ある休みの日、今は夕方
仕事もなく1日中フリーだった私は
千早ちゃんとランニングをした
結構真剣に走ったせいか、
ランニングを終えた頃には汗だくで
帰りに飲み物を買おうという話になった
その時の話
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自動販売機の前で千早ちゃんが言った
「今日は、頑張ったわね」
「うん!…結構本格的だったね、にひひっ」
アイドルとして仕事が無い日も気が抜けないなか、ランニングをやったり個人で歌の練習をしたりするのは欠かせない
今日はいつも通りランニングを終え、
いつも通り夕方になり、いつも通り自宅に帰ろうとしていた何気ない一日だった
財布を取り出しながら、千早ちゃんが並んでいるジュースを眺める
「どれがいいかしら…」
炭酸物は控えたいわね
と、呟きながら迷う千早ちゃんを見ながら私はふと思った
偶には炭酸を飲んでもいいんじゃないかな
特に理由は無い
今日特別何かあったわけでもなく
何か思っていたことがあるわけでもなく
ただ純粋に私はそう思った
「ねぇ千早ちゃん…偶にはサイダーを飲まない?」
「えっ、うーん……でも」
「遠慮しなくていいよ、たまには…ね?」
「そう言われても…」
暫く悩んでいた千早ちゃんは軽くため息をついた
「まぁ…偶にはいいかしら」
「うんうん、じゃあ私から買うね」
「ええ」
私が買うと千早ちゃんお金を入れ始める
えっへへ、何だか嬉しいなぁ
そう思っていた私だったが、まさにこれがきっかけだったのかもしれない
何気ない一日をわざわざ思い振り返ることはない
この日は何気なく終わらなかった
「あっ…」
ふと、お金を入れていた千早ちゃんの手から10円玉が落ちた
チャリンッと落ちた10円玉はコロコロとタイヤのように転がった
勢いよく転がるので、
千早ちゃんは少し慌てたように走った
「待って…!」
千早ちゃんの走る先は長い坂道になっており、10円玉はコロコロ転がっていく
私は少し嫌な予感がした
「待って、千早ちゃん!」
千早ちゃんは走りながら言った
「10円…待って」
どんどん坂を下っていく10円玉に比べ、
千早ちゃんは足をモタつかせながら追いかける
さっきまでランニングをしていて疲れているのだ
私は千早ちゃんを追いかけながら呼びかけた
「千早ちゃん…危ないよ!」
「10円…!」
私の声が届くことはなく、
千早ちゃんは必死に転がりゆく10円玉に手を伸ばす
先は長い長い下り道が続いていて、
このままではキリがないような気がした
私は立ち止まって大きく息を吸い込んだ
「危ないよ千早ちゃん! 10円なら私が払うからいいよ!」
今度は声が届いたのか、
はっと千早ちゃんは私に振り返る
ふぅ…よかった
ほっとした私だったが
それは、直ぐに驚愕の顔へと変わった
坂道を走っていた千早ちゃんは、振り返った拍子に体勢を崩したのだ
チャリドル伝説てきなのかと思ったけど全然違った
まさかのシリアス
「あっ…」
千早ちゃんは背中から地面へと倒れていく
「あぁ!」
私は叫んだ
予期したことが当たってしまった
このままじゃ…!
出てきた言葉はとても上ずっていた
「千早ちゃんっ!」
千早ちゃんはなす術もなくどんどん体が倒れていく
私は呼びかけたのを後悔した
何気ない一日だったはずが、ふとした小さなことで大事に変わってしまう
ジュースを買おうとしただけでこんなことになってしまうのだ
私は倒れゆく千早ちゃんを見て目を瞑った
……ザザッ!
靴が擦れるような音がした
………。
音がしたきり、他に何も聞こえてこない
私を呼ぶ声も聞こえない
「千早…ちゃん?」
恐る恐る目を開けようとした時、
ブツブツと喋る声が聞こえてきた
「……ビックリしたわ」
「えっ?」
「ランニング後なのを忘れてた…ごめんなさい、春香」
そこにはしゃがんだ体勢で地に手をつく千早ちゃんがいた
「千早ちゃん…!」
なんで、どうして?
私は千早ちゃんに走り寄った
「無事なの? 千早ちゃん!?」
「ええ…何ともないわ」
ゆっくりと千早ちゃんは立ち上がる
「10円は諦めましょ」
コロコロと遠くを転がる10円玉を眺めていた千早ちゃんは、少し残念そうな顔で首を振った
「私らしくないわね…ちょっとムキになってしまったわ」
どうなってるの…よく分かんない
私を見てクスクスと笑う千早ちゃんは
行きましょう、と元来た坂を登っていく
「うん…」
私はとりあえず着いて行くことにした
新たにお金を入れてジュースを買い
自宅へと帰っていた道の途中、千早ちゃんは言った
倒れる際、背中から倒れそうになった時にクルッと体を回転させて地面に手をついた
そのまま靴底を地面につけて滑らせた…と
とっさの判断で千早ちゃんは何事も無く無事に済んだのだ
「私だったら…そのまま転けてたかなぁ」
呟く私を見て千早ちゃんは申し訳無さそうな顔をする
「本当は…ちょっと腕を痛めてしまったわ、仕事には影響しないと思うけど」
春香が呼び止めてくれなかったら何時迄も追いかけてた
そうしたら、ほんとに大事になってたかもしれない
そう千早ちゃんは俯く
でも、取り敢えず千早ちゃんは無事だったのだ
それが何よりも私は安心した
「無事でよかったね」
千早ちゃんは自分に言い聞かせるように頷いた
次の日
いつも通り仕事がある朝、事務所に向かうとそこに千早ちゃんは居た
「おはよう、春香」
何事も無さそうに手を振る千早ちゃんを見て、私は何だかほっとした
「おはよう千早ちゃん!」
私は千早ちゃんに駆け寄る
「腕ももう大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
「そっか…」
微笑む千早ちゃんは不意に真面目な顔になる
「まだ…昨日のことが忘れられないわ、もし無事に済んでいなかったらと思うと」
「…うん」
私もその時のことを忘れられなかったのか、黙り込む
もし無事じゃ無かったら千早ちゃんは大きな怪我をしていたかもしれない
小さなことでも、疲れている時は特に注意しないといけない
そう私は思った
その時事務所のドアが開いて、
なかに大きな挨拶が響き渡った
「おはようございますー!」
やよいが元気に手を挙げる
そうしてなかに入ってくるやよいは、
いつもよりハッスルしているように見えた
「おはようやよい! 今日は特に元気だね」
やよいは、はいっ!と私に返事すると
「事務所に来る時に10円玉を拾ったんですー!これで今日の分のドレッシングが買えます」
ニコニコ顔で笑った
私はとっさに千早ちゃんを見た
千早ちゃんも私を見ていて、2人で首を傾けた
「…まさかね」
完
本当はギャグものになる筈でした
おつおつ
シリアスかと思いきやそうでもなかった、おつ
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