ほむら「メリー、クリスマス」 (37)




ほむら「………みっともないわね」

この辺りだったかしら。すっかり白い風景に溶け込んでしまって、少し戸惑ってしまった。

ほむら「………」

そっと雪を払う。白いイス。ここに来るのは久しぶりだった。ふと顔を上げる。足跡は一人分しか見当たらない。それも、すぐに消えてしまうのだろう。





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ほむら「……フゥ…」

酷く疲れていた。そう、最期は此処で、と決めていた。案外覚えているものだ。別に、誰と約束したわけでも無いのだけれど。

ほむら「………そうね」

左手を僅かに開く。亀裂が入ったダークオーブ…我ながらなんとも酷い趣味だ…を弄びながら、暁美ほむらは微かに微笑んだ。

ほむら「…メリー、クリスマス」

ここで…ふふっ、そうね、此処でサンタさんでも待ちましょうか。





敵はもう、一匹だっていやしない。





ほむら「…最期に、聴いて欲しかったの」

右隣の、ただのイスに。

ほむら「貴女が座ることは、一度も無かったけれど」

日常に生きた貴女に。

ほむら「此処なら、もしかしたら届くかなと想って」

私が傷つけた、世界に。





魔法少女まどか☆マギカSS

ほむら「メリー、クリスマス」





ほむら「………」

夜の展望。冷たいイスに腰掛けながら、ほむらは街を眺めた。雪で覆われ、灯りは一つも見当たらない。きっと、街は自分の朽ちた姿を見られたくは無いのだろう。

ほむら「………」

魔獣。どれほど殺したか。どうして、何故、細かい理由なんてとうの昔に忘れてしまった。滅びた人々の全てが魔獣となって私に襲いかかった。ああ、それもいいかもしれないわね。どうあっても、私がこの世界を壊した事には変わりが無いのだから。





ほむら「………まーどか」

ふふっと笑ってしまう。右手に在った、貴女の一部を想う。優しく力強いのに、なんだか微笑ましい、貴女の力。魔法少女が一人も存在しない今、円環の理…だったかしら…は、ゆっくりと錆び付き、掻き消えつつある。

私と一緒に。

ほむら「…だから」

最期に。

ほむら「話しておきたかった」

ほむら「私が貴女のことを」

ほむら「どう想っていたのかを」





ほむら「…最初は、魔女…の結界の中だったわね」

隣のイスに、語りかける。

ほむら「…ふふっ、クラスのみんなには内緒、だったわね」

最初の約束だった。たぶん、守れたと想う。…あぁ、その次の時間軸で早速やらかしてるじゃない…私ったら…。

ほむら「どうだったかしら…最初は自分が魔法少女になるなんて考えもしなかったから…」

ただただすごいなぁって…憧れの存在だった。私が、あんな風に振る舞えるようになるなんて、とても想えなかった。

ほむら「…結局、貴女の背中には追いつけないままだったわね…」

並んで、一緒に戦う。夢に見たことはあっても、現実にそんなことあったかしら…いつも守られてばかりだった。助けられてばかりだった。私の願いは…叶ったと言えるのだろうか。





ほむら「…貴女は…幸せだったのかしら」

私の用意した箱庭で、貴女は普通の人生を懸命に生き、そして幸せの中で死んだ。奇跡も永遠も無く、ただ、逝った。それも遠い昔。

貴女の因果は、全て私が引き受けた。

円環の理だったモノは、今も私の背にある。

ほむら「…どうして、貴女はあんな願いを叶えたの」

私には計り知れない優しさだった。どの時間軸でもそうだった。愚かしく想えた事さえあった。愚かなのは、常に私の方であったというのに。

貴女は、あの願いの先に何を見たのかしら。

今ではもう、解らない。

ほむら「………」


ほむ




視界が滲む。別にいい。もうこの世界に見るべきものは何も無い。全て魔獣と…私が壊した。貴女がこの様を見たら、きっと怒るでしょうね。

ほむら「…私にとって、貴女は全てだった」

まどかのために。まどかのためだけに。私は常に望んだ。貴女のためを想って。

私は、私の全ては、貴女に受け取ってもらえただろうか。

貴女に用意した私の全てを、貴女は喜んで受け取ってくれただろうか。

ほむら「………」


ほむら×イスか。鹿目なんとかなんて最初から居なかった。




貴女がいなくなった後も、私は貴女に捧げ続けた。

貴女のために倒し、貴女のために殺し、貴女のために支配し続けた。

その結果が、この世界だ。

貴女がこんなモノを望まないであろうことは、愚かな私であっても解る。

ただ、それが少し、遅かった。

ほむら「………」





まどか。貴女は、私にとっての貴女は、

ただの依り代だったのではないのか。

本当の貴女に、私は会ったことがあるのだろうか。

そうやって怖くなった夜が、幾重も続いた。

そんな、戦いの日々だった。

ほむら「………」





全ての魔法少女を倒し、全ての魔獣を殺し、全ての…インキュ…なんだったかしら…貴女に近寄るモノ全てを薙ぎ払った。善も悪も皆、一様に振り払った。

もはや嫉妬だ。貴女に近寄るモノ全てが許せなかった。悪魔を名乗り、その字名に相応しく振る舞い、私の想う通りに…貴女を縛り付けた。私の理想に。私の世界に。

もう、元の貴女を想い出せない。

ほむら「………」

加護も、信頼も、羨望も、貴女の髪も、貴女の影も、貴女の夢も、何もかもを綯い交ぜにして、私は貴女を愛していた。ただの一つだって例外は無かった。

なのに、どうして。

私はその内の一つだけだって、貴女に伝えることが出来なかった。





ほむら「……ふっ…」

また、笑ってしまう。

愛だなんだと喚いておいて、私は貴女を夢見たまま、私の理想を鵜呑みにしてしまった。正しいと信じてしまった。二度も、三度も同じ過ちを繰り返した。

ほむら「……ふふふ…」

可笑しい。馬鹿みたい。今更、伝えたくなったって、聴いて欲しいなんて、私はどこまでノロマなのかしら。

ほむら「………まどか」

私ね、





ほむら「…私、貴女が好きだった」

ほむら「私を見てくれる、貴女が好きだった」

ほむら「私を好きでいてくれる、大切にしてくれる貴女が好きだった」

私は、

ほむら「解って欲しかった」

ほむら「心配してもらいたかった」

ほむら「貴女はどんな私でも受け入れてくれるって、私は勝手に信じてた」

ほむら「それを貴女に押し付けた」

ほむら「私の望んだ貴女は」

ほむら「ただの、私の欲望の化身だった」

馬鹿だ。





ほむら「一度助けてもらえた私は勘違いして」

ほむら「ずっと貴女に好かれていると思ってた。何度でも大切にしてくれると思ってた」

ほむら「ねぇ」

ほむら「貴女は、私を助けたことを、後悔してない?」

悪魔だなんて。

ほむら「自慢だって、あの時はそう言ってくれた」

ほむら「今も、そう言ってくれるの?」

ほむら「こんな姿になった私を…今でも貴女は、誇ってくれるというの…?」

馬鹿げたことを。

ほむら「貴女を侵した私を…貴女は…」

ほむら「本当の貴女は…私を…好いて…くれるのかしら…」

ほむら「………」








「───まどかを舐めんじゃないわよ、バーカ」








ほむら「───!?」

俯いていた顔を慌てて上げる。最初、誰だか判らなかった。随分懐かしい…あぁ…貴女…久しぶりじゃない…。

ほむら「美樹…さやか…なの…?」

さやか「あんたがそう思うなら、そうなんじゃない?」

かつての敵は、気付くと隣のイスに座っていた…そこはまどかの席なのだけれど…。

ほむら「…どういう意味よ」

さやか「さあね」

そう言うと、美樹さやかはひとしきり笑い、涙目になりながら謝ってきた。遥か昔、魔獣相手に散ったはずの貴女。





さやか「いやさ…あんた一人で悩ませとくと、明後日の彼方へぶっ飛んでくからね。ちょっと面白くって」

ほむら「相変わらず腹の立つ奴ね」

さやか「ま、ご愛嬌ってことで…ほむら」

ほむら「…なによ」

さやか「後悔、してんの?」

ほむら「…さあ、どうだか…」





雪景色。とても美しい、私の罪の残骸。

ほむら「…仕方がないのよ。私は、悪魔なのだから」

杏子「まだしょうもねぇ強がり言ってんのか…みみっちい悪魔もあったもんだな」

ほむら「!!…そうね」

杏子「オマエさぁ…さっきの話、マジで言ってんの?」

ほむら「…ええ、そうかもしれない」

杏子「…そーかい。まどかを忘れちまったアンタなんて、餡子抜きの鯛焼きだな」

ほむら「…なによそれ」





マミ「鹿目さんがなにを言ったのか、どう想っていたのか…暁美さん、あなたはそんなことも解らなくなっちゃったの?」

ほむら「…まどかがどう想ってたかなんて…私に解る訳が」

マミ「相思相愛だと想ってたのに、意外ね。というか、大半はあなた自身がややこしくしているのよ?」

ほむら「………」

マミ「愛とか言ってるからわけわからなくなるのよ。ちゃんと段階を踏めばいいのに…あなた、意外にバカよね」

ほむら「…黙りなさい、豆腐メンタル」





なぎさ「もし、本当に後悔しているのなら」

ほむら「…?」

なぎさ「次こそまどかに、ちゃんと想いをぶつけるのなら…わたしが手伝ってやらんこともないのですよ?」

ほむら「貴女が…?」

なぎさ「預かっていたものを、返すですよ、ほむら」





すっと、◯◯◯は立ち上がる。ほむらもそれに応えるように立ち上がった。肩に積もった雪に、今更気が付いた。

杏子「ここまで来ないと解らないバカのためにさ」

マミ「ずっと待ってたのよ」

なぎさ「ほむらが、自分のしでかしたことに気付くのを、ですよ?」

さやか「いい加減、反省しただろって、ね」





◯◯◯は一つの箱を差し出した。赤いリボンを結わえた、バカバカしいくらいに、ありきたりなプレゼント。

杏子「帰ってこい」

マミ「待ってるわ」

さやか「まどかに、ちゃんとお礼言うんだぞ」

なぎさ「ほむら」






「メリークリスマス、なのですよ」





ほむら「………」

もう、中身は何なのか、重さで解っていた。そっとリボンを解き、箱を開ける。

ほむら「…あぁ……」

盾。私の、私の力。私の最初の願い。私の、最初のあの子への気持ち。

ほむら「私…やり直せるの…?」

懐かしいカタチを抱き締め、蹲った。幾つもの戦場を共に駆け抜け、いつの間にか忘れてしまった、私の大切な力。





ほむら「私………」

目の前の…人形を見た。会ったことも無い、見たことも無い。誰だろう。ああ、そうか。私はどこまで馬鹿なんだ。ずっと探していたじゃないか。

ほむら「貴女が………アイなのね…?」

「………」

人形は一つ微笑むと、踵を返し、雪景色へと消えていった。

ずっと、アイの存在は、私の暴力のような愛のことだと想っていた。でも、あの微笑み方は、

ほむら「…そっか。ありがとう…まどか」





もう馬鹿げた意匠は要らない。左手に盾。懐かしい力が蘇る。右手はどうかしら。懐かしい弓。そっか。貴女はずっとそばに居てくれていたのに、私が見ていなかっただけだったのね。

ほむら「…ありがとう、みんな」

私は何度だって繰り返してきた。その無様を笑う者もいるでしょう。それでもいい。何より、私が一番知っている。不器用な私には、この方法しか考えつかないことを。

ほむら「私、また、頑張るから」

そうだ、このリボンもつけていきましょうね。また、忘れてしまわないように。





ほむら「また、逢いにいくから」

大丈夫。今度こそ。いいえ、今度は、

ほむら「貴女に、叱られるために」

嫌われることも…恐れないで。

今、貴女に、私の全てを届けに行くわ。

ほむら「だから今度は、感想、聴かせてね」

ね?まどか。








貴女に、もう一度。

メリー、クリスマス。








おわり




ありがとうございました。




良かったよ!

乙。
聖夜に悪魔が導かれたか。

アイは珍しいな
おつ

ほむ

解説はよ

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