P「ニッケルオデオン【赤】」 (69)

※道満晴明氏の「ニッケルオデオン」が元ネタです。

アイマス、モバマスのキャラで進めていきます。書き貯めはないのでゆっくりです。
また、以前同じ題材で書かれた方がいらっしゃいますが、その方と>>1は別人です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1423709477

春香「回収アイドルと幻肢痛」

事務所へ向かう途中で、わたしはバラバラの千早ちゃんを見かけた。

春香「……って、ちょっと、えーっ!? なに、なんなのどうしたの!?」

慌ててブレまくっているわたしの視界のはしに捉えたのは『地雷源(萩原組建設中)』の文字。千早ちゃん、これに気がつかなかったのか。

春香「あわわ、千早ちゃん! 大丈夫!?」

慌てて千早ちゃんの元へ駆け寄る。幸い、ここには地雷が埋まってなかったらしい。千早ちゃんは少し冷や汗をかきながらただそこにいた。というより、あった。

千早「ええ。死ぬかと思ったわ」

春香「もー、危ないんだから! とりあえず事務所に行こっ!」

千早「そうね……春香、連れてってくれる? 私じゃ歩けなくて」

春香「もちろんだよ! さっ、大人しくしてて!!」

私は転がっていたーー千早ちゃんの頭を、そっと抱き上げて事務所へ向かった。

事務所に着くと、まだ誰もいなかった。みんな千早ちゃんが大好きだから、とんでもないことになってたに違いない。
そっと千早ちゃんをソファーに置き、わたしは向かいに座った。

春香「いやー、びっくりしたよぉー。千早ちゃん看板見なかったの?」

千早「ええ、今度の新曲を聴いてたら何時の間にか踏んでたみたいで……反省するわ」

春香「でもまぁ、まだ無事で良かったけど……これから、どうしようか?」

千早「ええ……」

千早「私の肉体を回収したいところだけど、この体、いや、この頭じゃどうしようもなくて……」

困り顔で千早ちゃんはそう言った。わたしはもう決心はついている。

春香「じゃ、じゃあ私が手伝ってあげる!」

千早「本当? 助かるわ!」

春香「でも、どこにいったか分かる?」

千早「それがね、なんていうか……幻肢痛っていうのかしら。離れてても体の感覚を感じることができるの。だから、大体の場所は分かるのだけれども……」

千早ちゃんは語尾を詰まらせた。そして、場所を教えてくれたけど、その場所はわりと意外なところだった。

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響「し、知らないぞ! 自分、千早の綺麗なすべすべの足なんて持ってないさー!」

響ちゃんの家に着いて事情を説明するや否や、響ちゃんはクローゼットの前に立ちはだかって言い訳をし始めた。バレバレだよ、響ちゃん……。

春香「でも、ほら、それないと千早ちゃんが困っちゃうよ?」

響「うぐっ……で、でもそれは千早の勘違いだぞ! ここにそんなの無いもん!!」

みんな千早ちゃんのことが大好き。裏を返せば、持ち去ってしまったのは765のみんな。困ったなぁ、回収するの難しいそう……

春香「ねぇ、響ちゃんは千早ちゃんのこと、好きだよね?」

響「えええっ!? そ、そんなことないさー! 友達だぞ、友達!!」

春香「うんうん、でも千早ちゃんかわいそうだなー。それがないと千早ちゃん泣いちゃうだろーなー」

響「……千早、悲しむかな?」

春香「そりゃあもう、うえーんって」

響「……ちょっと見てみたいぞ、それ」

わたしも確かに見てはみたい。

春香「そしたら、響ちゃん、もしかして嫌われちゃうかも」

響「えっ」

春香「わたしが千早ちゃんに言ったら、もう口きいてもらえないかもねー」

途端、じわっと響ちゃんの目に涙が浮かぶ。

響「い、いやだぞ! 自分、千早に嫌われたくないよぉ……えぐっ……」

春香「あ、あーあーはい! 言わない、言わないからっ! ね?」

響「ホント……?」

春香「ほんとほんと! だから、ねっ? それ、返してあげよう?」

響「……わかったぞ」

響ちゃんはクローゼットの中から綺麗な白くて細い足を取り出し、わたしに返してくれた。……ちょっと濡れてるのは、気にしないでおこう。

とりあえずわたしは両足を確保し、泣き止まない響ちゃんを慰め、次の場所へ向かった。

次の場所からはもう響ちゃんの時と同じように説得して回った。

腕は真ちゃん。

真『ごめんね千早! ランニングしてるときに見つけたんだけど、もういても立ってもいられなくなってさ……!』

指は雪歩ちゃん。

雪歩『ち、千早ちゃんの指、前からほっそりしてて気になってて、ごめんなさいぃ……。あっ、お父さんもうちのせいだって謝ってて、今度高級コンポ一式送りますって言ってますぅ……』

お腹付近は亜美と真美。

亜美『うあうあ~、ごめんねちーちゃん! ちょっとせくちーなお腹見てたら二人で持って帰っちゃったよ~』

真美『せくしーっていうか、ちょっとやらしー……あの、その、ごめんね!!』

肝臓は伊織ちゃん。

伊織『ちょっと春香、いくらでも払うからそれ返しなさいよ! お願い、返してぇ……』

そして、最後はーー

春香「あのー……貴音さん」

ロケ終わりの貴音さんを捕まえて千早ちゃんのことを話そうとすると、貴音さんはそれを制した。

貴音「皆まで言わずとも分かりますよ。申し訳ありませんでした」

ぺこっと頭を下げる貴音さん。わたしは慌てて手をぶんぶん振って、

春香「い、いやいや! わたしは大丈夫ですけど……」

貴音「そうですね、私は千早に顔向けできません……私は必ず謝りますので、春香、先にこれをお返ししていただけませんか?」

取り出したのは、綺麗な装飾がなされた宝箱だった。

春香「わ、わかりました。いいですね?」

貴音「ええ、真、堪能致しました」

何をどう堪能したかは聞かない聞かない。春香さんルール。
わたしは千早ちゃんの元へ戻ろうとすると、

貴音「して、春香」

と貴音さんに呼び止められた。

春香「? なんですか?」

貴音「……千早を想う気持ちは、皆同じでしょう。春香も、同じなのではないですか?」

春香「そ、そりゃあまぁ……」

貴音「独り占めしたくは、ないのですか?」

その問いに、わたしは答えられなかった。すると、貴音さんはそっと微笑んで事務所の方へ戻っていった。

春香「うーん……」

わたしは宝箱を持ちながら考えてみた。それより、この中身はなんだろう。
ぱかっと開けてみると、それはーー

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春香さんはですねー、お菓子作りも得意ですけど裁縫もできちゃうんですよねー。
ちくちくちくちく。
ぬいぐるみとかは作れないかもだけど、綺麗に縫い合わせるくらいなら簡単ですよ。はい。
わたしは出来るだけ丁寧に仕上げる。

春香「……っと、できたー! どう、千早ちゃん」

千早「うん、凄いわね。医学ってこんなに進んでるのね」

千早ちゃんはつなげた身体をすいすいと動かす。なんとかうまく行ったみたいだ。

春香「でも残念だったね。どうしてもお胸だけ見つからなくて……」

お胸、見つからないというか
元からないというか...

これまた以外な元ネタだな
道満晴明の作品を参考に書いたことはあるけどそれとクロスさせるとは…

これ原作読んだことない人は辛そうだな
絵が無いと想像しにくいわ

>>18技量不足ですまん。文章でカバーしてみる。

千早「ううん、いいのよ。ここまでやってくれてありがとう春香」

春香「千早ちゃん」

千早ちゃんはくるりと振り返る。ちょっとツキハギになっちゃったけど、雪みたいに白くて綺麗な体だった。

千早「それにね、時々ひどく優しく触れられるのを感じるの。それ程までに丁寧に扱ってくれる人がいるなら、私はその人にあげたっていいって思うわ」

千早ちゃんのいつもより優しい笑み。私はただ「……そっか」と呟くことしか出来なかった。

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私は嘘つきだ。
とうとう千早ちゃんに言い出すことはできなかった。明かしても千早ちゃんはきっと怒らなかった。でも、私は怒られるのが怖かったんじゃない。

春香「……わたしも、欲しかったもん……」

雪の降る事務所までの道を、重い足取りで向かう。
『独り占めしたくは、ないのですか?』
貴音さんの声がこだまする。わたしがあの時答えられなかったのは、貴音さんの言う通りだからだろう。
わたしも、千早ちゃんが欲しい。でも、こんな形で欲しいなんて、どこかおかしいのだろうか。

春香「好きだから……だけじゃ、だめか」

ふらふらふらふら。着地点が見当たらない足か彷徨っていた。ぼーっとぼーっと。『地雷源』の看板が見えないくらいに。

かちっ。

ぼーん。

足元で大爆発が起こる。爆散した私が空中に飛ぶ。幸いにも、千早ちゃんと同じく頭は残っている。こんなに高く浮くものかと考えていると、ずくんと痛みのようなむず痒いものを感じた。
心臓が。
あんなに離れていてもシクシク痛む。
ははぁ、これが幻肢痛か。
肉体的な痛みじゃないとわたしは初めて気づいた。

最近はキャラ置き換えただけでSSと言い張るのが流行ってるのか

千早「春香!」

少し離れたところから千早ちゃんが呼ぶ声が聞こえる。もう音楽は聴いていなかった。

千早「回収大変そうね。……手伝ってあげましょうか?」

大好きな千早ちゃんの柔らかい声。私は満面の笑みで、答えた。

春香「うん!」

難しいことはまだ答えが出なさそうだから、今はただ、その優しさに甘えていようと思う。

少なくとも、この身体が幻肢痛を感じる間は。

春香「回収アイドルと幻肢痛」 終

モバP「ニッケルオデオン」
モバP「ニッケルオデオン」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1413036401/)

同じ人かな?
何はともあれ珍しいから支援

ああスマン……
>>1に別人ってあったわ

>>26
はい、まさにその方と別人です。その人のSSがキッカケでニッケルオデオンもぱら☆いぞにもハマってしまいました




凛「……んっ」

寝ぼけた目で周りを見渡しても暗かった。どうやら結構な時間寝ていたらしい。寝っ転がっていたベンチに座り直し、目をこする。

凛「……いっ!……痛い……」

変な体勢で寝てたのか、ベンチだっからか、腰が大分痛む。思わず腰をさすっているとーー気配を、感じた。

妙に気持ち悪い空気が流れる。私はただその気配のする方を見つめた。電灯に照らされたベンチの元へ、その気配は寄ってくる。
思わず唾を飲み込んだ。そして、それはゆっくりゆっくりと姿を現してきた。



出会ったのはーー1匹の、虎だった。

凛「Heart Food」

金色の毛並み、おっきい体、どことなく目が三白眼の虎は、私の前までくると座り込んだ。
……これ、危ないかな。
図りかねてると、あっちから口を開いてきた。

虎「安心しろ、食ったりしねぇよ」

喋った。

虎「もうとっくに閉園してるぞ」

凛「……ごめん、寝ちゃってたみたいで」

虎は首をぽりぽり掻きながら言葉を続ける。

虎「こんな時間まで寝てた、って……最近のJKは危機感がねぇな……」

虎と話している、という事実にそこまで違和感が湧かなかった。不思議だ。マヒしてるのかもしれない。

虎「ま、いいか。出口まで送ってやるよ」

凛「あ、ありがと……」

虎「着いて来な」

そう言って虎は歩き出す。私はその横を並ぶように歩き出した。
この動物園は都内にあるけど広いことで有名だ。未央も卯月も行きたい行きたいと言っていた。仕事があるからなかなか行けなかったけど、今日は1人で来てしまった。

虎「広いから迷うなよ」

凛「うん、ちゃんと着いてくよ」

広いだけでなく、昼と夜とで景色が違いすぎて驚いている。
違うというよりーー今は動物がそこらかしこを歩いている。キリンもパンダもサルたちも、みんな自由に散歩していた。

ふむ

凛「ねぇ、ここって夜は自由だね」

虎「まぁな」

虎はまっすぐ見たまま答える。

虎「園長が本当はサファリパーク的なもんにしたかったらしいんだが、許可が降りなくてな。こうして夜だけでも開放してるらしい」

凛「見る人いないのに?」

虎「園長に聞いてくれ」

箱庭のようなサファリパークは見たこともない動物でいっぱいだった。こんな景色、私しか見たことないだろう。今度会うときは、未央と卯月にうんと自慢しよう。

?「よぉ」

空から声がかかった。見てみるとくちばしが黄色くて体が真っ赤な鳥が木に止まっていた。南国育ちっぽい。

鳥「こんな夜中にデートかい?」

虎「うるせぇ。食っちまうぞ」

鳥「はっは! そりゃ敵わねえわ。お幸せにな」

そう言い残して、鳥は去ってしまった。

凛「やっぱ食べるの?」

虎「冗談だよ」

そっぽ向きながら虎は返した。

虎「嬢ちゃんの顔、見覚えあるな」

凛「へぇ、記憶力いいんだ」

虎「ジジイ扱いするなよ。まだそんな年じゃない」

凛「じゃあ何歳?」

虎「……園長に聞いてくれよ」

虎は見かけによらず、面白いひとーーもとい、虎だった。

凛「……そうだよ、私一ヶ月前にもここ来たんだ」

虎「JKがそんなに楽しめる場所でもなかろうに」

凛「そんなことないよ。楽しかった」

少なくとも、一ヶ月前までは。

>>28
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>>38
気になってたけど近くの本屋に無いんだ……。密林で取り寄せてみるかな。

しばらくして見つけた園内案内板を1人と一匹で見ていた。虎は少し眠そうに欠伸をして私が確認を終えるのを待っている。
対して、私は出口を確認ーーしてはいなかった。それよりも現在地の付近を細かく見渡す。

迷ってる時間ないか。……ここにしよ。

私は一つのマークに目を付け、そっとその場を離れた。

虎「この三番ゲートをくぐれば……ん、あれ」

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走って走って。
辿り着いたのは一つの場所。マークで言えば、『肉食獣』の住処。サル山のような作りになってるそこには、暗闇に黄色の眼だけがぎらぎらと光っていた。
私は靴を脱ぎ、その前に立つ。この背丈もないコンクリの壁を乗り越えたら、私はーー
コンクリに手をかけながら、空を仰いだ。満月だけがこうこうと私を照らす。
12時までに、魔法は溶けちゃったね。シンデレラにはなれなかった。

凛「……よし」

私はコンクリに登り、足元を見下ろす。見たことも無いキツネのような動物が、舌舐めずりをして待っている。
ごめんね、みんな。ごめんね、未央、卯月。お父さんもお母さんもハナコも。
最後に、あの人の顔が。


凛「ばいばい」


私は、その足をーー









虎「やめとけ。下の連中はオレほど紳士じゃないぞ」

見れば、さっきの虎が私のスカートの裾をくわえていた。

虎「……泣くなよ」

泣いてる? 私が?
目元に手をやると、指に露が絡みつく。

虎「思い出したぞ。一ヶ月前の嬢ちゃんは髪が長かったな」

凛「……」

虎「スーツを着た男と一緒だった。『プロデューサー』って呼んでたな」

凛「……ホント、記憶力いいね」

私なんて忘れたくても忘れられないのに。

虎「……なあ、一度だけ思いとどまってみないか」

凛「……どうして?」

虎「どうしてもだ」

凛「……」

虎「それでも」

虎「それでも駄目だったら、オレの檻に飛び込め。絶対苦しませずに食ってやる」

……ずるい。
そんなこと言われたら、私はーー

凛「わかった」

信じるしか、ないじゃないか。
私はコンクリから降りて、虎をぎゅっと抱きしめた。

凛「今の、プロポーズみたいだったから、言うこと聞いてあげる」

虎はなんにも言わず、私に抱かれてくれていた。柔らかくてあったかい温度が、堪らなく愛おしかった。

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鳥「よぉ。最近どうよ彼女とは」

虎「……うっせえなぁ」

隣の檻からやかましい鳥の声が聞こえる。真っ昼間におしゃべりする気にはなんねえよ。

鳥「どうもなぁ、あの子アイドルらしいぜ? 通りで可愛いと思ったぜ!」

虎「そうかい」

凛「おーい」

鳥「おっ、噂をすればなんとやらかな」

嬢ちゃんがコンクリの向こう側から手を降っている。あれから嬢ちゃんは毎日ここへやってくる。

凛「元気?」

昼間は話さないと決めている。

しばらく様子をうかがっていると、コンクリにもたれかかりながら聞いてくる。

凛「ねぇ、好きな虎(こ)とかいるの?」


……今のとこ、飛び込む様子はない。

凛「Heart Food」 終

あと一作だけやらせていただきます


早苗「三ヶ月だよ、三ヶ月! 三ヶ月付き合っておいて別れようとかさー! プロデューサーさんなんかだいっきらい!!」

楓「そうですねぇ、困った人です。早苗さんをフったこと後悔してるでしょうね」

早苗「あんなやつもう知ーらないっ!」


片手に持っている瓶の中身を左手のコップにドボドボついで一気に煽る。死ぬほど呑んでやるーとことんだぞー。

そんな呑んだくれている私の前で、楓さんはうんうんと話を聞いてくれている。

早苗「あれぇ? 志乃さんと瑞樹さんは?」

楓「さっき買い出しに出かけるって言ってましたよ」

早苗「かーっ! 傷心の私ひとりに話させといてもう!」

付き合いわるいなぁ、まったく!!

早苗「コピ・コピ・ルアク」

楓「……もうそろそろやめといた方がいいんじゃないですか? がんがん呑んだら、朝は頭がガーンって、ふふ……」

早苗「ねぇ、楓さんそれダジャレになってるの……?」

楓「だめでしたか?」

早苗「あー、うん、ま、まぁとにかくいいんじゃんかー。明日はめったに無いオフだしー」

楓「最近は忙しそうですもんね」

早苗「なんかねー、突然婦警さんブームがくるとは思ってなかったけど、いざ来ると大変だね。事務所にも皆にも会えなくて」

楓「そうですよ、寂しかったんですから」

早苗「確かに全然この面子で集まれなかったもんね。……って、あれ、楓さん呑んでる? シラフじゃない?」

よく見れば、楓さんはいつものようにぽっと顔が朱く染まっていなかった

楓「今日はちょっとダメなんです。この前プロデューサーさんに怒られちゃって」

早苗「いーのいーの! あんなスットコドッコイ男の言うことなんて聞かなくてー! 一緒にのもーよー」

楓「呑みたいんですけどね」

楓さんの意思は固かった。

早苗「禁酒令なんてかわいそう! 楓さん我慢できてる?」

楓「今はなんとか。でも早苗さんの美味しそうに呑んでる姿見てたらキッチンに隠してある八海山とか久保田とか呑みたくて堪らなくなってきました。でも、我慢です」

早苗「うっわ、いいなぁすごいの隠し持ってるね!」

楓「良かったら、持って帰りますか?」

早苗「えっ! ホント!?」

楓「ええ。まだ未開封なのでどうぞ」

早苗「えー、でもホントにいいの?」

楓「はい。でもその代わり、今日はもう、やめときましょうね」

早苗「えー、そんなぁ……」

楓「約束できない人にはあげませんよ♪」

仕方ない。ここは我慢我慢。

早苗「はい、じゃあやめます……「

楓「じゃあ取ってきますね。ついでにお水も持ってきますから」

早苗「あ、じゃあ私もお手洗い借りるね」

重い腰をあげ、私はお手洗いに向かった。

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志乃「早苗さんもうダメでしたね。ベロベロだったし」

瑞樹「まぁ、ショックも大きいでしょうしね。今日はとことん付き合ってあげましょうよ」

志乃「そうですね。仲良かったですもんねぇ、あの2人」

瑞樹「思うところもあるでしょうし。……しかし、コンビニのワインって地雷の匂いがするわね……美味しいのかしらこれ」

志乃「買っちゃったんだから言いっこ無しですよ。早く戻りましょう」

瑞樹「そうね」

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楓「早苗さん、コーヒー飲みますか?」

お手洗いから出ると、キッチンで楓さんがコーヒーのパックを持って待っていた。

早苗「あー、でも呑んだばかりだしなぁ……」

楓「そうですか。でも、ちょっと面白いものなんですよ? これ」

早苗「面白いもの?」

楓「早苗さん、コピ・ルアクって知ってますか?」

私の脳内には全くヒットしなかった。

早苗「ううん、コーヒーには詳しくないから」

楓「インドネシアに住んでるジャコウ猫さんはコーヒー豆を食べるそうです。そして、未消化のまま出しちゃいます。その豆を集めて煎ると、独特の香ばしさがあるそうなんです」

へえ。話だけ聞けばもうすでに飲みたくは無い。

早苗「へぇ……誰が飲もうとするのかしらそんなの。じゃあ、それがそのーー」

楓「いいえ。確かにコピ・ルアクは希少品ですけど、最近はそれほど珍しくないんです。この豆はジャコウ猫さんにコピ・ルアクを食べさして、その出したものならまた採取したものなんです!」

早苗「おおっ!」

壮大なストーリーだなぁ。思わず感心して思わずパックを覗き込んでしまう。楓さんは一歩前にゆっくりと踏み出す。

早苗「コピ・コビ・ルアクってわけね。確かにこれはかなりの嗜好品だわ……」

楓「でしょう? これ、グラム2万しますから」

早苗「2万!?」

ギッ、と床がほんの僅かに軋む。気付けば、楓さんは目の前……というか、鼻先にいる。

楓「だから、2人には、ナイショで」

近いですよ、と言おうとしたその瞬間ーー


唇に暖かいものを感じた。

え?

楓さんの手が私の腕を掴み、壁際に追い込まれていた。時間が止まって、思考は真っ白になり、ただ私は楓さんを受け入れるだけになっていた。

そっと楓さんが離れる。はぁっ、と息が私の鼻先を掠めていく。

早苗「……楓さん、本当は酔ってるでしょ」

楓「……シラフですよ」

楓さんの頬はほんのり上気している。

楓「私、早苗さんがずっと前から好きでした。アイドルを続けていこうって思ったのも、貴方のおかげです」

早苗「……」

楓「でも最近は早苗さんがブレイクしちゃって、ああ、もうなんだか遠くなっちゃったなって思いました。大好きな温泉に浸かっても、全然胸の痛みが取れないんです」

楓さんとまだ手が繋がったままだった。一つ言うたびに、手がきゅっと締まる。

楓「そのうちプロデューサーさんと付き合ってしまって。でもそれでも早苗さんが幸せならいいかって思ってました。けど、別れたってこの前聞いたらーーやっぱり、諦められなかったんです」

うっすら目に涙を浮かべながら話す顔は、真剣そのものだった。

楓「この豆だってそう、手に入れるの大変でした」

早苗「……なんでコーヒー豆なの?」

楓「なんだってよかったんです。コーヒー豆でもお酒でも。早苗さんのために何か用意すれば、私のところに来てくれる気がして」

握っていた手を楓さんは自分の胸に寄せる。

楓「だから、こうして今日忙しい中来てくれて、嬉しかったです」

本当に嬉しそうな、無邪気な笑顔。

早苗「楓さん、やっぱ酔って……」

ふとキッチンから見えるリビングに目をやる。

いや、違うか。

捉えたのは、棚の上に置いている写真。

早苗「酔ってるのはーー私の方か」



写真は、とっても美しい顔をしている、楓さんの遺影だった。

今日集まったのは私の傷心を慰めるためでもパジャマパーティーでもない。楓さんのためだった。

楓さんを見ると、小指を唇にそっと当てて、静かに微笑んでいた。

楓「あーあ、早苗さんの唇のお酒、舐めちゃいました」

まるでいたずらをした猫のような表情で、楓さんはぺろっと唇を舐める。

楓「今日のお酒はダメなんですよ。吸ったらスーッと消えちゃいます。ふふっ」

よく見れば、楓さんは足の方から徐々に透明になっていた。

どうすることも出来ずに、私は腰が抜けてしまった。そんな私の頬を、楓さんはしなやかな指でさらっと撫でる。

楓「さよなら、大好きでした」


そして、楓さんはにこにこしながらーー光に溶けていった。



朝になったら、キッチンに置きっぱなしのコーヒー豆を探しにいこう。

そして、ジャコウ猫のクソを飲みながら、楓さんのことをおもいだしてやるんだ。

早苗「コピ・コピ・ルアク」 終

おしまいです。

もし興味が湧いてきたら、「ニッケルオデオン」買ってみてください。とっても不思議な時間を体験できると思います(ステマ)

乙です
個人的に緑が好きだからそっちもやって欲しいな

1乙
素敵なチョイス
>>28
そう言ってくれるとあっちの作者も喜ぶだろうね
まとめでは叩かれてたし

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