貴音「外は白い雪の夜」 (33)
「貴音」
「いや、もう気にならないよ」
「これまで何度も待たされたしな」
「はは、わかってるよ。事務所が変わってから、忙しくなったもんな」
「俺が、担当を外れてから…」
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「…シェリートニックを」
「え? 今日はギムレットじゃないって?」
「…たまにはそういうことだってあるよ」
「思い出すな、最初のデートでここに来たっけ」
「そうか? あのときは、なんとか大人ぶろうとしてたんだ」
「俺、まだ子供だったのかも。貴音よりも、ずっと…」
「ここ、何回来ただろうなぁ」
「俺たち、何年付き合ったんだろうなぁ」
「うん、そうだな…。もうそんなに経つのか…」
「貴音は、本当にきれいになったね」
「う、確かに、まだ飲んですらいないのにこんなこと言うなんて…」
「今日の俺、言うほど変か?」
「…そっか」
「その本は? さっきから読んでるみたいだけど」
「…原作付き映画の主人公なんて、そうそうもらえる役じゃないぞ。おめでとう」
「頑張ってるんだな。いや、貴音は元から頑張ってたか」
「俺と組んでたから、貴音を頑張らせてあげられなかったんだよな」
「俺、仕事でも、プライベートでも、何回も何回も貴音に迷惑かけてたし…」
「…そんな事言うなよ」
「優しいね、貴音は」
「ほんと、ずっと昔から変わってないよ…」
「…『ずっと昔から変わってない』、か」
「…なぁ。大事な話があるんだ」
「本、置いてくれないか?」
「……」
「雪だ。珍しいね」
「なんでこんな日に降るんだろうな…」
「…勘の鋭い貴音のことだから」
「俺が何を話すか、わかってる、よな」
「このまま、傷つけ合って生きるより…」
「今日、慰め合って、別れよう?」
「……」
「プロデューサー」
「あなたが電話でこの店の名前を出したときから、わかっていました」
「今日で最後と知っていながら、シャワーを浴びて、化粧をして」
「ふふ、なんて滑稽なのでしょうか…」
「…おかしいですね。本当はもっと面白い冗談が言えたはずなのに」
「笑ってもよいのですよ、こんな惨めな私を…」
「…あなただって、充分優しく」
「いいえ、あなたがこのように優しくしてくれたから私はトップアイドルに…」
「謙遜ばかりではいけないと仰っていたのは、あなたではありませんか」
「私が961プロでの日々を、何事もなく過ごせたのはあなたのおかげだったのですから…」
「もしあなたがいなければ、きっと私は不安に押しつぶされていたはず…」
「…今日くらいは、煙草。吸われてはいかがですか?」
「私といるときは、ずっと我慢していたのでしょう?」
「いくら禁煙していると言い張っても、匂いでわかります」
「えぇ、あなたの嘘はいつもわかりやすいのです」
「…雪、まだ降りそうですね」
「『サヨナラ』の文字を作るのには、何本煙草が必要なのでしょう」
「…はい。好きなだけ、どうぞ。私は構いません」
「あなたが最後の一本を吸うまで、ここに居させてくれるのなら…」
「…ごめんな。ずっと貴音の前じゃ吸わないようにしてたんだけど」
「バレバレだったのか。ほんとにダメだな、俺は…」
「…この店、もうあんまり客入らないようになったね」
「あの頃は、とっても賑わってたのに」
「なんにも変わってないのになぁ」
「俺たちが変わっちゃったのかなぁ…」
「あの時は、俺たちも『ずっと変わらない』って思ってたのに」
「…なぁ、俺たち、何にも知らない人から見たら」
「今でも、恋人同士に見えるかな?」
「…それはないか」
「だってもう貴音は、誰もが知ってる、超有名トップアイドルだし」
「俺になんか釣り合わないくらい、綺麗になった」
「やっぱり嬉しいな、担当してたアイドルがそんなふうになってくれるって」
「嬉しい、嬉しいけど」
「……」
「それでもどこかに悲しいと思ってしまう俺がいるんだよなぁ…」
「どうして貴音をトップアイドルにしてあげられなかったんだろう、どうして貴音だけがどんどん先に行ってしまうんだろう、ってさ…」
「貴音は、最初から俺がこんな嫌な人間だって知ってたら、俺のこと、好きになってくれてた?」
「…ありがとう。貴音が言うと、何でもほんとに聞こえるよ」
「うん、そうだね…。貴音が言うんだから本当だ…」
「…昔、こんな言葉を聞いたんだ」
「『女はいつでも二通り。男を縛る強い女と、男にすがる弱虫と』」
「貴音は、両方だったな」
「…俺も、似たようなものか」
「止みそうにないな、雪…」
「…そうかもしれませんね」
「でも、私はただの弱虫です」
「あなたを傷つけることでしか、あなたを繋ぎとめておけないといつも思っていました」
「…えぇ、わかっています」
「それは私の中の幻であること、そしてあなたが私に対しても、同じように思っていてくださっていたこと」
「…わかっていても尚、私はやはりあなたを傷つけていました」
「あなたが私に何をしようと、私はあなたのことを決して嫌いになったりなどはしません」
「私もあなたと、同じでしたから…」
「私たち、やはり似た者同士のようです…」
「…ふふ。こんなふうに、しっかりとあなたの目を捉えるのはいつぶりでしょうか」
「いつからか、見つめ合うことよりも大切なことが増えていってしまいましたから」
「本当は、そんなものなどないはずなのに…」
「…貴方の瞳に、私がまだいるのですね」
「でもきっと、涙で汚れて酷い顔でしょう…?」
「…あなたは本当に冗談が上手なのですね」
「『どんな私でも綺麗』、ですか…。いつもあなたが言ってくださっていました」
「…えぇ、からかってみただけです。本当はあなたのその言葉が、私には何より嬉しかったのです」
「『あなたに見合うだけの女になれた』と、そう、いつも…」
「…すこし、お時間をよろしいでしょうか?」
「最後に、化粧をし直してきます。だから」
「どうか私を、綺麗な思い出に、してください…」
「席を立つのは、あなたからです」
「えぇ。後ろ姿が見たいのです」
「ずっと、あなたの背中だけを見て、そして追いかけてきました」
「これも本当です。私の師は、いつだってあなたでしたから」
「…こうして、貴方の後ろ。影を踏んで歩いた癖が直りません…」
「これからは私、何を頼りに歩いていけばよいのか…」
「…765プロの仲間、ですか。確かに、そうなのかもしれません」
「皆、あなたのように優しく…。あなたのように私を支えてくれます」
「ふふ、そうなのです。もう私はあなたと比べてしか、ものを測れなくなってしまっているのです…」
「もうその声も、聴けなくなってしまいますね…」
「…どこを見回しても、もう、誰もいなくなりました」
「…私たちも、いなくなりましょう」
「はい…。では、さようなら」
「今日まで、どうもありがとう御座いました」
「あなた様も、どうかお気をつけて…」
「……」
「…出会いは別れの始まり、別れは出会いの始まりと申しますが」
「私の心にはいつの時も、別れの悲しみばかりが、降り積もってゆくことでしょう…」
「外は白い雪の夜、ですか」
「この手のひらの上の雪のように、儚くとも、純粋に恋をしていた時がありましたね…」
「お元気で…」
「いつまでも、愛しています」
「……」
「…だけど、ばいばいらぶ。そして誰もいなくなった」
「ばいばいらぶ、そして誰もいなくなった…」
おしまい。
貴音さん、原さん、お誕生日おめでとうございます。
貴音にカバーしてほしかったから書いた。書いたのは9月だったから、募集要項に季節指定があるとは夢にも思わず…。
もう日本にはこんな風景ないのかなぁなんて思っています。
そして、いい意味で古臭いこの日本的な感じが貴音にマッチするとも思っています。
おまえらは貴音に、どんな曲をかばぁしてほしい?
おつたか
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