先輩「まさかとは思うが」(94)

先輩「好きな女の子でも出来たかね」

後輩「馬鹿言わないで下さい」

先輩「そうか。なんだか浮き足立っている気がしてな」

後輩「俺がですか?」

先輩「ああ」

後輩「テストが近いですからね。今回は範囲広いし、やること多くて」

先輩「うむ。まこと高校一年生とは初々しくて良いものだな」

後輩「気持ち悪いですね……」

先輩「ああ、耐えよう。君の罵声とあらば」

先輩「なあ、なあ君」

後輩「どうしました?」

先輩「よろしくしようじゃないか」

後輩「……一人でしててください」

先輩「なんだって。君は私に自分を慰めろと言うのかね。この場で」

後輩「場所の指定はまだしていません。出来るなら教室で」

先輩「何を言う。この部室も、正式には第三視聴覚室と言う名を持っているのだよ」

後輩「そうですか。……あの、今勉強してるんで」

先輩「つれないなぁ君、君」

後輩「あと少しで終わるんで……」

先輩「成程。後少しか。ならば待とう」

後輩「はい」

後輩(……変なところで素直だ)

先輩「場を弁えるのも淑女の嗜みでね」

後輩「よく言う……」

先輩「ふむ? 君は私が淑女では無いと? そう思っているのか」

後輩「ああしまった」

先輩「何がだ」

後輩「反応するべきでは無かった」

先輩「失礼な奴だな」

先輩「全く。大体だ、今は部活中だぞ。勉強に励むのは間違ってないかね」

後輩「一理あります」

先輩「だろう?」

後輩「でも、部活らしいことしてないじゃないですか」

先輩「ふむ」

後輩「納得してどうするんです」

先輩「違う違う。これは納得ではない。理解だ。理解と納得は違う」

後輩「屁理屈はいいですから……とにかく、後少しなんで静かにしていて下さい」

先輩「……むう」

後輩「……終わりました」

先輩「ご苦労。ほら」ポイ

後輩「わ。くれるんですか?」

先輩「ふふん。頑張る後輩を労うのが先輩ってものでね」

後輩「ありがとうございます。もしかして、さっき外に出てたのはこれを買うためですか?」

先輩「ま、私も喉が乾いてたからね。君のはついでだよ」

後輩「そうなんですか?」

先輩「そうなんです」

後輩「先輩の分のジュースは?」

先輩「……後で飲もうと思ってね、もう仕舞った」

後輩「……」

先輩「……なんだその顔は」

後輩「ギャグでやってるのかなぁと」

先輩「おいどう言う意味だ」

後輩「いえなんでもないです」

先輩「とにかく。ついでとは言え、そのジュースは君の為に私が買ったものだ。感謝しなさい」

後輩「はい、はい。ありがたきしあわせ」

先輩「うむ。それでいいんだ」ホクホク

後輩「楽しそうですね」

先輩「そうだろう? ようやく君の勉強が終わったんだからね! さあ、私とよろしく――」

後輩「先輩、この本読んでもいいですか?」

先輩「……ああ、好きにしたまえ。君は自由だ」

後輩「ありがとうございます」

後輩「……」パラ

先輩「……」ムスー

後輩「暇そうですね」

先輩「可愛い後輩が反抗期でね」

後輩「いつものことでしょう」

先輩「そうだな……日々是反抗。うむ」

後輩「本格的につまらなそうだ……先輩、大丈夫ですか」

先輩「大丈夫かそうでないかと言われれば――大丈夫ではない」

先輩「が!」

先輩「君がその本をしまって私と遊んでくれたら――大丈夫になる気がするね!」

後輩「元気そうでなによりです」

先輩「つれない、実につれない。ここまでルアーに掛からないのは何時ぶりだろう」

後輩「さぁ」

先輩「ああ。全く。こうなったら――あれだ、後輩」

後輩「なんですか?」

先輩「帰るぞ」

後輩「え」

先輩「部活は終わりだ。家に帰る。よって、その本も没収!」

後輩「えっ、まだ時間……」

先輩「部長命令だ!」

後輩「横暴な」

・部室前

先輩「――ああ、今日もいらない。ああ。大丈夫。うん。――じゃ。よろしく」ピッ

後輩「お疲れ様です」

先輩「ん。悪いね。毎回来なくていいって言ってんのに」

後輩「お仕事ですから」

先輩「電話をかける私の気持ちも汲み取って欲しいが……行こうか」

後輩「はい。あ、鍵返してきますね」

先輩「分かった。校門で待ってる」

後輩「ええ」

――

後輩「お待たせしました」テクテク

先輩「ご苦労。先生は何か?」

後輩「いえ。いつも通り、爆睡です」

先輩「はは。だろうね」

後輩「顧問の先生もあんな感じですし……これからどうしますかね」

先輩「おやおや。後輩にしては物憂げな台詞だな」

後輩「心配性なもんで」

先輩「ふふ。気に病まずとも、既に策は考えてある」

後輩「そうなんですか」

先輩「私は君の先輩だぞ? 常に一手先、二歩先を見据えて行動している」

後輩「それが事実なら、部員不足で困ることも無かったような」

先輩「いや、しかし、結果的に君と二人っきりだからな。甘美だ。素晴らしい」

後輩「変な理由で正当化しないで下さい。……来年はまだ大丈夫ですが、再来年も部員が増えなかったら、廃部ですよ?」

先輩「一人じゃ部活は出来ないしね」

後輩「ええ、そうです」

先輩「気を病むな。私が行ってあげるから」

後輩「無茶苦茶だ」

先輩「なに。部員を増やせばいいのだろう?」

後輩「そうなります」

先輩「君との時間を削られるのは残念だが……廃部の危機とあっては致し方ない」

後輩「まだ余裕ありますけどねー」

先輩「いや。思いついたら即行動だ。善は急げ。よかろう、部の為に私が一肌――」

後輩「あのですね」

先輩「なんだね」

後輩「俺は別に、二人でやる部活も嫌いじゃないですよ」

先輩「……」

後輩「人が多すぎても、つまらないですから。……そんなに張り切らなくても、大丈夫です」

先輩「……あ、ああ」

後輩「……」

先輩「……」ボタボタ

後輩「……? ちょ、先輩鼻血!」

先輩「愛の液だ」ダラダラ

後輩「何言ってんですか!? ほら、ティッシュありますから――」

先輩「後輩よ」

後輩「な、なんですか?」

先輩「ありがとう。私は良い後輩を持った」

先輩「部員が増えても……これからも私と仲良くしてくれると、嬉しい」ニコリ

後輩「……先輩」

後輩「……鼻血を垂らせながら、そんなことを言われても……」

・先輩宅前

先輩「……さて、お別れだな」

後輩「ええ。今日もお疲れ様でした」

先輩「お疲れ様。そうだ」

後輩「はい」

先輩「部員のことは、私が考えておく。君は心配しなくていい」

後輩「……本当に?」

先輩「くっ、懐疑的な君の瞳も素敵だ、が、信じてくれ。君の言うとおり、多くは集めない。まずは、一人だけだ」

後輩「……分かりました。よろしくお願いします」

先輩「勿論だとも。では、また明日」

後輩「はい、また」

ガチャン

後輩「……」

後輩(五メートルは優に超すだろう、大きな門の向こう側)

後輩(長い長い道を行く、先輩の後ろ姿を見送る)

後輩(彼女の道の先にある――巨大な邸宅を見上げ、一つ息を吐いた)

後輩「……腹減った」

―――――

―――

 先輩との初遭遇は四月。新入生に用意された部活見学期間も末に迫った、四月第三週の月曜日のことだ。
 運動神経はよろしくない、いわゆるインドア派の傾向にある俺は、部活棟の隅においやられた小規模な文化部を転々と見て回っていた。
 中には美術部、吹奏楽部と言った大規模構成の部活も存在したが、実際に触れてみたいと思うほどの興味を抱くことは出来なかった。
 そもそも、何か特定なことがしたいと思っていた訳では無かった。インドア派を名乗ってはいるが、ぱっとした趣味も無い。
 ただ、本を読むのは好きだったのだから、おとなしく文芸部にでも入部していれば良かったのかもしれない。
 先輩との出会いは、俺の中に眠っていた多大な好奇心と、中学生めいたロマンチズムを呼び起こした。そしてそれと同じ分の後悔を。
 あの遭遇が幸運だったのか不幸だったのか、俺にはまだ、判断することが出来ない。
 先輩。一つ年上の上級生。文化研究会の部長にして、唯一の部員。黒のロングヘアとすらりと伸びた長身のせいで、見る者のほとんどに冷たい印象を与える。
 驚くくらいの美人。色白だが、右頬に微かな火傷の痕がある。笑うと、えくぼが出来る。
 その他、様々だが――彼女のスペックを表現するのなら、たった一言で済む。
 ――お嬢様。

急にアホほど地の文出てきてわろた

良いんでね

・男宅

後輩「ただいま」

母「おかえり。早かったね」

後輩「早く終わったからね。腹減った」

母「はいはい。そいえば、なんだっけ。部活の名前」

後輩「文化研究会だよ」

母「具体的にどう文化研究なの?」

後輩「あー……それは、俺が聞きたい」

母「はぁ?」

後輩「……そのうち分かるよ、きっと」

母「どう言うことよぅ」

姉「おかえり」

後輩「ただいま。また勝手に俺の部屋に」

姉「いいじゃん、減るもんじゃなし」

後輩「エロ本が減ってる気がするんだけどな」

姉「おお。いきなり大暴露」

後輩「暴露も何も。数ヶ月前から減る一方だ」

姉「んー。知らないなぁ」ゴロゴロ

後輩「しらばっくれんなニート」

姉「帰宅部と! 言ってよね」

後輩「……まあ何に使ってるか知らないけど、そのうち返せよな」

姉「エロ本所有者から説教を受けるとはレアなケースだねこれ」

後輩「窃盗ですからね」

姉「ですからねぇ」

後輩「むむ。つい丁寧語が」

姉「なになに。どうしたの弟くん」

後輩「なんでもない。早く部屋から出てってくれ」

姉「気になるなー」

後輩「そのうち分かるよ、きっと」

姉「どう言うことよぅ」

後輩「……ようやく着替えられる」ヌギヌギ

後輩「あれ、メールが」カチッ

「from先輩 sub.部員について」

後輩「……まあ先輩だろうな。なになに」

「なんとかなった。明日連れていく」

後輩「仕事が早いなぁ。明日って」

後輩「……いや。これは早すぎる。家に送ってからまだ一時間とちょっとのはず」

後輩「嫌な予感がするな……」

・翌日、学校

後輩「……ふぁ。ねむ」

友「よ」

後輩「おう。おはよう。眠い」

友「同文だ。一限から体育だってよ」

後輩「サッカーか。きついなぁ」

友「耐えるしかねぇな。あー、暑いし眠いし」パタパタ

後輩「テストが終われば……」

友「そうとも、夏休みだとも。カラオケとかさ、行こうぜ」

後輩「良いね。最近行ってなかったんだ」

友「よしよし。ま、まずはテストを終わらせないとなー」

後輩「ああ」

友「そいや、今日転校生来るんだってよ」

後輩「え。なんだその衝撃情報」

友「さっき廊下で先生と会ってさ。女の子だって」

後輩「マジで」

友「マジで」

後輩「……」

友「どした。いや、まあ、期待する気持ちは分かる」

後輩「期待と言うか……」

友「と言うか?」

後輩「変な方向に進んでるなと」

友「はぁ?」

友「……あのな。別にそう言うフラグのような発言をするのは構わないが、これで転校生とお前が知り合いだったとしたら殴るぞ」

後輩「無いよ。ギャルゲーじゃないんだ」

友「どうだかなぁ」

後輩「お前はその手のゲームのやりすぎだと思う」

友「んなこた、ない。二次元でくらい夢を見させてほしいんだ」

後輩「それが三次元に侵食してこないと良いな」

友「そこらへんはな。弁えてるよ」

後輩「どうだかなぁ」

友「なんだってお互いこんな疑心暗鬼なんだよ」

後輩「知らないよ」

・hrの時間

担任「はい、静かにー。号令」

キリーツレイチャクセコー

担任「おはようございます。今日は皆さんに紹介したい方がいます」

クラスメイト「え? 先生それって」

担任「ええ、転校生です」

ザワザワ

後輩(……同じクラスかよ)

後輩(……どうなるか)

担任「少女さん。中へ入ってきて下さい」

ガララ

少女「……」テクテク

ヒソヒソ ヒソヒソ

後輩(美人だ)

後輩(先輩は綺麗よりの美人だが、この人は可愛いよりだな)

後輩(当然だけど、知り合いじゃない)

友「……」フルフル

後輩(何こっち見て震えてんだあいつ)バツジルシ

友「……」グッ!

後輩(なんだかな)

少女「親の都合で転校してきました。少女と言います。仲良くしてくださいね」ニコッ

ウォーカワエー ナニアレビジンー

後輩(……ふむふむ)

後輩(こりゃ騒がしくなりそうだ)

――休み時間

友「大当たりだな」

後輩「そうだな」

友「とりあえず、お前が知り合いじゃなくて良かった」

後輩「俺もそう思っていたところだ」

友「転校生さんは……なんだ。何処行ったんだ? さっきまでクラスメイトどもの……」

後輩「学食にでも行ったんじゃないか?」

友「ああ。成程」

友「ははは。文化祭が楽しみだなぁ」

後輩「夏休みはどうした」

友「いやほら、あれだよ。ミスコン的なの、うちにもあるんだろ? 少女さんなら上位に食い込めるだろ」

後輩「そうかもだけど、一年がミスコンに出ていいものかね。先輩から圧力かかると思うぜ」

友「可愛いは正義」

後輩「部外者は語る」

友「ま! これからの学生生活に幸あれだ! 願わくば俺にも彼女の微笑みが――」

少女「……あの、すみません」

友「」ビクゥッ

友「え、っと、て、転校生さん!?」

少女「はい。こんにちは」

友「こ、こんにちは。俺は友って言います! で、こっちは友人の後輩でっす」

後輩「どうも」

少女「……良かった、あなたでしたか」

後輩「え?」

友「えっ」

少女「後輩さん。お話があります。ここではなんですので、付いてきてもらえませんか?」

後輩「話?」

少女「ええ、まあ。そうそう、私まだ校内についてよく知りませんので。案内していただければと」

後輩「……分かった」

友「えっえっ」

少女「ありがとうございます。では、参りましょう」ニコ

後輩「うん」

友「」ガタ

後輩「……友?」

友「……後輩よ」

後輩「どした」

友「……信じてるぞ。お前のこと」グッ

後輩「好きにしてくれ」

友「――畜生ッ!! なんだこれなんなんだこれ! どうしてあいつはああもああなんだーッ!!」

少女「あらら。ふふ。後輩さん?」

後輩「ああ、ほっといていい。そのうち治るから」

少女「そうですか」ニコニコ

ザワザワ

後輩「……見られてるなぁ」

少女「あまりいい気分ではありませんね」

後輩「そう? 慣れてる風だけど」

少女「教育の賜物です。しかし、苦手なものは苦手なんですよ」

後輩「ふぅん。よく分からん」

少女「ええ、でしょうね」クスリ

後輩「それで、なんだ。何処を案内すればいい? 学食は行った?」

少女「はい。先程、クラスメイトの方に。昼食をいただいてしまいました」

後輩「それはそれは」

少女「予想外でしたよ。お弁当を持参したのですが、要ります?」

後輩「あー。俺はいい」

少女「それは残念」

少女「後でどうにか処理するしかありませんね……」

後輩「クラスメイトにでも言えば喜んで貰ってくれるんじゃないか? ……それじゃ、適当に回って――」

少女「ああ、いえ。私が案内して欲しいのは一箇所だけなのです」

後輩「一箇所?」

後輩「……へえ。えっと、それって」

少女「あなたもご存知のことと思います」

少女「第三視聴覚室とは、何処ですか?」

後輩「……うん。よく知ってる。案内するよ」

少女「ありがとうございます」ニコニコ

後輩「……」

派手な事件はあまり起きない
適当な高校生たちの会話を書きたい
とりあえず今日はここまでです

なんか古典部みたいでいいね

・第三視聴覚室(部室)

先輩「よく来た」

後輩「どうも」

少女「ごきげんよう。お嬢様」

先輩「様付けはいい。この場では先輩と呼んでくれ。後輩も、ご苦労だったね。なまじ見てくれがいいだけに、注目を浴びただろう」

少女「なまじとは失礼です、お嬢様」

先輩「様はいらん」

少女「あ、はい」

後輩「……質問は多々ありますが先輩、この方が新規入部者で間違いないんですね」

先輩「ああ。私の専属メイドだ。仲良くしてやってくれ」

後輩「……え」

後輩「専属メイドって」

少女「この際ですし、改めて自己紹介をしましょう。私はお嬢様の家に仕えるメイドの一人です。お嬢様の専属メイドを務めさせていただいております」

少女「この度はお嬢様のご意向に従い、転校生としてこの学校へ編入してきた次第です」

後輩「その目的は」

先輩「部員の確保。それ以外何がある?」

後輩「……それでいいんですか、少女さん」

少女「ええ。私自身、学生としての生活に憧れていた節もあります。その上お嬢様と一緒の時間が増えるだなんて――」

少女「願ったり叶ったりですわ」キラキラ

後輩「……ならいいんだけど」

先輩「他に何かあるか?」

後輩「一日そこらで編入を決めたり出来るものなんですか?」

先輩「君の知らない世界はまだまだあると言うことだ」

後輩「はぁ」

少女「ご心配なく。後ろめたいことは何一つとしてやっておりません」

後輩「まあ、あなた方がそう言うなら、気にしませんが」

先輩「それでいい。――では、これからはこの三人での活動になる。いいな!」

少女「はい! よろしくお願いします!」ニコニコ

後輩「分かりました」

――

後輩「よう」

友「……来たか」

後輩「なんだよ」

友「どうだった?」

後輩「どうって。……普通に案内しただけだ。お前が考えてるような運命的出会いは無い」

友「本当か? 少女さんは?」

後輩「……さぁ? 用があるから、って」

友「うーむむむ」

友「しかしなぁ。なんだってお前を道先案内人に選んだんだ?」

後輩「俺が聞きたいよ」

友「やっぱりお前は主人公だったのかも」

後輩「言ってろ」

キーンコーンカーンコーン

友「うへ、終わっちまった。話はまた後でな!」

後輩「もういいよ……」

少女「……あら」

後輩「あ、おかえり。……先輩は?」

少女「ちゃんと教室まで向かわせました。私の眼が黒い内は、授業をサボらせたりなどさせません」

後輩「はは……」

教師「ゆえにこの公式から求められるのは――」

後輩(……新規部員、か)

後輩(今更増えても変わらない気はするけど、なにかしらの風が出来るなら、良いことだ)

後輩(顧問にどう説明しようかな……)

後輩(あの先生のことだし、軽く受理されそうだけど……)

後輩(……これからが楽しみだ)

教師「じゃあ、次の問題。後輩やってみろ」

後輩「……あ、はい」

――――

――


「第三視聴覚室……」

 部活棟の隅の隅。普段から訪れる人は僅かなのだろう。廊下には所々埃が溜まって汚れている。
 「第三視聴覚室」と銘打たれたプレートは錆だらけで、長いこと付け替えられていないようだ。扉の窓は塞がれており、中を覗くことは出来ない。
 学校の奥地とも言える教室の前で、俺は悩んでいた。入るべきか、引き返すべきか。

 文化研究会の話はちょくちょく耳に挟んでいた。部活棟の最端に位置する教室にて、細々と活動する正体不明のグループ。
 構成員も人数も、全てが不詳。
 部活説明会に登場することもなく、新入生用のパンフレットに一言、「文化研究会」とだけ。

 この部活に興味を持った一年生も少なくなかった筈だ。インドア派と呼ばれる人間たちの嗜好を考えれば。
 謎めいた部活に誘われるのは世のオタクたちの常であり、俺もその内の一人だった。一人だったはずだ。

 後日、先輩から話を聞いた。一体何人の一年生が見学に来たのかと。
 答えは簡潔だった。

「君一人だよ」

・放課後

後輩「こんにちは」ガララ

先輩「ごきげんよう」

少女「お疲れ様です」

先輩「お。少女も一緒か。仲が良いのは私も嬉しいが、後輩は私の物だよ」

少女「ええ、分かっていますとも」ニコニコ

後輩「俺は誰の所有物でも無いですよ」

先輩「何を言う。君の両親の顔を忘れたか?」

後輩「なんでこう言う時だけマジレスなんですか」

――

先輩「――それでは。新たな部員の来訪を祝して。記念すべきこの日に、乾杯」

少女「乾杯!」カチン

後輩「乾杯」カチン

先輩「……ごくっごくっ……うむ、美味い! ファンタこそ、これからの世界の覇権を獲るに相応しい!」プハー

少女「あらあら先輩。お口が汚れてますよ」フキフキ

後輩「落ち着き無いですねぇ」

先輩「ふっふ、私は長い人生において学んだことが多くある。祝いの場では盛大であれ。人生経験の一つだな」

後輩「まだ十七と少しでしょうに……」

先輩「年上は敬うよう! 両親の顔を――」

後輩「それはもういいですから」

少女「お二人は普段どのようなことを?」

先輩「それはもう。淫靡に漬かる夕暮れの情事とでも言おうか」

少女「あらあら」

後輩「誤解です。普通の部活動です」

少女「普通の、とは?」

後輩「俺が本を読んで、そこの人があれこれ言ってる。って感じですかね」

少女「良いですね、青春です。私も混ざっていいのでしょうか?」

先輩「暇つぶしの相手が増えるのは嬉しいことだ。だが、しかし、あれこれとはなんだ?」

後輩「だってその通りじゃないですか」

先輩「せめて箴言を披露していると言えるくらいにはなって欲しい」

後輩「言動に事実が伴っていません」

少女「――成程。普段から先輩は暇を持て余している、と」

先輩「後輩が相手をしてくれないからね」

後輩「善処しています」

先輩「どうだか」

少女「安心して下さい! これからは私が精一杯お相手を致しましょう!」

先輩「そうか? そうか! じゃあ少女、トランプでもしよう!」

少女「ええ喜んで!」

後輩「……どっちが年上か分からないな」

ワイワイ

後輩「さて、と。読みかけの本の続きでも……」ヒョイ

先輩「……」ジッ

後輩「……」

先輩「後輩くん」

後輩「……なんですか」

先輩「たまには一勝負、行こうじゃないか」ピラピラ

後輩「……」

先輩「……駄目?」

後輩「……分かりました」パタ

先輩「オーケイ! それでこそ君だよ! 君!」ワクワク

後輩「はいはい分かってます分かってます」

少女「ふふふ」

先輩「さて。私からだな。ハートの4」

後輩「平和ですね。ダイヤの7」

先輩「庶民派だからな」

少女「では、8でやぎって3の二枚出しです」

先輩「ああ、私の庶民的カード……」

後輩「先輩の番ですよー」

先輩「むう。10の二枚」

後輩「……パスで」

少女「んー……出しましょう。キング二枚」

先輩「やるな少女。エース二枚、ダイヤ縛り!」

少女「あらあらではジョーカーを」

先輩「何っ!?」

後輩「何処が庶民派なのか……」

少女「上がりっ! お先に失礼しますね、先輩」

先輩「くううううっ……さ、流石は私のメイドだけあるな」

後輩「俺まだ二枚しか出してないんですけど。次、先輩です」

先輩「うむ。分かってる。やぎってクイーンの二枚出し」

後輩「……パス」

先輩「ダイヤのキングで上がり! ふはははは、まだまだだな後輩!」

後輩「なんだこのゲーム……」

少女「ついてなかったですね、後輩さん」ニコニコ

後輩「なんか持ってるものが違いますね」

先輩「気にすることは無い。さぁもう一戦だ! 次こそ私が大富豪だぞ!」

少女「望むところです」

後輩「……頑張りまーす」

・一時間後

先輩「そろそろいい時間だな」

少女「あら、もう。つい白熱してしまいました」

後輩「先輩が四勝、少女さんが六勝でしたか。……いやぁ。良いゲームでしたね」

先輩「なんて顔をするんだ。君、そうだ、私が慰めてあげよう」ソソクサ

後輩「遠慮します。さ、帰りますよ!」

先輩「ああ待て! 私は帰宅の準備と言う物がなぁ」

少女「賑やかで何よりです」

先輩「今日は私が鍵を返してくるとするよ」

後輩「いいんですか?」

先輩「うむ。顧問に少女のことを報告せねばならんからな。たまには、私が顔を出しに行くのも悪くない」

後輩「分かりました。よろしくお願いします」

先輩「任された。校門前で待っていてくれたまえ」スタスタ

少女「お気をつけてー」

後輩「……じゃ、俺たちも校門まで行きましょうか」

少女「あら。丁寧語じゃなくてもいいんですよ?」

後輩「……同年代なんだっけか」

少女「ええ、十六歳。あなたと一緒です」

後輩「昔から先輩の家に仕えてるのか?」

少女「はい。代々私の家系はお嬢様の家に仕えてきた一族ですので」

後輩「……凄いな。今もそう言う人たちは存在しているのか」

少女「そんな、大それたことではありません。私も現代に生きる一人の女です。こうした学生生活や友人との歓談に。憧れてきました」

後輩「……そうか」

少女「お嬢様もそうです」

後輩「あの人は人生を謳歌してると思うけどな」

少女「あなたには、そう見えるかもしれませんね」

後輩「……?」

少女「お嬢様は、お父様の子供の次女。末の妹に当たります。
    優秀な方ではありますが……兄様や姉様の存在もあり、お父様の寵愛を十分に受けては来ませんでした」

後輩「……」

少女「普段、家にいる時のお嬢様はあんなにも賑やかな方ではありません。もっと厳格とした、冷たい仮面を被ったような振る舞いをしています。
    たとえ、私と話をする時であっても。仮面を取ってくれないことは、多くあります」

後輩「……あの先輩が?」

少女「ええ、ええ。後輩さん。あなたは貴重な方です。先輩が唯一、仮面を外して接することの出来る異性です。
    それが私には羨ましい」

少女「どうかこれからも、お嬢様と親しくしてください。お願いします」

後輩「……ああ。分かってます」


少女「……ふふ。少々重いお話でしたね。出会って一日も経っていないのに、不躾なお願いをしてしまいました」

後輩「とんでもない。先輩のこと、あまり知らなかったので。俺なんかでよければ、頑張って仲良くしようと思います」

少女「……また丁寧語に戻ってますね」

後輩「……少女さんが、敬語で話してくるものだから」

少女「私のこれは素ですので……タメ口で話されても、違和感あるでしょう?」

後輩「それは確かに……」

少女「なにはともあれ、これからよろしくお願いします。私も専属メイドとして、先輩を見守らなくてはなりませんので」

後輩「……分かった」

先輩「待たせたな諸君!」

後輩「お疲れ様です。先生とは話が出来ました?」

先輩「うむ、問題ない。君の時同様、二つ返事で了承してくれた」

後輩「はは……」

少女「顧問の先生とは、どのような方ですか?」

後輩「いつも寝てる。今日は珍しく起きていたみたいだけど」

先輩「いや、まあ、私が起こしたのだがな」

少女「あら、羨ましい……」

後輩「……そうか?」

先輩「さて、二人でどんな話をしていたのかなぁ。ふふふふ」

後輩「気色悪い笑い方しないで下さい」

少女「ご安心を、至って健全な高校生の会話ですよ」

先輩「意味深! 意味深だな少女! 興味が有るぞ、私は」

少女「ええ、帰ったらごゆっくり」

先輩「分かった!」

後輩「いやいやいや、何言ってんだ少女さん」

先輩「むう。いつの間にかタメ口で話す関係になったのか」

後輩「え? それは、まあ、同年代ですし」

先輩「親密度が上がってる、と考えてよさそうだ。むむむむ」

後輩「……駄目だ話が通じない」

・先輩宅 前

先輩「では、後輩。また明日」

後輩「お疲れ様でした。また明日」

少女「お気をつけて。それでは」ガチャン

後輩「……ふう」

後輩「こう、二人の後ろ姿を見てると。姉妹みたいに見えるな」

後輩「……帰るか」テクテク

後輩「……」

後輩(後一週間でテスト、か)

後輩(テスト一週間前とテスト中は部活が無いのが普通だが……中間試験の時を考えるに、今回もまた部室に出向く羽目になりそうだ)

後輩(少女さんもタイミング悪く編入してきたもんだな。専属メイドと言うのは、勉強もしたりするものなんだろうか?)

後輩(……まあ、他人の心配はいい。俺も頑張らないと)

後輩(テストが終わったら、夏休み……)

後輩(……先輩たちと過ごす、夏休みか)

後輩「……」

 少女の言葉が蘇る。彼女の話した、“少々重い話”。
 考えてみれば、俺はまだ先輩のことをほとんど知らなかった。名家のお嬢様で、学校には身分を隠して登校しているとしか。

後輩(……物静かな先輩なんて、想像できないけどな)

 先輩の家の事情。分かっている、自分が無闇に首を突っ込んでいい件では無いことを。
 俺にはまだ知らない世界がたくさんある。俺一人でどうにかなる話じゃないのだ。

後輩「……俺に出来るのは」

 今までどおり。この数ヶ月と同じように、先輩と仲良く過ごすこと。
 それがお互いにとって、最良の選択に違いない。

しえん

 結局俺は、自らの好奇心に勝てなかった。文化研究会の門を叩くことにしたのだ。
 意を決し、ノックを数回。反応は無い。もう一度叩く。
 今度は物音がした。周りに部が存在しないこの階では、小さな物音すらよく聞こえる。

「どうぞ」

 果たしてそれは女性の声であった。凛とした聞き取りやすい声。
 想像していたよりもずっと若々しい――失礼な発想ではあるが――声に驚きつつ、扉の取っ手に手を掛ける。
 扉はあっさり開いた。潤滑油でもさしてあるのだろうか。余分な考えが脳裏をよぎり、すぐに通過する。
 眼前に広がっていた光景に、俺は暫く言葉を失った。

「ようこそ一年生。我が文化研究会へ」

 先程聞いた声の主が、正面に居た。夕日の光を背に浴び、足を組んで座っている。
 まるで前々から、俺が来ることを予測していたかのように――その振る舞いは落ち着いて、堂々としていた。
 この時の俺は、明らかに圧倒されていた。想像を遥かに上回った現状に。超然とした態度でそこにいる、先輩の存在に。

 ――今思えば、この瞬間。いや、文化研究会の扉をノックした時から、俺はこの部活に魅せられていたのだ。
 一度出会ってしまったからには、もう逃げ出すことは出来ないと。はっきり理解してしまっていた。

・一週間後

友「やべぇ! ノーベンだ! ノーベンレーベン!」

後輩「騒がしいなぁ。これ見とけ」

友「さすが! ちょっと借りる!」ガタ

後輩「……なんで俺の机の前に座るんだよ」

友「あ? だって分かんないところもあるしさ」

後輩「俺は俺で悪あがきしてんだから、静かに頼む」

友「悪あがきぃ? お前はこう、もっと謙虚な姿勢をだな……」

後輩「訳分からんこと言ってないで詰めこめ」

友「おいっすおいっす」

友「ああーだからこれはこうで……なんでこうなるんだよッ意味分からんッ」

後輩「……」

少女「……」スタスタ

少女「……!」フリフリ

後輩「……ん」フリ

友「どうした?」

後輩「なんでもない、挨拶」

友「ふぅーん……って、少女さんじゃねーかよ」

後輩「ああ」

友「てめっ、やっぱり少女さんと――」

少女「……」ニコニコ

後輩(……勉強は間に合ったんだろうか?)

後輩(部室でちょくちょく一緒にやってはいたが……)

友「――おい、おい。なんだってお前はそんな少女さんと仲良いんだよ。聞いてるぜ? あの子、結構身持ちが硬いらしいじゃないか」

後輩「なんだそれ」

友「なんでも、基本的に男には冷たいんだと。お前を除いてなぁ」

後輩「……たった一週間で分かることなのか、それ」

友「俺が聞きてーよっ、身近に特例がいるとなるとなっ。で、で? なんでなんだ? やっぱりあの時の学校案内が」

後輩「お前には話していいかなぁ」

友「何をだっ?」

後輩「少女さん、うちの部活に入ったんだ」

友「……お前の部活って、あの。なんとか研究会」

後輩「文化研究会」

友「……あんな訳わからん部活に!? 何故だッ!?」

後輩「心外だな。訳わからんのは同意だが」

友「つまり少女さんもお前に似てサブカル寄りで……案内の時に意気投合しちゃったんだな!? そうなんだな!?」

後輩「それでいいよ」

友「うぁあ! 世の中理不尽過ぎるッ……畜生……可愛いマネージャーが欲しい……」

後輩「いるじゃんか」

友「あいつは俺なんか眼中にねぇ」

後輩「そう言う意味かよ……おっと」

キーンコーンカーンコーン

後輩「鳴ったぞ。さっさと席に戻れ」

友「oh……oh……」

教師「チャイムが鳴ったら問題用紙を開くこと。カンニングはしないよーに」

教師「――では、はじめー」

後輩「……」バサ

後輩(……よし、やるか)

――

・三日後


キーンコーンカーンコーン

教師「そこまで! 筆記用具をおいて、解答用紙を後ろから前に回して下さい」

後輩「……ふう。終わった」

ワイワイ

後輩「……うん。これなら、成績は心配ないだろ」

友「ようよう! 終わったな!」

後輩「おう。お疲れ」

友「長い冬だったなぁ。まさに、この世の春が来たって感じだ!」

後輩「来るのは夏だけどなー」

友「マジレスすんなって。で、どうだった? 出来は」

後輩「良いんじゃないかな。数aがまずまずだけど、評価は落ちてないと思う」

友「数aかあ、難しかったな」

後輩「お前はどうなんだ?」

友「なんてこたぁない。どうにかなったよ」ニンマリ

後輩「そりゃ良かった」

友「お前、これから部活だっけ?」

後輩「うん。カラオケはまた今度な」

友「いやぁ、別に今すぐじゃなくていいさ。またメールするわ」

後輩「分かった」

友「んじゃな!」テクテク

後輩「また明日」フリフリ

少女「……楽しい方ですね」スッ

後輩「おお、う。いたのか」

少女「ええ。テスト、お疲れ様です」

後輩「お疲れ。どうだった?」

少女「つつがなく」

後輩「そっか」

後輩「少し不安だったんだけどな。専属メイドってのは勉強もできるのか?」

少女「これでも私、お嬢様……あいえ、先輩の勉強係も担当していたんですよ? 高二までの勉強なら、一通り予習済みです」

後輩「へぇ……その割に、部活でやった時はいまいちだったような」

少女「わ、忘れていただけです。仕方ないことです」

後輩「仕方ないか」

少女「はい。さ、部室に向かいましょう?」

後輩「……ああ」

・部活棟

少女「……むむ。いつ来ても、汗臭いですね」

後輩「ここはね。運動部の部室が多いから」

少女「もっと清潔にしてほしいものです……」

後輩「はは。大目に見てやらんと」

サッカー部「あれ? ねぇねぇ、君」

少女「……? 私ですか?」

サッカー部「……やっぱりそうだ! この前転校してきた子でしょ? 一度話してみたかったんだー」

少女「はぁ……」

少女「すみません。今は用事が」

サッカー部「そんなこと言わずにさ! 少しだけでいいから、部室来ない? ああ此処は汗臭いか、何処がいいかな……」

少女「ちょっと、その……」チラ

後輩「……」コク

後輩(……体育祭で見たことある顔だ。ノリノリで色を引っ張ってくタイプ。確か、上級生だった筈)

後輩(あまり強くは出ないほうが良いな)

後輩「……あの、すみません」

サッカー部「ん? 君は何? この子の友達?」

後輩「ええ、そんなところです。僕達、これから部活がありますので」

サッカー部「ふーん……じゃあ、ちょっとだけ貸してくれない?」

後輩「……はい?」

サッカー部「少しだけ。五分、いや十分でいい。そのくらいお話したらすぐ返すから。駄目かな?」

後輩「……?」

後輩(貸す? 貸すって何を? お金? 脅迫かこれ? いや。いや……まさか)

後輩「貸すって……少女さんをですか?」

サッカー部「そうだよ! それ以外何があんの?」

後輩「……」

後輩「……駄目です。急いでるんで」グイッ

少女「あら……」ニコ

サッカー部「ちょっとちょっと。つれないなぁ。君一年生だよね? そう言うのは良くないと思うんだけどね」

後輩「そっくりそのまま、お返しします」

サッカー部「なんだって?」

後輩(やべ)

サッカー部「テスト終わって浮かれ気分か? なあ? 調子のんなよ?」

後輩(……まずいまずい。どうにかしないと)

後輩(こういうのは得意じゃない……!)

後輩「あ、あのですね――」

先輩「こんなところで何やってんだ、諸君!」

後輩「……あ」

少女「……先輩っ!」キラキラ

サッカー部「あ? なんだお前、隣のクラスの……」

先輩「かく言う君はサッカー部の。なんだい。私の後輩に何か用かね」

サッカー部「……おめーの部活だったのかよ」

先輩「いかにも。だからどうした?」

サッカー部「……なんでもねーよ。邪魔したな」テクテク

先輩「……ふむ。他愛もない」

少女「……先輩、ありがとうございました。勿論後輩さんも」

後輩「俺はいいよ。助かりました」

先輩「ふはは、なに、後輩たちを助けるのも先輩の仕事さ」

後輩「ナイスタイミングでしたね。あの手の先輩は少し、苦手で」

先輩「うむ。だろうね。しかし、何故絡まれていたんだ? 肩がぶつかっただの、話し込んでて真正面からぶつかっただの」

後輩「なんでぶつかる限定なんですか。あっちからですよ。少女さんと話したかったみたいで」

先輩「少女。ふむ。見てくれはいいからな。あわよくば寵しようと思ったんだな」

少女「あらあら。私は先輩一筋ですよ?」

先輩「ありがとう。だが私は後輩の物だからな」

後輩「なんだこの会話」

コミュ障の俺はサッカー部員にボコられて終わる

④④④④

・部室

先輩「テスト終了と言うことで。また乾杯するか」

後輩「流石にもういいでしょう」

先輩「そうか。ああ、後輩がそう言うなら止めておこう」

後輩「はい」

少女「これからようやく学生生活を楽しめます……と思ったのですが、夏休みなんですね」

後輩「何から何まで編入のタイミングが悪かった」

先輩「意味有りげな視線をよこすな」

後輩「いえいえそう言う訳じゃ」

少女「先輩の意向だったんですもの。たとえタイミングが悪くとも、先輩と一緒にいられるなら本望です」

後輩「相変わらず眼がキラキラしてるな」

先輩「夏休みかー」

後輩「去年は何かしたんですか?」

先輩「んん? 別に何も」

後輩「さいですか」

先輩「しかし、な。今年は違うぞ。我々文化研究会も部員が三人になった。三人なら出来ることは多い! そうは思わないかね?」

少女「そうですねー」ニコニコ

後輩「ええ、まあ。何をしましょうか。遠出は無理ですよ」

先輩「遠出? ふむ、それは……旅行か。出来なくはないな」

後輩「いやだから俺はお金が――」

先輩「お金? 何言ってるんだ後輩。私の家をなんだと思ってるん」

後輩「ああ……それは」

先輩「ま、今はまだいい。旅行はもう少し後輩の好感度が上がってからだな」

後輩「好感度って」

先輩「え? もうカンストしてるって? ははは、こやつめー!」ワシャワシャ

後輩「ああっ、髪に触るなッ!」

少女「海なんてどうです? 夏らしくていいんじゃないですか?」

後輩「海水浴? うん、悪くないなぁ」

先輩「ほっほう……悪くない、とは……我々の水着が拝めるチャンスと思ってるわけだろう、君ィ」

後輩「なんだかテンションがうざいですね……」

先輩「テスト明けだからね! 盛大にパーティでもしたい気分だよ!」

後輩「止めて下さい」

少女「では。海水浴で決定でいいですか?」

後輩「心なしか楽しそうだな」

少女「あらあら。そんなことありませんよ?」

少女「どの海に行くかですが」

先輩「少女、家の者には言う必要は無いぞ」

少女「あら、どうしてですか?」

先輩「奴らのことだ、やれ移動用の足だのやれ貸切の海だの、無駄なことまで用意しかねんからな。私は、一人の女子高生として海水浴を楽しみたいのだ」

少女「……成程。先輩がそうおっしゃるなら」

先輩「無論、文化研究会の先輩としてもな。移動は電車。行くのは一般の海水浴場。それで良いじゃないか。なにか異論はあるか、後輩」

後輩「ある訳無いでしょう」

先輩「セレブ感を味わいたいとか」

後輩「俺は普通の男子学生です」

先輩「うむ。それでこそ私の後輩だよ」

少女「――大体、このような感じで良いでしょうか?」

先輩「うむ」

後輩「異論なし」

少女「では、各自忘れないようメモなりしておいてください」

後輩「あっさりと決まったなぁ」

先輩「後輩。案外君は暇人なのだな」

後輩「暇じゃなかったらこんな部活入ってませんよ……」

少女「予定を決める上では、好都合ですよ? ふふ、当日が楽しみですね」

後輩「……ああ。楽しみだ」

――

少女「……よいしょ。ちょっと、お花を摘んできますね」タタッ

先輩「……お花摘みとは。上品な物言いをするものだなあいつも」

後輩「先輩はいつもトイレって言ってますね」

先輩「なにか言いたいことでもあるのか」

後輩「いや。先輩より少女さんの方が、よっぽどお嬢様らしいなと」

先輩「……存在意義の否定だ」

後輩「そこまでですか!?」

先輩「ふん。じゃあなにかね? 君、君はその、上品な女性に憧れるのかね?」

後輩「なんとも答えにくい質問ですね……ええ、まあ、品の良い女性には惹かれるところがありますね」

先輩「ふむ。そうかそうか……」

後輩「……そんな顔をしないでも。先輩も十分上品ですよ」

先輩「……私が? 上品?」

後輩「はい。外見は勿論、中身だって……」

先輩「な、なんだなんだ。どうしたいきなり」

後輩「え、何がです」

先輩「君が私をそこまで褒めるなんて、珍しいぞ」

後輩「……あ、ああ。そうでしたっけ」

後輩「……」

先輩「……う、うむ。まあっ、君がしっかりと、私を見てくれていたと言うことは分かった。ありがとう」

後輩「……は、はあ」

先輩「……海水浴、楽しみだな!」

後輩「あ、はい。そうですね」

先輩「……あ」

後輩「どうしました」

先輩「……水着、持ってない」

後輩「……えー」

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