八幡「メガネにするか、コンタクトにするか」 (225)
最初に
なるべく原作のキャラをなぞったつもりですが、
八幡の行動、考え方に私の個人解釈が含まれてます。
オリキャラが1名登場します。
また、私の語彙力不足、構成能力不足により
展開が強引と感じるあることをお許し下さい。
これらを許容いただける方の暇つぶしになれば幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1429243815
放課後の奉仕部は基本的に静かだ。それは外から運動部の声がよく通る程、物音はほとんどない。
目下の議題は俺の視力である。最近黒板の文字が見えづらい。視力の低下を感じて眼科へ行ったところ、左0.6、右0.5ということで日常生活に支障はないものの、授業は座る場所によって困る程度のレベルである。
依頼が来ない事を良い事にメガネにするかコンタクトにするか。
「ちょっと聞いていいか」
「相談かしら」
「まぁ、そんな様なもんだ」
スマホ画面を見せながら眼鏡とコンタクトについて聞いてみる。
「なぁ、どっちがいいと思う」
「なぜ私に聞くのかしら。私は別に視力は悪く無いのだけれど」
「なんでも知ってそうだからな。こういうのも知ってるもんかと」
俺の中でユキペディアさんの信頼はそこそこ高い。
その時、勢い良くドアが開かれる。
「やっはろー!」
「おう」
「こんにちは、由比ヶ浜さん」
「ん?なんの話してたの?」
「比企谷君が眼鏡とコンタクトどっちがいいかと聞いてきたので、考えていただけよ」
由比ヶ浜はメガネとコンタクトかぁーと呟きながら思案する。
「やっぱり眼鏡かな。コンタクトはスポーツしなければ関係ないって聞いたことがあるかも」
「そうね、特にスポーツをする必要がなければ手入れも少ない分良いのではないかしら」
単純にメガネよりコンタクトのほうが維持に手間も時間もかかるなら、そっちのほうが楽だわな。
しかしメガネか、ただでさえ薄い存在感が一層暗く沈まないか。
まぁ、既に殆どのクラスメイトから認識されてねえけど。
「手入れやメンテナンスも考えるとそっちのほうがいいか、雪ノ下、由比ヶ浜サンキュー」
というわけで、店も空いてるうちに帰ることにしよう。どうせ今日はもう依頼もないだろうし。
「依頼も無いようですし今日のところは帰りましょうか」
「うん、またねゆきのん」
「ええ、さようなら由比ヶ浜さん」
あのー、俺への挨拶は無いんでしょうか。明日から来なくても良くない?
翌日、教室で眼鏡を掛けたり外したり。細かいところも見えるが、こりゃ時間がかかるな、世界が歪む。なんか別世界に飛ばされてる直前の画像を見ているような視界だ。そして飛んだ世界でモブキャラ的な扱いをされて死ぬわけだ。死んじゃうのかよ。
「ヒッキー、やっはろー」
「その挨拶アホっぽいからやめろ」
「小町ちゃん彩ちゃんも使ってるのに!あ、ヒッキーメガネしてる!」
「ああ、昨日帰りに買った。最近のメガネは早いのな、1時間でできるから着けて帰ったが世界が違って見えたぞ」
まぁ、世の中には見たくないもの、見ないほうがいいものがたくさんあるがな。
友達だと思っていた奴が裏でどう思っているかとか。八幡知ってるよ。知らなくていい情報は絶対あるってこと。
「そんなに悪かったんだ。んー、ちょっとこっち見て」
「めんどい」
「ちょっとくらい良いじゃん!」
そんなに見たいか?まぁ触れてくれるだけありがたいのか。クラスに一人くらいいるよな、あからさまにいつもと違うのに触れたほうがいいのか反応に困るやつ。
そんなやり取りをしていると、戸塚が入ってくる。
「八幡、おはよー」
「と、戸塚ぁ!おはよう!今日も可愛いぞ」
「もう!あ、八幡メガネ似合ってるね!正面から見ていいかな!」
「もちろんだ!どっちを向けばいい」
「ヒッキー、彩ちゃんの時は態度違いすぎ」
わかってねえな、戸塚だぞ。俺の天使に言われて反応しないなど許されるわけがない。時代が時代なら、手打ちまである。法律?俺が法律だ。
「八幡メガネ似合うね。きっとモテるよ」
「バカ言うな、俺はお前が見て貰えるなら他には何もいらん」
あぁ、戸塚!戸塚はなぜ戸塚なの?Raphaelの転生だとしたらこの出会いに一生感謝するまである。
「でも、ホント似合ってるね。ヒッキーがこんなにカッコいいなんて。……目が腐って見えないからかな」
嫌なオチがついた、俺の目は一体どんだけ価値を下げてるんだよ。
やはり世間が俺に優しくないのが悪い。
「でも僕も良いと思うよ。なんかデキる人みたい」
「戸塚のためなら、どんな無理難題にも立ち向かうぞ」
由比ヶ浜から『駄目だこいつ早く何とかしないと』というオーラが感じ取れたが、そんなことを気にしていたら戸塚への愛は伝えられない。人生に障害は付きものである。
そんなところで始業のチャイムが鳴り、話はそこで終わった。
その後の授業は無駄にはかどり、あっという間にお昼時である。
いつもの場所に向かう途中、平塚先生が俺を見つけて手招きしている。
最近の己の行いを思い返すが、特段先生の琴線に触れる事はしていない、と思う。
どうせ逃げ切れないのなら大人しくしたほうがよさそうだ。
期待
だけど酉じゃないと乗っ取られやすくないか?
「比企谷。調子はどうだ」
「いつも通りですよ。何の要件ですか」
「まぁ、大した手間はとらせないつもりだ。少しいいか」
「手短にお願いします」
平塚先生は俺をまじまじと見るとふむ、と人呼吸置いて雑談を始めた。
「今日から眼鏡にしたか」
「はぁ、最近黒板の文字が見づらくなりまして、それが何か」
「こういうのは老婆心なんだが、多分君の容姿でトラブルが起こる可能性がある」
俺の容姿でトラブルって何だよ。またキモ谷とか言われるのかよ。はやりコンタクトにしておくべきだったか。
「今更気持ち悪い呼ばわりわされても諦めてますよ、コンタクトにしておくべきでした」
>>8 一気に投下するので大丈夫かと
だが返ってきた答えは意外なものだった。
「逆だ。君の眼鏡によってその特異な目の悪い要素が隠れている」
つまり由比ヶ浜が言ったように腐っている目が目立たなくなったという事らしい。
「でも、それがトラブルになることなんてありますかね」
「君も自ら言っているだろう。目が腐っていなければ容姿は悪くないと」
「それだけなら悪いことにはならないんじゃないっすかね」
「まぁ、悪いことではない、心に留めておけ」
謎かけをして去っていく。禅問答とかそういう類か。
悪いことでなければ良いんじゃないの?意味がわからない。
俺の目が原因でトラブルが起きるのはまぁわかる。
しかし、因果関係がいまいち腑に落ちない。
その理由がわかるのは数日後の事だが、俺はまだ知る由もない。
体育は走るたびに眼鏡が動いてかなりイライラする。視力が大きく関係ない陸上関係のスポーツはともかく、球技全般はキツイ。スポーツ選手がレーシックを受ける理由がなんとなくわかった。
「八幡よ、眼鏡をかけたそうだな」
「見りゃわかるだろ。何か用かよ」
「いや、我と同類になっと聞いてな。心境を聞きに来たのだ」
「いつからお前と同類だ。そもそもなんの話だ」
「もうちょっと乗ってくれても良くないか。我メンタル強くない」
相変わらず早いのな、もう少し己を通せよ。
「材木座、眼鏡をかけてスポーツする時はどうしてる」
「我の場合、自分に出来ることをするのみ!それが役割と言うものよ」
「要するに球拾いだな。物はいいようだ」
聞いた相手が悪かった。そもそもこいつがスポーツをする姿なんて想像できない時点でやめときゃよかった。
しかしそうなると戸塚とのテニスに付き合うこともできないか。やはりコンタクトにすべきだったか。
「何を言う、競技にも色々あるではないか」
「ほう、聞いてやる」
「弓道や空手など眼鏡の有無を主としないものであれば、その限りではない」
まぁ、それはそうだが。俺がそれらをやるタイプに見えるか。どう考えても見えねえだろ。
「又は使い分ければ良いだけだ。今はコンタクトレンズがあるからな」
「もういいぞー」
「まぁ他には?」
後は喋りたいだけだから適当に相槌を返すことにする。
元々困っているわけでもない。
その後は適当に流して体育も終わった。
午後の体育のあとはやる気は無いのが常である。
放課後は帰宅したいところだが、義務を怠ると正論と理詰めで責られるため、重い足を引きずり奉仕部へ向う。
「うす」
部室にいるのは部長様である。由比ヶ浜は用事があるとかで来れたら来るとのこと。俺の場合来れたら来るは来れない時の言い訳率8割を超える。
「こんにちは比企谷君」
雪ノ下は珍しくノートPCを開いて依頼内容の有無を確認中か。
一通り目を通すと、画面を閉じて俺の方へ向き直す。
「特にないみたいだな」
「その方が学校としては良いのではないかしら」
「そうだな」
「由比ヶ浜さんは来るのかしら」
「用事があるそうだ。来れたら来るらしい」
「そう」
ノートPCを片づけると、持っていた文庫を開いてそのまま読書を始める。
「その眼鏡、昨日買ったのかしら」
「あぁ、買った」
俺の方を怪訝そうに見る。俺は見世物としては低能だぞ。
「印象が変わるのね」
「そうらしいな。由比ヶ浜と平塚先生には同じ様なことを言われたな」
「何故かしら、不気味ね」
お前の語彙力ならもう少し言い方があるだろ。一日一回は罵倒せずにいられないの?病気なの?
「やっぱりコンタクトのほうがいい気がしてきたな」
「あら、私は眼鏡の方が良いと思うのだけれど」
あなた一瞬前まで罵倒されてましたよね。
「目が腐っていないあなたの顔に違和感を感じただけよ。相変わらず被害妄想が豊かね」
普通不気味と言われたらネガティブに捉えますが。俺も捻くれてるが、お前も大概だな。
「そうかよ」
「ええ、似合ってるわ」
けなしたり褒めたり忙しいですね。
結局俺の予想通り由比ヶ浜が来ることなく帰る事になった。
俺の眼鏡は好意的に解釈するなら悪くはないらしい。まぁ、当分はかけて過ごすか。この変な違和感にも慣れないとキツイし。
雪ノ下は職員室へ寄るため、俺はさっさと帰ることにする。
自転車置き場へ行く途中、サッカー部からボールが飛んできた。
「あっぶねーな。サッカー部」
ボールを拾うと取りに来た一色に投げ返す。
「すみません。ありがとうございます」
「気をつけろよ」
一色は俺の顔をマジマジと見てくる。何なの何かついてるの。お前と同じ目と鼻と口があるだけなんだが。
「……先輩?」
「とうとう顔まで忘れられたか」
一色はふーんとか、へーとか言うと余所行きの笑顔で話しかけてくる。
「眼鏡似合ってますね」
「そうかよ」
「印象が違ったので驚きました。伊達ですか?」
「視力が落ちてな。授業のみでも良いんだが、慣れようと思って付けてるだけだ」
この日何度か説明した話を繰り返す。
「そうですかー、喋らなければモテると思いますよ!」
「嘘乙」
「なんですか、せっかく褒めたのに酷くないですか!」
「裏があると思うのが俺だ。お前の場合は特にな」
ぶー、と剥れるまでがこいつのあざといところである。
「じゃーな」
「はい、お疲れ様です」
眼鏡初日は思ったより疲れた。慣れるまで続くと思うと憂鬱だ。
見違える光景に驚きながら、いつもと同じ道を帰った。
眼鏡生活も二週間が過ぎようとしていた。予備校に通う生活も徐々に日常生活の一部になりつつある。
俺も川崎もお互い一人だが、どうしてもバッティングして受けれない場合は情報交換することもある。
気を使わなくていい関係は楽でいい。
「よう、古文のノート見せてくれ」
「漢語と交換ならいいよ」
こうして効率化が可能だ。win-winだな。
俺が古文のノートを借りていると、川崎が話しかけてくる。
「あんた、雰囲気変わったね」
「どこがだよ、変えた記憶ないぞ」
「あたしはたまに聞かれるよ、あんたの事」
なんだそれ。あいついつも一人だよ、ぼっちなんじゃないの、とかだろ。
「この前は名前聞かれたかな、海浜の女子だったよ」
名指しで嘲笑う為だな、そろそろ自殺を視野にいれなければならない。
「しかも、あだ名つけられてるし」
予備校でも居場所がないとか、俺の人生ハードモードすぎるだろ。
学生でこれだ。社会に出るとか考えられん。専業主夫王に俺はなる!
「それがね、Kだって」
名前のどこにも引っかからねえじゃねえか。つけた奴のセンスが疑われるぞ。
「寡黙でクールだからだってさ、それでKだって」
反応に困るな。こう合う場合なんて返せば正解なんだよ。
「そうか」
「比企谷は必要最小限しか喋らないからね、あたしがあんたと喋るのを知ってる人が恐る恐る聞いてきたよ。Kと付き合ってるんですかってね」
は?今なんて言った?
「おいおい、なんの冗談だ」
「そこであんたがKって呼ばれてるのを知ったのさ、もちろん否定しておいたよ」
どいつもこいつも予備校を何だと思ってるのかね。大学受験じゃねえのか。何でも色恋に結びつけるなよ。
「わりぃ、迷惑かけたな」
「あたしは良いよ。でも学校でも流てるらしいね。既に噂が独り歩きしてるかも」
マジかよ。もう学校行きたくねえ。なんでそっとしておいてくれないんですか。おかしいですよ!カテジナさん!
「それってうちのクラスでもあんのか」
「そこまでは知らないけど、由比ヶ浜とか詳しいんじゃないか」
スクールカースト上位なら知ってるか、今後の生活に支障をきたすようなら考える必要があるな。
「サンキューな、色々と」
迷惑をかけられてもかけるのは俺の主義に反する。こいつの家庭環境をなまじ知っているから余計にそう感じる。
「あたしはこうして情報交換出来ればいいよ。しかしあんたも大変だね」
「家事に下の面倒見てるお前に比べたら全然だ。ホントお前を娶るやつは幸せだろうよ」
「あんた馬鹿じゃないの!そういうこと言うからっ!このシスコン」
「うるせえブラコン」
「なんか言った?」
「キノセイダロ」
さて、まだまだかかりそうなのでノートは借りてコピーを取らせてもらう事になった。
最後の方で養うのが増えても、とか聞こえたかもしれんが俺は目下の問題が最優先だ。
川崎は由比ヶ浜ならと言っていたが、他に知ってそうな奴は……。
帰りがけに電話をする。期待薄だが出るか……。
「珍しいな八幡よ!我に何のよ」
ツー、ツー。
ついムカついたので切ってしまった。
こういう時にあのテンションに付き合うのはなかなか体力の消耗が激しい。
お、コールバックだ。頼むから普通にしてくれ。
「わりぃ、切れた」
「ねぇワザと?ワザと切った?」
「電波だ、安心しろ」
こういう時にフォローすると後々の付き合いが円滑に進むらしい。人付き合い(材木座限定)も出来る俺マジ有能。
「少し聞きたいことがある」
「我は構わぬが。今は駅前のゲームセンターにいる」
ゲーセンならここから近いな。じゃ、いつもの場所だな。
「いま予備校が終わったところだ。サイゼまで何分で来れる」
「五分と言ったところだ」
「上等だ、四〇秒で支度しろ」
「それ無理」
ブツ、ツー、ツー。
あいつが朝倉やっても可愛くねぇ。もう少しキャラ考えろ。
まぁフォロー()しておけばいいだろ。材木座だし。
サイゼに着くと材木座が店の前で待っていた。
「八幡!待ちわびたぞ」
「何だよ、先に入ってればよかっただろ」
「いや、中に居なかったのでな」
基本的に人見知りだったな、こいつにとってはアウェイだったか。
「悪いな、ドリンクバーくらいは奢ってやるよ」
「うむ、では行くぞ」
店内に学生があまりいないのは好都合だ。奥の席に通されるといつも通りドリンクバーを注文し、俺はガムシロ5杯のアイスコーヒー。材木座はアイスココアだ。
「さて、今回我を呼び寄せた理由を聞こうか」
面倒くさいが相手にしないと始まらないので無視して話を進める。
「学校で俺の噂が流れてると聞いたが、何か知っているか」
「聞いているぞ。この裏切り者が」
裏切り者とは失礼だな。そんなことをして俺に何のメリットがある。こっちが依頼している身だし下手に出るか。
「そうか、お前なら知っていると思ったのは正解だったな。知っているなら内容を聞きたい」
その一言でテンションを上げる材木座は饒舌に語りだした。お前ちょろ過ぎじゃね。
「今学校で聞いているのは、八幡がクールなイケメンという噂だ。三年と一年では少なからずその話が聞こえてくる」
「ソースは」
「食堂や園庭だな。学年は女子のリボンの色だ」
「二年に広まっていない理由は」
「これは想像だが、お主のクラスにイケメンがいるからだろう。それに我らの学年では文化祭での一件もあるしな」
文化祭で有名になりすぎたからな。引き立て役は辛い。
しかしこの程度は俺の意図を組んで答えてくるくらいだから、こいつ頭は悪くないんだよな。バカだけど。
「他に聞きたいことはあるか」
「詳細はどの程度知っている」
学年でこうも浸透性が異なる理由がよくわからない。二年はともかく一年と三年に広がるには理由があるはず。
「三学年からは、八幡のクラスにイケメンがいるという程度だ。あとは常に孤高だと聞いた」
表現はともかく、それはほぼ俺で確定だな。
「あとは、文化祭の影の立役者という事も聞いたな」
ほぼ絞れたな。出処の想像は出来た。
「一年は」
「こっちも基本的には似たようなものだ。違うのは文化祭ではなくクリスマス会だったか」
あいつか。しかしなんでまた面倒なことを。
思わず頭を抱える、面倒ごとが増えるのは御免被りたい。
「サンキュー材木座。十分だ」
「何、我の手にかかればこの様な事など造作もない」
さて、情報元の想像はついたがこれからどうするか。考えはまとまらないがあいつらに相談から始めよう。
その後は材木座の書いているラノベの設定について徹底的にダメ出しと修正案を提示した。課外で部活動までするなんてどんだけ働き者だよ。
むしろ社畜か。絶対に働きたくないでござる。
翌日、普通に過ごしているだけなのに妙に居心地が悪い。知るとこんなにも変わるもんか。
川崎は普段と変わらない、由比ヶ浜も同様だな。戸塚は今日も可愛い。これ不変な。
今は悩んでも仕方ない、取り敢えず授業に集中するふりをしながら今後に着いて考えるか。
最終目標が噂の沈静化なのは決まりとして、問題はどう沈めるか。
それと周りに及ぶ影響、これは早めに手を打ちたい。川崎みたいに話を振られて俺もそいつも嫌な思いをするのはゴメンだ。
あとは、実際に俺に来られた場合。これは無視で良いか。まぁ来る奴がいないとは思うが、何とも言えないな。
気付くとチャイムが鳴っている。さて、我らが部長様にお伺いをしてみますかね。
由比ヶ浜に声をかけられて奉仕部へ。心なしか視線を感じるのは気のせいだと思いたい。
「おっす」
「やっはろー」
「こんにちは由比ヶ浜さん、比企谷君」
そこからはいつも通りのポジションである。由比ヶ浜は雪ノ下の隣に椅子を用意し、俺は長机の端に荷物を置く。
「雪ノ下に由比ヶ浜、相談があるんだが」
「え!ヒッキーが相談なんて珍しいね。どうしたの?」
「学校内で噂になっている話だ。二人共知ってるか」
雪ノ下も由比ヶ浜も反応が鈍い。思い当たるフシが無いのかもしれない。
「俺に関する話らしいんだが」
その瞬間二人共あー、という反応を示した。
「あれヒッキーの事だったんだよね」
「確かに比企谷君のことね。最初聞いた時は耳を疑ったわ」
「安心しろ、俺もだ」
三人の意識が合った所で話を進める。
「それで、相談内容を伺ってもいいかしら」
「俺からは三つ、ひとつは噂の沈静化。次に噂を聞きつけて俺の周りの奴らに話しかけてくる奴らの排除、最後に俺自身に話しかけられた時の対処方法だ」
雪の下は手を口元に添えて考える。由比ヶ浜は机に肘をつけ、手のひらで顎を支えて考えている。
由比ヶ浜だけ宿題で悩んでいる小学生のように見えるのは俺の抱いてる印象の差か。
「噂の沈静化をする必要あるかしら」
「いや、あるだろ」
「わたしもあまり必要ないかなーって」
「いやいや、相談者俺だから」
「逆にあなたは何故沈静化したいと思うのかしら」
「そりゃ学校に居辛いからだ。ぼっち体質の俺に注目させようものなら、俺の学校生活は真っ暗だ」
由比ヶ浜からえー、という声がする。
「でも、良い噂なら今までの悪い噂をフッ素?出来るじゃないかな」
「由比ヶ浜さん、払拭と言いたかったのかしら」
「そうそう!それそれ!ありがとうゆきのん!」
相変わらずゆるゆりしてるな。悪いが大事件なのは俺の方だ。
「今更だろ、文化祭で協調性のない扱いづらい奴のままで良い」
「むぅ、せっかくヒッキーが良い意味で有名になれると思ったんだけどな」
「そうね、元々の依頼であるあなたの更生という事なら、このまま勧めたいところなのだけれど」
そう言うと二人して俺をじっと見てくる。な、何だよ。
「でも、ヒッキーが自分から相談者してくるなんて嬉しいな」
「私も驚いたわ。更生する気など無いと思っていたから」
好き勝手言いやがって。逆に一人で片付けようとしたらお前ら絶対怒るじゃねえか。
俺なりに処世術を実践してるだけだから、奉仕部への依頼だけなんだから、か、勘違いしないでよね!
「依頼内容はわかったわ。対処については私たちに考えさせてもらって良いかしら」
まぁ、依頼している方だからそれは構わないが。
「余りにも俺のポリシーに反するようなものは却下するぞ」
「大丈夫よ、あなたを説得するくらい訳無いわ」
口じゃ負けないということですか。依頼なんて慣れないことしたのは失敗か。
「大丈夫だよ!ヒッキーの悪いようにはしないからね!」
あんまり笑顔で優しく話しかけないで、好きになっちゃうだろ。
全くお人好しにも程がある。大体俺の問題なんだから一人で片付けろって話なんだろうけど、周りがそうさせてくれないなんて皮肉のようなもんだ。
居心地悪すぎて早く帰りたい。
それにしても自分の思わぬところで話が進むのは、なんともむず痒いもんだな。
雪ノ下と由比ヶ浜から解決案を貰ったのは相談から2日後、今日の事だ。
昨日の下校時にとうとう下駄箱に投函される自体が発覚したので、その件がメインである。
しかし、手紙なんて不幸の手紙以外貰った事などないので、取り扱いに悩むことこの上ない。
それに見ず知らずの奴からとか経験上怖すぎる。
因みに俺の経験上の対処は何もしないである。動かざること山の如し。
で、今は奉仕部にいる訳だが二人の反応は微妙である。
「もしかしたらとは思ったけれど、比企谷君がラブレターをもらう日が来るとは、青天の霹靂ね」
「ど、どういう意味?」
「お前はもう少し勉強しろ、大学行く気あるのか」
「総武高受かったから大丈夫だよ!た、多分」
お前ホントどうやって受かったんだよ。俺的総武高校七不思議の一つだぞ。因みに残りの六つは全て戸塚絡みだ。
「明後日の放課後に呼び出しね。一応対応については考えているけれど、参考にあなただったらどうするか聞いてもいいかしら」
「無視する」
「ダメだよ!ちゃんと返事してあげないと!」
言いたいことはわかる。確かにそれは正しいんだろうが。
「この手のイタズラには散々やられてきたからな。俺なりの経験論からだとこれが妥当なんだよ」
「あなた、よくそれで今まで生きてこれたわね」
同情なのか憐れみなのかわからんけど、本気で泣けてくるので程々にしてもらっていいかな。俺のライフが限界突破しそうなんだけど、マイナス的な意味で。
「でも、今回は私も由比ヶ浜さんの意見に同意するわ」
「それはあり得ないだろ」
「心配はいらないわ。この場所には私と由比ヶ浜さんも陰ながら様子を見させて貰うつもりなのと、噂の検証をした結果悪い事にはならないと思うから」
何故そこまで自信満々で言い切れるのかね。俺は自分の経験からどうしても明るい未来が想像出来ないんだが。
俺の反応が鈍かったのを気にしたのか、雪ノ下は言葉を続ける。
「それに、依頼主のことは私が守るから」
……今、物凄く恥ずかしいセリフが聞こえたのは気のせいだよね。
「お、おう」
すると横にいた由比ヶ浜が余計なことを言ってくれる。
「わー、ゆきのん大胆」
するとその言葉を反芻したのだろう、クールな雪ノ下の顔が徐々に赤くなる。珍しい物を見てしまった。あと由比ヶ浜さん、せっかく流そうと思った俺の配慮をもう少し汲んでください。
「と、とにかく安心しなさい。私達がちゃんと守ります」
「うんうん、だからヒッキーは安心してこの指定場所に向かっていいからね!」
珍しいものが見られたが大丈夫なんだろうか。雪ノ下がここまで言うなら、俺は信じるしかない。しかし信じるね、一年前の俺には縁がないどころか存在すら危ぶまれるレベル。そういえば数年前に同じ様なことを言ってた内閣総理大臣がいたな。trust meだったっけ。
「お前らがそこまで言うなら覚悟決めるしかないか、どうせ俺に選択の余地は無いしな」
俺の発言がよほど意外だったのだろう、由比ヶ浜が目を丸くしていた。
「もっとゴネると思ってたのに、ヒッキーどうしちゃったの?」
「さぁな。で、どう断ればいい」
「断るの前提なんだ」
由比ヶ浜は少々呆れ顔ながら、どこか嬉しそうなのは相手が可哀想だからだな。いや、だって怖いじゃん。見ず知らずの人から呼び出しくらったら穏便に断るのがセオリーでしょ。危険予知した上で対策するのは常識だろ。
「無難な答えとしては数パターンあるけれど、由比ヶ浜さんならどうするかしら」
「やっぱり、他に好きな人がいるとか、受験で今は付き合うのは考えられないとかが良いと思うよ!」
「セオリーかつ無難だな」
「少なくとも嫌いじゃない事が相手に伝われば悪い雰囲気にはならないと思うよ」
コイツなりに色々あるんだろうな。アホの娘だけど。上位カーストならではの悩みか。
「それが良さそうね。私の場合はあまり勧められないから」
その言葉に由比ヶ浜が飛びつく。犬かよお前。でも大体想像つくだろ、雪ノ下だぞ。
「ゆきのんはそういう時どうするの?」
「相手の人となりを知った上で断るわ」
「んー、どういうこと?」
「具体的には、そうね」
すると雪ノ下が俺の方を見て距離を詰める。えっと、なんの御用でしょうか。
「比企谷君の場合はある程度知っているから確認しないけれど、どんな人間なのか、長所、短所などを申告してもらうかしら。その上で私が引っかかるところを答えて貰って詰め寄ると相手が何も言えなくなって去っていくわね」
完全に品定めじゃねーか。理路整然と振られるって相当なトラウマものだぞ。完全否定かよ。
「だから、あなたの様な自分を蔑ろにすると人は付き合えないわ」
あれ、これ俺に言われてる?
「告白してないのにフラレるとか斬新過ぎて反応できないんですが」
お前、少し前に依頼人守るって言ったじゃねぇか。依頼人クリティカルヒットでオーバーキルだよ。瞬殺だろ。
「と、まあこんなところね」
「お前もう少し相手の事考えてやれよ。相手によっちゃ自殺するぞ」
「ちゃんと相手を選んで発言するから大丈夫よ。こういう事は大抵自分に自信がある人間にのみ伝えるわ」
お前には俺のどこに自信があるように見えるのかと、その辺ハッキリさせる必要があると思います。
さて、対策は何となくなりそうだが残りについてはまた今度だそうだ。
家に帰り、カバンを下ろすと手紙の内容を見直す。一年、年下か。女の子らしい便箋に書いてある文字を見ると穏やかで抜けてそうなイメージが湧く。
おい葉山、お前だったらこういう時どうするんだよ。
こういう時授業の内容は全然使えないな。小町に相談するのは、ひやかされるからやめとこう。
そして当日。必要以上にビビっていないのは、対策のおかげか二人の後ろ盾か。
待ち合わせ場所に選ばれたのは、放課後の食堂だ。確かに人も少なくてありがたいのだが、周りから丸見えなので一刻も早く終わってほしい気持ちが強い。
どうせならイタズラのほうが気が楽かもしれん。
奉仕部の二人は死角から見てるらしいが、俺からは見えない。ホントにいるんだろうな。
そして椅子に座って待ってると、一人の女の子が入ってくる。
見覚えはない。大人しそうな子だ。よく手紙なんか出せたなと思わせる雰囲気が伝わってくる。イメージ的には艦これの羽黒が近いか。
彼女は座っている俺の前まで来ると、二、三度深呼吸をしてから声をかけてきた。
「あ、あの!」
「手紙の送り主?」
「は、はい!そうです」
後半尻すぼみになる弱々しい声に緊張が伝わってくる。
そしてそこから言葉が出てこないらしい。俺も余裕は全くないが、冷静な自分の声が訴えかける。
俺はゆっくりと彼女に向き合うように立つと、自らを落ち着かせながら話しかける。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「そっか、要件を聞いても良いか」
彼女は意を決して俺に告白を始める。
「あの、私比企谷先輩の事、かっこいいなって、その、クリスマス会私も見てました。幼稚園の子どもや小学生が出ておじいさんやおばあさんも喜んで、見てる私も楽しかったです。企画が生徒会って聞いたんですが、比企谷先輩が色々頑張って動いてたと聞いてきっと凄い人なんだって思って……」
嬉しさと恥ずかしさがあった。同時に彼女の強さと言葉に射抜かれるような鈍さが絡みつく。
「だから、最近噂に聞いた人が比企谷先輩って聞いて、その、どうしても気になって」
どうして俺相手に、そこまで想える。
「私、比企谷先輩の事好きです!お付き合いしてください!」
彼女は深々と頭を下げた。その姿は誰が見ても茶化すことなどできない。それを俺は受け止め、今からこの娘に返事をしなければならない。だが回答は彼女の望むものではなく、拒否という意思を突き付けなければならない。俺が、常に誰からも必要とされず疎まれ、距離を置かれていた俺が。
用意していた言葉が出ない。これが彼女の本気なのだ。会ったことも無ければよく知りもしない俺に。ただ噂で聞いて少し気になる奴に。
「お、俺は」
言葉が続かない。
「俺は……」
俺は受験でそれどころじゃないからごめんなさい。と言うハズなのに。
「お……れは……」
体が震えて、汗が流れる。手は強く握りしめ、全身が自分の意思で制御出来ない。歯を食いしばれ、伝えなければならないことがあるんだろ。
「……すまない」
頭を下げてそう絞り出すように漏らすのが精一杯だった。受け止めきれなかった。彼女の本気もその覚悟も。用意していた答えは誤りじゃない。だが不誠実に思えた。ありきたりの回答も、断る事と決めつけ考えることを放棄した俺自身も。
彼女は俺の返事を聞くと、出来るだけの笑顔で俺を見る。
「何で……先輩が泣きそうな顔してるんですか。……ごめんなさい。ありがとうございました」
彼女はそう告げると、足早にその場を去った。
しばらく、そのまま時間が過ぎた。今はリノリウムの床しか見えない。体は俺の意を介すことなく。声を出すことも怪しい。
そのままの姿勢で立ち尽くす俺の前に、物悲しく柔らかい声が耳を打つ。
「ヒッキー……」
「比企谷君……」
二人ともそれ以上何も言わない。言えないだろうなこんな状況じゃ。
顔が上げられない。腕も足も無理そうだ。カッコわりい。あんなに考えてくれた二人にも申し訳ない。
由比ヶ浜は温和な足取りで一歩踏みだすと、包み込むように俺を抱きしめる。
「ヒッキー頑張ったね」
辛い。人の好意が重い。何故こうなったのだろう。悪くない。勇気を振り絞った彼女も、見守ってくれた二人も。
俺には荷が重すぎた。こんなハズじゃなかった。浮かれた気持ちはなかったハズだった。真面目に答えようとした。彼女はどんな気持ちだったのだろう。今日という日をどんな想いで迎えたのだろう。振り絞って踏み出した先にある希望を掴もうとしたはずだ。それでも俺の言葉が断ち切った。報われないなんて、あんまりだろ。
「比企谷君」
凛とした声が食堂に響く。
「あなたは何も間違っていないわ。でも悲しませてごめんなさい。悪いようにはしないと言ったのに」
やめろよ、俺が何もできなかっただけなんだ。俺にはそんな言葉をかけられる様な奴じゃない。そんな言葉を投げかけられる資格も権利もない。
「悪い、今は一人になりたい」
由比ヶ浜が部室から持った鞄を俺は力なく受け取る。また明日と言われたが声は出なかった。
家に着くと真っ先に自室のベットに倒れ込んだ。頭が回らない。耳鳴りがする。何の音も聞こえない。
世界に俺一人だけ取り残された気分だ。着替えることも、寝ることもできない。
いつまでそうしていただろう。十分、三十分、ほんの一、二分なのかもしれない。時間の感覚が分からない。
部屋のドアが物静かに開いて、意識が現実に戻る。この時間、俺の部屋に入ってくるのは一人しかいない。
「おにーちゃん。ただいまも言わないなんて、小町的にポイント低いよ」
いつもより優しい小町の声が、今は素直に甘えられない。
「わりぃ」
「何かあったの」
「色々な」
そっかと呟く小町の声音は部屋に消えた。沈黙が続く。時計の秒針が部屋に響く。
「結衣さんからメール貰ったよ。今日はお兄ちゃんの話何でも聞くから、言いたくなったら何でも言ってね」
「……サンキュ。愛してるよ小町」
「もう、しょうがないなお兄ちゃんは。今日はいくらでも甘えていいよ。小町的にはもうポイントカンストだからね」
ニッコリと笑う小町の顔を見て、恐る恐る抱きしめる。
「よしよし、全く小町がいないとお兄ちゃんはダメだなー」
頭を撫でる手がくすぐったい。さっきまで死にたかったのが嘘のように安心する。
「ホント、ダメな兄ちゃんだな」
「でも大丈夫だよ。お兄ちゃんがダメになっても、小町だけはちゃんと見ててあげるからね」
高校に上がって、これ程感情的になったことはなかった。
捻くれて、屈折して、やさぐれて。
寂しくて、悲しくて、苦しくて。
諦めて、放棄して、断ち切って。
嘘も欺瞞も猜疑心も生きていくために必要だから身につけた。
自分を守れるのは自分だけだと気づいた時、苦しみや悲しみより感じたのは空虚だった。
卑屈でも屈従でも構わない。自分だけは曲げたくない。曲げられない。
更生なんてあり得ない。綺麗事など誰も救われない。
でも、そんな世界でも見守ってくれる家族がいる。
「小町」
心配してくれる仲間がいる。
「なーに、お兄ちゃん」
ここまで追い詰められてようやく気付くとか最低なんだろうが。
「今まで辛いことばっかりで、良い事のほうが少なかったけど」
周りにいるじゃないか。
「少しだけ、生きてて良かったと思えるわ」
俺を支えてくれる妹とあいつらが。
その後落ち着いた俺は今日の出来事を話した。小町は相槌を打つのみで拙い言葉で喋る俺の話を辛抱強く聞いてくれた。
「お兄ちゃん、今まで身内以外の強い善意なんて経験ないからねー」
よく覚えていないのは確かだ。両親からもほとんど受け取った覚えがない。気付いたら兄妹で支え合っていたような感覚だ。
もちろんなかったわけじゃない。ただ嫌な記憶の方が印象深く残るのは、ある種の自己防衛本能じゃないか。
「一生懸命頑張っても報われない想いが自分の過去と重なって、そこからは」
「覚えてない感じ?」
無言で頷く。
「感受性豊か過ぎるよ。私に何かあったらどうするの」
「お前を置いていけるか、死ぬときは一緒だ」
あははーと笑う顔には複雑な思いが見え隠れしている。何だよちょっと本音を伝えただけだろ。
「お兄ちゃんの愛が重い。これじゃ当分兄嫁は期待できそうもないね」
そう言うも俺を気遣ってか俺の手を撫で続けてくれる。弱ってると人恋しいのは仕方のないだろ。これで小町ルート開拓出来ないとかマジ人生クソゲー。
「じゃ、落ち着いてきたみたいだから、私の意見を聞いてもらえるかな」
「あぁ、聞かないわけにはいかないだろ」
「でも、今のお兄ちゃんにはチョット荷が重いかもしれないから、これは私からのお願いだと思って聞いてね」
ここまでされて聞くだけじゃ、俺の立場がなさすぎる。涙の数だけ強くならないと俺の明日は来ない。
「今日告白してくれた女の子さんには、ちゃんと返事してあげてほしいな」
俺は一瞬だけ間を置くと妹の頭に手を置いて答える。
「わかった。頑張るわ」
「ありがとう、お兄ちゃん愛してるよ!」
「ばか、俺のほうが愛してるっての」
妹は何故こんなに理解してくれるのか。泣き言を言っても受け止めてくれる存在。今ではそれにもう何人か増えた。何だよ、随分恵まれたじゃないか。
それなら泣き言はここまでにしてもう一度立ち上がらないとな。妹に恥じても、かっこ悪くても、悲しませることはしないように。
翌日。
困ったときに人はどうしたらよいのか。助けを呼べばいい。非常にシンプルな話である。
だから俺は助けを呼ぶ。違うな、助けてもらう。所詮人が一人でできることには限りがある。雪ノ下だって限界はあるのは文化祭でもわかっていたことだ。だから俺は自分の手に負えないと判断し、奉仕部を頼った。それが正しいと思った。
正しさは人それぞれだ。人の数だけ正義があり誰もが正しいと信じて行動する。
自分が納得するために模索し、正解と呼べるものを見つけることで自分を慰める。
だが、客観的な判断が出来なければ、成果を上げることは難しい。
そんな時、助言を求める人を俺は一人だけ知っている。
職員室のドアを開けると目当ての人を探す。食べ終わったラーメンが机に置かれ、煙草に席を立ったその人は俺を確認し声をかけてくれる。
「どうした比企谷。悩み事か」
一発でわかるなんて、この人どんだけ俺のこと見てくれてるんだよ。
平塚先生。俺の数少ない信頼できる大人だ。
「そうか、事情は大体わかったよ」
教師の喫煙所に生徒の俺が入っていいのかは疑問が残るが、今は職員室の外にある喫煙所だ。
「俺なりに考えましたよ。分からなければこうして先生にも相談する程度には」
煙草の煙が宙を舞い溶けていく。いつもは気にもならない大人の余裕が今日は俺を苛立たせる。
「君たちはまだ学生だ。だが特権でもある。間違えることは恥じることではない」
「恥なんてもう何処かに置いてきましたよ。今更です」
恥も外聞もどうでも良い。そんな物は問題解決にはただの足枷でしかない。
「随分と焦っているようだな。こういう時こそ冷静になれば難しいことでは無いよ」
少し呆れた声が今の俺にはひどく不快だ。どんだけ余裕無いんだよ俺は。
「もっと自分に正直になれ。お前たちはどうしてそう急ぐ。問題の本質は何だ。落ち着いて考えてみろ」
「急ぎますよ、でも正解がわからないから聞いているんじゃないですか」
「まだわからないか。眼鏡はきっかけで問題ではない。シンプルに考えればいいだけだ」
シンプルに考えろ、か。今回のきっかけはメガネ。その結果年下の女子に声をかけられた。
俺はそれに答えようとしたけど、期待に応えられない自分に絶望した。
問題の本質は、俺だ。
「理解したようだな」
なんだよ、どんだけ俺のこと理解してくれてんだよ。結局のところ俺は全然この人に敵わない。
「なら早く行け。お前には頼りになる協力者がいるだろう」
ニヒルに笑うとホントかっこいいんだよな。何で結婚出来ないんだ。
俺があと5歳、もしくは先生が5年若ければ、もっと真剣に考えたんですけどね。
今日は由比ヶ浜とまともに顔を合わせていない。休み時間は一人納得行くまで考えたかった。それに俺から話しかけてくるのを待っていてくれたようにも思える。
一人であれだけ悩んだものが悲しくなるほどあっさりと昼休みには瓦解し、理解した。
既に奉仕部には俺を待っている二人がいる。
ドアの前でひと呼吸おいて、ゆっくりとドアを、開く。
俺と交じる二人の視線、由比ヶ浜は悲しみと笑顔が混じったような顔で、雪ノ下は安堵と笑みを俺と交わす。
俺の前まで駆け寄ると、二人から喋りかけられた。
「良かったよー!昨日は死んじゃうかと思ったんだから!」
「わり、もう大丈夫だ」
雪ノ下はいつもとあまり変わらない。でも心無しか今日は雰囲気が柔らかい。
「もう大丈夫なのね」
「ああ。世話かけたな」
なんだよ、ちょっとへこんだだけだっての。心配しすぎだろ。
「ここまで早く立ち直って来るとはね。全くあなたのメンタルの強さには呆れるわ」
全くだ。全部お前らのおかげだよ。絶対に言わねえけどな。
二人に向き直り改めて依頼内容を言い放った。
「昨日は迷惑かけて悪かった。でも他に頼れるやつがいない」
今は頭を下げることしかできない。
「彼女にきちんとした返事をしたい!手伝ってくれ!」
二人は明るい調子で応える。やっぱりこいつらに頼んだのは間違いじゃなかった。
「勿論だよ!」
「奉仕部は誠心誠意あなたのことをお手伝いします」
昨日のやり直しをするには色々と準備がいる。まずは計画と認識を合わせからだ。
「一応俺なりに考えてみた。だからあとは実行に移せるようフォローしてほしい」
「依頼の内容を伺うわ」
「実は彼女が一年の何組にいるかもわかっていない」
手紙には一年としかなかった。クラスがどこなのか、どんな部活なのか相手のことを何も知らない。
「名前はわかってるんだけどねー」
「全クラスを回るのは非効率ね、となるとそれを知ってそうな人に聞いたほうが早いのだけれど」
あいつなら知ってるかもな、ある種今回の要因であり要員みたいなものだし。
「心当たりに聞いてみるか」
「ヒッキーそんな人いるの?」
「一色さんかしら」
雪ノ下正解、今なら季節限定パンさんキーホルダープレゼント!でも既にあなたのカバンについてるみたいな!由比ヶ浜は残念ながらボッシュートです。
「あぁ、俺の聞いた話と告白された内容から一色が知ってる可能性が高い」
すると由比ヶ浜が申し訳なさそうに右手を上げる。
「その、ヒッキーに質問なんだけど」
あんまり話の腰を折らるなよ。今大事な話してるのわかるでしょ。
「なんだ」
「な、なんて告白されたのかなぁって」
今真剣な話してたんだけど。普段空気読む癖にこういう時だけ大胆なのやめてくれませんか。雪ノ下も止めてくれよ。
と、目線で訴えても二人とも俺の顔から視線を外してはくれない。俺らにアイコンタクトは無理らしい。一気に力が抜けていく。
「それって今必要か」
「必要じゃないけど、やっぱり気になるっていうか……」
はっきりしないが、何故か今追求した場合、藪蛇になりそうなので俺からのコメントは控えよう。で、一方の雪ノ下は沈黙を守っているが、嫌な予感しかしない。
「雪ノ下、お前はどうなんだ」
「必要の有無を聞かれたら勿論ノーと答えるのだけれど。やはりあなたに告げられた言葉を私達が簡単に聞いていいものでは無いのは間違いないわ。でも依頼者も我々にお願いする以上ラポールを築く為に情報の共有や確認したいこともあるので無理強いをするつもりは無いのだけれど私達も準備する上で出来れば事前に聞いておく必要はあると思うわ。一色さんが知っているという理由が告白の中にあると言うあなたの発言も気になるから」
人の告白なんて興味があっても聞いちゃいけないのがマナーだよね。コイツら俺のプライバシーに対して遠慮無さ過ぎでしょ。
「全部は覚えてねぇけど、きっかけは生徒会とやったクリスマス会だと。その時奉仕部として手伝っていたのが俺が手伝っていたと思ってとか言ってたな」
嘘は言ってない。ただ余計な事は言わなくても良いだろ。
「それだけじゃないよね!」
「あなた過去に何度も告白を受けたことがある私が誤魔化せると思ったの」
俺が告白されることってそんなに凶弾されることなのかよ。身内からの援護射撃と思って安心してたのに、背後から撃たれるとか死亡フラグ通り越して絶命じゃねーか。魔女裁判並に理不尽だろ。
「おい、これプライベートだろ。黙秘させろ」
「ここまで聞いたら全部聞かないと納得できないよ!」
「大丈夫よ比企谷君。悪いようにはしないから」
雪ノ下のセリフが先日の由比ヶ浜とほぼ同じハズなのに、全く意味が違うように聞こえるのは俺の勘違いだと思いたい。
しかし俺が2対1で勝てるはずもなく、覚えている範囲で詳細に詰められた。
由比ヶ浜はともかく、雪ノ下はそんなに人の色恋沙汰なんて興味無いだろうに。俺を攻める時だけ生き生きするの辛いです。
雪ノ下から理路整然と質問攻めにされた奴らの気持ちがわかってしまった。わかったのは何を言おうが結論が変わることはないということだ。今後雪ノ下に告白する奴は詳細な質問に対する回答を求められた時点で脈が無いと思ったほうが傷は浅いぞ。
「お前ら依頼人に追い討ちかけるとかマジ外道」
「最初から言わなければよかっただけよ。私たちはできれば知りたいとは言ったけれど、答えてくれたのはあなたの方からよ」
酷え、お前らが言わなきゃ終わらない空気作っておいてこれだよ。あんな状態で断りきれる程今の俺には余力無いことぐらいはわかってもらえませんか。
「でも、ヒッキーの事ちゃんと見てわかってくれてるんだね……。なんか嬉しいような、複雑な気分」
なんか微妙な空気が。ほら、ちょっと女子、もっと盛り上げなさいよ!
雪ノ下も由比ヶ浜も取り扱いが難しすぎて爆弾処理してる気分になってきた。ギャルゲーはデートに誘えば爆弾処理出来たな。
しかしこの二人とギャルゲーみたいなデートか。俺がストレスでギブアップする光景がしか浮かばねぇ。
あとは概要と、触りを話すだけで雪ノ下は俺の意図を汲んでくれる。由比ヶ浜もこういう事は理解が早くて泣けてくる。
全て終えると、雪ノ下は俺に体を向けるとはっきりとした声で説いた。
「今回はあなたのやり方で伝えましょう」
「ああ」
今度は俺のやり方で伝えなければ意味がない。先生は問題はシンプルで、俺がどうすべきかを説いた。それに対しての回答がこれだ。
俺はコイツらを頼ったが甘えすぎた。断りのセリフすら考えず、一から十まで二人の提案に乗って終わらそうとした。だから罰が当たった。
まだ手遅れでなければやり直さなければならない。相手の勇気に、想いにきちんと応えなければならない。
それが彼女に対するせめてもの礼儀であり、思いやりだ。
俺は生徒会室へ向かった。基本的にサッカー部かこっちのどちらかだろう。外で話すには人目が憚るので、個室であるこっちにいてほしい。
少し気になる事の確認もしなきゃならんしな。
生徒会室の前に立ちノックをする。中から一色の声がした。どうやら正解だったらしい。失礼しますと応えると静かにドアを開く。
「あれ、先輩どうしたんですか。自分から来られるなんて。もしかしてお手伝いしてくれるんですか」
そんなわけねーだろ。あと、最後に甘えた言い方しても手伝わないから無駄だぞ。
「確認したいことがあるだけだ。単刀直入に言う。次の質問に答えてくれ」
「とりあえずドアを閉めて中に入ってください」
室内に足を踏み入れると、静かにドアを閉める。
「質問は良いか」
「その前に一旦落ち着きましょう。私がお茶入れますから」
そのままの生徒会長の椅子から立ち上がりお茶を淹れ始める。手付きは慣れたものだ意外と絵になるのが若干腹立たしい。一色の他には副会長と書記と思われる二人が黙々と仕事の最中か。
「お茶です。どうぞ」
「あと、出来れば二人には少しの間席を外して欲しい」
俺の声で二人の手が止まる。副会長は俺と一色を見ると、許可を求めるように言葉を待つ。
「二人とも少しだけ外してもらっていいですか」
「わかりました。終わったら携帯宛に連絡下さい」
二人とも直ぐに席を立つと扉が静かに閉じられる。雰囲気的に何か察したのだろう、室内は静寂が訪れた。
「お茶、お前が淹れてるのか。意外だな、清楚に見えるぞ」
「またそうやって口説いてますか。私の魅力で先輩の想いに応えるか悩みますが、もう少し考えてからにさせて下さい」
「振られないパターンは初めてかよ」
「先輩もワンパターンじゃ飽きちゃうかなって」
そうかよ。今までそんな事気にしたこともなかったぜ。
「本題なんだが」
俺は次の2点を問いただした。
一つ、羽黒似の彼女を知っているか。
二つ、噂を流した中にお前は含まれるか。
「それを確認しに来たんですか」
「あぁ、彼女からの告白にクリスマス会のことが含まれていて色々考えた。奉仕部として手伝ったのを知ってる奴がいてもそれはおかしくない。実際に会場で手伝っていた姿を見た奴もいるだろうからな。だが彼女の言葉には俺がメインで動いている様な言い回しがあった」
一色は口を挟むことなく俺の想像を聞いている。
「俺が個人で手伝っていた時期は僅かな期間だ。日数にしたら数日程度。それにメインで動いてはいないが、実質運営にかなり口を出していた自覚はある。だがそれを事実と知っているのは生徒会役員と奉仕部くらいだ。雪ノ下と由比ヶ浜が噂を広めた様な事は言っていなかった。現生徒会の三年はすでに引退しているし、噂の内容は一年と三年で若干異なる。クリスマス会の噂は一年しか流れていない。お前だろ一色」
探偵みたいな言い回しだな。目の前の一色も可笑しかったのか控えめな笑い声が聞こえる。
「先輩、ぼっちって言うのに情報収集すごいですね」
全くだ。本来の功績は材木座だが、代表して俺が受け取ることにする。
一色は言葉につまったのか次の台詞が出てこない。その間に夕方のせいか徐々に暗い雰囲気が部屋に立ち込めると静かに一色は語りだした。
「はい、私が噂を流したのに一役買いました」
まさか予想通りとはな。探偵なんて俺には向いてねぇことはわかった。
「率先して流す理由はなかっただろ」
「理由は確かにありません。あったのは少しの興味本位とイタズラ心でした」
「あと、彼女の事だが」
「同じクラスの友人ですよ、でもけしかけたわけじゃありません。私が知ってる先輩の事を話しただけです」
何でお前がそんな辛そうな顔をする。……もういい。
「そこまで聞ければ十分だ。わりぃな邪魔して」
振り返って部屋から出ようとしたが、不意に引っ張られる感覚が。振り向くと一色がジャケットの裾を掴んでいる。
「どうした、なんか用か。俺はこの後やることがあるんだが」
「先輩。怒らないんですか」
「何故俺がお前を怒らなければならない」
それは一色の独白だ。
「私、彼女とはそこそこ仲が良いんです。相談もされたし、正直先輩がオーケーしてくれるとは思ってないから止めるようにも言いました。でも彼女はどうしても伝えたいって」
努めて冷静な口調を装っていた一色の声が震え始める。
「事の顛末も彼女から聞いてます。正直後悔しました。興味本位でこんなに傷つく人が出るだなんて考えが足りませんでした。冷静に考えれば想像だって出来たはずなのに」
「もういい」
「ごめんなさい。ごめんなさい先輩」
そんな俯くな。いつものあざとさはどうした。顔を合わせれば文句と手伝いの要求がお前の専売特許だろ。いつもみたいに笑ってろ。
「お前は悪くない。それで終わりだ」
「先輩、少しは慰めて下さいよ。私泣いちゃいますよ」
「誰だって失敗するだろ、俺もお前も。彼女が行動したのは彼女自身の事でお前に非はない。結果は本人が受け止めればいい。眼鏡を掛け始めた俺がそもそもの発端だ。お前はキッカケを作っただけで責任を感じる必要はない。それでも自分に折り合いがつかないなら、そんときゃ話くらいは聞いてやるよ」
「何ですかそれ、口説いてますか」
「バカ、そんなわけねーだろ」
「あんまり優しくしないでください。最初ここに来た時全てわかりました。だからお茶を入れて覚悟して、きっと嫌われるって思って、副会長と書記の二人にもバレちゃう、そう思いました。でもワザと二人には席を外してもらって、優しくされたら私どうしていいかわかりません」
俺が優しいとか、お前は見る目がねぇな。俺は普通に突き放すぞ。こんな風にな。
「そんなの俺に聞くなよ。お前の好きにしろ」
これでいつも通り。ただの先輩と後輩だ。
「わかりました、先輩がそう言うなら私の好きなようにします」
そうしてくれ。俺が困りさえしなければそれはお前の自由だ。
「でも、ちょっとかっこつけすぎじゃないですか。葉山先輩でもそんなの言いませんでしたよ」
あいつは言わなくても絵になるだろ。お互い比べる対象じゃない。
「俺とあいつじゃ違うだろ、あいつならもっとスマートにするんじゃねーの」
「でも、先輩のそういうところ私嫌いじゃないですよ」
そりゃどーも、俺はお前のそういうところ苦手だよ。
「そうですねー、葉山先輩と同じくらいには好きです」
あざとくない顔も出来るじゃねえか。それだけ振る舞えればもう大丈夫だろ。
「俺と同じ評価じゃ葉山も可哀想だな。二人は適当に落ち着いたら呼び戻せよ。邪魔したな」
「はい、ありがとうございます」
勝手に抱えて怯えて怖がって世話ねーな。責任持てないなら無理すんなよ。
たまたま俺はこれから後輩の彼女と話をする機会があるから、悪いようにならなければお前も気楽だろ。あざとい後輩には貸しって事にしておくか。
奉仕部に戻ると、生徒会室のやり取りの一部を話す。
雪ノ下は少し無責任な後輩の言動に苛立ちを覚えたようだが、当事者の俺が望まないことがわかると矛を収めてくれた。
「あとは早い方がいいが、いつ話をする機会を作るかだな」
それが決まれば、工程としてはほぼ終わりだ。もちろん今回の依頼は俺の自己満足な部分も含まれている。
彼女にとってはもう終わったことで、俺のことなど忘れてしまいたいのだとしたら、俺のやってることはただの迷惑行為でしかない。
これからの一連の行為が彼女にとってプラスになるかマイナスになるかは分からない。ただこのまま終わらせたら俺は必ず後悔する。結局人間なんて利己的な生き物だ。自分に折り合いが付けられず、人にぶつけなければならないとはな。
「とりあえずクラスはわかったから、教室に行く」
俺はそう伝えると走り出そうとしたが、雪ノ下に腕を捕まれ足を止める。
「まだ私達の話が終わってないわ」
「悪い、そっちはどうだ」
「わかったことは部活動をしているという事ね」
部活か、それならまだ学校内にいるか。
「部活はテニス部みたい。彩ちゃんなら知ってるかな」
そうか、なら迷わず行く先は決まった。俺は再び走り出す。運動会でもこれだけ走ってねえ俺の体力はもうそろそろ切れる。
だがテニスコートへ向かう俺の足だけは軽やかに感じた。
下駄箱に行く途中で戸塚とすれ違った。
「どうしたの八幡」
「いや、ちょっと人を探してただけだ。テニス部員なんだが」
俺は彼女の特徴を伝える。
「その子ならテニスコートで、サーブの練習してるよ」
「そうか、すまん」
「八幡」
その声が昇降口に響く。俺は息も辿々しくゆっくりと戸塚と向き合った。
「彼女、今日元気なかったから心配してたんだ。でももう大丈夫だね、僕の時みたいに助けてあげて」
戸塚は俺にそう伝えた。
根拠はなかった、自信もなかった。でも戸塚が助けて欲しいと言うなら俺が返す言葉は他にない。
「当たり前だろ」
俺の言葉に安堵したのか、続けて柔らかい声で俺をたしなめる。
「あと、すまん、なんて謝らないで。僕は何も悪いことしてないよ」
確かにな。やはり俺の天使は当分その座を揺るぐ余地もない。努めて明るく俺は戸塚に感謝する。
「ありがとな」
そう言い放つと戸塚に見送られ俺はテニスコートを目指した。
テニスコートには、数人の女子がいた。いわゆるJKってやつだ。
勢いで来た後で大事なことに気付いた。
あの中に入って声をかけるとかどうしたらいいんだ。
何も考えなしに行動していた自分の馬鹿さ加減に頭を抱えつつ、悩んでいると後ろから戸塚が来た。
「もう、八幡置いてくなんて酷いよ」
よく考えたら部長がテニスコートにいない時点でここに来るのは必然だよな。
「悪い、他のことで頭が回らなくてな」
「彼女に声かけないの?」
「いや、よく考えたら勢いで来たもののどうやって声をかければいいのかわからなくて」
そういうと戸塚は笑顔で俺の後を押す。
「大丈夫だよ、気になる人から声かけられて嬉しくないわけないよ」
そうだな。俺は戸塚から声をかけられる度に全身で喜びをかみしめているぞ。
「わかった。サンキュー戸塚」
「八幡。頑張ってね」
マジ頑張る。頑張らないわけにいかない。頑張れ俺。
自分をなんとか奮い立たせて、テニスコートにいる彼女に声をかけた。
反応がない。あれ?戸塚話が違くない?
ここで奮い立った俺の勇気がほぼゼロに。数秒前にかけた暗示もあっさり解ける。
思わず戸塚の助けを呼ぶが、笑顔で頑張ってと言うだけでそれ以上のフォローはなかった。部長は厳しい。現実は非常である。
戦う前から泣きそうになるとは、あの子意外と策士か。
今度はサーブを打ち終わったタイミングで話しかけると、周りをキョロキョロと見回し、俺に気付くと、一瞥し、再びサーブ練習を開始する。
んー、もう嫌われてんのか。そんなに返事ダメだった?確かに対応は正解じゃないかもしれないけど、もう無理?あ、ヤバイ死にたくなってきた。
思わず空を見上げると、上を向いて歩こうが俺の頭の中を流れ始める。
そのまま深いため息をつこうとすると、目の前に彼女がいる。
「おお!」
思わず声が出てしまった。でも俺は悪くない。条件反射だ。不可抗力だ。
「比企谷先輩、どうしたんですか?」
色々と想定と違って俺のほうが不意打ちを食らってる気分だ。
「いや、この前の事なんだけど」
すると、思い出したのか顔が赤くなる。どうしよう可愛い。
「君に言わなきゃいけないことがある。だから聞いてくれ」
「ここでですか?出来ればここは恥ずかしいので、向こうにしませんか?」
前回もそうだけど耳まで真っ赤だぞ。大丈夫か。保護したくなるような可愛さだな。小町とは違った愛くるしさだ。
少し先では数名の女子部員がこっちを見てキャーとか言ってる。
こうなるとは思ってたけどやっぱり見られていいもんじゃねーな。俺の足マジ武者震い止まらねえし。
彼女に促されると、その後ろに続きその場を後にした。
改めて二人っきりを意識する。メチャクチャ恥ずかしい。彼女よくこんな状況で話できたよな。素直に尊敬するわ。
「あの、お話伺っていいですか」
あ、ヤバイちゃんとしないと、……よし。
「急遽時間を作ってくれてありがとう。前回キチンと話ができなかったから、改めて聞いてほしい。もし無理であれば戻ってくれ」
「だ、大丈夫です。一回ダメだったのでこれ以上悪くなることはありませんから」
この子はなぜこんなにも凛として立てるんだろう。
「強いな」
「そんなことありません。今もすごくドキドキしてます」
もう一度息を吸込む。心を落ち着かせ、彼女の目を見て言葉を綴る。
「俺は、君に不誠実な対応をした。あの告白に対しキチンと返事ができず申し訳ない。俺は奉仕部員だ。いつもは相談や依頼ごとを受けて依頼人をサポートをしている。その中には恋愛絡みもあった。そして今回は俺自身が依頼者となって相談した」
彼女は真剣に俺の言葉を受けとめようとしている。
「俺は告白なんて縁がない。どうしていいかわからなかった。告白の言葉は嬉しかった。俺のことを本気で考えてくれた事が伝わってきた。そしてその真剣な想いを受け止められなかったことに後悔した。だから、今改めて答える」
彼女の身体が強張る。表情からは怯えに近い悲壮感も感じられた。
「付き合うことは出来ない。ただ俺はまだ君のことを何も知らない。人となりも性格も長所も短所も」
なんて都合のいい言葉だろう。何も知らない人とは付き合えない。まずはお互いのことを知ろうなど、以前の俺には信じることも語ることもできなかったハズだ。
それが偉そうに人に物を言うとはな。そんな矛盾を感じつつ、多くの知り合いが、仲間が、家族が俺をバックアップした。その事実は信じることができる。
「噂だけじゃない俺を見て、それでも気に掛けるなら、改めて考えさせてくれ」
できることは全てやった。どんな答えでも受け入れる覚悟は出来たつもりだ。
彼女も俺の言葉を受けて、真っ直ぐに返答する。
「はい、わかりました」
一呼吸おいて答えた彼女は昨日とは違う笑顔を見せた。勝手な言い分にもかかわらず笑って受け入れる度量に、なんで俺なんかをという気持ちが正直なところだ。
自分で出した結果がこれなら、十分過ぎるほど悪くない。
理解することは、相手を知ること。
かつての俺らは知った気ですれ違い、掛け違った。
気まずさも、後ろめたさも、蟠りも、一度ぶつかって壊れて、最後に少し形を変えて落ち着いた。
価値観も考え方も感じ方も生き方も何もかも違っても、共有すべき時間がそこにあった。
俺の依頼は、これで終わりだ。
眼鏡生活は鳴りを潜めた。眼鏡そのものに慣れて授業のみ使用するだけで自ずと噂は収束し、結局こんなもんかという形で収まった。
変化したのは2点ほど、後輩の羽黒似の彼女と一色だ。
彼女の方はすれ違えば挨拶をし、話しかけられれば会話をするようになった。明るくよく笑うこの子を泣かせたことは今も罪悪感が拭えない。
一色との仲は良好のようで、特に心配することはなさそうだ。
一色の方は俺に絡んでくることが増えた。多分後ろめたさから俺に構うようになったと思うのだがこれがしつこい。生徒会の仕事を手伝わされることでうんざりすることも少なくない。
仕事を手伝うときは妙に機嫌がいいが、体のいいオモチャか何かだろうな。その押しの強さを葉山に生かせよ。
「ヒッキー、また中二から相談メール来てるからおねがーい」
「わかったよ。どうせ大したことないんだろ、適当に返すわ」
「仕事をする以上手抜きは許さないわ。手抜き谷君」
「へいへい、すみませんでした」
「返事は1回で結構」
今日も奉仕部には依頼がない。
共有すべき時間の先にあるものは、まだ誰も知らない。
以上で終わりです。
何回か見直したりしましたが、自分でも客観視が出来なくなったこともあり
勢いで投下させていただきました。
ところどころ強引なところや、ん?と思うところはあると思います。
そんなの投稿するなって話ですが。
ご指摘などは具体的に頂ければ次回への糧にできるかもしれません。
ここまで閲覧いただきありがとうございました。
乙!
面白かった!
次作もあれば楽しみにしてます
乙
オリキャラと言われて読むの躊躇したけど問題なく面白かったわ
乙
乙
おつおつ、面白かった!
俺が細かいだけなのかも知れないけど何ヵ所かん?と思う言葉があったけどそれ以外は良かった
普通に面白かったです
乙
話の内容もテンポも纏まってて楽しめた
おつ〜
ところで羽黒ってどんな娘?
乙です
ほんと面白かった!
素直に恋愛が絡んでいる相談を受けた平塚先生カッコいいね
うん、泣き言も言わずに良く頑張った今夜は上手い酒でも飲んでください
それと面白かった乙
しえん
http://i.imgur.com/pYnN6yp.jpg
八幡は原作でも提督やってるもんな
とっても面白かった
乙!
良かった!
後日談はないのか
ええな
乙乙後日談と続編で1000レスまで持たせるんだ期待
はやはちが見たかった
1です。見直したら、結構誤字脱字が多いな。直したと思ったんですが。
>>86
違和感があれば、具体的にいただければ幸いです。
意見もらわないと見直しが捗らないので。。。
後日談の話がありますが、まったく考えてませんでした。
はやはちかー、後日談として少し書けたら書くかもしれません。
気が向いたらでええんやで
面白かった
乙
>>93
サンクス
あと面白かった
お疲れさま
面白かった!
原作でもメガネネタ出てたし自然だた
面白かったし素敵でした。
メガネかけて背筋伸ばした八幡は普通に格好いい設定だしね
キャラの特長がはっきりでてるし原作リスペクトいいっすわぁー
羽黒似ちゃんも良いオリモブでした!テニス部かわいいやつらばっかりやん
とても楽しく読ませていただきました、ごちそうさま
>>86じゃないけど以下気になっちゃったとこ。重箱のスミをつついてごめんなさい
オツム弱い妹ちゃんがコアゲーマ用語であるカンストを知っているのかちょい怪しい?
クリスタルガイザーちゃんの照れ隠しラッシュに句読点つかなかったはず
凶弾ではなく糾弾(きゅうだん)
違和感は(違和を感じること)なので感じるものではなく覚えるもの。
ガハマさんが言うのであれば違和感が無かったと思うのですがゆきのん……
おつー!
よかった!!
カンストってコアゲーマー用語だったのか(困惑)
日付変わってIDかってると思いますが1です。
>>106
ご指摘ありがとうございました。
設定は注視して原作確認したいと思います。
言葉は事前にちゃんと調べないとなぁ。
羽黒の画像ありがとうございました。
描写していない私が悪いので申し訳なかったですが
最初の告白シーンは初期型(not 改二)の画像をイメージしてました。
http://wikiwiki.jp/kancolle/?plugin=ref&page=%B1%A9%B9%F5&src=058.jpg
羽黒は戦果としては武勲艦なので、やるときゃやる性格(能動的に告白)で作中に反映させてたりします。
今後については、ちょこちょこやっていければという感じでしょうか。
暇つぶし程度にお付き合い頂ければ幸いです。
羽黒かわいい
良SS乙
乙です。
ほんと良かった。
はやはち分投下しますが、後日談なので今回ので終わりです。
[後日談、葉山隼人の場合]
昼休み。ベストプレイスに行く前に自販機でマッカンを買う。無機質な電子音が止まり、マッカンを取り出そうとするとしゃがんだタイミングで、後ろから話しかけてくるやつがいる。
「ヒキタニ君、少し時間貰ってもいいかな」
葉山隼人、イケメン、勉強、スポーツなんでもござれのリア充様。
俺と一番縁遠いカースト最上位であり、誰もが羨むスペックを保持する完璧超人。
「俺は特に用ないぞ」
顔も見ることなくそのままその場を後にしようと立ち上がった。わざわざ話することなどないのだから。
「時間はとらせないさ。噂の張本人と少し話がしたくてね」
足が止まる。振り返ると何を考えているか読み取れないテンプレートのような笑顔がある。今更蒸し返す話じゃねーだろ。ホントに聞くことなんてあんのかよ。
「人が来ないところがいいか」
「ここで良いよ。すぐに終わる」
幸か不幸か周りには誰もいない。人払いをする必要はなさそうだ。
「大体聞きたいことなんてないだろ。何が目的だ」
「最近色々とヒキタニ君の噂があったからね。率直な感想を聞きたかっただけさ」
俺が一時的でもカースト上位っぽくなったからとかそういうことかよ。お前もずいぶん性格がアレだな。
「聞いてどうする、周りからの目線が気になって仕方なかったぞ」
答えは葉山にとって及第点だったようだ。満足したように喋り出す。
「俺もそう思うよ。常に誰かしらの視線を感じるようになる。するとイメージを保つことが当たり前になるんだ」
俺はお前ではない。だからそんなことを言われても俺には何の関係もない。
「だったらお前がお前をやめればいいだけだ。等身大の葉山隼人でいればそれで終わりだろ」
「レッテルというのは一度貼られたら取り換えも剥がすこともできない呪縛だよ。そこにあるのは共通認識としての葉山隼人であり、そこには俺の名前を付けた形だけの男がいるだけ」
そう言葉を告げる表情が余裕の笑みなのか完全な作り物なのか俺には判断がつかない。
「なぁ、お前告白されたときって断ってるんだろ、どうしてるんだ」
これは単純な好奇心だ。手紙をもらって部屋でお前だったらどうするのかと考えたがわからない。俺は考えて悩んで回答に至るまでどうしても時間が必要だった。申し訳なさもあったし、何より罪悪感が酷かった。
「今の話で分かるだろ。比企谷」
その時、一瞬だけ空気が変わった。何かを押し殺すような強い念が葉山から流れ出た後、ひどく弱弱しい。諦めや虚無のような佇いが俺に伝わってくる。
「俺には自由に答えることは叶わないんだ。あるのは葉山隼人が言いそうな体の良い言葉をいかにもな感じで答える。それだけだよ」
作業にも似た日常をただこなすだけ。そしてこいつはこれからも続けるという。いつまで続けなければならないのだろう。お前の舞台を。
「そうかよ。別に同情はしないが、精々頑張れよ」
改めて立ち去ろうとしたが、再び呼び止められる。
「ヒキタニ君、改めて訊くよ。噂になった正直な感想を教えてもらえるかな」
俺は顔だけ振り返って一言だけ漏らす。
「ぼっちの俺にはとても耐えられない。それだけだ」
今度は呼び止められることなくその場を後にする。
誰にも期待されず、誰からも必要とされない人間と誰からも羨まれ、憧れられ、必要とされる人間。
客観的に見ればどちらが幸せかは一目瞭然だ。
あいつのこの先にいったい何があるのかはわからない。だが葉山はどこへ向かおうとしているのか。
足を止め再び振り返ったが、姿はもうない。さっきまで対峙していた場所は風が囁くように流れていた。
短いですが、はやはち分はこんなところで。
それでは失礼いたします。
思ってたよりはちはやっぽいはちはやだった
おつです
面白かったのでこれからもss書いて欲しいです!
おつ
久しぶりに楽しかった。ありがとう
久しぶりに楽しかった。ありがとう
こうやって二人はお互いにだけ本音を語り合える仲になり、どんどん距離を近付けてやがて友情を越え……キマシタワー!!
擬態しろし
おつ!後日談も面白かった!
ただ最初の方の静ちゃんとの絡みにある"琴線に触れる"の部分だけど内容的に最近は悪いことしてないって意味で使ってると思うけど、この言葉は感動した時に使うもので主に良い意味で使う言葉だよ!
久々にはまちSS読んだけどかなりいい出来だった
おつ
これはすばらすい
1です。続けるならトリップつけた方が良いですかね。名前欄はトリップテストです
>>125
そういう指摘はガンガンください。
5段階で国語2,3あたりの人間が書いてるので、あると思ってます。
トリップチェッカーになかったので、トリップはこれで。
今日で一旦資格試験終わりましたのでちょこちょこ書いてますが、
基本的に溜めて投下するタイプなので気長に待って頂ければ幸いです。
試験はまぁ、試験直前にこんなの投下してる時点で。。。
ではでは失礼いたします。
おお!
期待していていいのかね
1です。
推敲なしでうpしますので、誤字脱字あるかと思います。
暇つぶし程度に楽しんでくださいませ。
[後日談、一色いろはの場合]
最近どういうわけだか、一色の絡み方がえげつねぇ。具体的には脅してくる。俺が一人のタイミングを見計らったかのように表れては交渉という名の脅迫活動を突発的に行われる事態だ。生徒会活動どうなってんだよ。
放課後なので教室を出て周りを確かめると、最近日課になりつつある一色の姿がそこにあった。
「先輩!ちょっといいですかー」
「全然良くない、ちょっとこれからアレでアレだから」
「奉仕部予定ないですよねー。最近忙しいんですよー。ほら先輩もかわいい後輩の手伝いしたくなりません?」
「まったくならない。俺を動かしたければ小町か戸塚の名前が出てようやく交渉の場になるかといったところだ」
「むー、そういうこと言うと校内放送で呼び出しかなー。それとも先生にお願いして連行してもらおうかな。もしくは私の同級生のお友達に連れてきてもらおうかなー」
「えげつねぇ。こんな横暴が通って良いわけないだろ!しかもあの子を使うとか最低だな」
あの子というのは、一色のクラスメイトで友人でテニス部で艦これの羽黒に似てるJKである。先日まぁ、ゴニョゴニョっと個人的にいろいろあって顔見知り程度になった。ちなみに性格も徐々にわかってきて素直で意外と積極的。それでいて個人的に懐いてくれているので多分人生の運の大半はここで使ったと思ってる。
「こういうの先輩から教わったんですよ。手段を選ばないところとか」
手段選ばない生徒会長って黒幕かラスボスだろ。しかも権力があって人付き合いできるタイプとかまた厄介な。
「依頼であれば奉仕部に連絡しろ。俺個人として手伝う理由がない。そもそも俺が働く理由がない」
「せ・き・に・ん!取ってほしいなー」
誤解される言い方するんじゃねぇよ!本気で俺のこと嫌いだろこいつ。あぁ今すれ違ったやつひそひそ話してるし。
「お前あの子の件についてもう少し罪悪感を持てよ。俺も彼女も大変だったんだからな」
「折り合いがつかなければいつでも聞いてくれるって言ったの先輩ですよ?私まだ蟠りが残ってて仕事にならないんですー」
おかしい加害者が被害者面してやがる。マジありえん。どうしてこうなった。
「あんまり強気に出るなら、お前の相手は金輪際考えさせてもらおうか」
「それは困ります。でも先輩も生徒会長を敵に回すと面倒だと思いません?」
前はもう少し可愛げのある反応もあったが、俺への返し方を覚えやがって。そういうぐいぐい行くのは意中の人にしろよ。葉山がいるだろ。俺に嫌がらせしてお前どうしたいの。
「お前の望みは何なんだよ」
「今日もお手伝いしてくれれば、お望み通りしおらしくなりますよ」
「望んでねえから。俺への脅迫をやめてくれと言いたい」
「先輩も面倒だと思いませんか。早くYESかはいと言ってください」
「断る選択肢がねぇ。どこの軍国主義だ」
このありさまである。その後も話が通じないので、最近無駄に足が鍛えられて足で逃げ切れないと連行の可能性がある。
流石にどうかと思って平塚先生に相談もしてみたが。
「そんなに後輩の異性とイチャイチャした話を聞かされる私のことを案じてくれないとは。比企谷覚悟はいいな」
それって完全に個人的な妬みじゃないかと言う前に前回はまさかの3発食らう羽目になり二発目からは記憶がない。人間理解出来ない痛みを受けるとその間の記憶が飛ぶからな。俺が最後に見た光景は、虚ろな目をした先生が唇を噛み締めて構えた後、以下のセリフを叫んだのが最後だ。
「衝撃のファーストブリット!」
平和とは与えてもらうものではない、掴むものである。掴みそこねるとこうなるから余計なことはしないに限る。
結局問題は解決しないまま奉仕部に逃げ切って今日のところはセーフだが、こんなの付き合っていられない。何が悲しくてとんだ追いかけっこにつきわなければならないのだろう。
今日も雪ノ下は文庫を開いて依頼を待っている。毎度ながらコイツは職員室で鍵を借りて誰よりも早く待っているが、どういう仕組みなのか。タイムアルターで高速移動しないだろうな。
「うす」
「こんにちは、比企谷君」
鞄を長机に置くとようやく一息である。
「あー、疲れた」
「だらしないわね、ここに来るまでに疲れるなんて。歩く事も出来ないのかしら」
「色々あんだよ」
「引き篭っているから体力がないのよ。引き篭もり谷君」
「最近は不本意ながら強制的に運動してるわ。あと引き篭もっている訳じゃなく、俺のやりたいことが家で完結するからだ」
「ゲームにアニメと読書ね。もう少し身体を使いなさい」
「へいへい、前向きに検討しますよ」
この手の答えで実現させる奴がどれほどいるか不明だが、少なくとも俺はご多分にもれず検討で終わる。
「由比ヶ浜さんは来るのかしら」
「さーな。俺が教室出た時にはまだいたんじゃねーか」
「そう。使えないわね」
「どうせ使えないから退部していいか」
「それは平塚先生の許可が必要ね。出来るなら構わないわ」
それムリゲーだろ。孤独体質が直ってきた事を証明すれば不可能ではないと思うが、今の俺にそれを証明するのは酷な話である。
案1、後輩の羽黒さんに証明をお願いする。
案2、不本意ながら一色に協力を求む
案3、眼鏡効果でエセリア充
案4、戸塚に頼む。
限りなく案4を実行したいが、寧ろ4以外ありえねぇわけだが平塚先生をねじ伏せるだけの理由が思いつかん。かといって他の案はあまり気が進まねぇ。特に自分で考えておいて案3は二度とゴメンだ。案2はとんでもない見返りを要求されそうで考えたくないし、案1は正直なところ気が引ける。
「やっはろー!」
「こんにちは由比ヶ浜さん」
「お疲れ様!ヒッキーもやっはろー!」
ええい、こちとら真剣に考え事をしているんだから邪魔するな。
「はいはい、お疲れ」
「もう!そんなんだと周りに誰もいなくなっちゃうよ!挨拶くらいちゃんとしないと」
「そんときゃ一人だな。誰にも気を使わなくて自由に時間が使えて勝ち組だ」
「開き直った!」
実際お前らがそうさせなだろ。小町もコイツらの連絡先知ってるわけで現実的には相当ハードルが高い。
「その時は小町さんから私達に連絡が来ると思うわ。どうしてあんなに良い妹さんと残念な男が兄妹なのかしら」
残念でもいいじゃない。八幡だもの。というかそこまで読まれてんのかよ。俺の自由はどうなってんだ。
「いま考え事してるから邪魔すんなよ」
「考え事って何考えてたの?」
「奉仕部をどうやったら辞められるか」
「ヒッキー辞めちゃうの!?だ、ダメだよ!反対!断固反対!」
「大丈夫よ由比ヶ浜さん。この男に平塚先生を説得できる知恵があるとは思えないもの」
残念ながらその通りだ。現時点では思いつかん。
「そ、そうだよね。良かったー!」
「あなたもそんなことを考えているくらいなら、運動不足の解消方法を検討したほうが良いのではないかしら」
俺が幸せになる方法は見事に閉ざされてるな。辞めるまで行かなくても、もう少しマトモな環境を目指すには……。
よし、出来るかわからんがやってみるか。ダメ元で交渉するなら試す価値はあるだろう。
「ちょっと席外していいか」
「どのくらいかしら。私達が帰る前に戻れるのであれば構わないわ」
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「どこ行くの?」
「テニス部」
その瞬間、雪ノ下が文庫から顔を上げて俺を刺すような視線を向ける。
「あなた何をするつもり」
怖えよ。何か背後から変なオーラ出てますけど!
「お、お前が運動不足って言うから戸塚に相談しに行くだけだ」
ヤバイちょっと声震えた。何故こんなにも信用が無いのか。思い返すと解消の方が多いので強く反論出来ないので何とも言えない。これが奉仕部内の俺の評価である。
「あまり迷惑をかけないようにしなさい」
由比ヶ浜もおずおずと伺うように訊いてくる。
「ヒッキー、羽黒ちゃんに会いに行くの?」
雪ノ下は携帯を構えると俺を鋭い視線で牽制する。
「あまり事を荒立てる気は無いのだけれど、必要なら通報もやむ無しね」
「おい、まだ何もしてないだろ!」
「否定しないから会いに行くんだ!やっぱり大人しくて可愛い子が良いんだー!」
あーもうやり辛い。何でこんなに面倒くさい事が多いんだ。
「運動不足だって言ってるだろ。もう少し信用してくれ」
言い訳もそこまでにして俺は部室を逃げる様に後にする。
はぁー疲れる。物事が思い通りに進まない。由比ヶ浜の妙に勘が良いのは何なんだろうか。どいつもこいつも全て見透かされるようで勘弁していて頂きたい。
今後のプランを考えながら、俺はテニス部のコートに向かった。
逃げるようにテニスコートへたどり着くと、戸塚の姿を探すが見当たらない。暫く探していると声をかけられた。
「こんにちは、比企谷先輩。戸塚部長をお探しですか」
先程由比ヶ浜が俺を責める理由にした羽黒似の後輩である。似てるので気を抜くと羽黒と呼びそうになる。川崎の妹ならはーちゃんになるのか?俺よりよっぽど適切な使い方だな。間違いない。
「あぁ、今何処に行ったか知ってるか」
「今はトレーニングメニュー考えているので、ちょっと外されてますよ。でもチョット残念です」
「何が」
「私に会いに来てくれたなら、もっと嬉しいので……」
照れながら言うとか!この子何なの!魔性の子なの!やめて、勘違いするから!って俺この子に告白されてんだよな。
Question
勘違いじゃない場合の正しいリアクション
Answer
ラブコメ的には話を逸らす
「そ、そう言えば最近一色が手伝えってうるさいんだけどアイツどうしたか知ってるか」
これで回避したか、どうだ……。
「あー、いろはちゃん最近比企谷先輩の話多いですよ。手伝ってくれないって愚痴ってきます」
何で愚痴るわけ、おかしいだろ。本来お前の仕事じゃないんかい。
「俺に手伝えって理由がわからないんだけど、そういうこと言われないか」
「多分比企谷先輩に手伝ってほしいだけだと思いますよ。理由は比企谷先輩の事が好きだからじゃないですか」
うん、ごめん意味がわからない。
「いや、作業なら俺より有能な奴はたくさんいるだろ。それこそ他に効率よく事務作業できるやつなんていくらでもいるぞ」
雪ノ下はかなりの例外としても、そこそこ使えるやつならいるだろ。
「あんまり私が言っていいのかわからないですが、少なくとも好きは間違い無いと思います。きっとそうです」
この子さっきから何を言ってるのかな。八幡全く理解できない。思考回路はショート寸前。今すぐ何事もなかったことにして帰りたい。
「今は16:30か。ちょっと時間取れるか」
「これから何かあるんですか」
いろいろ計画が狂っているが仕方ない。とりあえず引いてダメなら押してみるか。
「生徒会室、その辺はっきりさせるわ」
一色のことだからアレだろ、何ですか口説いてますかあんまりそういうこと言われても葉山先輩が居るのに受けること出来ないのでごめんなさい!とかだろ。
「戸塚部長は許してくれると思いますが、一応許可貰ってからでいいですか。あと私が比企谷先輩と付き合ってるって冗談をいろはちゃんに言ってもいいですか」
「冗談なら構わんが、そんなドッキリ引っかからないだろ」
俺の問いかけに何故か自信満々で答える。
「まぁ見ててください。ただちょっと腕組んだりさせて下さいね!」
やっぱり策士じゃないかな。最初の印象から随分変わってきたんだけど。あの時猫被ってたとかやめてね、女の子怖いんだけど。あとあんまりからかわないでね。でも告白がホントだからからかわれてないのか。良くわかんねぇ。
「あんまり心臓に悪いことは控えてもらっていいか。まだ死にたくないんだ」
少なくとも俺が彼女と腕を組んだなんてことがバレたら雪ノ下に通報される!由比ヶ浜も責め立てる上に物理攻撃の可能性まであるな。どっちにしろ死亡フラグ立ってますね。オワタ。
「では参りましょう!」
あの、俺の話理解してくれてるよね。今の流しちゃった。聞いてくれてるかな。かなー。
「あー、やっぱり止め」
「いきましょ!」
「お、おう」
言いかけた俺の言葉に被せて、更に上目遣いで甘えてくるとか、小町を更に強引にしたようなおねだり上手なのね。俺にはこの子荷が重い。付き合う男は大変だなこりゃ。
さて、残念ながら戸塚部長の許可が下りてしまった。戸塚は天使の笑顔で、八幡と一緒ならいいよ。と言ってくれた。奉仕部の女どもと評価が真逆なんだが。やっぱり結婚するなら戸塚だな。戸塚と結婚できないとかマジ滅べよ。でも最近渋谷区で同性のカップルが結婚相当とするとかいう条例ができたらしい。戸塚のために本気で千葉を捨てるべきか。戸塚の合意があれば今すぐでも吝かではないのだが。
そんな事を考えてたらあっという間に生徒会室である。あれ、いつの間に。
「比企谷先輩、ずっと考え事してましたけどどうかしました。まぁ私は手をつなげたから良いんですけどね」
「意外と策士だな」
「いろはちゃんが積極的なのを見習っただけですよ」
あいつホントろくなこと教えないよな。生徒会長はもっと生徒の見本になるべきだと思うんですが。誰だよ推薦したの。俺だよチクショウ。
ノックをすると一色の声で返事が帰ってくる。
「よう、今いいか」
「先輩!手伝いにきたんですか!」
声がデケえよ一色。
「いろはちゃん、お邪魔するね」
「あ、うん、どうぞどうぞ」
さて、どうするか。
「あ、いろはちゃん。比企谷先輩と付き合う事になったからよろしくね!」
……は?
「……は?」
あ、ヤバイ一色と被った。じゃねーよ!いきなりぶっ込んでくるとか何考えてるの!事前の話でもこんな展開になるとは聞いてねぇってばよ!
「えっと、どういうことですか」
ちょっと待て、今整理するから。
「悪い、俺も意味がわからない」
「比企谷先輩と付き合うことになったんだ!全部いろはちゃんのおかげだよ。私達のこと祝福してね!」
「うん、おめでとう。じゃなくて!」
おー、一色が自分のペースを掴めないとか、コントを見ているようだ。この子のポテンシャルが計り知れねえ。
「ありがとう!幸せになりまーす!」
そして俺の腕に抱きつくようにしがみつくのは羽黒さん。予定調和のはずなのに急にそういうことされるとドキっとするのでやるときは一声かけてください。
「先輩、良かったですね……これからはもうお手伝いは控えますね」
おいおい、テンション急降下したな。むしろちょっと目から光が弱くなってないか。
「おい、お前大丈夫か」
「ちょっと今日は仕事が終わりそうにないので、帰ってもらって良いでしょうか」
「おいおい、そんなに忙しいなら手伝いぞ」
「いえいえ、そんな先輩の手を煩わすことなんてありませんから」
お、おいおいこれ病んでねえか。流石にやり過ぎだろ、ここらが限界か。
「はぁ、おい一色。冗談だよ冗談」
「もうちょっと恋人気分でいたかったんですが、仕方ないですね」
と、ここでネタばらし。で、一色の反応は以下の通り。
「先輩ほんと性格悪いですね。そんなに私の気をひきたかったんですかごめんなさいちょっと今回のは私的にイラッとしたのでありえません」
そう言うも妙にテンション上がってますね。さっきと別人ですよ。お前もう少し落ち込んどけよ。いっそ幸薄い方がいいんじゃねぇの。
「全く、素直じゃないんだから」
こいつほど自分に正直な奴いねぇぞ。むしろ正直過ぎて周りが巻き込まれるまである。
さて、なんかもう有耶無耶だけど、時間もないし部室に戻るか。
で、ようやく部室に戻ってきたわけだが、結果的にものすごく疲れたな。いい運動したわ。
「うす」
いるのに、反応無いとか珍しいな。特に雪ノ下とかどんな時でも挨拶はするやつなんだが。二人とも逆行で顔が見えない。隣り合って座っているのはわかるが。
「比企谷君、少しお話いいかしら」
「あぁ、少し遅かったか悪い。いろいろあってな」
「ヒッキー、彩ちゃんと運動についての相談はどうだった」
あ、そういう理由で出たんだったな。取り繕うか。
「戸塚と話し込んでたらこんな時間になってな。悪かったよ」
「全然構わないわ。これからもうしばらく私たちにお付き合い願えるかしら」
「いや、もう帰る時間だろ。遅れたのは悪かったから今日は勘弁してくれ」
「そういうわけにはいかないなー。嘘つきヒッキーにはちゃんとお話訊かないとね」
あれ、お二人とも何故顔が俯いていらっしゃるんですかね。心なしか体が小刻みに震えてますが寒いのかな。
「戸塚君と会ったわ。何でも後輩の子と一緒に生徒会室に行ったそうね」
「仲良さそうに手を繋いで歩いてたのばっちり見ちゃった。生徒会室では何を話してたのかな」
あの、二人ともちょっと落ち着いて欲しい。それはほら、いろいろあるじゃない。俺のキャラがブレるくらい色々とね。
「さぁ、夜は長いわよ……」
「全部教えるまで帰れないよ。ヒッキー……」
後はご想像に任せる。全て吐かされたのは言うまでもない。
はい、以上でした。
もはや比企谷八幡は名前だけもらった別人っぽいですね。
そこは2次創作ってことで広い心でお願いいたします。
推敲なしなので、相当雑で申し訳ありません。
地の分がもっと書くつもりはありましたが、善処した結果いつになるかわからないので、
めんどくさくなってぶん投げることにしました。
あとは、奉仕部編でもかければひと段落ですかね。
もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。
ではでは失礼いたします。
乙
乙
羽黒ちゃんかわいいな
羽黒が可愛いのは当然として
一色が可愛いんだけどなにこれ?
どこでめぐりんと差がついた?
後輩っていいな
>>153
合法小町だからな
>>155
おいおい、千葉なら小町も合法だろ?
おっつ
一応出来たので誤字など見直して今夜あたりに投下します。
後日談としてもこれで一段落でしょうか。
ではまた夜に。
待ってた
待ってる
俺が告白を受けたあの日から数日経った。最近妙に一色からの個人宛の依頼という名の強制連行から逃げているものの、時間が経てば落ち着きを取り戻しつつあるだろう。
今までがおかしかったといえばそうなんだが、結局のところ一過性の問題だったことに他ならない。明日からの週末を挟めば完全に通常運転に戻る見込みだ。
そんな通常運転を迎えようというタイミングに一石を投じたのは由比ヶ浜だった。
「ヒッキー、ゆきのん。鍋しようよー。みんなでおいしい鍋つつこうよ!」
鍋ね。最後にやったのはいつだったか全く覚えてない。基本小町と二人飯だから大人数を囲う機会は比企谷家では年に片手が余る程度である。
「場所はどうするつもりかしら」
「んー、ヒッキーのお家にしよう!」
俺の家が候補地かよ。小町だって受験生なんだから由比ヶ浜もその辺考えろよ。お前だってそれが理由で後々しこりを残したくないだろうが。
「小町も受験生だからあまり家で騒ぐのは控えたいんだが」
「え、でも小町ちゃんにメールしたらほら」
『普段兄と二人なので、場所はいくらでも提供しますよ!鍋を囲う機会もないのでむしろお願いしたいです!』
受験生危機感あんのか。割と兄は真面目に心配だ。俺と二人の食事くらいもう少し我慢しろ。小町我慢してないよね?
「ゆきのんも行こう!みんなで一緒に食べた方が絶対美味しいよ!」
「小町さんの許可まで頂いでるのであれば行くしかないわね。予定はいつかしら」
「なんか小町ちゃんが早い方が良いんじゃないって。今日とかどうかな」
今日ってまた唐突だな。コイツこんなに常識ないやつだったか。付き合いを考え直すレベルだわー。ないわー。
「お前ら制服のまま来る気か。それと何で今日なんだよ。普通休日のイベントだろ。休日に誘われたことないけど」
「そっかー、それじゃ着替えてから行くよ。だからヒッキーの家に集合!」
由比ヶ浜さん、少しでいいので話を聞いてもらえませんかね。あんまり蔑ろにされると流石に言及せざるを得ない。
「俺の意見を無視するなら、勝手にしてくれ。その代わり俺は参加しないからな」
仲が良いから相手の事をないがしろにすることだってあるのかもしれない。だが親しき仲でも最低限の礼儀は必要なハズだ。
「そ、そんなに怒らなくても」
「確かに由比ヶ浜さんにしては強引な進め方ではあるけれど、比企谷君、皆で食事をするだけよ。あまりそう荒立てなくても良いのではないかしら」
そうかよ。結局俺の意見は通さない気か。
「それなら勝手にしろ、じゃあな」
鞄を取ると二人の静止も聞かず俺は部室を後にする。
小町も小町だろ。頑張ってるのは知っているが危機感が足りないんじゃないか。
なんでこんなに苛立っているのか自分でもわからん。結局俺が他に行くところがないのは事実なので不本意ながら一番アイツらから連絡が取りにくいやつに電話する。
「どうした八幡。我に用か」
「あぁ、今日帰りたくねえから時間潰すのに付き合ってもらえるか」
「ふむ、我は構わんが。今何処に」
「奉仕部を出たところだ」
「ちょうど教室で執筆中であった。我のクラスに来てもらえるか」
あいよ、と答え電話を切る。すると普段鳴らない電話が自己主張している。着信の名前は由比ヶ浜か。
出る気にならないのでそのまま放置する。その後も電話とメールが交互に入るが、やがて本来の役割を思い出したかのように静かになった。
さて、取り敢えず教室に向かうか。調和を重んじる由比ヶ浜が人の嫌がる事をするとはな、まだまだ知らないことは多いということか。
教室に着くと材木座の書きかけているストーリーに一通りツッコミとダメ出しとケチを付けてボコボコにしたが、悪いが今日はあまり余裕がない。
「八幡よ、今日はどうするつもりだ」
「帰る場所がないからな。まさか俺にこんな日が来るとは思わなかった」
「家に来るのは構わんが、実家には連絡しておくがよい」
そういや小町にも連絡しておかないとな。あまり連絡するには気が進まないが、所在は明らかにしておかないとまずいか。
電話帳に登録されている小町の名前を選択する。2コールもすると繋がって元気と言うより脳天気な声が聞こえる。
「小町だよー!どうしたの?」
「今日は友人の所に泊めてもらうから、悪いが宜しくな」
「わかったー、ってお兄ちゃんに友人って誰!?」
やっぱりそういう反応だよな。納得出来るだけに複雑な心境だ。
「生徒会選挙の時にいた男を覚えてるか。眼鏡をかけた中二病患者がいただろ、そいつの家だ」
「了解であります!明日は帰ってくるんでしょ?」
「その予定だ。しっかり勉強しろよ」
「頑張ってるけど、疲れたよー。そう言えば結衣さんからうちで鍋したいって前に聞かれたよ!小町も息抜きしたかったから、全然オッケーしたけど」
「小町の成績だとかなり頑張らないとキツイんじゃないか。息抜きも良いが後悔しないようにしろよ」
「わかってるよ。でもちょっとくらいいいじゃん。お兄ちゃんたち楽しそうだから混ざりたかったんだもん」
「受かれば来年から混ざれるだろうが。お前自分のことなんだからもう少し真剣に考えろよ」
「はいはい、小町が悪かったよ。またね!」
電話はそのまま切れた。派手に切られたな。何だよ俺が悪いのか。これでも俺なりに真剣に考えてるぞ。
「終わったか」
「あぁ、どうするもう帰るか」
「どうせならゲームセンターに寄っていこうではないか。あと我、八幡の妹君には中二病患者扱いなのね」
現実を突きつけられてへこむのはほっとくとして、男とゲーセンなんていつ以来だ。この前戸塚と行った時が最後か。あぁ、しかし戸塚は男でも女でもなく戸塚だったな。もはや最後に来た記憶がない。
「久しいな、お主が戸塚殿とプリクラを撮った時以来か」
あえてお前の存在を消していたのに思い出さなくていいぞ。せっかく戸塚とのツーショットプリクラを邪魔した事は許さん。絶対にだ。
2D格闘では俺が勝ち、3D格闘では材木座に軍配が上がった。その後は材木座のDDRプレイを見せられたり、タイピングゲームでラストステージまで行ったり、平均的な高校生がするような時間を過ごした。と思われる。
ゲーセンを出ると夕飯時だ、そこは安定のサイゼである。俺はミラノ風ドリアとカルボナーラ。材木座はピザ。期待を裏切らない男だ。
「八幡よ、何かあったか」
「大したことじゃない。ちょっとした意見の食い違いだ」
俺が不貞腐れているように映ったのか、材木座はピザを食べながら話しかけてくる。
「生きていれば色々あるだろう。あまり長引かせない事をお勧めするぞ」
「そうかよ。善処するわ」
それ以上この話は続けず、どういうわけだか羽黒とのことをどっからか仕入れたのか関係を聞いてきた。よく考えたらそもそも噂の提供元はコイツだったな。俺に安息の地はないらしい。適当に誤魔化しつつ当たり障りのない程度に収める。
「八幡よ、以前に比べて変わったな」
お前の話はいつだって唐突だな。もう少しわかりやすく言ってくれないと俺も答えられん。
「以前は我と同様孤高の存在だったが、随分と認められる者が増えたようだな。お主が人間関係でこんな事になるとは一学期からでは想像がつかん」
認められるね。否定はしない。良くも悪くも変わったのだろう。以前はここまで自分の意志や意見を伝える事などなかったからな。勝手にやって、勝手に請け負って、それで良かったものが周りは迷惑だと言及する。そういう間柄など俺には関係ないものと思っていた。
「変わることは悪い事ではない。だが仲間とは共に歩むもの。不満やスレ違いがあっても必ず理解の道はあると、我は思う」
お前に人の道を説かれるとか俺も落ちたもんだ。だがきっと一般的にはそういうもんなんだろうな。俺の読むラノベや小説にもそういうことは往々にしてあるものだ。現実の俺とはリンクしないが。
「譲れないものだってあるだろ。お前は相手に何を求める」
「求めるか。あえて言うなら理解を求めるのだろう。もしくは期待かもしれんな」
「……そうだな」
期待した通りで無ければ、期待しすぎた自分を許せない。相手は悪くないなら、自分を責めるのが筋だ。
俺のフォークがしばらく止まっているのに気づいた材木座は続ける。
「人は願うものだ。望む未来を手につかむため、他人に要求を通すため、結果相手や自分を責めることになっても仕方ない事であろう。だが歩み寄ることも出来る。さすれば、出来ることも限られるというものだ」
お前に言われるとなかなか認めたくないものだが、正論だ。ぼっちでいればその必要もなかったんだがな。
「暗くなるからこの話は終わりだ。お前の言葉は留めておく。あと、お前は孤高じゃないだろ。孤立だ」
知らない事の方が多いのはわかってたつもりなんだがな。結局どこかで期待してたんだろうか。人間関係なんてわかんねぇよ。避けて通ってきたんだからな。
その日は材木座家に世話になった。部屋はテレビで見るようなオタ部屋を想像したが、そんなことは無く影響を受けたと思われるラノベのポスターがあるくらいだ。ポスターも中世のファンタジー物や、三国志に戦国時代と様々なジャンルだが歴史者が好きなのはわかった。
「日本史に寄ってるかと思ったがそうでもないんだな」
「面白いものは面白い。それだけだ」
そこでキメ顔作っても材木座はダメな。あとそれ斧乃木余接の真似とか言うなよ。あれセリフだけで実際キメ顔してねーからな。
「風呂はどうするつもりだ」
「借りる」
「サイズの都合、自身のを使いまわしてもらうぞ」
「一日くらい気にならねーよ」
そのまま風呂と布団を借りて、俺のバッテリーは尽きた。
翌日は昼過ぎに自宅へ帰った。小町対策としてアイスを買っておけば溜飲は下がるだろう。そう言えば携帯は電源を切ったままだ。無くても気にならない電話の電源を入れるとメールが8件に、留守番電話が5件の文字が見える。
メールには最初は由比ヶ浜の言い分もあったが徐々にしおらしくなっていったらしい。空気を読むいつものキャラになっていた。留守電も同じようなものだ。
面倒くせえなと思っていると、勢い良く部屋のドアが開く。
「ごみいちゃん帰ってたの?」
いきなりだな。昨日のこと根に持ってやがる。そこは我が妹の事、この程度予定調和に過ぎん。
「買ってきたアイスは要らないようだな」
「お兄ちゃんお帰りー。愛してるよ!」
変わり身早いな。こういうことが出来ないと世の中は渡っていけないのだろう。世渡りのハードル高え。社会に出たら出世とか何それ美味しいの状態だ。
あと、昨日の件は先手取っとくか。
「昨日は言い過ぎた。悪かったな」
「小町を思って言ってくれてるのはわかってるつもりだけど、イライラしてたから私もごめんね!」
俺が歩み寄れば小町も向き合ってくれる。他の兄妹のことは知らないが、今までもこれからもそうやっていければと思う。たった二人の兄妹だからな。
「そうそう!結衣さんから連絡来てたけど何したのさ」
「ちょっとな、色々あったんだよ」
「どうせお兄ちゃんが余計なこと言ったんじゃないの?」
「心外だな、寧ろおかしいのは向こうの方だ」
こうして小町に説明する羽目に、って完全にのせられてるな。妹ながら俺をよくわかってやがる。
「ありゃ、そんな進め方してたんだ。それはちょっと結衣さんらしくないね」
普段を思うとアホの子だが悪いやつじゃないからな。今回はどういう訳だかかなり強引だったが。留守電もメールも反省はしているみたいだったし、連絡してみるか。
「小町、こういう時どうすれば良いんだ」
「小町と一緒でしょ!言い過ぎたとか、適当な理由を考えるのなんてお兄ちゃんの専売特許じゃない」
妹は容赦ない。身内には優しくも厳しい。
しかし、こういう時の距離感の詰め方というのはイマイチわからん。電話とかかけた方が良いんだろうか。しかしなんて話しかけりゃいいんだ。暫く思い悩んだ後、電話は無理だと結論づけ、慣れないメールをポチポチと書いては消すを二、三度繰り返し、意を決して送信する。
送信完了の文字が表示されると、程なくして由比ヶ浜から電話がかかって着た。
「ヒッキー、ごめんなさい!」
開口一番謝罪という、由比ヶ浜らしさが全面に出た第一声だった。その反応で今まで抱いていた変な緊張がバカバカしくなる。
「お、おう」
「ヒッキーが落ち込んでたから、あたしなりに盛り上げようって思ったの。みんなで何か楽しいことしたいと思って。どうせなら小町ちゃんにも相談して進めてたんだけど、あんなに怒ると思わなくって。ゆきのんも賛成してくれたからそれでがんばろうと思ったら調子に乗っちゃった……」
勢い良くしゃべりだした言葉も、俺の反応が無いのが気になるのか、徐々に弱々しい声に変わる。
「最後に誘うところで、……ヒッキーどうせ断ると思ったから強引になっちゃったけど……もう少しちゃんと説明すれば良かったかな……」
声が弱々しさから涙声に変わっていく。クラスメイトを泣かせたら来週から学校に行きづらい。そんなことをしたら、三浦あたりから何を言われるかわかったもんじゃない。
しかし、この話を聞いた限りさっき俺から説明させておいて小町のやつ全部知ってたな。なんてやつだ。
「そんなこと考える必要ないぞ。今までだって一人で何とかしてきたからな」
だが由比ヶ浜からは違うよ、と否定される。
「ヒッキーは今までそうだったかもしれないけど、みんなで楽しいこと共有できれば一番だよ!あたしとゆきのんとヒッキー、最後はみんな一緒に笑っていたいから」
そういうことかよ。やり方はともかくそう考えてくれた事が由比ヶ浜のやり方なんだろう。
「お節介だな、やるなら次はもう少しスマートにやれ」
「うん、……もう怒ってない?」
「怒ってねえよ。月曜は話聞くから、いつも通り来いよ」
そう告げて電話を切る。なんだかんだで月曜からは本当に通常通りに戻るだろう。一色の事さえなければ。
月曜の放課後、部室にはいつも通り雪ノ下がいつもの定位置に座っていた。
「うす」
「こんにちは比企谷君」
「由比ヶ浜とは電話で聞いた。事前に話を聞いてたらしいな」
「由比ヶ浜さんから相談されたのよ。どうしても最後は楽しい思い出に変えたいと。そこまで言われては断われなかったわ」
そりゃ断われないな、雪ノ下が由比ヶ浜のおねだりを無下にできないのはわかってることだ。
「もう少しスマートにできないもんか」
「あなたが彼女の好意を素直に受け取るわけないじゃない。だから多少強引にさせたのよ」
手を引いていたのはお前かよ。これで納得がいったわ。
「素直ねぇ、十分素直だろ」
「あなたが素直なのは自分に対してでしょう。それともちゃんと話せば受けたとでも?」
俺のことだ、間違いなく理由をつけて断るだろう。
「沈黙は肯定と受け取らせて頂くわ。由比ヶ浜さんからは既に先日の事は伺っているから、今日は改めて日程を決めることになるかしらね」
どいつもこいつもだんだん俺の扱いに慣れてきてるな。何、マニュアルとかあるわけ。比企谷八幡取り扱い説明書。こんなやつをコントロールしたいと思うやつの気がしれないね。
ま、こういう事にどんな意味があるかはわからないが、それはこれからわかっていくものかもしれない。
「ゆきのん、ヒッキー、やっはろー!」
今日もまた平和な一日となるだろう。その平和な一日を実感する為に、イベントを立てて時間を共有する。
「おう」
「こんにちは由比ヶ浜さん」
俺らはまた一つお互いを知って、奉仕部は次の依頼を待っているのかもしれない。
以上、[後日談、奉仕部の場合]でした。
最後はイチャイチャ成分ありませんでした。
材木座が別人かなぁと思いましたが、八幡と同じ歳で
こういうこと話せそうなのが他にいませんでした。
個人的には好きなキャラではあります。
これで後日談も一通り終わりましたので、
落とすか遊ぶかどうするかというのは決めてません。
結構スレも余っているので、ネタ提供頂ければ検討させていただきます。
完全暇つぶし用みたいな感じにはなりますが。
ではでは失礼いたします。
乙!
乙
ネタなら羽黒煮さんの姉達との絡みとか
まぁ足柄はもういるけど
おつ
面白かったやで
材木座本当にいいキャラしてるよなぁ
おつ
おつおつー
完全におまけ扱いですが、投下。
[後日談、比企谷家での鍋編]
前回イチャイチャ成分なかったので、書きましたが、若干キャラ崩壊気味です。
暇つぶしにどーぞ
現在、我が家で鍋の真っ最中である。
「比企谷先輩!はい、あーん!」
「私によそって貰えるとか、思い出にしていいくらいですよー」
「あー!あたしもするのにー!」
「あなた達行儀悪いわよ。デレ谷君もいい加減にしなさい」
「ありゃ、これならお兄ちゃんに彼女ができる日も遠くないかな!」
「これ、俺が想像してた鍋と違うんだけど。普通和気藹々ってこういうのじゃなくね。あと別にデレてねーから」
何故こんなことになっているかと言うと事の始まりは先日由比ヶ浜からの提案だ。
具体的な経緯は前回の話にあるので割愛するが、その話があってどうせなら他にも誘う事になった。誘うとなれば外せないのは俺の天使である戸塚だ。
「戸塚!今度の休みにうちで鍋をするんだが来てくれるか!来てくれ!お願いします!」
「ごめんね八幡、その日はどうしても外せない用事があって行けないんだ。また誘ってくれると嬉しいな」
俺はその日枕を濡らした。
その後話がテニス部後輩の羽黒(艦これの羽黒に似てるのでそう呼んでいる)の耳に入ったようで、鍋が翌日と迫った日の昼休みのことである。
「比企谷先輩!」
腕に抱きつくなよ。ただでさえ好意持たれてるの知ってるから好きになっちゃうだろうが。
「おい、人目につくだろ」
そのままの状態で俺を上目遣いで見るとか、あざといところまで教わるなよ。一色だけでも相手するの困ってるんだが。
「戸塚部長から伺いましたよ。お鍋するみたいですね。私行きますから比企谷先輩のお家教えてください!」
「いや、今回はちょっとあれだから。内輪だから」
「私も内輪ですから大丈夫ですね!それにもっと比企谷先輩を知りたいんですけどダメですか」
「いや、ダメだろ。そんな仲になるには早いな」
「でも、もうすぐ比企谷先輩受験でこういう事もできなくなりますし、それとも三年になっても私と遊んでくれますか?」
ニコニコしながら腕組んでこないで!当たってるから!
そんな状態で人目につかないはずがなく、目立ち始めると収拾をつけないわけに行かないと俺の明日が危うい。周りからは遠巻きにひそひそと話し声まで聞こえてくる始末。
「俺はもっと穏便にしたいんだ。控えろ」
「もう注目されちゃってますから手遅れかもです」
君ホントタフね。俺とここまで接して黒歴史になっても知らねえからな。責任も取らないからな。最近君のお友達からよく責任追及されて参ってるんだよ。
「それじゃ帰るときは誘ってくださいね!」
「お、おい!」
嵐が過ぎ去ったのも束の間、人目の中に一色の姿が映る。逃げようと思った時には捕まったあとだ。
「先輩!羽黒ちゃんが行くなら私もご一緒しますね。こんなにモテることはもう二度と無いでしょうし、先輩の思い出作りに付き合う後輩は貴重ですね!」
「いや呼んでないし。お前葉山がいるだろ。誤解されたら困るだろ。つまり間に合ってます。はい論破」
「あーあ、そんなに校内放送で呼び出して欲しいならそう言ってくれれば」
「これ以上俺を貶めるのやめてもらえませんか。俺スクールカーストという社会的には弱者というか底辺スレスレなんだからもっと労れよ」
「やだなー、私がはそんなことしませんよ。先輩が来て欲しいって言ってくれるなら」
「元々奉仕部関係のイベントだから俺の一存じゃ決められねぇの。だからわかるだろ」
「大丈夫ですよ。結衣先輩理解あるので。雪ノ下先輩も大人ですから」
お前のそういうところ凄えと思うよ。無理なら無理矢理通すところ。大体俺の記憶が確かなら、雪ノ下のこと苦手じゃなかったか。
「じゃ、私も羽黒ちゃんとご一緒しますから今日は一緒に帰りましょうねー!」
そのまま俺の静止を聞くことなく去っていき、残されたのは若干の人目と俺の姿だった。
その放課後。
「羽黒ちゃんといろはちゃんが明日の鍋パに来るって聞いたけどヒッキーどういう事!」
すみません。気づいたらそうなってました。つーか断ったんだけど最近の子って人の話聞いてくれないんです。
「今回は内輪と説明したんだが」
「言い訳するの!?」
「事実だ!」
「随分と押しに弱くなったのね。年下好きだからかしら。シス谷君」
俺が愛してるのは小町と戸塚だけなんだが。二人は聞く耳を持つことなく怒り心頭中の由比ヶ浜に冷たい物腰の雪ノ下を俺は止めることができない。そして俺の味方はいない。あれ、詰んでね?
「ちょっと二人と話してくる!」
そう言って由比ヶ浜と雪ノ下が出ていったので、まぁアイツらなら大丈夫かと思って部室で待っていたが、戻ってきた時の由比ヶ浜の第一声が想像と異なった。
「ヒッキー!あたし負けないから!」
「私達に勝負を挑む以上負ける訳にはいかないわね」
何の話だよ。雪ノ下の方はなんか勝負事で乗せられたな。ある意味はめられたと言えよう。
こうなっては俺にはどうすることも出来ない。電話で小町に明日急遽二人追加になる旨を伝えると、女の人?とこちらも妙に勘が良く、ニヤニヤとしているのが電話越しにわかる。お前の玩具じゃないぞと言っても、わかってるよー、と小町のトーンは変わらない。あ、これ俺がロクなことにならないパターンだな。と早々に覚悟を決めることにした。人は諦めることで世界の心理に近づくわけだ。刻々と死に近づくけど。
部活終了時に見計らったかのようなタイミングで部室に来た二人に話を聞いた。
「由比ヶ浜先輩は、いろはちゃんが[私達の方が比企谷先輩に喜んで貰えるから大丈夫です]とか言ってましたね。もちろん負けませんよ!雪ノ下先輩は[妹キャラなら私達の方が比企谷先輩の事わかってますから、勝負しますか?]とか言ってましたね」
完全に後輩に手玉に取られてるな。由比ヶ浜はともかく雪ノ下はそんな話に乗る必要ないだろ。そもそもお前妹キャラだっけ。
こうして現在に繋がるわけである。な、俺悪くないだろ?
うちの机は長方形の机で、席順は俺が誕生日席で小町が俺の正面。俺の右手側が由比ヶ浜でその奥に雪ノ下。左手側に羽黒と一色である。
小町はこの光景を見てニヤニヤしている。お前もうちょっと兄に加勢しろ。
「小町、肉とって」
「ヒッキーのならあたし取るから貸して!」
お、おう大丈夫か。材料的にマズイものは入ってないから大丈夫のはずだが、気合の入った由比ヶ浜を見ると不安に駆られるのは何故だ。
「先輩!はい、あーん!」
いや、自分でやるし。お前も俺に対するキャラそういうのじゃなかったと思うんだけど。変なものでも食べたか。由比ヶ浜に盛られたか。
「比企谷君、味はどうかしら」
「雪ノ下が用意してるからな、マズイわけないな」
「……そう」
いや、照れるのおかしいから!正直な感想述べただけだからね。
「ヒッキー、ほら食べて!おいしいから!」
あ、はい。頂きます。由比ヶ浜さんの取ってくれた肉固いんですが、嫌がらせじゃないですよね。ワザとじゃないよね。
「比企谷先輩、ライバル多くても私頑張ります!」
何の宣言だよ。まぁ頑張ればいいんじゃないかな。努力したからといって報われるかは別問題になるが。
しばらく女性陣で何やら動きがあったが俺にはよく分からない。肉うめー。俺が雪ノ下仕込みの鍋を味わっていると、羽黒がその幻想をぶち壊す。
「因みに比企谷先輩の好みの女性のタイプってどういう方何ですか?」
その一言で部屋の温度を下げる妙な緊張感が走る。おかしい、まだ季節柄冷えるものの鍋をしているこの部屋は十分に温かいんだが。
せっかく現実逃避をしていたところに来るのは一色の無慈悲な突っ込みである。あと、自分可愛く見せようとする必要ないから。全部知ってる俺にやっても無駄だから。
「もう先輩!聞いてますか?」
「あぁ、すまん。あざとさで現実に引き戻されたわ」
「私があざといなら、先輩は愚鈍ですね。お望みとあれば生徒会長権限を発動するのも吝かではありませんよ。全校生徒の前である事ないこと言っても私は構いませんので!」
お前の笑顔は怖すぎるのでご遠慮願いたい。笑顔の裏に金剛力士像の影が見えたんだが気のせいだよな。
「好みなんて無いぞ。俺に専業主夫させてくれる理解のある人であればウェルカムと言っても良い」
「あれれ、ごみいちゃん中学の時には普通に話しかけてくれたり、メールのやり取りしてくれるだけで好きになってたのにどうしたの?」
今その話を出すなよ。高校入ってからは雪ノ下さんくらいしか知らないのに余計なことを!マイシスター!
「私達全員に好意を持っているということかしら。あなた随分節操無いのね」
「メールも電話もしてるなら、悪くは思われてないよね」
「それならいろはがお相手しましょうか。でもごめんなさい先輩が勘違いさせるようなことしてもそんな気は無いので無理です」
「私比企谷先輩の連絡先存じません!教えてもらっていいですか?」
事態が悪化した!にも拘らず小町の私関係ないですアピールは俺に対する嫌がらせですね。そうですね。お前後でトイレに呼び出しな。
とか思っていたが4人の目線が怖い。これは答えないと場が進まないやつか。何故俺に会話のボールを持たせる。君たち今日はご飯食べに来たんじゃないの?俺の慰労会じゃないの?
「一番将来性があるなら雪ノ下だろ。学年トップで理系。医者でも研究者でも技術者でもどこに行っても通用するだろうな。羽黒は勝手に登録しとけ」
ほれと携帯を渡す。雪ノ下の問題提起に対する対策と対処の洗い出しと実行力、何より発言権は右に出るものはいないな。勉強だけでなく実務全般ここまで出来る奴は俺の知る限りでは存在しない。
俺の発言の後、一層しーんとした空気が支配している。そんなにおかしなこと言ったつもりはないのだが、雪ノ下以外は俺を冷ややかな目で見ている。これだけの人数がいるのにグツグツと鍋の音だけが部屋に響くとか、ホント空気最悪だな。全部俺のせいだけど。
「ゆきのんが最有力とか絶対勝ち目ないよー!」
「比企谷先輩!私なら雪ノ下先輩より尽くしますよー!携帯ありがとうございました」
本来であればここには戸塚がいて、俺は楽しく鍋をつついていたはずなのに!現実はいつになったら俺の生きやすい世界となるのか。予定が未定でも情報更新しろよ。アニメだって時期決まったら宣伝するだろうが!
「比企谷君、それは私と婚姻関係になりたいという事かしら」
お前もちょっと赤くなってんじゃねーよ。率直な感想だっつーの。
「大体俺じゃ話にならないだろうが。そもそも俺と結婚してもお前幸せになれないだろう」
そして俺が雪ノ下家に娶られるのであれば義姉が雪ノ下さんだろ。命が何個あっても足りん。
「その時はちゃんとふさわしいように矯正するから安心なさい」
どこに安心する要素があるのだろうか。不安を通り越して絶望しか見えないよ!こんなのおかしいよ!
「ヒッキー!私は!?」
「お前は料理するな。以上」
「ちょっと失礼だし!」
「まぁ、家族を持ったらいい感じになるんじゃねーの。財布の紐はきっちり管理しそうだし。笑いの絶えない家になりそうだし、子どもはのびのび育ちそうだな」
子どもに言い負かされそうなイメージもあるが、そして子どもにフォローされる未来が過ぎる。旦那は大変そうだ。
「そっかー!良い奥さんになるかなぁ。子どもは男の子と女の子一人づつ欲しいなー」
未来の旦那は頑張れよ。コントロールは容易いが常に意識しておかないと暴走するからな。そしてメシマズ嫁を許容できる度量!これ無いと病むから。
「先輩と添い遂げるとか私いくらなんでも自分が苦労する未来とわかってて早々に答えなんて出せませんごめんなさい」
「お前はゆるふわビッチの才能活かせば幾らでも明るい未来になるだろうが」
「まぁ先輩が何でも言うこと聞いてくれて、私の事大事にしてくれるなら考えないこともありませんけどね!」
俺以外の人でそういう奴見つけろ。少なからず一人や二人はいるだろ。俺を弄ってもお前の期待に応えるつもり無いからな。
「比企谷先輩!私はお早うからお休みまで尽くしますよ!」
「俺はあんまり積極的に来られると引くタイプだからさ。控えてくれると有難い」
そう言うと羽黒は少し思い悩んだあと、コソコソっと俺の真横に移動してくると急に耳元に顔を近づける。
「それなら、お会いする度に耳元で好きって囁きますよ」
こんな風に、という羽黒はニコニコしているが、俺の心臓は衝撃に耐えきれず顔が暑い、瞬間湯沸かし器も真っ青だ。こんなの学校で言われたら完全に不審者になるだろ。
「ア、アプローチを控えるという選択肢はないのか」
ヤバイ動揺してしまった。思わず吃る。羽黒は相変わらず笑顔を絶やさないで俺をまっすぐ見ている。
「消極的の方が破壊力高かったりするんですよ。覚えておいてくださいね!」
やめてください死んでしまいます。くそ、思わずときめいてしまった俺がいる。しかしあんなの急に言われて勘違いしない奴がいたら相当だな。俺?俺くらいになると直ぐに平常心に戻る事くらいなんてことはない。当たり前だろぼっち何年やってると思ってんだ。
「デレ谷君、随分と仲が良いようね。雪ノ下家の婿になると言った話は忘れたのかしら」
そんな約束含まれて無いだろ。さっきの話のどこにも確定事項としてなかったぞ。そもそも一般論しか言ってなかったはずですよね?
「う~、ヒッキーの浮気者!」
俺誰とも付き合ってませんけど、付き合ったこともありませんけど、これからの未来はケースバイケースであることを願う。
「先輩はそのうち存在が忘れられること間違いありませんからね。私が見届けますよ」
あざといの代名詞は言うことが違うな!俺を見届けても保険金は大してかけてないぞ。残念ながら俺にそれほど価値がないからな。
「比企谷先輩!私の想いはいつでも受け取れますから!待ってまーす!」
俺が思ってる以上にタフだな。最初に少し突き放したら悪いかなと思ったらとんでもなかった。
「小町助ける気あんのか」
「ここでフラグ建てないとお兄ちゃんの今後は期待薄いのに、余計なことするわけ無いよね」
援軍は無く孤立無援が確定した瞬間である。その時、インターフォンが鳴る。もちろん逃げ道に使う他ない。俺はステルスヒッキーモードで応答する。
「はい、どちら様でしょうか」
「あ、あたし川崎だけど」
川崎?川崎ってあの川崎?一匹狼でキツイ雰囲気なのに家族には滅法弱いあの川崎?
「おう、どうした」
「今日鍋するって小町から聞いたから、材料も持ってきたんだけど」
その瞬間俺は小町を見るが、全てを知っている小町は視線が合うとウィンクを俺に一回向けて鍋の続きを楽しんでいる。
火種ばっかり増やしやがって、そろそろ俺爆発するだろこんなの。流石に帰らせる訳にはいかないので、家に招き入れる。
「小町がなんか言ったみたいで気を使わせたな。悪かった」
「良いよ。あたしも気を使ってられないからね」
なんか微妙に話が噛み合ってない?
「比企谷、家に婿に来ないか。あんた一人増えたくらいなら何とかするから」
……は?
「……話が見えないんだが」
「ここからは女の戦いだから見てな。あと出来れば文化祭の時のセリフもう一回言ってもらえると嬉しんだけど」
文化祭でセリフ。俺劇なんかやってないが。そんなシーンあったか?
「分かってたけどね、あんたがあたしのこと愛してるって言ったのは何かの勢いだったってことは」
「言ったか?どこで言った」
「はぁ、相模を探してる時あたしに言ったよ、川崎愛してるぜって」
あ、言いましたね。確かに。はい。
後ろから殺気のようなドス黒い何かが流れてくるのかを本能的に感じ取る。俺マジニュータイプに覚醒したんじゃね!俺のアイデンティティも崩壊するレベル!一言で言うと
「あ、俺死んだ」
「お兄ちゃん!小町は勉強があるから、私の席に沙希さん座ってもらってね!」
爆弾用意しても処理しない小町にはガッカリだ!そして妹はさっさと引き上げていき、そこは女の園という名の闇が見え隠れしているようだ。
まず、目の前のトラブルには目を背けて今出来ることを考えよう。まずはこの修羅場をどう逃げ切るか。口先だけでは逃げ切れまい。
「ちょっと落ち着こう。まだ慌てる時間じゃない」
言ってる俺が一番落ち着けであるのは言うまでもない。問題は山積みであり、これをどう抑え込むかが腕の見せ所だあるが、今までぼっちだった人間が出来るわけがない。現実はいつも俺に厳しい。しかし厳しくした妹がもういない。
「だって!ヒッキーから……とか……ズルイ!」
発言に問題があった事は認めざるを得ないが、その理屈はおかしい。そもそもこの問題はずるいとかずるくないとかそういう類ではないだろ。
「甲斐性もないのに随分と節操がないのね。折角依頼を受けたというのにこの仕打ちなんて、仇でしか返せないのかしら」
依頼と仇は結びつかねーよ!雪ノ下さんはもう少し自分の発言を省みて下さい。いろいろと間違ってるから。
「先輩責任とってくれるって言っておいて酷いですね。男の風上にもおけません!」
責任については生徒会長の件だと何度言えばと小一時間問い詰めたい。甘やかしたツケか。ある意味俺のせいか。
「比企谷先輩に愛してるって言われるなんて川崎先輩すごいですね!どうやったんですか!?」
この子はある意味ブレないな。よく周りを見渡せば俺なんかよりずっと良い奴なんていくらでもいるから、もう少し周りに目を向けようか。
「あんた、随分とやらかしてるね」
「無実だ。まぁ座れよ。折角来たのに立ちっぱなしも悪いからな。材料はこっちで支度するわ」
川崎から荷物を受け取って台所に運んだところで雪ノ下からクレームが上がる。
「あなたが用意するくらいなら私がします。座ってなさい」
ほー、と声をあげた羽黒が呟く。
「雪ノ下先輩既にお嫁さんみたいですね」
「比企谷君の嫁なんて考えただけでもおぞましいのだけれど折角来てくれた川崎さんに料理をさせるのは忍びないから変わっただけよ。大体この男が自分から言い出したことは大抵ろくなことにならないのだから私がキチンとやった方がいいに決まっているじゃない。寧ろ余計な仕事を増やされたら困るから黙って座って待っていなさい」
「お、おう。わりい」
問答無用で黙らされる。俺にはYESと答えるしか選択肢がないのだ。こんな選択肢しかない人生バグってんな。リセットさせろよ。急に手持無沙汰になったので雪ノ下の手さばきを間近で拝見させてもらう。
「雪ノ下のエプロン姿は妙に様になるな。やっぱり料理出来る奴は佇まいが違うな」
所詮小学校高学年レベルだからな。手つきや所作がプロのようだ。ホントなんでも出来るな。完璧超人め。
「ゆきのん!あたしも手伝う!」
「由比ヶ浜さんはお願いだから座って待っていてくれるかしら」
「ゆきのんに拒否られた!」
お前も成長してるのかもしれんが、そんなにうちの台所は広くないし却って邪魔になるからやめとけ。それに俺はまだ生きていたい。
「あ、材料費払うぞ。幾らだ」
「二千円ちょいだから別に良いよ」
川崎の発言に反対するのは由比ヶ浜だ。手を上げて勢いよく否定する。
「ダメだよ!こういうのはしっかりしないと!」
「確かに、会計には定評のある由比ヶ浜に任せるか」
「結衣先輩、クリスマスの時も凄く助かりましたからね」
「じゃあ、後で集めるから用意しておいてね」
会計は任せるとして、俺は川崎用にコップと飲み物を用意する。
「川崎、マックスコーヒーで良いか」
「他にないの?ちゃんと買い物袋の中に入ってたろ」
よく見ると烏龍茶が入ってる。よく考えたらお前もおかんスキル持ちだったな。用意周到ですこと。
「先輩!私にもください!」
「私も貰っていいですか?」
後輩の扱いは妹と変わらんな。甘え上手な方がこちらも扱いやすい。女ばかりの大所帯だとこんな感じか。うーん、俺の居場所は間違いなくないな。
俺に同調するのは羽黒だ。
「なんか家族みたいですね。比企谷先輩はお父さんでしょうか」
「他の役割はどうなる」
「雪ノ下先輩は奥さんですよね。私といろはちゃんは末っ子姉妹。由比ヶ浜先輩は私たちの幼なじみで、川崎先輩はしっかりモノのお姉さんじゃないですかね」
家族ね、専業主夫させてくれる嫁を娶ればあるいは。
「んー、それじゃ家族みたいに振る舞ってみましょう!」
ナイスアイディアと言わんばかりに主張する羽黒。ロマサガの閃いた時の電球が見えたような気がする。しかし嫁が雪ノ下か、幸せな未来が俺には想像できん。毎日姑のようにやること全般にダメ出しされて病む未来しか浮かばない。
「はーい!それじゃ皆さんこれから家族になりきって下さい!雪ノ下先輩はお母さん、比企谷先輩はお父さん、由比ヶ浜先輩は私達と幼なじみの友達で、川崎先輩はしっかりモノのお姉さん、いろはちゃんは私と双子の末っ子です!」
君も割とやりたい放題ね。コイツらが乗っかって来るか?この歳でごっこ遊びとかしないだろ普通。
「それじゃ年下の私たちはワガママ放題で良いんだね!」
良いわけあるか。つーかお前いつも通りじゃねーか。てかやるの?
「しっかりモノのお姉さんなんてどうすればいいのさ」
「お前はいつも通りで良いだろ。普段から下の面倒見てるし」
「そんなことでいいのか?」
逆にお前普段の自分をどう認識してるんだ。お前からしっかりもの要素を抜いたら夜間出歩く不良少女だぞ。
「近所の幼なじみってどうしようか。二人と仲良くすれば良いのかな」
「ある意味一番自由なキャラ設定だから好きにすればいいんじゃねーの」
「そっかー、ゆきのんもやるよね?」
「その男が夫など悪寒がするわ」
「むー、じゃあヒッキーの家の猫と自由に遊んで良いから!」
雪ノ下が俺を見ている。その期待に満ちた目は川崎の時以来だな。目は口程に物を言うとはよく言ったものだ。
「カマクラが懐けば良いんじゃねーの」
俺には全く懐かないがな。所詮面倒を見ていても気まぐれな生き物である。俺も来世は猫になるか。元々単独行動多そうだし今と変わらないな。
「やるわ」
お前も変なところチョロいな。もう少し考えなくていいのかよ。俺と夫婦役だぞ。
「それじゃ始めますね!」
という訳で唐突に始まったものの、うちの両親は普段あまり一緒にいるところを子どもに見せないので、どんな夫婦がテンプレートになるのかピンとこない。
考えていると末っ子の娘役が俺の前に来ていきなり抱きつかれた。
「お父さん大好き!」
そういうことかよ!やっぱり策士だ。今後羽黒との距離感は再考する必要ありだなどと思っていたら、そのままバランスを崩してソファに倒れこんだ。
「あなた娘とそんなことしていいと思ってるのかしら。家庭内の事でも警察は呼べるのよ」
本気で携帯を手にする雪ノ下がいる。待て、落ち着け、事故であって俺の意思とは無関係の不可抗力であることは一目瞭然だろうが。
すると、川崎が間に入って羽黒と俺を順番に起こす。
「こら、危ないだろ。怪我したらどうするんだ。ソファがあったから良かったものの今後は止めなさい」
川崎がしっかりお姉さんしてるのはわかるが、顔が物凄く赤いな。無理に付き合わなくてもいいぞ、所詮思いつきのお遊びみたいだからな。
「うー、ごめんなさい」
「分かれば良いの。ちゃんとお父さんにも謝りなさい」
羽黒が上目遣いで俺を見るとペコっと頭を下げて謝罪する。
「お父さんごめんなさい。怪我しなかった?」
ヤバイ、可愛い。父性に目覚めそうだ。こうして父親は娘に逆らえなくなるのか、我が家の父が小町に甘い理由がこの一瞬で理解してしまった。父親の悲しい性をこの歳で理解してしまうとは。
「大丈夫だが、もう危ないことはするなよ」
俺も何なりきってんだ。まぁ空気を壊すのもアレだしな。だが末娘役は満足していないらしく頭を俺に向けて自己主張を止めない。
「こういうときは頭撫でて欲しいなー」
まぁ、妹も娘も対応は変わらないか。全然違うのはわかっているが、多分コイツは俺がやるまで止めないだろう。何故かわかってしまうのが辛い。
「わ、わかったよ。ほら」
よもや同級生や後輩の前でこんなことをする日が来るとは。気恥ずかしいので頭を二、三回ポンポンとすると満足そうにエヘヘと笑って再び抱きつこうとしたところを川崎に止められた。
「ヒッキー!私は幼なじみだから、うーんと、えーと」
何故そんなに本気で悩む必要があるのかは分からないが、普段からそのくらい考え事してればもう少し成績にも反映できたんじゃないかという悩み方をした後、俺の前に立ち思いついたセリフを口にする。
「いろはちゃんと羽黒ちゃんのお父さんかっこいいね。あたしのお婿さんにしてあげるね!」
「お前そんなキャラじゃねーだろ」
「なんであたしの時だけそんな反応!」
そうは言いつつもあなた俺の腕に抱き着く様にしがみつかないで!柔らかいものが当たってるから!それを見て一色も動作に移る。
「結衣さんにはあげません!お父さんは私のです!」
いや、二人とも恥ずかしいならやるなよ。まぁそれ以上に俺が暑くて困る訳だが。両手に花なんだが心臓に悪い。お父さん毎日こんな状態なのかよ。見たことねえよ。
「比企谷君、今すぐ肉体的な意味での死と、近いうちに行われる社会的な意味での死を選ばせてあげるわ」
どっちにしろ死ぬのかよ。これ遊びだから。むしろ俺巻き込まれているから。
死を覚悟しかけたところで、川崎からのフォローが入る。
「お母さんも娘とその友達に嫉妬しないの。浮気じゃないんだから」
あんまり状況は変わらない。やはりここは俺がなんとかするしかない。俺は二人の目線に合わせて両手を二人の頭において諭す様に話しかける。
「二人とも嬉しいけど、お父さんはお母さんのものだからな。ありがとな」
フォローの撫で撫でを忘れないでおくあたり出来る男だね!二人は急に俯いたけど、お母さん役の雪ノ下さんの頬が赤く染まっていく。凄え恥ずかしいことを言ったかもしれんがこれはごっこ遊びだからセーフだろ。だよね?
「いきなり子どもたちの前でそんな事を言うなんてあなたそんなに私の事が好きなのかしら。夫婦なのだから好きなのは構わないのだけれどそう言うことは夫婦二人の時間に言うべきではないかと思うわ。夫婦の時間を蔑ろにするなんて本当にあなたはダメな夫ね。子どもを大事にするのは当たり前であるのだけれどまずは夫婦の時間をキチンと設けるべきではないかしら」
雪ノ下さんの夫婦像はそんな感じなのな。少し意外だが夫婦生活を大事にするなら相手も幸せだろうな。
横で川崎がため息をついて一言。
「仲がいいんだか悪いんだか。まぁ良いに越したことはないけどね」
「お前のフォローがなかったら積んでたな。サンキューな」
「それは父親としてのセリフ?それとも比企谷のセリフ?」
「どっちもだな」
そう言ってナチュラルに撫でてる俺がいた。川崎も恥ずかしくなったのか顔をそむける。
「わり、つい流れで」
「あんた自然にそういう事すると勘違いされるからやめなよ」
「するやつはいないだろ」
「いたらどうするのさ」
そう言う川崎が潤んだ瞳で見つめて来る。さっきまで父親モードだった俺の心が急激に現実に引き戻されて恥ずかしくなる。俺何やってんだ。
「お、終わりだ!終了!」
一部からは若干非難の声が上がるがこれ以上やったら俺の身が持たない。雰囲気に酔ったというのか、思い返すと穴に入る勢いである。
その後は少し妙な雰囲気になったものの、雪ノ下が下ごしらえした鍋をさっきまでの喧騒が嘘のように物静かにつついた。
食事もひと段落し、気付けばもう良い時間である。
いろいろな意味で衝撃的な時間だったが、飯がうまけりゃ丸く収まるな。俺は今間違いなく幸せだ。
「片づけは俺がやるから、お前らいつでも帰って良いぞ」
「随分殊勝な心掛けね。お言葉に甘えて帰宅させていただくわ」
「お鍋おいしかったね!鍋パまたやろー!」
「こんな美少女と一緒に食事できたら一生の記念になりますね。先輩はもっと私に感謝してください!」
「無理言って済みませんでした。でもとっても楽しかったです。またお邪魔させてくださいね!」
「小町にお礼言っておいて。お疲れ様」
全員帰宅していった。異常に疲れた一日だったが、終わりよければすべてよしとしよう。
カマクラは雪ノ下に構われた割には機嫌がよさそうだ。飼い主様より懐くとはペットの風上にもおけんな。そんなとこまで人を選ばれたら俺の存在はますます薄くなるがカマクラは我関せずである。素直なやつだ。
生きてればいろんなことがあるが、うちに女子が来る日があるとはな。もう無いな。
また明後日から学校か、久々に疲れた俺の意識と体を眠りに誘う。少し横になりたい。
意識が落ちる前にメール本文を作成したが、送信ボタンは押されることなく、そのまま眠りについた。
『今日はありがとな。また月曜に』
以上、[後日談、比企谷家での鍋編]でした。
考えましたが、これ以上このスレでできることはないかなーというのが個人的な結論になります。
お付き合いいただきありがとうございました。
皆さんの暇つぶしになれば幸いです。
ではでは失礼いたします。
おつ
これははやはちで終わっとくべきだったな
材木座のかっこよさ補正込みで奉仕部の場合までだ
鍋はクソだった
もっといちゃいちゃしやがれこの野郎!
いつでも帰っていいって言われたら泊まるよな?
ほう…お泊まり会編か
お泊まり会編いいっすね
あとサキサキの口調に若干違和感がある部分があった気がしました…でも皆メチャクチャ可愛かったんでそのままお願いします
おっつっつ
おつおつ
いい雰囲気だった
おつおつ
いい雰囲気だった
うぉう、何か変なwi-fiつかんだ
連投すまん
乙!
乙
川崎は男言葉やヤンキー調のセリフは吐かないわけよ…
彼女の口調に困ったときは言わせたいセリフを「照れてるんだか怒ってるだかよく分からんけど普通の女子」で変換するんだ
口調的にはそれで通常の川崎口調になるハズだ。ですます調じゃないだけで普通の女子から逸脱してる言葉は使わないってことだけは抑えてくれ
ぶつ切り系の話し方にするだけでかなり川崎っぽくなる
>>224
それ間違えてる奴ほんと多いよな
このSSまとめへのコメント
ぉ疲れ様です(。*・д・。)ノ
面白かったです。
( ᐛ
ツッコムトコソコカイw→カンスト