ラブライブ!のえりうみ(うみえり)ssです。
百合要素と地の文(というより独白)が主となっているので、苦手な方は避けていただく様よろしくお願いします。
また、このssは前作Troublesome Elichika
Troublesome Elichika【ラブライブ!ss】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1424004225/)の設定をそのまま引き継いでいます。読まなくても大体は分かりますが、まだ読んでいないという方は是非読んでいただけたら嬉しいです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1426592766
「はぁ……最高ね」
「本当ですね……景色も綺麗ですし」
丁度良い温度のお湯に二人並んで浸かりながら外を眺めると、辺り一面に緑が広がっていて、その少し先には日本で一番高い山である富士山がそびえ立っている。
「来てよかったわね……」
「はい……」
ちらりと横を見やれば、普段は引き締まった表情がすっかりと緩みきってしまっている。無論だけど、かなり可愛いわ。
写真を撮ってホーム画面にしたいくらい。まぁ、今のホーム画面も海未なんだけどね。
絢瀬絵里21歳。大学三年生。一つ年下の恋人と同棲中。そして現在、二人でホテルの温泉を満喫中。
今日3月15日は海未の誕生日。大学も春休みに入ったことだし、今まではずっと家か近場で過ごしてきたから、今年は少し遠出して旅行先で過ごすのもいいかも……なんて話になって、バイトで貯めたお金で誕生日旅行をすることに決めた。
もちろん費用は私持ち。渋る海未を説得するのには苦労したけど、なんとか言いくるめることに成功したわ。
だって恋人の誕生日なのよ?かっこつけたくもなるじゃない。
「……」
「……」
静かに景色を眺めるのもいいけど……ちょっと暇かも。
ほんの出来心のつもりで海未の頬を軽くつついてみると、程よい弾力で指を押し返された。
なにこれ……楽しすぎるわ。ふにふにだし、癖になりそう。
「絵里?」
「あ、ごめんなさい。……あまりにも触り心地が良くて」
「確かに最近少し脂肪がついてしまった気がします……鍛錬を怠っている証拠ですね」
見当違いなことを言いながら真面目な顔で頬を手で触って確かめる海未が可愛くて、思わず抱きしめる。
「な……っ!」
「んー?」
「は、離れてくださいっ!」
海未が頬を真っ赤に染めながら私を引き剥がそうとする。
付き合い始めてからもう大分経つのにいつまでも初々しい反応を見せてくれるから、ついからかいたくなっちゃうのよね。
「嫌なの?」
「嫌ではありませんが……恥ずかしいです」
裸で抱き合うのなんていつもやってることじゃない。
なんて言ったら怒られちゃうかしら。
「でも誰も来ないわよ?」
「そんなの分からないじゃないですか!」
「えー……」
「えーじゃありません!!」
そう言いながらも私のことを考えて無理矢理突き飛ばそうとはしないのが海未の優しいところよね。
そういうところを好きになったんだって改めて実感させられるわ。
からかっておいて言うのもなんだけど。
「じゃあ……キスしてくれたら離れてあげる」
「こ、ここここでですか!?」
ふふ、慌ててる慌ててる。
「ええ、いつでもどうぞ?」
「……しなきゃダメですか?」
「ダメではないけど、離れてあげない」
ん、と口を突き出すと、海未は少しの間迷っていたけどやがて覚悟を決めたのか真っ赤な顔を近づけてきた。
可愛くてこっちからしてしまいたくなるけど、折角海未からしてくれようとしてるんだもの、我慢よ、我慢。
「……」
もうすぐ唇と唇がくっつく、と思った瞬間、入り口の引き戸に手が掛けられるのを感じた。
私と海未は慌てて離れて、すぐに元の位置に戻る。
それとほぼ同時に引き戸が開けられ、私達より少し年上くらいの二人組が入ってきた。
何とか見られてはいなかったみたいね、良かった。
ほっと胸を撫で下ろして海未を見る。
……そんなに怖い顔しなくてもいいじゃない。反省してるわよ。
「絵里のせいですよ!!」
「ふふっ、ごめんごめん」
「ちゃんと反省してください!」
してるわよ。してるけど……
「それ、そんなに美味しい?」
私が指差したのは、海未がお説教の合間合間に食べているあんみつ。
温泉から出たあと、ホテルの近くのカフェで私がお詫びとして海未に奢ったものだった。
「美味しいですよ。絵里も食べますか?」
「ありがとう。海未がすごく美味しそうに食べるものだから気になってたのよ」
「う……そんなにあからさまでしたか?」
付き合い始めてからよく分かったけど、海未って結構甘い物好きなのよね。
穂乃果の家のお饅頭は勿論、他の和菓子から洋菓子まで何でも。
「可愛かったわよ、ふふ」
「やめてください……もうっ」
言葉とは裏腹に顔を綻ばせる海未ににやにやしながら、あんみつを一口食べさせてもらった。
「ハラショー!美味しいわね!」
「このあんこの甘さがたまりません……!」
目をキラキラさせながらスプーンを進める海未は、何だか小さな子どもみたい。
「海未ちゃん……って感じ?」
無意識に口から出たその言葉に、海未は手を止めて怪訝そうな顔で私を見た。
「何ですか急にちゃん付けなんて……気持ち悪いですよ」
ちょっと、恋人に向かって気持ち悪いはどうなのよ。
「何だか子どもみたいだなぁって思ったの」
少し拗ねながら答えると、海未はまた顔を赤らめた。
……どうしてそこで赤くなるのかしら。
「……絵里相手だと、どうしても気が緩んでしまうんです。意識しなくても、気遣わなくていいと思ってしまうので」
それってつまり。
「私にはありのままの海未を見せられる、ってこと?」
「そう……です」
どうしてこんなに私が言われて嬉しいことをピンポイントで言えるの?
込み上げる嬉しさと愛しさで高鳴る胸を抑えるために、一度大きく深呼吸をする。
「そ、そうなの……」
落ち着いてから絞り出したはずの声は思い切り裏返ってしまって、私まで顔がかぁっと熱くなる。
深呼吸の意味、全くなかったわね。
「……私以外の人にそんなこと言っちゃダメだからね?」
「言うわけないじゃないですか……絵里だけ、です」
「そう……ねぇ海未」
「はい」
「……好きよ」
「私もです、絵里」
頼んだブラックコーヒーを口に含むと、少しだけ甘い味がした……気がするわ。
カフェでゆっくりお茶を楽しんだあとは、街を観光することにした。
どうやら湖があって、そこから30分近くで対岸に渡れる遊覧船があるみたい。
船に乗る機会なんてなかなかないから楽しみだわ。
「絵里、あれに乗るみたいですよ」
「……ハラショー」
海未が指を差した方向にあったのは、海賊船を模した赤を基調とした大きな船。
思わず呆然としてしまうくらい立派で、存在感がある。
まさか本物ではないだろうけど大砲までついていて、遊び心をくすぐられるわね。
「ど、どうしよう。テンション上がってきちゃったわ」
「早く行きましょう!絵里っ!」
「ええっ!!」
差し出された海未のしなやかな手を取って、二人して年甲斐もなく走って乗り口まで向かった。
「折角ですしデッキに行ってみましょうか」
「ええ、そうね」
船が出航してしばらくしてからの海未のその一言で階段を登ってオープンデッキに上がると、木々の鮮やかな緑色に囲まれた淡い青色の湖水に、春特有の心地良い日差しが反射して水面が眩しく煌めいていた。
「海未、ここからならよく見えるわよ」
「本当ですね」
天気が良くて暖かいのと休日なだけあってデッキにも人はたくさんいたけど、丁度客室の影になっている場所が空いていた。
「宝石みたいです……」
海未は客室の壁に寄り掛かる私に背を向け、デッキの手すりに手を掛けながら湖を見つめている。
ここはきっと私の賢いところを見せるチャンスね。
「海未、知ってる?」
「はい?」
「湖は度々宝石に例えられることがあって、ロシアにあるバイカル湖は『シベリアの青い真珠』なんて呼ばれてるのよ」
油断していると表に出てしまいそうな「ドヤ顔」を表情筋を総動員して押さえ込んで何とか澄まし顔で言い終えた私の豆知識に、海未は湖から視線を外さずに疑問をぶつけてきた。
「そんなに綺麗なのですか?」
「私は見たことはないけど……お祖母様がとても綺麗で幻想的だって言ってたわね」
「そうですか……」
「……」
もしかして……私、滑った?いやいやまさかそんな……
「ですが」
焦りを募らせていると、海未が突然振り向いた。
それと同時に緩やかな風が吹いて、海未の艷やかな髪を微かに揺らす。
「私にとって一番綺麗な宝石は、あなたのその瞳です」
「~~~っ」
いつもはちょっとしたことで顔を真っ赤にして照れちゃうくせに、こういうときだけ恥ずかしげもなくこんなことを言ってのけちゃうんだから、海未って本当にずるいわ。
「絵里、顔が赤いですよ」
「っ……赤くもなるわよ」
「ふふ、可愛いです」
もしかしたら、狙ってやってるのかしら。そうだったとしても、これで惚れない子なんているの?ううん、いないわね。間違いないわ。……海未に惚れるのは私だけでいいけど。
「海未のバカ」
「馬鹿な私は嫌いですか?」
悔しくて罵倒してみるけど、効果はなし。
どうせ私が嫌いじゃないって答えるに決まってると思ってるんでしょ?
「……嫌いなわけないじゃない」
むしろ大好きだけど。
「良かったです」
嬉しそうな顔しちゃって……ふふっ、いいこと思いついちゃった。
「ねぇ海未、ちょっとこっちに来て?」
「なんですか?……っ」
疑いもなく歩き出した海未の腕を軽く引っ張って私の方に寄せて、バランスを崩した身体を支えると同時に頬に軽くキス。
見る見る間に赤く染まっていく海未の頬を満面の笑みで眺めながら、そのままあらかじめ起動させておいたスマホのカメラのシャッターを押した。
「ナイスショットね、ハラショー♪」
湖もちゃんとバックに入ってるし、完璧だわ。
「ナイスショットじゃありませんっ!!消してください!!!」
「えぇ?嫌よ、SNSにあげるんだから」
「そ、それは不特定多数の人に今の写真を見られるということですか……?そ、そんなのダメです!絶対にダメです……っ許しません!!!」
「別にそんなに恥ずかしがらなくたっていいじゃない。頬にキスしただけよ?」
物凄い勢いで迫ってくる海未をひらりひらりとかわしながらスマホで文章を打っていく。
「……分かりました。百歩譲って写真は消さなくてもいいです。が、投稿するのだけは勘弁してください!!」
「今載せなくてもどっちみち後で見せたくなっちゃうんだから、どうせ恥ずかしい思いするなら今の方がいいと思わない?」
「思いませんっ!絵里が誰にも見せなければいいことでしょう!?」
よし、タグを付けて……と。あとは投稿するだけね。
「私はね、海未。みんなに私の恋人はこんなに可愛いのよって教えてあげたいだけなの。海未の恥ずかしがってる顔を見たいからとか、そういうのじゃないのよ。……それでも駄目?」
言い換えるとのろけたいのよ。
あ、恥ずかしがってる顔を見たいのももちろん嘘じゃないわよ?
「うっ……ですが……」
迷ってる迷ってる。
「……やっぱり駄目ですっ!恥ずかしすぎます!」
「海未のけちー」
船の上で愛を囁くことはできるのにね。
「けちで結構です!いいからそれをこちらに寄越しなさい!!」
「あっ、海未、ちょ……っ」
私のスマホを奪おうと手を伸ばした海未を避けようとして腕を高くあげたとき、たまたま海未の指が画面に当たった。
「あ」
「えっ」
見やすいようにスマホを海未の方に傾けると、ディスプレイには「完了」の文字。
「こ、これは、何が完了したんですか……?」
海未が震える手で画面を指差す。
「……写真の投稿よ」
「……」
それを聞いた海未はふらふらとおぼつかない足取りで私から離れて、再び手すりに手を掛けた。
「……平安時代、戦に負けた平氏の時子は幼い安徳天皇に『波の下にも都がございます』と言い聞かせ、供に海上に身を投じたそうです」
「海未……?」
「この湖の下にも、都があるといいですね……」
ちょ、ちょっと。何するつもりなのよ。
海未からただならぬ気配を感じて手首を掴む。
「早まるのはやめなさい、海未!」
「離してください!あんな写真を自らの手で全世界に公開してしまったなんて……恥ずかしくて生きていけません!!」
「アカウントに鍵をつけてあるからμ'sメンバー以外には見られないわよ!」
その瞬間、ふっと海未の腕の力が抜けた。
「ほ、本当ですか?」
「ええ、本当よ」
鍵をつけていると、相互でフォローしている人しか見られないのよね。便利な機能だわ。
「それならそうと早く言ってください……」
「ご、ごめんなさい。ここまで嫌がるとは思わなくて……」
確かに少しやり過ぎたわね……。反省しないと。
「いえ、私の顔だけならいいのですが……」
「?」
「……いくら相手が私だからといって、絵里が誰かにその、キ、キスしているところを知らない人に見られるのは嫌だったので」
「……頬でも?」
「嫌です……」
あぁ、もう。どうしてやろうかしら。
ここが屋外じゃなかったら間違いなく唇にキスしてるところだけど、私にだって自制心はあるわ。
……でも、抱きしめるくらいなら許されるわよね?誰も見てないし……平気よ、うん。
「海未~~っ!」
「え、絵里っ!?公共の場ですよ!!」
周囲を見回しながら小声でたしなめる海未の首に腕を回して鼻を肩の辺りにくっつけると、海未のいい匂いが鼻孔をくすぐる。
「海未が可愛いのが悪いのよ……」
「何ですかその滅茶苦茶な言い訳は……」
呆れながらも私の背中を優しく撫でる海未にしばらく身を委ねていると、 スマホから通知音が鳴った。
「さっきの写真かしら」
海未に体重を預けながらSNSを開くと、いいね!が6件と、コメントが14件きていた。
……みんな、見るの早すぎない?
「見て見て海未。みんなからコメントがきてるわ」
「写真についてはなるべく言及されていませんように……」
まぁ、とりあえず見てみましょうか。
いかにも女が書いた文
kotori_oOchun
@eli_umixx
海未ちゃんお誕生日おめでとう(人´ω`)二人で旅行楽しんできてねっ!
絵里ちゃんのネックレス、海未ちゃんから貰ったやつだよね?とっても似合ってるよ♪♪
「ふふ、嬉しいわ」
「一緒に選んでくれたことに感謝ですね」
2525_2i_i
@eli_umixx
もしも「この写真どうでもいいね!」ボタンがあったら連打してたわ。
誕生日おめでと。
「羨ましいならそう言えばいいのに……にこは素直じゃないわね」
「……本心なような気がしますが」
spiritual_roof
@eli_umixx
こんなところでのろけるなんて、相変わらずラブラブやね。保存したで(´>ω∂`)
海未ちゃん、誕生日おめでとさん♪
「もう、希ったら……」
「どうして少し嬉しそうなんですか……うう、今度会ったら絶対にいじられます……」
874_8901
@eli_umixx
海未ちゃん、お誕生日おめでとう(*´∇`*)
ところでこの写真では絵里ちゃんからですが、いつもはどちらからが多いんですか?詳しく聞きたいです。
「な、なんだか鬼気迫るコメントね……」
「一行目とそれ以降のギャップが激しすぎます……」
m_nishikino
@eli_umixx
写真にはあえて触れないでおくわ。
海未、誕生日おめでとう。
「真姫には少し刺激が強すぎたかしら……?」
「さすがは真姫です。私の自慢の後輩ですね」
StarrySky1101
@eli_umixx
海未ちゃんの顔中学生の男子みたいで超うけるにゃ(ФωФ)
あ、誕生日おめでとう!
「中学生?男子?」
「……こちらの後輩は再教育が必要なようですね」
HO_NO_KA_SMILE
@eli_umixx
海未ちゃん誕生日おめでとう!!
幸せそうで羨ましい(o´・`o)♪
それでね、良かったら今日、みんなで通話しない??
その後のコメントを見てみると、私達以外は全員大丈夫だと答えていた。
「海未、私達はどうする?ホテルに帰ってからは特に予定もないわよね?」
「そうですね、私も久々にみんなで話したいです」
「それじゃあ決定ね」
コメントで返事をしてスマホをしまったところで、船内に降りる準備を促すアナウンスが鳴り響いた。
「そろそろ到着するみたいですし、一旦戻りましょうか」
「ええ」
船を降りてから湖を抜けて静かな散策路を数分歩くと、私達の背の丈と同じくらいの高さの鳥居が見えてきた。
「雑誌で見るよりも雰囲気がありますね」
「そうね、百聞は一見に如かずってことわざの通りだわ」
ここはあまり目立たない場所にありながらもかなり有名な神社で、この辺について書かれている旅行雑誌には必ずと言っていいほど掲載されている観光名所でもある。
数年前からテレビで縁結びのパワースポットとして紹介されているのもあって、毎年多くの人が訪れるみたい。
自然に囲まれたどこか幻想的で荘厳な佇まいは、私達の地元にある神田明神とはまた違った趣があって素敵……だけど。
「混んでるわね……」
「人気な観光スポットですし、何より休日ですから……仕方ありません」
入り口から拝殿までの参道には初詣のときほどではないにしても行列ができていて、参拝するには少し並ばないといけないようだった。
「まぁ、二人で話でもしてたらすぐよね」
「ふふ、そうですね。並びましょうか」
手水舎で手と口を清めて、列の最後尾に並ぶ。
周りを見渡した限り、家族連れや友達同士で来ている人はもちろん、カップルが目立つわね。
「ねぇ海未」
気になったことを聞こうとして顔を横に向けると、海未はどこか遠くの方を見つめたまま動かない。
何を見ているのかしら。視線の先を追ってみたけど、人が多すぎてよく分からなかった。
「海未……?」
顔を近づけてもう一度名前を呼ぶと、はっとしたような表情をして慌てて私に顔を向ける。
「す、すみません!どうかしましたか?」
「珍しいじゃない、ぼーっとするなんて。好みの子でも見つけた?」
本当にそうだったら泣いちゃうけど。
でも海未はそんな私の悪ふざけに呆れ顔でそんなわけないでしょう、って返してくれたから、とりあえずは安心ね。
「それで、どうかしたんですか?」
あ、そうそう。聞きたいことがあったんだったわ。
「ここはカップルが多いみたいだけど、縁結びって恋人が欲しい人にご利益があるんじゃないの?」
既に恋人がいる人にもなにか良いことがあるのかしら?自分たちのことだし、気になるわよね。
「そうですね……縁と言ってもひと括りに恋愛だけでなく、例えば友情、仕事など色々なものを言うんですよ。恋人同士なら、結婚を祈ったりするのも縁結びと言えますね。恋人が欲しいという人は、良縁祈願をするのが一般的かもしれません」
「ハラショー……よく知ってるわね」
まさかここまで詳しく説明してくれるとは思わなかったわ。
「昔、私も同じようなことを母に聞いたことがあったんです」
海未が懐かしそうに笑う。
なるほど、恋人同士は結婚を祈るのね。それなら……
「私達は結婚できるようにお願いするべきってことかしら」
「……そうですね」
顔が真っ赤になるのを予想して微笑んだけど、予想に反して海未は少し寂しそうな笑顔を見せるだけだった。
さっきといい、今といい……もう少し様子を見たほうが良さそうね。
「絵里は……」
海未が開きかけた口を噤んだ。
「どうしたの?」
「いえ、何をお願いするんですか?」
……そんな取り繕ったような笑顔、バレないとでも思ってるのかしら。
でも、海未はいくら問い詰めても話さないって決めた内は絶対に話さない。それは私が一番知っていること。
「もちろん、これからも何事もなく海未と一緒にいられますようにってお願いするつもりよ」
「……叶うといいですね」
ええ、叶うに決まってるわ。私が叶えさせてみせるもの。
返事の代わりに、私は胸元に光る海未から貰った小さなハートを握りしめた。
「海未はどうするの?」
「私は……」
「絵里の、幸せを願います」
そう言って、海未は私に軽く微笑んでみせた。
私達の順番がようやく回ってきて、二人で並んで賽銭箱の前に立った。
まずはお賽銭を入れて、鈴を鳴らして、二礼、二拍手。
海未と一緒にいられますようにということと、就活がうまくいきますようにということをお願いして、最後に一礼してから拝殿を退いた。
「さて、次はおみくじね……海未、行くわよ!」
「はいっ!」
神社の楽しみといえばやっぱりおみくじよね。何が出るか分からないからどきどきしちゃう。
「……」
「え、絵里……」
こうして凶が出ることもあるけど。
「いいのよ海未、私はどうせ凶の女なの……」
「おみくじは気の持ちようと言いますし、気にすることはありませんよ」
そうよね。たとえ恋愛運が最悪だったとしても、信じなければいいんだわ。
「それに……」
海未は引いた棒に書かれた番号の引き出しを開けて、中に入っていたおみくじを一枚取って満面の笑みで私に差し出した。
「悪いことは私が上塗りしてしまいますから」
海未から貰ったそれには、大きな文字で「大吉」と書かれていた。
「……何よ、それ」
かっこいいにも程があるじゃない。
「絵里には笑顔でいて欲しいんです」
優しく微笑む海未を見て、自然と顔が綻んだ。
「ありがとう、海未」
やっぱり、あなたは最高の恋人だわ。
「……そろそろ日も傾いてきましたし、凶のおみくじだけ結んでホテルに戻りましょうか」
「ええ、そうね」
照れを隠すように振り返って歩き出した海未に手を引かれながら、もう一度細かいところまでおみくじに目を通す。
「……ふふっ」
「絵里?」
「何でもなーい」
全部は叶わなかったとしても、これだけは信じることにしましょう。
来た道を戻って、また船に乗って、少し歩いて、ホテルの部屋に着いた頃にはもう日が落ちた後だった。
「夕食の時間まであと1時間ほどありますね」
「そうね……みんなはどれくらいの時間なら都合がいいのかしら」
ソファで海未の肩に頭を預けながらテレビを見ていると、私のスマホが鳴り出した。
「……誰?」
呟きながら通話をタップしてスマホを耳に当てると、少し大きすぎるくらいの声が聞こえてきた。
『ぅ絵里ちゃん!!!』
「穂乃果!」
『海未ちゃんも聞こえてる?』
「聞こえてますよ。他のみんなはどうしたんですか?」
『えっ……と、もう少しかかるかなぁ~?』
……怪しい。
『それより!旅行はどう?楽しんでる?』
「はい、今日は暖かかったですし、天気も良かったですから」
『そっか~!良かった良かった!』
穂乃果の声の向こうで、微かにピアノの音が聴こえてきた。
……そういうことね、ふふ。
幸い海未はまだ気づいてないみたいだし、私も協力するとしましょうか。
「穂乃果は最近どうなの?大学はちゃんと行ってる?」
『行ってるよ!レポートはことりちゃんに見せてもらったりしてるけど……』
「それくらいは自分でやりなさい!この間会ったときも手伝ってもらっていたでしょう!?」
『穂乃果だって頑張ってるもん!』
「だったらレポートも頑張ったらどうなんですか!!」
何だかこのやり取りも懐かしいわね。
「絵里からも何か言ってやってください!」
「まぁ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。穂乃果だって一生懸命頑張ってるのよね?」
『うんうん!さっすが絵里ちゃん!!』
納得のいかないような目で私を見つめる海未の頭を軽く撫でながら、でも、と付け足す。
「レポートも宿題と同じで、ちゃんと自分でやらないと力にならないのよ?」
『う……分かりました』
「なるほど……こういうやり方があるんですね」
海未が隣で感心しながら頷いている。
ペットの躾に苦労する飼い主みたいね。
『みんなー!!!準備できたー?……あっ』
「準備……?」
恐らくスマホを耳に当てたまま喋りだしてしまったであろう穂乃果が慌てているのが簡単に想像できる。
……どうして穂乃果にこの役を任せたのかしら。
『海未ちゃん』
「なんですか?」
『あのね……これは、穂乃果たちからのプレゼントだよっ!』
『愛してる ばんざーい♪』
穂乃果の歌声と共に、真姫のピアノが旋律を奏で始める。
それに合わせて他のみんなの声も重なり、次の小節から私も加わる。
海未はしばらく目を丸くしながら驚いていたけど、それからすぐに弾んだ声で歌い出した。
こうしてみんなで歌うのは私達の卒業式以来だったけど、全員の歌声と心が1つになるのを感じた。
『お誕生日おめでとう!!!!』
歌が終わったあと、電話の向こうから7人の声と拍手の音が聞こえてきた。
「みんな……ありがとうございます!」
『えへへ、喜んでもらえた?』
「もちろんです!!」
目を輝かせながら海未が大きく頷く。
良かったわね、と頭を撫でると、喜色満面の笑み腰に抱き着かれた。
これはかなりご機嫌ね。
『穂乃果に突然呼び出されたときは何事かと思ったわよ』
『でもにこっちも何だかんだでノリノリだったやん』
『う、うるさいわね』
「ピアノがあるってことは……真姫の家?」
『そうよ。あの写真を見た穂乃果から連絡が来て、急遽うちに集まることになったの』
そういうことだったのね。それにしても穂乃果の行動力は流石だわ……みんな集まっちゃうなんて。
『海未ちゃんも今日で二十歳だね♪』
『でも心は男子中学生だね』
「すみません凛、もう一度言ってもらえますか?」
『ごめんなさい』
『大人えりうみ……良いですね……』
『凛はこっちのかよちんもギリ好きにゃ~』
「みんな全く変わらないわね……ふふ」
「本当ですね」
海未と顔を見合わせて笑う。
高校の頃の友達は一生って言うけど、本当にそうかもしれないわ。
『変わらないも何も私達は先月会ったばかりじゃない、痴話喧嘩で』
『痴話喧嘩!?何かあったの!?』
『花陽、少し落ち着きなさい』
『実はな、えりちが……』
「ちょっと希!」
あんな勘違い思い出しただけで恥ずかしいのに、みんなに知られたりなんてしたら死んじゃうわよ……。
『ねぇねぇ絵里ちゃん、あの写真どこで撮ったの?』
「穂乃果、それについては触れない方が身のためですよ……」
「遊覧船の上よ。そのときに海未がね……私にとって一番むぐっ」
海未が船の上で言ってくれたことを教えようとした瞬間、顔を真っ赤にした海未に手で口を塞がれた。
『海未ちゃん、教えて……?お願いっ!』
「いくらことりのお願いでもこれだけは絶対に駄目です!!」
『えぇ~』
『あんな写真まで載せておいて今更恥ずかしがることなんてないじゃない。突然見せつけられたこっちの身にもなりなさいよ』
『とか言って、本当はやってみたいんとちゃうん?うちはいつでもええよ~』
『そんなわけないでしょ!!にこはあんなふうにのろけるほど馬鹿じゃないのよ!』
「馬鹿なのは絵里だけです!!」
う……心に刺さるわ……
だけど勝手に投稿しようとした手前言い返せないわね。
『でもさっき凛に楽しそうに希ちゃんの写真見せてきたよね?』
「へ~、そうなの?にこ」
素直じゃないだけで、やっぱりにこも希のことが大好きなのよね。
「人のこと言えないじゃないですか!」
『違うわよっ!あ、あれはそういう意味じゃなくて……!』
『違うん……?』
『くっ……!!ち、違くない、わよ……』
『えへへ……』
な、何なのよこの電話越しでも漂ってくる甘い雰囲気。
……私達も負けるわけにはいかないわ!!!
「海未なんてスマホのホーム画面が私の写真なのよ!!」
ついでに私はロック画面も海未よ。
「なっ……!」
『だからこの間会ったときも見せてくれなかったんだ!』
納得したような穂乃果の声に、耳まで真っ赤になった海未が手で顔を覆う。
「やめてください……」
『ありがとうございます』
『ちょっと花陽!?ことり、隣の部屋から救急箱持ってきて!』
『う、うんっ!!』
「え?何?何があったの?」
ドタドタと駆けまわる音と、みんなの慌てる声。
一体何があったの……?
『花陽ちゃんが鼻血出して倒れちゃった!!』
「えぇっ!?」
「大丈夫なんですか!?」
『かよちん……かよちぃぃぃぃん!!』
『花陽ちゃん……嫌だよぉ……っ』
『凛ちゃん、穂乃果ちゃん……今までありがとう……楽しかった、よ……』
『かよちん!?かよちん!!……おのれにこちゃん!よくもかよちんを……!』
『花陽ちゃんの仇っ!』
『にこのせいなの!?』
『くだらないことやってないで!!花陽もそんなのに付き合ってないで大人しくしてなさい!』
「何をしているんですか……」
……穂乃果だけじゃなくて、みんな変わってないみたいね。
『お騒がせしてすみませんでした……』
「それは構わないけど……血はもう大丈夫?」
『うん!真姫ちゃんとことりちゃんが手当してくれたから』
「大事に至らなくて良かったです……」
本当にね。真姫とことりがいてくれて良かったわ。
『えりちと海未ちゃんはこれからどうするん?』
「とりあえず夕食?」
「そうですね」
『いいなぁ、穂乃果も美味しい物食べたい……』
「穂乃果はいつでも美味しいお饅頭が食べられるじゃない」
『毎日はさすがに飽きるよぉ……』
そういうものなのかしら。私は穂乃果の家のお饅頭なら毎日食べても飽きないと思うけど。だってそれくらい美味しいもの。
『誕生日に好きな人と二人で旅行なんて憧れちゃう♪』
「なかなかいい考えでしょう?」
『うんっ!海未ちゃん羨ましいな~』
「ふふ、確かに今まで生きてきた中で最高の誕生日かもしれません。絵里、みんな、今日は本当にありがとうございました」
実はこれで終わりではないんだけど……それはまだ秘密。
「大好きな海未のためだもの」
海未の顔に両手を添えて唇に軽くキスすると、顔の触れている部分が徐々に熱を帯びていく。
「顔、熱いわよ?」
「……言わないでください」
駄目。いくら海未が可愛いからってここでにやにやしては駄目よ。耐えるのよ、私。
『……ちょっと、何やらかしてんのよ。こっちには子どももいるんだからね』
『見た目はにこちゃんのほうが子どもだけど』
『精神年齢もせいぜい5歳くらいにゃ』
『そこ、うるさいわよ!!……というかあんたら、喧嘩のときも思ったけど、いつまで経ってもバカップルね。まさか家でもずっとそんな感じなの?』
「当たり前じゃない。これまでも、これからもずっとこんな感じよ。ね、海未~?」
「そう、ですね」
海未の顔に一瞬だけ戸惑いの色が見える。
それからまた取り繕った笑顔。
……やっぱり様子が変だわ。
『はぁ……これ以上見せつけられるのも癪だし、そろそろ切るわね』
『えぇ!?もう切っちゃうの!?』
『穂乃果ちゃん、二人きりの時間を邪魔しちゃあかんよ?』
『あ、そっか!……海未ちゃん、今度遊びに行こうね!』
「はい、楽しみにしていますね」
『二人とも、お幸せに♪』
「ええ、ありがとう。それじゃあね」
『ばいばーい!』
電話を切って、壁に掛かっている時計を見る。
うん、丁度いい時間。
「そろそろ行きましょうか」
「そうですね」
……みんなが素敵なプレゼントを用意してくれたんだから、次は私の番よね。
ホテルのレストランで夕食を済ませた後、部屋に戻るためにエレベーターに乗り込んだ。
「どれも美味しかったわね」
「はい、特にあのお刺身は最高でした……!」
「私はステーキが気に入ったわ」
「絵里はレア派ですからね……私はもう少しよく焼いてある方が好きです」
「デザートも美味しかったけど……きゃっ」
部屋のある階に着いて止まったエレベーターから降りた瞬間、太ももあたりに何かが勢い良くぶつかった。
驚いて下を見ると、小さな女の子が不思議そうな顔で私を見つめていた。
……何だかこの子、ちょっとにこに似てるかも。
「ごめんなさい、大丈夫だった?」
しゃがんでその子に目線を合わせると、にっこりと柔和な笑みを向けられた。
小さい子の笑顔って可愛いわよね。
「海未、この子連れて行ってもいいかしら」
「駄目です!誘拐犯になるつもりですか!!」
さすがに冗談よ。
周りに家族がいないか見つけようと立ち上がったとき、後ろから声をかけられた。
「こら、走っちゃダメでしょ!どうもすみません……あ、えっと、Sorry?」
その子の母親らしい綺麗な女の人が頭を下げかけて、私の顔を見て言い直す。
……まぁ、普通そうなるわよね。よくあることよ。
「ふふ、日本語通じるので大丈夫ですよ。お気になさらないでください」
「あっ……すみません!」
今度こそ頭を深く下げられて、少し申し訳なくなる。
「どうしたんだ?」
また後ろから声が聞こえて振り向くと、今度はその子の父親らしき人が私達の方に向かって歩いてきた。
「ぶつかっちゃったみたいで……」
「あぁ、すみま……Sorry?」
……黒染めしてカラコン入れたほうがいいのかしら。
「ほら、お姉さんにちゃんとごめんなさいして?」
お父さんに抱きかかえられたその子が、私に向かって笑顔で大きく手を振った。
「ばいばーい」
「こらっ」
「ふふ、ばいばーい」
「すみませんほんとに……」
エレベーターに乗り込んだその家族に手を振って見送る。
「可愛い子だったわね」
きっと家族旅行ね。私も小さい頃はよく連れて行ってもらっていたわ。亜里沙とホテルのベッドで飛び跳ねて怒られたり……懐かしいわね。
「……」
海未は私の言葉には答えずに、閉まったエレベーターの扉をじっと見つめていた。
「海未?どうかした?」
「……あ、いえ。戻りましょうか」
「そうね」
海未も何か思うところがあったのかしら。
部屋の前について、一度大きく深呼吸をしてから海未に鍵を渡した。
「ごめんなさい、海未。先に入ってて」
「分かりました」
海未は怪訝そうな顔をしながらも鍵を開けてドアノブを引いた。
後から私も入ってドアを静かに閉める。
「……絵里?」
海未が部屋の机の上に置いてある箱とワインボトルに気づいて、後ろを振り返った。
「誕生日と、成人のお祝いよ」
「おめでとう、海未」
「……っ」
決まったわね。
微笑みながら腕を広げると、すかさず海未が私に抱き着く。
背中をぽんぽんと叩くと、それに応えるように抱き締める力が強まった。
これじゃあ私がプレゼントを貰っちゃってるじゃない。
「ありがとうございます……絵里っ!」
顔を上げた海未と目が合って数秒間見つめ合うと、海未がゆっくりと瞼を閉じた。
これは……いいってことよね。
海未の形の良い唇に何度か優しく口づけて、思い切り抱き締めた。
「海未、愛してるわ」
「私も愛していますよ」
私、こんなに幸せでいいのかしら。
「それでは、海未の誕生日と成人をお祝いして……乾杯!」
「ふふ、ありがとうございます。乾杯」
並んでソファに腰掛けてワイングラスを傾けると、グラス同士が小気味のいい音をたててぶつかる。
微かに香るぶどうの匂いを楽しみながらワインを少し口に含むと、仄かな甘味が舌いっぱいに広がった。
「どう?初めてのお酒の味は」
ワインを恐る恐る舌で転がす海未の肩にふざけて腕を回すと、こくりと飲み下してから口を開いた。
「思ったよりも飲みやすいものなんですね」
「アルコール度数が低めのものにしてもらったからかしら」
折角の旅行なのに私が酔い潰れちゃったら大変だし。
「ケーキも美味しいですよ」
「ふふっ、良かったわ」
白のチョコペンで『海未ちゃん お誕生日おめでとう』と書かれた板チョコが乗っている、いちごたっぷりの二人用ホールケーキ。
私も一口切って食べてみると、甘い生クリームと少し酸味のあるいちごがバランスよく口の中で混ざり合う。
「ほんと、美味しいわね」
「ホテルの方が作ってくださったんですか?」
「そうよ。バースデーサービスっていうものがあって、部屋を留守にしている間に置いていってくれるの」
私もホームページを見て初めて知ったんだけどね。
「そういうことだったんですね……今日はサプライズ続きで、本当に楽しい誕生日でした」
「プレゼントはまだあるわよ?」
「えぇ!?」
私は鞄の中から取り出した白い正方形の小さな箱を海未に渡した。
「開けてみて?」
「は、はい」
海未は箱を開けて、中に入っていたブルーの文字盤が印象的なピンクゴールドの腕時計と私が身につけている腕時計を交互に見比べた。
「これって……もしかして」
「ええ。一応ペアウォッチ、というか全く同じ物なんだけど……嫌だった?」
海未は何度も首を横に振って、時計をクッションから外した。
「嬉しいです……!」
腕時計を手に取って私に朗らかな笑顔を向ける海未を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「時計なら遊びに行くときにも大学にも着けていけるし、いいかなって思ったの」
海未が寝ている間に腕周りを測るのは少し緊張したけどね。
起こしちゃったら大変なことになるし。
「……絵里と、お揃いですね」
「ええ、お揃いね。……ねぇ、海未」
「はい?」
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
海未は一瞬驚いたように目を見開いて、腕時計を机の上に置いた。
それからぎこちない笑みを浮かべながら私に向き直る。
「えっと、すみません。意味がいまいち……」
「何もないって言うならこれ以上は聞かないけど、海未がどう考えて、何を悩んでいるのか、知りたいのよ。……お願い」
俯く海未の手を握って返事を待つ。
ここで何もないって言われたら……その時はその時よ。
「……私に、幻滅するかもしれません」
「それでもいいわ」
あなたのあんな表情を見るよりはね。
「自信をなくしてしまったんです」
少しの間を置いて、海未は途切れ途切れに話し始めた。
「私は、高校生の頃からずっと絵里のことが好きです」
「絵里は私にとっての憧れで、大切な人で、今日だってこんなに素敵なプレゼントを貰って……私はなんて幸せなんだろう、そう思いました」
海未は、一度深く息を吐いた。
「……神社で並んでいるときに、一組の家族が目に留まりました。父親と、母親と、子供が二人。本当に幸せそうでした」
あのときに名前を呼んでも反応しなかったのはそれだったのね。
「そんな光景は何度も見かけたことがありますが、そこでふと、なんとなく考えたんです」
「私は今、幸せです。ですが、絵里は?確かに絵里は私と一緒にいて幸せだと思ってくれているかもしれません。しかし、それだけが絵里の幸せなのでしょうか」
「絵里は美人で、要領も良くて、引く手なら数多なはずです。それは絵里を近くで見てきた私が一番よく知っています」
「……」
淡々と自分の心情を吐露していく海未を、私は黙って見つめる。
「……絵里が望みさえすれば、神社で見た家族や、先程会った家族のような、幸せな家庭を築くことができるはずなんです」
「私は女ですから、絵里と正式に結婚することはできません。……それどころか、絵里に負担をかけてしまうかもしれません」
そこまで言って海未は顔をゆっくりと上げた。
澄んだ琥珀色の双眸が、私の目を真っ直ぐに捉える。
「私は、絵里を愛しています。だからこそ、絵里には幸せになって欲しいんです。今はまだいいかもしれません。ですが将来、私は絵里に幸せだと言わせられる自信が、正直ありません」
「……こんなに情けないことを考えているなんて、私の誕生日を祝ってくれる絵里に申し訳なくて言えなかったんです。すみませんでした」
海未が頭を下げて、それきり押し黙る。
まさかそんなことを考えていたなんて思ってもみなかったわ。
私も面倒な性格をしてると思うけど、海未も大概ね。
そう考えると、やっぱり私達ってお似合いだわ。
「聞いて、海未」
海未を緩く抱き締めて、背中を優しく擦る。
私が落ち込んだときはいつも海未がこうして慰めてくれるのよね。
「未来のことなんて、誰にも分からないのよ。生活に困ることもあるかもしれないし、もしかしたらないかもしれない」
「だけどどんなに辛くても、大変でも、海未さえ一緒にいてくれたら私は幸せだって笑ってやるわ」
今だってもちろん幸せよ。だって、こうして好きな人と触れ合うことができるんだもの。
「それにね、私は海未に男になってほしいわけじゃないの。男だからとか、女だからじゃなくて、海未だから好きになったのよ?それでも気になるようなら、二人でお金を貯めて、海外にでも行って正式に結婚すればいいわ」
海未の髪を撫でると、おずおずと背中に腕が回された。
私は嬉しさで口角が微かに上がるのを感じながら続ける。
「海未が私のことを愛してくれるように、私だって海未のことを愛しているのよ。嬉しいことは共有したいし、悲しいことは分け合えばいい。負担だって喜んで背負うわ」
「現に今までだってそうしてきたじゃない。喧嘩だって何回もしたし、別れそうになったことだってあったけど、それでも二人でぼろぼろになりながら乗り越えた」
「……幸せな家庭を築くことができるはずなのは、海未だって同じ。それでもそうしないのは、私のことを好きだと思ってくれているからでしょう?」
一度離れて、海未の細くて長い綺麗な指と自分の指を絡める。
「私だってそう。私が望むのは幸せな家庭じゃなくて、あなたなのよ、海未」
自分の気持ちを海未に伝えて顔を見ると、海未は泣いていた。
大粒の涙が瞳からぽろぽろと落ちるのを拭おうともせずに、私を見据えて言った。
「……こんな私でも、これからも絵里の隣にいさせてくれますか?」
そんなの決まってるじゃない。
「むしろ、海未じゃなきゃ駄目なの。嫌だって言われても離してあげないから」
私は机の上に置かれていた腕時計を取って、海未の白い手首につけた。
「ハラショー、やっぱり似合うじゃない」
海未の手首に、ピンクゴールドがキラキラと誇らしげに輝いている。
似合いそうだとは思っていたけど、これは想像以上ね。
「絵里とお揃いですから」
海未がハンカチで目元を拭って微笑む。
「そうね、ふふっ。……ねぇ海未、恋人に腕時計をプレゼントするって、どんな意味があるか知ってる?」
買うときに店員さんに教えてもらったことをふと思い出して、なんとなく聞いてみる。
「いえ……何ですか?」
「『離れていても、同じ時を過ごしましょう』っていう意味があるらしいの」
素敵だと思わない?まぁ、私達は離れている時間の方が少ないけどね。
「だから、出掛けるときはつけてくれたら嬉しいわ」
「もちろんですっ!絵里、今日は本当に最高の誕生日でした。絵里のおかげです。ありがとうございました」
「どういたしまして」
海未のその屈託のない笑顔を見るためなら、バイトの鬼になることなんて容易いのよ。
「それに……絵里は私にとって誰よりも大切な人だと、改めて実感することができました」
「私も、海未が私のことをどれだけ考えてくれていたかよく分かったわ」
誰よりも大切な人……なんていい響きなのかしら。にやにやが止まらないわ。
……あ、そう言えば。
「海未」
「なんですか?」
私は財布のお札入れに大切にしまっていた紙を抜き出して、海未に渡した。
「昼間のおみくじ……ですよね」
「それの恋愛の項目を見て」
「? はい」
海未はおみくじの結果を読み始めて、すぐに弾かれたように顔を上げて私を見た。
「おみくじは気の持ちようなのよね?だから私、それだけはちゃんと信じてみようって思うの」
海未を抱き寄せて、柔らかい唇にキスをする。
だって、今の私達にぴったりだと思わない?
『この人より他になし』なんて。
HAPPY END
以上で終了となります。
だいぶ遅れてしまいましたが、海未ちゃん誕生日おめでとうございます。
読んでくださった方、ありがとうございました。
綺麗だった
乙
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