…」
ポキッ、と小枝の折れるような音がした。
淡「?」
照「……」ポリポリ
見れば照が、懐からほとんど溶けかかったポッキーを取り出し口に咥えている。
淡(んもー、シリアスな空気が台無し。ちょっと目を離したスキにこれなんだから…)
あまりにもこの状況にそぐわない、しかし彼女らしい行動に、隣の和が苦笑している。
それを見て、淡もまた「あはっ」と声に出して笑った。
・
・
・
淡へ
元気でやっているか? 月に一度くらいは近況を聞かせてくれ。
こっちは客足も以前より大分良くなってきたよ。
食事処“白糸台”の経営は順調そのものだ。
だから安心して、早く帰ってこい。
亦野も尭深も、お前が戻ってくるのを心待ちにしている。無論、この私も。
その時には是非、照のやつも一緒に引っ張ってきてくれないか。
照がお前の顔を見た時どんな反応をしたか知りたいよ。私たちと同じく、さぞかし仰天しただろうな。
まさかウルミに双子の妹がいたなんて、あいつ一度もそんな話したことなかったからな。
そういえば、お前は知らないだろうけど、最近店によく来るようになった大座さんってお客がいてな。
彼女がこれまたうちの亦野に瓜二つで、初めて見たときはあまりにもそっくりだったから、つい
ガチャッ
誠子「店長、休憩中失礼します!」
菫「あれ、大座さんどうしてここに……じゃなくて亦野か」
誠子「ちょっと、酷すぎません? いくら似てるからって、会って一ヶ月そこらの人と十年来の付き合いの後輩を間違えるとか」
菫「はは、すまん。丁度淡への手紙を書いてて、そこで彼女の話題が…」
誠子「それより今から表出て手伝ってもらえませんか? さっきから急に客入りが増えて、私と尭深の二人じゃ手が回らなくて」
菫「ふむ、やはり従業員の数を増やしたほうがいいな。せめてあと一人か二人」
菫「そういえば大座さん、今の仕事辞めたいって言ってたっけ。今度店に来たとき勧誘してみるか」
誠子「勘弁してくださいよ。いよいよ私、あの人と区別つかなくなりますね」
菫「ふふ、じゃあさっさと淡と、ついでに照にも戻ってきてもらわないとな…」
そういうことだ、淡、照。
私たちはいつまでも待ってるから、だから必ず帰ってこいよ。
そしてまた、皆であの頃のように――
槓
このあと九死に一生を得て病院で目覚めた戒能さんが復讐の旅に出るキル・テル3に続く
外伝として迷子(行方不明)になった照を探すため、白糸台のメンツがブロークン・アロー(※)警報を発令しててんやわんやするお話も
※核兵器の紛失事故を意味するアメリカ軍の符丁
タイトルの通り、咲-Saki-×ジョン・ウー映画というニッチなパロSSでした
昨年の暮れに新宿ミラノ座閉館特別興行で男たちの挽歌Ⅰを観た帰りに勢いで書いて
その後半年ほど腐らせてたものですが、先日偶然見つけてなんか勿体ないのであげました
速報は久しぶりだったんですが、文章の間隔空けすぎて読みにくくなってますね、大変申し訳ない
以前、宮永姉妹でフェイス/オフのパロSS書いたときは二挺拳銃と鳩を出せなかったのでそのリベンジもかねて
挽歌ⅡをベースにⅠ、最終章、ハードボイルド、ハードターゲット、ブロークン・アロー、フェイス/オフの好きな場面をごった煮にしてます
ここまで読んでくれた方でジョン・ウーに興味が出た人はレンタル店へGO
以上で失礼します、ありがとうございました
金曜
ロードショー
THE END
乙 熱かったよ
乙
1/3くらいまで和が黒幕で勝手に宮永姓を僣称してると思ってたごめんなさい
一瞬だけ登場して断末魔を残し消えた和パパに笑ったww
乙です
乙、面白かったわ、元ネタの映画にも興味が湧いた
あえてⅡからやるこだわりに愛を感じる
見ようと思ってるんだけどいつも忘れてたからなあ
今度借りよう
超面白かったおつ
このSSまとめへのコメント
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