・艦これ 艦娘入手祈念
・龍驤
・鳳翔
・加賀
・翔鶴
・瑞鶴
・長門
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提督「劇をしたいんだ」
龍驤「それはさっきから何回も聞いとるよ。なんでやりたいん?」
提督「俺の同期の提督がな、ビデオカメラを手に入れてさ」
龍驤「あのシャイな人のことか?」
提督「そう、そいつだ」
提督「そいつが鎮守府カレー大会の様子を撮影して送ってきたんだよ」
龍驤「あぁ、あれね。すっごい楽しそうやったなぁ」
龍驤「けど、ウチらの鎮守府でもカレー大会はやったやん。十分楽しかったと思うけど」
提督「そうじゃないんだ。あのビデオには一回もあいつの姿が写ってなかっただろ」
龍驤「そういえばそうやったな。それがどうしたん?」
提督「全部、最初っから最後まであいつが撮影してたんだよ……」
龍驤「はぁ? 審査も秘書艦にやらせて撮影やっとたんか?」
提督「そうだ」
提督「その上で、ビデオカメラを持ってない俺に向かって、ものすごく楽しかったって言ってきたんだ!」
龍驤「……」
提督「うらくらやましいよぉ、龍驤!」
龍驤「あー、はいはい。うらやましくて、悔しかったんやな」
龍驤「こんなことで大和男子(やまとおのこ)が泣くんやない」
龍驤「大体、あそこの提督なら言えば貸してくれるんとちゃう?」
龍驤「ウチが借用申請書を書いとこか?」
提督「本当か! ありがとう龍驤、大好き!」
龍驤「はいはい、適当なこと言わんでもええから」
提督「……」
提督「いや、そこまですることはない」
提督「撮影そのものよりも、健全な鎮守府運営を示してきたことがうらやましかった」
龍驤「そうか? ウチらの鎮守府もけっこうええと思うけど」
提督「あぁ、良い方だと自負している。ただ身内が知っているだけでは足りないんだ。広報して民間にも伝える」
提督「これほどの戦力を保有していたとしても、我々は皇国の僕だということをな」
提督「我々の存在意義は皇国民の守護にあり!」
龍驤「……そうやな。時々キミはかっこええな」
提督「ふっ、惚れてくれ」
提督「まぁいいんだけどさ、結局なんで劇がやりたいん?」
提督「……」
提督「本を読んだんだ。とても、とても楽しい時間が過ごせてな」
龍驤「そういえば最近キミ、古典を読んでたな。桃とか竹から人が生まれたり……」
提督「あぁ、青猫と射撃王の日常や念を使う狩人とかな」
提督「書物だと俺が楽しめるだけだが、演劇ならみんなが楽しめるんじゃないかと思ってな」
龍驤「ほっほー、キミにしてはなかなかええこと言うな」
龍驤「大本営への申請書と地域への広報はウチがやっとくよ」
提督「頼むよ」
龍驤「台本とかはいつ用意するん? かなり時間かかるやろ?」
提督「よくぞ聞いてくれた! この日のために書き溜めておいた!」
龍驤「おぉう? 近頃、キミからの指令が少なかったんは、それを用意しとったからか」
提督「そういうことだな」
龍驤「そんなんでこの鎮守府は大丈夫なんか?」
提督「それは安心してくれ。交渉式神を派遣してあるからな」
提督「制海域は概ね変化なしだ」
龍驤「は? え? うん、大丈夫ならええけど」
提督「これ台本、出演者も書いてあるから声をかけておいてくれ」
龍驤「ふんふん、なるほどなるほど。主役はーっと……」
龍驤「……瑞鶴かぁ」
提督「演目は狩人の話、主人公は元気な少年だからな」
提督「ぴったりだと思ったんだが、どうだ?」
龍驤「ええんとちゃう? キミにしてはよく考えてるで」
提督「俺にしては、は余計だろ」
龍驤「あははは、ごめんって」
提督「ちゃんと龍驤の役もあってな」
龍驤「後で見とくから説明はええよ」
提督「そうか? なら他の艦娘に台本を渡してきてくれ」
龍驤「了解ー」
提督「よろしく頼む」
提督「なぁ、龍驤」
龍驤「なぁに?」
提督「いや、何でもない」
龍驤「そう? じゃあ行ってくるね」
元気な声を出して、執務室を後にする。
提督「……全然伝わらないな」
嘆息して、引き出しの中にある黒い小箱と一枚の書類を眺める。
――廊下――
龍驤「うーん、蟻の章をやるみたいやな」
龍驤「提督も思うところがあるんやろか。特に導入のところを選んどるやん」
龍驤「突然発生した脅威、対抗する戦力」
龍驤「ウチらの状況と似てるなぁ」
龍驤「あ、ウチは主人公の恩人役や。思ったよりええなぁ」
龍驤「けどな、高望みかもしれんけど」
龍驤「できればキミの脚本で、キミに選ばれて主人公がやりたかったわ」
龍驤「そりゃ無理か、あはははは……」
艦隊が、「遠征」から帰投しました。
龍驤「この時間の帰投は第六駆逐隊やな。台本渡しに行こか」
暁「艦隊が帰ってきたんだって。ふぅ」
龍驤「なんで他人事みたいなんや」
暁「あ、龍驤さん。第六駆逐隊、ただいま帰投しました」
龍驤「ご苦労さん、ほんま助かるで」
響「問題ない。これが第六駆逐隊の任務だからね」
龍驤「響はえらいなぁ」
暁「あっ……」
雷「雷のことも褒めていいんだからね」
電「電も撫でて欲しいのです」
暁「……」
龍驤「順番やでー」
龍驤「暁は一番お姉さんやから最後な」
暁「!」
暁「もちろんわかってるわよ。レディーなんだからちゃんと待てるわ。ほら、響。帽子を取らなきゃダメでしょ」
響「暁の言う通りだね。流石は私の姉さんだ」
雷「遠征もいいけど、たまには出撃したいわね」
電「だめなのです、雷ちゃん。電たちに電たちのお仕事があるのです」
雷「でも~」
龍驤「そうかそうか、雷は出撃したいんか」
龍驤「なら、ウチが提督に具申しとくわ」
「「本当!?」」
思わず龍驤の言葉に反応してしまう。
元来戦うために生まれた彼女たちである。
輸送任務の重要性を理解しつつも、やはり燻るものはあったのだ。
雷「旗艦は私がやるわ」
暁「何を言ってるの、旗艦は暁型一番艦の暁の役割よ」
電「喧嘩はだめなのです!」
響「ここはあえて私がやるというのはどうだろうか」
電「だから喧嘩はだめなのです! 喧嘩になるのならいっそ旗艦は……」
電「……電がやるのです」
4人が4人共、期待に胸をふくらませていることは明らかだった。
遠征帰りで、補給すら終わっていないにもかかわらず、彼女たちはキラキラしていた。
龍驤「ええで、皆でゆっくり決め」
龍驤「けどあれやな」
龍驤「4人だけやといつもとあんま変わらんやろうから、随伴艦としてウチを入れてや」
その一言で熱気は霧散した。龍驤の、提督の親心がひしひしと伝わったからだ。
遠征の経路でも深海棲艦との衝突はある。それらははぐれの個体ばかりなので、追い払えばそれでおしまいだ。
こちらが先に発見すれば威嚇射撃で追い払う。
むこうが先であれば、威嚇射撃をされる。
ある意味、野生動物の縄張りと同じで無駄な争いは回避できている。
沈めたり沈められたりには、決して発展しない。
これが出撃となると話が変わる。艦娘である彼女たちは、当然それを知っていた。
暁「そう、やっぱりそうなるわね」
響「大丈夫だよ、龍驤さん。私たちに出撃はまだ早いみたいだ」
響「それでいいかな、雷」
雷「えー? けど仕方ないよね」
電「もう少し練度を上げてからなのです」
龍驤の表情は柔らかいままで、特段口を挟み込むようなことはしなかった。
雷「あーあ、出撃はまだ先かぁ。けど、せめて演習はしたいわね」
暁「そうね」
電「龍驤さん、なんとかならないのですか?」
龍驤「なんとかなるでー。出撃やなくて演習でええの?」
「「おねがいします」」
龍驤「実は提督に言われとってな、前々から準備はしとったんや」
電「司令官さんが?」
龍驤「そうや、第六駆逐隊が出撃する前に演習をさせたいって言ってたで」
暁「そっかぁ、司令官が……」
龍驤「単騎で相手してもらうように申請しとくよ。高練度の艦娘やから単騎でも手強いでー」
龍驤「けどな、そんな強敵を相手にして勝利をつかむことこそが重要や! 4人で頑張り」
暁「ちなみに誰が相手をしてくれるのかしら」
響「たしかにそれは気になるね」
電「いくら高練度の艦娘でも、一度に4人を相手取れる人は限られているのです」
雷「ならきっと川内さんね! あの人は昼夜連戦で、どんどん士気が上がるんだから!」
響「北上さんじゃないだろうか。酸素魚雷は駆逐艦の主兵装だけど、それを最も使いこなせるのは雷巡の彼女だからね。私達の先を行く人だよ」
暁「甘いわね! 2人はすっごく強いかもしれないけど、本当に強い艦娘は一人前のレディーじゃないといけないの。レディーかつ武闘派の艦娘といえば妙高さんよ!」
電「はわわっ! 3人共ものすごい人たちなのです! 電たち4人でも勝てないかも……」
雷「戦う前から何よ! 皆で力を合わせるのよ!」
電「!」
電「雷ちゃんの言うとおりなのです」
龍驤「うんうん、その意気や」
響「それで、誰が演習の相手をしてくれるのかな」
期待の眼差しで龍驤に問いかけた。
軽巡の先輩だろうか、雷巡の先輩だろうか、それとも重巡の先輩だろうか。
先輩たちの演習を見学したときの高揚感は忘れられない。
ただの軍艦同士の衝突ではない。在りし日の魂の載せた艦娘同士の凌ぎ合いだ。
これほどまでに力強く、これほどまでに輝いているのかと。
龍驤の回答を待つ。
龍驤「長門や」
「「……え?」」
まったく、寸毫ほども予想していなかった。
超弩級戦艦長門型戦艦
そのネームシップ艦、長門
曰く、皇国の誇り
曰く、世界のビッグ7
曰く、鎮守府の守護神
あろうことか連合艦隊旗艦が、駆逐艦4盃の演習相手だ。
響「本当なの? 龍驤さん」
龍驤「ほんまやで、なんで嘘つかなあかんのや」
龍驤「しっかり準備しぃ、相手はあの長門やからな」
「「ありがとう!」」
龍驤「ええってええって。あとで感想聞かせてぇ」
龍驤「あ、ちょっち待って。これ配るの忘れとった」
響「これは?」
龍驤「劇の台本や。鎮守府で劇をやって、民間との交流を図るんやって」
電「とてもいいことなのです」
雷「私達に台本ってことは、出演するってことね! 主役は雷かしら!?」
龍驤「主役は瑞鶴やでー、ウチらは調査隊役やな」
雷「そっか、残念」
龍驤「ちゃんと台本を見といてな。ウチは他にも配ってくるわ」
龍驤が去った後に、台本を眺める。
響「この台本には、力を感じる」
暁「間違いないわね、主役は瑞鶴さんだけど……」
雷「司令官も本気なのね! 頑張らなくっちゃ!」
電「……司令官さん、よかったのです」
なんとなく、安心した空気が漂った。
――廊下――
龍驤「瑞鶴はどこにおるんやろ、射撃訓練場かな?」
龍驤「長門にも演習の話をせんとあかんし、今日は忙しくなりそうやなぁ」
長門「なんだ? 私に用でもあったか?」
龍驤「あっ、長門みっけ。 何しとったんや?」
長門「うむ、少し比叡と話をだな。 それより何か用事か?」
龍驤「前に話した演習なんやけど、近日中にお願いしたいんやわ」
長門「ほう、とうとう覚悟が決まったのか。楽しみだな」
龍驤「あの子らに長門の本気は見せたりたいんやけど……」
長門「ふふ、いいだろう。主砲、副砲は外そう。三式弾、徹甲弾もなしだな」
長門「主兵装は12.7cm連装高角砲になってしまうが、まぁ仕方あるまい」
龍驤「ごめん……、お願いしといてあれやけど。あの3人の練度やと長門の通常兵装はだいぶ厳しいんや」
長門「なぁに、かまわないさ。私を頼ってくれているのだ、どのような条件だろうと期待に応えてみせよう」
長門「ビッグ7の力、侮るなよ」
龍驤「ありがと」
長門「ただし」
長門「龍驤よ、今度は私の演習に付き合ってもらおう」
龍驤「い、いやや!」
長門「まぁ、そういうな。私も願いは聞いてやったろう、だったらお前にも応えて貰わんとな」
龍驤「長門との演習はめっちゃしんどいからいややー!」
言葉とは裏腹に、その顔は笑っていた。笑う、というよりは牙を剥いているようだった。
彼女もまた、皇国が誇る艦娘だ。
長門との戦闘、それを想像して湧き上がる何かがあるのだろう。
長門「はははは、そう喜ぶな。加賀にも声をかけておいてくれ。次は封殺してみせるとな」
龍驤「伝えとくよ」
長門「それより、龍驤。比叡から話を聞いたぞ」
長門「この鎮守府で劇をするんだってな」
龍驤「耳が早いな、その通りやで。けど台本には長門の役はないみたいやな」
長門「そうか、残念だな。まぁ、裏方で力仕事でもさせてもらうさ」
龍驤「力仕事なんか提督にやらせればええって。他のどこでもないこの鎮守府近海でやるんやで」
長門「それもそうだな」
長門「ところで、比叡の奴がな。劇の日にドレスを着ることになったと言っていたぞ」
龍驤「それはええなぁ、比叡は美人やからな。和装も似合うけど、ドレスのが似合っとるよな」
長門「うむ、それには同感だ。いつだったかはさすがに見惚れてしまったな」
龍驤「けどなんでやろ? 劇で比叡の役はないで?」
長門「劇の役はないかもしれないが、当日、比叡は『御召艦』のようだな」
龍驤「はい?」
長門「どうも大元帥がいらっしゃるようだ」
龍驤「え? 何しに?」
長門「何って、劇を見に来るのだろう」
龍驤「こんな辺境の鎮守府まで、艦娘の演技を見にか? ありえんやろそれは」
長門「そうかもしれんが。比叡の準備を見るに決まったのは今日昨日ではなさそうだったぞ」
長門「まぁ、政はとんとわからんものでな。我々は祭を楽しむとしよう」
長門「ところで台本を見せてもらってもかまわないか?」
龍驤「別にええけど、大量に刷ったみたいやし」
長門「ふむ」
流し読みをした後に龍驤を眺め、そして笑った。
長門「なるほど、これは提督の決意表明なのかもしれないな」
長門「大元帥への表明であれば、それは何よりも重いものとなるだろうさ」
龍驤「そりゃそうやろうけど、わざわざ何を宣言するんや」
長門「そうだな、例えば」
長門「提督の伴侶とかどうだ」
龍驤「……笑えんでぇ、それ」
長門「笑う必要などないさ。ただ祝うのみだ」
長門「主人公の父親役に提督自身を据えているのだ。必然、それは意図的なものだろう」
長門「それに古典を演じる時は細部が変わるものだ。演出の解釈次第だからな」
長門「提督の役割は、主人公の父親というよりは、どうしても会いたい人物か?」
龍驤「……」
長門「ずいぶん思いきった催しだな。胸が熱くなる」
龍驤「まぁ、ええけど。演習の件、加賀に伝えてくるよ」
長門「あぁ、よろしく頼む」
小走りの龍驤を見送る。
長門「ふふっ、原典にない台詞の追加。これがすべてを物語っているではないか」
『提督、もう一目会ってから、ウチ壊れたかったよ……』
長門「錻(ブリキ)の星で、海底に沈んだ青猫は最期に一番大切な人間を想った。きっと我々艦娘も同じだろうさ」
長門「ただ……」
長門「提督は我々に轟沈を許すほど甘くはないがな」
――射撃訓練場――
加賀「さすがね、赤城さん」
加賀 大前:○○○○ ○○✕○ ✕○○○
赤城「いえ、まだまだ微妙な調整が必要です」
赤城 中:○○○✕ ○○○○ ○○○○
翔鶴「一航戦の先輩を見習わなくちゃいけないわね、瑞鶴?」
翔鶴 落前:✕○○○ ○✕○○ ✕○○○
瑞鶴「翔鶴姉、加賀とはあんまり変わんないって」
瑞鶴 落:○○○○ ○○○○ ○✕✕✕
加賀「これだから五航戦は……」
瑞鶴「何よ、加賀! あんただって2本外してるじゃない!」
翔鶴「瑞鶴、先輩に失礼よ」
加賀「あなたの考えていたことを当ててみましょうか」
加賀「三立目の一射まで皆中。見たか、一航戦!」
瑞鶴「うっ」
加賀「一本外しちゃった、けどまだ赤城さんと同じだし」
瑞鶴「うぅ」
加賀「二本外しちゃった、どうしよう加賀に並ばれちゃった」
瑞鶴「……」
加賀「その結果がこれよ」
瑞鶴「……けど翔鶴姉だって3本外してる」
加賀「もちろん、開幕即外すのは論外よ」
翔鶴「うぅ」
加賀「けどあなた、そこまで愚かなの? 中たった外したを問題にしていないでしょう」
加賀「中てられたものを、その性根が邪魔をしたということが問題なの」
加賀「そもそも……」
瑞鶴「もういいわよ! 蜻蛉回収してくる!」
翔鶴「まって、瑞鶴。私も行くわ」
加賀「……」
赤城「どうかしましたか?」
加賀「いえ、別に」
龍驤「相変わらず加賀は厳しいなぁ」
赤城「あら、龍驤さん。道場に顔を出すなんて珍しいですね」
龍驤「赤城も相変わらずよう中てるなぁ。さすが一航戦の誇りや」
赤城「いえ、まだまだです。慢心はダメ」
龍驤「それでも加賀は厳しすぎんか? もうちょっち優しいしたればええのに」
加賀「……あの子たちにもう少し才覚がなければ、そうしてもいいのですが」
加賀「この鎮守府の戦力、深海棲艦の脅威を考えると、遊ばせるわけには行きません」
加賀「ふたりとも優秀な子たちですから」
赤城「ふふっ、さすがは加賀さんね」
龍驤「それをふたりに聞かせたればええのに」
加賀「それより龍驤さん、何か用かしら」
龍驤「あー、提督がこの鎮守府で劇をやるゆうててな。台本を渡しに来た」
赤城「劇への出演ですか。戦力増強にならなさそうなので断りましょう」
加賀「いや、提督からの命令ですよ。第一声がそれと言うのはさすがに」
龍驤「赤城……、前から思っとったけど、どんなメンタルしてるの?」
赤城「それはともかく。どんな内容です?」
龍驤「端的にいうと、突如発生した脅威に対抗戦力を送り込む話やな」
龍驤「赤城と加賀は、対抗戦力のトップと一緒に戦う役や」
赤城「上々ね」
龍驤「それで主役は……」
龍驤「……主役は瑞鶴やな。提督は自信満々やった」
加賀「龍驤さん、あなた……」
瑞鶴「蜻蛉回収してきたわ。んー? 龍驤じゃない、何しに来たの?」
加賀「龍驤?」
翔鶴「瑞鶴!」
龍驤「ええって、ええって」
加賀「ですが」
龍驤「何も間違ってへん。四航戦、軽空母龍驤とはウチのことや」
瑞鶴「で、何しに来たのよ」
龍驤「台本渡しに来たんや。主役は瑞鶴! おめでとう!」
瑞鶴「主役は私? 本当に?」
龍驤「本当や」
瑞鶴「ふ、ふふふ。 見た、加賀? これが私の実力よ!」
加賀「戦闘に関係ないことを自慢しても締まらないわ。 私達は艦娘よ?」
瑞鶴「うぐっ。けど、どんな台本なんだろう。ちょっと見せてよ」
瑞鶴「ふんふん♪」
瑞鶴「……ふーん」
龍驤「あんま嬉しそうやないな」
瑞鶴「まぁ、艦娘だしね。敵棲艦を打ち倒してこそでしょ」
龍驤「さっきとえらい変わり様やな。けど、提督は……大事なことを伝えたいから脚本書いたらしいで?」
瑞鶴「そのくらい見ればわかるわよ。これだけ露骨なら」
龍驤「それでも嬉しないんか」
瑞鶴「別にぃ、まぁ主役はちゃんとやるわよ」
瑞鶴「稽古の続きしなくちゃ」
加賀「次はもっと胴造りを意識しなさい。安定した艦体なら、艦載機もしっかり飛べるわ。それから……」
瑞鶴「あんたに稽古なんてつけてもらいたくないわよ! もう邪魔しないで」
龍驤「ふーん、加賀の稽古が嫌なんか」
瑞鶴「嫌よ! ずっと馬鹿にしてくるんだから!」
龍驤「そうかそうか。なら……」
龍驤「ウチが稽古つけたる」
明らかに瑞鶴の顔が青ざめた。それだけではなく、両の眼には溢れる寸前まで涙が溜まっていた。
瑞鶴「い、いえ。大丈夫です。その、私、龍驤先輩みたいに式神は使えませんので」
龍驤「心配ないでぇ、大戦前は鳳翔と一緒にどっちも訓練しとったからな」
瑞鶴「!?」
瞬きすらできない間に、龍驤は弓と弽(かけ)と襷(たすき)を召喚した。
退路は断たれた。
瑞鶴は姉妹艦に助けを求め、視線を送る。
翔鶴「加賀先輩、赤城先輩! 引き続き稽古よろしくお願いします!」
瑞鶴「翔鶴姉!」
赤城「いいですよ」
加賀「ええ、ですが……」
すでに涙を溢している翔鶴を責めるのは酷だろう。
緊急避難は法的にも認められているのだから。
龍驤「翔鶴はこのまま稽古を続けるみたいやな。じゃあウチらも稽古を始めよか」
もう瑞鶴は完全に泣いていた。
逃げられない、ニゲられない、ニゲラレナイ!
加賀「あの、龍驤さん。まだ、台本を配らないといけないでしょう?」
龍驤「そうやな。けど、後は鳳翔のとこだけやから心配ないで」
加賀「その後は提督にも報告しなければいけないでしょう? その時間はあるのかしら」
龍驤「それもそうや、考えてなかった。ありがとう、加賀」
すでに弓具一式は式符に戻っていた。召喚時と同様、その瞬間を捉えることはできなかった。
加賀「いえ、あの子にも稽古の続きをさせたいので」
龍驤「そうや、伝え忘れとった。今度長門と演習するから加賀は予定にいれといてな」
加賀「わかったわ、次は完封すると伝えておいて」
龍驤「ごめんな、瑞鶴。稽古はまた今度な」
瑞鶴「また……、今度おねがいします」
龍驤は一礼をして道場を後にした。
緊張の糸が切れ、ふたりは泣きじゃくる。九死に一生を得る、という言葉は妥当だろうか。
加賀「その、瑞鶴。今更言葉を改めろとは言わないけれど、せめて相手を選びなさい」
瑞鶴「はい……、加賀先輩」
瑞鶴「無礼な態度を取った瑞鶴にも稽古をつけて下さり、……ありがとうございます」
加賀「別に、あなたのためではないわ。この鎮守府のために、もっと戦力をつけてもらわないといけないから。ただ……」
加賀「さすがに、龍驤さんの稽古は同情します」
加賀「落ち着くまでは見取り稽古をしなさい」
瑞鶴「……はい」
加賀「……あの、しっかり鍛錬を積みなさい。あなた達はよくやっているのだから……いえ、なんでもないわ」
ふたりは耳を疑った。
すでに射位に立った加賀の表情を伺うことはできない。
それでも、加賀の耳が赤くなっていることだけはわかった。
赤城「……」
横目で五航戦の様子を確認する。
目元は真っ赤だったが、その表情は明らかに輝いていた。
赤城「……上々ね」
艦娘入手方法を調べたところ、ほしい艦娘の絵を描いたり、話を書いたりすればよいとありました。
絵は書けないので、話を書いてみました。
それなりに効果があったような気がします。
特に龍驤は話のプロットを書いた直後の建造で入手することが出来ました。
現状、入手したメンバーのレベル上げ中なので、しばらく入手祈念は延期です。
・龍驤 ✓
・鳳翔 ✓
・加賀
・翔鶴 ✓
・瑞鶴
・長門
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http://i.imgur.com/gB4BgeR.jpg
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虚言癖 国士舘 中退 ウンフェ 飲酒運転 うつ病 長谷川亮太 無能 イジメ キッズライク 誘拐 ガイジ なかよし学級 ハッセ 恒心 前科 ストーカー 犯罪 万引 逮捕 韓国人 性病 ラブライ豚 盗撮
乙
龍驤ええで
だれも突っ込んでないけどビデオカメラを買った提督ってアニメ提督?
なんか妙に一致してんだけど
――居酒屋鳳翔――
隼鷹「海上護衛任務中にさ、スコールにぶち当たったわけ」
隼鷹「そしたら一緒に話をしてたチビちゃんたちが悲しそうな顔をすんのよ」
『おねえちゃん、傘させなくてびしょぬれになっちゃう』
鳳翔「あら、とても良い子ですね」
隼鷹「だろ? やっぱ客船に乗るような子らは育ちもいいんかね?」
隼鷹「別にあたしら艦娘だから雨くらいどうってことないじゃん? けどチビちゃんたちはそんなのわかんないんだよね~」
鳳翔「そうかもしれませんね」
隼鷹「けどスコールはスコールだから外は危ないじゃん? 船内に戻って欲しかったけど、心配そうにずっとこっち見てるの」
隼鷹「せっかくの船旅で余計な心配なんてする必要ないって伝えようにも、そもそもあたしが艦娘ってことを理解してないわけ」
隼鷹「そこであたしはこう言ってやった」
『ひゃっはぁー! ちょうどいいタイミングで雨が降ってきたぜ~。傘なんかいらないな!』
『なぜかって? 昨日、シャワーを浴びてなかったんだよね~』
隼鷹「そしたらチビちゃんたち大爆笑。おねえちゃんのシャワーが終わったらタオルを渡してあげるねって船内にもどってくれたわけよ」
隼鷹「いや~、これであたしも一安心。やっぱ船旅は安全に楽しんでもらいたいからね」
鳳翔「隼鷹さんと一緒だったら間違いなく楽しいですよ」
隼鷹「護衛だったけどさ、やっぱり船旅はいいもんだ」
隼鷹「鳳翔さん、霧島のお湯割り頂戴。なんだか今夜はゆっくりしたい気分だ」
鳳翔「はい、ゆっくりしていってください。お砂糖と肉桂も入れましょうか?」
隼鷹「ひゃはっはっは、トデーにはしなくていいって。鳳翔さんの作ってくれる肴も食べたいしね」
鳳翔「ふふっ、少し待ってくださいね」
龍驤「こんばんは、鳳翔ちょっとええか?」
鳳翔「あら龍驤、いらっしゃい。こんな時間に珍しいですね」
龍驤「まぁ、ちょっとな。あれ? 隼鷹やん、お帰り。遠征どうやった?」
隼鷹「……」
隼鷹「いや~、めっちゃ大変だった。ちょっと聞けって」
龍驤「ええでぇ、隼鷹が大変ゆうのはよっぽどやからな。ヌ級でもでたんか?」
隼鷹「まあね」
隼鷹「話したいのは山々なんだけど、実はもうクタクタでさ。もう帰って寝るとこだったんだよね~」
龍驤「そうか? いつでも聞くから無理せんといてな」
隼鷹「ありがと。鳳翔さん、ご馳走様。また来ます」
鳳翔「はい、また来てくださいね」
手をひらひらと振りながら、隼鷹は店を後にした。
龍驤「……」
龍驤「なあ、鳳翔」
鳳翔「どうかしましたか?」
龍驤「あとで隼鷹にお礼持ってきたいからなんか作って」
鳳翔「あら、何かありましたか?」
龍驤「いや、先付けの器しかないやん。来たばっかで帰らせてしまったみたいや」
鳳翔「……心配りができる人ですからね。あなたの様子に気がついたんでしょう」
龍驤「やっぱそうかぁ」
龍驤「まず、これ」
鳳翔「本? いえ、台本ですか」
龍驤「うん、提督がこの鎮守府で劇をするって。出演する艦娘に台本を渡しに歩いてる」
鳳翔「そうですか。内容は見ましたか?」
龍驤「見たよ。瑞鶴が主役で、提督を探しに行く話でね」
龍驤「長門の見立てだと、提督が大元帥に大切な報告をするためにこの催しをするみたい」
鳳翔「あの、龍驤? 話が見えないのだけど」
龍驤「どうも伴侶を決めるんだって」
鳳翔「あら! それはおめでたいですね。良かったじゃない」
龍驤「よくないよ。そうなったら提督の秘書艦じゃいられなくなるよ」
鳳翔「それはどういうことですか?」
龍驤「長いこと秘書艦をしてきたから、提督の性格はわかってるつもり」
鳳翔「まぁ、聞くだけは聞きます」
龍驤「まず、元気な子が好き」
元気な艦娘がそう述べる。
今はなぜかうじうじしているが。
鳳翔「あってると思います」
龍驤「あと、航空母艦を信頼している」
空母の艦娘がそう述べる。
鳳翔「えぇ、そのとおりですね」
龍驤「髪型がツインテールの子がいると目で追っている」
ツインテールの艦娘がそう述べる。
鳳翔「提督の様子を見ればそうなのでしょう」
龍驤「服は和装が好き」
狩衣を身につけた艦娘がそう述べる。
鳳翔「まぁ、そうでしょうね」
龍驤「これって瑞鶴じゃない」
鳳翔「そこはわかりません」
龍驤「その日が来たら、もうそばには居られないよね」
鳳翔「ちょっと台本見せてください」
文字通り眼に光を灯して、一呼吸の間に台本すべてを網羅した。
内容を確認した後、ひとまず安堵する。
少なくとも提督の意思は変わっておらず、一貫しているようだった。
それにも関わらず、なぜか龍驤は追い込まれていた。
鳳翔「あの、台本を受け取った時に提督は何か言っていましたか?」
龍驤「主役は瑞鶴がピッタリだと思った、かな」
条件で言えば龍驤も該当する筈だ。
その上で瑞鶴が選ばれたのであれば、たしかに憂慮したくなる気持ちもわからなくはない。
それだけで判断するのはまだ早計だろう。
鳳翔は続きを促す。
鳳翔「他には?」
龍驤「私に向かって惚れてくれ、とか」
鳳翔「はい? 他には?」
龍驤「大好き、とか」
龍驤「冗談がキツイよね……」
鳳翔「……」
鳳翔は生まれる前から航空母艦だった。
赤城や加賀のように生まれてから空母になったわけではない。
空母として生まれることが決まっていた、『始まりの正規空母』だ。
そのような歴史を背負っているからだろうか。
鳳翔は鍛錬に鍛錬を重ねた結果、他の空母が追随できない程の域に達している。
加えて、練習空母としての積み重ねがあらゆる艦載機の発艦を実現してきた。
それを支えるのは、鋭い『離れ』だった。
鍛え上げた勝手が龍驤の胸を射抜く。
鳳翔「なんでやねん!」
龍驤「なんや! どうしたんや、鳳翔!?」
鳳翔「元に戻りましたね」
龍驤「ウチなんか変やったか」
鳳翔「えぇ、変でしたよ」
鳳翔「一つ、確認したいのですけれど。いいですか?」
龍驤「ええよ、何でも聞いて」
鳳翔「もし、提督が瑞鶴さんを選んだとして。あなたは祝福できますか?」
龍驤「当然や。ウチが秘書艦やなくなっても、積み重ねた時間は本物やからな」
そこに、一切の躊躇はなかった。
龍驤「しばらくは泣くかもしれんけど……。別にええんや、そん時は鳳翔になぐさめてもらうから」
鳳翔「もちろんですよ。空母はみんな私の娘のようなものです」
鳳翔「けれど、龍驤? 姉妹艦の居ない私にとって、あなただけは唯一の姉妹だと思っています」
龍驤「嬉しいなぁ。ありがと、鳳翔姉」
鳳翔「今夜は飲みましょうか」
龍驤「ええヤツ開けてな♪」
鳳翔「提督にも秘密にしていたものを……」
勅令の光を持って秘蔵品を召喚する。隠し方としては最上級だろう。
加えて、龍驤から見ても惚れ惚れするような流麗さだった。
龍驤「ほっほー、メチルアルコールやん」
鳳翔「こればかりは艦娘しか楽しめませんからね。提督には内緒ですよ?」
水よりも透明な液体が盃を満たす。
鳳翔「何か乾杯の音頭をおねがいします」
龍驤「そうやなぁ、それじゃ……」
『この海の平和に』
会釈を交わして、盃を空にする。
メタノールの揮発が熱を奪うように、先ほどまで帯びていた不安も剥がされていった。
龍驤「……何を焦っとったんやろな。変わるものも変わらんものもあるのに」
鳳翔「受け取り方次第ですよ。私達がどう足掻いても、海がそこにあるのと同じです」
龍驤「凪いでも、荒れても、海は海……か」
龍驤「まぁ、ウチはウチにできることしかやれんからな」
鳳翔「そうですね」
鳳翔「間近に迫ってるお仕事はありませんか。何事も一個ずつ、ですよ」
龍驤「そうやなぁ。直近やと、長門との演習かな。ちょっち準備せんとアカンわ」
龍驤「妖精さんたちも呼ばんと。ひとりでどうにかできる相手やないからな」
鳳翔「あら、いいですね。飲みながら話しましょうか」
龍驤「搭乗員のみんな~。宴会、宴会~」
艤装から搭乗員妖精が現れる。
秩序ある彼らの振舞は、士気そして練度の高さを物語っていた。
熟練員「姐さん、出撃で?」
龍驤「ちゃうちゃう。今度演習があるから、その作戦会議や」
龍驤「後は、いつも世話になっとるから一緒に飲もうと思ってな」
熟練員「なるほど。あいわかりました」
熟練員「その前に一つ報告が。本日、彼が規定練度に達しました」
新米員「はっ! 自分も一緒に戦えるっす」
龍驤「あれ? その子はまだ入ってから日が浅いんちゃうの?」
新米員「はっ! これも熟練員殿による御指導の賜物っす!」
熟練員「余計な謙遜は不要だ。貴様の訓練に対する姿勢は目を見張るものがあった」
熟練員「姐さん、この通り優秀な奴です。是非とも早い段階で出撃の機会を与えてやってください」
龍驤「キミがそこまで褒めるんか……。鬼すら後ずさりする言われてるキミが」
龍驤「新米くんよろしくな」
新米員「恐縮です!」
龍驤「キミの初陣は次の演習で、相手は長門や! 楽しみやな」
新米員「はっ! 自分頑張るっす!」
龍驤「元気ええなぁ」
龍驤「そや、新米くんにこの役やらせてええか?」
熟練員「役とは、大元帥閣下がいらっしゃる日の劇のことですか」
龍驤「もう知れ渡ってるの? さすがに早すぎるやろ」
熟練員「青葉殿の搭乗員から聞きましたから」
龍驤「あー」
鳳翔「はい、妖精さん。これが台本ですよ」
熟練員「おぉ、御母堂。かたじけない」
熟練員「ふむ、ふむ」
熟練員「これは……。とうとう提督も覚悟を決めた、ということですな」
鳳翔「そうなんですよ。おめでたい場になるはずなので、全力で参りましょう」
熟練員「姐さんはいかがですか?」
龍驤「当然! 全力でその日を迎えるで~」
鳳翔にこぼしていたさっきまでとは違い、嘘偽りない笑顔で答えることができた。
熟練員「これは重畳! 姐さんの覚悟、確かに受け取りました」
熟練員「これで我々も全力で戦えましょう」
新米員「自分も台本見たいっす!」
横から新米員妖精が台本を覗きこむ。
熟練員「貴様はこの役を賜った。龍驤の搭乗員に恥じぬ活躍を期待する!」
新米員「はっ! 全身全霊を持ってお受けします!」
龍驤「ほんま、元気ええなぁ」
龍驤「けど、劇の前に長門との演習やな。まずは作戦会議や」
龍驤「これは総力戦になるからな。搭乗員一丸となって臨もうと思う」
「「是非もなし」」
熟練員、新米員だけでなく、操舵員、射撃員、割烹員……全搭乗員の声が重なった。
龍驤「けど、その前に皆で飲もう!」
歓声が上がるとともに宴が始まり、そのまま夜は更けていった。
~~~~~~~~~~
入手したメンバーのレベル上げに勤しんでいたところ、霧島がやって来ました。
おかげさまで金剛型四姉妹がそろい、第4艦隊が開放されました。
資材が少し豊かになったので戦艦レシピを回したところ、長門がやって来ました。
続きを書かざるをえませんでした。
・龍驤 ✓
・鳳翔 ✓
・翔鶴 ✓
・長門 ✓
・加賀
・瑞鶴
当初目的以外に何人かやって来ました。
・蒼龍 ✓
・飛龍 ✓
・大淀 ✓
・三隈 ✓
・鈴谷 ✓
・熊野 ✓
・雪風 ✓
・時津風 ✓
何かができそうな予感がします。
~~~~~~~~~~
乙ー
もうしばらくしたら>>1も大型の闇に飲みこまれていくんだな……
――執務室――
提督「テングサをありがとうございました。近隣の工場で早速加工作業が始まり、今回も品質がよいと喜んでいました」
提督「あと、タ級便の方に間宮羊羹を渡しておきます。皆さんで召し上がってください」
提督「ご安心ください。特使には護衛式符を配備させていただきました」
提督「演劇の日にはよろしくお願いします」
提督「はい、はい。では、失礼します」
交渉式神との同期を切断した。
提督といえど、この提督だからこそ、交渉の重要性を理解していた。
武力行使では双方の消耗が激しく、粗利換算で不利な交渉条件すら下回ることが多い。
交渉不利よりも益がでない、そんな事のために提督は艦娘と近隣住民の命を賭けようとしなかった。
次の式符に意識を載せようとした時に、ノックの音が響いた。
電「電なのです」
提督「入ってくれ」
電「第六駆逐隊、遠征終了しました」
提督「どうもありがとう。いつも本当に助かっている」
提督「ところで暁はどうした? 旗艦はあいつだったと思うんだけど」
提督「あと何か困ったことでもあったか? 帰投予定時刻から半日くらいたっているけど」
電「ごめんなさい、司令官さん。 帰ってすぐに龍驤さんと話をしていて、演習に出させて貰えると聞いたのです」
提督「うむ、出撃前に演習をさせてやりたいと言う話はずいぶん前から決めていた」
電「それを聞いてすごくうれしくなっちゃって、そのまま訓練に出ちゃったのです」
電「そして3人とも疲れて果てて寝ちゃったので、電が報告に来たのです」
提督「電さんがたしなめられなかったのか……。もっと早くに演習させてやったほうが良かったかな」
電「司令官さん」
提督「どうした?」
電「呼び方が戻ってます。電のことは電と呼べば良いのです」
提督「むっ、すまない。龍驤と鳳翔のことは普通に呼べるようになったんだけどな」
提督「電と執務室で2人きりだと、ついこうなってしまうな」
電「ずいぶん長い期間、2人しか居なかったからしかたないのです」
提督「そう言ってくれて助かるよ。今もそうだけど、本当に世話になった」
電「大丈夫なのです。新任提督は必ず初期艦と二人三脚から始まるのですから」
提督「ありがとう、電さん」
電「司令官さん、また戻っているのです」
提督「おや、またやってしまったな」
気心が知れた者同士、2人は自然と笑みをこぼす。
提督「ところで龍驤が帰ってこないんだが、何か知らないか? 台本を配ってもらっているんだが」
電「それならきっと鳳翔さんのところなのです。内容が内容なので鳳翔さんに相談したかったんですよ、きっと」
提督「……役が嫌だったのだろうか? 困ったな、そうなるとは全く予測していなかった」
電「なんでそうなるのです。 あれだけ露骨な依怙贔屓をすれば龍驤さんだって恥ずかしくなっちゃいます」
電「瑞鶴さんが台本見たら怒っちゃいますよ、主人公のはずが何故か龍驤さん中心の演出なのですから」
提督「それは確かに申し訳なくも思っている」
提督「けどな、龍驤には全然伝わらないんだぞ? なら全力を持って伝えるために、場を用意するのは当然じゃないのか?」
電「そこまではいいのです。けど、そのために大元帥まで召喚するのはやり過ぎです」
提督「俺が知る限り最も信用できる人間を呼ぶ必要があると思った。鎮守府の人間だけでやって、万が一、全員総出のドッキリだと勘違いされたらどうするんだ」
電「うぅ、否定しきれないのです」
提督「そもそも、俺の思いはなぜ龍驤に伝わっていない? だんだん不安になってきたぞ」
電「その、龍驤さんは控えめな艦娘ですから。司令官さんから信頼されていることも好意を寄せられていることも自覚はしているはずなのです。けど、司令官さんのたったひとりに選ばれるとはきっと思ってないのです」
提督「何故だ?」
電「あまり艦種については触れたくないですが、龍驤さんは軽空母の分類なのです」
提督「うむ、そうだな。それが何かあるのか」
電「戦力として、正規空母には勝てない、だから提督は時間が経てば加賀さんや瑞鶴さんを頼るだろう、と龍驤さんは思っているのです」
提督「……待て、なぜそうなる?」
電「電に聞かないでください。事実とは関係なく、龍驤さんはそう思っちゃっているのです」
提督「艦載機を繰り出しながら、高角砲で対空防御をしつつ、高速機動を持って連装砲をぶち込むようなやつだぞ?」
電「はい、その通りなのです」
提督「この鎮守府だと、戦果も断トツなんだぞ?」
電「みんな知っているのです」
提督「それなのになんでに自信が無いんだよ……」
電「だから控えめだからです。言い方を変えれば慢心をしないのですが、やらた自己評価が低いのです」
電「あと容姿についても、触れたくはないのですが、龍驤さんは電たち駆逐艦並なのです」
提督「うむ、電たちは充実した戦力を余計な物を省いて搭載している。その上機動力があるから、はっきり言って外見も機能も美しいな。駆逐艦並という評価は誇らしいことじゃないか」
電「司令官さんにそう思われていたとは……、少し恥ずかしいのです」
電「けど、そうではないのです。『艦』としてより『娘』としての話です」
電「控えめだから、戦艦や重巡には勝てない、だから提督は時間が経てば長門さんや妙高さんを選ぶだろう、と龍驤さんは思っているのです」
提督「……待て、どういうことだ?」
電「電も言いたくないのです。事実は重いのです」
提督「納得いかねぇ」
電「けど、これが龍驤さんの自己評価なのです。だからこそ、ただ一人の艦娘として、司令官さんに選ばれるとは思っていないのです」
提督「……なればこそ、正式な場を用意した上で、俺は龍驤に伝えるしかないではないか」
提督「完全に、主観的に見ても、客観的に見てもたったひとつ、疑い様がないように伝えるしかないではないか」
電「……あれ? その通りなのです」
提督「大元帥には御台覧いただく、龍驤には出演してもらう、俺は伝えるべきことを伝える」
提督「大丈夫だ電、安心してくれ。何も変わらない。俺は俺にできることをする、いつだってそうしてきた」
電「……そうですね」
電「万が一、いえ、億が一、まだ足りないのです……」
電「仮に京が一ですけど、龍驤さんが司令官さんの想いに応えてくれなかったら、諦めますか?」
提督「諦めるわけなかろう。これだけは誰の意思にも依らず、俺から生まれた、俺だけの想いだぞ?」
提督「それをどうして諦めることができるんだ」
電「……電は司令官さんの初期艦になれたことが誇らしいのです」
提督「俺も電のお陰でまともな司令になれたと思っている」
電「電を司令官さんの元に送り込んでくれた大元帥に感謝なのです」
提督「ああ」
電「ところで、司令官さん。多分その日はおめでたい日になるので、前祝いに飲みませんか」
提督「そうだといいがな。鳳翔のところに行くか?」
電「今日は行っちゃ駄目なのです! 代わりにここでやりましょう」
提督「そうか、ならどれがいいかな?」
日本酒とウヰスキーの棚へ足を運ぶ。
電「いえ、司令官さん。今日はこれがいいのです」
隠し持っていた瓶を取り出す。
「ほう、メチルアルコールか」
電「はい、艦娘といえばこれなのです!」
提督「……この鎮守府を訪問してくれる人間に、まさかこれを出したりしてないだろうな?」
電「当然なのです。電たちは皇国の守護者なのです、なぜ護るべき対象に危害を加えるのですか」
提督「そうか、ならいいんだ」
電「けど、龍驤さんには内緒にして欲しいのです。電は危険物取扱者の資格を持っていないので、メタノールの取り扱いで余計な心配をかけたくないのです」
提督「ふふっ、そうだな。って俺も持ってねぇよ」
電「では1本どうぞ」
2本持っていた瓶の片方を渡す。
提督「ありがとう」
電「何か乾杯の音頭をおねがいします」
提督「そうだな、では……」
『この海の平和に』
瓶を打ち鳴らし、一気に飲み干した。
~~~~~~~~~~
5月29日に龍驤の練度が限界突破しました。
・龍驤 ✓ ○
・鳳翔 ✓
・翔鶴 ✓
・瑞鶴 ✓
・長門 ✓
・加賀
そして加賀がでないので、もうしばらく話を書かないといけないようです。
プロット
・第六駆逐隊VS長門の演習
・加賀・龍驤VS長門の演習前日 第六駆逐隊と長門
・加賀・龍驤VS長門の演習当日朝 加賀と瑞鶴
・加賀・龍驤VS長門の演習本編
・劇本編
・劇終了後の章の授与
・ケッコンカッコカリ
・第一航空戦隊ソウリュウ編成の演習
・入渠
・我、夜戦に突入す!
長いので、途中で加賀が出て欲しいです。
>>30 やはりそうですよね。私は史実を調べていて気に入りました。
>>31 そのつもりです。アニメ本編と同様、この話には登場しませんが。
>>47 やはりいつか飲み込まれてしまうのでしょうか。開始3ヶ月目ですが、怖くて1度も引けていません。
~~~~~~~~~~
乙
数百リットルのメタノールを飲む電か、胸が(分)厚くなるな
――居酒屋鳳翔――
龍驤『眼が、ずきずきするでぇ……」
朝の光がまぶし過ぎたわけではなく、昨夜の宴会が原因だった。
眼が潰れる程よく効くメタノール。
艦娘だからこそ飲めるし、気分も高揚するが、翌朝のダメージまではコントロールできなかった。
龍驤『今何時やろ?」
壁掛時計を確認すると、短針が9時の位置を示していた。
>>58 差し替え
――居酒屋鳳翔――
龍驤「眼が、ずきずきするでぇ……」
朝の光がまぶし過ぎたわけではなく、昨夜の宴会が原因だった。
眼が潰れる程よく効くメタノール。
艦娘だからこそ飲めるし、気分も高揚するが、翌朝のダメージまではコントロールできなかった。
龍驤「今何時やろ?」
壁掛時計を確認すると、短針が9時の位置を示していた。
龍驤「……」
龍驤「あっかーん! ちょっちピンチすぎや~!」
周囲を見渡すと、諸肌に脱いだ鳳翔とそれを中心に見事な輪形陣を組んだ妖精が眠っていた。
龍驤「……なんなの? これ?」
こめかみを抑えつつ、徐々に昨夜の様子を思い出していく。
――――――
―――
ー
鳳翔『龍驤~、飲んでますか? 盃が空ですよ』
龍驤『注いでくれるの? ありがと。ってその瓶からもう空やんか』
鳳翔『あら、私としたことが。ふふふ』
龍驤『そんな酔うなんて珍しいなぁ。あとなんで鳳翔が2人いるの?』
鳳翔『あなたも酔いすぎですよ』
鳳翔『ところで、龍驤は提督のどんなところが好きなんですかぁ?』
龍驤『う~ん? そうやなぁ、具体的に何かあったわけやないけど。秘書艦としてずーっと一緒に過ごしてたやろ?』
龍驤『気がついたらこうなってたなぁ』
普段であれば決して言わないであろうこの言葉。
今、意外なほど滑らかに口から出てきた。
龍驤『あとは、堂々としていても控えめなとこかなぁ』
龍驤『あれだけ、戦闘指揮に民間交流に奮迅してるのに、成果を誇示しようともせんしな』
龍驤『謙虚っていうんかな? なんかそういうとこもええよな』
龍驤『それから……』
堰をきったように延々と話し続ける龍驤。
話を聞いている間に鳳翔の顔がにやけてくる。
龍驤のことはわかっていた。
わかっていたが、やはり本人の口から出る言葉には情感がこもっている。
龍驤の盃に何度も注ぎながら、言葉を促す。
こういったことは貯めこまずに吐き出したほうがよい。
鳳翔は年長者としてそれを知っていた。
盃が空くたびに龍驤に注ぐ。ついでに、自分の盃も満たしながら話を聴き続けた。
鳳翔『ふふふ、いいですねぇ。素敵です』
鳳翔『そんな龍驤のために、お姉さん一つ芸をしてあげます』
龍驤『ほっほー、ウチはちょっち採点厳しいよ?』
鳳翔『望むところです。本邦初公開ですよ? これを逃したら次の宴会まで見られませんからね?』
新米『熟練殿! 母様が! 急いでください』
龍驤と鳳翔の妖精たちもわらわらと寄ってくる。
龍驤の搭乗員は期待に満ちた眼をしていた。
かたや、鳳翔の搭乗員は自信にあふれた表情をしていた。
鳳翔『行きます! これは、演習ではなくて宴会よっ!』
鳳翔『私が祥鳳です!』
見惚れるほど見事な、倒立だった。
妖精たちの哄笑が響く中、龍驤だけが即座に反応した。
龍驤『鳳翔! 湯文字、湯文字!』
鳳翔『構いません! ここからが本番です!』
鳳翔『これが……』
鳳翔『祥鳳改ですっ!』
右手一本で艦体を支えながら、左舷側の肌脱ぎを行う。
支えが半分になったにも関わらず、ジャイロスタビライザーで制御したかのような安定感だった。
これにはさすがの龍驤も笑ってしまう。
あの鳳翔がここまで体を張った芸を見せるなどと、どうすれば予想できただろうか?
鳳翔『まだですよ! このまま終わるわけには参りませんっ!』
鳳翔『そしてこれが……』
鳳翔『祥鳳改二です!』
爆笑の渦に包まれ、手や床を叩いて鳳翔を評した。
湯文字が見えることも躊躇せず逆立ちになり、諸肌を脱いだ鳳翔。
ダメージコントロールが得意な彼女は、中破したところでこれほどの状況にはならない。
つまり、この光景の貴重さ、姿勢制御の見事さ、実施者が鳳翔という意外さが相まって、笑いを誘うことに成功したのだった。
鳳翔『ふぅ、さすがにふらふらします。私が無茶をしては、ダメですね』
大仕事を終えた後、チェイサー代わりの焼酎を口にする。
龍驤『あぁー、ええもん見せてもらった。次の宴会大賞はいただきやな』
鳳翔『えぇ、これ位の事をしなくては「ビッグ7・七変化」にはかなわないですからね』
龍驤『あれは凄過ぎやろ。那珂と「初恋!水雷戦隊」をデュエットやからなぁ』
鳳翔『いつもの長門さんからは想像できない、いい笑顔で歌っていましたからね』
鳳翔『その「ぎゃっぷ」が受賞につながったんでしょうね』
龍驤『……ビッグ7は侮れんな』
鳳翔『祥鳳さんにもお願いして一緒に逆立ちをしてもらったほうがいいかも知れませんね』
龍驤『それもええなぁ』
鳳翔『そろそろ私は少し仮眠をいただきますね。もういい時間ですけど、あとかたつけは明日になりそうです』
龍驤『ならウチもそうするよ。5時には執務室やから、4時位に起きてかたつけを手伝うよ』
鳳翔『ふふ、ありがとうございます。では一旦おやすみなさい』
龍驤『おやすみ。鳳翔、今日はありがとな……』
鳳翔『いいんですよ。おめでたいことも悩み事も皆で共有したいですから……』
この居酒屋は、鎮守府最古参の2人が床で仮眠を取る面白空間と化した。
――――――
―――
ー
龍驤「いやぁ、なんやようわからんけど。昨日はおもろかったなぁ」
思い出したはしから順番に忘れていく。
酒の力を借りて、吐き出したことも忘れていく。
夢と同じように頭の中が整理されたようだった。
残ったものは楽しい時間を過ごしたという感覚だけだ。
龍驤「って、余韻に浸ってる場合やないで!」
龍驤「一旦寮に戻らんと……。あと、隼鷹にお土産もってかな」
あたりを見渡して、あらかた料理を食べ尽くしたことに気がつく。
龍驤「なんか、なんかないんか」
龍驤「……これや」
龍驤「鳳翔~、昨日の分とこれはつけといて~」
小声で伝えて、塊を2つ持って店を後にする。
――軽空母寮――
龍驤「隼鷹、おはようさん」
隼鷹「はい、おはよー。朝帰りなんて珍しいな」
龍驤「ちょっと鳳翔とこで宴会になってな」
隼鷹「なんだよ~、それなら誘ってくれたらよかったのにさ~」
龍驤「ごめん、ごめん。お礼代わりにお土産持ってきたで許してぇ」
隼鷹「お礼って何のことかな~? まっ、せっかくだから貰っておくけどね」
龍驤「はい、どうぞ」
隼鷹「……何これ?」
龍驤「生ハムとメロン。あれ? 前に食べたいって言っとらんかった?」
隼鷹「うむ、龍驤よ。生ハムメロンとは生ハムとメロンという素材のことではなく、料理名なのだよ」
龍驤「そうなんか? 知らんかったな」
隼鷹「気持ちだけ受け取っておくよ。今度鳳翔さんに作ってもらおうぜ~」
龍驤「そうやな」
龍驤「ところで今日の任務はどうしたん? まだ寮に居るなんて珍しいんとちゃう?」
隼鷹「何言ってんのさ。放送聞いただろ?」
『本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする。繰り返す、本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする』
『外出申請は俺のところに直接持ってきてくれ、以上だ』
隼鷹「うひゃあ! まさか、龍驤が無断欠勤だったとはね。そっちこそ珍しいじゃん」
龍驤「早う行かんと!」
隼鷹「まぁまぁ、待てって」
隼鷹「理由はどうあれ、休日に女が男のところに行くんだ。身なりは整えないとね~」
龍驤「けど、急がんと!」
隼鷹「龍驤」
隼鷹「親しき中にも礼儀ありって言葉があってな、お前そんな状態のまま提督に会うつもりなのか?」
隼鷹「髪は乱れてる、顔も洗っていない、服も着替えていない。そんな様でいいのか?」
隼鷹「これじゃ百年の恋だって冷めちゃうね~。ひゃっはっはっは」
龍驤「……そんでも早う行かんと」
隼鷹「30分だけ待てって。湯浴みはできないけど、清拭してやるし、髪も梳いてやんよ」
隼鷹「そんくらいの時間は待たせといても大丈夫だって。お湯取ってくるから、髪を解いて服脱いでまってなよ~?」
あれよあれよという間に話が決まってしまった。
言葉こそ砕けているが、隼鷹は意外な程、礼儀作法に明るい。
それは部屋を見渡せばすぐに納得できる。
遠征や出撃で時間がない中でも、きちんと整えられているのだから。
龍驤はおとなしく指示に従った。
バイザーを外し、髪を解き、服を脱ぐ。
姿見で自分を眺め嘆息する。
贔屓目に見ても駆逐艦並だった。
駆逐艦で平均値を取れば、おそらくそれを下回るだろう。
龍驤「こればっかりはしかたないな~」
変えられない事実はとっくの昔に受け入れた。鏡に映る艦娘はそんな表情をしていた。
隼鷹「おまたせ~。ちゃっちゃかやっちゃおうぜ~」
龍驤「頼むわ」
隼鷹「ほい、顔を拭くようの手ぬぐい。拭き終わったら、これ齧ってて」
ミントの葉とオリーブの実を手渡された。
隼鷹「口は大事だからね~。機会は突然やってくるもんさ」
龍驤の背中を拭いながらそう語る。
機会とは何のことかはわからなかったが、頷いておいた。
顔に触れた熱めの温度が目を覚まさせる。
隼鷹「清拭おっしまーい。次は髪を梳くから服を着とけよ~」
いつの間にか新しい服が用意されていた。まったくもって抜かりない。
隼鷹「すんすんす~ん♪ や~すんすんすんす~ん♪」
龍驤の髪にブラシを通す。BGM代わりに聞こえてくる、隼鷹の鼻歌が小気味良かった。
龍驤「それってなんなの?」
隼鷹「ん~? 知らね。大昔の歌なんじゃね~?」
龍驤「なんか意味があんのかな?」
隼鷹「さぁ?」
隼鷹「『風が吹けば悩みも吹き飛ぶ、お日様が輝けば心も熱くなる』」
隼鷹「『今日も元気に生きようぜ!』」
龍驤「おぉ、ええなぁ」
隼鷹「こんなのどうよ?」
龍驤「自分で考えたんかい!」
隼鷹「何でもいいじゃん。自分で自分の自由を奪うなって」
龍驤「その台詞は、かっこええな」
隼鷹「だろ? 意外と私、やるからねぇ」
隼鷹「はい、できた。鏡見なよ」
目は覚め、唇はしっとりとしていた。
髪はいつもより艶が出ていた上、ご自慢の尻尾さえ機嫌がよさそうに見えた。
龍驤「おぉ、すっごい綺麗や。ありがと♪」
隼鷹「いいってことよ」
龍驤「あれ? 髪紐2つ余ってるんやけど。これどうやって留めたん?」
隼鷹「ん~? 髪を編みこんで留めたんだけど?」
龍驤「……ほんますごいわ」
隼鷹「あとは、ハンカチ。 少しだけフラグレンスを付けといたから」
隼鷹「よっし! 準備もできたし、行って来い!」
龍驤「ほんまにありがとう。行ってきます!」
隼鷹「あとな、龍驤」
龍驤「なぁに?」
隼鷹「それ、解くのは簡単だけど、多分自力じゃ留め直せないぜ~?」
龍驤「ウチじゃさすがに無理やわ」
隼鷹「帰ってきたら一緒に風呂に行こうぜ、ひひっ」
龍驤「うん? わかったでぇ~」
何度も隼鷹に礼をしたあとに、部屋を去っていった。
慌てた様子ではあったが、その表情は少し自信を感じさせるものだった。
隼鷹「……さてさて、どんな髪型で帰ってくるかな?」
鳳翔が内面を隼鷹が外面を気に掛けたのだから、何もなければ嘘というものだろう。
隼鷹は本当に楽しそうな顔で笑っていた。
~~~~~~~~~~
・龍驤 ✓ ○
・鳳翔 ✓
・翔鶴 ✓
・瑞鶴 ✓
・長門 ✓
・加賀
加賀がでないうえに、話も加賀まで進まないです。
しかし、いつかやってきた大淀のお陰で、龍驤の対空カットインが見られて楽しいです。
プロット
・第六駆逐隊VS長門の演習
・加賀・龍驤VS長門の演習前日 第六駆逐隊と長門
・加賀・龍驤VS長門の演習当日朝 加賀と瑞鶴
・加賀・龍驤VS長門の演習本編
・劇本編
・劇終了後の章の授与
・ケッコンカッコカリ
・第一航空戦隊ソウリュウ編成の演習
・入渠
・我、夜戦に突入す!
>>57 特攻隊の訓練生だった人に話を聞いたんですけども、燃料用アルコールを隠れて飲んでいたと言ってました。
純メタノールか、燃料用アルコールみたいにエタノール:メタノール混合なのかはわかりませんが。
ちなみに、その人は訓練生のまま終戦を迎えることができて、特攻しなくて済みました。
命あっての物種と言うものです。
~~~~~~~~~~
闇市記とかでもメチルは爆弾酒って名前で出てくるな
――執務室――
龍驤「龍驤、参りました」
提督「入ってくれ」
提督の机、周囲の床には大量の紐が編み込まれ、伸びていた。
その長さから想像すると、最低12時間は待っていたことがわかる。
龍驤「○九五〇を持って、劇に出演する艦娘への台本配布任務を完了したことを報告します」
提督「報告ご苦労。本日は休暇日とした、この後は自由に過ごしてくれ」
龍驤「了解」
龍驤「なぁ、キミ」
提督「どうした?」
龍驤「キミはウチが遅なったことを咎めんのは分かってる。けど、あえて言わせてもらうで」
龍驤「遅なってごめん」
提督「かまわんぞ? お前が思っている通り俺は咎めもしないし、怒りもしない」
提督「お前が俺のことを知ってくれているように、俺もお前のことはちゃんと知ってるからな」
提督「朝は呼びつけはしなかったが、呼べば必ず来てくれたんだろう?」
龍驤「それは当然や。たとえ機関部が全損しても、海底に沈んどっても……」
龍驤「ウチは必ずキミのところに帰ってくる」
提督「うむ」
提督「ところで、龍驤よ。劇の本当の目的なんだが……」
龍驤「大元帥に、大事なことを宣言するんやろ?」
提督「……何故わかった?」
龍驤「キミがウチのことを知ってくれてるように、ウチも君のことはちゃーんと知ってるんやで?」
龍驤「どんだけ一緒に戦ってきたと思ってんの」
提督「それはそうかもしれないが、一回でも気がついた素振りは見せなかったじゃないか」
龍驤「いや、任務中やったやろ?」
提督「……しまった。そうだったのか。確かにそうだったな」
提督「はっ!? 今日は任務がないじゃないか!」
龍驤「まぁ、キミが休みにしたからな」
提督「……こほん。龍驤よ、聞いてほしいことがある。俺は……」
提督「むぐっ?」
龍驤が笑みを見せ、その人差し指で提督の口を閉じた。
龍驤「ここでウチに言うてどうすんの。大元帥を証人にしてまで伝えたい大事なことなんやろ?」
龍驤「やったら、その時まで待たんと失礼って言うもんやで?」
龍驤「焦ることなんかないって、ちゃんとその時は来るんやからな」
提督「そうか、そうだったのか」
龍驤「そうやで~」
「「あはははは」」
提督「……あぁ、龍驤。とても素敵だ」
龍驤「ウチのこと褒めてくれるん? ありがと♪」
提督「ところで、その髪はすごいな。どうなってるんだ?」
龍驤「すごいやろ? 隼鷹に編んで貰ったんやで?」
龍驤「理由はあれやけど、休日やからな。少しくらいはめかすよ」
提督「そうか、そうだな」
提督「……」
龍驤「ウチの髪さわりたいん? しかたないなー、少しだけならええよ?」
提督「本当か? ありがとう、龍驤! 大す……」
提督「いや、これは言うまい。今はその時ではないよな」
提督「あぁ、後いくつ寝ればその日がくるんだろうな」
龍驤「さっきから何言うてんの。触らんのならもうバイザーつけるで?」
提督「ちょっと待ってくれ」
提督「これはすごいな。素敵だ、よく似合っている」
龍驤「そうやろ、そうやろ?」
提督「これってどうなってるんだ?」
龍驤「気ぃつけて。簡単に解ける言うてたから……遅かったか」
提督「……すまん」
龍驤「別にええよ。ちゃーんと目的は果たしたからな」
龍驤「キミが夜なべした組紐一本ちょうだい? それで留めとくよ」
提督「それはいいんだが、俺が髪を編んでもいいか?」
龍驤「できるの?」
提督「左の房を見ながらならなんとか。せっかく似合ってたんだ」
龍驤「それじゃ、お願いしよかな」
提督「うむ、任されよう」
龍驤「……こんな日は後何日続くんかなぁ」
提督「何か言ったか?」
龍驤「何も言うてへんで」
――――――
―――
―
――駆逐寮――
雷「龍驤さん、大丈夫かしら? 寝込んでないかしら?」
電「まぁ、大丈夫なのです。多分」
響「けど、司令が任務を中断するくらいだ。さすがに心配してしまうよ」
電「それも大丈夫なのです。多分」
雷「なによ! 電は龍驤さんのこと心配じゃないの?」
電「龍驤さんを心配するより、長門さんとの演習を心配したほうがいいのです」
暁「なんか冷たくない?」
電「じゃあ、少し執務室を覗いてくるのです」
暁「へ? 軽空母寮じゃないの?」
電「少し待ってて」
――――――
―――
―
――執務室――
電「……失礼します」
小さな声でノックもせず、静かに扉を開ける。
龍驤「……」
椅子に座った龍驤は目を閉じ、船を漕いでいた。
その後ろで髪を結っていた提督はおそらく電が来ることを予想していたのだろう。
声を出さずにテーブルの上を指さした。
『間宮券』
互いに目礼のみ交わして話はおしまい。この沈黙で十分に伝わった。
電「……失礼しました」
入った時と同じように足音すら出さずに部屋を後にした。
――――――
―――
―
雷「どうだった? 司令は困ってなかった?」
電「司令官さんは龍驤さんと一緒にいたのです」
雷「あっ、そういうことだったの。ごめんね、電」
響「これは、心配する必要はないようだね」
顔を赤くして、2人は電に謝罪をした。
暁「さすが私達の司令ね! 龍驤さんの看病をしてたのね!」
「「え?」」
響「いや、うん。そうだね、さすが暁だ。人を思いやれる素敵なレディーだよ」
暁「当然よ! 暁は一人前のレディーなんだから」
暁「司令をお手伝いして龍驤さんに早く良くなってもらわなくちゃ」
響「これは司令に任せたほうがいいんじゃないかな」
暁「なんでよ」
響「この鎮守府では休むことも任務だからね。もしかすると今日は、長門さんとの演習に備えるための時間なのかも知れない」
暁「そう言われるとそんな気もしてきたわね。龍驤さんのことは司令に任せて私達は作戦を練りましょう」
雷「ねぇ、暁。やっぱり旗艦は私のほうがいい気がするんだけど」
暁「何よ! ジャンケンで正々堂々と決めたじゃない」
電「蒸し返す前に間宮さんのところに移動しましょう。提督のところから券を貰ってきたのです」
雷「なら一番早く着いた人が旗艦ね! よーい、ドン!」
暁「ちょっと! 勝手に決めないでよね」
響「……今度こそ勝つ!」
――――――
――
―
――廊下――
暁「あ、北上さん。こんにちは!」
北上「むっ、駆逐艦。まぁ、こんにちは。廊下は走るんじゃないよ~」
暁「ごめんなさい、けどこれは勝負なんです!」
北上「なんなの一体」
響「北上さん、こんにちは」
北上「また駆逐艦。はいはい、こんにちは。埃たつから走るのやめてよね」
響「ごめんなさい。けど、今負けると旗艦になれないんだ」
北上「う~ん、なんなのこれ?」
雷「北上さん! こんにちは!」
北上「げっ、また駆逐艦。けどまぁこんにちは。先にふたりいっちゃったよ~?」
雷「なんで止めてくれなかったんですか! このままだと雷は旗艦になれないんだから!」
北上「えぇ~? そんなの知らないよ……」
北上「あぁ、やっぱり駆逐艦はうざいなぁ」
北上「うわっ、また来た。今日は厄日だなぁ」
北上「こんにちは、電。3人は走っていったけど、アンタは行かなくていいの?」
電「どうも、北上さん。こんにちはなのです」
北上「あれって一体何なの? ちゃんと躾けておきなよ~」
電「ごめんなさい。演習の旗艦を決める競争をしているのです」
北上「あぁ、長門さんとの演習ってやつ? はしゃぐのも無理ないか」
電「そうだ、北上さん。演習の作戦会議に参加して欲しいのです」
北上「えぇ~、やだよ」
電「そこをなんとか」
北上「やだよ~。この鎮守府は大井っちがいないからね。あんまり頑張ってもね~」
北上「大井っちだけじゃないよ? 球磨姉も多摩姉も、木曽もいないんだよ」
北上「なんか張り合いがないねぇ」
電「……司令に具申しますか? もっと建造に力を入れればきっと」
北上「いいや、いらない。別に目的を履き違えてるわけじゃないんだよ」
北上「むやみに数を増やさないのは逆にいいことだしね~」
北上「それにさ、球磨型で初めに来ちゃったのが私だからしかたないよ」
北上「このスーパー北上さまを目の前にして、提督が戦力不足なんて語れるわけないんだから」
電「その通りなのです」
北上「……駆逐艦に何言ってんだろう。情けないなぁ、もう。こんなの見られたら、大井っちが大笑いするよ。ったく……」
電「話は戻しますけど、作戦会議に参加して欲しいのです」
北上「ほんとぐいぐいくるね~。そんなの電がやればいいじゃん」
電「電ができるのは、単艦の鍛錬についてだけなのです。第六駆逐隊として闘うために、作戦会議参加をお願いしたいのです」
北上「あーもう、わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば」
電「ありがとう」
北上「ったく、なんでこうなるかね?」
電「軽巡洋艦は駆逐艦を導くものなのですから」
北上「今は重雷装巡洋艦だよ~。覚えないのはもう諦めたけどさ~」
電「北上さんと一緒に出撃したのは、北上さんの練度上げに随伴していた時だけでしたから」
北上「まぁ、あの時はありがとね」
――間宮――
暁「どう考えても、暁が一番ってことよね!」
雷「もう少しだったのに!」
響「まぁ、これは仕方ないね」
電「仕方ないのです」
北上「3人とも反省文書き終わった? じゃあ作戦会議を始めるよ~」
「「お願いします」」
北上「と言ってもやることは決まってるから。長門さんの砲撃をよけながら雷撃戦に持ち込む」
北上「以上」
暁「え、これだけ? 他に何かないの?」
北上「ないよ。駆逐艦の主砲じゃ長門型の装甲を抜くのは無理だからね~」
雷「長門さんってそんなに強いの?」
北上「はっきり言って今回の演習を組んだ理由を提督に問いたいくらいだね」
北上「長門さんの通常装備だと、そうだね~」
北上「昼戦で2盃轟沈。残り2盃で雷撃を当てたとしても、長門さんなら小破、いやギリギリ中破だね~」
北上「さらに夜戦で1盃轟沈。最後の1盃がなんとか頑張ったら、中破、ギリギリ大破に追い込める、かな?」
北上「ちなみに昼戦の主砲は多分貫通しないから、長門さんへのダメージにはならないね~」
暁「……え? 長門さんってそんなに強いの? 全く勝てる要素がないんだけど」
北上「逆に長門型戦艦をなんだと思ってたの? まぁいいんだけどさ~」
響「それで、今回の演習に勝てる確率はどれくらいなのかな?」
北上「そうね~、7割くらいじゃない?」
暁「そんなに高いの!? なんだ北上さん、驚かせないでよね!」
北上「戦闘での頭数は重要だからそうなるね~。今回の演習だと長門さんに装備縛りがあるしね」
電「よかったよかった。これで安心して闘えるわ!」
北上「どうしてそんなに余裕なの?」
電「だって7割で勝てるんでしょ? 絶望的な差はないってことよね!」
北上「1人は轟沈確定だよ?」
暁「なんでそうなるの?」
北上「あくまでも出撃じゃなくて演習での勝利の話だからね~。長門さんは正確に、確実に旗艦を狙ってくるよ」
北上「たとえ12.7cm連装高角砲でも、あの人は戦艦だからね。基本の火力が違うわけよ」
北上「それで確実に旗艦は轟沈、まぁ演習だから轟沈判定だね。その上で、生き延びた3盃で雷撃を打ち込んで長門さんを轟沈に追い込む」
北上「これでようやく戦術的勝利になるかな~」
響「負ける3割は何なのかな」
北上「雷撃を打ち込んでも回避されるか、耐えきられるかだね~。3盃生き延びて撃ちこめば、まぁ大丈夫、大丈夫」
「「……」」
響「北上さん、今から訓練をお願いします」
明確な記憶があった。姉妹から置いてけぼりを喰らう自分の姿だった。
生き延びたことへの感謝はあったが、それ以上に何もできなかったという惨めさが勝っていた。
北上「せっかくの休日なんだし、やだよ~」
暁「お願いします!」
混濁した記憶があった。姉妹を置いてけぼりにして独りで沈む自分の姿だった。
目的は果たした、ような気もするし無駄死だったような気もする。
願わくば、次は姉妹で闘い抜き、そして勝利したかった。
北上「嫌だって、駆逐艦。あぁ、うざい」
雷「お願いします!!」
生まれ変わる前からずっと思っていた。
敵も味方も全部助け出したい。
それを実現するためには、必ず力が要る。
北上「……」
電「電からもおねがいするのです」
北上「……まぁ、なんて言うの?」
北上「ギッタギッタにしてあげましょうかね!」
――――――
―――
―
>>76
戦中戦後の物資不足でもお酒が飲みたかったということなんでしょうね。
ロシアでは整備兵がエンジン用のアルコール飲んでたみたいだな 今は違うかもしれんが
>>99
脱脂用、清掃用アルコールでしょうか。どこの国でも同じなんですね。
>>96
差し替え
北上「どうしてそんなに余裕なの?」
電「だって7割で勝てるんでしょ? 絶望的な差はないってことよね!」
北上「1人は轟沈確定だよ?」
暁「なんでそうなるの?」
北上「あくまでも出撃じゃなくて演習での勝利の話だからね~。長門さんは正確に、確実に旗艦を狙ってくるよ」
北上「たとえ12.7cm連装高角砲でも、あの人は戦艦だからね。基本の火力が違うわけよ」
北上「それで確実に旗艦は轟沈、まぁ演習だから轟沈判定だね」
北上「開幕した瞬間に長門さんの戦術的勝利条件が確定するの」
北上「その上で、生き延びた3盃で雷撃を打ち込んで長門さんを轟沈に追い込む」
北上「ここまでしてようやく第六駆逐隊の勝利ってわけ」
――訓練場――
北上「準備出来た?」
北上「まずは回避訓練からだよ。 ちゃんと避けなよ~?」
暁「お願いします!」
12.7cm連装高角砲が唸りを上げ、暁を襲った。
北上は射撃宣言をしてから、砲撃を繰り出した。
着弾位置とタイミングを測るための情報は十分だった。
足りないものがあるならば、それは暁の練度だろう。
暁「きゃあっ!」
北上「避けなって言ったじゃん」
暁「へっちゃらだし!」
北上「はい、もう一発」
暁「きゃあっ!!」
暁:大破
北上「少しでも動かないと絶対に当たるからね」
北上「はい、次~」
響「よろしくお願いします」
北上「ほいっ!」
響「くっ……」
響「不死鳥の名は伊達じゃない」
響:小破
北上「いや、耐えるんじゃなくて避けるの。同じ連装高角砲使っているけど、長門さん相手だったら今ので決着だよ~」
響「もう一度おねがいします」
北上「ほいっ!」
響「くっ、さすがにこれは、恥ずかしいな……」
響:中破
北上「うんうん、少しは動けていたかな」
北上「次~」
雷「はーい! 北上さん。行っきますよー!」
雷「えいっ!」
3人目にして、とうとう回避に成功した。
これは姉ふたりの挙動をよくよく観察した結果だった。
北上が指摘したように、少し動けば急所を外すことができ、大きく動けば回避も可能だった。
北上「まぁまぁか」
雷「そんな攻撃、当たんないわよ?」
北上「連装砲は侘び寂びがないから、あんまりね~。ほい、ほい、ほいっ!」
雷「ムリムリムリ!」
勘違いに気がついた時と着弾は同じだった。
撃つタイミングと方向を宣言してもらい、射撃は単装砲のように一発のみ。
避けることに成功したが、それが北上の砲撃を回避できることとイコールにはならなかった。
雷「いったぁ~い!」
雷:大破
北上「ちゃんと避けなよ~」
雷「なによ、もう! 雷は大丈夫なんだから!」
北上「元気なのはいいことだ」
北上「よ~し、次行くよ~」
電「お願いするのです!」
北上「てぇええぇ!!」
電「甘いのです!」
北上「まぁ……主砲は……まぁ……そうねぇ……」
射撃回避訓練一周目終了。
第六駆逐隊は全体的にぼろぼろだった。
北上「はい、高速修復剤はいっぱい用意してあるからじゃんじゃん使っちゃおう」
三十六週目
北上「駆逐艦、ちゃんと避けなよ~。もっと回避行動の初動を早くしないと当たっちゃうよ」
雷「こんなの避けられないわ!」
北上「じゃあ休んでていいよ。そっちの方が私も楽だし」
雷「……ごめんなさい、もう一度お願いします!」
北上「うんうん」
北上「はい、3人とも高速修復剤をかぶって」
北上「まとめて行くよ~」
北上「なんとか避けられるようになって来たね~。それじゃあ、演習形式で行ってみようか」
「「はいっ!」」
演習開始!
――開幕雷撃――
北上は甲標的を繰り出した。
響「なっ!」
雷「嘘でしょ!」
北上「おっ? ちゃんと避けたね~。えらいぞ、駆逐艦」
――砲撃戦――
暁「攻撃するからね」
響「さて、やりますか」
雷「ってー!」
電「なのです!」
北上「まぁまぁかな」
被弾することなく、回避しきった。
回避したが、北上も射撃を命中させられなかった。
北上「う~ん。まぁ私はやっぱ、基本雷撃よね~」
――雷撃戦――
北上「20射線の酸素魚雷、2回いきますよー」
暁「えっ!?」
北上「40門の魚雷は伊達じゃないから!」
まるで両舷から同時に発射したように見えた。
それほどに華麗な切り返しだった。
電「これはさすがに無理なのです!」
第六駆逐隊:大破
北上「……」
北上「あれ? 駆逐艦、攻撃当ててないじゃん。ちゃんと当てないと」
暁「当てられるわけないじゃない! 北上さん、強すぎるんだから!」
響「……避けるだけで精一杯だ」
北上「あ~もう。ほら、持ってきた修復剤。あと4つ残っているから使って」
電「まだ何かしますか? 回避は見違えるほどよくなったのです」
北上「避けれてもちゃんと当てなきゃ勝てないからね~。ほら、次は射撃訓練だよ」
暁「的を用意しなくちゃ」
北上「そんなのいらないって」
雷「えぇ? 海に向かって撃つんですか?」
北上「違う違う、そんなことしても仕方ないよ」
北上「私を狙って撃つんだよ?」
雷「無理です! そんなことできるわけないわ」
暁「そうよね、一人前のレディーはそんな事しないわ」
響「……それは違うよ、暁。本当に出撃したら、的なんてないんだよ」
響「そこにあるのは、私たち『艦娘』と『深海棲艦』だけだ」
暁「で、でも! イ級にちゃんと当てたことはあるわ!」
暁「……機銃だけど」
暁「……」
北上「どうするの、駆逐艦? やらないならこれで終わりにするよ~?」
電「北上さん、本当に大丈夫なのですか?」
北上「なに、電? 私に不満があるっていうの?」
電「そんなものはないのです」
北上「じゃあ、さっさと準備しなよ~」
北上「「『当てられるはず』と『当てたことがある』は全然違うからね」
北上「あと駆逐艦のくせに遠慮なんかしなくていいってば」
雷「北上さん、よろしくお願いします!」
――雷撃――
4人それぞれが四連装酸素魚雷を斉射した。
それは、微動だりしない北上に吸い込まれるように進んでいった。
暁「当たった!」
響「北上さんは!?」
雷「うそ!? あれを真正面から受けて、小破だなんて」
北上「まぁ、仕方ないでしょ」
北上「私はハイパー北上さま、装甲は神なのよ」
響「ほら、やっぱり! 北上さんは雷巡だからね、酸素魚雷のことを知り尽くしているんだよ」
電「響、すごく嬉しそうね」
暁「これが、一人前のレディーなのね……」
響「北上さん、ありがとう!」
北上「後はしっかり補給して休んでお終い」
北上「あぁ、疲れた~」
雷「北上さんも一緒に間宮さんのところに行きませんか? まだ券があるんですよ!」
北上「行かないよ~。機関部冷却にしばらく巡航するからね」
響「なるほど。雷、私達もそうすべきじゃないかな」
北上「駆逐艦は大丈夫。ほら、さっさと行った行った」
「「本当にありがとうございました!」」
――――――
―――
―
電「北上さん、ありがとうございました。演習までしていただけるなんて」
北上「まぁ、私って極めて高練度な艦娘じゃん? あの子たちにとっては十分な経験になったでしょ」
電「もちろんなのです! けど、装甲が……」
北上「いいから、いいから。アンタもさっさと行きなよ」
電「……本当にありがとうございました」
北上「昔、誰かさんも私の練度上げに付き合ってくれたからねぇ」
――――――
―――
―
北上「ふぅ、きっついな~」
北上「装甲は紙なんだよ、本当に」
「北上さ~ん♪」
北上「大井っち!?」
阿武隈「ごっつーん!」
北上「……」
阿武隈「……」
北上「……阿武隈じゃん」
北上「なんで頭突きすんのさ」
阿武隈「そろそろ水雷戦隊旗艦の序列を決めておきたくて。たった今、神装甲の北上さんを一撃で『大破』させたあたしの方が上でいいよね!」
北上「相手が違うでしょ。川内と競いなよ」
阿武隈「夜戦バカには負けないから!」
北上「何でもいいよ、もう。えいっ」
阿武隈「あぁ! 前髪が!」
北上「いや~、それをくしゃくしゃにするのは楽しいね」
阿武隈「やめてよぉ~! セットし直したばかりなのにぃ~!」
阿武隈「またセットしなくちゃ。北上さん、お風呂行きましょう」
北上「あー」
北上「……ありがとね」
阿武隈「それから、駆逐艦と仲良くなる方法を教えてください!」
北上「えぇ、あんなのうざいだけだよ」
阿武隈「嘘! あんなに楽しそうにしてたじゃない」
北上「そうかな?」
阿武隈「そうよ」
阿武隈「なんで第六駆逐隊の子は第一水雷戦隊旗艦のあたしを頼ってくれないの?」
北上「そんなの知らないって」
北上「けど、まぁ、阿武隈は練度を上げないとね。まずは川内に勝てるようになってからでしょ」
阿武隈「だから! 夜戦バカには負けないから」
北上「わかった、わかった。ほら、お風呂行くんでしょ。えいっ」
阿武隈「ふわぁぁ~っ! あんまり触らないでくださいよ!」
北上「いや~、ほんとおもしろいわ」
阿武隈「もうっ! 肩貸してしてあげますから早く行きましょう」
北上「はいはい」
阿武隈「あと、どうやったら第六駆逐隊の子たちは私に頼ってくれますか?」
北上「だから、知らないって……」
―――――――
―――
―
>>91
訂正
「木曽」→「木曾」
先週は北上さまドロップが大量でした。
早く加賀の話まで進めないと、いつまでたっても加賀を手に入れることはできなさそうです。
そもそも、話を書いたら手に入るわけではないですが。
厨房が書いてるのこれ?
厨房じゃなければほぼ間違いなく統合失調症だと思うから病院いった方がいいよ
――船渠――
北上「あれ? 先客がいるんだね」
阿武隈「何言ってるんですか、もう夜だから当たり前ですよ。お休みなのにどれだけ訓練してたの?」
北上「いや~、まぁねぇ」
北上「こんばんは~っと」
阿武隈「龍驤さんと隼鷹さんだ」
龍驤「お~、こんばんは。って北上、どうしたんや!? 敵襲か!?」
北上「ちょっと駆逐と訓練してたんだ~。龍驤さん、今日頑張っちゃったから、かわりに有給休暇もらえないかな?」
龍驤「それはええけど。駆逐艦相手にそこまでなるってさすがにおかしいやろ。どんな訓練してたん?」
阿武隈「この人無茶苦茶なんですよ。単艦で第六駆逐隊の子たち相手に演習形式をして、全弾回避した上で雷撃を叩き込んじゃうし」
阿武隈「何を考えてるのか、その後の雷撃訓練で北上さんが標的役になっちゃうし」
北上「思わず工作艦になっちゃうかと思ったよ」
龍驤「冗談やってわかってるけど、滅多なことは言わんといてな」
北上「ごめんごめん」
龍驤「けど、北上が稽古つけるとはなぁ。なんかあったん?」
北上「訓練つけろ、訓練つけろ! って、しつこかったからね。面倒だから黙らせただけだよ」
いつもの飄々とした雰囲気はなく、ただ柔らかな口調でそうつぶやいた。
隼鷹「なぁ、北上さん。いっこ聞いていい?」
北上「いいよー」
隼鷹「駆逐艦の子たちとの訓練楽しかった?」
北上「そうねー。まぁ……」
北上「楽しかったかな」
いつもの彼女からは決して出ない言葉だった。
訓練も任務も、面倒がってはいるがいつもそつなくこなしていた。
練度も非常に高く、単艦で長門に打ち勝てる数少ない艦娘の1人だった。
水雷戦隊の旗艦こそ離れていたが、今なお、駆逐と軽巡から尊敬を集めている。
それでも、楽しげな表情を見せたことはなかった。
龍驤「なぁ、北上。提督に具申しとこか? 建造に力を入れれば球磨型の姉妹艦も着任できると思うよ」
北上「電とおんなじ事を言うねー。そりゃ会いたい気持ちもあるけどさ、考えてみてよ」
北上「この北上さまとほぼ同格の大井っちが来るだけで大問題だよ。ただでさえ、この鎮守府は監視対象なのに」
龍驤「……軍縮か。たしかに、着任した瞬間に発令されそうや」
北上「でしょ? そうなるのは本当にやだからね」
龍驤「そうやな」
阿武隈「あのー、ちょっといいですか?」
龍驤「どうしたん?」
阿武隈「あたし達って深海棲艦に対抗できる唯一の手段ですよね」
龍驤「そうやで~、まだ人類の兵器では勝てやんのや」
阿武隈「だったらなんで戦力を削減するんですか? むしろ今も戦力不足が続いているような気がするんです」
隼鷹「あー、阿武隈さん? それはね……」
阿武隈「皆で力を合わせた方が絶対にいいですよね! 連邦や帝国と共同戦線を張ったりすればもっと早く確実に海の平和が取り戻せると思うんです!」
北上「……阿武隈」
阿武隈「ひぇ? あたし、何か変な事言いましたか~?」
北上「アンタいい子だねぇ」
前髪を崩すのではなく、頭を撫でながらつぶやいた。
他のふたりも首肯する。
龍驤「川内やなくて阿武隈が一水戦旗艦になった理由がわかった気がするわ」
阿武隈「あれ? なんであたし褒められてるんですか?」
北上「いいからいいから。そろそろアンタも本気で訓練しないとね。川内にも勝ちたいでしょ?」
阿武隈「だから! 夜戦バカには……」
北上「勝てるって自信を持って言える? あれは水雷戦隊だけで敵艦隊を打倒するって覚悟を決めちゃってるからね。だから夜戦に全戦力を賭けてる」
阿武隈「うぅ~」
北上「そんでもって出撃撤退の判断はかなり慎重だよ~。陸上型の棲艦だってわかってたら絶対に出ない。もし出撃の途中で気がついたら即撤退するから」
北上「雷撃は陸の上まで届かないし、島に魚雷を打ち込んでも仕方ないからねぇ」
阿武隈「あたしなら! 島ごと吹き飛ばしてやります!」
北上「……龍驤さん聞いてた?」
龍驤「もちろんや、その発想はなかったな」
龍驤「魚雷の出力を上げる? いや、それとも……」
北上「対地魚雷って言うのもありかも。できなくはないよね」
一瞬にして、技術会議が始まってしまった。
阿武隈「あの? また変なこと言っちゃいましたか?」
隼鷹「いや~、大丈夫大丈夫。あいつらの変なところに火が着いちゃったけど」
隼鷹「さて、先に出よう。よければ髪を結ってあげようか?」
阿武隈「ほんとですか! やった!」
阿武隈「あっ、もしかして今日の龍驤さんの髪って隼鷹さんがやったんですか?」
隼鷹「そうだよ~、せっかくの休みだしたまにはね」
阿武隈「そういえば、龍驤さんの体調はよくなったんですか? 突然休暇日になってびっくりしちゃったんですけど」
隼鷹「あー、龍驤のやつ寝坊して出てこなかったんだよ。提督も甘いよねぇ」
阿武隈「むしろそれこそ心配です。龍驤さんが遅刻なんていままでなかったです」
隼鷹「たまにはそうなることもあるって。あんまり追い詰めないでやってほしいねぇ」
阿武隈「そんなつもりは……」
隼鷹「わかってるよ。けど龍驤のやつ、提督と一緒に謝罪に出かけてるからさ。え~と、漁連と海運の2箇所だね。責務はちゃんと果たしているから許してやってよ」
阿武隈「許すも何も咎めてないですよ」
阿武隈「……あれ? 提督とお出かけしてたんですか?」
隼鷹「ん? そうだね。何してきたって言ってたかな。謝罪の後、飯くって、酒保に補充するものを見に行って、私らへのお土産に甘味を買って……」
阿武隈「デートですね」
隼鷹「やっぱそうだよね~。せっかくだから泊まってきたらよかったのね」
阿武隈「ちょっと隼鷹さん、それは流石に」
隼鷹「まっ、休みになったし、心太(ところてん)は美味かったしいいか? 阿武隈さんもあとで食っときなよ」
阿武隈「はい、楽しみです」
隼鷹「それはそうと、お客様。どのような髪型にしましょうか?」
阿武隈「龍驤さんのツインテールみたいに留めて欲しいです。組紐のやり方ですよね」
隼鷹「おぉ? よくわかってるじゃん」
阿武隈「結び目のところが花になってましたから。左のテールが菊結びで右が吉祥結びでしたよね。あえて変えるなんて素敵です」
阿武隈「あれだけ綺麗なら、入渠しても解かないのはしかたないですよね」
隼鷹「あれぇ?」
隼鷹はどちらの房も菊結びで留めた。
あえて別の結びをする理由がないから当然と言えば当然だった。
簡単に解けはするが、普通に過ごしているだけで解けはしない。
そして自力ではほぼ留め直すことはできない、つまり。
隼鷹「……やるじゃん、龍驤」
微妙に間違った方向に合点がいった。
北上「これだったら、魚雷の威力で対空迎撃もできるね」
龍驤「はー」
北上「空を飛ぶ時間がが長ければ長いほど、対空防御の餌食になっちゃうからね~」
北上「魚雷として海中を進んで、最後は空を飛ぶ雷撃だから。艦攻とは別の使い方になるのかな」
龍驤「ふーん」
北上「念の為に名前をつけておこう、『はーふーん魚雷』でいいや。使うときは特許料よろしく~」
龍驤「了解~、妖精さんに伝えておくわ。けど、どんだけ時間が経っても皇国はかわらんのやな」
北上「数を制限されるからしかたないよね。いつだって質を上げていくしかないんだよ」
「こんばんは! おっ、龍驤さんに北上さんじゃないですか」
「ふむ、なかなか珍しい組み合わせだな。まぁ、別に関係ないが」
北上「比叡さんに日向さん。こんばんは~」
龍驤「キミらはキミらで珍しい組み合わせやん」
龍驤「って、あっかーん!! これはホンマにピンチすぎや!!」
北上「うわぁ……、それって長門さん? え? 本当に?」
比叡と日向の間には長門のようなものがぶら下がっていた。
北上が阿武隈の肩を借りて船渠に来た時と比べて、さらに曖昧な状態であった。
龍驤「土気、相生、金気! よっしゃ! 形は留めたで! 妖精さん、高速修復剤をお願いや!」
通信式符を飛ばし、まもなく高速修復剤が運ばれてきた。
迅速に修復が進み、すぐにでも意識が回復することが予想できた。
龍驤「……比叡、日向。仲間に何しとんのや。海やったら間違いなく長門は轟沈やんか」
日向「まぁ、そうなるな。少なくとも私は全力を尽くしたからな」
龍驤「なんや、言いたいことはそれだけか?」
比叡「龍驤さん、これはですね?」
龍驤「ちょっと黙って、いま日向に……」
北上「え~い、ざっぶーん」
龍驤「熱っ! めっちゃ熱いやん!! 北上っ! なにすんの!?」
北上「あっ、間違えた。こっちは熱湯だった」
北上「龍驤さん、いま比叡さんが説明しようとしてたよ。攻め立てたかったわけじゃないでしょ? 話聞きたかったんだよね」
龍驤「む、その通りや。 比叡、ごめん。 話聞かせて、ことによっては日向をぶっ叩くで」
長門「……ごほっ。がふっ、ふぅ~。龍驤よ、私が比叡と日向に頼んだのだ」
日向「ほう、さすがは長門だ。この短期間で復活するとはな」
龍驤「何を頼んだんや? 死にたかったんか?」
長門「そんなことするわけなかろう。第六駆逐隊との演習に向けた訓練だ」
龍驤「こんなになるまでやる必要あるんか? 数の優位性は大きいとはいえ、相手は駆逐艦や。その準備に巡洋戦艦と航空戦艦を相手取るのは過剰やないか?」
比叡「あの~、実は私、練習戦艦なんです」
龍驤「え~、真面目な話しとったやん。急にそんなこと言われたら……、冷静になったわ」
龍驤「長門、続きを」
長門「うむ。 任務が遠征ばかりという不満を演習で発散したいだけであれば、上手に負けてやるのもいいと思っていた」
長門「たまには遠征ではなく出撃がしたい、演習がしたい、そんな理由であればな」
長門「あの3人の練度では不足も不足だ。加減をしなければ、一発の砲雷撃を打てないまま終わるかもしれん」
長門「だが、もし。本気だったら? 発散したいではなく、本気で勝ちたいと思っているのなら?」
長門「装備に制限を加えた上で、さらに私自身も加減をしたら? そんな演習に勝って、彼女たちは何を得られるのだ?」
長門「まずは、私が全力を出せるように訓練を依頼したというわけだ」
長門「まぁ、杞憂かも知れないな。遠征は経済速度で移動するから、不満もたまりやすいしな」
長門「どうだ、龍驤? 殴り合いで私と対峙できるのは、鎮守府ではこの2人だけだから。この理由では足りないか?」
龍驤「十分や。 そこまで考えてくれてありがとう」
龍驤「日向もごめんな。いきなり突っかかって」
日向「別にいいさ。説明は長門がしてくれた」
日向「それより今日の長門は頑張っていたぞ。私だけではなく、比叡にも膝をつかせたのだからな」
比叡「はい! とうとうやられちゃいました!」
龍驤「ほんまに? 長門よう頑張ったな!」
長門「やめろ、龍驤。 頭を撫でるな、恥ずかしいではないか」
龍驤「何恥ずかしがっとんのや、褒められときなよ。ほれほれ」
北上「お~、龍驤さんの可愛がりだ。なんか懐かしいね」
長門「むぅ」
比叡「後は砲弾回し受けを覚えて、瑞雲を使った着弾観測射撃ができるようになれば、名実ともに鎮守府の守護神ですね!」
長門「いや、お前たちと違って私にそれはできないからな?」
北上「ついでに先制雷撃もやっちゃいますか。私のお古をあげるよ~」
長門「それもできないからな? 余っているのなら阿武隈にやればいいではないか」
北上「うん、そうしようかな」
長門「ふぅ~」
長門「……第六駆逐隊は本気で挑んでくるのだろうか。それとも発散したいだけなのだろうか。演習まではわからんな」
龍驤「長門にヒントをあげるよ」
長門「ほう、それはなんだ?」
龍驤「第六駆逐隊は北上に頼み込んで訓練をしてたんやで~」
長門「本当なのか、北上? お前が訓練をつけてやったのか?」
北上「まぁ、成り行きでね」
長門「そんな曖昧な理由で動くお前ではないだろう。これはいよいよ楽しみだ」
北上「本気で勝ちに行くから、よろしく~」
長門「胸が熱くなるな」
龍驤「演習日が楽しみやな」
長門「あぁ」
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2-3 潜水艦でデイリーをこなしていた時に加賀を入手しました。
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――演習~第六駆逐隊と長門――
「マイクチェック、ワン、ツー。ワンツーワンツー、サン、シィー!」
青葉「いやぁ、やはり金剛式マイクチェックは気合が入りますね。比叡さんに教わって以来、出撃……いえ、もっと取材が充実するようになりました」
青葉「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 本日の演習、司会実況を仰せつかりました!」
青葉「解説は、『お肉も飛行場もまとめてフランベ』でおなじみの、妙高型重巡洋艦妙高さんです」
那珂「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー。よっろしくぅ~!」
青葉「……」
那珂「……」
青葉「あらためまして、解説は第四水雷戦隊旗艦、川内型軽巡洋艦那珂ちゃんです。本日の演習の見所は一体どこになるでしょうか?」
那珂「青葉ちゃん、切り替え上手だね☆ その前にいろいろ説明しなくちゃだから。みんな、聞いてね!」
那珂「まず、今日の演習のスポンサーは鎮守府前漁業連合会さんだよ。応援ありがとう~!」
那珂「次に妙高さんなんだけど……」
青葉「待ってください! なんで演習にスポンサーが付いているんですか? しかも今日は対外ではなく、内部演習ですよ」
那珂「え~とね、今日の演習には電ちゃんが参加しているからだよ☆」
青葉「つまり、どういうことですか?」
那珂「この鎮守府の歴史を紐解くと時間がかかっちゃうから省略するけどね。 鎮守府設立前の村人口って何人だったと思う?」
青葉「当時ですか、青葉が着任するずっと昔の話なのでなんとも予測しにくいですけど。今が600人位だから、400人位ですか?」
那珂「2人」
青葉「え?」
那珂「2人しか居なかったんだよ。 那珂ちゃんも着任していなかった昔の話だけどね。その時の1人が漁連の会長さんだよ」
那珂「今でこそ鎮守府近海は凪いでいるけどね。 そんな過酷な時代があったんだよ。そんな絶望的な状況にやってきたのが……」
青葉「電ちゃんと司令官ですか」
那珂「そうだよ☆ 那珂ちゃんもアイドルだからわかるけど、電ちゃんの偶像崇拝(あいどるぢから)ってすごいんだ」
青葉「なるほど、つまり……」
会長「青葉殿、那珂ちゃん殿! そんな昔話は良いではありませんか!」
那珂「あっ! 会長、今日はありがと~☆」
青葉「ども、本日はありがとうございます」
会長「なんのなんの。我が君が御姉妹と共に出陣、それも相手は皇国の誉と名高い長門殿だと!」
会長「これを応援しないなどと、どうして言えましょうか!」
青葉「ずいぶん溌溂とした方ですね。会長、電ちゃんとはどのような出会いだったのですか!?」
会長「青葉殿、よくぞ聞いてくれました! 我が君との出会い、それは私がまだハナタレ小僧だった時分。 珍しく海が凪いだ日でした」
電「いい加減にするのです。早く演習を開始してください」
怒った様子ではなかったが、余裕のなさを感じさせる口調だった。
電だけではない、第六駆逐隊全員から緊張を感じた。
その空気は必然だろう。
彼女たちが対峙している相手は、あの長門なのだから。
長門「会長、今日の演習支援本当に感謝している。我々艦娘の闘い振りを披露する良い機会になった」
長門「電と邂逅、思い出、そして、貴方達が自ら復興のために尽力した話も是非聞かせていただきたい」
長門「ただし、それはこの演習が終わってからで良いだろうか。これは彼女たちに取っても重要な時間なのだ」
そう述べた長門は深々と頭を下げた。
会長「ややっ!? 頭を上げてくだされ、長門殿。私は興奮するとどうも……」
長門「かまわないさ。ただどうか今は、全力で彼女たち応援してやってはくれまいか?」
会長「承知!」
その言葉と共に組合員が一斉に並ぶ。
鉢巻には、
電命
法被の背には、
暁に
響き渡るは
勝鬨や
その様まさに
雷の如し
ふんどしは勿論、赤だった。
電「……」
長門「……素晴らしい」
雷「……えぇ、素敵ね」
暁「何よ、レディはこのくらいじゃ喜ばないんだからね」
響「暁、顔がにやけてるよ。けど、これは流石にうれしいな」
電「!?」
青葉「これは壮観です。会長をはじめとして、人間としての限界練度に達しているのではないでしょうか?」
那珂「すっごーい! ハッピがいつもと違うね!」
村祭りに使う法被には、鉢巻と同じ文字が刺繍されている。
つまり、この法被は今日のために新調したものである。
自分たちを応援してくれる人間がいる。
この事実は、初陣に等しい第六駆逐隊の3人に勇気を与えた。
長門「これほどの応援があれば、彼女たちも戦意高揚間違いなしだな」
そう言いつつに視線を下に向けると、何人かの幼童と目があった。
彼らは「ながと」と書かれた鉢巻をしていた。
恥ずかしそうに、「ながとがんばれ」と応援した後、母親の後ろに隠れてしまった。
村では、端午の節句に鎧兜ではなく艦の模型を飾る。
飾る艦は各家で異なるが、やはり一番多いのは長門である。
長門のように大きく、皆を率いて闘えるよう強くなりなさい。
そんな願いが込められていた。
長門「この長門、諸君の期待に必ずや答えよう!」
高らかに謳う。
この返答を受けた幼童たちは顔を輝かせ、長門に向かって手を振った。
長門「ふむ、子供は国の宝とはよく言ったものだな」
最高水準で戦意高揚となった長門は、改めて演習相手と対峙する。
暁「……」
響「……」
雷「……」
電「……」
4人が鉢巻を締め、不退転の意思を示していた。
長門「おどろいたな。纏う空気がまるで違うではないか」
北上から聞かされていた長門ではあったが、実際に相対するとそれ以上の雰囲気を感じ取れた。
長門は胸部装甲から鉢巻を取り出し、締める。
長門「相手にとって不足なし、だ。よろしく頼む!」
「「よろしくお願いします!」」
青葉「ではっ、演習を開始します!」
おおまだ続いてた
ageんなゴミクズ
――第六駆逐――
暁「始まったのね。長門さんはまだ見えないわ」
雷「姿が見えたら、即回避行動に移る。これでいいのよね? 電?」
電「はいなのです。電たちにとっては射程範囲外だけど、長門さんにとってはすでに有効射程範囲だから。むしろ見える前に避ける位の気持ちでいないといけないのです」
響「それは驚きだね。けど、それでこそ戦艦なのかな」
暁「きっとそうなのよ。せっかくの機会だから精一杯前に出ないと!」
雷「目を凝らしてもまだ見えないわね。暁、前に出すぎ! 旗艦なんだから焦んないでよね。雷が前に出るわ」
暁「わかってるわよ! 雷も緊張しすぎよ。そんなんじゃ、いざって時に動けないんだからね」
響「ちなみに砲撃戦はどんな感じなんだろうか。北上さんとやった訓練と同じでいいのかな」
電「あれを10倍、20倍と煮詰めた感じなのです。砲撃の前は空気が変わるので、それを感じ取れば見るより先に艦体が動くはず」
暁「え? 今になってそんなことを言うの? どんな空気になるのよ」
電「そうですね、喩えるなら……。全員回避なのです!」
響「!」
暁「!」
雷「あ……」
突然、電が回避行動を開始した。
暁、響、雷も喩え話に耳を傾ける前に、はっきりと感じ取った。
砲弾よりも、爆音よりも先に、長門の気迫がこの場を支配する。
響「雷!」
電「雷ちゃん!」
ほんのわずかの差であったが、一番に前に出ていた雷は艦体を強張らせてしまい、回避が間に合わなかった。
暁「雷ぃ!」
――司会実況――
青葉「長門さんによる先制の砲撃が決まりました! 弾着です! この距離をこんなにも早く正確に的中されられるものなのでしょうか!?」
那珂「長門さんは超弩級戦艦だからね☆ これでもいつもの射程よりずっと短い距離だよ。近距離だからコリオリ力の演算も省いて、いつもより軽い砲を使ったから射撃の反動演算を省いた。それでも信じられない程、早くて正確な射撃だったね」
青葉「コリオリ? それでも駆逐艦の射程範囲外から一方的な狙撃! 演習とは言え、これはあまりにも非道いのではないでしょうか!」
那珂「逆だよ、青葉ちゃん。長門さんは41cm連装砲、徹甲弾、零観まで外してる。可能な限り艤装の出力を抑えて、長門さん自身が本気で闘えるようにしてくれてるんだ。伝説のアイドルが新人アイドル相手に本気を出す時、色々と制限をするのとおんなじだよ☆」
青葉「成る程ぉー! 解説ありがとうございます! けど、これで決着してしまった場合はどうなるのでしょうか?」
那珂「その時は地方巡業から鍛え直しだよ! あれだってぜーったいにやらなくちゃならない大事なお仕事だからね。那珂ちゃんは今でもちゃんとやってるよ」
青葉「煙が晴れました。 状況は……雷ちゃんが中破! 暁ちゃんが大破です!」
――長門――
長門「……ふむ。暁が雷を庇ったか」
艦橋の高さが、より遠くまで見渡すことを可能にしている。主兵装がなくとも、彼女は間違いなく超弩級戦艦だった。
長門「艦体旗艦としては失格だ。失格ではあるが、極限状態で出た行動が『誰かを護ること』……か。これは皇国の守護者たる我々に取って最も必要な才覚だな。見事だ、暁!」
長門「そして! 一度も振り返ることなく、よくぞここまで足を進めた!」
響「演習前に第六駆逐隊で決めたからね。みんなで勝つと。あなたを目の前にして震えは止まらない。それでもやっぱり闘うって決めたから」
12.7cm連装砲を構え、照準を長門に合わせる。
駆逐艦の主砲では大戦艦の装甲は抜くことはできないが、闘う前に諦めることだけはしなかった。
響「やるさ」
初弾命中。
次弾命中。
全弾命中。
素晴らしい的中率だが、長門は回避行動すら見せなかった。正確には急所から外れるように微調整はしていたが、その意識は攻撃準備に集中していた。
被弾しながら響に照準を合わせる。
響「……無駄だったね」
長門「そんなことはないさ。艦隊で闘うときは必ず必要な能力だ。命中させないことには46cm砲ですら無意味だからな」
響「スパシーバ」
響は照準を合わせ、砲を放つ。
長門「!」
突然、長門が攻撃態勢を解き、旋回した。
この時、響の砲撃が急所にあたり、わずかに長門の装甲を貫く。
「なのです!」
想像だにしなかった突撃。
上方から、握り込んだ錨による打撃だった。
長門「ぬぅう!」
駆逐艦の全質量を真正面から受け止めてしまい、全身が悲鳴を上げる。
過剰かと思っていた比叡、日向との訓練がここで活きた。
十字受けによる防衛の成功である。
長門「ふぅーっ! 今のは危なかった……。黒鉄(クロガネ)時代なら……確実に轟沈だった」
耐久力が、装甲が優秀なだけにはっきりと想像できた。
長門「駆逐艦の身でありながら、よくぞそこまで練り上げた!」
特型駆逐艦暁型四番艦
最も長きに渡り鎮守府を支え続けた初期艦
暁型の、特型駆逐艦の最終艦
特型が残した数多の蓄積は、彼女に集約された。
電「電、推して参るのです!」
初期艦、電。
限界練度だった。
――司会実況――
青葉「ーーッ!! ーーッ!!」
排気量を全開にしてマイクを最大音量にしても、実況は伝わらなかった。
海原が割れそうなほどの大声援。海岸で電の名がこだまする。
当然、海でこだますることなどありえないが、途切れることのない声援はそう比喩するよりほかなかった。
那珂「青葉ちゃん、そんなんじゃダメだよぉ。ファンの皆が応援してるんだから、今は静かに実況しないとね☆」
青葉はもとより、応援に精を出していた者たち全員が那珂に注目する。
全員の耳に、那珂の声が届いたからだ。
那珂はマイクを使っていなかった。
単純な音であれば、全てかき消されてしまっていただろう。
ならば、届けた先は耳ではなく心。発したものは、声ではなく想い。
水雷戦隊旗艦である彼女は、常に戦場(ステージ)を意識している。
敵棲艦(ファン)の状況(テンション)を読み取り、自身だけでなく随伴艦(メンバー)が最高の性能(スマイル)を発揮できるように心がけていた。
たとえ、戦場でなく舞台だったとしても、行住坐臥を旗艦(アイドル)として過ごす那珂の振る舞いは変わらない。
想いをくみ取り、想いを伝える。
誰が相手であろうと、決して路線変更などしなかった。
那珂「みんなー! しっかりと電ちゃんのことを見てたかな~?」
途切れそうな空気を繋ぎ直し、再び歓声が上がる。
青葉「あっ、あれは一体何だったんでしょうか? 艦娘の常軌を逸していたのでは!?」
那珂「あれはね……」
那珂「単なる体当たりだよ☆」
青葉が唖然とし、観客は大笑いする。
那珂「でもね、青葉ちゃん。いつもの2倍の跳躍と!」
青葉「跳んだことなんてありません!」
那珂「いつもの3倍の回転が!」
青葉「回転もしません!」
那珂「もぅっ、青葉ちゃん意地悪だよ!」
会場は笑いと拍手に包まれた。
那珂「那珂ちゃんジョークはこれくらいにして。駆逐艦の重量であれだけの高さと回転だからね、その力積は41cm連装砲にだって負けないんだから!」
青葉「そんなに!? それだけの威力があるなら、始めからやった方がいいのでは?」
那珂「近づけたらそうだよね☆ 近づく相手は誰かな~?」
青葉「長門さんでした! あの警戒網をくぐり抜けるのは至難の業です!」
那珂「そうだよ、普通だったら絶対に成功しないんだ。長門さんが別のことに集中してたりしないとね」
青葉「響ちゃんです! 響ちゃんが長門さんに砲撃戦を挑んでいました。あの時、全弾命中という素晴らしい成果をあげ、長門さんの意識は響ちゃんに集中していたはずです! そんな状況で長門さんはよく電ちゃんの進撃を察知できましたね」
那珂「戦場は刻一刻と変化する所だからね。場を掌握して、艦隊の全部に指示を出せる艦娘が連合艦隊旗艦なんだよ!」
青葉「長門さんです! 連合艦隊旗艦長門です!」
こっちで響コール、あっちで電コール。
間を開けずに長門コールも響き渡る。
それだけで伝えきれてない、まだ足りていないと判断した那珂はさらに解説を加えた。
舞うように席を離れ、小さな観客に目線を合わせてから、鈴のような声で簡潔に述べる。
那珂「ながとさんはね、みんなのおうえんでもっとがんばれるんだよ☆」
アイドルの笑顔は、道理のわからない子供相手に潤滑油のように染みわたった。
彼らは母親の後ろから出て、小さな体をいっぱいに使い、ながとの名を何度も何度も呼んだ。
青葉「……」
青葉「暁ちゃんと雷ちゃんもこの歓声の中で闘って欲しかったです……」
マイクを通さず、小声でこぼす。
一生懸命、遠征任務を続けてきた彼女たちがようやく掴みとった機会だった。
一度の砲雷撃もできないまま終わるのはあまりにも忍びない。
「……水雷戦隊を侮らないで」
「……水雷戦隊を侮らないで」
>>135 削除
マイクどころか、零式聴音機ですら拾えない程小さな声だった。
その声が、機関部を水没させるかのごとく青葉を覆う。
青葉「……」
中破、そして大破の艦娘に何ができるのか。
しかも、それは駆逐艦で相手は超弩級戦艦だ。
万全の状態ですら、拮抗してはいない。
疑念と共に那珂を見据える。
那珂「……」
周囲の空間が歪む。
青葉が見た錯覚でしかないが、その気迫はあの武勲艦を想起させるものだった。
華の二水戦旗艦
艦体が真っ二つになろうとも、その戦意衰えることなし。
結果、皇国に勝利をもたらした、あの武勲艦を。
那珂「さぁ、まだまだ砲撃戦は続くよー!!」
――第六駆逐隊――
電「響ちゃん、諦めちゃだめなのです」
響「すまない。最後は全力で回避しなくちゃいけなかったね。電はかなり無茶をしたけど大丈夫かい?」
電「大丈夫なのです。雷撃を打ち込む機会まで耐えましょう」
響「了解!」
挺身により電は小破となった。
長門に打ち込むということは、電自身にもそれ相応の反動があるということだ。
響を庇う代償は決して安いものではなかった。
ただし、これは決して自棄になったわけではなく、勝つための最善策だ。
水雷戦隊の決戦兵器である酸素魚雷を長門に叩き込むため、少しでも命中確率を増やす必要があった。
下手な鉄砲の例えは正しく、数多く打てば実際に当たる。
問題は1盃の駆逐艦に載せることができる数に限界があるということ。
そして、1盃の駆逐艦が当てることができる魚雷の威力では戦艦を打倒することができないということだ。
3盃生き延びて酸素魚雷を当てることができればなんとかなる。
訓練前の北上の言葉だが、的を射ていた。
2盃なら可能性が残り、1盃ではわずかな希望も残らない。
鳳翔が着任するまでの長い期間、単騎で闘い続けた電は決して諦めることはなかった。
そんな彼女が手にした、姉妹で闘う初の機会。
電「皆で勝つのです!」
――長門――
長門「……巧いな」
駆逐艦の機動力により、長門はT字不利を取らされ続けた。
装甲の薄さを代償に、彼女達の速力は長門のそれを凌駕している。
力に対して決して力で対抗せずに、速さで対抗する。
同行戦に比べて、火力は4割といったところだろうか。
その状況下でも定石通り、練度が低い艦に狙いを定め砲撃を放つ。
この2盃が相手であれば響が標的艦となる。
それは向こうも承知の上だろう。
砲を放つその瞬間、電が砲塔めがけて射撃を放ってくる。
豊満な胸部装甲で受けたのであれば、駆逐艦の砲撃などものの数ではないが、砲塔であれば話は別だ。
的中してしまうとその砲が使えないばかりか、射撃妖精の士気まで低下してしまう。
実際、響が放った一撃が砲塔1つを再起不能に追いやり、見かけの被害以上に戦力は低下していた。
これは駆逐艦としては十分の戦果だった。
1つであれば大きな影響はないが、正確に当て続けられると話は変わってくる。
砲撃を放てない戦艦は大きな的でしかないからだ。
電は正確に、偶然に頼らず当てる技量がある。
必然、電に対しても砲を放つ必要があり、結果1盃に対しての火力と命中精度が低下してしまった。
響「くっ、まだやれる」
長門の砲撃を躱し続けることはできなかったが、何とか装甲を抜かれずに堪えていた。
互いに決定打を出せずに、腰を据えた砲撃が必要なことは明白だった。
機は熟した。
電「響ちゃん!」
響「雷撃!」
響が酸素魚雷を放ち、電は長門に向かって走り出す。
電が前衛で響が後衛の形となったが、電が響の射線に重なってしまっている。
長門「真正面は無駄だ! 当方に迎撃の用意あり!」
きっちりと向き直り、構える。
初回は不意打ちだったが、今回は違う。
電の挺身だけであれば一方的に迎撃可能、2段構えの雷撃も響だけであれば耐えられる。
長門は狙いを定めた。
電「右舷投錨、 最大戦速!」
停止と加速を同時に実行する矛盾。
電「面舵いっぱい!!」
投下した錨を起点に弧を描きながら海上を滑り、長門の背後をとった。
長門「なん……だと!?」
長門は電の狂気ともいえる操舵を予測できずに反応が遅れてしまった。
電「雷撃、なのです!」
長門は必死に舵を切る。
完璧な挟撃だったため、どちらかの魚雷は確実に長門に喰らいつく。
響「やった!」
先に発射した響の酸素魚雷が長門左舷に命中。
北上との訓練後、何度も何度もイメージトレーニングを重ねた成果が表れた。
長門を中破に追いる。
電「このまま夜戦に突入なのです!」
想像以上に損害を与えることができたため、電ですら高揚を隠せなかった。
長門「まだだ!」
長門は電が放った魚雷に対応する。
速力を上げて、自らの右舷で魚雷を迎えに行った。
響「一体どういうこと?」
電「……やられました。注水復元です」
勝負の天秤はいまだ平衡を保っていた。
――司会実況――
青葉「……青葉、あんな動き見たことがありません。那珂ちゃん、解説お願いします」
那珂「本当に驚きました。思わず私も参戦してしまいそうになるくらい……」
青葉「あのぉ、那珂ちゃん? 解説をおねがいします」
那珂「はっ!? 艦隊のアイドル那珂ちゃんだよ~☆ まず、長門さんから説明するね」
青葉「響ちゃんの雷撃を受けたあと、なぜ電ちゃんの雷撃まで受けてしまったのでしょうか」
那珂「これは継戦力を確保するためだよ。もし、昼戦だけで勝敗判定をするならあんなことはしないよ。被害が単純増加しちゃうからね」
青葉「なるほど」
那珂「まだ夜戦が残っているからね。左舷側に傾斜したままだと速力はともかく回避が難しくなっちゃうんだ」
青葉「確かに。取舵※1はとれても、面舵はとれないです」 ※1:左折
那珂「でしょ? だから両舷のバランスを合わせるためにあえて右舷側にも雷撃を受けたんだよ」
青葉「ですが、注水弁を開けばいいのでは? わざわざ艦体に穴を開けてまで傾斜復元する利点がわかりません」
那珂「演習ならそうだよね、夜戦への移行は若干の準備時間を設けるから。けど実戦は違うんだよ、雷撃のあとにまた雷撃があったり、航空戦力だって控えているかもれない。間に合うかどうか、これが運命の5分になっちゃうかもしれないよ」
青葉「長門さんはそこまで考えて」
那珂「第六の皆の中で実戦経験があるのは電ちゃんだけだからね。そもそも、この演習は第六駆逐隊が出撃できるようにするための準備だから、長門さんは惜しみなく全力を見せてくれているね」
青葉「そうでした。今後、青葉が片舷に魚雷を受けたら、半舷にも魚雷を受けますね!」
那珂「そんなことしたら轟沈しちゃうよぉ。皆も長門さんの真似をしちゃダメだからね。真似しなきゃいけないのは最善を尽くすために常に全力を出すこと、だよ☆」
青葉「了解です!」
那珂「次は電ちゃんの説明をするね」
青葉「あれは訓練にない動きでした」
那珂「青葉ちゃんは皇国海軍防衛マニュアルを全部読んだかな?」
青葉「……いえ、全部は」
那珂「大丈夫、大丈夫☆ 提督が把握していたら大丈夫だから。那珂ちゃんたちはあくまでも運用される兵器だからね」
青葉「きょーしゅくです」
那珂「そこに書いてあるんだ、『対異星艦隊迎撃法』ってね。実戦で使ったのは妙高さんだけだけど」
青葉「アハハハ、那珂ちゃんジョークですね」
那珂は笑顔を返した。
青葉「……え?」
那珂「さて、そろそろ夜戦突入の是非を確認しよう!」
青葉「あ、はい。現在の戦果だと長門さんが勝利で終了です。第六駆逐隊に夜戦突入の意思を確認しますね」
応答を待つ。
青葉「4人全員が夜戦突入の意思を示しました! えっ? 4人全員ですか?」
それを聞いた那珂が見たことのない笑顔になった。
那珂「これが水雷魂なんだよ☆ さあ、青葉ちゃん。はやく夜にしてね」
青葉「取り扱い説明書にしたがって……、『使う時は柏手を2つ打つんやで』成る程。はい、それでは両儀式符にて昼夜反転! 夜戦開始です!!」
――第六駆逐隊――
暁「……」
真っ暗闇のなか思案する。
長門の砲撃を受けたため、全く身動きが取れなかった。
旗艦の責務を果たさないまま、妹達に負担をかけている。
このまま演習が終わるとして、どうなるだろうか。
皆で頑張ったと讃え合えるだろうか。
長門はおそらく暁達を褒めるだろう。
初陣をよくよく頑張った、と。
北上は労うだろう。
まぁ、駆逐艦だしね。とりあえずおつかれさん、と。
第六駆逐隊はどうだろうか。
響と電が昼戦を耐えぬいてくれた。
中破して震えていた雷はその勇姿を見て缶を温めなおしてくれた。
なんと誇らしい妹達か。
暁自身はどうか。
何もできなかった自分自身を許せるだろうか。
否! 断じて否!
暁「……許さない。絶対許さないんだから!」
昼戦中、ずっと見るているだけだった。
当然、長門の位置は覚えてる。
暗闇になろうともはっきりと捉えている。
暁は長門に向けて探照灯を照射した。
――長門――
長門「むっ!?」
暗闇に目を慣らしていたところに強烈な光を浴びせられた。
刹那、暁の姿が焼き付いた。
あまりの光量のため、夜戦中に視力が回復することはないだろう。
暁にとって探照灯を使うことはトラウマだったはず。
それを乗り越えて、本気で勝ちを目指している。
長門「くっ」
長門にとっても強烈な閃光はトラウマだったため、艦体が震えている。
乗り越えることは容易ではない。
それでも暁の勇気には応える必要があった。
長門「目標、暁。連装砲、斉射!」
目を閉じたまま、きっちりと弾着させた。
暁:大破(轟沈判定)
長門「ふんっ!」
海面を一定間隔で叩き続けた。
――第六駆逐隊――
響「……」
長門の砲撃音に紛れて移動、速やかに缶の火を落とした。
機関部を停止させたためもう回避はできないが、暁がつかみとった機会をなんとしても活かしたかった。
視覚を封じたとはいえ、長門を無力化できたとは言いがたい。
響が発する音を見られてしまう可能性があり、悪い予感こそよく当たる。
響「……」
無言のまま、四連装酸素魚雷を放つ。
渾身の一撃だ、外れたとしても耐え切られたとしても後悔などない。
暁は成すべきことを成した。長門の位置は完全に捕捉できている。
電はわざわざ大きな音を出しながら長門に向かっている。少しでも酸素魚雷を悟らせないためだ。
雷もすでに移動を終えていた。艦体の震えは止まったようだ。
なんと誇らしい姉妹だろうか。
酸素魚雷の行方を眺め、水柱が上がることを確認した。
響「よし!」
長門「目標、響。連装砲、斉射!」
響「……そんな」
響:大破(轟沈判定)
――長門――
海面を叩きながら電を待つ。
耳を済ませても、響と雷の音は見えなかった。
間違いなく、大音を立てて陽動している電の作戦だ。
響も雷も、おそらく暁が探照灯を放った時とは違う位置にいるだろう。
電「電の本気を見るのです!」
長門は声のする方を向き、迎撃の体勢をとる。
連撃だろうと一撃必殺狙いだろうと対応できるだけの鍛錬は積み上げていた。
直後、切札を切るような甲高い音が鳴り響く。
長門「一撃必殺か! いいだろう受けて立つ!!」
『主錨』
『副錨』
『副錨』
長門「は?」
主砲や魚雷を想定していたが、電は鎖付きの錨を投げつけてきた。
電「捉えました」
長門を縛り付け、主砲を構えながら宣言する。
長門「あぁ、私がな」
ほんの少し艦体を揺さぶり、鎖を通して電を制した。
電「柔!? よくここまで鍛錬を積みました」
長門「お前に認めて貰えて光栄の至だ」
海面を叩きながら返答する。目は閉じたままだった。
電「……」
響の酸素魚雷到着まで、5秒前、4、3……
長門「せいやぁ!!」
裂帛の気合と共に海面に衝撃を与えた。
それも同時に2箇所。
直後、響と長門の間で水柱が立った。
電「信管過敏!? そんな、酸素魚雷の整備は十二分にしたのです」
長門「目標、響。連装砲、斉射!」
電「まさか……遠当て? それよりもどうやって酸素魚雷と響ちゃんの位置を……」
長門「終わったあと、ゆっくり間宮で話そうじゃないか」
電「……そうですね」
長門は連装砲を、電は酸素魚雷を構える。
長門「てぇー!!」
電「なのです!!」
長門の砲撃は全弾電に吸い込まれ、電の酸素魚雷は長門の下に向かい沈んでいった。
電:大破(轟沈判定)
長門「終わりだな」
電「えぇ。電達の、第六駆逐隊の勝利です」
BOB! という轟音と共に、海が長門を捉え上空へ吹き飛ばした。
長門「……馬鹿な」
長門:大破
これにて第六駆逐隊と長門の演習終了。
結果発表を待つ。
――司会実況――
青葉「演習終了です! 暁ちゃん達と長門さんが戻り次第、提督による結果発表です」
那珂「……川内ちゃん、今日の出撃代わってくれないかな。これを見た後だと、遠征じゃちょっと物足りないかも」
青葉「那珂ちゃん、落ち着いて。そのあたりの話は司令官と相談してください」
那珂「わかってるよぉ。結果発表の時に聞いてみるね」
青葉「ところで、最後まで司令官は顔を見せませんでした。どうやって採点するのでしょうか」
那珂「普通に採点するんじゃない? 見ていなくとも観ていただろうし、聞いていなくとも聴いていたんじゃないかな。それができなきゃ那珂ちゃん達の指揮(プロデュース)はできないからね☆」
青葉「そうですか? いえ、意味不明ですけども。では、青葉はインタビューの準備をしちゃいます」
川内「その前に、提督の結果発表を聞きなよ」
那珂「あ、川内ちゃんだ。ねぇ、今夜の出撃代わってよぉ」
川内「提督が良いって言ったらね。今回は私がお願いしたわけじゃなくて、提督の指令だから」
那珂「う〜、いいなぁ」
青葉「……いったい、どこから現れたんですか?」
川内「ん〜? 青葉の意識の隙間からかな。なんとなく那珂が暴走しそうな気がしてね、提督より一足先に来たんだよ」
那珂「那珂ちゃんはアイドルだから暴走なんてしないよ」
川内「電が長門さんの虚を突いたりして、那珂の戦意も高揚。思わず参戦しそうになったりは?」
那珂「……してないよ」
川内「……」
那珂「してないよ?」
川内「わかった、わかった。ほら、もうすぐ結果発表だから」
那珂「はーい」
執務室の方角から白い塊が飛んできた。
着地と同時に正体が明らかになる。
提督「間に合ったか? 間に合ったよな!」
青葉「ぜんぜん間に合ってません! もう終わっちゃいましたよ」
提督「何たること! 作戦会議を終わらせて、大本営との交渉まで終わらせたというのに!」
青葉「初めての演習なのに。これじゃ暁ちゃん達、泣いちゃいます」
提督「うぐっ。青葉よ、痛いところを突くじゃないか。成長したな」
青葉「ども、きょーしゅくです!」
提督「しかし、責務は果たさせてもらおう! ちょうど帰ってきたようだしな」
雷は暁を曳航して、長門は響と電を曳航して戻ってきた。
誰一人として五体満足ではない上に、第六駆逐隊は全員が涙していた。
負けてもいい程度の覚悟で臨戦していたのであれば決して流れない涙だと、見る者全員が感じ取った。
提督「皆、よく闘ってくれた。早速だが、結果発表をする」
那珂「全員、傾聴!」
提督「まず演習の勝利は、長門だ! また、単騎のためMVPも長門だ、おめでとう」
長門「あぁ、私にとって価値ある一戦だった。ありがたく貰っておこう」
提督「次に、第六駆逐隊のMVPは雷だ、おめでとう」
雷「……ぐすっ。ありがとう……えぐっ、ございます」
提督「講評に移る。まずは暁から」
暁「はい……ぐすっ」
提督「旗艦が随伴艦を庇うなど言語道断だ。結果として艦隊すべてを危険に晒すからだ。そんな艦娘は旗艦を務めるべきでない」
暁「……はい」
提督「ただし! 誰かを守ることこそ我々の存在意義だ! よく雷を庇った、暁ぃ!!」
暁「えっ? はい?」
提督「夜戦の照明灯もだ。あれがあったからこそ、お前たち4人が一斉に長門に挑むことができたんだ! お前にとってのトラウマだろうに、よく勇気を振り絞った」
暁「えーと、ありがとうございます。お礼はちゃんと言えるし」
提督「今回は花マルをやろう! よーしよしよしよしよし。いい子だ暁、よくできた!」
暁「はわわわ。頭をなでなでしないでよ! もう子供じゃないって言っているでしょ!」
提督の手は急に動きを止めた。
暁「ど、どうしたのよ? 急に止まっちゃったりして」
提督「すまない。そうだな、暁は一人前のレディだからな。つい、妙高や隼鷹と同じように褒めてしまった」
暁の脳内で中央演算装置がオーバークロックを起こす。
同時に、高度な数式が展開された。
妙高≒隼鷹≒一人前のレディ≒暁
暁「……」
無言のまま脱帽し、頭を差し出す。
提督「ん? 妙高や隼鷹と同じ扱いでいいのか?」
暁「と、当然よ!」
提督「暁、よくやった」
暁「♪」
暁はあまりにもあっさりと陥落してしまった。
ほんの少し前まで涙を流し、鼻水を垂らしていたとは感じさせないほどに。
泣いていた他の3人もその様子を見て自身を改めた。
悔しさはよりも、この機会を与えてくれた指令に報告をしたい気持ちが勝ったからだ。
提督「響ぃ、講評だ!」
響「ああ、わかったよ。けれど司令官、首だけでこっちに振り返るのはやめてくれないかい? 人間の可動域を超えているよ。はっきり言うと怖い」
提督「何をいまさら」
響「そうだね」
提督「響は……うむ、いい表情だ。何か納得できたか? だが講評はさせて貰おう」
響「お願いするよ」
提督「昼戦の主砲、雷撃を放つところ、長門の砲撃を回避するところ。夜戦の雷撃もよくやった。可能戦闘機会を余すところなく使っていたな。花マルだ!」
響「スパシーバ」
提督「……」
響「どうしたんだい、司令官? 何か気に触ることをしてしまったかな」
提督「お前の祖国はどこだ? お前が守りたい国は?」
響「あぁ、そうか。そうだね、不誠実だったよ。私は『響』。皇国で生まれ育った暁型の駆逐艦だ。祖国はこの国しかない」
提督「そうだな」
響「けれど、司令官。私は連邦だって同じように守りたいんだ。私はあの国でも闘っていたからね。彼らが深海棲艦の脅威に晒されたなら、その時は助けに行きたい。これは皇国に仇なす意志だろうか」
提督「そんなことはないさ、お前は暁型だからな。誰かを助けるときは、俺が止めたって押っ取り刀で駆けつけるだろう」
響「ふふっ。ありがとう、司令官。雷と電も待ってるから」
提督「ああ」
響「……」
提督「油断したな! よーしよしよしよしよし。いい子だ響、よく頑張った!」
響「はわわわわ」
提督「お前は暁型のお姉さんだからな。たまにはしっかりと子供扱いをしてやろう。仲間を置いて歩を進めるのは辛かったろう、単独で長門に対峙するのは怖かったろう。よくよく耐えたな!」
響「あり、ありがとう。はわわ」
提督「高角砲だったとはいえ、長門の砲撃は命中していただろう。なんで昼戦で中破にもならなかったんだ? 響の装甲はオリハルコンか何かでできているのか?」
響「ふ、不死鳥と言う通名もあるくらいだからね」
提督「説明不足だよっ! 恐怖で足が竦むところを奮起していたからだな。耐久力じゃなくて、回避で勝負したのがよかったな! これはお前の意思の強さと言っていいだろう。よしよし」
響「さすがにこれは恥ずかしいな」
提督「頑張ったら褒められるということだ。遠征帰りでもこんなんだったろう?」
響「言われてみればそうだね。どうもありがとう。今度こそ雷のところへ行ってあげて」
提督「うむ」
暁型三番艦へ向き直る。
提督「雷ぃ、講評だ!」
雷「はい! 司令官。雷はもう泣いてなんかいないわ」
提督「殊勝な心掛けだが、まずは初撃を回避せんかぁっ! 出撃したいと言い出したのはお前だろう。駆逐艦の薄い装甲では耐久戦はできないんだ!」
雷「はい。うぅ、……ぐすっ。りょうがいでず」
提督「つぎは夜戦だ! 怯え縮こまっていたのに、よく缶を温め直したな! なぜ戦意を取り戻せたんだ?」
雷「えぐっ……え? え〜と、暁と響が必死に闘ってたから、雷もなんとかしようとして……」
提督「そうだ! そうやって足りなくともなんとか絞りだそうとする心意気こそ大和魂だ! よくやった、雷!」
雷「うん? ありがとう、司令官! もーっと私に頼っていいのよ?」
提督「おうとも、頼りにしている。あとは戦闘技術の評価だ。酸素魚雷でバブルパルス攻撃とか、いったいどういう発想だよ!」
雷「北上さんに言われたの、『最終手段として長門さんの下の方に魚雷を走らせるんだよ〜。爆破のタイミングは電が合わせてね』って」
提督「……やはり北上か」
雷「けどその雷撃しか攻撃できなかったわ」
提督「それでいい。闇雲に主砲を打つよりもよほどお前の成長につながったよ。いい子だ、雷! よくできた。 ひゃっほーう!」
雷「あははは、目が回るわよ。ちょっと、本当に目が回るから。電、見てないで司令官を止めてよね!」
提督「これくらいにしておこう。当然、雷も花マルだ! 次は電だな」
電「はいなのです」
提督「その前に、あっちの対応を頼む」
>>95-96
ここは電じゃなくて雷じゃね?
会長「お母さん。大丈夫ですか、お母さん」
泣きながら、会長が電の元へやってきた。
応援をしていたと比べてひどく弱々しく情けない顔をしていた。
電「ふぅ」
電はため息をつき、呆れた顔になりながらも暖かく応えた。
電「電はとても強いですから、このくらいへっちゃらなのです。坊はいつまでたっても泣き虫さんです」
子をあやすように会長の頭を撫でてやる。
電「それよりちゃんと演習を見てましたか? 電は坊達が安心して暮らせるように頑張っているのですよ?」
会長「はい、ちゃんと見てました。瞬きもせずに、僕はちゃんと見ていたのです」
電「そう、電の前では格好を付けずに普通に話せばいいのです。けれど、瞬きはちゃんとしてくださいね」
会長「はい。はいなのです」
電は会長が落ち着くまで頭を撫で、話しかけてやる。
電「そろそろ演習を終了させないといけません。また時間を作ってお話しましょう。いつでも鎮守府に遊びに来るのです」
会長「はい。ありがとう、お母さん」
目をこすり、深呼吸していつもの調子に戻る。
そして組員に向けて号を発した。
会長「皆! これが我が君だ、我らの守護者達だ!」
伝説は真実だった。
提督が連れてきた艦娘が、その日の内に近海を解放したという伝説だ。
会長が電を語る時、皆は話半分に聞くようにしている。
実際に闘っている姿を見たことはなく、遠征任務をする艦娘だと思っていたからだ。
鎮守府前海域の解放は、比叡や日向によるものだと判断していた。
それは間違いであったと、今日、完全に理解する。
会長「今晩の慰労会の準備に移れ!」
ヨーソローの応答とともに速やかに撤退を始める。
組員は提督へ挨拶を済ませ、保護者たちは子供達の相手をしてくれていた長門に礼を述べた。
子供達は満足気な顔になり、長門はそれ以上に満足していた。
青葉「ふふふ、降りてきました! 青葉、取材を始めます!」
天啓を得た青葉が会長にインタビューするために駆け寄った。
青葉「会長! 取材させてください。電ちゃんとの出会いから今日に至るまでをお願いします!」
那珂「青葉ちゃんって、おバカさんだね☆」
青葉「えっ?」
会長「青葉殿、よくぞ聞いてくれました! 我が君との出会い、それは私がまだハナタレ小僧だった時分。 珍しく海が凪いだ日でした」
会長は嬉々として話を始める。
会長「提督、青葉殿をお借りしていきます。手短に話しますが、立ち話で済む話ではありませんので! 慰労会までには間に合わせます」
提督「青葉をよろしくお願いします」
提督は一礼する。
提督「あと慰労会ですが、ありがたくお受けします」
会長「なんのなんの、私こそお礼をさせてください。いつも我々を守ってくださりありがとう存じます!」
提督「お上より賜った、我々の存在意義ですから」
提督の表情は誇らしげだった。
提督「では、青葉の取材が入ったので明後日の夜ですね。慰労会楽しみにしております」
会長「精一杯もてなしますので!」
青葉「……え? 会長の取材は慰労会までじゃ」
提督「青葉、自分で口にしたことは必ずやり遂げろよ」
青葉の脳内で中央演算装置がフリーズを起こす。
キャッシュもメモリも真っさらにして現実から逃げたかったが、強制的にリカバリされる。
逃げることなど許されない。
会長への取材が決定した瞬間に慰労会開催時刻が48時間ほど延期された。
それについて誰も気にしていない。
それどころか青葉に憐憫の目を向けている。
電「青葉さん」
青葉「はい! ワレアオバ!」
混乱していることが容易に読み取れた。
電「明後日の慰労会で会いましょう」
青葉「いやーっ!!」
青葉を見送り、電に提督式賞賛術をかけた後、長門の講評を始める。
提督「長門、不十分な兵装でよくぞここまで闘った」
長門「ああ、私はビッグ7だからな。どんな条件であろうと最善を尽くすさ」
提督「うむ、素晴らしい。戦闘技術の評価だが、まるで比叡を見ているようだったぞ」
長門「その評価はありがたい、少しでも早く追いつきたいからな」
提督「お前ならできるさ。正直、夜戦時1発目の雷撃で終了すると思っていた。それがどうだ? 昼戦の雷撃を両舷で受けてまで、継戦力を確保。探照灯で視覚を奪われても擬似アクティブソナーで対応。しかも通しで魚雷を迎撃だ。比叡でも今の長門くらいの時はここまではできなかったんだぞ?」
長門「指導者の差ではないか? 私には比叡と日向がいたが、比叡には提督しかいなかったろう?」
提督「なんだと! 泣くぞ、そんなことを言うなら俺は泣くぞ!」
長門「最後まで聞いてくれ、彼女達は自分たちが躓いた箇所とどう乗り越えたかを教えてくれたのだ。決して提督の指導が悪いと言っているわけではない」
提督「そうか、そう言ってくれて助かる。あと少しで俺は泣くところだった」
長門「……龍驤も大変だな」
提督「気にするな、このたぐいの苦労をするのは龍驤だけだ」
長門「そうだな。しかし、比叡の技術指導よりも言葉が重かった」
提督「ほう、琴線に触れるものがあったか」
長門「『敵を倒す必要はありません、しっかり防御してちゃんと帰りましょう!』、だそうだ」
提督「これだけではお前は反発するだろう。戦艦同士の殴り合いはどこに行ったんだ?」
長門「まだ続きがある。『私達を介錯する駆逐艦なんて、万が一にも作ってはいけません!』」
提督「……そうか。比叡は十分以上にわかってくれているんだな」
長門「あぁ、そうだ」
提督「精神面の話で言うか言うまいか迷ったが、今の長門であれば大丈夫だな」
長門「ほう、何かな」
提督「暁の探照灯、よく乗り越えてくれた」
長門「あれは乗り越えられてなどいない、無理やり動いただけだ。そう簡単には、乗り越えられない」
提督「それでいい。長門、よく頑張ったな」
長門「やめてくれ、提督。頭を撫でないでほしい。その、恥ずかしい」
提督「何を恥ずかしがってるんだ、頑張ったら褒められるんだ。ちゃんと褒められておけよ、ほらほら」
長門「むぅ」
第六駆逐隊ほど素直にはなれなかったが、それでも長門の頬は緩んだ。
北上「お〜、提督の可愛がりだ。最近どこかで見た気がするね」
>>160
本当ですね。見つけてくれてありがとうございます。
>>95 差し替え
暁「……え? 長門さんってそんなに強いの? 全く勝てる要素がないんだけど」
北上「逆に長門型戦艦をなんだと思ってたの? まぁいいんだけどさ~」
響「それで、今回の演習に勝てる確率はどれくらいなのかな?」
北上「そうね~、7割くらいじゃない?」
暁「そんなに高いの!? なんだ北上さん、驚かせないでよね!」
北上「戦闘での頭数は重要だからそうなるね~。今回の演習だと長門さんに装備縛りがあるしね」
雷「よかったよかった。これで安心して闘えるわ!」
>>96 差し替え
北上「どうしてそんなに余裕なの?」
雷「だって7割で勝てるんでしょ? 絶望的な差はないってことよね!」
北上「1人は轟沈確定だよ?」
暁「なんでそうなるの?」
北上「あくまでも出撃じゃなくて演習での勝利の話だからね~。長門さんは正確に、確実に旗艦を狙ってくるよ」
北上「たとえ12.7cm連装高角砲でも、あの人は戦艦だからね。基本の火力が違うわけよ」
北上「それで確実に旗艦は轟沈、まぁ演習だから轟沈判定だね」
北上「開幕した瞬間に長門さんの戦術的勝利条件が確定するの」
北上「その上で、生き延びた3盃で雷撃を打ち込んで長門さんを轟沈に追い込む」
北上「ここまでしてようやく第六駆逐隊の勝利ってわけ」
>>160
見つけてくださったお礼に、どうでもいい設定を。
鎮守府艦娘序列
1位
2位
3位
――提督の指令無しで戦闘が許可されている壁――
4位:重雷装巡洋艦 北上
5位
6位
――概念艤装を展開できる壁――
7位
8位
9位
10位
11位
12位:戦艦 長門
――主力艦娘の壁――
話の中では多分出てこないです。
提督「来たか。準備はできたか、北上?」
北上「うん、バッチリだよ」
提督「よし。それでは第六駆逐隊と長門の演習を終了する。双方、今後もよくよく努めてほしい」
那珂「全員、礼!」
「「ありがとうございました!」」
提督「続いて水上部隊の出撃だ。お前たちも船渠に向かう前に見送りを頼む」
那珂「ねぇ、提督。那珂ちゃん、ちょっとお願いがあるんだぁ」
提督「奇遇だな、俺も那珂にお願いがある」
那珂「提督のお願い? 命令じゃなくて?」
提督「うむ。近日、劇をやることはもう伝わっているな?」
那珂「もちろんだよ。龍驤さんの晴舞台だからね、那珂ちゃんの役がないことには目を瞑ります」
提督「ははは、ありがとうな。その日は大元帥にも御台覧いただくことになっていてな。お迎えの際、艦隊式をしようと思っている」
那珂「……」
提督「僚艦はすでに決めていて、隼鷹、長門、祥鳳、潮、漣の5人だ。劇に参加しない艦娘ではあるが、開幕にふさわしい艦選だと確信している。当然、旗艦は那珂しかないと考えていた」
那珂「……」
提督「ところがな、今夜の作戦にも出てもらいたいんだよ。出撃先の海域が海域だからな、川内ではやや心配なんだ」
川内「ひどいなー。夜戦だからこそ私、でしょ?」
提督「お前が旗艦ならな。今夜は僚艦として出てもらうから、いつもとは勝手が違うだろう。どのみち悪い方に偏ったとしても大丈夫ではあるんだが」
川内「まぁそうだよね。慢心しているわけではないけどさ、私ならいけるよ」
提督「そこで那珂に選んで欲しい。今夜の出撃か、観艦式での旗艦か」
那珂「……」
提督「時期も迫っているから、今すぐにでも観艦式準備をしなければならない。ちなみに、川内も旗艦として観艦式に臨むのに十分な華を持っている。那珂は安心してどちらでも選んでほしい」
川内「やだなー。いいよ、そんなに褒めなくっても♪」
那珂「……」
北上「どっちでもいいから早く決めてよね。あんまり時間かけると、阿武隈が限界疲労になっちゃうんだけど」
北上が阿武隈の状況を伝え、提督がそちらを確認する。
妙高と島風が必死に阿武隈をなだめ、落ち着くように話しかけていた。
夜戦に対する不安からか、または僚艦の練度が自身を大きく超えているからか、阿武隈は呪文のように『こんなあたしでもやればできる』と唱え続けていた。あまり長い時間は耐えられそうにない。
提督「そのようだな。那珂、どうだ?」
改めて、意思を問う。
那珂「ポゥ!」
突然の発声、同時に海へ向かって跳躍。
僅かな滞空時間を利用して、艤装瞬着を果たす。
提督は川内を見る。彼女は首を横に振り、言外に那珂のような艤装展開はできないと伝えた。
北上「すげー」
着水と同時に転覆寸前まで傾斜。これ程激しく動いたにも関わらず、海面に波紋は疾走しなかった。
長門「……零・重力か」
那珂は不自然なほど自然に傾斜復元し、それを見た長門が驚愕した。
傾斜復元と同時に、その場で連続旋回を果たす。
那珂「アォ!」
海面上にも関わらず、発声と共に急停止した。
間を置かずに、自慢のダブルカーブド・バウが小さな波を立てながら、那珂は『後ろ』に推進する。
電「月面歩法なのです……か? いや、艤装展開した艦娘は後退できません!」
皆の目を釘付けにして、圧倒的な操舵術(パフォーマンス)を魅せつける。
那珂は、銀幕から抜けだした女王よりもさらに輝いて見えた。
那珂「……」
呼吸を乱すことなく、那珂は戻ってきた。
ほんの数分だったが、演劇を観終わったような満足感に包まれる。
第六駆逐隊は感涙しながら、狂乱寸前だった阿武隈は驚愕しながら、また、あの北上ですら、ここにいた全員が那珂に拍手を送っていた。
提督「前言撤回だ。第四水雷戦隊、旗艦那珂に命ずる」
那珂「はい」
提督「艦隊式を必ず成功させてくれ。頼んだぞ」
那珂「那珂ちゃんにお任せ〜☆」
今日一番の笑顔だった。
川内「いやったぁあああ! 夜戦だ、夜戦ー!!」
こちらも一番の笑顔になった。
北上「まぁよかったね」
提督「さて、次は那珂のお願いだな。急遽、妙高と解説役を代わってもらったからな。オフの時にも関わらず助かった」
那珂「え〜とね……」
当初の目的とは代わってしまったが、よりよい物を手に入れることができた。
すでに満ち足りたので、この権利を誰かに譲歩しようと考える。
那珂「今日の演習なんだけどね、本当のMVPがあると思うんだ。その人のお願いを聞いて上げて欲しいかな」
提督「おぉ! 何と言う心根の優しさ。これが艦隊のアイドルだというのか!?」
那珂「そうだよ☆ 四水戦の四は幸せの『し』! 那珂ちゃんはね、皆に『し』を運ぶお仕事をしています!」
直視できない眩さだった。
深読みしすぎた阿武隈は気絶しそうになる。
提督「そうか、そうだな」
長門を見る、彼女は頷く。
六駆を見る、彼女たちは頷く。
提督「本日の演習、真MVPを発表する。北上! おめでとう」
北上は阿武隈の気付けをするため、前髪をいじっていた。いじってあげていた。
北上「え? なに?」
川内「北上さんが今回の演習のMVPだってさ。何かお願いを聞いてもらえるって」
北上「ふーん」
提督「さあ、北上。第六駆逐隊をここまで導いたお前の教鞭こそがMVPだ。何でも1つ願いを叶えてあげます」
北上「いいよ、別に」
提督「何でもいいぞ。俺にできることならな」
北上「間宮のフリーパスって貰える?」
提督「それでよければ。それにするか?」
北上「待って、本気で言ってんの? じゃあ、ずっと有給休暇にして貰っていい?」
提督「それでよければ。それにするか?」
北上「おお! 待って待って。じゃあ世界征服しちゃおう!」
提督「あぁ、俺の艦娘が恐ろしいことを……。しかし、提督責任だ。どこまで行けるかわからんが、やろう。それにするか?」
北上「やんないよ、そんなのは興味ないし。言ってみただけ。じゃあ秘書艦になるとか! 秘書艦、北上。いいねぇ、しびれるねぇ」
提督「秘書艦は龍驤だから。それは無理だな」
北上「……」
川内「北上さん、わざと避けてるのかもしれないけどさ。ちゃんとお願いしてみたら?」
那珂「そうだよ。せっかくの機会なんだから言ってみようよ」
北上「何でもじゃなかったじゃん。言うだけ無駄でしょ」
那珂「さっきのは北上さんが悪いよ。それ意外のお願いは、かなり無茶なのが混じってたけどOKだったでしょ?」
北上「まぁ……そうねぇ……」
提督「さあ、北上。願いは決まったか?」
北上「……大井っちに会いたい」
提督「それでいいのか?」
北上は小さく頷いた。
自分では気がついていなかったが、気づかないようにしていたが、駆逐艦の面倒を見ていた時にはもう誤魔化すことはできなかった。
姉妹に会いたい。
鎮守府の保有制限や運営方針を盾にして、我慢をしていることすら忘れて過ごしていたが限界だった。
提督「その願い叶えよう」
その言葉に耳を疑った。
監視対象になっているこの鎮守府は保有数に制限をかけれている。
その上限、24盃。
そして、鎮守府に在籍している艦娘の数は24。
新しく艦娘を着任させる場合、必要な処置は明言されている。
決して発動してほしくない命令の1つだった。
提督「北上よ。お前が駆逐艦に訓練を付けてくれた日の夜に、嘆願書が4通届いた。どれも『大井』を着任させてほしいという内容だ。名前は伏せるが、提出者は軽空母が2人、駆逐が1人、そして軽巡が1人だ」
北上は電と阿武隈を睨みつけ、2人は目を逸らした。
提督「さっそく大本営との交渉を開始した。それが今日のさっきまでかかってしまったことは、まぁ、俺の力不足だ」
北上「何回か交渉してくれたの?」
提督「いや、ずっと交渉し続けた」
北上「は? 提督、馬鹿でしょ。何日たったと思っているの?」
提督「監視対象になっているが故に、この鎮守府はそう簡単に無視されない。無理を押すためには多少狂気を見せるしかなかった。向こうの担当は交代できるが、こっちは俺1人だったからはっきり言って大変だったがな」
北上「……うん」
提督「やはり条件を突きつけられた。雷巡は巨大な戦力だからな。新規着任させる場合、駆逐艦3盃と引き換えだとさ」
北上「いらない」
即断だった。大井を着任させるために駆逐艦3盃を解体処分する。決して、許せる内容ではなかった。
北上「大井っちにそんな咎は背負わせない。……アンタたちも馬鹿なこと考えないで」
暁、響、雷が泣きながら北上の元へ寄ってきた。
駆逐艦が3盃やってきた。
泣きじゃくり過ぎて何を言っているかわからなかったが、言いたいことは伝わってきた。
北上「自己犠牲が美徳なわけじゃないから。暁は一人前のレディって言ってたじゃん。……鼻水つけないでよ」
暁は頷きながら、北上の制服の袖で鼻をかむ。
北上は怒らなかった。
北上「雷も、誰かを助けたいなら自分と引き換えにするのはありえないから。……鼻水つけないでってば」
電も頷きながら、北上の制服の袖で鼻をかむ。
北上は怒らなかった。
北上「響もわかってるの? 誰かのために死ぬなんてありえないから。誰かのために生きて、生きて、結果死ぬことはあるけど。生き延びたことは恥でも何でもないから」
響は泣いたまま北上の胸に顔を埋める。
北上「あー、駆逐艦はうざいなぁ」
本心からの一言だった。
北上「けどまぁ、ありがとね」
これも本心だった。駆逐艦の面倒を見るのもそう悪くないと思えた。
大井には会えないかもしれないが、駆逐艦への指導を通じて、それなりの充実感が生まれ始めていた。
提督「さらに、極めて高練度な雷巡を駆逐の指導教官にさせるなとも指摘された。そんなことに使うより出撃させろということらしい」
北上が抱いた小さな願いは摘み取られた。
北上「はいはい、それでいいですよー。教育でもなんでもなく、予定通り夜戦をしてきますよ。ついでに旗艦の練度を上げてくるからさ。ほら、駆逐艦。アンタたちは入渠して補給して遠征の準備をしなさいな」
響「……司令官。さすがにあんまりじゃないかな」
雷「そうよ! 普段から北上さんに頼りっぱなしなんだから、もっとちゃんとしてよね」
暁「レディに対する態度じゃないわ!」
すぐさま抗議の声を上げた。上官に対する反抗とも取られかねないが、そんなことはどうでも良かった。
北上「止めてよね。別にアンタたちがどうこう言う必要はないから。条件付きだったけど、提督は本気だった。それ以上はどうしようもないよ。お上にゃ逆らえないからねぇ」
諦観せざるを得ない。いままでずっとそうだったのだ。この制限は簡単に変えられるようなものではなかった。
提督「おい、そっちでまとめるな! 最後まで聞いてくれ。まったく、誰の教育だ? なんでお前らは最後まで聞かずに泣きそうになるんだ。……長門よ、なぜそんな顔で俺を見る?」
長門は苦笑いせざるを得なかった。誰の教育かは一目瞭然だったからだ。
提督「まあいい、話を続ける。雷巡を教官に使うなという言葉こそ俺が引き出したかったものだったのだ! 雷巡を使わざるを得ないほど艦娘が足りていない、どんなに弱くてもいいから巡洋艦の艦娘を着任させて欲しいと烈火の如く訴え続けた」
北上「それで?」
提督「俺の粘り勝ちだ! 正規の手順で訴えた結果、駆逐艦並みの戦力に限って25盃目の着任が認められた。これで暁達の教育が捗る!」
北上「ふーん、よかったね。新しい教官が来るってさ」
響「たとえ新しい教官が来たとしても、北上さんに訓練を付けてもらえたことは絶対に忘れない」
北上「いいよ、忘れても」
雷「絶対忘れないから!」
北上「はいはい、ありがとね」
そっけない言葉をかけながらも、3人の頭を撫でてやる。
北上はこの小さな満足を小さな胸にしまいこんだ。
直後、声が響き、神妙な空気をいとも簡単に引き裂いた。
龍驤「おおい、新しい船ができたみたいだよ!」
提督「きたか! 見ろ、久しぶりに仲間が加わるぞ!」
暁「新人さんが来たのね? なら一人前のレディな暁が面倒を見てあげるわ!」
龍驤「あのさぁ、キミらの先生になるんやで? まぁ、ええか。自己紹介、いってみよう!」
「あら……ほほう……? なるほど。これは少し、厳しい躾が必要みたいですね」
大井「練習巡洋艦、大井です。心配しないで……。色々と優しく、指導させて頂きますから」
北上「大井っち?」
大井「えぇ、北上さん。あなたの大井ですよ。やっと会えましたね」
何度夢に見たか思い出せないほど、恋焦がれた艦娘がそこに立っていた。
艤装こそ夢見の姿と異なっていたが、間違いなく彼女だった。
北上「嘘、本当に? だって、あれ? なんでだろう。やっと会えたのに、すっごく嬉しいはずなのに。なんで涙が出るんだろう。あれ?」
大井「きっと今までずっと我慢していたからですよ。さぁ、私の胸で泣いてください」
北上「……うん」
大井の大きな胸に顔を埋める。しばらく顔をあげることはできなさそうだった。
大井「北上さんをこんなになるまで放って置くなんて……。ちっ、なんて運用……」
提督「おい、龍驤」
龍驤「なんや?」
提督「大井の言葉に、俺はひどく傷ついた」
龍驤「甘んじて受けるしかないやろ。理由はどうあれ、事実は事実や」
提督「まぁ、な」
龍驤「あとで慰めたるから」
提督「わお!」
北上「大井っちの艤装はアタシとお揃いじゃないんだね。どして?」
大井「これですか? これは戦力削減のために練巡に艦種変更しているんですよ。本当なら北上さんとお揃いが良かったんですけども、提督がこんなんですから」
北上「そうなんだ。一緒に出撃したかったのにな」
大井「大丈夫ですよ、北上さん。一緒に出撃はできませんけど、これからの闘いはずっと一緒です」
北上「そだね、これからはずっと一緒だね」
大井「はい♪ ずっと一緒です」
龍驤「……ええ話やんか」
提督「うむ、全身全霊を持って交渉した甲斐があったな」
大井「提督!」
提督「なんだ?」
大井「私を着任させるのが遅すぎて、北上さんをここまで追い詰めたことは決して許しません!」
提督「あぁ、これに関しては完全に俺の実力不足だ」
大井「けれど、手段を選ばず私を着任させたことだけは認めてあげます。本当にありがとうございます!」
北上「提督、ありがとね」
提督「喜んでもらえて何よりだ。どうする、北上? 今日の出撃は誰か別の艦娘に替わってもらうか?」
北上「球磨型をナメないでよね。やることはちゃんとやるからさ」
大井「北上さん、素敵……。私も駆逐艦を遠洋練習航海に連れて行きますね。さあ、あなた達。航海の準備をしてきなさいな」
提督「素晴らしい」
雷「ちょっと待って、新人さんがいきなり偉そうじゃない?」
暁「そうよ、私達のほうが先輩なんだからね!」
電「はわわっ、落ち着くのです!」
響「少し落ち着こう。あの人は北上さんと同格の……」
大井「はぁ?」
大井は教鞭を振りぬいた。
教鞭で打たれたとしても艦娘にはまったく効果はない。
戦闘での砲雷撃は革製品とは比べるまでもない程強力な代物だからだ。
艦体面では無傷が約束されている。しかし、精神面に与える影響はどうか?
大井の教鞭の握り方は日向が刀を執る時とまったく同じだった。
人差し指と中指で挟みこむように教鞭を執り、猫の手のまま振りぬいた。
日向と同じということは、熱量や速度という数値化できる尺度では測れないと言うことだった。
大井「いいですか? 北上さんが私との時間を割いてまで確保された貴重な時間です。1秒たりとも無駄にしないでください!」
「「了解!」」
全員で敬礼をして、内2盃は液漏れを起こした。演習で大破、中破だったため仕方がないことだった。
大井は船渠へ向かう第六駆逐隊に声をかけた。
大井「電さんは遠征ではなく出撃ですので装備を整えてきてください」
電「そうなのですか?」
大井「はい、こちらへ向かう際に龍驤さんから聞いています。阿武隈が倒れそうなので早くしてあげてください」
電は姉達を見た。
暁「遠慮なんかしないで、電は阿武隈さんについてあげてね」
響「阿武隈さんは私達第一水雷戦隊の旗艦だからね。支えてあげないと」
雷「雷達もすぐに電に追いついちゃうんだから! 今はできることをするわ!」
電「はい! 皆で頑張るのです!」
遠征組はすぐに入渠しに行った。
電は船渠に向かう前に、今夜出撃するメンバーの方を見た。
島風「阿武隈さん、大丈夫ですよ。一緒に魚雷を打ち込んで、島ごと吹き飛ばしましょう!」
阿武隈「島風ちゃん、ありがと。うん、こんな私でもやればできる」
妙高「阿武隈さん、まずは呼吸を整えてください。それではできるものもできないですよ」
阿武隈「はい、妙高さん。ひっひっふー、ひっひっふー」
北上「ほら、阿武隈。前髪がくしゃくしゃじゃん、梳いたげる」
阿武隈「ありがと、北上さん。んぅぅ!? さっき北上さんがやったからじゃないですか!」
川内「そんなこと言ってないでさ、旗艦なんだからしっかりしなよ」
阿武隈「わかってるってば! 川内には負けないから!」
島風「あっ、電ちゃん。話終わった? 早く夜戦に行こうよ!」
電「はいなのです。しかしすごいメンバーですね。阿武隈さんの練度では、今回の海域は時期尚早なのでは?」
島風「基礎鍛錬も大事だけど、戦闘で得られるものも大事って判断だって。ほら、北上さんと妙高さんも一緒に行くんだよ」
電「なるほどなのです。実戦であの2人を間近で見られる機会はめったにないのです。作戦名はなんですか? 高速艦でまとめ得られているから、『はやきこと島風の如し』ですか?」
島風「作戦名は聞いてないよ。『電撃作戦』なんてどうかな? これならすごく速いよね」
阿武隈「……作戦名は「阿武隈の練度を上げる作戦」です」
電「海上で電気なんて、四方八方に霧散しておしまいなのです。ここは島風の如しがいいのです」
島風「電ちゃんはもっと速さのお勉強をしたほうがいいよ。電圧と大気圧じゃ出せる速度の桁が違うもん。電撃がいいよ」
阿武隈「……電ちゃんは入渠して補給して準備をしてきてくださーい」
電「島風ちゃんももっと考えたほうがいいのです。電達は艦娘だから、物理現象の制約すら解き放つことができます。つまり、皇国最速を誇る島風の名を冠した作戦こそ、最速の概念を顕せるのです!」
島風「そんなの精神論だよ。本当に速さを表現するなら、光か電気しかないもん!」
阿武隈「……あたしの指示に従ってください。んぅぅ、従ってくださぁいぃ!」
駆逐艦同士が組手を始めてしまった。
片や地域の守護神にまで祀り上げられた艦娘。大破状態とはいえ、限界練度は伊達ではなかった。
片や皇国海軍最速の艦娘。その速さに関して余計な説明は不要であり、駆逐艦としてはこの鎮守府で第2位の練度を誇っている。
阿武隈では到底止めることはできなかった。
島風「オウッ!?」
電「はぅっ!?」
妙高が旗艦の指示を聞かない駆逐艦の艦首を掴み上げた。
妙高「私、実は結構料理が得意なんですよ。カレーを調理するときはブランデーを使ってお肉をフランベするなんてこともします」
島風「はい! みょうこうカレー美味しいです!」
妙高「ふふ、ありがとうございます。あと、対基地の殲滅なんかも得意だったりするんです。誰が言ったのかわかりませんが、三式弾で飛行場をフランベする、なんて」
電「はいなのです! 主砲で大型爆撃機を落とせるのも妙高さんだからなのです」
妙高「ありがとうございます。さて、おふたりはどちらが好きですか? 今すぐに提督の命令に従い、阿武隈さんの指示に従って出撃し、作戦完了後に暁の水平線を眺めながら食べるカレー。それとも命令違反による処罰」
優しい声にも関わらず、ひどく冷たかった。
妙高「命令や指示に反するのは大変なことですよ。進路変更に失敗すれば互いにぶつかってしまうこともありますからね。電さんならわかるでしょう? たとえ仲間同士でさえ不用意にぶつかってしまえば轟沈してしまうということを」
電「わかるのです! ちゃんとわかるのです!」
艦首はなお掴まれたままだった。
妙高「島風さんはいかがですか? この『阿武隈の練度を上げる作戦』を最速で達成するために必要なことはなんですか?」
島風「電ちゃんに早く戦闘準備してもらって、すぐに出撃することです!」
妙高「そうです。さすが皇国最速の島風ですね」
艦首はなお掴まれたままだった。
妙高「命令違反の場合の処罰ですが、私は執行できます。微塵の躊躇も無く、一片の後悔も無く執行できます。なぜならこの私は妙高型重巡洋艦の一番艦だからです」
妙高は駆逐艦2盃をゆっくりと降ろした。
妙高「阿武隈さん、指示を」
阿武隈「ひぃ! 電ちゃんは入渠して補給して来てくださーい! 合流次第出撃します!」
電「はいなのです! 40秒で戻ってくるのです!」
電は紫電のような速度で船渠へ向かった。
北上「やっぱり電も駆逐艦だねぇ」
大井「えぇ、北上さん。勝手なことをしないように指導してあげないといけませんね。私達は巡洋艦ですから」
北上「そだね」
川内「阿武隈もさ、妙高さんに頼ってるんじゃなくて旗艦としてちゃんと決めないとね」
阿武隈「夜戦バカのくせに! まともなこと言わないでよ!」
提督「川内の言うことももっともだな。阿武隈、抱負を語っておけ」
阿武隈「ひぇ! やだ、提督?」
龍驤「旗艦の啖呵切りは大事やで、僚艦からの信頼が得られたり得られんかったりするからな」
阿武隈「龍驤さんまで」
誰も責めているわけではないが、自然と追い詰められてしまう。
啖呵切り、なにか格好いい言葉を探す。
那珂に倣ってもっと書物を読むべきだったと後悔した。
アイドルは知性が伴ってないといけないというのは那珂の持論だった。
皇国の歴史で言えばそれは花魁の在り方だ。
花魁はアイドルだからあっているのか?
そもそもアイドルとはなにか?
阿武隈は提督からの問とはかけ離れた方向へどんどん進んでいく。
電「電、準備完了なのです!」
大井「何で先に行った他の3人は来ないのよ……」
北上「これでアタシは大井っちに見送ってもらえるね」
大井「も、もちろんですぅ」
川内「阿武隈、全員揃ったよ」
阿武隈「こっ……」
『皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ』
これこそ海戦にふさわしい言葉だ。この言葉を啖呵にすべきだと判断した。
阿武隈「こっ……」
北上「こ?」
阿武隈「今夜は夜戦です! 鎮守府(おうち)に帰るまでが夜戦です! 皆でちゃんと帰ってきましょう!!」
「「了解!!」
提督「やはり阿武隈は一水戦旗艦にふさわしいな」
龍驤「ほんまやな」
阿武隈「第一水雷戦隊、阿武隈。旗艦、先頭、出撃します!」
阿武隈かわいいなおい
――正規空母寮――
定刻前に館内放送が流れた。
『本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする。繰り返す、本日は秘書艦が体調不良のため、休暇日とする』
瑞鶴「あれ、翔鶴姉。今日お休みだって」
翔鶴「龍驤さんが体調不良だなんて。大丈夫かしら?」
瑞鶴「まぁ、あの人だから大丈夫でしょ。轟沈したって、『潜水空母、龍驤見参!』とか言って帰ってくるって絶対」
翔鶴「……そうかもしれないわね。折角の機会だから、少し外に出て見ようかしら。赤城さんに甘味処に連れてって貰って。祥鳳さんもお誘いして……。瑞鶴も行くわよね?」
瑞鶴「う〜ん、私はいいや。もう少しで何か掴めそうな気がするんだ。今から道場に行ってくる」
翔鶴「そう? 休める時は休むようにしてね」
瑞鶴「わかってるって」
――射撃訓練場――
瑞鶴「さて、道場についた瑞鶴です。さも当然という風に加賀が稽古していました。……何で休んでないのよ」
三立分の矢を取り射位に立っていた。
妨げにならないよう射終わるまで外で待つ。
軽やかな離れの弦音が耳に心地よい。
これは見るまでもなく的中だった。
瑞鶴「……よし!」
心の中で発声したつもりだったが、思わず口に出てしまう。
加賀の技量に疑いの余地はなかった。
一航戦を自負するだけのことはある。
瑞鶴「あれ? 何で戻るの?」
一本だけ射った後、残りの矢を取り退場してしまった。
加賀「こんな所で何をしているのかしら?」
瑞鶴「ひゃ! えっと、稽古をしに来たのよ」
加賀「……そう」
会話が続かない。まったく続かない。
矢を回収しに行くわけでもなく、道場に戻るわけでもない。
加賀は瑞鶴をじっと見ているだけだった。
沈黙に勝てなかった瑞鶴が口を開く。
瑞鶴「蜻蛉、回収してくるから私に稽古つけて」
加賀「別に、いいですけど」
意外な回答だった。快諾、とまでは言えないかもしれないが、加賀は瑞鶴の願いを聞き届けた。
瑞鶴「あれ? ちょっと待って! すぐ取ってくるから!」
瑞鶴は安土に向かって走る。
その姿を見て加賀は小さく笑みを浮かべた。
――――
瑞鶴は呼吸力で会を作る。
離れはその延長だ。然るべき時がやってくる。
小気味良い音を立てて、蜻蛉が的を貫いた。
残心ではまだ油断しない。
弓倒しを終え、加賀を見る。
加賀「もっと胴造りを意識しなさい。艦載機の発艦がぐらつきます」
瑞鶴「はい」
瑞鶴は得心した。
確かに引き分けから注意を払っていたが、胴造りは甘かった気がしたからだ。
二本目は胴造りに注意を払った。
竜骨を通して艦首から船尾まで一体となる感覚に包まれた。
一本目と同様に的中だった。
瑞鶴は加賀を見る。
加賀「もっと胴造りを意識しなさい。艦載機の発艦がぐらつきます」
瑞鶴「……はい」
指摘があったということは、まだ甘かったからだろう。
胴造りというより、足踏みをおろそかにしていたかもしれない。
素直に反省して三本目に臨む。
――四本目――
加賀「もっと胴造りを意識しなさい」
瑞鶴「……はい」
――八本目――
加賀「もっと胴造りを意識しなさい」
瑞鶴「……」
――十六本目――
加賀「もっと胴造りを……」
瑞鶴「もう! いい加減にしてよ!」
同じ言葉が繰り返されるばかりで、とうとう不満が爆発した。
瑞鶴「稽古付ける気がないなら最初っからそう言ってよ! 五航戦ごときとか思ってるんでしょ!!」
加賀「……」
何か言おうとしていたが、瑞鶴の言葉に遮られる。
瑞鶴「どうする? 私が出てく? 加賀が出てく? どっちみち一緒に稽古なんてできないわ!」
加賀「……そうね。私が出て行くわ」
加賀は一礼して道場を後にした。
瑞鶴「何なのよ、一体」
この不満は簡単には収まりそうにない。
期待していただけに、純粋に悲しかった。
鳳翔「失礼します」
一礼と共に軽空母が道場に入ってきた。
瑞鶴「鳳翔さん?」
鳳翔「おはようございます、瑞鶴さん。と言ってもそんなに早い時刻ではありませんが」
鳳翔は何故か自虐的な言葉を吐きつつ、こめかみを押さえいた。
瑞鶴「鳳翔さん、加賀……さんに会いませんでしたか?」
鳳翔「いいえ、今朝はまだお会いしていませんね」
瑞鶴「……そうですか」
瑞鶴は自分から稽古を頼んでおいて、加賀に怒鳴り散らしたことを後悔していた。
沸点こそ低い瑞鶴だが、それは素直さの現れでもあった。
鳳翔が取り持ってくれれば謝罪もできると考えたが、そう簡単には行かないようだ。
鳳翔「お休みにも関わらず稽古ですか。褒めたい気持ちが半分で、叱りたい気持ちが半分ですね」
鳳翔は困った顔で笑っていた。
瑞鶴「そういう鳳翔さんも稽古ですか?」
鳳翔「いえ、私は個人的な贖罪に来ました」
今日の鳳翔は何かがおかしい。まるで酔いつぶれたことを後悔した隼鷹のようだった。
鳳翔「瑞鶴さん、私と稽古しましょう」
自分が使いたい言葉とかフレーズ、書きたいシチュエーションだけを羅列するだけならメモ帳にでも書いてた方がいいんじゃない?
場面が全く想像できないほど酷い文だよ
瑞鶴「えぇと、稽古を付けてくれるのは嬉しんですけど。個人的な贖罪は大丈夫ですか?」
鳳翔「大丈夫です。状況は刻一刻と変化するものですから。一手ずつやって指摘していく形でやりましょう」
瑞鶴「はい。お願いします」
瑞鶴は矢を一手とり、射位に立つ。
甲矢は小気味良い風切り音とともに的に吸い込まれた。
乙矢も同様に的中した。
弓倒しを終え鳳翔を見る。
鳳翔「とても良いですね。もう一手やりましょうか」
瑞鶴「はい」
一手、もう一手と発艦し続けた。
その度、鳳翔は瑞鶴を褒める。
瑞鶴としても褒められること自体は心地良かった。
ただ、同じ言葉ばかり続いたため不安になる。
瑞鶴「あの、鳳翔さん」
鳳翔「どうかしましたか」
瑞鶴「何か指摘はありませんか。さっきから褒められてばかりで、その」
鳳翔「ふふ、適当にあしらわれているように感じてしまいましたか」
瑞鶴「いえ、そういうわけじゃないんですが」
鳳翔「すべて及第点です。私の技量ではこれ以上指摘することはないですね」
瑞鶴「本当ですか?」
鳳翔「本当です、自信を持ってください。あなたは翔鶴型2番艦、皇国空母の到達点です。才覚は十分。その上、しっかりと鍛錬を積み上げていますから」
瑞鶴「あの、ありがとうございます!」
瑞鶴もさすがに高揚した。
これだけ褒められた経験は今までになかったからだ。
瑞鶴は、自身の指導者を思い浮かべる。
瑞鶴や翔鶴が頑張っていることは認めてくれた。
しかし、なぜだろうか。
彼女は褒めてくれなかった。
彼女は褒めてくれはしなかった。
彼女に褒めてもらいたかった。
瑞鶴「ふぅ、よし! 鳳翔さん、蜻蛉じゃなくてこれを使っていいですか?」
鳳翔「流星改ですか。えぇ、いいですよ。扱いは難しいかもしれませんが、実戦を想定することは良いことです」
瑞鶴「はい! これって空母の先輩方から着任祝いで貰ったものなんですよ。私用に調整してくれたのか、ものすごく使いやすいんです」
鳳翔「あの時はお祭り騒ぎでしたから。保有制限の問題で正規空母はもう着任できないと思っていましたからね」
瑞鶴「そうなんですか?」
鳳翔「えぇ、あなたが着任することわかった瞬間に『瑞鶴着任祝やー!』とか『祝い酒だぜ! ヒャッハー』なんて。ついこの前のようですね」
瑞鶴「あはは、あの時は緊張していたので気が付かなかったけど。そんなに歓迎されていたんですね」
鳳翔「そうですよ。瑞鶴さんは皆さんから期待されているんですよ。贈り物は気に入ってもらえましたか?」
瑞鶴「もちろんです。今着ている道着は祥鳳さんから貰ったものですし」
鳳翔「紬を使っていますからね、祥鳳さんも張り込んだんでしょう」
瑞鶴「これを着ているとなぜか肌脱ぎしたくなっちゃうのが不思議です」
鳳翔「ふふ、気合が入りすぎですよ。肩の力を抜いてください」
瑞鶴「さすがに胸当てを付けずに離れは怖いのでやらないですよ。龍驤さんと隼鷹さんは、間宮券とお酒でした。意外と私達と同じ名前のお酒ってあるんですね。実はまだ残ってるんですよ」
鳳翔「ご相伴預りに行きますね。肴は用意しますので」
瑞鶴「ほんとですか? やった! そろそろあの樽を開けちゃいたいです」
鳳翔「皆さんをお誘いしましょう。隼鷹さんらしい贈り物ですからね」
瑞鶴「瓶で貰えるのかと思ってましたよ。まさか神社に奉納するような樽が来るとは思っても見なかったです。
鳳翔「お祝いの気持ちですよ」
瑞鶴「そうですね。赤城さんからは彗星一二型甲と流星改を……。いえ、一航戦の先輩から艦爆と艦攻をいただきました」
『五航戦に譲るものなどありません』
記憶の底から浮上してきた、思い出したくもない言葉。
何か欲しかったわけではなかった。
強いて言うなら、認めて欲しかった。
頭を振って雑念をかき消す。
鳳翔「……」
瑞鶴「なるほど、私って実は期待されていたんですね! 期待していない相手にこんな贈り物なんてないですから」
鳳翔「そうですよ。全員が期待しています」
瑞鶴「鳳翔さん、稽古の続きをおねがいします。この流星改なら百発百中ですから!」
再び射位に立ち、発艦準備を整える。
瑞鶴「鳳翔さん。私ってどこを直せばもっと強い空母になれそうですか? 今日は何か掴めそうな気がするんです」
鳳翔「あえて言うなら。胴造りですね」
瑞鶴は驚き、取り掛けを外して鳳翔の方を見る。
瑞鶴「……胴造り、ですか?」
鳳翔「はい。発艦の作法が八節に近いので我々は弓を使っています。弓を使っていますが、的中の本質は艦載機の妖精さんです。彼らに聞けばわかりますよね。安定した艦体、安定した甲板が如何に飛び立ちやすいか」
瑞鶴「……私の胴造りはそんなに酷いですか?」
鳳翔「及第点を超えています。それでも今以上を目指すなら、やはり胴造りになるんですよ」
瑞鶴「……」
『艦妖一体』
これは艦娘が最大の戦力を発揮できる状態のことを指す言葉だ。
瑞鶴は搭乗員の妖精達にいつもお願いをしていたし、感謝もしていた。
彼らも無声劇の様な反応をしてくれていたので伝わっていると思っていた。
果たして意思疎通は十分だったのだろうか。
瑞鶴はこれまでにないほど感覚を研ぎ澄まし、艦攻の妖精に注目する。
彼らの言葉が聞きたかった。
艦攻妖精長「加賀姐さんたっての願いだ。あたしらが瑞鶴嬢を育てないとね」
艦攻妖精達「「よーそろー」」
瑞鶴「……鳳翔さん。何で私にとって一番使いやすい艦載機はこの流星改なんでしょうか?」
鳳翔「加賀さんがあなた用に調整したからです」
瑞鶴「……」
鳳翔「妖精さんたちに瑞鶴さんへの力添えもお願いしていました」
瑞鶴「……」
鳳翔「お礼、きちんと伝えなくてはいけませんよ」
瑞鶴「……はい」
鳳翔に返事をした後、取り掛けをし直す。
瑞鶴「皆、頼んだわよ」
妖精達に言葉を掛けると、彼らは笑い顔で敬礼を返してくれた。
瑞鶴はとうとう掴むことができたのだ。
目を閉じたまま打起こし、引き分け、会に至る。
勝手が自然に離れを出し、それは今までで一番鋭かった。
的を確認する必要はない、見なくとも心は揺らがなかった。
瑞鶴が知る最強の空母とその搭乗員が力を添えてくれているのだから。
瑞鶴「……言葉が足りなさすぎるのよ、加賀」
思わずこぼしてしまう。
瑞鶴「鳳翔さん、艦載機回収してきます!」
鳳翔「はい、いってらっしゃい」
瑞鶴は安土へ向かう。
鳳翔「さて」
鳳翔は目を凝らし、遥か彼方からこちらを見ていた空母を捉え言葉を伝える。
『稽古の続きをしてあげてくださいね』
彼方の空母は鳳翔の口の動きを読み取り、一礼する。
急いでこちらへ向かっているが、しばらく時間がかかるだろう。
鳳翔「しかし、どうしてこの鎮守府の空母は言葉足らずで不器用なのでしょうか。大事なことこそ言葉にしなければいけないというのに」
呆れながらも、その表情は優しかった。
乙
――加賀――
瑞鶴に追い出されたが、遠くから射撃訓練場を見ていた。
加賀は追い出された理由を考えてみたが、おそらく瑞鶴にとって難度の高い指摘を続けてしまったためだと考えた。
これは仕方がないことだった。
瑞鶴は正規空母としてずば抜けた才覚を持っていた。
そんな後輩から稽古を付けて欲しいと言われ、さすがの加賀も気分も向上してしまう。
指導者はその時々の気分で態度を変えてはいけない。
これに関して加賀は十分に理解していたし、実行できていた。
むしろ、十分以上というより異常な程自分を律していた。
はっきりと思い出せるわけではない。
かつては皇国の空母機動部隊、その第一航空戦隊を支えてきた。
それは間違いなく世界最強であり、向かう所に敵はなかった。
輝かしい栄光。
そしてそれに匹敵する没落。
敗北、その一言で片付けられない程の惨敗だった。
英霊の神座についてからもその惨めさは忘れることはなかった。
どのような因果か再び常世に生を受けることができた。
あの時の後悔を繰り返さないために。
後輩にすべての負担を押し付けたことを繰り返さないために。
その一心で日々の鍛錬を積み上げてきた。
加賀「?」
瑞鶴は訓練機から本番用の機体に取り替えたようだった。
「流星改」
この鎮守府で加賀が愛用していた艦攻であり、熟練妖精揃いの飛行部隊だった。
加賀と苦楽を共にした飛行部隊と機体、これらは間違いなく彼女の宝だった。
そんな宝だからこそ、手放しがたい宝だからこそ、後輩の着任祝にふさわしかった。
赤城『加賀さんが渡してあげた方が、瑞鶴さんもきっと喜びますよ』
赤城に瑞鶴着任祝いを代わりに渡すよう依頼した時の返答だ。
それはむしろ逆だろう。
瑞鶴に訓練を付けることになるが、生半可なものになるはずがなかった。
嫌われることにもなるだろう。
しかし一航戦全部が嫌われる必要もない。
加賀『いえ、私は良い手本になれそうにないので』
この淡々とした言葉に、赤城は困った顔をしたことを思い出す。
その表情はいつか鳳翔が見せた表情と同じだった。
その時どんなことを指導されただろうか。
「言わなければ伝わらないこともある」だったろうか。
加賀「……よし」
瑞鶴は見事に的中させていた。
鳳翔の指導が的確だったためだろう。
加賀「……あ」
瑞鶴が艦載機の回収に向かった後に、突然鳳翔が加賀の方を向いた。
この距離で気づかれると思っていなかった加賀は狼狽するがすぐに姿勢を正す。
鳳翔が何かを話しかけてきたが、音が聞こえる距離ではなく唇を読み取った。
『稽古の続きをしてあげてくださいね』
慌てて礼をし、射撃訓練場に向かう。
何も考えずに見ていたわけではない、より良い指導方法を考えながら見ていた。
鳳翔は何度も瑞鶴を褒めていた。
つまりそういうことだ。
褒めてやることでやる気が出る、やる気が出れば見える景色も変わってくる。
赤城『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。ふふっ、受け売りですけどね』
彼女は常日頃そう言っていた。
赤城は加賀が尊敬する一航戦の1人だ。そんな彼女の方針を加賀なりに真似て見たりもする。
昨日の稽古では五航戦の2人を褒めたばかりだった。
加賀『優秀な子達です! あなた達はよくやっている!』
確かこの様な言葉を掛けたはずだった
加賀「私にもできました」
わずかながら達成感が顔にでてしまうが、すぐに元の表情に戻し射撃訓練場に向かって走る。
足の遅い加賀にとって過度な速度だったが気にせず走り続けた。
道場には大事な後輩が待っている。
――射撃訓練場――
加賀「失礼……げほっ。はぁ……はぁ。失礼……します」
瑞鶴「ちょっと、大丈夫!? どうしたのよ!」
加賀「なんでも、はぁ……はぁ。ないわ。けほっ。ただ走りこみを……していただけよ」
瑞鶴「……艤装付けたまま走りこみをする艦娘なんていないわよ。鳳翔さんだって長門さんだって、走りこみをするときは体操服に着替えているじゃない」
加賀「……私くらいになると行住坐臥よ。心配いらないわ」
瑞鶴「えぇ……。赤城さんだってちゃんと体操服に着替えているのに?」
加賀「……ところで稽古は終わったのかしら」
瑞鶴「まだ続けてるわ」
加賀「そう」
瑞鶴「……」
加賀「……」
瑞鶴「ねぇ、加賀」
加賀「何かしら」
瑞鶴「稽古、付けてくれない?」
加賀「別に、構いませんが」
瑞鶴「ん。ありがと」
流星改を一手取り、射位に立つ。
件の胴造りも素晴らしいの一言だった。
質実剛健。
容姿凛然たる姿。
言葉は何でもよいが、中身が伴ったものはかくも美しい。
甲矢は残念ながら上にそれたようだ。
2本目も同様に素晴らしい射だったが、残念ながら上にそれてしまった。
加賀は瑞鶴の成長を喜ぶ。わずかな時間であれ、艦娘というものは突然成長してしまうものだ。
成長のきっかけは鳳翔による指導であった。
できれば加賀自身が指導して気づかせてやりたかったが、それは慢心であると理解している。
自己満足の域をでることはなく、本当に大切なことは後輩の成長だからだ。
今回は的を外してしまった。これは実は良い外し方だった。
同じ狙いのまま艦体が振れることなく艦載機が発艦したため、勢いが落ちることなく的に到達したからだ。
小手先の的中とは一線を画するものだった。
及第点どころか、本質的な所で満点だった。
加賀は何も言わない。
弓倒しを終えた瑞鶴が加賀に話しかける。
瑞鶴「今もそうだけど、加賀は何も言ってくれないよね。たまに一言二言はあったけど」
加賀は怪訝な顔をする。指摘を出す必要がない素晴らしい射だったのだ、何を言う必要があるのだろうか。
瑞鶴「加賀は私のことを何も期待していないからだとずっと思っていた。だからさ、昨日よくやっているって言ってくれた時はすごく嬉しかった。少なくとも見てくれているってわかったから」
加賀は自身を振り返る。昨日の稽古では、五航戦の2人を手放しで賞賛したはずだった。
瑞鶴「今朝だって直接稽古を付けてもらえて嬉しかった。指導内容はよくわかんなかんなくて怒鳴り散らしちゃったけど本当は感謝してる。まぁ、鳳翔さんがあんたの意図を教えてくれてようやくわかったんだけど」
加賀は訝る、瑞鶴は素直に指導に従いより良くなっていた。他に指摘できる箇所が見当たらなかったので、しかたなく高難度の指摘を続けてしまった。流石に難度が高すぎたため瑞鶴は焦燥感を加賀にぶつけて来たが、当然の反応だと思い気にしていなかった。
瑞鶴「別に甘やかして欲しいわけじゃないんだ。ほんの少しでもいいから加賀に褒めて欲しかった。さっき四立分皆中したのも初めてだったんだよ?」
加賀は俯き、自分自身が今の瑞鶴と同じ頃の時期を思い出していた。
『素晴らしいです。稽古を始めたばかりとは、とても思えませんね』
始まりの正規空母は時間を割いて稽古を付けてくれた。
稽古終わりの間宮アイスも楽しみのひとつだった。
『流石は加賀さんね』
かつての相棒で、いまもまた相棒の彼女。
切磋琢磨し合える関係はとても素敵なものだった。
的中率で負け、的中数で勝ち、その他にも競いあったものだ。
おひつを何杯おかわりできるかの勝負では辛くも勝利できた。
『加賀! 今日はよう頑張ったな。そろそろこれは加賀が使うべきやな。流星改、大事に使ってな。妖精さんも頼んだで?』
かつての同僚、いまの秘書艦はことある毎に頭を撫で、褒めてくれた。
当時、妖精の声はまだ聞こえていなかったが、秘書艦の声が大きいのであまり気にならなかった。
小さなことでも大きな声で褒められ、多少の恥ずかしさはあったことは疑いようがない。
しかし、気分が高揚したこともまた事実だった。
この鎮守府で先輩空母から受け取ったものはこんなにもあった。
後輩空母には何を与えられただろうか。
瑞鶴「けどもう大丈夫。加賀が気に掛けてくれていることだけは分かったから。あとは私が褒めてもらえるくらいになるだけだから」
加賀「……そう」
何も与えられてはなかった。褒めたつもりになって、指導できたつもりになっていた。
感情表現が苦手なことは自覚していた。
自覚していたが、矯正する努力を怠っていた。
その結果が今につながっている。
乗り越える時が来た。
『妾の子にでもできたんだから』
加賀は否定する、これは自分の言葉ではないと。
本当に否定したいのであれば行動で示す必要がある。
簡単なことだ、事実を伝えてやればよい。
頭を撫でて今の射は良かったというだけでよい。
加賀「……」
加賀はそのような自分を見なければいけない恥ずかしさで行動に移すことができなかった。
加賀「なんという無様でしょうか……」
瑞鶴「顔真っ赤だけど本当に大丈夫?」
加賀「えい」
顔を見られた事が引き金になった。
瑞鶴の顔を加賀の胸部装甲に押し付ける。これで瑞鶴は加賀の顔を見ることはできない。
加賀「いいですか、瑞鶴。今から話すことをよく聞きなさい」
今までの分を清算する時が来た。
――半時間後――
加賀「そういうことよ。あなたは素晴らしい後輩です」
瑞鶴「……」
加賀「話を聞いていたのかしら?」
瑞鶴「次もちゃんと稽古つけてくれる?」
加賀「当然です。まだまだ練度を上げて貰います」
瑞鶴「また褒めてくれる?」
加賀「今以上を私に見せなさい。あなたならできます」
瑞鶴「……うん」
こんなにも簡単なことだった。もっと早くにするべきだった。
加賀はまだ理解できていなかったが、とうとう教え導く段階へと達したのだ。
今まではその領域に達していなかったからできていなかった。
教えるということはまさに教わるということだ。
ひとまず加賀は午前の稽古を締めくくる。
加賀『やりました」
――食堂――
瑞鶴「ねぇ、加賀。今度やる劇のことなんだけど」
加賀「あなたが主役でしたね。主役抜擢おめでとう」
瑞鶴「ありがとう。えっ? この前と反応が違うんじゃない?」
加賀「これだから五航戦は」
瑞鶴「待って! 今のは私悪くないわよ!」
加賀「まぁいいでしょう。それで何か気になることでも?」
瑞鶴「いや、私の恩人役? 師匠役? だったら龍驤……さんよりも加賀になるんじゃないかって思って」
加賀「ふん」
瑞鶴「その表情で頭なでないでよ。まぁいいんだけどさ」
加賀「基準を履き違えています。主役はあなたですがこの劇は龍驤さんを中心に用意されています」
瑞鶴「やっぱそうだよね」
加賀「龍驤さんはあなたと翔鶴と一緒に蟻を討伐しに行きます。道中の蟻は、いうなればエリート級の重巡や空母並の脅威でしょう」
瑞鶴「うん」
加賀「龍驤さんは当然として、あなた達も十分に渡り合えます」
瑞鶴「うん」
加賀「ところが、最奥にいた蟻は想像を絶するものです。いわば姫級の深海棲艦に相当するでしょう」
瑞鶴「姫級ってそんなにすごいの? 見たことがないから想像もつかないんだけど」
加賀「ある姫はただの一盃で連合艦隊を相手取る事ができます」
瑞鶴「は?」
加賀「ある姫は私達空母機動部隊の艦載機を壊滅に追いやることができます」
瑞鶴「それ勝てないじゃん」
加賀「だからあなた達は龍驤さんを囮にして逃げ帰ります。囮になった龍驤さんの戦闘場面が今回の山場でしょうか」
瑞鶴「今更だけど、台本ひどくない? 龍驤さん轟沈しちゃうし。私もなんというか、あんまり気分が良くないのよ」
加賀「劇だと割り切りなさい。真剣に考えることは良いですが、深淵まで飛び込んではいけません」
瑞鶴「わかったわよ。けど何でこんな演目にしたんだろうね。他にもっと楽しいやつがあるんじゃない」
加賀「青猫と射撃王なら子供も楽しめるかもしれないわね。しかし、慢心はいけません。短編はともかく長編になると当然のように戦争が発生しているわ」
瑞鶴「そうなの?」
加賀「なぜ知らないのかしら。座学であったでしょう」
瑞鶴「ちょっと、別に寝てなんかなかったんだからね!」
加賀「まだ何も言っていませんが」
瑞鶴「あう」
加賀「まぁいいでしょう。長編の一つに錻の星で人間が作ったからくりが反乱するというものがあります。身から出た錆、教訓としても十分な話です。龍驤さんが轟沈する際の台詞はこれから引用されています」
瑞鶴「なんであんな台詞を引用したのかしら。なくても何も変わらないわよ」
加賀「提督の我儘でしょう。最期の時に自分を思い出して欲しいといった類のものです」
瑞鶴「提督さんって龍驤さんのこと大好きだからね。もしかして、劇もその台詞を言わせたいだけなんじゃないの」
加賀「大いにありえます。2人とも阿呆ですから、それくらいのお膳立てをしなくてはいけないのでしょう」
瑞鶴「ちょっと、いいの? そんなこと言っちゃって」
加賀「構いません。いい加減先に進む必要があります。それは提督然り、龍驤さん然り。当然私達もです」
瑞鶴「わかってるって」
――船渠――
加賀「まさかあなたが背中を流してくれるなんて、殊勝な心掛けです」
瑞鶴「なんでそんなに上からなのよ」
加賀「何を話せばいいかよくわからないのよ。まったく、五航戦はそんなことも察することができないのかしら」
瑞鶴「嘘でしょ? 私ぜんぜん悪くないじゃん。全部加賀の問題じゃん」
加賀「そういうことにしておきます。もういいわ、次は私が変わりましょう」
瑞鶴「うん」
加賀は大量に泡を立てて瑞鶴の背中を流す。
加賀「あなた、ずいぶんと細いですけれど。ちゃんと食べているのかしら」
瑞鶴「食べてるわよ!? 一航戦とおんなじ食事とってるじゃない」
加賀「それでは足りません。私と赤城さんはほぼ待機中です。いわばアイドリング状態の燃費です」
瑞鶴「うん」
加賀「あなたち五航戦は今まさに訓練をしている最中です。実戦に近い燃費でしょう」
瑞鶴「待って、昨日は出撃がなくて一航戦も五航戦も同じだけ訓練をしたんだけど? 今日も稽古つけてくれたじゃん」
加賀「そうです。それが何か?」
瑞鶴「何か? じゃないわよ、加賀も訓練してるじゃない」
加賀「私達にとっては待機と変わらないわ」
瑞鶴「マジ? 私、すっごく疲れたんだけど」
加賀「マジです。練度の差を嘆いてもしかたありません。今のあなたはより消費をしているので、より補給をする必要があります」
瑞鶴「ご飯、美味しいけど。あの量でも限界一杯食べているんだけど」
加賀「足りていません。足りていないからあなたの体は細いままなのです」
瑞鶴「う〜ん」
加賀「それに、今は昔と違って食べることには困っていないでしょう」
瑞鶴「……うん。そうだね」
加賀「そうです」
瑞鶴「あれ、細いっていえば龍驤はどうなのよ。あの人もめっちゃ細いじゃん」
加賀「あの人の場合は、いえ、この話はもういいでしょう」
瑞鶴「なんでよ、中途半端に止めないでよ。駆逐艦並の容姿でしょ? 食べる量が少ないってこと? それとも訓練をしないから体躯が成長しないの?」
隼鷹「人それぞれってことでいいんじゃない? 加賀さんなんか着任した時から今くらいの容姿だったからねぇ、ひゃはは」
瑞鶴「あれ? 隼鷹さん? こんにちは。いつ入って来たんですか、全然気づきませんでした」
隼鷹「あー、ごめんごめん。ちょっと気配を殺しながら来ちゃったから」
瑞鶴「器用ですね。式神を操るとそんな感じになるんですか?」
隼鷹「式神は関係ないさ。中で加賀さんと瑞鶴さんが楽しそうにしているから邪魔したらあかんって言われてね」
瑞鶴「はぁ」
隼鷹「それより龍驤が細いのが気になるとはねぇ。なかなか目の付け所が違うね」
瑞鶴「練度の高い空母は体躯もしっかりしてるじゃないですか。加賀さんもそうだし隼鷹さんもだし。その理屈だと、龍驤さんはどうなのかなって」
隼鷹「なるほどねぇ。何でかなぁ? 本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
瑞鶴「いやよ。駆逐艦並の体躯で練度が高いんですか? なんて聞けるわけないじゃない」
隼鷹「聞きゃあ答えると思うけどねぇ」
瑞鶴「多分そうでしょうけど。ちょっと加賀! 自分から話を始めて置いて何で黙ってるのよ!」
隼鷹「うん? 加賀さんは湯船に浸かってるから仕方ないんじゃない?」
瑞鶴「へ? じゃあ背中を流してくれているのは誰なのよ」
龍驤「うちや」
龍驤「なーんか聞きたいことがあったみたいやな。言うてみ?」
瑞鶴「ふーっ。龍驤、体調大丈夫なの? 急に休みになったけど」
龍驤「あははー、ありがとな。皆にはごめんやけど、二日酔いやったんやわ」
瑞鶴「そうなんだ。大丈夫ならいいんだけど」
龍驤「瑞鶴、ちょっち見ん間にずいぶん雰囲気がかわったな。何があったん?」
瑞鶴「別に何もないわよ。それより、稽古つけてくれるって言ったのはいつになるのよ」
龍驤「あれは無しやわ」
瑞鶴「昨日あんだけ脅しておいて今さらなしってどういうこと」
龍驤「脅しとらんわ! なんや瑞鶴、えらい言うようになったなぁ?」
瑞鶴「いつもと同じよ。でもなんで稽古の話を撤回するの?」
龍驤「キミを纏う空気見たら一発や、もうウチの稽古はいらんわ。加賀がなんかしたんやろな。その調子やと妖精さんの声も聞こえるようになったんとちゃう?」
瑞鶴「なんで顔も背中越しでそこまでわかるのよ」
龍驤「だてに秘書艦やってないで? この鎮守府最強の艦娘はウチやからな!」
瑞鶴「はいはい、さすがにそれは無いわよ。同時に操れる艦載機の数は加賀に勝てないし、軍艦としての純粋な性能だったら長門さんに勝てないでしょ?」
龍驤「あっちゃー、龍驤さんジョークは通じんかったか。けどな、秘書艦やから結構な裁量を与えられとんのやで?」
瑞鶴「まさか! 龍驤だけいい物を食べているとかじゃないでしょうね? 私にも食べさせてよ」
龍驤「なぁ、加賀ぁ。キミは瑞鶴に何を教えたんや? こんなこと言う娘やなかったやろ」
加賀「来る日に備えたくさん食べて体を作りなさいとは言いましたが、そのような解釈になるとは思いませんでした」
加賀の横で隼鷹が声を上げて笑い、とてもよく揺れていた。
龍驤「そういうことか。ごめんな、瑞鶴。秘書艦に期待してたみたいやけど、食べとるもんはみんなと一緒やで」
瑞鶴「そう、それならいいのよ」
龍驤「けど今日はお土産あるからな。この地域の名物、寒天菓子。果物が入った奴が美味しかったで」
瑞鶴「やった、ごちそうさまです! ん? なんでお土産があるのよ。どこかに行っていたの?」
龍驤「今日、休みにしたやろ? それで海運も漁連も海に出られんようななったからなぁ。急に予定を変えてしまったことへの謝罪に行っとった」
瑞鶴「秘書艦ってそんなことまでするの?」
龍驤「そうやで。漁連の方は顔馴染みやから謝って終わりやったんやけど、海運のほうがなぁ」
瑞鶴「何かあった?」
龍驤「初めて見る管理職の人間が出てきて、急に予定が変わったことに憤慨しとったわ」
瑞鶴「まぁ、向こうも仕事があるだろうから仕方がないでしょ」
龍驤「仕方ないわな。それで、膝をついて謝罪しろ言うから、ウチが謝ったんや」
瑞鶴「よくもそんなことをしたわね。ムカつかなかったの?」
龍驤「さすがに休みの原因がウチやったからしゃあないやろ。けどそれに飽きたらず、提督にも同じこと言うたんはちょっちなぁ」
「「はぁ?」」
湯船の方から怒気が発せられた。
あまりに想定外の状況に瑞鶴は身を縮める。
隼鷹「なんだよ、龍驤? あたしそれ聞いてないんだけど」
龍驤「言うとらんからな。言うたらキミら怒るやろ」
加賀「当然です。まさか、その様な暴挙を許した訳ではないでしょうね」
龍驤「許したで」
隼鷹「まさかお前が横にいてその体たらくなんて。何やってんだよ、秘書艦様」
龍驤「あのさぁ、逆に聞くけど、この鎮守府で誰が提督を止められるんや」
隼鷹「そりゃ龍驤だけだろ」
加賀「その通りです」
龍驤「買いかぶり過ぎや。キミらの期待に応えられやんでごめんやけど、2人で謝ったわけや」
瑞鶴「ふぅん」
龍驤「あんまがっかりせんといてぇ。さすがにその後に起きかけた惨劇は未然に防いだで?」
加賀「それは何ですか?」
龍驤「海運の取締役が割腹しかけたのを止めた」
瑞鶴「え? カップクって何よ?」
加賀「切腹、腹切りです」
瑞鶴「ちょっと龍驤! なんでそんなに血生臭いことになるよの」
龍驤「なってない、なってない。ちゃーんと止めたで?」
瑞鶴「意味がわかんないんだけど。ねぇ、加賀。なんでこうなるの?」
加賀「恐喝、侮辱、公務執行妨害。ぱっと思いつく当たりでこれが該当するのかしら?」
瑞鶴「え?」
隼鷹「やっちまった内容を近辺の住人に知られたら、生きていけなくなるだろうしねぇ。当然、海運も解体せざる得ないだろうね。自分とこの人間がそんなことやったら、それくらいは頭をよぎんるんじゃない?」
瑞鶴「え? え?」
龍驤「瑞鶴、内におったら気づかんかもしれんけど、ウチらの提督は連合艦隊を預かっとるんやで?」
瑞鶴「わかってるわよ、そのくらい」
龍驤「わかとらんわ。キミが片手間で薙ぎ払えるイ級駆逐艦ですら通常兵力やと中破すら不可能な戦況なんや。そんな戦力をもっとる艦娘を一個人が指揮しとんのや。どう考えても恐怖やろ」
瑞鶴「別に提督さんは怖くないわよ」
龍驤「それは身内やからや。なんて言えばええんやろ、この地域で電を侮辱したようなもんって言えばわかるか?」
瑞鶴「何言ってんの。する人間なんていないしできるわけないわよ」
龍驤「それをしたんやって」
瑞鶴「はぁ? 龍驤はそんな暴挙を許したっていうの?」
龍驤「許したで、ってなんやこの天丼は。提督が是と言えば当然それは是なんやで? 提督が怒っとらんからなんも問題はないわ。言い訳させてもらうと止めさす間も無いくらい提督の謝罪は早かったからな?」
加賀「容易に想像できます」
隼鷹「だよなぁ」
龍驤「そのタイミングで向こうの上役が来たわけや。現場を見て開口一番、『彼の行動の責任は私にあります。声も漏らさずやりとげますゆえ、どうか』」
瑞鶴「ちょっとちょっと、なにそれ?」
龍驤「座して、匕首握って。腹に当てるまでまったく躊躇しとらんかったから本気やったな」
瑞鶴「死んじゃうわよ! なんで止めないのよ!」
龍驤「止めた言うたやんか。火克金! ってな感じで匕首を殺したわ」
瑞鶴「よかった、間に合ったんだ。けど龍驤が止めなきゃ死んじゃってたんじゃないの。提督さんは何してたのよ」
龍驤「うん? ウチが横におったからな、心配する必要はなんもないやろ。提督も言うとったしな、お前が横にいると安心だ、って」
加賀と隼鷹は小さく笑うが、よく揺れていた。
どうやら提督はやると決めたことをやり通しただけのようだった。
龍驤が原因であっても、休港を決定したのは提督だ。
その責任を果たすための謝罪を躊躇するような者ではない。
そして龍驤のこの話は、言わなくとも通じあっているという遠回りな惚気だったと判断した。
瑞鶴「人死がなくてよかった。その後はどうなったの?」
龍驤「依頼をひとつ受けてその場をあとにしたで」
隼鷹「もしかしてその依頼は、那珂ちゃん、島風、潮、漣が急に準備して出てったやつ?」
龍驤「ようわかったな。海運の彼らが本土に戻るため、海上護衛に出てもらったわ」
加賀「更迭、でしょうか。けれど、それだけで済んでよかったですね」
隼鷹「いやぁ、『那珂ちゃんにはオフはないんだね……。お仕事行ってきまーす!』って言ってたから、何事もなくはないんじゃない?」
龍驤「那珂にはまた有給とって貰わんとなぁ」
瑞鶴「秘書艦って大変だね」
龍驤「そうやで、けどそんな秘書艦をぼちぼち瑞鶴に引き継いでこう思っとる」
瑞鶴「どういうこと?」
龍驤「危機管理の一環やな。今日みたいなんが何回もあったらアカンやろ?」
瑞鶴「そう、かな」
龍驤「そうや。それにや、この立ち位置はそろそろキミに渡さんとなぁ」
瑞鶴「えっ?」
加賀「瑞鶴!」
瑞鶴「はいっ!!」
加賀「そろそろ上がります。龍驤さん、菓子いただきます」
龍驤「うん? おぉ! 食べて食べてぇ。第4保冷室の右から3番目の棚、中下段に置いといたで」
加賀「わかりました。瑞鶴、早くしなさい」
瑞鶴「まだ湯船に入ってないだけど……」
加賀「いいから来なさい」
瑞鶴「えぇ……。じゃあ、失礼します」
龍驤「またなー」
隼鷹「じゃあねー」
加賀と瑞鶴は一礼して船渠を後にする。
隼鷹「なぁ、龍驤よぉ」
龍驤「なんや」
隼鷹「秘書艦引き継ぎって提督の命令?」
龍驤「ちゃうで、命令が出た時に何も準備できとらんだら格好つかんやろ? できる龍驤さんはその時に備えとんのや」
隼鷹「うん、そうだよな。お前はそういう奴だよな」
龍驤「そうやで」
隼鷹「ふーん。あのさぁ、龍驤」
龍驤「なぁに?」
隼鷹「もう提督と既成事実作っちまえよ」
龍驤「……おもろいこと言うな。それやった所でどうなるんや? ウチら艦娘やで?」
隼鷹「そうだけどさ。行動できる間にしておかないと、後悔しか残らないからなぁ」
隼鷹は落胆していた。
持てる技能をつぎ込んで龍驤の髪を編みこみ、フレグランスも南西任務で手に入れたバンレイシの精油を惜しげもなく使った。それにも関わらず成果は無し。
提督に問題があることも考えたが、やはり最期の一歩を踏み出すべきなのは龍驤の方だろう。
隼鷹「まぁいいか。なんかイベントなかったの?」
龍驤「特になかったなぁ、一応謝罪に出てただけやからな。まぁ、甘味処でお土産選ぶのにいろいろ食べ比べて、酒保に補充するもの見繕って、服探して、珈琲飲んで……」
隼鷹「よーし、龍驤わかったわかった。特にイベントはなかったんだな」
龍驤「そうや。むしろ帰ってきてびっくり。高速修復剤がごっそり減っとった」
隼鷹「マジで? いや、いいだろう別に。大規模作戦にも参加しないような鎮守府だからさ」
龍驤「そうなんかな。けど、六駆の娘らが頑張った結果やからなぁ」
隼鷹「ふぃー、酒が呑みたい」
龍驤「突然やな。いやゴメン、昨日呑んどらんだな。あとで瑞鶴のところにたかりに行こか。まだ残っとるやろ」
隼鷹「行こうぜ〜。そうだ、鳳翔さんに生ハムメロンを作ってもらおう。洋食の作法を教えてやんよ」
龍驤「別にええよ。箸があるやん」
隼鷹「いつか、大本営に招集を掛けられた時、食事会で提督は冷たい目で見られるんだろうな。『キミのところではテーブルマナーも教えられていないのか』。もちろん龍驤は責められないから安心しろよ」
龍驤「どうか作法を教えてください」
隼鷹「ひゃはっは、もちろんいいぜ〜。けど船渠で土下座はやめろよ」
龍驤「ああ、危ないとこやった。これでウチも安心やわ。ん? 誰か来たみたいやな」
――執務室――
龍驤「ふんふーん、よっしゃできた。キミ、はいこれ」
提督「なんだこれは?」
龍驤「嘆願書や。巡洋艦をもう1人増やして欲しいんや」
提督「ふーむ、龍驤もか。これは本格的に交渉をする必要があるようだな」
龍驤「も?」
提督「うむ、電が突然やって来てな。お前と同じように嘆願書を持ってきた。しばらくしてから阿武隈と隼鷹がやって来た。何があったんだろうな」
龍驤「北上と話をしたんや。普段から達観しとるし、メチャクチャ安定した戦果を出しとるから気づけんだけど、あれは『同型艦に会いたい病』やわ」
提督は頭を抱え俯く。
また、気づくことができなかったからだった。
龍驤「自虐する暇はあげやんで。どうする? 電の時はわーわー喚いてくれたからわかりやすかったけど、今回は北上や」
提督「これは想定しておくべき問題だった。どんなに安定していても、どんなに練度が高くとも、もともとは軽巡だ。いや、違うな。高練度になって周囲を観る余裕ができたからこそか」
龍驤「そうや、今日なんか休みにしたのに六駆の訓練をしとったんや。それが引き金になったんかもしれん」
提督「あいつらは姉妹仲良しの見本を地で行くからな。どう考えてもそうなるな」
龍驤「どうすんの? もう保有枠はないで。もし大井を着任させるんやったら……」
提督「保有枠に最低1盃。しかも雷巡だよな、戦力制限でさらに軽巡1、もしくは駆逐2と引き換え、か?」
龍驤「それくらいになるやろ。決断の時や。先に言うとくけど、大井を着任させられんだとしても、北上は絶対に怒らんし、任務を放棄したりはしやんよ」
提督「大井を着任させる」
龍驤「りょーかい。通信式符を用意するわ。交渉に失敗したらどうしよか?」
提督「必ず要望を押し通す。武力を使わず交渉でだ。25盃目の保有枠を認めさせ、引き換えの艦はやらん」
龍驤「ほんま格好ええわ」
提督「もっと褒めてくれ」
龍驤「大井が着任できたらな。他には何を用意しとく?」
提督「ぬるめの珈琲とゼドリンを頼む」
龍驤「……本気でやるんやな」
提督「当然だ。俺はいつでも本気だ」
龍驤「じゃあ頑張ろか」
提督「あぁ」
――母港――
提督「やはり阿武隈は一水戦旗艦にふさわしいな」
龍驤「ほんまやな」
夜戦に向かう水雷戦隊を見送る。そして、残ったそれぞれに入渠、練習航海、観艦式の振り付けを指示する。
提督「どうだ龍驤。俺はやりきったぞ!」
龍驤「そうやな、めっちゃ格好よかったで」
提督「そうだろう、そうだろう。……スマンが限界だ。後のことはよろしく頼む」
糸が切れたジョルリの人形を真似たかのようだった。
倒れ込む提督を龍驤が支える。
龍驤「こんなキミやからこそ、ウチは……」
音にならない程度の声で話しかける。
龍驤「明日からは劇の練習、しばらくしたら長門との演習、最期に大元帥を招いて劇本番や。これぞ龍驤を見せたるからな」
提督を抱え執務室に向かう。
劇当日まで数える程になった。
おつおつ
ごっつ面白い
――劇の練習――
龍驤「はい、もういっかいや」
瑞鶴「皆、ゴメン!」
暁「大丈夫ですよ、瑞鶴さん」
龍驤「じゃあ初めて出会う場面やるでー」
「「はい」」
再度練習を始める。
瑞鶴「『龍驤は今何をやってるの?』」
龍驤「『生物調査や。資源やら生態系の変遷を見とんのやで』」
翔鶴「『へぇ、そうなんですか』」
龍驤「『けど今はこいつらの対応や。隔離指定の蟻なんやけど、最近勢力を伸ばしてきとる』」
翔鶴「『龍驤さんはこの辺りで駆除作業をしようとしているんですか?』」
龍驤「『いや、今は仲間と行動しとるとこやから戦闘はせえへん。そろそろ合流することになっとんのやけど……』」
雷「『龍驤さん! その人たち誰ですか?』」
龍驤「『あぁ来たな。この娘らはウチの友達や、旅の途中で寄ってくれたんやで』」
雷「『わざわざこんなところまで来てくれてありがとう! 私は暁型3番艦、雷よ! かみなりじゃないわ! そこのとこもよろしく頼むわねっ!』」
瑞鶴「え? 知ってるけど、……あ!」
龍驤「はーい、もっかいやり直しや」
瑞鶴「皆、本っ当にゴメン!」
暁「まだ会ったことが無い設定なんだから!」
雷「もっとちゃんとしてよね!」
瑞鶴「ごめんってば!」
響「もっとだね」
電「もっとなのです」
同じ失敗をした瑞鶴を囃し立てる。
瑞鶴「んぐにいぃい!」
「「わー、瑞鶴さんが怒ったー」」
瑞鶴「待てー!」
龍驤「あー、もう。電まで一緒になって」
翔鶴「瑞鶴がご迷惑おかけします」
龍驤「ええって。子供に好かれて、仲間にも慕われる。これがええ艦娘の条件やからな」
翔鶴「ふふっ、そうですね。あ、彩雲が」
龍驤「こるぁー、瑞鶴!! 艦載機で遊んどんなぁっ!」
瑞鶴「やばっ、龍驤だ! 逃げろー」
「「おー」」
翔鶴「あぁ、龍驤さんまで……」
日向「追いかけっこは満足できたか? この後出撃が控えているから、終わってもいいか?」
龍驤「待ってぇ! ウチひとりやとあの数はさばけんのや!」
日向「なら先に緒戦の場面をやろう。私の艦載機に式付を貼り付けてくれ」
龍驤「うん、仮想ニ級elite符、ホ級eliteにおまけでリ級eliteも付けたで」
瑞鶴「ねぇ、龍驤」
龍驤「なんや」
瑞鶴「蟻なのになんで深海悽艦なの?」
龍驤「劇やからな。なんでもかんでもそのまま適用できるわけやないで。ほら、どこやったかの鎮守府の出し物で駆逐艦の娘らが惑星を模した戦士を上演しとったやろ?」
瑞鶴「やってたね、星の守護を受けた戦士? 睦月型の娘達が演じたんだっけ?」
龍驤「そうや、ビデオ見てどうやった? 魔法みたいなんはなしで砲雷撃で置き換えてたし、敵役も深海悽艦を模したものや」
瑞鶴「あれってなんでなんだろうね」
日向「皇国海軍の広報活動の一環だからだな。強大な敵、恐ろしい敵に立ち向かう姿を民間に伝える必要があるわけだ」
瑞鶴「なるほど」
龍驤「後は古典やからな、時代に合わせて表現を変えることもあるで」
瑞鶴「『睦月に代わって、お仕置きだよ!』 うん、確かに上手だったし面白かったね」
龍驤「やろ? それじゃ、敵に囲まれた所をやるで。キミらは見学しとってな」
第六駆逐隊は肩で息をして、震えながら頷く。
瑞鶴からは余裕で逃げ切っていた。
龍驤が瑞鶴を囚えた瞬間、第六駆逐隊は全員が最大戦速に切り替えてすぐさま龍驤の元へ戻った。
現在、瑞鶴が余裕な顔をしているのはその時の記憶が飛んでしまっているからか。
龍驤「じゃあ、よろしく頼むで」
日向「心得た」
都合47機の水上爆撃機が深海悽艦を演じる。
誰もが知っている、高性能な多用途機であり、この鎮守府では日向のみが取り扱うことができる。
それらは深海悽艦(仮)となり、連合艦隊を組み、さらに支援まで出していた。
龍驤「『願ってもない機会や。キミらの内で覚悟が決まった方からやるんや』」
翔鶴「『私が行きます』」
瑞鶴「『いや、私が!』」
順番を決めるため、羅針盤を回す。
瑞鶴「『よし! ラッキー』」
翔鶴は不満そうに羅針盤娘を睨めつけた。
日向がホ級(仮)を前に進める。
雰囲気や動きまでが精巧だった。
むしろ発する圧力だけは、本物を上回っている。
瑞鶴「『勝敗の付け方なんだけど……話しは通じなさそうね』」
瑞鶴が艦載機を発艦させるより早く、ホ級(仮)は砲を放つ。
こと戦闘において瑞鶴は冷静だった。
回避ができないのであれば、受け止めるまで。
甲板を避け胸部装甲に着弾。
赤城や加賀と比べ非常に薄くはあるが、覚悟を決めた状態であればそれは優秀な装甲である。
小破にも満たない被害からの反撃。
彗星一二型甲による爆撃だった。
艦攻ではなく、より疾い艦爆を選び、放つ。
ホ級(仮):轟沈
日向「ほぅ」
瑞鶴は艦攻を好んで使っているにも関わらず、今回は艦爆を放った。
不意打ちに近い攻撃に対して反射ではなく、有効な手段を選択し反撃する。
その選択は、ただ運が良いだけでは説明ができない。訓練の積み重ねを感じさせた。
翔鶴「『次は私ね』」
日向がリ級(仮)を前に進める。
翔鶴は先制の急降下爆撃を実行した。
リ級(仮)「……」
重巡のelite級は軽巡と比べて装甲が強固だった。
翔鶴「『へぇ、そうですか』」
教科書通りであれば、より火力が高い艦攻に切り替える。
翔鶴はさらに艦爆を投入し続けた。
その数、24機。
リ級(仮):中破
龍驤「『嬉しい誤算や。ふたりとも実戦でこそ力を発揮できるみたいやな』」
瑞鶴の成長もさることながら、翔鶴が素晴らしかった。
艦爆で装甲を貫けなかった場合、通常判断なら艦攻に切り替える。
爆弾より魚雷の方が攻撃力が高いからだ。
ただし、艦攻を使った雷撃はその成果にムラがある。
期待以上の成果を発揮すれば戦艦を撃沈することができる。
裏目を引いた場合、艦爆の爆撃以下の損傷しか与えられない。
瑞鶴が撃沈させたことにも触発されず、正確な爆撃で重巡を中破にする。
中破となった重巡は戦闘離脱時の雷撃を放つことができない。
随伴艦との連携を考えると、確実に無力化できることこそ肝要であった。
日向「まるで赤城のようだな。しかし……」
龍驤は首を振り、日向を制する。この場では話す必要は無いということだった。
龍驤「『瑞鶴、翔鶴。3秒後に離脱や』」
龍驤は羅針盤を回す。
翔鶴「『瑞鶴、あれはヤバイわね」
瑞鶴「『そうだね、翔鶴姉』」
龍驤「『あぁもう、ハズレや!』」
羅針盤娘「『ハズレとかいってんじゃねー』」
草を刈り取るための大鎌のようなものが見えた。
勅令の光を灯して振り抜き、46盃の深海悽艦(仮)を送還する。
龍驤「『回すまで進めやんし戻れやん。まったく役に立たんやっちゃな』」
羅針盤娘「『文句いってんじゃねー!』」
そう言い残し羅針盤ごと霧散する。
龍驤「『2人とも良かったで。これならやってけそうやな』」
翔鶴「『まだ練度を上げないといけませんが』」
龍驤「『こんな場所や、練度は嫌でも上がるで。瑞鶴は大丈夫か?』」
瑞鶴「『意思疎通ができない相手なんてどうにでもできるって』」
龍驤「『それが心配なんや。会話が成り立つ相手が出てきたらどうすんの』」
龍驤「はい、ここまでー。ご苦労さん」
雷「翔鶴さん、すごいわ!」
電「瑞鶴さんもいつの間にこんなになったのですか?」
雷、電は五航戦姉妹に駆け寄る。
駆逐隊にとって戦艦や空母は護衛対象であり、護衛対象が強く可憐であればより士気が上がるというものだ。
暁「なんで? 何で爆撃に耐えられたの?」
響「それはとても気になるね」
暁、響は日向に駆け寄る。
駆逐隊にとって日向は何故かはわからないが、戦艦や空母よりも信頼できる艦娘だった。
暁「日向さん! なんで艦載機が爆撃に耐えられるんですか? もしかして、それがあの有名な特別な瑞……」
日向「暁」
暁「はい!」
日向「その名をみだりに呼んではいけない。君は淑女だからわかるだろう?」
暁「と、当然よ。響も聞いちゃダメなんだからね!」
響「わかったよ、暁。でも日向さん。なぜ水上爆撃機を使うのかな。あなたは長門さんよりも序列が上の艦娘だよね。大型の主砲で闘うだけじゃだめなのかな」
日向「ふむ、なるほど。その質問も最もだな。逆に響。私が純粋な大艦巨砲主義で長門に挑んだ場合、果たして勝てるだろうか?」
響「その、申し訳ないけれど、多分長門さんが勝つと思うよ」
日向「的確な分析だ。まぁ、悪くないな」
日向は響の頭を撫でてやる。暁はそれを見て何かを考える。
日向「重ねて聞くが、我々は単艦で出撃するだろうか」
響「絶対にしないね。深海悽艦も艦隊を組んでいるし、戦略的に不利になるばかりだ」
日向「そうなるな。さて、長門との力比べで劣る私の序列が上な理由はわかったか?」
暁「はい! 艦の性能じゃなくて、戦果を上げたから!」
日向「ふむ、わるくない。やはり姉というものはよく見ているものだな」
日向は暁の頭を撫でてやる。暁はご満悦だった。
日向「私に求められた闘いは長門にはできないものだったわけだ。水雷戦隊と鳳翔や龍驤、そして私。徐々に君たちも参加することになっている。響とは先に行ったな」
響は頷く。
暁「長門さんができないのに暁にできるの?」
日向「まぁ、そうなるな。想像してみてくれ、長門を旗艦に、比叡、妙高、赤城、加賀、翔鶴で艦隊を組むとしよう」
暁「レディだわ! すっごくレディだわ!」
日向「今後君に求められる闘いは、彼女たちにはさせられない闘いだ。なぜかわかるか?」
暁「燃費が悪いとか? ひよーたいこーかってやつね」
日向「その通りだ。彼女たちではただの一撃も与えられないまま一方的にやられてしまう。出撃しても戦果は皆無だ」
暁「え? なにそれこわい」
日向「それだけこの仕事は重要なわけだ。暁よ、君には期待しているぞ」
暁「暁の出番ね! 頑張るわ!」
龍驤「おーい、暁。出撃やから準備してー」
暁「わかったわ! 編成はどうなっていますか?」
龍驤「暁が旗艦で、ウチと漣と日向や。みんな待っとるからちょっち急いでな」
暁「え? 日向さんはここにいるんだけど」
日向「いや、これは私ではないな」
目の前から日向が消えた。
暁「きゃーっ! 響! 日向さんが!」
響「……これ対魚雷用デコイだ」
暁「じゃあ、日向さんのデコイが劇の練習をしていたっていうの?」
響「……まぁ、そうなるな」
暁「真似してるんじゃないわよ」
響「ごめん。ねぇ、暁。日向さんと長門さん、単騎で決戦して本当に日向さんは負けるのかな」
暁「暁に聞かないでよ。ところで響、日向さんが言ってた闘いって何のこと?」
響「私は潮と行ったんだけど、鎮守府近海の対潜哨戒のことだよ」
暁「潜水艦は怖いものね」
響「そうだね」
暁「それじゃあ、いってきます」
響「いってらっしゃい」
――劇の練習――
鳳翔「では交代して。私達の稽古を始めましょうか。場面は私達が翔鶴さん達に合流する所からです」
「「はい」」
雷「『翔鶴さんから入電だわ! ワレ・ズヰカクヲ・エイコウシ・キカン・リウジヤウハ・コウセンチウ ちょっと!? どう言うことなの! ねぇ、翔鶴さん何が起きたの!』」
響「『電話じゃないから話してもだめだよ。貸して』」
雷「『ちょっと、なにするのよ!』」
響「『キョテンニ・ゴウリウサレタシ・オウエンブタイヲツレテイク』」
暁は対潜哨戒に出てしまったが、つつがなく劇の練習に臨む。
調査隊役の彼女たちは応援部隊役の空母を拠点に案内する所を演じていた。
加賀「『なんですか? 五航戦ではないですか。物見遊山で首を突っ込むからやけどをするのよ。さっさと鎮守府に帰りなさい』」
赤城「『やめてあげてください、加賀さん。可哀想でしょう』」
加賀は赤城を見る。
赤城「『相手はただの五航戦なのですから』」
加賀「赤城さん、さすがにその言い方は……」
鳳翔「はい、やり直しです」
加賀「あ……、すみません」
駆逐隊は加賀と瑞鶴を見比べ、何か合点がいったようだった。
赤城「そういうこともありますよ。翔鶴さん、演技ですから泣かないでください」
翔鶴「あ、いえ。違うんです。この場面そのものが、何か胸の奥で引っかかると言いますか」
赤城「演技とはいえ仲間を置いて逃げ帰っていますからね。腑に落ちないこともあるでしょう。こちらへおいでなさい」
駆逐艦から翔鶴の顔が見えないように、赤城の胸で隠してやる。
赤城「大丈夫です。今は資源もまかなえています、訓練もできています、仲間も居ます。未だ終わりが見えない闘いでは有りますが……」
一呼吸置いてから澱みなく宣言する。
赤城「今度はあなた達を残して逝ったりはしません」
翔鶴「はい!」
航空母艦を眺める駆逐艦。
少し横で鳳翔が手招きをしていることに気が付き、我先にと駆けて行く。
手持ち無沙汰になった加賀は気絶する演技をしている瑞鶴を眺める。
演技ではなく本当に寝ているように見えた。
加賀「……」
呼吸音に乱れはないので寝ているようだ。
誰も加賀を見ていないことを確認した後、瑞鶴の頭を撫でてやる。
加賀「……」
瑞鶴「……」
瑞鶴の顔が赤くなった。
――劇の練習――
鳳翔「『派手にやられたようですね。敵はそんなにも手強かったですか』」
翔鶴「『今まで出会ったどんな敵よりも薄気味悪い空気を纏っていました。現界して、再び艦載機を操れるようになったからわかります』」
伏せていた顔を上げて、鳳翔達を見る。
翔鶴「『あなた達もすごく強い。それでも……アレに勝てる気はしません』」
赤城「『あはは、艦娘も人と同じで得体の知れないものに会ってしまうとそれを過大に評価してしまいますからね。あなたは今、一種の恐慌状態に陥っているのですよ。あとは私達に任せてゆっくり休んでください』」
加賀「『ふふ。結局私と同じことを言っているではないですか、赤城さん』」
笑った後に翔鶴に顔を向ける。
加賀「『五航戦。機動部隊同士の闘いに勝ち目の有り無しを問う事自体が間違っています。敵艦載機の種別、練度はわからなくて当たり前、ほんの一瞬の緩み、慢心が一発逆転の致命傷になります』」
加賀はさらに話を続ける。
加賀「『一見した艦載機数の多寡は気休めにもなりません。勝敗は揺蕩っていて当然です。しかし、それでも……』」
加賀「『完全勝利をおさめる気でやる、それが空母の気概と言うものです。相手の空気に気圧され、逃げ帰った時点であなたは失格。敗者以下です』」
赤城「『加賀さん、もういいです』」
鳳翔「『瑞鶴さんはどうなっていますか』」
翔鶴「『敵に攻撃を仕掛けようとしたから力づくで止めました。手加減をしなかったのでいつ目覚めるかはわかりません』」
加賀「『ふふっ、そっちの五航戦はまだ見込みがありますね』」
赤城「『加賀さん』」
鳳翔「『深海悽艦と艦娘の関係上、中途半端な戦力では敵に取り込まれる恐れがあります。わかりますね』」
翔鶴「『……はい』」
そのための少数精鋭の部隊だ。
鳳翔「『最寄りの泊地に2人、刺客を放ちました。やるかやらないかは自由です。しかし、倒してからおいでなさい』」
鳳翔の姿勢には芯が通っていた。その見た目以上に力強い声で伝える。
「『艦娘として生きるのであれば』」
鳳翔は割符を2つ投げ渡す。
鳳翔「『猫の手は要りません。必要なのは強者のみです』」
精鋭の機動部隊は悽地へ、五航戦は駆逐隊に護衛され泊地へ向かう。
暗転。
瑞鶴は目を覚ます。
瑞鶴「『ありがとう』」
翔鶴「『ありがとうって何?』」
瑞鶴「『私を止めてくれたのは翔鶴姉でしょ。あのまま私が暴走してたら龍驤の邪魔をしていた。そうなったら3人共危なかった』」
翔鶴「『けど! 私は龍驤さんを見殺しにした』」
瑞鶴「『龍驤は生きてるわよ。あんな奴には絶対、絶対に負けない』」
疑うことなど一つもない。
瑞鶴「『だけどあれだけの損傷だから、奴を倒してもすぐには動けないわ。多分どこかに身を潜めて待ってるよ』」
瑞鶴「『私達が戻ってくるのをね。だから早く戻ろう。強くなって。龍驤を助けに』」
語り部「翔鶴の心の内、『あぁ、瑞鶴。あなたは光よ。時々、まぶしすぎて真っ直ぐに見られないけれど、それでもそばにいていいかしら』」
翔鶴「『行きましょう! 強くなって』」
鳳翔「はい、ここまでです。皆さんお疲れ様でした」
電「やったのです。ようやく、通しでできたのです!」
島風「……加賀さん、瑞鶴さんおっそーい」
加賀「面目次第もないです」
瑞鶴「本当にごめんね」
直情型の瑞鶴と隠れ直情型の加賀。演技は苦手だった。
那珂「島風ちゃん、語り部お疲れ様! すっごく上手だったから那珂ちゃんびっくり」
島風「那珂さん、ありがとうございます。あれ? 観艦式部隊の皆は?」
那珂「皆一生懸命、操舵訓練(レッスン)に着いてきてくれたよ! 潮ちゃんと隼鷹さんは最後までやりきってくれたんだよ☆」
ぞっとしない話だった。参加者の長門と祥鳳は那珂の訓練に耐え切ることはできなかったと言っている。
戦艦も空母も普段の訓練は非常に厳しい。
搭乗員妖精が「全なる一」に戻ってしまうこともままある。
那珂が水雷戦隊を訓練する時は、それらの訓練に負けず劣らずの上、常に『笑顔』を要求される。
疲労の蓄積が桁違いだった。
隼鷹に連れられ、長門と祥鳳は入渠中。
潮と漣は劇部隊と話をしている。
那珂「そうだ! 漣ちゃんは途中で対潜哨戒に出ちゃってたよね☆ 今から追加の操舵訓練(レッスン)をしよう!」
漣「はにゃ〜っ! ナカバレ〜※2」 ※2:那珂ちゃんにバレちゃったよ、やっべ〜
水雷戦隊は常に仲間とともに闘う。
それが海戦であろうといたずらであろうとも、だ。
那珂の意識が漣に向かった刹那、最速の艦娘が起動した。
島風は那珂の精神的スイッチを切る。第四水雷戦隊旗艦のお団子が解け、垂れ髪となった。
漣「島風殿、良い仕事ですぞ! お礼は間宮なのです!」
漣と島風は互いに敬礼を交わす。
那珂「……漣さん、時間は十分ありますがうまく使わなければなりません。さっそく始めましょう」
生まれながらのアイドルは存在しない。
アイドルであろうとする心こそが那珂を艦隊のアイドルへと導いていた。
アイドルとはいえ、本質はやはり水雷戦隊旗艦の軽巡洋艦だった。
漣「徹底的にやっちまうのねっ!」
漣と潮は第六駆逐隊とは別の系譜としてここにいる。
ふざけているように見えたり、怯えたように見えたりしても、心意気は赤城と加賀にも匹敵する。
漣「駆逐艦漣、出るっ!」
時を同じくして。
――劇の練習――
「『格納庫ヲ用意セヨ。艦載機ガ100機以上格納デキル規模ガイイ』」
「『ゼロガサビナイヨウニネ』」
戦利品を抱えたまま呟く。
「『ウン。ワタシ、チョットツヨイカモ』」
【姫様、お疲れ様です。以上で稽古終了です】
【わたしのせりふ、これだけ……】
【とても重要な役ですから】
【うん、がんばればきっとゼロがもらえる! ……ほぽぅ、つかれちゃった】
【はい、戦艦が運んできた羊羹です、召し上がってください。あと姉姫様から入電です】
【マミヤたべる! おねぇちゃんなんていってる?】
【『南方から戦艦が迎えに来てくれます、それまでに準備をしておいてください』だそうです】
【はーい、じゅんびしておくね】
劇当日、ゲストは龍驤と出会うことになる。
おつ
――船渠――
雷「いやー、出撃後のお風呂は気持ちがいいわね!」
雷は劇の練習が終わった後、阿武隈、鳳翔、日向と共に対潜哨戒へ向かった。
旗艦としての初出撃であり、緊張がなかったといえば嘘になるが、任務を全うできた。
雷「暁もそう思わない!?」
戦意高揚のまま姉に同意を求める。
暁「そうね」
雷「何よ、元気ないじゃない」
暁は出撃した時のことを思い出していた。
仕留め損ねた潜水艦からの雷撃。随伴艦はそれから暁を庇う。
撃ち漏らしたことや回避できなかった事の悔しさ、仲間が傷つく事への焦燥感が募っていた。
そんな暁に仲間は異口同音に伝える。
『共に闘い、共に帰ろう』
その言葉を胸に、暁は最奥に潜むヨ級flagshipを撃退する事ができた。
暁「仲間がいないと闘えないわね」
雷「あたりまえじゃない。単横陣が組めないんだから」
暁「そういう意味じゃないわよ」
雷「じゃあ、どういう意味よ。けど、仲間って大事よね。雷達が力を合わせたら長門さんだって追い詰められたんだもの」
暁「そうね。長門さん、今度加賀さんと龍驤さんを相手に演習するんだけど、勝てるのかしら」
長門「勝てないな」
雷「長門さん!」
長門「不覚にも軽く気絶していた。那珂の訓練はなかなか堪えるな。祥鳳はすでに上がっているようだが」
雷「それより長門さん、勝てないってどういうことなの」
長門「文字通りの意味だ。私では彼女達には勝てない」
雷「だったら何で」
長門「勝てないからと言って避けては通ることができないからだ。結局の所、深海悽艦の空母機動部隊は待ってはくれない。その時に備えるために練度の高い空母と訓練をしたいのだ」
演習はあくまでも演習であり、長門はその先を見ていた。
負けること自体は当然悔しいが、本当の敗北に比べればどうということはなかった。
暁「じゃあ私が長門さんの随伴艦に付くわ! 実戦を想定するなら艦隊を組んだほうがいいもの」
雷「なら雷も付くわね。長門さん1人で出撃なんてさせないんだから!」
長門「ふふふっ」
暁「何か変なことを言っちゃったかしら?」
雷「そんなことないと思うけれど」
長門「いや、すまない。その通りだ。たった1人で彼女たちに挑もうとしたのは私の我儘だった」
雷「もっと私に頼っていいのよ?」
長門「頼りにしているさ。だが今回は私に任せて欲しい。お前たちに守られる私ではなく、お前たちを守れる私になりたい。それに私を応援してくれるということは、共に闘うのと同じではないか?」
暁「そうかしら?」
長門「そうさ」
雷「じゃあせめて、長門さんの髪を洗ってあげるわ」
長門「そうか? ではお願いする」
暁「私は背中を流してあげる」
長門「あぁ、頼む」
湯船から上がり、洗い場へ向かう。
電「お待たせしたのです」
響「こんばんは」
電「はわわっ! 暁ちゃんがおっきくなっているのです!」
響「そんな馬鹿な。まるで超弩級戦艦じゃないか」
長門「それは私のことを言っているのか?」
響「話し方まで。まるで長門さんみたいだ」
暁「響、この人が暁なら私は誰なのよ」
響「暁だね。紛らわしいことしないでよ」
暁「まぁ、暁は1人前のレディだから。長門さんと見間違えるのも仕方がないわ」
電「けど、同じ艦娘とは思えないほど大きさが違うのです」
長門「どうした? そこで止まっていないでこちらに来てはどうか?」
入り口にいる響と電を手招きする。手の動きに従ってよく揺れていた。
長門「さて、あの2人に訓練を頼んでから演習に臨むとするか」
――射撃訓練場――
瑞鶴「ねぇ、加賀」
加賀「何かしら」
瑞鶴「今日って長門さんと演習するんでしょ、休んでなくていいの?」
加賀「まさか本気でそんなことを聞いているのではないでしょうね」
瑞鶴「本気で聞いてるわよ。いくら2体1でも相手は長門さんよ。疲れた状態で勝てるの?」
加賀「ただ勝つだけなら、間宮でアイスクリンでも頬張ってから臨むべきでしょう」
瑞鶴「でしょ?」
加賀「しかし、ただ演習に勝つことは目的ではありません。いつ出撃しても良いように、かと言って訓練をおろそかにするわけでもなく。平常心のまま臨み、そして勝つことが目的です」
瑞鶴「だけど」
加賀は射位から下がり、弽を取り外す。
加賀「劇の稽古の時、赤城さんはあなた達を残して先に沈みはしないといいましたが、私は違います」
瑞鶴「……え?」
加賀「私が先駆けます。私が矢面に立ちます。沈むときは私からです。ですが必ず敵勢力は削り取ります、ただでは沈みません」
その眼はただただ恐ろしい光を灯していた。
加賀「その時はあなたが決着をつけなさい」
瑞鶴「や、やだ! 何で加賀が沈まないといけないのよ」
加賀「最近、あなたのことを甘やかしすぎたかしら。五航戦、私達がどういった存在かを言ってみなさい」
瑞鶴「深海悽艦の脅威から皇国を護るための兵器よ」
加賀「そうよ。わかっているようね」
瑞鶴「けど」
加賀「はぁ。どうしようもないわね。いつか私も轟沈する時が来るでしょう。ですが、今日ではないですし、明日でもありません。それは深海悽艦を最後の1盃に至るまで沈めきった時です」
勝手を瑞鶴の頭に置きながら続ける。
加賀「人のことをとやかく言う前に、まずはあなたが頑張りなさい」
瑞鶴「わかったわよ、もう!」
怒る瑞鶴、口の端で笑う加賀。
瑞鶴「……ねぇ、今日も勝てるんだよね」
加賀「安心なさい。鎧袖一触よ」
――試着――
比叡「これなんてどうですか!」
龍驤「ええなぁ。ビーズレースを非対称に流すとこがええでぇ。けど、比叡ならこっちもええんとちゃう?」
比叡「おぉ! モザイク模様に刺繍を入れていますね。こうなったらもっと攻めて行きましょう!」
龍驤「ほっほー、ならこれや! 絶対、比叡に似合うでー」
比叡「ひえ〜っ! ビスチェドレスじゃないですか!? さっすがですねぇ!」
龍驤「やろやろ! ウチやとフルフラット過ぎて着られんけど、比叡やったらぴったりや!」
比叡「では、このドレスです! 妖精さん、試着お願いしますね!」
工廠妖精が集まってくる。
比叡の艤装を御召艦仕様に換装するため手際よく動いた。
比叡「どうですか、龍驤さん!」
龍驤「おぉ〜! めっちゃ綺麗や」
比叡「当然です!」
普段控えめな比叡にしては、非常に勝ち気な回答だった。
比叡「私は金剛型戦艦2番艦の比叡です! 金剛お姉様譲りの装備と大和さんのために用意した艦橋。今の私に恥じる所など1つもありません! それはあの2人を恥じるのも同義ですから」
龍驤「かっこえぇ。ウチもこんな風に言えるようにならんとな」
比叡「そうですよ。せっかくの機会なので龍驤さんも試着してみましょう。どれにしますか?」
龍驤「ええんかな、ウチも着てみてえんかな」
比叡「もちろんです!」
龍驤「え〜と、これがええな」
比叡「おぉ〜! アンピールラインのドレスですね」
龍驤「ウチ、ちょっち背が低いからこれがええ気がすんのやけど、どうやろ?」
比叡「似合いますよ絶対! 妖精さん、こっちもお願いします!」
工廠妖精により、龍驤はシルクのドレスに身を包む。
龍驤「……ええなぁ。これ着たいなぁ」
鏡に映る艦娘に正直な心情を述べた。
比叡「いいですね!」
龍驤が姿見を注視している間に、比叡は工廠妖精達に目配せのみで指示を出す。
正確な採寸と並行して、次々に装飾を取り替え記録する。
比叡「青葉さん!」
青葉「あいあい! 龍驤さん、これ持ってください」
青葉は白を基調としたブーケを手渡す。
続いて青葉の搭乗員が各々の役割を果たす。
ある妖精は龍驤に化粧を。
ある妖精はブルースクリーンを展開。
ある妖精はレフ板を。
龍驤「あれ? ウチなにやっとんの?」
青葉「広報誌に載せるんです。秘書艦の仕事ですよ?」
龍驤「そやったっけか」
青葉「そうです」
龍驤「そうか」
青葉「はい」
初めて聞いた仕事を言われるがままにこなす。
青葉「龍驤さん、今日は大丈夫ですか?」
青葉は加賀と龍驤、そして長門の演習のことを聞いた。
何も準備をしていないように見えたからだ。
龍驤「もちろん大丈夫やで〜。第3哨戒線より内に来たんはロ級が2体だけで、そのまま外に戻ったしな。即出撃可能な艦娘は鳳翔、那珂、妙高、島風、祥鳳、潮やから、よっぽどが起きても対応できる」
青葉「……おぉ」
予想外の答えが返ってきた。
秘書艦はまったく浮ついていなかった。
純白のドレスに浮ついていることは事実だろうが、並行して臨戦状態でもあった。
龍驤「むしろ青葉の方こそ大丈夫か? 全然寝てないやろ?」
青葉「いえ! 青葉は大丈夫です。慰労会は楽しかったですし、何より電様と鎮守府の歴史を編纂する任務もできましたので!」
龍驤「絶対寝不足や。今日の演習は司会実況いらんから。もう休み」
青葉「きょーしゅくです! けど、心配御無用ですよ。よーし、もっと働けます!」
比叡「えぇいっ!」
比叡は裂帛の気合で青葉の意識を刈り取り、そのまま抱え上げる。
龍驤「ありがとぉ、比叡」
比叡「お安い御用です」
龍驤「今日の司会実況はないけど、日向に解説して貰って隣に瑞鶴を座らせとこ」
比叡「とてもいい看取り稽古になりますね」
龍驤「そうやろ? もっと瑞鶴には育ってもらわんとな」
比叡「……そうですね」
おそらく龍驤の勘違いは、龍驤自身が気がつくまでは正せないだろう。
比叡「指令、腕の見せ所ですよ」
龍驤「おっ? そうやな」
――演習~加賀・龍驤VS長門――
瑞鶴「……」
左を見ると、鳳翔、赤城、隼鷹、祥鳳、翔鶴と空母機動部隊が並んでいる。
瑞鶴「……」
右を見ると、北上、比叡、那珂、妙高、川内と水上打撃部隊が並んでいる。
瑞鶴「……えぇ」
前を見ると、阿武隈と大井が駆逐艦の相手をしている。意外なことに潮が大井に懐いていた。
そして真横には。
日向「まぁ、私というわけだ」
瑞鶴「あの、日向さん。何で私はここに座っているのでしょうか」
日向「面白い質問だ。君の隣に私が座っていることではなく、君自身が座っていることに疑問を持ったということか」
瑞鶴「はい」
日向「答えは至って単純。君に成長してもらうためだな。そんな君に、私は航空戦と砲撃戦の解説をするというわけだ」
瑞鶴「それって何でですか」
日向「秘書艦候補なのだろう? 秘書艦に強さを求められるのは当然だからな」
瑞鶴「あの、日向さん。それなんですけども」
言葉を遮る形で瑞鶴の頭の中に声が響いた。
分かっているが、現秘書艦が指令代行権を発動させての指示だから無碍にできないとのことだった。
瑞鶴「あ、え? 今、頭の中に……」
日向は涼し気な顔で、唇に人差し指を当てていた。
艤装に駆逐艦が2盃よじ登っているにも関わらず余裕の表情だった。
日向「しかし、瑞鶴か。君は実に良い名を授かっているな」
これは完全に日向の独り言だった。
瑞鶴「あと所属の艦娘が全員揃っているんでしょう? 遠征や出撃は?」
日向「全員ではない、青葉が船渠で眠っている。厳しい日程をこなしていたからな、そのまま休ませてやろう。提督もまだ眠っているな。また、今日、演習するのは彼女たちだからだ。見ることもまた重要な訓練と言うわけだ」
長門「加賀よ、楽しみにしていたぞ。今日こそは封殺させてもらおう」
加賀「私もそれなりに楽しみにしていたわ。前のようには行きません。完封は確定かしら」
戦艦と空母の間に火花が散った。
龍驤「一応、ウチも参加するで〜。一応」
大切なことなので2回言った。
龍驤「まぁ、ちゃっちゃとやってしまおか。瑞鶴、合図出して〜」
瑞鶴「え? うん。いいのそんなに軽く始めちゃって?」
長門「かまわんよ」
加賀「かまいません」
笑顔の長門と表情が読めない加賀。
一見して似ていない彼女たちだったが、内にある隠し切れない熱さは同じだった。
もう1秒たりとも待てなかった。
瑞鶴「じゃあ、はい。演習開始です!」
――加賀・龍驤――
龍驤「ほんまに完全勝利狙いでいくん?」
加賀「はい。後先を考えずに全力で行ける機会なんてそうはありませんから」
龍驤「けど負けるかもしれんで? 消極的やけど、長門を削り取るように攻め立てたら確実に勝てるんやで?」
加賀「それでもです。あの人は1人で背負いすぎるきらいがありますから。それは美しいことかも知れませんが、必ずしも正しいとは言えません」
龍驤「そうかもなぁ。けど、あはは。最近の加賀は面倒見がええのが素直に出ててええなぁ」
加賀は顔をそらす。
加賀「まぁ、陸奥さんが着任していないこの鎮守府なので。あの人に言うのは私の役目でしょう」
龍驤「うんうん。よっしゃ! ほんじゃま開幕に全力かけてな。索敵はウチがやるよ」
背後に龍驤の甲板である『航空式鬼神召喚方陣龍驤大符改弐』が展開される。
龍驤「艦載機のみんな! お仕事、お仕事!」
二式艦上偵察機を都合18機発艦させた。
同時に眼に光を灯し、艦載機との同期を開始した。
加賀「……相も変わらず。そればかりは真似られません」
龍驤「適材適所やな。キミ等がここの花形やからしっかり攻撃頼むで」
加賀「宜候(よーそろー)」
龍驤「……長門みっけ! 零観がこっちに向かっとるわ」
やりますね。では、皆さん。行きましょう」
肚に息を落とし込み胴を造る。番えた艦載機は彗星と九七式艦攻、どちらも限界練度と評された熟練妖精が乗り込んでいた。
龍驤もそれに合わせて発艦準備を完了させる。その式符は零式艦戦62型、通称『爆戦』だった。
龍驤「ほいじゃ、妖精さん達。たのんだで」
熟練員「承知」
新米員「自分頑張るっす!」
加賀「第一次攻撃隊、発艦します」
――瑞鶴・日向――
瑞鶴「2人共艦戦は積んでないのね」
日向「相手が航空戦力を持たない戦艦だからな」
瑞鶴「長門さんが瑞……水上爆撃機を積んでいたらどうするのかしら。龍驤が爆戦を発艦しているから大丈夫か」
日向「即座にその可能性を考慮できるとはな。瑞鶴も偵察機を出すといい」
瑞鶴「何でですか?」
日向「思ったよりも早く終わるからだ。目視だけでは心もとないからな」
そう言いつつ、14機の水上偵察機を発艦させた。
他の見学者を見ると、同じように電探を起動させたり偵察機を発艦させたりしていた。
瑞鶴「急がなきゃ」
瑞鶴は彩雲を番え、3機だけ発艦する。この時、わずかに眼に黄金色の輝きが現れた。
日向「それだけでいいのか? 君ならもっと多くの艦載機を扱えるだろう」
瑞鶴「その、お恥ずかしながら、同期できる数は3機まででして。でも! 龍驤の訓練をサボっているわけでは無くですね」
日向「もう一度言ってくれ、同時に3機に意識を通せると言ったか?」
瑞鶴「呆れないでくださいよ、私も頑張ってるんです。操作自体は84機はいけるんですけども」
日向「いや、すまない。ただ、おどろいただけなんだ。責めているわけでも呆れているわけでもないのだが。瑞鶴よ、例えば赤城や加賀は何機同期できるか知っているか?」
瑞鶴「あの人たちだったら搭載機全部なんじゃないですか?」
日向「1機だけだ」
瑞鶴「嘘でしょ? 一航戦ですよ?」
日向「彼女たちに限らない話なんだがな。私達が艦載機を操るときはTSS※3でしかない」 ※3 time sharing system:細かく切り替えることで複数の処理を同時に実行しているようにみせる。
瑞鶴「え? てぃーえすえす?」
日向「ごく一部の艦娘だけがMT※4で操ることができる。龍驤を見てみるといい」 ※4 multi task:複数の処理を同時に実行する。
瑞鶴「なんか……眼の色が……というか光ってる?」
日向「今の君も、ほら」
胸部装甲から手鏡を取り出し、瑞鶴に渡す。
瑞鶴「わっ! 何ですかこれ!」
日向「わかったか? これは……」
瑞鶴「この鏡ものすごく可愛いです! どこで手に入れたんですか? 今度連れて行ってくださいよ」
日向「あ、あぁ。いつでもいいぞ。というか恥ずかしいな、なんだこれは?」
不意の一撃に日向は狼狽え、彼女にしては珍しい表情を見せた。そしてその鏡は実際カワイイ。
瑞鶴「すみません、話がそれちゃいました。わっ、なにこれ? 眼が光ってる」
日向「私達は勝手に虎視(トラノメ)と呼んでいるが、君はこんなにも低い練度でこれを使うことができるのか。もしかすると龍驤は本気で秘書艦の任を受け渡そうとしているのかもしれんな」
虎視は、ある日龍驤が確立した艦載機操作術だった。
同時に見るということは、威圧をかけるのとほぼ同じ意味を持っている。
艦体に影響はないが、それを操るのは心持つ艦娘だ。練度次第では直視できない程の重圧を受けることになる。
瑞鶴「日向さん、航空戦に突入します!」
――長門――
長門「お前たちならきっとそうしてくると信じていたぞ」
零観を通して、龍驤の二式偵察機とそれに続く加賀の主力艦載機を捉えた。
長門「消極的な勝利では満足できないよな、加賀。訓練とは言え、半分は全力を出しきるためだけの場だからな」
長門は三式弾を装填し備える。
長門「戦略だけでいえば零観を無視して、私への攻撃に全力を注ぐべきだろう。だが、今この瞬間だけは想像せずともわかる。お前は確実に零観も殲滅しようとする」
目視できない有効射程内という微妙な距離。14号対空電探と、確信とも言える勘に従い長門は射撃員に指示を出す。
長門「三式弾一斉射!」
さらに零観が加賀達の飛行部隊に会敵する直前、長門は方向転換指示した。
――第一次攻撃隊――
ある程度の間隔を保ち艦載機は航行しており、そう長くない時間が過ぎた時に零観を視認した。
完全勝利。
これを実現するために零観も撃墜する必要があった。
優秀な観測機だが、複葉機の域は超えていない。これと対峙するために艦戦は役不足だった。
零観が急に進行方向を変える。
艦攻部隊は直進、艦爆部隊は零観に合わせて方向転換をする。
非常に高い練度を誇る彼らは同じ方向へまったく同時に操縦桿を倒した
対空迎撃を想定していなかったわけではない。その時を、加賀は急降下爆撃と予想していた。
有効な爆撃を与えるため皆が同じタイミングで動き、行動の予想がつけやすいからだ。
急降下爆撃時は5機で8小隊を組み、波状攻撃を仕掛け対空迎撃に備える手はずだった。
長門の戦術はそれを上回った。
最高練度を誇る艦爆妖精達はとっさに同じ判断をして、同じタイミングで方向を転換した。その瞬間、長門から見た艦爆隊は面ではなく点となっていた。
戦艦長門
対空迎撃成果
加賀:彗星40機全滅
龍驤:爆戦26機撃墜
龍驤「テツ! チュウ! 頼んだで!!」
熟練員「了解」
新米員「了解っす!」
非常に練度が高い艦爆隊は、操縦精度の高さを長門に付けこまれた。
それすら回避した2名の妖精は龍驤とともにあった。
『全なる一』から湧き出る妖精であるが、訓練を通じて個性が現れてくることもままある。
熟練員の彼は鎮守府黎明期から存在し続ける古参中の古参。
過去から現在まで、艦戦乗りとして他の追随を許していない。
新米員の彼は文字通りの新米。
ただし、龍驤との相性が異常に良く、瞬く間に飛行部隊の一角を担うこととなった。
熟練員は長門へ向かい、新米員は爆弾を投棄して加賀の直掩へ向かう。
――長門――
長門「こうも上手く嵌るとは、彼女達に感謝だ」
1人で戦わせないと言ってくれた駆逐艦達、そして演習前に訓練を付けてくれた空母達のお陰だと確信する。
爆戦2機を取り漏らしたが、まず目前の危機に意識を向ける。
長門「問題はここだな」
艦爆を退けたとはいえ、加賀の艦攻部隊が遅れてやってくる。
その数46機。
この鎮守府が誇る雷巡が扱う魚雷は40門、それを考えると途方もない数だと言わざるを得ない。
それにも関わらず、長門は笑っていた。
敵に会った時の戦意剥き出しの顔ではなく、楽しげで肩の力が抜けた笑顔だった。
自分の体を使って、全力で表現するためには常に笑顔でいられる胆力が要だという。
言葉よりもその軽巡の在り方そのものが説得力となっていた。
艦攻部隊が次々に魚雷を投下する。魚雷は方向転換できない。
長門「右舷投錨、 最大戦速!」
――加賀・龍驤――
加賀「やられました」
龍驤「最初っから読みが外れたな」
加賀「えぇ、今の長門さんはまったく単騎に見えません。まるで第六艦隊や那珂さんが随伴しているようです。それに、ことごとくこちらの動きを読んでいることから……」
龍驤「赤城と隼鷹やわ。予想外すぎやろ。キミと演習する準備に、キミより序列が上の2人と事前訓練しとくとか」
加賀「私の慢心です。終わった後に船渠で反省します。が、勝ちは譲りません」
龍驤「そやな」
加賀「第一次攻撃隊の彗星が全滅。続く艦攻は全て回避されると見て間違いないでしょう」
加賀は呼吸を整え覚悟を決める。
長門の狙いは旗艦の加賀であることは疑いようがなく、加賀の艦体の大きさと速力では長門の射撃からは逃れることはまずできない。
龍驤は舵を切り、長門へ向かう。
龍驤「足掻いてくるわ。後は頼むで」
艦載機を発艦し尽くした空母が戦艦に挑む。
――長門――
長門「九一式徹甲弾装填完了。目標加賀! ……むっ?」
爆戦が1機迫って来た。
長門は冷静に爆弾投下の瞬間を待つ。12.7cm連装高角砲はいつでも発射可能だ。
長門「今だ! 対空一斉射!!」
爆戦相手に過剰な弾幕を展開した。
長門「何! すり抜けただと!?」
錐揉み回転状態になり弾幕を回避し急降下する。
機体こそ零戦だが、爆弾という錘を抱えているのにもかかわらずだ。
長門「くっ、三番砲塔がやられた。しかし、目標は変わらん! 第一、てぇっー!!」
弾着の手応えを確かに感じ取った。厳しく見積もっても加賀は中破だった。
長門「……応答がないな、観測機は落とされたのか? 第二、打つなっ!」
長門は目標を加賀から切り替えた。
長門「ずいぶんと速かったな」
龍驤「楽しみにしとったんやろ? ウチも楽しみにしとったからな。目標長門、斉射!」
12.7cm連装高角砲が火を吹いた。
二式妖精「弾着修正なし、もう一発!」
龍驤「あいよ〜、斉射!」
空母にも関わらず、2度も弾着させた。
当然、長門の装甲を抜くことはできない。それほどに長門型の胸部装甲は豊満だったからだ。
長門「ふふふ、楽しいなぁ! 龍驤、お前は一体何なんだ! 目標龍驤、第ニ、てぇっー!」
龍驤「おわっち、危ないわぁ」
回避成功。着弾点は龍驤の後方だった。
長門「速力を上げたか! 次は外さん。第四、てぇっー!」
さらに回避精巧。またもや着弾点は龍驤の後方だった。
長門「……」
龍驤の速度上限を試算して砲を放ったにも関わらず後方へ外す。
これはさらに速力を上げたということだったが、はたして可能なのか。
長門が鷹の眼で龍驤の船底を睨みつける。
喫水線が通常では考えられないほど浅かった。
長門「……バルジを外してあったのか」
長門は沈着冷静になる。半分祭り気分でいた自分を恥じた。
演習を願った長門に応えるため、龍驤は入念な準備をしてくれていたからだ。
長門「お前たちとの演習に浮かれてしまっていたようだ。価値ある一戦をありがとう」
龍驤の前方気味を狙い、次発装填した第一主砲を向ける。
速力を上げられなければ的中、もう最大戦速の龍驤には不可能だった。
旋回できなければ的中、バルジまで外した龍驤は転舵即転覆。不可能だった。
長門「第一、てぇっー!」
龍驤「ほい来た! 面舵いっぱーい!!」
方向転換し回避、長門に砲を向ける。
龍驤「構え」
長門「馬鹿な! 馬鹿な、馬鹿な!! なぜ転覆しない!?」
龍驤「ウチの搭乗員はみーんな優秀やからな!」
艦体の中で、射撃員が砲弾を抱え、割烹員が鍋を担ぎ、そのた搭乗員も重い荷物を抱えていた。
操舵員の号と共に、皆一斉に右舷側へ向かい走ったのだった。
搭乗員による艦体の重心移動。
龍驤は艦体の制約を搭乗員の練度でねじ伏せた。
長門「龍驤っ! 第二……」
その意識は龍驤のみにに集中し、次発装填されていない主砲も全て龍驤に向けられた。
龍驤「長門、ウチは囮やで?」
加賀「第二次攻撃隊、発艦します」
長門「龍驤、私は一体どこで失敗したんだ?」
長門の意識は完全に龍驤に向かっていた、対空防御はもう間に合わない。
徹甲弾を装填し、全主砲を加賀に向け直す。
龍驤「失敗? 何言うとんの、本当やったら開幕爆撃でお終いやったんや。演習としては大成功やろ」
長門「そうか。つまらないことをこぼしてしまった。まだ、負ける気はないがな」
龍驤「それでこそや。最後まで頑張り」
長門「あぁ。全主砲、一斉射。てぇーっ!」
加賀の艦爆隊が一糸乱れぬ陣形で長門へ攻撃を加えた。
都合32発の爆撃だった。
長門「長門型の装甲は伊達ではないよ」
長門:大破
加賀「長門さんの姿は見えず、それは向こうも同じ」
呼吸を整え備える。
加賀「ですが、彼女は確実に中ててくるでしょう。零観がこちらを見ているのは困りました。まぁ、なんとかしますが」
長門の気迫が胸を貫き、実弾は後少しで着弾する。
足が遅い加賀はおそらく避けることはできない、できないのであれば。
加賀はその豊満な胸部装甲で真正面から受けた。
加賀:中破
新米員「加賀姐さーん」
龍驤からの直掩が、瞬く間に長門の観測機を撃ち落とす。
加賀「やりました。さすがに優秀な子ね」
長門の眼を担っていた零観が落ちた。
弾着修正ができない2撃目は避けられる。
新米員「2撃目は来ないようね、龍驤さんが上手にやってくれているわ。全機爆装、第二次攻撃隊準備」
新米員「中破だけど大丈夫っすか?」
加賀「問題ないわ。飛行甲板は盾ではないもの。甲板ではなく胸部装甲で直接受け止めたから。紙一重で飛ばせられるわね」
龍驤の爆戦を着艦させる。
加賀「装甲空母以上に艦体が強靭な空母は、まぁ、私か赤城さんくらいのものね」
新米員「これが、一航戦っすね!」
加賀「あなたも爆装しておきなさい。まだ、何が起きるかわからないわ」
新米員「了解っす!」
加賀「第二次攻撃隊、発艦します」
おそらくこれで勝負がつくと分かっていた。
彗星との同期で長門への爆撃結果を知る。
加賀「足りませんでしたね」
知ると同時に二度目の徹甲弾が加賀を貫く。
加賀:大破(轟沈判定)
春イベントでの入手祈念
・雲龍
雲龍「提督、新生機動部隊はお任せ下さい」 提督「任せた」
入手成功
・U-511
提督「今度こそ、U-511を獲得する」 U-511「ゆーはここにいますよ」
入手成功
・秋月
提督「では、何を食べさせたいのだ」 秋月「……それは」
入手成功。題名とプロットだけ。
・照月
照月「提督、一緒に食べます?」 提督「いただきます」
入手成功。題名とプロットだけ。
雲龍が151周かかってどうなるかと思いましたが、その後はあれよあれよで着任してくれました。
乙
ごめんなさい
日向「見事な昼戦だったな。瑞鶴、遅くなったが解説をしよう。……ん?」
瑞鶴「なんでよ、なんで囮なんか。そんな作戦って……かはっ、……っ」
日向「これはいかんな。心身艦がばらばらになりかけている」
瑞鶴「……大丈夫、ですから。大丈……」
日向「瑞雲ッ!」
瑞鶴「私、それは……」
日向「あぁ、装備はできないな。ただ保持するだけでいい。目を閉じなさい」
水上爆撃機をひとつ、瑞鶴に持たせてやる。
日向「過去を追ってはいけない。未来を待ってはいけない。ただ今この時だけを感じ取るんだ」
瑞鶴「……今」
日向「君の手には何がある?」
瑞鶴「瑞雲……です」
日向「そうだ。五航戦の栄光でもなく、未来への希望でもない。ただの瑞雲だ」
瑞鶴「はい」
日向「君は聡い娘だ。かつて様々なものを背負わざるを得なかっただろう。そして今後様々なものを背負っていくことになるだろう。だが、君にできることは何だ?」
瑞鶴「今を生きることだけ、です。日向さん、もう大丈夫です」
日向「そうか。この演習だが」
瑞鶴「加賀と長門さんが自身を鍛え上げ、限界いっぱいまで自分を使い切ることを。龍驤が私達の最大戦力である艦載機を鍛えあげることの必要性を見せてくれました」
日向「悪くない」
瑞鶴「昼戦が終了したので夜戦なしで長門さんの勝ち。だけど、どっちも今日の勝敗は気にしないと思う。次に備えてまた強くなるわ。私も訓練しなきゃ」
日向「悪くない。いや、素晴らしい」
瑞鶴「演習は終了よね」
日向「いや、まだだな」
瑞鶴「何でですか?」
提督「間に合ったか?」
日向「ようやく起きたのか」
瑞鶴「提督さん、全然間に合ってないわよ」
提督「瑞鶴、状況を教えてくれ」
瑞鶴「えっと、昼戦が終了しました。長門さんは大破、加賀が大破轟沈判定、龍驤は無傷だけど攻撃機はほぼ撃墜されているわ」
日向「瑞鶴」
瑞鶴「何ですか」
日向「報告は正確にするんだ。君が旗艦として出撃する場合を想定するといい」
提督「日向の言うとおり正確に頼む」
瑞鶴「長門さんの零観3機が全墜。加賀は彗星が40機墜落、予備の彗星12機は爆撃を終えて空中で待機。九七式艦攻は雷撃後に46の内20機が爆弾に装備換装して爆撃。今は空中で待機している」
提督「ふむ」
瑞鶴「龍驤の爆戦は26機墜落、1機が長門さんに爆撃後空中待機、1機が加賀の直掩後に加賀に着艦したわ」
提督「なるほど、わかった。まだ始まったばかりということだな」
瑞鶴「何言ってるのよ。もう夜戦しても意味ないわよ」
龍驤「我、夜戦に突入する!」
瑞鶴「は? 龍驤、何言ってんのよ」
提督「どうした、瑞鶴。夜戦開始してやれ」
瑞鶴「いや、でも。長門さんは大破で加賀と龍驤は空母ですよ」
提督「そうだな」
瑞鶴「だから!」
提督「あぁ、そうか。演習の規則を気にしているのか。長門が拒否すれば夜戦はなしだ。聞いてみよう」
通信式符を長門へ飛ばす。
長門「提督からの通信か。夜戦で加賀から発艦させてよいか、だと? 是非もない。加賀のことだ、たとえ1秒後に轟沈しようとも決して諦めないだろう」
提督「さすがは長門だ。瑞鶴、夜戦開始を頼む」
瑞鶴「まぁ、やるけど。柏手2つ、と。夜戦開始です」
加賀「……夜戦ですか」
新米員「おぉ、姐さんから指示が来たっす! 自分行ってきます」
加賀「待ちなさい。長門さんが発艦してもいいとは言いましたが、すでに私は速力(あし)をだせません。それに甲板はボロボロで明かりをつけることもできません。飛ばせられないのは私の力不足ですが、むざむざとあなたを海に落とすわけにはいかないわ」
新米員「大丈夫っす! 末席とはいえ、自分は龍驤飛行部隊員っす!」
誇らしげに宣言しつつ、広い加賀の甲板からわずかに活きた経路を見つけ出す。
加賀「そう。もう何も言わないわ」
肚をくくり、胴造りを決める。
加賀は今はこれだけしかできないとは言ったが、万全の状態でこれだけの水準を維持できる空母は一体どれだけいるだろうか。
加賀「いきなさい」
新米員「いきます!」
長門「夜間無灯停泊発艦だと!? バカな!」
長門は狼狽するしかなかった。見たこともないどころか、考えたことすらない戦術だった。
一航戦赤城の搭乗員ですらそんな真似はしない。
長門「……くっ」
上には墨をこぼしたような空が広がるだけで、爆戦は視認できない。
音を捉えようとしても、その速さに追いつくことはできなかった。
長門「ははは! 次は負けん!」
たった1発の爆弾が、長門型の装甲を貫いた。
長門:大破(轟沈判定)
長門「してやられたな」
加賀「双方旗艦は轟沈判定。龍驤さんが無傷な分、私達の勝利のようです」
長門「そのようだな」
龍驤「ごめんな2人とも。水さすような真似して」
長門「かまわないさ、提督が始まったばかりと言ったわけだからな。むしろ貴重な経験をさせてもらった。夜の航空戦力があれほど視えないとは思いもしなかった」
龍驤「暗いと見えんもんな」
長門「それに加賀だ。中破でなお戦闘続行できるとはな。ははは、赤城と隼鷹に申し訳がたたんな」
加賀「それはこちらも同じことです。まさか開幕の航空戦を乗り越えられるとは思いもしませんでした。第二次攻撃すら大破で耐えられましたし」
長門「これでも対空迎撃には自信があるからな」
加賀「えぇ、隼鷹さんと呑むたびに聞かせてもらっています」
長門「それにだ、皇国の誇りとまで謳ってもらった長門型の身体だ。そうやすやすと装甲は貫けんよ」
不可思議な構えで胸部装甲を誇示する。
豊満なそれにはこの国の思いが多く詰まっていた。
加賀「それは私も同じこと。改長門型として生を受けたこの身体です。改装空母となってもその強度は保持されているわ」
徐々に奇妙な構えに移行して胸部装甲を強調する。
この鎮守府で長門を上回る唯一の艦娘が彼女だった。
加賀「負けた身で言うのもなんですが。義姉さん、目は醒めましたか?」
長門「あぁ、単艦で挑むのはこれっきりだ。次は艦隊同士の戦いだ」
加賀「はい、一緒に戦いましょう」
龍驤「ええ雰囲気になったとこ悪いんやけど、曳航してくれん? バルジも外したから燃料もないし転覆しそうなんやけど」
加賀「長門さん、私もおねがいします」
長門「いや、私も動けないんだが」
龍驤「……」
加賀「……」
長門「……」
龍驤「日向! 日向、助けて!」
日向「まったく、しかたのない奴らだ」
瑞鶴「日向さん。私行きますよ」
潮「私が行きます!」
瑞鶴「はい?」
漣「ちょま、潮。何張り切ってるのヨ?」
潮「漣(さざ)さん、これは私達の仕事でしょう?」
漣「うっは、ペタワロス。潮さんはちょっと宴会大賞の高揚が抜けてないみたいっす」
日向「慰労会か。まさか長門や鳳翔を差し置いて大賞を取るとは思わなかったからな」
漣「あれ、赤城さんが延々と演技指導してくれたんですヨ」
瑞鶴「嘘でしょ!? 赤城さんがそんなことしてたの?」
日向「まぁ、劇の練習でも一度も間違えなかったからな。演技は得意なのだろう」
瑞鶴「えぇ、興味なさげだったのに?」
日向「一航戦だからな」
瑞鶴「やめてください。ものすごい説得力です」
漣「じゃあ、皆を連れてちょっといってきますね」
漣は一度髪を解き、サイドテールに結び直した。
潮「一航戦、潮が命じます! 第六駆逐隊はトンボ釣りを! 漣(さざ)さんと島風さんは私と共に演習組の曳航に向かってください!」
第六駆逐隊「「了解」」
島風「はーい!」
潮「一航戦、潮。出ます!」
漣「漣(さざ)、出撃します」
走り回ったり、日向の艤装によじ登っていた駆逐艦が一斉に行動を開始した。
瑞鶴「統率取れすぎでしょ、駆逐隊はどうなってるのよ。というか漣のモノマネが似すぎててムカつくんだけど」
提督「そう言うな。潮たちは非常に連携が取れているからな。遠征任務、対空防衛、対潜哨戒、どれをするにも頼りになる」
瑞鶴「そのとおりですけど」
提督「さて、戻ってきたら講評だが、直前まで寝ていたから無理だな。どうしよう?」
日向「まぁ、無理だな」
提督「やっぱりか」
瑞鶴「そんなんでいいの? もう戻ってくるんだけど」
龍驤「おぉ、おはようさん。よう寝られた?」
提督「おはよう、おかげさまでな。ただ、直前まで寝てたから講評ができん、すまん」
龍驤「ええよ。けど皆頑張ったから声だけかけたって」
提督「うむ。まず、長門」
長門「はい」
提督「妙高の真似はやめてくれ。わかってくれていると思うが、実戦で実践してしまうとお前の艦体は耐えられない」
長門「そうだな、この図体では耐えられないだろう。演習で浮かれてしまったようだ」
提督「しかし! 今までできなかったことができた事はすごいな! 独力だけではないな、那珂か? 操舵力が格段に向上するのは那珂の訓練だな」
長門「ご名答」
提督「秋津洲流戦闘航海術を使う選択をしたのは、事前に作戦を練ったんだな。隼鷹、いや赤城にも助けを求めたか」
長門「そのとおりだ」
提督「仲間に助けを求められるのは素敵だ。やはり連合艦隊旗艦はお前のものだな! よーしよしよしよし」
長門「ふふ、ありがたく頂戴しよう」
提督「次は加賀」
加賀「はい」
提督「なんで大破でも発艦できるんだ? 装甲空母であれば中破で発艦可能とは聞いているんだが。加賀は違うよな?」
加賀「違います。ですが私は一航戦ですから」
提督「なるほどなぁ! 一航戦だもんな。いい娘だ、加賀! よくできた」
加賀「ふふっ」
提督「航空甲板を盾にもせず、たとえ一歩足りとも動けない状態でも信じられないほどの水準を保ったり。教科書通りにできないことが常なのに、本当にすごいな!」
加賀「さすがに気分が高揚します」
提督「最後は龍驤だな。龍驤!」
龍驤「はいはい」
龍驤を褒めるときはどのようになるのか。
提督にとって龍驤が特別であることは周知の事実だが、褒めているところを目撃する機会は殆ど無かった。
皆はどのような状況になるか、密かに楽しみにしていた。
龍驤「よしよしよし。よう頑張ったな。やるべきこと全部やって演習にも間に合ったやん」
提督「あぁ!」
龍驤「めっちゃカッコ良かったで。流石やな!」
提督「そうだろう、そうだろう!」
全員の頭に疑問符が浮かんでいたが、一部艦娘、日向以上の古参組は笑っていた。
漣「ナニコレ?」
潮「龍驤さんが別格ってことだけはわかるね」
漣「まぁ、そうねぇ」
提督「では、加賀、龍驤と長門の演習を終了する。双方、今後もよくよく努めてほしい」
日向「全員、礼!」
「「ありがとうございました」」
龍驤「……朝か。提督のとこ行こかな」
いつもと同じ時刻に目覚め、同じように執務室へ移動する。
龍驤「失礼します。龍驤入ります」
提督「入ってくれ」
龍驤「おはようさん」
提督「あぁ、おはよう。とうとうこの日がやってきた」
龍驤「そうやな、準備はどうなん? ちゃんとできとる?」
提督「当然だ。あまりに楽しみが過ぎて眠られなかったことは、しかたないよな」
龍驤「しかたないな」
提督「そう言ってくれると思っていた。龍驤は俺と比べて余裕がありそうだな」
龍驤「キミがあわあわしとんのにウチまで慌ててもしゃーないやんか」
提督「こんな時まで世話をかける。今日は出撃と遠征はないから作戦をたてることもないな。珈琲を飲むか?」
龍驤「その前に一つ用事が」
瑞鶴「失礼します」
提督「入ってくれ」
瑞鶴「ちょっと、龍驤。なんでこんなに早くに呼ばれなくちゃいけないのよ」
龍驤「ごめんごめん。けど今やっとかんとな。てっちゃん」
熟練員「ここに」
龍驤「はい、瑞鶴。今からこの子はキミとこの所属や。ウチにとって虎の子やからな。よろしくたのむで」
熟練員「よろしく頼む」
瑞鶴「え、ちょっと。何?」
龍驤「比叡の準備に行かんと。瑞鶴、提督に珈琲いれたって」
龍驤は執務室を後にする。
瑞鶴「提督さん、何が起きたのか説明してよ」
提督「俺にもわからん。どうして突然」
熟練員「わかりませんか、司令官。姐さんは先を見越しているのですよ」
提督「テツさん、それは一体どういうことだ」
熟練員「ケッコンカッコカリ。その後何があるかは承知していますな」
提督「大抵の鎮守府だと、シンコン旅行に行くようだな」
熟練員「そう、オリョールからリランカまでかなりの行程になります」
提督「うーむ、無理かもしれん。俺の力量ではその期間中鎮守府を離れるわけにはいかないからな」
熟練員「そこです。シンコン旅行を短縮、これすなわち司令の力不足です」
提督「はっきり言ってくれるな」
熟練員「姐さんはそれが我慢ならなかった。そも、この鎮守府にかけられた制限は大きいですからな」
提督「その発言は許可しない。俺は大本営の命を受けてここにいる。それを否定することはできんよ」
熟練員「失礼。それでも姐さんは司令をたてたいのですよ。作戦はこうです。まず、電さんと御母堂が交代で代行指揮をとります」
提督「電と鳳翔なら役不足ですらあるな」
熟練員「ご謙遜を」
提督「しかし、秘書艦代行に耐えうる艦娘は少々不足している」
熟練員「秘書艦、たしかにその性質から機動部隊に限定されます」
提督「あぁ、自分よりも周りに気を配る必要があるからな。赤城、隼鷹、加賀、祥鳳になら任せられるがこれでは1週間持たない」
熟練員「翔鶴がおります」
提督「まだ練度不足だ」
熟練員「果たしてそうですかな?」
提督は呼気と共に感覚を研ぎ澄ます。
提督「……馬鹿な。なぜ翔鶴の性能が向上している」
熟練員「日向による特訓が花開いたのです」
提督「そうか、日向ならば納得ができる。つまり、日向も候補なわけだな」
熟練員「ご名答。彼女ならば空母と比肩できましょう」
提督「だが、まだ足りない。あと少しだが」
熟練員「そこで私が異動になったわけです」
提督「瑞鶴にテツさんを載せれば、基準に達したな。龍驤のやつここまで見越して」
熟練員「他ならぬ限界練度の秘書艦ですから。よっ、この色男!」
提督「いかんな、すぐにでも大元帥をお迎えしたいのだが。比叡の準備はできているのだろうか」
瑞鶴「ねぇ! 置いてけぼりにしないで。戦闘ならまだしも妖精の雑談はまだ完全には聞こえないんだから」
提督「瑞鶴も大丈夫なんだよな」
瑞鶴「無論。姉と同様、優秀な正規空母であると保証しましょう」
提督「おぉ! 比叡、準備はできたか! 早く行こう!」
興奮した様子で執務室を後にする。
残されたのは、正規空母と艦戦妖精。空母の方は会話からも取り残されてしまった。
瑞鶴「えっと、どうぞよろしくおねがいします。珈琲飲みますか?」
熟練員「あぁ、よろしく頼む。牛乳はいらないから砂糖とウヰスキーを入れてくれ」
瑞鶴「お酒は駄目」
熟練員「ふん」
――比叡――
比叡「焦りすぎですよ、司令。こんなに急がなくとも大元帥は逃げはしませんって」
提督「そうだよな、すまん」
比叡「いや、別に攻めてませんってば。いまさらなんでそんなに緊張しているんですか」
提督「劇をしたいまではよかった。何で俺は大元帥を招待したんだろうか」
比叡「来てくれるんだから問題ないですよ。大元帥だってとって喰おうなんて思ってませんって」
提督「だといいんだが」
比叡「本気で言ってます? 大元帥を何だと思ってるんですか」
提督「神様?」
比叡「劇に誘っただけで食べられるんだったら、それはもう祟り神ですよ」
提督「なんだと! いくら比叡でもその物言いは許さんぞ」
比叡「いやいや司令が変なことを言ったんですって」
提督「うーむ」
比叡「それはともかく。演劇のゲストこそとんでもないですね。よくもまぁ誘おうと思いましたし、来てくれるってなりましたね」
提督「劇とは関係なしにずっと昔から計画していた。海上での戦闘はお前たちに全て任せているが、この戦争は俺の闘いでもある」
比叡「やりますね! 劇もケッコンカッコカリもしっかりしてくださいよ」
提督「あぁ、全力を尽くすさ」
比叡「おや、あの船団は! 司令、ゲストのようです。礼砲撃っときます」
続けざまに4発の礼砲を放つ。
比叡「向こうも応えてくれました! あ……実弾ですね、これ」
――鎮守府――
直前の準備で鎮守府は慌ただしかった。
数名は忙しさとは別の緊張を持っていた。
北上「いやいや、阿武隈。なんでそんなに焦ってんのさ。準備なんてもうできてるじゃん」
阿武隈「北上さん! 何のんびりしてるんですか。今日のゲストが何か知ってるでしょう!」
北上「知ってるけどさ。人事を尽くしたら後はもう待つだけなんだって」
大井「北上さんのいうとおりよ。て言うか改二になったからって北上さんに向かってなんて言う口を聞いているのかしら」
阿武隈「大井さんも! 本来の雷巡仕様じゃないんですよ! もっと緊張感を持ってください!」
大井「ひっ、北上さーん」
北上「あちゃー、阿武隈ってばだいぶテンパってるね。おーおー、駆逐艦も混乱してるじゃん。しかたないなぁ、もう」
北上は島風、潮、響を捕まえる。
北上「何緊張しちゃってんのさ。阿武隈に影響されてんじゃないよ、まったく」
島風「けど」
北上「安心しなよ。今日はゲストとして呼んだんだから。戦闘になったりしないって。ああ、もう。大井っち、こいつらを間宮に連れてくよ」
大井「は、はい。北上さん」
隼鷹「おい、龍驤。これ本当に大丈夫なのかよ」
龍驤「何がや」
隼鷹「何がってゲストのことだって。深海棲艦のそれも姫級って」
龍驤「どうもこうもないわ。提督が呼んだ、奴らはそれに応えた。そんだけや」
隼鷹「けどさ」
龍驤「隼鷹、大丈夫かどうかやないやろ。どうやったら大丈夫になるかを考えーや」
隼鷹「そうだよな、わかったよ。おーい、阿武隈さん。ちょっとだけ呑むのつきあってよ」
日向「いよいよだな」
鳳翔「作戦規模は過去最小、戦闘ではなく共同で劇をするだけですから」
日向「重要度は」
鳳翔「過去に比較できるものはありません。事例なんてありませんし、最重要と断言できます」
日向「ゲストもそろそろ到着する頃合いか。比叡の方はどうかな」
鳳翔「比叡さんなら大丈夫ですよ。彼女以上の適任はいませんから」
電「……対界電たんに感あり、なのです」
鎮守府に緊張が走る。
電「第3哨戒線付近で障壁の展開を確認。発生元は比叡さんです」
長門「私は聞き違えたのか。深海棲艦ではなく比叡が障壁展開をしたというのか」
電「複数の姫級、それに護衛要塞。彼女達をまとめて曳航してきたのはレ級なのです。そのレ級からの砲撃です」
長門「戦争が始まるのか、今日はゲストで呼んだんじゃないのか」
電「長門さん、いまだに戦争は継続しているのです」
長門「くっ。龍驤、作戦展開はどうなるんだ」
龍驤「どうもならん。このまま歓迎するで」
長門「馬鹿な、近海では考えられない規模の敵船団だぞ」
龍驤「ゲストや。深海棲艦には違いないけどな。今日の奴らは敵やない、お客様や」
長門「しかし」
龍驤「提督の決定は絶対や。長門、キミも軍属やろ。それに周りを見てみ、深海悽艦やなくてキミを見て焦っとんのやで」
長門「……すまない」
龍驤「ええってええって。けどまぁ、比叡に16インチ砲ぶち込んだんは事実やからなぁ。ちょっち早めに歓迎しとこか。日向!」
日向「我が艦隊にお客様だ。迎えに行こう」
目の前から日向が霧散する。
――鎮守府近海――
海原は凪ぎ、駆逐艦すら見当たらなかった。
海の向こうからやってくる姫級の圧力に耐えかねた結果か、それとも完全武装の航空戦艦から逃げた結果か。
日向「秘書艦の号がでたか」
鎮守府に配備していたデコイを停止させ、航空戦力の展開準備をする。
日向「言葉が届くとは思わないがあえて言わせてもらおう」
比叡に障壁展開を強要させるだけの砲を持つ深海棲艦、最低でも戦艦級は確定だ。
日向は感じ取る、まるで鏡を見ているようだった。
相手はただの戦艦ではない。
日向「航空戦艦日向、推参!」
端的に名乗り上げると同時に全力で展開する。
日向「瑞雲ッ!」
六三四空と翼に描かれた特別な瑞雲だ。
「キャハハハハ」
まるで約束組手のように、同時に航空戦力が展開された。
――ゲスト――
北方棲姫【鎮守府ってとおい】
レ級【キャハハハハ、姫ちゃんもうちょっとだから】
北方棲姫【ほぽぅ、がまんする。迎えにきてくれてありがとう】
レ級【もっと私に頼っていいのよ。しかしまぁ、西に向かって北に向かって随分と長旅だったわ】
港湾棲姫【……帰りたい】
レ級【姉姫様、今からでも送ってこうか? 顔色悪いよ】
港湾棲姫【元からこんな色だ】
レ級【ごめんごめん】
北方棲姫【おねぇちゃん帰っちゃうの?】
港湾棲姫【……行く】
北方棲姫【わーい。海をはしるってきもちいいね】
陸上型の姫2体は各々に所属している護衛要塞に搭乗している。
一体のレ級がそれらを曳航して海上を移動しているのだった。
レ級【おやおや? あれは件の司令官じゃない?】
北方棲姫【きゃっ! 撃たれた?】
港湾棲姫【……礼砲だ。歓迎されている】
北方棲姫【ほんとう? レ級! はやくこっちもうって!】
レ級【はいはいっと】
16インチ三連装砲が轟音を奏でた。
レ級【いっけない。実弾だった】
港湾棲姫【流石ね、礼に対して無礼で返すなんて】
北方棲姫【どうなるの?】
港湾棲姫【劇は中止になってこのまま戦闘かしら】
北方棲姫【レ級!】
レ級【ほんっとゴメン。ま、なるようになるでしょ】
港湾棲姫【……障壁を展開したわね】
北方棲姫【艦娘が?】
レ級【いやいや姫ちゃん、ソロモンで見たことあるわ。あれはたしかダイヤモンド系統の戦艦棲鬼ね】
北方棲姫【艦娘じゃない?】
港湾棲姫【私達を招待するような奴らだ。色んな艦が所属しているのだろう】
北方棲姫【ふーん】
レ級【……】
北方棲姫【どうしたの?】
レ級【姫ちゃんは手出し無用。あれは私が相手をする】
目的地への進路を遮るように航空戦艦が待ち構えそして名乗りをあげていた。
レ級「キャハハハハ」
空気を震わす歓喜の声。
あの航空戦艦は全力で叩く必要がある。
双方航空戦力を展開し、艦載機が空を覆い尽くす。
『航空劣勢』
一対一での航空戦の結果、レ級の艦載機は三割程撃墜された。
残り七割。その戦力は十分に保たれていることに疑う余地はなかった。
港湾棲姫【大丈夫か。手伝いは必要か】
レ級【キャハハハハ、姉姫様も心配症ね。何も心配いらないわ」
水面下ではすでに特殊潜航艇が邁進中だった。
水上艦に向けて空中からの艦爆、海中から魚雷の同時攻撃。
さらには距離を詰めて本命の砲弾を撃ち込む。
その砲は長門型が持つ41cm連装砲に勝るとも劣らない。16インチの三連装砲だった。
全局面対応型の深海からやってきた戦闘兵器。
これがレ級。
深海棲艦の最強種と呼ばれていた。
北方棲姫【すごーい】
港湾棲姫【アクティブデコイか。大したものね】
展開された潜航艇の数に合わせて数を増やした航空戦艦。
姫級の賞賛を受けた彼女たちは同時に砲を構える。
おそらくその砲弾は九一式徹甲弾だろう。
避けたいが直撃したところで大した問題ではない。
本命からであっても、デコイ全てから徹甲弾が飛んできたとしてもだ。
それほどまでに航空戦艦とレ級には性能差がある。
潜航艇はそれぞれ標的に向かう。
耐久力の違いで本体は簡単に判別できる。
レ級が水上爆撃機対策に上方障壁を展開し、砲を構えて時を待つ。
後は本体を見つけて弾着させるだけだった。
潜航艇の魚雷が真偽を暴く直前、レ級は強烈な違和感に襲われた。
レ級は直感に従った。
上方に展開した障壁を解除すると同時に自分の後方、曳航してきた姫とその護衛の前方に再展開する。
さらにデコイを含む砲撃に対して完全に防御を捨て去る。
水上爆撃機が爆弾を投下し始め、その直撃を受けながらも集中した。
九一式徹甲弾は急所に直撃するだろう。
当てられるというより後方への被弾を回避するための苦肉の策だった。
それでもなお空を仰ぎ続ける。
日向「そうだ。放った艦載機からの突撃、これだ」
レ級は読み勝った。
上から降ってきた日向を名乗る航空戦艦は剣をとり、人差し指と中指で柄を挟んでいた。
同時に、添え手の人差し指と中指は刃を締め付けることで初太刀に全力を込めていることも想像が付く。
日向「流れ星!」
日向は航空戦艦の質量を持って斬りかかった。
レ級「キャハ!」
レ級は尾部触手の歯による真剣白刃取りを実行した。
日向に向けて砲を構えたまま防御成功、ただし刃と歯のぶつかり合いにはならなかった。
日向は躊躇なく剣を捨て、予定調和の元36.5cm連装砲を構える。
艦載機を操り、砲を駆使して任務を果たす。
これこそ日向が考える全曲面型の戦闘、航空火力艦のあり方だった。
レ級と日向は水平射撃を互いに喰らわせあう。
日向:大破
レ級:中破
日向「まぁ、そうなるな」
はーあ
日向とレ級。
双方笑みを絶やすことはなかった。
日向「あっちだ。鎮守府へようこそ」
一瞬前の交戦がなかったかのように深々と頭を下げる。
レ級はそのまま鎮守府へ向かう。
北方棲姫は日向の艦載機を眺めていた。
基地から直接発進できる機体ではないが、それは特別な飛行機に見えた。
「そうか、観る目があるな。仕方ない、特別な瑞雲をやろう。ほら」
北方棲姫は驚きの顔で周囲を見渡す。
自身の内部に響いた声の発信源がわからなかったからだった。
気がつくと抱えていた飛行機がひとつ増えていた。
深緑色に輝く機体、翼に文字が描かれた特別な水上爆撃機だ。
北方棲姫は振り返り、頭を下げたままの日向に向かって手を降った。
やがてゲスト一行の姿が見えなくなると、日向は鎮守府へ入電する。
日向「北上か、日向だ」
――鎮守府――
北上「ほーい、お疲れ様ー。そんじゃ雷撃支援の待機はこれで終わるね。はやく戻っておいでよ、距離はともかく比叡さんの足はけっこう速いからさ。大元帥はさすがに待たせられないでしょ」
日向との通信を終了する。
北上「日向さん無事だって。もう少しでゲストも到着するってさ」
龍驤「はい、ありがとぉ。日向なんて言っとった?」
北上「ゲスト一行の運転手がレ級だったんだけど、あたしと日向さんを足して3を掛けたくらいだってさ。そんでもって、メインゲストはそれ以上だって」
龍驤「うわー、ほんまかいな。うちとこの戦力やと制圧出来んことない?」
北上「多分できないねぇ。どうしよっか」
龍驤「穏便に進められるよう努めよか。北上から見てお客さんはどうやった?」
北上「びっくりするくらい冷静だった。日向さんが歓迎している最中に、あたしのことまで気にしてたんだから。今日、ここが白地図になるなんてことないよね」
龍驤「やめて。不安を煽らんといて」
鳳翔「そろそろ到着のようですね」
龍驤「ほんまに? 思ったより速いな。ごめんやけど、鳳翔が先に出迎えといて。ウチは提督に連絡入れとくから」
鳳翔「はい、先に行ってお迎えしておきますね」
艦娘たちは艤装展開した状態でゲストを迎えた。
数の優位はあるが、ゲストは簡単に覆すことができる。
その恐怖に抗うため臨戦態勢だった。
とうとうこの鎮守府で深海棲艦と邂逅することになる。
レ級「あー、あー。言葉はこれであってる? 私の言っていることは伝わってる?」
練度が低い艦娘は驚く。こちらの言葉を操る深海棲艦を見たのは初めてだったからだ。
鳳翔「はい。遠路遥々来ていただきありがとうございます。当鎮守府序列2位、鳳翔と申します。現在、提督は大元帥をお迎えに上がっております。到着まで今しばらくお待ちください」
レ級「そう、遠路遥々ここまで来たの。それがどう? あの女、随分と素敵な歓迎をしてくれたじゃない」
レ級は鳳翔に砲を向け、同時に艦娘がレ級に照準を合わせた。
鳳翔「うちの比叡に素敵な挨拶をしてくれましたからね」
嫌味をいいながら、鳳翔は艤装を解除し始める。
長門「やめろ、鳳翔!」
長門は叫ぶ。
妖精謹製最大の発明の一つと呼ばれる艦娘の艤装。
これを纏えば、たとえ艤装が破壊されたとしても1回の戦闘中は妖精の加護が得られるというものだった。
深海棲艦のそれと比べて優秀な点はそこに尽きる。
鳳翔は全兵装、艤装を解除。髪留め紐すら付いていない一糸纏わぬ姿になった。
妖精の加護は得られない。
鳳翔「遠路遥々来ていただきありがとうございます。あなたは船渠へ、後ろのお姫様たちは控室へご案内します」
2度目の歓迎を伝える。
レ級「毒気が抜かれちゃったわね」
レ級は膝をつき、両手のひらを上に向ける。
笑っていた口も尾部触手の顎も完全に閉じた。
極度の緊張状態だった艦娘も慌てて礼をし、歓迎の意をしめす。
鳳翔「祥鳳さん。レ級さんを船渠へご案内してください」
祥鳳「は、はい。さぁ、行きましょう」
レ級「よろしくね。それじゃ姫ちゃん、後で控室に行くからね。って聞き取りにくいか」
レ級は連れてきた北方棲姫に再度話しかける。それは艦娘には聞き取れない言葉だった。
隼鷹「いきなりどうなるかとおもったよ。龍驤のやつさっさと来なよ」
完全武装状態で迎えれば、レ級が先制で砲撃を繰り出したかもしれない。
おそらく鳳翔は大破、轟沈には至らず。
迎撃は妙高あたりが先頭に立ち、レ級が轟沈するまで撃ちこんだだろう。
これが大海原での戦闘であればだが。
鎮守府から少し離れた場所には集落がある。
そこは戦闘の余波が十分届く範囲だ。
深海棲艦は沈めました、住民は死にました。
それは論外だ、自身の存在意義すら否定している。
後の先では間に合わない、戦闘を起こすことがすでに負けている。
鳳翔が戦意をそぐ手段を選び、そして勝った。
隼鷹「遠路遥々目的地へ向けての航海、客船じゃないから欲求不満もたまる、か」
他人事とも思えない感想をもらした。
やや和んだ空気に艦娘は艤装を格納していく。
姫級と評されるメインゲストを控室に案内しなくてはいけない。
隼鷹「あれ、おかしいな」
隼鷹は艤装を展開したままだった。
それどころか甲板まで展開して戦闘準備を整えていた。
深海棲艦に戦意は見られない。
では何に対して戦闘準備を整えてしまったのか。
阿武隈「旗艦、先頭、阿武隈! 目標、北方棲姫!」
「「「了解」」」
冗談みたいな光景だった。
あれだけ鎮守府極近での戦闘を避けようとしたにもかかわらず、この水雷戦隊旗艦は駆逐艦に号を出して、ゲストに戦闘をしかけようとしている。
隼鷹「天地陰陽の理をもって命ず、禁!」
迷わず、加減をせずに仲間に向けて勅令の光を発動させた。
隼鷹「ちょいと、阿武隈さん。マジで何やってるの」
軽巡1,駆逐3を隼鷹だけで制したが、そんなに時間が稼げるわけでもない。
阿武隈「あの娘は、あれは絶対に駄目です! あの艦載機は」
隼鷹「いや深海棲艦だから艦載機くらい持ってるって。わかってて招待してるんだから」
阿武隈「ちゃんと見てください、あれを」
隼鷹「ありゃ日向さんの水上爆撃機じゃん。あの人は気に入った相手に艦載機渡しちゃうの知ってんでしょ」
阿武隈「その横です!」
改めて抱えている艦載機を見る。
左腕には日向の特別な瑞雲が、右腕には明灰白色の艦戦が。
隼鷹「……誰の零式艦上戦闘機21型(ゼロ)だよ、あれは」
隼鷹は自分に嘘を付いた。
知らないはずはなく、記憶というよりは記録に残っている。
隼鷹の初陣は北方海域。
その時、あの艦載機を確実に見ている。
誰のものかはよく知っている。
そこで合点がいった。
北方棲姫に臨戦してしまった艦娘は北の経験者達だった。
隼鷹自身も反応してしまっているが、拘束する側にまわった。
なぜか。
港湾棲姫「……」
阿武隈が号を出す直前から、港湾棲姫は片手を上げ始めている。
同時に2基の護衛要塞が砲撃準備を完了させていた。
こちらから仕掛けようとしたにもかかわらず、深海棲艦の方が戦闘準備完了が早かったのだ。
北方棲姫への攻撃は絶対に許さないという意思が見えていた。
仮に隼鷹が止めに入っていなければ港湾棲姫は確実に護衛要塞へ号を出していた。
阿武隈に従った艦娘以外は、これ以上刺激しないように艤装展開を諦めざる得なかったのだ。
状況が読めない阿武隈ではないが、その責任感が裏目に出てしまっている。
友軍を北方海域から連れて帰るという責任感、阿武隈に掛けられた呪いのようなものだ。
改二になったことで思いだけでなく、それを果たすだけの実力が伴ってしまっている。
隼鷹「やばい、そろそろ限界」
軽巡1、駆逐3相手とはいえ阿武隈は改二、駆逐1隻は改二、もう1隻は改にもかかわらず改二相当の高性能艦、残り1隻も不死鳥の二つ名を持ち急速に練度を上げている駆逐だった。
思った以上に短い時間だったが、隼鷹による拘束はここまでだった。
龍驤「なに遊んどんのや」
龍驤虎視。
阿武隈と駆逐艦達は硬直を禁じ得なかった。
ここで阿武隈が我に返った。
完全に命令違反。
今回の命令は劇を成功させることであり、けっしてゲストに攻撃を仕掛けることではなかった。
さらに駆逐艦まで煽動してしまっているため、阿武隈は言い訳することができない。
龍驤「ほらほら、お客さんは長旅で疲れとるんや。はよう控室に案内したって」
阿武隈「えっと」
龍驤「それとな阿武隈、しかめっ面しやんとスマイルや。にぃ」
秘書艦の登場は一気に場の空気を変えてしまった。
阿武隈自身の心情もさることながら、港湾棲姫が再び手を下ろしたことからもそれが伺える。
阿武隈「こちらに来てくださぁい、ご案内します」
血の気が多い水雷戦隊だが、切り替えは速くさっぱりとしている。
罪滅ぼし、というわけでもないだろうが。非常に丁寧な振る舞いをする。
港湾棲姫は北方棲姫の表情を読み取り、軽巡と駆逐艦の咎を海に流した。
価値観の隔たりもあるだろうが、大切なものの順位をよく知っているとも言えた。
護衛要塞はそのまま待機。姫2体が阿武隈と駆逐艦に導かれ控室に移動する。
ここで初めて北方棲姫が動いた。
動くと言っても視線を動かすだけだったが、その視線の先にとらえたのは龍驤だった。
当然龍驤もそれに気が付き視線を交わす。
龍驤の視線は一度だけ北方棲姫の胸元、抱えている飛行機に移動した。
龍驤「……」
北方棲姫「……」
すれ違ったが互いにかける言葉はなかった。
――御召艦――
提督「私もとうとうケッコンカッコカリを決意しまして。そこで大元帥に承認いただきたく、御台覧をお願いしました」
大元帥「あ、そう」
提督「地域住民との交流を兼ねた演劇を執り行います。ゲストとして深海棲艦を招くことができ、新しい一歩を踏み出せると存じます」
大元帥「あ、そう」
提督「……はい」
提督に血縁者は一切なく、仮に親と言えるものがあるとすれば大元帥しか存在しなかった。
ケッコンカッコカリはあくまで艦娘の練度上限解放の手続きでしかないが、どうしても直接報告し認めてもらいたかったのだ。
無理を承知で上申したのはただその一点に尽きる。
比叡「……」
比叡は御召艦として同伴しつつ、提督がひどく緊張していることを気にしていた。
普段通りでよいが、そう簡単には行かない。
何しろ相手が大元帥なのだから。
大元帥は司令の話をよくよく聞いてくれているが、司令は大元帥に話を聞いてもらえているとは思っていないだろう。
比叡「ひえぇええ!」
提督「うおぉ!? どうした急に」
大元帥「どうかしましたか?」
比叡「大元帥! うちの司令をあまりビビらせないでください」
提督「ビビらすって、おい比叡なんと言う口の聞き方だ!」
大元帥「あ、そう。いや、そうかい? すまないね、ちゃんと聞いているんだけども」
比叡「私は分かってますよ? けどうちの司令は分かってないんです」
提督「あれ?」
大元帥「比叡くん、君は相も変わらず素晴らしい戦艦です。昔も今も心からそう思っています」
比叡「はい! 金剛型の次女ですから!」
大元帥「そうですね。本日の演劇とケッコンカッコカリの立会いに関する文(ふみ)が提督から届いたんですけども。いつ以来の文だと思いますか」
比叡「不定期に送ってるんじゃないですか? それこそ季節に1通くらいは」
大元帥「電くんを遣わした時以来です」
比叡「うわぁ。司令なに考えてるんですか」
提督「だって大元帥だぞ? おいそれと手紙なんか送れないだろう」
大元帥「良(なが)ちゃんが、知らせがないのは良い知らせと言ってくれていたから良い物を。まぁ、報告書には目を通していたので状況はわかっていましたが」
大元帥は提督を見据える。
大元帥「親は子の心配をするものです」
提督「あ……」
たった一言だ。もしかするとこの言葉をかけてもらいたかっただけなのかもしれない。
比叡「よかったですね、司令!」
提督「あぁ!」
大元帥「カッコカリとはいえ結婚ですから。カロルくんに式の進行を依頼してみたのですが断られてしまいました」
比叡「カロル? えっと、あ!」
提督「比叡、もしかしてだが。やはりそうなのか?」
大元帥「『ヒロ、君は親族として出席したいのだろうけれど。式の進行もしつつ、親として祝えばいいじゃないか。それこそ君の国の君だけの祝福だろう』。はたと気付かされましたよ。友というものは素晴らしいですね。そういうわけでカロルくんからは福音だけ頂戴しましたよ」
比叡「司令、とんでもないことになるところでしたね」
提督「ただでさえ俺の許容量を超えていたが。変な言い方になるけれども危ないところだった」
大元帥「ところで相手は誰ですか。比叡くんかな」
提督「いえ、相手はですね」
比叡「司令、入電です。鎮守府からですね」
提督「すみません、失礼します」
提督は通信を始める。
大元帥「ふむ、そういうことですか」
大元帥。
その判断、その決断には国民の命がかかっている。
慎重さも勇猛さも過不足なく持ち、どちらかにかたよることが許されていない。
そのような立場から、心身の鍛錬に加え、勘までもが鋭く磨きあげられていた。
大元帥「楽しみですね」
――観艦式――
雷「漣、素敵じゃない!」
漣「いいっしょ、いいっしょ? ふっふーん。もっと見てもいいよ!」
暁「これで漣も立派なレディーね」
漣「まぁちょっと本気は、凄いでしょ、ね?」
直前の準備で盛り上がる駆逐隊。
すでに那珂は準備を終え、長門と共に静かに待機している。
島風「やっちゃったのは仕方ないよ。後で一緒に謝りに行こうよ」
潮「そうだね、島風ちゃん」
響「潮、胸につける飾りは合ってる? 漣のより小さくないかな」
潮「小さくないよ、同じ大きさですっ」
響「わかってて言った。謝りに行く時は私も一緒に行こう」
潮「うん。まずはしっかり歓迎してきます」
誰からも咎められなかったが、当然自身らの振る舞いを反省している。
まずは精一杯の歓迎を見せよう。
隼鷹「祥鳳さんから見て、ここに来た深海棲艦はどうだった」
祥鳳「驚きの一言です。同じ言葉を使って意思疎通が叶うなんて。入渠してもらっている間に日向さんが合流して盛り上がっていました」
隼鷹「そっか」
祥鳳「他の方たちも同じですよね。なんと言うか余裕を持って、いうなれば敵地に入ってくるなんて」
隼鷹「なんで余裕なんだと思う?」
祥鳳「それは、戦闘をしに来たわけではないからでは?」
隼鷹「あの頭数で私達全部を殲滅する自信があるから」
祥鳳「それ本当ですか」
隼鷹「大きくは外れていないね。不意打ちを仕掛けた阿武隈さんより港湾棲姫の方が早かったんだよ」
祥鳳「何とまぁ。住民の安全は守り切れるでしょうか」
隼鷹「こればかりはなんとも」
那珂「もー、ふたりして何の作戦を立ててるのかな☆ 観艦式の旗艦は那珂ちゃんなんだからね!」
隼鷹「あっと、ごめんごめん。柄にもなく緊張しちゃってさ」
祥鳳「すみません、どうしても不安で」
那珂「大丈夫だよ☆ 王様もお姫様も、那珂ちゃんはファンに対してさいっこうの演技でみーんな魅了しちゃうから! キャハ☆」
祥鳳「那珂さん、流石です」
隼鷹「そうだよな。全員那珂ちゃんのファンなんだから、心配なんてすることなかったよ」
この軽巡洋艦は本当に強い。
練度という裏付けもあるが、それ以上に心に芯が通っていた。
那珂「それに、今日は大事な日なんだから。スマイル〜☆」
いつの間にか近くまで来ていた長門も漣も潮も皆笑顔を見せていた。
隼鷹「スマイル〜」
祥鳳「す、スマイル」
準備は整った。
大元帥到着まであと僅か。
住民はすでに待っている。深海棲艦も特別席で待機済みだ。
いざ観艦式へ。
住民たちは老若男女とわず礼服を着用していた。
文字通り一生に一度あるかないかの機会だと理解していたからだ。
緊張がないとは言えない。深海棲艦を間近で見る機会は最近ではほとんどなくなっている。
それが比較対象にならないほど、大元帥に会える機会はない。
皆は静まり返っていた。
比叡が帰投した瞬間から開会されるので、その時を待つ。
大きな期待と若干の混乱が心の中を満たしていた。
那珂「みんなー、おまたせ! 観艦式を始めちゃうよ☆」
艦隊のアイドルが宣言し、住民は大歓声をあげる。
戦艦も空母も駆逐艦も観艦式に全力で臨んでおり、ありていに言えば皆うつくしかった。
那珂は瞬きのリズムすら代えずに周囲を見渡し判断する。
住民は熱くなっている。
比叡は着岸しており、大元帥の視線を感じ取ることができた。始めるタイミングとしては及第点だろう。
少し気がかりなのは深海棲艦だった。
レ級や港湾棲姫は感情を読み取れたが、北方棲姫に対しては同じようにできなかったからだ。
初めて出会った姫であろうと、那珂にとってはファンのひとりだ。
全力で楽しんでもらいたい。
ファンに向かって手を振りながら再度視線を巡らすと、笑っているレ級、嫌そうな顔をした港湾棲姫、無表情な北方棲姫が手を振り返していた。
那珂「キャハ☆ さっそく始めちゃうよ。みんな、聞いてね!」
静寂が訪れ、すぐに曲が流れ始める。
那珂『There's a place in your heart and I know that it is love〜♪』
邦楽ではなかった。
大元帥をも迎えるこの場で、この国のものではない歌が流れた。
那珂の表情に一片の曇りもない。
ただ、いつもの弾けんばかりの笑顔ではなく、慈愛に満ちた笑顔だった。
この時、世界は那珂の愛に包まれていた。
余裕を見せていたレ級が笑みを消し、眉を寄せ歌に聞き入ってしまう。
そして、北方棲姫でさえも眼を閉じ、耳を澄まして聞き入っていた。
那珂『〜You and for me♪』
曲が終わり、観艦式のメンバーは一礼する。
歓声は上がらず、ファンは余韻に浸ったままだったからだ。
北方棲姫が静寂を破り拍手を始める。
我に返ったファンはそれに続き、やがて大喝采となった。
那珂「応援ありがと〜☆」
観艦式での旗艦という大役を果たす。
深海棲艦に心は伝わった。
それを目の当たりにした住民も深海棲艦に対する感情が少し変わったかもしれない。
アイドルの本領は発揮した。
後は劇の成功を信じるだけだった。
――劇前――
鳳翔「準備はできましたか」
龍驤「いつでも行けるで」
鳳翔「大事な催しですからね。何か言いたいことがあるでしょう」
龍驤「いや、別にないな」
鳳翔「本当ですか。龍驤、大切なことは口に出して言葉にしないと絶対に伝わりませんよ」
龍驤「ほんまに大丈夫や……いや、そうでもないな。鳳翔にはかなわんなぁ。うん、この劇が終わったら提督にちゃんと言うよ。それで良いでしょう」
鳳翔「はい、是非とも」
結局の所、鳳翔自身も理解できていなかった。
大切なことを言葉にする。
提督の意中の相手について、龍驤が勘違いしているであろう事を知っていたにも関わらずはっきりと訂正せずに濁した。
本人の口から伝えることが最高に素敵だと信じていたからだったし、今日を迎えるまではそれでよかった。
その時が来れば龍驤の勘違いも解け、大団円で終わるはずだった。
龍驤はゲストの北方棲姫に出会ってしまった。
その姫は飛行機を抱えていた。
龍驤はそれを見てしまった。
提督「劇を始めてもらう、そろそろ舞台に集まってくれ」
鳳翔「はい。行きましょう」
龍驤「うん」
提督「龍驤」
龍驤「なぁに?」
提督「頼んだぞ」
龍驤「任せとき。最高の龍驤さんを見せたるで。あと、劇が終わったら話したいことがあるから時間ちょうだい」
提督「うん? あぁ、もちろんだ」
龍驤「じゃあね、行ってきます」
――特別席――
観艦式は無事に終え、住民は国旗を掲揚しながら大元帥を迎える。
大元帥の姿を見るのは初めてだが、国を背負う者の格が滲み出ていた。
それに加えて、猫背姿はどこか愛嬌を感じさせるものだった。
劇が開始されるまでほんの少し間が空く。
レ級「ねぇ、ちょびひげ」
大元帥「はい、なんでしょうか」
レ級「こんなことを聞くのもあれだけど。こんな距離にいていいのかしら、私は仮にも深海棲艦なんだけど」
大元帥「貴女方が深海棲艦であることと貴女方が貴賓であることは何の矛盾もありません。迎賓は私の役目でしょう」
レ級「ふぅん」
提督「準備が整いました。まもなく開演です」
大元帥「劇、楽しみですね」
レ級「まぁ、そうね」
レ級が視線を流すと、すぐそばでは港湾棲姫が舞台を睨みつけていた。
港湾世紀は観艦式で歌っていた軽巡から鉢巻と白と赤のサイリウムを渡されていた。
舞台の役者を応援する時に必ず使うものだと艦隊のアイドルが言っていたのだ、北方棲姫を応援するためにいそいそと身につけた。
それらを身につけた彼女は非常に愉快な容姿になる。
要塞の谷間に溢れんばかりのサイリウムが挟み込んであったからだった。
彼女にとって大切なのは北方棲姫であり、自身の見た目も鎮守府も大元帥もどうでも良かった。
レ級「ふぅ」
特に警戒することもないと判断したレ級はおとなしく演劇を鑑賞することにした。
――劇本番――
第六艦隊扮する調査隊から龍驤が抜け、翔鶴瑞鶴と合流する。
目標は深海棲艦の中枢たる姫が生まれる前に駆逐すること。
道中のホ級(仮)やリ級(仮)を翔鶴と瑞鶴で撃退しつつ進撃する。
観客は観艦式で本物の深海棲艦を見ていたため、仮初の役者さえも本物に見えていた。
龍驤「『やっこさんはウチらを煙に巻けんことに焦っとるみたいやな』」
対空電探を使った索敵は超高練度艦娘によっては半径500kmの範囲を網羅できるという。
龍驤さん、電探の索敵範囲はどのくらいなのかしら』」
龍驤「『天候やウチの精神状態によるけど、基本は350km前後やな』」
消耗の激しい電探を長時間に渡り起動させつつ行動をする。
これ自体は演技だが、常日頃から哨戒線内側の状況を把握しているのだ。
主缶を温めておくように、当然の如く警戒をしつづける。
瑞鶴「『これが秘書艦級の艦娘……』」
翔鶴「『えぇ、北上さんや日向師匠と比べても異質だわ』」
一同は北方棲姫が現れる予定の方角を確認する。
龍驤「んなアホな……総員撤退!」
瑞鶴「ちょっと、どうしたのよ」
龍驤「何しとんの! 最大戦速で撤退や!」
突然目の前に艦載機が現れた。
索敵範囲外から到達するまでの時間が短すぎた上に、非常に雑な艦載機運用だった。
台本では龍驤のみを狙うはずが、その対象に翔鶴、瑞鶴まで入っていた。
姫級の深海棲艦が戦闘を仕掛けているように見えた。
龍驤はそれが間違えだと理解していた。
北方棲姫は演技用に加減している、加減した上でこれだけの速さだった。
鶴姉妹を狙ったかのように見える艦載機でさえ、本来の狙いが逸れただけだ。
最悪なのはそれらが十分な攻撃力を保持していることだった。
龍驤「舐めんな!」
14号対空電探
12.7cm連装高角砲+94式高射装置
鶴姉妹に向かった艦載機を吹き飛ばす。
代わりに無防備な状態で龍驤が被弾した。
龍驤「うぐっ」
翔鶴であれば中破、瑞鶴であっても小破は避けられない攻撃だった。
その攻撃を前に、龍驤の艦橋は圧壊。
いや、その独特のシルエットに変化はなかった。
身代わりになったのは94式高射装置であり、引き換えに対空防御力が大幅に低下してしまった。
瑞鶴「うあぁああ!!」
瑞鶴は斜方打起しの速射で弓を引き絞った。
龍驤「アホ!」
翔鶴が瑞鶴に直接魚雷を打ち込み意識を刈り取った。
龍驤「ええ判断や、翔鶴。そのまま瑞鶴を連れてって」
翔鶴は振り返ることなく瑞鶴を曳航していく。
台本通りに進んでいるが、演技ではなかった。
龍驤は演技ではなく本来の使い方で羅針盤を回す。
羅針盤娘「いい目出しなよ、本当に」
妖精謹製最大の発明、羅針盤。
艤装と対で使うことでその効力を発揮する。
その効力は『突然の轟沈』を回避することだ。
妖精の加護を得ているという条件は必要だが、羅針盤の発明以降、艦娘の生存率が飛躍的に向上した。
仮に羅針盤が指し示さない方角へ進んでしまった場合、戦闘の有無に関わらず轟沈発生の危険を孕むことになる。
羅針盤が指し示す方角は常に最高ではないが、指し示さない方角は確実に最低だった。
艦娘が戦闘に向かう前には必ず回すよう定められている。
今回羅針盤妖精が示した方角は北方棲姫の真反対、鶴姉妹が撤退した先だった。
龍驤「提督が立てた作戦目標は劇の成功やからな」
羅針盤を無視して北方棲姫に向かう。
龍驤にとって最優先はいつも同じだった。
いつも、いつも。
大切なものは昔からずっと同じだった。
――特別席――
レ級「姫ちゃん手加減できてないわね。ねぇ、司令官さん。今からでも中止したらどうかしら?」
提督「何を言っている。俺の艦娘も北方棲姫も完璧な演技ではないか」
レ級「状況がわかっていないわけじゃないでしょう? 2人は姫ちゃんの艦載機に反応すらできていなかったわ」
提督「脚本通りだ」
レ級「旗艦の空母は戦闘に突入してるのよ? あれは演技なんかじゃない。沈んだらどうするつもりなの」
提督「だから何を言っている。北方棲姫も見事な演技ではないか。それに龍驤は沈んでも帰ってくると言っている。お前は何を心配しているんだ」
レ級「それ、ありえないから。ちょびひげも何か言ってあげたらどうなの。あなた上官なんでしょう」
大元帥「上官ですが指揮において命令は出せないですね。それが我が国の決まり事です。この鎮守府の指揮は彼に一任していますので」
レ級「だったらあなたは何のために存在しているのかしら」
大元帥「責任を取るためです。直接の指揮はしなくとも、それを承認したのは間違いなく私ですので」
レ級「だったら……」
提督「レ級よ、お前はさっきから何が言いたいんだ。総合的に見て、俺の持っている戦力ではお前達を殲滅することは不可能だ。北方棲姫の無事は保証されている」
レ級「……えぇ、そのとおりね」
レ級はこれ以上の訴えを諦めた。
彼女にとって、短い時間ではあったがこの鎮守府の居心地は悪くなかった。
もともと話が通じる相手ではなかったと諦める。
ずっと昔からそうだったのだ。
今回こそ変わるかもしれない。
それは今回も変わることはなかった。
それだけのことだった。
――特別席――
レ級「姫ちゃん手加減できてないわね。ねぇ、司令官さん。今からでも中止したらどうかしら?」
提督「何を言っている。俺の艦娘も北方棲姫も完璧な演技ではないか」
レ級「状況がわかっていないわけじゃないでしょう? 2人は姫ちゃんの艦載機に反応すらできていなかったわ」
提督「脚本通りだ」
レ級「旗艦の空母は戦闘に突入してるのよ? あれは演技なんかじゃない。沈んだらどうするつもりなの」
提督「だから何を言っている。北方棲姫も見事な演技ではないか。それに龍驤は沈んでも帰ってくると言っている。お前は何を心配しているんだ」
レ級「それ、ありえないから。ちょびひげも何か言ってあげたらどうなの。あなた上官なんでしょう」
大元帥「上官ですが指揮において命令は出せないですね。それが我が国の決まり事です。この鎮守府の指揮は彼に一任していますので」
レ級「だったらあなたは何のために存在しているのかしら」
大元帥「責任を取るためです。直接の指揮はしなくとも、それを承認したのは間違いなく私ですので」
レ級「だったら……」
提督「レ級よ、お前はさっきから何が言いたいんだ。総合的に見て、俺の持っている戦力ではお前達を殲滅することは不可能だ。北方棲姫の無事は保証されている」
レ級「……えぇ、そのとおりね」
レ級はこれ以上の訴えを諦めた。
彼女にとって、短い時間ではあったがこの鎮守府の居心地は悪くなかった。
もともと話が通じる相手ではなかったと諦める。
ずっと昔からそうだったのだ。
今回こそ変わるかもしれない。
それは今回も変わることはなかった。
それだけのことだった。
test
ーー北方棲姫ーー
北方棲姫は演じながらも龍驤を見て確信した。
自分の一番のお気に入り、一番格好いい素敵な飛行機は間違いなく彼女のものだったと。
北方棲姫は何時も何時も不思議に思っていた。
自分が持っている飛行機はどれもこれも丸くてカワイイ。
そんな中でたったひとつ、キラキラして格好いい飛行機があった。
自意識を得た瞬間から大切に抱えていた飛行機だが、自分のものというよりは誰かから貰ったものだとわかっていた。
誰から貰ったものだろうか、そんな疑問を抱えて生きていた。
そしていつか必ず、飛行機をくれたことに対してお礼を言いたかった。
これだけ格好いい飛行機だ。持ち主も当然格好いいに決まっている。
左手に抱えた水上爆撃機を見ながら考える。
日向と名乗った航空戦艦は本当に格好良かった。
あれだけ脆弱な艦体にもかかわらず、なんとレ級と真っ向から競い合ったのだ。
そして龍驤と呼ばれた正規空母。
あの小さな艦は随伴艦2盃を庇った上に、ほぼ無傷で爆撃を回避した。
随伴艦は飛行機に反応すらできていなかったにも関わらずだ。
間違いなく龍驤こそ探していた艦だった。
お礼を言おう、この時のために言葉も覚えた。
そして、もう1つ飛行機をくださいとお願いをしよう。
北方棲姫は劇の終了を待つことができなかった。
ーー龍驤ーー
龍驤はあまり運が良い方ではないが、今回は運が良かった。
北方棲姫の開幕爆撃は多大な脅威だったが、それ以降は比較的穏やかな攻撃で済んだ。
龍驤が全身全霊をもって対応することで劇は辛うじて進行している。
一瞬たりとも気が抜けない、一手しくじれば劇が破綻してしまう。
想像通り姫級の戦力は桁違いだった。
さらに、姫が抱えていた飛行機を見て動揺したことも事実だった。
それでも、提督の期待に応えるために奮闘する。
龍驤は一番大切な者のために一生懸命だった。
深海棲艦と艦娘が共同で劇を演じられたなら、戦闘とは別の方向から平和が実現できるかもしれない。
それを大元帥の眼前で実現できるかもしれないのだ。
龍驤は提督を誇りに思う。
自分自身がどうなろうと、この劇は必ず成功させてみせよう。
龍驤と北方棲姫との戦闘が終盤に差し掛かったとき、初めて北方棲姫が口を開いた。
ここに彼女の台詞は用意されていないので訝しんだが、龍驤は耳を傾ける。
北方棲姫「……ゼロヨコセ」
――北方棲姫――
とうとう龍驤にお願いをすることができた。
お礼は上手に発声できなかったがきっと伝わっただろう。
劇での役はそろそろ完了だ。
龍驤に爆撃を加え、戦闘不能にした上で回収する。
そして与えられた台詞を述べるだけだった。
丸くてカワイイ爆撃機が龍驤に向かって爆弾を投下する。
龍驤「……八(はち)」
北方棲姫「?」
完璧なタイミングで投下した爆弾は、なぜか龍驤に命中しなかった。
とはいえ、北方棲姫はあわてずさわがず次を発進させる。
――レ級――
レ級「どういうことなの。あの爆弾は確実に命中したわよ」
提督「あれか? あれは八卦に従って吉凶を見たんだ。北方棲姫の凶方に龍驤の吉方を重ねたな」
レ級「意味が分からないわ。そんなものがあるの?」
提督「目の前にあるだろう。うむ、龍驤の真剣さが伝わってよいではないか」
レ級「あの空母、次は四って言ったわよ。何を数えているのよ」
提督「四か? それは四象を唱えているようだ。季節の流れというか、時の流れだな。見ろ、まるで彼女たちだけが別の世界にいるようだろう」
提督が解答を終える前に、レ級は龍驤へ砲撃を開始した。
大人しく劇を眺めているのはここまでだった。
あの空母は今まで出会ったどの艦娘よりも危険だった。
カウント。3、2、1、弾着……ならず。
それどころかこちらを見るそぶりすらない。
レ級「いったい何が起きているっていうの」
提督「レ級よ、俺が書いた脚本に不満があったとしてもだ。舞台に向けての砲撃はさすがに自由すぎるだろう。泣くぞ?」
レ級「そんなことは聞いていない。あの砲弾も確実に命中していた。それにも関わらず、まるで何もなかったかのように消失したのよ」
提督「おぉ、二を数えたか。あれは両儀だな。陰と陽で世界を満たす、北方棲姫と龍驤で一つの世界を作っているわけだ。こちらとあちらを隔てる結界ができているだろう。お前たちの障壁と似たようなものだと思っておけ」
レ級「キャハハハ、それって艦娘の限界を超えているから。ちょっと姉姫様、もう劇は中止にするわよ。……姉姫様?」
港湾棲姫「……」
いつのまにか港湾棲姫は北方棲姫とは別の方角を睨み付けていた。
その先では3盃の空母がこちらを睨み付けている。
レ級が気が付くより先に港湾棲姫は戦闘を仕掛けようとしていたが、それは3盃の空母により妨げられていた。
提督「見事としか言えないな。俺の自慢の空母を3人同時に相手どるとは」
レ級「それはこちらの台詞よ。わずか3人だけで拮抗できるなんて」
飛行機を操る者同士の激しい攻防。
後の先では遅すぎる、先の先ですらまだ遅い。
彼女達は互いの一挙手一投足から情報を読み合っている。
制空権の奪い合うための対空値計算を何度も何度も繰り返していた。
戦闘機を単純に増やせば爆装および雷装を減らさざるを得ない。
攻撃手段の減少は第2次、第3次攻撃を許すことになる。
さらに減らし過ぎれば、爆撃機と攻撃機が全滅させられることもあり得る。
この睨み合いの間に、発進準備完了と中止そして再演算が幾度となく繰り返されていた。
レ級「あなたの空母もほどほどにしておきなさいね。姉姫様を相手にして過負荷で廃棄処分なんて嬉しくもなんともないでしょう」
提督「どこへ行く?」
レ級「姫ちゃんの所よ。対峙している空母を沈めてくる。他の艦娘には手を出さないし、住民にも手を出さない。これで手打ちにしましょう」
提督「それは困る。劇が中断してしまうではないか」
レ級「これでもまだ劇だと言いはるの? まぁ、あなたの指示ではないでしょうしね。あの空母の独断はあの空母に責任を取ってもらいましょう。……何かしら、鳳翔」
鳳翔「行かせるとお思いですか」
レ級「止めるつもりなの? やめておきなさい」
鳳翔「やってみないとわからないでしょう。あなたは私のことを何も知らないのですから」
レ級「逆よ。あなたは驚くほど自分自身を錬り上げている。そんなあなたが彼我の差を読み取れないはずがない」
鳳翔は眉をひそめた。
レ級には逆立ちをしても勝てないことは明白だった。
鳳翔「あなた達が出向いてくださった理由はわかっています。北方棲姫が艦戦を欲しがったのからでしょう」
レ級「まぁ、そうね」
鳳翔「この劇は必ず無事に終わります。その時に艦戦も差し上げます。ですからどうか最後まで続けさせてください」
レ級「あなたも話を聞かないのね。いいわ。ちょっと面倒だけれど、過不足なく完璧な大破にしてあげる。あの空母はその後でいいわ」
鳳翔「感謝します」
鳳翔が袂から式符を取り出して柏手を二つ打つと、レ級と共に姿を消した。
提督「あぁ! これからが龍驤と北方棲姫の見せ場だというのに」
大元帥「君は焦らないんだね」
提督「もちろんです。私は彼女たちを、龍驤を信じております。必ずこの演劇は成し遂げられます」
大元帥「そうかい。おや、龍驤君は一を数え終わったようですね」
――龍驤――
龍驤「……一(いち)」
両儀を内包する大元を数え終わった。
龍驤は現界して初めて、我を忘れるほどの怒りに身を包んでいた。
北方棲姫の一言は決して許せるものではない。
一番大切なものは提督で間違いないが、唯一、秤に乗せられるものがあった。
それは皇国の空母として戦い抜いたという誇りだ。
龍驤が誇っているものは「龍驤」という艦ではなく、搭乗員。
特に、飛行部隊の面々だ。
鬼さえ後ずさりすると言われた訓練を乗り越えた者たち。
その優秀さゆえに主力部隊への異動も多く、龍驤にはいつも新米が乗っていた。
そして忘れもしない北方海域。
ある者は敵を撃墜し、ある者は敵に撃墜される。
誰もが懸命に闘っていた。
ある者は、継戦が困難になり島に不時着することになった。
その島でゼロ戦は奪われた。
後の歴史はゼロ戦を解析されたことが敗戦の要因だと語った。
さらにゼロ戦を島に不時着させた搭乗員についても。
そんな馬鹿な話はない。
龍驤は敵国ではなく自国によってこの評価を下されたことで、大切な搭乗員を辱められた怒りを抱えていた。
行き場のない怒りはねじれていく。
そうだ、ゼロ戦を鹵獲した者がいるはずだ。
そいつが鹵獲さえしなければこのようなことにならなかった。
龍驤「……すうぅ」
大きく息を吸う。
今なら引き返せる。
龍驤が目線をあげると、そこには航空基地に回収されてしまったゼロ戦の姿があった。
許せない。
龍驤「零!!」
大元はやがて零に収束する。
龍驤は最後のカウントを宣言してしまった。
龍驤「外法、英霊召喚」
龍驤は自分自身を触媒に「龍驤型空母一番艦龍驤」を召喚する。
同様に、妖精を触媒にして神座から正真正銘の英霊を召喚した。
北方棲姫「!?」
極めつけは北方棲姫の腕にあったゼロを触媒にしてゼロを呼び出したことだろう。
当然、その艦戦には彼が搭乗する。
新米員「自分の仇を自分で討つことになるとはな。それに貴様が龍驤か。ははは、なんと美しい娘だ!」
龍驤「悪いけどウチのワガママに付き合ってもらうで。20機の艦攻を18機の艦戦で援護」
「「了解」」
龍驤「艦戦は古賀を中心に展開や。さぁ、仕切るで! 艦載機のみんな! 目標、北方棲姫や」
「「おぉおおおぉお!!」」
概念艤装の最奥、自分自身を運用する。
英霊たちとの連携も空母龍驤との連携も完璧にできている。
龍驤自身、かの英霊たちの思いの結晶だからだ。
ある者は、母を。
ある者は、妻を。
ある者は、許嫁を。
ある者は、恋人を。
ある者は、姉妹(きょうだい)を。
ある者は、娘を。
誰もが命を懸けて護ろうとし、自身の艦にその姿を重ねていた。
そんな風に生まれた艦娘だ。彼女たちは例外なく美しく、そして強い。
あの時以上に完璧な戦闘ができるだろう。
――北方棲姫――
北方棲姫「!?」
ここで生まれて初めて焦燥感を得た。
日向の時とは真逆だった、気づかないうちに大切な物が奪われた。
理不尽に奪われた。
ユルセナイ。
北方棲姫「■■■■■■」
怒りに身を任せ、北方棲姫は島一つを展開した。
Test
――鳳翔――
鳳翔「ここなら邪魔は入りません」
レ級「ほんとうにここの空母は器用だわ」
レ級は呆れ顔で感想をもらして、即座に艦載機を発艦させる。
弓を使う空母は予備動作として矢を番え、式を使う空母は符を構える。
レ級はそのどれとも異なる。
やると決めた瞬間、発艦した状態で艦載機を展開することができる。
鳳翔「幾つか手を予想しましたが、それは悪手ではないですか」
レ級が発艦させると決め実際に発動するまでの間に、鳳翔は二式艦上偵察機を展開していた。
レ級「……」
戦闘力は皆無、しかし無視できない状況になっていた。
レ級は船渠での会話を思い出す。
日向『鳳翔と交戦するなら時間の流れを気を付けろ』
日向『開幕から発艦までの流れが非常に滑らかだからな、それを読み取るのは至難の業だ』
日向『私と同じくらいかだと? 馬鹿を言え、航空戦力を操れるとはいえ私は戦艦。奴は先の大戦すら乗り越えた生粋の空母だ。比較にすらならないな』
日向『話を戻すが、一番やっかいになるのはやはり「百式艦載機」だろう』
日向『死に際の集中力というのか? 鳳翔と対峙した側が時間の圧縮を感じさせられるから、気のせいなどではかたつけられない』
日向『注意しろとは言わない、ただ覚悟をするといい』
日向『鳳翔は強いぞ』
レ級「ふぅ」
鳳翔「なぜ構えを解くのですか」
レ級「戦闘は無駄よ。さっきは大破させてあげると言ったけども、それもやめておくわ」
鳳翔「はいそうですか、と言うわけがないでしょう」
レ級「なら話し合いよ。あの空母の首だけで……」
鳳翔「九七式艦攻!」
魚雷が無防備なレ級に直撃した。
レ級「話し合いよ」
鳳翔「装甲を抜くことはできませんか」
レ級「なぜそこまで負け戦に挑みたいのかしら。住民の安全確保、あなたの上司の前で演劇の成功。空母ひとつと引き換えなら十分な成果でしょう」
鳳翔「龍驤は、あの娘は私の妹です」
レ級「そう、引けないのね」
鳳翔「三式指揮連絡機!」
今度はレ級が不意うった特殊潜航艇の展開を潰された。
一度だけでなく二度も後の先を取られてしまい、とうとう戦艦の本能に灯がともる。
レ級「どうして、どうして! やるわね、本当にやるわね! いいわ、完璧な大破にしてあげる! だから……」
レ級「簡単に沈まないでね!」
歯をむき出しにして高らかに笑っていた。
鳳翔「笑いますか」
鳳翔はいつか来る日のために備えておいたとっておきさえここで使い切る覚悟を決めた。
――レ級――
レ級「すごいわ、鳳翔!」
レ級よりも鳳翔の方が早く、レ級の攻撃はことごとく潰されていた。
それに対してレ級が決めた作戦はいたって単純だ。
攻め続けること。
鳳翔が早く攻撃しようともレ級の装甲を抜くことができないのであれば大きな問題はない。
攻撃手段を組み合わせて対処し続けてもいつかは矢が尽きることは明白。
レ級は鳳翔が見せた攻撃手段では対応できない角度からの攻撃を続けた。
そしてついに。
鳳翔「弽が……」
レ級「それがなければもう弦は引けないわね」
鳳翔「舐めないでください!」
素手で取り掛け引き絞る。
レ級「その身を削ってまで戦う意志、見事だわ」
レ級は艦載機、特殊潜航艇、砲撃と持てる攻撃手段を全て展開する。
艦娘ではとうてい制御しきれない物量だった。
鳳翔「百式艦載機、九九式艦爆!」
99柱にも及ぶ英霊を式神として使役する。
鳳翔最大の戦力だった。
膨大な数と数のぶつかり合い、互いの技量と相まって戦闘の枠すら超えた時間が流れた。
――百式の零――
レ級「よくやったわ、鳳翔」
鳳翔「……くぅ」
弽なしで引いた勝手は大破、最後の交戦で弓は弓の体をなしていない。
レ級「あなたはやりきった。胸を張って凱旋できるわ。さあ、ここから戻りましょう」
鳳翔「弓がなければ闘えないとでも?」
発艦は弓を引くに非ず。
その心が正しい節度を持つことこそ八節である。
レ級「……っが」
霧散したかに見えた英霊たちを取り込み、消費する。
その圧倒的な熱量をもって、鳳翔はレ級に徒手空拳を叩きこむ。
爆撃の嵐を上回る打撃をレ級に叩き込み辺りは煙幕の様相となった。
召喚した英霊すらすりつぶす、外道の業。
牙を持たない皇国民を守るためであれば、外道と呼ばれても構わない。
鳳翔はとっくの昔に覚悟完了していた。
これが百式艦載機の零、零式防衛術だ。
鳳翔「まさか零さえも……」
煙が晴れ、五体満足なレ級が現れた。
鳳翔は業の反動で轟沈寸前だった。
鳳翔「覚悟が足りなかったのでしょうか」
レ級「最強種である私と最小の空母であるあなた。もって生まれたものが違い過ぎたのよ」
鳳翔「そう……ですか」
レ級「安心なさい、鳳翔。あなたは始めから礼儀をわきまえていた。力を持たない口だけの艦娘でもなかった。あの空母の処遇は姉姫様にかけあってあげる。あなたの孤独な戦いは無駄ではなかったわ」
鳳翔「ふふ」
レ級「よかったわね」
鳳翔「いえ、そうではなく。あなたは私と交戦した瞬間にもうすでに詰んでいたのですから」
レ級「?」
鳳翔が倒れこむと同時に辺りは閃光に包まれた。
――引き分け――
ほんのわずかな時間だがレ級は眼を閉じていた。
呼びかけに応じて再び眼を開ける。
男「おい、姉ちゃん。ずいぶんと強いんだな」
レ級「あら? 何のことかしら?」
男「さっきの喧嘩のことだよ。突然吹っかけられてて心配したけどよ、見事に撃退じゃねぇか。大したもんだねぇ」
はっきりと思い出せないがどうやらレ級は喧嘩を仕掛けられて追い払ったらしい。
なぜか自分のことにも関わらず曖昧だった。
レ級「そうね。最強というのは目立つから」
男「それにしてもあんた別嬪さんだねぇ。肌もずいぶん白いし、異人さんかい?」
レ級「面白いことを言うわね。異人、か。なかなかいい表現かもしれないわ」
男「どうだい? 帰ったら俺っちの嫁にならないかい? 食うのには困らせないよ」
女「やめときなさいな。あんたじゃ役者不足もはなはだしいわ」
男「なんてことを言うんだい。おや、あんたもずいぶん別嬪さんだねぇ」
女「あらそう? 悪い気はしないわね」
レ級は改めて周囲を見渡した。
どうやらやつれてぼろをまとった人間がたくさんいるようだった。
疲れ切った表情は実際に疲れているからだろう。
それでも彼らの目は輝いていた。
彼らに何があって、これから何があるのだろうか。
ぼんやりと考えていたレ級は再び呼びかけられた。
女「あのぉ、お姉さん。私たち結婚することになりました」
レ級「キャハハ、おめでとう。決断が早いのはいいことよ」
男「それでよう、あんたに頼みがあるんだが。俺っちの会社で働かないか? これからは人手が必要だし、あんたみたいな強い別嬪さんがいれば男でも集まると思うんだよ」
女「女の人に頼りっぱなしじゃないのよ」
男「馬鹿女郎! 一億総玉砕が崩れ去ったんだ。次は一億総生産の時代だよ、男も女も関係ないねぇ」
レ級「いいわね、とてもいいわ」
男「おっ? 働いてくれるかい? 悪いようにはしないよ」
レ級「いえ、私に何かを創ることはできないわ。けど、あなた達のことは護ってあげる」
女「じゃあどうするの?」
レ級「私は海軍で戦いましょう。ありとあらゆる敵から護ってあげる」
男「それはいいな。別嬪さん頼りにしているぜ!」
レ級「えぇ。もっーと私に頼っていいのよ?」
レ級の口からは至極当然のようにこの言葉が発せられた。
女「早く着かないかしらね」
レ級「ところであなた達はどこに向かっているのかしら?」
男「面白いことを言うねぇ。戦争が終わって、これから国に帰るところじゃねぇか」
女「そうよ。お船にのって帰っているところじゃない」
レ級「そうだったのね、そんな気もしてきたわ。これはなんと言うなの艦かしら」
男「彼女は復員輸送艦」
女「鳳翔です」
レ級「そう、いい名前ね」
戦術は遷移していく。
戦艦による艦隊決戦。
空母による航空戦。
鳳翔「そして情報戦に至るのです。あなたの魂の輝きにつけ込ませて頂きました」
茫然自失しているレ級と無様に這いつくばったままの鳳翔。
鳳翔「このような出会いでなければ、あなたとは間違いなく……言うのはやめましょう」
気を失うまではこのままレ級を制すことができる。
その後は完全無防備になってしまうが時間稼ぎは十分だろう。
鳳翔は自身の意志を押し通すことができた。
――完全敗北――
艦攻員「先に往きます!」
艦戦員「先に往きます!」
「龍驤」を召喚して「英霊」を召喚してもなお、北方棲姫の堅牢な護りを突破することはできなかった。
北方棲姫が島を一つ展開し、その防御機構は中心に近づくほどに密になっている。
島の外周部に損害を与えたとしても、姫級特有の保有資源により修復が繰り返されてしまう。
針山のような地上砲火は次々と艦載機に突き刺さっていた。
古賀の零戦も例外ではなく、潤滑油系統を打ち抜かれ機体から油が漏れだしていた。
この状態になっても、いまだ撃墜には至らず。
北方棲姫の意識はさらに集中する。
あのゼロを取り返すために。
龍驤「……」
北方棲姫の性能であればさらに撃墜されても不思議ではなかった。
龍驤の優位性は北方棲姫の狙いを把握していることだった。
必要以上に古賀の零戦に固執しているため、攻撃が単調になっている。
龍驤は古賀を囮にして、英霊たちを犠牲にしてようやく辿り着いた。
多くの英霊が送還されてしまったため、「龍驤」の維持は限界に近かい。
龍驤自身も外法を適応し続けた結果、姿は白く色褪せその眼からは金色の光が漏れていた。
新米員「ここまでか」
とうとう古賀の零戦はエンジンを停止した。
北方棲姫は破顔して、両手を広げて迎える姿勢になる。
そして龍驤は北方棲姫の意識の隙間を捉えた。
艦攻の数も質もタイミングも、北方棲姫を屠るには十分すぎた。
龍驤「ぃやったぁー!! やったでぇ! うち大活躍や! 褒めて褒め……」
完全に意識を取り戻す。
龍驤が受けた命令は何だったか。
龍驤が守るべきものは何だったか。
龍驤は誰に褒めてほしかったのか。
北方棲姫「アァアア!!」
龍驤の艦攻隊は魚雷を投下しなかった。
代わりに北方棲姫の地上砲火に全滅させられる。
龍驤が召喚した英霊は残り1柱、もう「龍驤」を維持することはできない。
龍驤も光を捉えられず、音が擦れてきた。
北方棲姫「アハ!」
再び両手を広げ、龍驤最後の艦載機を迎え入れる準備を整えた。
磨き上げられた滑走路だ、湿地などとは比べものにならない着陸心地を保障しよう。
新米員「ははは、敵に情報をもらすわけには行かないからな」
古賀は沈みゆく龍驤へ着艦した。
龍驤「ごめんな、古賀。またキミにしんどい思いをさせたわ」
新米員「何を言うか。自分はこうして龍驤に戻ることができた。恨み辛みがあるわけなかろう」
龍驤「そう言ってくれんのはありがたいわ」
新米員「ただな、今の貴様は女としての幸せも享受できるはずだった。それだけが無念だな」
龍驤「そうかぁ」
新米員「それでは先に往く!」
古賀は光となって送還された。
龍驤は何も見えず聞こえない。
「提督、もう一目会ってから、ウチ壊れたかったよ……」
龍驤:轟沈
――港湾棲姫――
港湾棲姫「オ前ハ一体何ヲシタカッタンダ?」
提督「こっちを見ないで北方棲姫を見てやれ。何でお前たちは劇を見ようとしないんだ」
港湾棲姫「阿呆カ? オ前ノ艦娘ガ沈ンダンダ。何ヲ呑気シテイル」
提督「阿呆はお前たちだ。龍驤は一部も隙もなく劇を遂行している。当然、北方棲姫もだ。その素晴らしい劇を何故見ようとしない」
港湾棲姫「呆レテ物モ言エナイ。艦娘ハ沈ンダラ終ワリダ。アレ程高練度ノ戦力ヲ失ッテマデ劇ヲシタイノカ」
提督「失うだと? 龍驤は轟沈しようとも必ず俺の元へ戻ってくるといった。あいつは決してできないことを口にしない。俺は龍驤を信じている」
港湾棲姫「艦娘ニソレハ有リ得ナイ。奴モ憐レダナ。オ前ノ様ナ無能ノ所為デ沈ンダ。オ前ニハ何度モ助ケル機会ガアッタ。劇ノ中止、ソシテオ前ガ発令シテイル戦闘禁止ノ解除ダ。戦艦ニ巡洋艦、空母ニ駆逐艦。劇ニ参加シテイナイ艦娘ヲ導入スレバ奴ヲ回収デキタダロウ」
長門「その通りだ。なぜ我々に指示を出さなかった! なぜ龍驤を沈めた!!」
絶対の命令権により縛り付けられていたため仲間の轟沈をただ見ているだけだった。
何もできず、黒鉄時代と同じ様にただ見ているだけしかできなかった。
提督「長門よ、お前は姫級を侮っている。俺自慢の空母3人が港湾棲姫1人によって壊滅的なダメージを負った。加減をされた上でだ。そこに追加戦力を投入すれば加減すらなくなる。戦闘禁止はお前たちを守るためだ」
長門「私が簡単に沈むとでもいうのか?」
提督「姫級とは天災に等しい。人事を尽くした程度で防げるものではない」
長門「ではなぜ龍驤を守ってやらなかった。奴が、あなたの一番だったのではないか」
提督「その龍驤が劇をやり通すと言った。俺がそれを信じなくてどうなる」
長門「しかし、提督!」
提督「もう黙れ」
長門は強制的に口を閉ざされた。
絶対命令である『提督指令』には決してあらがえない。
提督がこれを強行したことはなかったため、長門は悔しさと混乱の渦に巻き込まれた。
提督「逆に俺はお前たちに疑問を持っている。なぜお前たちは仲間を信じない」
長門と港湾棲姫それぞれに語る。
提督「龍驤が嘘を言ったことがあるのか? 冗談は言う奴だが、仲間の命に係わるような冗談を言ったことがあるのか?」
長門は話せなかったが、否定の意志を伝えた。
提督「港湾棲姫よ、北方棲姫はここに何をしに来た? 俺が劇への出演を依頼して、それに応えたんだぞ?」
港湾棲姫「ダカラドウシタ」
提督「戦闘をしに来たわけではないだろうが。それをレ級もお前も劇に介入しようとしやがって」
港湾棲姫は怒りの顔から困った顔になってしまった。
言っている意味が本当に分からなかったからだ。
そもそも先に仕掛けたのは龍驤の方ではなかったか。
姫は戦艦に視線を向けてみたが、同じように困った顔をしていた。
根本的なところで見解の相違が存在している。
提督「いいか、よく聞け。お前たちは娘のなりをして娘ではなく、艦の能力を持ちながら艦ではない異形の存在だ。仲間のことだけでなく自分自身すら信じられていないお前たち艦娘を、いったい誰が信じるのだ?」
提督の言葉は狂った内容に思えたが、姫と戦艦は互いに見合う。
見合った後、言葉の続きに耳を傾けた。
提督「俺だ! 提督である俺が信じている!!」
提督は、はっきりと一切疑いもせずに声を上げる。
提督「俺は龍驤と北方棲姫を信じている。盲信などではない。彼女達こそこの世界の特異点だからだ」
それだけ言い終わると、提督は劇の鑑賞に戻った。
大元帥「君達も座りたまえ。長門君はレ級君の席に座るといい」
長門「はっ!」
予想外の声に、長門は提督の命令すら越えて返事をすることができた。
そしてその敬礼は完璧だった。
大元帥「港湾棲姫君も手を下して座るといい」
港湾棲姫「……ン?」
彼女もまた目元に手を当てており、それは敬礼に見えた。
北方棲姫「■■■■■■■■■」
終劇まであと少し。
にわ
あ
Test
ーー終劇ーー
北方棲姫「■■■■■■■■■」
北方棲姫は劇を完遂するため爆撃機に指示を出した。
丸くてカワイイ爆撃機は次々と海中へ飛び込み戦利品を鹵獲する。
格好いい艦戦とそれを格好良く操った空母だ。
北方棲姫は部下に台詞を促した。
護衛要塞(北方棲姫属)「『格納庫ヲ用意セヨ。艦載機ガ100機以上格納デキル規模ガイイ』」
北方棲姫「『ゼロガサビナイヨウニネ』」
戦利品を抱えたまま呟く。
北方棲姫「『ウン。ワタシ、チョットツヨイカモ』」
表情は読み取りにくいが、満足気だった。
見せ場を演り切った事に加えて、生まれて初めて観客から喝采があったからだろう。
観客は信じがたいほど高水準な演技を見て狂喜乱舞寸前だ。
艦娘と姫は在り得ない状況に眼を疑っていた。
轟沈しているにも関わらず、彼女はそこに存在している。
北方棲姫に抱えられてそこにいる。
暗転
語り部は決して遅くならなかった。
未だ劇は続いている。
ならば速やかに進めなければならない。
第六駆逐隊が無傷赤疲労という極限状態の空母を無理やり連れて行く。
暗転
鶴姉妹が演じ終える。
提督「これにて終劇!」
住民の拍手と共に幕を閉じた。
――船渠――
龍驤「あぁ、これが地獄か。ウチとこの船渠そっくりや」
北方棲姫「オ前ノトコロノ船渠ダ」
龍驤「キミは……、ウチは沈んだんやな」
北方棲姫「ソウダ。ゼロ返セ」
龍驤「そうやったな、チュウ! どこにおんのー?」
新米員「うわーん、姐さん! 生きててよかったっす!」
龍驤「キミも生きててよかったわ。この娘にゼロを返したって」
新米員「いいんすか? 提督に許可を取ってないっす」
龍驤「大丈夫や。これ以上の醜態は見せられんからな」
新米員「了解っす! しっかり磨いたゼロっす!」
北方棲姫「……レップウモヨコセ」
龍驤「烈風はちょっと待ってくれん? 隼鷹にゆうとくわ」
北方棲姫「ウン」
龍驤「キミはええなぁ。言いたいこと素直に言えて」
北方棲姫「オ前モ言エバイイ」
龍驤「そうやな、今度からはそうするわ。手遅れやけどな」
提督「龍驤! 起きたか!?」
龍驤「おー、起きたでー。真っ裸やからいきなり入らんといて」
提督「む、それはすまなかった。しかし、どうしても言いたくてな」
龍驤「勝手に戦闘に入ったことは謝るわ。謝ってどうにかなるもんでもないけどな」
提督「お前らには俺の指示なしでの戦闘許可を与えているだろう。それは不問だ」
龍驤「じゃあなんやろな」
提督「見事な劇が遂行できた。俺はお前を誇りに思う」
龍驤「かなわんなー。なぁ、キミ。言いたいことがあるんやけど」
提督「劇の前に言っていたやつだな。なんだ?」
「ウチは君のことが大好きや」
提督「そうか。教えてくれてありがとう。閉会式はもうすぐだからな」
龍驤「うん。じゃあ、またあとで」
提督は船渠を後にする。
龍驤「あー、ようやく言えたわ」
北方棲姫「ソレダケカ?」
龍驤「言ってみたら意外と大したことなかったわ。もっと早うゆうとけばよかった」
入渠が終わり偽装を身に着ける。
龍驤「ここまで連れてきてくれてありがとうな。そろそろ閉会式に行くで」
北方棲姫「アイツラハツガイダロウ?」
新米員「その通りっす。姐さんは、いまだに勘違いしてるっす」
――閉会式――
提督「……主演女優賞、瑞鶴。講評をいただきます」
大元帥「最後まで力強い演技でした。劇終了後の大立ち回りも大変元気があってよろしい」
瑞鶴「あ、ありがとうございます」
提督「瑞鶴には勲章を贈呈する。また、劇終了後に港湾棲姫に戦闘を仕掛けたことに対して1か月の謹慎処分とする」
「「ははははは」」
瑞鶴「ちょっ、提督さん。あれは不可抗力だって」
港湾棲姫「イタカッタ」
瑞鶴「ごめんなさい」
大元帥「過ちて改めざる是を過ちと謂う。よい姿勢ですよ、瑞鶴君」
瑞鶴「はい!」
提督「ありがとうございます。次に助演女優賞、北方棲姫。講評をいただきます」
大元帥「不慣れな環境にも関わらず淑女たる振る舞い。関心いたしました」
北方棲姫「ウン」
提督「北方棲姫には、零戦を21型、52型、53型を贈呈する。なんだ? 烈風もだと? 追加で烈風を贈呈する」
北方棲姫「アリガトウ!」
当然、拍手喝采だった。
提督「さて、ここからが本題だ。龍驤、前に来てくれ」
住民はすべて姿勢を正す。
龍驤「なんやろな。ウチも謹慎処分やろか」
提督「この劇はまさにこの時のために用意したものだ」
龍驤「もったいぶらんと、ほらほら」
提督「そうだな。龍驤!」
龍驤「なぁに?」
「愛してる。俺とケッコンして欲しい」
test
Test
Test
この言葉と共に指輪を艦娘へ贈ることは、提督として最重要事項の一つだ。
証人はこの場にいる全員。
親としての大元帥を筆頭に住民、仲間、そして敵までもがここにいる。
空気が読めない龍驤ではなかった。
少し困った顔をした後、艦娘特有の完璧な笑顔を作る。
龍驤「あははー、ありがとうな。うん、ウチはわかっとったで」
完璧な笑顔のまま続ける。
龍驤「限界練度になったんはウチが最初やったからな。上限解放の兵装、ありがたく貰っとくよ」
笑顔が痛々しい。
龍驤「ウチはキミの一番大事な兵器や。たとえこの身が朽ちても欠片も残らずキミのものや」
龍驤「けど、電も鳳翔も限界練度やで。北上ももうすぐやろ? なぁ、キミ。ウチらの本分は皇国の守護や、みんなにもちゃんとあげてな?」
大元帥の目の前でこの発言は正しい、正しすぎるくらいだ。
艦娘としての本心でもあった。
求められるのは強さだ。
限界を超えられるのであれば全てのものを対価にできる。
龍驤はその本心で本音を塗りつぶした。
先の劇で自分の感情を最優先してしまったことが、龍驤を自罰的にしてしまっている。
空気が淀む。
護衛要塞すら眉をひそめていた。
空気が読める提督ではなかった。
提督「俺たちは皇国の守護者だ。戦力強化大いに結構。当然、電にも鳳翔にも、続く艦娘にも指輪を贈ろう」
龍驤はまだ完璧な笑顔を保つ。
提督「だがこの指輪だけはお前に贈ると決めていた。何故だかわかるな?」
龍驤「全然わからんよ、キミ」
提督「これだけは任務で手に入れた、大本営から支給されたものだからだ!」
龍驤「それは他のと違うん?」
提督「全く違う! いいか、龍驤。これだけは提督と艦娘の名前が正式な記録として海軍に残る」
龍驤の笑顔が崩れ真顔になる。
提督「なぁ、龍驤。俺たちは皇国を守護するための兵器だ。戸籍なんてものはないからな。皇国民とは違って婚姻という記録も一切合切何も残せない」
提督「これだけだ! この指輪だけが唯一、記録として残すことができるものなんだ!」
龍驤は泣きそうな顔をする。
艦として娘として、任務も規則も全うして上でこんなにも想われていた。
知っていたつもりが、まだ足りなかった。
龍驤「あのさ……キミ、うちの事どう思うてるの? 今、この場でちゃんと教えてくれん?」
提督「愛してる。これまでもこれからもずっとだ」
龍驤「そうかぁ。ウチも……キミのことが大好きや」
とうとう龍驤は左手を差し出した。
ケ・ッ・コ・ン・カ・ッ・コ・カ・リ
―艦娘と強い絆を結びました。―
一時の静寂。
北方棲姫「オメデトウ」
手甲は付けたままのため、いまいちよく聞こえない拍手が送られた。
やがて彼女を中心に拍手は速やかに広がっていった。
大元帥「まだ終わりません。こちらに署名をしなさい」
提督「はい」
書類一式にサインをする。
大元帥「無理をおして来た甲斐があるというものです。最後に私が名前を呼ぶので返事をしなさい。その後に一言贈ります」
異様な重圧が界を満たし、大元帥は光を放つ。
大元帥「龍驤型正規空母、龍驤」
龍驤「はい」
大元帥「神須佐能(カンムスサノヲ)計画零号」
提督「はい」
「朕、両名ノケッコンヲ認ム」
承認であり、祝詞であり、祝言である正真正銘の勅令だった。
――第一航空戦隊ソウリュウ編成の演習――
披露宴で泣くものもいれば笑うものもいた。
概ね陽気な空気ではあった。
加賀「赤城さんも泣くなんて。確かにこれは喜ばしいことです」
赤城「いえ、そうではなく。陛下の御前で彼奴を屠れなかったことが悔しくて」
空気を凍り付かす赤城の発言。
そして凍り付く港湾棲姫。
彼女は狙われている。
龍驤「あのさぁ、赤城。さすがにありえんやろ。どんなメンタルしとるの?」
提督「ふむ、確かに直接の戦闘はできなかったからな。ならば演習だ」
提督「深海棲艦に演習を願おう。姫級が相手だからどんと胸を借りていけ」
北方棲姫「イヤ、オ前ラハ絶対ニ勝テナイカラ」
ふよふよと顔の前で手を振る。
提督「そう侮るなよ。こちらの編成は一航戦でいこう」
漣「キタコレ!」
潮「漣ちゃん、絶対に私たちじゃないから」
提督「第一航空戦隊ソウリュウ編成で挑むぞ!」
牙を剥く赤城。その顔にはもう涙は残っていない。
そしてもう一人。
レ級「鳳翔、瓶がくだけたんだけど」
酌をしていた瓶を粉々に砕く鳳翔。
口元は嗤っている。
加賀「嫌です」
龍驤「うちもいやや」
提督「龍驤、頼んだぞ!」
龍驤「おっしゃ! いくで、加賀!」
加賀「……嫌です」
右袖を龍驤につかまれ、左袖を鳳翔につかまれ連行されていく。
北方棲姫「面倒ダカラ嫌ダ」
ほっと胸を撫でおろす港湾棲姫、戦闘は避けられそうだ。
龍驤「そう言うなって。キミが勝ったら電が震えるくらいええ艦載機やるからな」
北方棲姫【お姉ちゃん! お土産が増えるよ!】
護衛要塞に指示を出して港湾棲姫を連行する。
提督「お前はいかないのか?」
レ級「まぁ4対4でいいんじゃない」
アイスクリームに舌鼓を打ちながら回答する。
――演習――
瑞鶴「何なのその艤装」
加賀「黙りなさい」
平常の加賀型ではなく、長門型の艤装よりも際どい線を攻めていた。
赤城も金剛型に似た艤装だった。
極めつけは二人とも弓を持っていないことだ。
鳳翔「瑞鶴さん、いつかあなたにも後輩ができます。その時に備えてよく見ておくのですよ」
矢には式符が結ばれていた。
龍驤は弓を携えている。
瑞鶴「そもそも蒼龍先輩はいないし、龍驤は一航戦じゃないじゃん」
龍驤「まぁ、こんなこともあるっちゅーことで。じゃあ行ってくるわ」
沖に向かう4盃。
港湾棲姫「私タチハ海ニ出ラレナイ」
提督「この鎮守府前で備えてくれ。お前たちが防衛に失敗すると俺たちは住む場所がなくなるからな」
港湾棲姫「エ?」
提督「頼んだぞ!」
港湾棲姫「エ? エェ?」
応援団が楽器を打ち鳴らす。
艦娘を鼓舞するもの、深海棲艦を鼓舞するもの。
誰もが楽しそうだった。
提督「では、演習開始!」
合図とともに沖から啖呵切りが届いた。
龍驤「うちがいるから、これが主力艦隊やね! 一航戦、龍驤。 出撃するで!」
鳳翔「竜飛、出撃致します」
赤城「一航戦赤城、出ます!」
加賀「一航戦、出撃します」
港湾棲姫は困っていた。
北方棲姫と引き分けかけた正規空母が鏑矢を飛ばしてくる。
その唸りは言霊となり爆戦を産み出していく。
レ級と引き分けかけた正規空母が式符を付けた矢を飛ばしてくる。
それは勅令の光を灯して、式神を乗せた艦載機を召喚していく。
港湾棲姫自身を足止めした改装空母が艦載機を飛ばしてこない。
代わりに推定41cm口径の三式弾を発射していく。
狙いはすべて北方棲姫だ。
そして北方棲姫は勝ち急ぎ、防御を全くしていなかった。
レ級「こんなこともあるのね。姉姫様がこっちに防御を割くなんて」
無傷の鎮守府を見てつぶやいた。
大元帥「拠点防衛の姫君です。それに加えて彼からのお願いもありましたからね」
レ級「そうかしら」
大元帥「彼らの帰る場所が無事で何よりです」
レ級「帰る場所ねぇ」
大元帥「ところで貴女方はどちらの国に帰るのでしょうか」
レ級「笑わせるわね、ちょびひげ。そんなものはないわよ。帰るのは暗くて冷たい海の底よ」
大元帥「そうですか。では諸々の決着がつきましたらこの国に帰ってきなさい」
レ級「はぁ? 正気なの?」
大元帥「……」
レ級「……でも。大丈夫なのかしら」
大元帥「……」
レ級「えっと」
レ級「陛下。御厚情賜ります」
姿勢を正して敬礼をした。
日向「助けてくれないか。私たちではそろそろ防衛しきれない」
レ級「何よ、演習は終わったんじゃないの」
日向「見ていなかったのか? 演習はキミたちの勝利だ。ただ北方棲姫は龍驤一点狙いで仕留め損ねた」
レ級「……あの女、指輪を嵌めてから耐久力が上がってるじゃない」
日向「そうだ。僅かではあるが演劇の時よりも耐久性能が上がっている。北方棲姫は見誤ったようだ」
レ級「それでも姫ちゃんは勝ったんでしょ? なんであの娘は暴れているのよ」
日向「港湾棲姫が他3人を大破(轟沈判定)で仕留めたからだ」
レ級「つまりどういうこと?」
日向「演習のMVPは港湾棲姫だ。提督は電が震える程すてきな艦載機を港湾棲姫に手渡した」
日向「見るといい」
レ級「あー、姉姫様がうっとりしている。姫ちゃんに渡す気はなさそうね」
北方棲姫壊「■■■■■■!」
レ級「さて、どうしようかしら」
レ級は大元帥を仰ぎ見る。
大元帥「防衛をお願いします。ただし北方棲姫を攻撃してはいけません。疲れるまで暴れさせておやりなさい」
レ級「さすがに無理よ」
大元帥「専守防衛が皇国の華です。それに、貴女にならできます」
レ級「宜候」
日向はこのやり取りを黙って見ていた。
レ級「日向遅いわ。置いてくからね?」
日向「それは困るな」
祭りは続く。
―― 夜 ――
提督「どうだ龍驤。俺は計画通りに今日を終えることができたぞ」
龍驤「穴だらけの計画やったけど劇は大成功やったな。ウチはそんなキミを愛しとるで」
提督「五臓六腑に染み渡るなぁ。俺が皇国一の幸せ者だったか」
龍驤「よっしゃ、寝る準備できたよ」
提督「ありがとう。それよりウヰスキーなんかどうだ? 今日というこの日を祝いたい」
龍驤「ええから」
提督「日本酒にするか? ええい、どっちも持ってくか」
龍驤「なぁ、こっち見て?」
提督「応とも! おぅっ?」
龍驤「わからん事ないよな? ウチらカッコカリとは言え夫婦やで」
提督「……鉄兜はどこだったかな」
龍驤「そんなもんいらないよ」
龍驤「不束者ですがこれからもよろしくお願いします」
爆発四散! 龍驤の言葉は提督の爆発反応装甲を起動させた。
提督「我、夜戦に突入する!」
――――――
――――
――
―― 電と鳳翔 ――
鳳翔「これですべて片付けられました」
電「ありがとうなのです。せっかくですので2人で呑みましょう。電が持ってきたのです」
鳳翔「では私もこちらを」
互いにメタノール瓶を差し出す。
電「あ」
鳳翔「あら」
電「今日はどうでしたか。最後まで通してみると司令官さんが本当にやりたかった劇が分かった気がするのです」
鳳翔「奇遇ですね、私にもわかりました。あの披露宴がすべてを物語ってます」
電「答え合わせしちゃいましょう」
鳳翔「はい、せーの」
「「茶番劇」」
電「『愛してる、龍驤。俺とケッコンしてくれ!』」
鳳翔「『ウチもキミのこと愛しとる。ケッコンお受けします』」
鳳翔「何年かけたんでしょうね、この言葉を言うのに」
電「もう思い出せないのです。それでもおめでたいのです」
鳳翔「乾杯ですね。音頭をお願いします」
電「はいなのです」
「「この海の平和に」」
おしまい
乙
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