八幡「メガネにするか、コンタクトにするか」 (225)
最初に
なるべく原作のキャラをなぞったつもりですが、
八幡の行動、考え方に私の個人解釈が含まれてます。
オリキャラが1名登場します。
また、私の語彙力不足、構成能力不足により
展開が強引と感じるあることをお許し下さい。
これらを許容いただける方の暇つぶしになれば幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1429243815
放課後の奉仕部は基本的に静かだ。それは外から運動部の声がよく通る程、物音はほとんどない。
目下の議題は俺の視力である。最近黒板の文字が見えづらい。視力の低下を感じて眼科へ行ったところ、左0.6、右0.5ということで日常生活に支障はないものの、授業は座る場所によって困る程度のレベルである。
依頼が来ない事を良い事にメガネにするかコンタクトにするか。
「ちょっと聞いていいか」
「相談かしら」
「まぁ、そんな様なもんだ」
スマホ画面を見せながら眼鏡とコンタクトについて聞いてみる。
「なぁ、どっちがいいと思う」
「なぜ私に聞くのかしら。私は別に視力は悪く無いのだけれど」
「なんでも知ってそうだからな。こういうのも知ってるもんかと」
俺の中でユキペディアさんの信頼はそこそこ高い。
その時、勢い良くドアが開かれる。
「やっはろー!」
「おう」
「こんにちは、由比ヶ浜さん」
「ん?なんの話してたの?」
「比企谷君が眼鏡とコンタクトどっちがいいかと聞いてきたので、考えていただけよ」
由比ヶ浜はメガネとコンタクトかぁーと呟きながら思案する。
「やっぱり眼鏡かな。コンタクトはスポーツしなければ関係ないって聞いたことがあるかも」
「そうね、特にスポーツをする必要がなければ手入れも少ない分良いのではないかしら」
単純にメガネよりコンタクトのほうが維持に手間も時間もかかるなら、そっちのほうが楽だわな。
しかしメガネか、ただでさえ薄い存在感が一層暗く沈まないか。
まぁ、既に殆どのクラスメイトから認識されてねえけど。
「手入れやメンテナンスも考えるとそっちのほうがいいか、雪ノ下、由比ヶ浜サンキュー」
というわけで、店も空いてるうちに帰ることにしよう。どうせ今日はもう依頼もないだろうし。
「依頼も無いようですし今日のところは帰りましょうか」
「うん、またねゆきのん」
「ええ、さようなら由比ヶ浜さん」
あのー、俺への挨拶は無いんでしょうか。明日から来なくても良くない?
翌日、教室で眼鏡を掛けたり外したり。細かいところも見えるが、こりゃ時間がかかるな、世界が歪む。なんか別世界に飛ばされてる直前の画像を見ているような視界だ。そして飛んだ世界でモブキャラ的な扱いをされて死ぬわけだ。死んじゃうのかよ。
「ヒッキー、やっはろー」
「その挨拶アホっぽいからやめろ」
「小町ちゃん彩ちゃんも使ってるのに!あ、ヒッキーメガネしてる!」
「ああ、昨日帰りに買った。最近のメガネは早いのな、1時間でできるから着けて帰ったが世界が違って見えたぞ」
まぁ、世の中には見たくないもの、見ないほうがいいものがたくさんあるがな。
友達だと思っていた奴が裏でどう思っているかとか。八幡知ってるよ。知らなくていい情報は絶対あるってこと。
「そんなに悪かったんだ。んー、ちょっとこっち見て」
「めんどい」
「ちょっとくらい良いじゃん!」
そんなに見たいか?まぁ触れてくれるだけありがたいのか。クラスに一人くらいいるよな、あからさまにいつもと違うのに触れたほうがいいのか反応に困るやつ。
そんなやり取りをしていると、戸塚が入ってくる。
「八幡、おはよー」
「と、戸塚ぁ!おはよう!今日も可愛いぞ」
「もう!あ、八幡メガネ似合ってるね!正面から見ていいかな!」
「もちろんだ!どっちを向けばいい」
「ヒッキー、彩ちゃんの時は態度違いすぎ」
わかってねえな、戸塚だぞ。俺の天使に言われて反応しないなど許されるわけがない。時代が時代なら、手打ちまである。法律?俺が法律だ。
「八幡メガネ似合うね。きっとモテるよ」
「バカ言うな、俺はお前が見て貰えるなら他には何もいらん」
あぁ、戸塚!戸塚はなぜ戸塚なの?Raphaelの転生だとしたらこの出会いに一生感謝するまである。
「でも、ホント似合ってるね。ヒッキーがこんなにカッコいいなんて。……目が腐って見えないからかな」
嫌なオチがついた、俺の目は一体どんだけ価値を下げてるんだよ。
やはり世間が俺に優しくないのが悪い。
「でも僕も良いと思うよ。なんかデキる人みたい」
「戸塚のためなら、どんな無理難題にも立ち向かうぞ」
由比ヶ浜から『駄目だこいつ早く何とかしないと』というオーラが感じ取れたが、そんなことを気にしていたら戸塚への愛は伝えられない。人生に障害は付きものである。
そんなところで始業のチャイムが鳴り、話はそこで終わった。
その後の授業は無駄にはかどり、あっという間にお昼時である。
いつもの場所に向かう途中、平塚先生が俺を見つけて手招きしている。
最近の己の行いを思い返すが、特段先生の琴線に触れる事はしていない、と思う。
どうせ逃げ切れないのなら大人しくしたほうがよさそうだ。
期待
だけど酉じゃないと乗っ取られやすくないか?
「比企谷。調子はどうだ」
「いつも通りですよ。何の要件ですか」
「まぁ、大した手間はとらせないつもりだ。少しいいか」
「手短にお願いします」
平塚先生は俺をまじまじと見るとふむ、と人呼吸置いて雑談を始めた。
「今日から眼鏡にしたか」
「はぁ、最近黒板の文字が見づらくなりまして、それが何か」
「こういうのは老婆心なんだが、多分君の容姿でトラブルが起こる可能性がある」
俺の容姿でトラブルって何だよ。またキモ谷とか言われるのかよ。はやりコンタクトにしておくべきだったか。
「今更気持ち悪い呼ばわりわされても諦めてますよ、コンタクトにしておくべきでした」
>>8 一気に投下するので大丈夫かと
だが返ってきた答えは意外なものだった。
「逆だ。君の眼鏡によってその特異な目の悪い要素が隠れている」
つまり由比ヶ浜が言ったように腐っている目が目立たなくなったという事らしい。
「でも、それがトラブルになることなんてありますかね」
「君も自ら言っているだろう。目が腐っていなければ容姿は悪くないと」
「それだけなら悪いことにはならないんじゃないっすかね」
「まぁ、悪いことではない、心に留めておけ」
謎かけをして去っていく。禅問答とかそういう類か。
悪いことでなければ良いんじゃないの?意味がわからない。
俺の目が原因でトラブルが起きるのはまぁわかる。
しかし、因果関係がいまいち腑に落ちない。
その理由がわかるのは数日後の事だが、俺はまだ知る由もない。
体育は走るたびに眼鏡が動いてかなりイライラする。視力が大きく関係ない陸上関係のスポーツはともかく、球技全般はキツイ。スポーツ選手がレーシックを受ける理由がなんとなくわかった。
「八幡よ、眼鏡をかけたそうだな」
「見りゃわかるだろ。何か用かよ」
「いや、我と同類になっと聞いてな。心境を聞きに来たのだ」
「いつからお前と同類だ。そもそもなんの話だ」
「もうちょっと乗ってくれても良くないか。我メンタル強くない」
相変わらず早いのな、もう少し己を通せよ。
「材木座、眼鏡をかけてスポーツする時はどうしてる」
「我の場合、自分に出来ることをするのみ!それが役割と言うものよ」
「要するに球拾いだな。物はいいようだ」
聞いた相手が悪かった。そもそもこいつがスポーツをする姿なんて想像できない時点でやめときゃよかった。
しかしそうなると戸塚とのテニスに付き合うこともできないか。やはりコンタクトにすべきだったか。
「何を言う、競技にも色々あるではないか」
「ほう、聞いてやる」
「弓道や空手など眼鏡の有無を主としないものであれば、その限りではない」
まぁ、それはそうだが。俺がそれらをやるタイプに見えるか。どう考えても見えねえだろ。
「又は使い分ければ良いだけだ。今はコンタクトレンズがあるからな」
「もういいぞー」
「まぁ他には?」
後は喋りたいだけだから適当に相槌を返すことにする。
元々困っているわけでもない。
その後は適当に流して体育も終わった。
午後の体育のあとはやる気は無いのが常である。
放課後は帰宅したいところだが、義務を怠ると正論と理詰めで責られるため、重い足を引きずり奉仕部へ向う。
「うす」
部室にいるのは部長様である。由比ヶ浜は用事があるとかで来れたら来るとのこと。俺の場合来れたら来るは来れない時の言い訳率8割を超える。
「こんにちは比企谷君」
雪ノ下は珍しくノートPCを開いて依頼内容の有無を確認中か。
一通り目を通すと、画面を閉じて俺の方へ向き直す。
「特にないみたいだな」
「その方が学校としては良いのではないかしら」
「そうだな」
「由比ヶ浜さんは来るのかしら」
「用事があるそうだ。来れたら来るらしい」
「そう」
ノートPCを片づけると、持っていた文庫を開いてそのまま読書を始める。
「その眼鏡、昨日買ったのかしら」
「あぁ、買った」
俺の方を怪訝そうに見る。俺は見世物としては低能だぞ。
「印象が変わるのね」
「そうらしいな。由比ヶ浜と平塚先生には同じ様なことを言われたな」
「何故かしら、不気味ね」
お前の語彙力ならもう少し言い方があるだろ。一日一回は罵倒せずにいられないの?病気なの?
「やっぱりコンタクトのほうがいい気がしてきたな」
「あら、私は眼鏡の方が良いと思うのだけれど」
あなた一瞬前まで罵倒されてましたよね。
「目が腐っていないあなたの顔に違和感を感じただけよ。相変わらず被害妄想が豊かね」
普通不気味と言われたらネガティブに捉えますが。俺も捻くれてるが、お前も大概だな。
「そうかよ」
「ええ、似合ってるわ」
けなしたり褒めたり忙しいですね。
結局俺の予想通り由比ヶ浜が来ることなく帰る事になった。
俺の眼鏡は好意的に解釈するなら悪くはないらしい。まぁ、当分はかけて過ごすか。この変な違和感にも慣れないとキツイし。
雪ノ下は職員室へ寄るため、俺はさっさと帰ることにする。
自転車置き場へ行く途中、サッカー部からボールが飛んできた。
「あっぶねーな。サッカー部」
ボールを拾うと取りに来た一色に投げ返す。
「すみません。ありがとうございます」
「気をつけろよ」
一色は俺の顔をマジマジと見てくる。何なの何かついてるの。お前と同じ目と鼻と口があるだけなんだが。
「……先輩?」
「とうとう顔まで忘れられたか」
一色はふーんとか、へーとか言うと余所行きの笑顔で話しかけてくる。
「眼鏡似合ってますね」
「そうかよ」
「印象が違ったので驚きました。伊達ですか?」
「視力が落ちてな。授業のみでも良いんだが、慣れようと思って付けてるだけだ」
この日何度か説明した話を繰り返す。
「そうですかー、喋らなければモテると思いますよ!」
「嘘乙」
「なんですか、せっかく褒めたのに酷くないですか!」
「裏があると思うのが俺だ。お前の場合は特にな」
ぶー、と剥れるまでがこいつのあざといところである。
「じゃーな」
「はい、お疲れ様です」
眼鏡初日は思ったより疲れた。慣れるまで続くと思うと憂鬱だ。
見違える光景に驚きながら、いつもと同じ道を帰った。
眼鏡生活も二週間が過ぎようとしていた。予備校に通う生活も徐々に日常生活の一部になりつつある。
俺も川崎もお互い一人だが、どうしてもバッティングして受けれない場合は情報交換することもある。
気を使わなくていい関係は楽でいい。
「よう、古文のノート見せてくれ」
「漢語と交換ならいいよ」
こうして効率化が可能だ。win-winだな。
俺が古文のノートを借りていると、川崎が話しかけてくる。
「あんた、雰囲気変わったね」
「どこがだよ、変えた記憶ないぞ」
「あたしはたまに聞かれるよ、あんたの事」
なんだそれ。あいついつも一人だよ、ぼっちなんじゃないの、とかだろ。
「この前は名前聞かれたかな、海浜の女子だったよ」
名指しで嘲笑う為だな、そろそろ自殺を視野にいれなければならない。
「しかも、あだ名つけられてるし」
予備校でも居場所がないとか、俺の人生ハードモードすぎるだろ。
学生でこれだ。社会に出るとか考えられん。専業主夫王に俺はなる!
「それがね、Kだって」
名前のどこにも引っかからねえじゃねえか。つけた奴のセンスが疑われるぞ。
「寡黙でクールだからだってさ、それでKだって」
反応に困るな。こう合う場合なんて返せば正解なんだよ。
「そうか」
「比企谷は必要最小限しか喋らないからね、あたしがあんたと喋るのを知ってる人が恐る恐る聞いてきたよ。Kと付き合ってるんですかってね」
は?今なんて言った?
「おいおい、なんの冗談だ」
「そこであんたがKって呼ばれてるのを知ったのさ、もちろん否定しておいたよ」
どいつもこいつも予備校を何だと思ってるのかね。大学受験じゃねえのか。何でも色恋に結びつけるなよ。
「わりぃ、迷惑かけたな」
「あたしは良いよ。でも学校でも流てるらしいね。既に噂が独り歩きしてるかも」
マジかよ。もう学校行きたくねえ。なんでそっとしておいてくれないんですか。おかしいですよ!カテジナさん!
「それってうちのクラスでもあんのか」
「そこまでは知らないけど、由比ヶ浜とか詳しいんじゃないか」
スクールカースト上位なら知ってるか、今後の生活に支障をきたすようなら考える必要があるな。
「サンキューな、色々と」
迷惑をかけられてもかけるのは俺の主義に反する。こいつの家庭環境をなまじ知っているから余計にそう感じる。
「あたしはこうして情報交換出来ればいいよ。しかしあんたも大変だね」
「家事に下の面倒見てるお前に比べたら全然だ。ホントお前を娶るやつは幸せだろうよ」
「あんた馬鹿じゃないの!そういうこと言うからっ!このシスコン」
「うるせえブラコン」
「なんか言った?」
「キノセイダロ」
さて、まだまだかかりそうなのでノートは借りてコピーを取らせてもらう事になった。
最後の方で養うのが増えても、とか聞こえたかもしれんが俺は目下の問題が最優先だ。
川崎は由比ヶ浜ならと言っていたが、他に知ってそうな奴は……。
帰りがけに電話をする。期待薄だが出るか……。
「珍しいな八幡よ!我に何のよ」
ツー、ツー。
ついムカついたので切ってしまった。
こういう時にあのテンションに付き合うのはなかなか体力の消耗が激しい。
お、コールバックだ。頼むから普通にしてくれ。
「わりぃ、切れた」
「ねぇワザと?ワザと切った?」
「電波だ、安心しろ」
こういう時にフォローすると後々の付き合いが円滑に進むらしい。人付き合い(材木座限定)も出来る俺マジ有能。
「少し聞きたいことがある」
「我は構わぬが。今は駅前のゲームセンターにいる」
ゲーセンならここから近いな。じゃ、いつもの場所だな。
「いま予備校が終わったところだ。サイゼまで何分で来れる」
「五分と言ったところだ」
「上等だ、四〇秒で支度しろ」
「それ無理」
ブツ、ツー、ツー。
あいつが朝倉やっても可愛くねぇ。もう少しキャラ考えろ。
まぁフォロー()しておけばいいだろ。材木座だし。
サイゼに着くと材木座が店の前で待っていた。
「八幡!待ちわびたぞ」
「何だよ、先に入ってればよかっただろ」
「いや、中に居なかったのでな」
基本的に人見知りだったな、こいつにとってはアウェイだったか。
「悪いな、ドリンクバーくらいは奢ってやるよ」
「うむ、では行くぞ」
店内に学生があまりいないのは好都合だ。奥の席に通されるといつも通りドリンクバーを注文し、俺はガムシロ5杯のアイスコーヒー。材木座はアイスココアだ。
「さて、今回我を呼び寄せた理由を聞こうか」
面倒くさいが相手にしないと始まらないので無視して話を進める。
「学校で俺の噂が流れてると聞いたが、何か知っているか」
「聞いているぞ。この裏切り者が」
裏切り者とは失礼だな。そんなことをして俺に何のメリットがある。こっちが依頼している身だし下手に出るか。
「そうか、お前なら知っていると思ったのは正解だったな。知っているなら内容を聞きたい」
その一言でテンションを上げる材木座は饒舌に語りだした。お前ちょろ過ぎじゃね。
「今学校で聞いているのは、八幡がクールなイケメンという噂だ。三年と一年では少なからずその話が聞こえてくる」
「ソースは」
「食堂や園庭だな。学年は女子のリボンの色だ」
「二年に広まっていない理由は」
「これは想像だが、お主のクラスにイケメンがいるからだろう。それに我らの学年では文化祭での一件もあるしな」
文化祭で有名になりすぎたからな。引き立て役は辛い。
しかしこの程度は俺の意図を組んで答えてくるくらいだから、こいつ頭は悪くないんだよな。バカだけど。
「他に聞きたいことはあるか」
「詳細はどの程度知っている」
学年でこうも浸透性が異なる理由がよくわからない。二年はともかく一年と三年に広がるには理由があるはず。
「三学年からは、八幡のクラスにイケメンがいるという程度だ。あとは常に孤高だと聞いた」
表現はともかく、それはほぼ俺で確定だな。
「あとは、文化祭の影の立役者という事も聞いたな」
ほぼ絞れたな。出処の想像は出来た。
「一年は」
「こっちも基本的には似たようなものだ。違うのは文化祭ではなくクリスマス会だったか」
あいつか。しかしなんでまた面倒なことを。
思わず頭を抱える、面倒ごとが増えるのは御免被りたい。
「サンキュー材木座。十分だ」
「何、我の手にかかればこの様な事など造作もない」
さて、情報元の想像はついたがこれからどうするか。考えはまとまらないがあいつらに相談から始めよう。
その後は材木座の書いているラノベの設定について徹底的にダメ出しと修正案を提示した。課外で部活動までするなんてどんだけ働き者だよ。
むしろ社畜か。絶対に働きたくないでござる。
翌日、普通に過ごしているだけなのに妙に居心地が悪い。知るとこんなにも変わるもんか。
川崎は普段と変わらない、由比ヶ浜も同様だな。戸塚は今日も可愛い。これ不変な。
今は悩んでも仕方ない、取り敢えず授業に集中するふりをしながら今後に着いて考えるか。
最終目標が噂の沈静化なのは決まりとして、問題はどう沈めるか。
それと周りに及ぶ影響、これは早めに手を打ちたい。川崎みたいに話を振られて俺もそいつも嫌な思いをするのはゴメンだ。
あとは、実際に俺に来られた場合。これは無視で良いか。まぁ来る奴がいないとは思うが、何とも言えないな。
気付くとチャイムが鳴っている。さて、我らが部長様にお伺いをしてみますかね。
由比ヶ浜に声をかけられて奉仕部へ。心なしか視線を感じるのは気のせいだと思いたい。
「おっす」
「やっはろー」
「こんにちは由比ヶ浜さん、比企谷君」
そこからはいつも通りのポジションである。由比ヶ浜は雪ノ下の隣に椅子を用意し、俺は長机の端に荷物を置く。
「雪ノ下に由比ヶ浜、相談があるんだが」
「え!ヒッキーが相談なんて珍しいね。どうしたの?」
「学校内で噂になっている話だ。二人共知ってるか」
雪ノ下も由比ヶ浜も反応が鈍い。思い当たるフシが無いのかもしれない。
「俺に関する話らしいんだが」
その瞬間二人共あー、という反応を示した。
「あれヒッキーの事だったんだよね」
「確かに比企谷君のことね。最初聞いた時は耳を疑ったわ」
「安心しろ、俺もだ」
三人の意識が合った所で話を進める。
「それで、相談内容を伺ってもいいかしら」
「俺からは三つ、ひとつは噂の沈静化。次に噂を聞きつけて俺の周りの奴らに話しかけてくる奴らの排除、最後に俺自身に話しかけられた時の対処方法だ」
雪の下は手を口元に添えて考える。由比ヶ浜は机に肘をつけ、手のひらで顎を支えて考えている。
由比ヶ浜だけ宿題で悩んでいる小学生のように見えるのは俺の抱いてる印象の差か。
「噂の沈静化をする必要あるかしら」
「いや、あるだろ」
「わたしもあまり必要ないかなーって」
「いやいや、相談者俺だから」
「逆にあなたは何故沈静化したいと思うのかしら」
「そりゃ学校に居辛いからだ。ぼっち体質の俺に注目させようものなら、俺の学校生活は真っ暗だ」
由比ヶ浜からえー、という声がする。
「でも、良い噂なら今までの悪い噂をフッ素?出来るじゃないかな」
「由比ヶ浜さん、払拭と言いたかったのかしら」
「そうそう!それそれ!ありがとうゆきのん!」
相変わらずゆるゆりしてるな。悪いが大事件なのは俺の方だ。
「今更だろ、文化祭で協調性のない扱いづらい奴のままで良い」
「むぅ、せっかくヒッキーが良い意味で有名になれると思ったんだけどな」
「そうね、元々の依頼であるあなたの更生という事なら、このまま勧めたいところなのだけれど」
そう言うと二人して俺をじっと見てくる。な、何だよ。
「でも、ヒッキーが自分から相談者してくるなんて嬉しいな」
「私も驚いたわ。更生する気など無いと思っていたから」
好き勝手言いやがって。逆に一人で片付けようとしたらお前ら絶対怒るじゃねえか。
俺なりに処世術を実践してるだけだから、奉仕部への依頼だけなんだから、か、勘違いしないでよね!
「依頼内容はわかったわ。対処については私たちに考えさせてもらって良いかしら」
まぁ、依頼している方だからそれは構わないが。
「余りにも俺のポリシーに反するようなものは却下するぞ」
「大丈夫よ、あなたを説得するくらい訳無いわ」
口じゃ負けないということですか。依頼なんて慣れないことしたのは失敗か。
「大丈夫だよ!ヒッキーの悪いようにはしないからね!」
あんまり笑顔で優しく話しかけないで、好きになっちゃうだろ。
全くお人好しにも程がある。大体俺の問題なんだから一人で片付けろって話なんだろうけど、周りがそうさせてくれないなんて皮肉のようなもんだ。
居心地悪すぎて早く帰りたい。
それにしても自分の思わぬところで話が進むのは、なんともむず痒いもんだな。
雪ノ下と由比ヶ浜から解決案を貰ったのは相談から2日後、今日の事だ。
昨日の下校時にとうとう下駄箱に投函される自体が発覚したので、その件がメインである。
しかし、手紙なんて不幸の手紙以外貰った事などないので、取り扱いに悩むことこの上ない。
それに見ず知らずの奴からとか経験上怖すぎる。
因みに俺の経験上の対処は何もしないである。動かざること山の如し。
で、今は奉仕部にいる訳だが二人の反応は微妙である。
「もしかしたらとは思ったけれど、比企谷君がラブレターをもらう日が来るとは、青天の霹靂ね」
「ど、どういう意味?」
「お前はもう少し勉強しろ、大学行く気あるのか」
「総武高受かったから大丈夫だよ!た、多分」
お前ホントどうやって受かったんだよ。俺的総武高校七不思議の一つだぞ。因みに残りの六つは全て戸塚絡みだ。
「明後日の放課後に呼び出しね。一応対応については考えているけれど、参考にあなただったらどうするか聞いてもいいかしら」
「無視する」
「ダメだよ!ちゃんと返事してあげないと!」
言いたいことはわかる。確かにそれは正しいんだろうが。
「この手のイタズラには散々やられてきたからな。俺なりの経験論からだとこれが妥当なんだよ」
「あなた、よくそれで今まで生きてこれたわね」
同情なのか憐れみなのかわからんけど、本気で泣けてくるので程々にしてもらっていいかな。俺のライフが限界突破しそうなんだけど、マイナス的な意味で。
「でも、今回は私も由比ヶ浜さんの意見に同意するわ」
「それはあり得ないだろ」
「心配はいらないわ。この場所には私と由比ヶ浜さんも陰ながら様子を見させて貰うつもりなのと、噂の検証をした結果悪い事にはならないと思うから」
何故そこまで自信満々で言い切れるのかね。俺は自分の経験からどうしても明るい未来が想像出来ないんだが。
俺の反応が鈍かったのを気にしたのか、雪ノ下は言葉を続ける。
「それに、依頼主のことは私が守るから」
……今、物凄く恥ずかしいセリフが聞こえたのは気のせいだよね。
「お、おう」
すると横にいた由比ヶ浜が余計なことを言ってくれる。
「わー、ゆきのん大胆」
するとその言葉を反芻したのだろう、クールな雪ノ下の顔が徐々に赤くなる。珍しい物を見てしまった。あと由比ヶ浜さん、せっかく流そうと思った俺の配慮をもう少し汲んでください。
「と、とにかく安心しなさい。私達がちゃんと守ります」
「うんうん、だからヒッキーは安心してこの指定場所に向かっていいからね!」
珍しいものが見られたが大丈夫なんだろうか。雪ノ下がここまで言うなら、俺は信じるしかない。しかし信じるね、一年前の俺には縁がないどころか存在すら危ぶまれるレベル。そういえば数年前に同じ様なことを言ってた内閣総理大臣がいたな。trust meだったっけ。
「お前らがそこまで言うなら覚悟決めるしかないか、どうせ俺に選択の余地は無いしな」
俺の発言がよほど意外だったのだろう、由比ヶ浜が目を丸くしていた。
「もっとゴネると思ってたのに、ヒッキーどうしちゃったの?」
「さぁな。で、どう断ればいい」
「断るの前提なんだ」
由比ヶ浜は少々呆れ顔ながら、どこか嬉しそうなのは相手が可哀想だからだな。いや、だって怖いじゃん。見ず知らずの人から呼び出しくらったら穏便に断るのがセオリーでしょ。危険予知した上で対策するのは常識だろ。
「無難な答えとしては数パターンあるけれど、由比ヶ浜さんならどうするかしら」
「やっぱり、他に好きな人がいるとか、受験で今は付き合うのは考えられないとかが良いと思うよ!」
「セオリーかつ無難だな」
「少なくとも嫌いじゃない事が相手に伝われば悪い雰囲気にはならないと思うよ」
コイツなりに色々あるんだろうな。アホの娘だけど。上位カーストならではの悩みか。
「それが良さそうね。私の場合はあまり勧められないから」
その言葉に由比ヶ浜が飛びつく。犬かよお前。でも大体想像つくだろ、雪ノ下だぞ。
「ゆきのんはそういう時どうするの?」
「相手の人となりを知った上で断るわ」
「んー、どういうこと?」
「具体的には、そうね」
すると雪ノ下が俺の方を見て距離を詰める。えっと、なんの御用でしょうか。
「比企谷君の場合はある程度知っているから確認しないけれど、どんな人間なのか、長所、短所などを申告してもらうかしら。その上で私が引っかかるところを答えて貰って詰め寄ると相手が何も言えなくなって去っていくわね」
完全に品定めじゃねーか。理路整然と振られるって相当なトラウマものだぞ。完全否定かよ。
「だから、あなたの様な自分を蔑ろにすると人は付き合えないわ」
あれ、これ俺に言われてる?
「告白してないのにフラレるとか斬新過ぎて反応できないんですが」
お前、少し前に依頼人守るって言ったじゃねぇか。依頼人クリティカルヒットでオーバーキルだよ。瞬殺だろ。
「と、まあこんなところね」
「お前もう少し相手の事考えてやれよ。相手によっちゃ自殺するぞ」
「ちゃんと相手を選んで発言するから大丈夫よ。こういう事は大抵自分に自信がある人間にのみ伝えるわ」
お前には俺のどこに自信があるように見えるのかと、その辺ハッキリさせる必要があると思います。
さて、対策は何となくなりそうだが残りについてはまた今度だそうだ。
家に帰り、カバンを下ろすと手紙の内容を見直す。一年、年下か。女の子らしい便箋に書いてある文字を見ると穏やかで抜けてそうなイメージが湧く。
おい葉山、お前だったらこういう時どうするんだよ。
こういう時授業の内容は全然使えないな。小町に相談するのは、ひやかされるからやめとこう。
そして当日。必要以上にビビっていないのは、対策のおかげか二人の後ろ盾か。
待ち合わせ場所に選ばれたのは、放課後の食堂だ。確かに人も少なくてありがたいのだが、周りから丸見えなので一刻も早く終わってほしい気持ちが強い。
どうせならイタズラのほうが気が楽かもしれん。
奉仕部の二人は死角から見てるらしいが、俺からは見えない。ホントにいるんだろうな。
そして椅子に座って待ってると、一人の女の子が入ってくる。
見覚えはない。大人しそうな子だ。よく手紙なんか出せたなと思わせる雰囲気が伝わってくる。イメージ的には艦これの羽黒が近いか。
彼女は座っている俺の前まで来ると、二、三度深呼吸をしてから声をかけてきた。
「あ、あの!」
「手紙の送り主?」
「は、はい!そうです」
後半尻すぼみになる弱々しい声に緊張が伝わってくる。
そしてそこから言葉が出てこないらしい。俺も余裕は全くないが、冷静な自分の声が訴えかける。
俺はゆっくりと彼女に向き合うように立つと、自らを落ち着かせながら話しかける。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「そっか、要件を聞いても良いか」
彼女は意を決して俺に告白を始める。
「あの、私比企谷先輩の事、かっこいいなって、その、クリスマス会私も見てました。幼稚園の子どもや小学生が出ておじいさんやおばあさんも喜んで、見てる私も楽しかったです。企画が生徒会って聞いたんですが、比企谷先輩が色々頑張って動いてたと聞いてきっと凄い人なんだって思って……」
嬉しさと恥ずかしさがあった。同時に彼女の強さと言葉に射抜かれるような鈍さが絡みつく。
「だから、最近噂に聞いた人が比企谷先輩って聞いて、その、どうしても気になって」
どうして俺相手に、そこまで想える。
「私、比企谷先輩の事好きです!お付き合いしてください!」
彼女は深々と頭を下げた。その姿は誰が見ても茶化すことなどできない。それを俺は受け止め、今からこの娘に返事をしなければならない。だが回答は彼女の望むものではなく、拒否という意思を突き付けなければならない。俺が、常に誰からも必要とされず疎まれ、距離を置かれていた俺が。
用意していた言葉が出ない。これが彼女の本気なのだ。会ったことも無ければよく知りもしない俺に。ただ噂で聞いて少し気になる奴に。
「お、俺は」
言葉が続かない。
「俺は……」
俺は受験でそれどころじゃないからごめんなさい。と言うハズなのに。
「お……れは……」
体が震えて、汗が流れる。手は強く握りしめ、全身が自分の意思で制御出来ない。歯を食いしばれ、伝えなければならないことがあるんだろ。
「……すまない」
頭を下げてそう絞り出すように漏らすのが精一杯だった。受け止めきれなかった。彼女の本気もその覚悟も。用意していた答えは誤りじゃない。だが不誠実に思えた。ありきたりの回答も、断る事と決めつけ考えることを放棄した俺自身も。
彼女は俺の返事を聞くと、出来るだけの笑顔で俺を見る。
「何で……先輩が泣きそうな顔してるんですか。……ごめんなさい。ありがとうございました」
彼女はそう告げると、足早にその場を去った。
しばらく、そのまま時間が過ぎた。今はリノリウムの床しか見えない。体は俺の意を介すことなく。声を出すことも怪しい。
そのままの姿勢で立ち尽くす俺の前に、物悲しく柔らかい声が耳を打つ。
「ヒッキー……」
「比企谷君……」
二人ともそれ以上何も言わない。言えないだろうなこんな状況じゃ。
顔が上げられない。腕も足も無理そうだ。カッコわりい。あんなに考えてくれた二人にも申し訳ない。
由比ヶ浜は温和な足取りで一歩踏みだすと、包み込むように俺を抱きしめる。
「ヒッキー頑張ったね」
辛い。人の好意が重い。何故こうなったのだろう。悪くない。勇気を振り絞った彼女も、見守ってくれた二人も。
俺には荷が重すぎた。こんなハズじゃなかった。浮かれた気持ちはなかったハズだった。真面目に答えようとした。彼女はどんな気持ちだったのだろう。今日という日をどんな想いで迎えたのだろう。振り絞って踏み出した先にある希望を掴もうとしたはずだ。それでも俺の言葉が断ち切った。報われないなんて、あんまりだろ。
「比企谷君」
凛とした声が食堂に響く。
「あなたは何も間違っていないわ。でも悲しませてごめんなさい。悪いようにはしないと言ったのに」
やめろよ、俺が何もできなかっただけなんだ。俺にはそんな言葉をかけられる様な奴じゃない。そんな言葉を投げかけられる資格も権利もない。
「悪い、今は一人になりたい」
由比ヶ浜が部室から持った鞄を俺は力なく受け取る。また明日と言われたが声は出なかった。
家に着くと真っ先に自室のベットに倒れ込んだ。頭が回らない。耳鳴りがする。何の音も聞こえない。
世界に俺一人だけ取り残された気分だ。着替えることも、寝ることもできない。
いつまでそうしていただろう。十分、三十分、ほんの一、二分なのかもしれない。時間の感覚が分からない。
部屋のドアが物静かに開いて、意識が現実に戻る。この時間、俺の部屋に入ってくるのは一人しかいない。
「おにーちゃん。ただいまも言わないなんて、小町的にポイント低いよ」
いつもより優しい小町の声が、今は素直に甘えられない。
「わりぃ」
「何かあったの」
「色々な」
そっかと呟く小町の声音は部屋に消えた。沈黙が続く。時計の秒針が部屋に響く。
「結衣さんからメール貰ったよ。今日はお兄ちゃんの話何でも聞くから、言いたくなったら何でも言ってね」
「……サンキュ。愛してるよ小町」
「もう、しょうがないなお兄ちゃんは。今日はいくらでも甘えていいよ。小町的にはもうポイントカンストだからね」
ニッコリと笑う小町の顔を見て、恐る恐る抱きしめる。
「よしよし、全く小町がいないとお兄ちゃんはダメだなー」
頭を撫でる手がくすぐったい。さっきまで死にたかったのが嘘のように安心する。
「ホント、ダメな兄ちゃんだな」
「でも大丈夫だよ。お兄ちゃんがダメになっても、小町だけはちゃんと見ててあげるからね」
高校に上がって、これ程感情的になったことはなかった。
捻くれて、屈折して、やさぐれて。
寂しくて、悲しくて、苦しくて。
諦めて、放棄して、断ち切って。
嘘も欺瞞も猜疑心も生きていくために必要だから身につけた。
自分を守れるのは自分だけだと気づいた時、苦しみや悲しみより感じたのは空虚だった。
卑屈でも屈従でも構わない。自分だけは曲げたくない。曲げられない。
更生なんてあり得ない。綺麗事など誰も救われない。
でも、そんな世界でも見守ってくれる家族がいる。
「小町」
心配してくれる仲間がいる。
「なーに、お兄ちゃん」
ここまで追い詰められてようやく気付くとか最低なんだろうが。
「今まで辛いことばっかりで、良い事のほうが少なかったけど」
周りにいるじゃないか。
「少しだけ、生きてて良かったと思えるわ」
俺を支えてくれる妹とあいつらが。
その後落ち着いた俺は今日の出来事を話した。小町は相槌を打つのみで拙い言葉で喋る俺の話を辛抱強く聞いてくれた。
「お兄ちゃん、今まで身内以外の強い善意なんて経験ないからねー」
よく覚えていないのは確かだ。両親からもほとんど受け取った覚えがない。気付いたら兄妹で支え合っていたような感覚だ。
もちろんなかったわけじゃない。ただ嫌な記憶の方が印象深く残るのは、ある種の自己防衛本能じゃないか。
「一生懸命頑張っても報われない想いが自分の過去と重なって、そこからは」
「覚えてない感じ?」
無言で頷く。
「感受性豊か過ぎるよ。私に何かあったらどうするの」
「お前を置いていけるか、死ぬときは一緒だ」
あははーと笑う顔には複雑な思いが見え隠れしている。何だよちょっと本音を伝えただけだろ。
「お兄ちゃんの愛が重い。これじゃ当分兄嫁は期待できそうもないね」
そう言うも俺を気遣ってか俺の手を撫で続けてくれる。弱ってると人恋しいのは仕方のないだろ。これで小町ルート開拓出来ないとかマジ人生クソゲー。
「じゃ、落ち着いてきたみたいだから、私の意見を聞いてもらえるかな」
「あぁ、聞かないわけにはいかないだろ」
「でも、今のお兄ちゃんにはチョット荷が重いかもしれないから、これは私からのお願いだと思って聞いてね」
ここまでされて聞くだけじゃ、俺の立場がなさすぎる。涙の数だけ強くならないと俺の明日は来ない。
「今日告白してくれた女の子さんには、ちゃんと返事してあげてほしいな」
俺は一瞬だけ間を置くと妹の頭に手を置いて答える。
「わかった。頑張るわ」
「ありがとう、お兄ちゃん愛してるよ!」
「ばか、俺のほうが愛してるっての」
妹は何故こんなに理解してくれるのか。泣き言を言っても受け止めてくれる存在。今ではそれにもう何人か増えた。何だよ、随分恵まれたじゃないか。
それなら泣き言はここまでにしてもう一度立ち上がらないとな。妹に恥じても、かっこ悪くても、悲しませることはしないように。
翌日。
困ったときに人はどうしたらよいのか。助けを呼べばいい。非常にシンプルな話である。
だから俺は助けを呼ぶ。違うな、助けてもらう。所詮人が一人でできることには限りがある。雪ノ下だって限界はあるのは文化祭でもわかっていたことだ。だから俺は自分の手に負えないと判断し、奉仕部を頼った。それが正しいと思った。
正しさは人それぞれだ。人の数だけ正義があり誰もが正しいと信じて行動する。
自分が納得するために模索し、正解と呼べるものを見つけることで自分を慰める。
だが、客観的な判断が出来なければ、成果を上げることは難しい。
そんな時、助言を求める人を俺は一人だけ知っている。
職員室のドアを開けると目当ての人を探す。食べ終わったラーメンが机に置かれ、煙草に席を立ったその人は俺を確認し声をかけてくれる。
「どうした比企谷。悩み事か」
一発でわかるなんて、この人どんだけ俺のこと見てくれてるんだよ。
平塚先生。俺の数少ない信頼できる大人だ。
「そうか、事情は大体わかったよ」
教師の喫煙所に生徒の俺が入っていいのかは疑問が残るが、今は職員室の外にある喫煙所だ。
「俺なりに考えましたよ。分からなければこうして先生にも相談する程度には」
煙草の煙が宙を舞い溶けていく。いつもは気にもならない大人の余裕が今日は俺を苛立たせる。
「君たちはまだ学生だ。だが特権でもある。間違えることは恥じることではない」
「恥なんてもう何処かに置いてきましたよ。今更です」
恥も外聞もどうでも良い。そんな物は問題解決にはただの足枷でしかない。
「随分と焦っているようだな。こういう時こそ冷静になれば難しいことでは無いよ」
少し呆れた声が今の俺にはひどく不快だ。どんだけ余裕無いんだよ俺は。
「もっと自分に正直になれ。お前たちはどうしてそう急ぐ。問題の本質は何だ。落ち着いて考えてみろ」
「急ぎますよ、でも正解がわからないから聞いているんじゃないですか」
「まだわからないか。眼鏡はきっかけで問題ではない。シンプルに考えればいいだけだ」
シンプルに考えろ、か。今回のきっかけはメガネ。その結果年下の女子に声をかけられた。
俺はそれに答えようとしたけど、期待に応えられない自分に絶望した。
問題の本質は、俺だ。
「理解したようだな」
なんだよ、どんだけ俺のこと理解してくれてんだよ。結局のところ俺は全然この人に敵わない。
「なら早く行け。お前には頼りになる協力者がいるだろう」
ニヒルに笑うとホントかっこいいんだよな。何で結婚出来ないんだ。
俺があと5歳、もしくは先生が5年若ければ、もっと真剣に考えたんですけどね。
今日は由比ヶ浜とまともに顔を合わせていない。休み時間は一人納得行くまで考えたかった。それに俺から話しかけてくるのを待っていてくれたようにも思える。
一人であれだけ悩んだものが悲しくなるほどあっさりと昼休みには瓦解し、理解した。
既に奉仕部には俺を待っている二人がいる。
ドアの前でひと呼吸おいて、ゆっくりとドアを、開く。
俺と交じる二人の視線、由比ヶ浜は悲しみと笑顔が混じったような顔で、雪ノ下は安堵と笑みを俺と交わす。
俺の前まで駆け寄ると、二人から喋りかけられた。
「良かったよー!昨日は死んじゃうかと思ったんだから!」
「わり、もう大丈夫だ」
雪ノ下はいつもとあまり変わらない。でも心無しか今日は雰囲気が柔らかい。
「もう大丈夫なのね」
「ああ。世話かけたな」
なんだよ、ちょっとへこんだだけだっての。心配しすぎだろ。
「ここまで早く立ち直って来るとはね。全くあなたのメンタルの強さには呆れるわ」
全くだ。全部お前らのおかげだよ。絶対に言わねえけどな。
二人に向き直り改めて依頼内容を言い放った。
「昨日は迷惑かけて悪かった。でも他に頼れるやつがいない」
今は頭を下げることしかできない。
「彼女にきちんとした返事をしたい!手伝ってくれ!」
二人は明るい調子で応える。やっぱりこいつらに頼んだのは間違いじゃなかった。
「勿論だよ!」
「奉仕部は誠心誠意あなたのことをお手伝いします」
昨日のやり直しをするには色々と準備がいる。まずは計画と認識を合わせからだ。
「一応俺なりに考えてみた。だからあとは実行に移せるようフォローしてほしい」
「依頼の内容を伺うわ」
「実は彼女が一年の何組にいるかもわかっていない」
手紙には一年としかなかった。クラスがどこなのか、どんな部活なのか相手のことを何も知らない。
「名前はわかってるんだけどねー」
「全クラスを回るのは非効率ね、となるとそれを知ってそうな人に聞いたほうが早いのだけれど」
あいつなら知ってるかもな、ある種今回の要因であり要員みたいなものだし。
「心当たりに聞いてみるか」
「ヒッキーそんな人いるの?」
「一色さんかしら」
雪ノ下正解、今なら季節限定パンさんキーホルダープレゼント!でも既にあなたのカバンについてるみたいな!由比ヶ浜は残念ながらボッシュートです。
「あぁ、俺の聞いた話と告白された内容から一色が知ってる可能性が高い」
すると由比ヶ浜が申し訳なさそうに右手を上げる。
「その、ヒッキーに質問なんだけど」
あんまり話の腰を折らるなよ。今大事な話してるのわかるでしょ。
「なんだ」
「な、なんて告白されたのかなぁって」
今真剣な話してたんだけど。普段空気読む癖にこういう時だけ大胆なのやめてくれませんか。雪ノ下も止めてくれよ。
と、目線で訴えても二人とも俺の顔から視線を外してはくれない。俺らにアイコンタクトは無理らしい。一気に力が抜けていく。
「それって今必要か」
「必要じゃないけど、やっぱり気になるっていうか……」
はっきりしないが、何故か今追求した場合、藪蛇になりそうなので俺からのコメントは控えよう。で、一方の雪ノ下は沈黙を守っているが、嫌な予感しかしない。
「雪ノ下、お前はどうなんだ」
「必要の有無を聞かれたら勿論ノーと答えるのだけれど。やはりあなたに告げられた言葉を私達が簡単に聞いていいものでは無いのは間違いないわ。でも依頼者も我々にお願いする以上ラポールを築く為に情報の共有や確認したいこともあるので無理強いをするつもりは無いのだけれど私達も準備する上で出来れば事前に聞いておく必要はあると思うわ。一色さんが知っているという理由が告白の中にあると言うあなたの発言も気になるから」
人の告白なんて興味があっても聞いちゃいけないのがマナーだよね。コイツら俺のプライバシーに対して遠慮無さ過ぎでしょ。
「全部は覚えてねぇけど、きっかけは生徒会とやったクリスマス会だと。その時奉仕部として手伝っていたのが俺が手伝っていたと思ってとか言ってたな」
嘘は言ってない。ただ余計な事は言わなくても良いだろ。
「それだけじゃないよね!」
「あなた過去に何度も告白を受けたことがある私が誤魔化せると思ったの」
俺が告白されることってそんなに凶弾されることなのかよ。身内からの援護射撃と思って安心してたのに、背後から撃たれるとか死亡フラグ通り越して絶命じゃねーか。魔女裁判並に理不尽だろ。
「おい、これプライベートだろ。黙秘させろ」
「ここまで聞いたら全部聞かないと納得できないよ!」
「大丈夫よ比企谷君。悪いようにはしないから」
雪ノ下のセリフが先日の由比ヶ浜とほぼ同じハズなのに、全く意味が違うように聞こえるのは俺の勘違いだと思いたい。
しかし俺が2対1で勝てるはずもなく、覚えている範囲で詳細に詰められた。
由比ヶ浜はともかく、雪ノ下はそんなに人の色恋沙汰なんて興味無いだろうに。俺を攻める時だけ生き生きするの辛いです。
雪ノ下から理路整然と質問攻めにされた奴らの気持ちがわかってしまった。わかったのは何を言おうが結論が変わることはないということだ。今後雪ノ下に告白する奴は詳細な質問に対する回答を求められた時点で脈が無いと思ったほうが傷は浅いぞ。
「お前ら依頼人に追い討ちかけるとかマジ外道」
「最初から言わなければよかっただけよ。私たちはできれば知りたいとは言ったけれど、答えてくれたのはあなたの方からよ」
酷え、お前らが言わなきゃ終わらない空気作っておいてこれだよ。あんな状態で断りきれる程今の俺には余力無いことぐらいはわかってもらえませんか。
「でも、ヒッキーの事ちゃんと見てわかってくれてるんだね……。なんか嬉しいような、複雑な気分」
なんか微妙な空気が。ほら、ちょっと女子、もっと盛り上げなさいよ!
雪ノ下も由比ヶ浜も取り扱いが難しすぎて爆弾処理してる気分になってきた。ギャルゲーはデートに誘えば爆弾処理出来たな。
しかしこの二人とギャルゲーみたいなデートか。俺がストレスでギブアップする光景がしか浮かばねぇ。
あとは概要と、触りを話すだけで雪ノ下は俺の意図を汲んでくれる。由比ヶ浜もこういう事は理解が早くて泣けてくる。
全て終えると、雪ノ下は俺に体を向けるとはっきりとした声で説いた。
「今回はあなたのやり方で伝えましょう」
「ああ」
今度は俺のやり方で伝えなければ意味がない。先生は問題はシンプルで、俺がどうすべきかを説いた。それに対しての回答がこれだ。
俺はコイツらを頼ったが甘えすぎた。断りのセリフすら考えず、一から十まで二人の提案に乗って終わらそうとした。だから罰が当たった。
まだ手遅れでなければやり直さなければならない。相手の勇気に、想いにきちんと応えなければならない。
それが彼女に対するせめてもの礼儀であり、思いやりだ。
俺は生徒会室へ向かった。基本的にサッカー部かこっちのどちらかだろう。外で話すには人目が憚るので、個室であるこっちにいてほしい。
少し気になる事の確認もしなきゃならんしな。
生徒会室の前に立ちノックをする。中から一色の声がした。どうやら正解だったらしい。失礼しますと応えると静かにドアを開く。
「あれ、先輩どうしたんですか。自分から来られるなんて。もしかしてお手伝いしてくれるんですか」
そんなわけねーだろ。あと、最後に甘えた言い方しても手伝わないから無駄だぞ。
「確認したいことがあるだけだ。単刀直入に言う。次の質問に答えてくれ」
「とりあえずドアを閉めて中に入ってください」
室内に足を踏み入れると、静かにドアを閉める。
「質問は良いか」
「その前に一旦落ち着きましょう。私がお茶入れますから」
そのままの生徒会長の椅子から立ち上がりお茶を淹れ始める。手付きは慣れたものだ意外と絵になるのが若干腹立たしい。一色の他には副会長と書記と思われる二人が黙々と仕事の最中か。
「お茶です。どうぞ」
「あと、出来れば二人には少しの間席を外して欲しい」
俺の声で二人の手が止まる。副会長は俺と一色を見ると、許可を求めるように言葉を待つ。
「二人とも少しだけ外してもらっていいですか」
「わかりました。終わったら携帯宛に連絡下さい」
二人とも直ぐに席を立つと扉が静かに閉じられる。雰囲気的に何か察したのだろう、室内は静寂が訪れた。
「お茶、お前が淹れてるのか。意外だな、清楚に見えるぞ」
「またそうやって口説いてますか。私の魅力で先輩の想いに応えるか悩みますが、もう少し考えてからにさせて下さい」
「振られないパターンは初めてかよ」
「先輩もワンパターンじゃ飽きちゃうかなって」
そうかよ。今までそんな事気にしたこともなかったぜ。
「本題なんだが」
俺は次の2点を問いただした。
一つ、羽黒似の彼女を知っているか。
二つ、噂を流した中にお前は含まれるか。
「それを確認しに来たんですか」
「あぁ、彼女からの告白にクリスマス会のことが含まれていて色々考えた。奉仕部として手伝ったのを知ってる奴がいてもそれはおかしくない。実際に会場で手伝っていた姿を見た奴もいるだろうからな。だが彼女の言葉には俺がメインで動いている様な言い回しがあった」
一色は口を挟むことなく俺の想像を聞いている。
「俺が個人で手伝っていた時期は僅かな期間だ。日数にしたら数日程度。それにメインで動いてはいないが、実質運営にかなり口を出していた自覚はある。だがそれを事実と知っているのは生徒会役員と奉仕部くらいだ。雪ノ下と由比ヶ浜が噂を広めた様な事は言っていなかった。現生徒会の三年はすでに引退しているし、噂の内容は一年と三年で若干異なる。クリスマス会の噂は一年しか流れていない。お前だろ一色」
探偵みたいな言い回しだな。目の前の一色も可笑しかったのか控えめな笑い声が聞こえる。
「先輩、ぼっちって言うのに情報収集すごいですね」
全くだ。本来の功績は材木座だが、代表して俺が受け取ることにする。
一色は言葉につまったのか次の台詞が出てこない。その間に夕方のせいか徐々に暗い雰囲気が部屋に立ち込めると静かに一色は語りだした。
「はい、私が噂を流したのに一役買いました」
まさか予想通りとはな。探偵なんて俺には向いてねぇことはわかった。
「率先して流す理由はなかっただろ」
「理由は確かにありません。あったのは少しの興味本位とイタズラ心でした」
「あと、彼女の事だが」
「同じクラスの友人ですよ、でもけしかけたわけじゃありません。私が知ってる先輩の事を話しただけです」
何でお前がそんな辛そうな顔をする。……もういい。
「そこまで聞ければ十分だ。わりぃな邪魔して」
振り返って部屋から出ようとしたが、不意に引っ張られる感覚が。振り向くと一色がジャケットの裾を掴んでいる。
「どうした、なんか用か。俺はこの後やることがあるんだが」
「先輩。怒らないんですか」
「何故俺がお前を怒らなければならない」
それは一色の独白だ。
「私、彼女とはそこそこ仲が良いんです。相談もされたし、正直先輩がオーケーしてくれるとは思ってないから止めるようにも言いました。でも彼女はどうしても伝えたいって」
努めて冷静な口調を装っていた一色の声が震え始める。
「事の顛末も彼女から聞いてます。正直後悔しました。興味本位でこんなに傷つく人が出るだなんて考えが足りませんでした。冷静に考えれば想像だって出来たはずなのに」
「もういい」
「ごめんなさい。ごめんなさい先輩」
そんな俯くな。いつものあざとさはどうした。顔を合わせれば文句と手伝いの要求がお前の専売特許だろ。いつもみたいに笑ってろ。
「お前は悪くない。それで終わりだ」
「先輩、少しは慰めて下さいよ。私泣いちゃいますよ」
「誰だって失敗するだろ、俺もお前も。彼女が行動したのは彼女自身の事でお前に非はない。結果は本人が受け止めればいい。眼鏡を掛け始めた俺がそもそもの発端だ。お前はキッカケを作っただけで責任を感じる必要はない。それでも自分に折り合いがつかないなら、そんときゃ話くらいは聞いてやるよ」
「何ですかそれ、口説いてますか」
「バカ、そんなわけねーだろ」
「あんまり優しくしないでください。最初ここに来た時全てわかりました。だからお茶を入れて覚悟して、きっと嫌われるって思って、副会長と書記の二人にもバレちゃう、そう思いました。でもワザと二人には席を外してもらって、優しくされたら私どうしていいかわかりません」
俺が優しいとか、お前は見る目がねぇな。俺は普通に突き放すぞ。こんな風にな。
「そんなの俺に聞くなよ。お前の好きにしろ」
これでいつも通り。ただの先輩と後輩だ。
「わかりました、先輩がそう言うなら私の好きなようにします」
そうしてくれ。俺が困りさえしなければそれはお前の自由だ。
「でも、ちょっとかっこつけすぎじゃないですか。葉山先輩でもそんなの言いませんでしたよ」
あいつは言わなくても絵になるだろ。お互い比べる対象じゃない。
「俺とあいつじゃ違うだろ、あいつならもっとスマートにするんじゃねーの」
「でも、先輩のそういうところ私嫌いじゃないですよ」
そりゃどーも、俺はお前のそういうところ苦手だよ。
「そうですねー、葉山先輩と同じくらいには好きです」
あざとくない顔も出来るじゃねえか。それだけ振る舞えればもう大丈夫だろ。
「俺と同じ評価じゃ葉山も可哀想だな。二人は適当に落ち着いたら呼び戻せよ。邪魔したな」
「はい、ありがとうございます」
勝手に抱えて怯えて怖がって世話ねーな。責任持てないなら無理すんなよ。
たまたま俺はこれから後輩の彼女と話をする機会があるから、悪いようにならなければお前も気楽だろ。あざとい後輩には貸しって事にしておくか。
奉仕部に戻ると、生徒会室のやり取りの一部を話す。
雪ノ下は少し無責任な後輩の言動に苛立ちを覚えたようだが、当事者の俺が望まないことがわかると矛を収めてくれた。
「あとは早い方がいいが、いつ話をする機会を作るかだな」
それが決まれば、工程としてはほぼ終わりだ。もちろん今回の依頼は俺の自己満足な部分も含まれている。
彼女にとってはもう終わったことで、俺のことなど忘れてしまいたいのだとしたら、俺のやってることはただの迷惑行為でしかない。
これからの一連の行為が彼女にとってプラスになるかマイナスになるかは分からない。ただこのまま終わらせたら俺は必ず後悔する。結局人間なんて利己的な生き物だ。自分に折り合いが付けられず、人にぶつけなければならないとはな。
「とりあえずクラスはわかったから、教室に行く」
俺はそう伝えると走り出そうとしたが、雪ノ下に腕を捕まれ足を止める。
「まだ私達の話が終わってないわ」
「悪い、そっちはどうだ」
「わかったことは部活動をしているという事ね」
部活か、それならまだ学校内にいるか。
「部活はテニス部みたい。彩ちゃんなら知ってるかな」
そうか、なら迷わず行く先は決まった。俺は再び走り出す。運動会でもこれだけ走ってねえ俺の体力はもうそろそろ切れる。
だがテニスコートへ向かう俺の足だけは軽やかに感じた。
下駄箱に行く途中で戸塚とすれ違った。
「どうしたの八幡」
「いや、ちょっと人を探してただけだ。テニス部員なんだが」
俺は彼女の特徴を伝える。
「その子ならテニスコートで、サーブの練習してるよ」
「そうか、すまん」
「八幡」
その声が昇降口に響く。俺は息も辿々しくゆっくりと戸塚と向き合った。
「彼女、今日元気なかったから心配してたんだ。でももう大丈夫だね、僕の時みたいに助けてあげて」
戸塚は俺にそう伝えた。
根拠はなかった、自信もなかった。でも戸塚が助けて欲しいと言うなら俺が返す言葉は他にない。
「当たり前だろ」
俺の言葉に安堵したのか、続けて柔らかい声で俺をたしなめる。
「あと、すまん、なんて謝らないで。僕は何も悪いことしてないよ」
確かにな。やはり俺の天使は当分その座を揺るぐ余地もない。努めて明るく俺は戸塚に感謝する。
「ありがとな」
そう言い放つと戸塚に見送られ俺はテニスコートを目指した。
テニスコートには、数人の女子がいた。いわゆるJKってやつだ。
勢いで来た後で大事なことに気付いた。
あの中に入って声をかけるとかどうしたらいいんだ。
何も考えなしに行動していた自分の馬鹿さ加減に頭を抱えつつ、悩んでいると後ろから戸塚が来た。
「もう、八幡置いてくなんて酷いよ」
よく考えたら部長がテニスコートにいない時点でここに来るのは必然だよな。
「悪い、他のことで頭が回らなくてな」
「彼女に声かけないの?」
「いや、よく考えたら勢いで来たもののどうやって声をかければいいのかわからなくて」
そういうと戸塚は笑顔で俺の後を押す。
「大丈夫だよ、気になる人から声かけられて嬉しくないわけないよ」
そうだな。俺は戸塚から声をかけられる度に全身で喜びをかみしめているぞ。
「わかった。サンキュー戸塚」
「八幡。頑張ってね」
マジ頑張る。頑張らないわけにいかない。頑張れ俺。
自分をなんとか奮い立たせて、テニスコートにいる彼女に声をかけた。
反応がない。あれ?戸塚話が違くない?
ここで奮い立った俺の勇気がほぼゼロに。数秒前にかけた暗示もあっさり解ける。
思わず戸塚の助けを呼ぶが、笑顔で頑張ってと言うだけでそれ以上のフォローはなかった。部長は厳しい。現実は非常である。
戦う前から泣きそうになるとは、あの子意外と策士か。
今度はサーブを打ち終わったタイミングで話しかけると、周りをキョロキョロと見回し、俺に気付くと、一瞥し、再びサーブ練習を開始する。
んー、もう嫌われてんのか。そんなに返事ダメだった?確かに対応は正解じゃないかもしれないけど、もう無理?あ、ヤバイ死にたくなってきた。
思わず空を見上げると、上を向いて歩こうが俺の頭の中を流れ始める。
そのまま深いため息をつこうとすると、目の前に彼女がいる。
「おお!」
思わず声が出てしまった。でも俺は悪くない。条件反射だ。不可抗力だ。
「比企谷先輩、どうしたんですか?」
色々と想定と違って俺のほうが不意打ちを食らってる気分だ。
「いや、この前の事なんだけど」
すると、思い出したのか顔が赤くなる。どうしよう可愛い。
「君に言わなきゃいけないことがある。だから聞いてくれ」
「ここでですか?出来ればここは恥ずかしいので、向こうにしませんか?」
前回もそうだけど耳まで真っ赤だぞ。大丈夫か。保護したくなるような可愛さだな。小町とは違った愛くるしさだ。
少し先では数名の女子部員がこっちを見てキャーとか言ってる。
こうなるとは思ってたけどやっぱり見られていいもんじゃねーな。俺の足マジ武者震い止まらねえし。
彼女に促されると、その後ろに続きその場を後にした。
改めて二人っきりを意識する。メチャクチャ恥ずかしい。彼女よくこんな状況で話できたよな。素直に尊敬するわ。
「あの、お話伺っていいですか」
あ、ヤバイちゃんとしないと、……よし。
「急遽時間を作ってくれてありがとう。前回キチンと話ができなかったから、改めて聞いてほしい。もし無理であれば戻ってくれ」
「だ、大丈夫です。一回ダメだったのでこれ以上悪くなることはありませんから」
この子はなぜこんなにも凛として立てるんだろう。
「強いな」
「そんなことありません。今もすごくドキドキしてます」
もう一度息を吸込む。心を落ち着かせ、彼女の目を見て言葉を綴る。
「俺は、君に不誠実な対応をした。あの告白に対しキチンと返事ができず申し訳ない。俺は奉仕部員だ。いつもは相談や依頼ごとを受けて依頼人をサポートをしている。その中には恋愛絡みもあった。そして今回は俺自身が依頼者となって相談した」
彼女は真剣に俺の言葉を受けとめようとしている。
「俺は告白なんて縁がない。どうしていいかわからなかった。告白の言葉は嬉しかった。俺のことを本気で考えてくれた事が伝わってきた。そしてその真剣な想いを受け止められなかったことに後悔した。だから、今改めて答える」
彼女の身体が強張る。表情からは怯えに近い悲壮感も感じられた。
「付き合うことは出来ない。ただ俺はまだ君のことを何も知らない。人となりも性格も長所も短所も」
なんて都合のいい言葉だろう。何も知らない人とは付き合えない。まずはお互いのことを知ろうなど、以前の俺には信じることも語ることもできなかったハズだ。
それが偉そうに人に物を言うとはな。そんな矛盾を感じつつ、多くの知り合いが、仲間が、家族が俺をバックアップした。その事実は信じることができる。
「噂だけじゃない俺を見て、それでも気に掛けるなら、改めて考えさせてくれ」
できることは全てやった。どんな答えでも受け入れる覚悟は出来たつもりだ。
彼女も俺の言葉を受けて、真っ直ぐに返答する。
「はい、わかりました」
一呼吸おいて答えた彼女は昨日とは違う笑顔を見せた。勝手な言い分にもかかわらず笑って受け入れる度量に、なんで俺なんかをという気持ちが正直なところだ。
自分で出した結果がこれなら、十分過ぎるほど悪くない。
理解することは、相手を知ること。
かつての俺らは知った気ですれ違い、掛け違った。
気まずさも、後ろめたさも、蟠りも、一度ぶつかって壊れて、最後に少し形を変えて落ち着いた。
価値観も考え方も感じ方も生き方も何もかも違っても、共有すべき時間がそこにあった。
俺の依頼は、これで終わりだ。
眼鏡生活は鳴りを潜めた。眼鏡そのものに慣れて授業のみ使用するだけで自ずと噂は収束し、結局こんなもんかという形で収まった。
変化したのは2点ほど、後輩の羽黒似の彼女と一色だ。
彼女の方はすれ違えば挨拶をし、話しかけられれば会話をするようになった。明るくよく笑うこの子を泣かせたことは今も罪悪感が拭えない。
一色との仲は良好のようで、特に心配することはなさそうだ。
一色の方は俺に絡んでくることが増えた。多分後ろめたさから俺に構うようになったと思うのだがこれがしつこい。生徒会の仕事を手伝わされることでうんざりすることも少なくない。
仕事を手伝うときは妙に機嫌がいいが、体のいいオモチャか何かだろうな。その押しの強さを葉山に生かせよ。
「ヒッキー、また中二から相談メール来てるからおねがーい」
「わかったよ。どうせ大したことないんだろ、適当に返すわ」
「仕事をする以上手抜きは許さないわ。手抜き谷君」
「へいへい、すみませんでした」
「返事は1回で結構」
今日も奉仕部には依頼がない。
共有すべき時間の先にあるものは、まだ誰も知らない。
以上で終わりです。
何回か見直したりしましたが、自分でも客観視が出来なくなったこともあり
勢いで投下させていただきました。
ところどころ強引なところや、ん?と思うところはあると思います。
そんなの投稿するなって話ですが。
ご指摘などは具体的に頂ければ次回への糧にできるかもしれません。
ここまで閲覧いただきありがとうございました。
俺が細かいだけなのかも知れないけど何ヵ所かん?と思う言葉があったけどそれ以外は良かった
1です。見直したら、結構誤字脱字が多いな。直したと思ったんですが。
>>86
違和感があれば、具体的にいただければ幸いです。
意見もらわないと見直しが捗らないので。。。
後日談の話がありますが、まったく考えてませんでした。
はやはちかー、後日談として少し書けたら書くかもしれません。
メガネかけて背筋伸ばした八幡は普通に格好いい設定だしね
キャラの特長がはっきりでてるし原作リスペクトいいっすわぁー
羽黒似ちゃんも良いオリモブでした!テニス部かわいいやつらばっかりやん
とても楽しく読ませていただきました、ごちそうさま
>>86じゃないけど以下気になっちゃったとこ。重箱のスミをつついてごめんなさい
オツム弱い妹ちゃんがコアゲーマ用語であるカンストを知っているのかちょい怪しい?
クリスタルガイザーちゃんの照れ隠しラッシュに句読点つかなかったはず
凶弾ではなく糾弾(きゅうだん)
違和感は(違和を感じること)なので感じるものではなく覚えるもの。
ガハマさんが言うのであれば違和感が無かったと思うのですがゆきのん……
このSSまとめへのコメント
ぉ疲れ様です(。*・д・。)ノ
面白かったです。
( ᐛ
ツッコムトコソコカイw→カンスト