少年「そんな『憎悪』が、あってたまるか」 (45)
間違いない。
一瞬だが、フードに隠された顔が見えた。
俺は見逃さなかった。その顔の主が俺の人生を狂わせたアイツであることを見逃さなかった。
間違いない、□□だ。
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数分前。
俺は通っている高校の通学路を、
久しぶりに痛む右膝を引きずるように歩いていた。
考えたら、腹が煮えくり返る。
野球部の監督が言った言葉が腹立たしい。
「お前が一軍に上がることは難しい。何か別の道を探したらどうだ?」
ふざけるな。
この俺がなんで二軍にとどまってなければならないんだ。
この膝の怪我が無ければ俺はとっくにレギュラーとして活躍しているはずだ。
いや、そもそもあんな自称進学校にある弱小の野球部にいることすらなかった。
もっと名門の野球部に入って、あのクソ監督に会うことすらなかったんだ。
それなのに、何で俺がこんな目に遭わなければならない?
俺は考える。誰のせいなのかを考える。
その時、アイツの姿を見た。
厚手のコートを着て、フードで顔を隠されていたが、
街灯のおかげで日が沈みかけているこの時間でもその顔を確認できた。
間違いない……
間違いない!
――□□だ。
それを確認した瞬間、俺の心にある疑問が解決した。
そうだ、アイツが俺の人生を狂わせた。
そもそも、この右膝の痛みもアイツによるものだ。
……許せない。アイツ如きが俺の人生を狂わせることなど。
そして俺の人生を狂わせておいてのうのうと生きていることなど。
……殺してやる。
俺は□□の後を尾け、奴が人気のない場所にさしかかるのを待った。
チャンスはすぐに訪れた。□□は近くにある林の中に入っていったのだ。
バカが。自分から死にに行きやがった。
待っていろ、今殺してやる。
林の中に入ってしばらくすると、□□は立ち止まっていた。
「隠れていないで、出てきたらどうだ?」
なに!? こいつ、俺の尾行に気づいていたのか!?
腹立たしい。□□如きが俺の行動を見抜いていたなどというのが、腹立たしい。
一気に襲いかかろうと思ったが、まずは自分の行動の愚かさを思い知らせてやらなければ。
俺は□□の前に姿を現した。
「久しぶりだね、××くん。もう暗くなっているけど、何の用だい?」
とぼけやがって。
いや、こいつの場合、本当に自分の愚かさに気づいていない可能性がある。
ちゃんと思い知らせてやらないと。
「決まっているだろう。お前のせいで俺の人生が狂ったんだ。
だから、今からお前に制裁を加える」
「僕のせいで君の人生が狂った?」
「そうだ! お前が余計なことをしなければ、俺の人生は順調だった!
今頃名門の野球部でレギュラーを勝ち取り、プロからも注目されていたはずだ!
だからお前が憎くて仕方がない! お前を殺せば俺の苛立ちも消えて、俺の人生は前に進むんだ!」
一気に言葉を放つ。こいつ如きが俺の人生に影響を与えることが腹立たしい。
「僕が憎い?」
「当たり前だろう! お前如きが俺の人生の邪魔をすることなんて、許されるわけがない!
この憎しみは正当な憎しみだ! お前が死んだところで誰も悲しまないからな!」
「……正当な憎しみねぇ?」
ため息をついて呟いた□□は、被っていたフードをとった。
「君は僕にこんな仕打ちをしておいて?」
そこには予想通り……
右目に眼帯をして、左頬と首筋には背中まで広がっているであろう火傷の跡がある、
□□の顔があった。
中学時代。
俺は□□に日常的に制裁を加えていた。
「やめて、やめてくれよ! 何でこんなことをするんだよ!」
俺の『友人』たちが□□に殴る蹴るの制裁を加えている。
「□□、お前なぁ貧乏人の分際で俺の成績を上回るなんて許されるはずがないだろう?」
そう、□□は身の程知らずにも俺の成績を上回ろうとした。だから制裁を加えることにしたのだ。
もちろん、俺は暴力は嫌いだ。だけど俺の『友人』たちは俺が□□に迷惑していると告げると、
快く『協力』してくれた。
「××くん……ひどいよ……なんでみんな助けてくれないんだよ……」
「俺がひどい? なにを言っているんだ、俺は殴る蹴るなんて止めろって言ったんだがなぁ。
こいつらがどうしてもお前を許せないって言うからさぁ。その意志を尊重したんだよ。なぁ?」
「う、うん……その通りだよ……」
俺は『友人』思いなのだ。こいつらがどうしても□□に殴る蹴るの制裁を加えたいと言ったので、
仕方なく、傍観しているのだ。つまり□□を殴っているのは彼らの意志なのだ。
俺はただ、その場に居合わせただけである。
この場には『友人』が五人もいる。止めるなんて出来ない。
だから傍観するのも仕方がないだろ?
「あー、それにしても今日は寒いなぁ。
おっと、こんなところに丁度よくストーブがあるじゃないか」
「は?」
俺の言葉に、『友人』たちが怪訝な顔をする。
どうしたのだろうか、目の前のストーブが見えないのだろうか。
「しかし、石油ストーブのようだから灯油を注がないと使えないな。
ああ、そうか俺は灯油を運んでいる最中だったな」
俺は教師たちからの信頼が厚いので、灯油を運ぶ役目も快く任されていたのだ。
灯油が入ったポリタンクを地面に置き、キャップを開けて、いらないハンカチを灯油に浸す。
「じゃあ、△△。ストーブに火を点けてくれ」
俺は『友人』の一人に、灯油がしみこんだハンカチを渡す。
「え、えっと、××くん?」
「どうしたんだ、△△。そこにストーブがあるだろう?」
俺は『友人』たちに殴る蹴るのイタズラをされている『ストーブ』を指さす。
「え!? ま、まってよ、まさか……?」
「おかしいなあ、『ストーブ』が声を発したように聞こえたなあ。疲れているのかなぁ」
「××くん、それはさすがにヤバイって!」
『友人』たちが、何故か焦っている。
「△△、この『ストーブ』は特殊な方法で点けるみたいだ。
この広い面にハンカチを貼り付けてから火を点けてくれ」
「××くん! む、無理! それは無理!」
「どうした△△、『ストーブ』に火を点けるだけだぞ、何を焦っているんだ?」
「だ、誰か! 誰か助けて!」
「あー、まだ幻聴が聞こえるなあ。これは一刻も早く『ストーブ』で暖まらないとな」
「や、止めよう! ××くん! いくらなんでも……」
△△が尚もおかしなことを言うので、確認をすることにした。
「なあ、△△。お前は『友人』だよな? 『ストーブ』じゃないよな?」
俺は確認すると、彼は嬉しさからなのか涙を流しながら言った。
「は、はい。僕は××くんの『友人』です……」
ああよかった。彼は俺の『友人』だ。
さて、『ストーブ』に火を点けてもらおう。
△△がハンカチを『ストーブ』の広い面に貼り付ける。
「や、やだよ! △△くん! やめてくれ!」
「……これはストーブ、これはストーブ……」
「みんなぁ、なんか『ストーブ』が暴れているように見えるから押さえておいてくれ」
「た、助けて! 誰かぁ!」
そして△△がマッチで『ストーブ』に火を点けると……
「ああああああああああああああああああ!」
一気に火が燃え広がった。
「熱い! 熱いいいいぃ!」
「おいおい、すごいぞこの『ストーブ』! ごろごろ転がって音までするんだなあ!」
「あぎいいいいいい! ああああああああ!」
「あっはっは! いやあ、『ストーブ』なのに熱いのに弱いのかよ。終わってんな! あっはっは!」
「あ、あははは……」
『友人』たちが笑っている。
さて、そろそろかな。
「ん、おい!? どうしたんだ□□! 火だるまじゃないか!」
「え? ××くん?」
「△△、お前そのマッチは? お前が火を点けたのか!?」
「な、何を言って……?」
しらばっくれる△△を殴る。
「ぐうっ!?」
「人に火を点けるなんて最低だな△△! 待ってろ、今先生を呼んでくる!」
こうして、△△は□□に火を点けたことで少年院送りになった。
もちろん、このことに俺は関わっていない。偶然、目撃しただけだ。
□□は俺が関わっていると言っているが、△△が自分の行動を認めているのと、
俺を信頼する教師たちのおかげで、俺の濡れ衣は晴れた。
いやあ、全く△△はひどい奴だなあ、人に火を点けるなんて。
しかしなぁ、□□は結構身の程知らずなところがあったからなあ。
これくらいの痛い目に遭ったほうがちょうどいいよなあ。
だが、ある時□□は許されない行動に出る。
俺は校舎裏でタバコを吸っていた。
タバコを吸ったくらいで俺の野球の才能が潰れるはずがないし、
ストレス解消には必要なので、当然の行動だ。
だが、そこに□□がやってきて、
俺の右ひざをナイフで刺したのだ。
痛かった。しかしそれ以上に□□が俺に傷を負わせたというのが許せない。許せるはずがない。
だから思い知らせることにした。
火のついたタバコを□□の右目に押し付けてやった。
□□は目を押さえてもだえ苦しんでいた。
いい気味だ。俺に傷を負わせたのだ、本来なら死んで詫びるべきだ。
この程度で許されて良かったと喜ぶべきだ。
当然、俺がやったなんてことにはならなかった。
一緒にいた、俺の『友人』が□□の目を潰したのだ。俺は悪くない。
『友人』もそうだが、当然□□も俺を刺したので少年院送りになった。
正直、死刑になるべきだと思ったが、まあ未成年だから仕方がない。
それよりも、問題はその後だった。
俺は膝に負った傷のせいで、以前のようなプレーが出来なくなってしまった。
腹立たしい、実に腹立たしい。
こんなことが許されるはずがない。
そして現在。
俺は□□と対峙している。
「ふん、お前にはお似合いの姿だな□□。だがな、まだ足りない。
お前みたいなクズのせいで俺の人生が思い通りにいかないのが腹立たしい。
お前が憎くて仕方がない」
□□は俺の言葉を聞いて何か反応をしたが、俺に謝る様子はない。
謝っても許さないが、謝りもしないとは生意気だ。
もうだめだ、こいつは殺すしかない。
俺はバッグに入れていた金属バットを取り出して、□□に襲いかかる。
「死ねえええええええぇぇぇ!」
そして……
辺りに破裂音が響いた。
「ぐあああああああああああああっ!?」
その悲鳴を上げたのは――
俺だった。
俺の脚から血が流れている。
「ぐ、うううう!? な、何が!?」
状況が把握出来ない。俺はあいつを殴っているんじゃなかったのか!?
そして□□を見ると……
その手に拳銃が握られていた。
「な、お前……それは」
「改造した電動ガンだよ。金属弾も撃てるようにしたから、威力は十分。
本当は本物が欲しかったけどね」
そう言って、□□は電動ガンを俺とは反対方向に放り投げた。
そして鞄から何かを取り出す。
スタンガンとサバイバルナイフ。
「おまえ……なんでそんなものを……」
言い終わる前に、スタンガンを押し当てられた。
「ぐうっ!」
スタンガンも改造してあるのか、尋常ではない衝撃が襲った。
体がしびれて動かない。
コナン「毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね
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毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね
毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね毛利蘭死ね 」
「僕は君のことを片時も忘れたことは無かった。君をどんな目に合わせようかをずっと考えてきたんだ」
□□が右手にナイフを持つ。
まずい! これはまずい!
どうする!?
ふざけるな、俺が□□に殺されるなんてことがあってたまるか!
「待て、待ってくれ□□! 俺が悪かった! 許してくれ!」
くそ、屈辱だ。この俺が□□に命乞いをするなど……
だがまあいい。□□が油断したした隙に……
「……な」
「え?」
「ふざけるな、ふざけるな。そんなものが君の憎しみなのか?」
「な、何を言って……」
「僕を憎んでいるだと!? さっき会うまで存在すら忘れていた人間を憎んでいたというのか!?
僕は君のことを考えたくなくても、四六時中考えさせられたんだぞ!」
お、俺のことを考えていた? まさかこいつ、俺の襲撃を見越していたというのか!?
「さっき、君は言ったね? 僕を殺すことで前に進むと。君の憎しみは僕を殺した程度で消えるものなのか!?」
□□が何を言っているかわからない。憎しみの対象が消えれば、解消されるものではないのか?
「今だってそうだ。君は自分が危なくなると、躊躇なく命乞いをした。まるで僕への憎しみなどなかったかのように。
君は、自分に都合のいい時に湧き上がったり、引っ込んだりするものを『憎悪』と言ったのか!?
こんなことで誰かを憎むことを忘れられるのか!?」
□□から言葉が次々と出てくる。
その顔は火傷のせいもあって、とても常人とは思えなかった。
そして□□から発せられる異様な雰囲気。
歓喜にも見えた。憤怒にも見えた。
□□は俺を見て、恋人を見るかのような喜びを出したかと思えば、汚物を見るかのような不快感をも出していた。
矛盾している。□□の感情が理解できない。
この時初めて俺は□□に恐怖を感じた。
そうこうしている内にナイフが振り上げられて、
「そんな『憎悪』が、あってたまるか」
俺の思考は、終わった。
=====================
=====================
僕は中学時代を思い出していた。
いや、正確には彼のことを思い出していた。
僕を毎日のように苛めていた××くん。
彼による苛めは壮絶かつ巧妙なものだった。
まず、彼は絶対に自分の手を汚さない。
殴る、蹴るなどの暴力をはじめ、やってきた宿題を燃やす、
階段から突き落とすなどの行為は全て彼の『友人』たちによって行われていた。
『友人』といっても、その実体は彼の脅しに屈して命令通りに動く、彼の手下だ。
その命令というのも、彼は直接的なワードを使わず、あくまでそれを連想させるような表現に止め、
自分ではなく『友人』たちが自分の意志で苛めの行為をするように仕向けていた。
彼の父親はこの市を拠点に活動する国会議員で、相当な権力を持っている。
その気になれば、地元の中小企業のひとつやふたつを潰すなどわけないだろう。
当然、その中小企業に勤めている親を持つ生徒たちは彼に逆らえない。
さらに、彼は表向きには優等生であり、勉強もスポーツもトップクラスだった。
そのため、教師たちからの信頼は厚く、彼を疑う先生はいなかった。
僕はせめて勉強だけでも彼を出し抜きたいと考えたのがまずかった。
それが彼の逆鱗に触れたらしく、彼からの苛めが始まった。
そしてある日、僕は背中に灯油をかけられて火を点けられた。
信じられないような熱さにのたうち回る僕を、彼は大笑いして見ていた。
さらに、あろうことか火を点けるように強制した△△くんに全ての罪を着せて、
自分は僕を救った勇気ある男として教師たちからは認められてしまう。
当然、僕は××くんこそが主犯だと言おうとしたが、僕はすぐに入院することとなり、
そのことを教師たちに打ち明けたのはずいぶん後になってしまった。
僕の告発は聞き入れてもらえず、教師たちは今更何を言っているんだという態度だった。
僕は背中だけではなく、首筋や左の頬にも火傷の跡が残り、
好奇の視線の的となった。
苦しかった。僕が何故こんな目に遭うのか。
苛めはまだ続いた上に、火傷のせいで周囲には気味悪がられた。
学校に通うのを止めようかとも考えたが、
僕の父親がそれを許さなかった。
父親は精神論を重視する性格で、
「火傷による好奇の視線なんかに屈するな、立ち向かえ!」
と、僕を無理矢理に学校に行かせた。
もちろん、父親にも僕が苛めを受けていることを打ち明けたが、
主犯が××くんだということを信じなかった上に、
「あんな優等生を悪く言うんじゃない! お前はそんなに性格がねじ曲がっているのか!?」
と言われて、殴られた。
家にも学校にも、僕の居場所は無くなっていた。
そして、僕は半ば突発的にクラスメイトの○○くんに相談をもちかけた。
「もうだめだよ。まだ火傷が痛むし、誰も僕を助けてくれないし、
皆に気味悪がられている。このまま死んだ方がいいのかもしれない」
僕は涙ながらに自殺の意志を打ち明けると、○○くんは怒ったように言った。
「□□、お前は悔しくないのか? 死ぬくらいならその前に××に一矢報いたらどうなんだ?」
一矢報いる。
そうだ、このままやられっぱなしでいいのか?
やり返さないと、この苛めは止まらない。
そうだ、どうにかして彼に立ち向かうんだ。
次の日、○○くんから××くんが一人になる場所を聞いた僕は、
バットを持って一気に殴りかかった。
「うわああああああ!」
正直言って、初めて人を殴るということに僕は躊躇していた。
だからその動きは遅く、簡単に彼に避けられてしまう。
「おっと」
そして足を引っかけられて、僕は転んでしまった。
そして僕の背中を、××くんの右足が勢いを持って踏みつけた。
「ぐうっ!」
「□□ー、ひどい奴だなお前は。火だるまになったときに助けを呼んだのは俺だろ?
その恩人にバットで殴りかかるなんてな」
襲撃に失敗して落胆する僕に、更に驚くべき光景が飛び込んでくる。
××くんの隣に○○くんがいたのだ。
「お前の言った通りだったな○○。やっぱり□□は逆恨みして俺を襲ってきたぞ」
「う、うん……そうだね……」
○○くんは気まずそうな顔で、××くんとも僕とも目を合わせようとしなかった。
全ては罠だったのだ。
××くんは僕が自分を襲うように仕向けたのだ。
おそらく、襲うタイミングも筒抜けだったのだろう。
でも何で? なんの為に?
「あのなぁ□□。お前なんかが俺に適うわけがないだろ?
お前は全ての面で俺に劣っているんだ。そうだろう?
現に見ろ、お前の味方なんてこの世には一人もいない。
まあ、そうだよな。お前みたいなクズに味方するやつなんているはずがない。
○○もこうして、こうして俺の味方なわけだしな」
その言葉で理解した。
彼はわざと僕に希望を抱かせて、その後にそれが幻だと明かすことで、
僕をより深い絶望にたたき落とすつもりだったのだ。
僕は助からないと。僕が彼に勝つことは未来永劫ないと。
おーぷんのじゃん
「う……ぐぅ……」
それを理解した瞬間、自然と涙が流れた。
どうしてこんなことになったのだろう。なぜこんな目に遭うのだろう。
どうしてここまで、僕の希望を奪うのだろう。
「まあそういうことだ□□。お前は何をしても俺には勝てない。
お前の命は、こうして踏みにじられるためにある。
理解したか? ちゃんと自分が底辺だということを自覚しないとダメだぞ?」
何をしても彼には勝てない?
踏まれているせいか火傷が疼き、今も背中が燃えているように感じる。
僕はこの火傷のせいで、彼の行いを忘れることが出来ない。
前に進むことが出来ない。
前に進むためには――
一矢報いるしかない!
「ぐあっ!?」
武器が一つだけだと思ったのが彼の油断だ。
僕は素早くポケットからナイフを取り出すと、
強引に起きあがって彼の右膝を刺した。
あまり大きなナイフではないので、大した傷ではないようだが、
それでも彼に一矢報いた。
「は、はは……」
そうだ、僕は負けっぱなしではない。
僕は……
「□□ーーーーーーーー!!!!」
だが、喜んだのもつかの間、彼にお腹を思い切り殴られた。
「ぐふっ!」
思わずふらついてしまう。
だが、××くんに髪を掴まれて強引に体を起こされた。
「お、お前が、お前如きが俺に逆らうのかぁ!?」
血走った目で僕を睨みつけたかと思うと、○○くんに命令を出す。
「○○! このタバコを持っていろ!」
「え!? わ、わかった」
××くんは火のついていたタバコを○○くんに持たせた。
そしてタバコを持ったのを確認したと同時に……
○○くんの腕ごと、火のついたタバコを僕の右目に押しつけた。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
何が起こったのかわからなかった。
急に何も見えなくなり、右目を中心に顔全体に激痛が走る。
痛いだけではない。熱い。背中の比ではないくらいに熱い。
わけもわからず転げ回った後、何かに頭をぶつけて僕は意識を失った。
その後。
××くんが呼んできた先生たちによって救急車が呼ばれ、僕は再び入院した。
だが、退院した僕を待っていたのは学校ではなく少年院だった。
先生が言うことによると、××くんに逆恨みした僕が彼の右膝を刺し、
それに激怒した○○くんが僕の右目を潰したことになっていた。
確かにタバコを持っていたのは○○くんだったし、先生たちは××くんを信じ切っていた。
さらに、○○くんの父親は市内の町工場の社長であり、家族に迷惑をかけないために、
真実を話さなかった。その結果、彼も少年院送りになったらしい。
結果的に、××くんは完全な被害者として扱われた。
少年院に送られる直前にも、僕は必死に真実を話したが、
当の○○くんが自分の犯行を認めているため、聞き入れてもらえなかった。
退院した後は背中だけでなく、右目にまで燃やされている感覚が広がった。
そして少年院を出る際に、僕は父親の失踪を聞かされる。
片親で、頼れる親戚もいなかった僕は、いよいよ一人になってしまった。
なんとか市の援助を受けて、働きながら定時制高校に通うことは出来た。
しかし――
僕は忘れない。忘れることが出来ない。
病院にいたときも、少年院にいたときも、こうして高校に通うようになっても。
僕は彼の行動を忘れることが出来ない。
僕がこんな目にあっているのに、彼は何のおとがめも無しに生きている。
火傷が痛むたびに、苛めの記憶がよみがえる。
さらに、僕は忘れるどころか積極的に彼の行いの記憶を思い返すようになっていた。
そのたびに心が悲鳴を上げる。強い吐き気のような苦しみが襲う。
当然だった。彼のことを思い出すということは、つらい記憶を思い出すということだ。
このことを、カウンセラーに話したことがある。
しかし、カウンセラーは考えないようにすればいいとしか言わなかった。
考えないようにすればいい?
つまりこう言いたいのだろうか。
お前は自分を死ぬほどつらい目に遭わせた相手のことを全て忘れることで、
その相手を完全に許せと言っているのだろうか。
理にはかなっている。
僕が彼のことで苦しむのなら、彼のことを考えなければいい話だ。
だが、彼のことを考えないようにするということは、
彼を許すと言っているようなものだ。
それはどうしても出来ない。
いや、僕がどんなに忘れようと努力したところで出来ない。
僕は彼を許せない。
そして、許せないということは彼のことを考えてなくてはならない。
そうなると、僕はつらい記憶をも思いだし、常に苦しむこととなる。
それでも、僕は彼を忘れるということをしなかった。
いや、もうそれは何があっても不可能だった。
気がつけば、彼をどんなひどい目に遭わせようかと考えるようになり、
そんなマイナスの発想をするごとに、僕はさらに苦しんだ。
当然だ。他人をどうやって苦しめようと考えることが、楽しいわけがない。
でも、僕はそれを止められなかった。
もはや彼を許せないという感情は、僕から独立して僕自身を攻撃している。
僕がこの感情を『憎悪』だと自覚するのはその少し後のことだった。
少年院を出て半年後。
僕は様々な武器を準備し、さらに××くんの行動パターンを調べ、
わざと彼を林の中に誘導した。
そして現在、彼と対峙している。
「久しぶりだね、××くん。もう暗くなっているけど、何の用だい?」
久しぶりに彼の姿をまともに見た為に、背中と右目が焼かれているように感じたが、
なるべく平静を装う。
「決まっているだろう。お前のせいで俺の人生が狂ったんだ。
だから、今からお前に制裁を加える」
「僕のせいで君の人生が狂った?」
「そうだ! お前が余計なことをしなければ、俺の人生は順調だった!
今頃名門の野球部でレギュラーを勝ち取り、プロからも注目されていたはずだ!
だからお前が憎くて仕方がない! お前を殺せば俺の苛立ちも消えて、俺の人生は前に進むんだ!」
「僕が憎い?」
「当たり前だろう! お前如きが俺の人生の邪魔をすることなんて、許されるわけがない!
この憎しみは正当な憎しみだ! お前が死んだところで誰も悲しまないからな!」
「……正当な憎しみねぇ?」
……正直言って。
何を言っているのだろう、このバカは。
と思った。
彼が僕を憎むのはいいだろう。
だが何だ? 僕を殺して前に進む? 正当な憎しみ?
ふざけるな。
正当な憎しみなどあるものか。
こんな持ち主までも攻撃して苦しめるような感情に正当もクソもない。
「君は僕にこんな仕打ちをしておいて?」
一応、彼が少しでも自分の行動を悔い改めているか確かめるために、
僕はフードを取って傷跡を見せた。
「ふん、お前にはお似合いの姿だな□□。だがな、まだ足りない。
お前みたいなクズのせいで俺の人生が思い通りにいかないのが腹立たしい。
お前が憎くて仕方がない」
まあ、予想通り彼は悔い改めてはいなかった。
それどころか、バットを持って僕に襲いかかってきた。
だから、隠し持っていた改造電動ガンで右足を撃った。
「ぐあああああああああああああっ!?」
破裂音の後に、彼の悲鳴が響く。
武器を奪われるようなことを避けるため、電動ガンを遠くに放り投げておいた。
彼は僕が持っていた武器に驚いていたようだが、
僕が何の用意もしていないとでも思っていたのだろうか。
そして彼が次に取った行動は、
「待て、待ってくれ□□! 俺が悪かった! 許してくれ!」
命乞いだった。
なんだこれ。
なんだんだこれ。こんなのが僕を苦しめてきたのか?
というか、さっきこいつなんて言った? 僕を憎んでいる?
僕を見つけて、思いつきで襲いかかってきた分際で?
自分に危機が及ぶと、あっさり怒りを引っ込めるような分際で?
自分の都合のいいように憎しみを利用するような分際で?
「……な」
「え?」
「ふざけるな、ふざけるな。そんなものが君の憎しみなのか?」
「な、何を言って……」
「僕を憎んでいるだと!? さっき会うまで存在すら忘れていた人間を憎んでいたというのか!?
僕は君のことを考えたくなくても、四六時中考えさせられたんだぞ!」
僕はこいつのことを四六時中考えていた。
どうやってこいつの幸せを潰してやろうか。
どうやってこいつの未来を閉ざしてやろうか。
どうやって自分の行いを後悔させてやろうか。
そんなことをせずに、僕を憎んでいたというのか。
「さっき、君は言ったね? 僕を殺すことで前に進むと。君の憎しみは僕を殺した程度で消えるものなのか!?」
そう、僕の憎しみはこいつを殺した程度では消えない。
こいつを殺したところで、僕の傷は直らないし、父親も戻ってこない、失われた時間も戻ってこない。
そんなことはわかっている。それを十分理解した上で、尚もこいつを殺すのを止められない。
それどころか、僕の憎しみの対象は広がっている。
「今だってそうだ。君は自分が危なくなると、躊躇なく命乞いをした。まるで僕への憎しみなどなかったかのように。
君は、自分に都合のいい時に湧き上がったり、引っ込んだりするものを『憎悪』と言ったのか!?
こんなことで誰かを憎むことを忘れられるのか!?」
僕がどのくらい君を憎んでいると思っている。
僕が何回君を忘れようとして、その度君への憎悪に苦しめられたと思っている。
僕が四六時中憎い相手のことを考えなければならない苦しみを知っているのか。
僕が四六時中、他人を傷つけ、すり潰すことしか考えられない苦しみを知っているのか。
僕の『憎悪』が君を殺した程度で終わると思うのか。
僕は今、誰を憎んでいるんだ。
そんな都合よくコントロール出来てしまうようなものが……
そんなものが……
そんな……
「そんな『憎悪』が、あってたまるか」
僕は返り血を浴びた状態で、林を出た。
予想通りではあったが、キツい。
予想通り、僕の『憎悪』は彼がいなくなっただけでは消えなかった。
それどころか、彼が消えたことで次の対象を求めるようになっていた。
僕を裏切った○○くん、僕に火をつけた△△くん。
学校に通うように強制した父親。苛めを認めなかった学校。
この世に存在する全ての苛めを行う人間たち。
そして、僕を救わなかったこの世界。
憎い。その全てが憎い。
憎む対象を探すために、彼らが行った悪行を思い出す。
それが、また僕を苦しめる。それでも僕は止められない、止めさせてくれない。
苦しい、苦しい、苦しい。
だが、その時だった。
「そこの君、ちょっといいかな?」
僕を呼び止めたのは、自転車に乗った中年の警察官だった。
「この辺りで、破裂音がしたと通報があってね。
……ちょっと、署まで来てもらえるかな?」
ああそうか。僕は血だらけだった。
しかもスタンガンは持ったままだ。言い逃れは出来ない。
僕はおとなしく従うことにした。
僕はその警察官と共に、警察署の取り調べ室に入った。
中では、簡素な机とパイプ椅子。石油ストーブが置かれていた。
警察官はストーブに火を点けてから座る。
僕もそれに従って座った。
「とりあえず、君に何があったのか話してもらえるかな?」
僕は何があったのかを全て話した。
中学での苛めから、今に至るまで。
そして、僕の『憎悪』が拡大していることも話した。
警察官は、それを真剣に聞いていた。
「僕は、僕はなにもかもが憎い。……でも、全てを壊しても僕の憎しみは消えないと思います。
僕は……生きてていいのでしょうか?」
正直な気持ちだった。
このまま生きていても苦しみしかない。ならばいっそのこと死んだ方がいいのではないか。
それに対して、警察官は言った。
「生きろ……なんて、軽々しくは言えないな」
意外な言葉だった。
てっきり、生きてさえいればなにかいいことがある、みたいなことを言われると思っていたからだ。
「警察官がこんなこと言ったらまずいのかもしれないがね。
君は今まで苦しみしか経験していなかった。
いや、実際には違うのかもしれないが、君の記憶には苦しみしかなかった。
そんな人間に対して、生きろとは軽々しく言えない」
そして、言った。
「これから先も苦しめとは言えない」
そうなのだ。
僕に『憎悪』がある限り、僕の人生には苦しみがつきまとう。
この人はそれを見抜いたのだ。
「ただ……ひとつだけ言わせてもらいたい」
その言葉の後に、警察官は僕の頭を抱きしめて――
「……つらかったな」
そう言った。
「う、わ、わあああああああああああああ!」
その直後に僕は大声を出して泣いた。
その言葉。
僕はつらかった。
苛めを受けたことよりも、火傷を負ったことよりも、味方がいなかったことよりも。
常に何かを憎んでいなければならないのがつらかった。
この人がそこまで見抜いて、言葉をかけてくれたのかはわからない。
だけど、その言葉のおかげで僕の願いが一つ叶った。
僕は一瞬でも、何かを憎むことを忘れたかった。
もちろん、これで僕の『憎悪』が消えるわけではない。
これから先も、僕を苦しめるかもしれない。
それでも、今、一瞬でも忘れられた。
ひとしきり泣いた後、僕は警察官にお礼を言って離れた。
その瞬間、少し肌寒さを感じた。
部屋の隅に置かれていたストーブを見ると、灯油が切れかかっているのか火が弱くなっていた。
完
終わり!
そんな便利な感情ではない
乙
乙乙
逮捕されなかったの?
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