残酷で美しい世界 (45)

※進撃の巨人SS
※ミカサ視点

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1369674257

——844——

私が両親を亡くした日。二人の後を辿りながら夜道を歩いた。

私が住んでいた山小屋が背後で小さくなっていく。

——街。夜でも明るい。山とは違う景色が広がっていた。

「おかえりなさい。貴方、エレン」

「ただいま」

「色々あって遅くなった。カルラ、この子はミカサ。今日からうちで一緒に暮らすことになった」

イェーガー先生の言葉に、少し不思議そうな表情が女性に浮かんだのが見えた。

私は気まずさに顔を伏せてしまった。受け入れてもらえなければ私の居場所が無くなる。

一人だけ残されてしまう。

「そう、わかったわ。よろしくね、ミカサ」

髪に触れられた手に、顔をあげると優しそうな女性の笑顔が瞳に飛び込む。

黒髪がお母さんと重なって泣きそうになる。頷くことしか出来なかった。

「さっさと家に入ろうぜ。風邪ひいちまう」

エレンに袖を引っ張られた。少し戸惑う。

「そうだな。ミカサの怪我も治療しなくてはならないし、今日は色々ありすぎた」

「ご飯出来てるわ。皆手を洗って」

声が飛び交う中、扉が閉まる。

私はイェーガー家で暮らし始めた始まりの日だ。

翌朝、いつもと違う室内で目を醒ます。いつの間に眠ってしまったんだろう。

心のどこかで、あれは酷い悪夢だったのだという希望は崩れ落ちた。

「おい、まだ寝てんのかよミカサ。さっさと起きないとスープが冷めちゃうだろ」

「う、うん」

身体が重い。イェーガー先生に治療して貰った口元から鈍痛がする。

やっぱり、夢じゃないんだ。

「おはようミカサ。顔洗ってらっしゃい。エレン案内してあげなさい」

「わかった。ミカサこっちだ」

————

イェーガー先生は往診で早朝からいなかった。

私が起きるのを待っていてくれたのか、三人で囲む朝食。お母さんとは違う味付けだけど美味しい。

「ミカサ。あまり食べれない?」

「そんなことは……」

食べたつもりでいたけど、全然食べてなかった。心と身体が別々な感覚。思った以上に、私は弱かった。

「お前なぁ、残すなんてもったいないことすんなよ?」

「エレン!良いのよ、無理に食べる必要はないんだから」

食に豊かな時代じゃない。むしろ、食べられることは幸せなのだと幼いながらに感じていた。

「残さない」

呟くように自分に言い聞かせ口に運ぶ。

おばさんは複雑そうだったけど優しく微笑んでくれた。

「エレン、そろそろ薪が切れそうだから拾って来てくれない?」

「えー……またかよ」

「良いでしょ、どうせ暇そうにしてるんだから」

「暇じゃないよ、昼からアルミンと遊ぶ約束してるし」

「なら、お昼までに済ませれば問題ないわ。早く行ってらっしゃい」

母子の会話、少しだけ羨ましい。

「ほら!それ使えよ。ミカサも行くぞ」

薪を背負う道具を突き出され受け取る。

「わかった」

何か身体を動かしてるほうが気が楽でいい。

「はぁ、めんどくさいな」

エレンの後を付いていく。この街を私は知らない。

————

「お前さーなんか喋れよ。気まずいだろ」

「何を話せばいい?」

「俺に聞くなよ……えーっとどこまで歩くのかとか?」

「どこまで歩くの?」

「……お前なぁ。もうすぐ着くけどさ」

呆れたような顔をされた。何故だろう。

————

「このくらいでいいか」

「……少ない」

「!?そ、そうだよな。もっと積めるよな」

私の背負った薪と見比べて焦ってる。何故だろう。

「大丈夫?」

「大丈夫に決まってるだろ!このくらい」

明らかに嘘をついてる。顔が必死でうっすら汗までかいてる。

「手伝う」

「ちょっと黙ってろよ!バランス崩しちゃうだろ」

「倒れるのが目に見えてる。薪がバラけると大変」

「同じ歳の女の子に助けられたなんて言ったら笑われちゃうだろ」

そういう物なのだろうか。でも、

「お母さんが……家族は助け合うものだって」

僅かな沈黙がその場に流れた。

「……悪い。けど、絶対手伝ったなんて母さんに言うなよ」

「言わない」

「それと!家が近くなったら俺の方に戻すこと」

「わかった」

「……じゃあ、頼むよ」

「うん」

————
——


「おかえりなさい。エレン、ミカサ」

「ただいま」

「……ただいま」

「あら?エレン。今日はいつもより頑張ったのね。ミカサがいるから張り切ったの?」

「そんなんじゃねーよ!」

「ふふっ、ミカサもありがとうね」

「……うん」

エレンに言うなよって目線で合図された。そんな心配しなくていいのに。

「じゃあ、俺アルミンのとこ遊びに行くから」

「お待ち。ミカサも連れてってあげなさい」

「なんでだよ」

「友達は一人でも多いほうがいいでしょ?ミカサはよく知らない場所で不安なんだし」

「でも、男同士の遊び……」

「またそんなこと言って、喧嘩ばっかりしてくるんだから」

「ミカサがいたらそんな無茶も出来ないでしょ。それに、あんた達はいっつも」

説教される流れだと思ったのか、エレンは私の手を取ると駆け足で家を飛び出した。

「まったく。あの説教癖はどうにかしてほしいよな」

「大事に想われてる証拠」

「過保護なだけだろ。前に壁の外に出たいなんて言ったらスゲー怒られたし」

「……どんな親でもそれは怒る」

「なんだよ。俺が悪いのかよ」

壁の外に出れるわけがない。出ようとも思ってはいけない。

それがこの世界の決まりの一つだから。

「やぁ、エレン。今日は遅かったね」

「よぅ、アルミン。薪拾いに時間がかかってな」

そうやって言葉を交わす二人は、とても仲が良さそうに見えた。

「エレン、そっちの子は?」

「ミカサ、ちゃんと自己紹介しろよ」

「……ミカサ・アッカーマン」

「ミカサね。僕はアルミン・アルレルトだよ。よろしくね」

「アルミン、覚えた。女の子?」

「僕?やだなぁ、男の子だよ」

綺麗な金色の髪と透き通った青い眼は女の子に見えた。

けど、エレンと同じで何か強い意志を宿した瞳だと思う。

「それより、今日はどんな面白い本の話してくれるんだ?」

「ああ、うん。そうだね。おじいちゃんの本の話をしよう」

アルミンの語る話はとても面白くて私には新鮮だった。

エレンもこの時は鋭い瞳を捨てて無邪気。見ていて楽しい。

——夕方、アルミンと別れて家路を歩く。その日を終えた人々が行き交い、沈んでゆく夕日が眩しい。

「アルミンの話は面白かったよな」

「とても新鮮だった」

「この世界には色んな可能性があるのも教えてくれた。いつか、壁の外にも」

「……」

二人がどんな話をしたのか私は知らない。

けど、あの壁を人間が“自由”に“犠牲”なしで行き交える未来図が私には想像出来ない。

夜、食事の片付けを手伝っているとイェーガー先生が帰ってきた。名医として名高い故に、やはり多忙なのだろう。

「ミカサ、傷口を見せなさい」

「はい」

「うん、順調だな。今日はエレンと薪を拾ってきてくれたそうだね。ありがとう」

「……いえ、世話をして頂くだけではいけないので」

「ミカサ、私達は君を本当の家族だと思って接する」

「だから、遠慮せずありのまま過ごしてくれていい」

「……ありがとうございます」

また、泣きそうになった。自分を完璧に支配できた。何でも出来ると思ったけど……私はまだただの子供でしかなかった。

——月日は流れ、私は少しずつだけど、皆との自然な付き合い方が出来るようになっていた。

イェーガー夫妻の優しさはもちろん、同年齢のエレンとアルミンの存在がとても大きい。

「おい、ミカサ!見ろよ!こんなに薪が背負えるようになったんだぞ」

「私はいつもそのくらい。エレンはまだまだ」

「なにを!?絶対に見返してやるからな」

そうやって意地になっていつも無理をする。ほっとけない。

おばさんやおじさんも、私が薪運びを手伝ってることはもう知ってるのに。

アルミンは相変わらず、沢山の話をしてくれる。禁忌とされる危なっかしい話も多くあった。

「おい、お前そんな本持ってたらいけないんだぞ」

「返してよ!それは大切な本なんだから」

「うっせー!返して欲しかったら向かってこいよ弱虫アルミン」

「女みたいな面してるしなー」

「おい、アルミンに何してんだ!」

白昼の路地裏でエレンが駆け出す。私はその後を一緒に走る。よくある光景だった。

エレンは色々と前のめりな性格だから。

「くそっ!なんでミカサはこんなに強いんだよ」

「エレンもアルミンも弱っちいくせによ」

「だれが弱っちいだ!この野郎」

歯止めが効かないのはエレンの悪い癖だと思う。そして、私はなぜか強かった。

勘が働くのか、いつしか街の不良達には恐がられるようになっていた。

「アルミン、大丈夫?」

「う、うん……ありがとう。二人とも」

「へへっ、あいつら逃げ出しやがった。ざまぁ見ろだ」

「エレンは無茶しすぎ。またおばさんに怒られる」

「母さんは関係ないだろ!喧嘩したのは黙ってろよ」

「その顔を見ればわかると思うよ……?」

三人はいつも一緒にいた。楽しい時も、悲しい時も、辛いときも……一緒にいた。

——845——

「エレン、薪を拾いに行こう」

「おう。行くか」

「気を付けてね。二人とも」

おばさんに見送られ、家を後にする。もう習慣化した薪拾い。1年が過ぎ、私達は10歳になっていた。

————

「ここはもう少ない。私はあっちで拾うから集まったらあの木の下で」

「わかった。今日こそミカサより沢山薪を運んでやるからな」

————
——


「エレン」

「エレン!!」

「……ん?」

「起きて、もう帰らないと日が暮れる」

「……ミカサ、お前髪が伸びてないか?」

呆れた。私の髪の長さを見間違うくらい熟睡していたなんて。

帰り道、エレンと並んで歩く。横顔はまだ涙を浮かべてる。

とても珍しいと思う。喧嘩でいくら殴られても泣いたとこを見たことが無かった。

だからこそ、心配になった。

「理由もなく涙が出るなんて、一度おじさんに見てもらったら?」

「バカ言え!親父に言えるかこんなこと」

私はエレンが心配なだけなのに、言葉は難しい。

「何泣いてんだ?エレン」

「ハンネスさん!!」

ああ、まただ。エレンが正直な感情を吐き出してしまう。視線の行方で予想がつくようになってきた。

————

まるで家畜……エレンの言葉も理解が出来る。ハンネスさんの言葉も解る。

私は、今がまやかしの平和でも、エレンに危ない目には遭ってほしくない。

「調査兵団はやめた方がいい」

「なんだよ……お前も調査兵団をバカにすんのか!?」

そんなつもりじゃない。けど、今のエレンを説得できる自信もない。

「おっ!この鐘の音は!英雄の凱旋だ……いくぞミカサ!」

険しい表情が無くなった。そのままでいてくれたらいいのに。

「……!!」

エレンも同じことを思ったのだろう。きっと、これだけ……?なのかと。

アルミンと三人で見送った調査兵団の派兵は100人以上いた。

皆が、強く。猛るような瞳をしていた。

それが、傷だらけで数もまるで少ない。表情には、昼間の明るさなどまるで反映されてない。

————

「息子の死は!!人類の反撃の糧になったのですよね!?」

兵士の母親の問いかけを、エレンも私も一心に見守った。きっと……皆が希望を期待していた。

「今回の調査で……我々は今回も……なんの成果も!!得られませんでした!!」

その言葉だけが、耳に痛いくらい鮮明に届いた。横を見上げるとエレンの表情も深く沈んでる。

「ひでぇもんだな」

「兵士なんて税の無駄遣いだ」

「これじゃあ、オレらの税でヤツらにエサをやって太らせてるようなもんだな」

いけない、と直感した。次の瞬間にはエレンが大人の頭を殴っていた。

逃げなきゃいけない。私は無理矢理エレンを引きずって逃げた。

どれだけ引きずっただろう。私は、エレンの不満の声ごとその身体を壁に叩きつける。

「何すんだよ!!薪が散ったじゃねぇか!」

痛いくらいでいい。さっきの“現実”を目の当たりにして、壁の外に出たいなんて考えを無くしてくれれば良かった。

「エレン。調査兵団に入りたいって気持ちは……変わった?」

「……」

「手伝えよ……拾うの」

その瞳はきっと考えを変えていない。

エレンが時折見せる、異常なほどの頑なさは、おじさんとおばさんのどちら譲りなのだろう。

「ただいま」

「おかえりなさい。遅かったのね二人とも」

エレンが少し返事に慌ててる。今なら、おじさんもおばさんもいる。

きっと、エレンを止めようとしてくれる。家族だから。

「エレンが……調査兵団に入りたいって」

「ミ、ミカサ!!言うなって」

「エレン!!何を考えているの!?壁の外に出た人類が、どれだけ死んだかわかってるの!?」

「わかってるよ!!」

エレンの肩に添えた手に力が籠ってる。おばさんが本当に心配してる時の顔だ。

私は、成り行きを見届けることしか出来ない。

「エレン、どうして外に出たいんだ?」

「外の世界がどうなっているのか何も知らずに、一生壁の中で過ごすなんて嫌だ!!」

「それに……ここで誰も続く人がいなかったら、今まで死んだ人達の命が無駄になる!」

おじさんと見つめ合うエレンの顔に不安の色が浮かんでる。

きっとおじさんに反対されても……けど、味方してほしい。そんな表情をしてる。

「そうか……船の時間だ。そろそろ行くよ」

「ちょっと……あなた!エレンを説得して!!」

私も、本当はそれを望んでいる。

「カルラ。人間の探求心とは誰かに言われて抑えられるものではないよ」

「エレン。帰ったら……ずっと秘密にしていた地下室を見せてやろう」

「ほ、本当に!?」

それから三人でおじさんを見送った。一際大きく手を振って見送るエレンはとても嬉しそう。

おばさんはとても残念そうな表情を浮かべてる。

「エレン、駄目だからね。調査兵団なんてバカなマネ……」

「バカだって!?……家畜でも平気でいられる人間の方がよっぽどマヌケに見えるね!!」

エレンの冷たい言葉が、おばさんの心を酷く傷つけたのを隣で感じた。

「ミカサ、あの子はだいぶ危なっかしいから……困った時は二人で助け合うんだよ」

「うん!」

おばさんを、調査兵団に駆け寄った母親のようには……絶対にさせない。

————

「付いてくるなよミカサ!」

「私の勝手。それより、エレンはおばさんに謝るべき」

「……あれは、母さんが調査兵団をバカなマネなんて言うから」

「おばさんを傷つけていい理由にはならない」

「……帰ったら、な」

「うん」

きっと許してくれる。おばさんはとても優しい人だから。

「エレン、どこへ行く気?」

「決めてねーよ。さっきは母さんに頭きてあの場に居たくなかったから……あれは、アルミン!?」

「いつもアルミンに絡んでる三人組も」

「冷静に分析してる場合かよ!」

エレンが走り出す。本当に、おばさんの危なっかしいという言葉は当たってる。

「やめろ!!なにやってんだお前ら!!」

「エレンだ!」

「あの野郎、今日こそぶちのめすぞ!!」

「ん!?」

「だ……駄目だミカサがいるぞ!!」

逃げられた。そんなに私は恐いのだろうか。

————

川辺に三人並んでアルミンが殴られた理由を聞いた。そして、二人はまた壁の外の話を始める。

私は、この時間は嫌いじゃない。理由も無しに、二人の夢を否定なんかしない。

「自分の命を懸けるんだ、オレらの勝手だろ!」

「絶対、駄目」

二人の視線が集まる。けど、気にしない。

「駄目」

「そーいや、お前よくも親にバラしたな!!」

「え!?」

「協力した覚えは、ない」

これだけは、エレンにいくら睨まれようが、恨み言を言われようが変えない。

「で……どうだった?」

「そりゃあ、喜ばれはしない……」

喜ぶわけがない。大切な人を危ない場所に行かせたいわけがない。

エレンはなぜ、それがわからないんだろう。

「確かに、この壁の中は未来永劫安全だと信じきってる人はどうかと思うよ」

「100年、壁が壊れなかったからといって、今日壊されない保証なんかどこにもないのに……」

地面が揺れた。私とは対照的にエレンの声が飛び、アルミンが駆け出した。

何を見て固まっているの。

声が出ない。アルミンの愕然とした震える声。人々の声と混じって耳がぐちゃぐちゃだ。

「ヤツだ……巨人だ」

認識から続いた轟音に耳を塞ぐ。頭が割れそうだ。

「か、壁に……穴を空けられた!?」

皆の行動は早かった。大人も子供も逃げていく。

「逃げるぞ二人とも!早くしないと次々と巨人が入ってくる!!」

「壁の破片が飛んでった先に家が!!母さんが!!」

アルミンごめんなさい。私は家族を見捨てることは出来ない。

夢中で駆けた。沢山の悲鳴と泣き声を耳にしながらエレンの後を追った。

「母さん!!母さん……」

「エレンかい?」

良かったまだ息がある。おばさんを死なせない。柱をどかせばきっと三人で逃げられる。

「ミカサそっちを持て!!この柱をどかすぞ!!行くぞ!せーの!!」

重い。でもこれくらい……そう思った瞬間に背筋が凍りついた。力が抜けそうになる。

山で暮らしていた。獣の声なら何度も耳にした。

けど、これはそんな次元の声じゃない。

「ミカサ急げ!!急ぐんだ!!」

「わかってる」

腕が折れたっていい。全力を込めた。おばさんとエレンの声を耳にしながら。

「どうしていつも母さんの言うこと聞かないの!最後くら言うこと聞いてよ!!」

「ミカサ!!」

「ヤダ……イヤダ……」

助ける。助けたい。おばさんに死んでほしくない。

エレンも私も、おばさんにまだまだいっぱい話したいことが沢山ある。

けど“巨人”の足音は近づいていた……。

「ハンネスさん!!」

助けが来たんだ。そう思った。これでまた……。

でも、私はハンネスさんに抱えられていた。

「エレン!!ミカサ!!生き延びるのよ……!!」

おばさんの声が聞こえた。泣いている。そこからはまた見ているだけしか出来ない。

「やめろぉぉおおお」

最後……私は、おばさんから目を逸らした。今のエレンはどんな気持ちで見ているのだろう。

私がお母さんとお父さんを目の前で亡くした時のように、深い無力感に押し潰されてしまわないだろうか。

書き溜めおしまい。書き溜めたらまた投下します。

おつ

期待してるぜ

投下。

ハンネスさんに抱えられるまま風景が変わっていく。酷く色彩が消えた気がする。

「いッ……!?エレン何を!?」

「もう少しで母さんを助けられたのに!!余計なことすんじゃねぇよ!」

エレンの叫びが、巨人に食われかけたおばさんの姿を如実に呼び戻す。

最後まで、最後まで見届けられていたら罪悪感に吐きそうだ。

「お前の母さんを助けられなかったのは、お前に力がなかったらからだ」

私にも無かった。

「オレが巨人に立ち向かわなかったのは……オレに勇気がなかったからだ」

エレンの抵抗が止まった。責めきれない……助けられたのも事実だから。

エレンが泣いてる。ハンネスさんも泣いている。

「すまない……」

その言葉をハンネスさんはずっと繰り返していた。

頭が痛い。あの日と同じ。また大切な人を失った。

船着き場は人で溢れかえっていた。ハンネスさんのおかげで乗れることが出来た。

けれど、なにも喋る気になれない。

隣に座るエレンから伝わってくる体温だけに寄り添った。

もう許してほしい。これ以上はエレンの心が壊れてしまう。

皆がすすり泣き項垂れていた。神に祈る声は、きっと今数えきれないほどの人々が口にしている。

「扉が……ウォール・マリアが突破された!?」

どよめきと落胆は、終わりと始まりを民衆に刻み込む。

人類の生活拠点の一つが陥落したこと。巨人の進行が人類の首を締め始めたこと。

「駆逐してやる!!」

「エレン……?」

「この世から……一匹残らず」

エレンは諦めていない。なら、私も共に同じ道に生きる。

ウォール・ローゼまで船は呆気ないほど早く辿り着いた。

この有って無いような距離が……。

停泊し、秩序正しく地に降り立った人々。注がれる視線は酷く冷たい。同じ人間を見ているはずなのに。

————

避難民が集められた元食糧庫はしんみりとして暗かった。

「エレン?」

見つめる先で逃避するように寝息を立てるエレンが不思議。

「ミカサ!ここに居たんだね」

「アルミン」

「良かった。人波で見失ってしまったから」

少しだけほっとした。

——時間の流れは早い。ウォール・マリアからの避難民に細々とした夜が訪れる。

アルミンは両親と共に、私は死んでしまったかの様に眠り続けるエレンといた。

呼吸と心音を確認する。そうしている内に睡魔が訪れ、

「おやすみなさい。エレン」

私は眠りについた。

——翌日、誰かの呼びかけに目を覚ます。配給があるようだ。

「エレン……エレン起きて」

「……ミカサ?俺なんで眠って」

良かった。ちゃんと起きてくれた。

どうやらおじさんの夢を見たらしい。今頃、私達を捜してくれているのだろうか。

エレンと連れだって外に出る。何事もなかったような青空だ。

「これ皆ウォール・マリアからの避難民かよ」

「多分。あそこ皆が並んで待ってる」

配給先は長蛇の列だった。

「それよこせよ!」

「ふざけるな!これは俺の食いもんだ」

パンを大人二人が取り合っていた。それほど切迫しているのだろう。

「エレン!ミカサ!」

「アルミン、お前それどうしたんだよ」

「父さんが僕達の分貰って置いてくれたんだ。これで1日分らしいけど……」

今の状況なら宝物にも等しい。一つのパンがいつもより重く感じた。

「なんで外側の奴らの為に俺らの食糧配らないといけねぇんだよ」

「巨人の奴等ももっと人数減らしてくれりゃ良かったのによ」

駐屯兵団の一人のぼやきが、エレンを激昂させる。

「なに人の足蹴ってくれてんだクソ餓鬼が!」

エレンが殴られた。きっと私は飛びかかりそうな顔をしている。

「お前なんか巨人を知らないくせに……見たことも無いくせに」

更に殴られそうなエレンを私より早くアルミンが庇ってくれた。

その言葉と周囲の目から、兵士はばつが悪そうに去って行った。

それでも、エレンの身体が怒りに震えてるのを肌に感じた。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom