少年「最後の一振りを少女に」(136)
屋敷の庭から見上げたその星空は、今までに見たものよりもずっと美しかった。
見慣れたはずの景色がこうも違って見えたのは、僕の心の在処のせいか。
それとも魔女のあの言葉が、耳に残っているせいだろうか。
満天の星々は、死ぬまでずっと網膜に焼き付いて消えないだろう。
目の奥でチカチカと輝き続けるのだろう。
そんな予感があった。
僕が死ぬ日というのが、いつのことかは全く分からないけれど。
待ってました
とても救いがないお話です。
それでもよければ、そういうのがお好きな方は、おつきあいください。
読みますとも
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カランカラン
玄関のベルが鳴っている。
ご主人が帰ってきたようだ。
「おい、手を止めるなよ」
親方からげきが飛ぶ。
僕は慌てて作業を続ける。
僕はまだまだ下っ端だから、小さな木の剪定しか任せてもらえない。
だけど、いつかは親方のように大きな植え込みを任せてもらうのが夢だ。
この広い屋敷の広い庭には、僕の刈った植え込みもいくつかある。
でもやっぱり、ほとんどは親方のだ。
それがとても羨ましい。
「ああご主人、お帰りなさい」
庭に出てきたご主人に親方が挨拶をする。
ご主人は、また少し太ったようだ。
それだけ景気がいいということだろうか。
この国では裕福な人間ほど体が大きくなる。
僕のような貧しい人間は、体が小さい。
昔からあまり成長していない。
「玄関の横の植え込みは、誰が刈ったんだ?」
ご主人がおおらかに尋ねる。
僕はびくっと体を震わせた。
そこは、僕が刈ったところだ。
親方には褒められなかったけれど、僕は一生懸命やったし、うまくやったと思っていた。
なにか不備があったのか、と心配になる。
「あ、その、僕です……」
おずおずと前に出る。
顔は上げられない。
「……そうか」
ご主人はそう言って、少し間を置いた。
緊張する。
叱られるのかと、そう思った。
もしくはデザインが気に入らないから変えろと言われるかと。
「……なかなか上達したじゃないか」
ご主人はそう言って、僕の頭に手を置いてくれた。
心臓がまた跳ねる。
顔が熱くなる。
「やはりお前をこの家に置いて、正解だったな」
「は、あ、ありがとうございます」
「死んだお前の親父は立派な庭師だった」
「は、はい」
「親父に胸張って誇れる庭師になれよ」
「はい」
ご主人は屋敷の中へ戻っていった。
僕は少しぼうっとしていただろう。
親方に小突かれるまで、そこで突っ立っていた。
僕の父親はこの屋敷で働く庭師だった。
親方は、その一番弟子だった。
父親が死んだことで、僕は孤児になり、それを不憫に思ったご主人が僕をこの屋敷に置いてくれた。
それから僕は親方について剪定技術を学び、今に至る。
貧しいが、住む場所と食べるものがあるということは、この国では貴重なことだ。
幸せなことだ。
「褒められたからって、満足してんじゃねえぞ」
「っ」
我に返った僕に、親方から厳しい言葉が飛ぶ。
「でっけえのを任せるには、お前の腕はまだまだ未熟だよ」
「……はい、わかってます」
僕はうつむく。
厳しいけれど、でも親方は意地悪で言ってるのではない。
それがわかっているからこそ、僕はこの親方についてきたのだ。
「……はっ、『伸びしろがある』ってことだ。これに満足せずせいぜい頑張んな」
……やっぱり親方は優しい。
……僕は心の中で、小さく拳を握りしめた。
ではまた明日 ノシ
漂う良作臭
期待
カルマの坂丸パクリでワロタ
これを待ってた
本文だけじゃカルマの坂とは分からないけどスレタイからしてカルマの坂リスペクトなんだから>>1に書かないのは卑怯な気がする
まあ歌詞調べられたらネタバレしちゃうのは分かるが
そんな、カルマの坂参考にしました!なんて書いたら信者達に「一からこんなの書ける>>1さんSUGEEEEEEEEEEE」って言ってもらえないじゃん
>>17
酉でググればわかるけどもともと誰かしらの楽曲の歌詞引用して書くスタイルの人だよ
何かに頼らなきゃなにも創作出来ないタイプの人か
元ネタの信者釣って歌詞に沿って話落とすだけでレス稼げるボロいやり方乙です
とりあえず通報した
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ザワザワ……ザワザワ……
「イキのいい魚が揃ってるよ~」
「南の珍しい香辛料が入ったよ! 買えるのは今だけだぜ!」
「おうボン! フルーツいらねえか!? 安くしとくぞ!」
市場の喧騒が、僕には心地よい。
屋敷の必要品は、僕が買い出しに行くことが多い。
今日もパンや野菜を買い込み、胸に抱えながら歩く。
もともとは屋敷の料理人が食材を買ってくることが多かったが、買い出しに慣れてからは多くの物を買いに行かされるようになった。
魚に、野菜に、肉に、酒、調味料。
でもそれは、僕にとって苦しい仕事ではない。
荷物は重いけれど、むしろ楽しいことだと思う。
この市場にはたくさんの人が集まる。
異国の旅行者、料理人、レストランの使いっ走り、主婦、奥さんに尻に敷かれて買い物を頼まれている亭主。
様々な人であふれ、活気がある。
ただ、その一方でこの国の闇も孕んでいる。
この国自体はまだまだ発展途上だ。
明るく楽しく過ごす人たちの影に、暗くよどんだ生活をしている人が存在している。
僕にはよくわからないけれど。
だけどその怖さと悲しさは、理解できる。
と、僕と同じくらいの年恰好の少年が市場をうろついているのを見かけた。
ぼろぼろの布をかぶっていて、髪の毛も伸び放題だ。
明らかに、浪餓鬼と呼ばれる子たちの一人だ。
路地裏で生活し、詐欺や窃盗で食いつなぐホームレスの集団。
僕が庭師の仕事を引き継がなければ、彼らのグループに入っていてもおかしくなかった。
彼らが市場をうろつくときは、スリか商品の窃盗目的だ。
しかし店主たちは彼の姿をじろりと睨み、警戒を怠っていない。
浪餓鬼は有名すぎる。
何度も煮え湯を飲まされた人たちも多いのだろう。
いつ商品を手にするか見張っているのだ。
たとえ集団でやってきたとしても、店主たちが窃盗を阻むだろう。
とすれば、彼の目的は、やはりスリだ。
店ではなく、客を見定めてきょろきょろとしている。
上品なコートを着た紳士が、彼の前から歩いてくる。
「あっ……」
明らかに、その紳士を狙うつもりで彼は歩みを早める。
止めた方がいい、と思ったが、すでに遅かった。
どん、と派手にぶつかり、少年は地面に転げた。
「っ……前を見て歩けよ、少年」
紳士は顔を歪ませながら、少年を見下ろして言った。
本当は汚い子どもにぶつかられて暴言を吐きたいところだけど、人の目があるから我慢している、といった表情だ。
少年はうつむいたまま、顔をあげず、ひょこひょこと歩いて離れていく。
それを目で追った紳士は、気を取り直してまた歩き出そうとするが……
「ん? あれ?」
胸のあたりをまさぐり、焦っている。
やっぱりだ。
「……ない……ないぞ!」
財布をすられている。
いつ見ても見事な早業。
浪餓鬼のメンバー誰もが、あんなに一瞬で財布をすり取れるのだろうか。
「畜生! あの餓鬼!」
わめいてみても、とっくに彼は路地裏の奥だ。
この街に慣れていない風の紳士が探し出すことなんて不可能。
今日もまた、哀れな紳士が一人犠牲になったんだ。
「お客さん、この市場で少年にぶつかられたら、すぐに財布を確認しなよ」
ひげ面の果物屋の店主が、諭すように言う。
「しかし……誰もそれを言ってくれなかったじゃないか!」
「うちのが追いかけてる、すぐに捕まるさ」
ん?
そうか、今日はもう追いかけられてるのか。
毎日毎日、そんなにうまくはいかない、か。
「その子はどっちに?」
僕が聞くと、ひげ面の店主は北の方を指差し、教えてくれた。
僕は少し興味を持って、そちらを見に行きたくなった。
そもそも行き先を聞いた時点で、見に行くつもりだった。
暗い路地裏で、ぼろぼろの少年が横たわっていた。
服が、ではない。
明らかに殴られ、蹴られた姿だ。それも複数人に。
口元や肘、膝からは赤い血が流れている。
財布もすでに取り返された後だろう。
少年の手前には、目の焦点が合わない「娼婦」のお姉さんが座っていた。
「娼婦」ってどういう意味かよく分からないけれど、親方に聞いても教えてくれなかった。
「おめえにはまだ早い」なんて言われた。
たぶん大人になったら、知るのだろう、意味を。
少年は娼婦のお姉さんに蹴躓いたのだろうか。
お姉さんは隣の少年には興味がなさそうで、ぼうっと通りの方を見ている。
今日もお客を待っているのだろう。
「んぐ……」
少年がうめく。
良かった、死んではなかったみたいだ。
ずるずると体を起こし、お姉さんの方を睨んでいる。
「……くそっ」
お姉さんがいなかったら、逃げおおせていたのかもしれないのに。
そんな恨みのこもった眼だ。
すいっ、とその眼がこちらを向いた。
より恨みを込めた眼だった。
同じくらいの年恰好で、かたやスリに失敗したホームレス、かたや屋敷住まいの買い出し。
かたやきちんとした身なり、かたやぼろぼろの衣服で、血に塗れている。
『どうしてこうも違うのか』
彼の眼は、そう言っているように思えた。
パンをひとかけらあげようか。
そう思ったが、それは彼への侮辱になりそうだったし、屋敷への侮辱にもなりそうで、やめた。
少年は踵を返し、路地の奥へと歩いていった。
彼を「可哀想」だと思うことが、なにより可哀想な気がして、僕はしばらくそこに突っ立っていた。
もう一度市場の通りを抜け、屋敷へと向かう。
浪餓鬼のメンバーが痛めつけられたところを見てしまったからか、僕はずっと荷物を握りしめていた。
紙袋が破れそうになっているのに気付いて、ようやく力を緩めた。
生きていくために必死になっている子どもがいる。
その一方で、彼らに盗まれては困る人たちもいる。
どちらの味方をすればいいのだろう。
目を逸らすことしかできないのだろうか。
もし、僕の方に浪餓鬼が逃げてきたら、僕は避けるだろうか。
それとも道を阻むだろうか。
わからない。
ふと、商店街の外れの紫色の小さなテントが目に入った。
変な外観だが、僕にはそれがなにかわかっている。
中を見たことはないが、それが「魔女のテント」だということを知っている。
なんでもお見通しの魔女が、訪れる者に真実を授ける、とかなんとか。
怪しすぎるので近づいたことはないが、時々訪れる人がいるらしい。
物好きなことだ。
入口の隙間から誰かの目が覗いた気がしたが、僕はさっと目を逸らし、歩き出した。
屋敷に向かう坂道は傾斜がきつく、長い。
ここを歩くときだけは、少し憂鬱になる。
高いところに屋敷を構えることができるのも、裕福の証しだ。
だからご主人は、この辺りでは有名な金持ちだと言える。
その屋敷で働けることは、とても幸せなことなんだろう。
もっともっと腕を磨いて、優秀な庭師にならないと。
そう決意しながら、一歩一歩坂道を上がる。
そうしていれば、歩くのは辛くない。
ふと振り返ると、見事な夕焼けだった。
ほんの少しの時間、僕はその光景を目に焼き付けていた。
地の文多くて読みにくいすなあ
また明日です ノシ
待ってますぜ
続きが気になる乙
乙!
酉ググったらよく分からんタイトルのブログ出てきてワロタ
正直SS作家が複数の作品で同じ酉つける意味が全く分からん
もし承認欲求なんだとしたらそれを満たす手段があるネット社会は素晴らしいですね
書きたいように書けばいいんだよ
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屋敷の中の、端の棟。
僕の小さな部屋は、親方の部屋の隣だ。
買ってきた食材を厨房へ運んだあと、僕は僕の部屋に戻った。
ベッドと小さな机、庭師道具と服を入れるタンス。
僕には十分すぎる部屋だ。
もう一年ほど、僕はここで寝泊まりしている。
今日の仕事は終了だ。
小さな用事を言いつけられることもあるが、基本的には屋敷の中でおとなしくしていればいい。
僕は机の中の日記帳を取り出し、今日見た浪餓鬼のことを書いた。
誰にも見せない僕だけの小さな秘密。
まあ、見られたところで別に困りはしないけれど。
文字は父親に教えてもらったので、書ける。
もしかしたらところどころ間違っているかもしれないけれど、僕が読めたらそれでいいんだ。
そしてまた、机の奥にそっとしまい込んだ。
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ある日、屋敷の中の様子が違った。
中庭の植え込みの手入れを終わらせて、屋敷の中に戻った時、言いようのない雰囲気を感じた。
「……」ヒソヒソ
「……」ヒソヒソ
様々な人が小声で話している。
けれどその内容までは聞こえず、僕は少し居心地悪く感じてしまった。
「親方、なにかあったんでしょうか?」
「……さあな」
「なんか、変な雰囲気ですね」
「……まあ、いいことではないだろうぜ」
その居心地の悪さの原因は、すぐにわかった。
どこかに出かけていたご主人が、少女を連れて帰ってきたのだ。
「奥様が亡くなられてまだ2年も経たないのに……」ヒソヒソ
「そんなことは問題ではありませんよ……」ヒソヒソ
「そうよ、それ以前の問題ですわ」ヒソヒソ
家政婦さんたちが陰口を言っている。
僕にはよくわからなかったが、年の近い友達ができるかもしれないというのは素敵な出来事だった。
彼女は金色の長い髪に、白いワンピースを着ていた。
この国の人ではないかもしれない。
どうしてこの屋敷にやってきたのか、ご主人とどういう関係なのかはわからなかった。
親方に聞いても、機嫌が悪そうに「さあな」って言うだけだった。
彼女は、ご主人の部屋の近くの小部屋に住むことになったらしい。
僕の部屋とは離れているから、少し残念だった。
いつか二人で話がしたいな、と思った。
その機会は意外と早く訪れた。
彼女の食事を部屋に運ぶ係を命じられたのだ。
「どうして食堂で食べないのですか?」
その質問に、ご主人は少し迷ってからこう言った。
「……居心地が悪いだろうからな」
それは彼女の? それともほかのみんなの?
そう思ったが言わないことにした。
年の近い僕を食事係にしてもらったことに感謝して、二つ返事でその役を引き受けた。
屋敷の使用人たちは、僕も含めて食堂で食べるのが普通だ。
応接室とは違う質素な場所ではあるが、僕はみんなで食事をとるのが楽しかった。
大体は家政婦さんたちが大声で世間話をしていて、僕と親方はそれを聞いているだけだけど。
でもそれが楽しいと思っている。
だから、あの少女が一人で部屋で食べるのは、少し可哀想だと思った。
それでも僕は言いつけどおりにトレイを持って、彼女の部屋へと廊下を進む。
コンコン
部屋をノックすると、か細い声で「はい」という声が聞こえた。
トレイを傾けないように気をつけて、ゆっくりとドアを開く。
「あ……ごめんなさい」
少女は座っていた椅子からぱっと立ち上がり、僕からトレイを受け取った。
「あの、ありがとうございます」
顔を伏せて、小さな声でそう言うと、机に座って食べ始めようとする。
とりあえず言葉が通じるようでホッとした。
「あ、あの、食べ終わったらまた取りに来るから、部屋の入り口の近くに置いておいて」
「えっと、この屋敷のシェフはね、使用人用の食事にも手を抜かなくてね」
「あ、つまり、それとっても美味しいよ、ってこと」
「あ、僕はね、この屋敷の庭師で、いやその、まだ見習いだけど、えっと……」
すぐに部屋を去るのが惜しくて、彼女の顔をもう少し見たくて、僕は言葉を発した。
整理されていないめちゃくちゃな話だった。
だけど彼女は、ちょっと驚きながらも、僕の話を聞いてくれていた。
きれいな目で、僕をじっと見つめ、頷きながら聞いてくれていた。
歳を訪ねると、どうやら僕と同じらしい。
僕はすっかり舞い上がってしまった。
新しい友だちができると喜んだ。
いや、「新しい」どころか、初めての友だちかもしれない。
「また明日も食事を持ってくるからね」
「また、お喋りがしたいな」
僕は笑って言った。
彼女も笑ってくれた。
今日のことを日記にたくさん書こう。
そう決心して、僕は部屋を後にした。
では、また明日です ノシ
乙!
それからというもの、彼女の部屋に食事を持っていくのは僕の大きな楽しみになった。
その度に少しの時間だけ彼女と話すのが大きな楽しみになった。
だけど、彼女の話は要領を得ないことがよくあった。
「君はどうしてこの屋敷に来たの?」
「お父さんやお母さんは?」
「ここに来る前はなにをしていたの?」
そんなことを聞いても、曖昧に笑って頷くだけで、答えをくれなかった。
「うん……」とか「そうね……」とか言って、はぐらかされてしまう。
僕にはよくわからない事情があるのかもしれない。
話すのが嫌なのかもしれない。
僕はあまり詮索するのはやめようと思った。
……彼女のことを知れないのは、少し寂しいけれど。
―――
――――――
―――――――――
「これ、おまけだ。いつもありがとよ!」
ん?
果物屋のひげ面の店主がにっこりと笑っている。
僕の手元には、注文より一つ多いリンゴ。
「サービスだよ、他の客には内緒だぞ、ボン」
そう言ってにこにこと笑っている。
どうやら僕はリンゴを一つタダでもらえたらしい。
今までそんなことは経験しなかったし、見たこともないことだったので戸惑ってしまった。
「あ、ありがとう!」
お礼を言うのは忘れなかった。
「あの丘の上のでっけえ屋敷のお使いだろ? いつも大変だなと思ってよ」
「あ、ええ、本職は庭師なんですけど」
「おお、庭師か。その年で立派なもんだ」
「あ、でもまだ、全然見習いなんですけどね」
「それでも立派なもんだ」
ひげ面の店主は、見た目とは違って気さくで優しい人だった。
「ああ、そういやあ、あの屋敷と言えばよ……」
「はい?」
ひげ面の店主は辺りを少し伺いながら、僕に小声で尋ねた。
「金髪の女の子が住むようになった、ってのは本当かい?」
僕はどうして小声になるのかはよくわからなかったけど、小さく頷いた。
「……そうか、いや、悪かったな、変なことを聞いちまって」
今の質問が「変なこと」とは思えなかったけど、僕はあいまいに笑って頷いておいた。
そして、僕はもう一度お礼を言って、屋敷に戻るために来た道を引き返した。
帰り際、紫のテントがまた目に入った。
周囲とは明らかに違う色合いで、毒々しくもあり、神々しくもあった。
入口がかすかに開いている。
暗いけれど、中には確かに人がいるのが見えた。
見たくないのに、目が離せない。
その人は少しも動かず、ただ人を待っている。
僕の方を見ている? 僕を待っている?
そんな気がした。
気のせいだ。
そう、思いを振り払って、僕はまた足早に通り過ぎた。
―――
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「え? これをくれるの?」
目の前の少女は不思議そうな顔をして僕を見つめてくる。
僕は恥ずかしくなって目を逸らす。
「おまけでもらったから、あげる」
それだけ言って部屋を飛び出す。
僕がこっそり食べるより、きっといいだろう。
ご主人には内緒だ。
もちろん親方にも言えない。
僕と彼女だけの秘密。
あ、でも日記にだけは書こうかな。
ドアの向こうで、小さく「ありがとう」の声が聞こえた。
―――
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その夜、不思議な夢を見た。
真っ暗闇の中、ポツンと紫色の「魔女のテント」が立っている。
僕はその前に立って、中に入るかどうか迷っている。
しばらく前で躊躇していると、テントの中から細くて白い腕が伸びてきて、僕を掴む。
驚いて息を一度吸う間に、僕はもう魔女の前に立たされていた。
真っ黒なフード、真っ白な肌。
でも口は真っ赤に艶めいていて、ほとんどないはずの光を反射している。
その唇がゆっくり動いて、僕にこう言った。
「ご主人の部屋に、夜訪れないこと」
そこで、目が覚めた。
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―――
では、また明日です
乙です!
雲行きが怪しくなってきたな乙!
乙!
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次の日、僕はぼんやりと気分が悪かった。
なにをするにもため息が出て、動き出しが遅くて、覇気がなかった。
ミスが多くて、親方に三度も怒られた。
朝食の紅茶に入れるミルクをこぼした。
歯磨きに20分もかかった。
ハサミを足の上に落とした。
たぶん、昨日の夜に見た意味の分からない夢のせいだったと思う。
「おう、砥石のストックが足りなくなってきたから市場に行って買ってきてくれ」
昼過ぎ、親方にそう頼まれた。
普段なら自分の使う道具を僕に買いに行かせるなんてことはなかったのに。
「天気が悪いからな、あんまり外に出る気にならねえんだよ」
確かに、今日は朝からどんよりと曇っていた。
正直な人だ。
僕は言いつけ通り、市場の道具屋へ行くことにした。
今日の分の剪定は終わっていたし、それに……
心の中で少しだけ、夢で見た「魔女のテント」のことが気になっていたし。
「砥石と、あと麻縄も売ってたら頼む」
そう言って親方は僕にお金を渡す。
「親方、多くないですか」
「あ? なにが」
「いえ、お金、多くないですか」
「余ったらパンでも買って食いな」
ぷいっと親方は目を逸らす。
つまりは、お小遣いということか。
僕は嬉しくなって、「ありがとうございます!」と大きな声で言った。
「馬鹿、早く行け」って親方はまだ目を逸らしたまま言った。
ふと、庭のテーブルで本を読んでいる少女に気が付いた。
そうだ、彼女になにか買ってきてあげようか。
パンでもいいけど、屋台のフルーツや喫茶店のクッキーでもいいな。
なにがいいか聞いてみようか、そう思って彼女に近づこうとした時……
「おい、やめときな」
親方の重い声が響いた。
「え?」
「娼婦に使うために金を渡したわけじゃねえ」
「……娼婦?」
それって、あの、路地裏のお姉さんと同じ?
「……早く行け」
どういう意味?
あのお姉さんと、この少女は同じなの?
「いいから早く行けっ!!」
怒られた。僕は訳が分からなくなって、走って屋敷を飛び出した。
結局、彼女に欲しいものを聞けなかった。
砥石と麻縄を買って店を出ると、いよいよ雲行きが怪しくなってきていた。
飛び出してきたから傘もないし、早いところ帰ってしまいたかったけど、親方の言葉が気になっていた。
「娼婦」って、お金をもらって大人の男の人と遊ぶ女の人のことだ。
路地裏でいつもうろうろしている、あの人たちのことだ。
一人のときもある。たくさんいるときもある。
屋敷の少女も、路地裏に来て、お金を稼ぐのだろうか。
まさか、そんな。
ポツン、と雨が僕の腕を打った。
見上げると、黒い雲の流れは息を飲むほど速い。
本格的に降り出しそうだ。
腕に当たる雨粒がどんどん増える。
見上げていると目に入った。
「……くそっ」
反射的に屋敷への道を走る。
砥石も麻縄もそれほど重くないのが幸いだった。
濡れて困るものでもない。
いつもの買い出しだったら、苦労しただろうな。
荷物を抱えて僕は精いっぱい走った。
と、なぜか僕の足は紫色のテントに向かっていた。
頭では屋敷に続く坂道を目指しているはずなのに、なぜか僕の走る先にはテントがあった。
矛盾を感じている間に、すでに僕の体はするりとテントの中にもぐりこんでいた。
やはり「今日ここに来たい」と、僕は頭の奥底で考えていたんだろう。
前から気になっていたし、夢で見たし。
「やあ、いらっしゃい、ぼうや」
テントの奥から、不思議な声がした。
魔女が、目の前にいた。
夢の中と同じ姿で。
また明日です ノシ
カルマの坂かな?
ポルノ
昨日は遅くなってしまったので今日リベンジです
その女性は夢と同じで真っ黒なフードをかぶっていて、顔はよく見えなかった。
声も、若いのか年老いているのかわかりにくい。
おばあさんではなさそうだけど。
凄みのある胸に響く声は、20代と言われても50代と言われても納得しそうだ。
「初対面の女性の年齢が気になるとは、君も立派な『男性』だねえ」
くっくっ、と笑いを堪え、魔女が言った。
「だがね、今日はそんなことを聞きに来たんじゃないだろう?」
「あ、えっと」
僕はなんと言っていいものか、滴る雨水を忘れて考えた。
……ん?
今、この人は僕の考えを読み取ったのか?
年齢を気にする発言なんて、僕はしていないはず。
いや、そもそもまだなにも喋っては……
「顔色を読めばわかるのさ、相手がなにを考えているのか、なんてのはね」
また、読まれた……
やっぱり、本物の……
「魔女だったら、それくらいできないとねえ」
「っ」
僕はなんにも喋っていない。
だけど会話が成り立っている。
これは、その、気分が悪いというか気持ち良いというか、変な感じだ。
「あの、昨日の夜、変な夢を見ました」
「ふうん?」
「あ、あなたが夢に出てきて、『ご主人の部屋を夜に訪ねるのはやめろ』って」
「ふむ」
「そ、その意味を知りたくて、えっと」
「私がぼうやの夢に出てアドバイスをしたってんなら、依頼料をいただかないとねえ」
「はい?」
「私は魔女って呼ばれちゃいるが、仕事は『占い』だよ」
「夢の中であれ、なにかアドバイスをしたのなら、それ相応の報酬をいただかないとねえ」
「わざわざ払いに来てくれたのかい? 感心な子だね」
あ……
会話が成り立たない……
どうしようどうしよう。
ほんとに魔女なんだろうか。
雨宿りに来ただけなんですって言っておけばよかったかもしれない。
法外なお金を請求されて、払えない場合はスープの具材にされてしまうかもしれない。
どうしたら……
「ふふふ、馬鹿だねえ」
魔女が笑った。
「冗談だよ、真に受けなさんな」
そう言って、ニヤリと口角を上げる。
怖い。
「そのアドバイスは本物だよ、ちゃーんと守ることだね」
「え」
「夢の中だから、無料にしてあげよう」
「あ、そ、そうですか」
「それがどういう意味を持つのかは、自分で考えなさい」
自分で考えてもわからなかったから、ここに来たのに。
「世の中にはね、知らなくてもいいことがあるんだよ」
「ぼうや、あんたその手のひらに、一体どれだけの細菌がいるかわかるかい?」
「すぐに体内に入れて死ぬようなのはいないけどね、『細菌』で括れば恐ろしい量がいるもんだよ」
僕ははっとして右手を見た。
「でも、言われなきゃあ気付かないだろう?」
「知らなくたって死にゃあしない、なら知らなくても問題ない」
僕は右手が急に汚いものに見えてきた。
確かに知らない方が良かった。
「他にも、ぼうやにはいくつか知りたいことがあるようだね」
「……」
「屋敷に来た女の子のこととか」
「っ!」
「ま、それは自分で聞くことだね」
「あ、あまり自分のことを話してくれないし……」
「だったら言いたくないのさ、レディにあれこれ詮索するもんじゃないね」
「……」
そして、魔女は外を見ながら言った。
「この雨はじきに収まるけど、また激しく降るよ。早く帰った方がいい」
「あ……えっと……」
「こんな小さなぼうやから料金をふんだくるほど生活には困っちゃいないよ」
「そ、そうですか」
本当は買い物で余ったお金があるし、パンも買ってないからここで払ってしまってもいいんだけれど。
「初回無料サービスだ。また来たくなったら、そん時には払っておくれ」
そう言って、またニヤリと笑った。
怖い。
一体いくら請求されるのだろう。
「あ、そうだ、さっきのアドバイスのことなんですけど」
「うん?」
「もしそのアドバイスを破ってしまったら、どうなるんですか?」
「なんだい、ご主人の部屋に夜訪れる予定でもあるのかい?」
「い、いえ」
「小便に行けないからついてきてほしい、とか?」
「そんな、子どもじゃないんですから」
「大人から見たら、十分子どもに見えるがね」
はあ、とため息をつき、魔女は困り顔でこう言った。
「私のアドバイスに従わない人もたくさんいたね。やっぱり怪しいから信用しきれないんだろうね」
そう言う魔女の目は少し寂しそうだった。
魔女と呼ばれてはいても、やっぱりこの人は普通の人間だ。
鋭い観察眼のある、ちょっと特殊な普通の人間だ。
「それに、いざとなったら些細なアドバイスなんてすっかり忘れちまうもんさね」
そういうものだろうか。
一度親方が梯子から落ちた時は大騒ぎした覚えがあるが、そんな感じだろうか。
「だから私はアドバイスするだけさ。それをどう活かすかはぼうや次第」
「……わかりました」
また明日ですの ノシ
乙!
むしろ毎日更新できる方が珍しいでしょう
おつ!!
乙です
―――
――――――
―――――――――
屋敷に戻った僕は、親方におつかいの物と余ったお金を返し、部屋に入った。
雨はどんどん激しくなった。
外から大きな雨音が聞こえる。
「初めて魔女と喋った」ことを日記に書こうか。
あのインパクトはなかなかだった。
でも、思っていたよりも普通の人だった。
それをうまく文字にできるだろうか。
そう考えながら、机の引き出しから日記帳を取り出した。
ゴンゴン
「おい、入るぞ」
ノックと共に親方が部屋に入ってきた。
僕は慌てて書きかけの日記帳を隠す。
「あのな、さっきの言葉は忘れろ」
と、突然言い出した。
親方がここに入ることなんて初めてではないか。
一体どうしたのだろう。
「さっきのって、なんのことですか」
「あの嬢ちゃんを『娼婦』と呼んだことだよ」
「あれはいったいどういう……」
「だから、あれはもう忘れろ。忘れてくれ」
「はあ」
「口が滑ったんだ、すまんな」
謝るのは僕にじゃなくて彼女に……と思ったが言わないでおいた。
やっぱり「娼婦」なんて、悪口なんだろうな。謝るくらいだし。
いい意味で使われることなんてないんだろうな。
少女が可愛そうだな、と、ふと思ってしまった。
ご主人が少女を連れてきて以来、親方は機嫌が悪い日が増えていた。
少女自体にもあまりいい顔をしなかったし、ご主人に対しても、あまりにこやかに話すことがなくなった。
家政婦さんたちの噂話にも、顔をしかめていた。
「ベッドメイクが苦だ」とか「世間の目が」とかいう度に舌打ちをしていた。
僕は少女と話をすることが楽しかったから、それらの雑音は気にならなかった。
だけど、やはり親方は嫌だったんだろう。
無節操な噂話も、その原因となる少女のことも、屋敷の評判が悪くなるかも、ということも。
―――
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―――――――――
今日も、いつものように夕食を少女の部屋に運ぶ。
親方の「あの言葉」は、少女に聞こえていただろうか。
それが少し心配だった。
言葉の意味が分かっているかどうかは知らないが、言われていい気持ちはしないだろうから。
ゆっくりとノックをする。
コンコン
「……はい」
小さな返事が聞こえた。
部屋の中には少女がうつむいて座っていた。
「これ、夕食」
コトリ、と机にトレイを置く。
彼女は僕の目を見てくれない。
「ありがとう……いつも……」
「……うん」
すぐに部屋を出てもよかったんだけど、まだ彼女がなにか言おうとしている気がして、そこに突っ立っていた。
もしかしたらそれは気のせいだったかもしれない。
もしかしたら僕は邪魔だったかもしれない。
「今日……言われてたこと、気にしないでね」
不意に、そう言った。
彼女が。
「えっ」
「気にしないで、あの人が言ってたこと」
「……わかった」
やっぱり、嫌だったんだ。
「娼婦」だなんて言われることも。
それを僕に聞かれることも嫌だったんだ。
「僕は、君がなんと言われてても友達だと思ってるよ」
僕は目を逸らしながら言う。
なんだか恥ずかしいセリフだったけど、僕の本心だった。
彼女が嫌がることはしたくないし、嫌なことからは守ってあげたかった。
もし、今度親方がそう言ったら、文句を言ってやろう。
「友達のことを悪く言うのはやめてください」って。
僕は彼女の方を見て、笑った。
彼女も、ちらりと僕の方を見て微笑んでくれた。
もう、それだけで僕は十分だった。
そろそろ終盤です
また明日 ノシ
乙乙
―――
――――――
―――――――――
不幸は突然訪れる。
それも、人間の心を折るタイミングを見計らう。
この世に悪魔がいるとしたら、それはなんて性格が悪いんだろう。
そう思える夜だった。
雷鳴が轟く。
ゴ ゴ ォ ン
バ リ バ リ バ リ
窓が明るく照らし出される。
はっと起き上がる。
まるで朝かと思える明るさが、窓の外に広がっていた。
ざあざあと雨音。
光る窓、響く雷鳴。
「……ひどい天気だ」
時刻はまだ夜中だった。
またも雷鳴。
魔女の言っていた通り、雨はひどくなっている。
一度目が覚めてしまうと、すぐにまた眠りにつくのは難しそうだ。
目をこすり、ベッドに腰掛ける。
この時間なら、きっともうみんな寝ているだろう。
厨房へ行って水が飲みたいな、と思ったので、スリッパを履き、静かに廊下に出た。
厨房は真ん中の棟なので少し遠いが、仕方ない。
ゴ ゴ ォ ン
バ リ バ リ バ リ
足音を立てないように、と思ったが、窓の外がやたらとうるさいので意味がないようだった。
厨房は暗かった。
グラスを一つ出して、水を注ぐ。
ぐびり、とのどが鳴った。
眠れるかな。
水を飲みほして、グラスを片付ける。
ゴ ゴ ォ ン
まだ、大きな音が響いている。
彼女は大丈夫だろうか。
雷鳴を怖がっていないだろうか。
自分の部屋に戻ろうとしたが、やっぱり真ん中の棟の廊下を進むことにした。
彼女がぐっすり眠れているか、やっぱり気になったからだ。
彼女の部屋は少し離れているが、廊下は明るかったので歩くのに苦はなかった。
ピ シ ャ ッ
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ォ ォ ォ ォ オ オ ン
食事を運んでくるときのように、僕はノックをする。
コンコン
返事はない。
もう少しだけ強く、ノックをする。
コンコン!
……返事はない。
ぐっすり寝ているのかな。
この雷鳴では、小さなノック程度聞こえないのかもしれない。
まあ、心配することはないかもしれない。
たぶん。
ガチャリ
一応、僕は彼女の安全を確かめるというつもりで、ドアを開けてみた。
ドアは簡単に僕を迎え入れた。
薄暗い部屋の中で、稲光がベッドを照らし出す。
ピ シ ャ ッ
誰もいない。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ォ ォ ォ ォ オ オ ン
ベッドには誰もいなかった。
「え?」
僕は混乱した。
彼女はここで寝ているはずだと思ったが、違うのか?
僕のように、水でも飲みに起き出しているのか?
お手洗い?
パタン
僕は彼女の部屋を後にする。
きっと厨房にでもいるのだ。
きっとそうだ。
だけど僕の頭は、その考えを否定していた。
嫌な予感ばかりが頭の中をぐるぐる回っている。
具体的な形は取らず、ただただぼんやりと、悪意のようなものが渦巻いている。
ふと廊下の先、ドアが薄く開いている部屋があった。
―――――ドクン―――――
誰の部屋かは、考えるまでもなかった。
―――――ドクン―――――
それはご主人の部屋だった。
また、明日です ノシ
乙です
乙!
ほんの少しの光がドアの隙間から漏れている。
稲光の中にあって、それは僕の目に確かに映し出されていた。
―――――ドクン―――――
じりじりと、僕の足は音を立てないようにドアに近づく。
指一本が通りそうなくらいの隙間。
―――――ドクン―――――ドクン―――――
ご主人がドアを閉め忘れただけさ。
―――――ドクン―――――ドクン―――――ドクン―――――
なにも心配することはない。なにも変なことはない。
きっと。
ベッドテーブルの小さな明かりだけがついている部屋。
薄暗さは廊下とさして変わらない。
しかし……
――ドクン――ドクン――ドクン――
ベッドの上の様子はよく見えた。
見えてしまった。
――ドクン――ドクン――ドクン――
なぜか雷鳴もその瞬間、鳴りを潜めたように感じる。
ベッドの上の声も、よく聞こえてしまった。
(アカン)
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
荒い息遣いが聞こえる。
「んっ……んぅぅっ……ふっ……」
押し殺した泣き声のようなものが聞こえる。
――ドクン――ドクン――ドクン――
醜く動く白くて太った背中。
脂汗に塗れている。
「はぁっ……あぁっ……はぁっ……」
荒い息遣いに合わせて上下に動く。
そして、その巨体に押しつぶされている小さな手と足が見えた。
「んっ……くぅっ……ふっ……ひっ……」
息苦しい。
目の前で起こっていることが悪い夢にしか思えない。
胸が痛い。
なにかが壊されてしまった。
僕の大事ななにかが。
「っっはぁ!」
小さな手と足がびくんと跳ねる。
「ああ……あぁ……」
少女はひくひくと痙攣している。
顔は見えないが、きっと苦しそうな表情をしているのだろう。
白い豚の背中は固まったように動かない。
もう見ていたくない。
僕はドアを離れ、ゆっくりと息を吐き出した。
いつから息をしていなかったのか忘れてしまった。
胸が痛い。息が苦しい。
震えながらゆっくりと呼吸をする。
目をつぶっても先ほどの光景が消えてくれない。
足はへたりこんで、震えが止まらない。
――ドッ――ドッ――ドッ――ドッ――ドッ――ドッ――
水を飲んだはずなのに、喉がからからだった。
忘れたい。
消えてしまいたい。
全てを壊してしまいたい。
『ご主人の部屋に、夜訪れないこと』
魔女の忠告は確かだった。
あの忠告を守っていれば、僕はあの光景を目にせずに済んだ。
今日もいつもと同じように、気持ちよく眠っていただろう。
明日の朝も、なにも知らず彼女にのんきに話しかけていただろう。
でも……
でも、それじゃあ彼女は?
熱くなった頭で考える。
僕が知ろうが知るまいが、あの光景は毎晩繰り返されていたかもしれない。
昨日も一昨日も。
明日も明後日も。
続いていくのかもしれない。
それは……
それは、絶対に嫌だ。
そう思った瞬間、僕の足は駆け出していた。
震えていたが、それでもまっすぐ走ってくれた。
その刃は、ただ坐して使われるのを待っていた。
僕の部屋で、僕に使われるのを待っていた。
穢れなき正義のためにそれを振るい、この世の穢れを叩き伏せるために。
あるいは、誰かを救うために。
ガチャン
僕の右手は相棒を掴んでいた。
ポルノグラフィティにこんな歌あったな
そのまま、またあの部屋へ取って返す。
怖くはなかった。
ただあの子に、また笑って話しかけられたら。
そう思っていた。
あの悪夢を終わらせたい。
そう思っていた。
だから、僕の足はもう震えなかった。
ポルノグラフィティ カルマの坂
泣いちゃう(・_・;
ドアの隙間に、指を差し入れ、音を立てないようにゆっくりと開く。
雷鳴も稲光も、感じなかった。
喘ぐ声も汗のにおいもしなかった。
目の前にはおぞましい畜生の背中。
そして、その犠牲になった哀れな少女。
僕の初めての友だち。
ゆっくりとベッドに近づく。
この悪夢を消し去ってやる。
一瞬早く、彼女が僕に気付いた。
「ひっ」
小さく叫ぶ。
その反応で、主人が怪訝そうな顔をした。
でも、もう遅い。
僕は相棒を振り上げた。
ジャキン、と刃の擦れる音がする。
のろりと主人がこちらを向き、ぎょっとする。
僕はありったけの力で、相棒を振り下ろした。
本当はこんなことに使う道具じゃないのに。
だけど、僕の相棒はこの瞬間、僕の力を最大限に生かしてくれた。
庭師として最低の仕事かもしれない。
それでも僕は、最後の一振りを少女に。
少女の為に、振るうことを後悔しなかった。
―――ザクッ―――
どんな人間でも、吹き出る血の色は同じだ。
浪餓鬼の子どもも、屋敷の庭師も。
金持ちも貧乏人も。
裏通りの娼婦のお姉さんも、紫テントの魔女も。
少女を襲う畜生も、畜生に襲われる少女も。
みな等しい。
滴る血は、きれいだとも汚いとも思えなかった。
ただ、ただの流れる血液だった。
―――ジャリン―――ジャリン―――
僕は大きなハサミを引きずりながら、庭に出た。
そのざらついた音が心地よかった。
僕の頭の中の、様々などす黒い思いを、こそぎ取ってくれるような気がした。
―――ジャリン―――ジャリン―――
親方に申し訳ないな、という思いがちらっとだけ、頭をかすめた。
だけど、もう、遅すぎた。
oh・・・
嵐はもう、過ぎ去っていた。
屋敷の庭から見上げたその星空は、今までに見たものよりもずっと美しかった。
見慣れたはずの景色がこうも違って見えたのは、僕の心の在処のせいか。
それとも魔女のあの言葉が、耳に残っているせいだろうか。
満天の星々は、死ぬまでずっと網膜に焼き付いて消えないだろう。
目の奥でチカチカと輝き続けるのだろう。
そんな予感があった。
僕が死ぬ日というのが、いつのことかは全く分からないけれど。
いつかこんな美しい星空を、彼女と一緒に見たいと、そう思った。
★おしまい★
正直、元ネタの曲がすでに完成されているので、このSSは
蛇足(原作レイプ?)にしかなっていないかもしれませんが、
書いていて楽しかったです。心は苦しいけれど。
∧__∧
( ・ω・) ありがとうございました
ハ∨/^ヽ またどこかで
ノ::[三ノ :.、 http://hamham278.blog76.fc2.com/
i)、_;|*く; ノ
|!: ::.".T~
ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"
乙です
暗かったけど面白かったです
乙
元になったらしい歌はしらないけど
良かったよ
おつはむ!
すごくドキドキした
乙!
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