阿良々木暦「ひなウルフ」 (30)
・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は続終物語まで
・続終物語より約五年後、という設定です
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001
覚束ない足取りで、見慣れた街を歩く。
まだ早朝でしかも日曜日ということもあって通勤する人の姿も少なく、通学する子供たちの姿も見えない。
ジョギングをするおじいちゃんと、朝が早い休日出勤のサラリーマンのおじさんがちらほら見えるくらいだ。
今日もお勤めご苦労様っス。
車も滅多に通らないこともあって、朝方に近所であるここを散歩するのが好きだ。
デッドラインを越えた後の朝は、原稿を仕上げるために無理やり上げたテンションの余韻と、ようやく〆切の恐怖から抜け出せる開放感から、何とも言えない気分になる。
臨界点に近い疲労に、朦朧としてはいるものの嫌にすっきりと際立つ意識。一度でも横になったら二日は眠り続けられるであろうと確信できる程に磨耗した身体が軽く感じるのは、全身の何処にも力が入らないからだろう。
「あ゛あ゛ー…………うぅ」
二十歳の、ましてや女の子が出すとは思えないゾンビの如き重低音の唸りが、喉の奥から呼吸と共に排出される。
そういえばここ三日ほど、誰かとまともに会話もしていない。
余談だけれど人は会話をしないと会話の仕方を忘れる事がある。
前、無茶なスケジュールを組んで二週間くらい部屋にこもりきりの時があったけれど、その後、声の出し方を忘れてまともに喋れなかったことがあるのだ。
修羅場あるあるその1っス。
人間、何事も程々にこなさないといけないといういい教訓だったっス。
欠伸を噛み殺して空を仰ぐ。
爽やかな朝の光は、開き切った瞳孔を眼鏡越しに暴力的に刺激する。
太陽の光に灼かれるような感覚は、まるで吸血鬼になったようだ。
きっと今のアタシはかなりひどい顔をしているのだろう。
ゾンビのような顔を見られるのに抵抗がある訳ではないが、他人様の気分を害する可能性がある限りは人が増える前に、そろそろ退散しよう。
入稿も終えたことだし、向こう三日はオフだ。
とりあえず丸二日は惰眠を貪ろう。
今なら隕石が落ちてきても眠っていられる気がする。
「早くしろよ、俺ってば難しい日本語読めねーんだからさぁ。心優しい俺もそろそろご割腹だぜ?」
「それを言うなら立腹だ。ハラキリしてどうするんだよ」
「ハラキリとか超ウケる。やってみてくれよ」
「やるのは僕なのかよ!」
「……?」
と、少し離れたところで背の低い男と金髪美人のカップルがいちゃついていた。
いや、あれをいちゃついている、と表現するには少々語弊があるかも知れないけれど。
一目で女の方に主導権があると見受けられるのは、男の人に合掌っスね。
まあ、決して仲が悪そうではないから、双方合意の上でのあの様子なのだろう。
それにしてもあの二人はこんな朝から、何をやっているのだろうか。
彼氏がいない(というか、作り方が良くわからない)身としては羨み妬む場面なのかも知れないが、残念ながらアタシにはカップル相手に嫉妬する程の矜恃は持ち合わせていなかった。
……ん?
そう言えば女の人がさっき俺って言ってたような……男?
男にしては随分な美人っスけど……まあ、いいか。
この頭の状態なら男も女も同じようなものだ。
「あの、すいません」
突然の呼びかけに、それが自分に向けられたものだとは気付かなかった。
周りを見渡すも、見事にアタシしかいない。
「…………え、あ?」
アタシっスか?と言おうとして、声が出ないことに気付いた。
代わりに自分に指を差す。
二、三度咳払いをして喉を整える。
「ちょっといいですか?」
見たところ、普通のお兄さんだった。年は、高校生から大学生、といったところだろうか。
身長もアタシとそんなに変わらないし、危険人物そうな外見でもない。
硬度の高そうなアホ毛が特徴的だった。
……アホ毛っていいっスよね。
漫画を描く身としては、アホ毛は欠かせないファクターのひとつだ。
アタシもキャラ作りのためにアホ毛が欲しいところだけど、アレは多分、産まれ付いてのモノなのだろう。
「すみません、道を教えて欲しいんですが」
どうやら道に迷っていたらしい。
この辺りでは見ない二人組だし、観光客だろうか。
観光にしてはこんな住宅街にいるのも変だし、こんな時間にというのも少し不自然だ。
怪しいことこの上ない。
「言いたいことはわかりますが……決して怪しい者ではありません、よ?」
アタシの怪訝な視線に、男の人が気まずそうに苦笑いをする。語尾に疑問符がついているあたり、本人も怪しいとは理解しているのだ。
……まぁ、いいっスか。
少々怪しい、くらいがこのご時世では逆に安心なのかも。
「いいっスよ、どこですか?」
「えっと――」
男の人が口にしたのは、ここ付近にある神社の名前だった。
「ああ、そこでしたらすぐでスよ」
説明も簡単な場所なので、口頭で道順を伝える。
「なんだ、すぐ近くじゃん」
「そうだな、急ぐぞ」
しかし、神社とは言え、地元民しか知らないような超マイナー神社だ。
長年近くにありながら何が祀られているのかもわからないくらいで、間違っても観光名所になるような場所ではない。
そんなところに何の用があるのか、想像もつかなかった。
あと、やっぱり金髪の美人さんは男でした。
髪も長かったから遠目では女に見えたんスけど、近くで見るとおっぱいありませんでしたし。
それにしても、かなりの美人だ。
プロポーションも抜群である。
二十歳になってちょっとお腹周りが気になって来た身としては羨ましい限りだ。
……最近原稿で強制引きこもりばっかりだったし、ちょっとはダイエット、しようっスかね。
おとめの体型は後悔してからじゃ遅いのだ。
「ありがとう、助かりました」
「ありがとな、お姉さん」
「…………」
変な二人組は、アタシの懊悩も知らずに神社の方角へと向かって行く。
……何だったんだろうか。
死線明けで幻覚でも見ているのかも知れない。
精神が限界を迎えると妖精さんや普段見えないものが見えるのはよくある話っス。
この間なんて修羅場の真っ最中にベレー帽を被ったおっちゃんが頭上に降臨したこともあるし。
修羅場あるあるその2っスね。
「ん……なんスか、これ……?」
まともにお風呂にも入っていない頭をがりがりと掻くと、ぱらぱらと何かが舞う。
「……灰?」
修羅場だったとは言え女子が到達してはいけない地点まで来てしまったか、と一瞬危惧するも、手のひらに付着していたのは、紛うことなく灰だった。
指先でこすると、ほろりと崩れてアイシャドウのように指先を灰色に彩る。
もちろん、周囲に火種がある訳でも、煙草を吸っている人がいる訳でもない。
「…………」
恐る恐るもう一度頭に触れてみるが、今度は何もなかった。
手を再度確認するも先ほどの灰色はなく、人生で飽きるほど見てきた自分の手だ。
……幻覚っスね。
間違いないっス。
そろそろ頭も悲鳴をあげ始めているようだし、帰ってお風呂に入って寝るとしましょうか。
002
軽快な足取りで、見慣れた街の路地裏を歩く。
もう夜も深く、しかも日曜日……いや、もう日付的には月曜日っスね。
ということもあってか人通りは少なく、明日は休みだからとはしゃぐサラリーマン達も、夜遊びを覚え始めた大学生も少ない。キャバクラの客引きのお兄さんと、今から出勤するのであろう水商売風のお姉さんがちらほら見えるくらいだ。
今日もお勤めご苦労様っス。
人目もあまりないこともあって、深夜に繁華街の路地裏を散歩するのが好きだ。
日付の変わった後の夜は、別世界のようだ。
太陽が隠れ闇に包まれることもあって、街は昼には見せない様相を曝け出す。
その中を何をするでもなく歩いていると、何か起こるんじゃないかという期待感と、こんな時間にという背徳感からか、何とも言えない気分になる。
今にも弾けそうな好奇心に呼応するかのように、強く鼓動を打ち続ける心臓。
文字通り飛んだり跳ねたりしまいたい欲求に駆られる程に身体が軽く感じるのは、気のせいではないのだろう。
「あはっ」
思わず笑みがこぼれる。
二十歳の、ましてや女の子が出歩く時間帯でないのは百も承知だ。
けれど、敢えてそうしているのは言わずもがな、誘っているからに決まっている。
そういえばここ三日ほど、まともに遊んでいない。
余談だけれど人は遊ばないと表情を忘れる事がある。
前、無茶なスケジュールを組んで二週間くらい部屋にこもりきりの時があったけれど、その後、上手く笑えなかったことがあるのだ。
修羅場あるあるその1っスね。
人間、何事も程々にこなさないといけないといういい教訓だったっス。
欠伸を噛み殺して空を仰ぐ。
仄かに下界を照らす月の光は、開き切ったコンタクト越しの瞳孔に明瞭な視界を与える。
月の光に愛されるような感覚は、まるで吸血鬼になったようだ。
きっと今のアタシはかなりひどい顔をしているのだろう。
発情期の猫のような顔を見られるのに抵抗がある訳ではないが、アタシの趣味を阻害する可能性がある限りは、そろそろ今夜の標的を決めてしまおう。
入稿も終えたことだし、向こう二日はオフだ。
とりあえず丸二日は遊び尽そう。
今なら隕石が落ちてきてもバットで打ち返せる気がする。
「ううん……暦君、もう一軒、もう一軒らけぇ」
「非常に魅力的な提案ですが、ダメです。送りますからとっとと立ってくださいよ片桐さん」
「んんもう、つめたいなぁ……私に飽きちゃったの?」
「……早く立たないと肩車で運びますよ」
「らにぃ~、そんらこと言う子はタイホりゃぁ~!」
「あっ、ちょ、ちょっとやめてください!うわ酒臭っ!くそっ、この酔っ払い!」
「……?」
と、少し離れたところでカップルがいちゃついていた。
いや、あれをいちゃついている、と表現するには少々語弊があるかも知れないけれど。
一目で女の方に主導権があると見受けられるのは、男の人に合掌っスね。
彼氏がいない(というか、作り方が良くわからない)身としては羨み妬む場面なのかも知れないが、残念ながらアタシにはカップル相手に嫉妬する程の矜恃は持ち合わせていなかった。
それにアタシ、男はともかく、女には興味ないんスよねえ。
「あの、すいません!」
突然の呼びかけに、それが自分に向けられたものだとは気付かなかった。
周りを見渡すも、見事にアタシしかいない。
片割れのお兄さんが、ぐでんぐでんに酔っ払っている女の人を置いてこちらにやって来る。
「アタシっスか?」
「ちょっといいですか?」
見たところ、普通のお兄さんだった。
年は、スーツを着ているところから社会人だろう。
身長もアタシとそんなに変わらないし、危険人物そうな外見でもない。
硬度の高そうなアホ毛が特徴的だった。
アホ毛っていいっスよね。
そこはかとなくセクシーで。
アタシもキャラ作りのためにアホ毛が欲しいところだけど、アレは多分、産まれ付いてのモノなのだろう。
「すみません、道を教えて欲しいんですが……あれ?」
どうやら道に迷っていたらしい。
この辺りでは見ない二人組だし、仕事か何かで来たのだろうか。
観光にしてはこんな真夜中に繁華街にいるのも変だし、不自然だ。怪しいことこの上ない。
「君、ひょっとして今日の朝会った……」
「はい?」
「あ、やっぱりそうだ。眼鏡も外して全然雰囲気の違う服着てるから別人かと思ったけど」
……何を言ってるっスかね、この人は。
そうは見えないけれど、彼も酔っ払っているのだろうか。
それとも連れがいるのにも関わらずナンパだろうか。
それにしては古風すぎる声のかけ方っスけど。
「誰っスかあんた?」
「え、あ……人違い……だったかな?」
おかしいな、と頭を掻く彼。
「タクシーならあっちにいっぱいいるっスよ」
大通りの方を指さして、とっとと行け、と視線で促す。
アタシはアンタらほど暇じゃねーんスから。
「あ、ありがとう」
アタシのテレパシーが通じたのか、女に肩を貸す彼。
「ううん……暦くぅん……」
「なんですか、カラオケもなしですよ」
「もうらめぇ……きもちわるいよぉ……」
「ちょっ、もうちょっと我慢してください片桐さん!」
横目で見ると、女の人の方はかなりの美人だった。
小さな身体に不相応な程にすごいプロポーションをしている。
自分の体型に自信がないとまでは言えないが、同じ女としては羨ましい限りだ。
あ、何処かで見たことあると思ったら、彼女、アイドルの片桐早苗じゃないっスか。
なんだ、アイドルならプロポーションで負けても悔しくないっスね。
……ちょっと悲しくなってきたっス。
「…………」
片桐早苗とその片割れは、アタシの悲壮感も知らずに大通りへと向かって行く。
……何だったんだろうか。
そもそもアイドルがこんな時間にこんな場所で酔っ払っているなんて考えにくいし、はしゃぎ過ぎて幻覚でも見たのかも知れない。
精神が絶頂を迎えると妖精さんや普段見えないものが見えるのはよくある話っス。
この間なんて修羅場のミラクルハイテンションで描いてる時にガスマスクのおっちゃんが頭上に降臨したこともあるし。
修羅場あるあるその2っスね。
「ねえ彼女、一人?」
と、人気のない場所をうろついていたのがようやく幸いしたようで、男の二人組が声を掛けてきた。
心中でほくそ笑む。
「見ての通りっスけど?」
なるべく尻の軽い女を主張すべく、髪をかき上げて二人組に居直る。
その際、髪に付着していた灰が指先を灰色に彩った。
もちろん、周囲に火種がある訳でも、煙草を吸っている人がいる訳でもない。
あ、いや、今のはウソっス。
二人組の片割れが煙草吸ってました。
でも正直アタシ、煙草って嫌いなんスよねえ。
ケムいし、肺に悪いし。喫煙に文句はないっスけど、喫煙者の皆さんは何が楽しくてあんなもん吸ってんスかね。
「良かったら俺らと遊ばない?」
「いいっスよー」
ま、いいか。
舌なめずりをして嗤う。
そろそろお腹も悲鳴をあげているようだし、とっとと今晩のノルマを達成してしまいましょうか。
003
「では番号札を持って少々お待ち下さい」
『3』と銘打たれた番号札を受け取り、適当な席に座る。
場所は近所のバーガー屋さんっスね。
余談だけどアタシはモス派っス。
他のバーガー屋とは違ってちょっとリッチな気分になれる所がお気に入りだったり。
やっぱり人間、何かに縛られる生活は健康に良くないっスよね。
〆切に追われない生活の何と素晴らしいことか。
「あれ?」
注文が来る間、手持ち無沙汰にしていると、対面に見知った顔がいた。
期間限定の激辛バーガーを渋い顔で齧っていた彼も、アタシの顔を見て目を丸くしている。
「あ、この間の」
「どうも……」
トレイを持ってこちらにやって来る彼。
先日、修羅場明けでグロッキー状態の時に道を聞かれたお兄さんだ。
「相席、いいかな?」
「はあ」
特に断る理由もないし、断れるだけの勇気もない。
この間会ったばかりの人とは言え、アンタとは話すことなんてないっスよ、なんて言える人はそういないと思う。
アタシ、典型的な断れない日本人でスし。
「いやあ、凄い偶然だな。こんな短期間にまた会うなんて」
確かに、この人間が過剰とも言える程に増えている時代において、特定の人間同士が偶然再開する確率はかなり低い。
そういう意味では結構な奇跡と言えなくもないが、正直なところ、どうでもいいというのがアタシの本音だ。
「改めてこの間はありがとう。僕は阿良々木暦」
と、名刺を渡してくる阿良々木さん。
スーツを着ているところを見ると、学生ではなく社会人だったらしい。
「荒木比奈でス。荒波の荒に大木の木、比べるに奈良漬けの奈っス」
生憎アタシは名刺なんて洒落たものは持っていないので口頭で説明する。
「荒木さんか。よろしく」
「呼び捨てでいいっスよ、多分アタシの方が年下だし」
「え、幾つなんだ?」
「ハタチっスよ」
「そうか、じゃあ荒木」
「お待たせいたしました」
アタシの注文を、店員さんが持って来てくれた。
ありがとうとお礼を言い、番号札を返す。
フィッシュバーガーを頬張りながら彼にもらった名刺を何となしに見ると、肩書きが目についた。
「シンデレラ……プロダクション?」
「ああ、僕、アイドルのプロデューサーをやってるんだ」
「へえ……」
何というか、意外だ。
アイドルのプロデューサーなんてのはもっと業界人っぽい空気を持っているものだと思っていたが、阿良々木さんは一見何処にでもいそうなサラリーマンだ。
まあ、アタシの偏見でしかないんスけど。
それに、アタシみたいな人間にとってはアイドルだなんておとぎ話の住人と同じようなものだ。
これはきっとアタシに限った話じゃない。
華やかで、輝いていて、人々の羨望の的となる人達は、元々住んでいる世界が違う。
アタシを初めとするいわゆる『一般人』にとってテレビの液晶越しに映るのは、それが例え同じ人間だとしても、アニメや映画と一緒で作り話や寓話の世界でしかない。
別に卑屈になってる訳じゃないんスけど、皆大体同じことを思ってるんじゃないスかね。
「どうだ荒木、アイドルやってみないか?」
「はい?」
何を言ってんスか、この人は。
アタシがアイドルなんてあり得ないでしょう。
「冗談で言ってるんじゃないからな。うちは平社員にもスカウト権利があるし、何より荒木は可愛いからな」
「可愛いって……あの、阿良々木さん?」
「うん?」
「視力、大丈夫っスか?メガネ貸します?」
「いやいい、メガネなら間に合っている」
ほらこの通り、とカバンから伊達眼鏡を取り出し装着する阿良々木さん。
何とも奇抜なデザインの眼鏡……っていうか鼻眼鏡だった。
妙に似合っているのがおかしい。
いや、そもそもそういう事じゃないんスけども。
「上条がいらないって言うのにくれるからな」
上条……眼鏡……上条春菜?
テレビもあんまり見ないアタシでも知ってるアイドルだ。
ということは、そこそこに大きなプロダクションらしい。
「あっはっはー、アタシにアイドルなんて無理っスよー」
「そうか?」
「アタシがアイドルやれるなら、人類はメガネで空が飛べるっスよ」
「……中々ユニークな比喩をするな、荒木」
それ以前に、笑い話にもならない。
仮にやったところで晒し者になって終わるのが目に見えるようっス。
「生憎でスけど、この世で一番荒木比奈を知るアタシが言うんだから間違いないっスよ」
大体、アタシみたいなボサい女がステージ上がってどうするんスか。
芸人ならまだしも、アイドルなんて斜め下にも程があるでしょう。
「そんな事ないさ。荒木は自分の魅せ方を知らないだけで、トップアイドルになれる可能性を秘めている。僕が保証しよう」
何を根拠にほぼ初対面の相手にそんな事が言えるのか良くわからないんスけど……つーか、鼻眼鏡したままで真面目な顔をされても全く緊迫感ないっス。
「まあ、いきなりこんな事言われても寝耳に水だよな、ごめん」
身を引いてポテトを口に運ぶ阿良々木さん。
いやだから鼻眼鏡外しましょうよ。
「そういや阿良々木さん、あの時神社に何か用だったんスか?」
ノンカロリーコーラをすすりながら、話題転換と共に世間話を少々。
決しておしゃべり好きではないんスけど、沈黙よりは何倍かマシだ。
「ん?ああ……あれは副業みたいなものかな」
「副業……っスか」
寂れた神社に行くことでなんの副業が成り立つのか良く分からないが、なんて思ってると阿良々木さんは勝手にしゃべり出す。
「ああ、ちょっと昔取った杵柄と言うか……まぁ、あの神社には神様がいるんだけど、それを調べにな」
神様、ねえ。
別に否定する気はさらさらないんスけど、こんな近代化社会において神様なんて眉唾もの、いるとは思えないっスね。
ちなみにアタシは現代っ子らしく無神教っス。
無神教って部活で言ったら帰宅部みたいなもんでスよね?
「荒木こそ、あの日の夜会わなかったか?」
「あの日の夜……?いつの話っスか?」
記憶を探るも、阿良々木さんに会ったのは道を訊かれたあの日だけだ。
ましてや夜なんて大体部屋でマンガ描いてるかネットやってますし。
「荒木とはじめて会った日の夜だよ。繁華街で外見も話し方も荒木そっくりの女の子と話したんだけど、違うって言われてさ」
「そりゃ別人っスよ」
大体あの日は、あの後お風呂に入って即効で泥のように寝たんスから。
目覚めたのは次の日の夜だ。
我ながら酷い生活サイクルだと思う。
「……そうか」
それでも阿良々木さんは納得行かないのか、首を傾げて唸っていた。
いくら首を傾げられても事実は事実ですしね。
「まあいいか。世の中似てる人が三人はいるって言うしな」
「変な話と言えば……なんか、最近夢で阿良々木さんに良く会う気がするんスよねぇ」
「そうか、それはきっと僕のことが好きなんだ」
「いや、そりゃないっス」
と、その時、阿良々木さんの携帯がけたたましく鳴った。
「もしもし。ああわかった、すぐ行くよ」
それじゃ僕は仕事だから、と残りのポテトとバーガーをコーヒーで流し込み、トレイを早々に片付ける阿良々木さん。
そのまま出て行くのかと思いきや、思い出したようにアタシの元にとんぼ返りでやって来る。
「もしアイドルやりたくなったら、そこの番号に電話くれよ」
はあ、なんて生返事を返す。
そんな事態、一生ないと思うっスけど。
「アイドル……ねえ」
鼻眼鏡の自称アイドルのプロデューサーにそんな事を言われても現実味がある訳もない。
それでも、湧き上がってくる自分でも良く分からない感情が何かを訴えていた。
ちょっとだけ、可愛いって言われたのは嬉しかったりして。
照れ隠しなのか、それとも出処のわからない感情を抑える為なのか、無意識に頭を掻く。
「……な」
ふと自分の手を見て、思わず言葉を失った。
今まで阿良々木さんと話していたことも吹っ飛ぶ程に、それは衝撃的だったのだ。
爪の間にびっしりと詰まり、指先を染める『それ』は、紛うことなく、灰そのものだったのだから。
004
「では、少々お待ち下さいませ」
注文を口頭で伝えると、適当な席に座る。
場所は近所の牛丼屋さんっスね。
余談だけどアタシは牛丼屋が好きっス。
二十四時間空いてるし、お財布にも優しいところがお気に入りだったり。
やっぱり人間、何かに縛られる生活は健康に良くないっスよね。
常識に囚われない生活の何と素晴らしいことか。
「あれ?」
注文が出来る間、手持ち無沙汰にしていると、ふと見遣った席に見知った顔がいた。
牛丼に七味唐辛子をかけていた彼も、アタシの顔を見て目を丸くしている。
「あ、この間のお兄さん」
「荒木……?」
先日、路地裏で片桐早苗と一緒にいたお兄さんだ。
あれ?
アタシ名前教えましたっけ?
「荒木、なんだな」
「いやあ、凄い偶然っスねえ。こんな短期間にまた会うなんて」
この人間が過剰とも言える程に増えている時代において、特定の人間同士が偶然再開する確率はかなり低い。
そういう意味では結構な奇跡と言えなくもないが、正直なところ、どうでもいいというのがアタシの本音だ。
「いいよとぼけなくても。お前……灰芥、だな」
「……昼間のアタシに会ったんスね。それともそっちの専門家の人っスか?」
そうでなければ説明もつかない。
アタシの名前を知っていることも。
アタシが何なのかも知っていることも。
「専門家じゃあない。片足突っ込んだ程度だ」
そんな会話をしている間に注文が出来たらしく、商品が運ばれる。
トレイを持ってお兄さんの対面に座った。
注文内容は牛丼大盛り卵つき。
いやあ、これで五百円行かないのは嬉しいっスよね。ジャンクフード最高っス。
「灰芥。ハイガラシと呼ばれる、千疋狼を起源にする狼の神だ。狼は大神と書かれることもあるように、地域によっては信仰の対象になる……お前みたいにな」
「お兄さん……只者じゃないっスね」
「馬鹿を言え。僕はただのしがないアイドルのプロデューサーだ」
余所見をしていたせいで七味まみれになってしまった牛丼を箸でつつきながら、更に続ける。
「灰芥は一般的な神様に準じて、人の願いを叶えるそうだな。灰を振り撒いてその地を豊かにしたり、時には花を咲かせるなんて事も聞いたことがあるぞ」
「花ねえ。咲くんスかね、そんなもん」
やったことないからわからない、というのが正直なところだ。
花咲か爺じゃあるまいし。
「……その姿が荒木の願いなのか?」
「そうっスよー」
その姿、というのはこの格好の事に相違ない。
眼鏡を外して軽く化粧をし、ミニスカを初めとする露出の多い、扇情的な服装。
いつものジャージ姿とはかけ離れた格好だ。
「男の人はこういうの好きなんでしょ?」
「ああ好きだ。大好きだ」
生卵をかき混ぜ、紅生姜と共に牛丼にぶっかける。
ここの紅生姜美味いんスよね。
「だがお前が神としての仕事をしているのは充分承知の上で言う。荒木から離れてくれ」
「……なんでっスか?」
「僕が何も知らないと思っているのか」
「なんの事ですかねえ。アタシにゃさっぱり――」
「最近、この周辺で肩口に噛み跡がある意識不明者が続出してる……お前、夜中に荒木の姿で、『人を喰ってる』だろう」
思わず口元が歪む。ああ、やっぱり人間て面白いっスねえ。
「別に……いいじゃないっスか。アンタに迷惑かけてる訳でもないし、アタシだって建前の良心はあるんだ。狙ってるのはナンパしてくるチャラ男だけっスよ?」
そう、あの日もナンパして来た二人組を『喰った』。
オオカミなんだから人を喰うのは当然でスよね?
牛丼やバーガーみたいなジャンクフードも好きだけど、一番アタシが好きなのは、人のエネルギーだ。
誤解しないように言っときますけど、物理的に食べる訳じゃないっスよ。
人間て、そんなに美味くないんスよね。
こうして食べる牛や豚の方がよっぽど美味いっス。
でも人間の持つエネルギーは垂涎のごちそうだ。
「迷惑なんだよ。お前が荒木の姿で人を襲ってるのも問題なら、何よりそんな事を荒木が望んでいるとでも思っているのか」
この他人への無関心が是非ともされる時代に、会ったばかりの女相手にあれこれ干渉して来るお人好しっぷりは評価すべきでしょうかね。
とはいえ、鬱陶しいんスよ、アンタ。
「ごちゃごちゃとうるさいっスねえ。アタシは折角この子の為にやってるって言うのに」
まあ、アタシにとっちゃそんなのは口実でしかないんスが、何事も対価なしには成し得ないのはいつの時代だって同じだ。
ギブアンドテイクじゃないっスか。
「何が荒木の為だ。この似非神様が」
似非っスか。
まぁ、確かにそうっスね。
神様になるには大きく分けて二種類方法がある。
一つは奉られること。
これが王道っスね。
もう一つが、アタシのように元がどうしようもない悪たれの場合だ。
アタシは過去、散々悪さをした狼の怪異、千疋狼だ。
けど人を喰って、畑を荒らして、やりたい放題のところを名のある専門家に封印された訳なんスけど、それが供養という形で祠を作られ、年月を経て神格化し、灰芥と呼ばれるようになった。
とはいえ、元がショボい怪異ですから、アタシはもう『個』ではなく『公』に近い。
アタシの意思なんてないに等しいから、こうやって人の身体を触媒にしないとまともに思考すらも出来ない。
だから、取り憑く人間よって指向性も変わる。
病気を治して、とか純粋な願いは、どんなに本意でなくても叶えてやらなくちゃならない。
それが神様の仕事っスからね。
その点、この女の願いは、アタシにとってとても都合がいい。
「もしそうだったとして、アンタが荒木比奈を知っているとして、アンタごときに何が出来るんスか」
残りの牛丼をかきこんで器を置く。
何に片足突っ込んだのか知りませんが、下手に首突っ込むと棺桶に突っ込みまスよ?
こちとら一応、腐っても神様なんスから。
「お前を止めることが出来る」
「……やれるもんなら、やってみろよ、人間」
「生憎、僕は人間じゃあないんでな」
味噌汁をすすりながら、そんな事を言う人間。
……人間じゃない?
いや、確かに限りなく人間に近いが、微妙に臭いが違う。
「もう一度聞くぞ。『それ』が荒木の願いなんだな」
牛丼を食べ終えたお兄さんが、真面目な顔で詰め寄る。傍から見たら、牛丼屋で喧嘩する迷惑なカップルに映ることだろう。
気に食わないお兄さんだ。
アタシを化外の存在だと認識した上でのその態度は、少しだけ褒めてあげてもいいっスけど。
瞳孔が開く。
犬歯が鋭く研磨される。
喉が小さく唸りを上げる。
「ああ、そうだ。ダサくて女の子っぽくないアタシなんて、嫌に決まってんだろ」
これはアタシだけの言葉じゃない。
他でもない、荒木比奈の願いだから。
005
千疋狼。
高知に伝わる説話が元となる、送り狼に続いてこの国において有名な狼の怪異だ。
ある夜、身重の女が山中を歩いていると狼に襲われる。
当然逃げる女だが、次第に追い詰められ、最後には高い木の上へと逃げ込む。狼たちも逃がすまいと梯子のように連なって高さを得るが、どうしてもあと一匹というところで届かない。
そこで現れるのが、狼どもの親玉、千疋狼だ。
千疋狼は普段は人に化けて暮らし、夜になると狼の群れを引き連れて人を襲う。
今は狼も日本からいなくなっちゃって、寂しいことこの上ないんスけどね。
それがいつかのアタシの物語だ。
退治された後には紆余曲折を経て、こんなナリになっちまったっスけど。
アタシが今も人を襲うのは、本能という部分もあれば、絶滅させられた同胞への追悼でもあったりするのだ。
まぁ、そんな美意識あってないようなもんなんスけどね。
人間は気に食わないし、お腹は空く。
ならやる事はひとつ。
それだけのことっス。
お兄さんと早々に牛丼屋を引き上げて、人気のない場所へと移動する。
「お兄さん、さっき人間じゃないって言ったっスよね」
適当な場所で足を止めると、お兄さんも上着を脱いでその辺りに放り投げる。
「ああ、言った。僕は吸血鬼のなり損ないだ」
「吸血鬼……?」
吸血鬼と言えば、西洋の妖怪だ。
人の血を啜り、身体を霧に変え、十字架と大蒜と陽の光に弱い、不死身の生物。
でも肩書きは大層なもんとは言え、お兄さんを怖いとは思わないんスよねえ。
それが本人の言う通りなり損ないだからかどうかは、わからないっスけど。
「吸血鬼か何だか知らないスけど、本気でアタシとやり合う気っスか?」
「当たり前だ。それに僕とお前じゃ致命的なまでに差がある」
「はあ?」
これ以上話す事などない、とでも言いたいのか、構えを取るお兄さん。
真夜中にサラリーマンと女の子が殺気立って向かい合う図は、何処か滑稽だった。
一見、オヤジ狩りに遭うリーマンの図っスね。
世知辛い現代の縮図っス。
「何でそんなに自信満々なのか知らないっスけど……それだけ吹いたからには、殺されても文句は言えないっスよね?」
「やってみろ」
前傾姿勢を取り、手を鉤爪の形に。
出来ることならば四足歩行の姿勢を取りたいところだが、二足歩行で形成された軟弱な頚椎では頭部が邪魔になる。
なに、人間相手ならばこれで充分だ。
眼球のタペータムが暗闇に感応して虹彩を放つ。
威嚇を込めた唸り声と共に、飛びかかった。
「がああああああああっ!!」
跳躍と同時に爪を薙ぐ。
お兄さんはどんな反撃をしてくるのかと思いきや、アタシの腕をいとも簡単に掴み、あろうことか懐にその身を寄せる。
「な……」
目の前にお兄さんの顔が近付く。
攻撃するつもりが一切ない、まるで敵意の感じられない表情。
「荒木……」
「馬鹿にしやがって……離せ!!」
一気に感情が沸点を越える。
幾ら何でも、これは仮にも神を名乗るアタシ相手に許される事ではない。
このまま離れて再度応酬を展開するという選択肢もあったが、屈辱的な行動を前に、捕まったまま耳元で囁くお兄さんの肩口に噛み付く。
「ぐ……っ!」
退化した顎の咬筋力と歯では人間の肉を食い破る事は難しいが、犬歯を利用すれば欠片くらいは可能だ。
それに、アタシは腐っても大神だ。
ただの噛み付きで済ます訳がない。
「ぐ、う、お…………っ!?」
「あはっ、あはははははは!!」
相手の身体に牙を突き立てることで発動する、生命力の吸引。
これこそがアタシの本領だ。
この力で夜な夜な街を歩いて尻軽女を装っては、引っかかる馬鹿な男の生気をいただいていたのだ。
「どうっスかお兄さん?泣いて謝れば命だけは助けてやるっスよ?」
そろそろ精も根も尽き果てる筈だ。
一旦口を離し唇を舐める。
顔を伏せていたお兄さんが崩れ落ちた。
無理もない、命だけは助けるとは言ったものの随分な量を吸い取ったし、意識が無いどころか死んでいてもおかしくはないだろう。
「……馬鹿を言え」
「……?」
「やっぱりお前は三流だ。この程度のエナジードレインが何だ。猫の方が五倍はキツかったぞ!」
アタシを見上げるその顔は、不敵に笑っていた。
「な…………」
「それにな、せっかく荒木の姿を借りているなら、犬耳と尻尾のひとつでも生やしてから僕の前に来い!」
瞬間、いつの間にか胸に突き刺さる銀の十字架を確認したと思うと、アタシの意識は引き剥がされた。
006
ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
いきなりにも程があるでしょう。
なんなんスかこれは。
「遅いぞエピソード!」
「だってなんか抱き合ってていいムードだったしさぁ。邪魔しちゃいけないと思って」
家で寝て目が覚めたと思ったら外で、目の前には阿良々木さんといつかの金髪美人さんがいて、アタシはなんかキャバ嬢みたいな服着てるし、その上、
「お前……ひょっとして僕を密かに殺そうとしてないだろうな」
「なにそれ超ウケる。俺だってまだ臥煙さんに殺されたかねーよ」
とてもワンちゃんだなんて呼べない程にとてつもなくでっかい白犬がいた。
それに、顔を歪めて唸り声を上げ、見てわかるくらいにとても怒っていらっしゃるっス。
アタシ、犬は好きな方っスけど、さすがにあんなジブリに出て来そうなでっかい犬は勘弁っス。
なんと言いますか、じゃれ合うだけで心が折れそう。
「……まぁ、いいけどな。後はお前の領分だぞ」
「わかってるって。ワーウルフ退治なんて、三歳の時にマスターしてるぜ。ヴァンパイアにワーウルフにフランケンシュタイン退治は義務教育みたいなもんだからな」
「なにその英才教育!」
「しっかし、噛み跡っつーから吸血鬼かと思いきや、極東の犬コロかよ。やる気出ねー」
「文句言うな、仕事だろ」
「ま、いいか。たまには狼女っつーのもオツだよな」
そう言いながら、どこからともなく規格外の超巨大な十字架を取り出す金髪さん。
あれで撲殺でもするつもりなんでしょうか。
それはそれで見たいような見てみたくないような。
「あ、あのー……」
思わずいても立ってもいられなくなり、阿良々木さんに声をかける。
こんなトンデモ展開に巻き込まれて、訳くらい聞いても罰は当たらないでしょう。
「あ、悪い荒木……身体は大丈夫か?」
「え?あ、はい、身体は何ともないっスけど……」
身体よりもこの状況の方が一大事だ。
夢だと言われた方が全然しっくりくる状況って、中々人生において出会えないと思うんスけど。
「手短に話そう。あの大きな犬みたいなのは荒木に取り憑いて夜な夜な悪さをしていた狼の怪異だ。荒木との初対面の時に調べに行ったのが、あの狼を祀ってる神社だった。そして今夜、荒木と狼を分離させることが出来た」
……怪異?
……狼の?
……つーか、怪異ってなんスか?
いや、そもそもいきなりそんな夢物語みたいな事を言われても、反応に困るんスけど。
「あの、すいません、理解出来ないんスけど、アタシがバカなのかアタシがバカにされてるのか、どっちっスか?」
「どっちでもないよ。夢とでも思っておけばいいさ」
夢っスか。
確かにそうっスね。
金髪さんがヒャハハー超ウケるとか笑いながら狼相手に巨大十字架を担いで追いかけっこをしている姿、なんてシュール極まりない光景が目の前にあることだし。
やっぱりまだ寝てるんスかね、アタシ。
「なあ荒木、話は変わるけど、お前はやっぱり誰よりも輝けるよ」
「は?」
阿良々木さんが、金髪さんを眺めながらそんな事を言った。
あまりにもいきなりの言葉に間抜けな声が出る。
「今、荒木が着ている服は、荒木の深層心理が選んだ服だ。可愛い格好をしたい、異性から持て囃されたい、誰よりも輝きたい、そんな想いだ」
「え……」
そう言われて見てみると、着ているのはいつか勇気を出してマルキューで買った服だった。
お洒落をしてみたくて、アキバに行くついでに、三時間くらい唸って厳選の末に買ったやつだ。
結局、一回も着る機会はなくてタンスの肥やしになっていた訳でスが。
それに、アタシみたいな女がそんなことを望むなんておこがましいじゃないっスか。
「……いや、そんなこと……」
「否定しないで自分を認めてやれよ、そんな想いは誰にでもあるものなんだから。それにお前は自分のことを過小評価しているみたいだけれど……荒木は僕から見ても充分魅力的だよ」
本当の、アタシの本音。
それは誰よりも、アタシが知っていて。
「なりたいんだろう、シンデレラに。灰かぶりの現状を、華やかな未来に変えたいんだろう?」
そんなもの、変えたいに決まっている。
漫画を描くのが好きで、仲間内でオタクの世界に埋没するのがアタシの生き方だと思っていた。
アイドルなんて、選択肢の中にすらなかった。
いや、あるにはあったのだが、それを選ぶ程の勇気もなければ、自惚れてもいなかった。
でも、アタシだってこんなんでも女の子っスよ。
「アタシでも、アイドルになれるっスかね……?」
「ああ、なれるさ。ガラスの靴も、綺麗なドレスも、かぼちゃの馬車も僕が用意してやる。だが――」
阿良々木さんはアタシに手を差し出す。
ううん、でもやっぱり抵抗はあるんスよね。
何せ今までそういうのとは無縁の人生でしたから。
ああ、でも、夢ならいいか。
夢なら何をしても自由だ。
「舞踏会で踊って王子様の心を射止めるのは、お前の役目だ。荒木」
「そっスね……じゃあ、悪い魔法使いに騙されてみまスよ」
阿良々木さんの手を取る。
「荒木!?」
遠くで金髪さんが狼を十字架を貫くを目にすると、アタシの意識はゆっくりと遠のいて行った。
007
後日談というか、今回のオチっス。
目が覚めると、雑多とした控え室にアタシはいた。
同じ部屋では由里子ちゃんが薄い本を読んでいる。
勿論、さっきことりのあなで買い漁った腐ったおとめ御用達の本だ。
ちなみにアタシはNL派なんであんまり読まない方っス。
「…………」
「あ、おはよう、比奈ちゃん」
「おはようっス……」
どうやら控え室でうたた寝をしてしまっていたらしい。
そうだ、今日はアキバで由里子ちゃんとコンビの仕事でした。
「大丈夫?結構ぐっすり寝てたみたいだけど」
「最近忙しかったせいか……寝る前にちょっと妖精さんが見えたっス……」
「妖精さん?」
「いるじゃないっスか。三日くらい寝ないと出てくる」
「いるいる。追い詰められてると特にねー」
修羅場あるあるその3っスね。
「あたしの場合、ムキムキマッチョな妖精さんなんだよね……もっと美形がいいのに」
それは……どうなんスかね。
それにしても懐かしい夢を見た。あれはプロデューサーさんと出会った時の夢だ。
ぶっちゃけ今でも夢だと思っている。
だってあんなマンガの中でしかないような出来事、笑うしかないじゃないっスか。
あの時、詳細に何があったのかはプロデューサーさんにも聞いていない。
こっちから聞かない限りは、プロデューサーさんも話すつもりはないのだろう、あの日の事は一度も口にしていない。
でもプロデューサーさんと金髪美人さんが何かアタシの問題を解決してくれたこと、そしてプロデューサーがアタシに熱く語った事は覚えている。
あの日の出来事は、夢でいい。
プロデューサーさんも言ってたことだし、夢と思っておこう。
と、噂をすれば何とやらで、プロデューサーさんが扉の向こうからやって来る。
「そろそろ出番だぞ、二人とも」
「……なに、プロデューサーそのカッコ」
「……突っ込んだ方がいいっスか?」
「……突っ込む?どこに?」
プロデューサーさんはいつもの一張羅スーツではなく、鉢巻きと法被を着てメガホンを持っていた。
あと由里子ちゃん、変なとこに反応しないで。
「場所が場所だけに、今日は客席からお前らを応援する」
ああ、まあ、何となく言わんとしてることはわかるっスけど。
アタシにとっても由里子ちゃんにとっても、ある意味聖地ですしね、ココ。
「んじゃ、そろそろ行くっスか」
「よーし、乙女成分も補給したことだし、テンションブチ上げて行くじぇー!今日のあたしは攻めだ!」
弾頭のように飛び出していく由里子ちゃん。
インドア組の仲間だけれど、あのテンションの高さは見習いたいものっス。
乙女成分というのはさっきの本のことでしょうね。
「元気だな大西は……あの恋愛に注ぐ情熱を是非ともアイドル活動に傾けて欲しいんだが」
「ね、プロデューサーさん」
苦笑いを浮かべるプロデューサーさんに、後ろから声をかける。
あんな夢を見た後だからか、ちょっと思い出しちゃったじゃないっスか。
「プロデューサーさんがアタシをシンデレラにしてくれるんスよね?」
「ん?」
人生は、いや人間は面白いっスね。
アタシがアイドルだなんて、ついこの間まで欠片も思わなかったのに、なんでもないことがきっかけでいとも簡単に境遇は変わる。
女を捨てるまでとは行かないけれど、オシャレもファッションも全く興味のないアタシが華やかなステージで歌って踊るアイドルだなんて、笑っちゃうっスよ。
「なんだ、ガラスの靴を持ってプロポーズして欲しいのか?」
「あはは、プロデューサーさんが王子様だなんて冗談じゃないっスよ」
「なんだとう!?」
「そんな法被着た王子様なんて願い下げっスー」
憤慨するプロデューサーさんを笑いながらあしらい、眼鏡を外す。綺麗な衣装を着て化粧をすれば、新しいアタシに変身だ。
プロデューサーさんは王子様なんかじゃない。
プロデューサーさんは、アタシに魔法をかけてくれた魔法使いだ。
昔から疑問だった。
シンデレラの魔女は、なぜ無償でシンデレラに魔法をかけたのか。
それはきっと、プロデューサーさんのようなお人好しか物好きだったのだろう。
なに、大人物というのは得てして変人の類が多いんだ。
飛び抜けて周囲と違うんだから、ちょっと変なくらいが丁度いい。
その分、アタシはその辺に転がっている灰かぶりだ。
でも、ちょっと運が良かったのか、魔法使いが魔法をかけてくれた。
世界の広さに対して人生は短すぎる。
時間は有限なんだ。
だったら、精一杯やるだけやって、可能な限り今この瞬間を楽しもう。
ダメだったらダメだったでいい。
それはそれで自分を笑い飛ばしてやればいい。
アタシは最初から何も背負う必要はないんだ。
だから、なんでも出来る。
トップアイドルを目指すことだって、出来るんだ。
「それじゃ、行って来まスね」
「ああ、頑張れよシンデレラ」
「はい!荒木比奈、行くっス!」
魔法が解ける、その前に。
ひなウルフEND
拙文失礼いたしました。
最近ホモマスにはまる日々。
咲ちゃんは可愛いっスねー。
咲ちゃんなら生えてても許せる。
読んでくれた方、ありがとうございました。
乙!一気に読ませて頂いた
乙!
今回も素晴らしかったすごく面白い!
乙 アニメ前にまた見れて良かった
乙!
素晴らしかった
乙です
今回も面白いのを見せてくれてありがとうです。
次は桃華かのあを見てみたいです。
作中の灰とシンデレラの繋がりがなんとも素敵や。
最高やった!
乙
おつです!
比奈っていちばんシンデレラっぽいと思うの
文字通り灰被りなのが繋がってて面白かったー
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