女「公衆便女だよ」(99)
帰り道、急に腹痛に襲われた。
今にも決壊しそうだ。
幸い、近くに公園があった。
慎重に、早足でトイレへ。
入り口に清掃中の看板が立っていたが、緊急事態につき無視。
なんとかたどり着いた。
いささか乱暴に個室のドアを開けると、中に女がいた。
女子トイレと間違えたか?
いや、でも小便器はあった。
くそっ、なんで個室が一つしかないんだ。
とにかく別の、いっそ女子トイレに……
入り口で立ち尽くしていると、顔色で察したのか女が便器を譲ってくれた。
最中ではなかったようだ。
感謝もそこそこに、扉を閉め、ズボンを下ろし、腰掛ける。
尻が便座につくまえに噴出。
下品な水音と、遅れて臭気がただよう。
ああ、助かった。
安心感につつまれる。
幸せだ。
ひと心地つくと、疑問が沸いて来る。
なんでここに女がいたんだろう?
清掃員か?
それにしては服装が変だった。
あまり良くはみていないけれど、あれはバスローブだったんじゃないだろうか。
だいたい、清掃員にしては若すぎる。
偏見かもしれないが、ああいうのはいわゆるおばちゃん、おじさんの仕事だろう。
個室の中も変だ。
妙に生活感というか、人のいた気配がある。
あの女、ここに住んでるんじゃないだろうな。
そんな馬鹿な考えまで沸いて来る。
いやしかし、もともとの状況が尋常じゃない。
なにがあっても不思議では……
まあいい。
もう女もいないし、確かめようがない。
一通り出し切ったので、くだらない考えにキリをつけて、紙に手をのばす。
尻を拭くと、おびただしい茶色のシミ。
ウォシュレットがほしいな。
無い物ねだりはよそう。
十分に拭き取って、レバーを下げる。
グルグルまわりながら消える汚物。
いわれのない達成感と共にドアをあけると、女がいた。
「間に合ってよかったね」
平坦な声で女が言う。
どうも……と、でも返せばいいのだろうか。
なんだこの女は。
どうしてまだいるんだ。
さっき止めた疑問がまた溢れ出す。
「出てもらっていい? ちょっと邪魔」
追撃。
思わず道を開けてしまう。
身体を横にしてスッと個室に入ってしまった。
便座を紙でサッと拭くと、便器へぽい。
一連の動作が滑らかだ。
「……君、だれ?」
「公衆便女だよ」
平坦な声だった。
期待
公衆便所?
この女が?
トイレの精とか、そういうことか?
見えてはいけないものが見えてしまう人種の匂いがする。
格好もやはりおかしい。
ところどころ染みのついたバスローブ一枚だけのようにみえる。
まともな人間が外で着ているべきものではない。
今は便器に腰をかけ、大きめの肩掛けを下ろしている。
……こういうとき警察と病院、どちらにすべきだろう?
「あなたの、ずいぶん臭うね」
ずいぶん直接にもの言うやつだ。
むっとするこっちを無視して、鞄を漁る。
消臭スプレーがでてきた。
茶色の臭いがきえてゆく。
「で、使うの?」
個室を清めながら女が尋ねる。
「……使うって、なにを?」
「わたし」
「はあ?」
「公衆便女だから、わたし。好きに使ってください」
使うって、どういうことだろうか。
どうも、そういうことしか想像できない
いつの間にか、硬くなっていた。
「使うみたいね」
そこを見ながら女が言う。
事務的な口調に、なぜかゾクリとした
今すぐにでもズボンを脱ぎ捨てたかったが、ありえない状況に理性が働く。
「……い、いくら?」
物語の中でしか聞いたことのない台詞を口走る。
十分錯乱しているようだ。
「タダだよ」
女が薄く微笑む。
「ココも、ココも、ココもココもココも…」
…みーんなタダ
唇から始め、女の身体の随所を細い指先がなぞる。
それだけでバスローブの下の身体が意識される。
もうどうなってもいい。
使おう。
ズボンを下ろす。
脱ぎ捨てる。
勃起しきったそれを、女はじっと見る。
一歩、近づく。
チラリと視線をこちらの背後にやる。
「鍵、閉めたほうがいいよ」
そういう性癖じゃないならね。
使用中、でしょ?
女はいたって冷静だ。
それが逆に興奮をさそう。
足で扉を閉め、後ろ手に手探りで鍵をしめる。
独特の薄暗さに、閉塞感。
まずは口から……いいかな?
聞くと、素直にうなずいて膝をついた。
挨拶のように、舌先でちろりと、先端を舐める。
興奮で、ひどく敏感になっているようだ。
付け根の奥がうずりとする。
「どうしたらいい?」
上目遣いに女が聞く。
舐めてほしい、くわえてほしい、しゃぶってほしい。
喉奥までつきいれたい、頭をつかんで無理矢理したい、射精したい射精したい射精したい。
欲望が渦巻いて、とっさに言葉がでてこない。
「……」
無言のまま、唇に押し付ける。
軽くひらいて迎えてくれた。
腰を進めると、奥まですんなりくわえた。
ぬるい温かさにつつまれる。
そこで止まっていると、女が動き出した。
丁寧に、根本からカリ首まで。
唇で締め付けて、舌で転がして。
射精にはいたらない、でもたまらない、じれったい快感。
ちょっと公園いってくる
手持ち無沙汰だ。
脳の一部、すこしは冷静な部分が思考をはじめる。
見知らぬ女に、公園のトイレでフェラされている現状。
この女はだれなんだろう。
なんとなく、頭に手をそえる。
なでる。
手入れの行き届いた髪だ。
本当に、何者だろう。
公衆便所……
いつもいきずりの男にこうして?
髪を撫でたのに反応してか、睾丸にも刺激がくわわる。
触れるか触れないかの位置を、すべらかな指がはい回る。
ゾクリとする。
急に射精感がこみあげる。
早すぎるが、もう耐えられない。
女の頭を抑えて、奥へとつきこむ。
エズキもせず、喉の奥に迎えいれる。
射精。
ありったけを注ぎこむような、そんな、長い。
出すままにコクコクと飲んでいく。
射精がすんだ後も、口の中でしばらく転がされる。
たまらず腰をひくと、頬をすぼめて
吸い付くように口を離すと、女の口元から銀の糸がひく。
指先で無造作に拭う。
そんな仕草を他人事に見つめながら、腰が抜けたような虚脱に必死で上体を保つ。
と、よろけてしまった。
後ろの戸に手をついて、支える。
自分でもうるさく聞こえるほど、息が上がっている。
たったこれだけのことで息が上がるとは、いささか恥ずかしい。
いや、しかたないか。
うん、でも……いや。
不自然でない程度に息をおさめながら、次の女の行動を見守る。
女もこちらを見上げている。
妙な沈黙がおとずれた。
気まずくなって咳払いをすると、女が視線を落とす。
そこはさっき射精したばかりだというのに、すでに硬さを取り戻している。
まあ仕方ないだろう。
「まだ、するんだね?」
そりゃあ、してくれるなら、もちろん。
一度だしたせいか、すこし余裕も出てきたようだ。
「じゃあ、次はどこかな?」
また、口? それとも胸? やっぱりここ? もちろんこっちもつかえるよ
やっぱり言葉をなぞって、手が下へ、最後は少し奥へ。
ふふっ
女が笑う。
途中で生唾を飲み込んだのがバレたらしい。
「ここがいいみたいね」
少し奥へさしこんだ指先を戻して、そこをさすりながら女がいう。
「ちょっと汚れているかもしれないけれど」
わるいね。
そういって、立ち上がり、バスローブの紐をとくと、肩からするりと外す。
手慣れた手つきで適当にまるめ、隅の鞄の上に置いた。
あれよあれよというまに裸になってしまい、やっぱり脳が追いつかない。
思ったよりも大きい胸と、程よく肉のついた身体。
肌理の細かい滑らかな肌にところどころについた赤い跡は、やはりそういうことなのだろう。
なにより、ローブを脱いだ時に個室中に広がった女の、牝の匂いが思考を停止させる。
昔読んだけど続きか?
おうよ
お腹がいたい気がするからちょっと公衆トイレ行ってくる?
いいぞ
「ビョーキとか妊娠とか、そういうのは気にしなくていいけど……」
我に返ると、女が小さな四角いパッケージをつまんでいた。
「これ、つかう? 掃除中だったし、前の人の残ってるかもだから、それが嫌なら……」
「だ、大丈夫っ……」
思わずどもってしまう。
自分でもガッツキすぎだと思うが、女のそこから目が離せなかった。
毛のないそこは、ふっくらと盛り上がり、秘裂の上から濃い桃色の突起が覗いている。
粘膜はすでに潤んでおり、行為の後が伺える。
「いい、かな?」
声が上ずってしまった。
はいはい、といった調子で女が背を向け、便器に手をついた。
後ろから挿入しろ、というのだろう。
白く大きな尻に挟まれて、十分に濡れたそこが晒される。
「さ、どうぞ」
挙句の果てに、指でひらいて見せつけてきた。
すぐにでも突っ込みたかったが、思うように体が動かない。
いっそ緩慢なほどに、腰を近づける。
急かすように女が腰をゆらす。
粘膜と粘膜がふれあい、吸い付くような錯覚。
穴を先端が探り当てた。
そう思った時にはもう全て飲み込まれてしまっていた。
「んっ……」
熱くぬるんだ襞につつまれて、ただ腰を震わせるしかない。
ただ差し込んでいるだけで、締め付けるかと思えば緩み、絶え間ない快感におそわれる。
とんでもない逸品だ。
射精をこらえて、腰を動かす。
襞の一つ一つに粘液が絡み、こすりたてられる。
この名器をゆっくりじっくり味わいたい、と考えられたのは最初だけ。
数度、抽送を繰り返したあとにはもう獣のように腰を打ち付けていた。
女の腰を抑え、大きく腰を打ち付ける。
ただ快感をむさぼるだけの動き。
自分勝手なそれを受け入れるかのように、女のそこも一層蜜を溢す。
声をひそめ、それでも堪えられないうめきが口から漏れる。
狭い個室の中が熱い吐息と粘液と肉のぶつかる音だけでみたされる。
とめどない快感に次第に腰はしびれ、形をうしなった。
痺れが全体に広がる。
もう抑えられなかった。
一際奥へと突き込み、腰をおしつける。
そのまま欲望に任せて女の中に全てを吐き出した。
二回目だというのに、先程よりも出ているかもしれない。
全身にゾクゾクと冷えたものが走る。
射精が止まらない。
残さず注ぎ込もうと、身体が更に小刻みに動く。
無意識の動きだ。
女のそこに精気が吸い取られていく、そんな錯覚さえ生まれた。
吸い取られた代わりに、この上ない悦楽をあたえる。
魔女。
ふと、そんな恐れさえよぎる。
射精の間、息をつめていたらしい。
全部出し尽くして、虚脱感が訪れると、大きな吐息が出た。
押し付けていた腰を引くと、ぬるりと抜ける。
すこし遅れて、白い粘液がこぼれる。
ぽたり、と垂れるそれを、女の指がすくい取った。
指先についた白濁を、ちろりと赤い舌が舐める。
今度は艶然とした笑みを浮かべ、女が言う。
「ご利用、ありがとうございました」
射精後の倦怠感の中で冷静な思考がもどってきた。
それと同時に、疑問もよみがえる。
いまは再び女は屈み込んで、力をうしなったモノをしゃぶっている。
ずいぶん満足してくれたみたいだから、サービスとのことだ。
中の物を吸い出し、舌にからめ、飲み込んでいる。
そんな女の頭をぼんやり見下ろしながら、問う。
「……なあ、君はなんでこんなことをしてるんだ?」
その瞬間女がびっくりしたように、こちらを見上げた。
「なんでって……あれ?」
「いや、答えられないならいいんだけど」
「……公衆便女だからだよ」
こちらの目を覗きこむようにして女はいった。
公衆便女。
今度はきちんと変換された。
なるほど、公衆便女だったらなにもおかしいことはない。
便所をでると、外はもうすっかり暗くなっていた。
そんなに長いこといたはずはないが、下痢だったせいか。
スッキリした気分で家路をたどる。
夕飯は空腹だったので、カップ焼きそばの大盛り。
ネットを見ながら啜ると、安い満足が訪れる。
軽くシャワーを浴びて、布団にもぐる。
いつもなら一発ぬくところだが、今日は不思議とそんな気分にはならない。
心地よい疲労に誘われて、落ちるように寝てしまった。
ええぞ
次の日、その日中気になっていたことを確認するために、また件の公園へ足を運んだ。
思い出したのは朝、電車に乗った瞬間。
サボるわけにもいかず、一日の終わりを今か今かと待ちわびた。
なんで、忘れていたのだろう?
なにかをされたのだろうか。
あれで納得して、そのまま帰るだなんて普通ありえない。
公衆便女ってなんだ?
あの女は何者なんだ?
そもそも実在するのか?
疑問ばかりが渦巻いて、なにも手につかなかった。
夕暮れのなか、公衆便所へと砂利を踏んでいく。
居てほしいような、居てほしくないような、複雑な期待がふくらむ。
トイレの中に入るまでもなく、答えは明らかになった。
明らかに、音が漏れている。
男の荒い息と女の声、濁った水音。
性交の音。
息を殺して、そっとトイレの中にはいると室内中に響いている。
昨日も、こんな風に漏れていたのだろうか。
誰にもばれなかった幸運に感謝する。
そのまま壁によりかかって、行為が終わるのをまった。
さほど経たずに音は止み、トイレットペーパーの回る音がした。
女の声が二、三呟かれ、男の声がそれに答える。
衣擦れの音、ジッパーをあげて……ベルトをしめた。
個室の戸が開く。
小太りで、チェックのシャツを着た男が出てきた。
あまり身なりに気を使っている様子はない。
どことなくおどおどしている感じで、ひとことで言ってしまえばオタクっぽい。
こちらに気づくと、目を伏せて足早に出て行った。
すれ違いざまに、垢の臭いが鼻についた。
音を立てないように半開きの扉をあける。
女はバスローブをはおり、便器に腰掛け、俯いていた。
間違いない。
昨日の女だ。
わざと足音をたてて一歩すすむと、ハッと顔をあげた。
驚愕は一瞬だったらしい、すぐに無感情に喋り出す。
「ごめん、いま掃除中だから。ちょっと待っ……」
女の目がこちらの顔を捉えた瞬間、その言葉も止まった。
「嘘……なんで……?」
「なんではこっちのセリフだ。昨日なにをした?」
「……あーあ、たまにいるんだよね、君みたいな人」
「はあ?」
「暗示っていうのかな、耐性がある人」
わけのわからないことをいい、あちゃーと頭を掻く。
「ま、いいや。無駄だろうけど、とにかくやってみよう」
勝手に納得して、女が立ち上がる。
バスローブを脱ぎ落とし、部屋の隅へ投げた。
「なにを……っていうか、お前なんなんだ? 説明を…っ」
「うるさいなあ」
あっさり距離をつめられて、唇を奪われた。
飴をなめていたらしい。
べたつく甘さが広がる。
逃げようにも女の腕が首に絡み、離れられない。
女の舌が舌をからめるように動き、口の中を舐めまわす。
すると、だんだんぼうっとしてきて、抵抗する気が失せてきた。
「っぷは……いいよね? しようよ」
ようやく女が口を離した時にはすっかり勃起していた。
ズボンの上から硬直を擦り、そのまま片手で器用にベルトを外し、すっかり脱がされてしまった。
「ここに座って、じっとしていればいいからね」
女に言われたまま、便器に腰掛ける。
体温で温まった便器が、尻にペタリとする。
後ろ手に戸に鍵をかけた女がまたがってくる。
すこし手で角度を調節して、腰を下ろす。
あっさりと女の膣に収められてしまう。
やっぱり、とんでもなく気持ちいい
女が座ったまま腰を動かし始めると、小刻みながらも的確に追い詰めてくる。
動きながら女が耳元でささやく。
「ね、あたしのこと誰かにいった?」
……言ってない。言っても信じて……もらえ…ないだろ…
「よかった。じゃあ、これからも誰かに話したりしないよね?」
そ……れは、事情によるな……
「あんまり話が広まると、困るんだ」
まず、説明を……うっ…
いつになく早く射精してしまった。
その間も女の動きは止まず、吸われているかのようにびゅるびゅると精液が尿道を駆け登る。
なにやら、女が俺の耳元で呟いている。
意味はわからない。
射精が終わり、息をついたそのとき、女がこれまでとは違う芯の通った声をあげた。
「あたしの目をみて」
見るまでもなく女とは向かい合っていた。
視界の中で女の黒く大きな目が広がっていくように感じる。
視線が吸い込まれて、逸そうと思っても顔がうごかせない。
それどころか、指先に至るまでピクリとも動かない。
金縛りのようだ。
「あなたの名前は?」
口が勝手にうごいて、女に名を告げる。
女の口が、また呪文のようなものをつぶやき出す。
「……あたしのことは忘れて、このまま家に帰って、もうここには近寄らない。いいね」
呪文の最後に、そう命令される。
頷いてしまいそうになるが、腹がたった。
なんでコイツはこんなに偉そうなんだ。
いや、でも従わないといけない。
そんな気がする。
うん、そうだ。
早く家に帰らないと……いけない。
ここにいるのもなんだかまずい気がする。
気分が良くない。
はやく家に帰ろう。
いや、まてよ。
おかしいぞ?
なにがおかしいんだ。何もおかしくないだろう。
それは、ええと。
いいから家に帰ろう。もう疲れただろう。
いや、おかしい。
帰ろう、帰ろう、帰ろう。
まず、なんで女が男子トイレにいる?
そんなアホな問いで、パリンと思考が晴れた。
一度、疑問がでてくると、抑えこまれていた疑問が次々と湧いて出てくる。
もう帰宅を促す声はなかった。
「どう、かな?」
いまだにつながったまま女が問う。
「どうってなにが?」
「今、なにがしたい?」
「警察に通報」
「それだけは勘弁して下さい」
あーあ。やっぱ駄目だったかあ、と女がうつむく。
「いいから、どけよ」
「え、なんで?」
「また変なことされたらかなわん」
「えー、いいじゃん。もう何もしないし、できないし」
急にキャラが軽くなった。
「重い」
「失礼だなあ」
女をどかそうとするも、離れない。
いいじゃん、気持ちいいし。このままでいようよ。
ほら、またおっきくなってきた。
女がささやくと、若干緩くなってきたものが、また硬度を増した。
待ち構えていたかのように、女の中がぐにぐにと蠢く。
「変なことはしないんじゃなかったのか?」
「これくらい許してよ、なんでも話すからさ」
「……まあ、いいか。じゃあ、話せ」
実際、ゆっくりと女の膣でこねられるのは、なんともいえず気持ちよかった。
「じゃあ、ちょっと長くなるけど」
コホンと息を整えて、女は話し始めた。
まずあたしはね……
いや、公衆便女ってのもそうなんだけど、これは暗示をかけやすくするための名前っていうか……
まあいいや、八百比丘尼ってしってる?
あ、知らないの?
けっこう有名だと思ったんだけどなあ。
じゃあ、人魚の肉の話は?
あ、しってる?
それそれ、不老不死になるやつ。
それがあたしだよ。
お、驚いた? 驚いた?
あー、その顔は信じてないね。
でも本当なんだよ。
見ててね……
い゛っ……
…………
……痛たたた
ね? 舌噛みきっても平気でしょう?
あ、萎えちゃ駄目だよ。
『大きくして』
ふふ、そうそう
ごめんね、ちょっとスプラッタだったかな。
まー、あたしはご覧の通りの化け物でして。
む? 永遠の18歳ですけど。
こら、失礼だろ。
まあいいや、なんか死のうと思っても死ねなくてさ。
結局こうやってズルズル生きてるのさ。
でね、別にたべなくても生きてけるんだけど、精気がないとね。
精気って……まあ、なんか生きる力ーみたいな?
ぶっちゃけ精液だとおもってもらえれば。
女の子からも貰えるんだけどね。
房中術ってやつですよ。
この精気がきれるとさー、苦しくて苦しくてね。
空腹とか倦怠感とか全部一斉にねー、来るのです。
なんだろ、機械人形の油がきれたみたいな感じかな?
ひどいんだよ
苦しくても苦しくても死ねないんだ。
とっても辛くて、辛くて
頭がおかしくなりそうになるんだ。
なんとか精気をもらうために、通りがかりの人を襲ったりしてね。
で、うっかり吸いつくしちゃったりして。
あ、ほどほどなら毎日でも大丈夫なんだけどね。
精気って一度に吸い尽くすと死んじゃうから、人。
おかげで山姥とか呼ばれたりもしました。
こんなにかわいいのにババアですよババア。
ひどいよね。
あ、最近はそんなことないよ。
もう200年くらいはそんなことしてませんから。
更にここ百年は特に人が増えたからねー、うん。
餌いっぱい。
なに? 最近じゃないって?
ふふ、江戸からこっちは最近ってことで。
まあもうあんまり覚えてないんだけどさ、昔のことは。
あんまり覚えてたくもないし。
それで、あたし年取らないから定住できないんだ。
数年くらいなら胡麻化せるんだけど、やっぱりね。
それで、化け物扱いされて、突かれたり燃やされたりね。
痛いだけで死ねないんだけどさ。
それより、仲良くしてた人たちにひどいこと言われるのが辛くてね。
いや、ほんとに手のひらクルっですよ。
石投げて追い出されるの。
あれはもうやだなあ。
それでも時々は分かってくれる人が居て。
ほら、あたしいっつもエッチしながら旅してたからさ。
それに、こんな美人でしょ?
相性っていうのかなあ。
どうしてもお前じゃなきゃ駄目なんだって言われると、弱くてね。
なんどかお嫁さんになったこともありますよ。
山奥でひっそりくらしたり、座敷に囲ってもらったりしてね。
定住は出来ないけど、それでもって。
うれしいよねえ。
え? 子供? 生まれるよ普通に。
うん。普通の人間。
ふふ。
もしかしたら、あなたも私の子孫だったりね。
なーんて。
でもね、人間ってすぐ死んじゃうから。
旦那さんが老いていって、看取って。
子供も、孫もってね。
みーんなあたしを置いてっちまうからさ。
辛いもんだよ、大切な人と一緒に逝けないのは。
それでも、この人とならってなっちゃうんだから、馬鹿だよねえ。
結局後悔するのにさ。
ま、ここ最近はそれも出来ないんだけどね。
戸籍だとかなんだとか色々めんどくさいからさ。
社会にとけこめないんだよね。
こまったこまった。
んっ……
ふふっ、また出たね。
『まだできるよね?』
だから、こうしてね。
公衆便女ってことで、各地をまわってるんだ。
精気は欲しいけど、定住できないしさ。
風俗だって、狭い業界だからすぐに顔が割れちゃうんだよね。
ほら、美人だからね。
ふふ、八百比丘尼って呼ばれてた頃みたいだけど、全部忘れてもらってるのが違うかな。
あ、これ?
んー、催眠術みたいなもんかなあ?
なんか昔ね、山奥にいた仙人みたいなのに教えてもらったの。
代わりにってことで、死ぬまで一緒に居たんだけど。
もう絶倫だったね。うん、まだ覚えてる。
それに、ずいぶん長生きだったし。
死んじゃったけど。
でもこれね、結構精気つかうから。
MPどばーみたいな感じ?
うん? ゲームとかするする。
暇だからねー。
特にこの公園に張ってある結界が疲れるんだよね。
これの維持のおかげで外にも出られないし。
疲れるわりに一月くらいで効果が薄れるし。
連作障害みたいな感じ?
一度やっちゃうと同じ場所ではねー。
1年位しないとむりかな。
まあこれのお陰であんあんしてても気づかれなかったり、一度にたくさんの人が来なかったりね。
今は下手に目立つとすぐにネットで拡散しちゃうでしょう?
そしたらまたどっかに逃げなくちゃだからさ。
面倒が起きないように、事件にならないように。
蜘蛛の巣みたい?
ふふっ、女郎蜘蛛ってね。
うん、そうだねえ。
公衆便女?
これはあれだよ、名前が一緒だとごまかしやすくなるんだよ。
ダジャレだって結構つかえるんですー。
それにAVとかで先行知識がある人はそりゃもうすんなり、ね。
どうせキャラもあんな感じなんでしょ?
え、ちがうの?
まさかー………と。
まあ、そんな感じで。
精通の来てない子供とかは効きにくいんだけど、直接掛ければ問題ないし。
さっきやったみたいにね。
それでここでも上手いこと公衆便女やってたんだよ。
ところがあーあ、君が来てしまいましたとさ。
おしまい。
え? これから?
そうだねえ、君がばらさないなら結界が解けるまではここにいたいんだけど。
うん、本当に疲れるから苦しいからね。
でも、こんなのがいるのは嫌だって言うならでてくよ。
言いふらされても現物がなきゃただの都市伝説だしね。
で、どうしたらいいかな?
……
え、いいの?
あ、そう?
いい人だねえ、君。
じゃあ、たーっぷりサービスしてあげるから。
ふふっ
いつでも来てね。
じゃ、引っ越しまでよろしくね。
信じがたい話だったが、あんなものを見せられたら仕方がない。
こいつは本当に長生きをして、変な術が使えるみたいだ。
話を終えて、女がようやく離れる。
話のあいだ、何度もだした精液がながれる。
激しくは出ないが、漏らすように少しずつ搾り取られていたのだ。
正直とろけるような心地よさだった。
足と腰はまだしびれていて動けそうにない。
粘液にまみれたそこをやはり、女が口できれいにする。
全部話して、楽になったのか楽しそうに頬張っている。
なんというか、めちゃくちゃかわいい。
無表情もよかったが、これはまた別種の魅力だ。
添い遂げたやつがいるのもわかる。
咥えたまま、こちらを見上げて笑む。
うっ……
また出してしまった。
何回目の射精だろう。
それなのにまだ衰えないのが恐ろしい。
っていうかこれは……
「さっきから吸い過ぎじゃないか?」
「あ、ばれた」
ぺろりと舌をだす。
精液がからんでいた。
エロい。
「君に暗示かけるとき全力でやっちゃったからねえ。補給ということで」
「なんだかダルいんだけど」
「ごちそうさまでした」
手を合わせられても困る。
明日が休みでよかった。
ズボンを履いて、表にでると案の定夜だった。
あれだけ長いこと話していたのだから仕方ない。
まだ腰がおぼつかないが、なんとか帰れそうだ。
入り口まで女が見送りに来た。
バスローブを着込んで、フルフルと手を振っている。
そういえば聞き忘れたことがあった。
「最後に……名前は?」
「んー、わすれちゃった」
そう、困ったように笑った。
正直この展開は予想外
だがそれがいい
そして素晴らしい
懐しいな、まさか続きが来てるとは
続き……?
まさか、前作があったりして?
ググれよ
その日から、毎日のように女のもとへ通った。
前から、後ろから。
膣に肛門、胸や尻、素股、脇、口。
様々な体位と場所で、女は楽しませてくれた。
どこかで風俗の経験もあるのかもしれない。
聞いてみたけれど、はぐらかされてしまった。
アナルを舌でほじられながら後ろからテコキされた時など、あまりの良さに声が出てしまった。
忘れられずに次の日もリクエストしてしまったほどだ。
先客と鉢合わせることもあったが、女は相変わらずの笑顔で迎えてくれた。
自分だけがこの素顔を見られるかと思うと、うれしいものがある。
そんな特別扱いされたら溺れてしまう
続きはよしてくれーーー!!!
疲れが出ていて勃たないときも女は相手をしてくれた。
そんなときはチューハイの一本でも持って行って、ありきたりな話をする。
仕事の愚痴だったり、日常のちょっとした話なんかも喜んで聞いてくれた。
曰く、娯楽に飢えているのだそうだ。
ずっとここから出られない生活なら、そういうものなのだろう。
どうせだからと、いくつかの買い出しも頼まれた。
清掃員に暗示をいちいち掛けるのも面倒なのだという。
何を買わされるかと思えば、ローションやゴムなどなど。
業務用ものを箱買するのははじめてだった。
服や下着の替えはいいのか、と尋ねるとそういうのは不思議パワーでなんとでもなるらしい。
たしかにいつ会っても不潔だと感じたことはなかった。
なんでも基本の術らしい。
仙人が垢まみれだったら嫌でしょ~? とは女の談。
なるほどたしかに。
が、けらけら笑いながらそう話す女にはそういった厳かな感じはなかった。
そうして二週間が経とうとしていた。
もっと長いようにも感じたが、カレンダーは嘘をつかない。
とにかく密度の濃い二週間だった。
ずいぶんな人に印象が変わった、だの、何かあったのか? だの聞かれたが、まさかトイレ通いだと言うわけにはいかない。
ただ、帰り道に寄るその一時が捨てがたいものになっていたのは事実だ。
曰く精気を吸われているはずなのに、不思議と疲れが抜けるような気さえした。
この時間を失いたくなくなっていた。
だから、女がそろそろかな、と呟いた時はあえて無視をした。
一戦まじえて、お互い身なりをなおしている時のことだった。
気付かなかったフリをして、ベルトを締めるのに勤しむ。
「もうすぐね、ここを出ていきますよ」
こちらの沈黙にかぶせて更に女が告げる。
その声は、初めにあった時のようで、何の表情も伺えなかった。
なにか言おうとするも口がうごかない。
ようやく視線を挙げて女をみると、今度はにっこり笑った。
「明日か、明後日には結界も解けてしまいますのでー、ね?」
「……そうか」
長いこと黙ってたわりに、口に出来たのはそれだけだった。
「うん、お別れだねー」
そういって、女が手を差し伸べる。
そっと頬に触れた手はしばらくして離れた。
「……次に、行く当ては?」
「ないよ。でも南のほうかな」
桜が見たいし、と女が笑う。
そのまま、二人とも黙ってしまった
じっと女の顔を見つめると、微笑がうっすらと浮いている。
その顔がなにを言おうとしているのかはよくわからない。
ただ、あまりにも透明で、儚く見えた。
フッと見つめ合った視線がきれた。
「うちに、来いよ」
少し遅れて、それが自分の声だと理解した。
ああ、言ってしまったらしい。
ずっと頭を渦巻いていて、考えを乱していたその言葉を吐き出すと、もうなにも残っていなかった。
いっそ、すっきりした気分で女が見えた。
ここ半月で馴染んだ顔だ。
なぜだかトイレにいる、少し変な、ただの女。
ニッと女の笑みが深まる。
「いいの?」
「いいよ」
誘いを待っていたかのように、返事は早かった。
話が決まると、不思議と余裕ができた。
今日にでも来るかと聞いたが、後片付けがあるという。
「このまま放ったらかしってのはちょっとね」とのこと。
怪しげマジックの遣い手には何もいうまい。
「じゃあ、明日の今頃に」
「うん。あ、そうそう……」
去り際に、女が意地悪そうな顔をした。
「明日まで誰も近寄らせないから、安心していいよー」
「うへっ…」
変な声が出た。
気にしてなかったといえば嘘になる。
次の日は息をきらせて公園に入った。
焦るまいとは思ったものの、駅を出てから気が急いてしまった。
早足が駆け足になるのはすぐのこと。
いつもの半分の時間で着いてしまった。
公園の入口からは息を整えつつも、早足で。
待っていてくれる、そうは思うが不安は募る。
もうすぐ春なのだろう、夕暮れの空気もすこしぬるんできた。
公衆便所の入り口はいつもと変わらぬ様子で迎えてくれる。
一歩、二歩。
人の気配はしない、のはいつものこと。
しかし、いつものような温もりみたいなものがない。
これが後片付け、ということなのだろうか。
扉の前で、一息。
ノックする。
返事を待つ。
なにも返ってこなかった。
ずしりと胸に冷たいものが落ちる。
いや、まさか。
恐る恐る、扉に手を触れると軽くひらいた。
そこは、ごくありきたりの個室だった。
うす暗く、湿った、どことなく不潔な臭いのする、一般的な公衆トイレ。
昨日まで、誰かがいたとはとても思えない。
まったく……本当に……
もしかしたら、どこかに隠れているんじゃないかと、周囲を見渡す。
とはいってもこの狭いトイレの中だ。
どこにもひそむ場所なんて……
「おーい、どったのー?」
いた。
ため息が出た。
トイレの入口から、ひょこりと女の顔が覗いていた。
「漏れそうなの? だったらそこで待ってるからさ……」
ほっとして、力が抜ける。
なんだか涙がでそうだ。
「おいおい、ここ男子トイレだからさ、あんまり私入りたくないんだけど……」
どの口が言うのだろう。
あんたを探してたんだよ、と言うとケラケラ笑う。
「なあんだ、一目散にトイレに駆けこむからてっきり漏れそうなのかと思って……」
最初の時みたいにね、とウインクする。
女は入ってすぐのベンチで待っていたらしい。
やれやれ、無駄に冷や汗をかいてしまった。
なんだか外で見ると、随分新鮮な印象を受ける。
ずっとあの個室で会っていた所為だろう。
今まで動けなかった分を取り戻すかのように、くるくると無意味に回っている。
「ね、どうかな? これ」
無意味に回っているのではなく、服装を魅せつけてくれていたらしい。
女はいままでのバスローブから打って変わって、赤い着物を着ていた。
ところどころに入った白い花は品よく朽ちて、年代を感じる。
実際、とても良く似合っていた。
そう伝えると、ふふ、と女が笑う。
「ありがとっ、一張羅なんだよこれー」
もう一周くるりと回る。
とても自分より年上だとは思えない仕草だ。
女の荷物が全部はいっているというバッグを回収すると、家路につく。
一緒に肩を並べて歩く、ということがとても貴重に思えた。
なぜだか緊張してしまってうまく喋れない。
肌も肉もみんな知っているというのに、おかしな話だ。
そんな心の内を見透かすように、女がからかう。
いけないいけない。
どうも調子が出ない。
話すことはたくさんあるはずなのに、やっぱり口から出てこない。
仕方ないから黙って歩く。
女も久々の外を楽しむかのように、サンダルを鳴らし、夕日を眩しそうに睨む。
むむ、と唸った後に女が口を開いた。
「……ええと、さ」
「ん?」
「……本当にいいのかな? わたし、お邪魔して」
「今さら?」
「ははっ、まあそうか。そうだよねー」
くすぐったそうに息をもらし、そのまま鼻歌を始める。
また、会話が途切れた。
何か言わないといけない気がした。
そんな衝動に任せて言葉を紡ぐ。
最初の印象。
二度目の印象。
毎日の充実。
会えるのをどれほど楽しみにしていたか。
他の男にどれだけ嫉妬してたか。
他の男にどれだけ優越を覚えたか。
そろそろだと言われた時の喪失感。
返事をもらえた時の喜び。
今一緒にあるける非現実味。
そんなことをつっかえつっかえ喋った。
告白にしてはあまりにも拙劣だけれど、いま言える精一杯だ。
「……だからしばらくでいい、一緒にいてください。時間をください」
そう締めると、少ししてゆるんだ声が返ってきた。
「……ふふっ、いいよ。好きなだけあげる。なんだったら君の一生分くらい、安いもんさ」
代わりに、と女はいった。
「名前を」
「ん?」
「名前をくださいな」
「ええと……」
「前に言ったとおりに、忘れてしまったから。あなたの側にいるための名前が欲しいな」
「……今すぐ?」
「うーん……家につくまでに!」
さあて、それは大変だ。
いい名前を考えないといけない。
「あ、あとね……」
一度はじまったお願いごとはなかなか止まないようだ。
人恋しかったのはこちらも同じ、女の気持ちもよく分かる。
やりたかったことも、随分たまっているんだろう。
まあいいか。
叶える時間は死ぬまであるらしい。
めでたしめでたし
乙
乙
えろかった
おつ
よかったよ
かわいい
悲しい終わりじゃなくてよかったー
前スレ前々スレから読んでたが、まさか完結するとは
乙
ググったら2012年初出なのな
乙
次作もエロエロでお願いします
おつっ
良かったです‼
後日談がめっちゃ気になります(笑
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