残酷で美しい世界 (45)

※進撃の巨人SS
※ミカサ視点

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——844——

私が両親を亡くした日。二人の後を辿りながら夜道を歩いた。

私が住んでいた山小屋が背後で小さくなっていく。

——街。夜でも明るい。山とは違う景色が広がっていた。

「おかえりなさい。貴方、エレン」

「ただいま」

「色々あって遅くなった。カルラ、この子はミカサ。今日からうちで一緒に暮らすことになった」

イェーガー先生の言葉に、少し不思議そうな表情が女性に浮かんだのが見えた。

私は気まずさに顔を伏せてしまった。受け入れてもらえなければ私の居場所が無くなる。

一人だけ残されてしまう。

「そう、わかったわ。よろしくね、ミカサ」

髪に触れられた手に、顔をあげると優しそうな女性の笑顔が瞳に飛び込む。

黒髪がお母さんと重なって泣きそうになる。頷くことしか出来なかった。

「さっさと家に入ろうぜ。風邪ひいちまう」

エレンに袖を引っ張られた。少し戸惑う。

「そうだな。ミカサの怪我も治療しなくてはならないし、今日は色々ありすぎた」

「ご飯出来てるわ。皆手を洗って」

声が飛び交う中、扉が閉まる。

私はイェーガー家で暮らし始めた始まりの日だ。

翌朝、いつもと違う室内で目を醒ます。いつの間に眠ってしまったんだろう。

心のどこかで、あれは酷い悪夢だったのだという希望は崩れ落ちた。

「おい、まだ寝てんのかよミカサ。さっさと起きないとスープが冷めちゃうだろ」

「う、うん」

身体が重い。イェーガー先生に治療して貰った口元から鈍痛がする。

やっぱり、夢じゃないんだ。

「おはようミカサ。顔洗ってらっしゃい。エレン案内してあげなさい」

「わかった。ミカサこっちだ」

————

イェーガー先生は往診で早朝からいなかった。

私が起きるのを待っていてくれたのか、三人で囲む朝食。お母さんとは違う味付けだけど美味しい。

「ミカサ。あまり食べれない?」

「そんなことは……」

食べたつもりでいたけど、全然食べてなかった。心と身体が別々な感覚。思った以上に、私は弱かった。

「お前なぁ、残すなんてもったいないことすんなよ?」

「エレン!良いのよ、無理に食べる必要はないんだから」

食に豊かな時代じゃない。むしろ、食べられることは幸せなのだと幼いながらに感じていた。

「残さない」

呟くように自分に言い聞かせ口に運ぶ。

おばさんは複雑そうだったけど優しく微笑んでくれた。

「エレン、そろそろ薪が切れそうだから拾って来てくれない?」

「えー……またかよ」

「良いでしょ、どうせ暇そうにしてるんだから」

「暇じゃないよ、昼からアルミンと遊ぶ約束してるし」

「なら、お昼までに済ませれば問題ないわ。早く行ってらっしゃい」

母子の会話、少しだけ羨ましい。

「ほら!それ使えよ。ミカサも行くぞ」

薪を背負う道具を突き出され受け取る。

「わかった」

何か身体を動かしてるほうが気が楽でいい。

「はぁ、めんどくさいな」

エレンの後を付いていく。この街を私は知らない。

————

「お前さーなんか喋れよ。気まずいだろ」

「何を話せばいい?」

「俺に聞くなよ……えーっとどこまで歩くのかとか?」

「どこまで歩くの?」

「……お前なぁ。もうすぐ着くけどさ」

呆れたような顔をされた。何故だろう。

————

「このくらいでいいか」

「……少ない」

「!?そ、そうだよな。もっと積めるよな」

私の背負った薪と見比べて焦ってる。何故だろう。

「大丈夫?」

「大丈夫に決まってるだろ!このくらい」

明らかに嘘をついてる。顔が必死でうっすら汗までかいてる。

「手伝う」

「ちょっと黙ってろよ!バランス崩しちゃうだろ」

「倒れるのが目に見えてる。薪がバラけると大変」

「同じ歳の女の子に助けられたなんて言ったら笑われちゃうだろ」

そういう物なのだろうか。でも、

「お母さんが……家族は助け合うものだって」

僅かな沈黙がその場に流れた。

「……悪い。けど、絶対手伝ったなんて母さんに言うなよ」

「言わない」

「それと!家が近くなったら俺の方に戻すこと」

「わかった」

「……じゃあ、頼むよ」

「うん」

————
——


「おかえりなさい。エレン、ミカサ」

「ただいま」

「……ただいま」

「あら?エレン。今日はいつもより頑張ったのね。ミカサがいるから張り切ったの?」

「そんなんじゃねーよ!」

「ふふっ、ミカサもありがとうね」

「……うん」

エレンに言うなよって目線で合図された。そんな心配しなくていいのに。

「じゃあ、俺アルミンのとこ遊びに行くから」

「お待ち。ミカサも連れてってあげなさい」

「なんでだよ」

「友達は一人でも多いほうがいいでしょ?ミカサはよく知らない場所で不安なんだし」

「でも、男同士の遊び……」

「またそんなこと言って、喧嘩ばっかりしてくるんだから」

「ミカサがいたらそんな無茶も出来ないでしょ。それに、あんた達はいっつも」

説教される流れだと思ったのか、エレンは私の手を取ると駆け足で家を飛び出した。

「まったく。あの説教癖はどうにかしてほしいよな」

「大事に想われてる証拠」

「過保護なだけだろ。前に壁の外に出たいなんて言ったらスゲー怒られたし」

「……どんな親でもそれは怒る」

「なんだよ。俺が悪いのかよ」

壁の外に出れるわけがない。出ようとも思ってはいけない。

それがこの世界の決まりの一つだから。

「やぁ、エレン。今日は遅かったね」

「よぅ、アルミン。薪拾いに時間がかかってな」

そうやって言葉を交わす二人は、とても仲が良さそうに見えた。

「エレン、そっちの子は?」

「ミカサ、ちゃんと自己紹介しろよ」

「……ミカサ・アッカーマン」

「ミカサね。僕はアルミン・アルレルトだよ。よろしくね」

「アルミン、覚えた。女の子?」

「僕?やだなぁ、男の子だよ」

綺麗な金色の髪と透き通った青い眼は女の子に見えた。

けど、エレンと同じで何か強い意志を宿した瞳だと思う。

「それより、今日はどんな面白い本の話してくれるんだ?」

「ああ、うん。そうだね。おじいちゃんの本の話をしよう」

アルミンの語る話はとても面白くて私には新鮮だった。

エレンもこの時は鋭い瞳を捨てて無邪気。見ていて楽しい。

——夕方、アルミンと別れて家路を歩く。その日を終えた人々が行き交い、沈んでゆく夕日が眩しい。

「アルミンの話は面白かったよな」

「とても新鮮だった」

「この世界には色んな可能性があるのも教えてくれた。いつか、壁の外にも」

「……」

二人がどんな話をしたのか私は知らない。

けど、あの壁を人間が“自由”に“犠牲”なしで行き交える未来図が私には想像出来ない。

夜、食事の片付けを手伝っているとイェーガー先生が帰ってきた。名医として名高い故に、やはり多忙なのだろう。

「ミカサ、傷口を見せなさい」

「はい」

「うん、順調だな。今日はエレンと薪を拾ってきてくれたそうだね。ありがとう」

「……いえ、世話をして頂くだけではいけないので」

「ミカサ、私達は君を本当の家族だと思って接する」

「だから、遠慮せずありのまま過ごしてくれていい」

「……ありがとうございます」

また、泣きそうになった。自分を完璧に支配できた。何でも出来ると思ったけど……私はまだただの子供でしかなかった。

——月日は流れ、私は少しずつだけど、皆との自然な付き合い方が出来るようになっていた。

イェーガー夫妻の優しさはもちろん、同年齢のエレンとアルミンの存在がとても大きい。

「おい、ミカサ!見ろよ!こんなに薪が背負えるようになったんだぞ」

「私はいつもそのくらい。エレンはまだまだ」

「なにを!?絶対に見返してやるからな」

そうやって意地になっていつも無理をする。ほっとけない。

おばさんやおじさんも、私が薪運びを手伝ってることはもう知ってるのに。

アルミンは相変わらず、沢山の話をしてくれる。禁忌とされる危なっかしい話も多くあった。

「おい、お前そんな本持ってたらいけないんだぞ」

「返してよ!それは大切な本なんだから」

「うっせー!返して欲しかったら向かってこいよ弱虫アルミン」

「女みたいな面してるしなー」

「おい、アルミンに何してんだ!」

白昼の路地裏でエレンが駆け出す。私はその後を一緒に走る。よくある光景だった。

エレンは色々と前のめりな性格だから。

「くそっ!なんでミカサはこんなに強いんだよ」

「エレンもアルミンも弱っちいくせによ」

「だれが弱っちいだ!この野郎」

歯止めが効かないのはエレンの悪い癖だと思う。そして、私はなぜか強かった。

勘が働くのか、いつしか街の不良達には恐がられるようになっていた。

「アルミン、大丈夫?」

「う、うん……ありがとう。二人とも」

「へへっ、あいつら逃げ出しやがった。ざまぁ見ろだ」

「エレンは無茶しすぎ。またおばさんに怒られる」

「母さんは関係ないだろ!喧嘩したのは黙ってろよ」

「その顔を見ればわかると思うよ……?」

三人はいつも一緒にいた。楽しい時も、悲しい時も、辛いときも……一緒にいた。

——845——

「エレン、薪を拾いに行こう」

「おう。行くか」

「気を付けてね。二人とも」

おばさんに見送られ、家を後にする。もう習慣化した薪拾い。1年が過ぎ、私達は10歳になっていた。

————

「ここはもう少ない。私はあっちで拾うから集まったらあの木の下で」

「わかった。今日こそミカサより沢山薪を運んでやるからな」

————
——


「エレン」

「エレン!!」

「……ん?」

「起きて、もう帰らないと日が暮れる」

「……ミカサ、お前髪が伸びてないか?」

呆れた。私の髪の長さを見間違うくらい熟睡していたなんて。

帰り道、エレンと並んで歩く。横顔はまだ涙を浮かべてる。

とても珍しいと思う。喧嘩でいくら殴られても泣いたとこを見たことが無かった。

だからこそ、心配になった。

「理由もなく涙が出るなんて、一度おじさんに見てもらったら?」

「バカ言え!親父に言えるかこんなこと」

私はエレンが心配なだけなのに、言葉は難しい。

「何泣いてんだ?エレン」

「ハンネスさん!!」

ああ、まただ。エレンが正直な感情を吐き出してしまう。視線の行方で予想がつくようになってきた。

————

まるで家畜……エレンの言葉も理解が出来る。ハンネスさんの言葉も解る。

私は、今がまやかしの平和でも、エレンに危ない目には遭ってほしくない。

「調査兵団はやめた方がいい」

「なんだよ……お前も調査兵団をバカにすんのか!?」

そんなつもりじゃない。けど、今のエレンを説得できる自信もない。

「おっ!この鐘の音は!英雄の凱旋だ……いくぞミカサ!」

険しい表情が無くなった。そのままでいてくれたらいいのに。

「……!!」

エレンも同じことを思ったのだろう。きっと、これだけ……?なのかと。

アルミンと三人で見送った調査兵団の派兵は100人以上いた。

皆が、強く。猛るような瞳をしていた。

それが、傷だらけで数もまるで少ない。表情には、昼間の明るさなどまるで反映されてない。

————

「息子の死は!!人類の反撃の糧になったのですよね!?」

兵士の母親の問いかけを、エレンも私も一心に見守った。きっと……皆が希望を期待していた。

「今回の調査で……我々は今回も……なんの成果も!!得られませんでした!!」

その言葉だけが、耳に痛いくらい鮮明に届いた。横を見上げるとエレンの表情も深く沈んでる。

「ひでぇもんだな」

「兵士なんて税の無駄遣いだ」

「これじゃあ、オレらの税でヤツらにエサをやって太らせてるようなもんだな」

いけない、と直感した。次の瞬間にはエレンが大人の頭を殴っていた。

逃げなきゃいけない。私は無理矢理エレンを引きずって逃げた。

どれだけ引きずっただろう。私は、エレンの不満の声ごとその身体を壁に叩きつける。

「何すんだよ!!薪が散ったじゃねぇか!」

痛いくらいでいい。さっきの“現実”を目の当たりにして、壁の外に出たいなんて考えを無くしてくれれば良かった。

「エレン。調査兵団に入りたいって気持ちは……変わった?」

「……」

「手伝えよ……拾うの」

その瞳はきっと考えを変えていない。

エレンが時折見せる、異常なほどの頑なさは、おじさんとおばさんのどちら譲りなのだろう。

「ただいま」

「おかえりなさい。遅かったのね二人とも」

エレンが少し返事に慌ててる。今なら、おじさんもおばさんもいる。

きっと、エレンを止めようとしてくれる。家族だから。

「エレンが……調査兵団に入りたいって」

「ミ、ミカサ!!言うなって」

「エレン!!何を考えているの!?壁の外に出た人類が、どれだけ死んだかわかってるの!?」

「わかってるよ!!」

エレンの肩に添えた手に力が籠ってる。おばさんが本当に心配してる時の顔だ。

私は、成り行きを見届けることしか出来ない。

「エレン、どうして外に出たいんだ?」

「外の世界がどうなっているのか何も知らずに、一生壁の中で過ごすなんて嫌だ!!」

「それに……ここで誰も続く人がいなかったら、今まで死んだ人達の命が無駄になる!」

おじさんと見つめ合うエレンの顔に不安の色が浮かんでる。

きっとおじさんに反対されても……けど、味方してほしい。そんな表情をしてる。

「そうか……船の時間だ。そろそろ行くよ」

「ちょっと……あなた!エレンを説得して!!」

私も、本当はそれを望んでいる。

「カルラ。人間の探求心とは誰かに言われて抑えられるものではないよ」

「エレン。帰ったら……ずっと秘密にしていた地下室を見せてやろう」

「ほ、本当に!?」

それから三人でおじさんを見送った。一際大きく手を振って見送るエレンはとても嬉しそう。

おばさんはとても残念そうな表情を浮かべてる。

「エレン、駄目だからね。調査兵団なんてバカなマネ……」

「バカだって!?……家畜でも平気でいられる人間の方がよっぽどマヌケに見えるね!!」

エレンの冷たい言葉が、おばさんの心を酷く傷つけたのを隣で感じた。

「ミカサ、あの子はだいぶ危なっかしいから……困った時は二人で助け合うんだよ」

「うん!」

おばさんを、調査兵団に駆け寄った母親のようには……絶対にさせない。

————

「付いてくるなよミカサ!」

「私の勝手。それより、エレンはおばさんに謝るべき」

「……あれは、母さんが調査兵団をバカなマネなんて言うから」

「おばさんを傷つけていい理由にはならない」

「……帰ったら、な」

「うん」

きっと許してくれる。おばさんはとても優しい人だから。

「エレン、どこへ行く気?」

「決めてねーよ。さっきは母さんに頭きてあの場に居たくなかったから……あれは、アルミン!?」

「いつもアルミンに絡んでる三人組も」

「冷静に分析してる場合かよ!」

エレンが走り出す。本当に、おばさんの危なっかしいという言葉は当たってる。

「やめろ!!なにやってんだお前ら!!」

「エレンだ!」

「あの野郎、今日こそぶちのめすぞ!!」

「ん!?」

「だ……駄目だミカサがいるぞ!!」

逃げられた。そんなに私は恐いのだろうか。

————

川辺に三人並んでアルミンが殴られた理由を聞いた。そして、二人はまた壁の外の話を始める。

私は、この時間は嫌いじゃない。理由も無しに、二人の夢を否定なんかしない。

「自分の命を懸けるんだ、オレらの勝手だろ!」

「絶対、駄目」

二人の視線が集まる。けど、気にしない。

「駄目」

「そーいや、お前よくも親にバラしたな!!」

「え!?」

「協力した覚えは、ない」

これだけは、エレンにいくら睨まれようが、恨み言を言われようが変えない。

「で……どうだった?」

「そりゃあ、喜ばれはしない……」

喜ぶわけがない。大切な人を危ない場所に行かせたいわけがない。

エレンはなぜ、それがわからないんだろう。

「確かに、この壁の中は未来永劫安全だと信じきってる人はどうかと思うよ」

「100年、壁が壊れなかったからといって、今日壊されない保証なんかどこにもないのに……」

地面が揺れた。私とは対照的にエレンの声が飛び、アルミンが駆け出した。

何を見て固まっているの。

声が出ない。アルミンの愕然とした震える声。人々の声と混じって耳がぐちゃぐちゃだ。

「ヤツだ……巨人だ」

認識から続いた轟音に耳を塞ぐ。頭が割れそうだ。

「か、壁に……穴を空けられた!?」

皆の行動は早かった。大人も子供も逃げていく。

「逃げるぞ二人とも!早くしないと次々と巨人が入ってくる!!」

「壁の破片が飛んでった先に家が!!母さんが!!」

アルミンごめんなさい。私は家族を見捨てることは出来ない。

夢中で駆けた。沢山の悲鳴と泣き声を耳にしながらエレンの後を追った。

「母さん!!母さん……」

「エレンかい?」

良かったまだ息がある。おばさんを死なせない。柱をどかせばきっと三人で逃げられる。

「ミカサそっちを持て!!この柱をどかすぞ!!行くぞ!せーの!!」

重い。でもこれくらい……そう思った瞬間に背筋が凍りついた。力が抜けそうになる。

山で暮らしていた。獣の声なら何度も耳にした。

けど、これはそんな次元の声じゃない。

「ミカサ急げ!!急ぐんだ!!」

「わかってる」

腕が折れたっていい。全力を込めた。おばさんとエレンの声を耳にしながら。

「どうしていつも母さんの言うこと聞かないの!最後くら言うこと聞いてよ!!」

「ミカサ!!」

「ヤダ……イヤダ……」

助ける。助けたい。おばさんに死んでほしくない。

エレンも私も、おばさんにまだまだいっぱい話したいことが沢山ある。

けど“巨人”の足音は近づいていた……。

「ハンネスさん!!」

助けが来たんだ。そう思った。これでまた……。

でも、私はハンネスさんに抱えられていた。

「エレン!!ミカサ!!生き延びるのよ……!!」

おばさんの声が聞こえた。泣いている。そこからはまた見ているだけしか出来ない。

「やめろぉぉおおお」

最後……私は、おばさんから目を逸らした。今のエレンはどんな気持ちで見ているのだろう。

私がお母さんとお父さんを目の前で亡くした時のように、深い無力感に押し潰されてしまわないだろうか。

書き溜めおしまい。書き溜めたらまた投下します。

エレンが泣いてる。ハンネスさんも泣いている。

「すまない……」

その言葉をハンネスさんはずっと繰り返していた。

頭が痛い。あの日と同じ。また大切な人を失った。

船着き場は人で溢れかえっていた。ハンネスさんのおかげで乗れることが出来た。

けれど、なにも喋る気になれない。

隣に座るエレンから伝わってくる体温だけに寄り添った。

もう許してほしい。これ以上はエレンの心が壊れてしまう。

皆がすすり泣き項垂れていた。神に祈る声は、きっと今数えきれないほどの人々が口にしている。

「扉が……ウォール・マリアが突破された!?」

どよめきと落胆は、終わりと始まりを民衆に刻み込む。

人類の生活拠点の一つが陥落したこと。巨人の進行が人類の首を締め始めたこと。

「駆逐してやる!!」

「エレン……?」

「この世から……一匹残らず」

エレンは諦めていない。なら、私も共に同じ道に生きる。

ウォール・ローゼまで船は呆気ないほど早く辿り着いた。

この有って無いような距離が……。

停泊し、秩序正しく地に降り立った人々。注がれる視線は酷く冷たい。同じ人間を見ているはずなのに。

————

避難民が集められた元食糧庫はしんみりとして暗かった。

「エレン?」

見つめる先で逃避するように寝息を立てるエレンが不思議。

「ミカサ!ここに居たんだね」

「アルミン」

「良かった。人波で見失ってしまったから」

少しだけほっとした。

——時間の流れは早い。ウォール・マリアからの避難民に細々とした夜が訪れる。

アルミンは両親と共に、私は死んでしまったかの様に眠り続けるエレンといた。

呼吸と心音を確認する。そうしている内に睡魔が訪れ、

「おやすみなさい。エレン」

私は眠りについた。

——翌日、誰かの呼びかけに目を覚ます。配給があるようだ。

「エレン……エレン起きて」

「……ミカサ?俺なんで眠って」

良かった。ちゃんと起きてくれた。

どうやらおじさんの夢を見たらしい。今頃、私達を捜してくれているのだろうか。

エレンと連れだって外に出る。何事もなかったような青空だ。

「これ皆ウォール・マリアからの避難民かよ」

「多分。あそこ皆が並んで待ってる」

配給先は長蛇の列だった。

「それよこせよ!」

「ふざけるな!これは俺の食いもんだ」

パンを大人二人が取り合っていた。それほど切迫しているのだろう。

「エレン!ミカサ!」

「アルミン、お前それどうしたんだよ」

「父さんが僕達の分貰って置いてくれたんだ。これで1日分らしいけど……」

今の状況なら宝物にも等しい。一つのパンがいつもより重く感じた。

「なんで外側の奴らの為に俺らの食糧配らないといけねぇんだよ」

「巨人の奴等ももっと人数減らしてくれりゃ良かったのによ」

駐屯兵団の一人のぼやきが、エレンを激昂させる。

「なに人の足蹴ってくれてんだクソ餓鬼が!」

エレンが殴られた。きっと私は飛びかかりそうな顔をしている。

「お前なんか巨人を知らないくせに……見たことも無いくせに」

更に殴られそうなエレンを私より早くアルミンが庇ってくれた。

その言葉と周囲の目から、兵士はばつが悪そうに去って行った。

それでも、エレンの身体が怒りに震えてるのを肌に感じた。

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